岡崎泰葉「マイ・パッション」 (40)

アイドルマスターシンデレラガールズより、岡崎泰葉のSSです。

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初めて会ったときのこと……ですか。
覚えてますよ、もちろん。

今までのことは、全部覚えてます。

私とプロデューサーとの最初の出会いは、現場でのことでした。

5月の、初めくらいのある日。
今でもライブのときにはお世話になる、例の劇場で、です。

その頃にはもう、私がアイドルになってから、しばらく経っていました。

私は子どもの頃から、モデルや子役のお仕事を通して、芸能界に生きてきました。
アイドルの活動を始めたことに、何かきっかけがあったわけじゃありません。

……ここからはアイドルの活動、なんて、きちんとした線はないですからね。

事務所の都合とか、売り出し戦略だとか……。
そういうものに流された結果だったと思います。

当時は、そのことに不満を感じませんでした。
というよりも、不満を感じる余裕はなかったという方が正しいのかな。

私の居場所は、もうそこにしかなかったですから……。

誰も迎えてくれない、人ひとり分のスペースでしかないものだったけど。
それでもそこが、私の唯一の居場所でした。


例の劇場では、定期的にライブバトルという名前のイベントが行われます。

ソロならソロで、ユニットならユニットで、エントリーすると対戦相手が決まって。
そこでお互いに一曲を披露して、勝ち負けを決めるというイベントですけど……。

……ふふっ、今さら説明するまでもないですよね。

とにかく、そのある日に、私の対戦相手に選ばれたのが、プロデューサーだったんです。

……あ、プロデューサーじゃない。
プロデューサーが担当していたアイドルの人、です。

そのときの私は、思い上がりとかはなしに、今日は勝てるだろうと思いました。
この世界に入ったのは昨日今日のことじゃないし、それなりに自信はあったんです。
見るからに入りたての新人さんに、負けたくないという気持ちもありました。

でも……お察しですか?

……はい、私は負けました。新人さん相手に。
負けたってことは、やっぱり思い上がりだったのかも。

たくさんライブバトルをすれば、たまには、そういうこともあるから……。
だから私にとって、負けたことそのもののショックは、そんなに大きくなかったです。

……本当ですよ?
ああ、今日は負けか、って……そのくらい……。

……。

…………いえ、嘘です。そんなに軽くはなかった……かな。

けれど、それよりもショックだったのが、そのすぐ後のことでした。


 ………………………… ◇ …………………………


「プロデューサー! 私、勝ったよ!」

「おう、おめでとう! 頑張ったな!」

ライブバトルが終わって、一息ついていた私の耳に、そんな会話が聞こえてきたの。

いかにも新人さんらしい、元気のあり余った声だと、そのときの私は思いました。
……今思うと、負けてちょっと悔しかったんじゃないかなって。

私の目の前で、相手だった女の子は、プロデューサーに飛びつきました。
プロデューサーの方も、笑いながらその子を受け止めてあげていて……。

二人して飛び跳ねてました。

何やってるんだろうって、思いました。
ライブバトルで一度勝ったくらいのことで、鬼の首を取ったように……。

喜んでいられるのは最初だけなのに、と呆れました。

けれど、そう思うよりもっと、羨ましさもありました。
あんなふうに一緒に喜んでくれる人は、私にはいなかった。

勝っても褒めてくれないし、負けても慰めてくれない。
……いや、むしろ、それだけなら、まだ……。

私の知ってる大人は、勝って当然、負けたら役立たず。
人を褒める言葉には、いつだって何か裏がある。そういう人たち。

……あの子のプロデューサーだって、ああ見えて、どうせそうなのよ。
……そうに決まってる。

帰り支度をする私は、一人でした。


劇場を出る前に、私は掲示板に立ち寄って、これからのライブ予定を確認しました。

何のためか……って?

それは、私にはプロデューサーがいなかったから。

……いたかもしれないけど、いないのと同じことだった。

スケジュールは週の初めに配られたけど、それだけ。
誰も私のことなんて気にしてない。他のことは、自分でやります。
だから、今後の予定に変更はないか、見られるときに見ておきたかったんです。

