あらすじ
ライブハウスのコインロッカーから白骨遺体が見つかる事件は、まだ起こっていない。
前話
鷺沢文香「高峯のあの事件簿・爆弾魔の本心」
鷺沢文香「高峯のあの事件簿・爆弾魔の本心」 - SSまとめ速報
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あくまでサスペンスドラマです。
設定はドラマ内のものです。
それでは、投下して行きます。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1484475237
メインキャスト
高峯探偵事務所
探偵・高峯のあ
助手・木場真奈美
助手2・佐久間まゆ
塩見周子
涼宮星花
木村夏樹
多田李衣菜
松永涼
篠原礼
結城晴
星輝子
白坂小梅
二宮飛鳥
小室千奈美
序
『コインロッカー』というフレーズがある。
古ぼけたライブハウスに染み付いた、古ぼけたフレーズ。
それは、小銭しか稼げないロッカーを揶揄する言葉でさ。
コインロッカーの方が稼いでるんじゃないか?
壁に染み付いた、タバコの臭いみたいな言葉。
隣のダーツ場なんて、全面禁煙だってのに。
このライブハウスの空気だけが、過去に取り残され続けてる。
それを好きだと言ってくれるのは、物好きだけだ。
物好きは、アタシの未来なんて保障してくれない。
『コインロッカー』のまま、好きだって言われても受け入れられない。
このままは、イヤだ。
歌った。仲間と共に。調和の力を信じて。
歌い続けて、心も声も枯れて来た。
今は壊れず、アタシは『コインロッカー』のままだった。
そして、現実はアタシを攻撃してくる。
歌う場所は、なくなることになった。
タバコの臭いが染み付いた、時代遅れのライブハウスだとしても、アタシの大切な場所なのに。
大切な場所だから、諦めきれなかったからこそ。
仲間が諦めるには、最適のタイミングだった。
アタシの場所は、なくなる。
アタシは、『コインロッカー』ですらいられない。
アタシのポッカリと空洞を見つけたかのように
ソイツは、現れた。
「何のために、歌っていたのですか?」
何のため……仲間のため?ファンの、数少ないけどよ、ファンのため?
「違います」
自分のため、かもしれないな。歌が好きなんだ。もっとたくさんの人に聞いてほしい。
「それも、違いますよ」
穏やかな口調をした、ソイツは言った。
短いフレーズだった。ソイツは人の心を掴み取る術を知っていた。
「誰かの未来を照らすため、ではありませんか」
今思えば陳腐だった。だが。
売れること、続けることを捨てきれないアタシの頭を真っ白にするには、充分だった。
使命という言葉が刺さる。
「でも、失ってしまうのですね」
ああ、と短い言葉が漏れた。
「代わりを差し上げましょう。未来の歩き方は、幾らでもあります」
どうして、アタシはそれを受け入れたのだろう。
薄暗いライブハウスで会った、顔も覚えていない女の言葉を、どうして。
「ここへ、行ってみてください」
とある住所が印刷された、一枚の紙きれ。
「あなたのすべきことが、見つかります」
代わりなんて、ないことを知っていたのに。
序 了
1
6/16(火)
昼
高峯探偵事務所
高峯探偵事務所
高峯ビル3Fにある探偵事務所。防音でクライアントのプライベートをお守りします。
木場真奈美「帰ったぞ。のあはいる、な」
高峯のあ「きゃー!みくにゃん、こっち向いてぇー!にゃあ、にゃあー!」
高峯のあ
前川みくの熱狂的ファン。仕事場が防音なことをいいことに、ライブ映像で盛り上がっている。職業は探偵。
木場真奈美
高峯探偵事務所で助手を務めている。熱狂的ファンを生み出した原因でもあるので、強くは言わない。
真奈美「映像はこっちを向かないだろう……帰ったぞ!」
のあ「あら、止めるとしましょう。お帰りなさい、真奈美」
真奈美「防音はしっかりしているが、はしゃぎすぎるな」
のあ「はしゃぎ過ぎてはいないわ」
真奈美「声を聞く限りはそうとは思えん。さっきの声、どこから出てるんだ?」
のあ「私からよ」
真奈美「残念なことに知ってる。普段の声から想像できないだけだ」
のあ「女は化けるもの、そう古来から言われてるわ」
真奈美「こういう場面で使うのは一般的じゃないと思うがな」
のあ「何といっても、今日はみくにゃんの日だもの。テンションも高ぶるわ」
真奈美「6月16日のどこが、だ?雨も続いたジメジメな時期はイメージとも合わない」
のあ「真奈美もまだまだね。教えてあげましょう」
真奈美「……聞いておくとしよう」
のあ「みくにゃんの誕生日は?」
真奈美「2月22日、にゃんにゃんにゃんで猫の日だ」
のあ「正解。よく知ってるわね」
真奈美「あれだけ聞かされればな。なんで、ラジオ音源をCD化してるんだ……」
のあ「みくを数字に直すと?」
真奈美「39か?」
のあ「つまり、2月22日、2+2+2=6。39、3×13、3+13=16。今日はみくにゃんと縁が深い日よ」
真奈美「こじつけが過ぎる」
のあ「はぁ……」
真奈美「どうした?」
のあ「一時停止して、眺めるみくにゃんもいいわね」
真奈美「はいはい。1時も過ぎてるが、お昼は食べたか?」
のあ「まだよ」
真奈美「チャーハンとパエリアなら、どっちがいい?」
のあ「ふむ……パエリアにしましょうか」
真奈美「佐久間君がレシピを教えてくれた。チャレンジしてみるとしよう」
ピンポーン……
真奈美「お客さんのようだ。お昼はまだでいいか?」
のあ「問題ないわ。真奈美、出て来てちょうだい」
真奈美「その前に」
のあ「何かしら」
真奈美「居間と兼用だが、ここは事務所だ」
のあ「それで?」
真奈美「法被を脱げ、ネコ耳をはずせ、サイリウムは隠せ」
のあ「そうね。片づけるてくるわ」
真奈美「のあ、もう一つ」
のあ「なにかしら」
真奈美「尻尾をつけるのは、やめておけ」
のあ「……」
2
高峯探偵事務所
のあ「探偵の高峯です、はじめまして」
小室千奈美「小室千奈美よ。最初に確認してもいいかしら?」
小室千奈美
事前連絡もなく訪れた依頼人。趣味はダーツ。
のあ「金額の目安はこの票の通りよ。依頼内容を受けるかどうかは、相談ね」
千奈美「ネットで見た通り、この部屋の防音はしっかりしてるかしら?」
真奈美「さっき、下のカフェに寄っていたそうだ」
千奈美「13時過ぎ待っていたけど、余計なお世話だったかしら」
のあ「お気遣いは感謝するわ。真奈美が来てからで良かった」
真奈美「本当にな」
のあ「それで、上の階から音は聞こえたかしら?」
千奈美「いいえ。静かで良い喫茶店だったわ」
のあ「それが証明になるわ。防音性なら、保障する」
真奈美「カメラや録音機もない」
のあ「秘密にしたいのであれば、私と真奈美以外に漏らさないわ」
千奈美「それならいいわ。あと、金額は気にしてないわ」
のあ「糸目はつけないのかしら?」
千奈美「違うわ。私は話しをするだけよ」
真奈美「話をするだけ?」
千奈美「探偵さんに解決しようとしてもらおうとも思ってないの。私がしないといけないことは、自分でするわ」
のあ「事情がよくわからない」
千奈美「私はコインロッカーから白骨が見つかる事件が起こるから、見て来て報告しなさいと依頼されただけよ?」
のあ「なら、自分で行ってくればいいじゃない」
千奈美「探偵さん、悪の組織とか興味ないかしら」
のあ「……どういうことかしら」
千奈美「事件は幾らでも起こるでしょ。でも、偶然の積み重ねとは思えないような」
真奈美「……」
のあ「例えば」
千奈美「事故じゃないんでしょう?」
のあ「何が」
千奈美「西園寺のお嬢さん」
真奈美「のあ」
のあ「報道は事故だと聞いたけれど。陰謀論に傾倒するのは危険よ」
千奈美「それを認めようが、どうか構わないわ。依頼された話を聞いて」
のあ「依頼者は誰かしら」
千奈美「わからない」
のあ「わからない?」
千奈美「依頼書はこれよ」
真奈美「便箋か?」
のあ「開けてもいいかしら」
千奈美「どうぞ」
のあ「真奈美、開けてちょうだい」
真奈美「了解」
のあ「どこでこれを?」
千奈美「行きつけのダーツ場があるの。そこで借りてるロッカーに入ってたわ」
真奈美「印刷されてるな」
のあ「真奈美、読んで」
真奈美「『白骨死体がコインロッカーに遺棄されている』」
のあ「それだけ?」
真奈美「それだけだ。次の連絡があるのか?」
千奈美「続きはこっち。メールよ」
のあ「知り合いかしら」
千奈美「違うわ。どこから漏れたのかしらね」
のあ「幾らでも経路はあるわ。怪しいのは、そのダーツ場」
千奈美「問いただしたけど、犯人は従業員にはいなそうね」
のあ「部外者かもしれないわね」
真奈美「差出人は、明らかに捨てアドレス」
千奈美「内容は単純よ」
のあ「場所、報酬金額、連絡先、それと時間」
真奈美「場所、P/FOR/E?」
のあ「コインロッカーがあるような場所だとしたら」
千奈美「ライブハウスよ。ダーツ場の隣で、私も出入りしてるわ」
真奈美「報酬金額は」
千奈美「しばらくは遊んでいられそうな額ね」
のあ「連絡先は、このメールアドレス」
真奈美「時間は」
のあ「今週末まで、どういうことかしら?」
千奈美「ライブハウス、今週末で閉めるらしいわ。それまでに見つかるんじゃないかしら」
真奈美「最初から言っている通りか。事件は起こってないのか?」
千奈美「ええ。事件が起こる前に知らせないと意味ないじゃない」
のあ「つまり……」
千奈美「私は依頼者じゃないわ。犯人でも目撃者でもない」
のあ「事件は起こっていないなら、探偵の出る幕はないわ」
千奈美「だから、話をしに来ただけよ。私からして欲しいこともないわ」
のあ「起こってる事件はある」
真奈美「君の件だ」
のあ「メールアドレスの送信元も警察なら、突き止められるでしょう」
千奈美「ふふっ、どうして警察関係者を信じれるの?」
のあ「……」
千奈美「いるらしいわよ、警察の中に内通者が」
真奈美「その情報、どこから仕入れた?」
千奈美「このメールアドレスから。直接は教えてくれないけれど、根も葉もないウワサを教えてくれるの」
のあ「つまり」
千奈美「警察には話さないで」
真奈美「だから、ここに来たのか」
千奈美「助手さんは察しが良くて、助かるわ」
のあ「話はわかったわ。だから、疑問があるの」
千奈美「どうして、私が話したか?」
のあ「そうよ。あなたに利益はないじゃない」
千奈美「私は大人しく従うような女じゃないの。依頼する相手を間違えたわね」
のあ「単なる天邪鬼」
千奈美「私は、命令されるのが嫌いなの。偉そうに言わないで欲しいわ」
のあ「あなた、出世しないわよ。もしかしたら、早死にするわ」
千奈美「探偵さんみたいに?」
真奈美「不吉なことを、言うんじゃない」
千奈美「冗談よ。私は、報酬分ぐらいは仕事をしようと思ってるの。ダーツ用具も新調したいし」
のあ「こちらに任せると?」
千奈美「どうぞ。あなたがいようがいまいが、事件はそのうち起こるから」
のあ「……」
千奈美「話はおしまい。相談料、幾らかしら?」
3
高峯探偵事務所
のあ「……」モグモグ
真奈美「どうだ?」
のあ「美味しいわ」
真奈美「それは喜ばしいことだが、それじゃない」
のあ「小室千奈美の話ね」
真奈美「信じるのか?」
のあ「小室千奈美の言うことを信じてはいないわ」
真奈美「やっぱりか」
のあ「信じていないだけ、確認の必要があるわ」
真奈美「私には、あまり良い話だとは思えない」
のあ「どうして?」
真奈美「小室千奈美の後ろにいる誰かは知ってるぞ」
のあ「白骨死体があること、事件が起こること」
真奈美「私達が標的になる可能性だってある」
のあ「それなら、自分で見ればいいわ。小室千奈美に任せる必要はない」
真奈美「つまり、出てこないと?」
のあ「捜査の理由は、まぁ、何とでもなるでしょう」
真奈美「行くのか」
のあ「考えても見なさい」
真奈美「何を考えるんだ?」
のあ「この事件は、一部の人間しか知らないわ」
真奈美「その通り」
のあ「公開すらされないで、解決するのもいいかもしれない」
真奈美「そうかもしれないな」
のあ「行くとしましょう。まず、調べることは」
真奈美「ライブハウスか?」
のあ「違うわ。小室千奈美についてよ」
