龍崎薫「コーヒーが飲めたら大人、かな?」 (133)



※キャラ崩壊

※テンプレなネタ

※長い

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ガチャ

薫「おはよーございまー!」

薫(えへへ。今日もレッスンがんばるぞー!)

薫(いっぱいレッスンして、がんばって――)

薫(そしたらせんせぇ、いっぱい褒めてくれるかなー♪)



薫(あ、せんせぇだっ! あいさつしなきゃ)

薫「せんせ――」



「うふふ、Pさぁん? さっきPさんのデスクを掃除していたら、こんなものが見つかったんですけど」

「『すべすべつるぺたん娘 ロリッ子ボディに三連発』……? ふふ、なんだか面白いタイトルの本ですね」

「そんなPさん! この前まで『世話焼き押しかけ女房 昼も夜も新婚性活!』がお気に入りだったじゃないですかっ!」

「Pさん……『私のものになれ 初々天使とイチャラブ三昧!』、気に入ってもらえませんでしたか……?」

「待て待てっ! っていうか、なんでお前たちが俺の蔵書のラインナップを知ってるんだよ!」



「そんなことは今どうでもいいんです」

「Pさん……やっぱり小さい子じゃないと興奮しないんですか……?」

「だ、旦那さんがロリコンは……うむむ……」

「い、いや! そもそもそんな本に見覚えはないぞ!?」

「っていうか、それより聞きたいことが――」

「本当、ですか?」

「あ、当たり前じゃないか! 大体、子供に欲情なんてするわけないだろっ!」

「俺は愛するならしっかりした大人の女性がいいんだ! それが普通だろっ!」

「ってそうじゃなくて、お前ら――」

「お、大人かぁ……。でも私、あんまり大きくないです……」

「まあ、私たちだってそのうち大人にはなるけど……」

「……でも、やっぱりPさんには、今の私たちもちゃんと見てほしいですよね……?」

「そうだね!」

「……うん!」

「ちょ、ちょっと待て! なんでにじり寄っ――」どすっ!

アイカワラズ、ナガレルヨウナアテミデスネ

エヘヘ

ジャアコレヲ、リボンデマイテ

ワァ、キレイナラッピングダネ

ウフ、ソレホドデモ

ア、ワタシタンカモッテキタヨ!

サスガジュンビイイデスネ

「あら? ページの間から……長い髪の毛?」



薫(うわぁ! せんせぇ、人気者だなぁ)

薫(でもそっか。せんせぇ、おとなの人が好きなんだね)

薫(おとなかぁ)

薫(うーん。でもかおる、まだまだこどもだよね……)

薫(おとな、かぁ……)



――――――
――――
――


日下部若葉「はい~。じゃあL.M.B.Gの今日の練習はここまでにしましょうか」


「「「はーい! お疲れさまでしたー!」」」


若葉「うんうん! 最初はうまくやっていけるか不安だったけど、みんないい子で助かりました~」

若葉「って、あれ?」

薫「うーん……」



薫(うーん……おとな……)

薫(おとなっていうと、あいお姉ちゃんとかだよね)

薫(かおるはまだこどもだし、おとなみたいにしっかりしてないし……。じゃあせんせぇもかおるのこと、あんまり好きじゃないのかなぁ……)

薫(かおるがもし、おとなになれたら……せんせぇも褒めて、喜んでくれて――今より好きになってくれるかなぁ)

若葉「お疲れさまです、薫ちゃん」

薫「あ、若葉おねーさんっ! おつかれさまでー!」

若葉「薫ちゃん、なんだか難しい顔してますけど……何かあったの?」

薫「あ、うん……。えっとね……」



薫「若葉おねーさん……」

薫「おとなって、どうしたらなれるの?」

若葉「へっ?」

薫「かおる……早くおとなになって、せんせぇに褒めてほしいんだー」

若葉「そうなんですか~。うーん、歳を重ねればそのうち――」

薫「若葉おねーさんは『オトナ』なんだよね? かおるに『オトナ』のなりかた、教えてよっ!」

若葉「!!」



若葉(か、薫ちゃんが……、私に『オトナ』としての意見を求めているっ!!)

若葉(た、頼られてますっ! 私、『オトナ』としてっ!)

若葉(だったら、『歳をとればいい』なんて安直で身も蓋もないことは言えない!)

若葉(そう――もっとオトナとして、一人前のオトナとしてっ! 含蓄のあることを言わなくちゃっ!!)

若葉「う、うーんと……ええとぉ……」

薫「おとなの人って、なんでもできちゃうよね」

薫「かおるが困ってたり、できなかったことも、ぱぱーってできちゃうし……」

薫「やっぱり、かおるもそうならなくちゃダメかな?」

若葉(できないことができる……?)

若葉(それだっ!)ティン



若葉「そうですねぇ~」

若葉「人によって色々な考え方があると思いますけど――」

若葉「私はこう思います」

薫「どう……?」



若葉「コーヒーが飲めたらオトナっ!」



薫「……コーヒー?」



薫「コーヒーって、あのニガいやつ?」

若葉「そう。あの苦い苦いコーヒーを、砂糖も入れずに美味しく飲めるなら――」

若葉「それはもう、立派なオトナと言っても過言ではないです~!」

薫「コーヒーかぁ……。そういえば、せんせぇもよく飲んでるよね!」

薫「分かったよ! 若葉おねーさんありがとー!」タッタッタ

若葉「ええ、あの苦くって正直泥水にしか思えないエスプレッソを――」

若葉「って、あれ? 薫ちゃん?」



――自動販売機前――


薫(そっかー! コーヒーが飲めればいいんだね!)

薫(よぉーし! せんせぇに褒めてもらうために、がんばろー!)

薫「ええと、コーヒーは――」ウーン

薫「アレ……高くて届かないかも……」


「ん……?」



佐藤心「薫ちゃん、おはよー☆」

心「なんか買いたいの?」

薫「あ、はぁとおねーさん! おはようございまー!」

心「『おねーさん』……!!」

心「……薫ちゃん、もっかい言ってくれ」

薫「……? はぁとおねーさん?」

心「ああ……そうだよなぁ……。はぁともまだ、『おねーさん』って呼ばれてもいいんだよなぁ……」

薫「……??」



心「よっしゃ薫ちゃん! はぁとおねーさん気分がいいからジュース買ってあげよう☆」チャリンチャリン

心「どれがいい?」

薫「ホントーっ! ありがとー!」ニパー

心「おおう……! 笑顔が眩しい……」

薫「じゃあねー、コーヒーがいい!」

心「コーヒー? ジュースとかお茶じゃなくて?」

薫「うん! おねがいしまー!」

心「まあいいけど……」ピッ



ガコン

心「はい、どうぞ」スッ

薫「わーいっ! ありがとう!」

心「コーヒーだなんて珍しいね」

薫「えへへ~♪」

薫(これをおいしく飲めれば、かおるもおとなかぁ……!)

薫「いただきまー!」カシュ

薫「んくんく……」

薫「んくんく……!」


薫「わあっ! おいしー!」パァァアア


心「まあそれ、加糖のカフェラテだからね」



薫「えへへ~! かおる、コーヒーがおいしく飲めちゃったー!」

薫「これでかおるも今日からおとなだねっ!」

心(おとな……? ああ、なるほどねぇ……)

心(うーん、ちっと可哀想だけど……。でもここはおねーさんとして、可愛い年下に人生の厳しさを教えるのもアリかな~)

心「薫ちゃん、それはどうかな?」

薫「へ……?」

心「薫ちゃんが大人っていうには、まだまだだぞ~☆」

薫「えぇー! でもかおる、コーヒーがおいしいって感じるよー!」

心「それはそのコーヒーに砂糖が入ってるからだよ」

心「だからコーヒーが『甘くて』美味しいでしょ?」

薫「た、たしかに……!」



心「本当の大人ってのは~」ピッ ガコン

心「この無糖――ブラックコーヒーを楽しめるようにならないとね☆」

薫「ぶ、ぶらっく!? なんか怖そう……!」

心「あはは。まあぶっちゃけ、砂糖の入ってないコーヒーのことよ」

薫「『さとう』がないと、ぶらっくって言うんだっ!」

心「そうそう」

薫「じゃあこの会社は、はぁとおねーさんが入ったからもうぶらっくじゃないんだね」

薫「せんせぇが『この事務所ブラックで大変』って言ってたけど、もう大丈夫なんだー!」

薫「えへへ♪ 良かったね、せんせぇ……!」

心「やめるんだ薫ちゃん。しょっぱくなってきちまうよ……」



心「と、とにかく……」

心「この砂糖なしのコーヒーが美味しく感じなきゃ、大人とは呼べないかな~」

薫「そ、そんなぁ……」

心「試しにホレ、一口飲んでみたら?」スッ

薫「う、うん……」

ゴクッ

薫「うぇ……ニガいぃ……」

心「だろうなぁ」

薫「そっか……お砂糖入ってちゃダメなんだね」

薫「そういえば、若葉おねーさんもそう言ってたかも……」

心「まあ、大人でも飲めないって人はいるし、無理しなくてもいいんじゃない?」

薫「はぁとおねーさんは平気なの?」

心「そうねー。色々経験したからねぇ……」

薫「そっか……。やっぱり、かおるはまだまだこどもかぁ……」



――翌日――


薫(昨日、おうちでもコーヒー飲んでみたけど、やっぱりニガかったなぁ)