出演者の欄を、上からずーっと指でなぞっていくと、ほどなくして二つめの私の名前。
対戦相手は、今日と同じ。

……次は、勝ちたいな。

勝つために、何をしたらいいか。
あの子の弱点はどこだろう。

掲示板に載った相手の名前をじっと見つめて、彼女のパフォーマンスを思い出した私。

「おっ、さっきの人発見!」

すると、後ろから、聞き覚えのある声がしました。

何かなとは思ったけど、自分に向けてのものだとは思わなかったから、私は振り向かなかった。


「こら。さっきの人、じゃないだろ。覚えてないのか」

「うえ……。だって私、自分のステージで手一杯だったんだもん」

「まあ、今は仕方ないか……で、あの子は……えーと…………なんて子だっけ」

「なんだいなんだいプロデューサー、私と一緒じゃん!」

「一緒にするな。俺は今から思い出す…………——ああ、そうだ。泰葉。岡崎泰葉って子だ」

自分の名前が聞こえてきて、私は振り向きました。
つい、反射的に。

でもそのときには、彼らはもう、劇場を出て行くところでした。

楽しそうにお喋りしながら、お互いに笑顔で、よく晴れた外へ。
……眩しい光の中に、入っていくように。

それにしてもあの人たちは……まったく、大きな話し声。

掲示板に向き直りながら、私は不思議な気持ちになりました。

長いこと呼ばれることのなかった自分の名前。
しかも……下の名前です。

それが、直接じゃなくても、赤の他人のプロデューサーに呼ばれるなんて。
きっと普段から、人を名前で呼んでいる人なんだろうな。


 ………………………… ◇ …………………………


それから少しして、私は劇場を出ました。

その日は天気がよくて、自動ドアを抜けた瞬間、お日様がすごく眩しかったのを覚えています。

それに、暑かった。
熱中症に注意してくださいって、天気予報が呼びかけるくらいだったと思います。

早く事務所に帰ろうと足を向けたところで、だけど、私はすぐに立ち止まりました。
だって、そこで、変な人を見つけたの。

私の目の前で。
スーツ姿の男の人が、地べたに両手をくっつけて、地面の声を聞いていたんです。

ぺちゃんこの蛙みたいな格好でした。
……そうそう、そんな感じです。……お上手ですね。

……もしその人が自動販売機の前にいるんじゃなかったら、私は110番したかもしれません。

今日は暑いから、飲み物を買おうとしたのかな。
そして、小銭を自動販売機の下に落としちゃったのかな。……って。

事情はなんとなく、予想できましたけど、近寄りたいとは思いませんでした。
逆から帰ろうかとも、ちらっと考えました。

この上なく怪しかったんだもの。

考えてみたら、言葉を交わしたのはこのときが初めてだから……。
あまりスマートな出会いとは、言えないですね。

ちなみに、後になってこの感想をプロデューサーに話したとき。
口止め料だって言って、ヘアピンを買ってくれました。


…………あっ。

……まあ、ばれなければ……大丈夫ですよね?


 ………………………… ◇ …………………………


「どうかしましたか?」

私は男の人に、上から声をかけました。
その人は、くるりと頭を回して私の顔を見ましたが、起き上がろうとはしませんでした。

「五百円玉を落としちゃってね」

私に声だけを返して、男の人はまた、自動販売機の下を覗きこみました。
それから、独り言のように、言葉が続きました。

「いいことの後には悪いことが来るんだなあ」

「……はあ」

いいことって、何だろう。
ライブバトルで私に勝ったこと?

「人間万事塞翁が馬とは、よく言ったものだよ」

……よくわからないけど、そこまで大袈裟な話じゃないと思うの。

人に見られても、慌てた様子はまったくなくて。
這いつくばって探しものを続ける度胸に、私は呆れてしまいました。

体面とか、プライドとか、そういうものはあなたにはないの?

