藤居朋「あたしの道標」 (50)



悪い夢を見た。

アイドルを辞める夢だ。

そして目が覚めた。


壁の時計は、まだ早朝とも呼べない時間を指している。




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“夜に見る夢の良し悪しは、前日の運勢と当日の運勢、どっちで決まるのかな”

なんてくだらないことを考えながら、また瞼を閉じる。


人間は、自分の想定の外側にある物事に対して驚く生き物だ。

『アイドルを辞める』という内容にもかかわらず、また、それを悪い夢だとは認識しつつも、眠りに向かう彼女 ――藤居朋―― は思いの外、落ち着いていた。

まだ、“アイドル”というモノへの実感が薄いのかもしれない。



「ふわぁぁ~……」

「……って! も、もうこんな時間!? い、急がなきゃ!」ピッ

想定よりも遅く起きてしまったらしい彼女が、ベッドから跳ね上がって最初に手に取ったのはテレビのリモコン。

「まあ占いは見れそうだ……し……」

朝の星座占いを見ることを日課としている彼女だが、残念ながら、自身の星座を司るカニのキュートなキャラクターは、『12位』という文字の横でうなだれていた。

「はぁぁ~……」

欠伸に寝坊にため息に、なんとも忙しい朝となってしまった。

明らかに暗い顔で、部屋を後にする。



「お、おはよー……」

「あ、朋、おはよ……って、なんか疲れてる?」

挨拶と同時に事務所のドアを開けた朋。そんな彼女に返答をしたのは、この日、レッスンを共にする予定の杉坂海だ。

「聞いてよ~、それがさ? 今朝、寝坊しちゃって!」

「ふ~ん? 夜更かしでもした?」

「そういうわけじゃないんだけどな~? しかも、朝の占い、蟹座が最下位だったの! もう最悪よ!」

「最悪って……ウチも蟹座なんだけど」

「あれ? そうだっけ?」

「ま、ウチは占いとか気にしないタイプだし、なんでもいいけどね。早くしないとレッスン遅れるよ?」

「あ、ごめんごめん! すぐ支度する!」



海は、朋とほぼ同時期にアイドルになった、いわば同期と呼ぶべき存在だ。他には、井村雪菜というアイドルも同期である。

とは言っても、まだアイドルになってからさほどの時間は経っておらず、毎日レッスンや小さな仕事をいくつかこなすだけの日々ではあるが。


「あ~~! 疲れた~!」

レッスンを終えてくたびれた表情を浮かべる朋。その横では海が涼しい顔で立っている。

「なんかトレーナーさん、あたしにだけ厳しくなかった!?」

「いや、今日の朋、けっこう動き悪かったからね。当然だって」

「うぅ~。寝坊して走って来たから、疲れてたのよ……」



「……」

「あれ? どうかした?」

「朋ってさ……」

「?」

「その日の占いの結果で、露骨にレッスンとか、仕事の出来が変わるよね」

「あ~! それ、プロデューサーにも言われた!」

「やっぱり……」

「いやいや、でもさ? その日の運勢が悪かったら、“失敗する”って思っちゃって全然思い通りの動きにならないの! わからないかな~?」

「ウチにはわからないかなー」

「あれー?」



軽い調子でのやり取りであったが、朋自身としても、気になっている事であった。
どうしても、その日の運勢、つまり占いの結果が頭をよぎってしまう。

良い結果だった時は思い切った動きができる。
レッスンも、仕事も、自画自賛ではあるが完璧にこなせるほどに。

だがその反対の場合。
どうしても体が自由に動いてくれない。普段は考えもしないリスクが、ここぞとばかりに頭に浮かんできてしまう。

“ならば占いを見なければよいのでは?”と言われるが、幼い頃から占いと過ごしてきた朋には無理な相談だろう。

結局、朝の占いに振り回される日々が続いていった。



多少、調子にムラはあったものの、朋は少しづつ、アイドルとしての階段を上がっていった。

そんなある時、大きな仕事が入ってきた。なんとテレビに出演できるというのだ。
短い1コーナーのロケではあるが、朋にとっては今までにないほどの大舞台。
期待と不安と緊張で、前日はいつもより早くベッドに潜り込んでいた。


