理樹「次に目を開けると深夜を徘徊する老人となっていた」 (88)

早朝

理樹・真人部屋

真人「ええと……これは……ふむふむなるほど」

理樹「………………」

真人「ほうほう…そういう事か……」

理樹「………………」

真人「ん~…ふんふん……」

理樹「………ねえ真人」

真人「おっ、なんだ理樹?」

理樹「いかにもって感じで合点いってる所悪いんだけど僕のノート盗み見するのやめてよ」

理樹(月曜日。僕らは日曜日に騒ぎすぎた宿題という借金を早朝にこなすことで返していた)

真人「うっ……べ、別にいいじゃねえかっ減るもんじゃないだろ!」

理樹「減りはしないけど意味もないよ。真人が自分で解かなくちゃね」

真人「り、理樹様ぁぁ~!!」

理樹「だめだめ」

真人「はぁ………ちくしょう、早く爺さんになりてえなあ…」

理樹「えっ?」

真人「いや、早く爺さんになって隠居生活がしてえなってさ。そしたら勉強も働く必要もないから時間の全てを筋肉に充てられるだろ?」

理樹(か、考えがダメ人間のそれだ……)

理樹「それは結構だけど真人がお爺さんになったら既にその筋肉もしわくちゃになってるんじゃないかな」

真人「なにぃーーっっ!?や、やっぱ今の無しだ!」

理樹「ふふっ、それじゃそろそろ朝ごはんに行こう。続きは教室でやろうか」

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食堂

恭介「もうすっかり秋だな」

理樹(全員の食事が片付き始めた頃、恭介が全員に聞こえるように言った。こういう時は何かを始める前兆だ)

謙吾「ふっ、何をするつもりだ?言っておくが今の俺は骨折も治って万全の状態だぞっ」

恭介「ああ、今回は謙吾に限らず全員が協力し会わなければ達成出来ないミッションを考えた」

クド「わふー!そう言われると緊張してきましたっ」

理樹(確かにこういうことは修学旅行が終わってからあまりやってこなかったので謙吾じゃないけど胸がワクワクしてきた)

恭介「そう堅くならなくていい。今回はどっちかって言うとちょっとした催しって感じだからな」

真人「もったいぶらず早く言えよっ」

恭介「よしでは……サンマを焼こう。作戦名、オペレーション七輪バスターズ!!」

「「「……………」」」

理樹(全員がポカンとした)

恭介「七輪バスターズ!!」

理樹「いや聞こえてたよ!」

鈴「こいつは何を言ってるんだ?」

真人「シチリン……?シチリンってなんだ?」

西園「七輪とは調理用の炉です。主に木炭などを使って魚や餅を焼いたりしますね」

真人「えっ、てことはまた何か食べるのか!?」

恭介「だから言ったろ、それでサンマを焼くんだよ。美味いぞ炭火でじっくり焼いたサンマは……」

葉留佳「じ、じゅるり……!」

理樹(恭介の突飛な提案は全員で紐解いてやっと理解された。なるほど、そういうことなら周りに迷惑もかからないだろうし良いかもしれない)

来ヶ谷「なかなか粋な提案だ。今日やるのか?」

恭介「ああ。放課後にやろう」

小毬「えへへ~なんだか楽しみになってきたねぇ」

理樹(そして1人も不満を持つ者がいない事を確かめると恭介は高らかとこう宣言した)

恭介「ようし…ミッションスタートだ!!」

………………………………………


……………………



放課後

キーンコーン

教師「よし…じゃあ今日はここまで」

「起立、礼!」

真人「やっと終わったか!もう消化液で胃に穴が空いちまうぜ!」

鈴「あたしもだ!理樹、早く行こう!」

理樹「うん。でもまずはカバンを部屋に置いてからね」

真人「ああ、それなら俺がお前らの分をまとめて部屋に置いておくぜ。鈴は夜にでも取りに来いよ」

鈴「真人の癖に気が利くな」

真人「へっ、ありがとよ」

理樹「今の素直に受け取るんだ……」

理樹(あの後すぐに恭介によって作戦の班分けがされた。その中でも僕と鈴はサンマの調達係だ)

スーパーマーケット

鈴「ええっと、これとこれと……あとこれもだな」

理樹(一応目的の品はちゃんと確保した。したのはしたけど……)

理樹「ね、ねえ鈴…買うのはサンマだったよね?」

鈴「ん?そーだな。もう忘れたのか」

理樹「いや……心なしかカゴの中にそれ以外の物が入ってる気がするんだけど」

鈴「あーこれな。これは別にいいんだ」

理樹「良かないよ!これも恭介のお金で払う気でしょ!?」

鈴「安心しろ。あくまで余った分のお金で買う」

理樹(鈴の手によってカゴにモンペチが次々と入っていった。予算ギリギリまで買うつもりだ)

理樹「あとで怒られても知らないよ?」

鈴「でも猫たちが可哀想だ。きっと魚の匂いに釣られて近づいてくるに違いない」

理樹「じゃあその魚をあげればいいんじゃないの?」

鈴「いや……実は猫に魚はあんまりいくない」

理樹「えっ、好物じゃないの!?」

鈴「そうでもない。それに身体にあんまり良くないんだ。だからキャットフードを食べられるならそっちに越したことはないんだ」

理樹「そっかー」

理樹(意外な事実に感心してしまったせいで結局今モンペチを買う理由にはならないということにレジを通るまで気づかなかった)





夕方

帰り道

理樹(既に冬に近づいているということもあり、空はもう茜色に染まっていた)

鈴「理樹、重たくないか?」

理樹「ううん、大丈夫だよ」

理樹(重さの5割はモンペチが占めているけど)

鈴「半分持つぞ」

理樹「半分?」

鈴「ほらっ」

理樹(そういって鈴はビニール袋の片方の持ち手を支えてくれた。2人で一つのビニール袋……なんだかこの構図は小学校の給食当番を思い出すな)

鈴「ふっ、なんだか久々にカップルらしい事をしてるな」

理樹「そ、そう?」

理樹(まずいな。早速価値観の違いが現れてしまった)

鈴「そうだ。今度またどこか遊びに行こう。恭介にバレないような遠いところで」

理樹「ああ……前はいつの間にか監視されてたもんね…」

鈴「理樹はどこ行きたい?」

理樹「映画館とか遊園地はありきたりだしね……そうだな……あっ」

鈴「思いついたか」

理樹「海とか……どうかな?」

鈴「うーん……理樹も恭介も海が好きだな。どこか行くならそれなのか」

理樹「えっ?あっ……」

理樹(そういえばみんなで行った旅行も海が綺麗な場所だったな。そうじゃなくても思い返せば小さい頃から良く海へは行っていたと思う。これも多分恭介の影響なんだろう)

鈴「でも海ってすぐそこにある所か?それだとすぐ見つかるぞ」

理樹「それなら反対側の海に行こうよ」

鈴「反対側か……それは面白そうだな。とても遠いが」

理樹「うん……とてもとても遠いね。でもその分きっと誰にも見つからないよ。今日の夜、早速地図で真反対の場所を調べてみようか」

鈴「なんだか理樹のやってる事がどんどん恭介と似てきたな」

理樹「それは鈴的には褒め言葉なの?」

鈴「どーだろーなっ」

理樹(真っ赤な空に白い飛行機雲が浮かんでいる。川沿いに歩いているからか辺りはとても静かだ)

鈴「理樹、ちょっと早歩きで行こう」

理樹「そうだね」

理樹(少しのんびり話しすぎたかもしれない。もしかしたらみんな既に準備が終わっているかもしれないし急ぎ足で学校に帰ろう。そう思った時だった)



???