それから、私が呆れたわけは、もうひとつ。

「……その五百円玉って、これですか?」

男の人の足元の、光る金色を指さして、私は聞きました。


「助かったよ。ありがとう、見つけてくれて!」

「どういたしまして」

男の人に、冗談に感じるくらい、上機嫌な声で、私はお礼を言われました。

まるで、私が何か特別なことをしたかのように。
特別なことは何もしてないのに。

たった五百円をこうも大事にするなんて、貧乏なところなのかな。
そのときの私が、そう思ったことは内緒です。

「君は……さっき、俺たちと勝負をした子だよね。岡崎泰葉さん」

「はい、そうです」

さっきの会話を聞いていたから、覚えられていたことには驚かなかった。

……驚かなかったけど、目を伏せて、言葉少なに答えた私。
負けを思い出すのは、悔しい。

この人の笑顔にも、何か含みがあるんじゃないかって、そんな気がしました。

「見つけてくれたお礼だ、君にも奢るよ。お茶かジュースか、どれがいい」

けれど、私の内心なんて、会ったばかりのこの人には知るよしもないことです。

自分と担当アイドルの分なのか……。
既にペットボトルを2本、片手で取り出した男の人は、私にそう言いました。


「えっ……その、結構です」

「まあそう言わずに。ライブの後で喉渇いてるだろう?」

咄嗟に断った私でしたが、男の人は気にしたふうもなく勧めてきます。

……せっかくなので、お茶を買ってもらいました。

……この日は暑かったから。
それに、事務所の人には期待できない親切が……。
プロデューサーがアイドルにしてくれるような気遣いが、嬉しかったから。

「……君は慣れてるみたいだね」

お礼を言って、お茶のペットボトルを受け取ると同時、男の人に言われました。

慣れている。
芸能界に……という、意味かな。

この人もプロデューサーなら、アイドルの年季は、見ただけでわかるのかも。
そのときの私は、そう解釈しました。

「そう見えますか?」

「うん。……って、しまった。そろそろ戻らないと、待たせすぎで怒られるな」

我に返ったように、男の人はお釣り口を確かめて、私に背を向けました。
誰を待たせているのかなんて、聞かなくてもわかります。

さっきの、この人が担当しているアイドルの子だろう。

「それじゃあまた、次のライブバトルで」

帰り際に、私のまだ知らない、私をまだ知らないプロデューサーは。
次は負けない、と意識していた私の心を見透かすような言葉を置いていきました。


事務所に帰ると、空気が少し、ざわついていました。

大人たちが一つの机に群がって、何か話しています。

荷物を肩から降ろしながら、私はちょっとだけ、考えました。

仕事中に邪魔をするなって怒られるから、普段は話しかけないけど。
今日はいつも通りじゃないみたいだから、私は声を出してみました。

「何かあったんですか?」

「……」

……何人かが振り向いて、何人かは私を無視して元の通りに向き直りました。
一人だけが答えてくれました。

「お前には関係ないことだ」

「……そうですか」

それならそれでいい。
どうしても知りたいわけじゃないもの。

どうせまた、誰がやめるのやめないのって、騒ぎになっているだけだろう。
アイドルの仕事がつまらないとか、そんな理由で。

私は大人たちから離れて、そのへんに置いてあった雑誌を手に取りました。

雑誌を開いて。
余所のプロデューサーに奢ってもらったお茶を飲もうとして。

ペットボトルのキャップを回そうとした私の手は、ふと止まりました。

小さな特集に。
さっき見たプロダクション名と、アイドルの子が、載っていました。


 ………………………… ◇ …………………………


……初めて会ったときの話は、これで終わりです。

次にプロデューサーと会ったのは……次のライブバトルのときです。

それまでの間に受けたお仕事では、会いませんでした。
プロデューサーだけじゃなくて、今の事務所のみんなにも、誰にも。

……こういうことを言うのは、よくないのかもしれないけど。
受けるお仕事の質が、今の事務所と昔の事務所で違ったんじゃないかな。

プロデューサーなら絶対にやらせないだろうなって思うようなお仕事も。
昔の私は、してました。

……え?

