【ミリマス】765プロ昔話『だいくとおにろこ』 (32)

むかしむかし、あるところに流れの早い川がありました。

幅の広い大きな川でしたが、大雨が降った日などは山からどうどうと流れる水がやってきます。

そうなると、川の水は岸をわたしている橋をくだき、ひしゃげさせながら押し流していきます。何度橋をかけなおしても同じことがくりかえされるので、人々は大変困っておりました。

橋がないと、ずっと下流へ遠回りせねば向こう岸まで行けません。橋が流されるたびに、村の者も町の者も、歩いて歩いて、やっとのことで川を渡るのでした。

すっかり弱った川岸の人々はみな寄り合って相談し、腕の立つ大工に、川の流れに負けない丈夫な橋をかけてもらうことにしました。

恵美「それはほうっておけないね。アタシにまかせておきなさい」

困り果てた人たちを思いやった大工は、彼らの頼みをこころよく引き受けたのでした。


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さて橋を架けようと思い立つも、川のようすをしっかり観察しないことには始まりません。

何度も橋を押し流した川の流れとは、どんなものなのか。雨が降るのに合わせて、大工は川のようすを見に行きました。

はじめ、川の流れはおだやかに見えましたが、降りつのる雨に応じて水の勢いは激しさを増していきます。

ふちでは渦が巻きはじめ、どうどうと音を立てて流れる水が、岩に身をぶつけながら川を下っていくのが見えました。

恵美「これはまいったなあ。やわな橋をかけたら、ひとたまりもないよ」

それから毎日、大工は川岸へ通いました。

雨の日も風の日も川を見つめ、どうやって橋を作るものかと考え続けましたが、なかなかいい考えは浮かびません。

そんなある日、大工がいつものように川ぶちを見つめていたときでした。

大工は、川底からぶくぶくと泡が湧いてきていることに気が付きました。

奇妙に思って眺めていると、なんと泡の中から、豊かな髪にかわいらしい髪飾りをつけた女の子が出てきたではありませんか。

恵美「お、お前、なにものだ。人間じゃあないね」

おどろきながら大工はたずねましたが、女の子は、そんな大工のようすを見てにまにまと笑っています。

恵美「さては、鬼だな。見た目はかわいくても、こんな芸当ができるのは鬼みたいな化け物の他にいないだろう」

??「ザッツライト。そこの人間、何を困っているのですか」

変わらず笑う鬼をにらみながら、大工は答えました。

恵美「アタシは大工だよ。この川に、急な流れにも負けない丈夫な橋をかけてやるのさ」

大工の言葉を聞くと、鬼は大声で笑いだしました。

なにがおかしいのかと大工が問うと、鬼は得意げな表情で言いました。

鬼「そんなもの、私がインナミニッツでビルドしてさしあげますよ」

恵美「なにっ。そりゃどういう意味だい」

鬼「すぐに橋を架けてさしあげましょう、と言ったのです」

恵美「なんだってえ」

小さい女の子の見た目でそう言うのですから、いくら鬼が相手でも大工には信じられません。

自分はからかわれているのだと思った大工は、鬼をにらみ返して言いました。

恵美「そりゃあいいや。とびっきり丈夫な橋をたのむよ」

鬼「ふっふっふ。たしかにプロミスは結びましたよ」

笑顔をくずさない鬼は、大工に向かってこう続けます。

鬼「しかし、これではあなただけがプロフィットをゲインすることになりますから、橋ができたら代わりにあなたのアイボールをテイストさせてもらいましょう」

恵美「面白いじゃんか。なに言ってるかわからないけど、やれるものならやってみなよ」

鬼「まあまあ、楽しみにしていてください。シーユーアゲイン」

それだけ言うと、鬼はすぐに川の底へ沈んでいきました。

大工は、なんて変なやつだろうと思いながら家へ帰っていきました。

家に着いてから、大工は考えました。鬼が出てくるなんて夢のようにも思えましたが、自分の目でじかに見たことですから、気にしないわけにもいきません。

大工の頭に、鬼のことばが浮かびます。

「代わりにあなたのアイボールをテイストさせてもらいましょう」

鬼のことばは大工にとってちんぷんかんぷんでしたが、ああいった化け物に目をつけられては、何をされるかわかったものではありません。

不安になってきた大工は、自分の心に大丈夫、大丈夫だと言いきかせながら眠りにつきました。

翌日、大工がいつものように川へ行くと人だかりができています。

人ごみをかきわけて見ると、なんと、そこには作りかけの橋がかかっているのでした。

恵美「なんだこりゃあ……」

