木場真奈美「カッコイイより」菊地真「カワイイを!」 (39)

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 彼女から相談を持ち掛けられた時、菊地真は思わずこう聞き返してしまった。

「カッコイイのに……困ってる?」

「そうだ。カッコイイことに困ってるんだ」

 真の対面に座る女性、木場真奈美がどうしたものかといった様子でため息をつく。

「実は先日、ある仕事を任された時のことなんだが。メンバーが私、美優、あいの三人でね」

「はい」

「それぞれメイドの恰好をして……確かプロデューサー君は、イメージビデオとか言ってたかな」

「イメージビデオですか? メイドさんの恰好で」

 真が訊くと、真奈美は「うむ」と頷いて。

「なんでも『必殺お仕置き人』とかいう漫画の宣伝らしい。個人的なことを言わせてもらえば、メイドは本来使用人だろう?
 なら、叱る側ではなく叱られる側だと思うのだが……」

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 不思議そうに首を捻る真奈美。真も、そんな彼女の言葉に「そういえばそうだなぁ」と心の中で同意する。

「まぁ、プロとして与えられた仕事はキチンとこなしたつもりだよ。ただここで、一つ疑問が生まれてね」

「疑問ですか」

「撮りあがった映像を見て皆が言うには、美優はカワイイ、あいはキレイで、私の場合はカッコイイ」

「それの、なにがいけないんですか?」

 真奈美が、ズッと身を乗り出す。

「……君は、おかしいと思わないのかな?」

「はい?」

「メイドなのに、カッコイイ。カワイイとキレイはまだ分かる。しかし、カッコイイメイドというのは一体なんだ?
 私一人だけモデルガンを構えさせられていたこととも、何か関係してるのか……?」

「モ、モデルガンなんて持ってたんですか!?」

「監督曰く、原作の再現とは言ってたな。私としては、これもまた腑に落ちない点ではあるが」


 そこまで言うと、真奈美はテーブルに置かれたコーヒーカップを手に取った。
 
 両目をつむり、静かに口をつける姿はスマートな所作と相まって確かにカッコイイ。
 思わず真が見惚れていると、真奈美が急に瞼を開き、ジロリとした視線を彼女に向けた。

「……君は今、コーヒーを飲む私の姿をカッコイイと思ったろう?」

「えっ!?」

 どうして分かってしまったのか? 真があたふたとしていると、真奈美は「ああ、いいんだ」と片手で真の動揺を制し。

「よくあることだ。そう、よくあることで……まさに今、私を悩ませている問題がソレだ」

 コーヒーカップをテーブルに戻し、真奈美が真剣な表情で真に向き直った。
 その場の空気に緊張が走り、自然と真も居ずまいを正す。

 二人の間に幾ばくかの沈黙が流れ、真奈美が神妙な面持ちで切り出した。


「ズバリ聞こう。君は、カワイイかい?」

 瞬間、真は声にならない声を上げてその上体を仰け反らせた。雷に打たれたような衝撃。
 それは彼女の禁忌に触れる質問。物事の核心を「これでもか!」というほどに的確に貫く言葉の槍。

「私の為にも答えて欲しい。菊地真、君は本当にカワイイのかを」

 冷や汗がドッと吹き出し、遠のく意識を必死に繋ぎ止めながら、震える声で真が答える。

「も、もちろんです! ボクはその……カ、カワイイですよ!」

「本当か? 本当に君はそう言い切れるのか?」

「だ、だって自分は……キュートですから!」

「だが、美優はクールなのにカワイイぞ? 事務所がつけた属性は、事実から目を逸らすための免罪符ではない!」

「はぐぅっ!?」

「君は頬を膨らませながら自分をクールだと言い張る李衣菜や珠美の姿を見てもなお、そんなことが言えるのかっ!」

「あ、うぅ……確かに、言えない……!」

 言えない、言えるわけがない! 凄まじい説得力を持って放たれた真奈美の言葉に、真は何も言い返せなかった。
 テーブルの上へ崩れ落ちるよう突っ伏した彼女に、真奈美が再度問いかける。


