少女「ボクはキミの抱枕にされるために従者になったわけじゃないぞ!」 (346)




第1話<魔剣使いとの出会い>



少女「ボクはキミの抱枕にされるために従者になったわけじゃないぞ!」

少女「離してくれ! ぼ、ボクは…寝苦しいんだ…」

剣士「そうツンケンすんなって」

剣士「これも主従契約のうちだからな」

少女「そんな契約あってたまるか! 確かにボクは…自分の意思でキミの従者になったけど…」

少女「こんなことされるなんて聞いてなーい!」

剣士「おっと、暴れるなよ」

少女「いやだぁああ、暑いってばぁ。汗かいちゃうだろぉ」

剣士「お前がおとなしく寝てりゃなんもしないから」

少女「何かする気なのか!?」ゾワッ

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少女「……ッ! ていうかもうしてる!」

剣士「何もしてないだろ?」

少女「だ、だって……。人の事をこんな風にスマキにするなんてひどいじゃないかっ」

剣士「……じゃあ……直で抱いていいのか? なぁ? 俺は別にかまわねーけど」

少女「な゙っ…そ、それはダメ…絶対だめ」

剣士「だろ? 騒いでないで明日に備えてもう寝ようぜ」ギュ

少女「うう…」

少女(なんでこうなっちゃったんだよぉ…)


ことの始まりはつい先日、ボクとこの男が出会った日。
そしてボクの冒険の旅がはじまった日――

  




【とある小さな酒場】



カランコロン…

少女「こんばんは旅のお方。遅くまでお疲れ様です」

少女「冒険者の酒場、太陽亭へようこそ」

剣士「…ここに食い物はあるか?」

少女「お食事でしたら空いた好きな席へどーぞ」

剣士「それといまから宿は取れるか」

少女「うん。2階の部屋を用意できますよ」

剣士「じゃあ1部屋頼む」

少女「こちらに名前を書いて、この鍵をお持ち下さい。それではごゆっくりー」

客「おぅい店員さん、こっちにエールの追加頼む」

少女「はぁい、まってねー」


ボクはユゥユ。何の取り柄もない15歳の女の子。
冒険者が立ち寄る小さな宿屋の酒場で何年も下働きをしている。
おかみさんは少し厳しいけど優しくて明るい人で、足の不自由なボクでも働かせてくれる。

ボクの主な仕事はお客さんに食事を運んだり、宿泊の手続きやお会計をすること。
慣れればとても簡単だし、お客さんはよくしてくれる良い人ばっかりで、ボクはこの生活に満足していた。

だけどそんなボクにも夢があった――


女将「ユゥユ。新しいクエスト貼っておいてくれるかい」

少女「うん!」

この町が属する"ソラの国"のギルドから新しく届いた何枚かの依頼書を、店内の大きな掲示板に貼り付ける。
依頼の概要と報酬の書かれた紙きれを冒険者たちは眺めながらあーだこーだと議論を交わす。
気に入ったものにエントリーし、達成すれば依頼者からギルドを通して報酬が支払われる。

少女(わっ、このクエストおもしろそうだな…)


ボクは、冒険者になりたかった―――



少女(でもこの足じゃあね…)

客「ふへへ、ユゥユくん。クエスト貼るのおじさんが手伝おうか、ヒック」

少女「い、いいよ…これくらい届くから。ボクの仕事とらないでね」

杖がなくても歩けないわけじゃない。
だけど生まれつき具合の悪い左足に負担がかかりすぎると、その日の晩は痛みで泣く事になる。
だからボクは常に大きな杖をついて歩いている。

男の子のふりをしているのは、常連のおじさんたちにセクハラされないためだって女将さんは言っているけど、
なんだかあまり効果がないような気がする。


少女「よしっ…じゃあ受注するひとはカウンターに来てね」

客「こっちお手製ミートパイとエール2本追加で。急がなくていいからー」

少女「はぁーい」

今日も酒場は大忙しだ。
忙しさはボクのかかえる悩みや億劫な気分を少しの間忘れさせてくれる。


 



  ・   ・   ・



満月の輝く夜。

ボクは宿屋の二階の自室で目を覚ます。
毎月訪れるこの日だけは、体が不思議な高揚感につつまれて、満足に眠ることができない。
体に魔力が満ち溢れている。

少女「…はぁ」

いまだどんちゃん騒ぎで賑わう1階に降りて、誰にもみつからないように裏口から抜け出し、
街灯のぽつぽつと灯った町中を時間をかけて何キロも歩いて、町のハズレにある立ち入り禁止の薄暗い山道へと入っていく。
今日だけはいくら足が痛くなっても歩かないといけない。


少女「はぁ…はぁ…」

少女「…はぁ…やっと山についた。すぅ…」


ボクは病気だった。
誰にも言えない不治の病にかかっている。



 


少女「う……来ちゃう…あっ、あっ」

少女「う、う、あぁぁ…」

ぞわぞわとしたものが体の内側からこみ上げてきて、全身が炎につつまれたように熱くなる。
だけどそれは痛みではなくて、快感にも似た刺激。


そして膨れ上がったボクの魔力は音もなく静かに大爆発を起こして、周囲10メートルほどのなにもかもを吹き飛ばし、
気づいたときにはボクを取り囲むように大地に大きな穴ぼこができている。


少女「はぁ…はぁ…今月も終わった…」


こんな秘密誰にも知られるわけにはいかない。
町中で爆発しようものなら、きっとみんなに化物として怖がられて、投獄されるかあるいは殺されてしまうだろう。


 



少女「どうして…ボクだけ…」グスッ


足が悪いのは仕方がないこと。

生まれつきだから慣れているし、不自由はあってもなんとかここまで生活は出来た。

女将さんだってこんなボクでも当たり前のように働かせてくれる。

ボクはそれが嬉しかった。

親や兄弟の顔すらしらない天涯孤独のボクをここまで育ててくれた。

そう、だから足のことは気にはならない。


だけどこの病気は違う。

いつからかこうなってしまった。

確か11歳か12歳かそれくらいの時だったと思う。

体の調子がわるくなって、突然発症した。


少女「はぁ……はぁ……もうやだ」


少女「はぁ…すっきり…帰ろ。ふぁ~~っ。眠…」

爆発の瞬間は開放感があって、おしっこを長い時間我慢して出した時よりもずっと気持ちがいい。
夜中の澄み切った冷たい空気がおいしくて、宙にぽっかりと浮かぶ満月も綺麗だ。
この素晴らしい心地がボクにとって唯一の慰めだった。


少女「…!」ピク

少女(誰かに…見られているような…)

少女「…?」

少女「気のせいかな……動物?」

病気とは別にボクはうまれたころからいきものの気配に敏感だった。
宿屋で働いている時、お客さんが入るより先に扉を開けてびっくりされることがよくある。
何の取り柄もないといったけど案外役に立っているのかも。


少女(なんだろう…誰かに見られてたらやだな…)

少女(薄暗いからわからないよね…?)

少女(なるべく早く帰ろう…)


 



-翌朝


【山の中の爆心地】


剣士「ここにある無数の正円のくぼみ。どう見ても人為的に掘られたものじゃねぇな」

剣士「こりゃやっぱ魔力の爆発か」

魔剣『わずかに空気中に残留した魔力を感じる』

剣士「こっちのくぼみが新しい物だ。これだけ草木が全く生えていない」

剣士「ターゲットはこの近辺の街にいるのか」

魔剣『おそらくはな。数日でそう遠くへはゆけまい』

剣士「奴らに先を越される前に、残された魔力を全て採取しておこう」

魔剣『今回の任務、貴様はえらく熱心だな』

剣士「任務ね…。もし本当にそんな存在がいるとしたら、喉から手が出るほど欲しいだろ」

剣士「俺自身のためにな」

魔剣『しかしどうやって探す気だ。ターゲットがなんらかの方法で魔力を隠していたら、私では感知できない』

剣士「…! レーヴァテイン、見えるか」

魔剣『私に目はない』

剣士「足跡が残っている。三足歩行の生物…?」

剣士「……この丸い跡はなんだ……杖…?」

魔剣『杖か。ターゲットは老人である可能性がある』

剣士(…そういえば昨夜の宿屋に…まさかな)

剣士「一旦宿へ戻る」



【酒場-太陽亭-】


少女「はい。クエストのご依頼ですか。ではあちらの受付カウンターへどうぞ」

剣士「…わかった」

少女「…?」

少女(なんだろうジロジロみて)

少女(ボクの顔になにかついてたのかな)

少女(目据わってるよ…怖いなぁ…)



女将「ユゥユ。新しい依頼書貼ってくれるかい」

少女「あ、はぁい」

少女「ねぇ女将さん、これっていまのフードかぶった剣士さんの提出した物?」

女将「そうさね。なに、あんたの知り合いかい?」

少女「違うよ。いままで働いててあんな人見たこと無い。なんか…怖いっていうかヤバイ雰囲気」

女将「きっとありゃ中央から来た人だね。おおかた田舎を蔑んだ目で見てるんだろうさ」

女将「おまけに大富豪ときたもんだ。物見遊山にでも来たのかね」

少女「大富豪?」



ボクは女将さんから受け取った一枚の依頼書に目を通す。


<<従者募集>>
目的:旅路への同行。
期間:半年~1年程度。
性別・年齢・経験不問。

少女「なんだぁ、つまんなそう」

てっきり悪魔召喚の手伝いや、伝説の魔竜探しなんて言い出しそうな風貌だったのに、
いざフタを開けてみればごく普通の護衛任務だ。

だけど続きを読んでボクは心臓が飛び出そうになった。

少女「え゙…!?」

報酬:200,000G 契約金あり、その都度特別報酬あり。
難易度:☆☆☆☆☆☆☆☆

少女「いちじゅーひゃく…10万…? え? いちじゅーひゃく…」

少女「うそッ!」

それはボクの10年分の賃金にも相当するようなぶっ飛んだ報酬額だった。
ありえない読み間違えか書き間違えだと思って女将さんに確認すると、確かに依頼者はその値段だと言ったらしい。

さらに難易度予想は設定できる最大値。
極めて大きな危険がつきまとうとされ、命の保証すらないという。
そんなものをギルドを通して貼りだすには、相当の依頼金が必要なはずだった。

すくなくとも、こんな田舎の小さな酒場で下働きのボクがぺたぺた気軽に貼っていいものではない。

 


少女「選考方法は…この宿屋の2階で借りた部屋で個人面談…採用は1人のみ…」

少女「…うそでしょ。ちゃんとした場所じゃなくてここでやるの?」

少女「こんなのって…」


震える手でクエストボードに貼りだすと、冒険者たちがその莫大な報酬に驚いて一斉に大声をあげた。
そして我先にと二階の部屋へと押し合いへし合い駆け上がっていく。
おそらくここにいる冒険者全員が選考をうけるつもりだ。


少女(そりゃそうなるよね…)

冒険者A「こうしちゃいられねぇ!」

冒険者B「俺は腕には自信があるぜ。どんな大富豪だかしらねぇが俺が守ってやる」

冒険者C「いやいやお前は前に☆5のクエスト失敗しただろ。ここは俺がー」

冒険者D「よぅし! これで溜まりに溜まったツケが払えるぜ」


少女(こんなにすごい案件なのに年齢・経験ともに不問って…)

少女(それってボクでもできるってことなのかなー…?)

少女(さすがに戦えないのはダメか。それにこんな足じゃ…)コツコツ


女将「あーあ、我先にと喧嘩するのは勝手だけど頼むから店ン中は壊さないでくれよ」

女将「ユゥユ。いまのうちに空いた皿片付けちゃって」

少女「あ、はい…」

女将「風変わりな男だよ。あんた寝てたから知らないと思うけど、あのお客さん昨晩は夜通し食事を注文して部屋まで運ばせたんだよ」

少女「そ、そうなの?」

女将「金払いはいいけどずっと働かされるこっちとしては困ったもんさ」

女将「あっ、でもちょっと素顔美男子ってやつ? ぬふふ」

少女「……顔、フードのせいでボクあんまりよく見えなかったよ」

女将「さて、じゃこれからこれ全部順番通りに運んでね」

少女「え…」

手渡された注文表には、びっしりとメニューが書かれていた。
いまからこれを全部つくって、ボクがひとつひとつ時間を見計らってあの剣士のお客さんの元に運ぶことになるらしい。

少女「えぇっと…選考に来た人と食べるのかな…」

女将「さぁね。何考えてるかわかったもんじゃないよ。何事も起きなきゃいいけどね…」


少女(うわぁ…いつのまにか大行列になっちゃった…)

少女(ひとりひとり面接してるのかな…効率わるそー)

少女「ごめんねー。お料理運ぶからちょっとあけて」

冒険者達「ほい」


ここの冒険者たちはボクとは顔見知りなのでみんなにこやかに通り道をあけてくれる。
部屋の前まできて扉をノックすると、中から意気消沈とした様子で大柄の男の人が出てきた。


冒険者E「ちくしょう…自信あったのに…何がだめだったんだ」

少女「あらら。残念だったね…」

冒険者E「ユゥユきゅんなぐさめてー」

少女「そ、そーゆーのは可愛い女の子にでもたのむんだね!」

冒険者E「はぁ……」

少女(ボクだって目の前で200000Gの仕事がなくなったら凹むよ)


冒険者F「次は俺だ。失礼しまっす」

少女「ま、待って。一旦休憩なんだ。ずっとやってたら依頼主さんも疲れちゃうでしょ」

少女「再開はお食事が終わってから。わかった?」

冒険者F「お、おう…ごめんよユゥユくん」

冒険者F「手伝おうか? 階段のぼりおり大変だろう」

少女「いいよ。ボクの仕事だから」

コンコン

少女「入ります」

少女「ご注文の料理お持ちしました。この時間で合ってますか?」

剣士「……」

シングルベッドに腰かけた依頼者の男の人はじっとボクを品定めするように見つめる。
とりわけ顔をじっと見つめられて、彼は目を伏せて何かつぶやいた。

少女(怖いな…疲れてるのかな)

ローブを半分ほどはだけた彼の体は、剣士らしく上半身ががっしりしていた。
なのに足先まで全体をみるとすごくスラリとしていてかっこいい。
ここの酒場に年から年中入り浸っているずんぐりむっくりなおじさん達とは明らかに雰囲気が違った。

少女(不思議な人……)


どうして経験不問の同行者が必要なんだろう。
そんなにお金をかけて従者を手に入れてどこに行くのだろう。

どうにもこの人はボクの持つお金持ちのイメージとはちょっと違う。


少女(怪しい事しようとしてたりして……)

少女(はやく立ち去ろう…)

剣士「おい」

少女「…! は、はい…何ですか」ビク

剣士「…お前、ちょっとこっちに来い」

少女「…ひ」

言われたとおり、おずおずと近づく。
なにか気に障ることをしてしまったのかと不安が募っていく。

すると目の前の彼は突然ボクにむかって腕を伸ばし――――

少女「へ?」

気づいたらボクは腕の中にぎゅっと抱きとめられていた。

少女「!?///」


少女「な、なに…? わっ、何してるの。お客さん!」

剣士「……そうか。お前だったのか」

少女「え!? わわ、変な…かん…じが…」

強く抱かれると、すぅっとボクの中から何かが抜けていく。

少女(あぁこれはボクが爆発するときと近い…なんだろ…)

すこしだけ気持ちがいい。
余りあまった魔力が少しづつ体から溢れて、光の粒となって彼の体に吸い込まれていくのが見える。

少女「なん…で…?」

いま起きているこの状況がわからない。
どうしてボクはいきなり知らない人に抱きしめられているのか、そして魔力が抜けていくのはなぜ?


剣士「おい、すぐに家に戻って荷物をまとめろ」

少女「え? いやボクはここの住み込みだけど…」

剣士「なら都合がいい。急げ」

そう言って銀髪の剣士はボクの膝の上に皮袋を置いた。
手に取るとずっしりと重い。
恐る恐る開いてみると、見たこともない量の金貨がぎっしりと詰まっていた。

少女「え゙えっ!?」

剣士「契約金と報酬の前払い金だ。うけとっておけ」

少女「ちょっ、ちょっ!? ええ!? ひゃうー」

突然の起きたハプニングにボクのあまり使っていない脳みそはくるくると混乱してしまい、まぬけな悲鳴がでた。

 


少女「待ってください。ボクは、えっと、クエストに応募したわけじゃなくて」

少女「ただの酒場の店員で……料理もってきただけなんだけど…」

剣士「お前はすぐに旅立つ必要がある。もう一度言う。荷物をさっさとまとめろ」

剣士「俺はお前に決めた!」

少女(なに…何言ってるのこの人…わかんないよ)


女将「待ちな」

女将「帰ってくるのが遅いから、様子を見に来てみれば、あんたろくでもない奴だね」

女将「こんな小さい子を旅につれていってどうする気だい。まだその子は大人にもなってないんだから、クエストを受ける資格はないよ」

剣士「…経験も年齢も問わず、って書いたはずだけどな」

女将「まさか…いくらかわいいからって……ぉ、男の子に夜の相手でもさせようってのかい!」

剣士「……あながちその表現は間違ってねぇな。俺は抱けるならこの際老若男女を問わない」

女将「…ッ! こんの変態野郎!」



少女「ぉ…女将さん…ボクどうしたら」オロオロ

女将「ユゥユ、あんたは下に降りてな。こんな奴もう客でもなんでもない。叩き出してやるよ」

剣士「…そのガキの保護者か」

女将「そうだよ! 血のつながりはなくても、この子が物心がつく頃から面倒みてるんだ!」

女将「男の子に興奮する変態野郎に連れて行かれるのはお断りだよ!」

剣士「……」

剣士「これは、これからのそいつ自身の人生にとって重要なことだ」

男は目深に被ったフードをたくし上げてローブをそのままバサリと脱ぎ捨てる。
彼の背にはとても長くて綺麗な銀髪が垂れ下がっていた。
ボクはその美しさに思わず目を奪われた。

女将「え…」

剣士「ここにいたら殺されるか、あるいは世界が滅びる事になる。だから俺はそいつを保護しに来たんだ」

女将「ユゥユが…? あんた……なにを…」

少女「ボクが…殺される…?」



少女「どういうこと…どうして…? ボク…普通の…」

少女(普通じゃない)

少女(そう、わかってるんだ。ボクはとっくに普通じゃない)

だからいずれ身の周りで何かとんでもないことが起きてしまうんじゃないかと思っていた。
それが今日、今この瞬間に訪れただけ。


女将「…ユゥユ。あんたが決めな」

少女「え…女将さん? なんで急に…」

少女「ぼ、ボク…」

女将「あたし、あんたが何かおかしなことになっていたのは知っていたよ」

女将「何度か、こっそりあとをつけたことがあるんだ。悪い夜遊びでも覚えたんじゃないかって心配になって…」

少女「うそ……」

女将さんはとっくに気づいていた。
この数年間夜な夜な目を盗んでどこかへ行っていたなんて、気づかないわけがなかった。

女将「でもアレを見てどうしようもなかった…あたしには理解できなくて、怖くて…」

女将「あんたが実は魔人族なのかもしれないって思って…誰にも相談できなかった…」

女将「だからずっと気づいていないふりをするしかなかったんだよ…」

女将「ごめんねユゥユ。非力なあたしは…あんたに何かあっても守ってあげることができないよ…」

少女「女将…さん…」


ボクの肩をつかむ女将さんの手は震えていた。
いつも明るくて肝っ玉な女将さんからは想像がつかないほど、弱々しくて消え入りそうな声だった。


少女「――ッ! この感じ…窓の外に誰かいる!」

剣士「ついに来やがったか」


 

  

突き刺さるような敵意をはっきり感じたのは初めてだった。
ボクが何者かの気配を複数察知した直後、轟音とともに部屋の壁が吹き飛ばされた。

窓ガラスが四方八方に飛び散る。
剣士の男はローブをひるがえして、ガラス片や爆発の衝撃からボクらをまもってくれた。

少女「うああぁっ」

女将「な、なんなの!?」

剣士「下がってろ」


砕け散った壁の隙間から恐る恐る外を見下ろすと、路上に真っ黒なフードを来た奴らが何人も横並びに立っていて、
こちらに向かって細長い筒のような物を構えていた。
筒の先からは魔力の残滓がきらめいていた。


剣士「魔導砲だ。射角に入るな。後ろに下がってろ」

少女「しゃか…――ひゃっ」

剣士「伏せろ!」

男はボクの頭をつかんで無理やり伏せさせる。

少女「いだっ」

間髪をいれず先ほどの衝撃波がまたしても襲いかかる。
今度は轟音とともに部屋の天井部を吹き飛ばした。

少女「うわぁああぁぁ!?」

女将「なんなのよ」

伏せなければ今頃ボクの上半身が吹き飛んでいたところだ。

少女「うう…」

剣士「こいつら…ここで始末する気か。なら帝国のやつらじゃねぇな」

女将「ちょっとぉ! ウチの店!!」

少女「え…何が起きてるの、ねぇ教えてよ! めちゃくちゃだよ」

剣士「あいつらはお前を狙っている。俺はお前を保護しに来た」

少女「でも…わかんなくて」

剣士「心当たりがあるなら、死にたくなければ…今は言うことを聞いて伏せていろ」

そう怒鳴りつけた彼は腰の剣を引き抜いて、迷いもなく砕けた窓辺から下へ飛び降りた。
そしてフードの怪しい連中相手に次々斬りかかり、あっという間に全滅させた。


 



少女「あ、あぁ…なんで…」


路上では何人もの血まみれの男たちが倒れ、それを見た通行人が金切り声をあげる。


少女「な……」

少女(死んだ…?)

