勇者「やべー魔界来ちまったやべー」 (62)

勇者、デブ、ハゲ!

三人は練馬区の光が丘団地から奥多摩へハイキングに向かっている途中、謎の渦に吸い込まれ魔界へ来てしまった!

帰るためには魔王を倒せ!(多分)

そして、旅がはじまった!

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身体のあちこちがじんじんと鈍く痛む。
ここは一体どこだ? 奥多摩駅から一歩踏み出し、清浄な山の空気を胸いっぱい吸い込んだところで記憶が跳んでいる。
もしかして、ハイキングの初日そうそう暴漢に殴られてしまったのだろうか?

デブ「たしゅけて!」

遠くから鈴の音のようにころころとした可愛らしい悲鳴が聞こえる。
たぶん、デブだろう。彼は容姿こそ毛深い豚、つまり猪だが声に限ってはアイドルアニメのオーディションに出ても余裕で受かるほどかわいい。
デブはなんか変な物体に襲われていた。太い腕で辛うじて変な物体の牙を防いでいるものの、喉を食い破られるのも時間の問題だ。

勇者「待ってろ! 今助けるからな! そこで待ってろ!」

勇者は変な物体を掴むと、地面に叩きつけて踏み殺した。

デブ「わーい! ありがとう勇者」

勇者「礼は奥多摩に帰ってからにしとけ。で、ハゲはどこ行ったんだ? 姿が見えねーぞ」

ハゲ「ここにいますぞ」

勇者「ヌッ!?」

デブ「おいおい! 傍にいるなら声を発しておけよな! 心臓が縮み上がったよぉ!」

こいつはハゲ。練馬区の寺で住職をやってる25歳の若者だ。
最近、少林寺拳法に興味を抱いたらしく、人気の少ない路地裏でシロクマの人形を殴っては綿を引きちぎっている。
理知的な性格と猟奇的な性格が同居してる、厄介な坊主と思ってくれればいい。

ハゲ「フム、見るからにここは砂浜ですな。左手には崖があります」

勇者「誰か、タブレット持ってる奴いないか。マップで現在地を確認しよう」

デブ「家に忘れてきちゃた」

ハゲ「同じく」

勇者「アホめが……! しかたない、人里を探して歩こう。ここにいても埒が明かない」

勇者「おい、なんか聞こえるな」

ハゲ「どうやら、近くに漁村があるようですぞ」

デブ「ああ腹減った! なんでもいいから食わせてくれよ! ポテチ! ポテチくれ!」

そして、三人は草陰に身を隠した。

マッチョ「おい! 米を返せよ! 年貢が収められないとかいって、一か月前に俺んとこに借りに来ただろ!」

少女「いやよ! いや! 一粒も持ってないわ! みんな食べてしまったもの!」

マッチョ「くっそ~! なんて無能な女だ! けど下の穴はヒクヒク有能そうに蠢いているではないか! おい! 下着を脱げ!」

少女「きゃっ! 破廉恥な人ね! 誰があんたみたいなハゲマッチョに初めてを渡すもんですか! べーだ!」

マッチョ「クアアアアアア!!!!!!!!!!!」

勇者「おい! そこまでにしとけよ!」

マッチョ「なんだテメェは!?」

勇者「練馬区在住、22歳! 現在大学四年生! 就活中にみんなでハイキングに行っちゃうお茶目な勇者だぞ!」

デブ「デブです。よろしく。なんか食べるものある~?」

ハゲ「私はハ」

マッチョ「ケッケッケ! なに言ってるか分かんねーがよ、とりあえず成敗しとくわ!」

マッチョの拳が視認できぬスピードで勇者の鼻面に迫る!
しかし! 勇者はFPSで鍛えた反射神経を活かし、ストレートパンチを見事よけた!
自慢のパンチが空振り、マッチョは驚きを隠せない!

勇者「相手に非があるとはいえ、可憐な女の子を襲っていい理由にはならねぇぜ」

マッチョ「くそお! 長老! こいつらを潰してくれ!」

ごぼうみたいなおじいさんが、杖をついて茅葺屋根の小屋から出てきた。

長老「はい、誰を殺したいのかね?」

マッチョ「こいつらです! 殺してくれたらこの女あげます!」

少女「なッ!」

おじいさんは女を見ると、空手の体勢に入った。
そして、後ろからキックをかましてきたハゲを投げ捨てた。
ハゲは上手く受け身を取ろうとしたが、少女の下着を覗こうとして転んでしまった。

勇者「なにやってんだ!」

長老「ふぉッ! ふぉッ! ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

デブ「うわぁ、これヤバいよ……」

溢れ出る肉欲のオーラ!
長老の全身は煌びやかに輝いていた!
股間がせり上がっているのはもしや、まだ見ぬ刀剣を隠し持っているからであろうか!?