橋は、材木をたくみに組んで作られていました。大きな川の半ばあたりまで、宙にきれいな放物線を描きかけていています。

欄干にこしらえられた奇妙な装飾が目をひきましたが、出来かけとはいえ、見るからに立派な美しい橋でした。

春香「それにしても不思議な橋だねえ。橋げたがない橋なんて、私、見たことないよ」

琴葉「けれど、橋げたがなければ流される心配もずっと少なくなるわ。……あっ、大工さんじゃないですか」

橋のそばでざわざわしていた人々は、大工がいることに気付くと口々に彼女をほめたたえました。

春香「ありがとうございます。もうこんなに作ってしまうだなんて、うわさ以上の腕前なんですね」

琴葉「これで村や町のみんなもすごく助かります」

恵美「いや、アタシは」

琴葉「ありがとうございます、大工さん。あなたに相談して本当によかった……」

集まった人たちは皆このような調子だったので、大工は本当のことを言い出すこともできません。

人のいい大工は彼らをむげに扱うこともできず、みんなが帰っていくまで川べりで彼らの相手をしつづけるのでした。

さて、大工が一人になると、またもや川淵の底から泡がぶくぶくと浮かび上がってきます。

そのようすを見ていると、やはり昨日の鬼が姿をあらわしました。

鬼「あなたのアイボールはもらいますよ」

にやにや笑いながらそう言うと、鬼は川底へ消えていきます。

もう、大工は肝が冷える思いでした。「あいぼおる」が何かはわかりませんが、後につづく言葉から考えると、どうも不安でたまりません。

それにしても気になるのは、鬼がどうやってあの橋をかけたかということです。

大工は怖がる気持ちをおさえて、夜の川へこっそり出かけてみることにしました。

夜、大工が身を隠しながら橋を観察していると、例の鬼が半分かかった橋の上に立っているのが見えました。

鬼はどこからか持ってきた材木をひょいと持ち上げ、いくつもある道具を器用に使いながら、橋へ組むためにそれらをととのえていきます。

そうしてできた木々を上手に組んで橋作りをすすめていく鬼のうで前に、大工は思わずうなりました。

これでは、橋の残りも今夜中に架けられてしまう。そうしたら自分の「あいぼおる」はおしまいだ、と大工は思いました。

ふと、鬼は作業の手を止め、大工に聞こえるように言いました。

鬼「そこで見ているのはわかっていますよ。あなたのアイボールは、この私が必ずゲットしますからね」

鬼「しかし、これではあなたがあまりにもピティです。ですから、私の名前がわかったらその知恵に免じて見逃してあげることにしましょう」

鬼「さあ、どこへなりとも名前をたずねにお行きなさい。ユースレスなレジスタンスに終わるでしょうがね……ふふふふふ」

彼女の顔は、隠れていたはずの大工の方をまっすぐに向いています。恐ろしくなった大工は、いちもくさんに家へ逃げ帰りました。

恵美「ああ、どうしたものだろう。あいつの名前がわかれば、なんとかなるかもしれないけれど」

とはいうものの、どうやって鬼の名前を知ることができるのか、まったく思いつきません。

町の人や村の人はきっと鬼のことを知らないでしょう。知っていたら前もって大工におしえているはずですし、話題に上がったこともないのです。

だれに鬼の名をたずねればいいか、大工は途方にくれてしまいました。このままでは、あてずっぽうで名前を答えるしかありません。

恵美「うーん。こうなったら、逃げるが勝ちってやつかなあ」

大工は、すぐに荷物をまとめて鬼の目がとどかぬ場所へ逃げることにしました。

さしあたって、大工は山を越えた先にある村をめざすことにしました。月と星の明かりをたよりに、暗い山道をせかせかと急いでいきます。

恵美「それにしても、しゃくだなあ。おちょくってきた鬼とやりあった、アタシがうかつだったか」

むかむかする気持ちに、大工の口からは小言がもれます。何がわるかったのかと考えるほどに、鬼のいじわるさと自分の浅はかさに対する怒りがわいてきました。

恵美「ええい。だれかあ、鬼の名前を知ってるやつはいないのかい」

腹立ちまぎれに大きな声で呼びかけましたが、風も、草木も、大工の声には応えません。

こんな時間でなければ、自分の声に応えてくれる動物たちもいたのだろうかと大工は半ばやけになりながら思いました。

さて、ちょうど山道を降りてきたころでした。

わき水の流れている辺りに大工が座って休んでいると、どこからか奇妙な歌声が聞こえてきます。

耳をすますと、かわいい女の子の声がさきほどよりもたしかに耳へ届いてきました。



シュールセンテンス インマイマインド

