加蓮「夢から覚めた夢」 (36)


これはモバマスssです
気分を害する話になるかもしれません
だいぶ御都合主義です



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1470474058


はー、あっついあっつい。
もう夜なのにまだこんなに暑いなんて、ほんと夏って嫌になっちゃう。
確かに海や花火は好きだけどさ、限度があると思わない?
いや別に、体調崩すからとかじゃないからプロデューサーは仕事してていいよ。


冷房は…そう言えば、ちひろさんが節約って言って28度固定にしてたね。
外から戻ってきた人やレッスン終わりの人の為にもう少し下げてくれてもいいのに。
まぁ少しすれば大丈夫になるのはわかってるんだけどさ。


それにしても暑いなー、お茶とかある?
確か冷蔵庫にあった気がするんだけど…
…なんでそんなにプロデューサーは嬉々として用意してくれてるの?
え、ようやく会話できる人が来てくれたから?


それにしても奈緒は大丈夫なの?
そんな端っこにソファー集めて集まって。
え、なに凛。
今涼しくなる事をしてたところ?


…あー、なるほどね。
だから小梅ちゃんを囲んでた訳だ。
ついでにプロデューサーがやけに仕事に熱中して…呼んでないって。
確かに夏だもんね、最近テレビでもスペシャル番組やってたし。


夏にはそんな楽しみ方もあったんだったね。
いやほら、あんまり林間学校とか参加出来なかったからさ。
ついでに昔は夜遅くまでテレビ見てるなんて無かったし。
あとプロデューサーって絶対心霊系の仕事持ってこないし。


じゃ、私も混ぜて貰おうかな。
話のネタなら1つあるし。
まだまだみんなと一緒に楽しみたいし。
…いや別に疲れてないって、喋るだけで体調崩すなんて私でも有り得ないからね?
あー…うん、プロデューサーが怖がりって事はよく分かったって。
大丈夫大丈夫、そんな怖い話じゃないから。


さて…と。
まぁ今言った通り、そんなに怖い話じゃないんだ。
普通のホラーだったら小梅ちゃんの方が語るの上手いだろうし、ここは変化球で、ね。
それにせっかく中高生が集まってる訳だし、折角なら少し捻った方が楽しんで貰えるかなって。


これは大体一年くらい前の話になるかな。
私が経験した、不思議な夢のお話…

















ピッ、ピッ、ピッ


無機質な電子音だけが反響する病室。
時折足音が遠くで足音や会話が聞こえてくる。
窓から差し込む夕陽はカーテンに遮られ、私に届く事は無い。
けれどそんな事なんてどうでも良くなるくらい、私は全てを投げ出していた。


自分の身体は他の人よりとても弱い事は、物心ついた頃から嫌と言うほど理解してきた。
そのせいで辛い事が多かったし、親にもたくさん迷惑を掛けてきた。
それでもいつか幸せな日々を送れると信じて生きてきたし、これからもそのつもりだった。


けれど、それもさっきまでの話。


私の命は、あと一年も持たない。
そう医者に、告げられてしまったから。











奈緒、落ち着いて?
プロデューサー、取り敢えず受話器下ろそう?
もしほんとなら私は此処に居ないって。


…あんまり言いたくなかったし、話が途端につまらなくなっちゃうんだけどさ。
これ、作り話だからね?
不思議な夢って最初に言ってるよね?


…はぁ、続けるよ?













奈緒とプロデューサーがまた暴走するといけないから重い話は少しとばすとして。
その宣告を受けた私は、もう完全に生きる希望を失っていた。
何か目標を持ったところで。
何か目的を見つけたところで。


どのみち、一年後には終わってしまうのだから。


溜息を吐く気力もなく、ベッドの上で静かに固まっていた。
外の鳥の鳴き声もまったく耳に入らない。
私は残りの一年を、この小さな病室で過ごさなければならないのか。
電子音とカーテンに囲まれて、一人で…