???「長老よ! 鎮まれーーーーーーー!!!!!!」

誰かの声が聞こえた。

見ると首から上がピーマンの男が立っている。

勇者「なんだあんたは……」

ピーマン「俺はピーマン! ここの村で勇士をやらせてもらってるものだ!」

デブ「おいしそう。かじってもいいかい?」

ピーマン「やいやい長老! こんなかわいい子を殺すなんてひどいじゃないか!」

長老「ぬ? わしは少女を殺そうとしたわけでは……」

ピーマン「うるさいぞ! とにかく、この少女は彼らに渡しなさい! なんか旅に出そうな顔してるから!」

長老「む? うむむ……」

ピーマンの裁量により、女とピーマンのパーティー参加が決定した。

夜、ピーマンの家にて。

アテナ「私はアテナ。村一番の美少女です」

デブ「ケッ、たかが漁村のミスコンで優勝した程度だろ? たかが知れてるさ」

勇者「俺はかわいいと思う」

アテナ「ありがとう///」

ハゲ「フムン」

ピーマン「ほほう……」

そういうことになった

アテナのバッグが食料や雑貨などで、すぐにいっぱいになった。
これも、ひとえに村長の全面的な支援によるものである。

村人「じゃあな! もう戻ってくんじゃねぇぞ!」

アテナ「みんなー! ありがとうー! 私、偉くなって戻ってくるからねー!」

村人「だから戻ってくんなって言ったばかりだろうがドアホがーーーー!!!!」

そして、アテナとピーマンを加えた一行は漁村を出た。

アテナ「私、旅をするの初めてだわ。心臓がバクバク音を立てているわ。もう張り裂けちゃそう」

勇者「なんか腹減ったな」

ハゲ「よし、ではテントを張りましょうぞ。寝袋も用意しなければ」

デブ「え? ここでキャンプするのかい? まだ日が高いぞ?」

勇者「まあまあ、いいだろ。ちょっとくらいテント張ってもさ」

アテナ「私、寝袋なんて持ってないよ」

勇者「じゃあ、これにくるまっとけ」

勇者は毛布をアテナに放ってよこした。

デブ「僕は料理が得意だ!」

デブはチャーハンを作った
勇者、デブ、ハゲ、アテナ、ピーマンの五人はチャーハンを食べ、昼にもかかわらず寝た。

勇者「やっぱ寝付けねーよ……暑いし狭いしくっせぇし。どうにかなんねーのか」

翌朝、彼らは砂漠についた。
砂丘が続いている。

デブ「車が欲しいな」

しばらく歩くと、錆びついたセダンが置いてあった。

ピーマン「おッ! 良さそうな鉄の豚がいるじゃないか。乗ってみよう!」

アテナ「あっつ! なんでこんな中が暑いの!?」

勇者「砂漠で直射日光を受けているんだ。そりゃ暑いに決まってる。デブ、クーラーつけてくれ」

デブ「あいあい、分かったよ。奴隷扱いすんなよな」

扇風機、クーラーが飛び出してきた。

アテナ「うわあー! すずしい! なんだか雪山にいるみたい!」

ハゲ「ちょっと寝っ転がりたいですな。長時間歩いて、足腰が疲れました」

デブ「ヘッ、坊主のくせにすぐへたばるんだな。煩悩の火で全身、黒焦げだぞ」

デブは変形ボタンを押した。
椅子が平らに伸ばされ、金糸で刺繡の施された絨毯が滲み出てきた。

勇者「これは……いいものだ」

ピーマン「おいデブ、運転しろよ」

デブ「分かったよ……。シートベルトはしたかい? いや、無理だよね。絨毯の上でくつろいでいるんだもの」

ピーマン「早く機械を発進させろ。ピーマンは怒らせると怖いぞ」

デブ「へいへい」

ぶうーん。
車が唸り声を立てて急発進した。

デブ「おい! 深い谷だぞ、どうする! 崖沿いに走行するか!?」

アテナ「ギャーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」

勇者「どうした!」

アテナ「後ろからクジラの大群が迫ってきているわ! 砂塵を巻き上げて、私達を呑みこまんとしているわ!」

勇者「バカを言え! クジラは海に住む生き物だぜ! 砂漠にいるかってんだよ!!!」

ピーマン「おそらく、砂クジラの一種だろう。彼らは厳密にはクジラでなくウサギの仲間だ」

勇者「意味が分からんぞ!」

ハゲ「私が要約しましょう。『我々は今、とてもヤバい状況にある』そうですな?」

デブ「ハンドルを左に切るよ! みんな掴まって! 窓から外に放り出されちゃたまったもんじゃない!」

デブのハンドルさばきにより、セダンは崖に落ちることなく右へと進路を変えた。
しかし、砂クジラ達は諦めることなく執拗に追いすがってくる。
機関銃がセダンの上に搭載されてあれば、クジラを撃ち落とすことも可能なのだが。
勇者は乾いた唇を舐めると、発煙筒を取り出し後方へ放り投げた。

ハゲ「何をしたのです?」

勇者「発煙筒で気を引く! あんなもの、見たことないだろうからな」

ハゲ「いや、砂に埋もれてしまいましたぞ」

勇者「なんだってェ~~~!?」

ピーマン「デブ、土に潜ってみろ」

デブ「土に潜るだって!? こいつはセダンだぞ? 掘削機じゃあるまいし、砂を掘れるわけないじゃないか!」

ピーマン「車が無理なら、俺が掘る! 貴様ら、ピーマンの実力を見るがいい!」

突如、ピーマンの両腕が肩の付け根からグングンと、前方の砂丘へ伸びていった。

アテナ「ギャーーーーーーーー!!!!!!!!!! きもい!!!!!!!!!!!!!!!!」

勇者「叫ぶんじゃねぇ! 鼓膜が裂けるだろうが!」


セダンは砂の下、硬い地盤を突き破り潜っていった。

ハゲ「これならクジラに襲われる心配はありませぬ。礼を言いますぞ、ピーマン殿」

ピーマン「俺は勇士としての義務を果たしただけだ。礼を言われるほどでもないさ」

勇者「なんか腹減ったな」

デブ「じゃあ、これ食えよ穀潰しが」

デブが出したのは、山菜のサラダと特殊肉と味噌汁であった。
勇者はそれを腹いっぱい食べた。

勇者「うめー! やっぱ味噌汁サイコー! ふほー!」

アテナ「私にもちょうだい」

勇者「うっせぇ! テメェはどこらの土くれでも齧ってろやバーカ!」

ピーマン「その言い分は、ちぃとばかし酷なのではないかな」

アテナ「うっ……ひぐっ……」

勇者「……チッ! しゃーねーな、特殊肉くらいなら分けてやってもいい」

アテナ「ありがとう! ごびゅっごびゅっごびゅっ」

こうして日が暮れた。


夜。

デブ「おい勇者! 起きろよ」

勇者「なんだよ……」

デブ「なんか奇妙な反応があるぜ。地上に出て、反応の発信源を突き止めてみないか」

勇者「おう、ちょうど退屈だったしやってみろよ」

セダンは発信源を突き止めた。
それは、怪物の都であった。
門をくぐり広場まで進んでみたが、不気味なほど静かだ。

勇者「デブ、あそこを見ろ。家からチンパンジーが出てきやがった」

デブ「え? チンパヌスが? 猿の惑星じゃあるまいし、そんなバカげたことが……」

サル夫「どうもどうも、今宵は星空が赤く情熱的に煌めいておりますな。サル子ちゃん」

サル子「そっちこそ、あなたの顔面はいつも快晴ね。サル夫くん」

勇者「上手いことを言おうとしたが、失敗している。所詮、脳の容積が500ccかそこらの生命体だ。背伸びして素敵な文句を吐こうとするのが間違いなんだよ」

デブ「ちょっと待って。人間の言葉を話しているなら、ここがどこなのか聞くことも可能じゃない?」

勇者「フム、それもよかろう」

勇者らが近寄ろうとした時、チンパンジーがうごめく気配を感じ取り鼻をひくつかせた。

サル夫「臭う……臭うぞ! 油の匂いが! 何かがいるな! そこに!」

勇者「やべ、バレたか」

デブ「勇者! 発煙筒を投げて注意を引きつけてくれよ!」

勇者「あいにく、さっき使ったので終わりだ。どうやら逃げるしか選択肢はなさそうだぜ」

バックするセダン。
棍棒を振り回しながら、二匹のチンパンジーが駆けてくる。
デブはアクセルを踏み込んだ。

勇者「轢き殺せ!」

デブ「いっけええええええええ!!!!!」

ゴッ! ガッ!