インスピレイション オーソライズ

ココロバイブレーション オーセンティック

アバンギャルドフィーリン インマイハート



その声は、大工には聞き取れないような、とても変わった歌詞を歌っていました。

はて、どこでだれが歌っているのかと気になった大工は歌声の主を探すことにしました。

すぐに声の主を見つけた大工は、相手へ声をかけました。

恵美「そこのおまえさん。ずいぶん変わった歌をうたうんだね」

桃子「えっ。ひょっとして、桃子の歌をきいていたの」

恵美「声の印象どおり、かわいらしい女の子じゃないか。こんな夜ふけに独りきりなんて、危ないよ」

桃子「ほうっておいてよ。お姉さん、桃子になにか用?」

恵美「ううむ。用というか、なんというか」

本来なら、急いで鬼から逃げていくべき時です。が、大工はさきほどの歌がどうも気になってなりません。

歩き休めのついでだと思いきって、大工は女の子に奇妙な歌のことをたずねることにしました。

はじめはつっけんどんな態度でいた女の子でしたが、大工の人当たりのよさもあって、少しづつ大工の話に応えるようになっていきました。

恵美「すると今の歌は、夜ふけになるとこのあたりに来るという、君の友達が教えてくれた歌なんだね」

桃子「うん。でも、昨日は来てくれなかったの。今日も待ってるのに、まだ来なくて」

恵美「ふうん。その友達、名前はなんていうのさ」

桃子「……教えない。その子、名前を教えてくれたのは桃子と仲よくなってからだもの」

恵美「なにか、他人に知られたくない事情があるのかな」

桃子「さあね。桃子が知っていても、会ったばかりのお姉さんには教えられないけど」

恵美「うーん。それもそうだね」

女の子にも、女の子の友達にもなにか特別なわけがあると思った大工は、それ以上その話題を続けようとはしませんでした。

さて、そうしている内にも時間はちくたく過ぎていくわけで、先を急ぐ大工としては都合がよろしくありません。

いいかげん、この子と別れなくては。そう思った大工は、最後にこんなお願いをしたのでした。

恵美「ねえねえ。お友達が教えてくれた歌、一曲でいいからアタシにも教えてくれないかな」

桃子「いいよ。でも、どうして」

恵美「アタシ、君の歌っていた歌がさっきから気になってしかたなくてさ。歌詞はちんぷんかんぷんだけど、音の調子が小気味よくって好きになっちゃったんだよ」

桃子「そうなんだ……。じゃあ、今から歌ってあげるね」

女の子は、大工と出会ったときに歌っていたあの歌を歌い出しました。

まるで知らないことばがたくさん込められた歌でしたが、大工はがんばって、女の子のうたう歌を自分の心に刻み込もうとしました。

桃子「どう。お姉さん、おぼえられたかな」

恵美「ううん。はっきりいって、これは覚えられる気がしないね。音の流れだけなら、何とかなりそうだけどさ」

大工の言うことを聞きながら、女の子はうんうんとうなずきます。

きっと、彼女もこの歌を覚えるときに並々ならぬ苦労をしたのだと思われました。

恵美「しかし、途中で出てくるしゃべり言葉はなんなのさ。あそこだけ、歌じゃなくて早口ことばみたいになってたよ」

桃子「あれは、ロコのレゾンデートル……ロコがここにいる理由、みたいなのを歌っているらしいよ。本人から聞いただけだけど」

これを聞いた大工、はっと気づいて、女の子に聞き返しました。

恵美「ろこ、ろこというのがお友達の名前なの」

桃子「えっ。……それは」

恵美「いや、それはもういいか。このこと、他の人には言わないから安心しなよ」

そのことばに、女の子がほっと胸をなでおろしたのが大工にもわかりました。

女の子と別れた大工は、ある考えを胸に秘め、今まで歩いて来た道を走ってもとへ戻っていきました。

夜の月はすっかり沈んで、空も白んできています。うっすらと霧の立ちこめる例の川ぶちには、両岸に架かる立派な橋ができあがっていました。

橋のたもとには、大工の他にだれもいません。その場でじいっと待っていると、ぼこぼこと湧き上がる泡とともに、鬼が姿をあらわしました。

鬼「私の名前はわかりましたか。それとも、おとなしくアイボールをサーブする気になりましたか」

にやにやと笑いながら言う鬼に、大工は言い返します。

恵美「なんの、なんの。お前の名前なんて、すぐにわかったさ」

大工の威勢のいい返事にも、鬼は笑顔を保っておりました。

鬼「あなたのカレッジは認めましょう。さあさあ、みごと私の名前を答えてみなさい」

鬼の大きな大きな声に応じるように、大工も大声で鬼の名前をさけびます。

恵美「お前の名前ははしこという。橋をかける、橋子だ」

鬼「まあまあ、なんとナンセンスな名前でしょう。私は橋子じゃありません」

恵美「なあに、今のはほんのこてしらべ」

鬼「ほうほう、ならば答えてみなさい。私の名前はなんという」

恵美「お前の名前はみちこという。川の上に人の歩く路を作る、路子だ」

鬼「ちがいますーっ。ぜったいぜったい、アブソリュートリー、私の名前はそんなネームじゃありませんっ」

二人の声に負けじと川は音を立ててどうどうと流れます。

川淵に向かい合う鬼と大工は、身を乗り出すようにして互いに相手の目を見すえておりました。

鬼「ブレイブリィなカーペンターさん、そろそろ人がやってきます。次が最後のつもりで答えてみなさい」

恵美「いいとも。これが外れたら、アタシの腕でも、目玉でも持っていきな」

大工がそう言い切ると、鬼は大音声で問いました。

鬼「さあさあ、みごと答えてみなさい。私の名前はなんという」

鬼からの最後の問いに、大工は、息を胸いっぱいに吸い込んでから答えました。

恵美「お前の名前は……」

恵美「お前の名前は、ろこだ。橋を架けたは、おにろこっ」



次の瞬間、鬼はうーっとうめくような声を出して川底へと姿を消していきました。

川は、さきほどと変わらずにどうどうと音を立てて流れています。大工の見つめる淵に浮かび上がってくるものはなにもありません。

大工は、鬼の出てきた淵に向かって言いました。

恵美「ろこ、出てきなよ。あんたに話がある」

川の流れに変化はありません。激しい流れの中で、力強く泳いでいる魚が二、三匹だけ見えています。

恵美「戻ってきてってば。聞きたいことがあるんだよう」

川のようすは、ちっとも変わりません。怒った大工は、大声で言いました。

恵美「みちこ、出てこい。話があるって言ってるじゃないか」

路子「ロコはみちこじゃありませーんっ」

恵美「ようし。やっと、戻ってきてくれた」

川淵には、さきほどのように橋のたもとで立つ大工と、川の上に姿をあらわした鬼の二人だけがおりました。



このとき大工は鬼と話をしたらしいですが、なにぶん、先ほどと違ってふつうの話し声でのやりとりでしたから。

二人の声は水の音にじゃまされるので、二人のほかの誰も、くわしい内容を知ることはできませんでした。

むかしむかし、あるところに流れの早い川がありました。大雨が降った日などは、どうどうと流れる水が橋をくだき、ひしゃげさせながら押し流していきました。

何度橋をかけなおしても同じことがくりかえされるので、困った人々は相談して、とある大工に丈夫な橋をかけてもらうことにしました。

そうして立派で丈夫な橋を架けた、この大工。もとより腕が立つと評判の職人でしたが、橋を架けてからはますます評判になっていきます。

それまでよりずっと腕がよくなった。仕事がずいぶん早くなった。妙な意匠をほどこすようになったが、これがかえって面白い、などと言われたそうです。



しかし、やきもちなのか、いじわるなのか、大工についてあることないことを言いふらし、悪い評判を流そうとする人たちもおりました。

その中でも特に変わった人で、彼女を「鬼の仲間」だと言う者がいました。いわく、夜ふけの山道で、ずいぶん変わった歌を見知らぬ少女たちと歌い、踊る大工を何度も何度も見たのだとか。

その人があんまり熱心にその恐ろしさを語るので、気になったある人がこう問いかけたそうです。

亜美「おいおいお前さん、そう何度も歌ってるのを見ているってのに、どうして最初の一回でやめておかないんだい」

真美「だってだって。ずいぶん楽しそうにしているんだから、怖くたってついつい見に行ってしまうだよう」

亜美「へえ。楽しいっていうのは、どんな感じなのさ」

真美「それはねえ。こう、ぱーんっ、たっ、らんらーんっ、てさあっ」

亜美「……いったいぜんたい、それのどこが怖いってのさ」



こんな調子で、話し始めた本人が目を輝かせて語るものですから、この悪評を信じる者は二人と出てきませんでした。

それで、大工が悪い鬼の仲間だといううわさ話もすぐになくなってしまったとさ。



(おしまい)

『大工と鬼六』は大正時代にできた創話が元だそうですが、例によって色んなバリエーションの話がありました。

そういうわけで、自分の力量不足も手伝い変な物語になってしまった気がします。子供の頃に読んだお話を好き勝手に変えていくのは、難しくも楽しかったです。

読んでくださった皆さま、ありがとうございました。

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