荒木比奈「バイクと花火と握った手」 (40)
君がいた夏は遠い夢の中
空に消えてった打ち上げ初投稿です
http://imgur.com/a/Kj4WL
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この面倒な本音を、いつあなたに伝えることが出来るのだろう。
ここから先に進みたいとは思ってはいるけれど、私は先への進み方を知らない。自分が創作でやる以上に難しくて、初めてで、何をどうしたらよいのか分からない。私は私の漫画のキャラよりも恋愛では負けている。
…悲しい。
―・―・―
夏特有のこの日差しが、私に降り注ぎ続けている。
「あっづぅ…」
この暑さを見越して、いつもより早めに家を出たが意味なんかなく、汗は全身から吹き出る。
時折吹く風には熱がこもっていて、お世辞にも心地いいとは言えない。大丈夫、事務所にたどり着くまでの辛抱だと自分に言い聞かせて足を動かす。
「とう…ちゃく…」
暑さと戦いながら、なんとか事務所にたどり着いた。ちょうどそのタイミングで、一台の車が駐車場に入り、中から人が姿を現す。
「おはよう、比奈」
プロデューサーが私に声をかける。偶然にも、彼の出勤時間と同じタイミングだったようだ。
こういうふとした偶然が、何故か嬉しい。暑さを見越して早めに家を出てよかった
「おはようございますプロデューサーさん…今日はバイクじゃないんスか?」
「まあ…車の方が涼しいし」
趣味はバイクと漫画。職業は芸能プロダクションのプロデューサー。それがこの人。
私にとって、初めての大切な人。
私が持っていたこの人への憧れや感謝が、いつからか全く違うものになっていた。
伝えることの出来ないこの本音を、私はいつからこの胸に抱えていたのだろう。
伝えることの出来ていないこの本音を、私はいつ形に出来るのだろう。
二人並んで事務所に入ると、よく効いた冷房が火照った体を冷ます。
「あ゛ぁ~涼しいぃ~…」
「極楽~…」
廊下を少し歩いたところで、話題は今週のジャンプに移った。笑ったシーン、驚いたシーン、感動したシーンを共有し合う。
「あそこで腹抱えて笑っちゃってさ~」
「作者さんは天才っスよね」
こうした何気ない、プロデューサーさんと過ごす時間は最初の頃に比べると減っている。私の彼も忙しくなったからで、喜ばしいことではあるのだけれども、何故かこの事実は私の心を少しだけ曇らせる。
「んじゃ、見に行けないけどレッスン頑張って」
「プロデューサーさんも、お仕事頑張ってください」
「ははっ、ありがと」
そう言ってプロデューサーさんは背を向け、自分の仕事部屋へ進路を変える。
「…ふぅ」
私もレッスン場へと進路を変えた。その間に軽く息を吐き、いつもよりも3割増しで拍動
している心臓を元に戻すよう努める。
プロデューサーさんと過ごす一緒の時間が減ってから、こうした何気ない日々がより一層私をおかしくするようになった。
時間が減ったからこそ、なのかもしれないけれども。
変な返答になっていなかったか、ちゃんと答えられていたかとか、考えてもしょうのないことで頭をいっぱいにしてしまう。
それと同時に、笑いながら漫画について話す彼の顔や、声も脳裏に浮かぶ。
冷房がかかっているというのに、顔は外の日光で当てられた以上に熱くなっていた。レッスン場に着くまでに、元の温度まで下げよう。
…出来ればだけど。
―・―・―
なんとかレッスン場までに熱を元通りには出来た。こういうとき、ホラー漫画を読んだ経験というのは役に立つ。
「荒木、なんだそのやつれた顔は?」
「…大丈夫っス、心配なさらずに」
トレーナーさんには不気味がられた。今度からはホラー漫画じゃない方法を考えよう。
―・―・―
レッスンも無事終了し、事務所の休憩室で惣菜パンをほおばっていたところ、奈緒ちゃんに声をかけられた。
「比奈さん!この日空いてる?」
奈緒ちゃんは、手に持ったA4サイズのポスターを私にみせる。そこにはカラー印刷された色とりどりの花火の写真が写っている。
「花火大会…っスか?」
「うん!」
聞けば、毎年事務所の近くで行われているものらしい。『祭り=コミケ』となっている漫画脳の私は、少しだけ理解に時間を要した。
「屋台とかもいっぱい出るみたいだし、比奈さんも比奈さんのプロデューサーさんとこれをきっかけに…」
「…ん?」
聞き逃せない箇所があった。何だって?きっかけに?きっかけに何が?きっかけに何を?
