ペパロニ「アンチョビねぇさん」 (122)
ガルパンSSです。
地の文ありまくり。
口調、設定などドラマCDスピンオフと異なる点がありますが、あくまでアニメからの想像ということでかんべんしてください。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1458371370
今日は2対1だった。
体育の時間にクラスの嫌なやつと些細なことで言い合いになりそのまま喧嘩になった。
昨日は3対2だった。
廊下でぶつかった相手が喧嘩を売ってきたから買ってやった。
一昨日は5対4だった。
何が原因か忘れたがどこのクラスとも知らないやつと喧嘩した。
私が言っているのが何の数字か分かるか?
人数じゃない、勝敗の数でもない。
私が殴った回数と、相手が殴った回数だ。
今日は一発私の方が多く殴ってやった。
昨日も一昨日もそうだし、その前だってずっとそうだった。
私は負けるのが嫌いだ。
だからやられたら、絶対にやり返す。
同級生だろうが上級生だろうが関係ない。
私には友達もいないし、慕うべき先輩もいないんだ。
~~~
私が唯一全幅の信頼を寄せているのは、小さなオートバイだけだった。
ベスパという名前の小さなスクーターだ。
私のようながさつな人間には不釣合いな優雅なデザインのバイクだと思うやつもいるだろう。
私はオードリー・ヘップバーンじゃないからな。
だがベスパは私の大のお気に入りで、こいつの手入れだけは常に欠かさなかった。
たった一つの宝物と言ってもいいし、いつも宝石みたいにピカピカにした。
しかしある日私はとうとうこいつを「汚して」しまうことになる。
いつかの体育で喧嘩したやつが外の屋台で果物を売っていた。
その時点ではまだ私の心は平穏そのものだった。
やつが悪いんだ。
私は無視したかったのに、やつは真っ直ぐこっちを睨みつけてきた。
それはもう喧嘩を売られたってことだ。
すぐに口喧嘩が始まった。
通りを歩く生徒たちがにわかに騒ぎ出す。
やつは本当に腹の虫がムカムカとするような嫌な人間だった。
しかも商品ケースの反対側にいるのをいいことに、私がとっさに殴ることができないと思って前のときよりも言いたい放題言いやがって。
あまりにも頭にきた私は思わずそこに並んでいるりんごを一つわしと掴んだ。
そのときだ。
誰かが叫んだ。「泥棒!」
こんなことを言い訳しても意味ないと思うが、そんなつもりはなかった。
私は正気じゃなかったんだ。
ただ頭の中が真っ白になり、何も言葉が出なくなった。
周りの人間が私を見て、お互いに何かをささやき合っていた。
なんだよ?
私が悪いっていうのか?
そもそも喧嘩を売ってきたのはやつの方だぞ!
私はりんごを手に握ったまま、その場を駆け出した。
「こら待て!」
やつが追ってくるのを察し、ベスパに乗ってそのまま走り出した。
スロットルを全開にし、学校から飛び出し、そのまま逃げるように走り続けた。
校門を出たあたりからもう誰も追う者はなかった。
それでも私は止まることができず、とうとう今まで一度も来たことがなかった学園艦の船尾にまで到達した。
フェンスに道を阻まれた私はベスパを止めるしかなくなった。
ブレーキをかけた拍子に手に握っていたりんごがころっと滑って地面に転がった。
私はベスパに乗ったままうなだれて頭を抱えた。
このときほど自分のことを軽蔑した日はなかっただろう。
私は薄汚い泥棒だ。
そのために自分の体よりも大切にしていたベスパも利用してしまった。
これで私も「立派」な犯罪者になったのかな……。
今からでもりんごを返しに行こうか?
でもなんて言えばいいんだ?
私には謝るなんてことできっこないのに。
ふと、後ろから「おい」と呼ぶ声が聞こえた。
振り返るとそこにはマントを羽織った上級生と思しき生徒が立っていた。
最初は両側に下げた派手なツインテールのウィッグに目を持っていかれた。
そしてもぐもぐと何かを食べるその手元にはりんごが握られていることに気がついた。
アンチョビ「お前、バイクの運転が相当速いみたいだな。見込みがあるぞ」
アンチョビ「ん?このりんごか?お前が捨てたからもったいないと思ってな。30秒ルールだ」
アンチョビ「細かいことは気にするな。3秒も30秒も変わらん」
アンチョビ「それよりもお前、戦車道をやってみないか?」
アンチョビ「そうそう私はドゥーチェ・アンチョビ。アンツィオ戦車道チームの隊長だ」
こいつは一体何を言っているんだ?
急に現れたと思ったら、返すべきりんごを食べられちまった。
しかも戦車道だなんて、どうしたらそんな話が出てくるんだ。
こいつは頭がおかしいんじゃないか?
アンチョビ「未経験を気にする必要はないぞ」
アンチョビ「お前はまだ一年生だろう?」
アンチョビ「これからならなんだって始められるぞ!」
アンチョビ「まぁ立ち話もなんだし、私たちの部室に行って一息つこうじゃないか」
アンチョビ「さあ、ほら!」
そう言って私の肩を掴んできたので、私はとっさにこいつの顔面にパンチをお見舞いしてやった。
パンチは簡単に顔の中心を捉え、言葉にならない悲鳴を上げて相手は倒れこむ。
この後の展開は二つに一つしかない。
立ち上がった相手がこちらに向かってくるか、それとも怖気づいて逃げ出すかだ。
しかしさっきのパンチで私には分かった。
こいつの体幹は全くなっていない、へなちょこだ。
きっと喧嘩もろくにしたことがない。
だから結果はもう見えている……はずだった。
アンチョビ「つー……いったぁ……」
痛みに耐える様子で相手が立ち上がる。
鼻を真っ赤に腫らし、目に涙を溜めていた。
そしてあろうことか、そのままの顔でマントをひるがえし、再び私の前に立ちはだかったのだ。
アンチョビ「そのパンチ、気に入ったぞ!」
アンチョビ「その有り余るエネルギーを戦車にぶつけてみないか?」
アンチョビ「お前のそのガッツがあれば、きっとどんな壁でも乗り越えられる」
アンチョビ「どうだ?」
「はぁ」と思わず間抜けな声を出してしまった。
こいつは確かに頭がおかしい。
しかし頭がおかしいのは店のものを盗む私も同じかもしれない。
だったら頭のおかしい人間同士で話を聞いてやるのもいいだろう。
このアンチョビという先輩をベスパの後ろに乗せて私たちは学校へと戻った。
学校で誰かと鉢合わせするのは嫌だったが、アンチョビが案内したルートは裏口だったので心配は空振りに終わった。
戦車道の教室というのはかなり古い校舎の中にあった。
私もこの辺りの建物には入ったことがなかった。
アンチョビ「それじゃあ、早速だが釜を暖め始めないとな!」
なんだって?
こいつは学校に戻って早々何を言い始めたんだ?
戦車道の話をするんじゃなかったのか?
アンチョビ「りんごのお礼にお前に特製のピザをご馳走してやるからな!」
アンチョビ「それじゃあまずはそこの薪を釜に投入してくれ」
ご馳走してくれるはずなのに私も手伝わされるらしい。
しかし私は料理というものは今まで全くやったことがなかった。
アンチョビ「なに?作り方が分からないって?」
アンチョビ「それなら丁度いい!アンツィオ流のピザの作り方を教えてやる」
アンチョビ「これさえマスターすればもう他のピザなんて食べられなくなるぞ!」
釜で作るピザはまず釜を温めるところに時間がかかるらしい。
中の様子を見ながら薪を投入し、一段落したら生地を伸ばしはじめ、ピザが焼き上がる頃には一時間以上が経過していた。
初めてのピザ作りに体力を使った私のお腹はすっかりいい具合に空いていた。
カッターで6等分に切ると、私もよく見たことがある本格的でおいしそうなペパロニピザとなった。
アンチョビ「さていただこう!」
アンチョビ「お前ペパロニは好きか?好きならたくさん乗ってるやつを取っていいぞ」
アンチョビ「ピリっと辛いのが美味いよな!」
アンチョビ「いや気にするな。これはお前のためのピザだ」
すっかり空腹の私はここに来た目的も忘れてピザに食らいついた。
初めての特製ピザは今までに食べたことがない感覚だった。
一切れ目はあっという間に胃袋に収まってしまい、私は二切れ目、三切れ目と次々とピザを口に運んだ。
そして最後にはアンチョビの分まで全てたいらげてしまった。
アンチョビ「どうだ?美味いだろう?」
彼女の顔は憎たらしいほどに得意満面だったが、これには私も反論の余地が全くなかった。
アンチョビ「そろそろ戦車道やりたくなってきたんじゃないか?」
アンチョビ「なんでって、腹が減ってはなんとやら」
アンチョビ「食事も大切な戦車道だからだ!」
アンチョビ「他の隊員?それなら去年の三年生が卒業して全員いなくなったぞ」
アンチョビ「だから私が今の隊長。よしペパロニ!お前を副隊長に任命しよう!」
アンチョビ「お前の名前だよ。ペパロニが好きだからペパロニでいいだろう?」
アンチョビ「お前のベスパの乗り方には見所がある」
アンチョビ「それにマシンを大切にすることも知っている」
アンチョビ「お前の才能は戦車道に絶対活きるだろう」
アンチョビ「いや私が活かしてやる!」
アンチョビ「だから私と一緒に――」
そこまで話を聞いて私は怖くなり外に飛び出した。
外に停めてあったベスパに乗り、一目散に寮の部屋まで走り帰った。
また私は逃げてしまった。
~~~
この一日はとにかく大変で、少なくともいい日ではなかった。
私は取り返しのつかないことをしてしまったのだ。
さすがに明日は学校に行ける気がしない……。
同じクラスの「やつ」と顔を合わせたらどうすればいいのか分からない。
夜、ベッドに深く潜ると、アンチョビが言っていたことが思い浮かんできた。
私に戦車道の才能なんてあるのだろうか?
