【百合モバマス】白菊ほたる「七対子は裏切らない」【麻雀】 (52)

白菊ほたるの誕生日SSです

・かこほた要素あり
・黒井社長がウリ専

茄子作
【モバマス】杏「役はこれだけ」【麻雀】
【モバマス】櫻井桃華「令嬢麻雀ですわ」【麻雀】
【モバマス】ヘレン「麻雀を覚えたいの」
【モバマス】棟方愛海「アルピニストは妥協しない」【麻雀】
【モバマス】夕美「百花繚乱!」【麻雀】

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1461048100

三八九九④⑦1355東北中

この配牌は私だ。見ているだけでげんなりするような、バラバラの手。

それにお似合いのちぐはぐなツモ……明るい聴牌の未来なんて全く見えない、灰色の配牌。

聴牌するのはいつも終盤。

大抵他の面子が和了りきるか、流局してしまう。

そんなのが私の配牌だった。

(またラス……)

ノー放銃にかかわらず今日もツモられて最下位になるのも私にとっては見慣れた光景だった。

「すごーい、また茄子さんがトップだよ!」

私はアイドルたちの目を集めている注目の的になっている卓を見た。

鷹富士茄子は346プロ期待の新生アイドルであり

彼女の周りには自然と皆の笑顔があった。

配牌は平均二向聴、配牌時に聴牌している事も珍しくなかった。

私とは似ても似つかない、恵まれた娘だ……。

「じゃあ、ほたると茄子は今回からデュオを組んでもらうな」

ほたるがプロデューサーからデュオを発表されたのは

いつもと変わらないそろそろ春の陽気が見えてきた三月の終わりの事だった。

正月限定の仕事ばかりだった茄子は、これで仕事も増えると嬉しそうだが

ほたるは、自分に関わる人たちは皆不幸になるのではないかと

まだ一抹の不安を抱えていた。

今回新しく出来たアイドルユニットは彼女たちミス・フォーチュンの他にも

姫川友紀・難波笑美・村上巴のB.B.ロワイヤルがあった。

同じ事務所という事もあって、自然と彼女たちとミス・フォーチュンは

親睦を兼ねて卓を囲む事になった。

東一局、一巡目。親はほたる。ドラは四索。

二四四六八①②⑤⑦24568

(タンヤオドラ一、だけどカンチャン多いな……)

ほたるは親という事もあってこの満貫も狙える手を何とかものにしたかった。

第一打で迷ったものの、とりあえず八索を捨てて様子を見る事にした。

しかし二巡目、彼女はここに七索をツモってしまう。

二四四六八①②⑤⑦2456 ツモ7

(うっ……いきなり裏目。五筒辺りを切って牌勢を立て直そう)

そう言って切った直後にツモってきたのが六筒である。

そのままツモ切りすると次のツモが憎らしい事に五筒だった。

二四四六八①②⑦24567 ツモ⑤

嵌張のフリテンほど使い辛いものはない。

ほたるは更に五筒を切り捨てるが

筒子は鬱陶しいくらいに彼女の手牌にしがみついてくる。

二四四六八①②⑦24567 ツモ⑧

(うう……! 五から八の筒子がまた来そうだから、ここはもう
 一筒二筒と落としてペンチャンを整理しよう……)

そう思って一筒を切ったほたるだったが

次の牌をツモった時には流石に己の不幸体質を嘆いた。

二四四六八②⑦⑧24567 ツモ③

こうしてフリテンばかりの順子にまみれた手牌を見ていると

ほたるは急に尿意を覚えた。

彼女は後ろにいた茄子を見上げて頼んだ。

「すみません、茄子さん。ちょっと席外していいですか」

「いいですよ」

「ごめんなさい。こんな手で」

茄子が座った後、ほたるはそそくさとトイレに向かった。

それを聞いた他家はふむとほたるの捨て牌をじっと見る。

(何や、ほたるはん配牌悪いんかいな)

(さっきから筒子の美味しい所ばかり投げてるし、塁を進めるなら今かな?)

「うーんと、これ」

二四四六八②③⑦⑧24567

ここから八萬切りした茄子だったが、彼女の手牌には次巡に四筒が転がり込んできた。

迷ったけれど彼女は七筒を切る。

更に三索三萬と連続で転がりこんできて、八筒六萬の順に切った彼女は聴牌を取った。

「よーしっ、バルカンチェンジリーチ!」

友紀がリーチをかけた時、茄子は自分の手牌を見て、遅まきながら聴牌にやっと気づいた。

二三四四②③④234567

彼女は次のツモの四索を手牌に入れて

四萬を打って追っかけリーチをする。

「お待たせ、茄子さん」

慌てて戻って来たほたるは見違えるような自分の手牌を見て目を擦った。

二三四②③④2344567

(ええ!? ドラ抱えのメンタンピン三色に仕上がってる!)

「あっ、ほたるちゃん。おかえりなさい」

茄子が振り返った時、丁度友紀は一索を切っていた。

しかし、ロンの一声が無いため巴は普通にツモ山から牌をツモっていた。

親満を逃してしまったのだ。

「あっ! 茄子さん!」

「ああっ、私の番ですね」

当たり牌出てると言うよりも前に、茄子はツモ山に手を伸ばした。

「えーとツモです」

二三四②③④2344567 ツモ4

「メンタンピン一発ツモ三色ドラ三……あっ、裏ドラが四筒なんで一万二千オールですね」

「……いきなり親の三倍満とは豪勢じゃのう」

「ちょっ、それっ! ユッキの一索で一発当たっとるやんっ!」

「あっ、本当だ! 親満逃して三倍満をツモるかぁ!」

ほたるだけでなく三人もまた、目を丸くして茄子の手牌を見ていた。

東一局、一本場。親はほたる。ドラは發

一五八④⑤⑤⑥27東西北發

ほたるの配牌である。

彼女はここから五萬、六萬、四筒、六筒を引き、西、北、東、二索と切っていった。

六巡後、彼女はここに七萬をツモった。

五五六八④④⑤⑤⑥⑥78發

タンピンイーペーコーの聴牌を取るため、ほたるはギリギリまで取っておいた發を切った。

次巡――。

五五六七八④④⑤⑤⑥⑥78 ツモ發

(また發……)

今更集める訳にはいかないので、彼女は發をツモ切ってリーチをかける。

「追っかけナックルカーブ!」

すると対面の友紀が二枚切れの中を切って追っかけリーチをかけてきた。

(お願い、ツモって……!)