「近頃比奈さん、プロデューサーさんと一緒に一緒の時、何か様子が変だからさ…」
え?もしかしてバレてる?奈緒ちゃんに?
「これきっかけに…仲直りしてもらいたいな~…って思ってて…」
よかった、バレてなかった。よかったよかった。いや、まだよくない。原因が分かってない。
「…仲直り?」
「プロデューサーさんはそうじゃないけど、比奈さんの方が最近なんかよそよそしいとか、そんな感じがしてて…なにか気まずいことでもあったのかなって…」
「…」
「…余計なお世話だった?」
奈緒ちゃんは心配そうな目で私を見る。いらない心配をかけさせてしまった、こちらが申し訳なくなってくる。
「余計なお世話じゃないっス。心配してくれてありがうございます」
奈緒ちゃんを安心させようと試みる。でも、違ったとはいえあの言及には驚かされたし、急なことで、顔では平静を装っていても内心は焦りまくっていたし。奈緒ちゃんに何を言って誤魔化せばいいのか深く考えることが出来なかった。
「気まずいことなんかないっスよ、ただ私がプロデューサーさんに照れてるだけっス」
その結果、自分でも分けのわからないことを言ってしまった。
「そう、なら……え?」
「え?」
「ああうん、あー…え?えぇ!?」
「あ、あああ!なしっス今のなし!!」
「え、比奈さえぇええぇえ!?」
「タイム!ちょっとタイム!」
「比奈さんそうだったの!?うわ!え!わか、分かんなか、ええ!なんかごめん!」
「取り消して!!聞かなかったことにして!」
一度言った言葉は二度と取り戻せることなどなく。私は、奈緒ちゃんにプロデューサーさんへのこの気持ちを、あっさりと打ち明けてしまった。
―・―・―
「…なんか、ごめん」
「もういいっスよ、もう…」
落ち着きが戻ってきたのは、10分ほど経ってから。
「いや~…あぁ~…そういうことだったのか…」
「………はい」
「何が仲直りだよアタシの馬鹿…」
真に馬鹿なのは息を吸うように本音を出した私の方なんですけどね。
「…花火大会、プロデューサーさんと一緒に行く?」
「いやぁ…」
「比奈~いるか?」
「うぇ!?」
「ぷ、プロデューサーさん?」
口ごもっている間に、休憩室のドアが開いてプロデューサーさんが入ってきた。不意打ちに取り乱してしまった私達の様子を不思議そうに見る。
「大丈夫か?何かあったのか?」
「だ、大丈夫だよ大丈夫!気にしないで!」
まともに返答出来ない私に変わって奈緒ちゃんが答えてくれたけど、誰が聞いても何かあったのかこの返答だとバレバレだと思う。
「本当に何もないのか?何かあるなら…」
「だ、大丈夫!これ!これみて!」
そういいながら奈緒ちゃんは花火大会のポスターをプロデューサーさんに見せる。
「あ…これ」
「花火大会!これについて比奈さんと話してただけだから!な、比奈さん!」
「あ、ああ!はい!そうっス!」
「そうか…それならいいけど」
ようやくプロデューサーさんは納得したみたいだ。けどポスターをじっくりと見て、また顔を曇らせる。
「…二人で回るつもりだったの?」
「あ、いや…ちょっとした話だけなんだけど…」
「…比奈はこの日仕事が入っちゃってさ…」
そもそもそれを伝える為に来たんだ、とプロデューサーさんは付け加える。花火大会の日に、バラエティ番組のゲスト出演が決まったことを説明される。
「二人で回ろうとしてたなら、本当にごめん…確かに伝えたから。詳細は追々連絡するよ」
それじゃあまた、とプロデューサーさんは休憩室から去って行った。残された私と奈緒ちゃんは、とんでもなく気まずい空気の中に。
「本当に…なんかごめん」
「…奈緒ちゃんが謝ることじゃないっスよ」
今回はここまでです、続きはまた
注意
・比奈せんせぇは浴衣を着ません