彼女は普段の私の素行などしらないはずだ。
今日のことだってもし知られたら軽蔑するに決まっている。
認められ、副隊長に任命されたことは本当なら素直に喜ぶべきことなんだろうが、私には自信がなかった。
期待されるだけされておいて、結局は失望させてしまう未来しか考えられなかった。
私は今まで何かを壊したことはあっても、何かを成し遂げたことなんて一度もない。
そういう人間なんだ。
だから本当の自分を知られるのが怖くて、それで逃げ出した。
私に戦車道なんて高等なことはできないんだ。
そう結論付けて眠りにつこうとしても、どうしても脳裏に彼女の自信に満ちた顔が浮かんできた。
彼女は私のことを「ペパロニ」と呼び、語りかけてくるのだ。
「戦車道なら道は開ける」と。
夜遅くまで寝付けなかった私は、翌朝大寝坊してしまい学校には遅刻してしまった。
~~~
昼休みの時間になってようやく学校へ向かい、私は真っ先に出店が並ぶ中央通りに向かった。
行く先はやつがやっている果物屋だ。
私が行くと相手もすぐにこちらに気づき、警戒の目を向けてきた。
私は肩で大きく息をしてから意を決し、やつにりんご代の小銭を差し出した。
やつは私の意図を察したようだが、「いらない」と返されてしまった。
謝罪を受け入れるつもりはないのだろう。それも無理はない。
しかし私も負けず嫌いだからここで引き下がるわけにはいかなかった。
両手を体にぴったり付けて、やつの前で深々と頭を下げた。
通りに響き渡る私の謝罪の声を聞き、やつは少し慌てた様子で私に頭を上げさせた。
それから私は体育の時間に殴ったことの他、今までやつと繰り広げてきた喧嘩について自分にも非があったことを謝った。
すると意外なことに相手も同じことを謝ってきた。
今まで完全無欠の嫌なやつだと思ってきた相手が恥ずかしげに頭を下げるものだから、理解が追いつかずに思わずめまいがしてしまった。
しかしどうやら自分の謝罪は通じたのだということを理解し、改めてりんごの代金を渡そうとした。
「いや、そのお金はいらないよ」
「実は昨日あのあとある二年生が来てね。お金払ってくれたんだよ」
「それで戦車道の隊長やってるとかって言って、うちの後輩が迷惑かけたとかなんとか……」
「りんごは私が食べたからお金は私が払う!って聞かなくて」
大砲を食らったような衝撃が走った。
「まぁ別にお金ももらったし、私も今まで悪いところいっぱいあったからさ」
「昨日のことはもう気にしてないよ」
「だからこれからはちゃんと名前で呼んでもいいかな?」
私の心の中で進むべき道が決まった瞬間だった。
もちろん名前で呼んでもらって構わない。むしろ大歓迎だ。
ただしこれからの私の名前は――
~~~
クラスメートとの和解を済ませた私はベスパに乗って学校の端にある戦車道の教室へと向かった。
キッチンスペースがやたら広く取られたその部屋には誰もいなかった。
確か戦車を格納するための車庫があったはずだと思い、すぐさま部屋から駆け出した。
「お前の才能は戦車道に絶対活きるだろう」
私に本当に才能があるのかな?
期待しちゃってもいいのか?
「これからならなんだって始められるぞ!」
こんな私でも今からやれることがあるのかな?
戦車道を始めたら今までの自分を変えられるのか?
アンチョビ先輩、いやアンチョビねぇさんを信じてついて行っていいんだよな!?
この日は忘れられない一日になる。
私は重々しい車庫の扉に力をかけた。
この扉は私の新しい一歩に向かうための扉だ。
その先は埃と鉄と油にまみれている。
中では古いイタリアの戦車たちが眠りにつく獣のように音もなく地面に座っていた。
そしてその真ん中にはねぇさんが一人、天窓の光を受けて立っていた。
まるで私がここに来ることを最初から知っていたみたいだった。
アンチョビ「遅かったなペパロニ」
その一言で私は安心する。
ここに来て良かったのだと。
アンチョビ「さぁ始めようか。私たちの戦車道を!」
私の名前はペパロニ。
アンツィオ高校戦車道の副隊長だ。
~~~
それから私のベスパの後ろにはねぇさんが乗るようになった。
私たちはまず最初に使い古された戦車の整備から始めた。
ペパロニ「私がこの戦車に乗れるんですか?」
アンチョビ「そうだぞ。まずはこっちのタンケッテからだな」
ペパロニ「ちょっと難しそうっすね……」
アンチョビ「なぁに、戦車がお前に何もかも教えてくれるさ!」
アンチョビ「そのためにはまず中も外も綺麗にしてやらないとな!」
アンチョビ「金がないから全部自分たちでやるぞ!」
最初のうちは戦車を動かすことはできなかった。
メカいじりに関しては素人ではなかったから苦ではなかった。
どちらかというと、戦車に乗るという未知の領域に少しの恐れを感じていた。
間もなくして本物のオードリー・ヘップバーンが仲間に加わった。
いや、正確に言うともちろん本物ではない。
だがその凛としていてしなやかな立ち姿はまるでどこかの王女様のように見えた。
カルパッチョ「カルパッチョです。アンチョビ隊長から名前をいただきました」
カルパッチョ「よろしくお願いします」
彼女は入学時から戦車道を希望していたらしい。
しかしどこで戦車道をやっているのか今まで分からなかったのだという。
ペパロニ「よ、よろしく……」
長く美しい髪からは戦車には似合わないいい香りが漂ってきた。
この人は傷つけてはいけない守るべき存在なんだと本能的に思った。
私は新鮮なトマトを洗うようにやさしく彼女と握手を交わした。
アンチョビ「新しい隊員も増えたことだし、これでまた一歩我々の勝利に近づいたぞ!」
アンチョビ「さあ今日は宴だ!」
ねぇさんはことあるごとに宴という名のちょっとしたパーティを開催した。
なんでもそれがうちの伝統なんだとか。
料理のための買い出しはカルパッチョをベスパに乗せて二人で行くようになった。
カルパッチョは大人しそうな外見によらず結構好奇心大盛で活発なところがあった。
私の前に乗せてベスパのハンドルを握らせてやると大喜びでスロットルをぶん回していた。
しかし三人で出かけるときにはさすがにベスパ一台では厳しいものがあったので、ねぇさんが乗っていたフィアットの小型車を使うようになった。
フィアットには椅子も屋根もあったのでスクーターよりもはるかに快適だったが、三人乗車したときのパワー不足が少し不満に感じられた。
ペパロニ「この車ちょっと遅いっすね」
アンチョビ「うるさいなぁ。しょうがないだろう、これしか買えなかったんだから」
カルパッチョ「かわいくて素敵な車だと思いますよ、ねぇさん」
この車に乗ると、ねぇさんはよく屋根を開けてそこから身を乗り出していた。
ペパロニ「そこ寒いっすよ、ねぇさん」
アンチョビ「何言ってんだ!これが気持ちいいんだろうが!」
アンチョビ「ここからの眺めはまるで戦車に乗っているときみたいだぞ!」
オンボロのフィアットに乗って高笑いするねぇさんは少しも格好よくはなかった。
きっと周りからもそう見えるだろう。
でもねぇさん自身はいつもとても満足げだった。
アンチョビ「よし、動かしてみろ」
整備マニュアルとにらみ合いながらコツコツと手を入れていたCV-33がようやく仕上がった。
フィアットのときと同じように私が操縦席に着き、隣の砲手席にカルパッチョが着いた。
タンケッテは二人乗りなので、ねぇさんは屋根を開けて箱乗りしていた。
火を入れるとエンジンはスムーズに始動した。
自然と胸が高鳴った。
ベスパやフィアットとは違う力強いアイドリングを全身に感じた。