鈍い音と大きな衝撃が車内を揺るがす。
勇者とデブは青ざめた顔を見合わせ、醜く口元を歪ませた。

勇者「大丈夫……だよな」

デブ「ま、魔族だし……いいよね」

セダンは怪物の都を抜け、暗い山道を走ってゆく。


アテナ「ここはどこ!?」

勇者「海だぜ」

アテナ「海!? 私達、砂漠にいたのではなかったの!?」

デブ「君らが三日三晩寝ていた間、僕はずっと運転席でハンドルを握っていたんだよ。あ~ねむいったらありゃしない」

ハゲ「ふむ……皆々様、向こうを見てくだされ。水平線の向こう、うっすらと稜線が浮かんでいるのが見えますかな」

勇者「つまり、海ではない? バカでかい湖である……そうハゲは言いたいの?」

ハゲ「そーですな」

ピーマン「流石は僧侶、なかなか慧眼ではないか。お察しの通り、ここは湖。パピュ湖という名の塩湖だ。今は雨期なのでなんかスゲー水がある感じになってるが、乾期になれば一面真っ白い塩で覆われるのだぞ」

勇者「ふーん。で、どうするよ。いくら塩湖と言えど、歩いて渡れそうにないけどな」

ピーマン「筏で行くしかない」

勇者「筏? 筏だって? 俺ら五人にセダン一台、乗せたら確実に沈んじまうだろうが!」

ハゲ「じゃあボートで渡りましょう」

勇者「いやいや、だからセダンが無理なんだって」

ピーマン「バカな勇者様だな。あんなもの、折り畳めばいいじゃん」

勇者「ああ!?」

ピーマンはいとも簡単にセダンを折り畳み、ポケットにしまった。 


ピーマン「さて、出航と洒落込むかな」

パーティーは二艘のボートをAとBに分けた。
Aに乗るのが勇者、デブ、ハゲ。Bに乗るのがピーマンとアテナである。
勇者はアテナの貞操について、深く考え込んでいた。
彼女が野菜とよろしくヤるとは思えぬが、万が一に備えて自分も乗船すべきではないのか。

デブ「おいおい! 勇者、なにを不服そうな顔をしているのだい!? ピーマンが羨ましいなら愚かだぞ!」

勇者「なんだと!?」

デブ「アテナは歯ぎしりが酷いんだ! 僕は意外と神経質なので、ここ数日耳栓なしには眠れなかったよ!」

勇者「クッ……!」

夜明け、鏡のように滑らかな水面を進む二艘のボート。
勇者達はボートの底に寝袋を敷いて、その上で生活することにした。
ポリポリとバタピーをかじるデブを横目に、勇者はぼんやりとあくびをした。
あまりに退屈なのだ。

勇者「糸を垂らしてみたが、なーんも釣れなかったよ」

デブ「バカ、糸だけで魚が喰いつくものか。太公望を気取ってるならやめた方がいいぜ。君はニートだ、賢人じゃあない」

勇者「そういうお前こそ、いっつもツマミばっか食って。酒なんかないのにさ、あるのは塩水だけだ! それで膨れる腹が羨ましいぜ!」

デブ「あんだと!? 俺の腹が膨れてんのはそーゆー理由じゃねぇ! 飢えてんだよ! さながら絵巻の餓鬼みてぇになぁ! ちくしょう! なんでこんなことに! 魔界になんか来てなかったら、今頃は奥多摩から帰ってお土産のクッキーを……」