・私は初投稿ではありません
・過去作も時間があれば是非→http://twpf.jp/vol__vol
再開します
比奈先生は浴衣を着ないと言ったな、アレは嘘だ
嘘を言ってしまったのは私の責任だ、だが私は謝らない
―・―・―
家に帰ってから、夏コミの原稿を進めた。こういう何か大事があった日というのは、何故か原稿がはかどる。例年よりも早く原稿は完成、早割も使えそうだ。毎回こうだといいんだけど。入稿をすませ、疲れた体をベッドまで運ぶ。
そしてその夜、眠りの中で私はある夢を見た。
私は浴衣姿で、プロデューサーさんと二人並んで花火を見ていて。私は腕に抱きついたまま花火そっちのけで彼の顔を見つめていた。
『比奈』
彼が名前を呼び、私に顔を向ける。
そしてそのまま、互いに顔を近づけ合って…
――
―――
「…ああ゛ぁ~~~~~~うぅ~~~~」
と言うところで目が覚めた。わけもなく顔を枕に押しつける。原稿を終わらせた後よりも精神的には疲れてしまっている。昨日の今日でなんて夢を見ているんだ。私はラブコメ漫画のジュブナイル乙女か。
顔を洗うために洗面台に行くと、顔を真っ赤にしてにやけまくっている私の顔が鏡の中にあった。
―・―・-
「比奈、何か悩みとかあるの?」
奈緒ちゃん事件(今命名)の翌日、打ち合わせの後プロデューサーさんに呼び止められる。
「悩みっスか?」
「思い悩んでいるっていうか元気がないっていうか…なんか昨日もそうだったけど、今日は一段と…」
奈緒ちゃん事件があって、加えてあんな夢を見て、気まずさが天井知らずなだけの私をプロデューサーさんは心配そうに見る。
昨日となんとなく同じシチュエーションになってしまった。けど、昨日と違って相手は奈緒ちゃんじゃなくてプロデューサーさんだ。昨日と同じような失敗は絶対に出来ない。
「いや~…花火見に行けないって少し残念に思ってただけっスよ」
へらっと笑いながら誤魔化す。昨日よりは冷静に考えてごまかせたと思う。…でもこれは、あながち嘘というでもない。昨日奈緒ちゃんが言ったように、昨日見た夢のように、プロデューサーさんと二人で花火を見たいという気持ちが私の中はある。
「収録時間とか、スタジオの場所とか色々鑑みても厳しそうですし」
「…そっか、悪いね、こんな日に仕事入れちゃって」
「謝ることじゃないっスよ、それに花火ならまた来年チャンスがありますし」
「…それもそうだね、この仕事は今回しかチャンスがないんだ」
打ち合わせの資料をプロデューサーさんは見直す。いつもの調子に戻ったみたい。よかった、昨日みたいにはならなかった。
「それじゃあ、お疲れ様っス」
「うん、お疲れ」
私は少しだけ早歩きで、プロデューサーさんがいた部屋から立ち去った。
「ぶぅ~~~~~~…」
と、同時に胸にため込んでいた息を吐く。昨日の今日だ、二人きりという状況で、なんとか平静を装えていた自分を褒めたい。
「…花火、か」
口から出任せ言ったわけじゃない。あれは私の本心の一部で、二人で花火を見たいというのは事実。でも、仕事ならしょうがない。諦めなければならない。
…そういう言い訳を探してる時点で、どこかダメなのだろうけれど。
来年には彼と二人きりで花火大会にいけるようになっているのだろうか、想像と夢のなかの、あのまぶしい笑顔が私の隣に並ぶことはあるのだろうか。
私は彼の隣に、今とは少し違った関係で立つことは出来るのだろうか。
未来の私は、今よりも先に進めているのだろうか。
――
―――
「…うん、距離と場所は大丈夫…あとは収録時間と交通量だけだけど…考えても仕方ないか…よし!」
今日はここまでです、短くて申し訳ありません
だが私は謝らない
再開します
貴様のせいで間違えてしまった!おのれディケイド!