薫(甘ければあんなにおいしいのに。でも、お砂糖入れちゃおとなじゃないんだよね……)

薫(一応、ママに内緒で水筒の中身をぶらっくコーヒーにしてきたんだけど)

薫(どうにかして、お砂糖入れずにおいしくコーヒーを飲むことできないかなぁ)

薫「やっぱり、せんせぇに聞いてみようかな」

薫「せんせぇ、ロッカー室にいるかな?」

薫「せんせぇー!」ガチャ


「……ん?」



渋谷凛「おはよう、薫」クンクン

薫「あ、凛ちゃん! おはよーございまー!」

凛「ふふっ、薫は元気だね」クンクン

薫「凛ちゃん、せんせぇいないの?」

凛「うん。今日は朝からテレビ局だから、まだ来てないと思うよ」クンクン

薫「そっかー。せんせぇ、忙しいんだ」

凛「そうだね。一人であれだけの量のアイドルを担当してるから、仕事も多いし……」クンクン

凛「だからプロデューサーのためにも――できることは、なるべく自分たちでできるようにしなきゃね」クンクン

薫「そ、そうだねっ! かおるもがんばるよ!」

凛「うん。薫はいい子だね」クンクン

薫「えへへ~♪」



薫「ところで凛ちゃん、さっきから何してるのー?」

凛「うん? 別に大したことじゃないよ」クンクン

凛「まあ、栄養補給ってとこかな」クンクン

凛「私たちアイドルは体が資本だからね。なかなか難しいとこもあるけど……、なるべく規則正しく、健康的な生活を心がけなきゃだから」クンクン

凛「その中でも、やっぱり栄養のバランスを考えることは、とっても大事だからね」クンクン

薫「あ、かおるもよく言われるよっ! 『好き嫌いせずちゃんと食べなさい』って!」

凛「うん。私も昔、言われたかな」クンクン

凛「小さい頃に美味しくなかったものでも――大きくなると、案外食べられるようになったり、美味しく感じるものだからね」クンクン

凛「薫もそうやって色々食べていれば、将来、好き嫌いのない立派な人になれるよ」クンクン

薫「そっかー! えへへ~♪」



薫「でも、せんせぇのワイシャツを鼻に当ててると栄養がとれるの?」

凛「もちろんだよ」スッ

凛「この、三日ものの芳醇で香しい香り……」

凛「まるで菜の花が咲き乱れる草原を吹き抜け、夏の訪れを運んでくる木枯らしのような――それでいて、降り積もった雪の下から湧き上がる腐葉土のような甘美な調べは、まさに『

テトラヒドロ甘美になーる』と表現され――」

薫「うーん……よく分かんないよー!」

薫「ほーじゅん? かんびってなに……?」

凛「甘美っていうのは――ええと、『甘い』に『美しい』の美って書くんだけど――」

薫「!!」

薫「あ、甘いの!?」

凛「う、うん……」



薫(そ、そうなんだ……! せ、せんせぇのワイシャツって……)

薫(よく分かんないけど甘いんだ!!)

薫(じゃ、じゃあ……凛ちゃんみたいにあのワイシャツを嗅いで、それでコーヒーを飲めば――)

薫(お砂糖なしでも甘くて、おいしく飲めるかも……?)

薫「り、凛ちゃんっ!」

凛「ん?」

薫「かおるにもそのワイシャツ、嗅がせてくださいっ!」

薫「おねがいしまー!」ペコリ

凛「え……、ええぇ!?」

凛「い、いや……これは……」

薫「ダメ……?」

凛(薫もワイシャツニストに!?)

凛(――いや、単に私が嗅いでるから興味がそそられただけ、だよね)

凛(まあ、なんだったとしても――さすがに、この歳の子をこっち側に引き込むのは、真っ当な真人間として良心が痛むし……)



凛「ご、ごめんね薫……。これは薫にはまだ早いから、やめといたほうがいいよ……?」

薫「えっ……、そ、そっか……」シュン

薫「うん、分かった……。ごめんね凛ちゃん、わがまま言って……」

凛「ぐっ……!」

凛(これはこれで良心が痛む……!!)

凛(ま、まあ……ちょっとだけ、一回だけなら大丈夫だよね……?)

凛「あー、あのね、薫」

凛「薫が気に入るかは分からないけど……」

凛「それでも、そこまで嗅いでみたいなら……いいよ?」

薫「ホントー!?」

凛「薫はいい子だからね。年上として、お願いは聞いてあげなきゃ」

薫「えへへ、やったー! ありがとー!」

凛「ふふっ」



凛(と言っても……、これ三日ものだから、素人には刺激が強いと思うけど……)

凛「はい、どうぞ」スッ

薫「よーし……」ゴクリ

薫(このかんびなワイシャツを嗅げば、コーヒーもおいしく飲めるはず……!)

薫(おとなになるぞー!)

薫「…………」クンク――

薫「っ――――!!」

薫「ケホ!! コホ!!!」

凛「か、薫っ! 大丈夫!?」サスリサスリ

薫「う、うぅ……」



薫(全然、甘い匂いなんてしないよぉ……)

薫(なんだか変な臭い……。せんせぇ、いつもこんな臭いしないのに……)

薫(これ、ホントにせんせぇのシャツなのかなぁ?)

凛(やっぱり、初心者には厳しいよね……)

凛(これ――どっちかっていうと、普段のに嗅ぎ慣れて、もっと刺激がほしい時に嗅ぐものだし)

薫(うーん。どの辺がかんびなんだろ?)

薫(ん……? でも、甘いんだったら――)

薫(食べてみないと、分からないかな?)

パクッ

凛「――!?」



凛「なっ……!!」

凛(嘘!? 薫、ワイシャツ素人のはずなのに、迷いなく口に入れた!?)

凛(私だってやる時はさすがに恥ずかしくて、初体験まで一週間はかかったのに!)

薫(うーん……。別に甘くないし、味もしない……)モグモグ

薫(凛ちゃんは、こんなのの何がいいんだろ……)モグモグ

凛(あの表情……! 間違いない……)


凛(あれはテイスティングだっ!!)


凛(嗅覚だけでなく味覚、そして触覚までもを駆使し、ワイシャツを堪能する高等テクニック!)

凛(大事なワイシャツを自分の唾液で汚してしまうというデメリットがあるから、普通はプロでも中々踏み出せないのに……)

凛(この子はそれを、ほとんど知識のない状態でいきなりして見せたっ!!)

凛(わ、私は今、間違いなく天才の誕生を目にしたよ……!!)ガクガク



凛(上には上がいる、なんて言うけれど――下から追い抜いていくやつもいるってことだね……)

凛(このところ、私こそがトップワイシャツニストだと思っていたけど……)

凛(そっか――まだまだ世界は広いな……)

凛(あの有無を言わさず行動する思い切りの良さ――ワイシャツをペロペロするのにも、いちいち建前や理論武装を立てていた自分が情けなくなるね……)

凛(『なめたきゃやれよ、やればわかるさ』……。かつての偉人がどんな気持ちでこの言葉を遺したのか、今なら分かる気がするよ)

薫(全然おいしくない……。もしかして、凛ちゃんみたいにならないと分からない味なのかな?)

凛「……薫」

薫「あ、はい」



薫「ご、ごめんね凛ちゃん。かおるもういいから――」

凛「そのワイシャツは、薫にあげるよ」

薫「……へ?」

凛「薫のおかげで、私、大切なことに気づけたからね」

凛「自分を見つめ直すいい機会になったよ」

凛「だからそのワイシャツは――先輩としての餞別と、私を導いてくれたことへの感謝の印として、とっておいて」

薫「……これ、せんせぇのじゃないの?」

凛「ふふっ……。極めたと思ったものでも、まだまだその先に道はある……」

凛「やっぱり楽しいね――アイドルって!」

薫(よく分かんないけど……凛ちゃんもアイドル、楽しいんだね!)



凛「それじゃあね」

ガチャ


ウフフ、ヤッパリデテキマシタネ。コノドロボウイヌガ

ヤメテオキナヨ。イマノワタシハキゲンガイイ。メズラシクタタカワナクテモイイキブンナンダカラ

ナッ、イツモトオーラガチガウ!?