ハゲ「お黙りなさい」

勇者・デブ「ヌッ!?」

ハゲ「我慢しているのは勇者殿やデブ殿だけではございません。私もまた、大いに堪え忍んでいるのです」

勇者「ハゲ、お前はいいよな! 寺に帰っても経をナムナム唱えてりゃ、自然にメシも出て金ももらえんだろ! うっひょー、いい商売だよなぁ!」

ハゲ「おいッ! 貴様ッ! それは日本全国の僧侶に対する冒涜であるッ! 謝罪せよッ!!!」

勇者「だまれってんだよくそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


アテナ「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

デブ「アテナのいるボートから悲鳴が聞こえたよ!」

勇者「おい、あれを見ろ! 何か変な物体がアテナのボートに覆いかぶさってやがる! ヒトデみたいな……とにかく意味の分からんやつだ!」

意味の分からん物体が立てた波に、勇者の乗っているボートも飲まれてしまった。
しかし、幸いなことに距離が離れていたので転覆までは至らない。

勇者「ちきしょう! 雨も降ってきやがった!」

デブ「うわあああ! 冷たい! 水が冷たいよお!」

ハゲ「ナムナムナムナム、雨よどっかいけ~。ナムナムナム」

勇者「やめろハゲ! どうせお前の下手な経じゃお釈迦様にも通じねぇよ。ピンポンダッシュも良いところだぜ!」

デブ「勇者! 勇者! ボートの底に水溜りができてる! 岩に引っかかって破けたんじゃないのかい!?」

勇者「うっせぇ! 雨水が溜まっただけだろ! 櫂を取れ! アテナとピーマンをなんとしても救出するんだ!」

デブ「だじゅげでぇ!!!!!!!!!!!」

勇者「口を動かす暇があるなら手ェ動かせ大馬鹿野郎!!!!!!」

ハゲ「ナムナム」

勇者「オメーは早く櫂を取れってんだ!!!!」

土砂降りの中、荒れ狂う波に揉まれるちっぽけなボート。
人の力では、もはやいかようにもできぬ。

魔物が脚を振り上げて轟と咆哮した。
二つのボートは100mほど吹っ飛ばされた。

デブ「うわーーーーーッ!!!!」

勇者「死ぬ! 死んでしまう! 地面にぶつかるーーーーーッ!!!!!!」

暗転。

???「なんだこいつら、生きておるのか?」

???「脈はある。意識がない」

???「野蛮人なんて助けなくていいよ」

勇者「む……」

???「お、目が覚めたようだな」

山羊のように長い髭を垂らした鳥が、興味ありげに覗き込んできた。
周りを見渡せば、いずれも鳥の顔を持つ珍妙な人間ばかりである。

勇者「ここは……」

???「ここは、アディエゲッゲの島」

勇者「アディエ……ゲッゲだと?」

???「そう。この島の裏側に魔鳥アディエゲッゲの巣はある。我ら鳩族と昔から対立してきたキモい奴ら」

勇者「あんたは誰なんだ」

長老「わしは長老じゃ」

アテナ「ううん……」

勇者「アテナ! 怪我はない?」

アテナ「あいてて……背中を強く打っちゃったみたい。なんなのよあれ……ほんっとあり得ない! ってぎゃああああああああああ!!!!」

アテナ「とッ! 鳥が! 頭が鳥の……人間!? 人間なの!?」

長老「厳密に言えば、人ではない。亜人というグループに属するらしい。わしらはその微妙な違いによって、虐げられてきたのだ」

長老「そして、パピュ湖の中央に浮かぶこの島で安寧の地を築いた。偉大なる神の采配により我らは救われた。そう最初は思っていた」

勇者「だが、大いなる過ちであったと」

長老「仰る通り。わしは同胞がアディエゲッゲに無残に食い殺されるのを、黙って見ているほか何もできなかった。自らが無力であることを、いたく感じた」

アテナ「思ったより重い話ね」

勇者「アテナ、俺は長老さんを救うべきか救わず見過ごすべきか。どっちにしたらいい?」

アテナ「どっちにしたらって……長老さんは自業自得でしょ。見過ごせば? 面倒ごとに巻き込まれたくないし」

勇者「お前は……淡白な人だな……」

後、デブやハゲやピーマンも起きた。
パーティーは長老の家へと招待された。

長老「わしの息子じゃ。出てこい、バード!」

タキシードを着た隻眼の鳩男が現れた。

バード「どうも、バード・フェルナンディ・アトスポロと申します。気軽にバードとお呼びくださいませ」

長老「バードよ、冒険者さん達におもてなしをしてさしあげなさい」

バード「はい、分かりました」

バードはパチンと指を鳴らした。
使用人と思われる鳩が、干し肉の山を銀色の台車に乗せて運んできた。

バード「こちらは500個の干し肉。アテナさん、大好物でしょう」

アテナ「ガアアアアッ」

故郷でヴィーナスの生まれ変わりだと持て囃された美少女は、今や一匹の獣となって肉に食らいついていた。
なんとあさましき姿であろう。

バード「ピーマン、あなたの好きなものは干し鮑ですね」

ピーマン「なぜそこまで知っているんだ……」

バード「私はお客様の顔を見て、その人の一番お好きな食べ物を当てることができるのです。ま、生まれつきの特異体質と言いますか才能と言いますか」


勇者は肉を食べ眠ってしまったアテナを、女子部屋へ運んだ。
口元についた肉のカスを小指で弾き、毛布をかけてやる。
潮の香りとカモメの鳴き声が風に乗って、部屋の中へ吹き込む。
天敵の襲撃さえなければ、ここは楽園とは言い難いが、中々住み心地のよい場所だ。

勇者「俺ン家にゃ負けるけどな」

アテナ「んぐ……」

勇者「アテナ、旅行初心者のお前には、ちとキツめだったか。ゆっくり休みな。夜まで英気を養うんだ」

アテナ「ゆう、しゃ……」

勇者が部屋を出ると、数羽の鳩が慌ただしく廊下を走っていく姿が目に入った。

勇者「どうしたんだ、お前ら」

鳩A「どうしたも何も、やられたんだよ!」

勇者「やられた? 何がだ」

鳩B「ご子息……バード様だよ! アディエゲッゲに両目をくり抜かれて……殺されちまったんだ!」

勇者「なんだってー」

族長はすごく泣いた。
勇者一行はアディエゲッゲの首を獲ろうと決心し、外へ出て行った。
頭に扇子のようなトサカをつけた、珍妙な馬が翼を広げて空を悠々と飛んでいる。
どうやら、あれがアディエゲッゲのようだ。

デブ「馬みたいな、鳥みたいな、はたまた翼竜みたいな。あんなワケわかんねー輩と闘うのかよ!」

ピーマン「闘うんじゃない。肉を解体するんだ。一方的に、残虐的に、肉を解体するんだ」

デブ「ヒッ……よくそんな思考に至れるね」

ハゲ「本気モード、といったところですかな?」

ピーマン「ま、そんな感じだ。勇士は常に最強でなければならん。駆け引きなど無用! 圧倒的武力で敵を叩き潰す!」

勇者「ピーマン、あんまり先走るなよ」

ピーマン「なにぃ?」

勇者「それは死亡フラグってやつだ。自分が最強であると誇らしげに自慢した者は、特例を除き大概が悲惨な結末を迎える」

勇者「くれぐれも気をつけろ。慎重に相手の行動パターンを見極めろ」

ピーマン「い、言われんでも知ってるわい!」

勇者「ぴぃいいいいいいいいいまああああああああああああああああああああ」

デブ「そんな……ピーマンが……」

ハゲ「たった一撃で食われてしまいますとは……」

ピーマンは食われた。
最強と謳われた勇士の、あっけない最期であった。
アディエゲッゲは燃えるような赤い瞳で、ジロリと勇者達を睨んだ。

アディエゲッゲ「クッカアアアアアアア!!!!!!!!!」

勇者「来るぞ! 身構えろ!」

デブ「ひっひいいいいい」

ハゲ「恐れてはいけませぬ! 目を見開いて、活路を切り拓くのです!」

一方、島の中では目を覚ましたアテナが歩き回っていた。

アテナ「鳥さん鳥さん、勇者達どこに行ったか知ってる? 遅れてしまったの」

鳩A「ああ、あいつらならバード様の仇を取るためアディエゲッゲと闘いに行ったよ」

アテナ「ありがとう。感謝するわ」

鳩A「待ちな!」

アテナ「どうかしたの?」

鳩A「外に出るってんならやめておきな。ついさっき、ピーマンという勇士が殺されたらしい。勇士でもあっさり死ぬんだ。あんたみたいなひ弱な女の子が立ち向かったとしたら、殺すどころじゃ済まないよ」

アテナ「勇者達が命を懸けて闘っているのに、私だけ安全な場所で指をくわえて見ていろと? そんなの、耐えられない。みんなが闘うと決めたんだ。仲間である私がボーっとしてて何になるのよ。ご忠告ありがとう、けど私は行くわ」

鳩A「……そうかい」

アテナは壁にかけてある斧を手に取り、外へ駆け出していった。

勇者「旗色が悪いな」

サバイバルナイフで応戦しているものの、まるで攻撃が当たらない。
対して敵は空から火球を絶え間なく放ってくる。
ただの大きな鳥だと見くびっていた勇者は、自らの浅慮を恥じた。

アディエゲッゲ「ゴオオオオッ」

巨大な怪鳥は翼をたたみ、地上へと急降下してきた。
そして墜落寸前に翼を広げることで、ただの奇行を低空飛行という近接攻撃へと昇華させる。
高度な知性も兼ね備えた、恐るべき強敵である。