はずだったのだが。



ピピピピ ピピピピ

「うぅ~ん? …………」

「……えぇ!? や、やばっ!? 遅れちゃう!」

誤解のないように言っておくが、彼女はそこまで頻繁に寝坊をする人間ではない。
それほど、この日が彼女に与える影響は大きかった。ということである。

「占い……も見てる時間ないし!!」

これが無声映画だとしても、耳に『ドタバタ』という音が飛び込んできそうなほど、慌ただしい朝の支度を整えて。

「い、行ってきますっ!」

朋は事務所に向けて出発した。



(コンビニ……も寄ってられないわ……!)

この日は毎週買っている占い雑誌の発売日であったが、とても買う時間はなさそうだ。

(帰りに買おう……)タッタッタッ

残念に思う気持ちを抑えて、コンビニの横を通りすぎる。



結局、事務所に到着したのは、出発予定時間の直前。
すぐにプロデューサーは、車を用意するため外に出て行った。

自分も行こうかとソファを立った時、事務所に入ってきたのは井村雪菜だった。

「あ! 雪菜ちゃん! あたしお仕事行ってく……る……、そ、それ!?」

雪菜の手には、今朝、朋が買い損ねた占い雑誌が。

「あ、これぇ? いつも朋ちゃんが買ってるからぁ、たまには私も買おうかなぁって……」

「か、蟹座! 何位だった!?」

「えぇ!? ど、どうしたのぉ!?」

「いいから! お願い!」

「え、えっとぉ……」パラパラ

「……」ドキドキ



(あ! そうだぁ!)

星座占いの結果を見た雪菜が、いたずらっぽい笑みを浮かべる。

「1位だってぇ! すごいねぇ!」

「ほ、ほんと!? ありがと!」ダダダダ

「なぁんて、ホントは……って、あれぇ!? 朋ちゃん!? もう行っちゃったのぉ!?」


雪菜の声は、既に仕事に心が向かっている朋の耳には入らなかった。



結論から言うと、その日の朋の仕事は最高の出来であった。

与えられた役目はしっかりこなし、話を振られれば当意即妙の返しを見せ、さらに周囲のサポートまでこなす完璧な立ち回り。

スタッフとしても、次の出演をすぐに検討するレベルだったと言える。

(いやぁ~! やっぱり運勢が良いと違うわね! 雪菜ちゃんには感謝しなきゃ!)

収録後の控室で、手ごたえを噛みしめている朋。

事務所に戻るまで、顔が緩みっぱなしであったことは言うまでもないだろう。



さて、そうして事務所に戻って来た朋とプロデューサー。
時刻は夕方と呼ぶには少しだけ早いくらいか。
そのまま、プロデューサーは他のアイドルの送迎に向かい、部屋には朋1人となった。

ふと、机を見ると、今朝、雪菜が持っていた占い雑誌が。

「あれ? 雪菜ちゃん、忘れていっちゃったのかな……?」

手を伸ばそうとすると、雑誌の傍らに白いメモ用紙が置いてある。

「?」



手に取ると、そこには雪菜のカワイイ文字で

『ごめんなさい!』

と書かれていた。

小さな胸騒ぎを感じつつ、雑誌を開く。


『蟹座:12位』


「……あ、あれ?」



恐らく、雪菜は軽くからかう気持ちで、ウソの順位を教えたのだろう。
その訂正を聞かずに、自分は仕事に向かって行ってしまった。

いや、そんなことはどうでもいい。
雪菜に対して思うところもない。

しかし


『運勢は最悪だったにもかかわらず、仕事は最高の出来であった』


という現実に、向き合うことができなかった。



これが朋でなかったら。

「ああ、占いなんて気にせずに、自分のできることをやればいいんだ」

と、前向きになる転機となるだろう。


しかし

これまでずっと占いを信じてきた。

これまでずっと占いを信じて生きてきた。

そんな朋において、この出来事は。

自分の価値観を見失うほどの。



(あたしは……今日は……いい仕事ができたけど……)

(でも運勢は……)

(例えば雪菜ちゃんが最初から「12位」って言ってくれてたら……?)

