【アイマス】 琴葉「学園ホラー」 【ミリオン】 (39)

※ゲーム内のドラマCD投票イベントで、暫定2位のアイドルが出演しております。

※「アイドルたちが出演している映画」という設定です。

※「普通の子」については、諸事情によりキャストを変更してお送りいたします。演者さんの復調を祈ります。

※後ほどpixivにも同作品を投稿する予定です。同じようなものがあっても、パクリとかじゃないです><

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1474475619

【6月18日:恵美】
 夏の入り口に立ったあたりのことだった。少し湿っぽい空気に包まれた化学室の底に、私、所恵美を含む女子高生4人が沈んでいた。
「先月の頭はいろいろ楽しかったわね・・・ゴールデンウィークよもう一度!」
 我らがオカルト研の会長、馬場このみは祝日の無い6月を嘆く。その場の全員もおそらく同意見だった。
「お泊まり会のときの映画、面白かったですよね。」同じようなテンションで田中琴葉が続く。「ゾンビと鮫が出てくる海賊船のやつ。」
「いやー、あの手のホラーを面白がる女子高生はどうかと思うよ、琴葉ちゃーん。」
 彼女とはそれなりの付き合いだが、その妙な趣味は小学生の頃からまるで変っていない。おそらくはそのC級ゾンビ映画も本気で面白いと思ったのだろう。その感性が時折羨ましい。
 先月の連休は"部活"と称し、みんなでお泊り会がてらホラー映画をみる企画を行った。映画は正直イマイチだったが、新しい部員たちと打ち解けられたのはよかった。
「うん、とても楽しかった!サヨコの顔とカ!」
「そうねぇ。思ったよりリアクション良くって、企画した甲斐があったってもんだわ。」
 4月に転校してきた島原エレナは、なんと海外からの転校生。こういうの、本当にあるんだなぁ、と感心した。そして今年入学してきた高山紗代子は、マジメというか堅いというか、とにかくアタシとは真逆の子、って感じ。
「ウワサの紗代子は・・・今日もテスト勉強で欠席?」
「まぁ正しくは活動日じゃないから欠席じゃないんだけど・・・」先輩は私の方に目だけを向けて答える。「まだ一か月はあるのに感心よね、ホントに。」
「アタシにはちょっと理解できないっスね。ってか先輩は受験勉強とか大丈夫なんスか?」
「ちゃんと予定通り進めてるし、いざとなったら受験会場でこっくりさんでもやってみるわ。恵美ちゃんは楽勝って感じ?」
 センパイとは1年弱の付き合いになる。柔らかい雰囲気の持ち主だが抜け目がない、という印象だ。彼女がそういうなら、受験対策はバッチリなのだろう。
「恵美こそ、テスト大丈夫なの?」琴葉先生のご指摘が飛んでくる。
「いやー、きついッス。また先生のお世話になるッス。」
「最初っからそのつもりだったんでしょ。」
「にゃははは、バレてたかー」
「よし、琴葉ちゃんに任せっきりもアレだし、今日の活動は恵美ちゃんのテスト対策にしましょうか。」
「メグミ!英語ならとっても任せてヨ!」
 この一か月弱でエレナの日本語もずいぶんと上達したと思う。しかし、この流れはいけない。話題をなんとか逸らさなければ。
「テストはまぁ、来週あたりからでもなんとかなりますって。」ここでわざとらしく椅子から立ち上がり、机に両手をつく。「それよりテスト明けたら夏休みですよ、夏休み!夏は何もやらないんスか先輩!?」
「もちろん、企画はあるわよ!」
「海ですか?それとも山ですか?」
「うーん・・・山ね!」
「わ、キャンプですか!」
「ワタシ、スイカ割りっていうのをやってみたいヨ!」
 テンションを上げて畳み掛けると、琴葉もエレナも食いついてきた。これでテスト勉強の話は無くなりそうだ。

「琴葉ちゃん、エレナちゃん、私たちはおばあちゃんの代から続く、由緒正しきオカルト研究会なのよ?」それは初耳だった。「”旧校舎の亡霊”のウワサ、聞いたことある?」
 待ってましたとばかりに話が始まる。先輩の企画だから期待はしていなかったけど、たまにはめいっぱい女子高生っぽい遊び方もしたいなぁ、と思いつつ3人を眺める。
「事件が起きたのは50年くらい昔。この学校で、ある女子生徒が行方不明になったんだって。不思議なのが、彼女に関わりがある人たちが、彼女のことを一切忘れちゃっていたらしいの。神隠しとかにはいろんな事例があるけど、これは他に類を見ないことだわ。」
「忘れちゃうのに、なんでその話が伝わってるんスか?」
「それが不思議なのよねぇ。彼女の親でさえその子のことを忘れていたんだって。今でもその子の亡霊が、忘れられた怨みを抱えて旧校舎でさまよっている、とか・・・」
 ゴクリと唾を飲み込む琴葉の耳に、ふうっ、と息を吹きかけてみる。「ひいっ!」と声をあげる琴葉。かわいいやつめ。
「あんまり信憑性が高すぎるより、肝試しにも行きやすいじゃない?」
 アタシに向かってこそっと話す先輩。なるほどな、と少し納得した。それでも、琴葉とエレナはすっかり信じてしまったみたいだ。
「ウーン・・・その幽霊、なんとかしてあげられないかな・・・」
「旧校舎は来年までに取り壊されちゃうらしいの。その前に、由緒正しきオカルト研究会としては押さえておきたいじゃない?」
 今使われているこの校舎の他に、旧校舎というものがある。歩いて10分くらいのちょっとした山の上に建っていて…[たぬき]の、「学校の裏山」みたいなイメージ。余談だけど、アタシは[たぬき]の声真似が得意だ。工事については、「マンションが建つから」とか「ホームレスが住み着いてるから」って聞いたことがあるけど、実際はどうか分からない。とにかく、今年度が肝だめしのラストチャンスなのだ!
 ・・・とは言っても、ロクな手入れもされて無いだろうし、ホームレスのウワサも考えると女子高生が五人で乗り込むにはけっこう危ないと思う。紗代子ちゃんなら反対するだろうし、それに乗ってみよう。山に行くなら河原でバーベキューとかがいいなぁ。