理樹「………………」

理樹(…………………)

理樹「えっ、なっ……あっ?」

理樹(瞬きすると夜になっていた。頭の理解が追いつかない)

理樹「ええっっ!?」

理樹(辺りははとても暗くて、今立っている場所は一本道で、どうも田舎のど真ん中のような場所だった。前の方には小さな灯りが見える。コンビニだろうか?というかそれよりも……)

理樹「こ、声……あーっ…あーっ」

理樹(自分の声に違和感があった。どうもしゃがれている、まるで歳をとった男の人の声のような……)

理樹「ハッ!り、鈴!」

理樹(そうだ。何故今まで忘れていたんだ。鈴はどこへ!?)

理樹「クッ……!」

理樹(周りをぐるっと見回しても雑に敷かれたコンクリートの道と、畑の周りにポツポツと見える家しか見つからなかった)

理樹「なんだこれは……バカな……」

理樹(まるで突然目隠しを外されて知らない土地に放り出されたかのようだ……そうか、もしかするとまた『例のアレ』が発症したのか?いや、でも、眠った瞬間すら感じなかったし……それにここにいる時には既に両足で立っていた)

理樹「なんだ……何が起きて……!」

理樹「ゴホッゴホッ……!?」

理樹(大声をあげるとすぐに咳が出た。なんだこの感覚は?とても身体が弱ったような……)

理樹「ん?……う、うわっ!」

理樹(口を抑えた手をふと見るとショックが起きた。僕の手がとてもシワまみれだったのだ)

理樹「これは……」

理樹(まるで風呂にずっと使っていたときのようなシワが現れている。ところどころ斑点模様もついている。そしてついでにもう一つ異変に気がついた)

理樹「うう………くそ……どうなってるんだ…」

理樹(袖も数十秒前は黒い制服のはずだったのに今は青と白の縞模様の布に変わっている。パジャマか?)

理樹(さっきまではまだ明るかったのに、まさに瞬く間に夜へと変貌した。今が何時かどうかすら分からない)

理樹(鈴も隣から消え、見知らぬ土地に立ち、僕の身体がなにやらおかしい。これを悪夢と言わずしてなんと言うんだ)

理樹「帰らなくちゃ……とにかく帰らなくては……!」

理樹(自分で出した掠れた声に不安になりつつもとにかく歩いた。そうだ、とにかくそこのコンビニで道でも聞こう。ここがどこかさえ分かれば何とかなるはずだ)






コンビニ

理樹(店に入ると少しだけ気分は落ち着いた。今まではコンビニというとむしろ冷たいイメージがあったけど、こんな何もかも変わった世界では、ここが唯一の現実を実感させてくれる物になっていた)

理樹「………………」

店員「いらっしゃいま……あっ」

理樹(レジの方を見るとなにやら店員の人が男の人と話し合っていた。男の方は身長が180センチ程で清潔感もある感じのいい人だった。きっと今みたいな難しい顔をしていなければもう少しハンサムに見えただろう。今僕にお決まりの挨拶をした店員も余裕がなさそうだった。なにかクレームをつけられているのか?)

青年「ああっ!」

理樹「えっ……?」

理樹(店員の視線に気付いた男の人が僕の方を向いた。そして僕の顔を見るなり驚いた声をあげた)

青年「こんなところにいたのか!もう心配させないでくれよ……」

理樹(後ろには誰もいない。どうやらあちらは僕の方を知っているようだった。もちろん僕は彼を知った覚えはない。そもそも年上の人と絡む機会なんて……)

理樹「あの……えっと…」

青年「ついに家から勝手に出て行くようにまでなっちゃったか……朝が来てみんなにバレたらきっと怒られる。さ、早い所ここから出よう」

理樹「だ、誰……ですか?」

青年「ええ……どんなことがあっても俺は忘れないでいてくれてると思ったのに……ま、いいや」

青年「さあ、帰ろう『爺ちゃん』」

理樹(……………………)

理樹「………いやいやいや」

青年「どうしたんだ?」

理樹「爺ちゃんって……どう考えても年上はあなたの方じゃないですかっ」

理樹(当たり前のことを突っ込んだ。しかし、彼は否定も肯定もしなかった。ただ少し悲しそうな顔を見せただけで僕にこう促した)

青年「そうか……いや……分かった。じゃあそうだな…そこにトイレがある。鏡を見てきなよ」

理樹「はあ?」

理樹(何故鏡の話になるか分からないが、こんな顔をされて断る訳にもいかない。ちょうど気分転換に顔も洗いたかったので大人しくトイレに行った)







トイレ

理樹「なっ………!」

理樹(彼が何故ああ言ったのか今やっと分かった。何故最初、自分の手を見た時に気付かなかったんだろう。どうりで肩が凝っていると思ったはずだ。それにしても……本当に僕は夢の中にいるのか?)

青年「その顔を見て俺より年下と感じる奴は地球上に何人いるかな?」

理樹「あ……あ……」

理樹(すると彼が後ろから入ってきた。しかし今はその質問に答える余裕はなかった。それもそうだろう。誰だってそうなるに決まっている)

理樹(……自分の顔がいつの間にか昨日から70年は経ったような顔に変化していようものなら)

理樹「なんだこれは……!いったい……この店に入る前からか?いや、もっと後……そう、夜になった時には既にこうなっていたはず!」

青年「…………」

理樹(自分が今、老人の姿になっているのは分かった。これである程度さっきまでの会話が噛み合った)

青年「信じられないのは分かる。俺だってもし、いきなり老人になってたら腰を抜かすほどたまげるはずさ」

理樹(だが、どうしても気になることがまだある)

理樹「……君は何者だ?」

青年「言っても信じないぜ」

理樹「……………」

青年「直枝恭介。馴染みの名前なんだろ?名前はあんたの親友から取ったらしいからな」

理樹「!?」

青年「とりあえず車に乗ってくれ。そろそろ家に帰らなくちゃな」

車内

理樹(直枝……同じ名字の人間など今まで出会った試しがない。そして僕のことをお爺ちゃんと来た。普通なら、客観的に考えるなら、この人は!)

理樹「まさか……孫だったりする?僕の」

恭介「いやに冷静だな。まあ昔からそうだったけど」

理樹「こういうことは何度かあったからね……こういう常識を疑うような事は……」

恭介「それ海でサメに襲われかけてた俺を泳いで助けてくれた時も言ってたな。確か中学の頃だったか……」

理樹(車を走らせるにつれポツポツと家や店が増えてきた。そしてあんなに暗かった空も次第に白みがかってきた。そろそろ核心に迫ろう)

理樹「それで……君は何か僕に対する事情を分かっているようだけどさ、それを教えてくれないかな?」

恭介「そうだな。今のあんたならもう取り乱す心配もなさそうだからこの際はっきり言っておくか」

理樹(そして彼は顔色も変えずこう言った)

恭介「爺ちゃん、あんたボケてるんだよ。きっと今の自分をまだ若い頃の自分と思い込んでいる。ここは2077年だぜ」

理樹「タイムスリップ!」

恭介「だから違って!ボケてるって言っただろ!」

理樹「ボケてる……ああ、そうか、なるほど……」

理樹(そうだ。ここは誰かが作った世界かもしれない。過去にそれで猫になった人だっているんだ。僕が老人になってもなんら不思議はない。そうなると彼もNPCだという事になるけど……)

恭介「おいおい、大丈夫か?……ま、いいや。せめて今はこれから起きる不幸について身構えておいたほうがいい」

理樹「これから起こること?」

理樹(そう言って彼……直枝恭介と名乗る僕の孫らしき人が今の状況を説明してくれた。彼からすれば僕はボケたお爺さんなのに余程面倒見がいいに違いない)

