逸見エリカ「黒い鳥」 (82)
負けた。
今年も、彼女に。
私が憧れていた西住まほ隊長は既に黒森峰を卒業し、私が隊長を引き継いだ。
そして全国大会、私達黒森峰は決勝まで勝ち進んだ。
決勝の相手は大洗、隊長は西住まほの妹、西住みほ。
黒森峰は去年も彼女が率いる大洗に敗北し、今度こそ勝つといどんだが、敵わなかった。
私は、彼女を見つめる。悔しさをこめながら。だが、その時だった。
彼女が、今にも飛び立たんとする黒い鳥に見えたのだった。
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「!?」
私はハッとなって目を擦り、もう一度彼女を見る。そこには知っている彼女の姿があった。
私は、疲れていたが故に見た幻覚だと思った。
そう、その時までは。
全員死亡した。
そう聞いた私は、絶望した。
小梅は、あなたは悪くないと言ったが、目の前で彼女を助けることができなかった。そしてその結果、彼女達は死んでしまった。その事実が私の罪悪感を呼び起こし、私の眼から涙を流させた。
小梅は私を慰めてくれたが、それでも涙は止まらなかった。
ー夜ー
私は天井を見つめていた。
涙も止まり、小梅も去った。今の私には隊長として、彼女達を助けられなかったという事実しかなかった。
あの子は、西住みほは助けることができたのに。
その時の私は、それだけを思うことしかできなかった。
次の日、病室を移すことになった。
新しい病室のベッドで横になっていると、隣のベッドから音楽が聞こえてくる。
何故だろう、気になる。
私はカーテンを開け、隣のベッドを見る。
そこには、ベッドから上半身を起こしている、左腕にギブスを巻いている女の子と、小太りの少し老いた男性がいた。私は少女と目が合った。
少女「…何」
ほんの少しの沈黙の後、少女は聞く。
私も、自分からカーテンを開けたというのに戸惑い、言葉がでない。ほんの少しのあと、ようやく言葉が出る。
エリカ「あ、いや…ちょっと音が気になったから…」
そう言うと、男が気づく。
男「あっ、すいません。マギー、このお姉さんがうるさいってさ。」
少女「あっ、ご、ごめんなさい。」
マギーと呼ばれた少女は音楽を止める。だか、私は気になっただけでうるさいとは思っていない。
エリカ「ああ、いや、曲が気になっただけだからそこまでしなくてもいいから。その、ごめんね。」
そう言うと、彼女は少し食いついたように聞く。
マギー「気になったの?」
エリカ「そう、どんな曲かなぁって。」
ともかく、私は不機嫌な感じに思われないように話した。それがわかったのか、彼女も穏やかな表情を浮かべる。
マギー「これはね、Day After Dayって言うんだよ。」
私はその曲を知らなかった。まあ、もともと私は音楽に疎いから当たり前だろう。
彼女は、その曲を最初から再生させる。二つのベッドがある病室に音楽がながれる。
全て英語の歌詞であったが、何か心に響いた。
エリカ「いい曲ね。」
私がそう答えたら、マギーは、でしょ?と言った。その後、私は自分の名前を言っていなかったことを思い出した。
エリカ「私は逸見エリカって言うの。あなたは?」
マギー「マグノリアって言うの、みんなからマギーって言われてるの。この人は私のおじいちゃん。」
男「どうも、孫が心配で来たんですよ。」
男は、孫思いの優しい人であった。
次の日、マギーは退院することになった。
マギー「ありがとうエリカお姉ちゃん」
エリカ「ええ、一日中だけだけど、楽しかったわ。」
マギー「うん、お姉ちゃんも早く退院できるといいね。」
エリカ「ええ」