薫(うーん。せんせぇのワイシャツ、全然甘くないけど……)

薫(ためしにコーヒー飲んでみよっと……)トクトク

ゴクッ

薫「うぅ! ニガい……」

薫「全然変わらないよぉ……」

薫「このシャツ、凛ちゃんの言う『かんび』が足りなかったのかなぁ……?」



薫(せんせぇのワイシャツじゃ、コーヒーはおいしくならないんだね)

薫(早くせんせぇにも聞きたいなー)

薫(せんせぇ、もう来たかな?)


モバP「えーと、ここの予定が……」カタカタ


薫(あ、せんせぇいた!)

薫(よーし、早速聞いてみて――)

薫(……でも、せんせぇ忙しそう)

薫(邪魔したらいけないかな……)


P「お、電話?」ヴーヴー

P「はいもしもし――え? なるほど……」

P「分かった。俺も今からそっちに行くから、スタッフさんに伝えてもらえるか? ああ――」

P「――じゃあな」ピッ

P「悪い、ちょっと出てくるから留守番頼む。何かあれば俺に連絡するように」

「はぁい。いってらっしゃい」

ガチャ



薫(せんせぇ行っちゃった。やっぱり忙しいんだね)

薫(あっ、せんせぇの机――コーヒーがある)

薫(やっぱりせんせぇも飲めるんだ。すごいなぁ)

薫(ん……?)



「うふふ♪」

「Pさんの飲みかけコーヒー……!」

佐久間まゆ「ああっ! なんてお宝……!」ハァハァ



薫(まゆちゃん? 何してるんだろう……?)



まゆ「うふふ……このPさんの残してくれた貴重な一滴一滴……。じっくりと堪能しなきゃ……」ハァハァ

まゆ「まずはひとくち――」

コクリ

まゆ「はぁぁあああ……!!///」

まゆ「ああ……舌の上で……広がって蕩ける……! Pさんが……!」

まゆ「そのまま喉へ……奥へ染み込んで……染み渡る……! 五臓六腑にもまゆの心にも……!!」トローン


薫(ま、まゆちゃん……何してるんだろう……)

薫(すごいクネクネしてる……。あのコーヒー、そんなにおいしいのかな?)

薫(ちょ、ちょっと飲んでみたい……けど、せんせぇのコーヒーだし、勝手に飲んだら怒られちゃうんじゃないかな?)



薫「あの、まゆちゃん」

まゆ「ひゃっ!」ビクッ

まゆ「――あ、薫ちゃんでしたか……」

まゆ「うふふ、おはようございます」

薫「おはよー!」

薫「ねぇ、まゆちゃん、それせんせぇのコーヒーだよ? 勝手に飲んだら怒られちゃわない?」

まゆ「うふっ。それは大丈夫ですよ」

薫「なんでー?」

まゆ「薫ちゃん――」

まゆ「これはエコです」

薫「えこ……?」



まゆ「ええ、エコです」

薫「え、えこ? えご?」

まゆ「エコ、ですよぉ」

まゆ「薫ちゃんも、学校やテレビなどで聞いたことありませんか? 『食べ物を粗末にしてはいけない』って」

薫「あっ、あるよ! がっこで習ったし、おうちでもママに言われるから」

まゆ「そう――その食べ物を大切するという心がけが、エコです」

薫「な、なるほど……!」

まゆ「Pさんは今、番組収録の段取りが急遽変わったので、その調整へ出かけています」

まゆ「どれくらいかかるかは分かりませんが……、でも事務所に戻ってくるまでには、それなりに時間を要するはず」

まゆ「そうなったら――このコーヒーは今は美味しくてもその時には、もう冷めて美味しくなくなっているでしょう……」

まゆ「ならば、Pさんはきっと新しいコーヒーを淹れるでしょうから、このコーヒーは捨てられてしまいます」

まゆ「でも、これ……まだ飲めるんですよ? それを捨ててしまうなんて……もったいないでしょう?」

薫「そ、そうだねっ! もったいないのはいけないよ!」



まゆ「ええ。だからまゆが、まだ美味しいうちに美味しく頂こうというわけです」

まゆ「そうすればまゆも満足できるし、もったいないもなくせます」

薫「そ、そっかぁ……。まゆちゃん、すっごく頭のいい考えだねっ!」

まゆ「うふふっ、それほどでもありませんよ♪」

薫「まゆちゃん、すっごくおいしそうに飲んでたけど……、それニガくないの?」

まゆ「まあ、コーヒー自体はブラックですけど――」

薫「わぁ、やっぱりぶらっくなんだ……」



まゆ「でも……これはあの愛しいPさんの飲みさしですから……」

まゆ「それはもう――『美味しい』なんて表現では済みませんねぇ!!」

まゆ「まさに至宝っ! 蕩けるような甘露にして、百薬の長と言っても過言ではありませんっ!!」

薫「し、ほう……? かんろ……?」

まゆ「『至宝』というのはとても貴重な宝物のこと。『甘露』というのは、『甘い』に『朝露』のつ――」

薫「あ、甘いの!?」

まゆ「え、ええ……」



薫(す、すごい……!)

薫(せんせぇが飲みかけたコーヒーは、ぶらっくでも甘くなるんだっ!)

薫(すごいっ! せんせぇってホントに魔法使いみたいっ!)

薫(クラリスおねーさんが、神様は水をぶどうにできるって言ってたけど……、せんせぇは、コーヒーを甘くできるんだねっ!)

薫(じゃあ、あのかんろなぶらっくコーヒーを飲めば、かおるもおとなということに!)

薫「あの、まゆちゃんっ!」

まゆ「はい?」

薫「か、かおるにも……、ちょっとだけ、そのコーヒー飲ませてくださいっ!」ペコリ

まゆ「えっ……」



まゆ(か、薫ちゃんもこのPさんコーヒーを……?)

まゆ(どういうことかしら……。確かに薫ちゃん、Pさんによく懐いているけれど……)

まゆ(――まさかもう恋の発露を!?)

薫「おねがい……まゆちゃん……」

薫「かおる、おとなになりたいの……!」

まゆ「大人にっ!?」

まゆ(ま、間違いない……。薫ちゃん、既にPさんへの想いが開花しているっ!)

まゆ(いつからそれが始まったのかは分からないけれど……、まだ『恋』を充分には理解していないはずの年齢でありながら、もうPさんの使用品に興味を示している辺り……)

まゆ(彼女の中のPさんへの恋慕は、かなりのスピードで増大しているはず!)

まゆ(こ、これは将来――いえ、もう近いうちにかなりの強敵になる逸材……!)

まゆ(まさに臥龍鳳雛……! 龍が首をもたげ、幼き雛が天へ羽ばたこうとしている……!!)ガクガク

まゆ(そんな相手に……さらなる想いの加速を手助けするような真似なんて……)



薫(あれ、まゆちゃん、固まっちゃった?)

薫(……そうだよね。やっぱり、おいしいものは自分だけで飲みたいもんね)

薫(まゆちゃん、いつもすごく優しいし、がんばってるし……。きっとあれはまゆちゃんへのご褒美なんだ)

薫(それをかおるがとっちゃったら、ダメだよね……)

薫「あ、ごめんね、まゆちゃん……ダメならいいんだ」

薫「かおる、わがまま言わないから……」

まゆ「………………」



まゆ「――いえ、構いませんよ」

まゆ「どうぞ。もう温かいくらいですけど、やけどに気をつけて飲んでくださいね」スッ

薫「ホント!?」

まゆ「ええ。うふふ……」

まゆ(――そう、何を怖気づいているの、佐久間まゆ)

まゆ(Pさんは、まゆの運命の相手――私に、この世に運命の出会いがあるって教えてくれた人)

まゆ(それほどまでに素敵な人なら――まゆ以外の子が、例えそれが幼子だとしても――彼に恋するのだって不思議じゃないでしょう)

まゆ(そして、私の恋路を誰にも邪魔できないように――誰かの恋慕を私が妨げることなんて、きっと不可能)

まゆ(その想いのうねりは、その感情の高鳴りは――他人が易々とどうにかできるものじゃない)


まゆ(なら――私は真っ向からそれに立ち向かうだけ)


まゆ(相手が強敵だろうと逸材だろうと――)


まゆ(臥龍だろうと鳳雛だろうと――)


まゆ(恋心であろうと真心であろうと……)


まゆ(それらを認めた上で、さらにその上をゆく)


まゆ(でなければ――私があの人の一番になれたことにはならないのだから……!)




薫(まゆちゃん、やっぱり優しいなぁ!)

薫(もしかして、これが『おとなのよゆー』ってやつ?)