剣士「そこで聞け! まだ町の中にお前を狙う刺客は潜んでいる」

剣士「俺とともに逃げのびるか、ここで殺されるのを待つか」

剣士「お前の選択肢は2つだ!」

少女「……」ゴク

少女(現実…なんだよね…)


床に散らばってガラス片をさわってしまい、知らないうちに手を切っていた。
手のひらから伝わる痛みは夢なんかではなく、間違いなく現実のものだった。


女将「ユゥユ。自分のことは自分でお決め」

少女「…女将さん、ボクのせいでこんな迷惑かけてごめんなさい」

女将「…いいんだよ。部屋の壁はいくらでも修繕できる」

少女「いままでありがとうございましたっ。これ、全部修繕代に充ててっ!」

女将「ユゥユ!」

少女「いつか、また戻ってくるから! ボクの家はここだもん!」

少女「だから…元気でいてね女将さん…」


心は決まった。
彼の旅についていこう。

ボクはボク自身が何者であるかを知りたい。
すべてをかなぐり捨ててでも知らなきゃいけない。
彼と一緒ならきっとこの答えにたどり着けると確信しているんだ。


 



少女「はっ、はっ…」


杖をついて階段を駆け下りる。
1階の酒場は先ほどの騒音でざわついていた。
様子を見に来る人達とたくさんすれ違った。


冒険者A「なにがあったんだい。女将さんは無事か」

冒険者B「ユゥユくん、血相変えてどうした」

冒険者C「外に見回りの衛兵が来てるぞ、さっきの爆音はなんだ」

少女(みんな…さよならっ)


もうここに戻ってくることはできない。
これ以上ここにいると、今度はボクの顔見知りから怪我人や死者が出る。
そんなのは絶対にごめんだ。

酒場の扉を開け放ち外に出ると、すでに正面に荷馬車が回してあった。



剣士「乗れよ」

少女「……」コク

剣士「俺はマドウス。これからお前のあるじだ。マドでいい。様づけはいらねぇぞ」

少女「ボクはユゥユ。いまこの瞬間から冒険者で、キミの従者だよ」

剣士「よく言った」

口元だけで微笑んだ彼は、大きな拳でとんとボクの胸を小突いた。
そしてボクは差し伸べられた彼の手をとり、己を知るための命をかけた危険な旅に出た!!―――――



少女「――――はずなんだけどなぁ…」

少女「なんで抱っこしてるの! はーなーせーっ」

剣士「俺にとって必要だからだ。暴れても無駄だぜ」


 



旅立ったその日の晩、何故かボクはボロっちい毛布でぐるぐる巻きにされて抱きしめられていた。
触れたこともない大人の男の人のゴツゴツした腕と胸板……変な気分になって無性に体が熱くなった。


少女「ね、眠れないよ…寒い季節じゃないんだけど…」

少女「ねー変なことする気? ねぇ…ボクまだ14歳で…あと、お、男だし!」

剣士「……」ジー

少女「だめだよ…体は大事にしなさいって女将さんに言われてるんだ。離して」

少女「ぎゅっとされると…困る」

剣士「はぁ、男同士なんだろ? なら気にせずに寝ろって。従者のお前に拒否権はない」

少女「うぅぅ~~……へんたい!」

少女「あんな目にあったのに、なっんて緊張感のない! おかしいよ!」

剣士「……ふぁ~、さすがに馬とばしてばっかじゃちょっと疲れたよなぁ」

少女「ボクはキミの抱枕にされるために従者になったわけじゃないぞ!」キー



第1話<魔剣使いとの出会い>おわり

第2話<これってセクハラじゃないの?>へ続く


  

更新おわり
次回明後日
初回なのでながくなったけど次回からは10レス分くらいの更新予定です



第2話<これってセクハラじゃないの?>



少女「ううん……」

少女「…ふぁ…もう朝」ムニャ

剣士「zzz」

少女「わ゙っ!?」

少女(そうだボク……この人の従者になったんだ…)

少女(それで…昨日の晩はずっと抱きしめられて…)

少女「ゔぅ~~、動けない」

剣士「う……なんだよ。起きんの早えぞ…」

少女「お、おはよう…ございます?」

剣士「zzz」

少女「お、おい起きてよ! 朝だぞ。これ解いてよ」ジタバタ

少女「ていうかトイレ…おしっこ行きたいから…早く」

剣士「しゃーねーな…」

何時間ぶりかでようやく解放されたボクは、狭い馬車の荷台を飛び出す。

少女「……そうだ。街中じゃなかったんだ…」


ここはとなり町へと続く街道の途中。
もう商店街の朝市の喧騒は聞こえてくることはない。

整備の行き届いていない凸凹の道と生い茂った原っぱ。
地平線には青々とした山脈が連なっていた。
今日もこの国は雲ひとつない晴天。


少女「わぁ、なんてすこやかな朝」

少女「ってそうじゃない! お、おしっこ…」

少女(どこでしたらいいんだろう…)

見渡しても公衆トイレなんてあるはずもなく。
それどころか建物の陰すら見当たらない。


少女「ね、ねぇマド! 大変だよ!」

剣士「…なんだ…zzz」

少女「トイレがないんだ!」ユサユサ

剣士「はぁ…? んなもんその辺でしとけばいいだろ」

少女「ば、馬鹿いうなよ! その辺でって…」

剣士「立ちションの一度や二度くらいしたことあるだろ…」

少女「するか! ボクは、おん――」

少女「むぐ……あぁわかったよ! た、立ちションくらい男なら誰でもするからね」


出会った時からボクは彼に対して自分の本当の性別を打ち明けられずにいた。
外見をボーイッシュに努めているのは女将さんによる教育だ。
女の子だと酒場セクハラされるし、もめ事を起こされたくないからという理由。
でもそんな悪い好意を働くお客さんはほとんど見かけなかったし、実際のところは女将さんはただ息子が欲しかっただけかもしれない。


少女(誰もいないよね…?)


念のため回りを見渡す。
ボクは恐る恐る下着を脱いで、草むらに向かって腰をおろした。


少女「女将さん……」

少女「元気にしてるかな…ってまだ一日も経ってないけど」


少女(はあ…開放感…)

少女(でもなんだか心臓バクバク。人いなくてよかった…)


少女「…マドに正直に告げるべきかなぁ……どうせいつかは性別なんてバレるんだし…」

少女「でも…ボクが女の子だってバレたら…」

ふと酒場で日夜くりひろげられていた卑猥な会話を思い出す。
女の口説き方だとか、女のよろこばせ方だとか、酔ったおじさんたちはボクに対して意気揚々と語ってくれた。

『ユゥユくんもあと数年したらイイトコつれていってやるぜ』なんて大きなお世話だった。
ボクは呆れ顔でいつもハイハイと適当に受け流していた。
ボクが勤めている昼間でも、飲んだくれたおじさん達は平然とそういった話をして、その度に女将さんに怒られていた。

少女「~~~っ」ブンブン

少女「だめだめ。男なんてみんなエッチで変態なんだ」

少女「バレたら絶対……セクハラされる…!」ゾゾ

少女「男のフリを続けよう……せめてあいつが信用できるやつってわかるまで…」

少女「独身…だよね……? ボクよりは結構年上そうだけど…」


正直のところ、秘密だらけの彼のことをまったく信用していない。
あの黒尽くめの人たちは本当にボクを狙っていたのかどうかもわからない。
即断即決で旅立ったのは軽はずみだったのかもしれないと後悔の念が湧き上がる。


少女「…でも起きちゃったことはもうしかたない」

少女「これからどうするかだよね…」

少女「うん。すっきりした…大自然でするのは意外と気分がいいなぁ」


剣士「よぉ。座りションとは田舎のガキにしては随分お上品だな」

少女「うわぁぁ!? だっ、なっ!?」ゴソゴソ

剣士「気にすんなよ。ケツの半分しか見えてねぇよ」

少女「うぎゃああ」

剣士「ふぁ~あ久々によく寝た。それにしてもお前が男のガキでまだ助かったぜ」

少女「な、なにが…? ボクなんかした?」

剣士「だってよお、お前が汚ぇおっさんなら俺は毎晩おっさんを抱きしめて寝なきゃいけないわけだ」

少女「うん……? それが嫌だからボクを連れてきたんじゃないの?」

剣士「んなわけあるか」

剣士「俺がお前を選んだ理由は、ツラの良さでもなければ年齢でもない」

剣士「自覚がねぇとは言わせねぇぞ」

少女「!!」

少女「ボクのこと…やっぱりなにか知ってるの」

剣士「昨晩は聞きそびれて一泊することになったが、おかげで確信が持てた」

剣士「そうだろレーヴァテイン」

『いかにも。魔核の少女で間違いあるまい』


マドの問いかけに対し突然頭の中に響くような声がした。
ボクはその声が、彼の手にする剣から発せられたものだと直感的に察知する。


少女「け、剣が喋った……!?」

剣士「へぇ。さすがいい勘してんな」


少女「なんで剣が喋ったの」

剣士「さぁ? 理屈はわかんねぇが、俺はこいつをレーヴァテインって呼んでる」

剣士「世にも珍しい喋るボロ鉄だ」

少女「……」

少女(どうしよう。聞きたいこといっぱいある)


次々と湧いてくる疑問が洪水のように頭の中にあふれてパニックになりそうになった。


剣士「…チャック開いてんぞ」

少女「あっ…うっ」ジジッ

少女「あ、あのっ」

剣士「いま一番聞きたいことはなんだ」

少女「…ボクは……何?」

剣士「"何?"ときたか…」

剣士「お前は言ってしまえば特異な存在だ。俺たちは魔核って呼んでいる」

少女「まかく…」


剣士「俺はお前を利用しようとする奴らから保護するのが目的」

少女「昨日のあいつら…?」

剣士「あぁ。魔核の存在を探している組織がいくつかある。ここまではいいか?」

少女「なんとか…」

剣士「魔核ってのは膨大な魔力を内包したやつのことだ」

剣士「いにしえのなんちゃらの系譜だとかって言われてるが、俺は正直その辺の事情はさっぱりしらねぇ。お前は?」

少女「…」フルフル

少女「お父さんもお母さんもいないんだ」

少女「ボクってやっぱり変な子だったんだ……」

剣士「気にすんな。俺にはとても役に立つ」

少女「そうだっ、キミはなんなの!? 保護するってどうして!? キミは一体何者? ボクなんかを捕まえて一体――――むぐっ!?」

溢れだした疑問を塞き止めるように、マドはボクの口を手のひらで塞いだ。

剣士「……」

触れた手を伝ってボクの魔力がたちまち彼の元へ流れ出してゆく。
まるで血を吸われているようだ。

少女(この感覚…最初に抱きしめられたときも、昨日の夜もずっと感じてた…)


剣士「感じたか。俺は他人の魔力を吸うことができる」

少女「吸ってる…」

剣士「…語弊があったな。否応なく魔力を吸ってしまう。誰かれ構わず触れたもの全てな」

少女「!」

剣士「とりあえず何か食うか。腹へっただろ」

少女「う、うん。お腹すいた」



  ・  ・  ・



少女「それ、そのまま食べるの?」

剣士「あぁ」シャクシャク

少女「その果物…焼いたら甘み増しておいしいよ。うちでも料理に使ってた」

剣士「そうか」シャクシャク

少女「…いただきます」シャク

少女(う…渋い…)

少女「焼こうよ」

剣士「焼いたらこの果実の魔素が逃げる」

少女「まな?」

剣士「俺は常に魔素を体に取り込んで魔力を作り出す必要がある。だから食いもんは素材のままでいいんだ」

剣士「味なんて食えたらどうでもいい」


少女「つくりだす必要があるどういうこと…?」

少女「魔力なんて生きてれば勝手に作られるだろ?」

少女「マドは魔力を吸ってしまうだけじゃないの?」

剣士「マナ欠乏症って聞いたことあるか」

少女「知らない」


人はみんな魔力を持っていて、体の中を常に巡っている。
それは生物が生命を維持するために必要不可欠な、『第2の血』であると初等学校の教科書に書かれていた。
魔道士と呼ばれるひとたちはそれを自在に引き出して魔法を使うことができる。

だけど完全に魔力を失うと失血死と同じで人は死んでしまう。
この世界の誰もが知識として知っていて、体で感じ取っていることだ。
ボクの知識なんてそれっぽっちしかない。


剣士「俺は自分の体内でつくられた魔力を、うまく留めることができない」

剣士「生物であれば誰でも生まれながらにできることだ」

剣士「それが俺には出来ない」

少女「そんな…」

剣士「その代わりにこの能力がある」


彼はまだ齧っていない新鮮な果実を手のひらに乗せてボクに見せつけた。
しばらくじっと見つめていると、果実はくしゃりと歳をとってしぼんでしまった。


少女「魔力を吸ったの?」

剣士「魔力とは命だ。俺は命を奪う」

剣士「食ったほうが効率いいけどな」シャク

少女「えっ、じゃあ一晩中ボクの命を吸ってたの!? 死んじゃうところだよ!?」

剣士「……」


剣士「お前は逆に魔力が増えすぎる病気だ。いくら吸っても生命活動に支障はきたさない」

剣士「今朝だってなんともなかっただろ」

少女「う、うん…」

剣士「俺が穴の空いたバケツだとしたら、お前は無限に湧き続ける生命の泉だ」

剣士「それくらいスケールが違う」

少女「わかんないよ…」

剣士「湧き続けるとあふれちまって…大洪水だろ?」

少女「……キミ、爆発のことも知ってるんだ」


町の図書館で医学書をあさっても、それとなく大人の冒険者達に聞いてみても、ボクのような例は知られていなかった。
魔力の異常な増え方をコントロールできずに、毎月定期的に爆発させてしまう。そんな病気世界には存在しない。

自分のちからが怖くて誰にも打ち明けられずにいた。
きっと宿屋やあの町にいられなくなってしまうから。そしてそれは昨日現実となった。


剣士「爆発のペースは。あの山ん中の穴ぼこ見た限り、月一ってとこか」

少女「うん…月に一度くらい……」


爆発するとたくさんの魔力が流れ出てしまってるはずなのに、不思議と体調が悪くなることはない。むしろすっきりする。
なぜだろう。どうして自分だけそうなのかもわからない。知る方法がなかった。
ボクにはお父さんもお母さんも物心ついた頃からいなかったから。

マドはそんなボクの長年の悩みに簡単に答えてくれた。
悩みをようやく誰かと共有できて、心がすっと軽くなった。


少女(そっか…魔力で苦しんでいるのはボクだけじゃなかったんだ…)


剣士「俺とお前の境遇を理解したか」

少女「うん…少しだけ」

剣士「つーわけだから、俺は毎晩お前を抱くぞ」シャクシャク

少女「え゙……」

剣士「ガキでも利害一致くらいわかるだろ」モグモグ

剣士「お前に触れていたら俺は魔力を補充できる。お前は魔力がほどよく抜けて爆発を予防できる」

剣士「良いこと尽くめだ」ニコッ

少女(それってボクの気持ちはどうなんだよー…)ムスッ



   ・   ・   ・



朝食を終えて再び荷馬車で揺られること数時間。

彼は御者台に、ボクは荷台の中にわかれてそれぞれ暇をもてあましていた。
マドは手綱を取りながらひたすら何かを食べていて、あまりボクの話し相手にはなってくれかった。

それに昨日今日出会った仲だ。
何を話せばいいかわからない。何か尋ねようにも、どこまで踏み込んでいいかわからない。
ボクは接客で生きてきたから人見知りをするタイプではないけど、マドのような若い男の人は正直少し苦手だった。


少女(旅ってもっといいものかとおもってたのに退屈だ。本でももってきてたらよかった)

少女(風景はこんなにいいのになぁ。代わり映えしなくて見飽きちゃったよ…)

魔剣『ユゥユと言ったか。足が悪いとマドから聞いている。本当か』

少女「うわっ!? な、なに!?」


少女「あ…この剣か。レーヴァテイン…だっけ?」

少女(いきなり話しだすんだもんなぁ…びっくり)

魔剣『すまない。驚かすつもりはない』

少女(心が読めるの!?)

魔剣『あまりに貴様の心中が淀んでいたので、私としては居心地が悪い』

少女「居心地って……物なのに」

剣士「おい。ユゥユとか言ったな。あんまりそいつの相手しないほうがいいぜ」

剣士「なんせ頭ン中が筒抜けだ。気がおかしくなりそうだぜ」

剣士「こっちから話振らないかぎりめったなことじゃ喋らねぇから放っておけ」

少女「……」プイッ

少女「レーヴァテイン。本当だよ。ボクは足が生まれつき悪いんだ」

少女「でも杖をつけば歩けるし、飛んだり走ったりできないだけでそんなに不自由はしてないんだよ」

剣士「……」

少女「レーヴァテインはどうして喋るの? ずいぶんボロボロだけど何年くらい前に生まれたの?」

魔剣『私に過去の記憶はない』

少女「そうなんだ。ねぇじゃあマドのこと教えて。マドの剣なんでしょ?」

少女「マドって何者なの?」

魔剣『私と貴様の主だ』

少女「う…そうじゃなくてさ。えっと、何の仕事してるーとか、家族構成とか」

剣士「……」

魔剣『…私に答える権利はない。我が主により禁じられている』


少女「く……じゃあさ、好きな食べ物とかしってる?」

魔剣『主が好んで食べるものはない。いつも魔素の補給効率のよい食材を調達する』

魔剣『植物、果実、生肉等が当てはまる』

少女「うーん……生食ばっかりはよくないよ…」

少女「昨日いっぱい宿屋で料理頼んだでしょ? どれを気に入ったとかないの?」

剣士「おい。んなこと直接聞け。直接!」クイッ

少女「じゃあどれがおいしかった?」ワクワク

剣士「……いや別に、大して味わかんねぇし」

少女(答える気ないじゃん)

魔剣『ミートパイというものを何度も注文していた』

剣士「こらってめ」

少女「あっ、それね。ボクが毎朝仕込みして焼いてるんだ!」

少女「おいしかった!? じゃなくて…マドはおいしそうにしてた? ねぇレーヴァテイン」

剣士「…レーヴァテイン。今後俺に関する重大な情報を何一つ漏らすな」

魔剣『了解した』

少女「あっ、もう! 秘密主義はよくないよ」

少女「ボクたち…旅の仲間でしょ!? なんでも気軽に打ち明けていこうよ!」

少女(って性別偽ってるボクがいうのもなー……)

剣士「仲間じゃなくて" 主 人 "と" 従 者 "だ。そこは間違えんな」

少女「…そうだった。ボクのほうがずっと立場下なんだよね。でも…」

剣士「いいか従者。お前も金で雇われている以上、俺のいうことは絶対だからな」

少女「う、うん」

剣士「以降俺にめんどくさい質問するなよ。OK?」

少女「…うぐ」

少女(客の酔っぱらいおじさんたちに若い男の落とし方ってのも教えてもらうんだったなぁ…)


剣士「わりいがそこの袋とってくれ」

少女「これ? ってこれも果物か…まだ食べるの…?」

少女「……お腹壊すよ」

剣士「あぁ。言ったろ、いくらくっても魔力がながれだしていくんだよ」

剣士「だから俺は寝る間も惜しんで食い続ける。そうしないと生き延びることができない」

剣士「治す方法があるなら神さまにでも教えてほしいもんだ」ガジッ シャクシャク

少女(ボクの悩みなんてどうでもよくなるくらい大変な病気だなぁ…)

剣士「ま、神様がいればこんな肥溜めみてーな人生送る野郎はこの世にいないだろうがな」


そう吐き捨てる彼の背中が少しさびしそうにみえた。

ボクは少ない情報でマドのこれまでを想像してみる。
どれだけ明るく努めても、きっと吸魔の能力のせいで人が寄りつくことはなかったんだと思う。
それとも、いまみたいに自分から心を閉ざして突き放していったか。


少女「……」ジッ

剣士「…なんだよ」

少女(目の下のペイントみたいなの…クマかくしてるのかな…)

少女(そういえば…宿屋では夜通しなにか注文して食べてたんだよね)


それくらい、人にとって第二の血である魔力を失うというのは恐ろしいことだ。
吸う方も吸われる方も。
ボクはたまたま人より並外れた魔力を持っているから、彼の特異体質は脅威にならない。

  



少女(友達…いるのかな)

他人事だけど、想像するだけでキュウっと胸が締め付けられる。
ボクも足が悪くて子供同士の輪にいれてもらえなかったことが何度かあった。


少女(ずっと寂しかったんじゃないかな…)

魔剣『おおむね間違ってはいない』

少女「!」

魔剣『我が主の心中は常に寂寥としている。私との念話すら拒むほどに』

魔剣『だが魔核の貴様ならあるいは…』

少女「キミ、結構おせっかいな剣なんだね」クスッ

魔剣『禁則事項は破っていない』

少女「魔核ってのはいまだによくわかんないけど……レーヴァテインが言いたいのはこういうことでしょ?」ピトッ

剣士「!」

ボクはマドの背にこっそりと指先だけで触れてみた。
彼の言うとおり魔力が自動的に吸われはじめる。
無駄な毒気が抜けるみたいで心地良い。


剣士「おい」

少女「あんまり食べると、お腹壊すよ。ここら辺トイレないから大変だよ…?」クス

少女「ボクの魔力…おいしいかわからないけど…これならきっと体には悪くないはずだから」

少女「町につくまでしばらくこうしてあげるよ」

剣士「……悪いな。そうしていてくれるか」


そして彼は新しく手にとっていた果実を袋に戻した。

ボクの直感が告げる。
きっとこの人は悪い人じゃない。
まだまだ旅の不安はいっぱいだけど、少しだけ前向きにたのしめそうだ。


 



-その夜



少女(調子乗らせちゃった)

剣士「へへへっ、一緒に寝ようぜ…」ガシッ

少女「いーやーだー。離せったらぁ」

剣士「おい。昼間あんだけ魔力くれたのに夜はイヤイヤってそりゃあんまりじゃねぇか」

剣士「俺はむしろ飯を食って補給できない就寝時にこそ魔力がほしいんだよ」

剣士「そのための魔力タンクだぞ」

少女「タンクだとぉ!? ひとのことをタンク扱いするやつに魔力あげるもんか!」

剣士「金で雇われた従者のくせに言うこと聞けねぇのかこのガキ」

少女(どうしよう…)

魔剣『諦めよ。主従契約は絶対である』

剣士「諦めろ」



 ぐるぐる…ぐるぐる…

そうしてボクは昨日に続いて今日も毛布で簀巻きにされた。

少女「うう……」

剣士「感想は」

少女「すっごく暑くて寝苦しい…。寝返り打てないし…」

剣士「あっそ。俺も暑いが我慢して抱いてやってるんだから我慢しろ」

少女「聞いておいてなんだよそれ! 離して!」

剣士「zzz」

少女「うわっ…もう寝てるし!?」



少女「……」ムスッ

少女(誰かに抱かれながら寝るのって変な気分…)

少女(魔力吸われてるなー…なんか程よい脱力感……)

少女「これから毎日なんだよね………ハァ」

少女(女だって打ち明ければ、遠慮してくれるかな?)

少女(でも見た目と違って中身は紳士そうなやつとは思えないし……下手すればバラした途端……)

少女「……」~あらぬ想像中~

少女「…っ!?///」フルフルフルフル

少女(こんなの究極の選択じゃないか…!)


ふにっ

少女「……ひっ!」

少女「ど、どこに手置いてるんだよ…」

剣士「zzz」

少女「本気で寝てるし……。もうっびっくりするからあんまり動かないでよ」

ふにっ

少女「~~~っ!!?///」

少女「ね、寝てるんだよね!?」

剣士「zzz」

少女「う…うぅ……たしかにこの依頼は難易度☆8個だよ…」クスン



第2話<これってセクハラじゃないの?>つづく

 

更新おわり
次回2話の続きを明日予定
今作結構長いとおもいます 地道に完結めざします

魔剣が少女だってばらしてるけど聞こえてないのかな?