……ああ、それは、ないです。
似たようなことは、しましたけど。……そこまでは。

事務所は、私が売れなくなったら、そういうこともさせようと考えてたみたいです。
だから、あのときは……思ってた以上に、際どい時期だったのかもしれない。

やらずに済んだのは、プロデューサーのおかげです。

きっかけになったのは、たぶん、次のライブバトルの後の会話でした。


 ………………………… ◇ …………………………


初めて相手をした日から、数週間後。

私の目の前には、いつかどこかで見たような光景がありました。

「……」

「プロデューサーっ! うわーい☆ ひゃっほー♪」

「わかったわかった、嬉しいのはわかっ——あぶなっ、ちょっ、落ちつけ!」

喜び勇んで自分のプロデューサーに飛びかかっていく相手の女の子と。
笑ってそれを受け止めて、倒れそうになっている、プロデューサー。

また、この前と同じことをやってる。
だけど……微笑ましい、なんて思う余裕はなかった。

胸の内で、密かにリベンジを狙って挑んだライブバトルに……。
私は、負けました。

勝つための努力は欠かさないできたつもりだった。でも、勝てませんでした。

この日、相手のパフォーマンスの方が優れていたことは、認めざるを得ません。
最初に相まみえたときよりも、レベルが格段に上がっていました。

私だってこの日のために、レッスンルームを借りて、一人練習を重ねたのに……。

私の努力が不十分だったのか、相手の努力が上だったのか……。
どっちにしても、勝てなかったのは同じこと。

……悔しい。

知らないうちに、私は衣装の裾を強く握っていました。


「プロデューサー、私この前、お洒落なカフェ見つけたんだ! 帰りに寄ってこ?」

「いいけど、そういうお誘いは衣装を脱いでからしろ」

「えっ……脱げ? そんなっ……ダメだよ、まだ私、こ、心の準備が……」

「馬鹿なこと言ってないで、はい、気をつけ、汗拭いてやるから。終わったら早く着替えておいで」

「はーい♪」

目を逸らしたいのに、どうしても心がそっちを向いてしまう。

仲の良さを隠そうともしてない、そんな会話が聞こえます。

……ううん、隠す必要なんてない。
本当はこれが、プロデューサーとアイドルの、理想的な関係。

裏方で作業をしていたスタッフの皆さんも、和やかに二人を包んでいました。

そこに交われないのは、私だけ。
異物、邪魔者、蚊帳の外、……表す言葉は、何でもいいけど。

仲睦まじい二人の姿に、胸がきゅうと締めつけられるような気がして。
追い出されるように、私はステージ裏を抜けました。

「はあ……」

ステージ裏と廊下を仕切る、固い金属の扉に背を当てます。
うつむいて、衣装の裾を掴みっぱなしでいた手を、ふと離しました。

分厚い扉越しでも聞こえる声に、じくじくと疼く胸を……その手で押さえました。

「……いいなあ」

本当は気づいていました。
……あの人たちを初めて見たときから。誤魔化しては、いましたけど。

私は嫉妬していた。私は寂しかった。
比べてしまって……すごくすごく、寂しい。
すぐそこにあるように見えたものは、私からずっと遠い場所にしかないものなんだ。


劇場を出る前に、いつものように掲示板の前に立っていると。
控え室に繋がる通路から、相手の女の子が出てきました。

大きな鞄を肩にかけていて……側にプロデューサーはいませんでした。

今日は、先に気づいたのは私。そんなことを思いました。
でも、先に声をかけてきてくれたのは向こうでした。

「あっ、岡崎泰葉さん」

「こんにちは」

その子は、私の名前を覚えてくれたようでした。
私は初日から覚えていましたけど……それは何故かといえば、私が負けず嫌いだから。

私に勝った新人さんの名前を、忘れられるはずがないもの。

「……岡崎さんは、セルフプロデュースなんですか?」

挨拶を交わした後、ずいぶんと馴れ馴れしい口調で、そんなことを聞かれました。

「厳密には違うけど……ほとんどは。……それがどうかしたんですか?」

「いいえ。でも、そうですか。すごいなあ」

何の意味もなさそうな、ただそれだけの感嘆。
私は面食らいました。

すごいなあ、って。……それって。

「私はプロデューサーに頼りっきりだから……すごいなあと思って」

取りようによっては、当てつけにも聞こえる台詞だったけど、そうは思わなかったな。
そういう子じゃなさそうな、印象でした。

「……頼れるプロデューサーがいるのは……幸せよ」

つい、口から出た呟きが、相手の子に届いたのかどうかは……わかりません。


「おーい、お待たせー。……って、あれ?」

横合いから聞こえた声に、私とその子は一緒に振り向きました。

視線の先には、中途半端に手を挙げた男の人が一人。
その人は、私のことを見ていました。……私のことを、覚えてるだろうか。

「君は……」

「えへへっ、お知り合いだよっ☆」

私の横に並んで、場を制して、相手の子は言いました。
思わず横を見る私に、彼女は惚れ惚れするようなウインクを決めました。

……なんて馴れ馴れしい。

事務所にはこんな人はいなかったから、驚いたけど、嫌な気分じゃなかったです。

「そうか……そうか……」

「ん? プロデューサー? どうしたの?」

「お前にもついに、友達ができたのか……っ! 父さんは嬉しいぞ!」

「……いや私、友達くらいいるよ」

「真面目に返すな! そこは乗るところだろ!? 滑っちゃったじゃないか」

冷めた言葉、慌てた言葉、でもどっちも、冗談だとわかる。

……なんだろう。この、愉快な気持ち。

「ふふっ」

私は笑い声を漏らしてしまいました。
人のやりとりを見て笑うなんて、いつ以来のことだったかな……。


「……そうか、君はやっぱりセルフプロデュースの子だったのか」

少し世間話をした後。
相手の子のプロデューサーに、私はそう言われました。

ええ、ほとんどは。だけど、それがどうかしたんですか? と。
さっきと、同じような言葉を返すと、プロデューサーは笑いました。

「前に会ったとき、この子は一人で行動することに慣れているなと思ったんだ」

慣れてるみたいだね、とは、そういう意味だった。

慣れている。……慣れ。

……そう、その通りよ。私は一人でも平気……なんだから。
寂しいのは、我慢しないと。
我慢しないと……もっと寂しくなる。

「この前と今日は勝てなかったけど……次は、あなたたちに勝ちます」

二人を交互に見据えて、私は宣言しました。
心からそう思っているかのように、きっぱりと言えたと思う。

他意なんて、ない。

すると、男の人の顔色が、少し変わった。
気分を害したわけじゃ、ないようだけど……。

「……ちょっと、俺の目を見てくれる?」

いきなり、今までとは種類の違う、真面目な声を出されて、私は戸惑いました。
戸惑ったままで、顔が勝手に動いて、その言葉に従ってしまう私。

相手の子が助け船を出してくれました。

「なぁに、プロデューサー。また女の子口説こうとしてるの?」

「またってほどしょっちゅうは口説いてない!」

……えっ。
それじゃあ、今から私を口説こうとしてることは、否定しないの?