青い[たぬき]は、「ドラ○もん」と脳内変換をお願いしますorz

「・・・行きましょう!」
 翌日、高山紗代子は姿勢正しく、ハッキリとそう言った。
「おおっ?・・・自分から話を振っといてアレだけど、紗代子ちゃんが乗り気なのは意外ね。」
「だって、なんとかしてあげたいじゃないですか。」
 話を聞いた紗代子の真面目回路が変な方向に作動してしまったみたいで、予想は大ハズレ。しかし部長も言ってたけど、意外だ。
「おぉ、サヨコ、熱いネ!」
「あー、でも、ほら、怪奇現象とか?ホントにあったらちょっとヤバくない?」
「大丈夫!神様が見ててくれてるし、いざとなればワタシがなんとかするヨ!」
「エレナちゃんかっこいい!」
 これはもう駄目だ。正義のオカルト研究会員は聴く耳を持たない。
「さて、予定たてちゃいましょうか。いつが良いかしら。」
「やっぱりこういうのは、お盆のあたりが良いと思います。」
「・・・それ、幽霊側の都合も考えた感じ?」
 紗代子、意外とオカルト好きなのかな。彼女の事も、エレナの事も、このみ先輩の事も、まだ知らない事は多い。まぁ、それでいいけど。夏休みが待ってる。時間はまだまだたっぷりあるのだ。ゆっくり知っていこう。
「よし、夏休みの予定は一個決まりって事で!さて恵美ちゃん、今日はちゃんとテスト勉強しましょうね?」
「あら、この前は上手く流せたんだけどな~・・・そういえば、先輩はその話どこから仕入れてきたんスか?」
「ん?・・・あー、最初はエレナちゃんと英語からで良い?」
 先輩にしては歯切れが悪い。もしかすると創作怪談なのだろうか。ともかく、最後の一投も外したところでアタシは諦めてカバンから教科書を取り出した。

メル欄にsagaで ドラえもん は出るよ

後、行間空けて貰えると読みやすいかなーって

【七月十日:紗代子】
 試験期間が終わり、夏休みも目前。二年生の先輩たちは赤点の補習があるらしく、今週のオカルト研の活動は部長と私だけで夏の肝試しの下調べを行うことになった。
「さてさて・・・じゃ、書庫の奥のほうをお願いできるかしら。」
「奥の方って、ほとんどゴミ捨て場みたいなものじゃないですか・・・」
「まぁまぁ、そういうところの方が掘り出し物が埋まってる、って感じがするじゃない。後輩ちゃんにおいしい所をゆずってあげましょう!」
「そんな、ものは言いようですけど・・・」
 しぶしぶ書庫の奥へと足を踏み入れる。そこには、擦れて題名が判読不能な本や日焼けしてボロボロの本、誰かの日記帳までがそこかしこに積んであった。本の形をしていればなんでも良かったのか、と司書の先生に内心呆れながら本を手に取っては頁をめくっていく作業を続けた。
 紙束の山を崩していくと、床に小さな鍵が落ちていることに気づいた。親指よりも小さな鉄製の鍵。部屋を見回してみると、隅の事務机の引き出しに鍵穴がついている。
 古めかしいノートが一冊、入っていた。

>>6
ありがとうございます。次から行間を空けてみます。

 「〇〇病院 業務日誌」と面白くなさそうに書かれたそのノートは、年号を見るに戦時中のものらしい。内容は、その日起こった事や翌日への連絡事項、ときどき書いた人のぼやきなど。数ページ読むと聞きなれた地名が出てきた。どうやらこの町にあった病院のようだ。

 さらに読み進めると、途中で雰囲気がガラッと変わる。


【●月●日 11時ごろ、空襲が起こる。町はずれの山の上なので大きな被害はなかったが、今までに無いくらいの人が押し寄せてきた。】

【●月●日 空襲後、初めての死者が出た。衛生のために遺体は焼却処理。本当に申し訳ない。中庭の桜の下に埋葬。しっかり弔ってあげたかった。】

【●月●日 なにもかも足りない。床に寝かせてしまっている人も多い。】

【●月●日 今日は4人亡くなった。手がまわらない。焼いて処理。】


 頭がぐらっとする。手記の内容のせいか、はたまた埃のせいか。途中からは足りない薬品や道具のリストと死者数の報告が淡々と書かれていた。

「何か面白そうなもの見つかった?」

「あ・・・いえ、特には・・・」

「そう、じゃあ一旦中断。こっちはいろいろと見つかったわ」

 部長は私を書庫から引きずり出し、分厚い本の前に座らせた。曰く、この学校のあった場所には昔は病院があったらしく、戦時中の空襲があった際には多くの人が運び込まれたらしい。

 他にも当時の新聞などが広げられていたが、直接的な怪奇現象の資料は無かった。しかし、あの日誌を読んだ後だと、これは確かに出るものが出そうだという印象を受けた。

「で、それは?」私はノートを持ったまま書庫を出てきていたらしい。

「・・・多分、その病院で働いてた人の日誌です。ちょうどその時期の。」

 ふむ、と部長が手招きで催促する。ノートを渡すと、目を通しながら彼女はつぶやいた。

「あぁ、なんか元気が無いと思ったら、こういう・・・なんだか思ってた以上に出てきそうじゃない、幽霊。」

「・・・ええ、そうですね。」

 予想外の重い事実に、それ相応の悪い空気が流れる。

「あー」部長が沈黙を破る。「中庭の桜の木の下ね。お盆だし、お線香でもあげておく?」

 その一言で、少し気分が軽くなった気がした。

【七月十五日:エレナ】

 国語の”ついし”が終わって、久々の部活動。久しぶりにセンパイとサヨコを見た気がする。たったの一週間ぶりなんだけどネ。二人はワタシたちがいない間に旧校舎について調べてたみたいなんだけど、女の子の霊については特には分からなかったみたい。

「ということで、どうやら女の子の霊以外にもわんさか出てきそうな感じなのよ。」

「戦時中の病院・・・確かに・・・」

 旧校舎の成り立ちを聞いたコトハは、ゴクリと唾を飲み込みながらつぶやいた。

「ンー、でも悪い人たちじゃ無いんだよネ?」

「それはそうだと思うわ。まぁ、私たちも悪いことしようって訳じゃないし、そこまで怯えることも無いんじゃない?」

「大丈夫だよコトハ。ワタシたちだって死んだら同じなんだから。」

「そうだけど、それフォローになってないよぉ…」

 それを見たメグミがケラケラと笑う。コトハは怖いのが苦手みたい。転校してきてすぐ、コトハの方からワタシをオカルト研に誘ってくれたはずなんだけど、不思議。

「怖がる必要はないヨ。実はワタシたちが思ってるよりも幽霊の世界は近くにあって、そこからはぐれちゃっただけなの。だから、元の場所に帰してあげなくちゃ。」

「・・・エレナちゃんは、怖いと思ったことはないの?」

「ウン、あんまり無いかな。きっと友達にだってなれるヨ!」

 幽霊を怖がる必要は無い、と幼い頃からおばあちゃんに教えられていたワタシは、「肝試し」に向いていないのかもしれない。コトハに言ったことは、ほとんど受け売りだ。

 ワタシの故郷は小さな町で、そこでおばあちゃんは「魔女」と呼ばれてた。病気に効く薬草だとか、古いおまじないとかいろんな事を知ってて、大きな行事や困ったことがあると町の人に頼りにされていた。そういう"隣の世界"についても他の人より詳しかった、というか慣れていた。