第2話<これってセクハラじゃないの?>つづき



-翌日



少女「ねぇ、町に着いたらどうするの」

剣士「まずは食料の調達。物資の補給」

少女「そのあとは?」

剣士「荷馬車の点検に、武具の手入れ。寝床の確保に…」


少女「そういうことを聞いてるんじゃなくって!」

少女「この旅がこれからどうなるかを聞いてるんだってば!」

剣士「……」

少女「か…考えてないとか言わないでね」

少女「あの砲筒を持った黒づくめのやつらは本当に追ってくるの!?」

少女「至って平和でなにも起きないじゃないか!」

少女「ボクのことを逃がすって言ったけど、一体この国のどこに逃がす気なんだよ」

剣士「また質問攻めしやがって……この国にお前の逃げ場はねぇよ」

少女「え…」

剣士「先日襲いかかってきたのは、おそらくこの国の正教会が秘密裏に組織した隠密部隊だ」

少女「あんな派手にぶっ放して、全然隠密じゃないよ!」

剣士「お前を消しさえすればあとはどうとでもなるということだ。それくらいお前の存在はやつらにとって優先度が高い」

少女「でも追手こないじゃん」

剣士「こんな見晴らしの良い場所で姿を見せるわけないだろ。俺に返討にされるのが関の山だぜ」



確かにあの時マドは強かった。
複数の敵相手でも怯むことなく立ち向かって、あっというまの殲滅。
返り血を浴びて立つ彼の姿がいまでも目に焼き付いている。


少女(あの時…殺したのかな。マドはためらいもなく…他人を殺せる人なんだ…)

剣士「……さきに不意打ちでぶっ放したのは向こうだ」

剣士「殺される前に無力化しねぇと、逃げまわってるだけじゃ命がいくつ合っても足りねぇぞ」

少女「えっ…なんで…」

剣士「いや。お前がそんなツラしてるからよ」

少女「う……」


声に出てたわけでもないのに、マドはボクの考えを見透かしたように語る。
そんな彼が一瞬寂しそうな表情をみせた気がした。
きっと人を斬ったことを後悔している、ボクにはそう思えたし、そう思いたかった。


少女(ボクをまもるためだったのに、ボクったらなんてことを…)

少女「ご、ごめん…マドのことが怖いってわけじゃないんだけど…」

剣士「気にすんな。普通の反応だ」


でもこの人はどうしてあんなに戦えるんだろう。どこで得た力なんだろう。
酒場にいた顔見知りの剣士のおじさん達は呑んだくればかりなので、実際に戦っている姿をあまりみたことはなかった。


少女「マドは剣士なんだよね…戦うのは怖くないの? 怪我しちゃうかもしれないのに…」

剣士「怖かねぇよ。俺の命なんざどうだっていい」

剣士「だが無駄死も犬死もする気はねぇから、向かってくる奴らには全力で抗う」

剣士「お前を生かすためにな」

少女「どうしてそこまで…」

少女「でも国に追われてるなら、ボクに逃げ場なんてないんだろ?」

少女「どうするの…いずれ捕まっちゃうよ…」

剣士「逃げ場はある」

少女「ほんと!? マドの実家とか!? ほとぼりが冷めるまで匿ってくれるとか?」

剣士「……平和ボケしたガキの御守りがめんどくさくなってきたぜ」

少女「どういうことだよ…」ムッ

剣士「いいかよく聞け。俺たちはポートに指定された街へ行って、そこで飛空艇に乗る」

剣士「そして…地上へ降りる。以上が俺のプランだ」

少女「…………」

少女「へ…?」

少女「ふね…? 飛空艇って…何言ってるんだよ? 地上ーー!?!?」


ソラの国は現代の地図上に存在しない唯一の国だ。

なぜかというと、それはこの大陸そのものが膨大な魔力によって青空にぽっかりと浮かんでいるから。

『だからソラの国なんだよ』って女将さんは昔このどこまでも続く青空を見ながら教えてくれた。


そしてこの国は空を漂いながら、いまもすこしずつ移動しているらしい。
当然下界にある他の国と干渉しあうことは無くって、同盟も連合も世界サミットも参加しない。
この国だけは他国と一切関わりを持たない。

だからこの国は、地図には記されない。
世界から存在しないものとして扱われている。

教科書にそう書いてある。


なぜそうなったのかボクたちは経緯を知らない。だけど当たり前の事実として受け入れている。
知ったところでなんの意味もないとおもう。

ソラの民はこの国でうまれ、そのほとんどがこの国で生涯を終えるからだ。


少女「地上って……ソラを捨てて……し、したに降りるんだよね…」

少女「い、いやだいやだいやだ! 下界になんて行きたくない!」

少女「ボクたちは空の民だぞ! 下でなんて生きていけるもんか!」

少女「下にはたくさん怖い病気があって、危ない人達が住んでいて、気候だって違うし…」

少女「そう習ったし……」

少女「そんなとこボクは嫌だ!」

剣士「……」


少女「それに飛空艇は、人を乗せていいものじゃないだろ」

少女「あれは魔族しか乗っちゃいけないって決められてるんだ」

剣士「……」

少女「知らないの?」

剣士「あー…まぁその辺の制度は深く考えてなかったな」

剣士「最悪乗員を脅してかっぱらえば…」

少女「ば、馬鹿! そんなの犯罪だよ! 犯罪!」

剣士「……いまさら俺にそれいうか?」

少女「う……それに国を出ることだって犯罪なんだよ」

少女「これ以上罪を重ねてほしくないよ…」

剣士「綺麗事じゃ生きていけねぇよ。俺たちは命の危機に瀕しているんだからな」

剣士「俺についていくと決めた覚悟は偽物だったのか?」

剣士「それとも契約を放棄して、ここでさよならするのか」

少女「……ゔうぅ」

剣士「ま、させねーけどな」


魔剣『ユゥユは飛空艇とやらに乗りたくはないのか』

少女「嫌だよ。だって落ちたら怖いもん」

剣士「そっちかよ」

魔剣『私には人の産み出す物は到底理解できぬ。なぜそのようなものがある』

少女「ええっと、飛空艇っていうのは、物資の運搬に使う空を飛ぶ乗り物なんだよ」

少女「でも技術的にまだまだ未発達で危険だから、ボクたちのような人間が乗ることは禁じられているんだ」

少女「ごほん。じゃあ誰が乗るのかって?」チラ

剣士「船員のほとんどが魔人や魔族と呼ばれる混血の奴らだ」

少女「あー、ボクが教えてあげようと思ったのに」

魔剣『口に出さずとも私に向かって念じた時点で伝わっている』

剣士「昔はこの国で栄華を極めた種族だそうだが、いまとなっちゃ数が減って、奴らは奴隷に近い扱いを受けている」

剣士(俺たちと同じく、なにかあっても使い捨ててかまわねぇ奴らだってことだ…)

魔剣『そうか』

少女「でも魔人の中でもワルキューレと呼ばれる竜人族だけは別!」

剣士「竜を駆る彼らは神聖視されて、国家の要職についている」

剣士「竜は遥か昔にこの国を創った神聖な生物だと伝えられているからだな。別格って奴だ」

少女「~~っ! ボクが言おうとしてること言わないで!」


少女「不思議だよね。あんな大きいものが空を飛ぶなんてさぁ」

少女「絶対いつか落ちるよ!? ねぇ!?」

剣士「おーいお前の足元のこの大陸は浮いてんだぞ。いまさら不思議もなにもあるか」

剣士「これこそ地上に落ちたら、上のやつも下敷きになった奴らも何百万人もが一瞬で死ぬんだぜ」

少女「あ……そっか。うーん…そうだよね」

少女「レーヴァテイン! 飛空艇なんて大して怖いものじゃないよ!」

魔剣『理解した』


少女「けど、地上に降りられるなんて話聞いたこと無いよ」

剣士「普通に生きてりゃ知ることはねーよな」

少女「普通って…? 街の行き来にしか使われないんじゃないの?」

剣士「それは国粋主義からくる建前上の話だ。この国は完全に自給自足出来ているわけじゃない」

少女「そうなの?」

剣士「そもそも資源に乏しいこの国が、何百万という人口を抱えて豊かに暮らせるわけがないだろ?」

剣士「裏では下界の巨大帝国と取引して、沢山の穀物や技術が流れ込んでいるんだよ」

剣士「お前を狙った砲筒も、あれは元をたどれば下で作られたもんだ」

少女「そ、そうなんだ…やっぱり下界は怖いな…」


少女「じゃあ教科書や先生の話は嘘なの…?」

剣士「これから自分の目で確かめろ」

剣士「とにかく、この国の上層は叩けば埃が出るような奴らしかいねぇ」

剣士「いままでの常識は一度全部捨てろ」


片田舎で生きてきたボクにとってそれは衝撃的な話だった。
マドの当たり前のように淡々と話す口調が少し怖かった。
否応無しに彼がボクとは違う世界で生きてきた人間なんだと実感してしまう。


少女(常識を捨てろなんて簡単に言うなよ……)

少女(ボクはこの先なにを信じていきていけばいいんだろう)

少女(レーヴァテインはボクの味方になってくれる?)

魔剣『最大の味方ならそこにいる』

少女(マドの事だって信じきれないよ。何考えてるかわかんないし、秘密だらけじゃないか)

魔剣『主が貴様を必要としている事実だけは覆らぬ』

少女「……そう、だけど…」

少女(彼はボクを捨てても生きていける。けど子供のボクは彼に捨てられたら生きていけないんだ)

少女(どこででもひとりで生きられるくらいボクが強ければ良かったのに…)


そう思うと動きの悪い右足がすこしだけズキリと痛んだ。


 




   ・   ・   ・



【山の中-夕刻】


剣士「おい! 手伝え」

少女「わかってるよ!」

深い山林の中で天然の温泉を見つけたボクたちは一度疲れを取ることにした。
温泉の近場に馬車をとめてキャンプのためのテントを張る。


少女「お風呂ひさしぶりだなぁ…」

剣士「レーヴァテイン。警戒しておけ」

魔剣『了解』

少女「なになに? なんでレーヴァテイン地面に刺しちゃうの」

剣士「こうしておけば周りに何か近づいた時にこいつが察知してくれる」

剣士「この辺りはいつ獣や奴らに襲撃されるかわかんねぇからな」

剣士「防犯装置ってとこだ」

少女「ふーん。便利だなぁ」

少女「ふふふっ」

剣士「さっきまでふくれっ面だったのにずいぶん上機嫌だな」

少女「ふふふふふ」

この数日間、体の汚れはタオルで拭くくらいだったので、お湯に浸れるのはとても嬉しい。
抱きしめられるたびに自分の体臭が伝わっているんじゃないかと気になっていた。


少女(お風呂♪)

少女(レーヴァテインもあとで洗ってあげようか?)

剣士『主の手入れで間に合っている』



  


だけど舞い上がったボクはお風呂を前にしてある重大な問題が残っているのを忘れていた。

少女「じゃあボク先に入るから、マドは待ってて」

剣士「は?」

少女「は? じゃないよ一緒に入る気?」

剣士「それの何が…」

少女「へ? ……あっ」

少女(そうだった……)

剣士「こんな広いのになんでわけて入んなきゃいけねぇんだよ」

剣士「日が沈むだろ」

剣士「ほらっ、さっさと入るぞ。これお前のタオルな」バサッ

少女「ぎゃあっ」

マドはボクの前で装備をはずして、服をぽいぽい脱いでいく。
酒場で酔っ払って服を脱ぎ出すおじさんたちはたまにいたけれど、マドくらい若い男の人の裸をみるのははじめてだった。


少女「あ…あぁっぁぁ///」


剣士「どうした。お前も早くしねーと、足元危なくて入れなくなるぞ」

少女「ボク…やっぱりいい…」

剣士「はぁ? ふざけんな、俺は汗くせぇガキを抱いて寝るのはごめんだぜ」


そういってマド(全裸)はボクの服に手をかける。
いくら抵抗してもマド(全裸)は楽しそうにボクの厚着を一枚ずつ剥ぎとっていく。


少女「ぎゃー! や、やめろー」

少女「臭いのが嫌なら抱っこしなきゃいいだろー。ていうかボク臭くないし!」

剣士「男同士で恥ずかしがんなよ」

剣士「そうだ、従者らしいことしてもらってねーし、今日は髪でも洗ってもらうか! な?」

剣士「石鹸ならもってるから」ウキウキ

少女「やだっ! 脱がすなぁっ」

剣士「お、おいお前……ッ」

少女「なっ…///」

剣士「お前…脱ぐと意外と…」

少女「ううっ…///」

剣士「全体的に細いな。もうちょっと飯食えよ。着膨れしてただけか」

少女「くっ」

少女「マドの馬鹿! くちゅんっ」

剣士「ほら寒いんだからよ。じゃあ俺先入ってるから脱いだら入ってこいよな」


少女「……セクハラ野郎…」

少女「でもボクを男だと思ってるマドにとってはセクハラじゃないのかな……うーん…」

少女「ど、同性愛…? 少年愛好家!?」

少女(なんて危険なやつ…)

少女(それにしても引き締まった体してたなぁ……)

少女(って何を見ているんだボクは…)フルフル


悩んでいる間にもどんどんと日は沈んでいって、辺りは薄暗くなっていく。

少女(こういうの背に腹は代えられないって言うんだっけ…)


どうしてもお風呂の誘惑に勝てないボクは、側にあった大きな岩に隠れながらマドによって乱された衣服を全て脱ぎ去った。
岩からひょっこり顔をだして、辺りの様子を伺う。
ボクの苦労なんて知りもしない彼は、のんきに果物をかじりながらお湯を堪能していた。


剣士「おーい、まだか。髪あらえよ」

少女(こっち向いてるうちはだめ。見られちゃう)

少女(……そうだ)

少女「ね、ねぇ! あっちになんかいるよ! あっちの木の陰!」

剣士「!! 来たかっ!」ピクッ

剣士「レーヴァテイン! 警戒を怠ったな!」

魔剣『何も近辺には反応がない』

剣士「あ?」

少女(いまのうちいまのうち…)チャプン

少女(濁ってるし、つかっちゃえば見えないよね…? うん、大丈夫そう♪)

少女(はぁ…あったか…。旅っていいもんだなぁ)

剣士「レーヴァテイン!」

魔剣『繰り返すが反応はない』

剣士「…ッ!」

少女「ごめーんマド! ボクの見間違え。枝が揺れただけだったみたい」クスクス

剣士「……んだよ。ったく…焦らせるな」ハァー

少女「ごめんごめん」

剣士「余計なことは言うな。とりあえずちょっとこっちこい」

少女「それは遠慮します…」

剣士「いまので食ってた果物落としちまったんだよ! お前、かわりだ。魔力くれ」

少女「ッ!?」

剣士「おい、くれるよな?」ビキビキ

少女(お、怒ってる……)

剣士「ユゥユ…なぁちょっとくらいいいだろ? 風呂浸かってる間だけさ」ワキワキ

少女「いや゙ーーーっ」



ちゃぷん…


剣士「お前…」

剣士「肌つるつるしてんな。これが若さか…」

少女「うあ゙ーーーーっ。なんでこうなるの!!」




第2話<これってセクハラじゃないの?>おわり

更新おわり
次回第三話 明後日くらい


もしかして過去作みてないひとお断りな空気?

>>78-79
過去作は未読で大丈夫です
本作だけで独立しています
ドラクエ3とドラクエ1みたいな関係かもしれません


前の作品から大分(100年くらい?)後って感じか

>>59
>>43で「マドの問いかけに対し突然頭の中に響くような声がした。」とあり、直接頭に送っている?のでユゥユにしか聞こえていないという可能性
>>1が全く気付いていない可能性
>>1は気付いているけど、恥ずかしくて言えない可能性



第3話<追撃の矢>




【森の中-夜】


少女「ねー、他に食べ物ないの」カプ…シャクシャク

剣士「何が不満なんだよ」シャクシャク

少女「だってずっと果物とかパンばっかりだよ。しかも味ないし…」

少女「ボク甘いのばっかり嫌だから何か塩気がほしいんだけど……」

少女「ソースとか、香辛料もってないの?」

少女「ていうか、お鍋と食器すらまともにないじゃん」ブツブツ

剣士「邪魔になるなもんは持ってねぇな」シャクシャク

少女「邪魔って…料理しないの」

剣士「料理ねぇ…切ったり焼いたりして食材の持つ魔素を流出させるだけじゃねぇか」

少女「ぐぐっ…」

少女「…違う。こんなの旅じゃないよ!」

剣士「はぁー?」

少女「旅っていうのはもっと情緒があって、楽しくって、ウキウキワクワク、ドキドキするものなんだよ!」

剣士「旅行じゃねぇって言ってんだろスカタン」

剣士「これは行く先不透明ないわばただの逃避行だ」

少女「って言われてもあんまり実感がもてないんだよね」



少女「はぁ……」

剣士「一日何回ため息つくんだ。ガキのくせに辛気くせーな」

少女「…人のことガキガキって」ムッ


天然の温泉で疲れを癒やして体をさっぱりさせても、あいかわらずボクの心はどんより沈んでいた。
これから本当に下界に降りるのだろうか。

先導するマドはあまりにいい加減でズボラだ。
それに人の気持ちをあまり理解しようとしなくて、正直話しをしててストレスがたまる。

幼いころから思い描いていた旅のロマンとの落差を感じてボクは耐え難くなってきていた。


剣士「こうして食いものがあるだけありがたく思えよ」

少女「それもキミが食べ過ぎて町につくまでに底をつきそうなんだけど……」

剣士「…じゃあこれ食う?」スッ

少女「食いかけなんているか!」

剣士「わがままなガキ連れてきちまったぜ」

少女「わがままぁ!? わ、わがまま言ってるつもりはなかったんだけど…」

少女「マドにとってはこんな生活が普通なの? ちょっとどころじゃない心配だよ」

剣士「まぁ、これでもずいぶんマシなほうだな。昔はもっと野性的だった」

剣士「いまは金があるから獣を狩らずにすむ」

剣士「狩ることになる可能性はあるけどな」

少女「う…」



少女「ボクって恵まれてたのかなぁ…………」


思えばボクはこんな足なのに、苦労をあまり経験していない。
周りの人がいつだって助けてくれた。
毎日温かいごはんと寝床とお風呂があって、教育面は初等学校に通えたし、休みの日には好きなことをできた。


唯一叶いそうになかったのは冒険者になるという夢だけ。
形は違えどボクはいま冒険の旅に出ている。


少女(これは叶ったといえるのかなぁ…)

少女(もうちょっと楽しければよかったのに)

少女(マドは…どんな暮らしをしてきたのかな)

少女(ボクの立場じゃ聞いてもおしえてくれないよね……)


誰にだって言いたくない過去はある。
ボクも今現在、彼に対して秘密を抱えている。
自分だけ根掘り葉掘り聞きだそうというのは都合の良い話だ。


剣士「そろそろ寝る準備するか。明日はとばしてとばしまくって、さっさと森を抜ける」

少女「うん。あの、明日の朝にもう一度だけ温泉入っていい?」

少女「ボク勝手に早起きするから。キミ寝てていいから…」

少女(こう言っておけば簀巻にされずにすむかもしれない。トイレも自由にいけるし…)


剣士「…そりゃいいけどよ」ゴクリ

剣士「なら毛布なしで直接抱いていいってことか?」

少女「うっ…それは違う」ゾゾッ

剣士「いやーものわかりがよくて助かるぜ」パシパシ

少女「違うって」

剣士「毛布越しだとやっぱ魔力の補給が効率わるいんだよなぁ」

少女「そうなの?」

剣士「そりゃ何も隔てないほうが魔力は吸いやすいぜ」

剣士「素肌と素肌を触れ合わせるのが最高だ」


そういってマドはボクの服に手を潜りこませて勝手にお腹に触った。


少女「ひゃあっ」

剣士「わり。手冷たかったか」

少女「ちがっ…いきなり触るなっ。びっくりしたぁ…」

剣士「ほら、一瞬でたくさん吸われた感覚わかったか?」

少女「た、確かに…いまのでいっぱい吸ったね」

剣士「まぁこれを魔力の少ない一般人にやると即死んじまうんだけどな」

少女「ってことはだよ…裸同士でくっつくといっぱい吸えるってこと…?」

剣士「んー…まぁそうなるな!」

剣士「お、脱ぐか? さすがに夜は寒いぜ」ニコニコ

少女「ぎゃあっ、脱ぐわけない!!」

剣士「まぁ男同士そんな気にすることでもねーだろ! な? しっかり暖をとれば裸でも」

少女「だっ、だ、だめだよ! やっぱり今夜はぐるぐる巻きでいい!」




   ・   ・   ・



ボクは焚き火の前でお風呂あがりのマドの長い銀髪を櫛でとかしていた。
これも従者としての仕事だそうだ。

少女(ということはこれから毎晩やることになるんだよね)


櫛はひっかりもなくするりと通った。
女の子のボクとしてはうらやましくて妬むくらいさらさらだ。


少女「なんでこんなに長いの? 邪魔でしょ。切ろうよ」

剣士「き、切るんじゃねぇぞ。さっきも言ったが俺は触れ合う面積が広ければ魔素をより多く吸収できる」

剣士「髪の毛も同じでな、大気中のわずかな魔素を吸い上げるにはこれくらい長くして表面積を増やしておいたほうがいいんだ」

少女「なるほど。女装趣味ってわけじゃないんだね」

剣士「こちとら生きるのに必死なんだよ…ほっとけ」

少女「ふぅん……でもなんか長いと女の子みたい」

剣士「…」イラッ

剣士「お前いちいち主人にむかって生意気だぞ。ご主人様だぞ俺」

少女「ごめん。はい、できたよ。わっ、整えたらすっごくキラキラしてる」

少女「銀髪っていいなぁ。見たことないかも」

剣士「…褒めなくてもいいからよ。終わったら髪ゴムでくくれ」

少女「うん。じゃあボク寝る前に念のためもう一度」モジモジ

剣士「なんだ」

少女「…聞かないでよ」

剣士「……あっそ。その辺でしてこい」





少女「……ここでいいかな」

マドの死角となる大きな木の陰へ。
決して尿意をもよおしているわけではないが、夜は抱きまくら状態で自由がきかないため、念には念をいれておく。


少女(この歳でもらしたら末代までの恥だよ。マドって絶対からかうタイプだし…)

少女(すませておかなきゃ)


と腰を下ろした瞬間。

魔剣『周囲に複数の魔力を感知。人間ではない』

少女「!!」

剣士「ユゥユ! 戻れっ!」

少女「う、うんっ」ワタワタ

少女(…近くになにかいる…それもたくさん!)