真奈美「ふむ。裏を取るのは大切だな」
のあ「彼女が言ってた通り、ダーツ場に行くとしましょう」
4
ダーツ場・フィデラークラブ
フィデラークラブ
K大学から歩いて行ける距離にあるダーツ場。フォーレビルの地下1階。
塩見周子「いらっしゃいませー」
塩見周子
ダーツ場、フィデラークラブのアルバイト店員。働いていない時はプレイヤーとして店にいることも多い。
のあ「こんにちは」
周子「ふたり?今なら、ほぼ貸し切りだから二台用意できるけど、どうする?」
のあ「前も会ったわね。今回も話を聞きに来ただけよ」
周子「あー、探偵と助手だっけ?」
真奈美「そうだ」
周子「ふーん、今度は何?また、うちに出入りしてるかどうか?」
のあ「また、よ」
真奈美「小室千奈美を知ってるか?」
周子「千奈美ちゃん?」
のあ「知ってるかしら」
周子「うん、常連だし。お客というか、ダーツ仲間?」
真奈美「少なくとも、ここは嘘じゃなさそうだな」
のあ「話を聞かせてもらってもいいかしら?」
周子「んー、条件付きでいい?」
のあ「条件?」
周子「この前も結局遊んで行ってくれなかったからねー。今日は時間ありそうだし、いいよね?」
のあ「時間があるのは正解。わかったわ」
周子「てんちょー、少し遊んでいいー?」
真奈美「のあ、ダーツは得意か?」
のあ「ほぼ、初心者ね。真奈美は?」
真奈美「一時期は練習していた」
周子「店長からお許し出ましたー。ゲーム代出してくれる?そしたら、話しちゃうかも」
のあ「いいわよ。ドリンクも頼みなさい」
5
ダーツ場・フィデラークラブ
のあ「……」
周子「あっちゃー。しゅーこちゃん、まけー」
真奈美「偶々さ。次回以降は勝てない」
周子「助手さんは、ただものじゃないねー。探偵さんは……」
のあ「私は?」
周子「姿勢はカッコイイ」
のあ「姿勢は、ね」
周子「そーいうこと。ダーツのために鍛えてるわけじゃないから、プロみたいな姿勢なほど、入んない」
のあ「なるほどね」
真奈美「さて、勝ったことだから話してもらうとしよう」
周子「仕方ないよねー。負けても、話したけど」
真奈美「小室千奈美は、塩見君よりは手練れか?」
周子「そうそう」
のあ「技術があるのかしら?」
周子「技術も、筋力も、体力も全然かなわない。サマになりかたも全然」
真奈美「ほう」
周子「そこは努力で埋まるけど、って感じ」
のあ「埋まらない差が、見えてるの?」
周子「突き詰めるとさ、スポーツはメンタルだから。ダーツは、特に」
真奈美「メンタルか」
周子「絶対に当てる、ってわかるもん」
のあ「そういうものかしら」
周子「自信かなぁ、しゅーこちゃんとはやっぱり違う」
のあ「自信家ではあったわね」
周子「練習も凄いしてるし。最近は練習して、気分転換に隣のライブハウス行って、戻ってまた練習とかしてるんだよー?」
真奈美「熱心だな」
のあ「ライブハウスも常連なの?」
周子「千奈美ちゃんは最近出入りしてるみたい。いつでも入れるくらいガラガラ、って」
のあ「閑散としてるのね」
周子「だから、閉店しちゃうみたい」
真奈美「これも間違っていないようだな」
周子「キッチンはここの店と共用なんだけどねー」
のあ「そうなの?」
周子「飲食の提供だけ」
真奈美「潰れたら、何か出来るのか?」
周子「まだ未定。ここのオーナーは、買ってレストランにでもしようか、って」
のあ「その前に、悪いウワサは出ないと良いわね」
周子「何の話?」
のあ「何でもないわ。借しロッカーはどこかしら?」
周子「おやぁ、はまった?」
のあ「小室千奈美のよ」
周子「使ってるよ。ちなみに、あそこね」
のあ「カギは」
周子「カギは千奈美ちゃんが持ってるのが一つだけ」
真奈美「マスターキーは?」
周子「あっ、そっちもあったか。事務所の金庫の中、だったかな?」
のあ「あなたも使えるのかしら?」
周子「ううん、バイトは管理してないし。させてたら、ダメでしょ?」
真奈美「そうだな」
のあ「キッチンは、共用なのよね?」
周子「そうだけど」
のあ「ありがとう。小室千奈美はいるようね」
真奈美「この店にも、隣に関係はあるな」
のあ「今の時間から、入れるかしら」
周子「入れるよ、うん」
真奈美「そうなのか?」
周子「最近、解放してるんだよ。昼間だけね」
6
ライブハウス・P/FOR/E・入口前
P/FOR/E
古ぼけたライブハウス。かつてはトップアーティストが羽ばたいていく場所だったが、その面影はもはやない。
貼紙『ご自由にお入りください 16時まで』
真奈美「だとよ」
のあ「真奈美」
真奈美「どうした?」
のあ「店名の意味、わかるかしら」
真奈美「答えは知らない。推測は聞くか?」
のあ「一応聞くわ。入りましょう」
真奈美「ああ。ライブハウスでPと言えば」
のあ「プレイヤー。入り口を入ると待合スペースのようね」
真奈美「演奏はEのために」
のあ「なら、Eとは何でしょうね」
真奈美「エネルギー、エコロジー、エコノミー。おや、コインロッカーだ」
のあ「待合室にあるのはコインロッカーと掲示板、それと扉だけ」
真奈美「掲示板も閑散だな。ラストライブは……金曜日か」
のあ「E。良い言葉があるじゃない」
真奈美「なんだ?」
のあ「エクスプロージョン。音楽は点火源」
真奈美「そうあれば、良いと思うが」
のあ「真奈美は、Eだったら何を求めるかしら?」
真奈美「そうだな。最初に思いついたのは」
のあ「コインロッカー、カギがかかっているのは三つ」
真奈美「エスケープだ」
のあ「あら、マイナスね。コインロッカーは有料、と」
真奈美「どこかへ行く道具でもいいじゃないか」
のあ「そうね。料金は200円と」
真奈美「良心的だな。それとも、昔のまま据え置きか」
のあ「小室千奈美の言うことを信じるならば」
真奈美「白骨はこの中か」
のあ「ロッカーは小さいのね。成人の遺体ではないのかしら」
真奈美「成人でないなら、子供か」
のあ「もしくは燃やされているか」
真奈美「だが、そんなことはまだ知られていない」
のあ「さて、どう対応しようかしら」
真奈美「決めかねる。そういう時は」
のあ「情報収集。中へと行きましょうか」
7
P/FOR/E・ホール
真奈美「ピアノだ」
のあ「聞いたことがあるわ」
真奈美「だろうな。小学生の音楽では必ず歌うはずだ」
のあ「今日の演者、が練習するような曲ではないわね」
篠原礼「こんにちは。何かごようかしら」
篠原礼
ライブハウスの店員。紫色の制服が妙に艶めかしい。
のあ「こんにちは」
礼「壁に思いを綴りに来たのなら、ペンを貸すわ」
真奈美「壁は落書きだらけだな」
礼「建物はなくならないけど、内装は壊してしまうから」
のあ「最後に思いの丈を綴るのね」
真奈美「取り壊しは、いつだ?」
礼「来月よ。今週の金曜日で、営業は終わり」
のあ「そう。壊すことはないのに」
礼「内装が老朽化してるもの。タバコが染み付いた場所なんて、今のご時世に流行らないの」
真奈美「それも、寂しい話だな」
礼「ここは永住の地ではないのよ。巣立つための場所」
のあ「故郷がなくなるのは、誰にだって寂しいものでしょう」
礼「それでも、巣立たないと行けないわ。最近、このステージに立つ子達には良い機会だと思ってるの」
のあ「私には特に思い入れがないから、ペンはいらないわ」
礼「なら、どうしてここに来たのかしら」
のあ「人に言われたから、かしら」
松永涼「礼」
松永涼
先ほどまでピアノを演奏していた。彼女もこの場所に根付いたバンドメンバーの一人。
礼「涼ちゃん、ピアノの練習は終わりかしら」
涼「軽く昼でも食べて来るよ。16時までには戻る」
礼「わかったわ。いってらっしゃい」
涼「で、こっちの人は?」
礼「お客さんよ、名前も聞いてなかったわね」
のあ「高峯よ。こっちは……いないわ」
礼「あそこで、器材を見てるわね」
のあ「あそこにいるのが、連れの木場よ」
涼「あっちの人は、音楽関係者か?」
のあ「ええ。ボイストレーナーらしいわ、詳しくは知らないけれど」
涼「本職か……まぁ、いいか。これ、貰ってくれよ」
のあ「チケットね、もしかして、今日かしら」
涼「明日のアタシ達のバンドだ。今日はちゃんとしたバンドだよ。人を熱く出来る、アタシ達と違ってさ」
礼「……」
のあ「いただくわ。あなたはピアノなのかしら?」
涼「違う。アタシはボーカル」
のあ「ピアノの練習は、別の用事なのね」
涼「これでも、音楽の先生を目指してんだ。見えないだろうけどさ」
のあ「変化しないという前提で未来予想図を描くほど、想像力は欠如してないわ」
涼「良かったら、賑やかしに来てくれ。またな」
のあ「ええ、お邪魔させてもらうわ」
礼「……」
のあ「……」
礼「ここのアルバイトもやってもらってるの。私もアルバイトだけれど」
のあ「そうなの?」
礼「昔のよしみよ。普段はダンスの講師をやってるわ」
のあ「彼女とは昔からの知り合いなのかしら」
礼「付き合いは長い方だと思うわ。小さい頃から、知っているもの」
のあ「なぜ?」
礼「昔から、ここでロックに触れていたわ。彼女の起源はここでしょうね」
真奈美「のあ」
のあ「真奈美、なにか発見でも?」
真奈美「古いが、良い器材を使っているな」
礼「ええ。音響は悪くないわよ……昔はもっと良かったの」
のあ「真奈美、チケットを貰ったわ」
真奈美「今日のか?」
のあ「明日よ。さっきのピアノを演奏していた子」
真奈美「さっき、会釈だけされた」
礼「彼女のバンド、解散ライブなの」
のあ「そうは言ってなかったけれど」
礼「……本当に、いいのかしら」
のあ「解散の理由は、ここがなくなるから?」
礼「それを理由にして、終わりにするのよ」
真奈美「ずっと続けるのも勇気だが、生活には変えられない」
礼「そんなこと、誰でもわかってるわ」
のあ「今、いるのはあなただけかしら?」
礼「そうよ」
のあ「なら、聞いてもいいわね。コインロッカーだけれど」
礼「コインロッカーがどうかしたのかしら」
のあ「片づける予定はあるかしら?」
8
P/FOR/E・ホール
礼「ええ、予定はしてるわ」
のあ「そうでしょうね。何時かしら?」
礼「明後日の午前中よ。どうして、そんなことを?」
のあ「開いていないロッカーがあったでしょう、気になったのよ」
真奈美「細かいことばかり、気にするタチでな」
礼「もしかしたら、誰かが取りに来ると待っていたの」
真奈美「誰も、来なかったのか」
礼「そう。マスターキーで開けるわ。粗大ごみを回収する業者も来る前に」
のあ「一つ、質問を」
礼「変なこと、言ったかしら」
のあ「開けることに、恐怖はないかしら?」
真奈美「何が入ってるか、わからないぞ?」
礼「え?あっ……」
のあ「……あら」
礼「やだ……怖がらせないで」
真奈美「のあ、多分だが」
礼「そうよね、怪談の定番じゃない……」
のあ「落ち着いた女性でも、怖がりな可能性はある。当たり前だわ」
礼「なにか、悪い物が入ってたりしないわよ……ね?」
のあ「残念だけど、保障はしかねるわ。代わりに、これを」
礼「名刺……探偵事務所?」
のあ「探偵業をやってるわ。怖がらせたから、タダで付き添うわ」
真奈美「ああ。心配なら、霊媒師も連れてくる」
のあ「いいかしら」
礼「……一人でやるよりは、いいかしら」
のあ「わかったわ。時間だけ教えてちょうだい」
多田李衣菜「あのー……」
多田李衣菜
ギターを背負ってやって来た女子高生。音楽を始めたばかりの初心者。
礼「李衣菜ちゃん、早いのね」
李衣菜「学校から真っ直ぐ来たんだ。アンプ使っていい?」
礼「いいわよ。涼ちゃんもピアノの練習はおしまいにしたし」
李衣菜「やった。礼さん、ジュースもらうねー」
真奈美「元気だな」
のあ「そうね。ここは終わるけど、音楽は続くわ」
真奈美「今日は感傷的だな」
のあ「場所がそうさせるのかしら。静かなのはあるべき姿じゃないわね」
李衣菜「よいしょっ、ジャジャーン!」
礼「李衣菜ちゃんは、響を体で感じるだけで満足できるくらいね」
のあ「それでもいいわ。真奈美、ギターは弾ける?」
真奈美「人並みには。のあは?」
のあ「ピアノが弾けるわ」
真奈美「初耳だな」
のあ「初めて言ったもの。私達はこれで」
礼「ええ。今日も当日券が出ているの。どうかしら」
のあ「明日また来るわ。明後日も」
礼「……何も出ないわよね?」