恭介「まず家族構成は一つ屋根の下にあんたとその娘、娘の夫……は今転勤中。そして孫の俺だ」

理樹「そういえば僕はこの世界だと誰と結婚してるのさ?」

理樹(半ば馬鹿にした口調になってしまったかもしれない。だが実際に馬鹿馬鹿しいんだからしょうがない)

恭介「婆ちゃんの名前か……確か鈴って名前だったな」

理樹「鈴……!そうか…夢の中とは言えそこは良かったなあ。…………ん?えっ、その中に鈴がいないと言うことは……」

恭介「ああ……俺が小学生の頃に逝っちまったよ」

理樹「そ、そう……」

理樹(現実ではないとは言え鈴が亡くなったという事実は心にズシンと来る)

恭介「で、その娘さんに爺ちゃんはこれからこっ酷く叱られるんだ」

理樹「えっ、なんで!?」

恭介「考えても見ろよ。今のあんたはボケた老人、世話も大変なのに最近深夜徘徊するようになっちまった。そのストレスがこれから思いっきりぶつけられるんだぜ?」

理樹「うっ……」

理樹(ここがいくら別の世界だったとしてもそこにいる間は何を言っても仕方がない。郷に入れば郷に従えというか、つまり、今は甘んじて受け入れるしかなさそうだ。その一度もあったことのない僕の娘さんとやらに怒られることさえも)

直枝家

理樹(家に着くと彼は僕を居間に案内した。すると既に連絡していたのかそこには1人の女性が立っていた。しかし……)

「……………」

理樹「………えっ、家族に姉もいたっけ?」

恭介「残念ながら高校生3年生の母親だ」

理樹「いやいやいや……」

理樹(到底信じられなかった。肌はツヤツヤ、髪も輝き、その上身長もかなり低い。これなら制服を着ても違和感がない)

理樹「だけど……確かに面影がある」

理樹(もしも本当に僕らの子だとすれば鈴の遺伝子を濃く受け継いでいるんだろう。鈴がもう少し大人なったらこんな姿をするんだろうか?微妙に似てないのは僕のせいだろう。でも、とても綺麗だった)

娘「………お父さん、まずはそこに座って」

理樹「あ、はいっ!」

理樹(僕と恭介は絨毯に正座した。そして彼女は仁王立ちでこう言った)

娘「もーまた散歩したでしょっ。次にしたらお菓子抜きだぞっ!」

理樹「えっ?うん……」

理樹(なんか激怒のイメージが違った)

娘「心配させたらめっだ!罰として今日はずっと家にいること!」

理樹(いや、怒っているのは怒っているんだろうけど…なんというか、まるで鈴が真人にキレてる時みたいで……)

理樹「ご、ごめんなさい……?」

恭介「プッ……クククッ…!」

理樹「………ハッ!」

理樹(さ、さては騙したな!わざと僕にメガネを掛けたヒステリックな人を想像させて着くまで怒られることにビクビクさせたんだ!)

娘「………とりあえずもう朝だ。お腹減ってない?」

理樹「そういえば……」

理樹(コンビニに着いてからもう何時間かは経っただろう。今まで急展開だらけでそれどころではなかったが、そろそろ胃が寂しくなっていた)

娘「昨日の肉じゃがが残ってる。恭介は?」

恭介「俺も食うわ。でも今日は爺ちゃん捜しのために寝てないからなぁ、もう学校休んでいいかな?」

娘「しょーがないな。でも昼からはちゃんと行くんだぞ」

恭介「へいへい」

理樹(この会話の感じ……まさしく鈴と恭介が喋ってるみたいだ。立場は少し違うけど)

恭介部屋

理樹(僕らは2人きりで話し合うことにした)

恭介「ふう……やっと落ち着いて話し合えるな」

理樹「それなんだけどさ、なんで君はあの人に事情を話そうとしたら止めたの?」

理樹(先ほど朝ご飯を食べている途中、僕は思い切って彼女に今の僕を話そうとした。するとその気配を察知したのか恭介に目で静止されたのだ)

恭介「仮にあんたが本当に中身だけタイムスリップしたとしよう。だがそれを母さんが信じると思うか?しかもその話がもし親戚の誰かに広まろうものならきっと爺ちゃんを老人ホームに入れようって話になるに違いない。そしてずっとそこで監禁されるのがオチだ」

理樹「うう、確かに……」

理樹(恭介の意見は的を得ていた。まるで本物の……あちらの恭介のように頭が回る)

恭介「それにしてもおかしいな……」

理樹「えっ?」

恭介「ほら、人がボケるのってだいたい断片的にだろ?曖昧に昔に戻っても、しばらくすればまた元に戻ったりする。だのに今のあんたはずっと若いままの鮮明な意識を保っているんだ。だから普通の認知症とは思いづらいんだよ」

理樹「だから僕はボケてないって!」

恭介「また別の精神病か……?」

理樹「もー!」

恭介「あははっ、悪い悪い。じゃあ次は逆に爺ちゃんが自分はまともだって思う理屈を聴かせてくれよ」

理樹「僕の理屈?」

理樹「ううん、困ったな……」

理樹(いざ彼に説明しようとしても、なんか言えば言うほど噓っぽくなってしまう。それほどきょうれつだからこそ今も正気を保っていられるんだろうけど……)

理樹「じゃあこれから話すことをよく聴いてね。とても突飛で夢物語ギリギリの話だから君が最後まで信じてくれるかどうかも心配だけど」

恭介「どんとこい!」





……………………………………


……………………




理樹「………で、今に至る訳」

恭介「………やべえな。これを作品にして世に売り出せば大ヒット間違いなしだぜ」

理樹「だよね……時々自分でもそう思う」

恭介「…………だけど」

理樹「ん?」

恭介「だけどその話、信じるかはどうかにしても否定出来る部分が一つも見当たらない。少なくともボケた老人が即興で作れるような話ではないんだ」

理樹「…………………」

恭介「それに聴いたことがある。昔、爺ちゃんと婆ちゃんはバスで事故にあったことがあるって。それも含め見事に矛盾点がない」

理樹「じ、じゃあ……!」

恭介「いや、だからと言っておいそれと信じる訳にはいかない。それにそこまでは良いとしてもここに来てからは少し話に無理がある」

理樹「えっ?」

恭介「………もしここも誰かの作った世界とするならば動機が見つからない。これまでは今の環境を変えたいがために、状況だけが変わっていった。雪が降ったり知り合いが猫になったりってな。でも、逆に言えばどんなことがあっても学校という舞台と時間軸は変わっていない」

恭介「つまりここには願いを叶えてほしい人間がいないという事なんだ。考えてもみてくれ。もしまた誰かが爺ちゃんに助けてほしいならどこかにそのヒントがあるはずなんだ。なのになんで数十年も経った世界なんて作ったんだ?」

理樹「た、確かに……今のところ僕の知り合いとコンタクトを取れそうにないな。いや、前に一度でも僕と出会った人間でさえどう会えばいいのか……」

恭介「まだ探してすらいないからなんとも言えないが……爺ちゃん目線で見てもここがそういう世界である可能性はかなり低い」

理樹「う……ううっ……!」

恭介「ほとんどの人間は知らないような事を話そうか?昔、爺ちゃんや婆ちゃんに聴いたことがある。ちょうど俺くらいの時はけっこう面白そうなことをしてたらしいな。例えば草野球チームを作ったり、花火を打ち上げたり、手作りで肝試しなんかも……」

理樹「うああああああ!!」

恭介「あっ、おい!」

理樹(僕は恐ろしくなった。これまでの様々なショックはここが嘘っぱちの世界であることを前提にすることで耐えてこれたのだ。平静さを保つ唯一の堤防が今崩れようとしている。僕は最初から狂ってしまっていたのか?それを考えまいとすると自然に足が立っていた。とにかくここ以外のどこかへ逃げなくては!)