少女(速い…すごい速さで近づいてきてる)

ボクもレーヴァテインから数秒おくれて気配を察知した。
他のことに気を取られているとどうしても※魔覚が鈍ってしまう。 ※誰にでも備わった魔力を感知する能力 類:第六感、霊感等

剣士「ユゥユ走っ……れねぇか! くそっ」


夜更けの静寂の森に遠吠えが無数に響く。
凶暴な鳴き声と荒い息遣いはすでにボクの背後まで迫っていた。



少女「ひっ。なになに、何の鳴き声!?」

剣士「…! 狼だ」

剣士「ユゥユ急げ」

険しい顔をしたマドがボクに向かって一直線に向かってくる。
そしてすれ違いざまにボクの胸元の襟を掴んで、腕力だけでほうりなげた。


少女「うわあっ!?」

剣士「邪魔だっ! レーヴァテイン、ユゥユを守れ」

魔剣『了解。ユゥユは私を握っていろ』

少女「うう…いたた」ヨロヨロ

少女「これでいいの?」ギュ

魔剣『貴様を覆うように吸魔の結界を貼る』


気づいたころには辺りは狼の群れに囲まれていた。

ボクはこいつらを図鑑でみたことがある。
ブラッドハウンドといって、体調はは1mほどで集団で狡猾に狩りを行う極めて凶暴な狼だ。

よく陸路を行くキャラバンが襲われて全滅している。
酒場のギルドには討伐の依頼が何度か舞い込んだけど、必ず5人以上でパーティを組まなければならないため受注できる人はめったにいなかった。
危険度は☆4もある。



少女「マド! 戦うのは無理だよ!」

少女「こいつらは10匹で群れをつくるんだ! 食料を全部捨てて逃げよう」

少女「そしたらボクたちを襲ってまで―――ってマド!?」


目を疑うような光景だった。
マドは素手のままとびかかってくる狼の群れと戦っていた。


少女「うそ……普通は首を噛まれて即死なのに…」

剣士「こいつらッ! ちょこまかしやがって」

マドは攻撃を受け流しながら、狼の腹部に拳を叩き込む。
ボクを片手で投げ飛ばせるような腕力だ。殴られた狼は大木にたたきつけられて血を吹いていた。


剣士「かかってこい!」

しかし周囲を取り囲まれているため波状攻撃を完全に防ぎきれるわけではなく、すでに幾つかの噛み傷から血が滲んでいた。


少女「マドが戦ってるのは……5、6、7…7匹!?」

少女「…!」キョロキョロ

辺りを伺うと1匹は荷台に頭をつっこんで、食料を食い荒らしている。
もう1匹は馬を威嚇するようにをうろうろしていた。

少女「これで9……あと1匹は…?」

背後からグルルと低い鳴き声がして、恐る恐るふりかえってみると、ボクの側にも1匹いた。




少女「や、やばっ」

少女(これだけ敵がいると魔覚がうまく働かない…ッ)

少女「うわーーーっ! 来ないで!」

魔剣『私の柄を握っていろ。決して手放すな』

少女「くるなっ、くるなっ!」


ボクはその場でふらつきながらレーヴァテインを必死で振り回す。
狼にヒットこそしないが、狼は怖気づいたのかじりじりとあとずさりして激しく吠えた。

警戒心の強い狼はボクをじっと睨みつけたまま、威嚇を続けている。


少女「襲ってこない…?」

少女「そうか結界の効力! ありがとレーヴァテイン」

少女「よし、攻めてこないならボクがこいつをやっつける!」

少女「少しでも数を減らさなきゃ…」

少女「覚悟しろ。ボクは冒険者なんだ。狼の一匹くらい…」

狼「グルル…!」

少女「…! やるぞ…お前、逃げるならいまのうちだぞ」

狼「バウバウ!」

少女「ひっ……くそっ、驚かせて! こいつ」

高く剣を振り上げる。
すでに吸魔のちからが作用しているのか、相手の狼の生命力が減退しているように感じ取れた。

しかし戦う覚悟を決めた瞬間、背後からマドの叫喚が響いた。



剣士「ぐあああっ」

そこには足首や肩に同時に噛みつかれているマドの姿があった。
かろうじて首だけはまもっているけど、それも時間の問題に見えた。
マドは次々と飛びかかる狼をふりはらおうと必死にもがいていた。


少女「マド!!」

魔剣『主!』

少女(そうだ…マドは剣士なんだ)

少女(ボクがレーヴァテインを持ってたら、マドは十分に戦えない)

少女「なんとかこの剣を…」

狼「ガルルッ…」

少女「くっ…」

少女「……マド、受け取って!」

ボクは渾身の力でマドに向かってレーヴァテインをほうり投げた。
あまりにあてずっぽうな遠投できちんと届くか不安になったけど、剣はマドに向かってまっすぐ飛んで行く。
もしかしたらある程度レーヴァテインは自分自身をコントロールできるのかもしれない。

少女「剣を!」

魔剣『主!』

剣士「くっ」

すでに黒い毛皮でうめつくされそうになっていたマドは手を伸ばして、剣を受け取った。

剣士「解放!」

魔剣『了解』



マドの体から黒々とした魔力が煙のように立ち上る。
そして目の眩むような青白い閃光が瞬いて、あっというまに取り付いていた狼たちは肉片となって飛び散った。

その直後、彼は剣を落として地に伏した。
ずいぶん怪我はしているだろうけど、魔覚から彼の生命を感じ取ることができる。


少女「一体何が……すごいや…」

少女「早く手当しなきゃ!」

狼「ガルル…!」

少女「ひっ…忘れてた。ま、まって…ボクは…」


目の前で仲間を殺されて怒り心頭といった様子の狼。
長い舌をだしてよだれを垂らしながら牙を光らせる。
ボクの柔肌なんて鋭い牙で一瞬でかみちぎってしまうだろう。


少女「ま、まってよ……ごめんなさい。謝るから…」


恐怖で身がすくんで、頭のなかがぐちゃぐちゃになってギュッと目をつぶった。
終わりだ。ボクはずっと誰かに守られてきただけで、自分を守る力なんてない。
さっき戦えていたのもレーヴァテインのちからでしかない。


狼「バウっ!」

少女「うああああああっ」


狼一匹すら倒せずに、ボクの冒険は終わってしまった――――




少女「――――?」

少女「あれ…? なんで…?」


痛みも衝撃も襲ってこない。
恐る恐る目を開くと、残された3匹の狼たちが逃げていく後ろ姿が見えた。
暗闇の中を目を凝らしてよく見ればみな一様に何かが背に突き刺さっていた。


少女「あれは…矢…?」

トスッ

すると目の前に一本の矢が降ってきた。

矢には細く丸めた紙が括りつけられていた。

少女「……?」



 『やっと見つけた……どうして逃げるの』

 『私を置いていくのは許さない』

  

少女「な、なんだこれ……」

少女「……誰かいるのかな…助けてくれた…?」


意識を集中しても魔覚にひっかかってこない。
どうやらかなり遠くから矢を飛ばしてきたようだ。



少女「はぁでも生きてる……よかったぁ……」

ひとまず目の前の危機をのりきった安堵したボクは、下半身の堤防が緩みきって決壊した。



第3話<追撃の矢>つづく


 

更新終わり
次回明後日くらい



第3話<追撃の矢>つづき



少女「マド! 平気!?」

剣士「……」

少女「怪我は!? いっぱい噛まれてたでしょ!?」

剣士「…大丈夫だ。ただ体がうまく動かねぇ」

少女「それのどこが大丈夫なんだよ!」

魔剣『一時的に力を解放したことにより魔力が尽きかけている』

少女「!! さっきのアレ? あの黒い魔力?」

少女「マド、ボクから魔力を吸って!」

剣士「わかった。ユゥユ…もっと…もっと…ちかづいてこい」

少女「こ、こう?」

ガバッ

少女「ひゃあっ」


マドは苦しそうな表情で呻きながらボクを抱きよせる。
ボクは彼の上に倒れこんで、しばらく魔力を与え続けることにした。


剣士「あと10分くらいこのまま…」

少女「う、うん……」

少女(恥ずかしいけど…仕方ないよね…死なれたら困るし…)

 


剣士「そういやお前…どうしてレーヴァテインを投げた。離すなといっただろ」

少女「…だってキミがピンチに見えたから」

剣士「…そうか。結果的にお前の判断のおかげで助かったな」

剣士「もうちょっと魔力をたくわえてたらあんなやつら素手でも倒せたんだがな…しくったぜ」

剣士「だがよ、これから優先するのは自分自身にしろ」

剣士「身を危険に晒すな」

剣士「俺の命はいくらでも換えがきくが、お前は違うからな」

少女「かわりなんていないよ! ボクを守ってくれるのはキミなんでしょ! そういう契約でしょ!」

少女「死んだらいやだよ…」

少女「どのみちキミが死んじゃったら、ボクは生きていく術がないよ」

剣士「そうだな」


マドはさらにきつくボクを抱きしめる。


少女「うう…痛いよ…まだ魔力足りない…?」

剣士「へへ…」

少女「うん?」


ふにふに


少女「ッ!?///」


剣士「お前ほんとにやわらかいな…なんだ、下履いてねぇのか? 生ケツかこれ?」

ふにふに

少女「わぁっ、ちょッ、ま、待って…」


ボクは濡らしてしまった下をとっくに脱ぎ捨てていた。
しかし荷馬車にもどって履き替えている猶予はなさそうで、倒れているマドに一目散に魔力を与えにいった。
まさかこんなに意識がはっきりしているとは思わなかったボクの誤算だ。


剣士「ユゥユ…どこも怪我してねぇか…俺は心配で心配で」

ふにふに ぷにぷに

少女「ゔぅぅぅっ!」

剣士「よし、俺が確認してやる」パチッ

少女「そのまま寝てろ!」ゴツン

剣士「いっでぇ…怪我人だぞ」

少女「何が怪我人だ! 魔力がないだけで体はピンピンしてるじゃないか」

少女「この手はなんだよこの手は!!!」バシバシ

剣士「怪我人! いたわれ! 怪我人だぞ!!」

魔剣『力の解放時に主の怪我は八割修復されている』

剣士「げっ、馬鹿! それも秘密にしろって」

少女「マ~~~ド~~~!!」

剣士「ちょっ、ちょっとした冗談じゃねぇか…そんなかわいい声で怒んなよ…」

少女「こらっ目開けるな!」ドスッ

剣士「ぎゃあ。男同士だろ!!」

少女「ぅ、うるさい!!」

 

   
   ・    ・    ・



剣士「それにしてもよく無事だったな。狼はどうした」

剣士「何匹か残ってたはずなんだがな」

少女「それが、突然降ってきた矢に襲われて逃げ出しちゃったんだ」

少女「正直ボク危なかったよ…。通りすがりの狩人さんが助けてくれたのかな?」

剣士「矢…?」

少女「矢だよ。これ」

ボクは地面につきささった矢を指差す。
そして括りつけられていた手紙を渡した。


剣士「……この手紙は…」

少女「なにか知ってるの?」

剣士「やべぇ…いますぐ逃げるぞ」

剣士「いっつ…あーいてぇ…腰の傷が塞がってねぇ」

魔剣『完全に回復するには覚醒時の魔力が不足していた。もう一度覚醒するには時間が必要だ』

少女「大丈夫? 体おこせる?」

剣士「俺のことはいいから場所を出す準備をしておいてくれ」

剣士「こ、この矢はやばいんだって…」ガクガク

少女「…?」

少女(マドがこんなに怯えるなんて…)



手紙を読むや否や、マドは地面を這って荷馬車へ帰還しようとする。
その時、彼の目の前にまた新たな矢が数本降り注いだ。


剣士「ひっ…わかったわかった、読めばいいんだろ…」

剣士「……」ガサガサ


 『どうして逃げようとするの』
 
 『私を置いていくつもり?』

 『ひとりは嫌。でもあなたはもうひとりじゃない……不公平』

 『その子をようやく見つけたの?』


剣士「ひ、ひぃ…なんでこんなところまで…ッ」

少女「?」


トスッ トスッ

少女「なんだろう? これはボク宛てかな?」


 『この消毒薬つかって。彼の好きな染みない物を送ったから』

 『周辺の狼は私が迎撃するから今夜は心配せずここに泊まっていい』


少女「わっ、すごくいいひとだ!」

剣士「馬鹿野郎だまされるな。いいひとが矢文でコミュニケーション取るかよ!」



剣士「おいアーチェ! こそこそしてねーで出てきやがれ!」

少女「アーチェ…?」

剣士「レーヴァテイン、限界まで索敵しろ」

魔剣『周囲に魔力反応なし』

剣士「使えねぇ!」

少女「ボクも魔覚をつかってもなにも感じ取れないよ」

剣士「あいつは身を潜めることに関しちゃ天才だからな……」


  ヒュンッ

  トスッ


少女「また来た!」

剣士「あんにゃろ性懲りもなく! あっちの方向か! お前ここにいろ!」


そういうなりマドは元気よく森の中を駆けていった。


少女「怪我の手当したいのに…てか元気じゃん…」

魔剣『主は稀に怒りで怪我を忘れる』

少女「……ふーん。なになに」ガサガサ


 『あなたが彼の新しいパートナー?』


少女「……ボクはこれにどうやって返事したらいいんだろう」



-10分後


日も暮れてすっかり薄暗くなったら森の茂みをかき分けてマドが戻ってきた。
すごくイラついた様子でブツブツいいながら、なにか大きな物をひきずっている。

マドはそれを片手でボクの眼前に放り投げた。


??「痛い」

少女「なに…?」

それは物ではなく、大きな弓矢を携えた女性だった。
縄で縛られて身動きがとれずにおとなしくしていた。


弓士「暴力はダメ。先生の教えをまもって」

剣士「うるせーよ! 暗殺者の言う台詞か」

剣士「いい歳していつまでもこそこそストーカーしやがって。この根暗女」

弓士「あなたが忘れられなくて」

少女「……」

剣士「何度もいうが俺は組織を抜けたんだ。お前とのコンビはとっくに解消した」

弓士「私に許可をとっていない」

剣士「取っても首を縦に振らねーだろ!」

少女「ま、マドその人は……」

剣士「あぁ…こいつは弓使いもとい暗殺者のアーチェ。俺の元"同僚"だ」


マドはことさらに同僚を強調して、吐き捨てるように言った。


弓士「違う。幼いころからともに人生を歩み続けたかけがいのないパートナー」

弓士「幼なじみ。将来を約束した相手」

剣士「一度たりともしてない」

少女(元カノってやつなのかな……)



弓士「あなたがこの人の新しいパートナー?」ジッ

少女「う……パートナーという意味ではそうだけど、ぼ、ボクは男で…///」

弓士「…」ジッ


アーチェと呼ばれた少女はなにもかも見透かしたような目でボクを見つめる。
ボクはおもわず顔がひきつって声がひっくり返ってしまった。

幼なじみと言っていたし、マドと同年代の20歳前後なのだろうか。
体つきはボクに比べてずっと女性らしさがあって大人だ。
だけど顔立ちはわずかに幼さが残っている気がした。


少女「……」

少女(レーヴァテイン。この子なんなの?)

魔剣『彼女について多くを語ることはできない。その半生は我が主に深く関わっているからだ』

少女(それだけで知りたいことは十分だよ……)


彼女が言う通り、マドと深い関わりのある人物らしい。


少女(でもマドにも友達っていたんだね。それはちょっと安心した…)

少女(あれ……なんかいまチクっとしたかも)


剣士「アーチェ。正直に答えろ。組織からの追手を連れてきているのか」

弓士「ない。私ひとり。独断」

剣士「お前に俺を消す指令が下ったわけじゃないのか?」

弓士「ない。むしろ私はあなたが抜けた直後、軟禁されかけた。迷惑」

剣士「……」

剣士「この辺りに他勢力の追手はいるか」

弓士「いない。森に入る前に怪しい黒尽くめの小隊を迎撃した。数は6人」

剣士「…ッ! 殺ったのか?」

弓士「彼らはあなたたちを追っている……でしょ?」

少女「すごい…それに加えて狼も追っ払っちゃうなんて!」

弓士「ほかの獣と交戦していて援護が遅れてごめんなさい」

少女「マド! アーチェさんってすごくいい人だね。マドなんかのために戦ってくれるなんて」

剣士「オイ」

少女「さっき傷薬もくれたんだよ。塗ってあげるからとりあえず座ってよ」

弓士「フフ…フ……」

剣士(簡単に懐柔されんなよ…)




   ・   ・   ・



少女「背中だしてー」

剣士「おう」

少女「♪」ペチョペチョ

剣士「……で、お前これからどうする気だ」

弓士「いままで通りあなたのサポートをする」

剣士「サポートだぁ? 馬鹿言え。俺はもう拠点を持たない旅暮らしだぜ」

剣士「あっこにいた頃とはなにもかも違うんだ。未知数の敵との戦闘もありうる、それに俺たちは下界に降りるつもりだ」

剣士「俺はお前を危険に巻き込むつもりはないし、雇う金ももうない」

弓士「かまわない。私は私で勝手に行動する。お金も自分で調達する」

弓士「いまは最優先でその子を守る。それでいいんでしょ」

剣士「どうしてお前そこまで……死ぬかもしれねぇぞ」

弓士「リスクは組織にいても同じ」

弓士「あなたを失ってしまったら私にはあそこに居場所がない…」

弓士「だから来た、ただそれだけ」

少女(そっかこの人…マドのことが…)

弓士「私を置いていくのはだめ」

剣士「でもなぁ……」

少女「いいじゃん! 旅の仲間が増えるのは心強いよ! むしろなにがだめなの!?」

剣士「……そ、それはな…」



少女「とりあえず縄解いてあげようよ…かわいそうだよ」ゴソゴソ

剣士「あっ! ばかっ! そいつを離すと――」

スルリ…

弓士「交渉は成立。私に夜番を任せて」


アーチェは軽快にぴょんと飛び跳ねて、人間とは思えない敏捷な動きで木々の合間の闇へと消えていった。


剣士「……せっかく死ぬ気で捕まえたのに」

少女「…すごいね。キミより速くない?」

剣士「はぁ……またあの日々がはじまるのか」

少女「?」


 トスッ

 『私が見張るから寝ていいよ』

 トスッ

 『ウサギ一匹近づけさせないから安心して』

 トスッ
  
 『汚れてるしもう一度お風呂入れば?』

 トスッ

 『寝るときはいつも一緒? 今夜も?』


少女「み、見張るって…ボクたちのことも…?」ゾゾ

剣士「あぁぁっぁぁ! こいつはどこにいても一日中こうなんだよ!!」イライライライラ

少女「……ごめん」


その晩ボクたちは背筋の凍るような視線にさいなまれながら眠りについた。


 トスッ

 『あなたはマドのことが好きなの?』




第3話<追撃の矢>おわり


 

更新おわり
次回明日予定

すこし遅れててスマソ
水曜日更新します
R188描写は未定です絵はたぶんいつもどおり描きます



第4話<新しい仲間>




狼に襲われ、アーチェという女の子に助けられた日の翌朝。
ボクは早起きしてマドの腕の中から抜けだして、キャンプ地近くの天然温泉で湯浴みをすることにした。


少女「おはよレーヴァテイン。マドってこのままでも魔力大丈夫?」

魔剣『すぐに戻ってくれば問題ない』

少女「わかった」

魔剣『出歩くなら私を携えるといい。また何が起こるかわからぬ』

少女「えー…いいよ別に……お風呂まで持って行ったらキミ錆びちゃうよ」

少女(それにレーヴァテインって声からして男じゃないの…?? これを声って言うのかわからないけど…)

魔剣『私は剣だ。性別は無い』

少女(って言われてもなぁ)ジー

少女(まぁいっか。目は無いみたいだし、マドに比べたら性格はとっても紳士だし)

魔剣『貴様は変わっているな。まるで私を人間扱いしているかのようだ』

少女「だってこうして意思疎通ができるんだから、ないがしろには出来ないよ」

少女「じゃあ連れて行くね」

少女「なにかあったら守ってね」



【天然温泉】


スルリ…パサッ……


少女「んしょ…寒寒っ」

魔剣『貴様はいつまで主を偽る。私には無駄な行為に思える』

少女「……いつか打ち明けるよ。信用できたらね」

少女(あいつほんとに気づいてないのかな? 鈍いやつ…)

少女(確かに、ボクって女の子っぽくないけどさ……)


服を脱ぎながら、自分の貧相な体つきにおもわずため息がでた。


少女「いつつ…朝方は冷えるなぁ」


すっ裸になってお風呂に足先を浸す。
ソラの国の朝方は冷え込むことが多く、ボクは寝ているうちに具合悪い方の足を痛めることがよくある。
まるで骨がきしむような、足の芯から発生するジンジンとした痛みだ。
暖めて血の通いを良くするととすこしはマシになる。


少女「お風呂あってよかった…」

少女「へくちっ。やっぱり肩までつかろう…」


ボクは生まれつきすごく寒がりだった。
季節によっては女将さんや他の人達は軽装をしているのに、ボクだけ厚着ということも珍しくない。
どうしてみんながこんな寒さに耐えられるのか不思議でならない。
下界はもっと年から年中暖かいそうだけど、あまり気候の想像はできない。


少女「ほんとに行くのかな…本気で言ってるのかなぁ」

 




少女「……あれ?」

少女(湯気の向こうになにかいる…?)


意識を集中して魔覚を研ぎ澄ましてみる。
魔覚はとてもデリケートで曖昧なものだ。
すこしでも精神に乱れがあると、魔力の波を感知することは難しくなる。


しかし鍛えると意識せずとも周囲の情報を自在に読み取れると学術本には記されていた。
例えば大自然で育った人は視力や聴力と同様にとても優れた魔覚を持つとも言われている。
ボクは冒険家にあこがれていたし、休日は暇をもてあましていたので、図書館にかよっては冒険の手引書をいつも読み漁っていた。

一節によると、古の伝説として語られる勇者という存在は神にも等しい全知全能の魔覚の持ち主であったらしい。


少女(まぁそんなの子供に読み聞かせるようなお伽話なんだろうけど…って集中集中!)

少女「なんだろう……あっ、人だ!」

少女「…ってこの魔力は…」


ざぶざぶとお湯をかきわけて、感じとった方向へ向かう。
近づくにつれて湯気に紛れたシルエットが段々と濃くなって、凹凸のはっきりとした女性の体のラインが浮き彫りになった。


少女「アーチェ!」

弓士「……?」


少女「お、おはよ…」

弓士「…」コク

少女「アーチェもお風呂入ってたんだね」

弓士「うん」

少女「あ、昨日はいろいろあって自己紹介が遅れてごめん」

少女「ボクはユゥユ。数日前にマドに雇われて一緒に旅をしてる従者だよ」

弓士「知ってる」

少女「…だよね」

弓士「マドのことはなんでも知ってる」

少女「……」

弓士「つけていたから」

少女「……ぅ、うん」

少女(なんだろう…どう話したらいいかわからない…)

少女(うかつに近づいちゃったけど、ホントに安全な人なんだよね…?)

弓士「それよりあなた」ジー

少女「…? あっ」

少女(しまった。ボクは男の設定なんだから、ここは女の人の裸であわてふためくとかしないと…)

少女(いやそれともぐへへへってスケベなおじさんみたいに)


そんなことが脳内を渦巻いているうちに、ボクは脇のしたに手をさしこまれて、
ひょいっと簡単に空中にもちあげられてしまった。
目線があがり、しっとりと濡れたアーチェの頭頂部が見えた。お湯の暖かさは膝下までしか感じない。



弓士「ない」

少女「~~~っ!!?///」バタバタ

弓士「やっぱり女…」

少女「あっ、あっ、お、降ろして…見えちゃってるよ」

弓士「あなたも私をみた。別に気にしないけど」

少女「いいから降ろして…。くちゅんっ。お尻に冷たい風が…」

弓士「…」コク


じゃぷっ


少女「ひどいよ……」

弓士「確かめたかっただけ」

少女「あ、あのっ、ボク一応男ってことにしてるからマドには言わないでほしいんだ…」

弓士「どうして?」

少女「だ、だって…ボク毎晩あいつと一緒に寝てるでしょ…もし女だってバレたら」

少女「…ゴニョゴニョ…されちゃうかもしれないし…」

弓士「大丈夫。彼はあなたには手出ししない」

少女「なんで…?」

弓士「マドは子供に興味がないから」

少女「え゙……こ、子供って…」


少女「子供……」

少女(ボクに比べたらアーチェはずっと大人だなぁ…)チラ


ボクの視線に気づいて不敵な笑みを浮かべるアーチェ。
確かにアーチェは絶世の美女と呼べるかもしれない。

ボクより遥かにスタイルがよくて、包容力がありそうだ。
一見ふくよかだけどお腹周りのシュッとしまった体つきは冒険者を目指していたボクの憧れとも言える。
戦いの中に身を置く割に肌は白くて綺麗で傷跡ひとつ見当たらない。

一人でウチの酒場に座ってたらきっと一日で何十人にも声をかけられるだろう。


弓士「昨日の夜、私のこといろいろ聞いた?」

少女「……」


  少女『ねぇ、アーチェってどんな人? マドにとってどういう存在?』
  剣士『言わなくてもわかるだろ』
  
  トスッ   トスッ   トスッ…
  
  剣士「…」イライラ
  少女『……なんとなくわかった』
  剣士『なら無視して寝ろ。反応したら一晩中続くぞ』


少女「……き、聞いたよ。ちょっとだけね」


昨晩のマドの疲れきった様子からして両者の間にはかなり深い溝、というよりも認識の違いがありそうだった。


少女(こ、この話は流そう…あまり部外者のボクが踏み込んじゃだめだ)


少女「昨日は本当にありがとう」

少女「アーチェってとっても強いんだね」

弓士「…別に」

少女「ずっと弓で戦ってるの? マドと一緒に?」

弓士「戦うわけではない」

少女「そうなんだ」

弓士「私達は暗殺者。組織から下された任務をただ実行するだけ」

少女「あ…暗殺者…? マドも…?」

弓士「…」コク

少女(そういえばマドも昨日組織がどうとかって言ってたような…)

少女(そっか…やっぱり普通の冒険者じゃないんだ…)

弓士「だから戦わない。一方的に殺す」


薄々予感はしていたもののはっきり言われるとショックだった。
普通に生きていれば暗殺者に対して良いイメージなんて持っていない。
それにマドの明朗快活とした雰囲気はボクの持っていた暗殺者のイメージとはずいぶんかけ離れている。

しかしこのアーチェという少女はまさにピッタリだ。
闇に潜んで淡々と獲物を射る寡黙な姿は暗殺者にふさわしいと言える。

ようやく痛みのとれてきた足が自然とあとずさりしてしまった。


少女「……」

弓士「驚いた?」

少女「少し…だけ」

弓士「怖い?」

少女「こ、怖くないよ! 冒険家だって悪いやつらをやっつけることはあるし…」

少女「いまの時代みんな生きていくのに必死だから、そういう仕事があっても仕方ないと思うんだ……」

弓士「そう」


少女(でも、できればもう誰も傷つけてほしくないな…なんてボクの独りよがりなのかな)

少女(こんなこと2人に言ったら怒られるよね、レーヴァテイン…)

魔剣『これからも血は流れる。貴様という魔核を巡る争いは始まったばかりだ』

少女(やだな…ボクが普通の子だったらよかったのに)

少女(普通の子になりたいよ…足も治して、こんな変な特異体質もなくなればどれほど嬉しいだろう)

少女(神様がいたら、叶えてくれるのにね…)

少女(でもそうなったら、マドとはその時お別れなのかな…?)


