佐藤心「はぁとが入れる」 (15)
佐藤心さんのSSです。
地の文。
はぁとがシリーズ番外編。前作読む必要なし
今回はプロデューサー目線なので雰囲気が少し異なるかもしれません。
よろしくお願いします
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仕事の書類が区切りのいいところまで進んだので僕はふぅと息をついた。
事務所には僕しかいないらしく、クーラーの音とパソコンの音しか聞こえてこない。
そういえば、ちひろさんが「少し買い出しに行ってくる」と言っていたな
30分ほど前のやりとりを思い出しながら、コーヒーでも入れようかと僕は席を立った。
始めて飲んだのは中学生くらいの頃だったか、
母と一緒に入った喫茶店で、「こんな苦いものは飲み物ではない」と僕は言った。
そんな僕を見て、母は「コーヒーのよさがわかったら大人の証」と笑った。
それからも僕はコーヒーに挑戦を続けた。
コーヒーを飲めたら大人。コーヒーを飲めたらかっこいい。
最初は砂糖やミルクをたっぷりと入れ、徐々に量を減らしていった。
気がついたら、いや気づかぬうちにというべきか、
僕はコーヒーを飲めるようになっていた。
眠いからコーヒー。宴会でのとりあえず生、と同じ感覚で、とりあえずコーヒー。
時がたつにつれ、飲む機会も増えていったが、別段、コーヒーを好きと感じたことはなかった。
やかんにお湯を入れ、熱を加える。
僕も大人になったなぁとしみじみ思いながらやかんを見ていると事務所の扉が開いた。
「おはようございまーす☆」
「おはようございますはぁとさん」
「あれ?プロデューサー、一人だけ?」
「そうなんですよ。ちひろさんは外出中で、他のアイドルのみなさんはレッスンだったり、
学校だったりです。はぁとさんはどうして?」
「あはは。オフなのにやることなくてさ。来ちゃった☆」
ばつの悪そうにはぁとさんは笑いながら、鞄をおき、僕の隣に着いた。
「なにつくってるの」
「コーヒーを入れようかと思いまして」
「なら、はぁとが入れてあげる☆ブラックだよね?」
「はい。じゃあお言葉に甘えてよろしくお願いします」
普段はスウィーティ―なキャラで売っているのに、
こういう気配りの上手さや相手の好みを覚えておく女性らしさというものをはぁとさんは備えている。
本当に魅力的な人だと感心しながら、僕は席に座った。
「お待たせしました。当店自慢のコーヒーでございます」
少ししてから、はぁとさんはウェイトレスを真似するように片手にトレイをのせコーヒーを運んできた。
「いただきます」
「召し上がれ☆」
はぁとさんはじっと僕を見ている。
そんな見ないでくださいよとコーヒーを入れてもらった本人に言えるわけもなく。
少し恥ずかしさを感じながら、僕はコーヒーを口に運んだ。
甘い。
缶コーヒーの甘さではなくて、ほんのりと甘いというか、まろやかな味。
良いコーヒーというものを飲んだ経験が少ないので、美味しいコーヒーの基準がわからないが、
僕にはこのコーヒーが格別に美味しく感じられた。
口の中にほのかな甘みを残したまま、僕は答えた。
「美味しいです」
「ほんと?よかった☆」
はぁとさんはほっと胸をなでおろし、にっこりと笑った。
「何か入れたんですか?」
「え?何も入れてないよ」
「いつも飲んでいるのより甘く感じたんですけど」
「んー特には……あ!さとう入れたよ」
何かを思いついた様子で、はぁとさんはそう答えた。
「砂糖ですか。店員さん。僕、ブラックを注文したんですけど」
「ブラックですよ。ただしさとうは入っています♪」
はぁとさんは得意げだ。
砂糖……さとう……佐藤。
そういうことか。得意げなはぁとさんに、僕も得意げになってやり返す。
「わかりました。さとうは入っているんですね」
「はい♪」
「じゃあ、はぁとは入っているんですか?」
「え!?」
さっきまで得意げだったはぁとさんの顔がどんどん赤くなっていく。
「その……それは……企業秘密でして」
「企業秘密ですか」
「はい。……プロデューサーのばか!もうしらない!」
真っ赤になったはぁとさんはトレイを持って逃げていく。
その様子を見ながら、僕はカップに手をのばす。
甘い。
口当たりもよく、優しい味がする。
母の言葉が頭に浮かんだ。
これが大人か。想像よりも甘く、温かい。
今度、はぁとさんに甘いものでも買っていこう。
ふてくされながら、ソファで雑誌を読んでいる彼女に僕は思いを寄せる。
天真爛漫ながら奥ゆかしさも兼ね備えた、素敵な彼女。
甘いものを用意して、コーヒーは僕が入れよう。
はぁとを入れて丁寧に。
以上です。
さとうとはぁとの下りがやりたかった。
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