【艦これ】大井さんの女子力事情 (215)
艦これです。地の文ありです。大井さんの女子力についてです。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1491918298
大井さんが屈みこんで浜辺と睨めっこをしている。
数秒すると一歩踏み出してまた止まる。そして数秒間、また地面と睨めっこ。
私が大井さんを見つけてから彼此10分程度。朝の日課であるランニングの最中にとうとう発見してしまった。
とうとう、って言うとなんだか大井さんが不思議な事をしているのが噂になっているって思われそうだけど、残念ながらその通り。大井さんは噂になっている。
当の本人はこれっぽっちも気にしてないみたいだけど。
朝礼前よりもっと前。起床時刻前30分前くらいに浜辺に行くと大井さんがああやって海を眺めるわけでもなく、地面をじーっと見つめているって噂。
その噂について、同室者である北上さんはこう語った。
北上「提督。ここんとこ大井っちが朝早いからなんとかして」
どうも北上さんは大井さんの心配はご無用らしい。普段中々お目にかかれない真面目な顔と口調でこう言われたのだから。
それで私は気になってもう一人に尋ねた。姉にあたる球磨さんだ。
球磨「別に気にすることないクマー。たまには一人になりたい時もあるクマー」
どうも姉妹関係にある二人はさほど気にしていない様子。
この二人が言うのなら本当にその通りなのかもしれない。
だけど、何も睡眠主義者と放任主義者だけの意見だけじゃない。こんな話も回ってくる。
あれは病んでるっぽい。振られてそうだね。なに、特ダネですか。私と同類なのね、今夜酒の席に招待するわ。ふふ、恋せよ乙女、ですね。
子犬と文学少女の悪魔コンビは話が拗れる新しい噂を広めて、それに喜んで飛びつくあのゴシップ大好きな新聞艦娘。
ゆるさんぞ、私が夜中に隠れてぼっち酒を楽しんでいたのを撒き散らしやがったせいで、失恋に敏感な艦娘が傷の舐め合いの様に酒の席を勧めてきたことを。
それはそれで楽しいのだけれど、酒のあてに簡単な和食を作りながら、昔の色恋話をにこにこしながら話される機会が増えた。
そんな話をするもんだから連れは泣きじゃくるし、宥める私だって面倒だ。
まぁ何はともあれ、監督者として見逃すわけにはいかない。
同じ乙女の端くれ、この私にだって失恋の話一つくらいだって解決してみせるわ。
提督「ぉ、大井さん!?何やってるの?」
少し緊張していた私は声が上ずる。
大井「......なんですか。今ちょっと忙しいんですけど」
そう言うと大井さんはまた地面を見つめ始めた。
素の大井さんが見え隠れしている。どうやら朝早いためそこまで気遣いが行き届いてないみたい。
諦めず私もすかさず屈みこんで大井さんの顔を覗き込む。
提督「大井さーん。おーい、さーん。....今の大井さんとおーいを掛けたの気がついた?」
大井「うざ....」
見向きもせず一言ぽつりと呟いた。
私はこっちの大井さんが好きなのに、どうにも本性を現してくれないから毎日悲しんでいる。
だから今のは効いた。最高よ。だったら追撃戦ね。
提督「まぁ、ね。大井さんの気持ちもわかるよ。恋愛っていうのは面倒だし、喜んで話されるのも面倒だよね....。それに噂にだってなるし。でもさ、諦めちゃダメだよ。大井さんの気持ちはそんなのだったの!?さぁ立ち上がって!あの太陽に向かって吠えろ!北上さあああああん!」
私は立ち上がり太陽に向かって大きく叫んだ。ありったけの恋愛成就の気持ちを込めて。かしこみ、かしこみ。
大井「あぁもうほんっと!鬱陶しい!それになんか失恋したみたいに言うのやめてくれませんか!?」
提督「ありゃ違うの。ならなんなのさ、我が鎮守府が誇る女子力マイスターの大井さん。あろう事かそんな大井さんが地面に誘われるなんてよっぽどのことじゃないの?」
大井「らちがあかないですねもう....。見つかった事が運の尽きだったことにします。まったく、これですよこれ」
そう言って立ち上がり、大井さんは握り締めた拳を私に突き出して指を解きはじめた。指の間から微かに見え隠れする水色や緑色や茶色。たしかこれは。
提督「シーガラス?」
大井「惜しいですねシーグラスです」
大井さんは一つ摘むと私に差し出す。受け取る様に手のひらを向けるとそのシーグラスを落とした。
提督「ふーん綺麗だね」
私は人差し指と親指で摘むと、裏や表なんてないのだけれどひっくり返したりしてみる。
10円玉より小さい湾曲した薄い緑色のガラス。別名海の宝石って言われてるシーガラス。シーグラスだけど、宝石っていうのはつるつるとして光沢を綺麗と表現するのに対して、これはどうもその一例には当てはまらない。
表面は細かいおうとつが刻み込まれ、磨りガラスに近く全体的に丸みを帯びている。それでも綺麗だと思ってしまうのはなぜだろうか。
提督「いやーしかし鎮守府の浜辺にも落ちてたなんて知らなかったわ」
大井「知らなかったというより、探す気すらなかったの間違いですよね?地面をじっくりと見つめる艦娘や人なんてこれっぽっちもいないんですから。砂浜がある、海がある。それで満足なんでしょう?少し探す気があるならいくらでも落ちてるんですからね」
提督「痛いとこつかないでよ大井さん.....」
大井「まぁそのおかげでこうして探せるのですけどね」
んっ。と言って大井さんは手のひらを突き出した。
返せ、ということなんだろう。私はもう一度眺める様にしてから大井さんにこれを返した。
提督「大井さんが言うにはそこら辺に落ちてるんだよね」
大井「ええ」
私はジャージの袖をめくり肩を回した。そして地面に屈みこんで。
提督「私も探すわ!ちょっと面白そうだしね」
すぐに飽きそうですね、と大井さんの一言。そして私のすぐ右隣に屈みこむ。
私は波打ち際寄りに真っ直ぐ前進を始め、食い入る様にして地面を見やる。
ふと、こうやって砂浜や風景の一角を真剣に見つめるのはいつ以来だろうと思った。
大井さんがさっき言っていた、砂浜がある、海がある。それで満足なんでしょう、っていう言葉が深く心にも突き刺さる。
こうやってやっていると面白いもんだ。見飽きたこの鎮守府の砂浜。流木や人口漂流物でそれなりに汚れたこの砂浜をいつも汚いと思っていた。
そりゃ眼に映るゴミは私は拾って捨てるようはしてるけど、いくら綺麗にしたと思ってもやはり汚いものは汚い。
でもこの砂浜は汚い風景、だという先入観が私に蔓延っていたのだと今思い知った。
なぜならこうして画角を狭めてみると、名前も知らない貝殻や、ペットボトルのキャップ、砂つぶの一つ一つに妙な新鮮味を感じ、私は今この砂浜の風景を綺麗だと思っているのだからだ。
それらを人差し指で払いのけ目的の物、シーグラスを探す。そういえば。
提督「大井さんはなんでこんな事してるの?」
大井「なんでって、綺麗な物があったら集めるに決まってますよ」
大井さんも私と同じように砂浜を払いのけている。
提督「集めて終わりなの?」
大井「男の子じゃないんですから終わりじゃないですよ。集めてアクセサリーにするんです」
あっ、ほらありましたよ。と大井さんが言った。
提督「どれどれ」
またもや緑色のガラス片。さっきと違うのは歪な形をした二等辺三角形に近い形をしている事。
提督「なんだか緑ばっかだねぇ」
大井「そんなもんですよ」
大井さんは見せたシーグラスをポケットに入れると黙々と探し始めた。忍耐、か。
大井「.....私がこの砂浜でシーグラスを探し始めてから大体2ヶ月くらいたちますけど、水色や緑色がほとんどですよ。多分元を辿れば昔のサイダー瓶なんでしょうけどね」
ああ、だからあんなに薄いのか。私はそう思った。大井さんが見せてくれた物はどれもこれも割れてしまいそうなほど薄い物ばかりだったから、少し気になっていた。
提督「青とか赤とかないのかな」
大井「不確かな割合とか私信用してないんでわかりませんけど、その青とか赤とか見つかる確率は1%も満たないそうですよ。でもそんな事知るよりも、こうやって目の前にある物で一喜一憂したほうがよっぽど堅実的、だと思いますね」
ほらまたあった。
提督「.....なんだか大井さんばっかり見つかってない?」
大井「それはそうですよ。提督が探してる直線はあんまり無さそうですからね」
そう言うと私を小馬鹿にするようににやけた。
提督「もーなんでさ!大井さん!」
大井「提督ならすぐに答えが導き出せますよ」
私は立ち上がり、周囲を見渡す。波打ち際を探している私の直線上には、あまりゴミが無いことに気がついた。
それに対して大井さんの探す波打ち際から一メートル程離れた直線上には打ち上げられた小石や貝殻が沢山あった。
大井「気がつきました?」
提督「.....大井さん場所交代しない?」
大井「イヤですよ。どうしてもって言うなら私の後ろを探したらどうですか?」
にやにやと未だ私を見つめる大井さん。
けれど大井さんの思惑とは裏腹に、私はまたと無い好機に胸が踊った。
視界を少しあげれば合法的に大井さんのお尻が。下には取り残したシーグラスが。なんてことだ。天は私に二物を与えたもうた。
提督「はい!喜んで!!」
大井「..... やっぱいいです。交代しましょうか」
立ち上がった大井さんは私を奥へと追いやろうと腰で私を2回押した。体勢を崩しそうだったから仕方なく私は移動する。
大井「ほら探してください提督」
提督「はいはーい.....」
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今日は終了です。一応提督さんは女性です。
立て乙
ガンバレー(sageれてなかったらスマソ ※レスするのに慣れてないんです)
提督「あっ!!あった!あったよ!大井さん!」
場所を交代してから大体二、三分。体感時間は10分。ようやく私は1個目のシーグラスを見つけた。
大井「良かったですね提督。見してくださいよ」
提督「ふふーん。どうよ!ビギナーズラックには定評のある私の記念すべき1個目よ」
私は大井さんに見せつける様に手渡す。
大井「おはじきですか。ちょっとムカつきますけどレア物ですよ。良かったですね」
大井さんの表情はさっきから何一つ変わらないけど今だけは違った。今にでも舌打ちをかましてきそうなくらいに眉間に皺がよっている。本気で悔しいのだろう。
私の記念すべき最初のシーグラスは緑色のおはじきだった。面白いことに片面はつるつるになっていて、もう片面はおはじき特有波模様が少しばかり残っている。不思議な感触がした。
提督「なによ~もっと褒めてくれたっていいのよ~?」
大井「はいはい良かったですね提督。一応言っておきますけど、おはじきなら私だって持ってますからね」
大井さんはおはじきを私に返すとまた黙々と作業にかかった。それにしたってねぇ。
提督「こうも少ないと自分で割った瓶とか、おはじきとかビー玉とか海に捨てたくなるわねぇ。そうすればもっと増え....」
大井「はぁ?馬鹿なこと言わないでください。そんな事したら魚雷叩き込むだけじゃなくて、提督を魚雷に括り付けてどざえもんにしますよ?」
大井さんは私がセリフを言い終わる前に割って入ってきた。
冗談でいつも言う、魚雷をたたき込むぞっていうワードに私の下線部から背筋に感電するようなほど強い電流が駆け上る。
私は大井さんに罵られることに至上の悦びを感じる人間だ。しかしその甘美な媚薬の成分は本気と優しさ、半々でできている。
飴と鞭が人の心を掌握する理屈と同じで、どちらか一つの成分だけではいけないのだ。
だから大井さんの眼光に明確に宿る、私の肉をも削ぎ落とす鞭に私の背筋は悪寒が走ったのだ。
提督「な、なによ冗談よ、冗談。そんな事する輩に見える?」
大井「冗談でもたちが悪いです。シーグラスだって元は人間が投げ捨てたゴミなんですから。運良くこうして綺麗な物になったとはいえ、他にも色んなゴミがあってそのまんま野ざらしになってる事が殆どなんですよ」
それにガラス片がシーグラスになるのにどれだけ時間がかかるか知ってますか?