薫(よ、よーし……。まゆちゃんがあんなにおいしそうに飲んでたんだから、きっとすっごく甘いんだよね……!)

薫(えへへ! せんせぇ、かおる、おとなになるよっ!)

薫「じゃ、じゃあ、いただきまー!」

まゆ「ふふっ。どうぞ」

コクリ

薫「………………」

まゆ(うふふ……。どうかしら、薫ちゃん)

まゆ(それが恋の味――甘くて苦い、愛の蜜……)

まゆ(いずれあなたを熱狂させ、狂乱させる――禁断の果実……)

薫「………………」



まゆ(あら? なんでしょう薫ちゃん、なんだか眉間にしわを寄せて……)

まゆ(――はっ! あ、あれはまさかっ!)

薫「……うーん」

まゆ(間違いないっ!)


まゆ(あれは『Pさんイマジン』!!)


まゆ(さっきのまゆは、単にPさんのコーヒーを飲むことでの、いわゆる間接キスにときめいていた……)

まゆ(でも彼女は違うっ!)

まゆ(薫ちゃんはPさんのコーヒーから、Pさんがそれを飲んでいる光景をイメージしているっ!)

まゆ(コーヒーを媒介とすることで、愛しいあの人がどんな思いでこのコーヒーを啜っていたか……、どんな仕草でこの味と共にあったか――)

まゆ(その情景を思い描き、それに想いを馳せている……!!)

まゆ(コーヒーを通じて、あの人を心で――最も深いところで感じているっ!!)

まゆ(じ、次元が……、世界が違う……!!)ガクガク

まゆ(幼子と思って油断していた……。心のどこかで軽く見ていた自分が恥ずかしい……)

まゆ(幼子だなんてとんでもない! 今の薫ちゃんを前にしては、まゆのやっていることの方が、赤子の遊戯同然っ!!)



薫(や、やっぱりニガい……)

薫(これ、もしかしたら、かおるが持ってきたやつよりニガいかも……)

薫(せんせぇはこんなのが飲めるんだ……。やっぱりおとなだなぁ)

まゆ「……薫ちゃん」

薫「は、はいっ!」ビクッ

まゆ「お味は……、お味はどうですか?」

薫「えっ、うん、あの……」

薫(ニガいけど……)

薫(でもかおるが頼んだから、まゆちゃんはこのコーヒーを分けてくれたんだよね)

薫(まゆちゃんにはご馳走なのに――せっかくあげたそれを、かおるがおいしくないって言ったら……まゆちゃんに失礼だよね……)

薫「う、うん……」

薫「とってもおいしいよっ!」ニコォ……

まゆ「……そう、ですか」



薫「あ、あの、ありがとうまゆちゃん」

薫「かおる、もういいから、かえ――」

まゆ「いえ――それはあなたに差し上げます」

薫「えっ」

まゆ「『とってもおいしい』、ですか……」

まゆ「――薫ちゃん」

薫「うん?」

まゆ「今よりあなたを、カテゴリーA以上の恋敵と認識します」

まゆ「これからはライバル同士――お互いに求めるもののため、全力を尽くしましょうね」

薫「ライバル……?」

薫(そういえば――せんせぇが、みんなは同じ事務所の仲間だけど、同時にトップアイドルを目指す良きライバルだって言ってたっけ……)

薫(まゆちゃんみたいなしっかりした人が、かおるをライバルだって認めてくれたんだぁ……えへへっ!)

薫「うんっ! かおる負けないよっ!」

まゆ「うふふ……。その意気や良し、ですねぇ……」



まゆ「では、まゆはこれで」スタスタ


マ、マユ! アンタモプロデューサーノノミカケコーヒーヲネラッテ!?

ウフフ、リンチャン。チガイマスヨ

タタカイハスデニ、ツギノステージヘススンデイルンデス

ア、アンタ……アンタモナニカニメザメタトイウノ!?


薫(ま、まゆちゃん行っちゃった……)

薫(うぅ……これすっごいニガけど……、でも、まゆちゃんが親切でくれたんだもんね!) 

薫「が、がんばって飲まなきゃ……!」




薫(うーん……。結局、せんせぇの飲みかけコーヒーもニガいだけだったなぁ……)

薫(やっぱり、かおるはお砂糖に頼るしかないのかも……)

薫(うん……?)


神谷奈緒「それでさー! その時のヒロインのセリフが泣かせるんだ! あのな――」

P「へぇ。確かに、そのシチュで聞くとまた違った印象が――」

奈緒「おっ! Pさん分かるのか! それでさ――」


薫(せんせぇと奈緒ちゃんだ!)

薫(いいなー! 二人とも楽しそうっ!)

「あれ……」



北条加蓮「おはよ、薫ちゃん」

薫「あっ、加蓮ちゃん! おはよーございまー!」

加蓮「――ねぇねぇ、薫ちゃん。あそこの二人、薫ちゃんはどう思う?」

薫「せんせぇと奈緒ちゃんのこと? すっごく仲良しだよね!」

加蓮「いやいや、あれは仲良しってレベルを超えつつあるよー」

薫「そうなの?」

加蓮「そうそう! 奈緒ったら、プロデューサー相手にマイナーなアニメの話ができるからってすっごいテンション高くってさー」

加蓮「さっき、車でテレビ局から送ってもらったんだけどね。車の中でもずっと目をキラキラさせてしゃべってて……」

加蓮「私、疲れて寝たフリしてやり過ごしてたんだけど……。いやー、あんなニコニコした奈緒、初めて見たかも」

薫「奈緒ちゃん、とってもうれしそうだね!」



加蓮「ホントにねー。はたから見たらもうラブラブってカンジで……」

加蓮「聞いてるこっちは砂糖吐きそうだったよー!」

薫「さとう……? お砂糖?」

加蓮「だってほら、薫ちゃんもしっかり見てみなよ――」

加蓮「プロデューサーと奈緒の周りの、あのあま~い空気を……」

薫「甘い空気!?」

加蓮「うん!」



薫(そ、そんな……まさかせんせぇ……!!)

薫(く、空気まで甘くできるのっ!?)

薫(す、すごい……! すごすぎるよ……! 神様なんかよりすごいっ!)

薫(じゃ、じゃあ……あの二人の周りの空気があれば……)

薫(コーヒーだって、甘くなっちゃうんじゃ……!!)

薫「お、おおお……」キラキラ

加蓮「ふむ……」

加蓮「――よーし薫ちゃん」

加蓮「ちょっとあの二人に突撃してみなよ♪」

薫「えっ! いいの!?」

加蓮「うんうん! そろそろ奈緒にも、自分がクールだってことを思い出させてあげないとだからねー」

加蓮「レッツゴーだよ」

薫「分かったー!!」ダッ



薫(せんせぇ! 待っててね!)タッタッタ

薫(今からかおる、おとなになるよっ!)スタ


奈緒「アタシとしては、あの時の相手のセリフがさ――」

P「ああ。そういえば――」


薫(よーし! 二人の周りの空気を、おもいっきり吸い込むぞっ!)

すぅぅぅううううう

はぁーー

すぅぅぅううううう――!!



奈緒「ん……?」

薫(もっといっぱい! いっぱい吸わなきゃっ!)すぅぅぅううううう!!

奈緒「あれ、薫? 何してんだ?」

薫(もっとー!!)すぅぅぅううううう!!!

ポスッ!

薫(うおおおおー!!)すぅぅぅううううう!!!

奈緒「わ、わぁ!?」

薫(おお! なんかいい匂いがするっ!)すぅぅぅううううう

薫(すごいっ! やっぱりせんせぇは――)

奈緒「お、おい、薫……!」

P「薫……? 突然、奈緒の匂いを嗅ぎだして、どうしたんだ?」

薫「へ……?」



奈緒「う、うぅ……///」

薫(あれ……、いつの間にか、奈緒ちゃんが目の前に……)モフモフ

薫(この匂い……奈緒ちゃんの?)モフモフ

薫「奈緒ちゃん、すっごくいい匂いするねっ!」

奈緒「えぇ!? そ、そうか……?」

薫「うんっ!」

P「ははっ。なんだ薫、奈緒のいい匂いに釣られて来たのか?」

奈緒「ばっ! 恥ずかしいこと言うなよっ!」

奈緒「大体、なんでこんなこと……」

薫「うん? あのね、加蓮ちゃんが言ってたんだよ」

薫「奈緒ちゃんとせんせぇの周りの空気は、甘いって――」

奈緒「は、はぁ!?」

奈緒「あっ、コラ加蓮! お前っ! 逃げるなーー!!」ダッ

薫「……? 奈緒ちゃん、どうしたの?」

P「はっはっは!」



P「薫、それは比喩表現ってやつだな」

薫「ひゆ……?」

P「まあ、そのうち分かるさ」

P「それより――おはよう、薫」

P「今日会うのは初めてだな」

薫「うんっ! せんせぇおはよー!」ニコッ

薫(えへへ! やっとせんせぇに会えた!)