隣を見るとカルパッチョは至って冷静な面持ちで銃座に着いていた。
その表情はいつもとは違う凛々しいものだった。
カルパッチョ「ペパロニ、大丈夫?」
ペパロニ「あっ……ああ、大丈夫!」
アンチョビ「アーヴァンティ!」
また一つ特別な日が増えた。
この日は私が初めて戦車を動かした日だ。
車庫を飛び出した戦車は庭を通り、林を抜けて、生徒たちが集まる中央通りへと向かった。
カルパッチョ「今のところ機関系に異常ありません」
アンチョビ「どうだペパロニ!戦車の調子は?」
ペパロニ「す、すげぇ……」
アンチョビ「なんだって?」
ペパロニ「すげぇ……すげぇよねぇさん!」
ペパロニ「私たちの戦車が動いてる。動いてるぞ!」
アンチョビ「そうだ、すごいだろう!これが戦車だ!」
アンチョビ「さあみんなが見てるぞ!」
「ねぇ、あれ見て!」
「戦車だ!」
アンチョビ「ハッハッハッハ!いいぞペパロニ、最高の気分だ!」
ペパロニ「最高っす!」
カルパッチョ「この先で転回して車庫に戻ってください」
この一日で私はすっかりこのCV-33という戦車の虜になった。
それからは毎日のようにタンケッテを乗り回した。
アンチョビ「さぁ次は試合だぞ!」
ねぇさんはいつも試合で勝つことを考えていた。
試合未経験の私にはそれがどれほど重要なことなのか想像がつかなかった。
ただ今のアンツィオではメンバーが少なすぎるので、正式な戦車道の大会には出られないらしい。
そのため今年の大会出場は断念し、来年に向けてナントカっていう草試合を重ねて経験値をためていくことにした。
タンケッテのような小さい戦車でも戦える競技だ。
ペパロニ「試合っすかぁ……」
アンチョビ「不安か、ペパロニ?」
ペパロニ「うーん、いや、大丈夫っす!」
ペパロニ「ねぇさんについていきます!」
試合に出ることには確かに不安があった。
初めてのことにはつきものだ。
しかし先日初めて戦車に乗った経験がその不安を消してくれた。
ねぇさんの言ったことに間違いはなかった。
次だってきっと大丈夫なはずだ。
アンチョビ「もうマジノ女学院との試合を取り付けてある」
カルパッチョ「結構強いところですね」
ペパロニ「ええ!か、勝てるんすか!?」
アンチョビ「もちろんやるからには勝つ気でいくぞ!そのために作戦会議を行う!」
その日は夜遅くまで作戦会議が行われた。
それはもう高度で入念な会議だった。
なんせこの私が二人の会話に全くついていけないくらいだったから、その内容の濃さは計り知れない。
頭を使いすぎて疲れ果てた私はいつの間にか眠ってしまっていた。
次の朝になってねぇさんに叩き起こされた私はすぐさまタンケッテの操縦席に座らされた。
今日は試合の日だ。
いつものように三人乗車のタンケッテを走らせ、運送用のトラックと一緒に寄港中の町に降りた。
町の中を通過し、試合会場である山奥に向かった。
ペパロニ「うわぁあ、すっげぇ!」
会場に着いて早々に私は度肝を抜かれてしまった。
ずらりと並んだフランス戦車群はどれもCV-33よりも大きくて強そうだった。
ペパロニ「ねぇさん!相手はこんなにいっぱいいるのに勝てるんすか!?」
アンチョビ「落ち着け。試合はあくまで一対一で行う。ちゃんと対等な勝負だ」
ペパロニ「じゃあなんでこんなに戦車があるんすか!?」
カルパッチョ「戦力差を見せ付けてこちらの戦意を削ぐ作戦よ。惑わされないで」
ペパロニ「な、なるほど……」
さすがに試合にまでタンケッテの中に三人乗るのはきついので、今回は私とねぇさんが搭乗することになった。
アンチョビ「さあ試合開始だ!アーヴァンティ!」
ペパロニ「はい、ねぇさん!」
アンチョビ「試合中はドゥーチェと呼べ!」
ペパロニ「はい、ドゥーチェ!」
ペパロニ「まずはどっちに行きますか?」
アンチョビ「作戦通りA地点に向かえ」
ペパロニ「A地点ってどこですか?」
アンチョビ「はぁ?お前昨日の作戦会議聞いてなかったのか!」
ペパロニ「聞いてましたよばっちり!」
ペパロニ「一つも意味分かりませんでしたけど!」
アンチョビ「はぁあ゛あ゛あ゛あ゛!?」
轟音と共に戦車がひっくり返り、白旗が上がった。
私たちの戦車は敵に撃破されたのだ。
最初の試合はあまりにも早い幕引きだった。
ペパロニ「あいつらっ!後ろから隠れて撃ちやがった!」
私は煙を上げるタンケッテから飛び出すなり相手の選手に掴みかかりに走った。
アンチョビ「おいやめろペパロニ!」
ペパロニ「だってねぇさん!あいつら卑怯っすよ!見えないところからいきなり撃つなんて!」
アンチョビ「いや、そういうのも試合だから!」
ねぇさんが私の体にしがみ付いて静止するので、今日のところはやめておいてやった。
試合が終わって気を抜いていたマジノ女学院のお嬢様たちは私の姿を見て腰を抜かしていた。
「あら、血気盛んな操縦手ですわね」
今のはマジノ女学院の隊長の言葉である。
その後はねぇさんが相手の選手に何度も頭を下げてこの日の試合は終了となった。
アンチョビ「いいかペパロニ、この戦いではどんな手段でも許される。勝つためならなんでもやっていいんだ」
ペパロニ「でも、納得できないっす!」
アンチョビ「負けて悔しいか?」
ペパロニ「はい!」
アンチョビ「なら、次勝てるように努力しろ。作戦はよく聞け。敵の警戒も怠るな」
アンチョビ「それが戦車道だ」
ねぇさんから言い渡された言葉が胸に突き刺さる思いがした。
私は確かに試合をなめてかかっていたかもしれない。
ねぇさんの後ろにただくっ付いているだけじゃダメだ。
私自身が勝つための行動をしないといけないんだ。
ペパロニ「……」
アンチョビ「分かったようだな」
アンチョビ「それじゃあ今日の試合も終わりだし、帰るとしよう」
カルパッチョ「それなんですが、ねぇさん」
アンチョビ「どうしたカルパッチョ?」
カルパッチョ「カルロ・ベローチェが走行不能になってしまったので帰れません」
アンチョビ「……」
アンチョビ「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!しまったぁあ!」
私たちは帰り道のことを何も考えずにここまで来てしまっていた。
しかしそこで救いの手を差し伸べてくれたのはマジノ女学院の隊長だった。
車両を使って私たちと戦車を学園艦まで運び届けてくれたのだった。
夕暮れになって港まで運んでもらい、ねぇさんは再び頭を下げていた。
アンチョビ「ふぅ~、なんとかなって良かった~」
カルパッチョ「優しい方々で良かったですね」
ペパロニ「……不思議なもんっすね」
アンチョビ「何が?」
ペパロニ「こっちは相手に殴りかかったのに、そんな私たちを助けてくれるなんて」
アンチョビ「それも戦車道さ」
またそのセリフだ。
ねぇさんは何かにつけて戦車道と結びつけた。
この調子だと世の中のどんなことでも戦車道とつながってしまいそうだ
ペパロニ「そんなもんなんすかねぇ……」
学園艦に戻った私たちはまず最初に、戦車を運搬するためのトラックを車庫の奥からひっぱり出してきた。
埃だらけのその古いトラックを洗車し、アンツィオの紋章を綺麗にペイントし直した。
このトラックはフロントベンチシートに三人並んで座れたので次からの試合では移動が楽になった。
そして間もなく別の学校と二回目の試合がやってきた。
そしてまたしても負けた。
二度目の敗北に帰りの車内はさすがに気分も落ち込んだ。
カルパッチョ「また負けちゃいましたね……」
ペパロニ「うちが勝てる学校あるんすかね……」
