北条加蓮「ピエロ恐怖症」 (20)

アイドルマスターシンデレラガールズです。北条加蓮のお話です。
普通の話です。怖い話じゃないです。

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「ピエロって知ってる?」

 ファストフード店の目の前にあのピエロのキャラクターが居たので奈緒に聞いてみる。

「ピエロ? あいつみたいな?」

 目線で示した先はやはりあのキャラクターだった。

「うん、そう。そのピエロ」

「知ってるけど、ピエロがどうかしたか?」

 まぁ、どうしたって程の事でもないけどさ。頭の中にメニュー表を思い浮かべながらちょっと昔の事を思い出す。

「アタシさ、ピエロが怖かったんだよね。……と言うか今もちょっと怖いかも」

「へー? どうしてだ?」

 理由? んー……理由かぁ……

「えっとね、アタシって昔入院してたって言ったよね?」

 あの時のが原因かなぁ……。





 規則正しくいつもの時間に目が覚める。

 廊下ではパタパタと言うスリッパの音。きっとあと少しで扉が開いて……。

「加蓮ちゃーん、おはようございまーす、朝の検温ですよ」

「おはよ……」

 いつもの時間にいつものように看護師さんが体温計を持って現れる。ここで寝てるとたたき起こさるから、いつの間にか看護師さんが来る前に目が覚めるようになった。

「ん」

 毎日の事だから特に抵抗もせずに手を伸ばして体温計を受け取って脇の下に挟む。

 ここで少しでも熱が高かったら、やれ診察だやれ検査で長くなるからうまく誤魔化さなければいけない。

「加蓮ちゃんはいつも起きててくれるから色々と楽で助かるなぁ」

「そう? これくらい普通でしょ」

「そうでもないのよ?」

 いくら抵抗しても入院が短くなるわけでもないし、それなら大人しくしていた方が賢いと思うのだけど、どうやら諦めずに抵抗する子も居るようだ。

 アタシからすればそんなの体力の無駄だし、馬鹿らしくて仕方がないけど。

 看護師さんの世間話に少しだけ付き合っていると、脇の下からピピピッと言う電子音が聞こえて来た。

「はい」

 看護師さんに手渡す時にチラッと数字を見る。よし、今日も問題なさそう。

「はい、ありがと。えっと……うん。今日も変わりないわね」

 看護師さんが体温計の数字を手に持った紙に書き入れながら、アタシの顔色を伺っている。

 アタシみたいに体温を誤魔化す患者も多いからこうして目で見るのも重要らしい。

 まぁ、顔色で体調がバレる時はアタシ自身もしんどいから体温計を誤魔化したりはしないんだけど。

「はい。じゃあ朝ごはんまで待っててね」

「はーい……」

 どうも病院食はアタシの口には合わないらしく、あんまり美味しいと思えない。それでもお腹は空くし、食べなければそれはそれで面倒くさい事になるから残さずに食べるけど。

 アタシがご飯の事を考えてちょっとブルーになっていると看護師さんが去り際にこんな言葉を残していった。

「あ、そうそう。今日は午後から面白いものが見れるわよ」

 面白い物?

 朝ごはんまでテレビでも見ようかと思って手にしたリモコンを片手に少し考え込む。

 面白い物ってなんだろう。

 入院して結構経つアタシにわざわざそう言うって事は、入院中に見た事の無いものだと思うけど、一体なんだろう。

「まぁ、見ればわかるよね」

 どうせ考えたとこで答えは出ないし、それなら考えても無駄と言う物。朝ごはんの配膳に来てくれた時にでも余裕がありそうなら聞いてみよっかな。多分、そんな余裕はないと思うけど。

 一時間くらいぼーっとテレビを眺めていると、改めて外の世界には色々なものがあるんだなぁと痛感してしまう。

 早くここから出て外の世界に行きたいけど、アタシはいつになったら退院出来るんだろう。

「退院したらハンバーガーとか食べてみたいなぁ」

 やる事のない入院患者は大抵一日中テレビを見ているのだけど、一日中テレビを見ているとCMに詳しくなる。今流れているCMはピエロのイメージキャラクターのファストフード店の物だ。

