王「そ、その野球とやらは、いったいなんなのじゃ?」
勇者「球技です」
王「……すまぬ勇者。その、球技についても」
勇者「ボールを使ったスポーツです」
王「すまぬスポーツもボールもまったくわからぬ!!」
勇者「わかりました。順を追って説明しましょう」
王「うむ、その前にな」
勇者「?」
王「それが魔王討伐の旅にどのような影響が」
勇者「それはお聞きいただければわかります。少しお時間を」
王「ほ、ほお……」
勇者「スポーツというのは、人間の身体技能を使った遊びになります。走ったり、跳んだり、投げたり、という動きなどのことですね」
王「ふむ、以前城で行った剣技大会みたいなものか?」
勇者「そのような感覚ですね。剣ひとつでも、相手を倒すことを第一の目的としたり、反対に一人だけで剣を振って、その型の美しさを競ったりなど、様々な側面から楽しむことができますよね」
勇者「野球は『ボール』という球体を投げ、それを人間の半身の長さほどの棒、『バット』で打ち返す。この動作が流れの軸となるスポーツになります」
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王「……すまぬ」
勇者「いえ、わかりませんよね。では僧侶、あれを」
僧侶「は……」
王「……勇者よ、僧侶もその野球とやらをよく」
勇者「知りませんね。私が先ほど思いついた競技ですから」
王「なのになぜあれだけ……」
僧侶「王、これを」
王「あ、ああ……これか、バットとボールは。……ん?」
勇者「はい。こちらの赤い縫い目がついている球、これがボールになります。大体私がここに戻るときに使用した『帰還のオーブ』と同じサイズですね」
王「ちょ、ちょっと、勇者よ?」
勇者「なんでしょうか」
王「これ、帰還のオーブではないのか?」
勇者「違います」
王「答えるのがやけに早くないか?」
勇者「普通です」
王「いや、これ、周りに鞣し皮を巻いた帰還のオーブでは?」
勇者「野球のボールです」
王「帰還のオーブ、出してみよ?」
勇者「………」
王「ほら、ほら!」
勇者「……僧侶」
僧侶「……は」
勇者「帰還のオーブ、王にお見せしろ」
僧侶「………」
王「僧侶の汗すごくないか?」
勇者「僧侶は元から汗かきです」
僧侶「……は、は」
王「声震えちゃってるではないか? なんか苦し紛れに笑ってるみたいではないか?」
勇者「そんなことはありません。……僧侶、オーブを」
僧侶「………ば、馬車の、なかにヒィ……!」
ワンさん?
王「裏返ったではないか?」
勇者「僧侶は少々喉を悪くしているのです。僧侶、持ってきなさい」
僧侶「勇者様……」
王「僧侶もう『正気ですか』って言う口になってるぞ?」
勇者「僧侶……『君の母の作る料理は、美味いな』」
僧侶「行ってまいります」
王「もういいから!! というかその話はあとでわしにじっくり聞かせてくれ!」
勇者「僧侶は体調が優れないとのことで一度休養させました」
王「うむ……」
勇者「気を取り直して、このボールとバットをどう使うかをご説明します。王」
王「うむ?」
勇者「私はここから少し離れますので、このボールを王座からこちらに投げてください」
王「わかった……もうよいか?」
勇者「はい。ばっちこーい!!」
王「ば、ばっち……ええい、なんでもいい!」ポイッ
王「ば、ばっち……ええい、なんでもいい!」ポイッ
勇者「ふんッ!」ブルンッ
王「……」
勇者「これが空振りです」
王「あ、ああ。実演か。なるほどな」
勇者「これをすると『ストライク』という判定になります。これが三つ重なると『アウト』になり、またこれが三つ重なって『チェンジ』となります」
王「チェンジになると、なにが起こるのだ?」
勇者「まあまあ、今度は打ってから説明します。ボール、もう一度投げてみてください」
王「わかった。ほいっ」ピュッ
勇者「ふんッ!」ブルン
王「……」
勇者「……」
王「……もう一回やるか?」
勇者「いえ、王。すみませんが手で持ったボールを、このバットに当ててください。私が構えていますので」
王「諦めが早いな……」
勇者「王が予想以上に良いボールを投げるのですよ……」
勇者「そうです。これで、ボールが飛ぶのです」
王「ふむ。それで、どうなるのだ」
勇者「ボールがフェアゾーンに入らない場合はファールになります。ノーバンでキャッチしたりランナーがファーストに到達する前にファーストミットにボールが届く、またはファーストミットにボールが入ったままバッターランナーにタッチを」
王「いやがらせだな? 先ほどわしのボールが打てなかったからいやがらせしているのだな?」
勇者「ルールは大体覚えられましたか?」
王「うむ。まだタッチアップやフォースアウト辺りがわからぬが、御主のやりたいことは存分に理解できた」
勇者「では、今度は王がバッターをしましょう」
王「きゅ、急ではないか?」
勇者「いえいえ。こここそ野球の醍醐味ですから。もちろん、王がお打ちできるように、配分しますので」
王「むう、なら……やってみるか」
勇者「はい、じゃあ少し離れますね」
勇者(調子乗りジジイが。俺は元々バッターよりピッチャー向きなんだよ!)
王「勇者、少し遠くはないか? マウンドとホームベースの距離とはそれほどにあるものか?」
勇者「はい。では、行きますね」ズサァッ
王「なッ……なんだその豪快なピッチングフォームは!? ボールが背中の後ろに隠れて……見えんッ!!」
勇者「これが私の、ストレートです――よッ!」ピシュッ
ズバァン!
戦士「……ストライク」
王「………」
勇者「すみません、少し肩が慣れておらず、王に無礼を……」
勇者(ぷくくっ、超面白いなあの顔! まるでなにが起こったか分かってねえみたいだ!)
勇者(それにフォームもなんだあれ、ビビッて前に出た足がそんまま上がっちまってる……フラミンゴかな? くはは! 傑作!)
勇者「次はもう少し力を抜いて「かまわぬ」やりま……はい?」
王「――かまわぬ。同じボールを、投げるがよい」
勇者「……わかりました」
勇者(ついに耄碌したかあのジジイ……でも、あの顔は――まさか、俺の球を見て『打てる』、そう思ったと?)
勇者「……バカバカしい」ボソッ
勇者(そんなことあるはずがない。俺がこのストレートをどれだけ磨き上げてきたのか、こいつは感じなかったのか?)
王「早くしろ、勇者」
勇者(またあのフラミンゴ足……ジジイ、何を考えてるんだ?)
勇者「ッ、どうなっても、知りませんよ――ッ!!」ビシュッ
勇者(来たァッ!! ど真ん中、だがこの感覚は――俺のベストのストレート!)
王「……」
ニヤ
勇者(!? あいつ今、笑っ――)
ガッ――キーーン…
王「……なるほど。これが、
『ホームラン』か」
これは『野球』というスポーツに愛されたとある一国の王が、
生涯に『868本のホームラン』を生み出し、
――『世界の王』と呼ばれることになる、それまでの物語である。
完
さいしょからさいごまで読んでいただきありがとうございました
だいぶ展開が読まれるのが早かった(>>5-7)のでぱぱっとまとめてしまいました
はじめてSS完結まで書けたので個人的にもうれしい限りです 次の作品も読んでいただけ
ると幸いです ほな、また……。
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