アンチョビ「おいどうした?顔が暗いぞ!」
ペパロニ「だってぇ!二回連続で負けちゃったじゃないですかぁ!」
ペパロニ「うちらまだ勝ちなしっすよぉ!」
アンチョビ「それがどうした!負けたらそれを糧にして次に活かせばいいんだ!」
ペパロニ「それでも次勝てる保障なんてないじゃないすかぁ」
アンチョビ「アホ!最初から勝ちが決まってる勝負などあるか!」
ペパロニ「はぁ~、うちってもしかして弱小校ってやつなんじゃ……」
カルパッチョ「もしかしなくても……うん」
アンチョビ「アンツィ~オは弱くない~強いぞ~強いぞ~!」
カルパッチョ「ねぇさん!?」
アンチョビ「ほら、お前らも歌え!アンツィ~オは――」
ペパロニ「ええ!?なんすかその歌は?」
アンチョビ「負けたときに頑張る歌だ!」
ペパロニ「そんな歌あるんすか!?」
カルパッチョ「まるで今思いついたような歌ですね……」
アンチョビ「アンツィ~オは弱くない~!強いぞ~強いぞ~!」
ペパロニ「えぇ……」
三回目の試合は再びマジノ女学院との約束を取り付けた。
私たちは勝つための作戦会議を行った。
アンチョビ「だから!A地点はここだってさっきから何度も言ってるだろっ!」
アンチョビ「ああっ!もう、なんで分からないかなぁ~!」
カルパッチョ「あのねペパロニ、この作戦はこういうことで――」
今回は私も完璧に作戦内容を把握した。
さらに今回は前回の行いのお詫びもかねて試合会場でちょっとした料理のもてなしをすることにした。
そのためのパスタをゆでる鍋やテーブルなどもトラックに積み込んだ。
試合の日。この日もまた私にとっての特別な日になった。
ペパロニ「う~、狭いっすよねぇさん」
カルパッチョ「二人乗りの戦車ですから、三人はちょっと無理がっ……」
アンチョビ「ペパロニもっと詰めろ」
ペパロニ「三人乗る必要あるんすかぁ?」
アンチョビ「おいしいサラダを作るには三人必要という」
アンチョビ「これも勝利のためだ。今回はフルメンバーで行くぞ!」
ペパロニ「ひぃ~」
操縦するにはねぇさんが付けてるウィッグがかなり邪魔だったが、とてもお気に入りの髪型のようだったので言わないでおいた。
木々の間から、スカッと晴れた空がのぞいていた。
戦車のエンジン音が森の中を駆け抜けた。
敵のルノー戦車とはすぐに遭遇した。
機銃の音で鳥たちが一斉に飛び立った。
木が密集する場所でのドッグファイトが繰り広げられた。
私はかつてないほどにアクセルを目一杯に開放した。
ねぇさんの指示の声は最後まで止まることなく飛ばされた。
私はただその声に耳を傾け、自分の仕事をこなした。
操縦桿を握り、ギアを入れてクラッチをつなぐごとに体の中の血がたぎるのを感じた。
カルパッチョが撃つ機銃の音はいつしか心地よい子守唄となって、砲弾飛び交う戦いの世界へとトランスさせてくれた。
気がついたときには時間だけがひたすら過ぎていた。
私は初めて相手の戦車から白旗が上がっているのを見た。
銃撃が収まった途端に耳がキーンと鳴り出し、ねぇさんの言葉が聞き取れなかった。
ペパロニ「……え?」
カルパッチョ「やりましたね、ねぇさん!」
アンチョビ「やったぞ!我々の初勝利だ!」
タンケッテのハッチから身を乗り出した私たちは改めて、自分たちが撃破したルノーの姿を確認した。
そして喜びを分かち合う熱い抱擁を交わした。
ねぇさんまでまるで人生初の勝利のように大泣きしていた。
ねぇさんほどの人ならこれが最初の勝利のはずはなかった。
それでも私たちと一緒に泣いてくれるのが、ねぇさんが私のねぇさんたる理由だ。
マジノ女学院の隊長は私たちの健闘と勝利をほめてくれた。
それから私たちはテーブルを並べ、そこで試合後の宴を開催した。
そこでねぇさん直伝のナポリタンをみんなに振舞った。
私たちの料理はかなり好評で、またうちと試合をやりたいと言ってくれた。
大手を振って試合会場を後にした私たちは、帰りのトラックの中でもまだ意気揚々としていた。
ペパロニ「いや~、やりましたね、ねぇさん!」
ペパロニ「初勝利っすよ!初、勝、利!」
アンチョビ「だから言っただろう!一度の負けは決して無駄にはならない」
アンチョビ「敗北は勝利への通過点なんだ!」
カルパッチョ「そうですね!」
アンチョビ「アンツィ~オは弱くない~!強いぞ~!強いぞ~!」
ペパロニ「私も歌います!アンツィ~オは弱くない~!」
カルパッチョ「えっ、それ負けたときの歌なんじゃ……?」
アンチョビ「細かいことは気にするな!」
ペパロニ「そうだ!カルパッチョも歌え!」
カルパッチョ「そうなんですね、うっふっふ。それじゃあ私も――」
負けたときに頑張る歌は、いつでも頑張る歌に改名になった。
しかし短いフレーズしかないその歌はかなりのヘビーローテーションとなった。
学園艦に着くまで意地になって歌い続けた私たちはへとへとに疲れ果て、風呂にも入らずに三人で一つの毛布に包まってそのまま寝てしまった。
この日は私にとって、いや私たちにとっての特別な日。初勝利の日となった。
それからは試合には毎回パスタの用意をしていくようになった。
勝っても負けても試合後には料理をみんなに振る舞い、帰りには三人で歌を歌った。
どれほどの勝ちや負けを重ねたのかはよく覚えていない。
でも負けの方が少し多かった気がする。
ねぇさんが負けも無駄じゃないってことを教えてくれたから、まったくつらくはなかった。
そのうちに学園艦の上でも戦車道の話が上がるようになってきた。
この頃の私は今までに喧嘩をして因縁のある生徒たちに謝罪をして回るということをやっていた。
謝るというのは憂鬱な行為だと思っていたが、アンツィオの生徒たちはみんなこちらから頭を下げれば驚くほどすぐに仲良くなれた。
だからだんだんと誰かに謝罪に行くのも苦ではなくなった。
仲良くなった相手はたいていがこう言うんだ。
「戦車道やってるんだって?頑張りなよ」
私は自分が戦車道のペパロニとして知られることが嬉しかった。
戦車道の話をされると必ず私はアンチョビねぇさんっていうすごい先輩がいるってことを教えてやった。
こうして広がった私の交友関係は校内でも腕っ節ばかりになった。
私の友達を見てねぇさんはちょっと引いていたけど、カルパッチョは全く尻込みする様子もなく接してきた。
カルパッチョ「みなさん、こんにちは」
綺麗な笑顔を一つも崩すことなくカルパッチョはそう言うのだ。
私の友達はみんな王女様に謁見する記者陣のように固まってぎこちなく挨拶を返すしかなかった。
私たちの誰もカルパッチョに逆らうことはできなかった。
アンチョビ「セモヴェンテ用の消耗品を発注しないとな~」
ペパロニ「セモヴェンテってあの大きい戦車っすか?」
アンチョビ「ああそうだ。そろそろ使えるように仕上げていかないとな」
ペパロニ「でもどうせ使わないじゃないすか。いつもタンケッテで試合してるし」
アンチョビ「いや、これは来年に公式大会に出場するために絶対に必要な戦力だ」
戦車道の公式大会、ねぇさんはいつもそのことに向けて準備を進めていた。
草試合しか出たことのない私には想像もつかないような大きな舞台だ。
さらに大きな戦車を購入するために、戦車道の時間に本来あるはずのおやつの時間はなくなっていた。
その分のお金はねぇさんがこっそりと溜め込んでいて私にもそのありかは教えてくれなかった。
カルパッチョ「消耗品だけでいいんですか?」
カルパッチョ「装甲とエンジンのパーツも交換が必要なものがたくさんありますけど」
アンチョビ「そんなものを全部買っていたら金が足りないからな」