大井「だいたい30年から50年くらいかかるんですよ?もしも提督がとち狂って瓶とかビー玉とか投げて捨てまくったらこの砂浜がもっと汚くなりますよ。それに」
提督「大丈夫よ、絶対に沈ませないわ」
そう言って私は立ち上がり大井さんを後ろから抱きしめた。不意に私から起こした行動に大井さんは驚いたのだろう、拒絶の意を唱える事はなく、反射的に動いた肩の一種の痙攣がそれを物語った。
私は抱きしめる力を強める。重雷装巡洋艦として期待の重圧を背負う大井さんの背中。
私も「提督」という今では世界を救う一縷の可能性、艦娘を指揮する者と呼ばれるこの名称の重みを日々背負っている。
だからよくわかるんだ。みんなが頼りにしている私や、大井さんの背中は側から見ると周りに比べ圧倒的に大きく、全てを背負う事ができると思われているって。
でも違う。本当は驚くほど華奢で、みんなと何も変わらないんだ。
いいえ、実はもっとひどい。なぜなら、みんなを騙している虚勢を張っているのだから。
本当はいつも怯えている「私がこの期待を裏切ってしまったら」って。
この不安を理解できる人や艦娘は少ない。だから理解できる私は大井さんのはけ口にならなけらばならない。それでなくとも私は監督者としての責務を果たさなければならないのだ。
提督「辛かったらね、泣いていいんだよ」
大井「提督.....」
大井さんは私の手の甲に触れた。潮風に長時間晒された指先はひんやりとしていてランニングを終えて間もない火照った私の体には、この指先がとっても心地がよい。
何より大井さんに触れているというこの事実。これはどんな理由があっても私にとっては非常に喜ばしいことだ。
愉しむ様に指先で皮膚の表面をなぞっているとその手を掴みとられた。すると思いっきり力が込められて、指先がキャビテーションを起こしぽきぽきと音がなる。
大井「何勝手にいい雰囲気みたいなの作っているんですかぁ!?」
体が宙に浮いて、地面が私に迫ってくる。一瞬衝撃が体に響くとまたしても天地がひっくり返り、太陽の赤に染められた青空と、妙に質感を帯びたピンクの空が視界に入った。
どうやら大井さんは興奮しきったご様子で、プライベートゾーンが私に覗かれている事には気がついていない。
だから何も言わず私は起こってしまった奇跡の光景を、脳裏に、くまなく、焼き付ける。
大井「まったく、油断も隙もないんですから....」
提督「ええ。その通りよ大井さん」
大井「何開き直っているんですか、まったく....」
まぁそれはさておき。私は立ち上がりジャージにびっしりこびりついた砂粒を手で払いのけ、残った分を跳躍し落とす。最後にポニーテールに縛り上げた髪の毛を揺さぶり手櫛で残った砂粒を掴み落とした。
提督「おはじきはレア物なのに大井さんは持ってるんだね。だったら伝説級のって何なの?」
私は何事もなかったかのように屈み直す。
大井さんはそんな私を見てため息をこぼしたが、シーグラスの為なら致し方無い。とでも言いたげに私の隣に同じく屈みこみ黙々と散乱するゴミの道を漁る作業入った。
大井「ビー玉ですね。私、見つけたことないんで本当にあるのか嘘くさいですけど」
提督「ほほう。ビー玉ですかぁ。聞くからに存在が定かではないほど怪しいねぇ」
大井「まぁあり得なくない話ではあるんですけどね。私さっき言いましたよね、この薄いシーグラスは元を辿ればサイダーの瓶だろうって。シーグラスの中には瓶が割れずそのまま自然に研磨される物もあります。つまりそれは瓶を完全な状態で捨てていたって人がいるってことです。だからサイダー瓶が割れて中に残っていたビー玉が研磨される可能性だってあるはずなんです」
提督「たしかに、割ってから捨てる人なんて殆どいないないわね」
ならビー玉が存在する可能性は頷ける。だけど圧倒的に見つかる可能性は低い。
瓶だって一本が何分割されているのかわからないし、割れても砂状になって残らない場合だって考えられるのだから、必ずしも、ビー玉が完璧な状態のまま採取されることは難しいだろう。
中々更新できなくて申し訳ないです。
>>13
今までいくつかSSのスレを建ててきましたけど、今でも凄く緊張します。誤字あるかも表現通じるかなって沢山です。何が言いたいのかって言うと、誰だって最初は緊張するんで何事も気にせずにってことです。SSとか作った事ある人ならわかるんですけど、コメント一つでも貰えると馬鹿みたいに嬉しいんです。だからもうやめた!って思わないでじゃんじゃん他のスレにコメントしてあげてください。長文すみません。
大井「私の最終的な目標は、全員分のビー玉を見つけて、それをアクセサリーにして渡すことなんです」
提督「全員分ですか。こりゃまた大変ですねぇ....」
大井「仕方ないじゃないですか....」
横目でちらりと視線を動かすと大井さんは眉間を摘み、心底呆れ果てたようにため息をこぼしていた。
提督「.....なによ。ため息なんかこぼしちゃってさぁ」
何が一体大井さんを呆れさせるのか、全く見当がつかない。私はシーグラス採取を中断し大井さんのため息の理由を問うた。
大井「......ここの鎮守府ってみんな自分に無頓着な人や艦娘が多いんですよ。いいえ、私以外全員ですね。みんな少しも飾ろうとしない。もうそれが気になって気になって....」
自分に無頓着か。
提督「そう?みんな可愛いし女の子らしい子ばっかりだし、大井さんの勘違いじゃないの? それにみんなそのまんまでいいと思うよ、私は」
艦娘はみんな可愛いし。それにとびっきり性格がいい。
人間以上のものを持つ艦娘に大井さんはこれ以上何を求めようか。
私は人間が嫌いだ。胡散臭い言葉を並べ、他者を蹴落とし、下にいる者を貶しては恍惚とする。
重ねて言おう。そんな醜悪を詰め込んだ人間が私は嫌いだ。
だからこんな提督業だなんて人と関わることの少ない職種を選んだ。
なまじ頭は良かったため、最前線に飛ばさせることもなく、かといって形だけの鎮守府でもない、少し危なっかしい所に配属された。
私には無駄なプライドと、できれば楽をしたいっていうふざけた考えがある。だから最低限必要とされる今の現状はかなり気に入っている。
私が艦娘に出会う前、艦娘は姿形が人間だもの、告白しよう。私は艦娘を一切信用していなかった。
どうせ人間と変わらないだろう。そう思っていたわけで、私には人間が少ない戦場が安寧の地にみえた。おかしな理由だけどね。
そんな疑心暗鬼な私が提督になって最初に支給された艦娘は、簡単に予想がつくわね。大井さんだった。
まぁそれまで艦娘だなんて写真とかでしかお目にかかった事がなかったから驚いた。
艦娘は本当に可愛いかったから。写真写りがいいとかそういうもんじゃない。あぁ可愛いなぁと何度も思っていた。
しかし綺麗な花には棘がある。ことわざは言い得て妙。物事の真理をつく事が多い。だから余計に私は訝しんだ。
なぜなら、大井さんは裏表がある艦娘だからだ。
今じゃそんな大井さんが大好きでしょうがないのだけれど、当時は見え隠れする本性に、他の艦娘より特に警戒心を払う対象だった。
穏便に済ませようと表面上だけを意識する。私の得意分野で大井さんを避けていた。
でも大井さんはそこんとこ敏感だった。最初は大井さんも私と同じ様にしていたけど、段々私に対して苛立ちを隠せず、ある日とうとうブチ切れた。
覚えてるなぁ。私の何が気にくわないの?ですって。
まぁびびったわ。だってそんな事言う人なんていないわけだから。
みんな表面上を意識するもんだから、わざわざ生暖かな関係を壊す一言をぶつけるわけない。
だからこの一件が私の考えの根底を一気に塗り替えることになった。
艦娘は人とは違う。こんなにも素直で自分を隠さない生き物なんだ艦娘って。
感動して私は泣いた。それも切れてる大井さんの目の前で。大井さんはそんな私を見て慌てふためき、何も言わず抱きしめて、泣き止むまであやしてもくれた。
たまに大井さんはこの事を冗談交じりで弄るけど、何も気分を害する事がない。だって私は艦娘に恋してるのだから。
だから、私は自分を着飾るだなんて艦娘のみんなにはしてほしくない。
何か変わってしまいそうで、不安でしょうがないんだ。
大井「そのまんまでいいなんて勿体ないですよ。せっかくみんな可愛いんですから、そうなった以上最大限良さを活かすべきなんです」
提督「そのままで十分可愛いなら、何もしなくても大丈夫!大丈夫!私に比べてみんな可愛いひお洒落さんだからね」
私は軍服以外の服はジャージ二、三枚とシャツと下着しかない。特に鎮守府から外出する事なんてないんだからこのくらいで丁度いい。
はぁ、とまたため息をこぼす大井さん。
大井「やっぱり提督もですね.....。提督、あなた自分が美人って事に気がついてますか?」
提督「へ?美人?」
初めて言われた。私が美人だなんて。言われるのは目つきが悪い、姿勢が悪い不健康だ。こればっかり。
更新できなくてすみません。そろそろお暇を頂けるのでその時はガツンと更新します。また頑張ります。
大井「中身はどうしようもないですけど、多少気を使えば誰にだって負けませんよ?」
癪ですけど、本心ですよと付け加えた。でも私はそうは思えない。
提督「私は、嫌だな。だってそう思わない?お洒落をしている人って、なんか自分を良くみせようと必死にしてるっていうかなんて言うか....。自分に嘘ついてるみたいに思うのよ」
私はそう言って意味もなく親指の爪を弄る。 これは私の悪い癖だ。誰とも真正面から討論をせず適当に流し続けてきたせいで、本音を呟くことが苦手だ。そういう時、決まってこうやってしまう。
この癖をもちろん大井さんは知っている。
付き合いが長いと見えてしまう数多い私の癖は、大井さんには気になって仕方がないらしい。
それに大井さんは世話焼きだ。少しでも悪い癖を見つけると私はご指摘を頂く。例に沿って今回も同じだ。
大井「提督、爪」
提督「あ、はい....」
大井さんは提督と言い、気になったことを言ういつもの流れ。
別にこれ以上何かあるのかと言われると、何もないし、どうして指摘するのかっていう理由を述べるわけでもない。
大井さんはそれが気になったから言う。ただそれだけ。
癖は言われてから気がつく事が多いし、客観的に見直して変だと思えば気にして矯正するもの。
それを理解しているから大井さんは必要以上の事を言わない。
直そうと思っているから私も有り難くその言葉を受け止める。それでよし。
大井「で、まとめるとお洒落な人が提督は気にくわない、と」
なら私はどうなんですかと、大井さんはまたもや私を試すように言う。にやにやしながらと。
提督「いぃやぁ!!大井さんは良いんですよ!だって生きる女子力の塊、ですから副産物としてお洒落が付いてくるのは当然の事なのよ」
我が鎮守府が誇る女子力マイスター大井さんの実力は定かではない。
なぜなら、私達は大井さんが行う数々の女子力行為を理解できないからだ。
このシーグラスを拾い集めてるのだってそうだった。何か悩み事や病んでるだなんて言われる始末で、誰一人として理解する事が出来なかった。
他にも理解できなかった事として、大井さんはついこの前まではお茶について勉強していた。
我が鎮守府にはお茶にうるさい金剛型の艦娘は一人としていないので、飲めればいいのだと誰も気にしなかった。そんな中を、大井さんが研究していたのは、紅茶についてだった。
話を聞くとお茶はお茶でも、ほうじ茶。麦茶に緑茶。枝の広がりみたいに分岐する種類は紅茶でも同じだった事を知り私は驚いた。
私は紅茶という飲み物はどれも同じ物で、違うとしたらレモンティーやミルクティーとか紅茶に加える物だけの違いだと思っていたからだ。
だから大井さんが得意げに話すダージリンだったか、ダイエットに効果があるという耳寄りな情報とか、フレーバーがどうのとか、殆どまるっきり私を含め女子力の欠けた我々鎮守府の面々には理解できなかったのだけど、飲むとダイエット効果があるって事が一人歩きし空前の紅茶ブームか訪れたのだ。
しかし時同じくしてトイレが大混雑になったことは今でも謎のままだ。
大井さんが新しい事を始め、みんながその話を聞くとやっぱ女子力高いなぁと納得できる。女子力未知数でも大井さんブランドが物語るのだ。
そんな大井さんだからこそ許される自分磨き。ちゃんと訳があるのですよ。
今日は暇ですのでちまちま更新していきます。
大井「.....毎回思うんですけど、私とみんな。一体何が違うんですか?女子力とかお洒落さんとか抜きとして、気にはならないんですか?服装もそうですけどお化粧の仕方とか、女の子なら調べて当然なことがみんな欠けていて?」
提督「さっきも言ったけど、やっぱ自分らしさって大切じゃない?無理して着飾るのは良くない.....」
大井「それは違いますよ」
キッパリと言葉を遮る。それに強い口調だ。私の癖に指摘する時とは違って。
大井「みんなお洒落の楽しさを知らないだけなんです。それか嘘で固めて意固地になっているか、この2つです。どうせ提督の事ですから、あなたは後者だと思いますけど」
提督「心外だなぁ....」
でも間違っていないのかも知れない。私が気がついてないだけで、大井さんから見たらそう思えるのだろう。
大井「提督はともかくとして、他の艦娘のこは違いますよ?知れば興味を示して始める。知らないから手を出さない。みんな、何にでも興味があるんです。お洒落だってそうです」
そう言われて紅茶の件を思い出した。
みんな興味がなかっただけで、大井さんが始めて良さを知ると、こぞって私もと広まった。
それに波は去ったが今でも紅茶を飲み続けている艦娘だっている。
大井「かっこいい服がいい、可愛い服がいいシンプルな服がいい。漠然とした願望は誰にだってあるんです。でもそれを表現する知識がなく考えあぐねてしまい、結果これでいいやと妥協する。勿体無いですよ。雑誌一冊買って勉強して、服屋さんに勇気を出して買いに行けば成長だってする。勉強する過程でまた新しい事に興味を持つ事だってあるんですから。初めから諦めてちゃダメなんです」
つまり大井さんはこう言いたのね。
着飾る事、お洒落をする事は普通で、そしてそれは自己表現であり自分らしさの延長線だと。
しないのは最初から諦めているからだと。だけどさ、世の中そんなに上手くはいかないってもん。
羞恥心。日本人に力強く根付く恥の文化。これは中々捨てる事はできない。
私が僕が、こんな服装をしていいのか。これは似合っていないと客観的に自分を見直すことは誰にだってあるはず。これはどうなの大井さん、と私は問うた。
すると大井さんはおもむろに砂浜に手を伸ばす。そして緑色の破片を一つ摘み上げ、シーグラスと同じですねと呟いた。
大井「提督はこの砂浜にただの瓶の破片があったらどう思います?」
なるほど。大井さんの意図に察しがついた。
提督「嫌だな、だってそのままだとゴミだから。それに踏んづけたら怪我だってする」
大井「なら、こうやって砂と岩にお化粧を施されて瓶の破片がシーグラスになったら、どうですか?」
提督「綺麗だね。ほんとおかしな話だけどさ」
大井「わかりまたね?提督」
提督「参りました.....」
それでいいんですよまったく。そう言うと長らく中断していた前進を再び始めた。
大井「罰として今度提督には私のマネキンになってもらいます。嫌とは言わせませんよ。そしていつかはこの鎮守府の一人一人を私のマネキン....。私が手伝って無理にでも服を選ばせて着させてみせます」
大井さんの熱い覚悟が繋がった。私はマネキンにすると言ったけど他の子達にはその表現は使わなかった。なぜだろう。