「怖がることはないの。迷子になっちゃって、哀しい、哀しいって。だからしっかり向き合ってあげれば、友達にだってきっとなれる。」

 おばあちゃんの手伝いで一度、隣の世界に迷い込んでしまったことがある。細かいことはよく覚えていないが、何故か、ただただ哀しかった事を覚えている。はっきり覚えているのはおばあちゃんのその言葉と、ワタシを落ち着かせるために作ってくれたスープのこと。

「へぇ、面白い切り口ッスね。友達かぁ、なれるかな?」

「私はなってみたいわね。紗代子ちゃんは?」

「・・・難しいと思います。在り方が違うんですから、きっと何もわからないし、伝わらないですよ。」

「わたしは、そうは思わないかな。」コトハが喋り出す。「強い思いがあって幽霊になっちゃうんだったら、それだけの思いが伝わらないなんて、私だったら、嫌だな。」

「まーまー、ガチで肝試しもいいけど、そう気負いすぎてるとお墓参りにだって行けないよー?」

「あ、それもそうだネ。」

 ちょっとピリッとしそうな話の流れをメグミが治めてくれた。この話題はそれきり流れてしまったが、サヨコのコトハを見る目が、やけに頭に残った。


【八月三日:このみ】

 目が覚めて目覚まし時計を見ると、短針は定位置を通り越していた。だけど私は焦らない。夏休みの学生は無敵なのだ。和室に似合わぬベッドから起き上がり、制服には目もくれず部屋から出る。

「おはよう。このみ、なにか欲しいものある?」

 居間に降りると、お母さんとお味噌汁の匂いが一緒に出迎えてくれた。

「おはよ。いきなりどうしたの?」

「昼から買い物行くのよ、モールまで。なにか欲しいものある?」

 ご飯をよそいながら少し考えるが、特に思いつかなかった。「特に無いかなぁ。ゼリーとか?」

「じゃあ、適当に買ってくるわね。」

「お願い。いただきます。」

 お母さんと一緒にテレビを見ながら遅い朝食を摂るこの時間が、夏休みの実感を与えてくれる。

「私たち今度、肝試しに行くんだ。」

「あら、そうなの。そしたら虫よけのスプレーと、あとお線香も買ってくるから。仏様には粗相のないようにね。」

 今日の天気の話をするように肝試しの話が始まる家庭は、我が家以外にどれだけあるのだろうか。何を隠そう我が家は三代続けてのオカルト研のメンバーだったのだ。先輩のアドバイスはためになる。

「オカ研で面白いこという子がいてさ、海外から転校してきた子なんだけど、その子が言うには死後の世界は私たちのすぐ隣にあって、幽霊は"ちょっとお隣から迷子になっちゃっただけ"なんだって。」

「そうかもしれないわね、ちょっと分かる気がするわ。私も40を越えたあたりからだんだんお隣に近づいてる気がするもの。」

「またまたぁ。長生きしてよね?」

「孫の顔見るまでは頑張るわよ。でも面白いわね、お国の違いなのかしら。」

 そんな話をしているうちに、朝食を終えた。夏はホラーの季節っていうのも、"お隣の世界"が一年のなかで一番近い所にあるからかな?

「それにしても、今の子も肝試しなんてやるのねぇ。どこに行くの?」

もしかしたら、お母さんなら何か知っているかもしれないと思い返答ついでに訊ねる。「旧校舎。”女の子の霊”のウワサって知ってる?」

「んー・・・知らないわね・・・」微妙な表情を浮かべて言った後、顔つきが真剣になる「言っておくけど、あそこに行くのはオススメしないわよ。もともとあの場所には・・・」

「病院があったんでしょ?このまえ調べて初めて知ったわ。」

「そう、知ってたのね。ところで、どうして今になって旧校舎?」

「・・・ヘンなこと言っていい?」と、前置きをする。我ながら変な話だと思うが、あったのだから仕方がない。「夢で見たの。」

「・・・勉強しすぎで疲れてるんじゃない?」

「ちゃんと聞いてって。夢で、後輩と私の2人で部室の引っ越し作業をしてたの。本棚を部屋から出すからって片っ端から本を箱につめて、空になった本棚を持ち上げたら、その下に古いノートが落ちてるのを見つけるの。」

「・・・で、実際に本棚の下を調べたら、ノートが落ちていた、とか?」

「そうなの。もうビックリ。」我ながら出来すぎていると思い、苦笑いしつつ応える。

「100万円でも落ちてれば良かったのにね。」お母さんは茶化しつつも興味が湧いたようだった。「で、中身は何が書いてあったの?」

「旧校舎の歴史とか、成り立ちとか、七不思議みたいなのとか。かなり古くてちゃんとは読めないんだけど、結構詳しく調べてあった。」

「それで旧校舎、と。」

「うん。元オカルト研の部室と、その研究ノートに載ってる面白そうなところをガイドブックのツアーみたいな感じで。」

「へぇ。見せてもらってもいい?」

 こんな話にも乗ってくれる母親を持って良かったとつねづね思う。こういう趣味を持ってしまったきっかけも母親だと思うと元も子もないけど。この流れは親子三代のものらしいから、仕方のないことなのかもしれない。

「・・・これ、桜の木のやつ、間違ってない?」

「え、どれ?」

「私たちのときは”咲かない桜”ってタイトルだったわ。」

「そんなこと言われても・・・どういう話だったの?」

「文字通りよ?旧校舎の中庭に、春になっても咲かない桜があったんだって。」

「・・・木の寿命とか?」

「たぶんそうね。でも、ノートだと”桜の下には病院時代の遺体が埋められている”って。」

「・・・梶井基次郎?」

 大先輩たちのお茶目に、少しクスッときてしまった。どんなに時代が違っても、根っこは私たちとたいして変わらないんだなぁ。さて、このノートが書かれたころにはまだ”咲かない桜”のウワサはまだできていない。お母さんは”女の子の霊”を知らなかったし、意外とこのノートは新しい?それとも、”桜と死体”のウワサが、どこかで形を変えたか、あるいは一つになった・・・?


ウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……


ちょっとした妄想を破るように、お昼のサイレンが響いた。

「あ、もうお昼。ちょっと遅くなっちゃうけど、お昼ごはんはすぐ食べられるもの買ってきちゃうわね。」

「うん、ありがと。いってらっしゃい。」

お母さんを見送って、ひと息。ごちゃごちゃした頭の中を落ち着けるために伸びをしたら、今日は志望校の過去問をやる予定だったのを思い出した。それが終わったら、また研究ノートについて考えてみよう。

【八月十五日:琴葉】

 8月、お盆。恵美とはたまに遊びに行ったりしていたけど、他の人と会うのは久々だった。緊張しながら待ち合わせ場所のコンビニに入ると、すぐに分かった。このみさんがいた。