アンチョビ「二、三台部品取りにして残りの車両を完成させるしかないな」
アンチョビ「というわけで明日戦車ショップに行くからな」
ペパロニ「タンケッテで行きます?」
アンチョビ「いや私のチンクで行く」
アンチョビ「そうだペパロニ、チンクのオイル交換をしておいてくれ。頼むぞ」
ペパロニ「はい了解っす!」
チンクは私たちがいつも移動に使っているねぇさんのフィアットのことだ。
私はこのときいいことを思いついた。
普段からパワー不足を感じていたこいつのエンジンにターボを取り付けるのだ。
そうと決まるとさっそく作業に取り掛かった。
車をジャッキアップし、パーツ倉庫から適当なターボキットを拾ってきてエンジンに取り付けた。
吸気のためにエンジンフードは開けておきたいが、明日ねぇさんを乗せて驚かしてやりたいのでスイッチでフードが開く機構を仕込んだ。
そして次の日、私たち三人はフィアットに乗って出かけようとしていた。
アンチョビ「よし、車を出せ」
カルパッチョ「何だかエンジン変な音してません?」
アンチョビ「おいペパロニ!ちゃんとオイル交換したんだろうな?」
ペパロニ「はいばっちり!フルコースでやっておきましたよ!」
アンチョビ「本当だろうなぁ?」
次の瞬間フィアットはブースト全開で車庫から飛び出すように走り出した。
ねぇさんもカルパッチョも見事に真後ろにひっくり返った。
それはもうきれいなずっこけ方だったから写真に撮れなかったのが惜しいくらいだった。
取り付けたターボの効果はてきめんだった。
目的地にはあっという間に到着した。
エンジンを見せたらねぇさんも感激してこう言った。
アンチョビ「なんてことをしてくれるんだぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
私だっていつもねぇさんに頼ってばかりではない。
たまにはこうして恩返しもしてあげているのだ。
そうやって三人で助け合いながら私たちの戦車道は一年間を通じて行われた。
~~~
アンチョビ「いいかみんな!もうすぐ入学シーズンだ」
カルパッチョ「そうですね!」
ペパロニ「頑張って新入生を呼び込みしましょう!」
私たちにとっての重要な季節がやってきた。
戦車道公式大会に出るためにはどうしても人数を増やすことが不可欠だった。
幸運なことに世間では戦車道の世界大会というものが新しく行われることになり、全国的に高校戦車道をサポートする流れができていた。
アンツィオでも新年度には異例な額の予算が戦車道に割り当てられた。
ペパロニ「すごいじゃないっすか!」
ペパロニ「タンケッテ買いまくって、改造もしましょう!」
カルパッチョ「それよりこの予算があれば重戦車を今すぐ買った方がいいんじゃないでしょうか?」
しかしねぇさんが出した結論は違った。
戦車を増やしても人がいなければしょうがない。
新入生を集めるために歓迎パーティを開くことにした。
まぁぶっちゃけ食べ物で釣るってことだ。
大人数の料理を置くために小屋の屋根板を外し、クロスを被せてテーブルにした。
この一年間戦車道で学んだ料理のスキルを総動員してご馳走をテーブルいっぱいに用意した。
この新人歓迎パーティは屋根板作戦と名づけられ、戦車道の命運を賭けて予算をつぎ込んだ。
結果から言うと作戦は大成功だった。
パーティは大盛況で、即日戦車道の選択を決めてくれる新入生が続出した。
大勢集まった新人の育成を取りまとめるためにカルパッチョが副隊長に加わり、私と二人体制になった。
アンチョビ「よーし!これで全国大会に出場決定だ!」
ねぇさんの喜ぶ顔が見られたから、頑張って大量のパスタを茹でたかいがあったってもんだ。
アンチョビ「一年生諸君!ようこそ我が戦車道クラスへ来てくれた!」
アンチョビ「私はドゥーチェ・アンチョビ!アンツィオの隊長だ」
「ドゥーチェ?」
「ねぇドゥーチェって何?」
「知らな~い」
カルパッチョ「ドゥーチェというのは統帥のことよ」
ペパロニ「私たちのねぇさんってことだ」
「へぇ~」
「そうなんだ~」
アンチョビ「お前たち喜べ!諸君は我がアンツィオが栄光を獲得する一年を目撃することになるのだ!」
アンチョビ「戦車道全国大会。それが我々が勝利を手にする舞台だ」
アンチョビ「我々はここで必ず勝つ!しかしそのためには諸君の力が必要だ!」
「全国大会で勝つんだって」
「ええ~なんか大変そうじゃない?」
アンチョビ「心配するな!」
ペパロニ「ドゥーチェについていけば間違いない!」
「心配ないって~」
「ドゥーチェが全部やってくれるんだって~」
「良かった~」
アンチョビ「いやいや!ちょっとは心配しろ!」
アンチョビ「お前たちも戦車に乗って試合に出るんだぞ!」
「ええ~やっぱり大変そう~」
「やっぱり戦車道やめようかな~」
カルパッチョ「戦車で分からないことがあったら、私たち先輩がいつでも指導するわ」
アンチョビ「そう、大丈夫!勝つための力をお前たちに与えてやる」
アンチョビ「この一年を私と共に頑張ろうではないか!」
アンチョビ「それじゃあ、このあと車庫に行って戦車の点検を――」
そのとき昼休みの鐘が鳴り、一年生たちは一斉に駆け出していなくなってしまった。
一年生が消え、あまりの事態に私たちは呆然としてしまった。
アンチョビ「なっ……なっ……!」
カルパッチョ「あらまぁ……」
当然ながら集まった生徒は食い気が何者にも勝る食いしん坊集団だった。
昼休みになるとねぇさんの話の途中だろうが、練習中だろうが構わずに食堂に駆けていった。
先が思いやられるようだったが、実際に指導してみると言うことをよく聞くいい子たちだった。
まずはCV-33に乗せて戦車を動かす練習を始めた。
彼女たちは調子が乗れば非常によい動きをした。
やがてセモヴェンテに乗るチームを切り分け、それぞれの配置も固めていった。
「ペパロニねぇさん!」
「ねぇさん!ペパロニねぇさーん!」
私は先輩になった。
ちょっと不思議な気分だった。
後輩たちに恥ずかしくないように立派な副隊長にならないとな。
全国大会の初戦はマジノ女学院が対戦相手だった。
私たちにとっては戦い慣れた相手といえる。
ねぇさんの発案でタンケッテを使ったかく乱作戦により、私たちはなんと一回戦の勝利を手にした。
学園に戻った私たちはヒーローとなり、中央通りで凱旋パレードをした。
特にその中心に立つねぇさんは一番多くの喝采を浴びた。
「見て!あれが隊長よ!」
「ドゥーチェ~!」
「きゃー!こっち見たー!」
学園中でドゥーチェコールが巻き起こった。
私はねぇさんのことをとても誇らしく思った。
ねぇさんはやっぱりすごい人だった。
この人についてきて正解だったんだ。
それと同時には私は副隊長である私自身のことを誇らしく思った。
ペパロニ「すごいっすよ、ねぇさん!全国大会一回戦突破っすよ!」
ペパロニ「このまま次もぶちかましましょう!」
いつでもねぇさんは自信満々に答えてくれた
ペパロニ「ねぇさん車の整備やっておきますよ!」
ペパロニ「え?そんなぁ~、遠慮しないで任せてください!」
それにいつも私たちのことを考えてくれる。
ペパロニ「最高っすよ、ねぇさん!」
ペパロニ「アンチョビねぇさぁーん!」
常に勝利へと導いてくれる。
敗北も勝利への道の一つだ。
ペパロニ「ウィッグ外せばいいじゃないすか~」
ペパロニ「それ地毛だったんすかぁ~~」
髪は地毛だった。
そんなねぇさんはいつもかわいい。
……
ねぇさん……
ねぇさ~ん……
ねぇさぁあああん!……