「もう一度聞こう……君は世間一般から、どんな目で見られていると感じてる?
 カワイイアイドル菊地真か? それともカッコイイアイドル菊地真か?」

「あ、あぁ……言わないで、そ、その話題を深く掘り下げないで……!」

 答える真は涙声。しかし、真奈美だって彼女を責めたいワケじゃない。
 ただありのままの真実を受け入れて、正直になって欲しかっただけなのだ。

「ボ、ボクは……ボクは……」

「ボクは、なんだ?」

「かっ……カッコイイ方の……真です……!」

 少女は、自分を受け入れた。「……よく、言ってくれたな」と応える真奈美の声は優しかった。

 1111プロダクションの社員食堂に、現実を受け入れた少女のすすり泣く声が響き渡り、
 そんな彼女を優しく見つめる真奈美の姿は、やはりどこまでもカッコイイ真奈美であった。

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「だがしかし、君が一部ではカワイイと呼ばれていることも知っている」

 真奈美の言葉に、顔を伏せたままで真がピクリと反応する。

「普段はキリッとしているのに、たまに見せる無邪気な笑顔や仕草を見て、そのギャップにやられる者も多いそうだ」

 真のすすり泣く声が止んだ。僅かだが、そのピョコンと立った髪の毛も揺れている。

「そこで私は思ったんだ。普段カッコイイとしか思われていない私のような人間でも、
 君を参考にすれば多少はカワイイの何たるかを、会得できるんじゃないかとね」

 真奈美が、チラリと真を一瞥する。

 最早彼女は泣いてはおらず、今はちょっと薄気味悪い笑顔を浮かべて嬉しそうに真奈美を見つめていた。


「へ、へへっ……そ、そんな風に思われてるんですか?」

「まぁ、私が聞いて回った限りはそうだな」

「あの、これはちなみになんですけど。例えば……誰が?」

 何やら期待するような視線を向けて、真が真奈美に質問する。

「ああ、それは雪歩、由里子、小鳥さんと美希に――」

「待って下さい真奈美さん! その『カワイイ』は歪んでますっ!!」

 真に全力で否定され、真奈美がキョトンとした顔になった。

「なんだと?」

「あの、その、上手く説明はできませんけど、そのメンバーの言う『カワイイ』は、
 世間一般の『カワイイ』とは違う気がするんですよ」

「ふむ……カワイイにも種類があるのか」

「はい、種類があるんです……ボクも、よく分かってるわけじゃないですけど」


 二人の間に、再び沈黙が訪れる。

 若干の憂いを帯びた両者の姿は、見る者が見れば「し、渋カッコイイ!」なんて興奮しそうなほどに決まっていたが、
 二人が求めるのはあくまでもカッコイイでは無くカワイイなのだ。

「……ではもう一人、参考になりそうな人間を呼び出そう」

 沈黙を破り、真奈美が携帯電話を取り出した。
 真が「誰を呼ぶんです?」と尋ねると、真奈美は「フッ」と笑って彼女に答えた。

「君と同じようにボーイッシュ、しかしカッコイイよりもカワイイと評されるあの子だよ」

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 数分後、真奈美に呼び出された人物が食堂へ姿を現した。
 彼女は真たちの座るテーブルに駆け寄って来ると、人懐っこい笑顔で挨拶する。

「はいはい木場さんお待たせー! 中庭からダッシュで救援に駆けつけちゃった!」

 オレンジ色のジャンバーを羽織った彼女の左手には、野球のグローブがはめられていた。
 右手に持っていたボールをテーブルに置き、彼女――姫川友紀は空いていた席へと腰を下ろす。