バタンッ

理樹「ううっ……ひぐっ……!」

「お父さん!?」

バンッ

恭介「くそっ、靴も履かずに!ちょっと追ってくる!」






理樹「ハァ…ッ……ハァ……ッ!」

理樹(外は自動車や人が行き交っていた。でも、そのどれもが見覚えのない風景だった。それどころか服装や車の形でさえ初めて見るようなものばかり……)

理樹「なんだこれは……クソッ……なんなんだ!」

理樹(1人でブツブツ言いながら先を急ぐ老人など誰も気にしなかった。みんなよく分からない小型のモニターのようなものを眺めるばかりで他人に構う余地など元より無さそうだった。その不気味さが、ここが未来である実感を更に助長をさせた)



公園前

恭介「ハァ……ハァ……いったいどこへ行っちまったんだ!?」

恭介「ああ、ちくしょう。やっぱり結論を急ぎすぎたか?」

理樹「…………………………」

恭介「あっ……!」




公園

理樹「………うぐっ…………っつぅ………」

理樹(足はボロボロ、息も絶え絶え。少し走っただけでこれだ。たとえ同じ条件だったとしても昨日までの僕ならこんな物じゃなかったはずだ)

理樹(だけどパニックを起こせない程疲労したお陰でゆっくりと、何時間もかけて事態を飲み込むことが出来た。……そうか、もうそんなに経ってしまったのか)

恭介「爺ちゃん!」

理樹「ああ……恭介か」

理樹(本当の彼でないことは分かっている。だけど、その名前を呼ぶだけで少し元気が出た。まるで恭介が本当に隣にいるようで)

恭介「悪かった……あんたの気も考えないで一気にベラベラと喋りすぎたよ。ほら、靴も持ってきたぜ。とりあえずこれを履いて……」

理樹「……ねえ恭介……僕、さっき鈴と一緒に秋刀魚を買いに行ったんだ」

恭介「……それは……」

理樹「いつもの街で、いつもの帰り道、一つの買い物袋を2人で持った。僕はそれを給食当番みたいだと思ったんだけど、鈴はカップルらしいと思ったんだってさ。あの夕焼けは綺麗だったな。とても静かだったんだ……」

理樹(たった数時間前の事がずっと昔のように思える。それは本当に70年も前だったのとは関係ないような気がした)

理樹「それで……きっと僕らは楽しく秋刀魚を焼いて食べたんだろうな……いや、もしかしたら雨が降って中止になったかも…でも……でも……その行く末に僕は立ち会うことが出来なくなってしまった……!」

理樹(あれだけ言われたのに、あれだけ恭介に流すなと言われたのに……頬が線を描いて濡れた。この歳になっても泣く人は珍しいだろうか?)

恭介「……よしよし、いきなり驚いただろ理樹?だけど大丈夫だ。俺が付いてるぜ」

理樹(僕の名前を覚えていたのか……。恭介が頭を撫でて僕に声をかけてくれた。その動作は決して老人をあやすそれではなく、1人の友人を慰める物だった)

恭介「まったく、昼まで走り回りやがって……どうせ今から学校に向かっても無駄だ。爺ちゃんの気が済むまで付き合ってやるぜ。一応まだ出席日数は余裕がある」

理樹「………ありがとう」

恭介「ふっ、母さんを産んでもらった礼だ」

理樹(その言動、照れ隠しの優しさ……彼は確実に棗の血を引いていた)



喫茶店

理樹(恭介と喫茶店に入った。彼の言うところによると人間、ネガティヴな思考に陥ってしまう時は必ず腹が減っているという)

恭介「……よし、じゃあ注文しようか。ああ、行っとくがいくら中身が若いままだからって同じように食いまくったりしないでくれよ?体の方は米寿なんだからな」

理樹(米寿……よくそれで動き回れたものだ)

恭介「すいませーん、こっちもいいですかー?」





…………………………………


…………………




理樹「ごめんトイレに苦戦しちゃって……」

恭介「ああ、うん……そう言う訳だから……はいはい、分かってるって!じゃ、晩御飯よろしく」

理樹(帰ってくる頃には既に料理が運ばれていた。恭介は母親と話していたのか僕が来ると携帯を切った。きっと学校を1日サボる言い訳を説明していたに違いない)

恭介「いや、いつもなら倍近く時間がかかっている所さ。ま、という訳で理樹____やっぱ慣れねえな___爺ちゃんがどうしたいのかを改めて聴こうか」

理樹(恭介は話を聞く態勢……つまりランチを食べ始めた。お腹が減ってるのは恭介の方じゃないのか?)

理樹「僕か……僕はそうだな。まだ完全に信じた訳じゃないけど、もし本当にここが70年後の世界なら僕は自分の知り合いに会いたい」

恭介「…………………」

理樹「……恭介?」

恭介「そう言うと思ってさっき爺ちゃんが行っている間に母さんに聞いたよ。婆ちゃんが亡くなったのは8年前。その当時、葬式に来た人の中で学生の頃からの知り合いだった人は数人しかいなかったそうだ」

理樹「ということは……」

恭介「……おそらく、残りの皆は連絡が取れなかったか、来られる状況になかったんだろう」

理樹「そう……だよね」

恭介「………ようし!帰ったら電話帳を調べよう!そこで爺ちゃんの友好関係を洗い出すんだ!」

理樹「そ、そうだね!」

恭介「そうと決まりゃ早速平らげるぜ!」

理樹「よーし!………ウッ!ゴホッゴホッ!!」

恭介「わーバカ!そんな体で無理するんじゃねえよ!」



娘「もー!行ったそばからこれだ!もーー!!」

理樹「ご、ごめ……」

理樹(なんと言ったらいいのか分からないが、とにかく謝っておこうと頭を下げようとしたら横から恭介が割って入った)

恭介「いやぁ、違うんだ母さん!爺ちゃんが取り乱したのには訳があって、実はさっき眠りこけた時に夢で……」

娘『にゃーにゃー?にゃー!』

恭介「と、母さんが猫と化していたのにびっくりして家を飛び出したんだ」

理樹(なんという雑な言い訳……)

娘「なら仕方がないな」

理樹「仕方がないの!?」



………………………………………………………………



理樹部屋

理樹(僕の部屋はこの一戸建ての家の中でも一番大きな場所になっていた。中の家具はまさに僕が買っていても不自然じゃないものばかりだ。てっきり70年も経ってるから近未来な仕掛けばかりかと思っていたけど……この時代の僕は案外懐古主義なのかもしれない)

恭介「えぇっと確かこの辺に……あった!……おっ、こんな物まで」

理樹(人が考え事をしている間に恭介は引き出しを漁りまくっていた)

理樹「ち、ちょっと!一応僕の部屋でしょこれ!?」

恭介「だって本人が場所を知らないんだからしょうがないだろ?現に電話帳もあったしほら……これも」

理樹(そう言って手渡してきたのは丁寧な装飾が施されている分厚い本だった)

理樹「………アルバムか」

続く

オリジナルキャラクターが出てるけど苦手な人は我慢してでも見てくれ(∵)

恭介「俺も初めて見る。あんたは進んで写真を撮ろうとする人じゃないからな。現像しなくちゃいけない物となるとなおさらだ」

理樹「ふむ……」

理樹(この中には僕の身体のシワがシワになるまでの間に築き上げられた思い出が詰まっている。それを見てしまったら誤魔化しようもなく、今の自分に対する自覚を迫られるだろう。だが、逃げる訳にはいかない。後ろへ後ずさる訳にはいかない)