前置きが終わったところで今日はここまでにします。
また明日から続き投下します。
~~~
私はいつの間にか眠ってしまっていた。
カルパッチョ「ちょっと、ペパロニ!起きて!」
アンチョビ「まったく!人の家に勉強を教えてもらいに来て居眠りか」
ペパロニ「……あれ……」
目を覚ますと髪を下ろしたパジャマ姿の二人がいた。
学校はもうすぐ試験前。私は勉強を教わりにねぇさんの家に来ていたのだ。
アンチョビ「いいか、副隊長として赤点は絶対に許さないからな」
ペパロニ「ああ、そっか……私ねぇさんの家に……」
カルパッチョ「そろそろ疲れてきましたし、今日はもう寝ましょうか」
アンチョビ「ふん。そうだな。今日はこれくらいにしといてやろう」
アンチョビ「それじゃあ客用の布団を出してくるから」
ペパロニ「え!?今日ねぇさんちに泊まりなんすか!?」
アンチョビ「はぁ?お前が泊まりたいって言ったんだろうが!」
ペパロニ「それなら布団はいらないっす!」
アンチョビ「じゃあどうやって寝るんだよ」
ペパロニ「ねぇさんのベッドで一緒に寝ます!」
アンチョビ「はあああああ!?」
アンチョビ「な、な、何言ってんだお前!」
カルパッチョ「あっ!それいいですね。私も一緒に寝たいです」
アンチョビ「おい、カルパッチョまで!」
ペパロニ「さあさあ、ベッドに行きましょう」
アンチョビ「こらっ、触るな!」
カルパッチョ「こっちですよ、ドゥーチェ」
アンチョビ「だから、やめろって!」
ねぇさんを挟み込んで三人でベッドにもぐりこんだ。
アンチョビ「おい近づくなペパロニ!」
ペパロニ「しょうがないじゃないっすかぁ。狭いんすよ~」
アンチョビ「だから布団出すって言ってるだろう!」
カルパッチョ「うふふ、私たち狭いところに押し込められるのしょっちゅうじゃないですか」
アンチョビ「私のベッドに押し込んだことなんてないぞ!」
ペパロニ「あ、そういえばこのベッドねぇさんのにおいがする」
アンチョビ「おい嗅ぐな!息したら[ピーーー]!」
ペパロニ「そんな~、死んじゃいますよ~」
アンチョビ「ひゃあっ!今触っただろう!」
ペパロニ「いや、ちょっと手が当たっただけですって~」
ペパロニ「ねぇさんは敏感っすね~」
sagaしないとピーが出るんだった。
ねぇさんを挟み込んで三人でベッドにもぐりこんだ。
アンチョビ「おい近づくなペパロニ!」
ペパロニ「しょうがないじゃないっすかぁ。狭いんすよ~」
アンチョビ「だから布団出すって言ってるだろう!」
カルパッチョ「うふふ、私たち狭いところに押し込められるのしょっちゅうじゃないですか」
アンチョビ「私のベッドに押し込んだことなんてないぞ!」
ペパロニ「あ、そういえばこのベッドねぇさんのにおいがする」
アンチョビ「おい嗅ぐな!息したら殺す!」
ペパロニ「そんな~、死んじゃいますよ~」
アンチョビ「ひゃあっ!今触っただろう!」
ペパロニ「いや、ちょっと手が当たっただけですって~」
ペパロニ「ねぇさんは敏感っすね~」
アンチョビ「だから近づくな!」
アンチョビ「ちょっと顔近い!顔近いからぁ!」
アンチョビ「キ、キ、キスしちゃう、だろうがぁ!」
ペパロニ「あ~、今私の体触りましたね」
アンチョビ「触ってない!触ってないから!」
ペパロニ「いいんすよ~、ねぇさんならいくらでも触ってくれて!」
ペパロニ「キスしてもいいですよ!」
アンチョビ「何言ってんだっ!」
アンチョビ「そういうのはもっとちゃんと好きな人とだな!」
ペパロニ「だって私ねぇさんのこと好きですもん」
アンチョビ「やめんか!」
カルパッチョ「ほらペパロニ!私が後ろから捕まえておくから今のうちに!」
アンチョビ「こらカルパッチョ何をする!?」
ペパロニ「それじゃあ、ねぇさん、観念してください」
アンチョビ「わあ゛あ゛あ゛あ゛!だめっ!だめだから!」
顔を真っ赤にして慌てるねぇさんの姿は愛しくて、いつまでもからかっていたいと思った。
私は本気でねぇさんのことが好きだ。
惚れていると言ってもいいし、愛してると言ってもいい。
ねぇさんは私をペパロニにしてくれた人だから。
私の人生はもうねぇさんのものだ。
ベッドの中で騒ぎに騒いだ私たちはいつの間にか眠ってしまっていた。
私たちは夢の中でもタンケッテに乗っていた。
狭い車内に三人で乗り、森に砂漠に遊園地も走り回った。
夢の中の私たちは大活躍で、誰にも負けなかった。
戦車道こそ我が人生……私の生きる道だ……最後には必ず勝つ。
気持ちのいい目覚めだった。
カルパッチョも気持ちの良さそうな寝息を上げていた。
しかしどういうわけか、真ん中に寝ていたはずのねぇさんだけがベッドからはじき出されていたもんだから、朝からご機嫌を取るのに苦労した。
アンチョビ「なぜだ!物理的におかしいだろう!」
ペパロニ「ねぇさぁ~ん、まーだ怒ってるんすか~?」
アンチョビ「別に!」
戦車道の時間の終わり、他のメンバーはもう食堂に向かっていた。
アンチョビ「おいペパロニ」
ペパロニ「はいねぇさん、なんすか?」
アンチョビ「今日授業が全部終わったら話がある」
ペパロニ「分かりました!カルパッチョも呼びます?」
アンチョビ「いやお前だけでいい」
授業が終わると日も暮れだす頃だった。
久しぶりにねぇさんを後ろに乗せてベスパを走らせた。
ねぇさんの指示通りに走ると学園艦の一番端までたどりついた。
アンチョビ「調子良さそうだな、ベスパ」
ペパロニ「はいもちろん!ばっちり手入れてますから!」
ペパロニ「ねぇさんのチンクも調子いいっすよね?」
アンチョビ「ああ。誰かさんのせいでガソリン馬鹿食いしてるけどな」
海があかく染まっていく。
ペパロニ「それで、話ってなんすか?」
アンチョビ「……りんご食べるか?」
ペパロニ「くれるんすか?じゃあいただきます」
丸ごとのりんごをかじりながらねぇさんの話が始まるのを待った。
アンチョビ「うまいか?」
ペパロニ「え?……あ、はい、うまいっす」
アンチョビ「そのりんご、出店で買ってきたんだけど」
アンチョビ「ほら、お前の友達がやってるところだよ」
ペパロニ「ああ!あいつっすか!」
ペパロニ「学園の敷地の中で果樹園やってるんすよね~」
ペパロニ「土とか水とか色々調整が難しいらしいっすよ」
アンチョビ「ああ、そうだろうな」
アンチョビ「でもすごくおいしく実がなってる」
ペパロニ「ま、私には難しいことは全然わかりませんけどね」
アンチョビ「いいんだよ。お前にはお前のやれることがあるんだから」
ペパロニ「そうっすね」
アンチョビ「今日ここに呼んだ理由、もう分かってるよな?」
ペパロニ「え?全然分かりません」
アンチョビ「……」
アンチョビ「そうか」
アンチョビ「ペパロニ、お前に次の隊長を任せたい」
ペパロニ「ええっ!?」
ペパロニ「私が隊長!?なんでぇ!?」
アンチョビ「お前本当に分かってなかったんだな……」
ペパロニ「だ、だって!ねぇさん戦車道やめちゃうんすか!?」
アンチョビ「何言ってるんだ。卒業するんだよ」
ペパロニ「卒業……」
アンチョビ「私ももう三年生だからな。だからもう引退だ」
引退……卒業……今まで全く考えたこともなかった。
私はずっとねぇさんを追いかけていくことばかり考えていたからだ。
ペパロニ「そんなのいやっす!」
ペパロニ「ねぇさん行かないでください!」
ペパロニ「これから誰についていって戦車道したらいいんすか!?」
アンチョビ「……」
アンチョビ「お前が引っ張っていくんだよ。後輩を」
ペパロニ「私が……」
これから私は何をすればいいんだ?