のあ「幽霊は出ないわよ。いるわけないじゃない」
9
ダーツ場・フィデラークラブ前
のあ「事件なんて、起こってないわね」
真奈美「そうだな」
のあ「一応、出入りの理由はつけたけれど」
真奈美「まずは、明日か」
のあ「状況が変わるとすれば」
真奈美「明後日だ。確かに幽霊は出ないだろうが」
のあ「幽霊は見えないでしょうね」
真奈美「実体がある方が怖い」
のあ「それは同意よ。でも、これで」
真奈美「そこまでに見つかることはないな」
のあ「ええ……あら、小室千奈美さん」
千奈美「こんにちは。ダーツでもいかが?」
のあ「お先に楽しませてもらったわ」
千奈美「あら、残念」
真奈美「君の用事はなんだ?」
千奈美「何って、ダーツをしに来ただけよ?」
のあ「そう。私達が持ってる情報はいるかしら」
千奈美「いらないわ。明後日の午前中が楽しみね」
真奈美「知ってたのか」
千奈美「依頼されたのは、私だからね?」
のあ「なら、それでいいわ。私達は戻るわ」
千奈美「そう。またね、探偵さん」
10
夕方
高峯探偵事務所
真奈美「戻ったぞ」
佐久間まゆ「のあさん、真奈美さん、おかえりなさい」
佐久間まゆ
高峯家の同居人、助手その2。最近新調した淡い紫のエプロンを身に着けている。
のあ「ただいま、まゆ」
真奈美「夕飯の準備か?」
まゆ「はい。お米の準備は終わりましたよぉ」
真奈美「ありがとう」
まゆ「そうだ、真奈美さん」
真奈美「どうした?」
まゆ「そら豆がスーパーにあったので、買ってきちゃいました。美味しい食べ方とか、ありますか?」
真奈美「ほう、おや長崎産じゃないか」
のあ「真奈美の地元じゃない」
まゆ「そうだったんですねぇ」
真奈美「シンプルに焼いても、凝っても良いな。のあ、何か希望はあるか?」
のあ「任せるわ。そこで仕事をしているから、意見を聞きたかったら呼びなさい」
真奈美「わかった。さて、佐久間君考えるとしようか」
まゆ「はぁい」
真奈美「他には、と」
まゆ「真奈美さん、今日はどこに行ってたんですかぁ?」
真奈美「ライブハウスだよ」
まゆ「ライブハウス、お歌のお仕事ですかぁ?」
真奈美「違う」
まゆ「事件とか相談事ですかぁ?」
真奈美「まぁ、そっちが正しいか。説明は難しいな」
まゆ「あっ、真奈美さん、タマネギがありますよぉ」
真奈美「ふむ。油は?」
まゆ「揚げ物用はこの前、変えたばっかりですよぉ」
真奈美「よし、決まりかな」
まゆ「のあさん、かき揚げはお好きですかぁ?」
のあ「……」
真奈美「のあ?」
のあ「聞いてるわ。嫌いじゃないわ」
真奈美「お許しが出た。私も手伝おう」
まゆ「ありがとうございます、あの、真奈美さん」
真奈美「なんだ?」
まゆ「のあさん、今日は何かありましたかぁ」
真奈美「……佐久間君」
まゆ「……悪いこと、ですか」
真奈美「人に罪を犯させる何かを、感じたことはあるか」
まゆ「……」
真奈美「すまない。知っていて、聞いた」
まゆ「大丈夫ですよ。だって……」
真奈美「……」
まゆ「まゆは、のあさんの助手ですから」
真奈美「……ふっ。私も、だ」
まゆ「皆でご飯を食べて、元気を補給ですよぉ」
真奈美「まずは、そこからだな」
11
高峯探偵事務所
まゆ「起こってない事件を捜査してるんですか?」
のあ「そういうことになるわね」
真奈美「食後にお茶でもどうだ?」
まゆ「まぁ、ありがとうございます」
のあ「ありがとう。緑茶なのね、珍しい」
真奈美「相原君にオススメされたんだよ」
のあ「……美味しい。甘みがあるわね」
まゆ「雪乃さん、緑茶にも詳しいんですかぁ?」
真奈美「相原君は勉強中だそうだ。新しく人が入ったんだよ」
のあ「へぇ、St.Vも繁盛してるのね」
真奈美「アルバイトらしいが、詳しいらしい」
のあ「雇えばいいじゃない。菜々と志保は社員なのだから」
真奈美「高校生だからな。相原君曰く、食いしん坊さんですわ、だとよ」
のあ「それは仕方ないわね」
まゆ「スウィーツも和風が増えそうですねぇ」
のあ「機会があれば、志保に頼んでみましょうか」
真奈美「私も話にお邪魔していいか?」
まゆ「もちろんです」
のあ「今日のことを話していただけよ」
真奈美「さて、どう思う?」
のあ「少なくとも登場する人物は3人」
まゆ「えっと。小室千奈美さんと……」
のあ「白骨遺体をロッカーに遺棄した人物。それと」
真奈美「小室千奈美に依頼した人物だな」
のあ「依頼者を特定するのは難しそうね。事件は起こっていないから、警察も動かない」
真奈美「正確には、動かさない」
まゆ「どうして、ですか?」
のあ「小室千奈美に言われたわ」
真奈美「警察に関係者がいる、と」
まゆ「え……」
のあ「真偽は不明よ。単純に、小室千奈美が警察を嫌っただけかもしれない」
真奈美「ひとまずは、私達で探してみよう」
のあ「それからでも遅くはない」
まゆ「依頼した人は、何が目的なのでしょうか……?」
真奈美「目的はわからない」
のあ「少なくとも、知りたがってはいるのでしょう」
まゆ「うーん……」
のあ「おそらく、依頼者は現れない」
真奈美「私達が追うべきは、白骨の方だな」
のあ「でも、何もかもがわかっていない」
まゆ「あの、まゆは信じられないんですけど……」
のあ「何を、かしら?」
まゆ「本当、なんでしょうか?」
真奈美「わからない」
のあ「入っていないなら、それでもいいわ」
真奈美「だが、小室千奈美は身分も明かしてる」
のあ「彼女が嘘をついているとは思えないわね」
真奈美「嘘をついているとしたら、依頼者の方だな」
まゆ「本当に……その、人の死体なんでしょうか」
のあ「そうね。動物かもしれない」
まゆ「だって……誰かがいなくなったら、探す人がいて欲しいです」
真奈美「行方不明者を捜索しているはず、か」
のあ「まゆもわかってると思うけど、それは希望なだけよ」
まゆ「……」
真奈美「のあ」
のあ「何も起こっていないわ。まだ、悲観することはないの」
まゆ「……これから、どうするんですかぁ?」
のあ「コインロッカーを開ける時には立ち会うわ。篠原礼から連絡も来たわよ」
真奈美「まずは、そこか」
のあ「篠原礼以外は立ち会う人はいなさそうね」
真奈美「好都合か」
のあ「それと、明日。これを貰ったの」
まゆ「チケット、ですかぁ?」
のあ「ええ。人数分どころか4枚もあるわね」
真奈美「ドリンク代別どころか、ドリンク一杯サービスだぞ。太っ腹だな」
のあ「在庫処分かしらね」
まゆ「バンドは……知らないですねぇ」
真奈美「小さなライブハウスで細々とやっているんだろう。そこに貴賤はない」
のあ「開演時間は20時、少し遅いわね」
真奈美「確かに」
のあ「事情があるのでしょう。まゆ、一緒に行きましょうか」
まゆ「はい、ライブハウス……初めてです」
のあ「夕方に駅まで迎えに行くわ。真奈美、美味しいお店でも調べておいて」
真奈美「了解だ」
のあ「昼頃にも、ライブハウスを訪ねてみるとしましょう」
12
6/17(水)
夕方
サッカーショップ・W(ing)
W(ing)
フォーレビル2Fにあるサッカーショップ。笑いの記号Wを現在進行形にしたらサッカーのポジション名になった。
結城晴「下のライブハウス?」
結城晴
近所のクラブチームで練習しているサッカー少女。ウィングではなく、ストライカーらしい。
のあ「ええ」
晴「オレが知ってると思うか?」
のあ「出入りしてるんでしょう?」
晴「そうだけどさぁ。誰から聞いたんだ?」
真奈美「ここのご主人だ」
晴「あー、オッサン、お喋りだもんな」
のあ「お話を聞いてもいいかしら?」
晴「それじゃあ、ここじゃなくてもいいだろ?」
真奈美「移動するのか?」
晴「オレさ、勉強は苦手だし、教えてもらってんだ」
のあ「どこで?」
晴「ライブハウス。防音で静かだし」
真奈美「ほう」
のあ「なら、行きましょうか」
晴「教えてくれる奴が本屋にいるから、呼んでから行こうぜ」
真奈美「どなたかな?」
晴「中学生だよ。来年から同じ中学校だし」
のあ「そう。ところで」
晴「ところで、なんだよ?」
のあ「あなた、サッカーショップの用事は終わったのかしら」
晴「どうせ待たないといけないし。ユニフォーム破いちゃってさー」
のあ「なら、良いわね」
晴「おう。本屋は1階だ」
13
書店・八雲
八雲
フォーレビル1階にある書店。広いフロアを生かした多彩なコーナーがあり、薄暗い一角も。
真奈美「こっちなのか?」
晴「たぶん、この辺だろうな」
のあ「中学生よね?」
晴「なっ!成人向けコーナーにいるわけじゃないぞ!」
のあ「わかってるわ」
白坂小梅「見て……新入荷だよ……」
二宮飛鳥「人非ざる世界への興味は理解できないな。自分の世界が落ちて行ってしまいそうだ」
白坂小梅
晴に勉強を教えている中学生。怪談・伝奇コーナーに出没する。
二宮飛鳥
小梅と同じ中学の2年生。14歳らしく、寂れたライブハウス、多数がいながら他人と遮断された孤独な空間、を気に入ったので出入りしている。
晴「小梅、飛鳥」
小梅「晴ちゃん……こんにちは……」
飛鳥「約束の時は、来ていないよ。いつか来るものを焦って掴もうとしていないかい?」
晴「ちょっと、この二人を連れて来たからさ」
のあ「こんにちは。高峯よ」
真奈美「木場だ」
飛鳥「フム。ボクらに聞きたいことでもあるのかい?」
のあ「……」
晴「ライブハウスのことが聞きたいんだとよ」
小梅「ライブハウス……?」
飛鳥「自習室代わりの場所をか、それとも」
のあ「良いエクステね。学校にも、その恰好で?」
小梅「飛鳥ちゃん……褒められた」
飛鳥「キミの言葉は急だな」
のあ「よく言われるわ」
飛鳥「言葉は受け取っておこう。行こうか、晴」
晴「おう。飛鳥は、理科は得意か?」
飛鳥「万物の起源、興味はあるよ」
小梅「ふふ……お姉さん、気に入られた」
のあ「少しひねくれた……もとい、人と違うこだわりのある子供の扱いは得意よ」
真奈美「実体験か」
のあ「その通りなのだけど。面と言われるのも変な気持ちね」
小梅「じゃあ……私、のことも……わかる?」
のあ「その本は新入荷だけど、新作じゃないわ」
小梅「本当……?」
のあ「ええ。スプラッタホラーの名作よ」
小梅「わぁ……」
のあ「家の秘蔵庫に、初版があるわ」
真奈美「秘蔵庫なんてあるのか?」
のあ「真奈美には教えてないもの。まゆには、もちろん」
真奈美「そうだったな、ただのミステリーマニアなのを忘れていた」
小梅「お姉さんたち……何しに来たの……?」
のあ「何も。話を聞きに来ただけよ」
小梅「……」
のあ「後ろに、何かあるかしら?」
小梅「ねぇ……そっちのお姉さん」
真奈美「私か?私はホラー好きじゃないんだ、苦手でもないが」
小梅「守ってあげて……昔から集中すると周りが見えなくなる子だから……」
真奈美「は?」
のあ「……え」
小梅「晴ちゃん……行っちゃった……」
のあ「え、ええ。行きましょうか」
小梅「私……理科は得意……お姉さんは……?」
のあ「そうね。数学と理科は得意よ」
小梅「良かった……私もテスト勉強、する……先に行ってるね……」
のあ「……」
真奈美「なぁ、のあ」
のあ「なにかしら」
真奈美「あの子、何を聞いて、何を言った?」
のあ「私にはわからない」
真奈美「守護霊の声でも聞いたようだったな」
のあ「人というのは情報の塊よ。だから、幽霊の言葉に思えるような、答えを聞いてしまうこともあるわ」
真奈美「ふむ」
のあ「でも、良い機会じゃない。なぜなら、あそこに死体があるから」
真奈美「……」
のあ「待ちなさい」
小梅「なに……?」
のあ「ライブハウスの入り口に、あの子はいるかしら?」
小梅「……」
真奈美「……」
小梅「いないよ……?」
のあ「そう」
小梅「どう、したの……?」
のあ「何でもないわ。ライブハウスへ行きましょう」
14
ライブハウス・P/FOR/E・ホール
のあ「机なんて、どこから持って来たの?」
晴「事務所の倉庫から」
飛鳥「勉学に励むには静かで良い」
小梅「静かすぎるから……音楽、かける?」
真奈美「ほう。年代物だが、音源は充実していそうだな」
礼「あら、いらっしゃい」
のあ「また、お邪魔してるわ」
礼「涼ちゃんのライブ、見に来たのかしら」
のあ「それもあるわ」
礼「そう……それは良かったわ」
