十時愛梨「脱ぎたくないです……」 (15)

「…………」

「…………」

「…………愛梨」

「んー……はぁい……お仕事、終わりですかぁ……?」

「終わったよ。待たせたね」

「いえー。プロデューサーさんのおかげで気持ちよくて、待ってる時間もすぐでしたから」

「なら良かったけど……。本当大丈夫? そんな、ソファの上で眠って。身体痛くなっちゃってない?」

「だいじょーぶ、ですよ。全然、どこも、問題なしですっ」

「そっか。日々のレッスンの賜物なのかな」

「えへへ、たくさん頑張ってますから!」

「偉い偉い。……まあとはいえ、休むならちゃんと休んでほしいのは変わらないんだけどね。ほら、仮眠室とか空いてるんだし」

「えー」

「いや、えーって」

「だってあそこじゃダメなんですもん……」

「ダメって?」

「気持ちよくなれません!」

「気持ちよく……ソファよりもベッドのほうが休まると思うけど」

「それは、そうなのかもしれませんけど……」

「けど?」

「……あそこにはプロデューサーさんがいません。あそこじゃ、こんなふうにプロデューサーさんを抱いていられません……」

「それはまあ」

「だから嫌です! こっちがいいんです!」

「……まあ、うん。愛梨がそういうのならべつに強制はしないけど」

「ありがとうございます!」

「ん。まぁ、身体に無理をさせない程度にね。……と、それじゃあ愛梨」

「はい?」

「脱いで」

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「……え?」

「いや、だからほら、脱いで。服」

「……」

「……」

「…………ぷくー」

「そんなほっぺた膨らませていやいやされても」

「嫌です……」

「嫌って」

「脱ぎたくないです!」

「いや、でも脱いでもらわないと困るというか」

「脱ぎたくないです……」

「えー」

「うー……」

「でもほら、それを脱いでもらわないと……シャツとジャケット、僕のやつさ」

「私、まだこれ着てたいですー……」

「それがないと帰れないんだけど」

「プロデューサーさんには私の着てきた服をあげますからー……」

「愛梨の服を着ながら帰ってるの見られたらそれこそ大惨事だよ……ちひろさんとか常務とか、同僚とかに見られたらどう言い訳するのさ」

「いいじゃないですか、服を取り替えっこ。仲がいいんだなぁ、ってきっと」

「仲がいい、の程度が過ぎるというか。間違いなく怒られる案件だと思うんだけど」

「むー」

「唸らないの」

「きっと大丈夫ですよー……ん、ほらっ!」

「わ……。もう……ほら、って……」

「どうぞです!」

「……いや、普通に無理だし。それに、愛梨?」

「?」

「これ、何?」

「何って……えっと着てきた服、ですけど……」

「これも?」

「はい」

「これ、下着なんだけど」

「そうですね。今日着てきた下着です」

「え、いや、それって」

「あっ! でも!」

「うん?」

「それ、下着は下着なんですけど、ただの下着じゃないんです!」

「……っていうと?」

「勝負下着なんです!」

「……」

「えへへ……前に友達に選んでもらったんです。大切な人に見てもらうための下着だよ、って。だから大丈夫。見られてもだいじょーぶ、です!」

「まあうん。良くはないんだけど、いいや。それより」

「?」

「これがここにある、っていうことは……今、愛梨は?」

「えっと、着けてません、けど……」

「僕のそれだけ?」

「はい。プロデューサーさんのシャツと、ジャケットと……プロデューサーさんのだけ、です」

「おー……」

「えへへ。これ、凄いんですよ? 他に何も着けてないから、プロデューサーさんのがたくさん感じられて……とっても、とーっても気持ちいいんです!」

「そんな自慢げにされても」

「あ、えっと、だからそういう意味? でも脱げません」

「まあそうだね。これで脱げ、っていうのはただのセクハラというか」

「……あ、でも」

「うん?」

「脱いでもいい、かもです。確か、えーっと……既成事実? ……を作っちゃえば、プロデューサーさんともっと上手くいくかもしれないよ。って、前にどこかで……」

「誰なのかなそれを教えた犯人は……とりあえず、というかとにかくダメ。それはダメ、だからね」

「ダメなんですか?」

「ダメなの」

「うー……分かりました」

「よろしい」

「それじゃあ、プロデューサーさんからも言ってもらえましたし……これは脱がないことにしますね」

「あー……まあいや、今すぐここで脱げとは言わないんだけどさ」

「けど?」

「着替えてはほしいかな。ほら、着替えてる間僕は外に出てるから」

「……むえー」

「いや、嫌がられても……べつに今日は寒くもないし、僕は替えのシャツ着てるからこの格好で帰ってもいいんだけど……ほら、愛梨がその格好なの見られるとちょっと」

「……プロデューサーさんだって言ってました。アイドルとプロデューサーは信頼関係が大事なんだ、って。だから」

「信頼関係は大事だと思ってるけど……でもこれはもう信頼関係というより、もはや恋仲にある二人の関係というか……」

「ちょっと服を着てるだけじゃないですかー」

「そうだね。でも状況がね。事務所に来たときには私服だったのに帰るときには相手の着てた服っていうのがね」

「普段も着替えたりはしますよ?」

「愛梨、今日はレッスンも何もなかったでしょ。来てから帰るまで、居たのはずっとこの部屋の中へだけ。それでこれは流石に」

「きっと気付かれませんよー……それに事務所の人たちにならべつにー……」

「まあ、ここから車へ乗るまでだけの道中ではあるけど……それでも絶対誰にも会わず気付かれないとは言えないし、それに身内とはいえ外へは出なくても中で問題にはなるでしょ。それこそ、愛梨の担当から外されるようなことになったり」