薫(よし、じゃあせんせぇにコーヒーをおいしくする方法、教えてもらお!)

薫「あの、せんせ――」

P「――っと悪い、ちょっと電話だ」ヴーヴー

P「はいもしもし――」

薫「あ、せんせぇ……」



薫(せんせぇ、やっぱりお仕事大変なのかな)


P「あれ、おふくろ? どうしたんだよ――」

P「は、はぁ? いや、俺は結婚なんてまだ――」

P「あいさつに来た? いや、待ってくれなんのことだか――」


薫(今日もせんせぇと話せたのはこれが最初だし……)


P「お付き合いしてるだって!? いやいや待ってくれ、俺――」


薫(でも、いつもみんなのためにがんばってくれてるんだよね)


P「えっと、あれか? リボン付けてたか?」

P「違う? じゃ、じゃあ、花とか持って来なかったか?」

P「違う……? じゃあ――」


薫(……でも、奈緒ちゃんとはいっぱいお話ししてた)

薫(わがまま言っちゃダメだけど……)

薫(かおるとは……お話し……してくれないのかな……)

薫(かおるが……おとなじゃないから……)



P「ちょっと、悪い――」

P「ごめんな薫。俺、ちょっと用事があるから……」

薫「そっか……」

薫「うん。お仕事がんばってくださいっ!」

P「仕事……では、ないんだが……」

「わたくしごと、ですね~。ふふっ」

P「とにかくちょっと出てくるから」スタスタ

薫「……うん」

薫「………………」

薫(……コーヒー、飲んでみよっと)

コクリ

薫(……やっぱり、ニガい)

薫(そっか……。せんせぇの空気でも、ダメかぁ……)



薫(やっぱり、お砂糖がなくちゃおいしくなんてならないのかなぁ……)

薫(かおる、おとなになれないのかぁ……)

「にゃははは~……」

ダキッ!!

薫「わぁ!?」



一ノ瀬志希「うーん! 薫ちゃんハスハス~」ハスハス

薫「わ、わあ! 志希ちゃん!?」

志希「そのとーりっ!」

志希「人呼んで稀代のマッド才媛ティスト! 一ノ瀬志希ちゃんだべぇ~!」ハスハス

薫「あはは~! くすぐったいよぉ~!」



志希「おはよ、薫ちゃん。今日もフレッシュでいい匂いだね~」ハスハス

薫「えっ! かおるいい匂いー?」

志希「然り然り! もう一家に一人置いておきたいよー!」

薫「えへへ……」

薫(あ、そうだ!)

薫(志希ちゃんって、すっごい頭がいいんだよね!)

薫(じゃあもしかして……、お砂糖がなくてもコーヒーを甘くする方法、知ってるかも……?)



薫「ねぇねぇ! 志希ちゃん!」

薫「えっと、せーきの……えっと……」

薫(なんだっけ、頭のいい人って意味の言葉……)

薫(たしか――)

薫「せーきのヘンタイの志希ちゃんに、聞きたいことがあるのっ!」

薫(あれ? なんか違う……)

志希「ほほう、それはそれは! この世紀の変態たるわたくしにできることなら、なんなりと言ってご覧なさい!」

薫「わぁー! すごーい!」

志希「にゃははは~!」



薫「じゃあ……えーとね、志希ちゃん」

薫「お砂糖を使わないでものを甘くする方法って……あったりする?」

志希「んー? んーそうねー……」

志希「そういえば――ミラクルフルーツってのがあったかな」

薫「み、みらくる……!?」

志希「うん」



志希「赤くて小さい実でね。それ自体は甘くはないんだけど――」

志希「なんと! その実を食べた後に他のものを口にすると――それが甘く感じるというシロモノ!」

薫「へぇー! 他のものを甘くしちゃうなんて不思議だね!」

薫(ん……? 『他のものを甘くする』?)

薫(つまりそれって……)

『プロデューサーのワイシャツはとっても『甘美』――』

『Pさんの飲みかけコーヒーは『甘露』――』

『プロデューサーの周りの『甘い空気』――』

薫「――ま、まさかっ!!」

志希「んー?」



薫(せ、せんせぇは……)

薫(せんせぇはミラクルフルーツだったんだ!!)

薫(そうだよ! 『他のものを甘くしちゃう』……! 今までみんなが言ってたこととつじつまが合う!)

薫(わ、わぁ……! これってもしかして、せーきの大発見!?)

薫「し、志希ちゃん!」

薫「じゃ、じゃあせんせぇも! せんせぇもミラクルフルーツなの!?」

志希「せんせぇ――プロデューサーのこと?」

志希(うーん。まあ、あれだけ個性的なアイドルたちを一人でプロデュースしてるってのは――確かに……)

志希「うん。確かに、ミラクルかもねー!」

薫「や、やっぱりっ!」

薫(やっぱりそうなんだ! 志希ちゃんのおすみつきをもらっちゃった!)



薫(っていうことは……)

薫(ミラクルフルーツなせんせぇを食べれば、コーヒーも甘くなるはず!)

薫(な、なんてことだっ! すごいぞ!)

薫(………………た、食べちゃうのは可哀想だから、舐めるくらいにしよう)

薫「ありがとう志希ちゃん! かおる行ってくるね!」

薫「やっぱり志希ちゃんはせーきのテンタイだよー!」タッタッタ

志希「にゃはは~! ついに志希ちゃんも宇宙分野進出か~」



薫「せんせぇ、まだかな~」

薫(早くせんせぇのみらくるを味わわせてほしいなー!)


P「全く……いつの間に俺の実家に……」スタスタ


薫「あっ! いたっ!」

薫「せんせぇー!」タッタッタッ



P「おお、薫。ごめんなさっきは」

薫「ううん! せんせぇ、お仕事大変だって分かってるから」

P「まあ、大変ではあるんだが……」

P「それより薫、さっき俺に何か言いかけなかったか? 何か用があったんじゃないか?」

薫「うん! あのね、せんせぇ!」

薫「かおる、せんせぇにおねがい聞いてほしいんだ!」

P「ああ、なんだい?」

薫「ちょ、ちょっと、お手をお借りしますっ!」ギュッ

P「手……? いいけど、手相でも見るのか?」



薫(こ、これが、せんせぇの手……! ミラクルフルーツな手……!)

薫(よ、よしっ! せんせぇの手を借りて、ついにおとなになる時が来たぞ!)

薫(い、いざっ!)

ぱくっ

P「!?」



薫「んっ……んっ……」ちゅぽっ ちゅぽっ

薫「んふ……んんっ……」ぴちゃっ ぴちゃっ

薫「ふー……ふー……」ちゅぱっ ちゅぱっ

薫「んふ……ひょっぱい……」ぺろぺろ

P「!??!?」

P「ちょ、薫っ!?」スッ

薫「あっ……」ちゅぽんっ

P「かかかか薫!? と、突然どうしたんだ……!?」

薫「あっ、せんせぇ! 手、抜いちゃダメだよ!」

薫(コーヒー、すっごいニガいからね)

薫(だからもっといっぱいミラクル成分を舐めなくちゃ、きっと甘くならないよっ!)



薫「おねがいせんせぇ!」

薫「せんせぇの、かおるにもっと舐めさせてっ!」

P「!!??」

薫「もっとちょうだい!」

薫「せんせぇのいっぱい舐めたら、ニガいのもおいしくなるから!」

薫「かおる、おとなになりたいのっ! せんせぇのためにっ!」

薫「だから――」

P「お、落ち着けっ! まず落ち着いて話を――」




片桐早苗「そうね、話は落ち着いて聞きましょうか。(刑務)所で」

柳清良「ふふ、安心してください。局部麻酔ですから、処置しながらでも口は利けますよ」

千川ちひろ「…………」ニコニコニコニコ



P「」



P「ちょっ、お三方! 待ってください! これは誤解ですっ!」

P「何かの間違いで――」

ちひろ「…………」カチッ


『おねがい、せんせぇ!』

『せんせぇの、かおるにもっと舐めさせてっ!』

『もっとちょうだいっ!』

「せんせぇのいっぱい舐めたら、ニガいのもおいしくなるから!」

『かおる、おとなになりたいのっ! せんせぇのためにっ!』


早苗「――ええ、分かってるわよ」

清良「『間違い』ですよね。ええ」

早苗「まあ、人間――間違いは誰にでもあるわ」

清良「だから大丈夫ですよ。人間、間違ってしまってもまたやり直せばいいんですから」

P「ち、違うんです! あの、待――」どすっ

ばたり

早苗「よいしょっと……」ヒョイッ

清良「さあ、じゃあやり直しましょうね――『新しいあなた』になって」

スタスタスタ



薫「あ、待って、せんせぇ――」

ちひろ「薫ちゃん、ごめんなさいね」

ちひろ「プロデューサーさん、今からちょっと大事な用事があるから」

ちひろ「お話はあとにしてもらえますか?」

薫「えっ、あ、そうなんだ……」

薫「……分かった! かおる、待ってるよ!」

ちひろ「ありがとう。薫ちゃんはいい子ですね」

ちひろ「それじゃあね」スタスタ


薫「せんせぇ、まだまだ忙しいんだ……。がんばり屋さんだなぁ……」

薫「……でも、早く帰ってきてほしいな」

薫「あっ、コーヒー! 飲んでみよっと!」トクトクトク

コクリ

薫「あれっ、ニガい!?」ガーン

薫「おかしいなー。やっぱりもっと舐めなきゃダメだったのかなぁ?」



薫(せんせぇをちょっとぺろぺろしたくらいじゃ、コーヒーには勝てないんだね)