ハゲ「石です! 石を投げてくだされ! 唯一の対空手段、それが石です!」

勇者「もうとっくにやってらあ! けど当たんねーんだよ! コントロールが悪ィんだ!」

アディエゲッゲ「グアゴオオオオオ!!!!」

ハゲ「あッ、デブ殿! 敵が迫っています! 転んで避けて!」

デブ「え?」

勇者「ダメだ、間に合わない―!」

グサッ

デブ「……ん?」

アディエゲッゲ「ゴ……ガ……」

勇者「頭に斧が刺さってやがる!」


少女が赤い髪を風になびかせ、手を振りながら走ってきた。

アテナ「みんなーーー!!!!」

勇者「アテナ!!!!」

アテナ「突然いなくなってるから、心配したんだよ!!!!」

デブ「この斧……君がやったのかい?」

アテナ「え? 斧? ああ、そうよ。火事場の馬鹿力ってやつかしらね」

ハゲ「ともあれ、助かりました。この鳥は中々歯ごたえのある敵でしたからなあ」

勇者「よっ! 日本一!」

アテナ「えへへ/// なんだか照れるな~///」

その後、アディエゲッゲは駆け付けた解体班と料理人によって美味しいコンソメスープに姿を変えたのであった。

~宴~

長老「で、どうなさいます。英雄殿。ずっとこの島にいてもよろしいのですぞ」

勇者「いえいえ、そういうわけには参りません。僕らにも帰る場所はあります。あなた方と同じようにね」

長老「とすれば?」

勇者「筏でも何でもいいから、対岸へゆける物をください。それと、少しばかりのパンや水、武器も分けてほしい」

長老「お安い御用です。すぐにご用意いたしましょう」

デブ「おい勇者! アテナちゃんが酔っておっぱい丸出しにしてんぞ! 止めなくていいのか!」

勇者「俺に聞くな、揉むもよし止めるもよし。大事な会議を遮らないでくれ」

ハゲ「勇者殿! グブフォ……アテナ殿が……グフッ……」

勇者「なんだなんだ、いい加減にしろ。長老、少し席を外してもよろしいでしょうか」

長老「あ、ああ……構いませんよ。わしは朝までここにおりますゆえ」

アテナ「ギャーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」

勇者「やかましーーーーーーーーーーーーい!!!!!!!!!!!!」

アテナ「どわーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」

勇者「あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

アテナ「あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

翌朝、彼らは島を発ち対岸へと辿り着いた。
複雑に枝の絡み合った、暗い森が奥へずっと続いている。
懐中電灯はないか、勇者はバッグの中を漁った、見当たらない。
代わりに、発行シールを取り出した。このシールには緑色蛍光タンパク質が含まれており、暗闇で青く光る。
互いがどこにいるか知る程度には使えるはずだ。