「このみさん、お待たせしてごめんなさい」

 他のお客さんに迷惑にならないように声をかける。シンプルな服装だけど、なんだかいつもよりちょっぴり大人に見えた。学校の知り合いの私服を見るのは、実は初めてだ。

「お、ちゃんと動きやすい服装で来たね、よしよし。」

 褒められた。なんでもないことだけど、なんだか嬉しくなってくる。それから二人で持ち物の確認なんかをしてると、コンビニのドアが開く音がした。

「お待たせ~」と後ろから声がかかる。恵美とエレナちゃんだ。シンプルながらも私やこのみさんよりも大人っぽい感じの私服だった。エレナちゃんはイメージしてたよりも、ふわっとした感じ。恵美はいつも通り、身体のラインがよく分かるタイプのTシャツだ。

「にしても先輩、今日かなり暑くないですか?」服をパタパタしながら恵美が言う。「肝試しだし、もっと日が落ちてから行くのかと思ってたッス。」

「まぁ、いろいろと危ないウワサもあるからね。廃墟探検ってだけでもそれなりに怖いんじゃない?」

「でも、明るいからちょっと安心です。」

 私がそう言うと、エレナちゃんは私の耳元で「コトハ、出るときはいつでも出るヨ」とつぶやいた。こそばゆいのも併せて背筋がぞぞっとしてくる。

「そうですよ。緊張感を持った方が、肝試しも楽しいですよ。」

 いつの間にか紗代子ちゃんが立っていた。白い襟付きのブラウスに黒のパンツ、どことなく堅い印象の服装だった。

「さて、全員そろったし早速行きましょうか。飲み物とか、今のうちに買っておいてね?」

「はーい先生!」恵美が茶化すように言う。「おやつはいくらまでオーケーですか?」

「そうねぇ・・・さっと回ってお昼ご飯はファミレスで食べる予定だから、300円ってとこかしら。」

 それから各々が買い物をすませてコンビニを出た。私はいちご味のポッキーと、いちごのグミを買った。昔からお菓子を買うたびに恵美にからかわれる。いちご味、おいしいのに。

 旧校舎があるのはここから少し歩いた山の中だ。山道に入る前にこのみさんが持ってきた虫よけスプレーを私たちの身体に吹きつける。なんだか小学校の遠足みたいだった。「やっぱり長めのパンツにしとけばよかった・・・」と恵美がひとりごちていた。昔も同じようなこと言ってた気がする。

 山道に入ると、木の影のおかげで少し涼しくなった気がした。舗装されていない道を歩くのは久しぶりだった。周りはセミの声と、山っぽいにおいでいっぱいだった。同じ町なのに、いつもと少し違う世界。時間の流れもゆっくりに感じる。20分ほど歩いただろうか。校門に、そこまで広くない校庭。そしてツタの緑に覆われた旧校舎がぽつんと建っていた。ケータイの時計を見ると、思っていた半分の時間しか経っていなかった。

「さて、目的地についた訳だけど」校門のブロック塀にリュックを置いて、古そうなノートを一冊取り出し、このみさんが仕切る。「今日はこのノートをガイドブック代わりに、旧校舎を回ろうと思います。」

「…それ、何が書いてあるの?」エレナちゃんが聞く。

「昔のオカルト研究会の研究ノートです!中身は旧校舎について、七不思議とか色々。」

「どこで拾ってきたノ?」

「えっとね…落ちてたの。部室の本棚の下に。」

【八月十五日:エレナ】

コノミが手に持ったノートは、なんだか、ここにあってはいけない物に見えた。

「どこで拾ってきたノ?」

「えっとね・・・落ちてたの。部室の本棚の下に。」ノートをめくりながらコノミが続ける。「一通り歩いて回るけど、面白そうなのは昔のオカルト研の部室で使われてた物理室と、誰もいないのにピアノの音が聞こえる音楽室、美術室と、あと中庭の桜の木、くらいかしらね。」

「へぇ、中庭!シャレオツですなぁ!」

 メグミも、他のみんなもなんだか楽しそう。ワタシはちょっと心配だな。旧校舎、ここから見ただけでもなんだか曖昧な感じがする。上手くは言えないけど。「よし、じゃあ行きましょうか!」と、説明が終わったセンパイが歩き出す。

 昇降口では年代物の下駄箱が、湿っぽい木のにおいと一緒に出迎えてくれた。何も入っていない下駄箱。いつもの学校と違う感じにすこし戸惑いつつも、靴のまま校舎に上がる。なんだか悪いことしてるみたい。廊下は木でできてるけど、形はいつもの学校とあんまり変わらないから。いつもだったら怒られちゃうネ。

 掲示板には錆びた画鋲だけが刺さっている。ポスターも、人の声も、気配もない。たしかにそれだけでもちょっと不気味だった。夜に来なくて本当に良かったと思う。流石センパイ。

「あ、物理室ってどこにあるんだろ。」

「え、そのガイドブック、地図とかないんですか先輩。」

「ガイドブック代わりとはいったけど、ただの研究ノートなのよ。残念ながら。」

「にゃはは、そりゃあそうッスよね。右行きます?それとも左?」

センパイとメグミが話していると、「右に行きませんか?」とサヨコが割り込む。

「よし、じゃあ右回りで、上の階からまわっていきましょうか。そこから順々に降りてきて最後に中庭を見ておしまい、って感じで。」

 こういうの、”行き当たりばったり”って言うんだっけ。まぁ、このくらい力が抜けてた方が良いのかも。昇降口から右の階段を上がる。歩きながらメグミがケータイで写真を撮っていた。「ケータイでも心霊写真って撮れるのかな?」なんだか肝試しというよりも廃墟ツアーになってきたカンジ。

 一番上、三階に上がるとすぐに音楽室があった。だが、そこにピアノは無かった。

「なんだか、出鼻をくじかれたというか・・・。」コトハが教室をうろうろしながら、誰にともなく声を出す。机が雑に並んでいるだけの、ただの教室。それでも壁に掛かった作曲家の絵を見ると、そこは確かに音楽室だった。

「えーと、ほかにも"モーツァルトの目が動く"、ですって。」

「モーツァルトってどれだろ?」メグミがケータイを構えながら絵を見て回る。「あ、顔認証された。」

 この部屋には特に何もない、そんな気がした。みんなでひととおり絵を見たあと、思い思いに教室を物色する。センパイはノートを見ながらいろいろ考え中。コトハとメグミは教卓を物色して、古い楽譜を発見していた。

 サヨコは、席に座って教室を眺めていた。ワタシも隣の席に座ってみる。なんだかとってもいつも通りだった。たしか今日は、肝試し、してるんだよネ?