五五六七八④④⑤⑤⑥⑥78 ツモ發

なんと呪われた巡り合わせか。ほたるは一発ツモで三枚目の發を引いてしまった。

彼女の手からこぼれた牌を見て友紀は元気よくロンと発して牌を倒す。

一一二二三三①②③789發 ロン發

「ローン! リーチ一発チャンタイーペーコードラドラ! 跳満!」

「うわーユッキ、えげつない待ちしよるなー」

脇から笑美と巴が覗き見てうーんと唸る。

友紀はほたるがどうも發をかぶらせているのを見て

同巡に引いた發を中と入れ替えてリーチをかけたのだ。

「へへへ、点棒取り返したぞー!」

東二局、一巡目。親は笑美。ドラは一筒。

一四六九①③③④⑥⑨126

これはほたるの配牌である。

彼女はここから一筒、七索、二筒、六索、七索とツモり

九萬、一萬、九筒、二索、一索と切って六巡目辺りに次のような手にした。

四六①①②③③④⑥6677

ここに五萬をツモってきて、六筒を切った所、

「その六筒、鳴くで」

と親の難波笑美からチーの一声がかかった。

彼女は更に隣の友紀から生牌の東をポンした。

「友紀……ワリャア親に生牌のダブ東を鳴かせてどう落とし前をつける気じゃ?」

「えー、でもあたしも手が入ってるんだよ巴ちゃん」

(笑美さんはダブ東ホンイツ……気をつけなきゃ)

四五六①①②③③④6677 ツモ四

ほたるはここから笑美を警戒して五萬を打った。

次のツモが二筒で七対子を聴牌して、六萬打ち。

これで七対子ドラドラを聴牌、立直をかけず六千四百のダマテンである。

「よーし、いっけぇっっ! バスターエンドランリーチ!」

満を持して、対面の友紀がリーチをかける。

同巡にツモった牌は裏スジの八筒だった。

ドラスジの四筒も危ないという事で、友紀の現物である六索を落とした。

切りづらい筒子を抱えた苦しい手だ。

四四①①②②③③④⑤⑧77

その時、笑美の捨てた北を対面の巴が鳴いて、ドラの一筒を叩き切った。

「……ふん。どうじゃ、当たるか?」

友紀は大げさに腕を左右にスライドさせて叫ぶ。

「セーフッ! 巴ちゃん、セーフッ!」

「強いなー巴っち」

四四①①②②③③④⑤⑧77 ツモ⑤

(あの気迫……巴ちゃんも聴牌したんだ)

同巡、ほたるは五筒を持ってきた。

七筒は友紀の捨て牌にあり、一筒も今通ったから友紀には四筒も通ると思われる。

しかし彼女は安全策として、今通った一筒を切り捨てた。

次のツモが八筒。満貫を逃したが、一筒切りで再度聴牌。

「――ツモ。タンヤオツモチートイ。六千四百です」

四四②②③③④⑤⑤⑧⑧77 ツモ④

ほたるは三人の手を掻い潜って四筒をツモ和了った。

「えー! これアガれると思ったのになー」

二三四四五六⑥⑦⑦⑦345

「さっき倍満アガったのに、そないポンポンアガられてたまるかいな。
 あーうちの親満流れてもうたで」

中中中③③⑤⑥ 東東東 ⑥⑤⑦

「勝負は時の運じゃ。次に賭けたらええ」

一三九九九西西發發發 北北北

「すごーい! ほたるちゃん……!」

「えへへ……」

茄子はほたるの手をぎゅっと握って和了した彼女を温かく祝福する。

B.B.ロワイヤルとの一戦が終わった後、ほたるは茄子と一緒に

ドイツ菓子の出るカフェに行って食事を摂った。

ほたるは冷たい犬を、茄子は熊の前足を注文し、やって来た料理に舌鼓を打つ。

「茄子さんは好きな手ってあるんですか?」

ほたるは冷たい犬のチョコレートを味わいながら茄子に聞いた。

さっきの麻雀ではほたるがトイレに経つ度に

雀卓から悲鳴が聞こえていたものの、結局彼女は

ちょうど原点の二位で終わった。

茄子がずっと打っていればきっとダントツで勝っていた事だろう。

どんな配牌も常に理想形で仕上げて和了する彼女が

どんな手役が好きなのかは気になる所だ。

「私は平和です」

「へー、意外ですね。茄子さんて大物の役を上がっている事が多いから
 天和とか九連宝燈とか言うかと」

「ふふ。天和は自分でやってみると分かるんですが全然楽しくないんですよ。
 せっかく他の人がどう打とうかって理牌している時に
 ごめんなさいって牌を倒して大金を集めるからあまり好きじゃないんです」

ほたるは一度自分でやってみたいとは思ったが

果たしてその気分が分かるのはどのくらい先になるだろうかと苦笑する。

「平和は一翻だし皆に馴染みのある役じゃないですか。
 私、これまでお正月くらいしかお仕事がなかったか
 平和のようにもっとファンの皆さんに多く見てもらえる
 そんなアイドルになりたいんです」

「なるほど」とほたるはうなづいた。

茄子はその豪運ぶりからプロダクションでは座敷わらしや

福の神のように丁重に扱われ、営業に出る事はほとんどなかったのである。

「ほたるちゃんの好きな手は?」

「私は、七対子です」

ほたるは言った。

「うん、さっきの友紀ちゃんたち相手にアガッた七対子はすごかった!」

「私は開幕親の三倍満ツモの方がすごいと思ったけど……」

「あの、七対子はどんな所が好きなんですか?」

「七対子は単騎待ちがイライラするっていう人が多いと思いますけど
 オリる事も攻める事もやりやすい攻防自在な役なんです。
 立直して裏ドラが乗ったらそれでもう満貫だし
 二翻縛りにも強く、手牌はともかくとして当たり牌も
 読まれにくいからやりやすいんです。それに……」

