モバP「11秒毎、しばらく/少しの間」 (25)
桃華「新しいカタログが届きましたわ!」
実に力強い声と共に我が事務所の誇るアイドルが扉を開け放った。
その手には今日刷新と聞いていたショップカタログ。
いつになく目を輝かせる彼女はあらはしたないと呟いて、扉を閉める。
P「大興奮じゃないかお姫様。何かお気に召すものは御座いましたか」
桃華「ええ、ええ、Pちゃま。こちらのページをご覧あそばせ」
突きつけられた新製品の紹介ページは実にエレガントな佇まいを見せていた。
何せ全てがエレガント。目に付く家具全てにエレガントの形容を冠するエレガントフェアだ。
ちらりと見える片隅には薔薇の花壇にアーチにリース。
彼女の好みを狙い済ましたようなラインナップで、それらを目にしてすぐさま部屋に駆け込んだことは想像に難くない。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1465574163
P「そろそろって話だったもんな。欲しいのがあればマルつけておいてくれ」
我が事務所では模様替えが長らくブームになっている。
部門ごとに部屋が一室割り当てられ、プロデューサーと担当アイドルは基本的にそこに詰める形になる。
逗留時間も自然と長くなり、となれば住環境の改善を行う者が現れるのは必然だった。
当初は飾り気のない事務机に椅子だけの部屋に担当アイドルのポスターや小物、アイドルの私物を持ち込む程度に留まっていたが、
いつからかソファなどの大物も持ち込まれる事が多くなり、それならばと事務所でまとめて購入・配送を行うことになったらしい。
伝聞系なのは、俺が部屋を与えられた時には既にそのシステムが採用されていたからで、事務机2つしかない部屋を仕事が出来る環境に整える事が俺の最初の仕事だった。
床や壁紙まで注文一つで思い通りに整える有様はさながら匠の技の如くだ。
閑話休題
もちろん模様替えに興味のない部署も多々あるが、
我が部署ではアイドルたちの予定が空いている時期を見計らって、定期的にみんなで模様替えを行うのが常になっている。
カタログを回して希望が多いものを採用するため多数決ではあるのだが、特に希望がない者は周りに合わせる事も多いため、
一人の強い希望で方針が決まることは珍しくはない。今回の俺もおそらくその類になるだろう。
桃華「もうつけてあります。みなさんが来たらご確認頂きますわ」
そう言って、ずいっとこちらにカタログを押し付けてくる。どうやら早く目を通せということらしい。
ソファに向かったお姫様を見送って、やれ渡されたカタログに目を通してみる。
エレガントな割にベッドに天蓋がついていなかったり、エレガントな割にアイドルが持ち込んだ私物のティーセットより安価なティーセットだったりするが、赤いマルはそれらの上でご機嫌に踊っていた。
エレガント代表のような彼女の基準には届かないような気もするが、なるほどどうして彼女のそれによく似ているティーセットに至ってはハナマルを通り越して最早サインの一筆目だ。
一先ずティーセットにマルをつけて、他の家具にも適当にマルを重ねていく。
大理石の床の五文字が目に入る。いつだか誰だか冗談で言っていたような気がしたが、薔薇の模様で誰の発言かを思い出した。なるほど彼女の発言であれば冗談ではなかったらしい。だが庶民の俺にはやはり冗談の領域だ。見過ごして次に。
その横で強く主張を重ねるスタンドグラスの文字もまた見送り、ページをめくる。
『前川みくのウェディングドレス』
P「コフッ」
意識が、少し、飛んだ。
モバP表記ですがデレステネタです。
真面目っぽいスレタイだけど担当アイドルを並べたら全員特技11秒だっただけのお話。
煽るどころか排出終わった後に抉ってくる千川さんマジちひろ。
続きますが書き溜めはない。多分台本になります。
留美さんは恒常だからね。まだ回せるね
3話程度詰め込んだ台本形式を3日程度で簡潔させるつもりでしたが机がなくなって方向を見失った
薄いドレスの色を見て、一月前を思い出す。
※※※
六月某日に行われる大規模なブライダルフェア。それの社内オーディションがアシスタントを通じて知らされた。
花嫁を前面に押し出す企画ということで、オーディションの話を聞くなりやる気を見せた前川みくを部署代表として送り出した。
審査員にも随分と好評だったようで、みくはその場で満場一致の合格を勝ち取り、企画の顔となることが決定した。
とても喜ばしい事だった。
翌日、辞令が来た。
前川みくの出向辞令だ。