のあ「……」
小梅「これ……流してみる……」
晴「おっ、良い感じだな」
飛鳥「小梅。トマトジュースで良かったかい?」
小梅「うん……好き……」
晴「オレも何か貰おっと、うわっ!」
真奈美「デスメタルだったか。お勉強には不釣り合いだな」
小梅「ごめんなさい……止める……」
のあ「もう一人、いたのね」
真奈美「どこだ?」
のあ「ステージよ」
星輝子「……フヒ」
星輝子
近所の中学生。キノコが描かれたTシャツを着ている。
小梅「あ……輝子ちゃん……」
真奈美「様子がおかしいぞ?」
輝子「ヒィヤッハー!ウェイークアァァップ!」
のあ「……お友達?」
小梅「うん……同じ、中学……」
のあ「最近の中学生は元気ね」
真奈美「それで済ませるのか……?」
飛鳥「物理的な目覚めか、それとも別の意味があるのかな?」
輝子「両方だぁ!ヒャーハッハッハッハァ!」
晴「マイクの音割れが酷い」
小梅「輝子ちゃん……一緒に勉強、する……?」
輝子「……」
のあ「黙った」
輝子「フヒ……する」
真奈美「落差が凄いな……」
輝子「……わっ……人がいたのか……恥ずかしいぞ……」
のあ「恥ずかしがることはないわ。たぶん」
輝子「キノコ、好きなのか……?」
のあ「キノコの話になる理由がわからないけれど、嫌いではないわ」
輝子「フヒヒ……キノコ好きなら……悪い人じゃない」
飛鳥「静かになったことだ。始めるとしようか」
晴「おう」
礼「輝子ちゃん、お水はいるかしら」
輝子「ありがと……」
真奈美「どうして、あんな感じになったんだ」
輝子「ここ……キノコ、生える」
晴「ジメジメしてんもんなー。今は空調効いてるけど」
輝子「トモダチを持ち込んで育ててたら……閉じ込められた」
のあ「無断で入ってたのね……」
輝子「脳天震わす音が聞こえて……ヒャッハァ!」
晴「輝子、うるさい」
輝子「ごめん……ハードなサウンドって良いな……」
のあ「真奈美、どう思う?」
真奈美「別に趣味は人それぞれだ。ただ、ノドは痛めるなよ。この年齢はデリケートだ」
輝子「……わかった」
のあ「篠原さん、いつもこんな感じなのかしら」
礼「いつもではないけど、この子達はよく勉強してるわ」
真奈美「毎日公演があるわけじゃないのか」
礼「最近は土日でもない時もあるくらい」
のあ「そう」
晴「ジュースはサービスしてくれるし、良い所だぞ?」
のあ「音楽を聞きに来たことはあるの?」
晴「オレはないな。涼とか夏樹に歌ってもらったことはあるぜ」
小梅「涼さん……ピアノも上手……」
のあ「松永涼ね。今日のライブにお邪魔しようと思うわ」
真奈美「君達は行くのか?」
晴「門限なんだよな。家族が許してくれなくてさ」
のあ「中学生だものね」
飛鳥「仕方がない。ボクらは庇護なくては生きられない、弱い生き物なんだよ」
小梅「涼さん……とっても上手……あの子も喜んでた……」
のあ「そう、楽しみにしてましょう」
晴「でもさ、ここ壊すんだろ?」
礼「ええ。でも、変わらなければ、行けない時もあるわよね」
飛鳥「安寧の場所が奪われるのは、運命とはいえ悲しいものだね」
小梅「残念……ジメジメしてて、好きだったのに……」
礼「取り壊しまでは、使っていいわ。カギは何人かに預けてあるの」
晴「そっか。じゃあ、使わせてもらうぜ」
のあ「誰が、カギを持ってるの?」
礼「涼ちゃん、李衣菜ちゃん、それと夏樹ちゃんね」
のあ「夏樹とは誰なのかしら?」
輝子「デビュー決まってる……凄くカッコイイ……」
礼「木村夏樹ちゃん」
のあ「木村夏樹、ね」
礼「彼女が出るライブは金曜日よ」
真奈美「最終日じゃないか」
礼「ここから羽ばたく、最後の希望になるのかしら」
飛鳥「失うから未来の尊さに気づくのかもしれないね」
晴「そうかぁ?勝手に期待されるのも困るぜ」
のあ「聞いていいかしら」
小梅「なに……コインロッカーの話……?」
のあ「……あってるわ」
輝子「はっ……トモダチをそこに入れればよかったのか……?」
礼「他のお客様の迷惑だから、やめてね?」
輝子「フヒ……わかってる」
晴「別にライブを見に来るわけじゃないから、使わねぇな」
のあ「質問を変えるわ。変な噂を聞かないかしら」
飛鳥「フム。抽象的過ぎて、わからない」
のあ「例えばだけど」
礼「どうして、私の方を見るのかしら……?」
のあ「このライブハウスの地下に死体が埋まってるとか」
晴「……本気で言ってんのか?」
飛鳥「空想は楽しいものだよ。自由な想像まで汚されたくないだろう?」
輝子「トモダチ……栄養……」
小梅「……」
のあ「あなたはどうかしら?」
小梅「ううん……ここは、もっといい場所……だよ」
のあ「篠原さんは、どう思うかしら?」
礼「え、そんなことあるわけないわ」
真奈美「もちろん、のあが勝手に言ってるだけだ」
礼「そうなら、いいけれど……」
のあ「お邪魔したわね。行きましょう、真奈美」
真奈美「ああ」
のあ「松永涼のステージは見に戻ってくるわ。また、会いましょう」
15
ライブハウス・掲示板前
涼宮星花「あら……?」
涼宮星花
K大学の学生。神妙な面持ちで掲示板を眺めている。
真奈美「おや?」
のあ「涼宮さん、何かごようかしら?」
星花「こんにちは。あら、どこかでお会いしましたか?」
のあ「探偵よ。この前はお世話になったわ」
真奈美「相葉夕美のことを聞きに行った」
星花「まぁ。夕美さん、ご無事で良かったですわね」
のあ「相葉夕美は元気にしてるかしら?」
星花「はい」
のあ「あなたもこのライブハウスに出入りしてるのかしら?」
星花「いいえ。初めてですわ」
のあ「自由に入れるから、入ってみたのね」
星花「はい。興味がありましたの、バイオリンとクラシック以外のサウンドに」
真奈美「それはいいことだ」
星花「隣のダーツ場に来た時に見かけて、今日来た次第ですわ」
のあ「残念なことに、このライブハウスは今週で閉店よ」
星花「残念ですわ。バイオリンがメンバーにいるバンドもあると聞いておりましたのに」
真奈美「募集しているバンドは少なそうだが」
のあ「面白そうね」
星花「探偵さんは、何かを調査しているのですか?」
のあ「違うわ。単純に閉店前の雰囲気が気になっただけ」
真奈美「興味本位だな」
星花「私、興味は大切だと思いますの」
のあ「ええ。人を成長させる大切な因子よ」
真奈美「誰か、来たようだな」
李衣菜「あっ、こんにちは」
星花「こんにちは。お邪魔してますわ」
李衣菜「はい、えっと……こちらこそよろしくお願いいたします?」
のあ「今日も練習かしら?」
李衣菜「はいっ。今日はなつきちがギターを教えてくれるって」
のあ「木村夏樹のことかしら」
李衣菜「うん、カッコいいんだよ。メジャーデビューも決まってるし」
のあ「そう。いつかお会いできるかしら」
李衣菜「待ってれば会えるよ。涼さんのライブも見ていくって」
のあ「私はどっちでもいいのだけれど」
真奈美「私は挨拶していこう」
のあ「わかったわ。多田李衣菜さん、セットしてもらっていいかしら?」
李衣菜「ライブ後でいい?」
のあ「いいわ」
李衣菜「わかった、なつきちに話しておくね」
星花「ライブがあるんですの?」
のあ「もう一つ、お願いしていいかしら?」
李衣菜「なに?」
のあ「彼女、涼宮さんを案内してくれるかしら」
星花「お願いしてもよろしいですか?」
李衣菜「もちろん!ロックに興味があるの?」
星花「はい。素人なのでわからないことだらけですが」
李衣菜「最初はそうだよ、任せて!」
のあ「お願いするわ」
李衣菜「ねぇ、ベースとか興味がない?」
星花「興味はありますわ。深く優しい音は好きですの。お父様が昔少し弾いていたそうで」
李衣菜「私もギターを始めたばっかりなんだ、一緒に練習しようよ」
真奈美「……バイオリニストだと知ったら、びっくりしそうだな」
のあ「いいじゃない、挑戦は涼宮星花が求めていそうでしょう?」
真奈美「確かに。さて、佐久間君を迎えに行くとしようか」
のあ「ええ。真奈美、夕食のお店は調べたかしら?」
真奈美「もちろんだ。つけそばは知ってるか?」
のあ「つけそば?」
真奈美「気に入ると思うぞ、行こうか」
16
卯美田駅・北口ロータリー
卯美田駅
星輪学園の最寄り駅。まゆ行きつけの手芸店は駅前の大型スーパーの中にある。
まゆ「のあさーん」
のあ「まゆ、待たせたかしら」
まゆ「いいえ」
のあ「こちらは?」
まゆ「紹介しますねぇ。蓮実ちゃんです」
長富蓮実「はじめまして。長富蓮実と申します」
長富蓮実
まゆのクラスメイト。古着集めとリメイクに凝っているとか。古き良き感じが漂うカチューシャもお手製。
のあ「はじめまして。まゆのお友達かしら」
蓮実「同じクラスなんです。カッコイイ車が来たので、驚きました。ステキな唄が流れてきそう」
のあ「運転は真奈美がしてくれてるの」
蓮実「ふふっ、運転手さんが手を振ってくれました。まゆちゃん、電車だから帰ります」
まゆ「今度は手芸店に行きましょうね。また、明日」
蓮実「バイバイ、まゆちゃん」
のあ「まゆと仲良くしてあげて」
蓮実「こちらこそ。それでは、失礼いたします」
まゆ「ばいばい……」
のあ「礼儀正しい子ね」
まゆ「そうなんですよぉ。お母さんの影響みたいです」
のあ「それと懐かしい感じがするわね……昭和を生きていたことはないけれど」
まゆ「お裁縫を二人で練習してるんですよぉ」
のあ「怪我には気をつけて。真奈美を待たせてるし、行きましょう」
17
夜
フォーレビルB1F・ダーツ場前
のあ「つけそば……ラーメンではないのね」
まゆ「お蕎麦でしたねぇ」
のあ「蕎麦だけど、ラー油が効いてお肉も多かったわ」
真奈美「ネギや香辛料もふんだんに使った、いわゆるガッツリ系」
まゆ「でも、お蕎麦だからヘルシー?」
のあ「糖質制限が最近の流行りだものね」
真奈美「ちょっとした乙女心に配慮してるのさ」
のあ「気にしすぎな気もするわ」
まゆ「女の子は欲張りなんです」
のあ「まゆも細いくらいね。しっかり食べなさい」
まゆ「のあさんは細いですよねぇ……」
真奈美「私もスタイルに自信がないわけではないが、のあのウェストはびっくりするぞ」
まゆ「そうなんですかぁ?」
真奈美「耳を」
のあ「別に秘密にしなくても」
まゆ「え……ごじゅう、ご?」
真奈美「信じられないが、本当だ」
まゆ「のあさん」
のあ「どうして、両手をあげて近寄ってくるのかしら」
まゆ「えいっ♪」
のあ「お腹に抱き付いても何もでないわよ」
まゆ「……」
のあ「……」
まゆ「なんということでしょう……クビレが凄い……」
のあ「まゆ、人がいるわ」
まゆ「どうしたら、こんなに細く……」
真奈美「理由は聞かない方がいいぞ」
のあ「骨格と体質よ。わかったかしら?」
まゆ「夢も希望もありませんねぇ……」
千奈美「あら、仲良しさんだこと」
のあ「こんばんは。何か、ご用かしら?」
千奈美「ダーツの練習は休憩中。ところで、今日のチケットとか持ってないかしら」
のあ「真奈美、まゆ、私で3枚。一枚は余ってるわね」
千奈美「貰えるかしら」
のあ「いいわよ。持っていても仕方ないもの」
千奈美「ありがと。じゃあね」
のあ「さよなら」
まゆ「どちら様ですかぁ……?」
のあ「私への依頼人よ」
まゆ「コインロッカーの……」
のあ「出入りしているのは本当のようね」
真奈美「そのようだな。自分で調べるという話も」
のあ「気にしても仕方がないわ。彼女の真意もわからない」
真奈美「開演の時間も近いぞ。入るとしよう」
18
ライブハウス・P/FOR/E・コインロッカー前
まゆ「……これがコインロッカーですか?」
のあ「ええ」
まゆ「うーん……学校のカバンが入るくらいの小さいロッカーですねぇ」
のあ「感じていることは同じかしら」
まゆ「思ったより、小さい」
のあ「その通り」
まゆ「勝手にギターが入るくらいの大きさを想像してました」
のあ「でも、明日には開くわ」
まゆ「のあさん、考えがあるんですかぁ?」
のあ「プランはあるわ。それは、真奈美にも話していないけれど」
真奈美「飲み物を頂いてきた。のあはアルコールでも良いんだぞ?」
のあ「思考が鈍る時間が嫌いなの。ありがとう、真奈美」
真奈美「どういたしまして。何か、わかったか?」
まゆ「ううん……その、なんとなくなんですけど」