マギー「バイバイ、お姉ちゃん」
エリカ「バイバイ」
そう言って、マギーは手を振りながら両親と病院を去って言った。
私は最後まで戦車道の話をしなかった。なぜなら、
「隊長!助けてください!」
「い…痛い…痛い…」
「死にたくない!」
「熱い!!熱い!!!」
「ああああアァ!!!!」
私の脳裏に、彼女達の最期の生の叫びがこびりついていたからだ。
店員「何か、気になった花でもありましたか?」
エリカ「あの、この木蓮の花…」
私は、この花について聞いた。どうしても、気になった。
店員「ああ、その花ですか?実は最近、品種改良で偶然できた花で、綺麗だから出荷することになったそうなんですよ。私もこの花を見た時、即決で入荷することにしましたよ。私の娘も見とれてました。」
エリカ「へぇ…」
花屋の男は、この花について説明した。そして私はこの花を買うことにした。
エリカ「この花、一本ください。」
青い木蓮の花を一本買って、自宅へと帰っていった。
名前は、ブルー・マグノリアだそうだ。
自宅に着き、さっき買った青い木蓮の花を適当に花瓶に入れ、テーブルに置く。私は、テーブルの前に座り、今日のことを考える。
みほを見た時のあの胸の高鳴り、だんだんと強くなっていく衝動。挑みたいという、魂の叫びのような何か。
どうすれば、どうすればいいのか。
私は、5人の人間を救えなかったのに。
5人の人間を苦しめ、死なせてしまった罪があるのに。
戦車道をやめたのに。
エリカ「どうすればいいの…」
私には分からなかった。でも、その時だった。
ーエリカお姉ちゃんー
エリカ「…マギー?」
聞こえたのは、入院した時に楽しく話した女の子の声だった。
もちろん彼女は目の前にはいない。幻聴だ。だがその声はなぜか、安心して聞ける声だった。そしていつの間にか私はその声に悩みを打ち明けていた。
エリカ「マギー、私、どうしたらいいかわからないの。辛くて、苦しくて…」
マギーは答えを出した。
ー自分の感情に、素直になればいいよー
エリカ「素直…」
ーお姉ちゃんは、無理に抑えつけて苦しんでる。だから、素直になればいいんだよ。ー
エリカ「…駄目よ、私は、あの時あの子たちを死なせたの…きっと、恨んでる。」
ー大丈夫。きっと大丈夫ー
エリカ「大丈夫って…」
ーあなたは、乗り越えられるー
そこで、目が覚めた、いつの間にか眠っていたようだ。
その時目に入っていたのは、漏れた光に照らされ輝く青い木蓮の花。その時耳に入っていたのは、あの時あの子と一緒に聞いた、Day After Dayだった。
青い木蓮の花を見つめながら、マギーの言葉に従うことにした。
それから私は、会社の戦車道チームに入った。
その時、皆は驚いていた。いつも断っていた私が入ると言うから、そこは思っていた通りの反応だった。
次の日、初めての練習に参加する。経験者で、なおかつ強豪の出身だということで、腕を見せてもらう、ということになった。
あてがわれた戦車はアメリカのシャーマンで、黒森峰が使うような戦車ではなく、一緒に搭乗するチームメイトは、経験はあるものの、ほぼ弱小と言ってもいい学校の出身であり、ブランクのある私は、これは大した結果は出ないだろうと思っていた。だが、それは違った。
ドォン!!!!
パヒュ!
エリカ「…」
私のチームは、社会人の中でも強い部類に入るチームの全員に勝利した。それは、私でも考えられなかった結果だった。
ー半年後ー
相手チーム隊員「くそ!相手にヤバいのがいる!援護!」
ドォン!
相手チーム隊員「こっちもやられた!」
ドォン!
相手チーム隊長「ここまでか…」
ドォン!