大井さんを見ると若干鼻息を荒くしていて手を動かすのも早くなっていた。
しかし、そこまでして熱くなるのはなんでだろうと私は思った。
このシーグラス採取もそう。この最終的な目標は鎮守府面々のアクセサリーを作る事と言っていた。でもわざわざそんな事しなくたっていいのに。
大井さんがお節介を焼くのはみんな知っているけど、実力行使だなんて珍しい。
さっきの説明にもあった様に、勉強して自分で行く事に意義がある、興味があるなら教えるって考えのはずなのに。私はまたもや気になったことを聞く。
提督「なんでそんなにやる気満々なわけなの?大井さんは?」
大井「なんでって....」
そう言って大井さんは項垂れる。その声色には飽きれが混じっているのを私は聞き逃さない。
それにしてもなんで飽きれるてるのかな、って思ったけど、私の鈍感は直ぐに今までの話と直結しているだと察した。
提督「何があったのさ?一体全体?」
大井さんは突然頭をかきむしり、ああ思い出しちゃったと珍しく大きな声で叫んだ。
大井「いいですか?誰にも内緒ですからね?....冬の時期に、私と北上さんが一緒に休みを取ったのを覚えてますか?」
提督「ええ知ってるわよ?あれ、デートでしょ」
二人とも、お熱いですねと付け加え、私はさっきまでのお返しとばかりににやけ面をする。
その日は鎮守府内で大騒ぎになったからよく覚えている。
なんと二人が一緒に休みを取ってお出かけするんだとさ。遅かれ早かれ明るみになる話だったけど、大問題だこれと、私は頑張ってこの話を隠した。
はずなのにどこかの、青の葉さんが前日に嗅ぎつけやがった。おかげで知れ渡ってしまい次の日鎮守府は機能停止にまで陥りそうになった。
追いかけるだなんだ、失恋的センチメンタルや、ノスタルジーに浸ったのか知らんが出撃できませんといい、みんな嫌だと言う。
そのせいで私があっちこっちに行き説得したり、叱ったりとで、忘れられない一日だったのだ。
もちろん北上さんと大井さんは私の奮闘劇を知らないだろうけどね。
そんな私が孤軍奮闘の真っ最中に二人は甘々な関係を築きあげていたんだろう。その惚気話を私にしようだなんて、まったく大井さんは。
大井「えぇ、まぁ、そうなんですけど、ね」
妙に歯切れが悪い。趣味の話をするみたいに早口でまくしたてると思っていたのに。
大井「....あの日、結構大きなデパートに買い物とデパ地下のお惣菜屋さんで、みんなのお土産買いに行ってたんですよ」
提督「あぁ、あれのことね。久し振りにがっつり食べたわ。美味しかったわよ」
我が鎮守府が誇る料理担当の艦娘、通称「お艦さん」は和食を作る。
そりゃそうだろって思うだろけど、いかんせん、洋食はてんで駄目なのだ。
不味いわけじゃない。いざ張り切って洋食を作ろうとしても、何をどう間違えたのか、結局和風洋食になってしまうのだ。
ポトフを作ろうとして、なぜか肉じゃがになったり。かといってカレーを作るとカレーになる。カレーは日本のソウルフードとはいうけど何か腑に落ちない。
気になって私が厨房を覗いてみると、置かれていた調味料は醤油、酒、みりんの三種の神器と日本食に必要な調味料ばかり。
それらを手にとって「どうして私は....」と日本に縛られた我らが誇る料理担当「お艦さん」がいたのだ。
見なかったことにした私だけど、こりゃ洋食は食べられないわと思ったわけだ。
大井「それはどうも。....それでですね、北上さんの服装が.....」
そう言って口を開けたまま硬直した。私に次の言葉を紡げということだろう。大方、察しはつく。
提督「相応しくなかったのね。服が」
こくんと、大井さんは小さく頷いた。
うるさくした北上さん、なんて二つ名がある私だけど、それは何も性格が真逆でも似たり寄ったりだからというわけじゃない。
北上さんの服装は、私と同じだからだ。一度、見たことがある。北上さんが制服以外の服を着ているのを。
まるで瓜二つだった。よくわからない英語のシャツと短パン姿で、自販機で飲み物を買っていた姿を。まさにあれは私と同じだったのだ。
その姿と私の服装を思い返したわけじゃない。なんせ私も自販機に飲み物を買いに行っていたところだったから。
目に映るは英語が違うだけのシャツと、色が違う短パン姿の小さな私。
私は北上さんにバレないようそそくさと退散した。妙に恥ずかしかったからだ。
あの時は理由はわからなかったが、今ならわかってしまう。そりゃ恥ずかしいわけだ。
大井「さすがにマズイって思ったんですよ。だってジャージ上下で特攻しようだなんて、考えられないですよ」
まさかそんな服装で行ったのか。部屋着ならともかくとして、私だってジャージ上下で大きなデパートに行こなんて思わない。
私は北上さんと違って軍服があるからなんとかなる。きっちりとしてるあの服なら到底浮くことは、ないない。
提督「それでどうしたの?」
どうしたも何も。
大井「一旦退却して私の服を着させたんですよ。でもコートは重い、マフラーは邪魔だって言って嫌がるんですよ北上さんは。それで無理やり」
提督「いやぁお疲れさまです.....」
両手を合わせて合掌する。まったく、必要最低限の服は持っていて欲しいもんだね。
大井「.....北上さん以外にも言えたもんですからね。だから、こんなにやる気になってるんです。それに買いに行くにも、よそ行きの服が無いと難しいですから、私が付いていかないと」
女子力を忘れすぎか。まぁこれは男にも女にもいえたことだね。
大井「そんなみんなですから、こうやってちまちまとアクセサリーになりそうな物があれば拾って、いつかはプレゼントするつもりなんです」
提督「なんだかお母さんみたいだね。大井さんは」
料理担当の「お艦さん」に服担当の「大井さん」。なるほど、これなら鎮守府は安泰だ。
鐘の音がなった。学校でよく聞くチャイムの音だ。その音に続き拡声器から、みなさん朝です。今日も1日がんばりましょう。と、大淀さんの声が響き渡る。
私は立ち上がり伸びをする。そして朝の澄んだ潮風を大きく吸い込んだ。
提督「そんじゃあいい時間ですし、戻りますか」
大井「そうですね。今日も1日よろしくお願いします、提督」
大井さんも立ち上がり膝小僧にこびりついた砂を払い落とした。
よし。
提督「それじゃあ最後に、大井さんに細やかながらプレゼントを」
私はポケットを弄る。そしてそれを掴み取るとあの時の大井さんと同じく拳を突き出す。
それを大井さんは受け取ると目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。
大井「提督!?これいつ見つかったんですか!?」
私は踵を返し歩き始めた。丁度向かい風だから髪が靡く。そして少し顔を傾け振り返り、できるだけかっこよく。
提督「大井さんのパンツを拝見させてもらった時にね、なんか掴んでたんだよ。お礼だよ、とっときな」
そう言うと大井さんは顔中真っ赤にし、勢いよく走ってきて、私の背中を思いっきりぶん殴った。
私が大井さんに手渡したのは、細かな凹凸が刻み込まれた、大井さんが堪らなく欲しいと言っていた、透明のビー玉だ。
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いつもの鎮守府の午後は、私が業務に飽きて散歩に出かける時間帯だ。なにせ眠いのだから仕方ない。
適当にぶらぶらと歩き回って散歩にも飽き、そろそろお仕事しないと怒られると思い、執務室に戻ると誰もいない。
代わりに執務机の上に一枚の置き手紙がある。二つ折りにされていて、右端に小さく、提督へ、と丸っこい私がいつも見る字体で書いてある。
どうやら私以外に誰もまだ見ていないんだろう。
大井さんは几帳面だから折った紙が直角に開くのが許せない。
力を込めて、体重全体を込めて綺麗に二つ折りにする。
そんな事をするのだから、一度誰かが目を通すと紙が上を向いてしまい痕跡が残る。
それを大井さんが知ると、まぁうるさい。それをみんな知っているから誰も大井さんからの手紙は自分以外のを開こうと思わない。
無論そんな事をするのはいないのだけれど。
私はあの日以来大井さんのお尻を執拗に追い回している。
朝のランニングはやめて、シーグラス探しに熱を注いでいるということ。
どうしても探す場所は同じだから、シーグラスの先輩である大井さんを差し置いて前に出ることは言語道断だ。
従って大井さんの後ろを追う。致し方ないのだ。
手紙にはその行為は迷惑だからついて回るなと書いてあり、それと今夜浜辺に来てくださいとも書いてあった。
私はふらふらと椅子に座わる。なんだかお風呂上がりでのぼせたみたいだ。
そして確認の為、もう一度手紙の内容を見る。同じ内容だった。私は声ならぬ声を上げ足ををばたばたした。
なるほど実ったのか成就したみたいだ。大井さんにしてはなんて大胆なんだ。
もっとこう、お洒落なレストランに私を呼びつけて、指輪を入れたシャンパンを運ばせるなんて計画を練っていると思ってた。
珍しく私は化粧をしようと思った。自室に着くなり服を脱ぎ捨ててまず禊のため風呂に入る。いつもより丁寧に髪の毛を洗い、いつぶりかのトリートメントを丹念に塗りたくる。
今日はここまでにします。そろそろ終わるのでまた頑張ります。
しかし困ったことなった。
風呂から上がり化粧台に着くなり私の手は止まったからだ。
目の前にある化粧道具を前にした瞬間、私は何から手をつけたらいいのかまるっきりわからなくなった。
私は化粧用品の裏に書いてある使用方法をひたすら確認する。どこに塗るのか、どんな効果があるのか、書いてあることはわかる。でもいくら読んだって順番がわからない。
いつもなら大井さんにアドバイスをもらいに行く私だけど、今回はそうはいかない。
下手に多く使うとかえって逆効果だと思い、確かこんな感じだったなと適当にファンデーションと口紅を塗る。そして完成。
したのはいいが、鏡に映っているのはまるで化け物。
ファンデーションをこれでもかと塗りたくったせいで顔が不自然に浮き上がり、唇はいつもより2センチましに広がっている。
ふと頭の片隅に真っ白な顔で、たらこ唇のおばけがよぎった。
私は急いで風呂に舞い戻り顔をリセットする。
壁に手をつき、シャワーを浴びながら愕然としていると、大井さんが言っていた、ここの鎮守府の面々は女子力以前の問題だ。そう言っていた事が身に染みてよくわかった。
私は諦めた。もうどうしようもない。このままだ。
さてと、と。風呂から上がりもう一度髪を乾かして、軍服のボタンを締める。小休止と一服にコーヒーを飲みながら私は時計を確認した。
時刻に血の気が引いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
提督「ごめん大井さん!まった?」
大井「えぇ約束の時間からもう10分ぐらい待ちましたよ」
私が息を切らして到着すると、大井さんは苛立ちの矛先を地面に向け右足首でとんとんしていた。顔を見ると眉間には皺がよっていて、視線は私の心に突き刺さる。
提督「ほんっとすみません!」
私は両手を合わして頭を下げた。遅れた理由を話そうと思ったけど、まさか慣れない化粧に戸惑っていたなんて恥ずかしくて言えたもんじゃない。
大井「まったく、提督が時間に遅れるなんて珍しいですから、心配してたんですよ?」
あぁもう髪の毛がぐしゃぐしゃじゃないですか。そう言って大井さんは私に近付いて髪の毛を整える。
いつも大井さんはいい匂いがする。なんて言うのだろう。女の子の匂い。これ以外に言葉が出てこないから困る。その匂いに今日はやけにどぎまぎする。いつもと変わらないのに、高鳴る心臓の鼓動が強すぎて張り裂けそうだ。
化粧も上手だなぁ。それに髪の毛の艶も私とは大違いだ。よく手入れしてるなぁ。
大井「提督、動かないでください。やりにくいです」
提督「ごめんなさい....」
大井「あと視線。気づいてますよ。あんまりじろじろ見られると恥ずかしいからやめてください.....」
そう言い終わると大井さんは私から離れ、そして、恥ずかしそうに顔を逸らした。私も大井さんに視線が気づかれていた事に恥ずかしくなって視線を逸らす。
長い長い沈黙が私と大井さんを覆い隠す。普段なら冗談の一つを言って大井さんを呆れさせるのに、なぜだか今は緊張しているせいで、いつもみたいに馬鹿な事が言えない。
でもそんな事を知らない大井さんは私の一言を待っている。そんな気がするからなんとか頭を捻る。
2日3日あたりになんとかお話を終わらせます。それで終わったら小ネタをやるって言いましたけど、内容はこの前に横須賀の軍港に行って軍艦の写真を撮ってきました。それらを貼っつけようと思ってます。
提督「あっ!え、えっとさ。私を呼び出した理由ってなんなの大井さん?」
そう言った後に私は思った。なんてつまらない返しだと。
こんな重苦しい空気の中で、私は気の利いた返しをせずに、呼び出した理由を聞いたのか私は。意気地なし、へたれめ。
大井さんは私は見つめ、少し口を開く。そして数秒して話し始めると思ったけど、表情を変えないままゆっくりと口を噤んだ。
躊躇っているのかな。大井さんは。私に何かを伝える事を。
その何かに期待し私の胸はますます高鳴るけど、同時にそれはあり得ない事だって頭が理解している。
大井さんの中で私は「提督」であり、仕事上の付き合いでしかない。そのドライで親密な関係が私の頭を冷やすんだ。
栗色の髪が柔らかな潮風でそよいだ。月光を浴び、光を纏った髪の毛は毛先に向かうほど白銀を帯び、ゆらゆらと照り輝く。
乱れる髪の毛を煩わしそうに搔きあげる大井さん。そのアンニュイな表情はなぜだか神秘的だ。
大井「月が綺麗ですね。提督」
そう呟くと大井さんの瞳は私を真っ直ぐに見つめた。
提督「そ、そうね!空気も澄んでるし、雲は一つないから、よく月が見えるわね!」
そう言って私は笑う。そうするしか誤魔化す方法が思い浮かばなかったからだ。
誰だって意味がわかるあの謳い文句を言われたら動揺するに決まってる。
私はなぜだか親指の腹と人差し指の腹とでポニーテールの毛先を伸ばしたり弄ったりする。
大井さんの瞳は依然として私を見据えている。私は何を言ったらいいのだろう。さっぱりわからない。わからないからずっと弄り続ける。すると。
提督。
大井「私のことは、好きですか?」
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意気地なし、へたれ、甲斐性なし。
私がここまでお膳立てしてるっていうのに、なんなのよ。
それらしい言葉を並べて提督の出方を伺っているっていうのに、それに便乗したりしない。上っ面だけを取り繕って事なきを得ようとしてる。
提督がそういう人間だってことは私は知っている。
だけど、ここぞって所は決めてほしい。そうならなくちゃ一歩も進めないじゃない。
大体何よ。約束の時間も守らないって。それに時間が掛かってるって事は服やお化粧やらしてくるって思ってたのに、いつもどおりじゃない。それに、それに。
挙げれば幾らでも出てくるこの提督への不満。
はっきり言って、いい所より悪い所の方が多い。
でも初期艦としてこの人に付き従った私は、その数少ない良い所が、悪い所を打ち消すくらいに素敵な事だと。
それは、艦娘を人間として見ていないこと。
艦娘は人間だっていう人はいる。
私がこの提督に出会う前にそう主張する人間が数少ないけどいたからだ。
私はそれが堪らなく嫌だった。虫唾が走るほどに。