ねぇさんのいない戦車道なんて考えられない。
アンチョビ「今度大洗との練習試合があるよな」
アンチョビ「車両数は向こうに合わせて8対8、公式ルールに則ってフラッグ戦だ」
アンチョビ「これが私が隊長を務める最後の試合になる」
アンチョビ「だが戦闘での指揮はペパロニに全て任せる」
アンチョビ「お前は私のフラッグ車を含めて全車両に指示を出すんだ」
アンチョビ「そこでお前が隊長に相応しいかどうか見極める」
ねぇさんに突き放されたようで頭の中が真っ白になった。
ペパロニ「私が指揮を……」
アンチョビ「不安か?やめたいか?」
私はハッと我に帰った。
こうして私を指名してくれるということはねぇさんから信頼されていることだ。
私はねぇさんの第一の弟子としてその期待に応えなければいけないんだ。
ペパロニ「はい!やります!」
ペパロニ「任せてくださいねぇさん!やるからには必ず勝ってみせます!」
アンチョビ「そうか。お前ならそう言ってくれると思ったよ」
ペパロニ「はい、もちろんです!」
アンチョビ「それじゃあ試合を楽しみにしているぞ」
そうだ。これは私に与えられたチャンスだ。
私がねぇさんの跡を継いでアンツィオの戦車道の先頭に立つ。
これは私にとってこの上なく名誉なことだ。
そうなればやることは決まっている。
大洗に勝つための作戦が必要だ。
ねぇさんの最後の試合を勝利で締め括るための作戦だ。
私は戦車道の資料室から教本を引っ張り出してきて作戦立案のヒントを探した。
授業が終わった後に一人でここにやってきて作戦ノートに、対大洗用の戦略メモを書き綴った。
今まで作戦会議はねぇさんとカルパッチョも加えて行っていたが、今回は全て自分一人だ。
初めは教本の長い文章に苦戦したが、自分自身の戦闘の経験と照らし合わせれば思ったよりも読み込みが捗った。
私だってやるときはやれるんだ。
そうして毎日夜遅くまで学校に残り、私の最高傑作の作戦が組み立てられていった。
カルパッチョ「ペパロニ?」
珍しく遅い時間に来客であった。
ペパロニ「ん?カルパッチョか?」
カルパッチョ「どう、作戦の方は?順調に進んでる?」
ペパロニ「おう!絶対ねぇさんを勝たせてやりたいからな!」
ペパロニ「ほら見て!試合開始からの動きのパターンを、相手の行動予測別に考えてみたんだ」
カルパッチョ「へぇ……すごいじゃない!」
カルパッチョ「これ全部自分で考えたの!?」
ペパロニ「へへん、どんなもんだい!」
ペパロニ「私も副隊長だし、これくらいできて当然よ!」
カルパッチョ「ふーん、あ、でもここのところ……」
ペパロニ「ああっ!だめ!これは私一人で考えるんだから!」
ペパロニ「カルパッチョは口出し無用」
カルパッチョ「そう?それならいいけど……」
ペパロニ「ねぇさんを安心して送り出したいんだ」
ペパロニ「そのためには私一人の力でやらなきゃ意味がない」
ふいにカルパッチョが後ろから抱きしめてきた。
香水の香りが私の体を包み込んだ。
カルパッチョ「私はいつもペパロニのすぐそばにいるからね」
それだけ言うと彼女は私から離れて軽快なステップを踏んでドアまで駆けていった。
カルパッチョ「頑張るのもいいけど、あんまり無理はしないでね」
ウィンクを残して去っていくカルパッチョは今でも王女様みたいに見えた。
明日はついに試合当日だ。
気持ちよくねぇさんを引退させてあげたい。
この前の大学選抜との試合を経て勝利のイメージは私の中で固まっていた。
あの西住みほがやったように、私もこの負けられない戦いを勝ち取ってやるんだ。
その日の夜はなかなか寝付けなかった。
明日が楽しみだった。
私の活躍を見ればきっとねぇさんは私を見直すだろう。
そしてこう言われるんだ。
「お前なら安心してアンツィオを任せられる」
~~~
試合会場にアンツィオと大洗の戦車が集結した。
相手のメンバーはみんな見知った顔だった。
大学選抜戦がつい昨日のことのように思い出される。
ねぇさんが西住みほと抱き合いながら挨拶を交わしている。
カルパッチョも大洗の友達に会いに行っていた。
天気は快晴で、たかぶる私の気持ちも後押しされた。
相手との挨拶が終わると、アンツィオのメンバーを集めて作戦をみんなに伝えた。
私が作戦内容を話している間、ねぇさんは眉間にしわを寄せながら一言も発さなかった。
何も問題がないか最後にねぇさんに聞いてみると、ねぇさんは「私から言うことはない」と冷たく言い切った。
これは私へのテストだ。
ねぇさんは私が新隊長に相応しいかどうか見定めているのだ。
私は作戦指示を終え、全員戦車に乗るように号令をかけた。
私の車両はいつものタンケッテだ。
「今日は頑張りましょうね、ペパロニねぇさん!」
ペパロニ「おうよ!絶対勝って、ねぇさんを喜ばせてやろうぜ!」
試合開始のファンファーレが鳴った。
フィールド上の戦車がいっせいに動きだす。
私たちはカルロ・ベローチェ全四両の小隊となって森の中を突っ走った。
まずは指揮官である自分から敵に突撃する。
そうすることで味方の士気アップにもなるからだ。
最初にカモとなったのはルノー戦車だ。
タンケッテの機銃で抜くにはあまりにも大きな戦車だったが、体格差の戦いに慣れた私たちはひるむことがない。
見事にこちらのかく乱作戦にはめることができ、ちょっとしたラッキーもあったが先に一両目を一時走行不能にすることができた。
ペパロニ「よっしゃ、もうこれでいい!一旦引くぞ!」
『了解!』
「やりましたねペパロニねぇさん!」
撃破には至っていないが、最初のリードを取ることができた。
上々の滑り出しだ。
続いてセモヴェンテに指示を出した。
セモヴェンテは開始後からすでに予定の地点に向かっているはずだ。
敵戦車を撃破するために必要な戦力だから配置が重要だ。
しかしことが上手く運んだのはここまでだった。
相手は大洗だ。
やられっぱなしでいるはずがない。
実際、最初のルノー戦車を倒すために時間をかなり使っており、その間に他の大洗車も当然ながら裏で動いていた。
全く予期しない地点でセモヴェンテの撃破報告が届いた。
私の予測ではこの時間、その場所に敵が来ることはないはずだった。
しかし現実にはいたのだ。それもその相手は只者ではない。
『IV号です!IV号にやられましたー!』
あの西住みほが乗っている車両だ。
黒森峰隊長や島田車を倒した化け物。
そのとき初めて私の腹の底にずん……と恐怖が沸き起こってくるのを感じた。
今までどんな試合でも経験したことがない感覚だった。
「やばいっすよ!IV号ですよ、IV号!」
ペパロニ「ビビってんじゃねぇ!」
思わず声に力が入った。
ペパロニ「おいカルパッチョ!」
カルパッチョ『こちらカルパッチョ』
ペパロニ「タンケッテで援護しに行くから、セモヴェンテは敵がいたら逃げろ!」
カルパッチョ『了解』
残ったセモヴェンテ二両にはルートを変更させた。
プランは一つだけじゃない。いくつも考えてあるんだ。
IV号が出てきただけで崩されるようなものじゃない。
しかし悪いことは立て続けに起こった。
『こちらセモヴェンテ!崖から落ちてしまいました!』
『走行不能です!』
ペパロニ「おい大丈夫か!?ケガしてないだろうな!」
『あ、あの……ペパロニねぇさん……』
ペパロニ「なんだ!?ケガ人か!」
『すいません、私たちのせいで作戦が……』
ペパロニ「あっ……」
私は一瞬言葉につまってしまった。
ダメだ、ダメだ、ダメだ、こんなんじゃダメだ!
指揮官が部下に心配されてどうする!
ねぇさんならこんなことは絶対にない。
ペパロニ「な~に言ってんだ。大丈夫だ!心配すんな!」
ペパロニ「立て直せたら復帰してこい!でも無理するなよ」
大丈夫だペパロニ!
戦車の数が減るなんて想定済み。
まだカルパッチョ車とねぇさんのP40も残ってる。
次の瞬間カルロ・ベローチェの乗員たちから悲鳴が届いてきた。
ペパロニ「なんだなんだ、どうした!」
「ペパロニねぇさん、IV号が目の前に!」
さっきセモヴェンテを倒したIV号が次はこっちに向かってきたのだ。
IV号は神出鬼没か!?
こっちの位置を知っていない限りこんなに早く遭遇するはずはないのに!
「ペパロニねぇさん!」
ペパロニ「落ち着け!IV号にそのまま突っ込んで行け!」
ペパロニ「すぐ近くをかすめていくんだ!それなら撃たれない!」
なんとかIV号の砲撃を食らわずにやりすごすと、即反撃開始をしたがる隊員たちの声が無線で届いてきた。
ここではアレと対戦するべきではないと、私は後輩たちをなだめた。
アンチョビ『こちらP40。とっくに位置についてるぞ。次はどうすればいい?』
ペパロニ「え~っと、予定変更してP40にはこれから動いてもらいます。行き先は――」
大洗の戦車はそこらじゅうにいた。
こちらの動きはことごとく先手を打たれて、封じられた。
カルロ・ベローチェは少しずつ数を減らされ、相手の包囲網はどんどんきつく締められていった。
走行不能になっていたルノー戦車にも途中で復帰された。
私たちはできる限りのことをやった。
最終的には八九式とヘッツァー、III突の三両を白旗にしてやった。
しかしこちらは全滅だ。
カルパッチョ車はIII突と相打ちの形で撃破され、私のタンケッテがやられ、そのままフラッグ車のP40を撃ち抜かれた。
何をやってもダメだった。
気がついたら試合は終わり、日は暮れて、試合終了の挨拶をしているところだった。
一年生はさっさとパスタの鍋の用意をしはじめた。
カルパッチョは大洗の友達と仲良さそうに話していた。
そしてねぇさんは満面の笑顔で西住みほと抱擁し合っていた。
私は放心状態の中思った。
どうしてねぇさんは笑っていられるんだ?