「それは、絶対に嫌……ですけど……」

「僕も嫌だ。……だからね、ほら。聞き分けて」

「むー……」

「愛梨、良い子だから」

「…………分かりました。でも、その代わり」

「代わり?」

「ぎゅう、って……あとで……家に着いたら、お別れする前にぎゅーって思いっきりハグしてください」

「ハグね」

「はい」

「……まあ、分かった。それなら」

「ありがとうございます。……それと」

「それと?」

「他の人にバレないため、なんですよね? バレちゃうとよくないから、だから脱がなきゃダメなんですよね?」

「そう、だね。うん」

「……なら」

「っ!」

「…………むぅ。プロデューサーさんにそっぽ向かれちゃいました……」

「……いや、それは向くでしょ。……というか、愛梨、それ」

「バレたらダメなんです。だったら、それはちゃんとしっかりしなきゃ。……プロデューサーさんが外へ出ようとして扉を開けたら、そのとき中の私を見られちゃうかもしれません。……だからダメ。プロデューサーさんは出ちゃダメです。私が脱いで、着替え終わるまで、ずっとそこにいてくれないと……」

「……いや、その理屈は」

「間違ってますか?」

「間違ってるというか」

「いいじゃないですか。ダメなのは見られること……プロデューサーさん以外に見られちゃうことで。こうすれば、その心配もなくなるんですから」

「いや……」

「……ねぇ、プロデューサーさん」

「?」

「今も言った通り、ダメなのはプロデューサーさん以外に見られちゃうこと……ですよね?」

「……そうだね」

「なら……えいっ」

「!」

「えへへ……ごめんなさい。ちょっと強引に引っ張っちゃいました」

「……いや、愛梨…………」

「…………いいんですよ、プロデューサーさんは。……ほら、私のことを見ても」

「……」

「言われた通り脱ぎました。裸のままの私です。プロデューサーさん以外には見せられない、私です」

「……」

「……見せられない。でも、プロデューサーさんには見せられます。プロデューサーさんには見てほしいです。……だから、ほら、もっと……目を背けないで、ちゃんと……」

「……」

「……」

「……愛梨」

「はい……」

「おしおき」

「え……あ、あうっ!」

「まったく誰が……どうせさっきのと同じ相手なんだろうけど、誰がこういうことを吹き込んだのかな……」

「……プロデューサーさん」

「ん?」

「おでこ痛いです」

「それはまあ、おしおきしたからね」

「じんじんしますー……」

「ごめんごめん」

「……あとでおでこにちゅーしてください」

「要求が高いね」

「じゃないと治りませんー!」

「はいはい、あとでね」

「絶対ですよ!」

「うん」

「えへへ……あ、あと!」

「うん?」

「もうちょっとだけ、このままでもいいですか?」

「このまま。……いや」

「……ダメなんですか?」

「ダメというか……その、あんまり長くしていられるものじゃないというか」

「……プロデューサーさんからしてきてくれたのに」

「そうしないと見えちゃいそうだったからね。いろいろと」

「むー」

「唸らない」

「ぶぅ。……プロデューサーさんの意地悪」

「意地悪って」

「でも好きですっ」

「ん? うん」

「好き。……だから、もっとしてほしいです。ぎゅーって。抱きしめるの」

「ハグは家に着いたら、じゃなかった?」

「それもしてほしいです。でも、これももっとしてたいです」

「えー」

「抱きしめてきたのはプロデューサーさんですもん。プロデューサーさんからそうされて……私が我慢できるわけ、ないじゃないですかぁ……」

「そんな涙目で見つめられても」

「むーむー」

「……分かったよ。ちょっとだけね」

「はいっ!」

「ん」

「……あ、プロデューサーさん」

「うん?」

「その、時間はちょっとでもいいです。もうちょっとするだけで。でも」

「でも?」

「抱きしめるの、ちゃんとしてほしいです」

「……ちゃんとっていうのは」

「プロデューサーさん、触ってくれてません。抱きしめてはくれて……でも、プロデューサーさんの手のひらを感じません」

「あー……いや」

「……ちゃんと触ってほしいです。抱きしめてはもらえてるけど、でも感じるのがシャツ越しにだけなんて嫌です……。ちゃんと直接、プロデューサーに触ってほしい……プロデューサーさんを感じたいんです……」

「……」

「……」

「……もう。……愛梨」

「……あ」

「これでいい?」

「……はい。いいです、とっても。とっても……」

「そう、良かった」

「えへへ……」

「……」

「……ねぇ、プロデューサーさん」

「ん?」

「私のこと好きですか?」

「……それは」

「変な意味じゃなくていいんです。お仕事の仲間として、とか。知り合いの内の一人として、とか。そういうので。そういう意味での好きでいいですから」

「……それなら、まあ。愛梨のことは好き、だけど」

「本当ですか!?」

「こういうことで嘘は言わないよ」

「えへへ……良かった。嬉しいです……」

「……ん」

「プロデューサーさん」

「?」

「私も好きです。プロデューサーさんのこと。……だから」

「……?」

「……ふぅ…………んっ!」

「!」

「……」

「……」

「……えへへ。愛情のちゅー……しちゃいました……」

「愛梨……」

「ごめんなさい。……でもプロデューサーさんのこと、本当に好きで……いろんな意味で、好き……だから……」

「……」

「大好きです。たくさん好きで、いっぱい大好きです……。プロデューサーさん、私……プロデューサーさんのこと、愛してます……」

以上になります。

速水奏「ピローキス」
速水奏「ピローキス」 - SSまとめ速報
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