今更になって涙が出そうになる。


なんで、私が…
どうして?何か悪い事でもしたの?
ねぇ、神様…


無意味な質問が頭を埋める。
どんどんと心が弱ってゆく。
既に視界はボヤけきっていた。


けれど、ふと思い出した。
もうすぐ、医者と話している親が戻ってきてしまう。
きっと親も、とても辛い思いをしているに違いない。
そんな時、私が泣いていたら…


なんとしても涙を止めるため。
負の思考をやめるため。
急いでテレビのリモコンに手を伸ばした。


なんでもいい、今の私の気を紛らわせるものなら。
天気予報、教育アニメ、グルメリポート。
次々とチャンネルを回すと、私は一つの番組で指を止めた。


テレビの画面には、笑顔いっぱいにマイクを握るアイドルの姿。
楽しそうにサイリウムを振るファン達。
ステージに広がる色とりどりの光。


その光景は、私の目を奪った。
そして同時に。
私も、あんな風になれたらな、なんて。
そう、願った。


少し微笑み、目を閉じた。
なんだか余計に泣いてしまいそうになったから。
あぁ…少し、疲れたな。
もし叶うなら、夢の中だけでも…


私の意識は、少しずつ薄くなっていった














ピピピピピッ、ピピピピピッ
再び、無機質な電子音で目を覚ます。
窓から差し込む光はとても眩しい。


あ、もう朝になっちゃってる。
寝すぎちゃったかな。


大きく息を吸ったところで、私はふと違和感を感じた。
夕陽が差し込む病室で、朝日が差し込むなんて有り得ない。
もしかしたら24時間まるまる寝てたのかもしれないけれど、そもそもカーテンに遮られている筈だし。
それに私は、目覚まし時計なんてセットしていない。


周りを見回せば、見た事は無い筈なのに何故か見慣れた部屋。
病室にある筈の無い机やクローゼットに、写真や本棚。
パニックになりかけながらも、買ってもらった覚えの無いスマートフォンのアラームを止める。
そこで私自身も、見た事の無いパジャマを着ている事に気付いた。


そう言えば、今日はダンスレッスンがあるんだった。
あのトレーナーさん厳しいし疲れるんだよね…
だから少し早目に起きて、のんびり歩いて行こうとしてたんだ。
さて、歯を磨いて朝ご飯は…


…?あれ?
私、何を考えているの?
レッスンがある?いや確かにアイドルなら当たり前だけどさ。
そもそも私、なんでアイドルなんて出来てるんだろう。


…あぁ、なるほどね。
わかったわかった、つまりこれは夢なんだね。


寝る前にアイドルのステージを見たから脳が影響を受けた訳だ。
それにしては鮮明すぎる気もするけど、そんな夢があっても不思議じゃない。
ついでに自分の知らない人の名前がポンポン出てくるけど、多分昔何処かで聞いた事があるのだろう。


さて、夢とわかったならば話は早い。
折角健康な身体な訳だし。
思いっ切り、アイドルとしての生活を楽しませて貰うとしよう。







事務所へ向かうまでの道は、とても幸せだった。
何気無い景色がいちいち私の目を奪う。
道端の街路樹や花壇の花、ガードレールやすれ違うサラリーマン。
その全てが、鮮やか過ぎて眩しい。


「おーい、かれーん」


「あ、奈緒。おはよう」


見た事も無い筈の親友の名前がサラッと口から出てくる。
その事に驚きながらも、合流してのんびり事務所へ歩く。
その間の他愛の無い話が、とてつもなく嬉しくて。
だから、私は。
今日のレッスンがダンスだと言うことを完全に頭から追いやっていた。






「よし、今日はここまでだ。しっかり水分を摂って身体をほぐしておくように」


…しんどい。
隣では奈緒と凛が座り込んでいる。
え、私?恥じらいも何もかも捨てて床に寝転んでるよ?


「あー…辛い。もう動きたくないな」


水筒を何とか動かずに取ろうと、奈緒が腕を全力で伸ばしながらぼやく。


「でもしっかり力はついてきてると思うよ。最初の頃は怒られてばっかりだったし終わった後喋る元気もなかったし」


そう笑って、凛はペットボトルを傾ける。


そしてそんなユニットメンバーの会話を聞きながら。
私は…


「…ふふっ、あはははっ!」


大笑いしていた。
二人が不気味そうにこっちを見てくるけど、そんなの関係無い。


楽しい!楽しい!楽しい!!