「なんだか、これじゃいつもと変わらないネ?」

「・・・そうですね、変わらないです。」サヨコはこっちを向いて、微笑みながら答えてくれた。

 音楽室を出た後、三階をひとしきり回って二階に降りる。その途中に、階段の踊り場の窓から中庭が見えた。割れたガラスに気を付けながら外を覗くと、目立つ木が一本立っている。

 雷にでも撃たれたのか、真っ黒の、目立つ木が一本。

「わ、あれが桜の木ですか?」コトハがセンパイに話しかける。

「多分そうだけど、夏なのに葉もついてないわね・・・」

「そりゃ、アレじゃムリだヨ、」あんな状態じゃあ、花どころか葉っぱもつくかどうか。ワタシはそう言おうとした。

「んー、見た感じは普通ですけど、寿命なんスかね?」

 普通?あの色の、真っ黒な木のどこが普通なのだろう。

 一歩後ろから眺めていたサヨコの顔を見る。一瞬、それでも確かに目が合ったがサヨコは目を逸らし、「でも、桜の寿命ってけっこう長いんですよね。」と三人の会話に混ざった。

 二度、中庭を覗いてみると、そこにあったのは普通の木だった。真っ黒の何かはそこには無かった。見間違いだったのだろうか。


ウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……


 「あれ?まだそんな時間じゃないはず・・・」そうつぶやき、センパイはケータイの時計を見た。「やっぱり、まだお昼じゃないもの。何かしら。」


ウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……


 その間もサイレンは鳴りやまない。いつものお昼のサイレンだったら、すぐに鳴り止むハズ。


ウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……


「っ、なんだか、頭が・・・」コトハがその場にうずくまる。メグミも、センパイも、ワタシも、まっすぐ立っていられなくなってきた。この感じは、昔体験したことがある。”隣の世界”への前兆だ。意識が薄れるなかで最後に目にしたのは、床に倒れる三人の姿だった。

 サヨコが、居なかった。


【八月十五日:紗代子】

 頬に冷たい感触と土のにおい。眼鏡がズレて、痛い。私の身体はうつぶせに倒れていた。身体を起こすと、部長が同じように横たわっているのが見えた。他のみんなは・・・ここは、中庭?

 重力に従って、頬に涙が垂れる。それも一筋や二筋ではない。溢れて、止まらない。なんで私泣いてるんだろう。徐々に思い出してきた。とても怖い夢を見ていたんだ。みんなが・・・・

 改めて部長が目に入る。身体を地面に横たえて動かない。まさか、夢のなかみたいに、そんな、

「部長、部長!起きてください!目をあけて!」身体を揺らしながら声をかけると、先輩はくぐもった吐息といっしょに目をあけた。私の口から安堵のため息が漏れる。それから周りを見渡していたが、私と同じく状況をうまく把握しきれていないようだった。

「私たち、校舎内に居たわよね?」

「えぇ。サイレンの音がしてから、みんな気を失って・・・」

「他のみんなは?」

「私にも、分からないです・・・ごめんなさい。」

「大丈夫よ!ほらっ、立って立って、みんなを探しに・・・」しゃべっている途中に部長が何かに気づいた。私も立ち上がってその視線の先を見ると、目に入ったのは赤黒い空と錆びの色をした校舎。それに似合わない鮮やかな桜色。

「・・・今って、八月よね?」

「えぇ、そのはずですけど、」妖しく咲いたその桜の花を、私はただ眺めていた。混乱と、ある種の感動とで頭がぐるぐるした。

「あの日誌のとおりだと、死体が埋まってるんだっけ?」

「えぇ、桜の下に埋めて処理したって書いてありました。」先輩に声をかけられてハッとする。

 図書室の奥から持ち出したあの日誌を、今日の肝試しまで部室で何度も読んでいた。桜の木に近づいて、目をつぶって手を合わせる。今立っているこの場所の下に、多くの人たちが埋まっている。目の前で起こっていることよりも、まずはその人たちに何ができるか、何もできないかもしれないけど。それを考えていた。さっきの悪夢が思いに拍車をかける。

 声が聞こえた。

「・・・なにか言いました?」振り返って部長に近づこうとした。

 足が、動かない。手首を掴まれているような感覚。部長が私の、後ろのあたりを指差している。振り返ると、私と同じくらいの年の女の子が立っていた。


ウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……


 サイレンの音が、響いた。


【八月十五日:エレナ】

センパイの声がした。頭が痛い。

「起きて!エレナちゃん、起きて!」

「・・・ンー、起きました、起きましたヨー。」手を動かして無事を伝えると、センパイは大きく息をついた。

 踊り場で目を覚ますと、センパイとワタシの二人だけになっていたらしい。窓から外を覗くと、さっきまでと違う空の色。中庭を見ると桜が咲いている。間違いなく”隣の世界”に迷い込んでしまっていた。

「どうしよう、他のみんなは無事かしら・・・」

「センパイ、大丈夫?」

 声をかけてもこっちに気づかない。私が、私が、と呟いている。まずはセンパイを落ち着かせないと。

「・・・失礼します。」センパイを抱きしめる。その小さい身体が一瞬こわばったのを感じた。「深呼吸して、ネ?」

 背中をポンポンとたたいてあげる。あの日おばあちゃんがワタシにやってくれたことをやってみると、センパイも落ち着いたみたい。「なんだか、みっともないとこ見せちゃったわね。」と腕の中でもごもごしゃべっている。カワイイ。

 落ち着いたところで、他のみんなを探そうという話になった。センパイの「部室に行けば、みんな居るかしら。」という提案に乗っかり、旧オカルト研部室を目指すことにした。他に調べたいこともあったし、丁度よかった。幽霊にだって意思があって、意味が無い行動はしない。だから、こっちの世界に引きずり込まれたのも、何かしら意味があるのだ。と、思う。

 階段を下り、二階の廊下を歩く。元の世界が昼だったのもあってか、薄暗さに拍車がかかる。そんなに長い距離じゃないのに向こうの端が見えない。

「なんだか、しっかり肝試しになっちゃったわね・・・」

 片手でケータイのライトをあちこちに向けながら、センパイがぼやく。もう片方の手はワタシの服の裾をつかんでいる。震えが伝わる。恐怖が伝わる。まだ何も出てきていないのに、なんだかワタシも、ちょっと不安になってきた。


 ‐‐‐ずっ、ずずっ、、


「今、なにか聴こえなかった?」

 わずかながらも、確かに何か聞こえた。正面をライトで照らしてみても、何も見当たらない。


 ‐‐ずずっ、、ずずっ、、、


 音はどんどん大きくなる。

 ‐ずずっ、、ぎぃっ、ずずっ、、

 何かを引きずるような音、木の軋む音。引きずる・・・這い回る。センパイもそれに気づいたようだ。ライトを下の方に向けた。

 私たちのすぐ足元に、看護婦の服装をした女が、居た。

「ひぃぃっ!!」

 センパイが後ろに飛びのき、そのまま尻餅をついた。看護婦は二本の腕を使って、廊下を這いずっている。気づいたときにはすでに遅く、その腕がワタシの脚に向かって伸びていた。

「エレナちゃん!」

 掴まれた、と思った。看護婦が身体に触れた瞬間、ワタシの中に彼女の感情が流れ込んできた。いまにも胃がひっくり返ってしまいそうな、ものすごいストレス。患者さんに頼られても何もできない自分。焼けただれた顔についた、こっちを見る目。申し訳なさ。責められている。痛みの中で、きっと私のことを怨んでいる。