「悪いな、急に呼び出して」

「ううん、全然! キャッチボールならいつでもできるし!」

 だが、和やかに話し始めた二人と違い、真は怪訝そうな顔をして真奈美に尋ねた。


「ちょ、ちょっと待って下さいよ。真奈美さんが呼んだ助っ人って、友紀のことなんですか!?」

「助っ人! いーい響き!」と上機嫌になる友紀をしり目に、真奈美が「いや、彼女は違う」と首を振る。

「友紀はおまけで、本命はあっちだ」

 そうして真奈美が指差したのは、食堂の入り口に置かれた自動販売機。
 脇にグローブを挟んだ少女が、ちょうど買いたての飲み物を持ってこちらへやって来るところだった。

「ごめんごめん、走ってきたら喉乾いちゃってさ」

 そう言って、少女が友紀の隣に座る。

「それで、なんの用なんだ? 真奈美さんが呼んでるって言うからオレ、ここに来たワケなんだけど」

 少女は確かにボーイッシュ。見た目も喋り方もまるで男の子らしかったが、その声は真や真奈美と違って随分と高く可愛らしい。


「真は、もちろん知ってるな。彼女こそ二人目の参考人である永吉――」

「昴なら、友紀と違って納得です。確かに彼女はカッコイイだけじゃない、女の子らしい可愛さも持ってますから」

 そうしてうんうんと頷く真。昴が彼女たちのやり取りに、小首を傾げて質問する。

「参考人って……何の話だ? オレの何を参考するって言うんだよ」

 すると彼女の隣に座る友紀までも
「そーだそーだ! あたしと違って納得ってトコに、あたしが納得してないんだけど!」と続いたので、
 真奈美は昴たちの方へ向き直り「そうだな、軽く説明しておこう」と話し始めた。


「実は今、真とも話していたんだが……君たちは私たちのことをどう思う?」

 途端に、友紀と昴はポカンと顔を見合わせた。それから、まるで確認を取るようにおずおずと。

「どうって……どう?」

「なに? 二人がお似合いとか、そういうコメント?」

「オ、オレにそんなこと聞かれたって困るぞ!? だ、大体、フツーの恋愛ってのも、まだよく分かんねーんだし」

 顔を真っ赤にして困り出す昴と、今にも吹き出したいのを我慢しているような友紀の反応に、真奈美が真面目な顔で真に言った。

「見たまえ、これが昴のカワイイだ」

「なるほど……強力ですよ、コレは」

「えっ? えっ!? な、何の話してんだよ!?」

「なに、昴はカワイイという話さ」

「ちょっと! あたしはあたしは?」

「友紀はカワイイっていうより子供っぽいよ」

「酷いっ!?」

とりあえずここまで。そんなに長い話にはならない予定。


 真に子供っぽいと評された友紀が、不満そうな顔になる。

「あたしだってカワイイところちゃんとあるよ! だってほら、アイドルだし!」

「それなら、ここに居る全員が当てはまるな」

 真奈美の冷静な指摘に、言わんとするところを察した友紀が「うぐぅ……!」と呻いて黙り込む。

「まぁ、昴を呼んだのはそれが理由だよ。
 友紀の言うように『アイドル』イコール『カワイイ』だとすれば、その図式に我々二人は当てはまらない」

「どーしてもボクたちは、カワイイよりもカッコイイアイドルになっちゃうよねって話をしてたんだ」

 真奈美と真がそう言うと、昴が「わかるぜ!」と同意した。


「分かる! オレもさ、良くファンから『カッコイイ』って言われてて――」

「いや、昴はやっぱりカワイイだよ」

「羨ましいな」

「なんでだよっ!? オレもそっちに入れてくれよ!」

 憤慨する昴に真奈美が言う。

「何を怒る必要がある。アイドルとして活動する以上、与えられた仕事には柔軟に対応する必要があり……
 私としても、求められるなら『カワイイ』木場真奈美もこなしたい」