「それに?」

「私、ツキがなくて……いつも配牌を聴牌させるのに苦労するんです。
 でも七対子はどんなに手がバラバラでも六向聴よりひどくはならない。
 二人手を繋いで増えていく対子を見るとね
 苦しい手だけれど頑張って、って
 牌から小人さんたちが応援してくれているようで好きなんです。
 ちょうどライブでアガっちゃった時に来るファンの人の声援、みたいな……」

そんな事を話し合いながら二人は食事を終えた。

年末の特番では、346プロダクションの選りすぐりのアイドルたちが歌う

ドームイベント「パワーオブスマイルフェスティバル」が毎年開催される。

とは言え、全員登場する訳ではなく、アイドルは

その年の出演本数や話題性を加味して、ある程度厳選される。

ほたるは今までそういったものに縁がなかったが、今年は一月から

茄子とのデュオが数多くのメディアで取り沙汰され

「かこほた」という愛称で両ファンから親しまれた。

彼女のおかげでメディア露出の少なかった茄子も

度々ラジオなどに顔を出して認知され始めている。

話題的にも二人が選ばれるのはほぼ確定に思えた。

「あれっ、プロデューサーの声……」

ほたるは取締役の部屋でプロデューサーが声を荒げて言い合っているのを聞いた。

「――では、どうしてもほたるは外すと?」

「ああ。知っての通りパワーオブスマイルフェスティバルは
 リターンの大きい一大イベント、失敗は許されない」

「ですが! ほたるは充分結果を出してます。茄子も一緒に出ればきっと……」

「まあ、茄子君がいれば致命的なハプニングは起こらないだろう。
 しかしだね、株主はそう考えてないようなのだよ。
 君たちの努力を否定する訳ではないが、白菊ほたるという
 不幸を呼ぶ因子はいない方がいい。
 小さなイベントなら任せてもいいが、今回だけは見送ってもらおう」

「……!」

「ただ茄子君には是非とも出てほしい。験担ぎのためにも、ね」

ほたるはそれを聞いてへたり込んだ。

イベントに出されない事がショックなのではない。

自分の不幸体質が忌避されている事がショックだった。

「あっ……!? ほたる!?」

プロデューサーはほたるを追ったがその日から、彼女は帰ってこなかった。

「その子に似たような子なら知っているわよ」

ほたるにつながる有力な情報をもたらしたのは、善永記者だった。

彼女が言うには、最近都市近辺の雀荘で荒稼ぎをしている二人組がいるらしい。

一人はホームレス然とした中年で、もう一人はフードを目深に被った少女だという。

その少女に会うため、プロデューサーはめぼしい雀荘を回り

件の二人連れが来たら是非とも電話して対局させてほしいと交渉した。

果たして一月経たずに見つかったという電話がかかった。

プロデューサーは茄子を連れてタクシーで急ぎ、電話のあった雀荘『無敵艦隊』へと赴いた。

「貴様らか。私たちを待たせたのは?」

『無敵艦隊』に着くと、店内には幾人かの従業員と

髭を生やしたルンペン風の男に件の少女がいた。

男は土にまみれたみすぼらしいコートを

羽織っていながら尊大な態度で茄子たちを迎えた。

「お前は……!」

プロデューサーはその男の声に聞き覚えがあった。

全身に黄疸の徴候を見せ、目が落ち窪んでいて

かなり容貌が変わっていたが、間違いなかった。

業界屈指の切れ者と謳われ、かつ悪評をも併せ持つという

961プロダクション社長、黒井崇男だった。

彼の噂については聞いた事がある。

四条貴音と我那覇響に逃げられ、ジュピターにすら逃げられて以来

その悪評もあってか961プロの門戸を叩く者は絶えて久しかった。

彼は人さらいのように道端で妙齢の娘を拉致して何とか事務所のアイドル数を

稼ごうとしたが、そんな事を警察が許すはずもない。

仕方なく自ら地下アイドルになってセルフプロデュースをしていた。

だがイケメンの宝石箱と称される新興の315プロが賑わう中で

くたびれた中年アイドルに目を向けるものは少ない。

そんな彼は大半のオフを西日暮里のM@R@SITE(@は意味のない伏字)

でウリをして過ごし、それで稼いだ金で糊口をしのいでいるとの噂だ。

「ほたるちゃん!」

「……」

茄子が駆け寄って少女のフードを脱がした。噂は本当だった。

背中辺りまで髪の伸びた少女はほたるだった。

ただ違うのは、茄子やプロデューサーを見ても何も感じず

光のない虚ろな目をしてどこか遠くを見ている、その様子だった。

「黒井社長! ほたるに一体何をしたっ!?」

「何をだとォ? 私は貴様らの捨てたアイドルが可哀想だから
 拾って世話をしたまでの事だ。絶対に負けない雀士としてな!」

「俺たちは捨ててなんていない!」

「どうだか、彼女は言っていたぞ。
 年末のドームコンサートに一人だけ呼ばれないそうじゃないか。
 私は彼女に同情するよ。
 実力がありながら他人の理不尽に屈して従わざるを得ない、その状況にね。
 だがそんな彼女ももうおさらばだ! 俺は彼女を生まれ変わらせた! 
 美城の犬、私と勝負するなら鷹富士茄子を賭けてもらいたい。
 私たちが負ければほたるは返す。
 だが私たちが勝てば茄子をもらい受ける」

ふざけるな、とプロデューサーは怒鳴った。

返すだのもらい受けるだの、アイドルは物ではない。

拉致しておいて盗人猛々しいとはこの事だ。

「その約束は信用出来ますか?」

「茄子、やめろ。こんな取り引きなんか信用出来るか」

「はい。でも私……ほたるちゃんに帰って来て欲しいんです」

「……。分かった。黒井社長、悪いですが
 こっちの幸運の女神はちょっとやそっとでは倒せませんよ」

「ふふふ、私のほたるも負けはしない」

「ほたるちゃん……」

「……」

「さぁ、始めようではないか。地獄へといざなう破滅のワルツをな……!」

東一局、親は茄子。ドラは五筒。

「リーチ」
五巡目、起家の茄子は八筒を切って三面張のリーチをかけた。
その三巡後、彼女は七筒をツモ和了った。

②③④⑤⑥⑨⑨東東東發發發

「ツモ。リーチツモダブ東發ホンイツ」
「そら見ろ、一局目から親倍だ」

茄子の豪運ツモにより、プロデューサーは舞い上がった。
起家では理想の出だしであり幸先は良いと言えた。

「……」
「ほたるちゃん……」
だが茄子は、終始黙ったままのほたるを心配そうに見つめていた。
開局八千オールも彼女の感情を動かす事は出来なかった。

東一局、一本場。親は茄子。ドラは八筒

七八④⑦⑦⑨24東北北發中

ほたるの配牌は辛うじて萬子に順子ターツがあるだけで
チャンタでもかなり時間がかかりそうな牌勢である。
彼女は一索、九萬、八筒、三索をツモり、四索、東、發、中の巡に切っていく。