薫(でもせんせぇ、早苗おねーさんたちと行っちゃってしばらく戻ってこないみたいだし……)

薫「うーん……どうしよう……」

薫「あっ!」ティン



薫(よく考えたら――ミラクルフルーツみたいなせんせぇじゃなくて、本物のミラクルフルーツを食べればいいんじゃないかな?)

薫(でも、それってどこで売ってるんだろう? 八百屋さんとかで見たことないし……)

薫(うーん……分からないことだらけだよぉ……。やっぱりこういうところも、かおるがこどもだからなのかな……)

薫(ん……待てよ……)

薫(そういえば、ありすちゃんが言ってたっけ……『分からないことは自分で調べるべき』って……)

薫(そっか! 誰かに聞いてばかりじゃなくて、自分で調べることも大切だよね!)

薫(よーしっ!)



薫(ありすちゃんは、調べものはいっつもネットを使ってるって言ってたよね)

薫(かおるもがっこうでパソコンは少し習ったし……がんばれば使えるはずっ!)

薫(パソコンは……せんせぇのを借りよう!)

薫(勝手に使ったら怒られちゃうかもだけど……、でもせんせぇに、あとでいっぱいごめんなさいするから……!)

薫「よいしょっ」ポスッ

薫「えーと、このまうすを使って、きーぼーどに……」カチカチ

薫(えへへ! なんかパソコン使ってるかおる、ちょっとおとなっぽいかも……♪)

薫「ん? あれ……?」



薫(せんせぇのパソコン画面、元から何か映ってる?)

薫(せんせぇも何か調べてたのかな? 何調べてたんだろ――)カチッ


<年少組アイドルについて語るスレ>

『ありすちゃんの汗は絶対甘い』

『あぁ^~ありすちゃんのうなじをつたう汗ぺろぺろしたいんじゃ^~』

『プロはさこつだから』

『わき汗一択』

『おへそはもらっていきますね~』


薫「な、な……」



薫(なん……だと……)

薫(ありすちゃんの汗って甘かったの!?)

薫(汗って……しょっぱいものじゃないの……? だってかおるの汗はしょっぱいし……)

薫(……で、でも考えてみたら、汗ってお塩が入ってるからしょっぱくて――)

薫(そして、お塩とお砂糖って見た目はよく似ている……!!)

薫(それにこの事務所には色んな人がいるんだから……一人くらい汗が甘い人がいたって不思議じゃないっ!!)

薫(こ、これは……こうしちゃいられないぞっ!)


ガチャ

橘ありす「お疲れさまです」


薫「!!」



ありす(ふう……。今日のレッスンはちょっとハードでしたね……)

ありす(強がらずに、トレーナーさんにメニューを変えてもらえば良かったかな)

ありす(でもそれはそれで……子供扱いされてるみたいで嫌だし……)

ありす(とにかく、ちょっとソファで休んでから――)


薫「ありすちゃん!」


ありす「おや、薫さん。おはようございます」

薫「おっはよーう!」

薫「ありすちゃん、レッスン行ってきたの?」

ありす「ええ。そうですが」

薫「汗っ! 汗いっぱいかいてるっ!?」

ありす「え? ええ、まあ。――すみません、汗臭いでしょうか……?」

ありす「一休みしたら、シャワーをお借りしようと思っているのですが……」

薫「いや、むしろナイスタイミング!」

ありす「はい?」



薫「ありすちゃん!」

薫「ちょっとその汗、舐めさせてっ!」

ありす「!?」

ありす「は、はぁ!? 何言ってるんですか!?」

薫「ちょっとだけ! ちょっとだけだから!!」ガバッ

ありす「ちょ、ちょっと! 待ってくださいっ!」ガシッ

ありす「突然なんですか!?」



薫「ありすちゃんの汗は甘いんだよっ! だからそれを舐めれば――」ググググ

ありす「何言ってるんですか!? そんなわけないでしょう!!」ググググ

ありす「誰がそんな意味不明なことを言ったんですか!?」ググググ

薫「ネットに書いてあったんだよっ! ありすちゃんの汗は甘いんだって!」ググググ

ありす「ね、ネットの情報というのは必ずしも正確ではありませんっ!」ググググ

ありす「薫さんは間違った情報に踊らされているだけで――」ググググ

薫「だったら!! それが本当に間違いなのかどうか、確かめなきゃっ!!!」ググググ

ありす「ひ、ひぃいい!!」ググググ



ありす「お、落ち着いてくださいっ! 汗は誰だってしょっぱいものです! 薫さんのだってそうでしょう!?」ググググ

薫「かおるの汗がしょっぱいからって、ありすちゃんの汗がしょっぱいとは限らないっ!!」ググググググググ

ありす「わ、私の汗だってしょっぱいですよっ! 私がそう感じているんだから間違いありません!!」ググググググググ

薫「ありすちゃんが自分の汗をしょっぱいと感じるからといって、それをかおるが同じように感じるとは限らないっ!!!」ググググググググ

ありす「論破されたっ!?」

薫「うおおおおおお!!」ググググググググ!!!

ありす「あ、ちょ……レッスン疲れで力が入らな――」

ばたんっ



薫「よし! まずは首筋……」

ありす「か、薫さんやめ――ひゃん!!」

ペロペロペロ――――

薫(うーん……。普通にしょっぱい……)ペロペロペロペロ

ありす「ん……! あの……! くすぐったい――」

薫(やっぱり、ありすちゃんの汗もしょっぱいのかな?)ペロペロペロペロ

ありす「あっ……! あう……! あの……! んっ!」

薫(――いや、まだ結論を出すのはそうけいだ!)ペロペロペロペロ

ありす「ホントに……やめ……やんっ!」

薫(首はしょっぱいのかもしれないけど――他の部分は甘いかも……!)ペロペロペロペロ

薫(えーと、他の部分っていうと、たしか――)ペロペロペロペロ

薫「ありすちゃん! 『さこつ』ってどこ!?」

ありす「へ……? あ、あの……ここの……出っ張ったとこですけど……」

薫「よしっ!」ペロペロペロペロペロペロ

ありす「んんぅん……!!」ビクン!



薫(こっちも別に変らない……)ペロペロペロペロペロペロ

ありす「あっ! ああっ!!」ビクッビクッ

薫(なら、こっちだっ!)

ありす「ちょ、そこ……! そこはだめですっ!!」

ありす「わきはだめ――」

薫「はむっ!」ジュルルルル

ありす「んぃぃぃいいい!!//////」ビクンッ!!



薫(うわー。ここはすっごくしょっぱいよぉ……)ペロペロペロペロ

薫(ちょっと喉渇いてきたかも……)ペロペロペロペロ

ありす「あひ! あひゃひゃ!!」ビクンビクン

薫(でもありすちゃん、こんなに汗かいて……。いっぱいレッスンがんばったんだね!)ペロペロペロペロ

ありす「んんんん……!! んひゃんっ!!!///////」ビクンビクン

薫(わきも甘くないとすると……あとは……)

ありす「はぁ……はぁ……か、かおる……さん……」

ありす「も、もう……ゆるし――」


薫「おへそだねっ!」ジュルルルル


ありす「――――!!」ビクッ!!!



――――――
――――
――


薫「――以上のことから、橘ありすちゃんの汗は甘くないと証明されちゃった……。きゅーいーでぃー……」

ありす「」ビクッ……ビクッ……

薫「そっか。ありすちゃんの言う通り、汗が甘いっていうのはウソかぁ……」

薫「ごめんね、ありすちゃん。くすぐったかったよね」

ありす「あ、あひ……」ビクッ……ビクッ……

薫(つかれて寝ちゃったのかな? レッスンおつかれさま。タオルケットかけといてあげよ……)パサッ



薫(ネットって難しいなぁ……)

薫(でも、ありすちゃんだって役立ててるんだし、全部がウソってわけでもないんだよね)

薫「うーん。もっと他のこと書いてないかな……」カチッ

薫(おっ、さっき見たやつ……もっと下に色々書いてあるぞ!)