どう取り繕ったって艦娘は人間なんかじゃない。そんな事そこら辺にいる子供達に聞いたってわかること。
それなのに、艦娘は人間だなんて。目の前の現実を否定している。
頭の中ではわかっている筈なのに、受け入れたくない。そうやって私は他の提督とは違う、いい人だって思い込みたいだけ。
いいえ、違う。彼らは本心から艦娘は人間だって思っている。
期待や願望じゃなくて、心の底からそう思っているはず。
同じ目線で痛みを分かち合って、苦難を乗り越えるから、人間と変わらない。そう結論に至ったんだ。
でも私は、それが重い。
彼らが私に「人間なんだ」って求めることが。その期待にはどう頑張ったって絶対に応えられないから、心はすり潰される。
だから逃げ回るように色んな鎮守府を巡り回った。
そして出会った、この目の前で髪の毛を弄くり回す提督に。疑心暗鬼の塊で、どっちにも肩入れすることが出来ない半端者の人間。
一目でわかったわ。類は友を呼ぶっていうあれね。
陰気な空気を醸し出すこの存在は、私の本性と似ていると。そう思った。
人として半端者の提督は、艦娘の扱いも半端だった。
それは指揮が下手くそってことじゃない。
しっかりと引き際をわきまえているし、勝負に出た時は必ず勝利を収める。
今まで見てきた多くの提督の采配よりも確実で、どうしてこんな辺鄙な鎮守府に配属されたのか理解できなかったほど、聡明で頼もしい。
じゃあ何が半端だったかというと、この提督は聡明すぎるがため、艦娘を「兵器」か「人間」かはたまた「艦娘」か、どう扱っていいのかわからず思い悩んでいた。
その考えが艦娘の扱いが半端だったというわけ。
今ならよくわかる。この提督は「人間」が苦手。それだから姿形が人間の「艦娘」に不信感を持っていた。でも艦娘を「兵器」として扱うのは良心が苛まれると。こう考えていたはず。
今までの提督とはまるで違った。どの人も艦娘を、兵器ならば兵器とし、人間ならば人間として扱っていたのに、そんな事に思い悩んでる人間は初めてだった。
だけど私は物事は白黒つけたい性格で、そうやってうじうじする態度が目に見えて露わになった時、ついつい怒ってしまった。私の何か気にくわないのって。
その一件から提督の艦娘に対する感じ取り方がいい意味でも、悪い意味でも変わったと思う。
提督は私に気持ち悪いほどスキンシップを行うようになったし、なにより艦娘に対する見方が変わった。
扱いは今までと変わりはなかったけど、提督の艦娘を見る瞳は少しずつ不信から信頼に変わっていった。
それは提督が、艦娘は人間ではないという結論に至ったというわけ。
どうしてそう思えるのか。なにせ提督の人間嫌いは直っていないから。
艦娘を信用していても、人間として見ていない。その視点が私には心地いい。
取り繕うことなく自分を出せる人間は今の今までこの人しかいなかった。と私が気が付いた時、私はこの人の虜になっていた。
北上さん、ごめんなさい。私は沢山存在する魅力的な「北上」さんよりも、唯一無二の存在である提督に惹かれてしまいました。
どうか、どうかこんな私を許してください。
そして私は、この人が私と同じ気持ちである事を託し、勝負に出る。
必ず掴み取ってくださいよ、提督。
大井「提督、私のことは好きですか?」
聞こえなかったとは言わせない。風にも負けず、しっかりと聞き取れるくらいの音量で問う。
それを聞き取ってしまった提督は、まあなんて情けない。顔を真っ赤にして髪の毛を弄る手も止まり、鳩が豆鉄砲を食らったみたい。
さぁどうやってこの問いを返してくれるの、提督は。
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GW中に終わらせようと思ってましたけど彼方此方に行ったり、イベ掘りでまったく進みませんでしたごめんなさい。大井さんと提督の駆け引きはまだ続く予定です。
昔々その昔。まだソロモンの悪夢がそれほど力を持っていなかった時。
昔々その昔。まだ双璧をなすもう一人も力を持っていなかった時。
昔々。まだみんなが弱かった頃に、私は覚悟したんだ。
大井さんを殺そうと。
提督稼業をする者、いつかは訪れるだろう災厄に私が直面したあの日、私は大井さんを殺そうとしたんだ。
その方法は至ってシンプルで、尚且つ、遠回しな艦娘への死刑宣告だ。
今からこの海域に行って敵を迎撃してきて。この命令一つで、私は、大井さんを殺そうとしたんだ。
私が大井さんからストレートな告白の促しを受けた瞬間。私は防ぎ混んでいたこの記憶がフラッシュバックした。
狼狽え呆けていた口が急に塞がり、一瞬にして顔が青ざめたはずだ。
ただでさえ低血圧な私は、その変化にくらりとしたのだから間違いない。
大井「どうかしましたか?提督?」
その変化に気がついたのだろう、心配そうに私の顔を覗き込む大井さん。
提督「ううん。なんでも、ないわ」
そう言って首を振る。私の変化した心境を悟られないようにするが、いかんせん大井さんは私の考え事をよく当てる。
しかし今回は察することはできないはず。なぜなら自分が一度殺されそうになっていることを知らないはずだからだ。
あの日、卑怯な私は大井さんへの死刑宣告を、いつも通りの指令の言葉に塗り替えたから知る由もない。
それに危機的状況にこの鎮守府が陥っていたなんて知らない可能性だってある。
だから急に甘々なムードから一転し、何やら急に蒼白した私への追求は終わらない。
大井「そんな嘘ついたってバレバレです。何が気になったのかちゃんと話してくれないとわからないです」
そう言うとぐいと私との距離を縮めてきた。
罪悪感からだろう。いつの間にか背中はねっとりとした汗が接着剤となり、服と皮膚が密着していた。
提督「だから、何でもないって」
自分でも驚くくらい冷ややかな声色。この八つ当たりにも似たこの言い様が私にできるだなんて思わなかった。
それに本人でさえ驚いたのだから、付き合いの長い大井さんだって相違ない。
びくりと背筋を震わせると、偏に見つめていた瞳を広げ、大井さんは初めて私から視線を逸らした。
そして苦しそうな表情を浮かべ、右腕を強く握りしめると、微かに開いた唇から、弱々しく言葉を吐き出す。
大井「.....引きました、よね。だって、女の子同士ですもんね。.....ごめんなさいさっきの話は忘れてください」
後退り、今すぐにこの状況から逃げだしたいと言わんばかりに勢いよく踵を返すと、大井さんは走った。
遅れて我に返った私は慌てて大井さんを追いかける。
提督「まって!!違うの大井さん!!」
私は大井さんの腕を掴みとる。
とても冷たかった。
大井さんの冷たさに私の異常な程高ぶっている体温が高い根こそぎ移ってしまいそうだと思うくらいに。
ふと私は大井さんは、一体いつからこの浜辺にいたんだろうと思った。
こんなにも冷え切っているのだから約束時間の何十分も前から、もしかしたら一時間くらいかもしれない。
今だ寒さが残る潮風を浴び続けていてのなら、この冷たさは何らおかしくない。
私はそんな大井さんの本心を無下にしようとしている。
気持ちは一緒なのに。本当は舞い上がってしまうほど嬉しいのに。秘密にした過去に蝕まれ、気持ちに応える資格がないと思っている。
あぁクソ。何だって私は愚かなんだ。
想い人を死に追いやろうとした真実を暴露し、拒絶されるのが怖い。
だったら最初からあんな作戦なんか計画するんじゃなかった。
でもそれは結果論だ。あの時一番強かった大井さんが敵を道連れ覚悟で出撃しなければ、今この時すら存在しなかったんだから。
それに結果論で締め括るなら大井さんは今こうやって生きている。なら難しいことなんてかなぐり捨てて、もう忘れてもいいじゃないか。
だから大井さんを捕まえても、ぐちゃぐちゃな考えのせいで、言わなくちゃいけない言葉ががんじがらめになる。私が捲したてる言葉は単なる喚き声にしかならない。
私の意味のわからない言い訳を聞いても、大井さんは振り返らない。
だからどんな表情をしているのかわからない。泣いているのかもしれないし、想い人がこんなにも情けのない奴の知って、落胆し、無表情かもしれない。
大井「.....もう、いいです」
この一言が、何よりも辛く心に響いた。
そして私は、これで大井さんを本当に掴みそこねたのだと知った。
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中々時間がとれないので、中々進みませんですみません。書いてて楽しくなってきたので、思っていたよりも長くなりそうです。また頑張ります。
もう、いいです。そう言って振り返らず、そのまま歩み始めた大井さんの後ろ姿を、記憶の狭間から何度も呼び起こす。
風鈴の冷たい音色が執務室に響き渡る。透き通る音色に私は突っ伏していた机から顔を上げる。
誰もいない執務室。鎮守府の午後だ。
あれから1ヶ月たった。涼しさを含んでいた風は、今ではねっとりとしていて、皮膚にまとわりつくようになった。
そして風鈴の音色に微かに混ざる賑やかな声達。
これだから夏は嫌いなんだ。なんだか私だけ除け者にされているみたいで。
私だけ季節に取り残されているみたいで。すごく嫌だ。
私は足を執務机に乗っけ、帽子を顔に被せる。そして腕を組む。
夏だからってだらしないですよ、と大井さんの声。風鈴なんかよりも心の奥底に響き渡る声。
うちわ片手にだらしないと言いながら、私しかいないのをいいことに、勝手に私の冷蔵庫を開けてポッキンアイスを取り出している姿がある。
提督「そんなわけないじゃん」
私は一人呟く。大井さんがいるわけがない。大井さんはここにはいないのだから。
あれから私は、大井さんとは一度も言葉を交わしていない。
出撃の際、作戦概要を説明し軽い事務的な会話を含めると会話がないわけじゃないけど、無表情で、はいと軽く会釈するだけなのを会話とはいえない。
秘書艦も辞めてしまった。代わりに誰か来るかと思っていたけど、誰もこない。
みんな自分のことで精一杯なのだろうか。それか私に人望が無いのかもしれない。
大体、手伝ってもらうのはなんだか気がひける。あれこれ考えていると胸がきりきりと痛み始めた。
私は三段目の引き出しを開ける。書類と筆記用具がごちゃ混ぜになっている奥底に手を突っ込む。
一つだけ質感が変わった。私は指先でそれを撫でる。すると痛みをあげていた患部は徐々に落ち着き始めた。
そうすること2分。私はそろそろ仕事に戻ろうと思い、引き出しをしまう。
代わりに使い慣れた真っ黒の万年筆を手に取る。万年筆をいつも握るポジションに指が滑り込むと、私は感傷には浸った。
懐かしい。この万年筆は大井さんの誕生日にプレゼントしたものだからだ。
7月15日。丁度今みたいにむしむしと熱苦しい夏の日に贈った万年筆は元は白と黒のセットだった。
それを選んだ理由はペアルックみたいで面白いと思ったからだ。
黒は私の。白は大井さんの。特注でキャップには私の本名と、大井さんの名前が筆記体で刻印されている。
渡す日はわくわくしたもんだ。大井さんは一体どんな反応をするのか、色々と考え夜もまともに眠れなかったくらいだからだ。
今でもよく覚えてるあの光景。なんなら一語一句間違えることなく大井さんが言った言葉を覚え、仕草、表情の全ても覚えている。何度も忘れないようリフレインしたからだ。
大井さんが万年筆を受け取って放った第一声は、ありがとうごさいます。と非常に喜んでもらえたが、刻印の説明をすると顔色が変わった。
冷ややかな視線を私に向け、なんで私の刻印はOiだけなんですか。提督だけ名前が長くてずるいです。と言った。
大井さんにしては珍しく駄々をこねる姿に私は腹を抱えて笑い、ならOi sanがよかったのと返したのだ。
それが癪に触ったのだろう、そういう問題じゃないですと叱られた思い出。
だからって大井さんはその万年筆を使わないような薄情な艦娘ではない。その日以来真っ白の万年筆以外のペンを使っているのを見たことがない。
それはほぼ絶縁状態に近い今でも同じで、やはりその万年筆を使っている。だから余計にわからない。今の大井さんとどんな距離感でいたらいいのか。
一人で思い出話に花を咲かすのを止める。
我に帰った私は、馬鹿みたいに山積みになっている書類の天辺を一束下ろし、黙々と作業を始めることにした。
来月分の資材申請書だ。1ヶ月毎にグラフ化されたそれぞれの資材の消費量を見ると、不自然に右肩上がりだ。
経験上、この鎮守府では戦艦に正規空母の艦娘はいないため、消費される資材は少ないはず。
気になって入渠と出撃の際に補充した資材を纏めた資料とで照らし合わせる。微妙に数が合わない。
まぁいつものことだけどね。気がついてないと思っているのだろう。
少しぐらいなら私だって目を瞑るけど、最近ちょろまかしている数が調子に乗って増え続けている。一体何に使っているのか知らないけど、近いうちに説明してもらおう。
そう思った矢先、扉が勢いよく開け放たれた。
球磨「提督ー生きてるクマかぁー?」
開け放たれた扉は、反動で元凶である球磨さんの元に戻っていくがそれを片手で受け止める。
提督「球磨さん、扉壊れるからそれやめてって言ってるよね」
球磨「元気そうでよかったクマ」
そう言うと球磨さんは扉を閉め私の言葉に耳を貸さずにづかづかと歩き、ソファに座り込んだ。そして足を組み左手を私に向けてくいくいとする。
どうやらアイスをご所望のようだ。
大体、球磨型の考える事は根っこの部分が似たり寄ったりだからわかりやすい。
それは積極的な大井さんと性格が真逆な、いつもアンニュイそうな北上さんだって同じことだ。
私はため息をつき、冷蔵庫に向かう。
冷蔵庫の中で山積みなっているポッキンアイスから球磨さんに渡すのを選ぶ。
実はこの奥に高めのアイスが入っていることは私以外誰も知らない。木の葉を隠すなら森の中、というわけだ。
球磨「大井とはうまくやってるクマか?」
なんの前触れもなく球磨さん言う。縛り付けられる様に、私の手はポッキンアイスを取ったところでぴたりと止まった。
手のひらに感じる冷たさとは裏腹に、体は熱く、心臓の鼓動は強く高鳴り始めた。動悸でめまいもした。
私は悟られないように、何も返答せず、取り出したポッキンアイスを折り、球磨さんに片方を差し出した。
ありがとうクマと言うと、球磨さんはポッキンアイスを一口齧り、咀嚼する。私も一口齧る。ぶどう味だ。
ごりごりと氷を噛み砕き、私も球磨さんも何も喋らない。
でも球磨さんは、隣に座れということだろう、ソファを叩いた。
それに従って私は球磨さんの左隣に座る。口火を切ったのは球磨さんだった。
球磨「....球磨は妹達の関係とか、他の艦娘の関係にはなるべく口を挟まないようにしてるクマ。なんでかわかるクマか?」
提督「巻き込まれたくないからでしょ」
球磨「そう。よくわかってるクマね。いくら可愛い妹達だとしても、交友関係は球磨には関係ないし、いざこざだって知らないクマ。自分達で解決しなくちゃいけない。球磨はそう思ってるクマ」
それに狭い交友関係を円滑に保つには、ある程度の距離感が必要だと思うクマ。
球磨さんはそう言い終わると食べ終わったプラスチックのゴミを、器用にゴミ箱に投げ入れる。
提督「そう思ってるんだったら、どうして口を挟むの?間に入れば面倒になるのは目に見えてるはずなのにさ」
言ってしまえばこれは一番たちが悪くて、思惑が交差しすぎて、がんじがらめになってしまう問題。恋の問題だ。