のあ「言ってみなさい」
まゆ「悪い感じはしないですねぇ……古ぼけてますけど」
のあ「夕方にあった中学生みたいなことを言うのね」
まゆ「ごめんなさい……」
のあ「責めているわけじゃないわ。思い込んでもいいんじゃないかしら」
真奈美「どう思い込むんだ?」
のあ「全て杞憂だった。それでもいいじゃない」
19
ライブ終了後
ライブハウス・P/FOR/E・ホール
まゆ「カッコよかったですねぇ」
のあ「ええ。全部、オリジナル曲なのもいいわね」
まゆ「ボーカルの人、佇まいも歌もカッコよかったです」
のあ「それにしても、もう少し人が入ってもいいのに」
まゆ「本当ですねぇ」
のあ「盛り上がりも、そこまでではないわね。最後なのに」
真奈美「……」
のあ「真奈美、渋い顔してどうしたのかしら」
真奈美「見方が仕事モードになった。良くないな」
のあ「なら、その状態での感想も聞かせて」
まゆ「まゆ……真奈美さんの感想、聞きたいです」
真奈美「売れないだろうな」
のあ「だから、今日でお終いなのでしょう」
まゆ「辛口ですねぇ……」
真奈美「演奏技術は決して下手じゃない。オリジナルであの難易度なら、充分だろう」
のあ「私は詳しくないけれど、そう感じたわ」
まゆ「ボーカルはどうですかぁ?」
真奈美「基礎が出来てる。昨日はピアノを難なく弾いていたし、素養はあるな。発声もちゃんとしたレッスンを受けてる」
まゆ「そうですよねぇ、お上手でした」
のあ「シャウトも出てたわ。バンドの中では、目立った方ね」
真奈美「でも、それだけだ。目立ちはするが、範囲内に収まってる」
まゆ「あの……どういうことですか?」
真奈美「心優しいお嬢さんだ。音楽の先生には向いてるだろう」
のあ「その理由は」
真奈美「メンバーのレベルに合わせてる。この会場の空気にも、だ」
まゆ「……」
真奈美「ありったけをぶつけても私はいいと思うがなぁ。最後なんだから」
木村夏樹「辛辣だな」
木村夏樹
ライブハウスの常連。既に事務所に所属しており、メジャーデビューも決定している。
李衣菜「こんばんは。なつきち、連れてきたよ」
のあ「ありがとう。はじめまして、高峯のあよ」
まゆ「こんばんは、佐久間まゆです」
真奈美「木場だ。デビューが決まってるそうじゃないか」
夏樹「そうなんだよ。えっと……これ」
のあ「名刺はいらないわ。真奈美、貰っておきなさい」
真奈美「ほう、良いレーベルじゃないか」
夏樹「姉さん、音楽関係者?」
真奈美「一応、歌のお仕事だ。私の力が必要なら、レーベルを通して依頼してくれ」
夏樹「へぇ。涼の歌、どうだった?」
真奈美「聞こえてた通りだよ」
夏樹「それさ、本人に言ってくれないか?」
真奈美「仕事モードで聞いてしまって、反省していたところだ。忘れてくれ」
夏樹「そっか」
のあ「あなたが同じ感想を抱いているなら、自分で言いなさい」
夏樹「そういうわけじゃないんだ。たださ……」
のあ「ただ?」
夏樹「なんでもない」
のあ「そう」
夏樹「それで。会いたかったのは、なんでかな?」
のあ「お会いできて光栄よ。話を聞かせてもらっていいかしら?」
李衣菜「インタビュー?」
のあ「記者でも何でもないわ。私は興味本位で動いてるだけよ」
夏樹「いいぜ。長いのは困るけど」
のあ「なら、質問は二つ。最初に、ライブハウスがなくなることについては?」
夏樹「寂しいよ。色んなメンバーと歌ってた場所だし」
まゆ「バンドを作ってたんですかぁ?」
夏樹「いいや。ボーカルかギターとして、参加してたんだよ」
真奈美「デビューは、個人としてか」
夏樹「ああ。まぁ、今まで通りって感じかな」
のあ「どういう感じ、かしら」
夏樹「アタシは色んな人がそれぞれに関わった歌に乗せるんだ」
のあ「楽曲を提供されるアーティスト、ということかしら」
夏樹「そういうこと」
真奈美「いい方向に働いたな」
夏樹「ありがとよ。だから、金曜日は全力で歌うよ」
李衣菜「そうだ!なつきち、チケット余ってる?」
夏樹「さっき、だりーの連れに渡したから……ちょっと、待ってろ」
のあ「連れ?」
李衣菜「星花さん。一緒に練習することにしたんだ」
のあ「バイオリニストであることは聞いたか?」
李衣菜「うん。でも、新しい楽器にチャレンジしたいって!」
夏樹「音楽の基礎から教えてもらうといいぞ。あ、2枚しかないな」
まゆ「まゆは、遠慮しますねぇ。のあさん、真奈美さん、どうぞ」
真奈美「どうする?」
のあ「いただいておきましょう。ライブハウスについては、わかったわ」
夏樹「もうひとつは?」
のあ「この場所に、忘れ物をしてないかしら?」
夏樹「忘れ物?なんだい、それは?」
のあ「取り壊しになるんでしょう。心残りはないかしら?」
夏樹「ない」
まゆ「まぁ……」
夏樹「大切なものは、全部もらった。アタシが持ってる」
のあ「そう。だから、巣立っていいのね」
夏樹「ああ」
まゆ「えっと、それじゃあ……」
夏樹「なんだい?」
まゆ「最後のライブは、何のために歌うんですかぁ?」
夏樹「うーん、深くは考えてないけどさ、感謝とか?」
真奈美「ふむ」
のあ「そう。期待してるわ」
夏樹「ありがとよ」
のあ「多田李衣菜、会わせてくれてありがとう」
李衣菜「どういたしまして!」
のあ「あなたも、いつかどこかでステージに立てるといいわね」
李衣菜「え?」
夏樹「なんで、そこを疑問に思うんだよ。だりー、良いもの、持ってると思うぜ」
李衣菜「そ、そうかな?なら、目指しちゃおうかな」
真奈美「目標はあるべきだ」
のあ「そうね。真奈美、まゆ、帰りましょうか」
まゆ「はぁい。失礼しますねぇ」
のあ「その前に、篠原礼はいたかしら?」
李衣菜「礼さん?バーカウンターにいると思うけど、どうしたの?」
のあ「野暮用よ。また、会いましょう」
20
高峯探偵事務所
まゆ「のあさん」
のあ「まゆ、どうしたの?」
まゆ「明日もライブハウスに行くんですよね?」
のあ「ええ。午前中にコインロッカーを開けるわ」
まゆ「何も出ないといいですけれど……」
のあ「私もそう祈っているわ」
まゆ「のあさん、気をつけてくださいね」
のあ「わかってるわ」
まゆ「まゆ、ここも好きだから……」
のあ「……もちろんよ。もう、遅いわ」
まゆ「はい。おやすみなさい、のあさん」
のあ「おやすみ、まゆ」
21
6/18(木)
ライブハウス・P/FOR/E・コインロッカー前
のあ「やっぱり、いるのね」
千奈美「さっきまでダーツ場にいたら、あなた達がライブハウスを開けるのが見えたから来たの」
真奈美「生活リズムは大丈夫なのか?」
千奈美「大丈夫よ。心配いらないわ」
礼「待たせたわね。あら、小室さん」
千奈美「おはよう。コーヒー、貰っていい?」
礼「いいけれど、徹夜は良くないわよ」
千奈美「気にしておくわ。勝手に貰うから、気にしないで」
のあ「興味があるのかしら」
真奈美「さぁ、な」
礼「ふぅ……開けましょうか」
のあ「はじめましょうか」
真奈美「最初は、ここにするか」
礼「そうね……」
のあ「カギを」
礼「え?」
のあ「真奈美やるわよ。手袋をちょうだい」
真奈美「ほら。マスクはいるか?」
のあ「毒ガスまでは入っていないでしょう。そもそも気密性はないじゃない」
真奈美「そうだな」
礼「あら……やってくれるの?」
のあ「そのつもりだけれど。久美子に指導を受けてるから、安心して」
礼「なら、お任せしようかしら」
のあ「任せておきなさい」
真奈美「よし、始めるとしよう」
22
ライブハウス・P/FOR/E・コインロッカー前
のあ「一つ目は43番」
真奈美「入ってたのは上着とビニール袋」
のあ「買い物してから来たのかしら」
真奈美「袋にはレシートが入ってた。3年前の10月か」
のあ「他には」
礼「……」
真奈美「無地のシャツと靴下だ」
礼「ほっ……」
のあ「ネットによると、この日は暖かったようね」
礼「忘れたのかしら」
真奈美「そうみたいだな」
のあ「上着には個人を特定できるものはなし」
真奈美「ライブ中にすっぱり忘れたな、これは」
のあ「上着も安物ね」
真奈美「面倒だから、取りに来なかっただけか」
のあ「カギを無くして、言い出せなかったのかもしれないわね」
真奈美「とりあえず、これは」
礼「処分でいいわ」
のあ「それでいいでしょう。次に行きましょう」
真奈美「了解。ここを開けるぞ」
のあ「どうぞ。14番ね」
真奈美「おや」
礼「ひっ……髪の毛……」
のあ「怖がりなのに、自分の目で確認するのね」
真奈美「ウィッグ、というかカツラだ。本物じゃない」
礼「そう……それは良かった」
のあ「カツラは預かるわ。他には」
真奈美「紙袋だな。中身は服か」
のあ「貸してちょうだい」
真奈美「ほら。随分と派手だな」
のあ「コスプレかしらね」
真奈美「かもな。おっと、奥に小さな箱が一つ」
のあ「開けてみなさい」
真奈美「空だ」
のあ「箱も、ただのダンボール箱ね。印刷などもないわ」
真奈美「ここに入ってるのは以上かな」
礼「どうして、置いて行くのかしら?」
真奈美「処分に困ったから、でもなさそうだな」
のあ「思い入れがあって捨てられなかったのかしら」
真奈美「それだとダンボールの意味がわからないな」
礼「いずれにせよ、迷惑なだけね……」
のあ「持ち主を特定してもいいけれど」
礼「手間がかかるだけね。今日まとめて処分しましょう」
真奈美「では」
のあ「最後の一つ、開けるとしましょうか」
千奈美「……」
23
ライブハウス・P/FOR/E・コインロッカー前
のあ「番号は10番」
真奈美「開けるぞ」
のあ「どうぞ」
真奈美「……」
礼「何か、入ってた……?」
真奈美「まずは、これだ」
のあ「ウサちゃんのぬいぐるみ」
真奈美「遊園地で売ってるな」
のあ「私も子供の頃に持っていたわ。他には」
真奈美「紐が結ばれた袋が一つ。のあ」
のあ「何かしら」
真奈美「見覚えはあるか?」
のあ「貸して」
真奈美「それなりに重さがある。持ち上げない方が良い」
のあ「見覚えがあるわね。袋から出して」
真奈美「ああ」
礼「ねぇ……それって」
のあ「ええ、見ればわかるわね。こんな形の壺はこの用途以外には使わないわ」
真奈美「だろうな。開けるぞ」
のあ「骨壺。中身も入ってるわ。大きさを見るに子供かペットのどちらかでしょうね」
礼「……」
のあ「祟りが起こったりしないわ」
礼「冷静ね……私はちょっと……」
真奈美「私も同感だ」
のあ「少なくとも、真っ当な葬儀を受けてるわ」
真奈美「なぜ、ここで見つかるかはともかくとして、だ」
礼「どうしましょう……警察に連絡した方がいいわよね……?」
真奈美「どうする、のあ」
のあ「私はそれには賛成しないわ」
礼「なぜかしら」
のあ「今なら、騒ぎにしなくて済むわ」
真奈美「知ってるのは私達だけだ」
のあ「小室千奈美はお休みのようだし」
千奈美「……すぅ」
礼「いつの間に……」
のあ「せめて、明日が終わるまでは黙っていてもいいと思うわ」
礼「そうね……別に心霊現象が起こったこともないもの」
真奈美「災いは起きまい」
礼「警察を呼ぶのは土曜日以降でもいいわね」
のあ「だけど、一つ細工がいるわ」
礼「細工?」
のあ「これは仮定よ。もし、犯人がまだここに出入りしているのなら」
真奈美「開けたのに騒ぎにならないのは不自然だな」
のあ「ええ」
礼「待って。出入りしている誰かを疑ってるの?」
のあ「これも仮定よ。これが本当に人骨だとしたら」
礼「怖いこと言わないで……」
のあ「このロッカーが簡単には誰かに開けられないことを知っている」
真奈美「知っていて、目につく場所だ」
のあ「開けられないことを確認してる」
礼「……つまり」
のあ「関係者が犯人であるなら、隠すべきね」
真奈美「単にペットの遺骨を遺棄した可能性も捨てきれないが」
のあ「ペットならどこに処分しても、大きな罪にはならないでしょう」
真奈美「それに、きちんと火葬している」
のあ「それにも関わらず、ここに遺棄するとも考えられない」
真奈美「ああ」
のあ「篠原礼、少し協力して」
礼「ええ……少なくとも怖がるものじゃないのはわかったわ」
のあ「シナリオは簡単よ。マスターキーは真奈美のポケットに」
真奈美「この通り、私のポケットの中に紛失した。開けられたくても開けられなかった」