―・―・―
それからというもの、プロデューサーさんと二人になる時は細心の注意を払い、冷静かついつも通りでいることを心がけた。時には奈緒ちゃんに手助けしてもらうことも多かった。少し不審なところがあったかもしれないけれど、最低限怪しまれないようには出来ていたと思う。というか、そうであってほしい。
そして日は流れて件の収録日、そして花火大会当日。
プロデューサーさんは今手がいっぱいらしく、私は電車で一人現場へ向かうことに。これには少し助かった。ここ数日、車中で二人きりだと緊張しすぎて誤魔化し切れてない気がしていたからだ。
奈緒ちゃん事件以降、二人で過ごす時間は耐える時間になってしまっていた。
…嬉しくないわけじゃない、二人でいられてむしろ嬉しい。だけれど、そう思っていることをプロデューサーさんに気づかれないようにすることはかなり苦労することだった。
「荒木さーん、そろそろ準備おねがいしますー」
「あ、はーいっス」
スタッフさんに声をかけられ、私は今回しかチャンスのない仕事に臨んだ。
―・―・―
「比奈」
収録終わり。今回の現場は、予定の時間よりも少し早く終わることが出来た。これから急いで戻れば、花火は見られずとも屋台で何かを買うことは出来るかもしれない。
まあ特段食べたいものも欲しいものもない私は、このまま家に帰り、昨日録画したアニメでも観ようと思っていたのだけれど。
そう思っていたときだった。
「プロデューサーさん…?」
スタジオがあるビルを出てすぐのところで、バイクを傍らにフルフェイスのヘルメットを抱え立つプロデューサーさんがいた。
「え…仕事とかは?お忙しいはずじゃ…」
「急いで終わらせてきた」
そう言いながら、プロデューサーさんは私にヘルメットを差し出す。
「それじゃ、後ろ乗って」
私はこの急すぎる展開に、ついて行けなかった。
二人乗り、とういかバイクに乗るのは初めてのことだった。普段プロデューサーさんが乗っているのはよく見るけど、見るのと乗るのはやっぱり違う。この速度に体をむき出しで晒すということに少しの恐怖と、それとは別のなにかを覚える。
「あ…」
振り落とされないように、として、気がついたら彼の背に抱きついてしまっていた。夢のように腕に抱きつくよりも更に密着する形になる。同時に心臓が跳ね上がった。
彼の背は意外とたくましく、がっしりとしている。初めて抱きついたことによって判明したその事実が、更に心臓を強く動かす。今私は、彼に、意中の男に抱きついているのだとはっきり意識させられる。
プロデューサーさんが用意したのがフルフェイスのヘルメットでよかった。でないと、見えていない自分にもはっきりと分かるほどに赤く、にやけた顔を往来の人に見せてしまうことになるから。
でもフルフェイスで顔が覆われているせいか、自分の心臓がはっきりと、うるさいほどに響くのも事実だった。
―・―・―
「体は大丈夫?」
プロデューサーがバイクを停め、ヘルメットを脱ぐ。それに合わせて私も彼の体から離れ、バイクを降りた。
「ヘルメット脱がないの?」
「あ、はい、そうっスよね…」
大丈夫だろうか、顔真っ赤じゃないだろうか、にやけは治ってるだろうか。こういうときは最終奥義、最恐のホラー漫画を思い出せ。
「…ごめん、ちょっとキツかった?」
「あーいや、大丈夫っスよ…」
フルフェイスのヘルメットに映った私に顔は、にやけを抑えきれないやつれた赤い顔という訳の分からないものになっている。またいらない心配をかけさせてしまった。やっぱりホラー漫画以外の方法を考えよう。
「…で、ここは…?」
どこかの山なのだろうか。樹木以外に見渡してもあるのは、街灯が数本と自販機と、木造の階段だけ。本当にこんなところに何があるというのだろう?
