多田李衣菜「想いを繋ぐ、音の道標」 (27)




――私は想うままに歌う。



声を旋律に乗せる。鼓動とリズムを合わせる。


唸るギターも。渋いベースも。響くドラムも。


全部巻き込むんだ。観客も、なにもかも。


全部巻き込んだ先に、なにかが見える気がする。


ノリにノッたステージの上には、絶対になにかがある。


目には見えないけど、見えるもの。



――それはきっと、心を震わせる……音の道標だ。

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―――


ロックってなんだろ。


口では軽く言ってるけど……正直よく分かってない。音楽のジャンルだってのは知ってるよ。


聴いてて夢中になる音楽?


それとも、思わず口ずさみたくなる音楽?


だったら、「薄荷」も「つぼみ」もロックだよ。うん。



……2人に呆れられた。いや、まぁさすがに無理があると思ったよ、私も。


くすくす笑われる。なんだよぉ。


ジャンル分けしたらそりゃあ、2人の歌はロックじゃないけどさ。


でも私は夢中になるくらい好きだし、口ずさみたくなるよ?


だって、すごく素敵じゃん。想いが歌に乗ってるって言うか。


「泣いちゃってもいい」って。こっちが泣きそうになるよ。


「青空へと飛ばそう、希望の種」。いいじゃん、一緒に飛ばそうよ。


大好きだよ、2人の歌。


……え。ちょ、ちょっと待って。なんで怒ってんの?


いたっ、な、なんで!? ほ、褒めてるんじゃん!


ごめん、なんかごめん! よく分かんないけどごめんったら、痛いよ!


ああっ、なにすんの! プレーヤー返して!


なんで消すの!? 帰りに聴けないじゃんかー!


い、いいよっ。帰ったら入れ直すし! せっかく褒めたのに……なんだよ、もう。



――2人の顔は、何故だか赤く染まっていた。



―――


夕飯を食べて、お風呂から上がって、自室で一息。


パソコンを立ち上げて、音楽ソフトを開く。


ずらっと並んでいる楽曲たち。色んなCDショップに足繁く通って集めた、大切な宝物。


何曲入ってるかなんて、とうの昔に数えるのをやめた。好きな曲は増えるばかり。


一番多いのはやっぱりロック。アイドルになってからは、他のジャンルも増えてきた。


見識、ってやつ? それを広めないとね。


マウスのホイールを回しても回しても、下まで辿りつけない。


どころか、「薄荷」も「つぼみ」も見つけられないくらいにリストは膨れ上がっていた。


こういうときの検索機能、っと。


拙いタッチでキーボードを叩いて、ようやく2人の名前を見つけた。


もはや名前を見るだけで安心する。私を呼ぶ、優しい声が聞こえる気がする。


それくらい、2人のことが大好きになっていた。


……なんだか恥ずかしくなって、手早くプレーヤーに入れ直す。


もちろんお気に入り登録。すぐ聴けるよう、一番上に。


今度は消されないようにしなきゃ。


褒めると怒る。覚えたぞ。


そうだ、他の曲も少しだけ入れ替えよっと。さすがにもう、全部は入り切らなくなってるし。


愛用のヘッドホンをパソコンに挿して、リストを再生しながら選ぶ。


んー。……これ入れよう。


こっちは……最近聴いてないなぁ。


カチカチ、カチカチ。クリックを繰り返して。


カリカリ、カリカリ。ホイールを回して。


そして、目に止まった。



「……『Dramatic daydream』」



私たちが最初に歌った、この曲。


少しだけ音量を上げて、ヘッドホンを当て直す。


希望に満ちた明日を歌う、明るくてポップな歌。


この曲も、もちろんお気に入りに登録してある。2人の曲と同じくらい聴いてる。


決してロックじゃないけど。


やっぱりロックだ。



想像していたよりも鮮やかに、ずっと煌めくセカイ。

虹を作っている場所が在ると、私たちは信じて疑わない。

ただの理想なんて、簡単に飛び越えていく。

もっとその先を、一緒に見たいから。



心が踊る、そんな歌。


気づいたら大きな声で歌ってた。


お母さんが部屋に入ってきて、叱られちゃった。ごめんなさい。


お父さんも顔を出して、「好きだぞ、お前の歌」って。


えへへ。


今日はこの歌を聴きながら寝よう。



これから見る夢は、きっと現実になると信じて。



―――

――



―――


うーん、今日はバッチリ目が覚めた!


いい歌を聴くと寝起きもいい。さすが私たちの歌。



「おはようございますっ!」



勢い良く事務所のドアを開けて、テンション高く挨拶。


返事の代わりに耳に入ってきたのは「Twilight Sky」。


……なんで!?