踊れたんだ、私が!
まるでアイドルみたいに!
いや、本当にアイドルなんだ!


とっても嬉しかった。
病室のベッドで寝ていただけの私が、こんなに楽しく踊れるなんて。
夢だけれど。
ついでにほんとにしんどいけど。


「ふぅ…じゃ、先に戻ってるから」


一通り笑ったところで、未だに変な目で見つめてくる二人を置いて更衣室へ向かう。
巨大な事務所の道に迷う事なく、次にすべき事を思い出す。
汗を拭いて、着替えて。
そして、私達の部署へ戻る。


だって、その扉を開ければ…


「お。お疲れ様、加蓮」


「お疲れ様でーす。ふう…今日も疲れた…」


笑顔で、プロデューサーが迎えてくれるから。






他の二人が戻ってくるまで他愛の無い話を交わし、戻って来てからはガールズトークに花を咲かせる。
駅前のドーナツ屋や、同事務所のアイドルの話。
時折私が奈緒を弄り、便乗してプロデューサーも弄る。
気が付けば時計の短い針は半分より左を差し、夕陽も沈みかけていた。


「さて、そろそろ帰るか」


「じゃ、また…明日ね」


楽しい夢の様な夢の時間も、そろそろ終わりが近付いているらしい。
みんなと別れて家へと歩く。
家の扉を開ければ、お母さんが出迎えてくれて。
家族三人で食卓を囲んで笑いあって。


…幸せ、だったな。


今日一日を思い出し、私は笑って布団に潜った。
もう直ぐ日が変わる。
疲れた体は、休息を欲していた。


まるで、シンデレラみたい。
一晩限りの、幸せな夢だったな。


ちょっとだけ神様に感謝して、私は意識を手放す。
長い針が頂点へ向かう音と同時に、私の視界は完全に暗くなった。





ピッ、ピッ、ピッ


目を開ければ、見慣れた病室。
窓から射し込む太陽の陽はカーテンに遮られ、聞こえてくる電子音と足音もいつも通り。
身体も重いし歩くのも億劫。


けれど私は、笑っていた。


部屋に入ってきた親を笑顔で出迎える。
元気そうな私を見て、親もまた笑ってくれた。
少し遅い朝ご飯と言うよりはもう殆どお昼ご飯を三人で囲む。
身体に反して、心はとても軽かった。


…また、同じ夢を見れるかな。


ルーチンワークとなっている検査を終え、夜の病室に一人で寝転がっている時。
ふと、そんな事を願った。
思い浮かぶのは、鮮明な夢。
あの幸せな世界に。


私は、もう一度…









ピピピピピッ、ピピピピピッ


私は希望を込めて目を開けた。
この電子音は、この身体の軽さは…
飛び起きて、周りを見回す。


世界は、私の夢は。
また私を、幸せな空間に招き入れてくれた。


「ふふっ」


弾む心をなんとか抑え、また前回と同じく支度を終え事務所へ向かう。
今日はボーカルレッスンな筈。
歌うのは好きだし、なによりダンス程疲れない。


「おはよう凛、奈緒」


「お、おはよう加蓮。二人は先にレッスンルームに向かったぞ」


出迎えてくれたのは笑顔のプロデューサー。
まだ時間は少しある。
何気無い会話を時間いっぱい交わす。
時間に遅れた訳じゃ無いの私を置いていった二人には後で復讐する事を胸に誓った。