当事者も巻き込まれた第三者も結果としていい目をみないことが多く、球磨さんが一番避けていそうな問題なのに、どうして口を挟んだのだろうと私は思うと、口に出ていた。
球磨「見てて危なっかしいからクマね」
提督「危なっかしい?何がさ」
球磨さんは立ち上がると自ら冷蔵庫に向かう。
他に何かないクマかと、鼻歌交じりで冷蔵庫を物色する姿はさながら本物の熊だ。
私がその後ろ姿に目を凝らしながら、山積みしたアイスの底にある収納に気がつくなと念を送っていると、諦めたのか再びポッキンアイスを握りしめ戻ってくる。
球磨「大井は最近ちいさなミスが目立つクマ。別に大事になる様なレベルじゃないクマけど、いつもの大井ならありえないクマ。それをみんなは、たまにはそんな時もあるって締めくくってるけど、球磨はそうは思わないクマ。あれは前兆クマ。近いうちに絶対やらかすって思ってるクマ」
そう言うとポッキンアイスをへし折った。
私は唖然とした。あの大井さんがちいさなミスすることに。几帳面で真面目な大井さんはミスをする側ではなくて、ミスを見つける側だ。
私の癖を指摘するくらいに、その目は行き届いている。
嵐の前の静けさはみんな察知していても見て見ないふりをする。
それはその人の事がどうでもいいからではなく、現状問題無しと判断し、そのうち治るだろうと高を括るからだ。
危うい。球磨さんの言うとおりだ。大井さんはそのうち取り返しのつかないことをしでかしそうだ。
球磨「今回に限っては別問題クマ。下手したら大井がどうなるか、提督はわかってるクマね」
私はだんまりした。言葉が出てこないからだ。
球磨「提督、大井に何したクマ?」
そして私の隣に座った。ポッキンアイスを齧る球磨さんの姿はいつも通りだ。
だけど私を見据える眼光に微かに潜む殺気。妹を思う気持ち、仲間を思う気持ちが重なり合い、一人の艦娘の抜く末を案じているんだ。
私は拳を強く握りしめる。溶けたアイスが体温と気温を吸って生暖かい水となり、私の手をつたう。私はそれを舐めとり、溶けたアイスを飲み干す。
何から、話せばいいのか。私が大井さんから受けた告白の謳い文句を話せばいいのか。それに動転していたってことも。
それとも、かつて私は大井さんを作戦という言葉で包み隠して、明確な殺意を向けたことか。
何から話せばいいのか考えあぐね、しどろもどろになる。
私の悪い癖だ。口下手な私はいつもこうやって話のねたの優先順位を見失う。
アイス二つを一気口にねじ込み、食べ終えた球磨さんは口を開いた。若干の冷気のせいで、この暑苦しい夏場なのに息は白かった。
球磨「.....だんまりクマか。まぁいいクマ。提督はそういう人間だってことは球磨も知ってるクマ」
提督「なにその言い方」
球磨「そのまんまクマ。提督はそういう人間だってことクマ。言いたいことをハッキリと言わないから勘違いされて、自分に自信がないから、いや違うクマね。次の答えがわかっているのにそれに乗っかろうともしない。それがお膳立てされていても同じクマ。ようは、意気地なしで根性無しの人間ってことクマ」
提督「ちがうよ!!!」
私は立ちがり球磨さんを睨みつける。
確かに私は意気地なしで根性無しだ。
だけど違う。それは違う。球磨さんは何も知らないから、そうやってとやかく言える。
現実はもっと複雑なんだ。そんな簡単に想いを伝えられないし、答える資格が私にはないのだから。
そんなこともわからない球磨さんに、簡単に言われたくない。
球磨「何が違うクマ。事実だクマ。違うって言うなら一人一人に聞いて回るといいクマ。私は意気地なしで根性無しかって。みんなそうだって言うクマ」
球磨さんも立ち上がると私の胸倉を掴む。いつもの私ならここで怖気付いてすぐに謝るだろう。
艦娘とやりあったって敵いっこないから。そもそも私は好戦的じゃない。
でも今回はなぜか違って私を掴む球磨さんの腕を掴み返していた。それには球磨さんも驚いたようで少しだけ戸惑う。
球磨「違うなら何したのか言うクマ」
提督「....それは、言えない」
球磨「じゃあ意気地なしクマ」
提督「うるさい!人の気持ちも知らないくせに!」
球磨「何様だクマ」
急に体が宙に浮いた。起こった現象に理解が追いつかず、妙な浮遊感が引き伸ばされたように続き、気がつくと私はソファに叩きつけられていた。
そういえば大井さんにも浜辺で似たようなことをされたなと、ふと思い出す。そして球磨さんは私の膝の上に対面するように脚を広げ座わった。
球磨「うちの可愛い大井をあんな風にしといて、何様だクマ?球磨が気を遣って助け船を出してるっていうのに、それも意固地になって突っぱねるなんて、いい加減にしろクマ。.....球磨はこんな雰囲気だから提督は気が長いと思ってそうクマね。今回はそれに免じて、最後のチャンスとしてもう一度聞くクマ。うちの大井に何したクマ?理由が理由なら、提督でも容赦はしないクマ」
瞳孔が完全に見開き一寸の動きも見せない。そして、ゆっくりと私の首元に球磨さんの手が忍び込んだ。
私は球磨さんを勘違いしていた。放任主義だと思い込んでいたけど、長女の責務として妹達を案じていたんだ。
そしてその責務から球磨さんは本気だ。嘘を言っていない。
返答次第では私は殺される。抵抗したって無駄だ。相手は艦娘なのだから。私はストレートに事実だけを述べることにした。
提督「大井さんに告白を促された」
球磨「それで?」
提督「それでってなにさ、驚かないの球磨さんわ」
球磨「別に驚かないのクマ。想定してたとおりクマ。問題はそこから先、提督が大井に何をしたのかってことクマね」
提督「まさか、勘違いしてない?私は大井さんに無理矢理手を出してないよ」
球磨「それも知ってるクマ。「根性なし」「意気地なし」の提督にそんなのはできっこないクマ」
忙しかったので全くですみません。明日も更新する予定ですので頑張ります。大井さんのSSが心なしか増えてる気がするので嬉しい限りです。
それでなんて返したクマ。そう言い終わると球磨さんの手は私の首元から静かに消えた。
提督「覚えてない」
球磨「覚えてない?そんな馬鹿なことがあるクマか」
提督「本当だって。大井さんになんて言ったのか、まるで覚えてない」
球磨「つまりは、好きとも嫌いとも言わなかったってことクマか?」
提督「そうなるわ」
球磨「提督、一つ聞いていいクマか」
大井のことが本当に好きなのか。そう言い終わると球磨さんは私を訝しむ表情を浮かべるわけでもなく、怒りで我を忘れるわけでもない、ただ冷ややかな真顔を私に向けた。
大井さんのことが好きか、嫌いか。球磨さんの問いはlikeかLoveかの問答であるのは確か。
その問いに対し、私は大井さんが好きだ。そしてその解については後者であり、愛の奉仕を一生かけて捧げることができると思っている。
風鈴が風になびき音色を奏でる。私の思考によって均衡していた静寂はそれを機に崩れ、私は球磨さんの問いに応じる。
提督「好きだよ。....うん、この返答じゃダメだね。私は大井さんを愛してる。愛してるよ」
球磨「どうしてクマ?提督はどうして大井が好きクマ?」
提督「好きに理由はいるの?私が大井さんを好きになる理由なら、言わずともわかるはずだよね」
球磨「違うクマ。球磨の聞きたいのはそういうことじゃないクマ。球磨が聞きたいのわ....。すまないクマ。気を悪くするのは承知で言うクマね。どうして、女の子の大井を好きになったクマ?」
根本的な問題だ。私はそう思った。そう思うことができる余裕が私にあるのが不思議だけど。
普通だったらこんなにもストレートで、面食らう問い掛けをぶつけられたら、怒りに我を忘れてしまっても仕方がないはずだ。
それは私が同性愛者かを確認するための質問だからだ。なのに、私の頭の中は落ち着きを払っていた。
球磨さんは言葉を紡ぐ。ずっと不思議に思っていた疑問のはけ口をやっと見つけたかのように。
球磨「球磨は別に同性愛者がどうとか言わないし、差別意識もないクマ。こんなご時世だし仕方がないし、なにより、艦娘は愛情の矛先を提督か艦娘に向けることしかないできないクマ」
この時代、艦娘は差別の対象だ。理由は色々とある。
彼女達が人間紛いの兵器であることに生理的嫌悪を持つ人間がいたり、戦時中であるのに関わらず、兵器のくせに毎日欠かさず3食を取れることはおかしい、税金の無駄遣いだという浅ましい考えによるものだったりと色々だ。
でもそういう人間はいつの時代にだっているし、何より、その声達の存在はとても大きい。
そしてその声達は次々に汚らしい言葉に文字に変わり、思想になり、しまいには伝染病の様に蔓延する。
そして触発された考えなしの人間は艦娘を無条件で非難するようになる。非難っていうものは、的外れであっても多少因果関係があると、気がつかないうちに心に潜り込み、徐々に肥大する性質がある。おかげで艦娘の肩身は狭い。
大体、戦時中だからって1日3食は可笑しいだなんて甚だおかしい。
自分達だって3食食べれるくせに。昔と何も変わりようの無い生活を送れているはずだ。物価は高くなったけど、お金さえあれば今でもなんだって食べられる。
そもそも艦娘が食べ物を摂取することがおかしいだと。彼女達が燃料や弾薬を補給するのは艤装を動かす為だ。エネルギー源は人間となんにも変わりない。
それに艦娘が深海棲艦と戦う理由なんて本当は存在しない。
本来なら、彼女達は暗い海の底で永遠にも近く眠り続け、緩やかに朽ちていくのを待つか、漁礁となって魚達の住処になるはずだった。
それなのに人間の身勝手な都合でもう一度海原を駆けさせている。そしてあろうことか、無関係にも関わらず、人間をその身で呈して守る献身的な艦娘を少しも労おうともしない。
でもそういった現実はフィルターを介して意図的に排除される。
見たくないものは見ない。聞きたくないことは聞かない。真実ってものはいつだって弱いんだ。
艦娘は好意を人間に向けても帰ってこない。
故に艦娘の、人間に対する淡い恋慕は一方通行で終わることが多い。
なしくずしに恋の対象が艦娘に移り変わることだって何もおかしな話じゃない。艦娘は相思相愛になれる対象が少なすぎるんだ。
その現実が、艦娘の心には根付いている。それは球磨さんにだって同じはずだ。
球磨「でもそんな時代でも、球磨からみて提督と大井がおんなじ気持ちだっていうのは、一目瞭然クマ。それは球磨の見間違いクマか?」
提督「いいえ、見間違えなんかじゃないわ」
球磨「ならなんで大井にその気持ちを云えないクマ?好意をいくら行動で示したって、恋慕を成就するには言葉をで繋ぎ止めないといけないクマ。そんなこと、提督にだってわかるはずクマ!」
提督「球磨さん落ち着こうよ」
球磨「いつまでもそうやってスカしてんじゃねークマ!うじうじばっかしやがって、お前がそうやってる間に大井がどんな気持ちかどうか考えたことがあるクマか!?」
大きく声を荒げる。そして立ちあがると再び私の胸倉を掴み取る。馬鹿みたいに強い力で私の意思とは関係なく無理矢理立ち上がらせた。
球磨「大井は、お前に拒絶されたんだって思ってるクマ!その心の負担を少しは考えたことがあるのかクマ!?」
提督「そんなことぐらいわかってるって!」
わかってる。わかってるって。どんな気持ちか。私がこんなにも憂鬱なんだから、大井さんの心情なんて痛いくらいにわかる。
毎日船酔いみたいに吐き気と頭痛に苛まれて、過去にあった幸せだった思い出を噛み締めては現実に苦しめられる。その心の負担なんか手に取るようにわかる。
球磨「いいやわかってないクマ!どうせお前のことだから感傷に浸って思い出に浸ってるクマ!そんな過去にを思い返す暇があるなら、さっさ今をなんとかしろクマ!」
首袖を掴む力が強くなる。でもそんな小さな変化よりも意識は心を読まれ、冷や汗が背中に溢れ出したことに向いていた。遅れて私は狼狽えるようにし反論してしまう。
提督「っ!!うるさい!何も知らないくせに!」
だいぶ期間を空けてしまいました。エタらせず黙々と頑張りたいと思います。
球磨「そうだ、何も知らないクマ。お前の過去に何があったかなんて知らないし、知りたくもない、興味もないクマ。だから一石投じることに躊躇いはないクマ。あぁ、やっぱもうめんどくさいクマ。提督、歯をくいしばれクマ」
五、四。球磨さんのカウントダウンが始まった。
突然のことで何が何だかさっぱりわからないけど、着々と数字はゼロに近づいていく。
嫌な予感に、必死に振り解こうと球磨さんの華奢な腕を掴み、力を込めるが、やっぱりというか、見た目とは裏腹な艦娘の握力を前にはうんともすんともいわない。
覚悟を決め、私は歯を目一杯のくいしばる。同時に瞼が閉じられ目の前が真っ暗になった。
暗闇の中、刻一刻と迫るその瞬間を私は待つ。
ゼロ。そう聞こえると何かが頬に当たり、爪切りで爪を切ったような切れのいい音が鳴った。
痛みはないけど、そんな音が私から鳴るのはどう考えたって体に悪い。
その衝撃で私は部屋の片隅まで飛ばされ壁にぶつかる。
鈍く肩に広がる痛みを感じ得ながら、ほっぺを球磨さんにビンタされたと知ったのは、球磨さんが足を突き出し、大きく開いた手のひらを宙に浮かべた状態で静止している姿を見てからだ。
私はじんじんと痛む頬に触れた。馬鹿みたいに痛かった。まるで自分指が注射針になってそれを突き刺したと思ったくらいにだ。それに今頃私の頬には球磨さんの手の平の跡が赤く残っているだろう。
球磨「これで少しは目が覚めたがクマ?」
提督「いや何が何だかさっぱりわかんないんだけどさ、球磨さん」
球磨「はあ、もう呆れたクマ....。まぁ、元々そんなのだったクマね....」
球磨さんはそう言うと眉間の間を摘み、大きくため息をつく。ビンタされ、挙句の果てに馬鹿にされるのは意味がわからない。
いやわからなくないはずだ。自分の嫌な所は痛いほど知っているのだから。駄目な所はもうはっきりと分かり切っているのだから。
球磨さんは歩き始める。そして私が尻餅をつき、壁にもたれかかっている所までやってくると、私の目の前に同じく座り込む。そして赤く腫れ上がった頬に突然触れる。
提督「痛いんだけど」
そう私は言うが球磨さんは何の反応もない。無表情で、ずきずきと痛む頬を触り続ける。
球磨「痛かったクマか?」
提督「そりゃね。私も球磨さんを一発ぶん殴りたいくらいだよ」
球磨「そうかクマ」
そう言い終わると触るのをやめた。
私には球磨さんの考えがさっぱりわからない。
妹達の人間関係、もとい艦娘関係をどうでもいいといいながらしっかりと見守ったり、こうしていつまでも無表情で私を見据える。
球磨さんは何を考えているのだろう。その球磨さんの口はほんの少しだけ開き、静止する。
球磨「提督、お前はほんと愛されているクマね」
そしてこう言った。
提督「何さ突然」
球磨「ほんと不思議クマね。みんなにお前に対してどう思っているかどうか聞くと、いい反応なんてないクマなのに。意気地なし、いつもヘラヘラしててムカつく、積極性に欠ける、観察してるといつも可笑しなことをするからネタに尽きない、あの歳なのに親心をくすぐられる、こんな感じばっかりクマ。でも、みんな最後にこうやって締め括るクマ。嫌いじゃない、好きだって」
独り言のように沢山の言葉が溢れ出している。
私は何も言えない。間を挟む余地もないし、この言葉達が意味する球磨さんの真意を知りたいからだ。
球磨「球磨だって色んな提督を見てきたクマ。クソみたいな奴だっていれば、艦娘と関わりを持とうとせず執務に没頭する奴、優しかった奴、それは色んな提督がいたクマ。大抵は、ろくな奴しかいないクマけど。別にお前は例外なんかじゃないクマ。その今までの奴らのうちの1人と変わらないクマ」