見れば、にやにやとノートパソコンを持ったクロワッサンヘアー。


わざとらしく目を閉じて聴き入る素振りを見せるぱっつんヘアー。


昨日の仕返しだと気づくのに3秒もいらなかった。



「巧く歌うんじゃなくて♪」

「心を込めて歌うよ♪」



やめろー! そこはそんなへらへらしながら歌っていい歌詞じゃないんだぞー!


どたばたと追いかけ回す。囃し立てる2人はなかなか捕まらない。


遅れてやってきたスーツの彼に怒られるまで、鬼ごっこは続いた。


――慌ただしくなる事務所。


今日は夕方からライブだ。そのために朝早くから準備を始める。


セットリストを確認して、僅かな時間を見つけて振り付けを確かめ合う。


遊んでる時間なんてないわけで、そりゃ怒られるよね。


でも、ちょっぴり楽しかったのは内緒。


なんだって楽しい。


目まぐるしく流れる時間の中で、それだけは確かだった。



―――


いつまでもこんな楽しい毎日が続けばいいな。


いつか終わりが来るのは分かってる。


分かってるけど、そうやすやすと終わらせてやらない。


一緒に歩き始めたこの旅路に、ゴールは見えないから。


だから、まだまだ終わらない。


見えないものを探して歩くのは、ときには不安もある。


悩んで迷ったときは、一緒に歌おう。


新たなことに躊躇うときは、一緒に小さな一歩を踏み出そう。


少しずつ、少しずつ。見える世界を広げていこうよ。


一緒ならできるって、信じてるからさ。


―――


――もうすぐステージが始まる。鼓動が高鳴り、気持ちが引き締まっていく。


ヒールの爪先でこつんと床を叩く。リボンをきゅっと結び直す。



「――ズレてるぞ」

「あ。……へへ、ありがとうございます」



彼が後ろからヘッドホンを直してくれる。いつものように。


……実は直してくれるのを待ってるんだよね。気づいてるかな?


「今日は李衣菜がメインだ。ヘマはするなよ?」

「しませんよ。大丈夫」

「ふふ、ならいいんだ」



すっと上げられた拳に、自分のそれをとんと合わせた。


大きな手。拳を解いてそっと撫でてみた。



「どした?」

「なんでもないです。今日もロックに決めてきますよ!」



そしたら、褒めてくださいね。


「――あ、いちゃいちゃしてる。抜け駆け?」



なにを言うか。


クロワッサンから手の込んだ編み込みに髪型を変えた子が、茶々を入れてきた。



「今日はバックダンスよろしくね。頼りにしてる」

「任せて。李衣菜がせいぜいロックに見えるようにしてあげるから♪」

「…………それはありがたいね、『大きくなったわたし』さん?」



笑顔の肘鉄が飛んできた。まともに脇腹へ突き刺さって、う、うぐぅ……!


「次それ言ったら殴る」

「も、もう殴ってるじゃん……!」


「本番前になにしてるの、まったく……。大丈夫、李衣菜?」



無闇に人の過去をほじくり返してはならない、と蹲って後悔していたら、鈴を鳴らしたような声が慰めてくれた。



「うぅう、イジメられたよぉ……」

「よしよし……。加蓮、李衣菜に謝りなさい」

「ふんだ。私は悪くないし」



ほんと、直前になに遊んでるんだか。へへへ。


「ほら、もうすぐだぞ。しゃきっとする」



優しく見守っていた彼が、立たせてくれた。



「さ、みんな。最高のステージを魅せてくださいね!」



微笑む私たちのお姉さんが、衣装のシワを伸ばしてくれる。暗がりでもその蛍光緑のライブTシャツが映えた。



「……うん、まぁよし。お仕置きはライブの後にしてあげる。行こっ、李衣菜、泰葉!」

「お仕置きって、もう……。――李衣菜、この前のライブでは私が助けられたから。今日は全力であなたをサポートします」



親友2人に背中を叩かれ、エールをもらって。



「それじゃ――いってきますっ」



私は、私の音を奏でよう。


舞台へ上がる階段は、まるで未知への扉。


繋いだ手から伝わる想い。


幼い頃から描いていた、大きな大きな夢を叶えたキミと。


誰かの笑顔のために、この世界へ飛び込んだキミとなら。


分からないこと、知らないことがいっぱいある、未熟で半端な私でも。


きっと前に進める気がするんだ。



まだ見ぬ世界が目の前に広がっているのに、なにもしないなんてもったいない。



さぁ、歓声の中に飛び込もう。



果てなく続くこの道を照らすために。ステージの上で、音の道標を見つけるために。



「行こうっ!」



――私たちの想うまま、歌おうぜ!



おわり

というお話だったのさ
たとえ歌う曲がロックじゃなくても、前途を想う気持ちはきっとロック。

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加蓮、泰葉と来て李衣菜編でした

途中でぶっ込んだ「Dramatic daydream」編はこちら

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もしかしたら矛盾あるかもだけど2年くらい前のだから許して……

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