礼「後日、鍵屋さんを呼ぶことにした、でいいかしら」
のあ「それでいいわ。お願い」
真奈美「さて、入れなおすか」
のあ「その前に、写真だけ撮っておいて」
千奈美「それだと、失敗しない?」
のあ「起きたのね」
千奈美「だって、犯人がカギを持ってるんでしょ?」
のあ「その通りね」
千奈美「気づかれたら、どこかに隠すと思うのだけど?」
のあ「このタイミングで気づかれたいのかもしれないわ」
千奈美「は?」
のあ「あなたの心配も一理あるわ。その可能性を更に減らすとしましょう」
24
午後
ライブハウス・P/FOR/E・コインロッカー前
涼「なんだ、こりゃ」
千奈美「どこをどう見ても、ビデオカメラよ」
涼「千奈美サン、それはわかるけどさ」
千奈美「物好きが撮ってるのよ。ここって、今日明日で最後じゃない?」
涼「安っぽいドキュメンタリーでも作る気か?」
千奈美「もしかしたら、感涙ものに仕上がるかもしれないわよ?」
涼「ただでさえ湿っぽいライブハウスなのに、涙なんか似合わないだろ」
千奈美「そういえば、ラストライブだったわね。泣かなかった?」
涼「当たり前だろ。それで、カメラを設置してる物好きって誰だ?」
のあ「私よ」
千奈美「ちゃんと、オーナーには許可は取ってるのよね」
のあ「もちろんよ。こんにちは、松永涼」
涼「ああ。今日もいるのか、暇なのか?」
のあ「資産は幾らでもあるわ。暇なのよ」
千奈美「……」
涼「金持ちは性格が悪いな。アタシに言う権利なんかないけどよ」
のあ「どういたしまして。そういうわけで、カメラを設置させてもらってるわ」
千奈美「ふわぁ、やっぱり家でちゃんと寝るわ」
のあ「お手伝いありがとう。お休み」
千奈美「お休み。涼もまたね」
涼「ああ。お休み」
のあ「あなたは、今日は何をしに来たのかしら?」
涼「ピアノの練習だよ。バンドは昨日でキレイサッパリ終わりだ」
のあ「そう」
礼「涼ちゃん、こんにちは。千奈美ちゃんは」
涼「帰ったぜ。徹夜でもしてたのか?」
礼「その通りよ。涼ちゃんは健康に気をつけて」
涼「千奈美サンは相変わらずだな」
のあ「いつもあんな態度と生活なのかしら」
涼「いつも自分で決めて、思う通りに動いてる感じはする」
のあ「いいことなのかしら」
涼「さぁ。礼サン、気になったんだが」
礼「どうしたのかしら?」
涼「コインロッカー、どうして一つだけ開けてないんだ?」
25
夜
高峯探偵事務所
のあ「真奈美、準備は出来たかしら」
真奈美「出来たぞ」
まゆ「お茶が入りましたよぉ」
のあ「ありがとう」
まゆ「あらぁ、みくちゃんの映像でも見るんですかぁ?」
のあ「違うわ」
真奈美「珍しいこともあるもんだな」
のあ「私だって、四六時中見てるわけじゃないのよ」
まゆ「それならぁ……なんでしょう、のあさんが見てるのは、刑事ドラマとか?」
真奈美「見るのか?」
のあ「小説は読むけれど、ドラマは見ないわね」
まゆ「のあさん、テレビもほとんど見ませんもんねぇ」
真奈美「映像媒体を見ることはあるのか?」
のあ「よく考えると、ないわね」
真奈美「そんなのあだが、今日は仕事だ」
まゆ「そうなんですねぇ。何を見るんですかぁ?」
のあ「カメラの映像よ。真奈美、再生してちょうだい」
真奈美「ああ。流すぞ」
まゆ「昨日の行ったライブハウスの映像ですねぇ」
のあ「その通り」
まゆ「コインロッカー、ですね。何かありましたかぁ?」
のあ「まゆには言ってなかったわね」
真奈美「見つかったんだ」
まゆ「白骨ですか……?」
のあ「ええ。と言っても」
真奈美「火葬されて、骨壺に収められていた」
のあ「猟奇的ではなかった」
まゆ「でも、言った通りになりましたねぇ……」
真奈美「残念なことにな」
まゆ「警察には連絡したんですか?」
のあ「今はしていないわ。明日までは何もなかったことにするわ」
真奈美「カメラは犯人が持ち出さないようにする防止策だ」
のあ「更に、犯人が誰かを推測するためのもの」
まゆ「ふむ……」
のあ「とは言え、答えはほぼ出ているようなものだけど」
真奈美「それを確認するとしよう」
26
高峯探偵事務所
のあ「映像は今日のライブ客を入れる時まで」
真奈美「そもそも関係者は裏口から入る」
のあ「だから、映っている人物はほとんどいないわね」
真奈美「篠原礼、小室千奈美」
まゆ「昨日のボーカルさんが映ってました」
のあ「松永涼」
真奈美「後は、出入りしている中学生くらいか」
のあ「星輝子と白坂小梅が入って行ったわね」
まゆ「コインロッカーに近づいた人もほとんどいませんねぇ」
のあ「カメラに近づいた人はいるけれど」
真奈美「おや、涼宮星花じゃないか」
のあ「もうベースを持ってるわね」
真奈美「借りものだろうか」
のあ「行動が早いのはいいことよ」
真奈美「他にもカメラに興味を示した人物はいるが」
まゆ「コインロッカーの方を気にした人はいませんねぇ」
のあ「そういうこと。つまり、犯人は絞られる。真奈美、巻き戻して」
真奈美「了解だ」
のあ「コインロッカーについて、聞いたのは彼女だけよ」
まゆ「入ってきた、この人ですか?」
のあ「名前は松永涼」
真奈美「こう映像を見ると、あれだな」
のあ「カメラより先にコインロッカーの方を見てるのね」
真奈美「そして、カメラに気が付いた」
のあ「小室千奈美はこの時点でホールから出てきた」
真奈美「のあも来たな」
のあ「コインロッカーのことも気にかけてたわ」
真奈美「納得していたか?」
のあ「それはわからない。だけど、何かをしようとしてるわけではないわね」
真奈美「出ていく姿も捉えられているが、見てすらいないな」
まゆ「見つけられたい、のでしょうか……?」
のあ「可能性はあるわ」
真奈美「見つかることは想定済みなんだろう」
のあ「問題は、彼女どこまで考えてるのかしら」
真奈美「自分が犯人だとわかることまで想定してるのか」
のあ「それはわからないわね」
真奈美「放置した理由も、それが見つけさせる理由もわからない」
のあ「そもそも、どこからこの骨が出て来たかもわからない」
まゆ「本当に事件性があるのでしょうか……?」
のあ「調べてみましょうか」
真奈美「どうやって?」
のあ「ヒントは三つ」
まゆ「みっつ?」
のあ「一つは、骨と骨壺」
真奈美「二つ目は?」
のあ「ウサちゃんのぬいぐるみ」
真奈美「最後は」
のあ「松永涼本人」
真奈美「解決できるか?」
のあ「真実には近づけるわ」
真奈美「松永涼に聞き出すのも手だと思うが」
のあ「何もなしに、話すと思うかしら」
まゆ「うーん……思えませんねぇ」
真奈美「時間もそれなりに経過してる。意固地になるには十分だろう」
のあ「話してもらう材料を集めましょう」
真奈美「ああ」
のあ「なら、すぐに動くとしましょう」
まゆ「どこに電話をかけてるんですかぁ?」
のあ「社長よ、葬儀会社の」
まゆ「葬儀会社?」
真奈美「箱舟社か?」
のあ「こんばんは。大丈夫よ、いきなり罷免したりしないわ」
真奈美「箱舟社はのあが筆頭株主だ。社名ものあが決めた」
のあ「紹介してちょうだい。ええ、明日の朝イチで」
まゆ「へぇ……」
のあ「こちらから行くわ。よろしく」
真奈美「誰に会わせてもらうんだ?」
のあ「火葬場の職員よ。真奈美、朝は起こしてちょうだい」
真奈美「自分で起きればいいじゃないか」
まゆ「のあさん、まゆが起こしてあげますねぇ」
のあ「ありがとう、まゆ」
真奈美「まったく。佐久間君も、のあを甘やかさない方がいいぞ」
27
6/19(金)
清路市斎場・ロビー
真奈美「確かに信頼する肩書はないが、締め出されるほどか?でもなぁ……」
のあ「真奈美。待たせたわね」
真奈美「のあ、欲しい情報は得られたか?」
のあ「ええ。お役所仕事はこういう時に便利よ」
真奈美「あったか?」
のあ「まずは骨壺とその袋。これね」
真奈美「コインロッカーから出てきたのと同じだ」
のあ「購入に関しては、書類管理。真奈美、これを」
真奈美「書類の写真と、PC画面だな」
のあ「定期的に購入しているわ」
真奈美「改竄されてるわけでもないが」
のあ「廃棄しているものが期末に発生してる」
真奈美「廃棄数と廃棄依頼を比べると、おかしいな」
のあ「数個拝借しているわね」
真奈美「高価で売れるものでもないよな」
のあ「私的に拝借している。出所はここでしょうね」
真奈美「何時、誰が拝借したかはわかったのか」
のあ「今年の3月頃に、ベテラン職員が行ったようね」
真奈美「ふむ。なら、火葬もセットだ」
のあ「勘が良いわね。同時期よ」
真奈美「同じ職員か」
のあ「正確にはその職員と何人か。古臭い管理法のままだし、簡単でしょうね」
真奈美「だろうな」
のあ「火葬したのは、3歳から5歳程度の少女だったようね。既に遺体だったそうよ」
真奈美「名前は」
のあ「わからない。職員は誰も知らなかった」
真奈美「遺体を持って来た人物が言わなかった」
のあ「その誰かを追及してもいないようだし」
真奈美「遺体か。状況は?」
のあ「外傷はなかった、おそらく病死。気になる意見は一つ」
真奈美「なんだ?」
のあ「見かけよりも年齢が高いかも、と」
真奈美「栄養失調……ネグレクトか」
のあ「いずれにせよ、秘密裏にしたかったのは確かなようね」
真奈美「問題は、誰が遺体を運んできたか」
のあ「そもそも顔見知りだったようね。彼女のお父様、市では有名人のようだから」
真奈美「ほう」
のあ「名前は松永涼」
真奈美「裏付けは取れたか」
のあ「父親は市議会議員になってるようね、今は」
真奈美「斎場とつながる関係は」
のあ「冠婚葬祭に関わる事業をやってるのよ。地道な事業で人々の信頼を得て来た」
真奈美「葬儀会社もあるのか」
のあ「葬儀会社も仏具メーカーもあるみたいね。そのご息女だから、小さい頃から知っていたわ」
真奈美「ふむ。顔馴染みの少女の頼みは断れない」
のあ「ましてや、事件性がありそうともなれば」
真奈美「松永涼と骨壺の関係はわかった。なら、遺体は何者だ?」
のあ「不明ね。でも、協力者の彼らが言うには」
真奈美「何を言ってたんだ?」
のあ「涼ちゃんは優しい子だから、ほっとけなかったんだよ、だそうよ」
真奈美「幼い頃から知っていれば、そう悪くは言わないだろうよ。ましてや、由緒あるご息女なら」
のあ「だから、探しに行きましょうか」
真奈美「遺体が誰か、だな」
のあ「そういうこと。ところで、真奈美」
真奈美「なんだ、忘れ物か?」
のあ「真奈美なら、適当な役職を用意するけれど」
真奈美「聞いてたか。だが、お断りするよ」
のあ「音楽関係の会社くらい立ち上げられるわよ」
真奈美「フリーランスの方が何かと便利だ。それにな」
のあ「なら、いいけれど」
真奈美「高峯のあの助手は簡単になれないからな、それで充分さ」
のあ「……そう」
真奈美「さ、行くとしよう。次はどこだ?」
のあ「児童相談所」
28
住宅街・某所
真奈美「のあ、そっちはどうだ?」
のあ「ここは当たりかしらね。放置児童の相談は2月頃にめっきりなくなっている」
真奈美「私も、だ。児童相談所へ通報したのは一部だが、目撃者はいる」
のあ「残念ながら、公的機関は見つけられなかったようね」
真奈美「そのようだ。だが、町内会のウワサ好きは何でも知ってるものだ」
のあ「私にも教えてちょうだい」
真奈美「おそらくだが、無戸籍だ。公的機関が見つけるには難しいな」
のあ「ふむ。探すべき人が探さなければ、見つからないわけね」
真奈美「そのようだ」
のあ「でも、不思議ね」
真奈美「気になることでもあるのか?」
のあ「松永涼の生活圏じゃないわよね。学校の近くでもない」
真奈美「松永涼が行きそうな所といえば」
のあ「音楽関係は、この辺りになさそうね」
真奈美「ただの住宅街、散歩かランニングコースなのかもしれない」
のあ「いずれにせよ、松永涼はここにいた」
真奈美「そうだな」
のあ「少女が住んでいたであろう住所はわかってるの」
真奈美「仕事が早いな」
のあ「いたかどうか、確認するとしましょう」
真奈美「さて、口は割るかな?」
のあ「言わせる方法なんて、いくらでもあるわ」
真奈美「頼もしいことだ」
のあ「真奈美、一つ仕事をお願いするわ」
真奈美「なんだ?」
のあ「松永涼がいたバンドメンバーと話がしたいわ。探してちょうだい」
29
夕方
ライブハウス・P/FOR/E・入口前