余裕があるのかないのか、わからないことを思った私の目を。
相手の子のプロデューサーは覗きました。

じいっと。

心の奥底まで見透かすように。

覗いて、それで、何がわかったのか。
居心地の悪さに身じろぎしたら、ふうん、と納得して身を引いてくれました。

「……あの、何ですか?」

わけもわからず凝視されるのは、気持ちのいいことじゃない。
いくらか語気を強めた私。

「いや……うん」

歯切れ悪く、唸られました。
言うか言わないか、迷っているような……そんな印象。

相手の子も、私を見て、そして自分のプロデューサーを見ました。

「何なの? プロデューサー、はっきりしてよね」

二人の女の子に、一人の男性が詰め寄られている図。
端から見たら、どんなシーンに見えたかな。

その、二人分の視線を受け止めて……プロデューサーは私に向かって訊ねました。

唐突に。

「君は……アイドルやってて、楽しい?」


問われた台詞に、声が詰まりました。
咄嗟に、何も返せなかった。

楽しい? どうして、そんなことを聞くの?
そんなの……そんなのは…………。……あれ。

簡単に出せると思った答えは、出ませんでした。

私は……アイドルのお仕事を、楽しめている……のかな。

アイドルだけじゃない。芸能界のお仕事、全て。

……初めの頃は……私がずっと小さい頃は、頑張ることで、みんなが喜んでくれた。
私は嬉しかった。求められている気がして、誇らしかった。お仕事は楽しかった。

……それが虚像にすぎないと気づいたのは、いつのことだっただろう。

いつからか、誰も私を見てくれなくなって。
陳列棚の隅っこに追いやられた売れ残りみたいに、その存在を忘れられて。

今は……。

「……」

返事もできずに、うつむくだけが、私の精一杯でした。

「あー……本来、こういうのは御法度なんだけど……」

言いづらそうに切り出した声で、私は目を上げました。
次は何を言われるか。身構えたところで。

「君、うちの事務所に来ないか?」

「「ええっ!?」」

二人分の驚いた声が、大して広くないスペースに響きました。


「……」

「プロデューサー、やっぱり口説いてる!」

私が固まったのを見てとって。
相手の子は、茶化したふうを装って、口を挟んでくれました。

でも、男の人は何も続けない。

ただ、私が答えるのを……待ってる。

「……考えさせてください」

私の口から出た言葉は、それでした。
急に言われても、答えられない。

こんな、何の脈絡もない切り出し方で。

遠い場所のことだと思ってたのに、それが目の前に現れたら……誰だって混乱します。

この人たちも、この人たちの事務所のことも、私は何も知らなかったし。
今の事務所よりもいいところだなんて保証はないし、それに。

……それに、私の中の何か……固くしこった部分が。
その提案に飛びつきそうになる心を引き留めていました。

「……そうかー」

振られることに慣れているのか、どうなのか……。
腕を組む彼は、あまり残念じゃなさそうでした。


「それじゃあ名刺だけ、渡してもいいかな。受け取ってもらえる?」

言いながら、ケースから、一枚の紙を取り出した男の人。
差し出された小さな紙を、このとき、受け取っていなかったら。

「もしもその気になったら、連絡してくれ」

……私はどうなっていただろうか。

「ならなかったら、事務所の人に話しても、捨てても構わないから」

相手の子が窺うように私を見てるのはわかりました。
けれど私は、ひたすら名刺に目を落としていました。

事務所の名前の下に添えられた、プロデューサーの文字。

もし、私が望んだら。
……この人は私のこと、ちゃんと見てくれる、のかな。

「何かあったときは、遠慮しなくていいからね。ごめんな、変なこと言って」

ケースをしまいながら、私にそんな言葉を投げかける、私の目の前の、男の人。
……名刺をつまむ指に、力が入りました。

……今になって、思うなら。
プロデューサーはこのときにはもう、全部、見抜いてた。


彼らとは、その日はそれで、別れました。

続きを考えるので30分ほどください。

あと、画像ありがとうございます。


事務所に帰ると、大人たちが会議室にこもって何事か話していました。

薄いスチール戸の向こうから、話し声が聞こえます。

葉の伸びた観葉植物、煤けたソファ、書類の積まれた事務机……殺風景な部屋。
他に気を引くものもなくて、私は大人たちの話し合いを聞き流しました。

『こっちは……まあ、予想通りの出来だな』

『ああ、まだ当分は心配いらない』

『……こっちは?』

『駄目だな。昔ほどには見込めなくなった。使えるうちに使っておこう』

『こいつはまだ“綺麗”だからな。その価値はある』

ぞくりと、背中に悪寒が走った。

誰も私の名前を出してはいない。だけど嫌な予感は膨らむ。

私がここで聞いてることを、戸の向こうの大人たちは知ってるのかもしれない。
そんな気がして……背筋が寒くなりました。

根が生えたように、その場で私が棒立ちになっていると。
やがて話し声が止み、戸が開きました。

その場を離れるかどうか、猶予する暇もなかった。

「お? 帰ってたのか」

会議室から出てきた大人の一人に、声をかけられました。


そのとき私は、名刺を貰ったことを正直に話すつもりでいました。

もちろん、向こうの提案は魅力的だった。
憧れていた関係に、私も入れてくれるという話だったんだから。

でも、今の事務所だって。
不満はあっても、私を育ててくれた事務所であることに、変わりはない。

だから……そう、揺らぐ心を抑えていたのに。

「今日はどうだった」

「負けました」

「そうか」

いっそさっぱりとした表情で、その人は私に言ったの。

「お前も、そろそろだな」

「……」

……ああ、やっぱり。勘違いじゃ、なかった。
私もいつか、と漠然と予想して、恐れていたことが、今、来た。

「あの……」

「何だ?」

呼び止めようとすると、その人は、妙に迫力のある口調で言いました。
顔は笑っていたのに、その目は、凍ってた。

「まさか嫌だなんて言わないよな?」


言外に、私の居場所はここにしかないという事実を、突きつけられました。

その途端に。
指が震えて、喉が詰まって、変な物でも入ったみたいに、鼻の奥がつーんとした。

言われた通りにやりさえすれば、褒めてもらえた。
そうしないと、居場所を奪われた。
言われた通りにやりさえすれば、認めてもらえた。
だから、そうしてきた。

なのに、どうして誰も。
家族も、同級生も、事務所の大人も、お仕事先の人も、誰もかもみんな。

どうして、私のことを見てくれないの?

嫌だ。

そんなことをしてまで、生き残りたい世界じゃない。

嫌だ、違う。そうじゃない。
私が欲しかったものは、何?

やらされたことじゃなくて、私がやりたかったこと。


——アイドルやってて、楽しい?