私も昔は執務に明け暮れていた。そうやって人間や艦娘と距離を取ることが私の生き方だったからだ。
そんな生活をしていたから、私は大井さんに怒鳴られた。言いたいことがあるならはっきり言えと。
私は今でも人間は苦手だ。だけど、艦娘との接し方はその日を機会を起点に変わったはずだ。よくも悪くも。
球磨「球磨は一度だって人間を信用したことないクマ。期待したって得られない、使い潰されるのが艦娘だからクマ。それは球磨以外の艦娘だって大差ないクマ。でも何でかクマね。お前だけは違うクマ。球磨だってみんなだってお前を信用してるクマ。だから特別な「提督」。球磨はみんなに愛されている提督には掴み取って欲しいクマ。ここまで駄目で駄目な提督なのに愛されている、あとは提督の勇気だけなんだクマ。一歩、一歩踏み出せば提督は摑み取れるんだクマ。そのことに球磨は気づいて欲しいんだクマ」
いつまでも幸せな今が続くわけじゃない。いつかは終わりが訪れるのかもしれない。
それは戦時中だからだけじゃない。様々な要因が私たちの繋がりの糸を断ち切ろうと、綻びを探しているだ。
私は、恐れてる。私の言葉によって全てを終わらせ、みんなに拒絶されてしまうことを。
例えそれが良き方向に舵を向けているって知っていても、ほんの僅かな不安が私を覆い隠す。
だから、自然にやってくることを望んでいた。でも訪れても私にはそれを掴みとる勇気が無いこと知ってしまった。あの月夜の海辺で。
私は、何度、同じことを繰り返すつもりなんだ。
本当はわかってるはずなんだ。私は、みんなから。
球磨「提督は、誰にも拒絶されないクマ。だから、大井の気持ちを踏みにじまないでほしいクマ。たとえそんな気がなかったとしても、結果として大井を拒絶しているクマ」
ああ、やっぱり艦娘はすごい。なんでこんなに私の思いを読み取ることができるんだ。
そうだ、私はこれから先の人生、本気で向き合わないといけないだ。人の気持ちに正面から向き合い、艦娘と本気で心をぶつかりあう。
その為に、私は大井さんに本心からの気持ちをぶつけないといけないんだ。
提督「....球磨さん。私、行かないと」
壁に手をつき立ち上がる。その時に貧血でくらりときたけど、気をしっかりと保つ。
こんな事でへこたれてちゃ、この先何も変われやしない。もうやめにするんだ。向き合わないことや、後回しにすることは。
球磨「やっとかクマ。まったく、これで何も変わらなかったら本気で考えたクマよ...」
提督「何を考えてたのさ.... 」
球磨「気にすんなクマ。もう終わったことクマ。ほらさっさといくクマよ。善は急げクマ」
そう言いながら球磨さん床に大の字になって寝っ転がる。そして鬱陶しそうに手を払っている。
提督「....ちょっと待って!私化粧してないから!あぁえっと何からやるべきだったっけ...。そうだ!まず私室に戻らないと!いやでも戻ったってまたオバQじゃ....」
球磨「あぁめんどくさいクマね!ほんとお前は!そのまんまでいいクマ!どうせやり方わかりゃしないくせに、気取ったってしょうがないクマ!そのまんまでいいクマ」
球磨さんは立ち上がると私のお尻に一発蹴りを入れた。でも不思議と痛くはない。痛いんだけど、どこか優しげだ。
提督「このまんまでいいの球磨さん?」
球磨「いいクマ。大井は化粧無しのお前を好きになったんだクマ」
提督「服装はこれでいいの球磨さん?」
球磨「それ以外まともな服持ってるのかクマ?」
言えてる、私は私だ。飾りっ気無しで服で着飾るやり方も全然知らない、私だ。
大井さんそんな私を好きになってくれた、はず。まだわからないけど。
球磨「まったくもう行けクマ。もう球磨は何も知らないし、何も聞かないクマよー」
執務椅子に座り込み、足を机に乗っけて球磨さんは腕を後ろに組んだ。本当に何もする気はないってことらしい。
そうだ、行く前に私は大切な物を忘れていた。
私は執務机の三段目の引き出しを引っ張り出す。ごちゃ混ぜになった奥に手を突っ込み必要なあれを抜き取る。
まだ何かするのかと言いたげだった球磨さんの呆れ顔が、それを目にした瞬間、にやにやとし始めた。
球磨「やるクマね~見直したクマ!それでこそ男クマ!」
提督「いや私女だから....」
しっかりとそれを握りしめ、私はポケットにしまった。準備はできた、後は私の勇気と気持ちしだいだ。
扉まで歩きドアノブに手をかけた辺りで、私はここまで付き合ってくれた球磨さんにお礼をしないといけないと思った。
変わるきっかけをくれたんだ、今は大した物なんか渡せはしないけど、ささやかな前金として渡しておかないと。
提督「球磨さん。冷蔵庫の中にあるアイス何だけど、ポッキンアイス達の下に隙間があって、そこに高いアイスが隠してあるから食べていいよ」
球磨「ほんとかクマ!」
提督「お礼だよ。受け取っといて」
球磨「いやまだ食べないクマよ。提督の結果を聞いてから食べるクマ」
提督「そう。まぁいいや、じゃあ行ってくるね」
扉を開ける。この一歩で、私は変わる。変わらなくちゃいけない。踏み出す。
球磨「提督」
球磨さんの呼ぶ声に私は私は止まってしまった。いや仕方ないんだけどさ。幸先は良くない、心をの片隅でそう思ってしまった。
球磨「....さっきは殴ってごめんクマ」
提督「なに、そんなこと?ああでもしないと私は変わるきっかけを得られなかった。逆に私はありがとうって球磨さんに言うよ」
球磨「....そうかクマ」
提督「うん。もう行くね球磨さん」
球磨「よし!行ってこいクマ!ばしっと一発決めてこいクマ!」
幸運を。その言葉を背に、私は大井さんの元に向かう。
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なんかID変わってますけど一旦お終いです。ガチ体育会系球磨さんお疲れ様です。もう少しで終わります。がんばります。
もしかしたら北上さんの部屋かもしれない。そこに隠れているのかも。
ちなみに北上さんの部屋には入ったことある。あるのはベットと沢山のゲームだ。
最近はドイツの色んな仕事が体験できるシミュレーションゲームが流行りだそうだ。何が流行るかわからないね、ほんとうに。
大井「....何してるんですか」
提督「....大井さん?」
後ろで大井さんの声が聞こえた。驚いてゆっくりと、後ろを振り返ると、若干頬が引きつっていて、自販機で買ってきたのだろうペットボトルを床に落としている大井さんの姿がそこにはあった。
胸が高鳴った。あんなに焦がれて、東奔西走した大井さんが目の前にいる。
伝えたいことが山ほどあるんだ。謝りたいことだって馬鹿みたいにある。
臆するな、考えたら負けだ。その場の勢いで向かわなければ私は何もできないんだから。
提督「大井さん!私、大井さんに伝えたいことが!!」
涙で大井さんが霞む。私は駆け出して飛びついた。
大井「勝手に土足で踏み入るなぁあ!!」
気がつくと私は宙に浮いていた。人間危機的な状況になると、体感時間が引き伸ばされてとても長く1秒を感じるらしい。
そういえば前にも似たような事があったなと思い出す。そうだ、私が大井さんにあの浜辺で背負い投げされた時だ。
あの時と同じく、今回もどこか懐かしく感じるその大井さんの表情があった。
そういえば私、靴脱いでなかったわ。急いでたもんね、仕方ないよ。
こうして私の視界と思考はブラックアウトした。
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若干駆け足気味ですけど、そろそろクライマックスです。終わり方は考えてあるので、後は気合でしっかりと終わらせたいと思います。
今日は一日中暇ですのでゆっくりと更新していきます。もしかしたら今日中に終わるかもしれません。
まず最初に視界に入ったのは、大井さんのうつらうつらとしている顔だった。
次の瞬間には落っこちて来そうな、私と真逆に平行した大井さんの風景に、寝起きでぼんやりとしていた私は、こう思った。
ああ天使がいるわ、早く堕天してこいと。
思考が一気に覚醒した。この状況が読み取れない。私は一体どんな体勢で大井さんを見ているんだ。
そういえば、どうやら私は寝っ転がっているみたいだ。お尻あたりが少し痛む。ついでに腰も痛い。
憶測を確かめるため、私は頭を左右に揺する。じゃりじゃりと髪の毛が何かに擦れる音がした。
今度は少し圧力を加えてみる。頭を押し返す、柔らかで弾力のある物が頭の下にある。
手を動かしてそれを触ってみる。とってもすべすべしてて心地が良い。
なるほど、これは大井さんの太ももだ。
嬉しくてにやにやと笑ってしまう。ここまでやってもまだ間の抜けた表情をしているから、私は滅多に起こらない奇跡を堪能する。トランポリンで遊ぶ子供みたいに。
そうやっていると大井さんの頭の揺れが収まる。目を覚ましたようだ。すかさず私は手を引っ込め、さも今ちょうど起きたような顔をする。
大井「....やっと目が覚めたみたいですね、提督」
提督「おはよう...。大井さん」
何も知らない大井さんは目頭を擦り、押し殺すようにあくびを抑えた。それでも若干漏れた吐息が私のおでこを撫でる。
大井「ごめんなさい。突然投げ飛ばして」
提督「いいよ気にしないで。貴重な体験できたから」
大井「...なんの話ですか?...まぁいいですけど。靴、玄関に置いときましたから」
そうだ土足で上がり込んだったんだ。そりゃ吹っ飛ばされても文句は言えない。
大井さんの手が静かに私の髪に滑り込んだ。そしてべとべとして、少し縮れた前髪を解くように優しく引っ張りはじめ、大きく息を吸い、ゆっくりと鼻から吐き出した。
大井「汗でべとべとしてる。一体提督は何していたんですか、今日?」
提督「大井さんを探してたんだよ。色んなところ行ってたのに、どこにも居ないから、最後に大井さんの部屋に来たんだよ」
そういえば。
提督「そうだ、大井さん。無用心じゃないの?部屋の鍵閉めないでどっか出かけるのわ。もし変な人が入って来たら危ないじゃない」
そう言い終えると、いきなり大井さんは私のおでこを弱い力で叩いた。そして、馬鹿ですかと呟き、ため息を漏らす。
大井「合い鍵全部北上さんが失くしたじゃないですか。私の分も。それで、今申請中なのに一向に渡されないんですけど」
ぺちぺちと私のおでこを一定のリズムで叩き続ける。そして段々と強くなり始めた。
忘れていた、北上さんは部屋の鍵を失くす常習犯だった。この前も失くしたと私に言いにきていたんだった。
その件を経理担当さんに報告すると、ここにも無駄な経費があると、嬉しそうに眼鏡を光らせていた艦娘の姿がついでに呼び起こされる。
大井「それに、今ちょうど変な人が入ってきてばっかですから、提督、早く何とかしてもらえませんか?」
最後に明らかに強く叩くと、大井さんは目を細めた。
変な人とは私のことを言っているのだろう。
まったく心外だ、今日一日どんな日だったか大井さんは知らないから、そんなことを言えるんだ。
お昼ご飯食べてました。ちらし寿司でした。再開します。
提督「色々とごめんなさい。大井さん」
言いたいことをぐっと抑え込む。だって私が大井さんに言いにきてのは今日の嫌味を言うためじゃないからだ。余計なことを言ってタイミングを逃すのはもうごめんだ。
大井「まぁ、いいですけど。...今気づいたんですけど、頬、どうしたんですか?綺麗に赤い手形が染まってますけど。私、ビンタしましたっけ?」
提督「ああこれは、...気にしないで。大井さんのビンタじゃないから」
そうですか。なら気にしません。
冷たく言い放った大井さんだけれども、おでこを叩いていた右手は私に赤く残るビンタの跡に移動していた。
そして優しく撫でる。さっき髪の毛を解いてもらっていた時よりも優しく。
触れられるとひりひりと痛むのに、なんだか妙に心地よかった。
大井「こうやってゆっくり話すのは、なんだか、久しぶり、ですね」
提督「...そうだね」
本当に久しぶりだ。いつ以来、決まってる。あの夜の浜辺以来だ。
そうかあの日以来なのか。ふいに私の胸の奥がひどく痛んだ。
私は大井さんと話すことができなかった期間、無意識に避けていた時間が悲しかった。
突然当たり前にあって物がなくなった。しかもそれは私にとって唯一無二の存在で、心の支えだったものだ。
そんなありきたりな言い伝えなんか、耳が痛くなるほどみんな聞いている。そんなこと当たり前だ、だから大切にするんだ。なんて。
大切にしてたって、いつかは失くなる。
物は壊れ、人は変わり、真っ直ぐ引いたはず直線だって少し曲がっていれば、気がつかないうちに明後日の方向に向かっている。
普遍という言葉は嘘偽りで塗り固められ、希望にすがる他ないんだ。
私の頬をさする手がふと止まった。
大井「それで、急に何しにやってきたんですか?」
私は生唾を飲み込み、その時が来たんだと覚悟する。大井さんの柔らかな太ももからゆっくり離れ、自然と正座をし、大井さんと向き合う。
大きく、深呼吸。
提督「今日は、大井さんに、大事な話しがあって来ました」
私の手が無意識に反対の手の爪を弄ろうとした。それに気がついた私は握り拳を作り、手のひらに爪を食い込ませる。
提督「あの日、大井さんに言わなくちゃいけないことを、言います」
私は視線を上にあげる。そして大井さんのしなやかな栗色の髪の毛と同じ、透き通る瞳が映る。
汗で背中に張り付いたシャツが、さっきまで冷たかったのに熱を帯び、私を急かしはじめた。
すみませんゲロ吐きそうなんでまた次回になりそうです。季節の変わり目なので、みなさん体調には気を使ってくださいね。
大井さんの無表情が怖いからだ。
蛇に睨まれた蛙の文字がふと脳裏をよぎる。たぶん蛙はこんな私と同じ状態になるのだろう。
平衡感覚が狂い、自分がどこに腰を下ろしているのかあやふやになり、対面する相手に吸い込まれるように視覚を奪われる。それ以外は見えているのにわからない。
いつも私は人の表情から事の真意を読み取っていた。
この人は嘘をついている、この人は私のことが嫌いなんだ。
顔は口ほどにものをいい、人を馬鹿にした笑いをする人は引きつった口角をし、そういう人は大抵なぜか年齢よりも若く見える。私は吐いた言葉よりも目に見えるものを優先したきた。
だから大井さんの読み取ることができない無表情が恐ろしい。
ここまでやってくるのに様々なことがあり、それが拍車をかけているせいでもある。
もちろん大井さんが知らないこともある。でもその積み重なりの結果が、この大井さんの表情を作り上げたとなると考えると。情報が交錯しすぎているんだ。
唯一、この大井さんは初めてではないことだけは知っている。
提督「私は、」
紡げ、言葉を繋げて思いを伝えろ。ヘタレと言われるのはごめんだ。意気地なし、甲斐性なしとよばれるのはもうここまでにする。
提督「大井さんのことが、好きです」
大井「イヤです」
提督「大井さん....。、、、え?大井さん?」
脱力感が私を襲う。全身の張り詰めた筋肉が過剰に送り込まれた血液を抑制したのだけど、私は興奮していてよく聞き取れなかった大井さんの返事を信じられず、もう一度告白を言い直す。私は大井さんのことが好きですと。
大井さんは依然として同じだ。むしろ常にぱっちりと大きな瞳と、綺麗に整った二重が細まり、私を訝しむように見つめている。
私の予想だと頬を赤らめ、恥ずかしそうにしているはずだったのに、どうしてだ。球磨さん。
大井「イヤです」
提督「....なんでですか?」