「リーチ」
次巡、茄子は五筒を引き入れて聴牌。
七筒を打ち、三四六萬の変則三面張でリーチに出た。

四五六八八④⑤⑤⑤456

茄子の捨て牌:西南②①⑦

同巡、当たり牌の六筒をツモったほたるは現物の七筒を切って回す。

七八九④⑦⑦⑧⑨123北北 ツモ⑥ 打⑦

しかし、次に二筒をツモった際、現物を切らずにドラソバの九筒を切ってリーチをかけた。

七八九②④⑥⑦⑧123北北

「――ツモ。リーチツモドラ一」

ほたるは二巡後に三筒をツモ和了った。

三千九百点だが、腑に落ちない打ち筋にプロデューサーは首を捻った。

以前のほたるなら、勝負手でない場合は

自風の北を二枚切ったり、二筒を切ったりして降りる。

あるいは筋に頼って四筒を切って当たっていたかもしれない。

七筒切りはともかく、六巡目に現物を抱えて愚形の追っかけをする娘ではないのだ。

「彼女のリーチが気になるか?」

プロデューサーの対面である黒井が不敵に笑った。

「悪いが、今の白菊ほたるは和了を決して逃したりはしない。

 常に最短最速で聴牌して和了る」

「そんな事が……」

「出来るさ。運の女神に嫌われていた彼女に、私は力を与えた。
 女神を殴り、屈服させるほどの力をな」

東二局。親はP。ドラは四萬

一四七①①④⑤⑤⑧⑨67北

ほたるの配牌である。彼女は早速一萬をツモして、北を打つ。

問題なのは二巡目に七萬をツモり、ドラの四萬を早々と切っている。

トイトイにしろ七対子にしろもう少し手の内で温存して

しかるべきなのに、彼女はあっさりとこのクズ手からドラを捨てたのだ。

「リーチ」

次巡に対面の茄子が、六筒を引き入れて次のような手で聴牌した。

高め七萬でメンタンピン三色ドラ三の倍満である。

二三四四四五六⑤⑥⑦567

ほたるはこの直後に七萬をツモり、辺張を残して四筒を切った。

一一七七①①④⑤⑤⑧⑨67

次もまた一筒一萬とツモり、通ってもいない索子の両面ターツを落としていく。

「……カン」

一一一七七七①①①⑤⑤⑧⑨ ツモ七

当たり牌をカンツにして、ほたるは嶺上牌から一萬を引いてきた。

「……カン」

①①①⑤⑤⑧⑨ 一■■一 七■■七

八筒をツモったがここで彼女は四暗刻聴牌を捨て、そのままツモ切りをする。

「リーチ」

最早当たり牌を失った茄子は、引いてきた七筒を捨てるしかなかった。

「ロン。リーチ一発三暗刻」

二巡目のドラ切りのタイミング、四暗刻を捨ててのペン七筒待ち。

茄子とプロデューサーは悪夢のようにその手牌を見ていた。

「ほたる、何で四暗刻聴牌に取らなかった?」

プロデューサーは聞いた。五筒は茄子の手牌に一枚

そしてプロデューサーが捨ててあるだけだ。

「……」

ほたるは何も答えず輝きを失った眼で三枚の裏ドラをめくった。

カン裏には、五筒一枚と八筒二枚が沈んでいた。

茄子の三面待ち、和了れない四暗刻……。

彼女は嶺上牌の一萬だけでなく、これらの在処すらも見透していたかのようだ。

「……ドラが二つ。一万二千」

東三局。親はほたる。ドラは三索

一二四八⑥⑧⑨1259東西北

ほたるの奇妙な闘牌は更に続く。

このクズ手を彼女は四巡目でこのように仕上げた。

一二四四四八八④⑥⑧⑨12

この後彼女は七筒五筒と引き、ドラ受けの索子の辺張を嫌って聴牌。

リーチはかけなかった。

「リーチ」

二三三三③③③233334

対面の茄子がドラの三索を四枚抱えた高め倍満の五萬切りリーチを繰り出す。

次巡、ほたるは二萬をツモった。当たり牌である。

彼女はスジのそれを切らずに無スジの九筒を切った。

一二二四四四八八④⑤⑥⑦⑧

更にほたるは二萬をツモり、八筒を切る。

一二二二四四四八八④⑤⑥⑦

十巡目に、三枚目の八萬をツモったほたるは、また聴牌に復帰した。

ワンチャンスの一萬を切って確定タンヤオ三暗刻のノベタンに取らず

彼女は躊躇なく三枚目の無スジである七筒を切った。

「――ツモ。ツモのみ」

一二二二四四四八八八④⑤⑥ ツモ三

三萬を引き和了ったほたるは、波紋も立たない水面のように静かだった。

東三局、一本場。親はほたる。ドラは八索。

一八九⑤12246688發發

この配牌でほたるは、六索を打った。

索子、しかも二・六・八索二枚に四索一枚、そして發二枚を抱えたこの手は

混一色、それも大物手の緑一色まで狙えるものだったが、彼女は意に介さなかった。

次巡以降、一萬、七萬、七索、一萬とツモり

彼女は二索、五筒、四索と切っていく。

「リーチ」

一一七八九126788發發

六巡目に、ほたるはここに一萬をツモってドラの八索を切り、リーチをかける。

