渋谷凛「行ってきます」 (12)
数年前のある日、少女は男に出会った。
「あなたとならば頂点に辿り着ける」
男はそう言って手を差し出す。
少女は訝しがりながらも男の手を取った。
こうして歯車は小気味の良い音を立てながら回り出す。
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男は少女に曲とドレスを贈った。
「行ってきます」
ドレスを身に纏った少女はステージに立つ前に決まって男にそう告げる。
振り返ることはただの一度もなかった。
「行ってらっしゃい」
男の言葉を背中で受け取ると少女は光の中へと進んで行く。
これが少女と男の日常であった。
少女は男の期待にステージで応えた。
「よくやった。お疲れ様」
スーツを着込んだ男はステージが終わった後に決まって少女にそう告げる。
視線が合わないことはただの一度もなかった。
「ありがとう」
肩で息をする少女が頬を緩ませ礼を述べる。
男は黙ってタオルと常温のスポーツドリンクを差し出す。
これが男と少女の日常であった。
そんな日々を繰り返すうちにいつしか少女はトップアイドルと呼ばれるようになった。
「いつの間にか遠くまで来ちゃったね」
そう言って彼女はデビューシングルのジャケットを撫でる。
「いつの間にかトップなんて大層な称号が付くようになっちまったなぁ」
男はパソコンから目を離して彼女の方へと向き直りそう呟く。
「私達のゴールってどこなんだろうね」
彼女は漠然とした質問を投げかける。
男は眉を少し上げて「さぁ?」と返す。
少なくとも“此処”ではない。
あの日の少女の名は渋谷凛。
女子高生。
現在の彼女の名は渋谷凛。
トップアイドル。
外見は変われども彼女の芯はぶれていない。
どれほどの喝采を浴びようとも彼女の瞳は変わらぬ場所を映している。
ならば、男の取るべき行動は一つである。
「約束は守るよ」
男は自身に誓うかのように呟く。
「じゃあ行こうか」
彼女はそう言って手を差し出す。
男は迷うことなくその手を取った。
こうして歯車は再び回り出す。
***
「183分の1」
アイドルの中のアイドル、シンデレラガール。
口に出してみると改めてその倍率にゾッとする。
私は、渋谷凛は一度シンデレラガールになっている。
にも関わらずこうしてまたこの舞台に帰ってきた。
お前は贅沢だ、と言われてしまうだろうか。
お前は我儘だ、と言われてしまうだろうか。
私はそれでも構わない。
自分の気持ちに嘘をつくくらいならばそっちの方が何倍もマシだ。
あのガラスの靴を履きたい子がたくさんいるのは私も知っている。
だけど、それは私が進むのを諦めていい理由にはならない。
私をここまで育ててくれたプロデューサーと
私をここまで支えてくれたファンのために。
二足目のガラスの靴を持って帰りたい。
彼が渋谷凛のプロデューサーであることを誇れるように。
ファンのみんなが自慢できるような存在であるために。
ドレスを身に纏った私は振り返って彼を見る。
「行ってらっしゃい」
スーツを着込みそう言った彼の瞳はステージを映していた。
「不安そうな顔しないでよ」
私がそう言うと彼は、はっとして私を見る。
「そう、だな。信じてる」
「うん。待ってて」
大きく深呼吸をして「よし」と呟き光の中へと歩き出す。
「行ってきます」
おわり
この話の続きは20日後に皆様の手で。
どうか渋谷凛に皆様の力をお貸しください。
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