今回のフェアは大規模な企画であり社としても失敗は許されない旨。
連日の大規模ライブを行い疲労しているだろう担当の身を案じる旨。
企画、役員が前川みくを大変に気に入り、手ずからの指導を望む旨。
特例として前川みくの出向を命じる旨。
フェアの結果次第では出向が期限未定で延長される可能性がある旨。
気がつけば専務の机に通達書を叩きつけていた。
どのようにしてたどり着いたのかは覚えていない。
※※※
「そろそろ起きるタイミングじゃないの?」
「そうですわね。Pちゃま、顔をあげてくださいませ。Pちゃま」
「甘やかすのやめなさいってば」
聞き慣れている声。力を抜く。
「甘やかしているわけではありません。最近、お疲れの事が多いようですので」
「それを甘やかしてるって言うの。甘えたらずるずる甘え続けるんだから叱り付けるくらいで丁度いいのよ」
「いつもわたくし達のために身を粉にして下さるPちゃまに、その様な事は出来ません」
耳が痛い。胸も痛い。否定できない心苦しさを誤魔化すように目を開けて、声を出した。
P「ごめん、ありがとう。おはよう」
梨沙「だからー、って、起きたの。おはよう」
桃華「ごきげんよう、Pちゃま」
P「ごきげんよう、二人とも。悪い、どのくらい経った?」
意識が飛ぶ前のことは覚えている。
目に映る天井と家具の配置からして勝手知ったる事務所のソファーだ。
桃華「ええと、15分くらいでしょうか。Pちゃまをここまで運ぶの、大変でしたのよ」
梨沙「アタシが来たら倒れてるとかやめなさいよ。桃華がパニック起こして大変だったんだから」
桃華「パニックなど起こしておりません! 少し驚いただけです」
彼女の好きな花のように顔を赤らめる。
仕事柄今のような時間帯に仮眠を取ることは珍しくないが、アイドルの前でいつまでも横になっているわけにもいかない。
上半身を持ち上げようとして、後頭部が適度なかたさの何かに載せられている事と、片方の顔が随分近くにあることに気が付いた。
アイドルの前ではなかった。
P「ありがとうございます」
桃華「構いません。もう慣れました」
とはいっても、許可をもらっていた今までとは違うだろう。
ひざまくら。
思わず敬語になるくらい色々な意味で頭があがらないが、物理的には頭を上げる。
梨沙「それでどうしたのよ、顔真っ青だったけど」
誇れることでもないため出来れば言いたくはないが、言ってはいけないような話ではない。
心配をかけたのに黙秘するようなことではないだろう。
P「前川のな、事を。ちょっと」
ツインテールを軽く揺らし、目を細めてこちらを見た。
梨沙「アンタね、引きずることじゃないでしょ」
ははは、と。零れた。
※※※
勢いに任せ専務に相対したはいいが、当然のように流された。
今考えれば、ようにではなく当然なのだ。
会議を通し責任者の捺印もされた正式な辞令なのだ。
アイドルのプロデュースは各担当、各部署の采配によるところが大きく、
後の待遇を考慮しなければ上からの命令に対して拒否すらも可能であることは多い。
とはいえ、会社に属する以上、受ける側の是非を問わない話は存在する。今回の話はそれだった。
そんなことも頭から抜けていた俺は、専務に向かって叩きつける様に言葉をぶつけていた。
俺にしか引き出せないと信じた、前川みくの魅力をぶつけていた。
息が切れ、言葉が消える。声にならない呼吸の音が随分と大きく感じた。
「よかろう」
俺の言葉が途切れたところで、それまで一言も言葉を発さなかった専務が口を開いた。
「君の考えはわかった。その熱意に免じて一つ試してやろう」
立て板に流れるような言葉を聞く。
我々は前川みくの魅力を引き出すプロデュースを既に考えている。
というより、我々の考えた方針において最も魅力的だと判断したアイドルが前川だ。
だからこそ特例として出向を命じる事にしたし、だからこそ以降も見据えた長期出向も視野に入れた。
その企画を超える企画書を、私の前に持って来い。
もちろん、我々にも予定がある。それまでに、叩き台などではない完璧な企画書を作成して来い。
それが我々の企画よりもすばらしいものだと判断すれば君の意見を聞いてやろう。
無理ならば、出向期間の変更も含め、今後一切の異論を許さない。
参考として、企画書は持っていくといい。
理解したなら、戻れ。
理解をして、気炎をあげた。やってやろうと心に決めた。
俺は頭を下げ、意気揚々と部屋に戻り、そして企画書に目を通して。その完成度に絶望した。
※※※
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