「じゃ、行ってくるから」


「頑張ってこいよ」


扉を閉じてのんびり向かう。
取り敢えず、奈緒にはひたすら褒め言葉を浴びせるとしよう。





「あー、喋った喋った。そろそろ帰らないと」


「お疲れ様。気を付けて帰れよ」


奈緒と凛が帰ってからもプロデューサーと喋り続けてたけれど、流石にそろそろ帰らないとお母さんが心配してしまう。
名残惜しいけれど、私は帰宅の準備をした。


「…明日、三人に言おうとしてたんだけどさ」


扉を出ようとした時、プロデューサーから声を掛けられた。


「おめでとう!CDデビューが決まったぞ」






浮かれた気持ちで、私は湯船に浸かっていた。
食卓の会話も、上の空だったと思う。
それ程までに、私の心は宙を飛んでいた。


私達が…CDデビュー…


他の事なんて考えられ無いくらい、その事が私の思考を占めている。


私の歌が、みんなに…あのアイドルみたいに…
夢みたい…あ、夢なんだった。


一瞬にして現実へ引き戻された。
折角幸せな気分でお湯に浸っているのに、変なタイミングで思い出す。
まったく、嫌になってしまう。
明日またこの夢を見れるとは限らないのに。


少し沈んだ気持ちで部屋へと戻り、スマートフォンで写真を見る。
ユニット結成の日に食べたソフトクリーム。
雨の日にボサボサになった奈緒。
誕生日にみんなからお祝いされて涙目になっている奈緒。
見た事の無い筈の思い出を、はっきりと鮮明に思い出せた。


…明日、また…


少しずつ瞼が重くなる。
だから私は気付かなかった。


画面上に表示された数字が、既に三つになっていた事に。






ピピピピピッ、ピピピピピッ


はぁ…また病室ライフか…


目が覚めた私の思考は、既に今日の夜に向けられていた。
またあの夢の続きを見る事が出来れば。
いっその事、ずっと夢の中に居る事が出来れば…


あれ?


ふと気づく。
周りの景色が、寝付いた時と変わっていない事に。
窓からは朝陽が差し込んでいるし、部屋の椅子には昨日放り投げたカーディガンが掛かっている。


…まさか!
一気に思考を覚まし、そして理解した。


私、戻って無い!


私の幸せは有頂天だった。
叫びたくなるくらいには良い気分だった。
もしかしたら叫んでいたかもしれない。
最高の気分で早めに事務所に着き、プロデューサーとニヤニヤしながら二人を待った。


「おめでとう!CDデビューだぞ!」


そう告げられた奈緒と凛は一瞬固まっていた。
そうなるだろうと予測していた私が凛の珍しい表情を撮ったシャッター音で、二人とも一気に時を取り戻す。
そのあとは少しだけ打ち合わせをして、三人で駅前のパフェを囲んだ。
もちろんプロデューサーのおごりで。


その日はとても早かった。
ついでに三人の口調も早かった。
相当テンションが上がってたんだと思う。
奈緒も、弄られてもその事にまったく気付いて気付いていなかったし。


帰り道も、私はずっと笑顔だった。
昨日は秘密にしておいたけど、今日ははやく親に教えてあげたい。
どんな表情をしてくれるかな。
喜んで貰えるよね。


家の扉を開けて開口一番ただいますら投げ捨てて伝えてみた。
夕飯のおかずの種類が三倍に増えたのはさておき、物凄く喜んでくれた。
お母さんから知らせを受けたお父さんは、大量のお土産を両手にぶら下げて家の扉を開けられなくなった。
ずっと、みんな笑顔だった。


…幸せだなぁ…


明日は何をしよう。
クラスの友達に教えてあげようか。
他の二人も今頃親に伝えてるかな。
プロデューサーも、きっと凄く喜んでるだろうな。


目覚ましのアラームをいつもより少し早くセットし、私は興奮冷めやらぬ脳と心を押さえつけて眼を閉じた。








ピッ、ピッ、ピッ


…現実に引き戻された。
景色は病室、私の気分は最悪。
はぁー…っと大きな溜息と共に身体を起こす。
さっさとまた夢の世界に戻ろう。
そう思って眼を閉じても、ばっちり睡眠時間を確保した私の身体は当然ながら寝ようとはしてくれない。


はやく夜にならないかな…


時間は限られていると言うのに、そんな事を考えてしまう。
だって、夢の世界の方が現実より何倍も幸せだから。
電子音しか聞こえず、医療器具に囲まれて過ごすなんて。


凛と奈緒と、それからプロデューサーがいて。
私は元気で、お母さんもお父さんも笑顔で。
そっちの方が良いに決まっている。


重い身体で検査を受け、少し病院内をフラフラと歩いて時間を消費。
そしてまた、夜が来た。


さて…と。
また、見られるといいな。








スマートフォンからのアラーム。
よし、オーケー。


パパッと飛び起き、制服に着替えて支度を終える。
幸せな時間なのだから、楽しく過ごさないと。
折角神様がくれたチャンスなんだから、最大限有効活用しないと。


高校のクラスメイトにCDデビューを伝えてみると、HRが潰れた。
先生も、みんなも心から祝ってくれた。
またしても私は有頂天。
仲の良い友達からは何処のか分からないポイントカードをプレゼントされた。
流石に遠慮したけれど、やっぱり嬉しい。


放課後はまた、凛と奈緒と遊びに行った。
ボウリングして腕が筋肉痛になり。
ウィンドウショッピングして財布を覗いて哀しくなり。
ファーストフード店でポテトを囲む。


ついでにケチャップを頬につけた奈緒の写真をプロデューサーに送る。
ポテトなんか食ってんじゃねぇ!(文章は丁寧だったけど大体こんな意味)と言う返事が返ってきた為既読無視しておいた。
こっちの私は体調も絶好調だしそんな心配しなくていいのに。
太る心配もあのトレーナーのレッスンを受けている限りありえないのに。


喋ってると時間なんてあっという間。
既に外は真っ暗で、二人と別れて私は家に戻る。
眠る前に、プロデューサーに三人で遊んだ画像を送った。
直ぐに返事が戻ってくる。
それから数十分他愛のない会話(説教含む)を交わして、時間を見ればもう23時半になっていた。


おやすみ、また明日。
そんなやり取りがとても嬉しい。


また明日ね。


そう送って、私はアラームをセットし眼を閉じる。
また明日。
そんな当たり前のやりとり。
それだけでこんなに嬉しい。


明日、まだここに居られるといいな。





最近神様は随分と私に優しい。
翌日も、その翌日も。
私は夢から覚める事がなかった。
その分しんどい時間だったけれど。


レッスン、レッスン、打ち合わせ、レッスン。
記憶の大半がレッスンだったし、疲労の全部がダンスレッスンだと思う。
私達のデビュー曲を、ひたすら聞き込んで歌って踊って。
なんとかお互い支え合って、頑張ってこなしてきた。
ポテトなんて食べる気力もなかった。


プロデューサーもひたすらディスプレイに向かって難しい顔をしていた。
多分私達以上に忙しいのだろう。
それでも部屋へ戻ると笑顔で迎えてくれる。
話を振るとちゃんと手を止めて応えてくれる。
それだけで、疲れが吹き飛ぶ様な気がした。
やっぱり気がしただけだった。


疲れ切って泥の様に布団に沈み込む。
一瞬にして、私の意識は消え去った。








ピッ、ピッ、ピッ


おはよう、現実の世界。
少し休めるからありがたいよ。
戻りたくなかったけど。


ゆっくりと食事をとり、ダンスの振り付けを思い出す。
今の私にはダンスなんて無理だけれど、脳内で復習することなら出来る。
検査の時間も、歌詞の意味を噛み砕いて脳に叩き込んだ。
夢の世界の事を現実の世界でこんなに一生懸命考えるなんて、なんとも不思議な気持ちになった。


歌詞を一度文字に起こし、口ずさんでみる。
死ぬ程のレッスンのおかげで、一字一句間違えずに暗唱できた。
多分音程も完璧。
そして私が担当するサビの歌詞、未来。
ほんと、どうなるんだろうな…








また、踊って歌って踊って踊る日々。
今度は、前回よりも長い日数夢をみた。


着実にみんな、上達している。
もう眼を閉じていてもぶつからずに踊れるくらいには上手くなったと思う。
歌だって耳元で他の曲を流しながらでも完璧に歌い切る自信がある。
プロデューサーの反応もかなり良かった。


家に帰れば、お疲れさまとお母さんが出迎えてくれる。
夜中に部屋で練習していれば、お父さんがこっそりコーヒーとお菓子を持ってきてくれる。
家族と奈緒と凛と、それからプロデューサー。
みんなに支えられて、私はここまできた。


そしていよいよ収録を翌日に控えた夜。
寝る前もなんども曲を聴いて、口ずさんで。
絶対寝坊しない様にアラームをかけて眼を閉じて。


久しぶりに、私は現実に引き戻された。









…はぁ。
明日ついに私達のデビュー曲の収録なんだけど?
なんてそんな事を誰かに言ったところで、私の入院理由が一つ増えるだけになる。


それにしても、と。
私は落ち着いて考えた。


だんだん、夢の世界にいる時間が長くなっている。
いっその事、ずっと夢から覚めなければいいのに。
その方が私は幸せだし。
この現実の世界は、私に冷た過ぎるし。


取り敢えず病院の庭で歌ってみる。
肺活量も復帰もないから、夢の私みたいには歌えないけれど。
それでも最後まで、通して歌う。


まだ誰にも聞いてもらえないけれど。
それでもいつか、沢山の人に聞いてもらいたいから。
そしていつか、あのテレビのアイドルの様に。
ステージに立って、沢山の人を笑顔にしたいから。


歌い切った後、私は既に疲れ切っていた。
まずいまずい、明日は収録だ。
しっかり休んでおかないと。
万全のコンディションで挑まなければ。


ゆっくりと歩いて自室へ戻り、疲れた身体を横にする。
現実の私は自分が思っている以上に体力がない。
アッサリと意識は薄れていった。









「ふぅ…お疲れ様」


「お疲れ様」


収録が終わった。
燃え尽きて、もう物凄く疲れた。
ほんとうはプロデューサー含め四人で打ち上げに行きたいところだけどそんな気力は残っていない。
出来に関しては、私的には完璧と言いたい。
間違いなく今までで最高になっている。


ほか二人を見れば、良い感じに顔から疲れが伺える。
ここ数日の分が一気に来たんだろう。
シャワー浴びて寝たいと目が語っていた。


その日は一旦わかれ、お母さんにただいますら言えずシャワーを浴びて布団に転がる。
あー…あとは発売が…ダメだ、疲れて頭が回らない。
一回寝よう、明日みんなに連絡すればいいや。


眼を閉じれば、一瞬にして夢の世界へと落ちた。






「じゃ、お疲れ様でした!」


「「かんぱ~い!」」


翌日の昼、ようやく疲れの取れた全員が事務所のカフェで集まった。
未成年だからビールじゃないけど、各々大きなグラスを掲げて笑いあう。


「いやぁ、あとは発売を待つだけだな!」


昨日の分まではしゃぐと言わんばかりに、奈緒のテンションは高い。
凛もプロデューサーも、当然私もだけれど。
テーブルのポテトやポッキーを摘みながら、ワイワイと騒ぐ。
周りの人達も分かっている為、何も言ってこない。
それどころかおめでとうと声を掛けてくれる人までいる。


「それにしても…ほんとにありがとね、プロデューサー」


「頑張ったのはお前達だからな。俺はサポートしただけだよ」


珍しく私と凛から直接素直に感謝され、少し恥ずかしくなったのか笑って流すプロデューサー。


ほんと、ありがとう。
こんなに幸せを感じられるなんて、思わなかったよ。


その後はひたすら騒いで、ちょっと店員さんに怒られた。
時間もいいかんじだったので、解散となる。
まだまだ喋りたりないけど、また明日会えるしいっか。
プロデューサーはまだ今日やるべき事が少し残っているらしく、事務所へ戻って行く。


「こんどはさ、ステージに立って歌えるんだよね」


「そうだな…あたし達も頑張らないと」


そう言って別れる。
さて、明日もまた頑張らないと。








それからどんどんと、私が夢から覚める頻度が減っていった。
一週間に一度、十日に一度、一ヶ月に一度、と。
その間にも、私達は少しずつだけれどどんどん有名になっていく。
小さいけれどライブもやったし、テレビに出る回数も増えて。
ラジオやイベントにも参加して。