理樹「…………」

恭介「…………ごくり」

理樹(僕はページをめくった。そして、唸った)

理樹「う、ううん?」

恭介「な……なんだよ!拍子抜けしたぜ!」

理樹(アルバムの1ページ目……そこには何の写真も貼られていなかった)

理樹「………ない……どのページにもないね」

理樹(そのアルバムには写真がなければ、あとから剥がされた形跡もなかった。新品同様で、そこには僕の物である証はどこにもなかった。デパートで並んでいても知らぬ人間は気付かずに買っていっても不思議ではない)

恭介「ま、もとより来る前から期待もしてなかったしな……電話帳ならあったぜ」

理樹(推理する要素がないアルバムについてああだこうだ言っても仕方がない。今は本来の目的に戻ろう)

理樹「電話機はどこ?」

居間

理樹(流石に電話帳にも何も書いていないという事は無かった。そして運の良いことにリトルバスターズ全員分の番号が記されていた。しかし、その中でも知らない人の名前が平然と載っていることが不気味だった。道理で考えればむしろそれが当たり前だが、やはり奇妙な気分になる。それが自分の筆跡なら尚の事だ)

理樹「………うぅ」

恭介「どうした、緊張するのか。あんたの友達なんだろ?」

理樹「それはそうなんだけど……この世界でどんな仲になっているかも分からないし………」

恭介「そんなものかけてみるまで分からないだろ……あっ、そうだ!じゃあ俺が話してやるよ!そんで良さげな雰囲気だったら爺ちゃんに代わるからさ」

理樹「険悪なムードなら?」

恭介「死んだと伝える」

理樹「もう二度と修復出来なくなるじゃん!」

恭介「はははっ、冗談だって!じゃあまずは誰からだ?」

理樹「五十音順だから……真人だね」

恭介「井ノ原……ああ、この人ならたまに爺ちゃん自身から話を聞いたりしたな。どんな時も笑いながら話してたし多分大丈夫だろ」

理樹「えっ、どんな話?」

恭介「さあ……もうかなり前だからうろ覚えだが、確か全身にハチミツを塗りたくって……ライターで諸共退治?」

理樹「ああ、分かった……」

恭介「………じゃあ、かけるぜ……」

理樹「うん……」

理樹(恭介が慣れた手つきで番号を押していく。今の電話番号は020から始まるのか……)

プルルルル……プルルルル……

理樹(この呼び出し音がここまでもどかしいと感じたのは今くらいだろう。早く出てほしい、しかし出てくると緊張する……まさに二律背反)

プルルルル……ガチャッ

理樹「!」

恭介「!」

「………もしもし?」

理樹(電話の主は若い女の人の声だった)

恭介「……あ、もしもし。井ノ原さんのとこですか?」

「あっ、そうッスよ。お宅は?」

恭介「直枝の家の者ですけど」

「ああ、直枝って理樹って人の!?」

理樹「!?」

理樹(苗字を名乗っただけで僕の名前が急に出た。この人はいったい……?)

恭介「そうです。俺はその孫の恭介です」

「あ、こりゃどうも……ところで今日はどんな用で?」

恭介「そちらの真人さんに話をお伺いしたいんですが」

「えっ、お、爺ちゃんに?いや、お伺いって言われてもなあ……」

恭介「!」

理樹(すると恭介が何を思ったのか急に電話機のスピーカーを切ってしまった)

理樹「な、なにするのさ!これじゃ聞こえない……」

恭介「シッ……」

理樹(恭介の顔を見るといつの間にか真剣な顔になっていた。どうしたんだ?)

恭介「……はあ……そうですか、なるほど……分かりました。いや、どうも……」

理樹(その後、いくつかの応答をしたあと恭介は電話を受話器に置いた)

恭介「……………」

理樹「な、なんで途中から聞こえないようにしたの?」

理樹(恭介は表情を崩さずに言った)

恭介「あんた今90歳に近いご老体だ。このご時世、100越えも増えてきてるがまだまだ長生きしている部類だな」

理樹「そ、それが?」

恭介「爺ちゃん、真人って人より長生きしてるらしいぜ」

理樹「えっ」

理樹(心に砂が詰まった袋を振り下ろされた気分になった。今は鈴のことを聞かされた時よりもこの世界の全てのことに現実味がある。どんな言葉も今の方がよく響く。真人が、真人がもういないのか?)

理樹「いや、でも、ほら、真人は僕より頑丈な身体だったし、精神も逞しいから。僕なんかの2倍は生きていける人だよ」

恭介「すまん……さっきはあまり直接的に聞かせたくなかったんだ」

理樹(そうか、恭介はさっきの喋り方で既に予感していたのか……)

理樹「……いや、分かった。気遣ってくれてありがとう……でも、大丈夫……そういう強さはもう付いてるんだ。お陰様で……」

恭介「余計だったか」

理樹「そんなことないよ。ありがとね……それと、今度からは僕がかけるよ」

恭介「そうか。分かった……」

理樹(今ここで悲しみを引きずって何になる……ここまで来たからには前に進まなければ……多少強引でもショックは心の隅に置いておかなければ)

理樹「次は……来ヶ谷さんか……」

…………………………………………



………………………





ガチャン

理樹「……………」

理樹(慣れというものはどんなケースでも起こりうる物らしい。僕の場合、親愛なる友人がいなくなることもそうだった)

理樹(きっと途中から頭の中でここは現実じゃないと決めつけたんだろう。確証こそないがそうやって気構えたんだ。防衛本能が働いた結果だろう)

恭介「……お疲れさん」

理樹「ああ………うん」

恭介「結局、まだ会える望みがあるのは来ヶ谷って人だけか」

理樹(会える望み……来ヶ谷さんに至ってはそれもどうなんだか怪しい。現に電話番号が使われていないって言うんだからどうやって会えるんだろう。唯一、女の子の中で苗字が変わっていないのも彼女だけだったが……最後までミステリアスな人で終わるつもりだろうか?あの人そういうの好きだからな)

恭介「……疲れただろもう寝た方がいいぜ」

理樹「うん。そうするよ……」

理樹(時計は19時を指していた。寝るにはまだ早いが、この1日で頭を使いすぎた。それに老人は既に寝る時間なのだ)

恭介「明日はどうする?」

理樹「そうだな……明日考えるよ」

恭介「分かった。おやすみ」

理樹「………おやすみなさい」

理樹(今の僕の願いは、次に起きると1人用のベッドでなく、二段ベッドの1段目に寝ていることだ)



理樹部屋

理樹(朝起きると天井が見えた。この2年間で初めての事だった)

理樹「はぁ………」

理樹(ため息と共に昨日のいろんな記憶が呼び覚まされた。まるで昨日の夢を思い出すかのように)

ガチャッ

恭介「やあやあ、爺ちゃんの寝てる所なんて初めて見たぜ。いっつも俺が起きる時には既に散歩に行ったりしてるからな」

理樹「中身は若いままってことだね」

恭介「案外下手に意識を朦朧とさせるよりもそのままボケててくれたほうが色々と世話する手間も省けるな。……さて、これからどうする?」

理樹「そうだな……実際、僕が未だにここを100%現実と思えないのはまだ一度もこの目で高校生の頃との接点を見つけられてないからだ。つまり、高校の頃の面影……思い出のかけらを見つけられたなら、その時こそ僕は……」

恭介「認めるのか?」

理樹「悔しいけどね」

理樹(もちろんだからと言ってここが虚構世界じゃないという証拠にはならない。だが、他にどうしろというんだ?僅かなものにでもすがらなければ今はまともでいられてもそのうち周りのものが全て信じられなくなって本当に狂ってしまうかもしれない)