飛鳥「おや、奇遇だね」
小梅「あ……こんばんは……」
飛鳥「奇遇ではない、か。何者かの意思がそうさせた」
のあ「その意思は私のものね」
真奈美「準備が始まって、追い出されたか?」
小梅「うん……」
飛鳥「本来の目的以外だったのは、ボクらだからね」
小梅「お姉さんは……何しに来たの……?」
のあ「今日もお客さんよ」
飛鳥「終わりの時、それは輝かしいものか、興味はあるね」
のあ「松永さんはいたかしら?」
小梅「うん……涼さん……今日はアルバイト……」
のあ「そう、ありがとう」
真奈美「どうする?」
のあ「どうもしないわ。白坂小梅、あなたにもう一つ聞きたいのだけど」
小梅「……なに?」
のあ「コインロッカーに、本当に何もいないのかしら」
飛鳥「いるとは物騒だね」
小梅「……」
のあ「答えてちょうだい」
小梅「いないよ……」
のあ「そう。あなたの霊感もあてにならないわね」
小梅「ねぇ……お姉さん」
のあ「変なこと、聞いたわね」
小梅「お墓があっても……そこにいるとは限らないよ……」
飛鳥「古めかしいフレーズだね」
のあ「なら、あの男の子はどこにいるのかしら」
小梅「男の子じゃない……女の子」
のあ「あなた、知ってたの?」
小梅「えっと……小梅、なんのことだか、わかんなぁい……きゃはっ……」
真奈美「誤魔化すのは下手だな……」
飛鳥「さっきから、何の話をしてるんだい?」
のあ「見えないことの話よ。私はもう知っているから、誰かにしか見えない幻を信じる必要はない」
小梅「……」
のあ「白坂小梅。私は事実を突きつけて大丈夫なのかしら」
小梅「あの子は……もうどこにもいないよ……」
のあ「そう」
小梅「でも……そっちは……わからない」
のあ「話してない、から?」
小梅「うん……聞けない……」
飛鳥「人の心を読め、あまつさえ操ろうとするのなら、それは悪魔の所業だよ」
小梅「聞いて、欲しいことがあるの……」
のあ「ええ」
小梅「どうして……歌うの辞めちゃうの……かな」
真奈美「……」
飛鳥「踏み入る権利なんて、ボクらにあるのだろうか」
小梅「あの子も……歌ってくれて、ありがとう……だって」
のあ「ええ。引き留めてしまったわね、ごめんなさい」
小梅「ううん……ばいばい」
30
ライブ終了後
ライブハウス・P/FOR/E・ホール
涼「もう閉店だよ。本当に本当の閉店だ」
のあ「こんばんは、松永涼」
涼「掃除を終わりにしないと行けないんだ」
のあ「打ち上げとかしないのかしら」
涼「ない。終わりは、夏樹が言ってくれた通りだ」
真奈美「感謝も思い出も全て持ったなら」
涼「走り出せ。夏樹にはそれが出来るさ」
真奈美「ああ。力強かった。盛り上がりも良かった」
涼「スタートラインがなくなっても、走り出した事実は変わらない」
のあ「ええ」
涼「だから、もういいんだ」
真奈美「やり残したことはないか?」
涼「いくらでも。でも、ここじゃなくてもバンドでなくてもいいだろ?」
のあ「その通り。場所を変えるのは、有効な方法よ」
涼「世の中、やることはいくらでもある」
真奈美「……」
涼「さ、帰った帰った」
のあ「松永涼」
涼「なんだい?用事でもあるのか?」
のあ「話をする時間はあるかしら」
涼「誰にだ?オーナーなら、いまならいるけど」
のあ「名刺を」
涼「高峯探偵事務所、探偵だったのか?」
のあ「ええ」
涼「その探偵が何の話だ?」
のあ「コインロッカーに白骨が入っていたわ」
涼「……」
のあ「お話を聞かせてもらっていいかしら」
涼「……場所は変えてくれ」
のあ「真奈美、近くにどこかないかしら」
真奈美「隣でいいか。個室があるはずだ」
のあ「いいかしら」
涼「……ああ。少しだけ待っててくれ」
のあ「入口で待ってるわ。ゆっくり来なさい」
涼「……」
31
フォーレビルB1F・ダーツ場前
真奈美「のあ」
のあ「準備は出来たかしら」
真奈美「個室の準備はしてもらった。松永涼は?」
のあ「来ていないけれど」
真奈美「逃げた、のか?」
のあ「それでもいいかもしれないわね」
真奈美「事実はわかってる」
のあ「私達は警察じゃないもの」
真奈美「穏便に済ませることも出来るな」
のあ「もし来ないなら、ライブハウスがしたいようにするでしょう」
真奈美「ああ」
のあ「だけど」
真奈美「のあの予想通りか」
涼「……待ったか」
のあ「いいえ。ごちそうするわ、行きましょう」
32
ダーツ場・フィデラークラブ・個室
周子「ご注文はお揃いですかー?」
のあ「ええ。約束通りに」
周子「それじゃあ、ごゆっくりー」
涼「個室なんてあるんだな。初めて知った」
のあ「隣でも知らないのね」
涼「ダーツ、続けていいか」
のあ「ご自由に」
涼「ありがとよっ、と」
のあ「お見事」
真奈美「経験はあるのか?」
涼「少しだけさ。さっきのは、偶然だ」
のあ「そう」
涼「……聞きたいことがあるんじゃないのか」
真奈美「人払いもした。外に会話が漏れることもないだろう」
のあ「話してくれるかしら」
涼「何を知ってる?」
のあ「あなたのことは知らないわ」
涼「そうだろうな」
のあ「だから、知っていることから話しましょう」
涼「……コインロッカー、開いたのか?」
真奈美「マスターキーで開けた。この通り、私が預かっている」
のあ「紛失したのは、嘘。あなただけが、そのことを気にしていた」
涼「なんだ、まんまと罠に引っかかったのか」
のあ「そういうこと。あとは、残された物とあなたから追っていった」
涼「……そっか。なら、ウサちゃんのことも」
真奈美「知っている」
涼「火葬場を借りて、口止めしてもらったことも」
のあ「知ってるわ」
涼「……それが、誰かもか」
のあ「ええ」
涼「……」
のあ「死因はおそらくは病死。あなたが殺害したという話ではなさそうね」
涼「そうだ。アタシは何も出来なかった」
真奈美「コインロッカーに放置したのは、君か」
涼「ああ……」
真奈美「隠すだけならいいが」
のあ「見つかるまで放置していたのは、なぜかしら」
涼「さぁ、なんでだろうな」
のあ「さぁ?」
涼「自分でもわからない。隠したのは見つからないため、あそこなら掃除もしないだろうから」
真奈美「今は違うということか」
涼「止める気もなかった。見つかるなら、それでいい」
のあ「……」
涼「正直な話さ、アタシが置いたなんて、もうわからないと思ってた」
真奈美「だが、見つけられた」
のあ「私が見つけたのは事実だけれど、違う点がある」
真奈美「何が、だ?」
のあ「隠蔽するならば、いくらでもできたわ」
真奈美「確かに」
のあ「ご丁寧にぬいぐるみまで添えて、入れておく必要はないの」
涼「……」
のあ「門外漢だから、ただの感想だと思ってちょうだい。あなたの弱点は」
涼「弱点か」
のあ「情に流されやすいこと」
涼「……そこのお姉さんも同意見か?」
真奈美「ほとんどな。君は自分を出すよりも周囲の和を優先するタイプだ」
のあ「育ちの良さを隠しきれないわね。ピアノは昔からやっていた習い事の一つね」
涼「そこは、知ってるのか」
のあ「あなたは割り切らない。死体を誰にもわからないように処理するようにもしなかった」
涼「……」
のあ「誰かが決断を迫るその時まで、あなたは人の善性を切り捨てられない」
涼「今が、そうだっていうのか」
のあ「真奈美、彼女のバンドはどうだったかしら?」
真奈美「言っていいのか」
のあ「調和を意識するあまり、あなたの可能性は潰れている」
涼「……そんなこと」
のあ「わかってるなら、あなたは残酷ね」
涼「……」
のあ「自分は生き残る術を知っていた。でも、共に消えゆくことを選んだ」
涼「そう……見えるか」
のあ「私にはわからないけれど、そう見えていた人もいたわ」
真奈美「……」
のあ「本題に入りましょうか、松永涼」
涼「……ああ」
のあ「あなたは死体を受け取ったの?」
33
ダーツ場・フィデラークラブ・個室
涼「へ……?」
のあ「死体の処理を頼まれた、のでしょう」
涼「違う!アタシがやったのは」
のあ「あら、母親との話が違うわね。私が聞いた話だと、死体の処理を頼んだと」
涼「違う。どうして、そんな話になってる。育児放棄されてて、痩せてた」
のあ「無戸籍児だった。誰にも相談できず、一人で育てていた」
真奈美「しかし、病死してしまった」
のあ「その遺体の処理をあなたに頼んだ、とのことよ」
涼「本当に言ったのか」
のあ「ええ。本当に言っていたわ」
涼「いいや、違う。アタシがやったのは、誘拐だ。アンタらは、まだアタシから何かを聞き出そうとしてる」
のあ「本当に言ってたわよ」
真奈美「言っていたのは事実だ」
のあ「母親の話が事実とは限らないわ」
真奈美「答えを言えば、母親の話が現実と一致してない」
のあ「あなたが言っていることが本当でしょうね」
涼「意味がわからない。なんで、だ?」
真奈美「どうして、君を庇うような話をするのか」
のあ「あなたのお人好しさが、届いたみたいね」
涼「……まさか」
のあ「母親に負い目はあった」
真奈美「望まない妊娠で授かった子供とはいえ」
のあ「誰にも相談できずに、無戸籍児となってしまっていても」
真奈美「時に向かえない日があったとしても、育児放棄までは行っていない」
のあ「金銭的にも厳しかったようね」
真奈美「おそらく、成長の遅さは病気のせいだ。医療機関の診察を受けていれば、良かったんだが」
のあ「完璧な母親なんていないわ」
真奈美「外に一人でいたことが多いのも、事実ではある」
のあ「褒められた母親ではないかもしれない。それでも、あろうとしていた」
涼「……」
のあ「そんな時に、あなたの誘拐で肩の荷が降りたのも事実よ」
真奈美「積極的に探してはいないんだ」
のあ「もし、どこかで生きているのならそれでもいいと」
涼「現実は……違う」
のあ「その通り。死体が火葬された状態で発見されたと伝えたわ」
真奈美「結果、母親から出てきた話は、のあが言った通りだ」
涼「……」
のあ「面識はないわね?」
涼「ああ。だから、アタシを庇うなんてバカな話だ」
のあ「ぬいぐるみ、あの子が持ってたのかしら」
涼「そうだよ。持ってる、数少ないオモチャだった」
真奈美「その通り」
涼「結局さ……アタシもその母親と同じだ。誰かに泣きつけばよかった」
のあ「……」
涼「秘密とか、プライドとか、世間体とかさ、あの子の命には変えられないのに」
のあ「話して」
涼「でも、そんなちっぽけなことが怖くて……殺してしまった」
真奈美「殺してはいない」
涼「同じようなもんだろ!アタシは、利用したんだ」
のあ「利用、何のために」
涼「歌手になることを諦めたら、アタシは何も持ってない」
のあ「欲しかったのね、理由が」
涼「使命が欲しかった。諦めることに向き合いたくなかった」
のあ「歌から逃げて、子供を助けたという実感が欲しかったのね」
涼「そうだよ……理由なんて、それしかないんだよ」
真奈美「……」
涼「結局、助けられなかった。母親も一方的に悪者にしてさ」
のあ「そうやって、救いを求めていくのかしら」
涼「……そうだよ。教師なんて、救世主気取りには最適だろ」
のあ「……そう」
涼「こんなアタシでも、未来を生きて行かないといけないんだ」
のあ「……」
涼「それの、何が悪いんだ……」
34
ダーツ場・フィデラークラブ・個室
のあ「……」
涼「なんだよ、何か言えよ」
のあ「整理するわ。あなたが行ったことは」
真奈美「小児誘拐。誘拐の被害者は病死してしまった」
のあ「あなたは死体を火葬し、骨をコインロッカーに遺棄した」
真奈美「これで、全てだな」
涼「そうだよ。動機もさっき言った通りだ。アタシを埋める使命感が欲しかった」
のあ「真奈美」
真奈美「どうした、のあ」
のあ「この事件のきっかけは何かしら?」
真奈美「彼女が、歌を諦めたからだ」
涼「……そうかもな」
のあ「諦めた理由の一つは、ライブハウスの閉店だった」
涼「……」
のあ「松永涼」
涼「なんだよ……」
のあ「あなた、勘違いしてるわ」
涼「何を、だ」
のあ「根源が間違ってるのよ。あなたの勘違いは二つ」
真奈美「一つは、バンドだ」
涼「バンドが……どうかしたのか」
真奈美「初見の私がわかるくらいだ。メンバーがわからないはずがない」
のあ「木村夏樹という成功例がいたのに、あなたの優しさが口を塞いでいた」