幸せな日常を送っているうちに、私はふと思った。


もしかして、こっちが現実なんじゃないかな…
病室のベッドで寝ている方が、夢なんじゃないかな…
だって現にどんどん、病室で独りぼっちで居る夢を見なくなってきてるんだし。


その思いは、さらにどんどん大きくなってゆく。
ついには二ヶ月、三ヶ月と経っても病室の夢を見なくなった頃には、もはや殆ど忘れていた。
時折ふっと病室で過ごす夢を思い出す事はあっても、直ぐに忘れて幸せな現実の事を考えていた。


今がとても楽しい。
昔からの夢だった、憧れだったアイドルになれて嬉しい。
なんでアイドルに憧れたのかは思い出せないけれど、現に成れているんだから問題は無い。


アイドルとして歌って踊って。
学校の友達と放課後に騒いで。
凛と奈緒ともっともっと仲良くなって。
プロデューサーやアイドルのみんなと、クリスマスに騒いで。


そんな日々に変化が訪れたのは、春を回った頃だった。









夢を見た。


私は独りで、病室で寝ていた。
聞こえるのは無機質な電子音と遠くからの足音だけ。
陽の射さない寂しい空間。


そんな場所に、私は居た。


そういえば、この夢をみるのは随分久しぶりだなぁ。
ちょっと疲れてるのかも。
毎日が充実し過ぎてて、休むの忘れてたし。


なんとなくフワフワした気持ちで横になっていると医者が入ってきて、私を軽く検査して戻って行く。
親が入ってきて軽い食事をとる。
それを私は、何も考えずに見ていた。






ピピピピピッ、ピピピピピッ


アラームに起こされ、ゆっくりと身体を起こした。
なにか夢を見ていた様な気がするけど思い出せない。
まぁ夢だしいいか、とのんびり着替えて事務所へ向かう。


同じ部署の仲間も増え、色んな人が出入りする様になった部屋の扉を開ける。
キーボードを叩くプロデューサーの周りには小学生アイドルのちびっ子達が騒がしくはしゃいでいた。
今日も人気者だねプロデューサー、コーヒーに塩入れてあげよ。


半年後には事務所の全アイドルを挙げて行うコンサートへ向け、プロデューサー各位はとても忙しいらしい。
それはわかってるけど、もう少し休んでほしいな。
ここの所ずっとずーっとディスプレイとにらめっこしてるし。
視線を少し横にずらせば私が立っているのに、それにすら未だに気付かないし。


「…おはよう、プロデューサー」.


「お、おはよう加蓮。悪いんだけど俺の周りのちびっこお姫様達をちょっと向こうに連れてってくれるか?」


「私は従者じゃないんだけど?しょうがないなぁ…みんな、あっちにプロデューサーが隠しておいたバームクーヘンがあるよ」


あ…と言う表情のプロデューサーを置いて、みんな戸棚へと向かって行った。
その中に高校生である筈のアイドルの姿もあったけれど楽しそうだし大丈夫だろう。
…ダイエットはどうしたんだろ?


「じゃ、私はもう行くから」


「送れなくて悪いな。移動費の領収書はちひろさんに渡しておいてくれ」


仕事前に少しプロデューサーと会話し、現場へと向かう。
前は何時でも送ってくれたのに…ま、人数も増えたししょうがないか。







また、病室の夢を見た。


またか…疲れてるんだろうなぁ。
この夢、やたらリアルなんだよね。
はやく覚めて欲しいんだけど、どうやったら夢から抜け出せるんだろ。


結論として夢から覚める為には寝れば良いと思い再び眼を閉じるがなかなか寝付けない。
仕方が無いからいつも通り検査を受け、空いてもいないお腹に食事を送り込む。
やたらと身体が重いからそれすらもしんどいけれど。


ようやく夜になると、そそくさと私は布団にもぐる。
さて、夢から覚めたらどうしようかな。
明日は特に撮影は入ってなかったと思うし、久しぶりに凛か奈緒でも誘って…





ピッ、ピッ、ピッ


目が覚めた。
けれど、私はまだ病室にいた。


あれ?まだ夢から覚めてない?