恭介「じゃあそういう時は爺ちゃん所縁の土地に行くほうがいいな。昔の実家はどこだ?」

理樹「いや、あの叔父さんは高校の頃には既に引っ越していたし今行っても他人の家だ、もう思い出はない」

恭介「じゃあどこへ?」

理樹「学校に行こう」

明日に続く

理樹(この家の住所は案外、学校とそう離れていなかった。恭介の車で走ること2時間、標識に聞き覚えのある名前が見えてきた)

理樹「ん……おっ……」

恭介「馴染みの風景になってきたかい?」

理樹「いや……名前だけだね。どれもこれも見たことのないものばかりだ。それにしてもコンビニがバカみたいに多いね」

恭介「へえ、爺さんの頃にもコンビニってあったんだ」

理樹(未来の世界というと誰しも空中に道路があったり、アンドロイドがそこらを歩いていたりと想像するものだが、実際の70年後の世界というのはそういう派手な変化はなかった。ただ、目に見える変化はファッションや建造物がすべて洗礼されたものになっているというものだった)

理樹「さっきまでは考える暇さえなかったけど……みんないったい何を見て歩いているの?」

理樹(前にも見た長方形の液晶パネルを歩く人全員が眺めていた。自転車で移動する人も歩く人も器用にぶつからずしきりにその板を撫でたり擦ったりしている)

恭介「そうか、あんたの高校の頃はまだガラケー時代だったか。ありゃ携帯が進化した物だ。パソコンがあれに凝縮されていると言ってもいい」

理樹「ふーん……」

理樹(この時代の人々は歩きながら外を眺める楽しみを忘れてしまったようだ。散歩という概念はあるのだろうか?)

恭介「あぁ……でもここからは見覚えあるんじゃないか?多分70年ものだぜ」

理樹「あっ!」

理樹(高速に入ると横に見覚えのある海が広がった。そして反対側には川の両端にある大きな土手が街へ続いていた。あの道は忘れもしない、夕暮れに鈴と一緒に歩いた帰り道だ。僕が元の世界で最後にいた場所だった)

理樹「なるほど。これなら見つけられるかもしれない。みんなといた日々……」

恭介「へへっ、今のはなかなかクサい台詞だったな」

理樹「う、うぐぅ………」

………………………………

…………………





校門前

恭介「着いたぜ」

理樹(学校の看板は古く錆びていた。先週、新調したばかりと聞いたが70年も経てばこんなものだろうか?これはこれで趣きがあるけど)

「ああ、これはどうも……」

理樹(校門を眺めていると、還暦は既に迎えているであろう白髪の男性が横の扉を開けてこちらにやってきた)

「直枝さんですね?そちらは……」

恭介「孫の恭介です」

「いやはや、わざわざ遠くから足を運んでいただきご苦労様でした。お疲れにはなっていませんか?」

理樹「あ、いえ……」

理樹(話によると校長が是非とも挨拶をさせてほしいと申し出たらしい。頭では分かっていても僕はこの人より歳上なのがどうも理解出来ない)

「創立90周年を迎える我が校であなた方のようなお客様は大変おめでたい。さあ、立ち話はこれくらいにしてこちらへどうぞ」

理樹(校長室でお茶を頂きつつ学校が70年の間にどう変化したかを聴くことが出来た。なんでも三度も廃校の危機にあったようだがその都度、学校の生徒が立ち上がり、関係者が一致団結して乗り越えてきたという)

「私もここに着任して5年程しか経っておりませんが、生徒は皆楽しそうに暮らしております。最近、沈着化しつつあったいわゆるイジメ問題がここ数年でまたあちこちで起きつつあるようですがうちに限ってそういう事は起きていません。なにしろこの学校には生徒の中にリーダー的存在がいて……」

理樹(校長先生は、校長先生だから話が長くなるのか?それとも話が長いから校長先生なのか?次第にそんなことを考えるくらいに集中力が切れてきた)

理樹「え、ええと……貴重な話をありがとうございました。それではそろそろ学園の方を回らせていただきます……ほら、起きてっ」

恭介「んご……ハッ!」

「おや、そうですか……名残惜しいですが私の役割はこの辺りで終わりです。ではご自由にどうぞ。ああ、お帰りの際は警備員に伝えれば結構です」



………………………………………………………


校舎

理樹「ううむ………」

恭介「懐かしい?……いや、爺ちゃんにとってはこの間のことか……」

理樹「いや、それが……」

理樹(一言でいうと外から見た学校はまったく別のものと言ってもよかった。形自体は変わらないにしても外装がまるで違う。第一に改装をしたのか色が塗り直されている。その他にも変な機械が取っ付けられたりしているし色々とハイテクに風変わりしてしまっていた)

理樹「な、中に入ってみよう」

恭介「へえ……全寮制って言ってもあんまりうちとは変わらないんだな」

理樹(恭介の言う「うち」がどういうものかは知らないが、軽く一回りしただけでここにも思い出が見つかる期待は出来そうになかった)

理樹「やっぱり違うなあ……まさかみんなあの携帯を使って授業してるなんて…」

恭介「タブレットか。もう俺が幼稚園児の頃には当たり前だったようだぜ」

理樹(もうこれからはノートを忘れることはないということか。真人がこの時代にいたらそういう宿題の言い訳も出来ずにさぞかし困っただろう)

理樹「他……他の場所も見に行こう!」

恭介「そうこなくっちゃ!」

理樹(それからあらゆる場所を散策した。図書館、グラウンド、食堂、男子寮。裏庭に至るまで巡った。しかし、どれもこれも全て変化していた。どう変わったかと言われると言葉に詰まるが、ただ漠然と頭に浮かぶイメージで言うとそう……スマートになっていた。清潔で効率的な造形だった。ただそれは同時に人間味も少なくなっているという事だが)

理樹「こ、こういうのが今の学校だと当たり前なの?」

恭介「まあそうだな」

理樹「……どうもまずいな」

理樹(僕にとって学園はほぼ故郷と言っても過言ではない。叔父さんの元から離れたあと、ここで真人達と過ごす時間が楽しかったせいで慣れすぎてしまったのだ。そんな場所が今、世界のどこにもないとなると僕は一体どこに心の拠り所を探せばいいんだ?)

恭介「……帰るか?今日は」

理樹「待って……」

理樹(どこか……どこか見落としている場所はないか?長年変化しづらく、そして思い出深い場所は……)

理樹「……………あっ」

恭介「どうした」

理樹(そうか、あそこがあった!あそこなら別に改装する必要はない!)

恭介「あっ、ちょっと待ってくれよ!」

理樹(再び校舎に入り、一気に階段を駆けた。自分の素晴らしきアイデアに心が踊り、目的地まで上がって息が切れても疲れを感じることはなかった)

理樹「ハァ……ハァ……!」

恭介「おいおい、あんまり無茶しないでくれよ!これで母さんに何か言われようものなら……」

理樹「……あっ、そうだった。ねえ恭介。ちょっとお願いを頼まれてくれない?」

恭介「えっ?」

理樹「さっきの校長先生に屋上の鍵を貸してくれって頼んでくれないかな」





…………………………………………………………………



ガチャッ

理樹「ふぅ……」

理樹(ドアを開けると気持ちいい風がお出迎えをしてくれた。流石にドライバー一本で侵入できる自信はなかったので素直に鍵を借りて正解だった)

恭介「おおー!屋上か!初めて入るな!ヒィィーーヤッホォオォオウ!!」

理樹(恭介が弾けた。僕も釣られて飛び出しそうな気分になった)

理樹「やっぱりここはあんまり変わってないな」

理樹(全部以前のままという訳ではなかったが面影は残っていた)