球磨さん、大井さんは、ずっと私を好きでいてくれるはずじゃなかったのか。
一体どういうことだ、まるで意味がわからない。私自身球磨さんと同じでそう思っていたんだ、世の中そんな甘くないっていうことか。それじゃ困る。
大井さんはため息を漏らすと、机に置いてある粘土板の上に置かれたシーグラスを手に取り始めた。
そして接着剤を一つ一つに塗り、そしてそれを粘土板に鎮座する、塔のように連なっているシーグラスにくっつけ始める。
よく見るとその傍らには電球が置かれ、大井さんがランプシェードを作っているのだとやっと知った。
反対からだと、ランプシェードに電球が隠れていたので見つけられなかったようだ。
シーグラスにマニキュアを塗るように丁寧に作業しながら大井さんは言った。
大井「一体、どの面下げて、今更そんなこといいにきたんですか?もう遅いですよ。私は、「今の提督」にこれっぽっちも魅力を感じません。1ヶ月前に戻ってから言い直してください」
振られたのか私は。
大井「....いつまでそこで正座しているつもりなんですか?私の返答はNOですよ、提督。わかったならさっさと」
提督「大井さん」
私は大井さんの言葉を遮った。
告白が失敗したのは大誤算だったけども、私は、大井さんに一つ。他に言わなくちゃいけないことがあるからだ。
大井さんの私に目もくれず作業をしている。それでもいい。
むしろ、そうしていてほしい。私はこれから、大井さんに本当に嫌われないといけないから。
大好きで仕方のない大井さんに嫌われること。生きる糧を失うのに等しい。
面と面を合わせ言ってしまえば、途中で私は言葉を見失ってしまうだろうから。都合がいいのかもしれない。
提督「そのまんまでいい。耳だけ私に向けてほしい」
私があの日、大井さんの告白に答えられなかった理由。それを言います。
私は目を瞑った。全ての感覚はこれから過去の贖罪を紡ぐことになる口に注がれる。
言い終わったら私、消えてもいい。そんな覚悟が私にはある。
提督「私、一度大井さんを殺そうとしたんだ」
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私たちは、この鎮守府にそれなりに平和に暮らしてる。
ご飯をみんなで囲って、笑って、騒いで、どうでもいいことで一喜一憂する。
今が戦時中だなんてまるで信じられないような日々を送ってる。
けど怪我をして帰ってくる時だってある。ボロボロになって、ひどい時は目を背けそうになるくらいに大破して帰ってくることもある。
それはもちろん極々たまに起こることで、大井さんだってみんなだって経験してる。
私、一度聞いたことあるだよね。そんな目にあっても怖くないの?どうしてまた笑顔で私に手を振って出撃できるのって。
そしたらさ、こう答えたんだよ。この鎮守府に帰ってきたら、楽しいことが待ってるからって。だから頑張れる。そう言ったんだよ。
それ聞いて、私怖くなったんだよね。
だってそれは虚構だから。「提督」が創る偽りの幸せがみんなの拠り所だなんて。
それを支えにして戦ってるって聞いて、私は怖くなったんだよ。
世の中鎮守府を出れば他にやりたい事、楽しい事なんて山程あるっていうのに、艦娘はこの鎮守府しか知らない。
だいたい、私自身「楽しいこと」ってのが、イマイチよくわからないのに、私が創る鎮守府の世界を楽しみにして、毎日どんな瞬間に死が訪れるのかわからない理不尽な戦いに身を投じてる。
そんな風に思ったらさ、何が何でも、あなた達艦娘を楽しませさせないといけない、そう思った。強くても弱くても等しく忍び寄る、死の時、その最後まで。
大井さんは、その理不尽な戦いに一度出くわしてるんだよ。
いや出くわしてる、じゃない、私が仕組んだ。私が、大井さんをその瞬間に出会わせた。
今回はここまでです。また頑張ります。
私と大井さんの間に隔たれていた心の壁が、やっと少し崩されてきた頃の話。
球磨さんの剥き出しの警戒心も落ち着いて、北上さんと廊下ですれ違えば、にやにやと笑顔で挨拶するようになり始めた、みんな私との距離感を探り始めた時の話。
実はこの鎮守府さ、全滅するかしないかの瀬戸際に立ってたことがあったんだよ。
どう足掻いても誰かが死んじゃうし、どう艦隊を編成したって死は免れられない。
鎮守府を起点に、一定の防衛ラインを組んで、交代しつつ守るっていうマニュアルだってあるけど、それも通用しない。
ほんとに八方ふさがり。それを大井さんやみんなが知っているかどうかは、知らないけどね、確実に、この鎮守府は危機に陥った。
私はね、みんなが大好きなんだよ。大井さんだって北上さんだって球磨さんも。
みんな、ここにいるみんなが大事だった。疑心暗鬼な私が見つけた居場所。
だから、艦娘に生死の優劣をつけてしまうのは、私のエゴなんだよ。指揮官として、立場上艦娘の優劣をつけるわけにはいかない。優劣をつけてしまえば、それは私情を挟んだことになる。
そうしてあなた達の誰かが死ねば、私は艦娘みんなに顔向けできないだよ。この先あなた達を笑顔にする資格はなくなる。私にとって艦娘は全てだから。
何よりも大切で、何よりも変えがたい。別に軍法会議で裁かれるのはどうだっていいの。
私一人くらい死んだところで、私の代わりの「提督」があなた達を絶対に幸せにするから。
だから、私は、大井さんを見捨てて、みんなを助けることにした。
一番練度と経験がある大井さんを、単機出撃させることで、囮にし、深海棲艦を鎮守府から遠ざけることを選択した。
これが私が大井さんに告解しなくちゃいけない罪。許されない、私の大罪。
私は、大井さんに向き合わず、何食わぬ顔で、いつも通り出撃を命じた。普段の雰囲気と変わらずこれが最後かもしれないっていうのに、謝る機会だって一生訪れないのに私は、平気な顔をした。
大井さんをそうやって出撃させて私はわかったんだ。私は私の意思を持って大井さんを見殺しにするのを選んだ。
そうして、もう私は艦娘に顔向けできなくなったんだって。
私は艦娘を殺した。そんな私が艦娘と笑いあえるか。できるはずない。そうでしょ、でも、してる。
私はこの罪をひた隠しにする事にしたからだ。
私はクズだから、どうやって大井さんが帰ってきたのかわからないけど結果的に誰一人死ななかった。それに甘んじて私はみんなと笑いあってる。
私が大井さんの促した告白に答えられなかったのはこれが理由。私は答える資格がない。応じてはならない、こんな私だから。
もちろんこの話はみんなにも説明する、当然のことだけど。
でも大井さんには一番に知ってもらいたかったんだ。知ってもらって、選んでほしい。
もう振られてるから私のことが好きか嫌いからの、そういう話じゃなくて。
私をもう二度と見たくないか、それとも、まだ一緒に戦ってくれるか。
だから大井さん....。
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大井「もう十分ですよ」
柔らかい匂いがして、暖かいものが私を覆い隠した。そして力強く私を締め付けると、子供をあやすように背中をさすられる。
大井「もういいです。十分です。だから黙ってそのままにしてください」
目は開かないでください、提督今泣いてますから。動かれると面倒です。
大井さんはそう耳に呟くと私をあやし続けた。ああどおりで目が痛いわけだ。一体いつから、気がつかないうちに泣いてたんだろう。
小さいな、私はそう思った。背丈は私の方がちょっと大きいだけで、他は胸以外変わらない。
そのせいで大きく見えた大井さんだけど、人って、艦娘って近づいて触れるとこんなにも小さいだな。
私はずっと手の置き場所に困まりながら、大井さんが満足するまで耐える事にした。
大井「提督は、もしかして気がついてないと思ってたんですか?私を囮に使ったことを」
声色は変わらない。私に優しく囁き、満たされるような幸福感を与える大井さんの、優しい声だ。
でもそれが一層私の鼓動を加速させる。大井さんが何を思って、変わらずにいられるのかがわからない。知っていたのか、大井さんは。
提督「....知ってたの?」
大井「当然です。何年艦娘やってると思ってるんですか」
一つため息をつく。なんだかこの大井さんにすごく安心した。いつもの近くにいた大井さんだからだと思う。
大井「それに私だけじゃないですよ。みんな知ってます」
みんな知っている。大井さんはそう言った。でもそんなわけない。だって私は意図的に、誰にも悟られないように振る舞ったはずだ。
もし知っていたのなら、私に接する態度は変わるはずだ。生きてても、死んでいても。自分を殺そうと命令した人間に、いつも通りなんてできっこない。私はそのことを大井さんに告げる。
大井「自分の死に場所くらい、察せますよ。だって私達艦娘は、ほとんどが一回死んでいるんですから」
提督「そんな悲しいこと口に出さないでよ」
大井「だって事実なんですから」
私が言える立場なんかじゃないことは知っている。でも、言わざるをえなかった。
だって大井さんの声は震えていたから。目を瞑っているから、研ぎ澄まされた聴覚が些細な変化を聞き取ってしまった。
一回死んでるからってなれるわけじゃない。死ぬのは何回でも怖いはず。
大井「一回みんな死んでるから、死には敏感なんですよ。隠せていたと思っていても、ほんの些細な違和感に、艦娘は死を悟るんです。だからって提督を恨まないですよ。なんせ戦時中なんですから、いつ死んだっておかしくないんですよ。だからみんな常に覚悟はできてる」
提督「だからって死ぬのは怖いでしょ」
大井さんは無理をしてる。本心に塗り固められた嘘を本心だと信じきっているんだ。
大井「いいえ怖くないです」
提督「嘘だ。死んだら元も子もないじゃない。何も残らないんだよ?」
大井「....そうですね。提督の言い分に間違いはないです。死んだら何も残りません。いえ、残るのは生き残った者に渡される悲しみの置き土産だけ、ですね。でも提督、一つだけ知っていてほしいことがあります。私達と提督、昔の人と現代の人の死生観は違うってことです」
提督「何が違うっていうのさ...?」
大井「提督は死は誰かに意味をなさないと考えてますね。死んだらその場でおしまい、残るは悲しみと骨くらいって。でも私は違うと思ってるの。死は誰かを成長させる。私が死ぬことで、誰かが強くなって、強くなった誰かが弱い誰かを助ける。そして強い誰かは死んで、弱い誰かを強くする。それがずっと続く。だから私の死は、誰かの死は無駄なんかじゃない。弱い誰かを強くする礎になれるって、思ってるわ」
でもまぁ、死ぬのはごめんだわ。最後にそう言い終わると小さく笑う。
死は誰かを強くする、か。彼女たちと私の見ている世界は同じなのに感じ方は違うんだ。
大井「それでさっき提督は、私がどうやって帰還したのかわからないって、言いましたよね」
提督「言ったね。不謹慎だけど本当に大井さんが帰ってきたのかわからない。だって...」
そこまで言って最後を出し渋る。帰ってくるはずがないからだ。一人でどうにかなるんだったら、私は大井さんを単機で出撃させるわけがない。できないから、囮に使った。
大井「帰ってこれるわけない、ですね。じゃあどうやってあの死屍累々を掻い潜って、こうして不甲斐ない提督をあやしているんでしょうかねぇ~」
意地悪そうに、それでいて愉快そうに大井さんは喋る。まるで自分の武勇伝をこれから話すみたいだ。
大井「気合いですよ。気合い」
提督「はっ?気合い?」
随分と短い武勇伝だ。気合い、この三文字で締めくくるくらい簡単な話だったのか。
大井「そう気合いですよ。積めるだけ酸素魚雷を搭載して単機決戦です。それにしても甲標的と試製61cm六連装酸素魚雷の雨あられのあの様を、見せてあげたかったですね~」
提督「え、うちにそんな装備今でもないよね」
大井「そうです。「公式」には存在しない装備を使いました。資材を懐に蓄えて遊んでいた艦娘が功を成した、というわけです。まぁもう使い切りましたけど」
ああ、後でしっかりとお礼を言っとかないと。今回の件で水に流してあげよう。ありがとう。でも。
提督「でもその装備でも大井さんが帰還するのは」
大井「そうです。極めて低いです。でもゼロじゃない。ほんの数%、コンマ代の確立を私は勝ち取ったんです。気合いで」
今日で終わりそうです。また更新します。
提督「なにそれ」
私は涙を拭うと思わず笑ってしまった。まるで私がバカみたいじゃないか。
大井さんの気合い一つで終わらせた問題を、私はいつまでも苦しんでいたんだと思うと、なんてバカバカしいんだ。
大井「なんで笑うんですか」
提督「だって大井さんの気合いで片付く問題だったんでしょ。もちろん装備のことも....」
大井「なんで気合いでなんとかなったのか。提督は、その気合いの根源が何なのか、考えもしないんですね」
大井さんは抱きしめる力を弱め、私から離れた。そして太ももの方へ握りこぶし作り置くと、私を睨みつけた。
大井「死んでやるか、意地でも死んでやるか。そう思ったからですよ。あいつは私を囮にした。死ぬのはわかっているけど断れない。断ったら、私以外のみんなに不幸が起こるはず。それでもムカつくもんはムカつくんですよ。現実の理不尽なんか慣れっこですけど、絶対、生きて帰って、何食わぬ顔で提督に接してやるって、そう決めたんです」
提督「ごめんなさい...」
大井さんは私に近づくと私の太ももをリズムよく叩き。
大井「なんで謝るんですか?私の復讐は成功してたんですから、これっぽっちも、まったく全然、気にしてませよ」
言い終わると私をじっと見つめた。
大井「まだたくさんありますよ。提督が気づいてないだけで、デリカシーに欠ける言動や行動。あぁもうこの際だから全部言ってやる。いいですか....」
それから大井さんはひたすら私の悪い所を喋りまくった。とても楽しそうに。
やれ髪の毛をシャンプーで洗った後はリンスじゃなくてコンディショナーにしろとか。やれ風呂上がりはアイスなんか食べてないでさっさと髪を乾かせ。
やれ、やれ。まったく提督は。
お節介だな、本当に、大井さんは。でも嫌じゃない。こうやって楽しそうに駄目出しするけど、私だってこんな喋り倒す大井さんは見てて飽きない。
だいたいこんなことうちの親だって言わなかった。やりたいようにやれ、そんな放任主義で私のやる事なす事に口出しをしなかった家庭だから。
それに引っ込み思案で、これといって非行行為はしなく、勉学に打ち込む学生だった。おかげで「提督」になれたわけで願ったり叶ったりだ。
そう考えると思わず私は笑ってしまった。人生いいことなんて一つもない。つまらない灰色の人生だ。そう思っていた学生時代の私にこう言ってやりたい。
苦難や諦める時はいずれやってくる。そういう時は一人じゃ太刀打ちできないけど、周りにいる強いみんなが必ず助けてくれるはず。その瞬間から、あんたの人生は灰色から色彩を変え、彩り豊かになる、って。
大井「何笑ってるんですか?こっちは真剣なんですけど」
提督「ごめん、ほんとおもしろくって」
大井「私がこうやっているのが、ですか?」
提督「いや違うよ、なんか私の人生がおもしろいなって思って」
大井「なんですかそれ?まぁ、いいですけど。それと、これで最後です」
提督「はい。なんですか」
大井「提督、さっき私に泣きながら色々話しましたけど、一つだけ訂正してください」
私の代わりの「提督」があなた達を絶対に幸せにするから。ここを直してください。