私が入ってからというもの、私のチームは連戦連勝した。大半は私が敵を倒したからだった。
チームの皆からはエースと呼ばれ、私の戦車はシャーマンからパーシングに変わった。
戦車が変わっても、相手を倒すだけだ。
ーその半年後ー
相手チーム隊員「来たわ…」
相手チーム隊員2「ええ…あれが…あの戦車が…」
相手チーム隊長「ブルーマグノリア…」
全体を黒く塗り、その黒の中に少し青いラインが入っているパーシング、そのパーシングのエンブレムは青い木蓮の花のもの。
西住流にも島田流にもとらわれない圧倒的な戦い方。
いつしか私には異名がついていた。
ブルーマグノリア。前、花屋で買ったあの木蓮の花と同じ異名である。
そして今日も勝った。圧倒的な力で。
試合の日は数日後、その日までは練習の日々だった。
私は、あの黒い鳥の彼女のことをずっと考えていた。やっと、やっとあの黒い鳥と戦える。西住みほと。
私はいつも以上に力が入っていた。あの黒い鳥に挑み、勝つために。
帰り道、私は偶然知っている人に会った。
まほ「…久しぶりだな、エリカ。」
エリカ「…久しぶりです。隊長、いや、まほさん。」
私、再会を喜ぶわけでも、ましてや見下すわけでもなく、淡々と話した。
まほ「おまえが戦車道をまたやるとは思わなかった。」
エリカ「ええ、倒したい相手ができたんです。あなたの妹の西住みほを。」
まほ「みほを?」
私は、彼女の姉に話す。
エリカ「そうです。彼女は、西住みほは倒したい相手なんです。どうしても、戦車道に戻ってでも。」
まほ「…みほを恨んでいるのか?」
エリカ「違います。私には彼女が黒い鳥に見えるんです。」
まほ「黒い鳥?」
目の前の彼女は、よくわからない、という表情をしている。
エリカ「わからないかもしれませんが、私にはそう見えるんです。全てを焼き尽くし、私を再び戦場へと誘った黒い鳥に。」
まほ「…」
私は続けて話す。
エリカ「だから…私はみほと貴方達大学選抜に挑みます。あの時の逸見エリカではなく…ブルーマグノリアとして。」
まほ「そうか…」
目の前のまほは、私の変わりようを感じていた。そしてこう言った。
まほ「エリカ…お前は変わってしまったな…」
エリカ「はい…」
そして、私と彼女は去った。今度は、敵同士で会うために。
私はエースではあったが、隊長でも副隊長でもない。
隊長と副隊長が礼をした後、試合は始まった。
ようやく、彼女と戦うときが来た。
一度戦車道から身を引いた私に、あの胸の高鳴りを与え、また戦車道へと誘った彼女に。
彼女は仲間と共に私達を焼き尽くしに来る。だが、今の私はそう簡単にはいかない。逆に倒してやる。
行くわよ、黒い鳥。
エリカ「前進…!」
私は戦車を走らせる。あの胸の高鳴りと共に。
試合中盤、ありとあらゆる場所で鳴り続ける砲撃という咆哮と、爆発という断末魔は、一層激しくなっている。
私は今までに4輌撃破した。それがチームの士気を上げたのか、
大学選抜と互角以上の激闘を繰り広げている。
私は今、瓦礫が多い地点にいる。あのときの胸の高鳴りが激しくなっているからだ。
私は確信していた。
彼女が、西住みほがここに来ると。
そして一輌の戦車が現れた。その戦車のキューポラから彼女が現れる。
みほ「…エリカさん。」
エリカ「久しぶりね、みほ。」
彼女が、黒い鳥に見えている。
みほ「お姉ちゃんから聞いたよ。私を倒したいって…」
そうだ、私はお前を倒す為にいる。
私は、気を失っていた時の言葉をいつの間にか話していた。
エリカ「あるおとぎ話をしてあげる。その世界は、破滅に向かっていた…」
皆、私の話を聞いていた。
エリカ「神様は人間を救いたいと思っていた。だから手を差し伸べた。」
皆は、私に恐ろしいものを感じたのだろうか。
エリカ「だけどその度に、人間の中から邪魔者が現れた。神様が作る秩序を、壊してしまうもの。」
皆は、私に何も言わない。
エリカ「神様は困惑した。人間は救われることを望んでいないのかって…」
私は、話し続ける。
エリカ「だから、先に邪魔者を見つけ出して殺すことにした。」
私は、こんな、訳のわからない話を。
エリカ「そいつは、黒い鳥と呼ばれたらしいわ。何もかもを焼き尽くす。死を告げる鳥。」
私は、躊躇わず。最後まで話した。
話が終わった後、みほは言う。
みほ「…あなたは、それになりたかったの?」
エリカ「…違う…私は…」
私は、答えを出す。
エリカ「…もう負けたくないだけ。私以外の他の、誰にも。」
あの高鳴り、私の奥底の魂が、そう叫んでいたのかもしれない。ここに来て、ようやくわかった気がする。そして、
エリカ「始めましょう、倒すわ、貴方を…」
その後、二つの叫びが響く。
みほ「前進!」
エリカ「前進!」
二つの戦車が突き進む。
エリカ「撃て!!!」
私の戦車が砲弾を吐き出す。だが、その砲弾は彼女の戦車には当たらない。
ガキィン!