 ワタシはその場にうずくまる。「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、、」涙が止まらない。口から言葉が溢れてくる。霊はワタシのことを気にもしていないようだった。患者への申し訳なさを抱えて、ただ廊下を這い回る。

 感情ではじき出されたワタシの理性が、身体の外側からこの光景を見ているような、妙に落ち着いた気分。あの幽霊は、彼女は、ただただ哀しい存在だった。


【八月十五日:このみ】

 幽霊がエレナちゃんの身体を通り抜けると、エレナちゃんはその場にうずくまり、震えだした。大粒の涙を流し、ごめんなさい、と何度もつぶやく。頭がついていかない。

 霊が消えて、私とエレナちゃんだけが残された。静かな廊下に泣き声だけが響く。私には何が起こったのかよく分からないが、泣いている彼女を放ってはおけなかった。エレナちゃんを抱きしめ、背中をさする。これで落ち着いてくれれば良いのだけれど。

 どのくらい経っただろうか。腕がすこし疲れてきた頃、エレナちゃんは幽霊のことについてぽつりぽつりと話してくれた。私には、うん、そうだね、と相槌を打つことしかできなかった。

 ”自分より取り乱している人を見ると冷静になる”というのは正しいらしく、私は話を聞きながらさっきの霊について考えた。見た目やエレナちゃんが垣間見たものから、彼女はおそらくここが病院だった時代の看護婦。床を這いずっていたのは罪悪感の表れ、なのだろうか。いずれにしても推測、私たち彼女に出来ることはあるのだろうか。

 ‐何もわからないし、伝わらないですよ。

 ふと、幽霊と友達になれるかという話題を思い出した。紗代子ちゃんだけは否定派だった。先月くらいの話だったかな。

「腰抜かしてるようじゃ、友達なんてほど遠いや。」

 独り言。でもしっかりエレナちゃんには聞かれていたらしい。私の腕の中で、首を左右にぐりぐりと振る。

 元の世界に戻ったら、みんなともっといろんな話がしてみたいな、と思った。


【 月 日:琴葉】

「んん・・・」

 目を覚ますと、時計の針は七時を指している。シャワーを浴びて、朝ご飯を食べて、登校する。教室では、友達と昨日のテレビドラマの話をしたり、男子が雑誌を回し読みしてたり。チャイムが鳴ると先生が教室に入って連絡事項を伝える。今日の一限目は数学。宿題、あったかな。

「次の問題は、十八日だから・・・出席番号で田中さん、解いてみてください。」

 この先生、いつもこうやって生徒を選ぶ。ツイてないなぁと思いながら黒板の前へ出る。


ウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……


 あれ?まだ一限目の途中のハズ・・・お昼のサイレンには早い。避難訓練かな、と思った次の瞬間、立て続けに教室のスピーカーから校内放送のチャイムが鳴る。

「避難。避難。校内に居るものは速やかに体育館に集合してください。」

 体育教師の焦ったような声。続けて校内放送が流れ、避難指示が出る。何が何やら分からないが、避難訓練と同じように廊下に並ぶと「なにこれ」、「なんだろ」、「えー怖いー」という緊張感のない声が聞こえてくる。先生に連れられるまま、だらだらと廊下を歩く。


 轟音が、響いた。


 さっきまでの空気がウソのように、廊下が静まり返る。小声でざわつく生徒たちを無視し、二回目の轟音。ざわめきが一瞬で大きくなる。焦り、不安、恐怖。先生の「落ち着いてください!」という叫び声は無視され、生徒たちは走り出す。

 いつも通りの学校は、そこには無かった。混乱のなか、立て続けに鳴り響く轟音。私も人の流れにに巻き込まれる。遠くに恵美の姿が見えた。

「恵美、恵美!!恵美!!」

 ただひたすら、叫ぶ。恵美もこっちに気づいたようで、目が合った。人をかき分け恵美の方に向かう。

 一瞬だった。激しい轟音に崩れる建物に、恵美が、つぶされた。

 激しい爆風から顔をかばう。次に目を開けると、瓦礫の間から腕が伸びていた。気づくと辺り一面に、腕、足、倒れた人、人、人。

 恵美が死んだ。今の一瞬で。どうして。先生や他の生徒も。私より数メートル向こう側に居ただけで死んだ。私も例外じゃない。

 涙が止まらない。混乱した頭に任せ、人をかき分け走り出す。轟音は鳴りやまない。走る。何か踏んだ。気にしていられない。エレナの、このみさんの、紗代子ちゃんの悲鳴が聞こえた。どうして、いつも通りのはずだったのに。

「ふっ・・・あぁ、うぅっ・・うううっ・・・・」

 分からない。涙が、嗚咽が、溢れてくる。ぼやけた視界の上の方で建物が崩れる。私をめがけて大量の瓦礫が降ってくる。どうして。嫌だ、いやだ。死にたくない。


【八月十五日:恵美】

「あああああああああ!!」

 琴葉が目を覚ました、のはいいんだけど・・・これはどういうことだろう。悪夢にうなされてたみたいだけど、大丈夫かな。肩で息をする琴葉に触れると、びくっ、と大きく震え、怯えきった表情でこっちを見た。

「恵美・・・生きてる・・・?」

 こんなに顔色の悪い彼女を初めて見た。よく分からない質問に頷いて答えると、琴葉は私の胸に飛び込んできたので抱きとめる。本当だったら、目が覚めてよかった!って、私が飛び込みたいところだったんだけど、仕方ないか。

「恵美、恵美・・・よかった・・・・」

 子供をあやすように頭を撫でてあげる。このみ先輩が大声を心配して様子を見に来たが、私と目が合うと、なにか察したような顔をしながら部屋の奥に戻っていった。なんじゃそりゃ。

「・・・落ち着きました。」

「なんで敬語なの。ほら座って座って。」

「・・・うん。」

「あ、落ち着いたみたいね。」先輩がいくつか紙の束を持って、部屋の奥から戻ってきた。

「このみさん。その、ご迷惑をおかけしました。」

「いやー、二人が倒れてたのを見つけて、恵美ちゃんはすぐに目を覚ましたんだけど・・・」持ってきたものを机に並べながら、やれやれといった感じで話す。「感謝しときなさい?恵美ちゃん、あなたが目を覚ますまで付きっ切りだったのよ?」

「そう、なんですか。・・・ありがとう、恵美。」

「ん、帰ったらなんかオゴりね。」

「・・・わかった。ありがと。」


「・・・コトハ、辛いかもしれないけど、気を失ってる間にどんな夢を見てたか聞かせてもらっても良い?」琴葉が落ち着いたのを見計らって、申し訳なさそうにエレナが声をかけた。「こっち側に連れてこられるときはね、幽霊からなにか伝えたい事がある、っていうのが多いんダ。」

「その、改めていろいろ聞きたいことはあるんだけど、」どうして気づいたら物理室に居るのか、紗代子はどこに行ったのか、なんでそんなに落ち着いているのか。それらは一度棚に上げて、引っかかった単語について聞いてみることにした。「今、”こっち側”って言ったけど、どういうこと?」