「楽しくない……」

呟いたときにはもう、私の前には、周りには……誰もいませんでした。

諦めと抗いの間で揺れる、私の心に、名刺と一緒に貰った言葉が浮かんで。

……流されるままでいるのは、もう嫌だ。
溢れそうになる何かを堪えながら、私は事務所を飛び出しました。


 ………………………… ◇ …………………………


……その日のうちに、私は電話をかけました。プロデューサーに。

何を話したかは、あまりよく……覚えていないんです。
全部覚えてるって言ったのに、ここだけは、記憶が曖昧で。
……ごめんなさい。

必死……というのとは、少し、違うと思いますけど……。

いっぱいいっぱいだった、が的を射てるかな。

ごめんなさい、お願いします、助けてください、って……。
そんなことを、言ったんじゃないかと思います。

……思い出すと、顔が熱いですね。

……きっと向こうは、私の言葉が支離滅裂で、混乱したと思います。
その頃の私は、人の頼り方を知らなくて……。

でも、プロデューサーは、私の話を聞いたあと、頷いてくれました。

いえ、電話越しなので、動作はわからないんですが……。
目の前にいて、頷いているのを感じられるような……。

……うまく、言えないけど。

プロデューサーは、二つ返事で認めてくれました。
それから、数日のうちに移籍話を持ちかけてくれたんです。

話がまとまったらすぐに、自ら事務所まで来て。
私を連れて帰ってくれたプロデューサーの姿は、今でもはっきり覚えてます。

どうしてそこまでしてくれるんだろうって、当然だけど、私も思いました。

だって、それまで、直に会ったことは2回しかなかったのに。

プロデューサーにそのことを聞いたら……。
キミに一目惚れしたからだ……なんて、わざとらしく言ってました。

私にアイドルの素質を見ての打算だ、とも、言い訳っぽく言ってました。

えっと、覚えてる限りそのままの言葉を引用すると、こんな感じです。


初めてライブバトルをしたときに、泰葉が俺たちを羨ましそうに見てるなって。
それはすぐに気がついた。

だけどもちろん、そんな理由で移籍なんて決められない。
そんな軽いものじゃないのは、よくわかってるだろ?