エリカ「くっ…」
彼女の戦車の砲弾が私の戦車の表面を擦る。だがやられた訳じゃない。私は怯まず彼女の戦車に突き進ませる。
今度こそ…!!
エリカ「撃て!!!」
ドォン!
エリカ(当たった!)
放った砲弾が当たる。しかし、ほんの少し、それでも私達では敵わない相手じゃないことがわかった。
エリカ「今のでいいわ!落ち着いて、当てることだけを考えて!!」
私は砲手にそう言った。
二輌の戦車が、瓦礫まみれのフィールドを駆け回り、砲口から咆哮を上げ続ける。
その砲弾は当たるべき戦車に躱され、そのまま飛んで行ったり、地面に激突したりしている。瓦礫とその破片が何度も何度も跳ね上がった。
このままでは、ラチがあかない。
そう思った瞬間、砲口がこちらを向いている。
エリカ(まずい…!)
ドォン!
砲弾が戦車の一番装甲の厚い部分に当たり、それまで瓦礫の上にいた戦車を引きずり落とす。
私は戦車の周りを見る。白旗は上がっていない。
私は他の乗員に声をかける。
エリカ「大丈夫!?」
装填手「こっちは大丈夫!」
通信手「問題ないわ!」
砲手「こっちもまだ撃てる!」
操縦手「こっちもいけるわ!」
みほはこっちを見て、砲口をこちらへ向けている。
だが、まだだ。まだ負けてはない。
ーまだよ、まだ戦えるー
ーここがー
ーこの戦場がー
ー私の魂の場所よ!!!ー
また、私の戦車は息を吹き返し、黒い鳥に挑む。
相打ちだった。
私は、全身の力が抜けた。
私は、あの黒い鳥を討った。だが、勝ったとは思えなかった。
溜息をつき、ボソボソと呟く。
エリカ「…ごめんなさい…勝てなかったわ…」
その時、また声が聞こえる。
ーいいんです。こっちこそ、ごめんなさいー
ー心配だったんです。隊長のことー
ー私達のせいで、隊長が苦しんでー
ーでも、隊長が戻ってよかったー
ー私達は、もういきますねー
彼女達は、昇っていった。私はそれを見るために、天を見つめた。
みほ「エリカさん!」
みほの声が聞こえる。
エリカ「みほ…」
みほ「大丈夫ですか?」
エリカ「…」
彼女は、私にこう言った。
みほ「…私は心配だった。エリカさんが戦車道をやめてしまったから…でもまた戦車道を始めた時はよかったと思った。けど…あなたから恐ろしいものを感じたから…」
エリカ「そう…」
思い出した。彼女はこんなに優しかったんだ。
エリカ「ごめんなさい…」
みほ「そんな!謝ることないよ。」
私は彼女を見た。彼女についていた黒い鳥はまるで、飛び去っていくかのように消えていった。
黒い鳥は焼き尽くしていった。あの時の悲しい記憶を、その記憶からの苦しみを。
そして、私達のチームは敗北した。
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