「……きっとすごくおいしいんだよね」

 CMをに出ている人達がすごくおいしそうに食べているのは演技なのかもしれない。けど、少なくともいつもアタシが食べている、と言うかこれから食べる物と比べたら各段に美味しいのだろう。

 じぃっと食い入るようにCMを見ていると、お腹が鳴る音が聞こえた。

「お腹空いたなぁ……」

 配膳車の音がまだ聞こえないから、もうちょっとかかるのだろう。

 時計を見るといつもの時間よりも少し遅い時間を指している。今日は手際が悪いのか、どこかでトラブルでもあったのか。

 いっそ取りに行こうかななんて考えながらベッドから降りて、裸足のままで扉まで近寄ると遠くの方でガラガラと言う配膳車の音が聞こえて来た。

 音が聞こえて来たなら朝食が運ばれてくるのにそう時間はかからない。これならベッドで待っていても変わらない。

「となると今日も余裕はなさそうかなー」

 遅くなると言う事はそれだけ看護師さん達の仕事が遅れていると言う事だし、お昼から何があるのか聞いている余裕はなさそうだ。

「お待たせ! すぐ用意するね!」

 そんな事を考えていると、朝に検温に来てくれた看護師さんが朝食と一緒に病室に入って来た。手際よく並べると、やはり忙しいのだろう、すぐに病室から出てまた配膳車と共に次の病室へ向かっていった。

「ま、いっか。いただきます」

 いつものようにあまり美味しそうではない朝食を前に、手を合わせていただきますを言う。誰かが聞いているわけじゃないけど、一応ね。

「……あんまり美味しくないな」

 やっぱりいつもと変わらない、あまり美味しくない朝食をもそもそ食べながら、CMで見たピエロのファストフード店を思い浮かべる。

 いつか、絶対にあのお店に行くんだ。





 朝食を食べてからやる事もないので、お昼の検温やら診察までいつものように病院の中を散歩して、帰りがけにプレイルームによって絵本を借りて病室に戻る。

 別に本が好きってわけじゃないけど、何もやる事がないので時間つぶしにこうして借りている。時には読まずにテレビを見てたりするけど。

「……うーん」

 今回の絵本はそんなに面白くないなぁ。これならテレビを見ていた方がいいかも。

 とは言え午前中のこんな時間にやっているのはアタシが見ても面白くもなんともないワイドショーばかり。芸能人が捕まったとか、アイドルが結婚したとか、政治家がどうとか。

「ふわぁ……」

 どうでもいいニュースばかりで眠くなる。でもここで寝ちゃうと消灯時間に眠れなくなるし……どうせあと30分もすれば検温と清拭があって……。

 なんて考えてはいたけど、やはり退屈には勝てなかったみたいで、気が付くとアタシは眠っていた。

 眠っている間、アタシは夢を見ていたらしい。

 夢の中では眉の太いもじゃもじゃした髪の女の子と、気の強そうな長い黒髪の女の子と一緒にハンバーガーとポテトを食べていた。

 アタシも二人も美味しそうにハンバーガーとポテトを食べていて、時折もじゃもじゃした髪の女の子が真っ赤になっていたり、黒髪の女の子が優しそうな笑顔を浮かべて居たりと、今のアタシでは手が届きそうにもない夢だった。うん、本当に夢って感じ。

「加蓮ちゃーん」

「ん……?」

 アタシの名前を呼ぶ声に目を開けると、そこにはいつもの看護師さん。

「あー……もうそんな時間?」

「えぇ、というわけで、はい」

「ん」

 パジャマの上を脱いで、背中を向ける。検温の前に清拭をやってもらうのだ。

「ねぇ」

 背中を拭いてもらいながら看護師さんに話しかける。

「なぁに?」

「お昼から見られる面白いものってなに?」

 朝からずっと気になっていたのだ。なかなか聞けなかったけど、今なら余裕もありそうだし聞いてもいいだろう。

「んー、見てのお楽しみってのは?」

「いや。教えて」

 期待し過ぎて、期待外れだったらがっかりしてしまう。それならあらかじめどんなものか知って心構えをしておいた方が良い、と言うのは入院して学んだ事だ。

「えー、見た方が面白いと思うのになぁ」

 くすくすと笑いながらアタシの背中やら腕をやらを拭いている看護師さん。

「えっとね、お昼から大道芸人さんが来てくれるのよ」

「だいどうげいにん?」

 大道芸人と言われてもいまいちピンと来ない。何をする人だっけ?

「ピエロさんが来てくれるのよ」

 ピエロと言われて、思い浮かんだのはあのファストフード店のキャラクター。

 それもそのはずでアタシは本物のピエロを見た事がないのだから、思い浮かぶのは自分の知識の範囲内。そうなるとアタシの知識の中に居るのはあのファストフード店のピエロか、いつか絵本で読んだピエロだけ。

「はい。お終い。じゃあ次は検温ね」

「ん」

 パジャマを着直して体温計を受け取っていつものように脇の下に挟む。

 この時、アタシの頭の中はピエロで一杯になっていたのが悪かった。すっかり体温計を誤魔化すのを忘れていて、ピピピと言う電子音が鳴ってからその事に気付いてしまった。

「ありゃ、ちょっと熱が上がってるわね。念のために先生に診てもらいましょうか」

「はーい……」

 こうなるからいつも誤魔化していたのに……。





 やっぱりあんまり美味しくないお昼ご飯を食べて、先生の診察を受けてからようやくアタシはプレイルームに足を運んだ。普段は子供が数人居るくらいなのだが、今日は人で溢れている。

 アタシに気付いた看護師さん達が前の方に通してくれたから、見学には不都合なかったのだけど、そこで見たモノにアタシはなんとも言えない恐怖を感じた。

 白塗りの顔、赤い鼻、髪の毛は七色で、服は赤と青。手に持ったボールをほいほいと宙に投げては手に取り、投げては手に取りを繰り返していて、時々ボールを落とすと大袈裟に慌てながら拾ってまた宙に投げる。

 やっている事はそれだけだった。確かにすごいと思う。アタシにやれと言われても出来ないし。

 でも……それ以上にアタシはソレが怖かった。一言も発さずに白塗りの顔がせわしなく動き続ける。

 どうしてこんなにピエロに恐怖を抱いたのかはわからないけど、アタシが初めて見たソレはとにかく不気味で得体が知れず怖かった。

 ここから逃げ出したくて仕方なかったけど、ピエロがずっとアタシを見ていて、逃げ出したら捕まえって何かされてしまう気がして逃げるに逃げられなかった。

 せめて少しでも安心したくて、顔なじみに看護師さんの側まで移動して手を握ってもらったけど、アタシはそのピエロが何かする度にギュッと手に力を込めていた。

 ピエロの最後の演目はバルーンアートで、膨らませた風船を器用に曲げて、犬や花を作っては入院している子供達に配っていた。

 アタシの番になったのだろう。白の風船で作ったウサギを片手にピエロがアタシ近づいてきた。ひょこひょこと左右に揺れながら。

 ピエロがアタシの目の前にくると、少し屈んで目線を合わせてからアタシにウサギを差し出した。

「い……いらない……!」

 気を抜くとガチガチと歯が鳴ってしまいそうになるのをなんとか我慢しながらアタシが一言だけ絞り出すと、ピエロはすごく悲しそうな表情を作ってアタシから離れて次の子に風船を手渡していった。

 みんなに風船を配り終えたピエロはプレイルームの扉の方でお辞儀をすると手を振って、子供達の「ありがとー!」とか「ばいばーい」って言葉を背に受けながらやっとプレイルームから出て行ってくれた。

 アタシはと言うとその間ずっと青い顔をしていて、手を握っていてくれていた看護師さんが心配して病室まで送り届けてくれた。

「何かあったらナースコールを押してね」

「うん……」

 何かってなんだろう。そんな事を考えながらベッドの上に丸くなる。

 廊下ではパタパタと言う足音やガラガラと言う音が聞こえてきて、いつもの病院でちょっとだけ安心できる。

 どれくらいベッドの上で丸くなってたのかはわからないけど、しばらくするとまたいつものようにご飯が運ばれてきて、美味しくないご飯をもそもそと食べながらさっき見たピエロの事を考える。

 どうしてあんなに怖かったのかがわからない。よく考えてみるとピエロはアタシ達を楽しませに来てくれたのだから、そもそも敵意なんてあるわけがない。

 じゃあ、なんでこんなに怖いのだろう。

 答えが出ないままご飯を食べ終え、考えても仕方がないとピエロを頭の片隅に追いやって消灯までぼんやりとテレビを眺めているとあのファストフード店のCMが流れた。

 そこには……ピエロが居た。

「ひっ……!」

 いつもなら消灯までテレビをつけているのだけど、早々にテレビを消すと先ほどのようにベッドの上で丸くなる。怖くないようにシーツを頭ですっぽりと被って。

 消灯の時間が来て、病室の電気が消えてもそんなに早く寝られるわけがない。いつもの事だけど、今日は少しばかりそれば恨めしい。

 ギュッと目を閉じて居ても頭の中には昼間見たピエロやCMで見たピエロが出てきてしまう。

 挙句の果てには廊下を歩く看護師さんの足音すらもピエロじゃないかって不安になってきて……。

「うぇっ……ひっく……おかあさん……こわいよぉ……」

 とうとう泣き出してしまったアタシは、夜間巡回に来た看護師さんに見つかって、アタシが寝付くまで一緒に居てもらうハメになった。今思い出してもどうしてあんなに怖かったのかわからない。





「って感じ」

 運よく揚げたてのポテトを手に入れて上機嫌のアタシは、席に着く前にひとつつまみ食いをする。うん。美味しい。やっぱり揚げたてだよね。

「へぇ。ピエロ恐怖症ってやつか」

「ピエロ恐怖症?」

 初めて聞いたけどなにそれ?

「文字通りピエロが怖いってやつだよ」

 まぁ恐怖症なんて言うんだからその通りだろうけど。

「何の説明にもなってなくない?」

「しょうがないだろー。あたしだってそういうのがあるって知ってるだけなんだからさ」

 まぁそりゃそうだよね。アタシも初めて聞いたし、そんなにメジャーじゃないのかもしれない。

「それにしても加蓮にもそんな可愛い時期があったんだなー」

 向かいに腰掛けた奈緒がニヤニヤしながらアタシの首でも取ったかのように言ってくる。

「子供の頃の話だって。今は怖くないし」

「本当かー? さっきは『今も怖いかも』とか言ってたのに?」

 む、奈緒のくせに鋭い。

「本当ですー。だってピエロは神様だから」

「は? 神様?」

「そ、神様」

 何せピエロ様のおかげでこうして美味しいポテトを食べられるのだから。アタシから見ればピエロは神様……と言う事にしておこう。

「んん? 神様……?」

「気にしなくていいから。ほら、早く食べないとポテト冷めちゃうよ」

 せっかくの揚げたてなのだから、あったかいうちに食べないと勿体ない。

「それもそうだな。じゃあいただきます」

「いただきます」

 いただきますをして、さっきもつまんだポテトをもう一度つまむ。うん。カリッと揚がっていて美味しい。

「今日どこ行くー?」

「んー、凛が来てから決めれば良いんじゃないか?」

「それもそっか。じゃあ凛が来るまでおしゃべりしてよっか」

 きっと、凛が来てもどこに行くか決まらずにこうしておしゃべりして今日が終わるのだろう。

 それはそれで良いかも知れない。

 一人では怖いピエロも奈緒と凛と一緒なら怖くないし、奈緒と凛と食べるハンバーガーやポテトはとっても美味しいのだから。

「ピエロ様に感謝しなくちゃね……」

「何か言ったか?」

「なんにもー!」

 今日もピエロはアタシを笑顔にしてくれる。昔のアタシの分まで。

End

以上です。

ピエロ恐怖症は実際にある病気です。ジョニー・デップもピエロ恐怖症だとか。

昔の記憶を手繰り寄せながら書いていたせいか、たびたび上の空になっていました。
その度に改行のせいで「ピ」と「エロ」に分割された文字が目に入り、「エロ」とはとか考え始めていたのでもうダメかもしれない。

では、お読み頂ければ幸いです。依頼出してきます。

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