泰葉のときだって、新しい子を雇う余裕がなかったら。
見て見ぬ振りしかできなかったと思う。……残酷なようだけど。

……話を戻すと。
一度目は、事務所の都合でプロデューサーがつけられないんだろう。その程度だった。

二度目に……泰葉がステージを降りたときの様子を見て。
あまりにも辛そうな顔をするから、これは尋常じゃないなって思ったんだ。

そのあと掲示板のところで会って、少し話をしたよな。

それで、この子の事務所は……ごめん、よくないところだろうって検討がついた。
なら、この子の芽が摘まれる前に……ってな。

目とステージを見れば、その子がどんな気持ちでアイドルをやっているか、すぐわかる。

あのときの泰葉はなあ……。
すごくまっとうな目をしてるのに、つまらなそうだったぞ。

俺は、みんなに、アイドルをやるからには、アイドルの楽しさを感じてほしいから。

あともうひとつ、決め手になったのは……。
ステージの間、一度も笑ってなかった泰葉が、俺たちの会話で笑ったことかな。

ああこの子、こういう顔もできるんだって、そのときは思ったよ。


プロダクションが変わったことは、私にとって、単に所属が変わっただけじゃない。
見るもの全てががらりと変わりました。

夢じゃないかと、疑うくらいに。

事務所も、寮も、レッスンルームも、どこにいても活気が感じられました。

プロデューサーの後に続いて、事務所の中に足を踏み入れた、あのとき。

私は、感動を口に出さずにはいられなかった。

真新しいのに黒々としたホワイトボード。
応接用テーブルの上に広げられた、学校の宿題。
アイドルみんなのプリクラが貼られた、書類棚。

所属してる子たちは、みんな気のいい人たちでした。

……それまで、私は、他の人とあまり関わらずにいたんですけど……。
ここに来てからは、そんなの、無理でした。

事務所と寮とで、それぞれ歓迎会を開いてもらって。
女子寮で相部屋になった子なんて、三度目の歓迎会を開いてくれたの。

大勢でやるレッスンを経験するのも、初めてでした。

誰かと一緒に練習することで、こんなに上達を感じられるなんて。
誰にも頼らないでいた私は、教え合うことの意味を、このとき知りました。

それから、何より嬉しかったのは。
私にも……支えてくれる人が、できたことです。


 ………………………… ◇ …………………………


プロダクションを移籍して、久しぶりに挑んだ、ライブバトル。

因縁の劇場、なんて言ったら、どちらかというといちゃもんね。
思い出の劇場、と言い換えます。

例の劇場で、持っていたものを全て出し切って、ステージを終えた私。
息を落ちつかせるより先に、プロデューサーの姿を探しました。

つい、探してしまいました。

私がここに至るきっかけになった、今は同僚のあの子と同じように。

「プロデューサー」

ステージ裏で、大きなタオルを持って待っていてくれたプロデューサーのもとへ。
私は一目散に駆けよりました。

「勝って、きました……!」

「ああ、おめでとう! 汗拭くから、ちょっとじっとしてな」

上気した頬に、武者震いの止まらない肩に、ふんわりとした感触を得る。
温かい優しさに包まれた中で、私はその言葉を聞きました。

プロデューサーにもらった、おめでとうの言葉。

待ち望んでいた言葉が、花火のように私の中で弾ける。

……その一言が、ずっと欲しかった。

私を認めて、一緒に喜んでくれる人がいることは、こんなにも嬉しい。

ああ、駄目。抑えきれない。
じんわりと熱いものが体の芯からこみ上げてきて、私は顔をしかめました。

タオルを被せられていたから、プロデューサーには気づかれないで済みました。


それから……帰るときになって。
毎度のくせで掲示板に立ち寄る私を、プロデューサーは面白そうに眺めていました。

声をかけてくれればいいのに。

私がもう掲示板を見なくてもいいことに気づいて、はっとするまで、ニヤニヤして見てるの。

意地悪よ。

「……怪しいですよ」

そう文句を言えば。

「目の保養になるから」

とか何とか、わけのわからないことを言い返してくる。

私は、変なことはしてない。

めいっぱい背伸びをして、掲示板の上の方まで目を通すだけです。
そんな私のどのへんが目の保養になるのか、さっぱりです。

「事務所に帰りましょう、プロデューサー」

呆れるのとむくれるの、その真ん中の顔をして。
私はプロデューサーのスーツの袖を引っ張りました。


「そうだな。どこか寄ってくか?」

「え?」

プロデューサーの意外な発言に、私は戸惑いました。
事務所に帰るんじゃなかったの。

「何のためにですか?」

「何のためにって……泰葉の初勝利記念、とか」

うちのプロダクションに来てからのな、とつけ加えるプロデューサー。

「……そういうのは、いいです」

私が欲しかったものは、もう、プロデューサーがくれました。
事務所のみんなからも。

これ以上貰ったら、お返しできなくなってしまうから。

すると、しみじみと言われました。

「泰葉は手がかからないなあ」

「……どういう意味ですか?」

私は、ちょっと不安になってプロデューサーを見上げました。

……泰葉は手がかからない子。

それは、私にとっては、嬉しい言葉じゃなかった。
私のことをほったらかす理由付けに、よく使われた言葉だもの。


でも、このときは私が、過敏になっていただけでした。

「他のやつらは、泰葉と違って、すぐどっか寄り道したがるんだよ」

泰葉みたいに、まっすぐ帰ろうと言ってくれる子は貴重だ。
……なんて、私を見て言う、プロデューサー。

じゃあ帰ろうか、と歩き出そうとするプロデューサーの袖を掴んだまま。
私は立ち尽くしました。

「どうした?」

寄り道したがるという、みんなの気持ちは、わかる気がします。

私がプロデューサーに気づいてもらったように。
事務所のみんなにも、きっとそれぞれエピソードがある。

この人と一緒にいたいなって。

そう思わせる人なんだ、プロデューサーは。

「……あの」

「うん?」

「私の初勝利記念、何かしてくれるのなら……ひとつだけ……」

お願いがあります。

「プロデューサー、その、私に興味を持ってほしいな……」

「……」

……たぶん。
プロデューサーは、私の言葉の意味を、推し量り損ねたと思います。
私がなぜ、今になってそんなことを言うのか、不思議に感じたんじゃないかな。

けれど、最後に残った一抹の不安を吹き飛ばすような約束を。
私をずっと見ていてくれる、という約束を、プロデューサーはしてくれました。


 ………………………… ◇ …………………………


長いこと、話してしまいました。

お話しできること、他に何か、あったかな……。

……。

……何か鳴ってる。電話……私ですね。

あ、プロデューサーからでした。ふふっ。
出てもいいですか?