真奈美「メンバーの君への希望は一つだ」
のあ「こんなバンドなど捨てて、歌い続けて欲しい」
涼「……なんだよ、それ」
のあ「一つ目の勘違いは、運命を共にすべきと思っていたこと」
真奈美「君の実力なら、次に行けるはずだ」
のあ「真奈美のお墨付きなら、信じる価値はあるわよ」
涼「なんで……なんでだよ!?」
のあ「あのバンドで売れるのが夢だったそうよ。でも、あなたを縛る鎖にはなりたくない」
真奈美「のあと私が考えたデタラメじゃない」
のあ「本人達から、聞いてきたわ」
涼「アタシは、今まで何のために、歌ってきたんだよ、それなら、さ!」
真奈美「意味か。歌い続けると理由は曇りがちだ。それは私も、だ」
のあ「根源は一緒よ。あなたがバンドのボーカルに選ばれた理由は」
真奈美「楽しそうに歌っていたから、だそうだ」
涼「……」
真奈美「真っ直ぐ言えるアイドルに最近会ってな。まぶしいことだ」
のあ「二つ目の勘違いは」
真奈美「歌うことを使命と勘違いしたことだ」
のあ「使命で、あなたの空白は埋められない」
真奈美「埋めるとしたら、それは人助けじゃない」
のあ「スポーツや他の娯楽かしらね」
真奈美「君は間違えた」
のあ「自分の気持ちも、他人の気持ちも、わかってはいなかった」
涼「……」
のあ「やってしまったことは変わらないわ」
真奈美「だから、これからどうするかを考えよう」
のあ「どうしたいのかしら」
真奈美「どうしたいんだ?」
涼「アタシは……」
のあ「……」
涼「まだ……決められない」
のあ「それでもいいわ」
涼「でも、やることは決めた」
真奈美「なんだ?」
涼「もしさ、母親が望むなら……あの子を帰らせてあげたい」
のあ「聞いてみるわ」
涼「いい。アタシが行く。住所は知ってる」
のあ「そう」
涼「あと、メンバーと話してみる」
真奈美「それがいい」
涼「……迷惑をかけたな」
のあ「迷惑はしてないわ。私の好奇心は満たしてくれて、ありがとう」
涼「そんなんで、調べてたのか」
のあ「この事件に使命感なんて、持ってるわけないでしょう」
涼「はは……とんでもないこと言うんだな」
のあ「まだ事件は起こっていないわ」
真奈美「君がどうするか、それで決まる」
涼「アタシが、ケリをつける」
のあ「ライブハウスの関係者は騒ぎを大きくしたくなさそうよ」
涼「勝手に持ってけ、ってことか」
のあ「あなた、ライブハウスの入り口のカギを持ってるでしょう」
真奈美「マスターキーは篠原礼に返しておく」
のあ「だから、ご自由に」
涼「わかったよ。騒ぎにしないでくれて、感謝する」
のあ「最後に確認していいかしら」
涼「ああ。もう、アタシは自分の気持ちくらいわかる」
のあ「あなたは、歌を続けるのね」
涼「そのつもりだ。どんな形になるか、わからないけれど」
のあ「歌は好きかしら」
涼「ずっと、そうだ。歌うのも好きだし、たくさんの人に聞いて欲しいんだ……あれ?」
のあ「その気持ちは、ずっと持っていたのね?」
涼「前に、誰かとこの話をしたような……」
のあ「なら、それが使命に変わったのは何時かしら」
涼「思い出した」
のあ「誘拐現場とあなたに接点が見当たらないの。誰が、教えてくれたのかしら」
涼「閉店後のライブハウスで、女と会った」
真奈美「女?」
涼「名前はわからない。年齢は10代か20代か」
のあ「特徴は」
涼「覚えてない。だけど、これを貰った」
真奈美「住所が書かれてる」
のあ「なるほど、住所は知ってるわけね」
真奈美「あの母親の住所なのか」
のあ「どうやら、そうみたいね」
涼「アタシは、言ったんだ。歌うことが好きだって」
のあ「それで」
涼「でも、女が否定してきた。あなたの使命は、それだけではない、とか言ってさ」
真奈美「ふむ……」
涼「そうだよな。アタシはわかってた。歌うことの代わりなんて、アタシにはないのにさ」
のあ「女の特徴は」
涼「長い髪だったな、あとは長身だったか。170cmはなかったと思う」
のあ「他には」
涼「覚えてない。多分、街ですれ違ってもわからない。ライブハウスは暗かったしさ」
のあ「ありがとう。確認は出来た」
真奈美「心に柱があれば、大丈夫だ。期待してるぞ」
涼「ああ。後悔なんてしてる場合じゃないよな」
のあ「どんな道を選んでも、多かれ少なかれ後悔はするわ」
涼「だけど、それはまだ先の話だ」
真奈美「ああ」
涼「ありがとよ。あの子からアタシまでつなげてくれて」
のあ「……どういたしまして」
涼「アタシ、歌うよ」
のあ「そう。あの子も喜ぶわ」
涼「そういや……喜んでくれたな。でも、どうして知ってるんだ?」
のあ「あの子はどこにもいないわ。ここに縛り付けなくてもいいんじゃないかしら」
涼「……本当に、誰から聞いた?」
のあ「幽霊から」
涼「ハァ?」
のあ「冗談よ。私が信じていない話を信じられても困るわ」
涼「……ま、いっか。楽になったら、お腹が空いてきた。貰っていいか?」
のあ「どうぞ。遠慮せずに」
35
深夜
高峯探偵事務所
まゆ「解決……なんでしょうかぁ?」
のあ「起こっていない事件は解決できないわ」
真奈美「そういうことだな。のあ、もう一杯紅茶を飲むか?」
のあ「余ってるなら、いただくわ」
まゆ「でも、歌が好きな気持ちを思い出してくれて嬉しいですねぇ」
真奈美「そうだな。のあ、どうぞ」
のあ「ありがとう」
まゆ「きっと……良い歌が産まれますよぉ」
のあ「そうね。ねぇ、まゆ」
まゆ「なんですかぁ?」
のあ「幽霊とか守護霊を、信じてるかしら」
まゆ「いいえ。でも、いたら素敵ですねぇ」
のあ「……私もそう思うわ。でもね」
まゆ「でも……?」
のあ「死んでまで、私の事なんて気にしなくていいわ」
真奈美「……」
のあ「私は自分で生きていけるわ。次があるのなら、行って欲しいの」
まゆ「のあさん」
のあ「生まれ変わりなんて、信じてはいないけれど」
まゆ「きっと……同じことを思ってますよぉ」
真奈美「そうかもしれないな。いつまでだって、心配し続けるものだ」
まゆ「まゆは見てくれてたらいいなぁ。元気にしてますよ、って……」
のあ「……そうね」
真奈美「松永涼も、信じた方向に行けるように。私達も歩いて行こう」
まゆ「はい、真奈美さん」
真奈美「彼女の歌は、きっと届くさ」
エンディングテーマ
The brightNess
歌 高峯のあ&木場真奈美
エピローグ
後日
ライブハウス・P/FOR/E・ホール
千奈美「確かに生きていたけど、もうその証拠がない女の子は母親の元に戻った」
渋谷凛「ふーん……」
渋谷凛
渋谷生花店の一人娘だった。書類上はこの世にはいない。
千奈美「結末はそれだけよ。世間には公表されない、どこかであった出来事」
凛「なんか、つまらないね」
千奈美「同感ね。もっと血生臭い事件かと思ったわ」
凛「話はそれだけ?」
千奈美「事件の話は終わり」
凛「結末は見届けたかな。じゃあ、約束の報酬」
千奈美「現金なんだ。でも、受け取る前に聞かせて」
凛「……」
千奈美「あなた、名前は?」
凛「ない」
千奈美「教える気はないみたいね。じゃあ、もう一つ質問」
凛「答えるなんて、言ってないけど」
千奈美「死んだ女の子の父親いるじゃない、といっても強姦魔だけど」
凛「……」
千奈美「なんで、殺されてるのかしら?」
凛「……」
千奈美「因果応報で済ませるのは簡単だけど」
凛「……」
千奈美「そもそも疑問だったのよね。どうして、骨のことがわかるのか」
凛「……」
千奈美「ダンマリね。ライブハウスの関係者が私に指示をしてたと思ったけど」
凛「……」
千奈美「違うみたいね。なら、知っていたのは死体の方」
凛「……」
千奈美「女の子、このために産まれたわけじゃないわよね?」
凛「……」
千奈美「答えたら、報酬は受け取るわ。もちろん、秘密も守るわよ」
凛「……」
千奈美「どうするの?それとも上司の指示待ちかしら?」
凛「ふふっ……そうじゃないと」
千奈美「何か面白かったかしら」
凛「あの人の傍に行けない」
千奈美「残念だけど、誰かの操り人形になるのはキライなの」
凛「そっか。だから、探偵にこの話をしたんだよね」
千奈美「そこは知ってるのね」
凛「質問に答えてあげる。私は知らない」
千奈美「やっぱり、ただの下っ端だったじゃない」
凛「否定はしないよ。はい、受け取って」
千奈美「いただくわ」
凛「他言は無用、いい?」
千奈美「わかってるわ。契約は守るわよ」
凛「よかった」
千奈美「何が?」
凛「爆弾も蜂も無駄にしないで済んだ」
千奈美「は?」
凛「いや、使う時が来るかもね。それじゃ、もう二度と会わないことを祈ってる」
千奈美「……私だって、死にたくないわ」
凛「あっそ。何もない日常に帰るのを止めないよ」
千奈美「私も標的だったってことね。被害者になるか、加害者にさせるかはともかくとして」
凛「ばいばい」
千奈美「……こんな緊張感はいらないことがわかって良かったわ」
千奈美「……」
千奈美「そんなの、ダーツでいいわ。少なくとも真っ当なものがいくらでもあるじゃない」
終
製作 tv○sahi
予告
古澤頼子「お久しぶりです。一緒のツアーだったのですね」
第5話
安斎都「高峯のあの事件簿・夏と孤島と洋館と殺人事件と探偵と探偵」
に続く
オマケ
>>45
19
演技指導
カットカットカット!
のあ「……」
真奈美「あれだな」
涼「どうだった?」
真奈美「歌そのものと感情が合ってる」
のあ「役の感情との不整合……上手く歌うなら、あなたでなくていい……」
真奈美「つまりだな。声は抑えて、震えさせろ、時々外す、というところかな。アップテンポだが、絶対に歌と感情を合わせるな」
のあ「アイドルは……歌手ではない……」
涼「フム、気持ちよく歌い過ぎたか……わかった。もう一回行くぜ」
李衣菜「なんか、難しいことやってるね……」
星花「奥が深いですわね……」
P達の視聴後
PaP「おい、聞いたぞ」
CoP「何の話ですか」
PaP「お前さ、おばあちゃん子だったんだなぁ」
CoP「はい?いや、確かにそうですが」
PaP「ふむふむ。ご先祖は大事にしろよ。お墓参りは行ってるか?」
CoP「もしかして、白坂さんから聞きましたか」
PaP「そうだ。小梅ちゃんのいうことだし、間違いないだろ?」
CoP「やっぱり、勘違いしていますよ。松永さんも同じ勘違いをしていました」
PaP「どういうことだ?」
CoP「祖母は存命です。僕のボーナスで温泉旅行に行った話を白坂さんにしたのは、僕本人ですから」
PaP「守護霊の話じゃないのかよ。なら、ただの良い孫じゃないか」
CoP「そう言われるから、ひけらかさないんですよ……」
おしまい
あとがき
松永涼は幅が広いアイドルだと思うのです。例えば、哀愁が表現できるような。
次回は、
安斎都「高峯のあの事件簿・夏と孤島と洋館と殺人事件と探偵と探偵」
です。
それでは。
シリーズリスト・公開前のものは全て予定
高峯のあの事件簿
第1話・ユメの芸術
高峯のあ「高峯のあの事件簿・ユメの芸術」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1472563544/)
第2話・毒花
相葉夕美「高峯のあの事件簿・毒花」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1475582733/)
第3話・爆弾魔の本心
鷺沢文香「高峯のあの事件簿・爆弾魔の本心」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1480507649/)
第4話・コイン、ロッカー
小室千奈美「高峯のあの事件簿・コイン、ロッカー」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1484475237/)
第5話・夏と孤島と洋館と殺人事件と探偵と探偵
第6話・トリックスター
第7話・都心迷宮
第8話・佐久間まゆの殺人
第9話・化粧師
第10話・星とアネモネ
最終話・フォールダウン(完)
更新情報は、ツイッター@AtarukaPで。
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