 そうして真奈美は遠くを見るように視線を動かし
「もし今後、そんな機会が訪れたとして『できません』とは言えないからな」と呟いた。

 その姿は、誰がどう見てもカッコイイ真奈美である。

 すると黙り込んでいた友紀が「だから昴ちゃんを呼んだんだ」と昴の方へ顔を向けた。


「昴ちゃんカワイイもんねー」

「……お前までそんなこと言うのかよ」

「だって、事実だし」

 友紀が真顔で答えると、昴もとうとう諦めたようにため息をつき
「わかった、わかったよ! オレはカワイイってことでもういいよ!」と投げやるように頭を振った。

「で? 結局オレから何が聞きたいワケ?」

 そうして昴がふてくされたように尋ねると、真奈美が考え込むように顎へ手を当て。

「ふむ、聞きたいことは色々とあるが……ひとまずは、どうすれば君のように可愛さを演出できるかが知りたいな」

「か、可愛さの演出ぅ……?」

 昴が、困ったように腕を組む。


「別にオレは……意識してなにかしてるってワケじゃないよ。
 フツーにアイドルやってたら、カワイイとか、カッコイイとか周りが勝手に言うだけで……」

 すると真も、思い出すように頭を掻きながら
「うーん……言われてみれば、案外そうかも。昴ってボクたちと比べてもその、行動が普段から男っぽいハズなのに」

「それはつまりこういう事かな? 立ち振る舞いはカッコイイに直結しない」

「いえ、そう言うワケでもないですよ。現にほら、昴と似てる夏樹なんかは、どちらかと言えば『カッコイイ』じゃないですか」

 真奈美が「うぅむ」と首を捻る。

「喋り方も普段の仕草も、二人ともそう変わりはないというのに……深いな」


 だが、脇でやり取りを聞いていた友紀が「そうかなー?」と異議を唱えた。

「口調とか振る舞いは一緒でも、二人じゃ決定的に違うところが一つあるよね」

 友紀の言葉に、真奈美が「違うところ?」と聞き返した。すると彼女は「えへん!」と得意げにその胸を張り。

「ズバリ、髪型だよ! 夏樹ちゃんはリーゼントでカッコイイ! だけど昴ちゃんはボブカット気味で女の子らしい!」

 だから昴はカワイイのだ! ……そう言わんばかりの主張を聞いた三人の、反応はしかしイマイチだった。

 期待していた通りの展開が訪れず、友紀が不満げに
「なになに、なんで誰も『な、なんだってー!?』とか言ってくれないの?」と口を尖らせる。


「なぁ、友紀」

「うん?」

「その理屈で『カワイイ』が決まると言うのなら、私や真はどうなるんだ?」

「……あっ」

 真奈美の指摘に、友紀がポカンと口を開けた。

 真が自分の髪を指でいじくりながら
「ボクも髪を長くすれば……『カワイイ』になれるんですかね?」と呟く。

 すると昴がテーブルにもたれ掛りながら「無理なんじゃねーの」と返事した。

「だってさ、のあさんとかオレより髪が長いけど……あの人『カッコイイ』側の人間だぜ」

 すると真奈美も頷きながら
「彼女に似ている人物で言えば、貴音辺りも『カッコイイ』候補に入るが……彼女は同時に『カワイイ』でもある」

「時々、スッゴクカワイイですもんね」

 真奈美の意見に同意する真。そんな二人に友紀が言う。

「じゃあ『カッコイイ』側の人が『カワイイ』側に入るには、髪型だけじゃダメってこと?」

「……そうなるな。恐らく、髪型以外にも『カワイイ』を作る要素が他にまだあるという事だ」

 そうして真奈美はおもむろに携帯電話を取り出すと、三人が見ている中で誰かに電話をかけだした。

「――もしもし、私だ。これから少しの間だけでいい、君の力を貸してくれないか?」

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「それでボクが呼び出されたワケですか」

 数分後、食堂には新たな少女の姿があった。

 外ハネした髪とタレ目がチャーミングなその少女は、目の前に並ぶ四人の顔を眺めて「フフン」と笑う。

「まぁ確かに? ここにいる……いえ、事務所内でもボクほど『カワイイ』のなんたるかを理解している人間はいないでしょうから?
 こうして声がかかったのも、ああ納得と言ったところですけど」

 だがその子憎たらしい物言いに、真奈美たちはそれぞれ顔を見合わせると。

「あー……これはちょっと」

「かわいくなーい!」

「喋らなければ、良さそうなのだが」

「もっとさー、謙虚に生きた方がいいと思うぜ?」

 口々に飛び出す辛口な批評に、少女、輿水幸子は両手をわたわたさせて
「なっ、なんですか皆さん一斉に! ボクのどこが可愛くないって言うんです!」と反論する。


「ボクが何のためにアイドルやってると思ってるんです? 
 この溢れ出てやまない愛らしさ、可愛らしさを世間に広めるためじゃないですか! 