前局は役なし聴牌をダマテンで回したのに

發の引き入れを待たずここでは即リーだ。

二四四②③④2334678

同巡、茄子は四萬をツモり、六索の筋の三索を切ってリーチをかけた。

「――ロン。立直一発ドラ一」

その後も、ほたるは表情を変えないまま淡々とツモり

淡々とクズ配牌を不思議な打ち方で聴牌させて和了っていく。

気がつけば茄子の親倍リードは削りに削られて逆転していた。

「ツモ」「ロン」というその細く儚げな声には喜びや楽しみというものが

一切なく、彼女がただ麻雀を和了するだけのマシーンになっていると感じさせた。

東三局、五本場。親はほたる。ドラは東

五五八②④⑦⑧4456南北

茄子はかさついた配牌を見て絶句した。

彼女の配牌は既に枯れてしまっていた。

五五八②④⑦⑧234456 ツモ七

八巡目に茄子は二筒を切った。

運命の女神を捩じ伏せたほたるの和了が続いたからか

卓全体が無味乾燥した肌寒い雰囲気に飲み込まれている。

ほぼ好配牌しか扱っていない茄子と

クズ配牌のスペシャリストのほたる……その差は歴然である。

「ポン」

二二三三②②③223457

対面のほたるが二筒をポンして、九索を捨てた。

続いて彼女は茄子の捨てた二索も鳴いてカン四萬聴牌に取る。

二五五七八⑦⑧234456 ツモ九

それから三巡目、一応茄子は聴牌したがドラもないリーチ平和のみの手である。

あれほど好きだった平和も、ここでは何やらうすら寒い表情を彼女に見せた。

「リーチ」

「――ロン。タンヤオ三色同刻」

そしてやっと実った聴牌も、動いたほたるが無残にも摘み取ってしまう。

二二三三345 222 ②②② ロン二

東三局、七本場。親はほたる。ドラは西

五六①②⑥⑦14569南白

「……! これだ!」

茄子はこの配牌でいきなり順子の六索を切った。

そして六巡目に僅差でほたるより前にツモ和了った。

五五六六②②⑤⑤⑦⑦499 ツモ4

「チートイツモ。八百、千六百」

「七……対……子……」

ほたるの手がピクリとわずかながら動いた。

どこを見ているのか分からないその瞳で

彼女は茄子の手牌をずっと見ていた。

「ほたるちゃん、私の手を見ていて」茄子は腹から絞るように言った。

(私は、ほたるちゃんの打ち方が好き……
 手作りの楽しさを知らない私は、悪い手を
 どんどん形にして最後に笑うほたるちゃんが大好き。
 ほたるちゃんの七対子は……どんなに波が出て荒れていても
 希望の灯を絶やさない灯台のような手……
 七対子は、ほたるちゃんを絶対裏切らない!)

南一局。親は茄子。ドラは中

一三五③③⑤⑦379東白發

二回目の親が回って来たものの、茄子の配牌は

もう目も当てられないくらい悪くなっていた。

これが平均二向聴の女王、鷹富士茄子の配牌かと目を疑うほどに。

無理な打ち方をして配牌の僅かな恩恵をかなぐり捨てていった報いかもしれない。

「ロン。タンヤオチートイ!」

「ロン。チートイドラドラ!」

「ツモ。チートイツモ!」

しかし、それでも彼女は七対子ばかりを狙い、チンイツもタンヤオ三色も

全て切り捨てて安手でほたるから和了っていく。

「七対子……」

通算四回目の七対子を和了ったその時、幽かだがほたるの表情が揺らいだ。

「お願い、ほたるちゃんっ! 私と……一緒に歌ってっ!」

茄子は五回目の七対子を和了して叫んだ。

魂の震えるような悲痛な叫びを聞き、ほたるの瞳に光が差していった。

「……。茄子……さん……?」

「ほたる……!」

「ほたるちゃん!」

椅子にぐったりとしたほたるの傍に、プロデューサーと茄子が駆け寄る。

ほたるはやや呆けたようにプロデューサーと茄子を交互に見ていた。

茄子はほたるの手を暖かく握って泣いている。

茄子の思いがほたるを地獄の深淵から掬い上げたのだ。

「私……この人に会って……」

ほたるは幽かな記憶を思い出しながら話して聞かせた。

あの後事務所を飛び出したほたるは道で黒井と出会った。

彼は親切な人間を装って彼女を人気のない路地に連れ込み催眠を施した。

それからは鬼神と化した彼女を連れ立って羽振りのいい雀荘の人間を

相手に荒稼ぎをして暮らしていたのだという。

「黒井社長、ほたるの洗脳は解けた。彼女はもう貴方には協力しない。
 無様な失態を晒す前につまらない勝負を終えてはどうか」

「――ふん。舐めないでもらいたいものだ。協力だと?
 ほたるがいなくても私が貴様たちを全員屠れば当初の目的通りだ。
 何も変わらない」

黒井はそう言い捨てた。

(ほたるが切り札ではないのか?
 三人を敵に回してトップを勝ち取る自信があると)