「いや、ここじゃないんだ、あの上だよ」
プロデューサーさんは階段を指さし、そこへ向かっていく。私も後について階段をのぼっていった。
十数段の階段を登りきると、一つのベンチとそれまでの道を照らす数本の街灯、そして…
「…きれい」
柵と、その向こうの光る海が目に飛び込んできた。海の上では、満天の花火が次から次へと咲いては散って、また咲いて。少し遅れて届く音は、うるさすぎずに心地いい。
私はいてもたってもいられず、柵まで早歩きでむかう。海上に開く花火の光りと、対岸で点る人々の生み出す明かりのコントラストが、私の心を刺激する。
「…学生の頃、偶然ここを見つけたんだ。穴場過ぎるし会場からは遠すぎるしで、花火大会の日は絶対に誰も来ないけど…俺が知る以上最高のスポットだと思ってる」
プロデューサーさんが柵に手をかけ、私の右隣に立つ。
「花火が見たいって言ってたし…それにあの日以来、ちょっと気分が乗ってなさそうだったし…事務所よりも現場から近いここなら、なんとか見られるかもって思ってね」
道が混んでなくて助かったよ、とプロデューサーさんは胸をなで下ろすように呟く。
私は、この最高の景色を見せてくれたプロデューサーの顔を見る。
ああ、そうか、こういうところだ。こういうところがあるから、私はそうなんだなと再認識する。
「…プロデューサーさん、ありがとうございます」
「…比奈も、お疲れ様」
その言葉を最後に、あとは花火の音と心地のよいドキドキを奏でる心臓の音だけが、私の耳を支配した。
彼と二人きりで、うるさい静寂とまぶしい海の中を過ごす間に、私は数日前の夢を思い出していた。そして、今の状況を振り返る。
私は浴衣じゃないし、彼の腕にも抱きついていないけど、二人で花火を見ているのと、花火よりも彼の顔が気になってしまっているのは本当。部分だけ見れば正夢というものになるのだろうか。
今ここにいる彼は、今ここにある景色は夢じゃない。右隣に立つ彼の、手が私の視界に入る。
「綺麗だね…」
「…っスね」
私は、どうしても視界に入った彼の手を握りたいと思ってしまった。目的や理由も曖昧に、ただ彼の手を握りたいと。
私は自分の右手に、動け、動けと命令する。でも、私の体はその言うことを聞かず、右手は固まったまま。
さっきバイクに乗っていたときは、彼に抱きつくことが出来ていたのに、なんで手を握ることには躊躇をしているのだろう。
心の奥底では、彼の手を握ることを怖がっている自分がいるのかもしれない。握った後にどうするか、彼に変なことを思われたくないからだろうとか、余計な言い訳を探す。
そんな言い訳ははねのけようとしても、私の頭にこびりつき残ったままで。
私は何も出来ずに固まっていた。
「…あー、終わっちゃったか。もっと早く来られればよかった…」
その間に、花火は全て打ち上げられたようで、彼は柵から離れる。私はまだ動けず、黒く変わった空の色をただ眺めていた。
今よりも先に進みたいとは思ってはいるくせに、私は先へ進めていない。自分が創作でやる以上に意味不明で、突拍子もなくて、私自身がどうしたいのかよく分からない。私は私の漫画のキャラよりも恋愛に弱い。
「比奈、比奈。屋台で焼きそば買ってきたから、一緒に食べよう」
ベンチに座った彼にそう言われ、ようやく私は動き出す。彼の左手を握れなかった自分を、先に進めていない自分を、言い訳を探す自分を突っ込むように、右手をポッケに入れベンチに歩き出した。
今日はここまでです、続きはまた
間違えたのも…はっ!全部私のせいだ!ハハハハハッ!全部私のせい!フフッ!