勇者「なんか腹減ったな」

デブ「よし、テントを張ろう」

中に入り、入り口をきつく閉める。
ランタンを天井にぶら下げ、蝋燭に火を灯した。
デブが自分以外の三人に鯖の缶詰を配る。

デブ「缶切りは一つしかない。貴重品だから大事に使ってくれよな」

勇者「ああ、分かったよ。だから早く貸せ」

ハゲ「はっはっは、急くのはよろしくないですな。心に余裕を持ちなされ」

勇者「といいつつ、なんでお前はシロクマの人形を殴ってんだ?」

ハゲ「おや? 殴っておりましたかな? 気が付きませんでしたよ。ははははは」ボグゥッドスッドゴッ

朝食後、テントをたたみ暫く歩いていると看板を見つけた。

『こちら、インディアン村』

勇者「意味が分からんのだが」

デブ「文字通り、インディアンの村ってことだろ」

ハゲ「フム、興味深い」

アテナ「とにかく行ってみましょう」

村に着くと、変な人々が矢をつがえていた。

勇者「おい、まさかこれって……」

デブ「カニバリズム的なアレで、僕らが罠に引っかかるのを待ってたんじゃないかな! くっそう!」

瞬間、矢が雨のように飛んできた。

アテナ「ぐ!」

勇者「アテナ! 畜生、太ももに矢が刺さってる。出血もひどいな。おっと、矢を抜くな。鏃が傷の中に残るぞ」

インディアンA「オマエタチ、テキ、ミナゴロシ、アタリマエ」

勇者「待て、俺らは敵じゃない!」

インディアンB「クイモン、クレ」

勇者「なに、敵じゃないなら食べ物を寄こせだと?」

アテナ「とんだ悪党共ね。やってることは追剥と変わらないじゃない」

ハゲ「しかし、ここは彼らに従うしかありませんな。デブ殿、缶詰を渡してやってください」

デブ「く、くううううう~。僕の缶詰ッ! 命より大切な缶詰がッ……!」

インディアンA「ぺちゃぺちゃ」

インディアンB「もぐもぐ」

勇者「どうだ? うまいか? うまいと言ってくれ……」

インディアンA「ウメエ!」

インディアンB「ホッペタガ、ホネガ、トロケテ、オチテシマイソウダ!」

アテナ「第一関門、突破ってとこかしら」

インディアンA「マッテロ、オサニ、コレ、タベサセル」

しばらくして。
鼻に象牙を差し込んだ筋骨隆々な男が、従者を連れてやってきた。

インディアンの長「アンナイ、シテヤル」

勇者「ついてこいってことだよな?」

アテナ「当たり前でしょ。さあ歩いた歩いた、私だってこんなとこで死にたくないのよ。ちょっと肩貸してね」

歩いていくと、牧場があった。
牛が飼われている。

インディアンの長「ウシノ、シボリタテノ、チチハ、ウマイ」

デブ「飲ませてもらえるのかな~」

インディアンの長「イイゾ」

飲むと、力がみなぎってくる。

インディアンの長「コッチダ、ハヤクコイ」

勇者「なんだこりゃ……」

デブ「まるっきり、陸上の競技場じゃないか……」

アテナ「儀式でもするつもりなの?」

インディアンの長「ココヲ、十周スレバ、ネガイカナウ。キョウギ、コンバン、オコナワレル」

勇者「とんでもない長さだ……」

アテナ「もし走ることになったら勇者、あんたが私を介抱するのよ」

勇者「はあ? なんでだよ」

アテナ「なんでもクソも、あんた以外まともなのがいないからでしょ」

デブ「でぶーん」

ハゲ「はげーん」

勇者「ま、まあ言われてみれば確かに……」

インディアンの長「ブタガリ、ヤッテミルカ」

勇者「豚狩り? なんだか知らないけど、やってみるよ。みんなはどうする?」

デブ「やろう」

ハゲ「やりましょう」

アテナ「私はやめとく。脚が痛くってたまらないもの。とても走れないわ」

勇者「なら分かった。長、三人でやります」

インディアンの長「ヨシ、ボクジョーへ、コイ」

牧場へつくと、既に三頭の牛が用意されていた。

インディアンの長「ノレ」

牛に乗ると、弓と矢が手渡された。

インディアンの長「コノ弓矢デ、ブタヲ、トルノダ」

食用の豚が放たれた。
牛が一斉に走り出す。

インディアンの長「弓ヲツガエヨ! ネライヲサダメ、ウチハナテ!」

勇者「よっと、こうかな」シュバッ

豚「ブヒィ!」

インディアンの長「ウマイゾ! ソノチョウシダ!」

勇者「デブ! ハゲ! 豚を牧場の隅に追い詰めるぞ。追い立てるの手伝ってくれ!」

デブ「おうよ!」

ハゲ「お任せあれ」

十数匹の豚を隅に追い詰めた勇者は、デブハゲとの一斉掃射により全て射止めた。

インディアンの長「ヨクヤッタ。メシ、クワセテヤル」

勇者「飯?」

インディアンの長「ブタモチダ」



カランカラン。
鐘が鳴った。
おばさんがやってきた。
おばさんは豚の口から尻へ鉄串を通し、火にくべた。

おばちゃん「ホワタア! ハチャーッ!」

ボワワーン

芳ばしい香りが辺りに漂う。
木皿が置かれ、フォークやスプーンもついてきた。

インディアンの長「カミサマノ、オメグミヲ、イタダコウデハナイカ!」

号令と共に、インディアン達が豚にかぶりついた。

デブ「くっそ、悔しいが滅茶苦茶うめぇな」

勇者「そりゃそうだろう。こんな豪勢な肉、久々だしな。いつもコンビニ弁当で済ませてきた身だ。胃袋が歓んでやがる」

ハゲ「アテナ殿、太ももの矢傷を治療してさしあげましょう」

アテナ「え? ああ、お願い」

インディアンの長「モウスグ、ヒガシズム! キョウギ、ハジメル!」

陽が沈んだ後、勇者達は競技場へ向かった。
彼らも参加権利を得たのである。

勇者「協議開始の合図と一緒に、セダンを召喚しろ。そいつに乗って、ここを脱出する」

アテナ「そんな器用なこと、できるのかしら?」

勇者「できるじゃない。やるんだ。やらなきゃ、俺らは破滅だ」

デブ「家に帰らなきゃね。僕も早く冷凍ギョウザをお腹いっぱい食べたいし」

ハゲ「私も、衆生を救う義務がありますので」

インディアンの長「デハ、イチニツイテ……」

勇者「うむ」

インディアンの長「ヨーイ……」

デブ「いくぞ!」

インディアンの長「ドン!」

勇者「ハゲ! セダンを召喚しろ!」

ハゲ「合点承知の助りんこですな!」

インディアンの長「トアイズスルマデ、アトスコシマテ!」

アテナ「ねぇ! まだ合図が出てないわよ!」

勇者「るっせぇ、構ってられるか! これは好都合だ! 誰も追ってきちゃいねぇ!」

セダンに乗り込んだ勇者達は、インディアンの怒号を背に熱帯雨林へ突っ込んだ。

勇者「やりーい! 無事抜け出せたっぽいぜ!」

デブ「ふはあーふはあー、生きた心地がしなかったよお」

ハゲ「一歩でもタイミングを間違えれば、インディアンに捕まっておりましたからな」

熱帯雨林を抜けたセダンは、草の乏しい原野へと突入した。
インディアンは振り切ったものの、まだ勇者と並んで走る者がいる。
夜空に浮かぶ青い月だ。

アテナ「夜行性の魔物は、凶暴な種が多いわ。ナイトドラゴンにルーガルー、息のくさい恐鳥類……」

原野である。
魔物がいても、不思議ではない。
おまけに彼らは『ここから先は行くべからず』という看板を見つけた。

勇者「なんだかなぁ」

デブ「インディアンに騙された件もあるし、もう看板は信用できないよ。進もう」



ゴゴゴゴゴ

勇者「なんだ? 地鳴りがするぞ」

アテナ「勇者! あれを見て! 後ろ!」

鳥が巨大な脚を振り上げ、こちらへ接近している。
恐ろしいスピードだ。
デブはアクセルをさらに深く踏み込んだが、時速120kmを出しても鳥との距離は縮まるばかりであった。

デブ「なんだあいつ! 速ェぞ!」

アテナ「恐鳥類よ! 奴らの脚力は尋常じゃないわ! もっとスピード出して!」

デブ「くわあああああああ」

ハゲ「ここは私が清めの塩を撒きましょう」

勇者「クソッ! もっとだ! もっと速く! 追いつかれちまう!」

デブ「もう時速150kmいきそうだよ! ムリだムリ! やられる!」

勇者「よし、なら急停止しろ! 車のケツを敵の頭にぶつけて脳震盪を起こさせるんだ!」

勇者は車の窓から飛び降り、一瞬でテントを張った。
デブやアテナ、ハゲもセダンから抜け出し、テントの中へ滑り込む。
セダンが折り畳まれる。ハゲの手中へ吸い寄せられていく。
その途中で、巨大な鉄の塊は追いついた怪物を遥か彼方へ弾き飛ばした。

勇者「ハゲ、よくやった!」

ハゲ「なんの。勇者殿の策があったからこそです」

その時、地面から棘のたくさん生えた物体が現れた。
首に『トゲトゲマン』と書かれたプラカードをさげている。

トゲトゲマン「こいや!」

勇者「一難去ってまた一難ってか! やるぞ、デブハゲアテナ!」

テントから駆け出した勇者の視界が、ぐにゃりと捻じ曲げられた。

勇者「なんだ、これ……」

デブ「勇者、渦だ! 僕らが奥多摩で巻き込まれたのと同じ渦が……うわああああ」

ハゲ「勇者殿! 私の手をしっかり握っていてくだされ! 私は……うわあああああああああああああ」

勇者「ぬおあああああああああああああああああああああああああ」

暗転。

「次は渋谷ー渋谷ー」

勇者「ハッ!」

目を覚ますと、そこは電車の中であった。
どうやら、山手線周回ゲームをしていたところ、ポカポカした天気につい意識を刈り取られてしまったらしい。
隣にデブとハゲが、同じように眠っている。

勇者「デブ、ハゲ! 起きろ、そろそろ渋谷に着くぞ!」

デブ「む……トゲトゲマン……」

勇者「そんなものは夢だ! 降りる準備をしろ」

ハゲ「にしては、あまりにも生々しい夢でしたな」

勇者「アテナはどうなったんであろうか……」

アテナはひそかにトゲトゲマンの手から逃れていた。
三人が渦に吸い込まれたのを見て、小心な魔物はその場でおろおろ慌ててしまったのだ。
その隙をついて、近くの茂みに身をひそめたというわけだ。