南一局、三本場。親は茄子。ドラは白

「ポン」

黒井は第一ツモを待たずにプロデューサーの五筒をポンして、四筒を切った。

次巡に六萬をツモり、この手から彼は二索を切る。

二三四七八九①②2白 ⑤⑤⑤ ツモ六

「チー」

筒子の清一色を警戒したほたるから五萬が出た。

彼はそれすら鳴いて、二筒を切った。

更にドラの白を引いて一筒打って聴牌する。

二三七八九白白 五四六 ⑤⑤⑤

タンヤオ手だと判断したプロデューサーから出た一萬で彼は和了した。

「ロン。イッツードラドラ。三本場は四千八百点」

ほたるの打ち筋も奇妙だったが、黒井のこの手も

三人に何やらおぞましいものを感じさせていた。

南二局、親はプロデューサー。ドラは南

二四六⑤⑥⑥⑧457南西發

二巡目に黒井はこの手で、ほたるから三索をチーした。

その直後に二萬をツモって發を切る。

二二四六⑤⑥⑥⑧7南 345

「リーチ!」

「ポン」

対面のプロデューサーから出た二萬をポンし、黒井は七索を打つ。

七索は無スジである。これで雀頭がなくなってしまった訳だが

黒井は意に介さずに場を荒らした。

四六⑤⑥⑥⑧南 二二二 345

六巡目に黒井はドラの南を引いて、八筒を打つ。

更にほたるから五萬をチーして五筒を切る。

六筒と南の片アガリのみのシャボテンにしたのだ。

「――ロン。南ドラ三」

リーチ後のプロデューサーが切った南が河に沈むと、黒井は強く牌を倒した。

⑥⑥南南 五四六 二二二 345

黒井の手牌は、彼が鳴き続ける事で異様な伸びを見せてくる。

(ふん。タコ鳴きとでも何とでも思うがいい。
 落ちぶれてから私は大勢の男たちをこの身に受け入れてきた……。
 ガチムチ、ジャニ、中年の[ピザ]……。
 ホームレス、巨根のホモ男優、野球選手、ヤクザ、土方の親父……。
 中国人、韓国人、ブラジル人、ロシア人、黒人……。
 デカいものから臭いものまで何でも咥えて啜り飲み、頭から足、穴の皺まで汚れきった。
 だから、もう私は拒まない。どんなものでも、どんな場所でも俺は喰らう。
 喰らって喰らって、そいつらをそっくり支配してやるのだ……!)

後日プロデューサーが業界人に聞いた話によると

彼はこの時、どうも外国人から性病をもらっていたそうだ。

入院すら必要だったのだが病院にいては事務所の資金を稼げない

という事で彼はしばしば抜け出したという。

既に身体には病魔の特徴まで出ていて、病状はかなり進行していた。

彼は焦っていた。

己の身体を蝕む忌まわしい病魔が喰らい尽くす前に

あの憎きライバル高木順一郎をどうしても倒したかったのだ。

オーラス、親は黒井。ドラは三筒。

一二五五②②③46白白中中 

「ポン」

中を鳴いて、黒井は一萬を打つ。

この手をトイトイに仕上げるとすると

どうしてもドラの三筒の処理が厳しくなってくる。

彼は一萬を打ってさらにほたるから一筒をチーした。

二萬切りして中ドラ一にするつもりらしい。

五五②46白白 ①②③ 中中中

黒井は七巡目に五萬を引いて暗刻にし、カン五索で聴牌に取った。

五五五46白白 ①②③ 中中中

プロデューサーが發を暗カンした。

大三元を警戒していた茄子はようやく白を切ってリーチをかける。

「ポン」

黒井は六索を切り、四索単騎に聴牌を変えた。
ここでプロデューサーは善永記者の語っていた一人の雀ゴロの話を思い出した。

――少し前の話なんだけどね、副都心辺りの雀荘に変わった男がいたの。
人の捨て牌は何でも鳴き倒すタコみたいな打ち手で
しかも最初は何の役もないのに、鳴いているうちに役をつけて和了るの。
それも鳴けば鳴いた分だけ点数も高くなるってやつ。
確か『哭きの鷹』だか『哭きの蛸』だか呼ばれていたはずよ。
勝率は高かったけれど結局その打ち手は店にいた他の雀士に嫌がられて
雀荘から消えたらしいけれど――

「黒井社長、貴方はまさか、哭きの――」
「カン」

五五五4 白白白 ①②③ 中中中

プロデューサーの話に応えず、七巡目にツモってきた白を黒井はカンし

嶺上牌から七萬をツモって四索を打った。

五五五七 白白白白 ①②③ 中中中

「ツモって……!」

茄子から出てきた四枚目の五萬を黒井はカンした。

「ツモ。リャンシャンツモ白中ドラ四」

七 五五五五 白白白白 ①②③ 中中中 ツモ七

最後にひっくり返されたカンドラは、残り一枚しかなかった中だった。
しかし跳ね満を和了った男の声は暗く鋭い。
それはまるで母を恋しがる赤ん坊の泣き声のように三人の耳に響いた。

オーラス、一本場。親は黒井。ドラは一筒

一二②③③④⑥⑦⑧56白西

ほたるが嫌った八筒九筒の辺張を、この手から

六巡と経たないうちに黒井は立て続けに鳴いた。

②③③④6西白 ⑧⑥⑦ ⑨⑦⑧

更にリーチをかけたプロデューサーの三筒をポンして、六索を打つ。

次巡、バラバラの手牌のうち二筒が重なって黒井は西を打った。

②②④白 ③③③ ⑧⑥⑦ ⑨⑦⑧

一筒を雀頭にした茄子が二筒を切ると、黒井は躊躇う事なくそれをポンした。

白を打って四筒単騎待ちにしたのだ。

④ ②②② ③③③ ⑧⑥⑦ ⑨⑦⑧

(これは切れない……)

五六七⑤⑥⑦56777中中中 ツモ④

四筒をほたるは止めて、代わりに中を切っていった。

「カン」

黒井は引いてきた三筒をカンした。

次の嶺上牌は二筒で、それも彼は当然の如くカンした。

④ ②②②② ③③③③ ⑧⑥⑦ ⑨⑦⑧ ツモ④

「ツモ……リャンシャンツモチンイツドラ四。八千百オール」

オーラス、七本場。親は黒井。ドラは三筒。

(……これは……!)

一四九①⑤⑨15東南西發白

配牌を眺めてほたるは息をのんだ。

彼女と目が合った茄子は意味ありげにうなづいて次の手牌から六萬を捨てる。

三三四六248東南西西北白白

「ポン」

ツモ牌の感触を見る事なく、黒井は茄子の切った六萬を鳴いた。

五萬を切った直後の彼の手牌は次の通りである。

二八八九6888⑤⑤ 六六六

「……ポン!」

黒井の対面にいるプロデューサーがその五萬をポンし、二索を打つ。

続いてほたるの手から出た五筒を黒井はポン、二萬を切った。

そして三巡が過ぎた頃、茄子から出た八索をカンして、嶺上牌をめくった。

新しいドラ表示牌は四筒、三枚の五筒がドラとして乗った事になる。

八八九6 8888 ⑤⑤⑤ 六六六 ツモ八

三枚目の八萬をツモって黒井は沈思黙考した末に六索を切った。

両脇にいるほたると茄子は手牌から中張牌を立て続けに切っていて

少なくともチャンタ手を目指しているようだ。

しかしプロデューサーと黒井の二人が中張牌を食い散らかしているため

まともな順子が育つ訳がない。

七対子か同じトイツ手、場合によっては国士無双もあるかもしれない。

それを警戒して彼は九萬を手元に置いておく事にした。

「……ポン!」

黒井から出てきた六索をプロデューサーはポンして、生牌の北を打つ。

既に場は終盤、ほたると茄子が公九系のテンパっていても不思議はなかった。

しかし両者はまったくそれに反応せずにツモった牌をそのまま切っていった。

(まだ手にはなっていないようだな……)