 ほら見てくださいよこの小っちゃい手! ぷにぷにのほっぺ! 
 むしゃぶりつきたくなるような口元に天使のような無邪気な笑顔!」

 そうして幸子は頬っぺたを人差し指でさし示すと、ニコリと得意げに笑って見せた。
 すると真奈美と真が真剣な表情でその笑顔を観察するようにジロジロと眺め。

「ドヤってるな」

「ドヤってますね」

 二人の下した感想に「い、いいじゃないですかドヤ顔で! カワイイじゃないですかドヤ顔も!」と幸子。

「しかし、我々のドヤ顔は可愛くない」

「見せようか? ……ほら」

 次の瞬間、その場に二人のイケメンが誕生した。友紀が驚愕したように「おおぅ……!」と呟き。

「イケメンだ……おっぱいがついてるイケメンだよ……!」

「友紀、その言い方はオヤジくせーよ」

「う、ぐぅ……! た、確かにこれは……カワイイカテゴリーには入りませんねぇ」

とりあえずここまで。


 友紀たち三人の反応を見て、真が「フフッ」とニヒルに笑う。

「どうしてもね……なっちゃうんだ」

「ドヤ顔も、確実な『カワイイ』要素では無かったな」

「……そもそもですね、お二人は最初から『カワイイ』にハンデを持ってることを自覚しないと」

 うなだれる真たちに向け幸子は言い辛そうにそう言うと、自分と二人を交互に指さす。

「人が最初に『カワイイ』と感じるポイント。いいですか? それは何と言っても見た目です。
 カワイイ服、カワイイ髪型、カワイイ顔つきにカワイイ匂い」

「待ちたまえ、匂いは見た目じゃないだろう?」

「フェロモンですよ、カワイイフェロモン。その人が持つオーラや雰囲気と言ってもいいでしょう」


 真奈美にそう応えると、幸子は困ったように両手を上げて肩をすくめた。

「ですがお二人は残念ながら、この最も『カワイイ』を表現するポイント……
 要は見た目が格好良すぎるんですよ。服も、髪も、何より顔に雰囲気だって」

 幸子の言葉に、友紀が「じゃあ、二人はこれ以上カワイイに寄れないってこと?」と疑問を口にする。
 すると幸子は「フッフッフ」と意味ありげに指を振り。

「いいえ! そう簡単に諦めなくても大丈夫……人が見た目の次に『カワイイ』と感じるポイント。
 ズバリ『ギャップ』を攻めればいいんです!」

「ギャップを……攻める……!?」

 幸子の掲げた提案に、一同が「おぉ!」と頷いた。

「身近な例をあげますと、拓海さんなんかはこの『ギャップ』によってカワイイを得ていますよね。

 普段は硬派で荒っぽいのに、時折女性らしい優しさや気遣いを垣間見せる。
 普段の印象との差異が大きければ大きいほど、ギャップは強く、効果的になります」

「んじゃ、普段はカッコイイの塊みたいな真奈美さんでも幸子の言う
 優しさとか気遣いってのを見せたらさ、ギャップで可愛くなるってことか?」


 昴が言うと真が続く。

「雨の中、捨て猫を拾うとかテンプレですよね」

「でも真ちゃん。外はピッカピカに晴れてるし、事務所に捨て猫なんかいないって」

「そうだな。どこかに助けを求めている人間でもいれば、多少話も変わってくるが……」

 その時、食堂へ慌ただしく駈け込んで来た者がいた。
 皆が一斉にその者の方へ振り向き、幸子が「チャンスですよ、真奈美さん!」と煽る。

「チャンス、捨て猫か?」

「どっちかって言うと犬じゃないかな」

 友紀が猫よりも犬っぽいと言ったその少女は、フリフリが沢山ついた衣装を胸に抱きしめ辺りをキョロキョロと見回していた。
 まるでそう、天敵に追われる小動物が隠れ場所を探すように。