「ここは、いつもの私たちから見て、”隣の世界”だヨ。」

 この子は何を言っているのだろう。琴葉に問いただしても、きょとんとした顔で返される。窓の外をみると、赤黒い空が広がっていた。

「それにしてもエレナちゃん、なんか慣れてない?」先輩がエレナに問う。

「おばあちゃんの手伝いをしてると、たまにこういうことがあったからネ。」

「その話、生きて帰れたら詳しく聞かせてもらっても良い?」

 曰く、こういう時は幽霊側からの干渉や目が覚めた地点に何か解決のヒントがあったりするらしい。私たちにはエレナのおばあちゃんを信じることしかできなかった。

 琴葉は私たちに夢の内容を聞かせてくれた。日常生活を引き裂く爆撃。なんだかちょっとしたファンタジーだった。いまいち具体的に想像できない。琴葉は想像を超える体験をしたんだ。

 机の上に並んだのは「アルバム」と、「業務日誌」「研究ノート」と題された2冊のノート、それに先輩の持っているガイドブック(仮)の計四冊。四人で分担するにはちょうど良い数だ。各々が近くにあった冊子をめくる。

「これ、このみさんと、紗代子ちゃん・・・?」

 アルバムをめくっていた琴葉が何かを見つけたらしい。「○年●月 オカルト研究会」と下に書かれた写真の中に、見覚えのある顔があった。先輩と紗代子ちゃんに似ている人、そして何人かの生徒が一緒に写った集合写真だった。


「んー・・・コノミ、なんかおっきいネ。」

「うん。先輩、これ見てもらえますか?」

「どれどれ・・・これ、もしかしたら私のおばあちゃんかも。だいたい50年くらい前の写真だし。」

「じゃあ、隣にいるのは紗代子ちゃんのおばあちゃん?」

「そうだとしたら、なかなかのミラクルよね。」

 面白いこともあるものだと思いながら、私はノートを読み進める。研究ノートと題されたその古いノートには、”咲かない桜”というワードについて、”神隠し”や”異世界”の事例と絡めた考察がまとめられている。途中、新聞記事の切り抜きが挟まっていた。

 【○年 ××高等学校に通う高山紗代子さん(16)が失踪。地元警察が捜索中。】

 真正面からの顔写真までついており、同姓同名の別人とは考えづらかった。家族・血縁者であれば同じ名前をつけることは無いだろうし、なによりこの状況で無関係の赤の他人なんてことは無いはずだ。

「紗代子ちゃんだ・・・ってことは、紗代子ちゃんってことだよね?」琴葉がとんちんかんなことを言い始めた。

「そのノート、ちょっと貸して」私の手元からノートがひったくられる。「この時には”咲かない桜”になってるのね。」

「ガイドブックだと違うんですか?」

「えぇ。こっちだと”桜の木の下には死体が埋まっている”っていうだけなの。」

 先輩はガイドブック(仮)と研究ノートを見比べながら、うんうんと唸っていた。

「死体・・・」ごくり、と喉が動く音が聞こえた。「死体って、女の子の・・・」

「違うみたいだヨ」エレナが業務日誌を開き、指さす。「ここ、多分コレのことじゃないかな。」

「ぉぉぅ・・・エレナ、よくこんなのさらっと読めるね。」遺体を”処理”という表記に、思わず顔が引きつる。

「・・・さらっとは、読んでないヨ。」なにか呟いたエレナの肩に、センパイが手を置いた。

 ごちゃごちゃしていた頭の中が、強めのショックのせいでぐらぐらし始めた。


 ‐‐ぴん、ぽん、ぱん、ぽん


 不意打ちだった。音に驚いた琴葉がしがみ付いてきた。辺りを緊張が包む。私たちは息を殺して、次に起こる何かを待った。

 ‐‐オカルト研究会の皆さま、中庭にお集まりください。

 ぴんぽんぱんぽん、という音で校内放送は締められた。互いに目配せをする。

「・・・行って、みようか。」

「紗代子ちゃんは?」

「たぶん、サヨコはトクベツなんだと思う。中庭に居るんじゃないかな。」

 その場のみんなが、なんとなくだけど確信していた。記事と集合写真の年代、研究ノートの新聞記事と”咲かない桜”のウワサ。肝試しを終わらせに、中庭に行こう。


【八月十五日:琴葉】

 赤黒い空と湿気った土のにおい、綺麗に咲いた桜の花。紗代子ちゃんは一人、その花を眺めていた。こちらの世界に来る前と違い、アルバムの写真と同じ制服を着ている。足音に気づいたのか、私たちの方に振りむく。どうしようもなく、いつもの紗代子ちゃんだった。

「こちらが今回の肝試し、最後のチェックポイント”咲かない桜”です。ここでは見ての通り、しっかり咲いてますけど。」慣れたように話す彼女を見ていると、想像が確信に変わっていった。

「・・・紗代子ちゃん」数秒の沈黙の後、このみさんが切り出した。「あなたが、旧校舎の少女の霊、だったの?」

「あぁ、このみさんは部長に…あなたのおばあさんに、見た目も好奇心の強さも、本当にそっくりですね。物理室はちゃんと探してくれた?」

「全部見つけられたと思うヨ」エレナちゃんが先頭に出て答える。「アルバムと、業務日誌と、研究ノートの三冊、だよネ?」

「さすがエレナさん。あと、私はなにもするつもりはないから、そんなに構えなくても大丈夫ですよ。」

「・・・わかった」エレナちゃんからピリピリした感じが失せる。私の分からないところで、何かしてくれていたみたいだ。

「さて、いろいろ聞きたいことがあると思いますけど、まずは皆さんの推測を聞かせてもらってもいいですか?」

 私たちは物理室で得た情報から推測したことを話した。昔のオカルト研のこと、そのメンバーに紗代子ちゃんが居たこと、ある時点で桜のウワサが変わった事、それとほぼ同時に少女のウワサが増えたこと、高山紗代子の失踪事件がそこに関わっているのではないか、ということ。

「失踪事件について分かれば、きっと全部が分かるの。紗代子ちゃんは、」

「先輩、」恵美が割り込んだ。「話したくないことのひとつくらい、あるんじゃないかな?」

 このみさんはその言葉に反応し恵美のほうを向いた。そして目を合わせると、申し訳なさそうに紗代子に向き直った。

「恵美さんは優しいですね」紗代子ちゃんは恵美に微笑んで応えた。「でも大丈夫、全部話すために出てきたから。」

 紗代子ちゃんは自分が幽霊になるまでの経緯を話してくれた。図書室で業務日誌を見つけたこと、肝試しに行ったこと、桜の木の前で意識を失ったこと。

「私ね、本当にその日誌の人や空襲で亡くなった人たちのことが、ただただ哀しくて仕方なかった。出来ることなら何かしてあげたかった。そういう気持ちが影響して、こっちの世界に意識が絡めとられてしまったの。」