最後の試合だったのに、これでもう戦車道はやめてしまうのに。
負けちゃったのに……せっかく私に任せてもらえたのに……
そうか、もうねぇさんと一緒に戦車道できないんだ……
引退するってそういうことだったんだ……
カルパッチョ「ペパロニ……?」
カルパッチョがいつの間にか私のすぐそばに戻ってきていた。
どういうわけか私の顔を心配そうにのぞきこんでくる。
カルパッチョ「ペパロニ大丈夫?」
ペパロニ「カルパッチョ……」
ペパロニ「ねぇさん、もう引退なんだよね……」
カルパッチョ「ペパロニ!」
そう言って私はぎゅっと抱きしめられた。
まったく、カルパッチョのそういうところには困るよな。
そんなことされたらさ……せっかく瞳の中で止めておいた涙が……
あふれてきちゃうじゃん……。
アンチョビ「お、お、お、おおおおい!ど、ど、どうしたペパロニ!?」
ねぇさんが血相を変えて駆け寄ってきた。
私はみんなが見ている前でみっともない顔をさらして大泣きしていた。
ああ……私はまたねぇさんに心配をかけて、迷惑をかけてしまったんだ。
本当に私はなんてダメな人間なんだろう。
こんなんじゃ次の隊長になる資格なんてないじゃないか……!
不甲斐ない私のことを一発殴って欲しくて、私はねぇさんの胸に頭から飛び込んだ。
アンチョビ「うわぉっ!」
ペパロニ「ねぇさん……ねぇさん……!」
アンチョビ「本当にどうしたんだよぅ……」
アンチョビ「今まで負けたって泣いたことなんかなかったじゃないかぁ……」
カルパッチョ「ねぇさん……ペパロニは……ペパロニは……うぇぇ……」
アンチョビ「カルパッチョお前もか!」
カルパッチョ「ねぇさんの最後の試合を勝たせてあげたくて……それで……」
アンチョビ「ああ……そういうことか……まったくもう……」
ねぇさんは私のことを殴るどころか頭をそっとなでてくれた。
いつだってそうだ。
ねぇさんが私に手を上げたことなんて一度もない。
アンチョビ「そんな慣れないことして……」
ペパロニ「うぇ……うぇっ……」
アンチョビ「ほらしっかりしろ!新しい隊長になるんだぞ!」
ペパロニ「ダメっす……!私なんかじゃ……」
ペパロニ「ねぇさんみたいにはできないっす!」
アンチョビ「なにを言っている。ほら、後ろを見てみろ」
涙をぬぐって振り向くと、そこには一年生たちが集まっていた。
「ペパロニねぇさん!」
「ペパロニねぇさんは全然ダメなんかじゃないっす!」
「今日のペパロニねぇさんすっごく頼りになって格好よかったです!」
「あたいペパロニねぇさんにならついていきたいです!」
「何回負けても構いません!」
「私たちみんな同じ気持ちです!」
私はすっかり面食らってしまった。
まさか私のことをそんな風に思っているだなんて考えもしていなかった。
アンチョビ「ほらな」
アンチョビ「お前がやってきたことは何も間違ってなかったんだ」
ペパロニ「でも……負けたのに……」
アンチョビ「忘れたのか?負けも勝つための道の途中だ」
アンチョビ「ほら、これを持て」
ペパロニ「これは……」
ペパロニ「こ、これ、ねぇさんの鞭じゃないっすか!」
アンチョビ「これからはお前がドゥーチェだ」
ペパロニ「……」
アンチョビ「まさか受け取らないとか言わないよな?」
ペパロニ「……はい!ねぇさん」
私は改めて後輩たちと面と向き合った。
一年生たちの期待のこもった視線が私に向かった。
私は思わず尻込みしそうになった。
カルパッチョ「さあドゥーチェ・ペパロニ、どうぞ」
私は一度落ち着いて深呼吸をした。
ペパロニ「っいよっしゃあああああああああああああああ!」
ペパロニ「お前らぁ!」
ペパロニ「今日は負けた!でも次は絶対勝つぞ!」
「「「おおおおおおおお!!」」」
ペパロニ「来年こそ全国大会優勝だぁあああ!」
「「「おおおおおおおおおおおっ!!!」」」
ペパロニ「このドゥーチェ・ペパロニに続けぇええ!」
「「「おおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」
「「「ドゥーチェ!ドゥーチェ!ドゥーチェ!」」」
~~~
夕暮れの空にアンツィオの皆さんの元気なドゥーチェコールが響いていました。
今日はアンツィオとの練習試合がありました。
試合にはなんとか私たちが勝つことができました。
相手の副隊長が泣きだしたときはどうなるかと思いましたが、隊長のアンチョビさんがうまくなだめてくれたようでした。
アンチョビさんは一人だけぽつんと離れて、後輩たちの姿を眺めていました。
みほ「あの……大丈夫でしたか……?」
アンチョビ「ん?見ての通りさ。迷惑かけたな。パーティは遅れそうだ」
みほ「いえ、こちらは大丈夫です」
アンチョビ「今回は次期隊長に指揮を任せたんだ」
みほ「え?そうだったんですか?」
みほ「とても勉強になる試合でした。てっきりアンチョビさんが指揮しているものだとばかり……」
アンチョビ「そうだろう?」
にかっと笑ったアンチョビさんの顔は嬉しそうでありながら、なぜか寂しげな影がありました。
アンチョビ「後輩ってさぁ……勝手に成長していくもんなんだなぁ」
アンチョビ「最初の頃は私がみんなを引っ張っていく気で満々だったのに」
アンチョビ「いつの間にか私の方がみんなに持ち上げてもらってたんだ」
みほ「アンチョビさんのご指導の賜物じゃないですか?」
アンチョビ「私があいつらに教えてやれたことなんて、ほんのちょっとのことだよ」
アンチョビ「私は嬉しいんだ。みんなが育っていくことが」
そう言うアンチョビさんは決して私に顔を向けませんでした。
彼女の頬を伝う一筋の涙を見つけてしまいましたが、それは私の胸の中にそっとしまっておくことにしました。
みほ「素敵な後輩さんばかりで羨ましいです」
そのとき遠くから私を呼ぶ声が聞こえてきました。
梓「お~い西住隊長~!」
佳利奈「パーティ始まりますよ~!」
優季「早く来ないと全部食べちゃいますよ~」
みほ「あっ」
アンチョビ「なぁんだ、あんたにもいるじゃないか、素敵な後輩が」
みほ「はい!自慢の後輩です!」
アンチョビ「やっぱり少し寂しいものがあるよな。送り出される側は」
みほ「……あ、はい、そうかもしれませんね」
みほ「私はあと一年あるのでまだよく分かりませんが」
アンチョビ「え?」
みほ「え?」
アンチョビ「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!お前まだ二年生だったのかぁあ゛あ゛あ゛あ゛!」
みほ「そう……です」
アンチョビ「しまったぁあああっ!来年もいるんじゃないか!」
アンチョビ「こうしちゃいられない!」
みほ「あっ……」
止める間もなくアンチョビさんは後輩の元へと駆けていってしまいました。
~~~
アンチョビ「おいペパロニ!」
ペパロニ「え?なぁんだねぇさん、まだいたんすかぁ?」
アンチョビ「当たり前だ!」
アンチョビ「ってそうじゃない!来年も西住みほが出てくるんだぞ!」
ペパロニ「そりゃそうっすよ!だって私と同い年ですもん」
アンチョビ「来年はその西住みほを倒すんだからな!」
ペパロニ「はい!このペパロニに任せてください!」
アンチョビ「いや、打倒西住のためにこれから私が作戦立案についてみっちり叩き込んでやる」
アンチョビ「ついて来い!」
ペパロニ「え?ちょっ、ちょっと引っ張らないでくださいよ!」
ペパロニ「ほらほら落ち着いてねぇさん」
ペパロニ「今日のところはほら、みんなでパーティしましょうよ~」
アンチョビ「いや、今までの私が甘かった。今すぐうちに来て戦車道の勉強だ!」
ペパロニ「えええっ!?」
ペパロニ「だってねぇさん、もう引退なんじゃあ!?」
アンチョビ「アホ!まだ二学期も三学期も残ってるから学校にはいるぞ!」
アンチョビ「これから毎日勉強会だ!」
ペパロニ「そりゃないっすよぉ!」
「ペパロニねぇさん!」
「勉強頑張ってください!」
「応援してます!」
「私たちペパロニねぇさんの帰りを待ってますから!パスタ食べながら!」
「ピザ食べながら!」
「モッツァレラチーズおいしい~」
ペパロニ「おいお前ら!裏切り者っ~!」
アンチョビ「抵抗するな!行くぞ!」
カルパッチョ「ほらペパロニ、私も一緒に付き合うから頑張りましょ?」
ペパロニ「いやだぁああああああっ!」
やっぱり私はねぇさんにはかなわない。
最初に出会ったときから、私とねぇさんの数字は1対0のまま。
きっとこれからも変わらない。
これからもずっとねぇさんは私のねぇさんなんだ。
ペパロニ「うわあああっ!パスタぁ~!ピザぁ~!」
アンチョビ「いいかげん観念しろ!」
fin.
あああああああアンツィオ組尊いいいいいいいいいねぇさああああああああああんドゥーチェ!ドゥーチェ!カルロベローチェぺろぺろ(^q^)
依頼出してきます。
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