『マジキチ』

『汗とかキモ過ぎ。だからお前ら犯罪者扱いされるんだよ』

『汗はガキだろうがババアだろうがまずいから』


薫(あ、やっぱり汗は甘くないんだ……)

薫(なんかちょっと怖いけど……、でもホントのこと書いてくれる人もいるんだね)

薫(ん……?)



『汗舐めるとかありえんわ。甘いのは黄金水だろ』

『あぁ^~桃華ちゃんの黄金水ゴクゴクしたいんじゃ^~』

『桃華ちゃんの黄金水とお紅茶をブレンドして一気にあおりたい』

『は? まぜんなよ。そのままをグラスで楽しむもんだろ』

『そもそも容器に移すとかにわか乙。黄金水は自飲みが基本』

『鮮度が命だからな。桃華ちゃんから出る黄金水自飲みしたいわ』


薫「お、おうごんすい……?」



薫(おうごんすいってなんだろ?)

薫(桃華ちゃんが持ってるの? いつも飲んでるお紅茶のこと?)

薫(でも――『黄金』って言ってるから、多分、金色なんだよね? あのお茶はどっちかっていうと赤っぽいし……)

薫(それに『お紅茶とまぜる』ってことは、お紅茶とは別のものっぽい……)

薫(自飲みってことは……桃華ちゃんから直接出るの……!? お金持ちってすごいかも……)

薫(あっ、鮮度が命って……。そういえば、前に葵ちゃんもお魚は鮮度が大事って言ってた!)

薫(じゃ、じゃあ――早くしないとダメになっちゃう……!?)

薫「よく分かんないけど……とにかく!」

薫「これは直接聞いてみようっ!!」ダッ



櫻井桃華(わたくしのしたことが……レッスン前にちょっと紅茶を飲み過ぎましたわ……)テクテク

桃華(早くお手洗いに……)


薫「あっ! 桃華ちゃんいたっ!」タッタッタ


桃華「あ、あら、薫さん。ごきげんよう」

薫「うん! ごきげんだよっ!」

桃華「ええと、わたくしに何か……?」



薫「うん! 桃華ちゃん、探してたんだっ!」

桃華「そ、そうなんですの……分かりましたわ」

桃華「ただ、今は所用がありますので、ちょっと待っていただけます?」

薫「えー! ダメだよー! 急いでるんだから!」

薫(よく分かんないけど鮮度が大事だもん!)

桃華「あの、すぐ済みますから……!」

薫「えー。どんなご用なの?」

桃華「その……お、お花を摘みに……」

薫「……?」

薫(『お花を摘みに』……? お花、誰かにプレゼントするのかな?)



薫「お花摘みならかおるも手伝ってあげるから、まずはかおるのおねがい聞いてっ!」

桃華「い、いえ、花を摘むというのはそういうことではなく――」

薫「ねぇねぇ、桃華ちゃん! かおる、桃華ちゃんの黄金水が飲みたいの!」

桃華「はい? おうごんすい……?」

薫「うん! 桃華ちゃんのはすっごく甘いんだって!」

薫「おねがい! それをちょうだい!」

桃華「は、はい……?」



桃華「ええと……ごめんなさい、薫さん」

桃華「『おうごんすい』なるものに、わたくし心当たりがありませんが……」

薫「金色の水で『黄金水』だよ!」

桃華「金色の水……? お紅茶のことかしら? あの、生憎今は――」

薫「お紅茶じゃないよ! それにお紅茶と合わせて飲むのはいけないんだって!」

桃華「……??」

桃華「――あっ! じゃあシャンパンのことですの? でもあれはお酒ですから――」

薫「シャンパンでもないよ! 桃華ちゃんから直接出るんだって!!」

桃華「……?????」



桃華「あの……見当がつきませんし、とにかく一旦待っていただいて――」

薫「大丈夫! ネットにも書いてあったから、きっといつも出してるんだよ!」ガシッ!

桃華「あっ、ちょっ!」

薫(うーん……。桃華ちゃんから直接出るみたいだし――ありすちゃんの汗みたいなものかな?)

薫(じゃあ、首か!)

ペロペロペロペロ――

桃華「ひゃうんっ!?」ビクッ



桃華「あああの! かおるさ――きゃんっ!」ビクッ

薫(あれー? これ普通に汗だよね?)ペロペロペロペロ

薫(えーと、じゃあわき……?)

桃華「ちょ、そんなとこだめ――あぁんっ!!」ビクンッ

薫(おっ、桃華ちゃんのこの辺、いい匂いする!)ペロペロペロペロ

薫(もしかして、これが黄金水の香り……!?)ペロペロペロペロ

薫(早く出ないかな~♪)チューチュー

桃華「んっ! んん……! んひっ!」ビクッ



薫(んー? あれー? しょっぱいばっかで全然出てこないなぁ……)チューチュー

薫「桃華ちゃん! いじわるしないで、黄金水ちょうだい!」

桃華「い、いじわるなんて……。あの、本当に分からないんですの……」モジモジ

薫「そうなのー? なんか出そうになってこない?」

桃華「で、出そうって……それは、あの……確かに……そうですけど……」モジモジ

薫「やっぱり出そうなんだね! 黄金水!」キラキラ

桃華「いえ! そうじゃなくて――!!」



薫「どこから出るのー? 黄金水ー!」サワサワ

薫「お腹とか? この辺かなー?」サワサワ

桃華「ひゃ! あの……くすぐったい……!」ビクッ

桃華「か、かおるさん……いったんまって……」フーフー

桃華「も、もう、あの……がまんが……」フーフー

薫「あれ? もしかして我慢してたの!?」

桃華「そそそそうなんですの! あの、だから――」プルプル

薫「そ、そっか! ごめんね、気づかなくって!」

桃華「い、いえ……。とにかくみちをあけて――」プルプル


薫「大丈夫! 我慢せずに思いっきり出していいんだよ! 黄金水!」ガシッ


桃華「そうじゃなくて――!!」



桃華「ああ……もう……」プルプル

桃華「だ……め……」プルプ……


東郷あい「おはよう、二人とも。……そんな道の真ん中で何してるんだい?」


薫「あっ、あいお姉ちゃん!」

桃華「あ、あい……さ……!」プルプル

あい「二人とも、一体何を――」

薫「あいお姉ちゃん! 今かおる、桃華ちゃんの黄金水を飲ましてもらうとこなの!」

あい「!?」



あい「か、薫……? 何を言って――」

薫「桃華ちゃんの黄金水はとっても甘いんだって!」

薫「それを飲めば、かおるもおとなになれるの!」

あい「!!??」

薫「さあ、桃華ちゃん、いっぱい出してね!」ワクワク

桃華「あ、ああ……も……も……」プルプル

桃華「もれ……」プルプル

あい「――!? 桃華っ!!」

あい「十秒だけ我慢してくれ――!」ダッ!!



――――――
――――
――

ジャー

桃華「……ふぅ」

あい「はぁ……はぁ……」ゼーハー

桃華「あ、あいさん……ありがとうございました。おかげで助かりましたわ……」

あい「いやなに……気にするな……」ゼーハー

薫「……桃華ちゃん」

薫「ご、ごめんなさい……。かおる、おトイレ行きたかったの、邪魔してたんだね……」

桃華「そ、そんな……! お気になさらないで。ちゃんと伝えなかったわたくしも悪かったですから」

桃華「で、では、わたくし、レッスンに戻りますわね……」スタスタ



薫「あいお姉ちゃんも……ごめんなさい……」シュン

あい「ははっ……まあ、大丈夫だよ」

あい「しかし、薫。一体なぜ――その、お、黄金水が飲みたいなんて、言い出したんだい……?」

薫「……うん、あのね――」



あい「――ふむ。大人になりたかった、と」

あい「ブラックコーヒーが飲めれば大人だと言われ――それで美味しく飲む方法を探していたと……」

あい「それで色々試行錯誤した結果、ネットの情報にたどり着いた――ということか」

薫「うん……」

あい(ふむ――しかし、あのプロデューサーくんがそんなページを、それも仕事中に見ているなんて考えにくいのだが……)

あい(さっきも早苗さんたちに捕まっていたのを助け出したが――薫の話を聞く限り、やはりあれも誤解の結果のようだし……)