自分の無力さを痛感する。
魔核と呼ばれるボクに一体どれほどの価値があるのかいまだにわからない。
ボクなんかのために血を流してほしくない。

仮に敵の手に落ちたらどうなってしまうのだろうか。
ボクの生と死は彼らにとってどれほどの意味があるのだろうか。
まだボクは何も知らない。
レーヴァテインも答えてくれなかった。

 


少女「…」ブクブク

弓士「心配しなくても私達が守る。あなたを殺させはしない」

少女「……ありがと」

弓士「あの人のためにも」

そう言ったアーチェの指差す方向からざぶざぶと荒々しい水音が聞こえる。

少女「……あのひと?」

剣士「おいユゥユこの野郎! 見つけたぜ。起きたら勝手にいなくなってるとはひでぇじゃねぇか!」

少女「ひっ…! ひぃぃいい!」

剣士「魔力すっからかんになりそうだから朝飯にしようぜ――――げ、アーチェもいたのか…」

弓士「おはよう」

剣士「う、ウォォお! な、なんでお前裸なんだよ!」

弓士「お風呂だから。あなたも裸」

剣士「それはそうだな。おあいこだな、ハハ」

少女「そんな軽くていいの!?」

少女「…てっ、ていうか女の子の裸を無断でみるなよー!!」バシャバシャ

剣士「くあっ、なにしやがる。お前いつのまにアーチェと…混浴する仲になったんだよ!」

剣士「ガキの特権ってやつか!」

少女「いいからあっちいけ―!」バシャッ





   ・    ・    ・



剣士「で、お前は本当についてくる気か」シャクシャク

弓士「…」コク

少女「いいでしょ、仲間がいると心強いよ」

剣士「……まぁお前くらいの歳のガキからしたら綺麗なお姉ちゃんならなんでも嬉しいか。鼻の下のびてんぞー?」グリグリ

少女「…は?」イラッ

少女「……もしかして羨ましかったの? 変態」

剣士「ちっげぇよ! だれがこんな根暗ストーカーと」

弓士「どうせ旅の同行を断られても、私は勝手についていく。組織には戻れないから」

剣士「……ならもう勝手にしろ」

剣士「その代わり存分にコキつかわせてもらうぜ。俺がリーダーだからな」

弓士「…勝手にする」

少女「よかったね。これからよろしく」

弓士「よろしく」

剣士「あと矢文禁止な。うざいから」

弓士「……」

少女「どうしてアーチェは矢文を使うの? 普通に話せばいいのに」

弓士「近づくなって言われたから……」

少女「ひどいよマド!! キミはこんなにも慕ってくれてるアーチェのことをそんな邪険に」ガタッ

剣士「…」シャクシャク


弓士「いい。しかたのないこと。いまはあなたが近くにいるからいいけど、私とこの人がふたりきりになると…」

少女「あ……そっか…」


ここ数日吸われることに慣れてきて、すっかりとマドの特性のことを忘れてしまっていた。
ひどい失言をしたことに気づいて胸が痛む。


少女(吸魔の力のせいで、アーチェはずっとマドと触れ合えずに寂しい思いをしてたんだ…)

少女(でもつかず離れずいままで一緒にいた……それくらいマドのことが好きなんだね)

弓士「とりあえず」ヒョイ

少女「!? ま、また勝手にもちあげて!」

弓士「あなたの定位置はここ」ドシ

剣士「お、もらっていいのか」ギュ

少女「や、やめーっ!」バタバタ

弓士「これで私はドレインの安全圏」

弓士「お腹がへったからといって私の魔力を勝手に吸わないでほしい。気分が悪くなって迷惑」

剣士「誰がお前の糞不味い陰気な魔力なんて好き好んで吸うかよバーカ! 近づくなあっちいってろ!」

少女「……え゙…2人は仲悪いの? ボクはてっきり…」

剣士「てっきり…何だよ?」

少女「えっとね」


 剣士『アーチェ、俺は大切なお前を傷つけたくない…だから俺から離れていろ…!』
 弓士『マド……私は離れていてもずっとあなたを見つめているわ///』」


少女「だと思ってたんだけど」

剣士「は?」

弓士「……?」

少女「なんだぁ。つまんないの」



弓士「でも相性はいい」

剣士「あぁそうだな。一度経験すればもうお前以外考えられないってくらいだ」

少女「…!」ドキ

少女「そ、それって……や、やめてよまだ日が高いうちからそんな話っ」

剣士「俺が前衛、遊撃、魔術担当。レーヴァテインが索敵」

弓士「私が後衛、情報収集、援護射撃。お互いに不足した部分を補完しあえる」

剣士「あとは盾になってくれるやつがいればいいんだけどな」

少女「…」

弓士「戦術の幅が広くなるからマドは便利。生涯ペアを組んでいたい」

剣士「任務の伝達以外で全くしゃべる必要がないのもいい。な?」

弓士「うん」

少女「うわぁ………」

少女(暗殺者ってみんなこうなのかな…)

少女(よし、これからはボクが間に入ってなんとかしよう…せっかくの旅を殺伐とした物にはしたくないんだ)

剣士「じゃあ出発するか」

弓士「…」コク

剣士「荷物とってくんのか?」

弓士「荷台が破損した。乗せて」

剣士「ん」

少女(でも以心伝心できる仲ってのには違いないし、ちょっとうらやましいな…)


それからボクたちは何度か獣と交戦を繰り返しながら、なんとか山越えを果たして次の町へとたどり着いた。


 




少女「やっと街だ~~」

少女「ねぇはやく宿とろうよ! ふかふかのベッド…暖かいご飯……ふふふ♪」

剣士「お前毎日ぶうぶう文句言ってたもんな」

少女「あんな劣悪な環境当たり前だよ! 狭いし汚いし、お腹はへったし…」

剣士「わがままな奴だな…とりあえずその辺の宿とるか」

剣士「……ありゃ?」ガサゴソ

剣士「…? ないなどこ行った」

少女「どうしたの?」

剣士「…わりユゥユ、金貸してくんねーか」

少女「え? どうして?」

剣士「それがよ、多分山で狼に噛まれたときだな、ポケットが破けて落っことしちまったみたいで」

剣士「銀貨が10枚くらいあったんだがな。軽いから携帯しやすいかとおもったが、軽すぎるとダメだな」

剣士「お前俺が前払いで渡した金袋もってるだろ。あれからちょこちょこっと今夜の分出してくんねぇか」

少女「……あのお金」

剣士「そうあの金」

少女「ぉ、女将さんに全部渡しちゃったよ……てへ」

剣士「……。アーチェは?」

弓士「嫌。あなたに貸しても返ってこない」サッ

剣士「あっ、おい!! どこ行く! おい戻ってこい!」


  トスッ

  『見張っててあげるから安心してその辺で眠っていい』


剣士「ふざけやがって」クシャクシャ

少女「キミのほうこそふざけるなよ。そんな貧乏でよくあんなクエスト貼ったな」

 




   ・   ・   ・



【深夜-公園】


少女「結局野宿なんだね…」

剣士「…節約こそ最大の金策だぜ」

少女「これからお金どうするの。食べ物すら買えないよ」

剣士「こうなったら体で稼ぐしかねぇな…アーチェにも手伝わせるか」

少女「え…何する気」

剣士「まぁ黙って見てろ」

少女「あのさ、旅終わったら報酬の残りの全額支払いちゃんとされるんだよね…?」

剣士「お、おう…払うから。そんな目でみるなよ」

少女(やっぱり信用できないなぁ…)ハァ


  トスッ

  『衛兵が巡回に来てる。退避』


剣士「!! 場所をかえるぞユゥユ! 次はあっちの公園だ!」ガシッ

少女「もうやだ…ボクの旅はこんなんじゃないのにぃ…」



第4話<新しい仲間>おわり


   

更新終わり
次回日曜日夜

 

第5話<欠陥>



剣士「朝からすっげー不機嫌なツラするのやめてくれねぇか」

少女「……」ムスッ

剣士「段取りも運も悪いのは謝るって。だけどお前もそろそろ慣れてくれないと」

少女「…眠い。お風呂入りたい。お腹すいた」

剣士「んじゃ朝飯がてら酒場にでもいくか」

少女「酒場…? お酒飲みたいの? どうしてキミは…」

剣士「どうしてもこうしても、金がいるだろ」

少女「あっ、ギルド!?」

剣士「一応俺もアーチェも協会員だから。表の顔はな」

少女「ボクもクエスト受けられる!?」

剣士「…お前は日雇いで皿洗いでもやっとけ」

少女「ゔぅ~~」

少女「それよりアーチェは? どこにいるんだろう…」

剣士「探してみろよ」

少女「ええ、こんな人だらけの雑踏じゃわからないよ」キョロキョロ

剣士「そうじゃなくて、お前は魔覚を使うんだよ」


少女「…え、でも…人の反応がありすぎてアーチェだけを感じとるなんて無理だよ」

剣士「まぁやってみろ。物は試しに」

少女「ううん…アーチェを探せばいいんだね……」


ボクは精神を集中させる。
当然隣を歩くマドは一番強く魔力を感じ取れる。

周囲には市街の朝市に繰り出すたくさんの人々。老若男女さまざまだ。
微量な魔力の反応がボクの中に洪水のように流れこんでくる。


少女(う……こんなに魔覚を広げると気持ちが悪いかも…)

剣士「どうだ?」

少女「街なかでこんなことやったことないから……酔いそう」

剣士「いいから続けろ。アーチェの色はわかるか?」

少女「色…? あぁ…あの感覚ね」


人それぞれ持っている魔力の性質は異なる。
炎、水、土、雷、風、聖、闇の中から人はどれかしらの才能をもって生まれてくる。
言ってみれば血液型のようなものだ。

ボク達はその違いを時に色と呼んだりする。
その差異を具体的に言葉にするのは難しく、ボクたちは体でなんとなく感じ取るしかない。

ちなみにボクは炎と聖だ。
ソラの国に住む人ではなかなか珍しい組み合わせだと学校の先生に聞いたことがある。
かといってボクに魔力を使って何かができるわけではない。
魔法は使ったことがない。


少女(あのおじいさんは…雷色っぽいなぁ)

少女(こっちの男の人も雷かなぁ…この国は多いんだよね…)

剣士「どうだ?」



少女(アーチェは確か土っぽいような風っぽいような混じった感じだったから…)

少女(それだけ探すように意識をすませば…)

少女「あ、いた!」

少女「あっちの方向。50メートルくらいかな」


存在を感じ取った方角にむけて指差した途端、ぴゅんと矢が山なりに一本飛んでくる。
吸盤付きの矢はボクの真後ろの壁にペタリと張り付き、はらりと小さな垂れ幕を広げた。
 

 『おはよう』


剣士「……や、やるじゃねぇか」

少女「あってた! これだけはボク結構得意なんだ! ふふん」

少女「って人通りで平然と矢を飛ばして来ないでよ!」

剣士(……意外と使えるなこいつ)

剣士(悪いがレーヴァテイン、お前は減俸だ)

魔剣『主から報酬をもらった覚えがない』

少女「アーチェこっち―! 隠れてないで早く来てよ」ブンブン



弓士「一度魔力を知られるとユゥユとかくれんぼしてもかなわない」

少女「おはよう」

弓士「…」コク

剣士「よぉアーチェ。いまからギルドに行くから手伝え」

弓士「何をするの? 暗殺?」

剣士「なにがあるかは行ってのお楽しみだ」



  ・   ・   ・



【ギルド経営の酒場】

『お話相手募集』難易度☆ 報酬10G

『いなくなった猫を探して』難易度☆☆ 報酬30G

『倉庫の荷物整理』難易度☆☆報酬60G


剣士「馬鹿にしてやがる」

少女「猫探そうよ。ボク動物好きだし」

弓士「うん」

剣士「あほいえ! こんなしみったれた依頼を3人でやってなんになるんだよ」

剣士「今夜の宿代にもなんねーよ。却下だ」

少女「キミみたいな太っ腹な依頼主いないよ普通」



どうやらボクの勤めていた酒場とは多少受注のシステムが違うようで、
ここでは掲示板に無造作に張り出したりせずに、受付カウンターで提示されたものの中から選ぶ方式だ。

マドはそれに不満なようで、対応してくれた窓口の男性に難癖をつけて絡んでいる。


剣士「なぁ、兄さん。もうちょい高額なクエストはないか」

窓口「現在はこちらの3件しかご提案できませんね」クイッ

窓口「あなた方は協会員としての実績と信用が足りませんので」クイッ

少女「ねぇどうする」ヒソヒソ

剣士「ちっ…頭の硬そうなメガネだな…依頼は金を積めばどうとでもなるが…受注となるとなぁ…」

弓士「……」

剣士「しかたねぇ。あの手を使うか」

剣士「おいアーチェ、一枚脱げ」

弓士「……」コク

少女「えっ、えっ、ちょ…何してるの」


アーチェはマドのいうことを素直に聞いて、羽織っていた分厚いローブを脱ぎ捨てた。
動きやすい軽装でやや露出度の高い白い素肌が現れる。


窓口「な、な…!? なんですか」

剣士「いやーちょっとここは暑くてな。なぁ?」

弓士「ウン。アツイ」

窓口「そ、それなら仕方ありませんね…当ギルドは集った冒険者の方々で熱気がありますからね」クイッ



剣士(おい、もう一枚)ゴスゴス

弓士「……」

更に胸当てを取り外す。
締め付けられていたふくよかな胸がこぼれた。

少女(こ、こらー!)

そしてあろうことかマドはアーチェの背後に周りこんで、肌着越しに豊満な胸を掴んでぎゅっと中央に寄せた。
アーチェは終始無表情だった。


剣士「サービスするから♪」

弓士「スルカラ」

窓口「き、君たちは馬鹿にしているのかね」クイッ クイッ

剣士「なんだ? お前コッチ系か? 俺が脱いだほうが良かったか?」

剣士「それとも子供好きか? そりゃいくらなんでも無理だぜ」

少女「……っ」ゾゾ

窓口「……ささ、サービスとは一体何でしょう…」

剣士「…ふっ。こいつと30分間自由におしゃべりするサービスだ。あんたは引き続き仕事してるふりをすればいい」

剣士「もちろんこいつはこの格好のままで! 30分!!」

弓士「……」

窓口「ワォ!! こちらのクエストをどうぞ!」

 
  
   ・    ・    ・



剣士「よしファイルごとゲット。ほぉ、実績とやらを上げればずいぶんよりどりみどりなんだな」

少女「大きい街だけあっていっぱいクエストあるね」

少女「それより…いいの?こんなことして」

剣士「まぁいいんじゃねぇか」

剣士「俺たちはクエストを手に入れる。窓口の眼鏡は仕事をしている体で美人とおしゃべり」

剣士「よし丸く収まったな」

少女「アーチェの意思はどうなの…」

剣士「まぁ持ちつ持たれつってやつだ。俺たちはパートナーなんだからお互いを利用しつくす。いままでそうしてきた」

少女「そうじゃなくて……」

少女(アーチェはキミのことが好きなのにあんなことさせられて可哀想だって言いたいんだけど…)

魔剣『ならば貴様はなぜ言わぬ』

少女(そういうのはボクの口から言うべきことなのかなぁ…って。レーヴァテインは黙っててよ)

魔剣『了解』

剣士「さーてどれにすっかな♪」



弓士「……」

弓士「……」

窓口(いくら話振ってもこの女何もしゃべらないじゃないですか!! それどころか笑いもしない…)

窓口(それにこのいまにも射殺されそうな視線……谷間を伺うこともままなりませんよ…ッ)ガクガク

弓士「…30分経った」ガタ

窓口(ひどい詐欺だ)

 



弓士「いいのあった?」

少女「おかえりアーチェ…変なことされなかった? 男ってほんと最低だよ」

剣士「お前が言えた立場か? お前もいずれああなるんだぜ」

少女「う……ならないもん…絶対」

剣士「いま順番に見ていってるが、やっぱり街んなかで完結するようなしょうもないクエストしかねぇな」

剣士「フィールドワークでもしようかと思ったが、魔物の討伐依頼は大半が先約済みだ」

少女「あっ、ねぇこれなんてどう?」


『強盗団確保』 
難易度:☆☆☆☆☆☆
報酬金:20000G
※詳細はカウンターまで


少女「かなり高額だよこれ。でも危ないし難しそうだね…」

剣士「これにするか」

弓士「うん」

少女「まって、推奨のパーティー人数が8人以上だよ! 2人じゃ無理だよ」

剣士「3人だろ?」

少女「ぼ、ボクも入ってるの!? 戦えないよ…頭数にいれられても困るよ」

剣士「ま、気になったもんは一度聞いてみりゃいいだろ。無理そうならやめればいいし」




窓口「詐欺師の皆様。なにか御用ですか」クイッ

剣士「お前が勝手に期待しただけだろ」

剣士「このクエストなんだけどよ、詳細教えてもらえるか」

窓口「…これは。この数週間街を騒がしている強盗団ですね」

窓口「しかも奪うのは金品だけではなく、人の血液です」

窓口「これまでの被害者は全て血を抜かれていたそうです」

剣士「血…か」

少女「そ、それってなんのために……」

窓口「犯行現場を誰も見ていないため犯人像は不明ですが、おそらく闇医者の類による血液目当ての殺人事件かと」

窓口「ひとりでは難しい量のため、組織的な犯行だと断定しています」

少女「血なんてお金になるの」

弓士「なる。ただし鮮度を保つのが難しい、何日も街に滞在して医療行為目的で集めているとは思えない」

剣士「…だな」

弓士「マド…もしかして」

剣士「あぁ、俺たちが始末する」

少女(どうしたんだろう…)


2人の魔力の色がにわかに変化したようにボクは感じとった。
明るかったマドの炎の色は深い闇色へと変貌していく。
アーチェもいつも穏やかな魔力の波が今は怒ったように荒々しく揺らめいている。


少女(なんだか怖い…)

少女(きっとこれが2人にとっての暗殺者のスイッチなんだ…)



   ・   ・   ・



依頼を受注したボクたちはその夜、街で一番高い建物の屋上に登っていた。
360度ぐるりと一望できる町並みはとても整備されていて綺麗で、ボクの町のような未だデコボコ道の残る田舎とは随分違う景色だった。


少女「はぁ疲れた……でもいい夜景…」

弓士「大丈夫? 足痛い?」

少女「だ、大丈夫だよ…これくらい…はぁ、ハァ。体力がないだけ」

剣士「悪いな。降りるときはぴょんとひとっ飛びだぜ」

少女「そそ、そんなの無理だよ! ボクは階段で降りるから!」

少女「で、ほんとにこんなところから探せるの?」

剣士「まぁ、何事もやってみなきゃな」

少女「そうだね」

剣士「ってことで、アーチェ。例の物渡してやれ」

弓士「…」コク

アーチェが手渡してきたのは動物の牙のようなアクセサリーだった。

少女「なにこれ…」

剣士「見ての通り牙だ。そいつに残留してる魔素と同じ反応をこの街から探せ」

少女「へっ? な、なんのこと!?」

剣士「残ってないか?」

少女「すこしだけ…感じる。仄暗い闇色…もう一つは…風色かな…」

剣士「そんな小さな欠片からすくいだせるなんてお前は大したもんだな」

 



少女「このアクセサリーの持ち主がこの街にいるってこと? マドたちの知り合いなの?」

剣士「いや、それはアクセサリーとは違う」

剣士「これから殺しにいく野郎の本物の牙だ」

少女「本物!? ってことは魔物なの!?」

剣士「魔人種だ。数年前に俺たちが叩き折ったときに回収した」

剣士「まさか生き延びてこんな街まで流れ着いていたとはな…」

弓士「…今度こそ確実に殺す」

少女「……。事情はわからないけど、これ以上街の被害を増やすことはできないよね」

少女「探してみる……」

少女(これと同じ魔力の持ち主…)

少女「だめだ…この近辺にはいない…気がする」

剣士「ユゥユでも探れないか」

少女「…もうちょっとだけ続けさせて」

少女(2人の役に立ちたい…ボクはこれくらいしか出来ないから…)


無理して魔覚の範囲をさらに広げる。
集中していないと魔力の情報の洪水に飲み込まれて意識を失いそうだ。
夜だから日中よりも出歩いている人は少ないけど、それでもたくさんの魔力が引っかかる。


少女「う…ッ! ほ、ほんとにいるの……? どうして夜に…」

剣士「奴は夜にしか活動しない。暗闇に乗じて人を襲う」

少女「…! 北西400メートルくらい…なにかが飛んでる。たぶん屋根の上を伝ってすごい速度で動いてる…」

剣士「よくやった! お前はもう寝てろ」

少女「ま、マド! アーチェ! 待ってよ!」

少女「……いっちゃった」

少女(無事に帰ってきてね…)

 






【薄暗い路地裏】


女性「いや…やめて…助けてください」

吸血鬼「ちょっと血をわけてもらうだけさ。チクリとするだけ。いただきま―――

剣士「そこまでだ」

吸血鬼「…? その声、その魔力…」

弓士「…生きてたのね。ヴァン」

吸血鬼「…マドにアーチェ…? 久しぶりだね!」

吸血鬼「ぼくに会いにきてくれたのかい!?」

剣士「…」

吸血鬼「2人ともようやくぼくに血をくれる気になったんだね」

吸血鬼「あのときは半殺しにされるほどきみたちに拒絶されちゃったからさ。心が痛かったよ…」

吸血鬼「そういえば、孤児院のみんなは元気かい!?」

剣士「お前が殺したんだろうが」

吸血鬼「ぼくが…? 違うよマド、殺したかったわけじゃない」


吸血鬼「ぼくは少しお腹が減ってみんなに血をわけてもらっただけさ。いまもそう…殺す気なんてないよ」

吸血鬼「そうか…あのあと死んじゃったのか…ふふ」

吸血鬼「でもね、ぼくのしていることは、きみと変わらない。ぼくは体が欲しているものを摂取しているだけさ」

吸血鬼「生きるためにね」

吸血鬼「そうだろうマド? きみならぼくの気持ちがよくわかるだろう? 見逃してくれよ」

吸血鬼「ぼくたちみんな欠陥品同士じゃないか! 施設の仲間だろ!?」

剣士「…話をしても無駄だ。やるぜアーチェ」

弓士「…」コク

女性「あ、あの…」

剣士「行け。邪魔だ」

女性「は、はい!!」

吸血鬼「せっかく会えたと思ったのに…ぼくを殺すんだね」

剣士「あぁ。ここで死んでくれ」

吸血鬼「残念だよ…せっかくあんなちからを使ってまでぼくに会いにきてくれたのに…」

剣士「!!」

吸血鬼「あれがマドがほしがっていたものなのかい? なら、大事にずっと抱きしめておかないとだめじゃないか…」

剣士「まさか…!」


 

第5話<欠陥>つづく

  

更新おわり
次回明日か明後日

過去作は 
少女勇者「エッチな事をしないとレベルがあがらない呪い…?」
です R-18なのでリンクはしませんので興味のある方はググってみてください
とても長いです

第5話<欠陥>つづき




少女「な、なんだお前たち…!?」

大男A「へへ、マジでリーダーの言ったとおりだぜ」

大男B「ほんとに…このガキでいいんだよな?」

大男C「俺…子供にひどいことはしたくないんだけど…」

大男D「やるしかねぇよ。俺たちも生活かかってんだ」

少女(マド…どうなってるの。どうして敵がこっちに!?)