(この結果になってた……?)



(運勢は……)

(占いは……)


「意味……ないのかな……」


ポツリと、口から言葉が零れる。

それはまるで、自分自身を否定するかのような。



「ただいま……あれ? 朋だけ?」

事務所に帰ってきたのは海。

「……大丈夫? 顔色悪いけど」

「あ……、海ちゃん……」

「……どうかしたの?」

「え? な、なんでもないわよ……?」

「……その顔でよく言うよ」

「う……」

「ほら、話してみな?」

「えっと……」




朋が、少しずつ、言葉を紡ぐ。

海は、時折、相槌をはさみながら話を聞く。



――――――――――

「あー……なるほどね……」

「……うん」

「まあ、悩むのもわかるけど……」

「ごめんね……?」

「あ、いやいや、ウチはそういうことを言いたいわけじゃなくって!」

「……」



海が返答に困っていることが、手に取るようにわかる。

自分はなんて面倒な人間なのだろう。と思いながら、俯くしかない。

海が、迷いながら口を開いた。


……少し、嫌な予感がする。



「で、でも、いい機会なんじゃないの?」

え?

「ほら! 朋はちゃんと実力があるんだからさ? 占いなんて気にしないで!」

ちょっとまって


「ね? 運勢なんて関係ないって!」


それ以上は




「――1回、占いから離れてみても――」




誰が悪い、というわけではない。

ただ少し、タイミングが悪かっただけ。

不安定な朋にかけるには、ほんの僅かに、不用意な言葉。



「やめて……」

「……え?」


「海ちゃんに……、海ちゃんに何がわかるの!!!」


「え……」

「あ……」



思わず、溢れてしまった言葉。

違う。

こんなことを言ってどうなるというのだ。

海は自分を励ましてくれたのに。

話を聞いてくれたのに。


なんて自分は勝手なんだろう。



占いをずっと信じてきた。

いつの間にか、そんな自分にくだらないプライドを持っていたらしい。


その結果がこれだ。

自分は道に迷い、そして目の前の友人を傷つけている。

優しい、優しい友人を。



「ごめん、あたし……帰るね」

「あ、朋……」

海の顔は見れなかった。
いや、自分の顔を見せたくなかった、という方が正確か。

いつの間にか外は暗くなっていた。




――――――――――


夢を見た。

小さい頃の自分がいる。

右手に持った虫眼鏡で、左の手のひらを熱心に見つめていた。

時折、指で線をなぞっては、意味も分からず笑っている。

とても、とても楽しそうだった。


――――――――――



この日はオフ。

いつもならテレビをつけて占いのコーナーを見る時間だが、昨日の海とのやり取りが頭から離れてくれない。
結局、久方ぶりに、テレビをつけない朝を過ごした。



「どうしよう……」

気分が上がらないのは仕方のないことだが、せっかくの休日であることは間違いない。
さて、どのように過ごそうかと思案していると、ふと思い浮かんだ。

「散歩でもしようかな」

特に目的はない。

それでも、少し、歩きたい気分だった。



道を歩くと、こんなに普通の道路だったのかと驚かされた。

というのも、これまで、運勢が少しでも良い日は、まるで世界が輝いているかのように過ごしていたのだが、
逆に、少しでも悪い日は、まるでこの世の終わりかのような雰囲気を感じていたからだ。


(あたしは、今まで何も見えてなかったのかな……?)