「カン!」

二巡目に黒井は引いてきた五筒をカンして、嶺上牌から四枚目の六萬を引いてきた。

「カンッ!」

八八八九 8888 ⑤⑤⑤⑤ 六六六六

新ドラが八萬だったので、これで七萬が出ても三槓子ドラ七の親倍満になる。

(高めでトイトイもついたら三倍満……
 白菊ほたるや鷹富士茄子から出てもトビで終了だ!)

大物手を仕上げた黒井は不気味な笑みを浮かべて

獲物を屠らんとする野獣の眼光を前方の人間たちに向けていく。

「ポンッ!」

プロデューサーは黒井のツモ切った三索をポンした。

そして、その次巡――何を思ったのかプロデューサーは手の中から八萬を切リ捨てた。

「カンッッ!!」

何でも鳴く黒井は当然それをカンした。

九 八八八八 8888 ⑤⑤⑤⑤ 六六六六 ツモ北

四槓子を聴牌した黒井が引いてきたのは、二枚目の北だった。

(何故ドラの八萬を切った……?)

黒井は思考を巡らせた。九萬は場に出てない。

捨て牌から大物手をただよわせている両脇の美少女たちは

先程プロデューサーの出した生牌の北や發に全くの無反応だった。

おそらくまだ一向聴か、聴牌しても他の公九牌で待っているに違いない。

(奴は左端から二番目の牌を切った……。だが聴牌と読んでも
 暗刻抱えの状態から単騎待ちにして切るのは不自然だ。
 単騎待ちなら、このような形。九萬は両隣に危険牌だから
 まだ八萬の方が通りやすいと思うに違いない)

九八@@@

(あるいは、この形のシャボテンか?
 七萬はドラ表示牌に一つあって枯れているが
 いずれせよあいつの手にはまだ萬子はある)

七八@@七 七八九九七 

(あいつはせいぜいトイトイかタンヤオの安い手。
 この九萬を切ってもこの局はそのまま終了してしまうから和了れはしない。
 だが、この九萬が果たして奴の両隣に通るか、だ。
 北は奴らがツモ切っている時に、この男が一枚切っている。
 という事は、少なくともまだ北は通る……か)

黒井はここで、北をそのまま切った。

「墓穴を掘りましたね、黒井社長」

プロデューサーは言った。

「何だと?」

「その手は大人しく倍満で止めておくべきだった。
 必要のない役満に目が眩んだために足場を踏み外してしまった。
 あとは深い谷底に落ちていくだけだ」

「偉そうに何をほざくか! そんな事は和了ってから言うものだ!」

「プロデューサーはあくまで裏方……和了るのは俺じゃない」

そう言い放った後、黒井は冷や汗を流して茄子とほたるの手牌を交互に見つめた。

「……仕上がったな? 二人共」

対面のルンペンと対照的に、プロデューサーが笑顔でほたると茄子を交互に見た。

「はい、プロデューサーさん」

「お待たせしました」

茄子とほたるは軽く一礼をした後、それぞれの手牌をゆっくりと前に倒した。


ほたる「――ロン。国士無双十三面」

一九①⑨19東南西北白発中


茄子「――ロン。字一色」

東東南南西西北白白発発中中

「な、何だと……! そんな、バカな……!」

黒井は卓に拳を振り落した。その細くなった肩は怒りと驚きに震えている。

役満とダブル役満の計九万六千点の直撃を喰らい、彼は全身の血の気が引いた。

茄子は四巡目、ほたるはプロデューサーが北を切った時点で既に聴牌をしていた。

役満手の見逃し、ほたるに至ってはプロデューサーの

出した当たり牌を二枚共スルーした末の和了である。

読み切ったプロデューサーが黒井から当たり牌を引き出すために打った

狡猾な奇策だったが、到底常人に考えられるものではない。

「貴様! いったいどんな手から……っっ!」

黒井はプロデューサーの手牌を倒した。

七567 333 666 五五五

「ふざけるな! その手で何故ドラ単騎に受けないっ!?」

「黒井社長、流れはそっちにありました。
 ほたると茄子は親への役満直撃でなければ和了れない。
 俺の出した本来出ないはずの八萬を鳴かずにいれば、恐らく次のツモで……」

プロデューサーがほたるのツモるはずの牌をひっくり返した。

それは、七萬だった。

「――ほたるが七萬を切って彼女はトビ。それで終了だ。
 貴方は自らの意志で、進んで八萬(どく)をその身に受けた訳ですよ」

「……。クッ……ハハハハハハ! 美城の犬よ!
 今日の所は勝ちを譲ってやろう!
 だがいつか、私は貴様らからアイドルを奪い
 そして、そしていつか高木を……!」

ほたるを帰した黒井は空威張りに似た高笑いを響かせて雀荘を後にした。

それから黒井崇男の姿を見た者は、誰もいなかったという。

「ほたる……」

ほたるの手をプロデューサーは熱く握った。

彼は深々と頭を下げて彼女に詫びた。

「今まで頑張ってきたお前を不安にさせて、済まなかった……。
 お前のパワーオブスマイルへの参加権は
 俺がこのクビを賭けてでも絶対にもぎ取ってくる。
 だから安心して茄子とレッスンに励んでくれ」

「プロデューサー……でも……」

プロデューサーはほたるに微笑みかけた。

「茄子だけじゃない、ほたるだって俺が見つけてきた大切なアイドルだ。
 実力だって、この一年で随分と身につけた。
 俺は当然の権利を主張するつもりだ。だから、ドームを埋め尽くす
 大勢のファンたちの前で、お前は笑顔を見せて歌って欲しい」