失礼します。

……はい、泰葉です。

はい。

はい。

……はい、わかりました。準備しますね。

……。

……ええ、次のお仕事の連絡でした。

……ふふっ、その通りです。察しが早いですね。
頑張って、歌ってきます。

ああいえ、その、おかまいなく。時間に余裕はありますから。
ほとんど準備は終わってるので、急ぎじゃないです。

……そうだ、準備といえば、この前のひな祭りに、こんなことがありました。
最後にひとつ、お話しします。


 ………………………… ◇ …………………………


子どもの頃から芸能界に生きてきた人は、周りと少し違います。
お仕事が中心の生活だから、みんなと会う機会が少なくなります。

私もそう。

学校とか、季節の行事とか、ほとんどの子が普通に体験してきてること。
私には、その半分の経験もなかったんです。
ないものねだりだけど、憧れていました。

転機が訪れたのは、去年の5月。

プロダクションが変わってから、人と同じように過ごせる時間が増えてきて……。

学校にちゃんと行けるようになったし。
家の代わりに、事務所で季節の行事を楽しめるようになりました。

海、紅葉、ハロウィン、クリスマス、年末年始、節分、バレンタイン……。

忙しいお仕事の間を縫って、みんなでちょっとしたパーティをするの。

それは食事会だったり、レクリエーションだったり。例えば……。

みんなでひな壇を作ったり。

私が移籍してから初めての春、ひな祭りの季節に。

「やすおかさん、お雛様やる?」

事務所にいる人でひな壇を飾りつけているとき、私はそう聞かれました。


「お雛様?」

五人囃子の笛の人を持ったまま、私は振り向きます。
飾りつけが楽しくて、私の声は弾んでいました。

「うん。事務所の倉庫にお雛様の衣装があったの、見つけたらしいよ?」

私に声をかけてきた子は、いつかのライブバトルでぶつかった、あの子です。

「面白そうだから、誰か着て写真撮らないかって」

さっきプロデューサーが言ってた、と言いながら。
その子も五人囃子の一人を慎重に持ち上げました。

「それは、つまり、私がお雛様の衣装を着る……ってこと?」

「そうそう。……あれっ、この人ってここで合ってる?」

「合ってる。……でもそれなら、お雛様は人気がありそうだけど……」

「それがさー、みんなサイズが合わないんだよねっ」

人形をひな壇に置いてから、その子は向こうを指しました。

なるほど、そっちを見ると、綺麗な衣装が机の上に広げてありました。

私の背と同じくらい……。
確かにこの事務所には、私に近い背格好の人は、私だけです。

話したり、手を動かしたりしながら、少しずつ作業をする私たち。
私は右大臣を、その子は左大臣を持ち上げました。

「ちびっこ達ときらりんは立候補してたけど、サイズが合わなくて諦めてた」

「そうなんだ……」

もしあの子がお雛様になったら、さぞかし存在感があるだろうな……。

「私の見立てだと、やすおかさんならぴったりだと思うんだよね♪」

やすおかさん、というのは、この子が私を呼ぶときのあだ名です。
私のことをそうやって呼ぶのは、この子だけだけど。

劇場で初めて名前を呼ばれたとき以外、ずっとそう呼ばれてるの。


私たちが仕上げの雪洞を飾ったときちょうど、プロデューサーが来ました。
片手に、お徳用ひなあられが詰まった袋を持って。

「おっみんな、ご苦労さん。綺麗に飾ってあるな」

「えへへっ♪ 私たちも、やればできるでしょ?」

「せんせぇ、ほめてほめてー!」

「クリスマスとはちょっと違う飾りつけですけど、楽しいですねぇ〜」

あっという間に、みんなに囲まれるプロデューサー。
私は作業用の布手袋をゆっくり外していて、出遅れました。

「どうだ? 衣装着られそうな人はいたか?」

袋からひなあられを出しながら、プロデューサーはみんなに聞きます。

「……」

すると、みんなは黙って私を見ました。
それも、一斉に。

さっきの話、みんな聞いてたのかな。

何だか恥ずかしくなって、手袋を外しかけた途中で、私は顔を背けました。

「ん?」

プロデューサーだけが、わかってないように首をかしげました。


「おー! いいじゃん、似合ってる!」

「本物のお雛様みたいでかわいいー!」

別室でお雛様の衣装に着替えて、お披露目すると。
みんなはそう言って、褒めてくれました。

見た目は豪華な十二単だけど、軽く織られていて、動きやすい。
それに……自分で言うのは変かもしれないけど、すごく可愛い衣装。

「さすが泰葉、着こなしてるよ」

プロデューサーも褒めてくれました。

お世辞を言われるのには慣れてたけど。
こうして褒められるのにはまだ慣れないから、照れくさかった。

「それじゃあみんな、一枚撮ろうか」

そう言ってカメラを取り出したプロデューサーの腕を。
何人かが、掴んで引っ張ります。

「プロデューサーも写りましょー」

「ええ? 俺までそっちに行ったら、誰が撮るんだよ」

「いいからいいから、はいこれ持って、はいこれ被って!」

ぽんぽんと笏と冠を渡されて、目を白黒させているプロデューサー。

……この事務所には、何でもあるみたい。
クリスマスツリーも、カボチャランプも、鬼のお面も、倉庫にあったし。


……なんてことを考えていたら。
カメラを取られたプロデューサーがこっちに押されてきました。

「お内裏様とお雛様、こっち向いて!」

「え、ええっ?」

混乱したまま、一枚。私は変な顔だったと思います。
こんな顔をした雛人形は、他にないんじゃないかな。

「はい、ツーショット頂きました!」

「まったく……お前たちは隙あらば俺を撮ろうとする」

ぶつぶつ言いながら、プロデューサーはカメラを取り返しました。
その間、私は固まりっぱなし。

「仕返しだ、連写してやる。にっこり笑ってろよ」

冠を被ったまま、プロデューサーはカメラを構えました。

すると、みんなが私の周りに集まってきました。
ぎゅっと身を寄せて、ピースする人は手を突きだして、その瞬間を待ちます。

「それでは……うちのお転婆どもがもう少し大人しくなることを祈ってー」

「えーっ!」

「ひどーい!」

ブーイングが飛びました。

「冗談だよ冗談」

すぐにとりなしたプロデューサーが笑って、みんなにも笑顔が戻ります。

状況についていけてなかった私だけど、だんだん、楽しい思いがこみ上げてきました。
ああ、いいな、こういうの……って。

この気持ち、他の人にも伝わるかな。

「では、うちの可愛い娘たちの大成を祈って……」

一枚。

私も含めて……みんなのいい笑顔が写った一枚でした。


 ………………………… ◇ …………………………

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