梨子「バームクーヘン」 (19)

五話でよしりこが見られるのを期待して初SS

短編です。

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善子「私にも翼があったらいいのに・・・」
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デートの帰り道。

バス停の近くにある小さな港で、夕焼けを二人で見ているとき。

私の隣でよっちゃんがポツリと呟きました。
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梨子「急にどうしたの?」
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善子「別に深い意味は無いわ」

よっちゃんが少し視線を逸らします。

その先には、夕日に染まった波間の上に、一匹のカモメがゆったりと飛んでいました。

善子「あそこで呑気に飛んでるカモメを見てたら、いいなって思ったの」

梨子「確かに気持ち良さそうに飛んでるね」

今の季節、この時間帯になると海から涼しい風が吹いてきて、昼間の厳しい暑さを忘れさせてくれます。

あのカモメも食事の合間にちょっと一息つきながら、風に吹かれて綺麗な夕日を見ているのかな?

善子「実はね、リリー。私にも昔は漆黒の翼があったの」

思わせぶりな口調でよっちゃんが語り始めました。

善子「けれど、美しさのあまりに私は神の怒りに触れ、ゼウスの雷に焼かれてしまって・・・」

こうなると話しがどんどん横道にズレていってしまうのが、いつものパターン。

梨子「そう・・・明日も暑くなりそうでやだな」

よっちゃんの話は長くなるとキリが無いので、相槌を打って適当に話を切り上げます。

善子「ちょっと! もう少し興味持ちなさいよ」

梨子「ふふっ。ごめんなさい」

頬を膨らませて、よっちゃんは私に抗議してきます。

機嫌を損ねないように、私がその頭をポンポンとしてあげると、よっちゃんは恥ずかしそうに俯きました。

善子「もう、リリーったら・・・」

梨子「翼があったら、よっちゃんは何がしたい?」

善子「そうねぇ・・・」

顔を上げてから、顎に手を当てて、よっちゃんはシンキングタイムに入ります。

夕日に照らされた横顔は凄く大人びていて。

真面目な顔をしているよっちゃんを見る度にいつもドキドキしちゃいます。

善子「うーん・・・自由に飛び回ったり、限界までスピードを出したり・・・普通じゃ行くことのできない場所にも行きたいし・・・やりたい事が沢山ありすぎるわね」

梨子「夢が大きいね」

善子「まぁ、翼があって空を飛べるってだけで素晴らしい事だわ。普通の人間やリトルデーモンじゃ空は飛べないもの」

よっちゃんのその言葉で、有名なロックバンドの曲の歌詞にこんな一節があったのを思い出します。

『僕らは空を飛べないカタチ。ダラダラ歩くカタチ』

確かに私たちはあのカモメと違って、自由に空を飛ぶことは出来ません。

善子「翼を持ったこの世界で唯一無二の存在であるヨハネ・・・ふふっ、とっても素敵ね」

目立つ事が大好きなよっちゃんが微笑みます。

もしも、本当によっちゃんに翼があったら・・・

翼を持っていない私は頭の中でイメージを羽ばたかせます。

まずはその美しい翼を自慢げに見せてくれて。

それから、思う存分、空を自由に飛び回って。

その喜びを誇らしげに話してくれて。

その時のよっちゃんは本当に幸せそうな表情をしていることでしょう。
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けれど。

翼を持ったよっちゃんはそのうちに、新しい世界に魅かれて。

退屈な日常から・・・私達の場所から離れて行ってしまうと思います。

普通の世界から飛び立って。

音速の壁を越えて、どこまでも速く、どこまでも遠く、どこまで高く。

誰にも届かないところまで、たった一人で・・・

善子「どうしたのリリー? 怖い顔になってるけど?」

よっちゃんの声で私は我に返りました。

梨子「ごめん。ちょっと、考え事してただけ」

少し気まずくなって私は海に視線を戻します。

いつの間にかカモメは居なくなっていて、穏やかな海がひろがっていました。

善子「リリーは自分に翼があったらとか考えたことない?」

梨子「私は・・・別になくてもいいかな」

実を言うと、少し前までは私も翼が欲しいと考えていた時がありました。

翼があったら嫌なことからすぐに逃げ出せるのに。

慣れない土地に転校しても何かあったらすぐに戻れるのに、と。

でも、今は違います。

今は何もかもがとっても楽しくて。

毎日がキラキラと輝いていて。

どこかに逃げる必要なんてないから。

梨子「翼が無くても、絵を描く事やピアノを弾く事。みんなでスクールアイドルをする事は出来るから」

人間はカモメみたいに自由に空は飛べません。

けれど、ひらめきと勇気をカタチにして、月までロケットを飛ばす事は出来ました。

それだって、特別で素晴らしい事ですよね。

梨子「空を飛ぼうと思えば飛行機だってあるし、いざとなればロケットに乗って宇宙にだって行けるんだから」

善子「それはそうだけど」

梨子「それに私はこの両手の方が好きだよ」

私は不意打ちでよっちゃんの小さな手のひらを取ります。

よっちゃんがどこかに飛び立って行かないように。

少しだけ力を込めて。

梨子「こうして、よっちゃんと手を繋げるから・・・」

すぐによっちゃんの顔が真っ赤になりました。

善子「は、恥ずかしいこと言わないの!!」

梨子「ふふっ、偶にはいいでしょ?」

気が付くと、夕日が海に沈もうとしていました。

そろそろ行かないと、二人とも門限に間に合いません。

梨子「行こっか。バスの時間もあるし」

善子「そうね。あっ、ちょっとコンビニに寄って行っていい? 黒曜石の雫が飲みたいわ」

梨子「アイスコーヒーが飲みたいの? そういえば、スイーツコーナーにある新発売のバームクーヘンが美味しいって千歌ちゃんが言ってたっけ」

善子「あら? 私に供物を捧げてくれるなんてリリーは優しいわね」

梨子「この間の練習の帰りによっちゃんにジュース代貸したの返してもらってないんだけど?」

善子「そ、そうだったかしら?」

冗談を言って、笑いあいながら。

手を繋いだまま、私達はダラダラと歩いていきます。

私とよっちゃんは一緒のカタチ。

夢を現実に変えていくカタチ。

私はよっちゃんとお揃いの今のカタチが大好きです。

多分、これからもずっと・・・

〈おしまい〉

ヨハネ回、楽しみですね

ハイロウズのバームクーヘンは名盤なので、沢山の人に聞いて欲しいです

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