アテナ「勇者……あんた、どこ行っちゃったのよ……」

進むと、パンが落ちていた。

アテナ「なんかお腹空いたし、食べてみようかしら」

アテナの腹に鋭い痛みが走る。
外見からでは分からないが、そのパンは腐っていたのだ。

アテナ「カハッ……ガッ……ゲェッ……!」

吐き出そうとしても、よだれしか出てこない。

天の声「大丈夫か~」

アテナ「大丈夫ですって!? あんた頭イカれてんの!? 状況をご覧なさいよ!」

天の声「フムフム~なんかヤバそうだね~」

アテナ「助けて!」

すると空からアツアツの皿が降りてきた。

天の声「この皿に十分間、手をつけてみな」

アテナ「そんなの、火傷しちゃうわ!」

天の声「命と手の火傷、どっちを取るかと言えば……ねぇ」

アテナ「クッ……やってやるわよ! くそう!」

アテナ「あんぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ」

こうしてアテナは元気になった。

しばらく歩くと、高い崖があった。
あまりに高いので、アテナの脚が意思に反してブルブル竦み上がった。

アテナ「おおおおおお落ち着いて、橋を探すのよ橋を。吊り橋でもいいわ、なんでもいいから渡れる物を」

???「おい、そこの綺麗な姉ちゃん! もし散歩の途中ってんなら、オイラを助けてくれ! きっと役に立つからよお!」

少し先に橋があり、その対岸に人が倒れていた。
その頭はツルッツルにハゲていた。
とは言っても、その男が僧侶をしているようには見えなかった。

アテナ「待ってて! 今そっちに行くから!」

吹きすさぶ風に揺れる吊り橋を、アテナは一歩一歩、慎重に歩き始めた。
こんな時に仲間がいれば、ちょっとは心強い気分になるのだろうか。
板と板の隙間から、地面がはっきりと見える。
アテナは息を呑んだ。

アテナ「やだ、なんなのよこれ……! 剣山じゃない! 落ちたら串刺し確定だわ!」

アテナ「ひいいいいいいいいいいいいいいいい」


坊主頭「落ち着け! 落ち着くんだ! 足を滑らせたら、一巻の終わりだぞ!」

アテナ「くふ……ぐぬううう!」

アテナは何を思ったか、突然走り出した。
のろのろ歩いて死ぬよりも、勢いに乗って強行突破しようとしたのである。
怒りという名の鍵で、恐怖の扉をこじ開ける。
単純であるが、実用性ならピカイチだ。

アテナ「もう少しで届く! 待ってて!」

アテナの手が坊主頭の身体に触れようとしたその時。
彼女の足元にぽっかりと大きな穴が口を開けた。

勇者「またこの世界に戻ってきちまったな」

デブ「暗いなあ、誰か電気つけておくれよ」

ハゲ「おや? 私達は山手線に乗っていたはずですが。またいつからこんなところへ?」

勇者「渦に吸い込まれたんだろう。面目ない話だ。ここはどうやら、小洒落た牢獄らしい」

どかーん

デブ「なぁなぁ、何かあっちでデカい音がしたぞ?」

勇者「何を言ってんだ。幻聴だろ」

ハゲ「一応、見ておきましょう。怪物だとしたら危険ですからな」

アテナと坊主頭の男が倒れていた。

勇者「アッ! アテナ!」

アテナ「勇者……!? どうしてあんた、こんなとこに」

勇者「それはこっちのセリフだ! 何がともあれ、生きていてよかった!」

それから、勇者達は坊主頭の身辺について聞いた。
どうやら家を魔王にブッ壊され、家族や親戚も三族に渡るまで虐殺され、自分もこのままだと殺されるんで逃げたらしい。
しかし、ひょんなことから足が折れてしまい、動けなくなったのだという。

坊主頭「アンタらが来てくれて、本当に助かったよ!」

デブ「ここ牢獄だけどね」

勇者「一難去ってまた一難だぜ。よっしゃ、脱出するか!」

アテナ「まーた、そうやって先走る! 周りを触ってなさいよ! ひんやりしてるでしょ? これは鋼鉄の冷たさよ」

デブ「つまり、僕らは絶体絶命の危機にあるということだね?」

ハゲ「ここは、溶解液に登場してもらう他ありませんな」

勇者「あ、あんだて?」

ハゲ「聖水ですぞ。1秒で岩が溶けます」

勇者「へー、いいじゃん! さっそくかけようぜ」

ハゲ「勇者殿はがさつでいかんですな。聖水には使い方があるのですぞ」

ハゲはペンキ塗りの刷毛を取り出し、聖水にポチョンとつけた。
ゆっくり、美容師が客の髪を優しく撫でつけるように、ハゲは聖水を壁に塗っていく。

アテナ「ふわ~! すごいわね! どんどん溶けてくわ!」

外はもの凄い突風で、今にもふっとばされそうだった。
風が勇者らを崖へと追い詰める。

アテナ「イヤーーーーーッ!!!!!!!!!」

アテナが崖下に落ちていった。

坊主頭「フンハーーーーーーーーッ!!!!!!!!」

坊主頭の背中から巨大な翼が広がり、地面を打った。
強風の中、三人の男を両脇に抱え、天使が猛スピードで飛んでいく。

勇者「アテナは! アテナはどうするんだ!」

天使「あいつはもう、死んでるさ」

天使は野山に着陸した。

勇者「なんか腹減ったな」

デブ「よし、テントを張ろう」

テントの中で、デブが作ったサラダを食べた。

勇者「パリパリしてうまいな」

朝、勇者は食料を探しに出かけていた。
石でリスを仕留めた。
デブが料理を作り、みんなが食べる。

デブ「アテナは見つかったかい?」

勇者「いや、見っかんねーな。無理もないか。場所が離れ過ぎてんだ」

ハゲ「移動する時は言ってくだされ。セダンを召喚しますゆえ」

デブ「おー! 助かる助かる」

みんなはセダンに乗り込み、自動操縦ボタンを押した。
ぶーん。
車が走り出す。

勇者「用心して辺りを見てくれ。人がいるかもしれない」

しかし、誰もいなかった。
やがて、沼についた。
運転手であるデブが、セダンを沼モードに切り替える。

やがて、夕暮れになった。
勇者らは結局、沼を越えられずに車中泊を決行することとなった。
夜11時ごろ、バシャバシャと変な音が聞こえた。

アテナ「あっぷあっぷ」

勇者「アテナ!?」

アテナ「たすッたすけッ!」

勇者は急いで虫取り網でアテナを引き寄せ、すくいあげた。
身体が泥だらけだった。

勇者「舐めてやるよ。近くに川もないし」

アテナ「は!? 頭どうかしてんの!? タオルでもいいから渡しなさいよ!」

勇者「でもお前。どうやってここまで辿り着いたんだよ」

アテナ「運よく、崖の下に川が流れていたの。そこから上流に向かって歩きに歩いて、ようやく追いついたってとこかしら」

勇者「ずいぶんと速かったが、何か魔法を使ったのかい?」

アテナ「魔法なんか使えるわけないじゃない。途中で馬を拾ったのよ。乗り捨てたけど」

勇者「そうか、何がともあれアテナが無事でよかった」

アテナ「……そう」

勇者「お前の気持ち悪い叫び声があるから、旅に張り合いが出て来るもんだ」

アテナ「しね」

翌朝、セダンは沼を走り出した。
しかし、10分後には止まってしまった。
沼の毒素で、人工知能が死んだのである。
加えて車の横っ腹に大きな穴が開き、ヘドロがスーパーな勢いで流れ込んできた。