少女「お、お前たち…ボクになにする気だ…」

大男A「なぁに。ちょっと怖い思いしてもらうだけだ。へへへ」

少女「!」

大男A「俺たちを捕まえようだなんて、身の程知らずなお前らが悪いんだぜ?」

少女「ふざけるな犯罪者! ボクは悪党には屈しないぞ」

大男A「…こりゃお仕置きが必要だな」

大男B「まぁ待て。まずはアジトに連れ帰ってからだ。暴れるなよ」

少女「くっ……やめろっ、離せ! マド! アーチェ!!」

大男A「足が悪いのか? ふふっ、逃げられねぇなぁそれじゃ」

少女「うあっ、やめろー」


  

  ・   ・   ・


  





剣士「ユゥユを…?」

吸血鬼「いまごろはボクの仲間の手に堕ちているはずさ」

剣士「なんだと…」

弓士「マド…あなただけでも急いで戻って」

剣士「…ッ!」

吸血鬼「あははは! 通さないよ。部下があの子をアジトに連れ帰るまでの時間は稼がせてもらう」

剣士「…ッ!」

弓士「…なぜあなたが仲間を連れているの…」

吸血鬼「いいかい。ぼくの敗因は孤独だったこと」

吸血鬼「いくらぼくが強くても、一人でこの厳しい世界を生きぬくのは難しい」

剣士(強盗団…本当に組織的犯行だったのか…こいつが人間と群れるなんて…)

吸血鬼「だからきみたちにコテンパンにされて以降、ぼくは誰かと徒党を組んで狩りを行う事にしたのさ」

吸血鬼「ぼくは血を、彼らは金品を。お互いにメリットのある協力関係だよ」

剣士(だがどうやってユゥユを見つけた…ずっと見張られていた…? いつから)

吸血鬼「随分と可愛らしいね…キミの新しい仲間の子」

吸血鬼「並んで隣を歩くのがぼくじゃないことが残念だよ!」

剣士「てめぇ!」

弓士「……」

吸血鬼「ふたりとも相変わらず怖い顔するねぇ」

 



剣士(こいつ、こっちの動きを予め全て察知していたのか!? こっちは魔覚頼りにいましがたこいつを見つけたところだというのに)

剣士(どんな方法で俺たちを先に見つけた。偶然か!? ありえねぇ)

弓士「落ち着いて。考えなくていい。あなたはここを離脱してユゥユの元へ」

剣士「だめだ。お前じゃこいつと相性が悪い」

弓士「それでも時間は稼げる。ユゥユを死なせたらダメ」

吸血鬼「すぐには殺さないよ。きみたちとの交渉に使わせてもらうだけさ」

剣士「交渉だと?」

吸血鬼「きみたちの血がほしい」

剣士「断る。俺たちの血を吸って殺したあと、ユゥユを無事逃がす保証がない」

剣士「やはりてめぇはここでッ」

吸血鬼「ぼくをいま殺すと、アジトの場所がわからなくなるよ? いいのかい?」

剣士「…クソッ」

吸血鬼「冷静になりなよ~マドウス。動揺するのはわかるけど、冷徹なきみらしくないじゃないか」

吸血鬼「いまきみの脳内にある最大の疑問、それは…」

吸血鬼「ぼくがどうして先にわかったか、でしょ?」

剣士「…」



吸血鬼「ふふふ。答えはあの子供が持っている」

剣士「ユゥユの魔力の位置を測ったのか!? いや不可能だ…この距離でそんなことできるやつあいつ以外いやしない」

吸血鬼「不正解。答えはさっき君たちが渡したもの♪」

弓士「あなたの古い牙…」

吸血鬼「そうさ。きみたちにへし折られたぼくの大事な牙、後生大事にもっていてくれたなんて泣けるよ」

吸血鬼「やっぱりぼくは2人にとってのかけがいのない仲間だったんだね…」グスッ

弓士「!!」

吸血鬼「おかげできみたちがこの町へ来た瞬間。感じちゃったんだ」

剣士「お前の魔覚がそこまで優れているはずが…」

吸血鬼「無知なきみたちに教えておいてあげよう。人の人体にはシンボルパーツというものがある」

吸血鬼「獣人種の爪、竜人種の翼、と言った具合に人並み外れて発達した部位さ」

吸血鬼「それがぼくの場合は牙なのさ」


弓士「…あなたの話を長ったらしい聞いている暇はない!」


▼弓士は弓を引き絞り矢を放った。

▼吸血鬼は突風を巻き起こし弾き返した。


弓士「やはり…相性がダメ」

吸血鬼「聞きなよ」

吸血鬼「これらのシンボルパーツは他の部位に比べて魔力に対する感応値が非常に高い」

吸血鬼「個の象徴ともいえるからね」

吸血鬼「自分のものとなれば、魔覚などに頼らなくても近くであれば確実に察知することができる」

剣士「馬鹿な…そんなことが」

吸血鬼「あるんだよ。なにも失ったことのないきみたちにはわからないだろうけどね」

弓士「念のためとおもって取っておいた物がアダになったというわけ…」

吸血鬼「さみしいなぁ。ほんとは殺したはずのぼくを偲んで持っていてくれたんでしょ?」

吸血鬼「アーチェは優しいからね」

弓士「気持ち悪い目で見ないで。あなたはもう昔とは違う。仲間ですらない」



吸血鬼「マドのシンボルはなんだろう? きみって特徴的な部分がないからね」

吸血鬼「アーチェのシンボルはその豊満な胸かな、しばらく見ないうちに大きくなったね」

吸血鬼「ふふ、なんちゃって…そんな目でにらむなよ」

弓士「…あなたはあの牙のごくわずかな存在を感じ取ったの?」

吸血鬼「あぁ、きみたちの一日の行動は手に取るようにわかったよ」

吸血鬼「そして案の定あの高額クエストに食いついたね」

剣士「…!」


吸血鬼「きみならぼくを探して始末しようとする。読みはあたったね」

吸血鬼「狙った魚があまりにあっさりと餌に食いついてぼくとしては拍子抜けだよ」

吸血鬼「あ、ちなみに今日のぼくは囮ね。きみたちをアレから引き離すための」

吸血鬼「迂闊すぎだ。自分たちの実力にうぬぼれていたとも言える。ぼく程度なら2人でかかればどうにでもなると思った?」

吸血鬼「弱点を連れ回しているなんてきみたちらしくない」

吸血鬼「冷静に対応できなかったきみたちは、最初からぼくに負けていたんだよ」


吸血鬼「それじゃ、時間を稼いだからそろそろ行くよ」

吸血鬼「期限は3日だ。それまでにぜひぼくのアジトを見つけて遊びにきてくれよ」

吸血鬼「子供の解放はきみたち2人の血と交換だ」

吸血鬼「肉でも食べて鉄分を補給しておいてくれると助かるよ。そのほうがおいしいからね」

吸血鬼「まさか、あの子を見捨てて逃げ出すなんてしないよね…? ふふふ」バサッ

吸血鬼「じゃあね。…きみを出し抜けるなんて気分がいい夜だッ」


バサッ バサッ


剣士「……ヴァン」

 


弓士「どうするの」

剣士「くそ、あいつ…」

弓士「彼が人間と協力しているのは誤算だった」

剣士「クエスト情報から勝手に深読みしちまったということか…」

弓士「事情を知っているわたしたちなら、犯人がヴァンだと断定してしまう…」

弓士「クエスト自体がわたしたちをおびき寄せる罠」

剣士「あいつの性格を見誤ったな…人間なんざ餌としか思っていないあいつが…」

弓士「彼が生き残ってしまったのは私のミス…私が欠陥だから」

剣士「悔いても時間は戻らねぇ、いまはユゥユを取り戻す算段をたてる」

弓士「わかった」

剣士「レーヴァテイン。やつの居場所の感知は」

魔剣『不可能だ』

剣士「やっぱユゥユレベルの魔覚じゃなきゃ無理か…」

弓士「…マド。こうなった以上吸血鬼と夜に戦うのは危険。朝を待ったほうが堅実」

剣士「待てねぇな…近頃はユゥユが居て忘れそうになってたが、俺には活動限界がある」

剣士「いまもどんどん魔力が流れ出している…それにユゥユが無事ですむ保証もない。すぐさまケリをつけるしかねぇ」

弓士「…」コク

剣士「考えろ…どうすればユゥユを探せる…」





【廃工場-吸血鬼のアジト】



少女「離せよ。ボクをどうする気だ」

少女「お前達…まさかボクを狙ってるっていう組織のやつらか!!? あの黒づくめのやつらの仲間か!」


大男A「しらねぇよ。さわぐんじゃねぇぞガキ」

大男B「次騒いだらそのムカつくツラに重たい一撃ぶちこんでやるからな」

大男C「子供に本気になるなよ…」

少女「……っ」

吸血鬼「きみたちレディに暴力はいけないよ」

大男B「レディ…?」

大男D「…あ、よくみりゃ女だ。肌が綺麗なはずだぜ」

大男A「うお! まじかよ…オスガキかとおもったぜ。手足が細いはずだぜ」

大男C「どうりでギリギリのところで手が出なかったはずだぜ。俺はロリコンだからな」


少女「ぉ、お前たち、こんなことしていいとおもってるのか。誘拐は犯罪だぞ」

少女「ボクを解放しろ! そして衛兵に出頭するんだ。いままで奪った金品を返せ!」

大男B「やっぱ殴りてぇ…」

吸血鬼「弱いくせに正義感に満ちあふれているね。ぼくの嫌いなタイプだ」

少女(あのナルシストっぽいやつ…さっき魔覚で察知した牙の持ち主かな…)

少女(まわりのこいつらは部下? むかつく…こんなやつらに捕まるなんて)

少女(マドごめん……ボクやっぱり足ばっかりひっぱって役に立たないよ)


吸血鬼「それにしてもきみの魔力はたいしたものだ。これが噂に聞く魔核の存在か」

吸血鬼「どうやって身につけたんだい? 親は?」

少女「…しらないよ」

吸血鬼「しらないのか。じゃ、近くにマドたちの気配はあるかい? 探ってくれるかい」

少女「…教えるもんか!!」

大男A「ガキ!」ベシッ

少女「あっ…くぅ」

 ドスッ

大男A「うっ…」

吸血鬼「彼らがくるまでに傷はつけるなと言っただろ。次彼女に危害を加えたら」


吸血鬼は突然ボクをひっぱたいた大男の首筋に、鋭利な爪をつきたてた。
男の首からどくどくと赤い血が流れだしシャツを汚していく。


吸血鬼「爪じゃなくて牙を突き刺すよ?」

大男A「ひぃ…すみませんでした…」

吸血鬼「まずそうな血だね。やっぱり血は若い女に限る」

少女「!」

吸血鬼「大丈夫。ぼくが吸い殺すときは体が麻痺するから、痛い思いはしないよ」

少女(なにが大丈夫なんだよ…こいつ嫌だ…)

大男C「痛くない? 赤くなってるよ…これ冷やしたタオル…」

少女「…」プイッ

大男C「お、俺が拭いていいのかな…」ビクビク

吸血鬼「…ふ、どうせ逃げ出せもしない足だ。手の拘束くらいは解いてやれ」

大男C「わかりました!」



吸血鬼「きみたちは席をはずせ。別室待機だ」

大男A「わかりました…」

大男C「お腹すいたら遠慮なく言ってね?」

少女「…」プイッ


少女「…あんた、マドの知り合いなの?」

吸血鬼「まぁね。知り合いよりももう少し親しい間柄さ。同じ釜の飯を食った仲なんだから」

少女「そうは思えないよ。マドはあんたを始末しようとしてるんだから」

吸血鬼「悲しいすれ違いってやつさ」

吸血鬼「ぼくはマドたちとひとつになりたいだけなのに…」

少女「…え?」

吸血鬼「マドがきみの魔力を吸って生きているように、ぼくは血を吸わないと生きていけない」

吸血鬼「そしてぼくは血を吸い尽くした相手の能力が手に入るんだ」

吸血鬼「そうか……。もしきみをいま吸い殺せば、魔核の力はぼくのものになるのかな?」

少女「っ!?」

吸血鬼「ぼくに無限の魔力があれば、ずっとマドの側にいられるかな…?」

吸血鬼「それはすごく素敵だね……ぼくがマドに必要とされる……」

少女「…ッ!」ビク

少女「や、やだ…くるな…っ、ぼ、ボクの血なんて」

吸血鬼「…ふ、ふふ、冗談だよ」

吸血鬼「ぼくは他人の能力(術)を奪えても、生まれながらの体質を得ることはできない」

吸血鬼「きみを吸ったところで、子供一人分の血の価値しかないのさ」

少女(…やばい、いまので漏れそう…)モジモジ



吸血鬼「彼らがくるまでの暇つぶしに、ぼくらの昔話をしてあげようか」

少女「い、いい…それより」

吸血鬼「ぼくたちは同じ施設の出身なんだ。小さな教会の付属孤児院さ」

少女「トイレ…ないのここ。おしっこ…」

吸血鬼「ぼくは9歳のときに親に捨てられて、孤児院へ預けられた。いまの吸血能力が発現したからさ」

吸血鬼「孤児院は表向きは愛に満ちた慈善組織だけど、その実態は身寄りのない子供たちを暗殺者へ育て上げる闇の教育施設だった」

少女「あの…と、トイレ…」モジモジ

吸血鬼「そこでぼくはマドウスに出会った…♥」ウットリ

吸血鬼「彼は当時から強くてかっこよくて、弱いぼくのあこがれだった…同い年なのにずっと年上に見えた」

吸血鬼「残念ながらそのときすでにアーチェがマドとペアを組んでいて、ぼくはマドと組むことはできなかった…」

少女「トイレ!」

吸血鬼「でもね、アーチェもすごく強くてかっこいいんだ! ふたりは孤児院のエースと言える存在だった…」

吸血鬼「ぼくたちは厳しい訓練をうけながら、戦い傷ついて、幼い日々をなんとか生き延びてきた」

吸血鬼「そんなある日」

少女(どうしよう頭に入ってこないよ…トイレ、トイレ…おしっこしたい。なんで無視するんだよぉこいつ)

吸血鬼「ぼくの特異体質が暴走した」

吸血鬼「たしかちょうど精通を迎えた頃だ…ふふ」

吸血鬼「きみは? いつからその力の高まりを感じた? いまいくつ??」

少女「…っ」フルフル




吸血鬼「その夜、耐え難いほどの喉の渇きが訪れて、ぼくは気づけば同室のペアであった少年を吸い殺していた」

吸血鬼「親に捨てられた時は少量の血しか欲さなかったのに、その夜はまるで違った」

吸血鬼「干物のようになって横たわる長年苦楽を共にした仲間。だけどぼくの心にこれっぽっちも罪悪感などわかない」

吸血鬼「自然の摂理だと認識していた。こいつらはぼくにとって生きる糧なんだ」

吸血鬼「同時に能力をうばったことにもきづいた」

吸血鬼「新たに得た能力をつかって、その晩ぼくは5人の仲間を襲って血を貰った」

吸血鬼「みんな干物みたいになった」

少女(限界だよぉ…)ヨロヨロ

吸血鬼「おとなしく聞け。ここからがいいとこなんだよ」ガシ

少女「いぎゅっ」

少女(乱暴しないんじゃなかったのか!!)

吸血鬼「ぼくとマドの話を聞かないと…このままくびり殺すよ」

少女「…ッ」コクコク


吸血鬼「当然ぼくは施設を離れる事となる」

吸血鬼「吸血鬼として覚醒したぼくの暗殺に差し向けられたのが、当時のマドとアーチェだった」

吸血鬼「楽しい時間だった…」

吸血鬼「ずっと憧れだったふたりが、全力でぼくを殺しにくる」

吸血鬼「そして全力のふたり相手に互角に戦える力を得たぼく…うふふ」

吸血鬼「およそ3日にも及ぶ激しい戦闘の末、多勢に無勢なぼくは遂に追い詰められ……」


 剣士『アーチェ。とどめをさせ』

 弓士『さよなら、ヴァン』 ビュッ
 
 吸血鬼「――!?」



吸血鬼「アーチェに胸を射抜かれてぼくは谷底へ落ちた」

吸血鬼「ふ、ふふふ、ははは♥ 痛かったなぁ」

少女「どうして生きていたの…」


吸血鬼「それはね…彼女もまた、ぼくやマドと同じく欠陥人間だからさ」

少女「欠陥…? アーチェも!?」

吸血鬼「どうやら彼女は他人の命を奪うことができないようだ」

吸血鬼「任務ではいつも彼女はサポートにあたっていた」

少女「うそだっ! アーチェの矢は百発百中なんだぞ! お前なんて一発で仕留めるに決まってる…」

吸血鬼「どういう理由かはわからないし一度も教えてくれなかったけど、それが彼女の欠点だとぼくは確信している」

吸血鬼「ぼくらだけでなく、あの施設にいた子どもたちは全員なんらかの欠陥をもつ……この世のはみ出し者さ」

吸血鬼「きみもだよね?」

少女「え……」

吸血鬼「その不自由な足…手に入れた力の対価とも言えるんじゃないかな? 先天的なものなんだろう?」

少女「……これは…うん」

少女「…でもボクにちからなんて…なにもない。なにもできない……ぐすっ」

少女(マド…ボクにはこの状況をどうすることもできないよ)

少女(ごめんね……いつも役立たずでごめん)

少女「うっ…うっ」

吸血鬼「おやおや。ぼくとマドの美しい友情話に感動しすぎちゃったのかい」


少女(間に合わなかった…)

 ポタッ ポタッ…

少女(ボクは敵につかまってビビって漏らすだけの情けない従者です……)




剣士「ユゥユ…俺たちが見つけ出すまで無事でいてくれッ!!」

弓士「ヴァンの与太話に付き合わされていなければいいけど…」

剣士「ユゥユに何かしやがったら…ただじゃおかねぇ!!」




第5話<欠陥>おわり


  

更新おわり
次回明日予定
今作のキャラデザは早いうちにあげます

連日帰宅おくれてますスマソ
次回明日

>>1様 初期にVIPで書いてたクス僕が(ry
って一スレ目VIPでその後ずっとSS速報だったよね?



第6話<魔剣の力>





少女「うっ…うっ…ぐす」

吸血鬼「参ったな…ぼくたちの素敵なアジトを汚さないでくれよ」

吸血鬼「この絨毯は盗品の中でもぼくのお気に入りなんだよ」

吸血鬼「いくらするとおもう? 60000Gだよ」

吸血鬼「まぁ当然タダで手に入れたんだけどね」

少女「そんなことどうだっていいから…き、着替えさせて」

吸血鬼「残念ながら女性用の着替えはない」

吸血鬼「人質というのはめんどうな存在だな…長くともあと3日もきみと一緒だなんて潔癖症なぼくには耐えがたい」

吸血鬼「彼らとの約束を破ることになるが、さっさと処分しておくか」

少女「ひ、や、やだぁ…」ジョバ


吸血鬼「ぼくはここで待たないといけないし……誰かに買いに行かせるか…」

吸血鬼「おい。手の空いているやつはいるかい」

大男C「は、はい自分なら。何かトラブルですか!?」

吸血鬼「この子用の着替えを一式揃えてくれ」

吸血鬼「急げよ。店がしまってたら盗ってこい」

大男C「わかりました!! えっと…サイズは…」

吸血鬼「サイズは?」

少女「…S……エス」

大男C「え?」

少女「子供サイズだよ!! なにか悪いか!」ベーー

大男C「…!! ま、まっててね。すぐ買ってくるからね!!」

少女(死にたい)

吸血鬼「やれやれ。子どもの相手は大変だね」




――その頃



弓士「ユゥユの居場所の見当がついた?」

剣士「あぁ。さっきのヴァンの台詞…あいつは俺たちを一日見張っていたと言っていた」

剣士「だが吸血鬼として成長したあいつは昼間まともに行動できない」

剣士「監視は仲間にやらせていたことになる」

弓士「うん」

剣士「俺たちの居場所をわかっていながら一度引き離したのは、やつの仲間が戦力として計算できないからだろう」

剣士「そいつら合わせて全員で俺たちとぶつかっても勝ち目がないというわけだ」

弓士「つまり…雑魚? でもそんな雑魚に遅れをとるなんて」

剣士「いくらなんでも俺たちやレーヴァテインがそんなただの人間達の気配や視線を感じないわけがないよな」

弓士「ということはかなり遠くからスコープか何かで見張られていた?」

剣士「そうなる。やり口は俺たちと同じだ」

弓士「さっき登ったあの建物?」

剣士「あの短時間でヴァンはユゥユを拉致出来たと確信していた」

剣士「つまり、やつらはあの建物の近場にアジトを構えている可能性が高い」

剣士「ヴァンにとっての日頃の獲物探しにも向いている」

弓士「…ならもう一度登ってみる」

剣士「急ぐぞ」

弓士「殺されてなければいいけど」

剣士「縁起でもねぇ」




【高塔】


剣士「ちっ…こう暗くちゃなにも見えねぇな」

剣士「だがこの近くいるはずなんだ…」

剣士「どうだレーヴァテイン」

魔剣『動体の反応はまばらにあるが、個人を特定することは難しい』

弓士「…なんとなく、あっちの方な気がする」

剣士「当てずっぽうか?」

弓士「わからないけど…そんな気がする」

剣士「…」

弓士「彼の言っていたシンボルパーツ」

弓士「それに該当するかはわからないけど、私は放った矢の位置がときどきわかる」

弓士「たぶん、ユゥユが私の矢を何本か持っている…」

剣士「あいつ使い捨てはだめだって律儀に回収してたからな…」

弓士「でも敵によって既に廃棄された物かもしれない。そこにユゥユがいる確証はない」

剣士「結局あとは勘しかねぇか…」

剣士「なんとなくでもいい。よくやった」

剣士「見渡す限り360度の建物群からある程度目星を付けられただけで儲けモンだな」

剣士「とりあえず俺はお前の言う方向に向かってみる。お前は引き続きここで捜索」

剣士「何かあったら矢で知らせろ」

弓士「了解」


 



大男C「か、買ってきました! Sサイズのレディースです!!」

少女「……」

吸血鬼「ご苦労様。ぼくはすこし外すよ。そろそろ喉が乾いてね。ここにいたらつい吸い殺してしまいそうだ」

少女「……」

吸血鬼「…さっきね、マドに邪魔されたのさ」

少女「誰かを襲いにいくの…?」

吸血鬼「いいや。ここには血液パックのストックがあるからね」

吸血鬼「もっとも、鮮度の悪い血はちっともおいしくないから、口直しがどのみち必要だけどね」

吸血鬼「きみたちの血がまもなく手に入るなんてどんな高級レストランのフルコースよりも楽しみだよ」

少女「……ッ! 一滴たりとも渡すもんな」


大男C「さぁ、お着替えしようね…」

少女「…ッ」フルフル

少女「自分でできる…体の拘束をといて」

大男C「それはダメだよ。俺が脱がせてふきふきしてあげるから…」

少女「嫌だ嫌だ! 変態!」

大男C「こまったなぁ…」

大男A「おい貸せ。クソ生意気なガキに遠慮なんていらねぇだろ。俺がやってやる」

大男A「ついでに楽しんじまうか? 体は華奢でもツラは整ってるしよ…ハハハ」

大男A「「しょんべんくせぇガキもたまにはいい」

大男C「だ、だめだよ…子供にはノータッチだろぉ」

大男A「傷つけるわけじゃねぇよ。不可抗力で傷つくかもしれねぇが」

少女「~~っ!」



にやけヅラの丸刈りの男が大股で近づいてくる。
間違いなく2人がかりでボクの服をひっぺがす気だ。
いくらボクが子供とはいえ、見ず知らずのやつらに裸を見られるなんてそんなの嫌だ。

少女(マドにだってまともに見られたことないのに…)