恭介「よかったな!やっと思い出が生き残っていた訳だ。これで信じたんじゃないか?ここのことを」

理樹「………いや、僕も信じたかったけど……今思うとそれは難しかったな」

恭介「えっ?」

理樹(確かに横に取り付けてある梯子も、その上にある貯水池も懐かしいものだった。屋上自体は変わっていなかった。ただ、問題はそこから見える景色だった)

理樹「屋上の醍醐味は上から眺める景色だ。ある意味景色も屋上の一部と言っても過言じゃない。確かにここだけを見れば懐かしさに浸れたかもしれない……だけどその他、全ての景色が別物になっていたらそれは違和感しかない」

理樹「ほら、ここから見えるあのグラウンドなんか元々あんな部室はなかった。僕らの時は僕らが使っていた野球部のお古一つだけだった。やっぱり……ここはダメだよ。注文が多いと言われるだろうけど」

恭介「……ま、本人が納得しないんならしょうがないさ。それよりもうここは今度こそもういいか?」

理樹「うん……今度こそね」

理樹(それから恭介の車に戻っても名残惜しい気持ちは抱けなかった)

次ラスト(∵)



直枝家

「今日は鍋だ!たくさん食え野郎ども!」

恭介「いえーい!」

理樹「……………」

「………?」

理樹(あのあと、映画館やデパートのある場所にも寄ったが、どこも既に潰れているか別の物が建っているか……どちらにせよ生き残っている所は無かった)

「恭介……お父さん、何かあったのか?」

恭介「いや、ちょっと今日は昔の地元を巡ってて疲れただけさ」

理樹(70年か……学校はともかくああいった都会にそこまでの老舗なんてないだろうし、あったとしても高校生が行くような場所じゃないだろう。諸行無常というのがここまでえげつないものだとは思わなかった)








恭介部屋

恭介「俺もあんたの立場になったらショックだろうな……ホームシックになっても帰るべき家が消えた。自分の知らないところで自分以外の歴史がどうしようもない域にまで進んでしまったなんて自分の中でどう消化すりゃいいのやら……」

理樹(僕は、その話を聞きながらいつの間にかここが現実であると受け入れようとしていた。具体的な証拠なんてなくとも、ここで生きていく一種の諦めのような感情さえ浮かび上がってきたのだ)

理樹「もういいや……案外ここの暮らしも悪くない。もう定年はとっくに迎えているし働かなくてもいいと思えば気が楽だ。僕の娘も美人だし、君だってこうして良い人間だということも分かっている。のんびり生きるよ……なに、寿命がちょっとばかり減ったと思えば平気さ」

恭介「爺ちゃん……」

理樹「そうだ。今度旅行に行こうよ。あっちはともかく僕はまだみんなを完全に理解した訳じゃないしこれをきっかけにもっと仲良くなりたいな!」

恭介「………それもいいかもしれないな。解決方法が見つからない今、あせってばかりいてもしょうがない。急ぐ必要はないんだ」

理樹「うん。さあ、どこへ行こうか?あっ、もしかしてテーマパークもう潰れてたりするのかな……僕にとってはタイムスリップしたような物だし色んな変化も頭に入れておかないとね!」

恭介「あ、ああ……そうだな……」

理樹「それで……それで……!」

理樹「…………………」

理樹(今度は泣かなかった。言葉に詰まったが、恭介は気にしないようにしてくれた)

恭介「……変わらないものだってある。例えば今見える月とか、それを取り巻く空……海なんかもそうだ。今度の旅行は自然を……」

理樹(その時、頭の中にいろんな感情が渦巻いていたまさにその時、恭介の台詞から一つの希望を見出した)

理樹「き、恭介……今……なんて…?」

恭介「どうした?」

理樹「変わらないものだってある………月や空…」

理樹(あまりにひょっこり簡単に出てきたものなんで思わずそれを反復させてしまった)

理樹「海なんかも……そう、海だ!」

恭介「な、なにを言っているんだ?」

理樹(頭の中でその希望に繋がる道をパズルのように紡ぎ合わせた。そしてその第一歩に必要なのは……)

理樹「………恭介、この家に地図は?」

恭介「あったぜ!ちょいとお粗末な物で悪いが紙の地図だ」

理樹(数分後、押入れから引っ張り出してきたのか所々シミが付いている日本地図を持ってきてくれた)

恭介「だがこれでいったい何をするんだ?」

理樹「確かに馴染みの物で思い出に浸れそうなものは何一つなかった……だけど、それが未来なら!」

恭介「未来だと?」

理樹「もしもここが本当に70年後だとしたら僕があの時……高校生であったあの日に『いつかやろう』と決めた事はイレギュラーがない限り”過去”にやったはずなんだ!」

理樹「そして運良く僕と鈴はここに来る直前に約束した。”いつか2人で反対側の海を見に行こう”と」

理樹(地図で高校生の時、たまにみんなで遊びに行っていた近くの海を指でさした。そしてそれをちょうど直線で反対方向になぞる。……ここだ)

理樹「ここへ行ったはずだ」

恭介「ふむ………」

恭介「……………まだ起きてられるか爺ちゃん?」

理樹「ふふっ、僕はまだ学生だよ」



鈴『でも海ってすぐそこにある所か?それだとすぐ見つかるぞ』

理樹『それなら反対側の海に行こうよ』

鈴『反対側か……それは面白そうだな』



理樹(まだ会話の内容を鮮明に覚えている。とてもあれが70年前だとは思えない。だが、僕らが今から確認しようとするのはそれが現実である証明だ。と、言っても海に行ったところで何も思い出せないかもしれない。本当は行ってないかもしれない。だが、行かない手はないのだ。これで何も変化が起こらなければ今度こそ思い出すのは諦めよう。そういう覚悟で僕は恭介と共に海へ向かった)

恭介「……さっき、車のキーを取りに行くんで爺ちゃんに外で待ってもらっていた時、母さんから俺の名前の由来を聞いた。聞けば大叔父らしいな……それで……」

理樹(次に告げられるであろう言葉は流石に予測出来た)

理樹「分かってるよ恭介。あの家に泊まっていて、まだ会ってないんだ。言われなくても……分かってるよ恭介」

恭介「すまん……」

理樹「いいんだ。それよりもう明日が月曜だからか道が空いてるねこれなら……あっ」

恭介「ん?………ああっ!」

理樹(僕らは2人ともそれまで道に興味を示さず、ただナビの通りに向かっていたからかそこが『前に来た道』であることに気付かなかった。そう、ここは……)

恭介「爺ちゃんが見つかって家に帰る時の道だ……つまりは……」

理樹「あの時の僕も同じことを考えていたのか……」

理樹(僕の予想が核心をつく音がした)

………………………………………………………



…………………………………





恭介「爺ちゃん、そろそろ着くぜ」

理樹「う、ううん……」

理樹(なんだかんだで夜間のドライブは危ないので途中でなんどか休憩を挟んだが、それでも外はまだ暗いままだった)

理樹「……何時くらい?」

恭介「4時だ。はぁ、これで今日も学校は無理そうだな」

理樹(ナビの地図を見ると数百メートル先は水色で染まっていた。次の曲がり角でその水色の部分が目視出来た)

理樹「海だ……」

恭介「この辺りにあるビーチスポットは一つ大きいのがある。多分行くとしたらそこしかないだろう」

理樹「…………」



理樹「…………ここか……」

理樹(潮の匂いがする。いつもと変わりない海の匂いだ)

恭介「どうだ?」

理樹「なんとも……」

理樹(海は綺麗だがまだ何も感じることはなかった)