再開します
投下が遅れたのも全部乾巧ってやつの仕業なんだ
―・―・―
右手の箸を動かし、感情を振り払うように私は少し冷めた焼きそばを口に運ぶ。味はよく分からない。プロデューサーさんは下へ飲み物を買いに行ったから、今ここにいるのは私一人。
ベンチに一人座っていると、余計に悲しさが襲う。さっき不意に思ったこと、思って実現できなかったこと、自分自身への失望と後悔。
「ぐっふ、げふっ!」
焼きそばをかきこみすぎてむせてしまった。息を整え、ゆっくりと空気を吸い込む。胸の辺りをおさえ深呼吸。なんとか飲み込んだ。でもまだ苦しさが残っている。
「…はぁ」
辛いとき、何か嫌なことがあったとき、私はこれまでに読んだ、描いてきた漫画のことを思い出して気を紛らわす。
でも、今回だけは、自分の右手から意識を外すことが出来なかった。
――
――――
「終わっちゃった」
リンゴ飴をなめながら、アタシは呟く。会場にあるスピーカーから、今年の花火大会はおわりだとアナウンスがされた。
「なら奈緒も、あっつ、あち、あつあつ、ほっほぉ!」
隣のプロデューサーさんはというと、未だたこ焼きと格闘していた。
「猫舌ならもっと冷ましてから食べなよ」
「自分も、そうしたいけど…急がないとあっふぅ!」
そう言い、最後のたこ焼きを頬張った。どうにかして食べようとするのは分かるけど、口をコイのようにパクパクさせ、たこ焼きをジュースで流し込むというのはいかがなものか。
「あー美味しかった」
「今ので味わえたの…?」
味も熱さも一緒に一瞬でのど元をすり抜けたようにしか思えない。まあ本人が満足そうだからいいか。
「んじゃ、事務所に戻るぞ」
「え?何で?」
「何でって…今日は…奈緒知らないのか?」
「知らない?」
「ニュースとかで結構やってたんだけどなぁ…見てないのか?」
首を横に振る。最近夜更かしが多くなってしまって、朝は遅く起きてしまうからニュースを見る時間が取れていない。
「んじゃ、自分があんまり言わない方が良いな。騙されたと思って事務所まで着いてきて」
よく事態は飲み込めなかったけど、何があるのか気になったアタシはとりあえずプロデューサーさんいついて行くことに決めた。その間に、花火の写真を比奈さんに送っておいた。
「奈緒、来てくれたんですね!」
「アーニャ?それに…」
プロデューサーさんに連れられて事務所の屋上まで足を運ぶと、そこにはアーニャと、他にも大勢のアイドルとプロデューサーの姿があった。
「何この人数?」
普段の屋上では絶対に見ることの出来ない人だかりにアタシは少し困惑する。
「せんせぇまだー?」
「もうちょっとだよ」
いつもならこの時間にはすでに帰っているはずの、年少組のアイドル達もちらほら見える。本当にこれから何があるというのだろう。
「じきに分かるさ」
プロデューサーさんは得意そうに言うけれど、全く詳細を教えてくれないからアタシは諦めてアーニャに尋ねることにした。
「アー、今日は、奇跡の日、なんですよ」
「奇跡の日?」
ますます分からない。
「アーニャ、『奇跡』って…」
「始まった!」
アーニャに詳しく尋ねようとしたところで、どこからともなく感嘆と、はしゃぐ子供達の声がした。
驚いて周りを見渡すと、皆が皆空を見上げている。あるものはカメラを、あるものは持ち込んだであろう椅子に腰掛けて。
「奈緒、空を見てください」
アーニャが声をかけられ、言われるがままに顔を上げ、アタシは息を飲んだ。
「………………うわぁ!」
その光景は、まさしく奇跡。アタシはある曲のフレーズを思い出す。
『夜空は、星が降るようで』
――
―――
―・―・―
「比奈!比奈!上見て!すごいよ!」
背後からプロデューサーさんの声がする。私は右手から視線を外し、空を見上げる。
――目に飛び込んできたのは、いくつもの光の線。
「流れ…星…?」
いや、ただの流れ星じゃない。一つ、二つと、線が消える前にまた新しく生まれ、どんどん線の数は増えて行く。空を裂く無数の光は、私から言葉を奪った。
「流星群だよ!ニュースでやってたやつだ!初めて見た!」
プロデューサーさんの興奮気味でベンチまで走って来て、勢いよく私の右隣に座る。その手にある炭酸飲料のことなんてお構いなしのようだ。
「願いかけ放題って本当だったんだ!」
隣のプロデューサーさんは、ある漫画作品のことを思い出しているようだ。私もつらてれて同じ作品のことを考えると、自分が漫画の世界にいるような錯覚がする。