するとプロデューサーの隣から茄子が小肘で脇腹を軽く突いた。

「プロデューサーさん、大切な一言を忘れてますよ」

「! ああ、そうだな。……ほたる、お帰り」

ほたるは涙を流して茄子とプロデューサーに抱きついた。

疫病神扱いされた自分を大切に思い

必死に取り返そうとしてくれた人たちがいる。

それだけで嬉しかった。

プロデューサーはほたるの出場権を彼女のファンたちの支持も

味方にして、上層部に粘り強く交渉した。

上層部は疫病神扱いしているほたるの参加を最後まで拒み続けた。

交渉の末、彼は半年間の減棒、万が一の事態になれば

そのまま退職金なしの解雇というとんでもない条件で

ほたるの出場権を取締役たちに何とか承諾させた。

そしてドームで行われたパワーオブスマイルフェスティバルは

電車やバスの遅延から照明音響の不具合など、ハプニングも多かった。

しかし集まったファンたちは、ほたるやそのファンを憎む事なくコンサートを楽しんだ。

ほたると茄子のデュエットソングはやはり目玉となるに相応しい盛り上がりを見せた。

これなら上層部の機嫌も少しは治るに違いないと胸を撫で下ろす。

イベントの一つとして企画された「花嫁のブーケシュート」では

ウェディングドレスに身を包んだアイドルたちが

ブーケの模様が描かれたサッカーボールを

女の子の名前を冠した九マスのパネルに蹴って

先に誰がビンゴするかを競うゲームだ。

ジュリ、ナオミ、マヤコ、ヒロミ、アキコなど

ブーケを受け取る女の子の名前を冠したパネルが次々と蹴り破られていく。

「へへっ! これで三枚目だ!」

ジュリのパネルを蹴った結城晴は満足げに笑っている。

企画者は彼女のサッカーが上手すぎるからと

今年から他のアイドル五人を相手取らせ一対五の勝負にしたが

それでも彼女はサッカーが上手くて五人組の方が負けそうだった。

おまけに晴は番組進行を考えずにそのまま本気で勝利するつもりらしく

何度もビンゴを狙って左下のチアキを狙うが、中々パネルが落ちない。

その間に、佐藤心・姫川友紀がそれぞれマヤコ・アキコのパネルを倒してダブル立直をかけた。

そしていよいよトリのほたるの番になった。

パネル図

┏━━┳━━┳━━┓
┃01 ┃02 ┃03 ┃ 
┣━━╋━━╋━━┫
┃04 ┃05 ┃06 ┃ 
┣━━╋━━╋━━┫
┃07 ┃08 ┃09 ┃
┗━━┻━━┻━━┛

01:ジュリ
02:ナオミ
03:アサミ(残)
04:ヒロミ
05:エリコ(残)
06:アキコ
07:チアキ(残)
08:マヤコ
09:リエ(残)

「言っておくがほたる、茄子の助けはなしだからな」

晴は釘を指した。別に彼は轟運の持ち主である茄子にほたるが

バトンタッチするのを恐れて牽制した訳ではない。

勝利の美学を重んじる彼女は、単にほたる自身の力で

ぶつかってほしいだけなのだ。

(頑張らなきゃ、私……)

このシュートを外したら次は晴がシュートを必ず決める。

彼女がシュートを外す事は今までの彼女の足さばきから、まずあり得そうになかった。

ゲームとはいえ味方が自分のために負けてしまう所を想像すると

ほたるはすくんで中々足を踏み込めない。

「待って」

その時、ギャラリー席にいた茄子がゆっくりと静かにほたるに近づいた。

「茄子、助太刀はなしだぞ! これはオレとほたるの勝負なんだから」

「はい、分かりました。晴ちゃん、すぐに済ましますね」

晴にそう微笑んで言うと、茄子はほたるに抱き寄って軽くその桜色の唇を奪った。

「なあっ……ッッッッ!?」

晴をはじめとしてその場を見守っていたアイドル、ファン、スタッフは黄色い声を上げた。

ほたるは完全に思考を停止してしまい、状況が把握出来ないでいた。

江上椿と高森藍子のシャッター音の響く中で

三十秒にも満たない間だったが、茄子はその時ほたるを独占していた。

「!? !? !??」

何をされたかをようやく知って、ほたるは耳朶まで

真っ赤にしてあたふたと言葉を探している。

しかし彼女より早く、晴が茄子に食ってかかる。

「な、何、ほたるにっ、キキキキ、キスしてんだよ!」

まだ女同士どころか男女間のキスも知らない晴は

いけないものを見てしまったという興奮と罪悪感にプチパニックを

起こしつつ、顔をイチゴのように染めて口走る。

「手は出してませんよ? これは勝負に勝つためのおまじないです」

茄子は澄ました顔で軽く舌を出して笑った。

(ほたるちゃん、私のラッキー分けてあげるね……♪)

そう囁かれたほたるは、さっきの緊迫した緊張がぶっ飛んでしまい

やや恥ずかしさをぶつけるようにボールを蹴った。

ボールは弧を描いて枠に思いっきりぶつかって跳ね返る。

ダメだったかと観客が諦めたその瞬間、パタンとエリコの枠だけが後方に倒れた。

「おおっと、ここでエリコが、エリコが何とゴールイン! ダブルビンゴ達成です!」

こうして、ゲームはほたるのスーパプレイによって逆転勝利となった。

彼女は恥じらいながらも仲間たちから胴上げされて今生の幸福に酔いしれていた。

茄子がキスした時の瞬間視聴率は八十九パーセントを記録し

更にその後の視聴率も驚くべき数字で製作スタッフはみんなホクホク顔になっていたという。

プロデューサーは解雇がなくなった事を安堵しながら

手を取り合って喜ぶほたると茄子の二人をじっと見ていた。

以上です。ほたる誕生日おめでとう!
あと、もっとモバマスキャラの麻雀SSが増えますように

かな子「>>13のお菓子はこちらを参考にしました」
http://europeanlife.web.fc2.com/cooking/rezept-mit-lustigen-namen.html

ちひろさんが天使なSSってどれくらいあるんだろう
最初の二次創作で日野富子系の味付けが目立っていたけれど
最近はかなりサービスしてくれているし思ったよりも増えてそう

誤爆した

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom