・オリP
・初SS、書き溜めあり
・即終了コースを期待して来た方はごめんなさい
・解釈や考え方を押し付けるつもりはありませんが、そう感じたらごめんなさい
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「たまに制服姿を見ないと、君が高校生だってことを忘れる」
バックミラー越しに私と視線が合って、彼は言った。
次の仕事の都合で学校まで迎えに来てもらったけど、こういう機会はあまり記憶にない。多忙なプロデューサー自身がアイドルを送迎する自体、珍しかった。
「学園祭のイベントでも着たじゃないですか、制服」
「ウサミン星人だって、イベントで制服を着るだけならできる」
「菜々さ……菜々ちゃんだって高校生ですよ?」
「そうだったっけ?いや、最近物忘れが激しくてね。菜々……さんの制服姿を見れば思い出すかもしれない。ショックで」
彼は淡々とした調子で話すので、どこからが冗談でどこからが本気か、よくわからない。
「……私、老けて見えますかね?」
「あ、それは言い方が良くないね。落ち着いているということだよ。比奈と並んでると、どちらが年上かわからなくなる」
「比奈ちゃんは気さくに話してくれますから、余計にそう感じるかもしれませんね」
「あとは……そうだね、アイドルのその後のことを考えてる奴って、事務所にもあんまりいないんだよ。何故かときどき、ゼクシィが置いてあるのを見るけどね」
「はあ……」
「そういうところで、君は大人だなと思う」
「……え、私の話ですか?」
私がゼクシィを置いた?ことはないから、ええと、アイドルのその後、の話だろうか。
「そう。ブランドショップを持ちたいんだろう?」
「え、あれは……そんな大したものではないです。将来の夢の話ですよ」
「僕が高校の頃なんて、その夢すらなかったよ。なんとなく行ける大学に行っとこうって感じだった」
戸惑う私を無視して、彼は話を続ける。
「元芸能人がファッションブランドをやるといっても、名前を出してプロデュースするだけの場合が多い。自分でデザインするとなると相当な勉強が必要になる。現実的じゃない」
「そう……ですよね」
「逆に自分のブランドに拘らなければ、セレクトショップという手もある。こっちなら今すぐにでもそれなりに形になる。話題性も十分だし、芸能活動の一環として事務所もバックアップしてくれるかもしれない。一度このルートが確立してしまえば、例えば、フレデリカあたりに応用も効く」
「そんなにうまくいくものでしょうか」
「うまくいかせるんだよ……いや、うまくいくと一部の人間を錯覚させるだけでいい。僕が企画書の添削くらいはやってあげよう」
「え、全部書いてくれてもいいんですよ?」
「君が書いた方が良い出来になるはずだ。君の専門領域にはちょっとついていけない。次の仕事だって、もう僕のカンペなんて役に立たないからね」
彼はハンドルから一瞬両手を離して、お手上げ、のジェスチャをしてみせた。
あぶないですよ?
「ただね、ブランドというのはデザインだけに掛かるもんじゃなくて……例えば価格と品質の折り合いをどこでつけるか。どういう人に向けてものを作っていくのか。思想、哲学が必要なんだ。そこを大事にするなら、既製品では難しいかもしれない」
「はい……はい。私は、やっぱりみんなに使ってもらうなら、お高いものでは駄目だと思うんです。今でこそ価格では安いショップも出てきていますが、まだまだできることはあるはずなんですよ」
「うん。そういう場合、君が自分のブランドを持つのは、遠回りのようで最短距離かもしれないね」
話を合わせながら、私は驚いていた。
昔ブランドショップの話をしたことはあっても、それは彼が毎日言っている冗談と同じくらいの意味だ。
言葉の軽さとしては、純チタン製のフレームよりも軽い。
「だからね、君がときどき比奈にデッサンを教わっているとか、晶葉に人間工学について訊きに行っているとか……」
「……は?え、なんで知ってるんですか!?」
「内緒。まあ、そういう現実的なところを評価しているんだよ。そうだね、もしユッコと一緒に鯖江に行くとかなら僕も呼んでほしいな。福井もしばらく行ってないからね」
「そうですか。次は、時子さんに帝王学を教わる予定なので、是非一緒にど」
そのとき、急ブレーキが掛かって、私は運転席に倒れ込みそうになった。
「おっと、ごめんごめん、話に夢中で通り過ぎるところだった。着いたよ。話はまた後で聞こうか」
「……タイミングバッチリでしたよ」
「ボケに対するツッコミのバリエーションを考えるのも一苦労だね……笑美みたいのがいると、日々鍛えられる」
彼は素早い動作で車を降り、私のいる後部座席のドアを開けてくれる。
「さっきは大人だと言ったけど、君はまだ子供だ。夢の話でもいいんだよ。そもそも、僕たちは既に夢の中にいるようなもんだしね」
それは、その通りだと思う。
夢が全て叶うとは限らなくても、叶う夢もあるということを、私は知っている。
一つ夢を叶えれば、次の夢も叶うんじゃないかと思ってしまうのは、勘違いなのかもしれないけど。
「……さて、今日はここで『月刊くもり止め』のインタビューだ。将来は雑誌に広告を出す側になるかもしれないけど、まずは表紙のオファーに繋がるような仕事をよろしく」
o-o、
「ああいう業界誌にアイドルのインタビューというのは冒険だったみたいだけど、先方も満足していた」
帰りの車の中で、彼はずっと上機嫌だった。
私は助手席に座って、それを横目に見ている。
「プロデューサーさんが『いつもの三倍は刷ったほうがいいですよ』って言うから、編集長さん困ってたじゃないですか」
「あれは親切心だよ。まあ、いつもどれくらい刷ってるのかは知らないんだけどね……」
「いい加減ですね」
「でもね、最初に刷られすぎても困るんだよ。雑誌の増刷というのは珍しくて、それだけで話題になるからさ……」
さて、どうやって宣伝してやろうか。連中が泡を吹くほど売れるようにしなきゃ、と彼は呟く。
こういうときの彼は単なる悪戯っ子である。ちょっと影響力があって、人とお金が動かせる悪戯っ子だ。
度し難いな……。
あれ、これはマキノちゃんの口癖だった。
「あとでブログとツイッターに、雑誌のインタビューがあったことだけ書いといて。雑誌名はまだ出さないで」
「わかりました」
「今までは商品写真しか表紙に使ったことがないそうだけど、ここで反響が大きければいけるかも」
確かに昔、表紙のオファーこないかな、と呟いた記憶はあるんだけど、あれも冗談半分なんだけどなぁ。
どうも、彼の軽口に付き合って色々喋っていることが、いつの間にか実現しているということが多すぎる。
比奈ちゃんとユニットを組んだときの衣装もそうだった。
「あの、やっぱり普通は、アイドルのインタビューなんて載せないですよね?この仕事、実は責任重大だったんじゃないですか?」
「もちろん」
「そういうのは先に言っておいてくださいよ……」
「そういうのは120%の君が必要なときにとっておいてるんだ。今日のは100%でOK。いつも通り、平常運転」
「もう……」
「先方も君の知識については半信半疑だった。それも読み通り。やっぱり、アイドルで18歳の小娘って言うだけで舐めて掛かられるところはあるな」
「それは少しだけ最初に感じましたね……まだまだ私の知名度が足りないですかねぇ」
「いや、テレビやネットで情報だけはすぐに広まるけど、人は自分の信じられるものしか信じない。結局、実物を見せて、本物だということを証明する必要がある」
「証明、できましたか?」
「話してすぐに相手の空気が変わっただろう?それが答え」
「……本物とかはよくわかりませんが、インタビュアの方と、楽しくお話できたんじゃないかと思いました」
マスクをした状態でレンズが曇らないように発声練習をしている、というエピソードが予想以上にウケたおかげかな。
そんなに笑われるとは思ってなかったんだけど。
「それでいい。本物は、自分を本物だと証明する必要がない。それが本物であることの証明」
「哲学ですか?わかるような、わからないような」
そのあと、少しの沈黙があった。
彼は雑誌の売り方を考えているのか、
それとも、私に考える時間をくれているのか。
私は、本物なのだろうか。
「私は、裏方のほうが向いてるんじゃないかなって、思っているんですよね……」
私は、最近ずっと悩んでいたことを彼に打ち明けた。
言えば彼は失望するのではないか、と思っていた。
けど、この気持ちを隠してまで、彼に本物と言ってもらえるような資格はないようにも思えた。
「帰りは助手席に座りたいって言いだしたのは、その話をしたかった?」
「はい。プロデューサーさんが今日来てくれたのも、もしかして……」
「いや、僕はユッコみたいにテレパシーなんて使えないよ。スプーンは曲げられるけど」
「曲げられるんですか?」
「両手を使えば余裕」
「はあ……」
一気に力が抜ける。
こっちはけっこう真剣に相談したつもりなんですけど。
「ごめん、怒らないで。ちょっと喫茶店に寄って行かないか。見せたいものがあるんだ」
「スプーン曲げじゃないですよね?」
「見たいの?……ちょっと、そこを開けてくれる?」
言われるままに助手席の引き出しを開けると、滑りだしてきたのは、一冊のアルバムだった。
o-o、
お店は素敵なところだった。静かで、綺麗で、空気が澄んでいる。
何より猫の絵やオブジェがたくさん飾ってある。これだけで☆を5個つけてもいい。
「こういうところ、どうやって探してくるんですか?」
「いや、別に。たまたま入っただけ」
「本当、素直じゃないですよね……」
「裏方に向いていると本気で思ってるなら、僕の手品のタネくらいは見抜けないと駄目」
「これは手品なんですか?」
「そういうこと。まあ、人を預かる管理職としての基本だと僕は思っているけどね……さて。君は、総選挙のことを考えている?」
彼はそうやって、また、私の手札を当ててきた。
「……はい、まあ、この時期は、考えないほうが難しいですよね」
「いつも、割と順位自体は安定してると思うんだけどなあ」
「でも、ここから上に行けるとも思えません。なんというか、先が見えてしまった、というか」
見えなかったものが見えるようになったとしても、
結局、空には手が届かない星ばかりなんじゃないだろうか。
そのことに気付かなかったほうが、幸せでいられただろうか。
「『明るくなった世界に喜んで、それで十分だと思ってたんです―』」
「えっ?」
「君が言ったんだよ」
「いえ、まあ、そんなことを言った記憶は、あります、けど」
あれは、いつかのライブ前にテンションが上がっていたときだろうか。
改めて言われると恥ずかしい。
そして彼はどうして、私の言ったことをいちいち覚えているのだろう。
「人はちょっとずつ、欲張りになっていくものだね」
「そうかも……いえ、ブランドショップの話をしたとき、そう思いました。別に裏方の仕事なら簡単だと考えているわけでは、なくて……」
ただ、私にはもっと適した場所があるのかもしれない、と思っているだけで、
その答えを知っている人がどこかにいるんじゃないか、と思いたいだけ。
「例えば、君はある種のファンにとっては同志であり、戦友でもある。比奈やマキノ、晶葉に票を入れることで、君と一緒に戦っているように感じてる人もいるかもしれないよ」
「……私には、よくわかりません。第一、それは、誰も私自身を見ていないということではありませんか?」
「君自身じゃなければ、何を見ている?」
「それは……」
あれ、今、私は、何を言おうとしたんだろうか。
この感情は、何なんだろうか。
欲張り、なんて可愛いものじゃない。
あんなに大好きだったものなのに。私をいつも助けてくれたものなのに。
「まあ、わからないなら、今ここで、君自身を見てみよう」
俯く私の頭を少し撫でてから、彼は、テーブルに置かれたアルバムを開いた。
o-o、
アルバムを見ながら色々な話をした。
けど、ここでは、あまり語りたくはない。
「君の笑顔がいい」
「君の寝顔がかわいい」
「君の涙がキレイ」
「君の……」
彼は、ひたすら、私自身の良さについて説明してくれた。
多分彼は、怒っているのかもしれない。
きっとそうだ。
だからこんな、嫌がらせのような、あてつけのような、
褒め殺しを……。
頬が熱い。
顔から湯気が出て、レンズが曇っているんじゃないだろうか。
はしたない。
今すぐ顔ごと取り外して、超音波洗浄機で洗いたい気分だった。
「僕はアイドルじゃないけど、周りにいる何人かの人くらいは、どうにか笑顔にできる。できるはずだと思って生きてきた」
「……はい」
「君は、もっと多くの人を笑顔にできる。僕はそれが羨ましかった。だから、アイドルになってほしかった。このブルーナポレオンの衣装を着ていたとき、君には何が見えた?」
私は、初めてのライブを思い出す。
皆の笑顔を思い出す。
私に向けられた表情は、私自身に向けられたもので、私だけのもの。
それが、アイドルの絶対特権かもしれない。
遠くに行ってしまったと思っていたものが、こんな簡単に、すぐそばにあるように思えた。
「もっともっと、君が笑顔にできる世界を広げて行きたいんだ。君ならそれができる。どうか、自信を持って」
「はい……はい」
私は何も言えなくなって、ずっと頷いていた。
「……さて、話もまとまったところで、アルバムの続きを見ようか。これ、猫カフェに行ったときのやつだね……」
「え、いや、ちょっと待ってください。もう話は終わりじゃないんですか?」
「僕はまだまだ語りたいんだけどなあ」
「やっぱり、ちょっと怒ってますよね?私のこと面倒くさい子だと思ってたりは……」
「だから、そういう風に言わないの。まだ自信が足りないみたいだから、やっぱり話を続けよう」
そう言って、彼はまたアルバムをめくり出した。
「……ごめんなさい。もう……わかりました。わかりましたから!」
私はとうとう耐え切れなくなって、叫んだ。
「もうちょっと眼鏡も見てください!眼鏡も!」
ということで終了です。二回言ってるから即終了じゃない?気にしない。
このお話は、上条春菜を「眼鏡」という単語を使わないで説明する、という試みの中からオチだけ思いついて、勢いだけで書かれています。
タイトルは「○○をけなしたら即終了するデレステMVシリーズ」から拝借しました。
オチが先にあってもそこまでたどり着くのが大変だということがわかったので、今後SSを拝読するときは作者への敬意を忘れないようにします。
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