随分と長い夢になるけれど、そんな時もあるだろう。
夢が二本立てだった時もあるし。
うーん、それにしても夢の世界は随分動き辛いな。


重い身体を引きずって前の夢と同じ通りに検査を受け、食事をとる。
夜になり、私は直ぐに眼を閉じた。
早く覚めてくれないかな…
咳き込んでなかなか寝付けなかったけれど、気付けば意識は朦朧としていった。










「おはよう、加蓮。あれ?今日って特に何も入ってなかったよな?」


「家に居てもやる事なくてね。それとも来ちゃ迷惑だった?」


「いや、ちょうどよかった。少し話があってな」


最近にしては珍しくプロデューサー以外誰も居なかった部屋で、パソコンを挟んで言葉を交わす。
そう言えば、一対一で話をするのも久し振りな気がした。
静かな事務所も久し振り。


「…最近、うちの部署の人数も結構増えただろ?」


「毎日騒がしいよね。私は好きだけど」


「最初は加蓮と凛と奈緒の三人と、二人三脚ならぬ四人五脚で進んでこれたのに今ではそれが難しくて


「不満がない訳じゃ無い。けど、プロデューサーが貴方だからこそ私は頑張ってこれたんだ。今だってそう。だから、大丈夫だよ」


謝らなくて、って。
そんな意味も含めて、プロデューサーの言葉を遮った。


湿っぽい空気は好きじゃない。
どうせなら私は笑っていたいし。
どうせなら、プロデューサーにも笑っていて欲しい。


「ありがとな、加蓮」


「うん、謝罪より感謝だよ。私が聞きたいのも、私が伝えたいのも」


そして、それよりも伝えたい私の想いは。
今は、伝える時じゃない。


その後は、次々とアイドル達が戻ってきて騒がしい何時もの事務所となった。







ピッ、ピッ、ピッ


そして、私がこの夢を見る頻度も増えていった。
夢の長さも、同様に。


…違うよね、うん。
理解したくなかったけれど、思い出したくなかったけれど。
こっちが、本当の私の世界なんだ。


どんどん動かなくなっていく身体。
咳き込んでそもそも眠る事すら出来ない。
食事すら満足にとれないし、そもそも食欲が湧かない。


親以外に誰もお見舞いに来ない。
歌う事も、踊る事も出来ない。
プロデューサーも、居ない。


そんな寂しい世界が、現実だった。


眠っても、あの夢を見れない夜が増えていく。
それでもまた、みんなに会える日がくる。
きっと…









一週間に一回、一ケ月に一回と。
どんどん夢を見る日が消えていく。
少しずつ、夢の世界の記憶が薄れていく。
カレンダーを見れば、もう直ぐ一年経とうとしていた。


結局今夜も、ダメだったな。
そろそろ、苦しいな。
みんなに、会いたいな…


…神様、どうか。
最後に、あの人に。


私の、気持ちを…














結局その少女の願いが叶う事はありませんでした、ちゃんちゃん。


…あれ、反応がよくないな…
なんかただの後味が悪い話になっちゃったね。
うーん、どうせならそのまま夢の世界から抜け出せなくなりましたとかの方が良かったかな?


でも怖いと思わない?
中国にたしかこんな感じの話があった気がするけど、どうだったかな。
次があったらしっかり話を練ってからにするよ。
難しいね、こう言うの。


さて、結構長々と話しちゃってもう時間も遅いし帰ろ。
外、涼しいといいなぁ。
じゃあね、みんな。


プロデューサーも、お疲れ様。
働いてばっかりだと体調崩しちゃうから気を付けてね。
え、さっきの話?
どう?結構創作力あると思わない?


…プロデューサー。
ふふっなんでもないよ!
じゃあね、さよなら。



加蓮あんたんしたと思ったら夢でした。
もしかしたら爆死したこの世界が夢かもしれませんね、はい、なんでもありません。
お付き合い下さった方々、ありがとうございました

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