公園のそばを歩いていると、ベンチで数人の小学生が、一冊のマンガ雑誌を読んでいた。
どうやら、占いのコーナーを見ているらしい。


「お前。最下位だってよー!」

「えー! マジ!? じゃあラッキーアイテムは!?」

「えっと、サッカーボールだって!」

「お! じゃあみんなでサッカーしようぜ!」

「いいね!」

「また後で集合な!」

「「「おっけー!!!」」」


そう言って、少年たちは去っていった。ボールを取りに行ったのだろうか。



(……)

(あたしも、昔はあんな感じだったな……)

思い出すのは過去の自分。

(1位だったら嬉しくって。でも最下位でも、ラッキーアイテムとかラッキーカラーとかを探し回って……)

(楽しかったな……占いを見るの……)



いつの間に、忘れてしまっていたのだろうか。

あんなに楽しんでいたのに。

いつの間に、悪い結果を恐れるようになってしまっていたのだろうか。

それを覆そうと頑張る時間が楽しかったのに。



ようやく、思い出した。


占いは目的ではない。幸せになるための手段であり、道標にすぎない。


少なくとも、悪い結果が出たからといって、即座に道が途切れるものでは決してない。


(昔のあたしに見せたら、笑われちゃいそうね)


自嘲の混じる笑みとは裏腹に、朋の顔は明るかった。



――――――――――

翌日、レッスン前、少し早めに事務所に行くと、海が既に座っていた。
少し顔色がよくない。

(あたしのせいね……)

そう思いながら話しかける


「海ちゃん」

「えぇ!? あ、と、朋……! こ、この前は」

「海ちゃんってさ、占い、信じる?」

謝罪に続くであろう海のセリフを遮り、朋が続ける。

「……え?」

「あ、気を遣わなくても大丈夫だからね」

「え……っと……、良い時は信じる……くらいだけど」

「うんうん」



「あたしね、忘れてたの」

「え?」

「占いってね、どんなに結果が悪くても、絶対にフォローをしてくれるの。“〇〇を身に着けよう”とか“〇〇な人と一緒にいるといいかも”みたいに」

「……」

「なのにあたしは、順位ばっかり見てた。本当は、そこからどうするかが大切なのに」

「この前のあたしも同じ。海ちゃんはあたしの“これから”について話してくれてたのにさ」

「朋……」



「海ちゃん。ごめんね。それと、ありがとう」

「う、ウチも! ごめん! 何も知らなかった……の……に……」

「ええ……!? な、泣いてるの……!?」

「う、うるさいっ! ウチがどんな気持ちで……昨日を……!」

「やっぱり……海ちゃんは優しいわね」

「ばかっ!」

「こんにちはぁ……って、う、海ちゃん、泣いてるのぉ!? 朋ちゃん、なにしたのかなぁ……!?」

「わ! 雪菜ちゃん! ちちち違うのよ! っていうか、もともとは雪菜ちゃんのウソから始まってるし!」

「あ! そうだ! あの時はごめんねぇ……! すぐネタばらししようと思ってたんだけど……」

「う、ううん! もう大丈夫! おかげでいろいろ吹っ切れたし!」

「それならよかったぁ……」

「って朋! 雪菜! じ、時間! そろそろレッスン行かなきゃ!」

「え、もう!? じゃ、行こっか!」

「はぁい!」

「うん!」



――――――――――

良い夢を見た。

アイドルとして、海と、雪菜と大活躍する夢だ。


人間は、自分の想定の外側にある物事に対して驚く生き物だ。


少し前までは、『アイドルを辞める』ということすら想定内であった彼女だが、
今や、アイドルとしての成功を視野に入れている。



「ふあぁ……」

(今日は時間に余裕があるわね……)

テレビのリモコンを手に取り、いつもの番組を画面に映す。

今日のカニのキャラクターは、良くも悪くも……という場所で笑っていた。

「よしっ! 今日も頑張ろっと!」

しかし、今の朋に順位など関係ない。

明るい表情で支度を終え、軽い足取りで玄関を開けた。


「いってきますっ!」



今日も世界は輝いている。




おわり





ふじともちゃん、誕生日おめでとうございます

普段は苦労人事務所のエースとして、胃を痛めさせちゃっててごめんなさい
どうかこれからもよろしくお願いします

もちろん、この事務所は苦労人事務所ではありません




過去作


智絵里「Lack Luckの」ほたる「お仕事」朋「一日警察署長!」

神谷奈緒「梅雨でも常務は憎めない」

橘ありす「ニュースキャスターフレデリカ?」

渋谷凛「卯月の弱点を」本田未央「探したい?」



などもよろしくお願いします



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