大井「私は、いやみんなですね。みんな、不甲斐ない提督が好きなんです。どうしようもない駄目な提督、あなたががんばって創るこの鎮守府が好きだから、時に理不尽な現実が姿を表そうとも、何よりも、一番大切だから、守るために命だっけ掛けることができる。そんな鎮守府を、創ったあなた以外の、私達の提督はありえないんです。だから訂正してください」
提督「いいの?だってこの鎮守府から出れば、私なんかよりもずっと楽しいことがあって、私なんかより、魅力的で優しい人だって本当はいるのに」
嘘はついてない。艦娘は鎮守府以外を知らないんだ。
いつかは深海棲艦との戦いは終わりを迎える。
絶対に、終わってしまう。終わってしまえば彼女たちは、解体され跡形も命もなくなるはずだけど、私はそうはさせない。
どんな手段を使ってでも、せめて、私に付き添ってくれた艦娘のみんなを解放する。
その明るさによく助けてもらった夕立さん。
感傷的だから私とよく気があう時雨さん。
怖いところもあるけど優しい球磨さん。
鬱陶しいけどよく笑わせてもらった青葉さん。
おもしろいゲームをよく貸してくれる北上さん。
飲み仲間の足柄さん。
よく私の悩みを真摯に聞いてくれた鳳翔さん。
装備とか資材を管理するけど懐に蓄える明石さん。
がんばって経費削減してくれるおかげで何度も助けられた大淀さん。
それに私が愛してやまない、大井さん。
私は。
大井さんはおもむろに立ち上がった。そして。
大井「提督は、今日はどんな用があって、私のもとに尋ねたんですか」
私は無意識に片膝をついて大井さんを見上げる。窓から見えるシルエット調の木々と夕焼け空の赤、それを背にする大井さん。見惚れるほど綺麗で神秘的な状況の中、私は大井さんの顔だけを見つめ、本当にすんなり、必要な言葉だけを口に出した。
提督「大井さん好きです」
大井「ええ、私もですよ、提督」
そう言うと大井さんは私の頭を優しく撫でた。すごく心地いい。張り裂けるほど膨らんでいた私の心が、今ここで爆発し、露わになった部分を大井さんに撫でられているみたいだ。
受け入れられた、実り叶う。そのずんと重い幸福感が私を包み込む。
大井「やっと言いましたね。長かったですよ、もう」
それを聞いて私はふと疑問に思った。
提督「告白二回めだよ。どうして一回目は断ったのさ、最初に言ってくれればいいのに」
一回目に応えてくれれば話は早かった、私はそう思ったけど、大井さんの溜息がそれを否定する。
大井「まず一つ目、女の子には告白はシチュエーションが何よりです。あんな勢いよく飛びついてきた後で、あれはないです。そして二つ目、その時の提督は本当に嫌いだったんです」
提督「じゃあなんで今受け入れたの?」
するとあの笑顔だ。私はイジってはにこにことするあの笑顔。
大井「それは、「さっきまでの提督」と、「今の提督」はまったく違うからですよ。人は一分一秒ずつ移り変わり、ほんの少しの時間で見間違える。男子三日会わざれば刮目して見よ。ですね。今の提督はさっきまでと違って素敵です。いえ、今ままでの中で、一番素敵です」
私は立ち上がった。嬉しいんだけど何だか腑に落ちない。大井さんの手のひらで踊らされていたみたいで一言言ってやりたい気持ちになった。
提督「なによそれ!なんかムカつくんだけど!」
大井「ま、まぁいいじゃないですか。こうして丸く収まったわけですから」
大井さんは後退り木製のパソコンデスクまで退がり、お尻を当てた。こんなに遊ばれたんだ、私は負けじと大井さんに詰め寄る。
いつのまにか鳴きやんだひぐらしの声。おかげでこの部屋はしんとして、私と大井さんの少しだけ荒い息遣いだけが響く。
大井「提督、次は、私になにをしてくれるんですか?」
大井さんの熱を帯びた瞳が少しだけ下がったのを感じた。熱い視線は鼻を通り抜け唇に注がれる。そして私をもう一度見ると、静かに瞳を閉じた。
私はポケット中に手を突っ込む。そして今までに大切に、その時が来るまで隠していた、柔らかい手触りの箱から、大井さんにずっと渡すと決めていた物を取り出す。
大井さんの左手をとる。冷え性の大井さんとは思えないくらい熱く、火照っている。そして私はその暖かな左手、薬指を手に取りそれをつけた。
近くだからよくわかる。それをつけた時大井さんは目を閉じたまま、今の私と多分同じだろう表情をした。嬉しくてたまらない。そんな顔。
大井「....負けました。今のは提督の勝ちです」
提督「大井さん。目を開けてください」
大井「はい」
薬指の付け根を隠す銀色。私が執務室で珍しくうたた寝をしている大井さんからこっそり採寸して、注文した、指輪。結婚指輪。
それを大井さんはゆっくり目線より上に持っていくと、じっと見つめ、微笑んだ。そして口もとに運び指輪キスをした。
大井「じゃあ今度は私から」
デスクの引き出しを開けた音がした。今度は提督が目を瞑ってください。そう大井さんに促され私は瞳を閉じた。
大井さんの腕が首に回される。一瞬期待したけどそれは覆され、首元に冷たい、金属の温度が伝わる。そして金具が閉じる音がした。
提督「もう大丈夫?」
大井「ええ、いいですよ」
目を開け、首元に付けられた何かを手に取る。アルミワイヤーが巻きつけられた透明な一つの丸い物。どこか見覚えがあるそれはネックレスに変わっていた。これは。
提督「私が拾ったシーグラスのビー玉」
大井「そうですよ。こういう時、指輪で返すのが一番ですけど、用意してないですし、元々渡そうと思っていたこれをお返しにします」
提督「これ北上さんに渡すんじゃないの?」
私はてっきり北上さんにプレゼントすると思っていた。
大井「なに言ってるんですか。ずっと、最初からこれは提督の物じゃないですか」
それにしても考えることは同じなんですね。大井さんはそう呟くと私を抱きしめる。私も大井さんを抱きしめ返すと、考えることが同じとは何か。そう思いつく。
提督「何が同じなの」
大井「それ、私が告白を促したあの日に渡すはずだったんですよ。この指輪を提督はお返しとして、あの時渡してくれましたか?」
提督「ノーコメントで」
言えない。急いでて持っていってなかったなんて。
大井「まぁいいですけど。わざわざ問い詰めることでもないですし。なにより、今はこの時間が嬉しいんです」
首元に掛かる力が弱まった。大井さんが私と目と鼻の先まで移動したみたいだ。そして五秒くらい見つめ合うと、また大井さんは瞼を閉じた。
私は大井さんの髪をかき分け、そのおでこにキスをする。
大井「....そこはなんで唇じゃないんですか?」
私は大井さんの唇に人差し指をあて、こう答える。
提督「そこは、正式に結婚してからだよ。大井さん」
大井「あら、ロマンチックですね。嫌いじゃないですよ、その理由。じゃあ首を長くして、待ってますね」
今度は逃さないで、しっかりと私を捕まえてくださいね。提督。
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提督「で、何これ」
私が手にしている通称艦隊新聞。鎮守府のあれこれを勝手に纏めた新聞雑誌だ。作成者は考えなくともわかるはず。その新聞の見出しに大きくこう書かれている。提督、結婚式までキスはしないと発表。
大井「まぁほんとのことですし、いいじゃないですか」
乱雑になった書類を纏めると珈琲を置いた大井さんは言った。そういう問題じゃない一体どこから情報が漏れたっていうんだ。あの場には私達以外誰もいなかったはず。
北上「んあーそれ、私が言っちゃったわ...」
ソファで寝っ転がって漫画を読んでいる北上さんはこっちを見ないでそう言った。
提督「なんであれから結構たったのに言っちゃったのかなぁ....」
北上「青葉しつこいもん。しょーがない、しょーがない。ねぇ~」
体制をうつ伏せにして机に置いてあるポテチをとる。
大井「北上さん、だらしないですよ....」
北上「そーだね大井っち。それにしても、最近は雨続きだねぇ」
大井「ほんと、これじゃ洗濯物が乾かせないって鳳翔さんが嘆いてましたよ。それに私ドライフルーツ作り始めたっていうのに、はぁ」
季節は過ぎ、夏場の蒸し暑さはとうに去って肌寒くなった。それにここ最近は三日三晩雨が続いて、おまけに季節外れの台風も来てるって話だ。
あの日から、だいぶたったけどまだ式を挙げれていない。どうも最近深海棲艦の動きが活発になり始めたせいだ。タイミングを考えろ。
それにしても、北上さんは大井さんの小言を避けるのが上手い。
球磨「提督ー!生きてるかクマー?」
勢いよく扉が開け放たれ球磨さんが入場した。
提督「だからそれやめてって....」
青葉「ども!こんちわーす」
どの面で下げて、そんなに嬉しそうに挨拶ができるんだまったく。
足柄「あら裏切り者さんこんにちわー」
青葉さんに続いて足柄さんも入って来た。ここ最近は私のことを、裏切り者さんと呼ぶ。相変わらず飲みの回数は変わらないから、冗談で言っている。
提督「足柄さん、どうしたの?」
青葉「あれぇー私は?」
足柄「鳳翔さんが差し入れですって。洗濯物が乾かせないからストレス発散で」
鳳翔「あらこんにちわ提督。ふふ、幸せそうですね」
足柄さんの後ろからひょっこり鳳翔さんが現れた。足柄さんは身長が大きい、小柄な鳳翔さんならすっぽり隠れてしまう。
提督「ええ、まぁ...」
大井「鳳翔さん、今日は何作ったんですか?」
ふんと鼻を鳴らした鳳翔さんは自信作ですという。そして足柄さんは北上さんの足を退けソファの上に腰を下ろし、漫画を手に取り読み始めた。球磨さんはというと私の冷蔵庫を漁り始めた。最近高いアイスの減りが早い。どうも専用のの冷蔵庫が必要だと思った。
青葉「あ、珍しいですねぇ。これは大成功です
鳳翔さんが持っていたのは大きいイチゴのワンホールケーキだった。珍しい、同じイチゴならイチゴ大福とかだと思ったのに。
大井「私飲み物準備しますね」
そう言うと大井さんは給湯室にむかいはじめた所で私は呼び止める。
提督「せっかくだから、夕立さんと時雨さん、明石さんに大淀さんも呼ぼうか」
大井「いいですね、じゃあ全員分作って来ます」
球磨「夕立と時雨ならさっき見たクマ」
ソファに座った球磨さんはアイスを食べながらそう言う。
足柄「どーせ雨だから外なんでしょ」
球磨「正解クマ」
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全員集まった。そんなに広い執務室じゃないから、私の机は廊下にほっぽり出され、応接机を少し移動させ部屋の真ん中に置く。
そして机の上には全員分の飲み物が置かれ、イチゴのケーキが鎮座する。
夕立「まっだかっなーまっだかっなー」
時雨「美味しいねこのお茶」
鳳翔「はいはいみなさんお揃いですから、そろそろ頂きましょうか」
明石「乾杯の音頭は誰が取りますか?」
びしっと手を挙げたのは足柄さんだった。
足柄「はぁい!!乾杯の音頭は、ぜひこの私めに!!!」
大淀「もしかして、酔ってますか?」
足柄「酔ってます!この雰囲気に!」
上手いこと言ってやったみたいな顔をした。そして立ち上がる。
球磨「別に上手いこと言ってねークマよ足柄」
足柄「さぁ立った立った!!」
そう促され私は立ち上がり、みんなも立ち上がる。
鳳翔「誰に乾杯します?」
そりゃ決まってるでしょ。そう言った足柄さんは深く深呼吸する。そして。
足柄「提督と大井に乾杯」
そう真面目な声で呟く。乾杯とみんなは言うと思い思いにグラスを当て合う。
夕立「時雨、なんでこの前振りがいるっぽい?」
時雨「これは様式美っていって必要なことなんだよ」
夕立「ようしきび?何か結婚式の日にちみたいでおもしろっいっぽい!」
球磨「そうだクマ。そういえば提督、お前まだ式あげてなかったクマねぇ」
飲み物を飲み干した球磨さんは、姉妹揃って意地の悪い、あの笑顔で私に呟いた。
そういえばそうだ。まだあげてない。
鳳翔「あら、こんなところに丁度いい包丁が... 」
そういって私と大井さんが座っている目の前に包丁が置かれる。元々ケーキを切るようだったのに、こんなところとはなんだろう。
青葉「おっとこんな、私の目の前に一眼カメラが....。しかも単焦点50㎜。写真にはうってつけですねぇー」
大淀「いつもと持ち歩いてるカメラですよね」
足柄「きーれ!きーれ!」
完全にシラフじゃなくなった。
提督「えぇ、みんなの前で?」
当然と言わんばかりに、みんなもコールを始めた。まぁ式を挙げたらそうなんだけど、急すぎて心の準備が。
私の左手に手が添えられた。ひやりとした、心地よい大井さんの手だ。
私は大井さんの方へ向く。一瞬、大井さんの服装が純白のドレスに変わったけど、それはすぐに消えていつもより真剣な大井さんがいた。
大井「て、提督!切りますよ!!」
提督「なんだか怖いよ大井さん....」
北上「大井っちは大人数だとこうなるよー。ほら、引っ張って挙げないと、新郎さん」
にやにやとした北上さんはそう言う。私が男役なのか。
大淀「新郎新婦によるケーキ入刀です!さぁみなさんBaby I Love Uを歌いましょう」
明石「どんな曲かわからないんですけど」
北上「まぁいいよ切っちゃいなよ~」
私は震える大井さんの手を覆い隠す。
提督「大井さん、いい?」
大井「は、はい!」
青葉「シャッターチャーンス!」
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普段無駄なところでしか役に立たなかった青葉さんの写真が、今ではうちの家宝になっている。
漫画だったら目がぐるぐるしてそうな表情をした大井さんと、私が丁度目を瞑っている写真。
どう見たって失敗だけど、これがあの時の私と大井さんをよく表していると思い、これを大切にしている。
思えば、あれから先が一番の苦難だった。
私は病院の窓辺から見える高層マンションと木々のアンバラスな風景を見る。まぁなんて風情がない。潮風が恋しい。
私は首元にぶら下がるネックレスを手に取る。ここ最近大井さんに会えていない。これと写真だけが私の心支えだ。
こんこんと扉がなった。そして少し困り顔の看護師の方が入ってきて、面会にきた人がたくさんいると言った。その上がった数々の名前に心が踊る。
苦難や諦める時はいずれやってくる。
そういう時は一人じゃ太刀打ちできないけど、周りにいる強いみんなが必ず助けてくれる。
それは何も私に限った話じゃない。私以外の素晴らしい数々の「提督」達がいて、艦娘がいる。
そしてその人達は誰かの犠牲の上に立ち、死んでは犠牲になり、その上に誰が立ち上がっていく。そうやって積み重なった犠牲で、何かを掴み取るチャンスは必ずやってくるんだ。
物事、なんにだって終わりは訪れる。それを忘れちゃいけない。
入りますねと、一つ声が聞こえると、わいわいと賑やかな声が後ろから続いてくる。
私は、大切なもの達を最後まで守れた。でも覚えておかないといけない。私の幸せは、顔も知らない、知っていても、会ったことのない人達に作られたことを。
提督「ひさしぶり、みんな」
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おしまいです。読んでくださった方、ありがとうございました。
それと2ヶ月くらい放置してエタりそうになった時、レスしてくれた方、ありがとうございます。おかげでがんばれました。まだ色んな物語が山程あるんで、また会える日を楽しみにしています。
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