 真奈美がスッと席を立ち、その少女へ淀みなく近づいて行く。

「どうした、乃々」

「ひぃっ!?」

 真奈美に名前を呼ばれると、少女は怯えたような悲鳴を上げた。
 それから一、二歩後ずさり、慌てて踵を返そうとする。

「待て待て、逃げるんじゃない」

「あ、あぅあぅ……ご、ごめんなさい! ごめんささい! 許して、離して、逃がしてくださいぃ……!」

 が、しかし。ガッシリと真奈美に腕を掴まれて、少女――森久保乃々はその場にへなへなと崩れ落ちた。
 その様子を見ていた真が「なんか……怖がられてない?」とテーブルに座る三人に囁く。

 すると昴が頬杖をついて

「真奈美さんってさ、たまにプロデューサーに頼まれて、オレたちのボーカルレッスンしてくれるじゃん?」

「ああ、トレーナーさんが忙しい時とかにね」

「たまたまレッスンで一緒だったんだけど、乃々のユニットが真奈美さんにしごかれててさ。
 んで、一緒にいるのが……紗代子だから」

 昴の話を聞いた友紀が「げー」と気の毒そうに舌を出す。

「それ、一切妥協しないコンビじゃん」

「だからだよ。苦手意識持ったみたいだぜ、あれ以来」

「そのレベルは苦手というより、トラウマって言いませんかねぇ……」


 とはいえ、真奈美にはテーブル席での会話は聞こえない。
 彼女は絶望の表情を浮かべた乃々を真たちの所まで引っ張って来ると

「これぞ、噂をすれば影だな。トラブルの方から転がり込んで来たよ」

 笑顔でそう言う真奈美の姿に「あっ、あたしこの顔知ってる。大物を釣り上げた時の七海ちゃんだ」と友紀。

「う、うぅ……皆さん集まってなんですか? もりくぼの断罪集会ですか?」

「あるわけーだろ、そんな集まり……」

「いつにも増してネガティブですねぇ」

 呆れる昴たちが見守る中、真奈美が自分の座っていた席に乃々を座らせる。
 そうして体を支えるようにテーブルへ腕をつくと、怯えた様に縮こまる乃々を見下ろした。


「それで、今回は何から逃げ出して来たんだい? この気遣いができる私に、良ければ相談してごらん」

「自分で気遣いができるって……」

「シッ! 真奈美さんの顔は真剣ですよ」

「乃々が逃げ出して来たこと前提なのは、誰もつっこまないんだね」

 呑気な外野の声に包まれながら、乃々がポツリポツリと喋り出す。

「あうぅ……い、衣装合わせをしてたんですけど、今度のイベント、前半と後半で衣装を変えるって話だったんです」

「その、抱えているのが前半の?」

「はい……か、カワイイ衣装ですよね? 色も、鮮やかなミントグリーン……」

 そうして衣装を広げて見せる乃々の表情はおどおどしつつも和やかだ。しかし、またすぐにシュンと眉を曇らせると。

「でも、後半の衣装だって渡されたのが――」


 だが、乃々が説明を続けられたのはそこまでだった。

「見つけました、森久保さん」

 抑揚の少ない澄んだ声。乃々の両肩に置かれる手。

 振り返った乃々が再びその顔を強張らせ、周囲にいた真奈美たち一同はその人物の恰好に、
 乃々とはまた違った意味でその顔をポカンと固まらせた。

「瑞希ちゃん、乃々ちゃん捕まえた?」

「あっ、高山さん。……ご覧の通り、バッチリと確保しました」

「良かったぁ~……急に飛び出して行っちゃった時は、どうしようかと思ったよ」

 それは、乃々とユニットを組む二人組。真壁瑞希と高山紗代子の二人であったが……
 問題は、彼女たちがしているその恰好だ。

 真が、引きつった顔で乃々に訊く。

「の、乃々が言ってた衣装って……もしかしてコレ?」


 すると乃々は、既に半泣きになった顔を赤らめて答えた。

「は、はい……水着に、マフラーの……こんな恰好でイベントなんて、ぜ、絶対に絶対にむ~りぃ~……!」