あい「だが、どうしてそこまで大人になることにこだわっているんだい?」

薫「それは……」



薫「せんせぇに、褒めてほしくて……」

あい「プロデューサーくんに?」

薫「せんせぇ、こどもよりおとなの人が好きなんだって……」

薫「こどもより――おとなの人といっぱいお話したいんだよ……」

薫「だから……かおるがおとなになったら――せんせぇ喜んで、いっぱい褒めて、いっぱい遊んでくれると思って……」

あい「なるほど……」

あい(そういえば昨日、アイドル四人に連れていかれるプロデューサーくんを助けた時、そんな話をしていたような……)

あい(あれはあくまでも恋愛対象の話だったのだろうが……薫はそれを、そういう風に捉えてしまったわけか)

薫「だから、早くコーヒーが飲めるようにならなくちゃいけないの!」

薫「それで早くおとなになって……それで……」

あい「……ふむ」



あい「――薫」

あい「私はそれ、少し違うと思うな」

薫「えっ……?」

あい「『コーヒーが飲めたら大人』なのではなく――『大人になったらコーヒーが飲めるようになる』んだと、私は思うよ」

薫「あっ、えっ……そうなの……?」

あい「ああ――あくまで私の考えだがね」

あい「しかし、大人になるにはどうすればいいか――薫のこの質問は、本来、そう簡単に答えが出せるようなものじゃないんだ」

あい「何を以って大人とするか――それには色々な考え方があるし、きっと色々な条件がある」

あい「少なくとも、何かひとつだけを満たせば完了するような、単純なものではないだろうね」

薫「じゃ、じゃあ……もしコーヒーがおいしく飲めても……おとなになったとは言えない……?」

あい「そうだな。残念ながら」

薫「そ、そんなぁ……」シュン



薫「じゃあかおる……かおるじゃおとなにはなれないんだ……」

薫「そうだよね……。さっきだって桃華ちゃんやあいお姉ちゃんに迷惑かけちゃったし……」

薫「桃華ちゃんみたいにすぐ許してくれたり、あいお姉ちゃんみたいになんでもできたり――かおるはそんなにしっかりできないもん……」

薫「あいお姉ちゃんみたいな、しっかりしたおとなに、かおるじゃなれない……どうやってもなれない……」

薫「どうなっても……せんせぇは褒めてくれないよね……」

あい「――そんなことはないさ」

薫「え……?」

あい「そんなことはない」



あい「確かに、今の薫は大人とは言えない」

あい「なぜなら――今の君は、大人になっているその途中だからだ」

薫「おとなになっているの……? かおるが?」

あい「ああ」

あい「大人になる方法、それが何か、あえて言葉にするとすれば――」

あい「それは、毎日を精いっぱい過ごすことだ」

薫「精いっぱい……?」



あい「そう――毎日を、まだまだ子供である今を一生懸命、有意義に、輝いて過ごすこと――」

あい「そんな日常のきらめきの地道な積み重ねこそが、きっと大人になるための近道だ」

あい「――薫。薫は今、何か頑張っていることはあるかい?」

薫「あ、うん! あるよ!」

薫「レッスンとか、お仕事とか……あとお勉強だって! がんばればせんせぇも褒めてくれるから!」

あい「そうだな。薫は頑張っている」

あい「だからそうやって、毎日頑張って、努力して過ごしているなら――」

あい「薫だっていずれ『大人』になれる」

あい「『素敵な大人』に、きっとなれるさ」



薫「す、すてきなおとな!? す、すてきなおとなって……なんかすごそうっ!」

あい「素敵な大人になれれば――きっとプロデューサーくんも今よりもっと、薫のことを好きになってくれるぞ?」

薫「ほ、ホントー!? わぁ、それは……うれしいなぁー!」

あい「フフッ、ああ――それはさぞ、素敵な未来だろう」

薫「あっ、でも……」

あい「うん?」



薫「でも、かおる――がんばったら、またさっきみたいに誰かに迷惑かけちゃうかも……」

薫「また、失敗しちゃうかも……」

あい「失敗することは子供の特権さ」

あい「失敗というのも――日々の積み重ねの一部だ」

薫「でも……」

あい「――確かに、それが不安だという気持ちは分かる。誰だって失敗はしたくないと恐れるものだ」

あい「でも――それでも安心してほしい」

あい「例え薫が失敗しても――その時は私や、プロデューサーくんや、もちろん薫のご両親、それに他の大人たちがいるさ」

あい「子供の失敗を許し、また頑張れるように、再び進めるように導くのが大人の役目だからね」

あい「子供は、そうやって大人たちに頼っていいんだ」



あい「薫はさっき、私のことを『しっかりした大人』だと評してくれたね」

あい「ならば――私はそれに応えよう」

あい「薫が私をそうやって頼ってくれるなら、そういう風に見てくれるなら――私は君の言う『しっかりした大人』であり続けよう」

あい「そうして、頑張る薫を支え続けようじゃないか」

あい「酸いも甘いも――苦いも噛み分けた大人として、ね」

薫「ほ、ほんと……?」

あい「もちろん」



薫「そっか……!」

薫「あいお姉ちゃんやせんせぇがいてくれるなら安心だね!」

薫「かおる、これからがんばるよ!」

薫「もっともっと、色んなことがんばって――それで『素敵な大人』になる!」

薫「そうしたら……」

あい「ああ、そうしたらきっと――」

あい「コーヒーだって、美味しく感じるようになる日が来るさ」

あい「それが――大人になった証明だ」

あい「だから、今の薫がコーヒーを飲むのは、今しばらくはやめておきたまえ」

あい「――それは将来、プロデューサーくんと共にそれを楽しめるようになるその時まで、とっておくといい」

あい「薫が素敵な大人になった、その時まで、ね」



――翌日――


「P君、ここはP君もオフでしょう? 貴方のご両親にはあいさつしたし……、今度は私の両親に会ってもらおうと思って」

「す、すみません、なんの話ですか……?」

「何って、やっぱり家庭に入るんだし、P君がどんな人か知ってもらって――」

「Pさん、どういうこと? 傍にいてくれるって……あの言葉は嘘だったの……?」

「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いてください!」

「そ、そうですよ……! プロデューサーさんが困ってますし、その辺で……」


心「はぁー、疲れたぁー!」

心「今日のレッスン、ちときつかったなー……」

心「おっ……?」

薫「えーと、ここでくり上がって、ここで……」カリカリ

薫「ありすちゃん! ここはどうなるのー?」

ありす「そこはこの式を使うんです」

薫「そっか。よーし……」



「ほ、ほら、お二人は仕事の時間ですよ……!」

「そ、そうそう!」

「むう……仕方ないわね」

「Pさん、帰ってきたらじっくり話を聞かせてもらうから、そのつもりで」ガチャ

「……すみません、なんかフォローしてもらっちゃって」

「い、いえ……そんな……! 気にしないでください」

「……Pさんのお母さまからも、Pさんをよろしく頼むと、言われていますし……」

「えっ?」


心「おお、なになに? ちびっ子たちはお勉強?」

桃華「ええ。薫さんが、みんなでお勉強会をしようと」

心「へぇ……。でもみんなレッスンのあとでしょ? 疲れてないの?」

薫「かおる、レッスンもがんばって、それでお勉強もがんばるって決めたんだ!」

薫「それで、早く『素敵な大人』になるの!」

ありす「薫さんがこうまで言っているとなれば、一応年上としては、付き合わないわけにはいきませんから」

桃華「ふふっ。ありすさん、ちょっと薫さんに対抗心が出てますわね」

ありす「なっ!? そ、そんなことは……」

薫「ふむふむ……」カリカリ



薫(うんうん、レッスンもがんばったし、最近は宿題もがんばってるし……)

薫(これでかおる、どんどん『素敵な大人』になれてるのかな)

薫(も、もしかしたら、もうなってるかも……!?)

薫(コーヒーだって、ちょっとはおいしく感じるようになったかも……)

薫(ちょっとだけ……ちょっと確認するだけなら……いいよね……?)


チョット! イマノドウイウコト!?

アレ!? オシゴトニイッタンジャ!?

マッタク。ユダンモスキモナイワネ

コウナッタラ、コノバデPクンガダレヲエラブノカ、ハッキリサセマショウ!

チョット!? ナンデオサエツケルンデスカ!?

モラッチャエバコッチノモノ!

アンシンシテPサン。アナタノスキナプレイハリカイシテイルカラ!

ガ、ガオー……

ウフフ……

フーン……



薫「ふふふ……」トクトク

コクリ

薫「………………」

薫「うーん……」

心「あれ、薫ちゃん? 苦い顔してどうしたの?」

薫「………………」

薫「――ううん。まだまだだなーって思っただけ」

心「まだまだ……?」

薫「うん」




薫「まだまだ人生、甘くないなーって!」



心「お、おう……」










事務所の仲間に見守られ、健やかに成長する少女が書きたかっただけ

誤字脱字、無駄な長さ、黄金水は容器に移す派の人はごめんなさい

読んでくれてありがとう

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