デブ「ケッ! 朝食はヘドロフレークってか! ぜんぜん笑えないよ!」

天使「ぐぶッ……がごばッ……」

アテナ「勇者ーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!! なんとかしなさいよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

勇者「ハゲ! 聖水をセダンに濡れ!」

ハゲ「しっしかし、聖水は貴重なもので……」

勇者「バカ言え! このままだと、全滅だ! 細かいことにこだわってられるか!」

こうして脱出した。

勇者達はバスに乗っていた。
これは何かの夢だろうか? それとも、再び現実世界へ戻れたのだろうか?
いや、アテナや天使もいる。手の感覚からして、紛れもない現実だ。

「まもなく~終点~地獄~地獄~しっかりと~おつかまり~ください~」

勇者「おつかまり?」

瞬間、バスが激しく回転した。
タイヤが横に倒れ、ブースターが火を噴く。
空を飛んだのだ。

アテナ「きゃッ! なんなのここ!」

デブ「ゆ、揺れる揺れる!」

ハゲ「死にそうだ! 悪夢か!? 悪夢なのか!?」

天使「ぐぬううううああああああ」

ミサイルがたくさん発射された。
ミサイルは街を絨毯爆撃した。

勇者「やめろ!」

「邪魔者は消えるべし」

勇者「あ?」

四方から槍が飛び出し、勇者の身体を無残にも貫いた。
勇者は宙に血の虹を描き、戦火に燃える街へ落下していった。

アテナ「ウわああああああああああああ勇者がああああああああああああああああ!!!!!!!!」

デブ「な、なんてことを!」

「……」

バスは草原へ到着した。








旅する仲間を一人失ったパーティーは、暗くとぼとぼ歩いていた。

アテナ「なんで……」

天使「ん?」

アテナ「一人失ったのかしら……」

天使「仕方ない。彼は死ぬ運命だったんだ」

アテナ「運命? 運命ってなんなのよ。そんな一言で片づけられると思ってるわけ?」

天使「では、他にどう言えばいいのだ」

アテナ「ふざけないでよ……。仲間が一人死んでるのよ!? 昨日まで笑って話していた相手が、もういないのよ! ずっと、未来永劫!」

デブ「まあまあ、落ち着いて。車に乗って落ち着こうや」

ハゲ「そーですな。セダンに乗りましょう」

アテナ「待ってよ!」

デブ「なんだ」

アテナ「人工知能……だっけ? よくわかんないけど、そんなのが死んでいるんじゃないの!?」

デブ「改良したんだよ」

アテナ「か、かい……?」

デブ「バカなアテナに教えるには、五年もかかる」

アテナ「なによ!」

デブ「ぷっ、笑うよ」

ハゲ「さ、乗り込みましょう」

乗り込んだ途端、セダンの人工知能は生きていた。

人工知能「ピー。オハヨウ、ゴザイマス」

アテナ「あんた、誰よ」

人工知能「人口知能2号デス。1号ハ、シニマシタ」

アテナ「入れ替えたのね。ほらみなさい、改良なんて訳の分からないことしてないわよ」

デブ「んだと!? 死んだ奴を改良できると思うかあ!?」

アテナ「……」

デブ「改良も知らねーのかよ! クズ! どうしようもない阿呆! ド阿呆! あんぽんたん!」

アテナ「……」

デブ「出ていけ! どっかで頭を冷やしてこい!」

ハゲ「デ、デブ殿……少々言い過ぎではありませんか」

デブ「いいんだ、あいつなんか」

アテナ窓をぶち破ると、走り去っていった。

天使「また仲間を失ったか……」

ハゲ「野郎三人の旅なんて、あんまり華に欠けますな」

デブ「さて、さっそく進もうか」

デブがアクセルを踏む。
勢いあまって、セダンは池の中に突っ込んだ。
水がものすごい勢いで入ってくる。
デジャヴ。

人工知能「ナビゲートサドウ! ぴぴおdd0jどjでj@dじぇで」

デブ「なに言ってるんだ!」

ヘドロの下で人工知能が死にそうになっていた。

人工知能「あばばばばbうぇjdp@dk「@d@」

その時だ。
セダンのタイヤが弾け飛び、長い脚部が空へ向かって一斉に伸びたのは。
天を突かんばかりの柱は途中で緩やかに湾曲し、遠い地面へ刺さった。
地球を掴まんばかりのザトウムシが、その場に現れたかのようだった。

デブ「なんじゃこりゃ!」

セダンがドリルよろしく回転しながら、成層圏の突破を目指してひたすら昇っていく。
ボンネットの蓋が剥がれ落ち、ゴチャゴチャと脳味噌を思わせるエンジンルームが露わとなった。
自分の身体に何十人もの力士が乗ったような、筆舌に尽くしがたい重圧がのしかかってくる。
デブはカッと充血した目を見開き、口から真っ赤な血を吐いた。血は後方に座っていたハゲの蒼白い顔に飛び散った。
内臓損傷によるものだろう。デブはすでにガクガクと糸が切れたマリオネットのように、力なく揺さぶられていた。


ハゲ「デブ殿!」

ハゲの呼びかけ空しく、デブは窓から外に放り出された。
大の字に両手両足を広げ、四本の柱の中央を真っ逆さまに落ちてゆく。
その姿はさながら、地上へと降臨する天孫のようであった。

天使「こうなれば仕方ない、セダンを破壊するぞ! ハゲ、少し手を貸してくれるか!」

ハゲ「分かりました! 行きますぞ!」

最後の最後まで諦めなかった者。
最後の最後まで希望を捨てなかった者。
彼らだけが、明日を掴む力を得る。
天使は翼を広げ、セダンの窓から宇宙へ飛び降りた。
空に落ちる二人を、太陽と月が笑いながら照らし出す。

天使「ハゲ!」

ハゲ「天使殿!」

天使「ハゲ!」

ハゲ「天使殿!」

天使「ハゲ!」

ハゲ「天使殿!」



「まもなく~池袋~池袋~」

ハゲ「ハッ」

目が覚めた。
山手線だ。
渋谷に行くつもりが、そのまま乗り過ごしてしまったらしい。
夢だったのだろうか。

ハゲ「いや……夢ではありませんな」

窓の外を眺めて、ハゲは肩を竦めながら呟いた。
無理もない。
乗っていた電車が、いつの間にか地球の線路でなく、土星の輪を走っているのだ。
驚かない方がおかしいというものである。


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