抵抗しようにも、椅子に腰が縛り付けられていて、ガタガタともがくことしかできない。


少女「ゔ~~~! 来るなぁ!」

大男A「でけぇ声だすな。リーダーに見つかっちまうだろ」コキコキ

少女「あっちいけ! 来るなあああ!!」

大男A「…」イラ

大男A「見た目でわかんねぇようにいためつけるか。顔は勘弁してやるよ!」

少女「ひっ」


眼前の男がボクの顔より大きい拳を振り上げる。
マドの事を想うと胸がずきずきと痛い。
いまごろどうしているんだろう。
短い付き合いだ。ボクのことなんて見捨てて逃げちゃったのかもしれない。

少女(マド…)

少女(ボクが弱いから、迷惑かけてごめんね)

少女(ボクは戦ったことがないから、自分の身すら守れないんだ)

少女(だって、力がないんだもん……)

少女(足だって動かないし…)


いつも言い訳ばっかり。ボクはそうしていろんな出来ない事から逃げてきた。
そんな自分を変えたくて旅に出たはずなのに、このザマだ。


大男A「まずは腹に一発くれてやるぜ」

大男C「や、やめよぅよ」

大男A「うるせぇ!」バキッ

大男C「うがあっ……暴力反対」

大男A「ちからのねぇやつはすっこんでろ!」

少女「ちから……」

動かない足をじっと見つめる。
この足が欠陥だというのなら、それを補う何かがボクにはあるはずだ。

少女「…ある……ボクにもちから…」

大男A「あん? なにがあるって! まず腹に一発! おらぁ」


少女「これ以上…ボクに…」

吸血鬼「……!」ゾワ

少女「近づくなって言っただろぉぉお!!」

 
うまれて初めての激昂。
自分でも出したことのないような大きな叫び。
心底怒っているはずなのに不思議と涙がこぼれた。

昂ぶった感情は膨大な量の魔力を体内で生成し、それらは一瞬のうちにボクのキャパシティを越えて体外に放出される。


大男A「な、なん――――」


その現象は月に一度訪れる爆発と同じ威力と開放感、そして疲労感を伴っていた。

ボクが縛り付けられていた椅子、目の前の大男、建物の壁、目もくらむような閃光とともに周囲のあらゆるものを焼きつくして全て吹き飛ばした。


轟音が薄暗い工場内に響き、やがて静けさを取り戻す。


少女「言ったよ…近づくなって…」


よろめくボクの足元では地面がえぐれて巨大なクレーターができあがっていた。


少女「はぁ……ハァ…」

少女「お前たち…覚悟しろ………ボクをいじめた仕返しを……はぁ、ハァ」

吸血鬼「へぇ……これが…魔核…」


少女「……うう」

吸血鬼「だがさすがにエネルギー切れか……はは、危うく巻き込まれるところだった」

吸血鬼「なんて危うい力だ…」

少女「つ、つぎはお前だ…こっちへ来い」

大男B「リーダー! いまの音は!?」

大男D「なんだこの穴…アジトがめちゃくちゃだ…あのガキがやったんですか」

吸血鬼「いまの彼女に近づくなよ。きみたちじゃ粉微塵になって死ぬよ」

少女「……」


無理やり魔力をしぼり出した疲労でボクは気を失いそうだった。
魔力は第2の血とよく例えられる。

いまのボクはまさに貧血のような状態だ。
マドはいつもこんな疲れを感じているのだろうか。

杖が手元に見当たらなくてふらふらと足がよろめく。
視界がぼやけてはっきりしない。


少女(一矢報いた……ボクにもやれたんだ…)

少女「マド…見てた…ボク…がんばったよ…」

 「あぁ。よくやった」

背後から聞こえた聴き馴染んだ声とともにボクは誰かに優しく抱きとめられて、そのまま地べたにゆっくりと横たわった。

少女(来てくれた……)



吸血鬼「ようこそマド。さすがにあんなにピカピカ光ったら見つけちゃうよね」

剣士「ユゥユになにしやがった」

吸血鬼「ぼくとてゲストは丁重に扱うよ。体をふいて着替えさせてあげようとしただけさ」

剣士「なら殺されてもしかたねぇな。こいつは極度のシャイボーイだからな」

吸血鬼「この有様を見ろよ。やはり素質はきみが選ぶだけあったよ」

剣士(ユゥユ…自分の意思で魔力を高めることができるのか…なんてやつだ)


吸血鬼「とんでもなく厄介な人質だった。もういらないけどね」

剣士「残念だったな。俺たちの血と引き換えってわけにはいかねぇぜ」

吸血鬼「仕方ないよ。ぼくの誤算だからね」

吸血鬼「一緒に来てと言ったのにアーチェはいないようだね。どこかから狙っているのかな?」

吸血鬼「まぁいいか…彼女はまた機会がある」

剣士「逃げる気か」

吸血鬼「はは、まさか。せっかくきみがぼくに会いに来てくれたのに」

吸血鬼「逃げるわけないだろう! マド、一対一でやりあおう」

剣士「俺はユゥユを取り戻しにきただけだ。お前が身を引くなら」

吸血鬼「…そうか…きみ…いまここでぼくと戦いたくないんだね」ニヤリ

剣士「…ッ」



剣士(魔力の残量は決して多くない。疲労困憊のユゥユからこれ以上吸えそうもねぇ…)

吸血鬼「『こいつをここで叩けるかどうかは五分五分だな』…ってとこでしょ? そんな顔してるよ」

剣士「そうだな。こちとらここでてめぇと相打ちになる気はねぇんだよ」

吸血鬼「なら好都合だ」

吸血鬼「ぼくは! 愛しのきみを倒して死ねるなら本望! アーチェも好きだがきみのことはラブだ!」

吸血鬼「いくよ!」

剣士(結果火をつけちまったか…)

剣士(やるしかない)



少女「……マド」

ボクのぼんやりとした視界の中で、2人の影が交錯し火花を散らす。
2人とも目ではっきりと追えないほどのすさまじい速度だ。

吸血鬼は背に生えた羽根で自在に廃屋内を飛び回り、多彩な角度からマドに攻撃をしかける。
強靭な爪、鋭利な牙。やはりボクたち人間とは体のつくりからしてまるで違う。

異形となった吸血鬼は血を刃のように変えて無数に撃ちだす。
マドはしのぎきるのが精一杯で、明らかに防戦一方が続いていた。


吸血鬼「ほらっ、どうしたんだい! かわせないのかい!」

剣士「く…サシでやるには手数が違いすぎる」




吸血鬼「昔のようなキレがないねぇ。弱すぎるよ…」

吸血鬼「どこか怪我をしているわけじゃないだろう? ならもっと向かってきなよ!」

剣士「くっ」


少女(そうか…ボクがここに寝てるから邪魔なんだ…それにマド自身の魔力が少ないせいだ…)

少女(建物の中じゃアーチェの援護も難しいしボクたちが不利…?)

少女(な、なんとかしなきゃ……)ヨロ

大男C「た、立てるのかい」

少女「どいて……」

大男C「…!」

ボクは気力をふりしぼり、足をひきずって歩き出した。
体格の良い男が周りで不安そうにおろおろしている。


少女(こんな図体なのに情けないやつ)

少女「さっきのに巻き込まれなかったんだね。きみの仲間…ごめん」

大男C「いや……どうみたって俺たちがわるいし…」

少女「…どんな理由があったか知らないけど、そう思うならちょっと手伝って」

少女「あそこの大きなシャッターを開けてほしいんだ」

大男C「え、でも…そんなことしたら、リーダーが」



大男D「ぐああああああっ!」

少女「!」
大男C「!」

吸血鬼「…」

突然の絶叫とともにボクは反射的に振り返る。
吸血鬼が仲間の男の喉元に深々と牙を突き刺し、血をすすっていた。
あっという間に男は干からびて、無残に放り捨てられた。


吸血鬼「ぷはぁ……さすがに補給なしできみとやりあうのはきついね。すぐ血が不足する」

吸血鬼「ぼくの能力も困ったもんだ。きみほどじゃあないけどね」

大男D「  」ドサ

大男C「な、り、リーダー…俺たちのことは吸わないって約束したのに…」

吸血鬼「そうだっけ? 忘れたよ」

吸血鬼「きみたちなんて新鮮な血液パックのつもりで置いていただけだよ」

大男C「そんな…」

少女「ひどい…」

剣士「目が覚めたか。そいつからすれば人間は全員ただの餌だ」

吸血鬼「さぁマドどうする? ぼくはまだほとんどダメージを受けてないよ」

吸血鬼「それにこの高揚感…いつにも増して体のキレがいい」

吸血鬼「きみは覚醒しなくていいのかい?」

吸血鬼「あまりぼくを落胆させるなよマド。きみのことは誰よりも尊敬しているんだ」

吸血鬼「さぁ、本気をだせ」

剣士「……」



少女「いまのうちにシャッターを!」

大男C「……」

少女「はやく! あいつに殺される! ここから逃げるんだ」

大男C「あ、あぁ…わかった」

吸血鬼「逃げる気かい…餌の分際で…」

大男C「ひぃっ」

剣士「行かせるか! ユゥユ、動けるならいますぐここを離れろ!」

吸血鬼「子供を抑えろ。そうすればきみの血は吸わないでおいてあげるよ」

大男C「ひ…う」

少女「聞いちゃだめだ! あいつが約束を守るもんか」

剣士「いま見ただろ、こいつは人間に対して慈悲の心なんざもってねぇ」

大男C「ど、どうすれば…」

吸血鬼「使えない人間め…」

吸血鬼「マド、受けてばかりのきみと遊んでもたのしくないよ。邪魔だ」

剣士「がはっ」


吸血鬼は一度天井付近まで上昇し、勢いをつけてボクらめがけてすごい速度で滑空してきた。
マドは跳ね飛ばされて積み重なった廃材の山にたたきつけられる。
粉塵の舞う薄暗い廃工場の中で吸血鬼の目がギラリと赤く光った。


吸血鬼「きみのほうからさきに始末してあげるよ。そしたらマドも少しは本気になるだろう」


少女(や、やばい……よけなきゃ)



剣士「や、やめ……」

剣士(レーヴァテイン…覚醒は)

剣士『主の魔力が枯渇している。発動すれば即座に死に至る。不可能だ』

剣士「くそ…ユゥユ。よけろ!」


少女「あっ…あっ…」

吸血鬼「腹はそこそこに満ちている。飲むだけじゃもったいない。まず首を跳ね飛ばして血しぶきを全身で浴びようか」

吸血鬼「血のシャワーを浴びるのはひさしぶりだ! 幼い少女の血はきもちいいだろうなぁ!」

大男C「やっと開いた! ここから逃げよう!」

吸血鬼「2人とも逃がさない!」

少女「―――!!」


早々に訪れた人生二度目の危機。
もうすでに吸血鬼の爪は眼前までせまってきていて、ボクは反射的に体をすくませてぎゅっと目をつぶる。


少女(こ、殺される…神様…ッ)

そう祈った直後、生暖かいものがボクの服に降り注いだ。

少女「うあ…」

少女「あれ…切られてない…」



吸血鬼「く…」

血が吹き出ているのはボクでも側にいた大男でもなく、吸血鬼の振りかざした腕からだった。
肘の関節に深々と矢が突き刺さっている。


少女「これは…」

さらに立て続けに3本。
ボクの頭上を高速の矢がビュンビュンと風を切って駆け抜ける。
それらはすべて吸血鬼の体に吸い込まれるように命中し、敵の動きを鈍らせる。


吸血鬼「ぐあっ…」

吸血鬼「くそ…関節がロックされた。抜けないっ、くそっ」

吸血鬼「なんて精度だ…化物め…」

少女「やった…アーチェだ!」

その一瞬の隙をついてマドはボクをの腰を抱きかかえて走り去る。

少女「マド! アーチェが援護してくれた! やったぁ!」

剣士「お前があちら側を開いたおかげだ。よくやった」

少女「ちょ…まってあいつにとどめ刺さないの!? チャンスだよ!」

剣士「あぁここで仕留める。その前に魔力をよこせ」

少女「う、うん…ちょっとしかないけど」

剣士「なるべく接地面が広くなるように俺にしがみつけ」

少女「こ、こうかな…」

ボクは手足を巻きつけるようにマドに抱きついた。
ずるずると魔力が吸引されていく。


剣士「いいぞ…もっと効率のいい受け渡し方があればいいんだがな」

魔剣『覚醒可能まで残り30秒』

剣士(それまで頼むぞアーチェ…)

吸血鬼「くそぉぉ! ぼくの血が…」

吸血鬼「アーチェ…こそこそと卑怯な…夜の暗闇でどうやって…」

 ドスッ

吸血鬼「ぐあっ……だめだ…ここにいては…」

 ドスッ

吸血鬼「ぐはっ…なぜかわせない…ぼくは動いているのに」


少女「すごい…あんなにマドが苦労した相手に」

剣士「…アーチェの矢は必中だ。矢に魔力を付与することで、直前まで軌道を自在にコントロールできる」

少女「そんなことができるの?」

魔剣『いわば彼女の意思をもつ矢だ。先日貴様が私を放り投げたときと同じである』

少女「なるほど…。ならマドが戦わなくてもこのままあいつを倒せる!? やっちゃえアーチェ!」

剣士「いや…そう簡単には行かない」


吸血鬼「術式:突風!」ビュオッ

 ドスッ

吸血鬼「ぐ…」

吸血鬼「風の流れが弱い…屋外に出なければ」

 ドスッ

吸血鬼「あぐあっ…アーチェ…きみなんて風魔法がまともに発動すれば無力化できるのに…うふふ、はは」

吸血鬼「どこにいるぅ…殺してやる…ッ。見つけ出して貴様の血をすすってやる…」ヨロヨロ


剣士「死ぬのはてめーだよ」

吸血鬼「ま、マド…」

剣士「覚醒」

魔剣『了解』



森で狼に襲われた時に感じたものと同じ真っ黒な魔力にマドが全身包まれていく。

レーヴァテインが青白く輝き、膨大な魔力が外周に巨大な刀身を新たに創りだす。


少女「これがマドの…魔剣…」

吸血鬼「ひどいじゃないか…ふたりがかりだなんて」

剣士「俺たちとの決着はお前の望んだことだ」


振り払った魔力の大剣は巨大な建物を一撃で両断する。
崩れた瓦礫が礫となって吸血鬼の体を打つ。


剣士「直撃は避けたか」

吸血鬼「くそ…マドの唯一の欠陥がアレによって補われたというのか」

吸血鬼「あの時さっさと殺しておけば…!」

剣士「どうした、本気の俺と戦いたいんじゃなかったのか。たのしんでいるのは自分が優位なときだけか!」

吸血鬼「…ッ!」

剣士「答えろヴァン!」


マドは容赦なく青く輝く大剣を振り下ろす。
吸血鬼は翼をはためかせ急上昇して咄嗟の回避を試みるが、さらに魔力が膨れ上がって縦に伸びた切っ先が彼の下半身を捉えた。

バチバチと魔力のぶつかる激しい音が炸裂し、空中で新たな黒い血が撒き散らされる。


吸血鬼「あああっ!」

剣士「まずは右足…」



与えたダメージは大きいはずだった
しかし吸血鬼は体の一部を欠損するほどの大怪我を負っても墜落することなく、さらに常闇の空高く昇っていく。


剣士「逃げる気か!」

吸血鬼「ぐぅっ、ううう…きみとはいえ空中までは追ってこれまい」

吸血鬼「また会おうマド! あははは!」

吸血鬼「ぼくは、血さえあればいくらでも回復できるのさ! はははは」


少女「逃げちゃう…」

剣士「……だがそっちは」


吸血鬼「マドぉ! 次こそは…! 次こそきみの血を貰い受ける!」

吸血鬼「きみと、その子供と、アーチェも…! あ…」

 ドスッ

吸血鬼「あ…チェ――――」


高らかに叫ぶ吸血鬼の胸を一本の矢が貫いた。

弓士「今度こそ死んで。ヴァン」

吸血鬼「ゔうっ…!」

弓士「…! くっ…まだ」

吸血鬼「ふふ、はは…ぼくが死ぬとしたらきみの矢ではない…ということさ」



少女「まだ飛んでる…なんてタフなやつ。消えちゃった……」

剣士「人間の生命力とは違う。あれが魔人種だ…」

剣士「……」

剣士「…う」ヨロ

少女「マド! マド!?」

少女「どうしたの!!」

魔剣『先日と同じく魔力切れだ。しばらく休めば動けるようになる』

少女「マド! しっかりして! 大丈夫!?」

剣士「こっちが聞きてぇよ…それよりなんでお前…ちょっとションベンくさいんだよ……」ドサ

少女「ゔ…///」

剣士「zzz」

少女「寝ちゃった…大丈夫かな…」

少女「あいつ…もう襲ってこないよね…」

 トスッ

少女「アーチェ…」

 『ごめんなさい仕留め損なった。マドを連れてそこを離脱する』

少女「…」コク

少女「……ボクも疲れた…」

大男C「あ、あの…大丈夫…?」

少女「まだいたんだ…よければ運ぶの手伝って…」

少女「そうしたら…きみたちのことはもう追わない」

大男C「あ、あぁ…」

少女(依頼失敗だ…まさかこんなことになるなんて…)

 


  ・   ・   ・
  


【数日後―宿屋の一室】


剣士「ん……ふぁ~」

剣士「よく寝た…」

弓士「おはよう」

剣士「よぉアーチェ! ここはどこだ」

弓士「宿。お金は払ったから心配しないで」

剣士「そうかユゥユは」

弓士「そこ」

剣士「お?」

少女「zzz」

弓士「ずっとあなたにくっついて離れなかった。魔力をあげるんだって」

剣士「…そうか。心配かけたな」

弓士「それじゃ、私行くから。ごゆっくり」

剣士「おおいどこ行くんだよ。まさかいきなりパーティーを抜けるなんていわねぇよな」

剣士「あいつを取り逃したことは気に病むなって…どうせ下界に行けばもう会うことはない」

剣士「アーチェ…一緒にこい。俺の側にいろ」

弓士「…………。そう」コツコツ


剣士「どこ行くんだよおいアーチェ!」

弓士「どこって…クエスト…お金稼ぎ」

弓士「この宿と果物は私の稼ぎ。感謝して。死ぬほど感謝して」

剣士「…え、そ、そりゃ悪いな…サンキュー」

弓士(一緒にいればまた彼と戦う機会はある)

弓士(その時は必ず…次こそ必ず…っ。あなたを…)ギリ



少女「ふぁぁ…あ、マド! 起きてる!?」

剣士「よぉ……」

少女「よかったぁ…元気になったんだね」

剣士「おかげさまでな」

剣士「お前ずっと側に居てくれたんだって?」

少女「う、うん…魔力を補給しないとだめってレーヴァテインが言ってたから!」

剣士「風呂も入らず?」

少女「う……体拭いたりはしたもん。すんすん…ボク臭うかな……だよね」

剣士「よし、そんじゃ回復記念に一緒に風呂でさっぱりするか」ガシッ

少女「えっ」

少女「ちょっ、ちょっ!」ジタバタ

剣士「宿だし家族風呂くらいついてんだろ。いくぞー」

少女「お、おろしてっ」ジタバタ

剣士「気にすんな。魔力くれたお礼だよお礼」

少女「や、やだあああああっ!!」

剣士「それより気になったんだが…そのひらひらした服はなんだ?」

少女「これは……う……もらった服適当に着てるだけ…」

剣士「……ぷ」

少女「笑うなぁああ!! いいからおろしてよぉおお!」

剣士「まだ魔力足りねぇからダメ」




第6話<魔剣の力>おわり

 

 

更新おわり
次回月曜日

>>207
かなり前でログ残してなのでわからないですスマソ
たぶん3スレ目くらいでこっちに引っ越したような…


-前回のあらすじ
吸血鬼ヴァンを倒したマドは魔力切れで数日間宿屋で寝込んでいた。
病み上がりの彼は意気揚々とボクを小脇に抱えて貸し切り風呂へ向かった。



第7話<味付け>


少女「あの…やっぱり一緒に入るのはよそうよ」

剣士「なにいってやがる。主の世話をするのは従者の務めだろ」

剣士「先にはいってるぞ。お、ついでに酒でももらってきてくれねぇか」

少女「…キミお酒飲んでいい歳なの?」

剣士「はぁ…? まぁ…いいんじゃねぇか? 酒って年齢制限あんのか?」

少女「……18歳からだよ」

剣士「……いいからもらってこい! ゆっくりでいいぞ」

少女「ぬ、脱がないでよ! あーもうっ、わかったよぉ」


主人であるマドは存分にボクをコキつかう。
だけどボクとしては足をいつまでも気づかわれるほうが居心地が悪い。
幸い料理を運ぶのなんて酒場の仕事で慣れているし、なんだか懐かしい気分に浸りながらボクは厨房へ向かった。



少女「もらってきたけど…どうしよこれ。戸開けていいのかな」

少女(…お風呂浸かってますように)


風呂場の戸を引いて恐る恐る中の様子を伺うと、マドは広い湯船に半身浸ってくつろいでいた。


少女(…よかった。素っ裸で立ってたらどうしようかと…)

剣士「おお、もらってきたか。お前も早く入れって。ちょうどいい湯加減だぜ」

剣士「ベッドも風呂も綺麗で広くて良い宿引いたな~」

少女「…ここ高かったんだよ…アーチェに感謝しなよ」

剣士「そうだな。ってなんでまだ服着てるんだよ。ここ風呂だぞ~?」

少女「う……お酒! 置いとくよ」ドン

剣士「ここまで持って来い!」

少女(うう、マドの見えちゃいけないところがちょっと見えちゃった…)

剣士「おいユゥユ。髪の毛あらってくれよ! どこ行くんだよ」

少女「どこって…」

そしてボクは一度脱衣所にもどり、パンツと薄地のシャツだけに着替えた。

少女(これでもごまかせる気がしない…)


分厚い上着を羽織らないと胸元はうっすらと膨らんでいるのがわかるし、逆に下半身には男の子にあるはずの膨らみがない。
いくらマドが鈍くてもこの姿で男子だと偽り続けるのは限界がある。

これまでも何度かバレそうになったことがあった。
その度にボクは彼にあたふたと言い訳をして、罪悪感だけが日に日に募っていった。

 



少女(限界かなぁ…)ペタ


自分の胸に手をあてて聞いてみる。
ボクがマドに打ち明けられないでいるのは、彼を信用しきっていなかったからだ。

ボクの知っている男たちはみんな下劣でスケベで何を考えているか理解しがたい。
先日廃工場で監禁された時もひどい目にあった。
女の子を道具のように扱って暴力をふるう奴だっているし、そんな奴らに何かされたら取り返しのつかないことになる。
女将さんはなにより体を大切にしろと口酸っぱく聞かせてきた。


少女(でもキミは…)

少女(ボクを助けにきてくれた…こんな短い付き合いなのに…)


出会った日の襲撃、森の狼たち、吸血鬼事件とこれまで3度も彼に命を救われている。
命がけで守ってくれるマドを欺くのは良心が痛む。


少女(マドはきっと他の男とは違う)

少女(そう信じよう…)

少女(よ、よし…)


スルリと白い下着を脱ぎ捨て、最後にシャツも丸めて棚のカゴに畳んで入れた。


 カラカラ…
 

少女「……」

剣士「おうユゥユ遅―――

少女「…!」

少女(つ、ついに……ッ! 女将さんごめんなさいボクは今日から女の子になります)

剣士「バスタオル取れよ。マナーがなってねぇぞ」

少女「……はぁ?」

少女(なんでこれでわからないかなぁ…)

少女「あのね!」

少女「ぼ、ボク実は…あの…ぅえっと…」

剣士「まさか風呂嫌いってやつか? お前山ん中の温泉でも嫌がってたな」

少女「違う! お風呂大好き! でも、キミと一緒に入るのは無理なんだ」

剣士「なんでだよ。職務放棄宣言か?」

少女「…だってボク…ボク…」


少女「女の子だから!!」

剣士「……」


風呂場に叫び声が響く。
きっと顔は熟れたリンゴより真っ赤になっていたと思う。
足がガクガクと震えてまっすぐ立っていられない。

  



剣士「……あ、そ」

少女「……」


マドはボクを一瞥したあと、まるで気にも留めない様子で再び酒瓶をぐびぐびとあおり始めた。
少し彼の顔が赤く見えるのはきっとお酒が回っているからなのだろう。


少女「えぇ……ほかになにか言うことないの」

剣士「…無理じゃないな」

少女「なにが」

剣士「一緒に風呂だよ。別に気にしなくていいぜ」

剣士「俺風呂見られてもどうってことないから。いまも絶賛見られ中だし」

少女「いやそっちじゃない!!」

少女「ボ・ク・が!! ヤなの! お断り!」

剣士「……」


ボクの出した大声に少し不機嫌そうな様子のマドは、怪訝な目つきでボクの体を下から上まで眺める。


剣士「……信じられねぇな。それでほんとに女か?」

少女「何がだよ! ここ数日思っていたけど、ほ、ほんと失礼なやつだなっ!」

少女「ボクのこの姿をみてまだ疑ってるなんて目ん玉どうなってるんだ!」

剣士「お前が男だっていうから信じてたんだろうがーー」

少女「くぅーーッ! ぎぃぃぃ!」


もっと驚いたり、慌てたり、いままでのセクハラまがいを詫びたりしてくれるはずだった。
ボクの中で膨れ上がっていたいろんな妄想は砕けてしまった。

少女(こうなったら…ッ)バサッ

彼の気のない返事にボクは怒り心頭となって勢い任せにバスタオルをはだけた。
身を守るものがなにもなくなって、ボクは素肌の全てをマドに向かってさらけ出し、強く足音を鳴らして湯船に歩みよった。


 



少女「いいよ入るよ!!」

剣士「おう」

つい掛け湯も忘れて浴槽にどっぷりと体を沈める。
足を伸ばしても十分すぎるほど広い浴槽だった。


少女(なんだよ…なんのためにカミングアウトしたんだよぉ)

少女(あれ? でもなにもしてこないってことはこれで良かったのかな?? ん?)