===

 だが、現実は乃々に非情である。
「それではお騒がせしました」と、彼女が紗代子たちに引きずられて行くその様子を、一同はただただ微笑ましく見送った。

そうして何やら考え込むように顎へ手をやる真奈美に向けて、
幸子が「……一応、言っておきますけども」と釘を刺す。

「真奈美さんが水着マフラーを着ても、可愛くなんてなりませんからね。
インパクトはあるかもしれませんけど、それはギャップとは別物です」

「もちろん、分かってるさ」

「なら、どうして不満そうな顔をするんですか」

 すると真が手を上げて。

「だったらボクが――」

「真さんでも同じです!」

「うぐっ!?」

 居合のごとく切り捨てられた真が机の上に突っ伏すと、
 友紀が「今さら言うのもなんだけど、優しくしようとしてもあんまりギャップは無いんじゃないかな」と話題を戻す。


「だってさ、真奈美さんって普段から面倒見がいいんだし」

「それじゃあ反対に冷たくするか? さっきの乃々にも『甘えんな!』とかドス利かせてよ」

「それは……ただ怖いだけの人間じゃないか」

 呆れたように言う真奈美に「結局、ボクらはカワイイとは縁遠いんですよ」と真。

「ギャップだって、必ずいい方向へ向かうとは限りませんし……
 よくよく思い返してみれば、これまでだって何度も痛い目に遭いましたもん」

「痛い目?」

 真奈美が尋ねると、真は猫のように丸めた両手を頬に寄せ。

「まっこまっこり~ん」

 小さく、弱々しいまこまこりん。友紀が「抜いたね、伝家の宝刀を!」とはしゃぐ隣で、
 昴が「それもなぁ……カワイイっちゃカワイイんだけど、ベクトルが全然違うよなー」なんて腕を組む。


 すると少しの間をおいて、唐突に真奈美が口を開いた。

「まっなまっなみ~ん」

「可愛くは」

「無いです!」

 友紀と幸子にダブルで否定され、真奈美は猫の手を作ったまま「そうか、これはナシか」とうなだれる。

「どちらにせよギャップを攻めるという方向が、真奈美さんに向いて無いと分かっただけでも良しとしましょう」

 みんなの顔を見渡すと、話をまとめるように幸子がポンと手を合わせた。
 すると昴と友紀もチラリとお互いに目配せして

「それじゃあ、ひと段落ついたところで」

「オレたち、キャッチボールしに戻っていいかな? ……これ以上は、協力できそうなことも無いし」

「ああ、長い時間付き合わせて悪かったね」

 昴と友紀が席を立つと、真奈美が「では」と片手を上げ

「明日も、この時間に食堂へ集まろう。議題はもちろん『カワイイ』の作り方だ」

「えぇっ!?」

「こ、これで終わりじゃないのかよっ!?」

 そうして真奈美は驚く二人に、ビシッとウィンクを決めてみせる。

 その一瞬だけ披露されたお茶目な仕草に、思わず幸子は叫んでしまった。


「真奈美さん、それですよ! アナタの『カワイイ』見つけましたっ!!」

===
 以上でおしまいです。

 ・デレのイケメンは木場さん。765のイケメンは真。このイケメンな二人を絡ます話を書いてみたかった。
 (二人ともメンズじゃないけど)

 ・真出すならミリオン含めてオレっ娘ボクっ娘集めてみようとして昴と幸子も。
  友紀は勝手について来た。森久保は転がり込んで来た。

 ・本当は晴も出して昴と絡ませたかった。が、上手く登場させられずに断念。意気投合すると思うんだけどなー。

 ・書いてる最中に例のミリオンPVが公開される。動いてるシアターメンバーの姿に感涙。
  未見の方は是非一度チェックしてみてください。

 以上、お読みいただきありがとうございました。

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