そう思ってしまうほど、この光景は現実離れしていた。
「比奈も何か願い事したら?」
その一言で、私は意識を引き戻された。
「俺だけじゃなくて比奈も何かさ、こんだけあるんだし!」
プロデューサーさんが空を指さす。
「願い…っスか」
「うん!比奈も!」
願い。願いと言うよりも、したいこと。したかったこと。…さっきも、今までも、出来なかったこと。
手をつなぎたい、腕に抱きつきたい、思いを伝えたい。二人の時間で誤魔化さなくてもいいようにしたい、もっと彼の好きなものについて知りたい。
もっとずっと一緒にいたい。
でもこれらの願いは、流れ星が叶えてくれるわけでも、漫画みたいに、神様が力を貸してくれるわけでもない。
これは私が、私自身が、叶えなければいけない願いなんだ。
ここから先に進みたい。
だったら、私なりに先へ進め。
自分が創作でやる以上に難しくて、初めてで、何をどうしたらよいのか分からない。
分からないなら、分かる努力をしよう。漫画を描くのと同じだ、やって初めて分かることもあるんだ。彼の背中の感触も、手を握れなかった悲しさも、今日初めて知ったこと。
もっと彼について知りたいなら、もっと彼について知るようにするんだ。
もっと彼に私のことを知ってほしかったら、伝えるしかないんだ。
「…そろそろ帰ろうか、このままだとずっと見ちゃって遅くなりそうだし」
彼がベンチから、私の右隣から立ち上がろうとする、ところで。
「ん?」
彼の左手を掴む。さっきは石のように動かなかった右手は、驚くほどに軽い。彼の左手から伝わる熱が、私の体全身を熱くする。緊張からか呼吸は乱れて、息がまともに出来ない感じ。
「比奈、どうしたの?」
「…ぅ…」
言え。言うんだ。不格好でも、声が上ずっても、ちゃんと、彼に私のことを知ってもらうんだ。
頭の中で言いたいことが次から次へと一瞬で溢れる。今までずっと、言えなかった事、言いたかったこと。あふれ出るそれらを、自分なりの言葉に直して。今。
私は、あなたのことが、ずっと――。
「好きです」
それは想像でもなく、漫画の中の一台詞でもなく、今ここにいる、私自身の本心。このたった四文字のために、私はなけなしの勇気を全て振り絞った。
うつむいた顔を上げると、驚き、赤い彼の顔。
視界の端に、いくつかの流れ星が光った。
・
・
・
・
・
・
――――
―――――
―――――――
あれ?比奈さんは?
担当と一緒にどっかいったぞ
ふ~ん…そっか
どうした奈緒?その嬉しそうな顔は
いいや、何でもないよ…で、今年は去年みたいなことはないのかな?
流石にそれはない、今年は花火だけだ
そりゃそっか…ま、今年はたこ焼きやめときなよ?
嫌だ、自分としてはたこ焼きのない夏祭りなんて夏祭りじゃない
あんな無茶な食い方はたこ焼きに失礼だろ…
―――
――
その浴衣、似合ってるよ
へへ、ありがとうございます
…で、腕に抱きついて暑くない?
これは私のわがままみたいなもんなんで、許してほしいっス
わがままならしょうがないなぁ…
あ、花火が打ち上がりだしたよ
お~、去年と同じできれいっスね
…去年か…去年は驚いたなぁ、流星群よりも何よりも、比奈に
あの節はどうも…
比奈は去年、あの流星群に何をお願いしたの?
そうっスねぇ…私はただの夢を、現実にしたいって思っただけっスよ
その夢は叶った?
はい、夢のみたいっスけど
これで終わりです、お付き合いありがとうございました
本当に素晴らしいよ…比奈先生
君ほど爆死を恨んだアイドルはいない
君をスカウトできなかったのは…全て計画外…
私の所持金が、底をついてしまったからなァ!
スカウトチケットでお迎えさせてもらった…!
ハハハハハァー…
初めて会ったときから君は…透き通るように純粋だった…
その水晶の輝きがァ…私の射幸心を刺激してくれた
君は最高のアイドルだぁ!!
私の通帳は全てッ……ちひろの…あの手の上で……!
ッヘゥー転がされでいるんでゃよ!
ヴァ↑ーーーーハハハハハァァッ!!う゛ァ゛ーははははははァッ!
ふ゛ぅ゛ん゛!!(スタージュエルノコウニュウヤ、スタミナカイフクハコチラデス!)
インスパイア元です→
BUMP OF CHICKEN「記念撮影」
https://www.youtube.com/watch?v=FPLxRe4ho_A
前作→
【モバマス】n年後の関係
【モバマス】n年後の関係 - SSまとめ速報
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