少女(そうか! マドはやっぱり紳士ってやつなんだ! ふふふ)

少女(だよねっ、マド!)チラ

剣士「……」

少女(な、なんかすっごい見てる…)


マドは真剣な目つきでボクの肉体を見つめる。


少女(やだそんな目でみるなよ…)

少女(やっぱりまずかったかな…あがったほうがいいのかな…)

剣士「お前…」ザプ

少女「ふぇ」

少女(なんで近づいてくるの!? 触られる!? 触る気!!? うあーうわー!)



少女(いやー来ないで…なんでそんな怖い目してるの!)

少女(あ゙ぁーやばいやばい! やっぱり男なんてみんな)

剣士「ここ怪我してるな…赤くなってる」ふに

少女「うっ!?」

剣士「どうした? ヴァンに何かされたか」

少女「あ、あぁ…これはね…椅子に縛られたときにちょっと縄が食い込んで擦れちゃっただけ」

剣士「あの野郎…俺の従者に…」

剣士「次会った時はお前の分の礼もしてやるからな」

少女「あぁ……うん」

少女(ボク……なんでこんなに気が動転してるんだろう…)ハァ

少女(なんかこれじゃボクのほうが変態みたいだよ…)

  トス

  『ポルノ展開はダメ』


少女「そんなこと考えてないよ!」ビリッ

少女「どこから射ってきたの! あの小窓か! 閉めなきゃ」ザパ

剣士「……肌生白いな」

少女「う……はぅ//」ザプッ


少女「キミ…なんとも思わないの?」プクプク

剣士「…?」ゴクゴク

少女「だって女の子だよ…女の子とお風呂入ったり、毎晩一緒に寝てたりしてたんだよ?」

剣士「はぁ」

少女「女将さん…ボクもうお嫁にいけないよ…」プクプク

少女「ねぇ…そんなにボクって…魅力ないかな…」

剣士「……」


マドは何も答えない。
わかってはいた。ずっと男子になりすましていたボクが、今更女の子ぶるなんておこがましい。

背は低いし体つきは貧相だし、言葉遣いも悪くて女の子としての魅力は微塵もないのだろう。
マドの側には長年アーチェというおとなしい美人がいるのだから、比較されればなおさら惨めだ。

彼は気を使ってお世辞で機嫌をとってくれるような人でもない。
このあまりの無反応さがボクに対する正当な評価だった。

一世一代のカミングアウトで思わぬ肩透かしをくらったボクは膝をかかえてふてくされる。


少女「……」プクプク


少女「……」プクプク

剣士「機嫌悪いな」

少女「……うるさい」

剣士「どうしたんだよ。俺は内緒にしてたこと別に怒ってねぇからよ」

剣士「誰にもひとつやふたつ他人に言えない秘密がある。お前の場合はたまたまそれが性別だった」

剣士「まぁタマタマは無ぇんだが。ははは」グビグビ

少女「……」イラ

剣士「お前は色々思うところがあるかもしれないけど、ようやく心のつかえが取れてすっきりしただろ?」

剣士「魔力の味ちょっと変わったぜ。まろやかになった」

少女「…うるさいぃぃ。なんなんだよ味って…わけわかんないこと言うなよ」

剣士「おいおい、なんでそんなに不機嫌になるんだよ…」

剣士「お前は俺にどういう反応求めてるんだ」

少女「ゔ…それは…」

 ガラガラ

弓士「ナンダッテ! オマエハ女ダッタノカ、グヘヘ。」

弓士「抱イテ寝ルノガ楽シミダゼ!」

少女「!?」

弓士「いまのは下衆な野盗風。他にありえるパターンは?」

少女「ちょっ、なんで入ってきてるの!?」

弓士「家族風呂だから」

剣士「……」


少女「ち、違うもん! 違うよアーチェ!」

少女「ボクそんな風に思われたくて脱いだわけじゃないもん!」

弓士「なら答えはコレに聞いてみたらいい」スッ

少女「え…それは」

弓士「答えて。ユゥユの心中は如何に」

魔剣『…言ってよいものか。主の命令ではないのだが…』

少女「やだやだやだそれずるいよやめてっ、レーヴァテイン絶対だめだよ!」

弓士「フッ」

剣士「うるさいからあんまりガキをいじめるなよなぁ」

弓士「あなたはもうすこし動揺したほうがいい。そのほうが盛り上がる」

剣士「そりゃぁ、こいつがもうちょい大人なら見方も変わったかもしれねぇが…」チラ

剣士「……ガキだろ?」

少女「……は???」

弓士「それ以上はやめたほうがいい…」

剣士「いいかユゥユ。そもそもお互い恥ずかしがる必要なんてねぇんだよ」

剣士「"子供"に"性別"なんて"関係ない"だろ?」

少女「…………」ポカーン

弓士「……」


剣士「ほらこいよ。俺に魔力くれよ。酒だけじゃもの足りねぇ」ふにふに

少女「……」

剣士「おい主従契約忘れるなよ。このあと髪の毛も洗えよ」ふにふに

少女「……」

剣士「いやぁそれにしてもお前が"女"になるのは、あと何年かかるんだろうなぁ」ふにふに

剣士「5年くらいか? いやこの発育からしたら10年…?」

剣士「アーチェ! お前今何歳だっけ? 俺たちタメだっけ? お前のほうが上だっけ?」

弓士(逃げなきゃ…)

少女「………」ヒクヒク

剣士「あれ…魔力がクソまずい…なんだこりゃ…」ゾゾ

少女「きぃ~~!! キミなんてその辺の男以下だ! 死んじゃえ~!!」ガリガリッッ 

剣士「!!」




  ・   ・    ・


 



【部屋】


剣士「っつつ、アーチェ…それしみる…もうちょっと優しく」

弓士「……うん、してる」ヌリヌリ

剣士「あんのクソガキ…人のことおもいっきりズタズタにひっかきやがって。見ろよこれ」

弓士「痛そう。でも自業自得」

剣士「俺がなにしたってんだよ……ひーしみる…。レーヴァテイン、覚醒して一気に治癒しようぜ」

魔剣『魔力が不足している』

剣士「あんな凶暴なやつだったとは……猫じゃらしでも入手しておくか」


少女「…」チラ

剣士「あっ、いやがったな! おい魔力よこせ!」

 ゴッ

剣士「いってぇ……りんごぉ?」

少女「それでもかじっときなよ」

少女「べーーっ!」

少女「ふんだ」

剣士「何怒ってんだよ…」

弓士「……かわいそう」


少女(でもまぁ…いっか。ボクが女の子でも変なことはされないってわかったし)

少女(マドはとってもヤな奴だけど、悪い人じゃない気がする…信用できる)

少女(それに…これからボクががんばってもっと女らしくなれば…きっとマドも…)

少女「…って何考えてるんだ。違う違うちがーう」フルフル

少女「アーチェ! マドなんて放っておいて買い物いこ!」

弓士「うん」

剣士「ズタボロにしておいてひでぇな……」



【街中】


弓士「打ち明けてよかった?」

少女「うん…たぶんね」

弓士「ユゥユ、とても晴れやかな顔してる」

少女「そ、そうかな…えへへ。昔からずぅっと悩んでたから」

少女「もう誰にも隠さなくていいんだって思うと気が楽になっちゃった!」

弓士「そう…あの入手した服は?」

少女「女の子らしい服は…人目があるとちょっとキツイ…」



少女「……ところでアーチェ。ボク聞きたいことがあるんだけど」

弓士「何。私の秘密もしりたい?」

少女「うん。ある意味アーチェの秘密だよ」

少女「あのね、何食べたらそうなるの」ジー

弓士「…そうなるって? 幼虫…とか」

少女「え…食べれるの?」

弓士「狙撃手は待機時間が長いから…お腹が空くこともある」

弓士「木の上でずっと待機していたら蜂の巣を見つけて。巣につまっていた幼虫を食べてみたら口の中で弾けてまろやかな」

少女「~~~っ! ちょちょ、もう聞きたくない」

少女「き、昨日は何たべたの?」

弓士「…草とか…食べられそうな虫をつかまえて…あとは乾燥した豆持ち歩いてる」

少女「そんなの年頃の女の子の生活じゃないよ!」

少女「今夜の材料買うからね!! ふたりして偏った食事ばっかり見過ごせないよ」

少女「決めたよ、これからボクがご飯をつくる!! まっててねアーチェ」ギュ

弓士(豆おいしいのに…)ポリポリ



第7話<味付け>つづく


 

更新おわり
次回明日

第7話<味付け>つづき




【喫茶店】


少女「そういえばこの前の依頼は報酬受け取ったの?」

弓士「…半分だけ」

弓士「強盗団を壊滅させたのは事実だけど確保に至っていない」

少女「あいつにはあと一歩のところで逃げられたもんね」

弓士「ヴァンの首には懸賞金が掛けられた」

少女「そのあとはどんな依頼をこなしていたの」

弓士「猫…探したり…害鳥を駆除したり…色々」

少女「え…ほんとにやってたんだ…」

弓士「…この街はもう平穏を取り戻した」

弓士「私たちにやれることは少ない」

少女「そっかぁ…」

少女「ボクたちの目的はあくまで下界だからいつまでも滞在していられないよね」

弓士「行く気になった…?」

少女「う…不安ではあるけど…マドが行くって言ってるんだもん」

少女「ボクはついていくしか選択肢がないよ」

少女「アーチェこそ! ソラの国を捨ててまでついてくる意思はあるの?」

弓士「…」コク

少女(2人はいいパートナーなんだなぁ…いいなぁ…)


少女「あとやることといったら、たくさん物資の買い込みしなきゃね」

弓士「うん…この街では食料の補充」

少女「あ、あと! 調理器具ほしい!」

弓士「本当にあなたが作る…?」

少女「アーチェだって、こういったちゃんとした料理は美味しいと思うでしょ?」

少女「ボクはここまで上手につくれないけど…そこは毎日練習するよ」

弓士「…」モグモグ

少女「ボクも…なにか2人の役にたちたいんだ」

少女「マドには魔力をあげられるけど、アーチェにはなにもしてあげられなくて歯がゆいんだよ」

少女「アーチェはボクを守ってくれるのに…ボクは役立たずだ。そんなのいやなんだ」

弓士「あなたは十分に役に立った」

少女「ほんと?」

弓士「あなたの魔覚は天性のもの。それだけで良いスポッターになる素質がある」

少女「すぽったー?」


弓士「観測手。狙撃の精度を高めるには重要」

弓士「あなたのちからを使えば私ひとりでは探し出せない敵を感知できる」

弓士「戦闘は私達の仕事」

少女(そっか。ボクにもできるんだ…マドたちの役にたてるんだ)

少女「ほんとにちっとも戦えないけどいいのかな…」

弓士「大丈夫。誰にでも、できることとできないことがある」

少女(アーチェっていい人だな…ボクなんかにも優しい言葉をかけてくれて…)

少女(マドみたいな無神経野郎とは違うや…ふふ)

弓士「私達にとってあなたという存在はとても大切…なぜなら…」

少女「アーチェ……」

弓士「便利」モグモグ

弓士「在る物は存分に利用させてもらう。それが私達のスタンス」

少女「……」

少女(やっぱりマドと同類だ…)

少女(でもアーチェと普通に話ができてよかった…最初に会った時は変な人だと思ってごめんね!)



弓士「…」コソコソ

少女「…それより、さっきからボクのお皿になにしてるの」

少女「バレてるんだからね」

弓士「……」ピク

少女「アーチェ?」

弓士「これ食べたことなくて…要らない。これも要らないあげる」スッ

少女「ちょ…いいって…食べなよ自分で。これおいしいよ?」

弓士「食べ慣れた物以外は不安…毒かもしれない」

少女「料理屋でそんな危ないもの出ないよぉ」

少女(虫は食べるのに好き嫌いが多そう…覚えておかなきゃ…)



   ・   ・    ・


 
  




【繁華街】



少女「ふーお昼ごはんおいしかったね」

弓士「……」ポリポリ

少女(また豆食べてる…あんまり料理口に合わなかったのかな)

弓士「……」

少女「ま、まさかアーテェも常になにか食べてないと魔力が流れだしていくとか…?」

弓士「違うけど…」ポリポリ コリコリ

少女「だよね…」

弓士「…いる?」

少女「せっかくだしひとつだけ…ありがと…」パク

少女(…味がしない。なんか中からねろっとしたものが出てきた…)ポリポリ

少女「これなんていう豆? 食べたこと無い不思議な食感…」

弓士「それは豆じゃない。乾燥させた殻付きの丸蟲。森の中によくいる」

少女「…む、虫!? ヴぇぇぇ……もう食べちゃったよ…」

弓士「…栄養があっておいしいのに」ポリポリ

弓士「大きい個体の足はたまにひっかかるときがあるから、嫌なら吐き出していい」ペッ

弓士「生きているときは可愛い。死んだらおいしい。お得な生き物」

少女(駄目だ…生活環境が違いすぎる)

少女(改善してあげるべきなのかな。それともボクが順応すべき?)

少女(ううう…マドはどっち寄りなんだろう)



 


弓士「そういえば、さっきからつけられてる」

少女「え!? 誰に…まさか…また敵?」

弓士「魔覚で探ってみたらわかると思う」

少女「……」

少女「あれ…この魔力の感じは…?」

少女「あーーっ! そこか! マド! 隠れてないで出てきてよ!」

剣士「チッ…さすがにお前ら相手に尾行は無理か」

少女「すごいねアーチェ。どうしてわかったの」

弓士「視線には敏感なほう…距離が遠すぎるとわからないけど」

剣士「そういうことだ」

少女「で、なにしにきたの」ジロ

剣士「い、いや~買い込みするなら荷物もちも必要かなぁって思って」

少女「……まぁそういうことならいいけど」

剣士「昼飯くったか?」

少女「さっき2人で食べたよ…」

剣士「ひっでぇの。俺も買い食いでもするかな」

弓士「あなたは稼いでいないから。節約して」

弓士「これ食べていい」スッ

剣士「あぁこれいつもお前が食ってる豆か」

少女「あっ…それは」


剣士「……んじゃ袋ごと全部もらうぜ」サラサラサラ

剣士「…」バリボリ

剣士「なんだこれほんとに豆か? 思ったより味ないのな」

少女(あぁぁぁ…マドも知らないんだ…)

弓士「おいしい?」

剣士「うまかねぇが。でもお前が食ってるってことは栄養はあるんだろうな」

剣士「ユゥユも貰えばよかったのにな。でっかくなれるぜ。こいつみたいにな」

少女「……いや、いいよ」

少女(余計なお世話だよ)

剣士「だが魔素の量がすくねぇなぁ! やっぱ乾物はだめだ」バリボリ

少女(知らないのが幸せだね…)

剣士「なんだよその哀れんだ目…お前が魔力くれないから食ってんだろ」バリボリ

弓士「ふっ…あなたのためにまたつかまえてきてあげる」

剣士「は? なにが?」

少女「こ、今夜はボクが腕によりをかけておいしい料理作るからね!!」




     ・     ・      ・



  


剣士「次の町までの物資はざっとこんなもんか」

少女「これで足りる?」

剣士「寄り道しなきゃあな」

剣士「あとこれ、お前が魔力くれるものだと想定した量だから」

少女「え……う、うん」

少女「そうだよね…じゃないとマド食べてばっかりで食費ばかにならないもんね」

剣士「わかったな?」

少女「はい…」

弓士「抱き放題? うらやましい」

少女「うっ…アーチェに抱かれるんならどれだけよかったか」

剣士「おいおい、俺はガキの性別なんて気にしてないって言ってんだろ」


マドはとてもにこやかな笑顔でボクの頭をつかんだ。


少女「だ~か~ら~!! ボ・ク・がぁ!!! ……はぁ…もういいや。怒るのも疲れちゃった」

弓士「よしよし」

少女「アーチェまでボクを子供扱いするなんて…はふ」

少女(それにしても気が抜けちゃうくらい平和だなぁ…)

少女(ふたりともこうして笑ってると普通の人とかわらないや)

少女(もう誰も追いかけてこなくて、戦いなんておきなくて…ずっと楽しくすごせたらいいのに)


その晩は宿の厨房を借りて調達した食材で、簡単な料理を振る舞った。
2人は特別な感想はくれなかったけど、ちゃんと残さず食べてくれたのが何よりうれしかった。

ボクたちは今回の一連の事件を通して、少しだけチームとして仲良くなれたと思う。
行く先不安はいっぱいだけど、みんなとの旅が楽しみだ。


 



【夜-宿屋】


剣士「…嫌がってんじゃねぇよ」

少女「うぁぁぁあ、あうっ、ああ」

剣士「しまいにゃ拘束するぞ」

少女「それはやだぁ。トイレいけなくなっちゃうだろぉ」

少女「も、漏らしたらマドのせいだよ!」

剣士「それはまずいな。賠償したくないからベッドは汚さないでくれ」

剣士「ていうかなんで暴れるんだよ。ここ最近はおとなしかったくせによ」

少女「そ、それは……」


マドの腕のなかにいるボクの脳裏をよぎるのは、彼のお風呂での素っ裸。
ボクとは違ってあちこちに筋肉がついてて、思ったよりもたくましい体つきで、彼を異性の大人だとつい意識してしまう。


剣士「それともお前…やっぱりあいつらになにかされたのか」

少女「え…」



剣士「あの事件がお前の心の傷にでもなってるんじゃないかと心配で…」

少女「いやっ…う、う…そんなことはないよ」

少女「むしろボクのほうが暴走してあの人達を傷つけちゃって…半分申し訳ない気持ちだよ」

剣士「そうか…俺のことが怖いわけじゃないんだな」

少女「う、うん! 怖くないよ…マドもアーチェも怖くない…」

剣士「ならなんで」

少女「恥ずかしいんだよぉぉぉ! ボク女の子だって言ってるじゃん」ポカポカ

剣士「わかんねぇなぁ…その感覚」


 トスッ

 『あなたが上半身裸なのが悪いと思う』


少女「……」コク

剣士「は? コレの何が悪いんだ」

剣士「肌を直接密着させたほうが吸いやすいってのに」

剣士「な?」

少女「……///」フルフル

少女「服きてよぉ…きたらおとなしくするからぁ…」

剣士「主人公に向かって命令とは。しかたねぇやつだな」



剣士「ほら、来い」

少女「…うん」


ボクはおそるおそるマドの膝の上にちょこんと座る。
性別をカミングアウトして、女の子としての初めての夜だ。

本当にこんなことをして良いのか心の整理がつかない。
マドはそんなボクの気持ちなんて露知らず、いつもどおりに腕を回してくる。
そして柔らかいベッドへバタンと一緒に倒れこんだ。
背中からマドに苦しいくらいにきつく抱きしめられる。


少女(これでもしふたりとも裸だったら、ボクあたま変になっちゃうよ)

剣士「おおぉ、体温もちょうどいい感じだ…今夜はゆっくり寝ようぜ」

少女「病み上がりだもんね…」

剣士「明日からまた馬車旅だ。この柔らかさを堪能しておけよ」

少女「…」

剣士「楽しみだな」

少女「…うん。これからはちゃんとしたご飯が食べられるからちょっとうれしい」

少女「……ねぇ、マド。ボクのご飯すき?」

剣士「まだそんな食ってねぇからなんとも。まずくはないんじゃないか」

少女「アーチェはどうだったかな」

剣士「あいつはなぁ…よくわかんねぇ生態だから。いまもどこに潜んでいるのやら」

少女「ずっと一緒だったんでしょ?」

剣士「あいつとはこんな風に話したりすることはほとんどなかった。あくまで任務の上でのパートナーだ」

少女「そっか…」


剣士「味付けといえばなぁ、ユゥユ」

少女「ん?」

剣士「魔力には色(属性)以外にも味ってのがあるんだ」

少女「そうなの?」

剣士「これはドレイン能力をもった俺にしかわかんねぇことかもしれないけど」

剣士「魔力の色を見分ける以上に、細かく俺は魔力の質を測ることができる」

少女「へぇー」

剣士「お前の魔力は絶品だとおもってる。どんな飯を食うよりもうまい」

少女「ほんとかなぁ…」

剣士「けど毎日うますぎる好物を食っても人間飽きちまうだろ」

少女「確かにハンバーグ好きだけど毎日は飽きるかも」

剣士「だから味付けを変えるんだ。こうやってな」


すると彼は断りもなくスススっとボクのパジャマの中に手を差し込んできた。


少女「ひぅ!?」


指の腹でボクのおへその周りをゆっくりと撫で回す。


少女「ひゃうっ…な、なに!?」

剣士「ほら、驚いて味がかわった…」

少女「えぇ!?」


剣士「魔力の味ってのはどうも持ち主の感情にリンクされてるみたいでな」

剣士「怒ってるとき、悲しいとき、嬉しいとき、感情によって味は変化する」


 ツゥー
  スススッ…ツゥー


少女「~~っ! や、やめ…くすぐったいよ」

少女(っていうか恥ずかしいよ!! どこ触ってるんだ!)

剣士「これ結構好きな味だな」

少女「しらないってばぁ…変態」

剣士「こうするとどうだ」

 ギリッ

少女「いうっ…つねるなぁ」

剣士「…ピリっとした味になった」

剣士「さするほうがいいか」

少女「うっ、うっ……そんなことされたら背筋がぞわぞわして寝れないよ」

剣士「まだいろいろ試してみたいことがある。毎日ためしてみようとおもう」

剣士「お前の全身でな…楽しみだぜ」

少女「…ッ!」ゾッ

少女(女将さん…やっぱりボクだめかもしれないです)


弓士「……」ジー

弓士(ポルノはダメ) ピュッ



第7話<味付け>おわり


 
  

更新おわり
次回金曜日くらい

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