恭介「あっちに灯台がある。あれの方が見やすいだろう」





灯台

理樹(地平線はどこまでも続いていた。まったくの直線ではないため地球が丸いことは分かる。ただ、劇的な心の変化はない。気持ちは関係ないのかもしれないけど)

恭介「ここも?」

理樹「うん……ダメっぽい」

恭介「……もうちょっと見ていかないか?」

理樹「いや、いいよ。帰ろう」

恭介「……分かった」

理樹(僕らは元来た階段へと降りていくことにした。そして向きなおると行きには見えなかった方の壁には小さな落書きがあった。改装もしていない古い灯台だからだろうか?とても古そうな物だった)

理樹「ん……?」

理樹(とても小さな落書きだった。目をこしらえてみないと良く見えない……)

『RIKI&RIN 2007』

理樹「……ハッ!」

夕方

鈴「理樹、ちょっと早歩きで行こう」

理樹「そうだね」

理樹(理樹(少しのんびり話しすぎたかもしれない。もしかしたらみんな既に準備が終わっているかもしれないし急ぎ足で学校に帰ろう)







学校

グラウンド

恭介「おお、遅かったな!」

小毬「鈴ちゃん、理樹くん、お帰り~」

理樹「いや、ごめんごめん……ちょっと買い物が長引いちゃって」

葉留佳「いや~妬けちゃうなー!どこで油売ってたんだコノコノー!」

鈴「や、やめろ!そんなんじゃない!」

来ヶ谷「まあいいじゃないか。夕焼けもいい具合に染まっているしちょうどいい頃合と言えよう」

謙吾「うむ。では早速この松ぼっくりを着火材にするとするか」

クド「炭ならこちらにありますよー!」

美魚「直枝さんと鈴さんはお茶…暖かいほうがいいですか?」

理樹「ああ、ありがとう。じゃあ暖かいほうで。鈴は?」

鈴「同じの」

美魚「分かりました。少々お待ちを」

恭介「よぅし!では早速2人が持ってきてくれたサンマを焼きたいと思う!お前ら、白飯と皿の用意は出来てるかぁ!?」

「「「おおーー!!」」」




恭介「はいお待ちどう!熱いから気を付けな!」

理樹(恭介から渡された2匹のサンマ。どちらも炭から焼いたいい匂いがする)

鈴「は、早く食べよう!」

理樹「はははっ!さっきの話を聞いたばかりだけどやっぱり鈴は猫っぽいや」

鈴「な、なにィ!?」

理樹「慌てなくても魚は逃げないよ。ほら、みんなが配り終わるのを待とう」

鈴「ううむ……お前はとても無茶なことを言うな……」

小毬「鈴ちゃん、隣いい?」

鈴「もちろんだ!」

真人「理樹、隣いいか?」

謙吾「おっ、待て!俺も隣がいい!」

真人「へっへー!先着だぜ!」

謙吾「クッ……あっ、そうだ。鈴、そこ代わってくれ」

鈴「な、なんでじゃ!?」

来ヶ谷「君は言ってて大人気ないと思わないのか……」

謙吾「ええい、彼女がどうだか知らんが隣の席に座る権利は俺も持っているはずだ!立て真人、鈴!」

真人「へっ、バトルするかい?」

鈴「ふん…望むところだ……来い。理樹の女として貴様をぶちのめす!」

理樹「お、女って……恥ずかしい事言わないでよ!しかも自分から!」

恭介「ほーらそこまでだ。輪になって座れ」

理樹(そんなことをやっているうちに全員分の食事が行き届いた。ようやく恭介の作戦が完了しようとしていた)

恭介「じゃあ、ま……」

「「「いただきます!」」」

…………………………………………………


……………………






鈴「結局ここに来るのかなり時間がかかったなー」

理樹「えっ、鈴もしかして覚えてたの!?あの時の約束!」

鈴「お前……あたしを馬鹿にしてるだろ」

理樹「い、いやそんなこと……」

鈴「ふん、まーいーが。…….そうだ、どうせならここに来た証を残そう。あそこの壁にちょちょっと」

理樹「ええ!?いや、悪いよ!ここ改装したばっかで凄く綺麗なのに!」

鈴「バスケの時、新しいシューズを買ったらゲン担ぎでわざと踏んで汚すらしい」

理樹「また何かに影響されてるよ……」







………………………………………………………




……………………………




公園

鈴「理樹………」

理樹「どうしたの?」

鈴「男ならお前がつけろ。女ならあたしが名付ける」

理樹「えっ、急に何?」

鈴「妊娠した。さっき確認したんだが」

理樹「ま、マジ?」




………………………………………………………




………………………………





直枝家

鈴「おい理樹………」

理樹「えっ、なに?」

鈴「ちょうど恭介もう死んだし、名前は恭介でいいか」

理樹「な、なんの話?」

鈴「孫が生まれた。男だ」

理樹「……ま、マジ?」

灯台

理樹「………………」

理樹(沢山の日々を過ごしたあと、ゆっくりと起き上がった)

恭介「どうした……今、なんか固まってなかったか?」

理樹「心配はいらない。少し頭の中で旅をしていたんだ。以前歩んだ道を、まったく同じ時間をかけてね」

恭介「………いつもの爺ちゃんか?」

理樹「あの時のサンマはとても美味しかった。炭で焼くのが重要なんだ。皮もパリパリして香ばしくなる。余計な脂が火に落ちて、煙となって回りを覆うんだ。……ああ、そうだ、それで先週七輪を買ったんだった」

恭介「先週……ああ、ホームセンター!確かに行ってたな!よっしゃ!完璧に元の爺ちゃんだ!」

理樹「ふふっ、苦労をかけたね恭介。よく母さんにばれなかったもんだ」

恭介「俺を見くびるなよ。あんたの孫だぜ?」

理樹(気付けば空は白みを帯びていた。海の方を振り向くと、わずかに水面がキラキラと輝いている……夜明けが来るのだ)

理樹「さあ帰ろう。老体には徹夜はキツい」

恭介「ああ。車はそこに停めてあるぜ」

理樹「フッ……今、恭介に言うことが三つある」

恭介「なに?」

理樹「一つは鈴……お前のお婆ちゃんが孫に恭介と名付けた理由……寂しかったんだ。強がっていても、平気なふりをしていても兄がいないのはとても辛いことだった。だからその傷がかさぶたになるまで、近くに恭介と呼べる人が欲しかったんだ。昔、コソッと僕に教えてくれた」

恭介「おいおい、ひっでえ理由だな!」

理樹「そして二つ目。あのアルバムは上品過ぎてデザインが気に入らなかった。あとでもっと可愛い物を買い直したんだった。中身が詰まっているのは僕の机の中にある」

恭介「なるほどな……」

理樹「そして最後に所在が分からないと思ってた来ヶ谷さんだが……」

恭介「ゴクリ……」

理樹「…………ただ単に携帯を使わなくなっただけで隣町に住んでるんだ。確か来週にまた遊びに来ると手紙で言われていたな」

恭介「………は……ははは……」

恭介「あはははっっ!!」

理樹「アハハッ!!ハッハッハ!」

恭介「なんじゃそりゃ!!」

理樹(________確かに人が作るものは所詮いつか風化する。時には自分を証明するもの全てが消え失せてしまうかもしれない。だが、たとえこれまでの世界が丸々すべて別の物に生まれ変わったとしても、記憶がある限り決して恐れる必要はない。これまでの経験は、その思い出がすべて保証してくれる。それがある限り、人々は安心して明日を暮らすことが出来るんだ)






終わり(∵)

結局は謎が残ってるのかな?
理樹は70年の記憶を無くしただけだったとか?

進行ペース遅かったしssとして突飛な点も多かったがここまで付いて来てくれてありがとう!

>>71
そういうことだな(∵)

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