 今なら彼女のその気持ちが分かる。何の罪も無く、日常が崩れ去ってしまった人たち。混乱のなか、いのちが終わってしまった人たちに、私は何ができるだろう。

「恨みじゃなければ、なにかやり残したことがあったから、っていうのがパターンだけど、サヨコはどうしたいの?」

「昔の写真、見たでしょう?3年生が1人、2年生が3人、そして1年生の私。今のオカルト研とほとんど一緒。私は私の肝試しをしっかり終えたかったの。」そう言って、紗代子ちゃんは少し照れたように微笑んだ。「この人たちを弔った後に、向こうの世界にいきます。」

「…そっか。じゃあ、肝試しが終わったらお別れだネ。」

 みんな、紗代子ちゃんに別れの言葉を口にする。一緒に居たのは4ヶ月だけだったけど、それでも確かにオカルト研究会の一員だった。

「なんて言ったらいいか分からないけど、私たちに出来ることって、ある?」

「・・・ただ心から祈ってくれれば、それで良いんです。琴葉さんはしっかり夢も見たはずだから。全部、大丈夫。」


ウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……


 目を瞑り、心から亡くなった人たちの冥福を祈る。感じられるものは音だけの真っ暗な世界。

 そして、サイレンの音が止み、訪れる、沈黙。


 目を開くと、そこには赤黒く広がる空。目の前には紗代子ちゃんが居た。

「・・・あれ?」

 他のみんなは、いない。

「嘘ついたの。」

「へ?」紗代子ちゃん、いったい何を言っているのだろう。

「物理室の研究ノートは私が作ったの。新聞記事、よくできてたでしょ?」紗代子ちゃんは満足気な顔で語り始める。「このみさん、本当に部長にそっくりで可愛い。普通は夢で出てきた妙なノートなんて、気味が悪くて捨てちゃうもの。」

「夢で出てきた?どういうこと?」

「あなた、こちらの世界に来るときに、怖い夢を見たでしょう。オカルト研の人たちが死んでしまう、空爆の夢。」

 なんで知ってるの?

「正直たまらないよね。私にも分かるよ。自分のやられた通りに人にやってみたら、本当にうまくいったわ。夏は世界の境目が曖昧で、現世に干渉するのが楽でいいわね。」

 紗代子ちゃんが、幽霊が、こっちに近づいてくる。

「私の前に、ここには同い年くらいの女の子が居たの。空爆の被害にあって病院で亡くなったその子は、生きている女の子が羨ましかった。羨ましくて、恨めしくて、病院のあった場所でずっと息を潜めていた。そこに学校なんて建てられたら、なおさらよね。」

 頭の中がぐるぐるする。身体に力が入らない。

「ある日、肝試しにやってきた自分のことを心から哀れんでくれる子をこっちの世界に置いて、代わりに現世に戻ったの。哀れんでくれるように仕向けて。」

 あぁ、そうか。私は嵌められたんだ。

「あなたたちみたいな人の事、本当に待っていたの。」紗代子ちゃんの手が私の頬に触れる。その手は冷たかった。「あなたたちのこと、ずっと見てた。みんないい人で、本当にうまくいった。」

 助けて、恵美、エレナちゃん、このみさん・・・お父さん、お母さん・・・誰か、

「大丈夫、きっと誰かが来るわ。」紗代子ちゃんの掌が、どんどん熱を取り戻していく。私の身体が冷たくなっていっていく。「何年後かのお盆まで、この建物があれば、だけど。」

 紗代子ちゃんは私にそう言うと消えていった。その瞬間から私は、赤黒い世界で独りになった。


【九月五日:恵美】

「やっぱり模擬店にしない?」

 夏休みが終わるやいなや、楽しい事に目がない学生たちは文化祭モードに入っていた。今年のオカルト研究会の発表は肝試しの写真付きレポート、の予定だった。

「それに、ちゃんと活動してるってアピールしないと、部活なくなっちゃうよ?」

「旧校舎へ侵入って、学校から怒られそうな内容だけどなぁ・・・」

 写真を見ながら内容を考えるも、私たち三人では去年に比べてイマイチ進みが遅い。先輩の怪談メイキング能力の凄さを身をもって思い知った。

「これじゃあ廃墟の写真集だヨ。」

「そうだよ、それでいこう!好きな人は好きだって!写真の横にそれっぽいポエム乗せてさぁ、紗代子そういうの得意でしょ?」

「得意じゃない。ほら、恵美も七不思議のアイデア出して!」

「えぇー、ムッツリのくせにぃ」

「何よムッツリってもう!・・・ポエム関係無いわよそれ!」

「サヨコはムッツリ、エレナ覚えたヨ!」

「ちょっと、エレナが変な日本語覚えちゃったじゃない!」

「まぁまぁ、そんな必死になっても怪しいだけだよキミぃ。」

 紗代子をいじって遊んでいると、乱暴なノックのあと、化学室の扉が開いた。ビニール袋を提げたこのみ先輩だった。

「まだまだ暑いわねー。頑張ってる後輩たちに差し入れよ!」

「さっすが先輩!あざーっす!」

「いただきマース!」

 エレナはささっとチョコ味を持って行った。残るはバニラ味といちご味。なんと紗代子がバニラ味のアイスに手を伸ばす。

「あれ、そっち食べるの?」

「へ?」

「いつもは迷わずいちごなのに、ヘンな紗代子。」

「・・・たまにはいいじゃない、恵美はいちご味嫌いなの?」

「嫌いじゃないよー、いただくよー。」

 アイスが美味しい季節も、そろそろ終わる。一週間もすれば秋を感じるようになるだろう。今年の夏は、いろいろあったような、無かったような。去年もこんな感じだったし、きっと来年もこんな感じだろう。

「あ、ちょっとこれ!」写真を見ていた先輩が声をあげる「これ、心霊写真なんじゃない?」

 なるほど確かに、写真の奥の方に見覚えの無い、赤っぽい髪の女の子が写っている。

「これでなんとかなるネ!」

「よーっし、これアタシのスマホの写真でしょ?もうアタシかなり仕事したし、今日は先に帰るねー。」

「だーめ。まずは全体をちゃんと考えないと、でしょ。」

 文化祭まであと一か月、そう急がなくてもなんとかなると思うけどなぁ。紗代子の言う通りに忙しくしてると、なんだか大事なものまで忘れちゃいそうな気がした。

‐Cast‐

普通の子:田中琴葉

幼なじみ:所恵美

転校生:島原エレナ

部長:馬場このみ

霊:高山紗代子

以上になります。読んでいただいた皆様、ありがとうございました。

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ちゃんとホラーな話してて、ゾッとした......

普通の子役田中琴葉(18)Vo
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幼なじみ役所恵美(16)Vi
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転校生役島原エレナ(17)Da
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部長役馬場このみ(24)Da
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霊役高山紗代子(17)Vo
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