黒い森、闇の世の夢、峰に姫
地の文が入っているので、苦手な方はブラウザバック推奨です。
よろしければこちらを聴きながら読んでみてください。
これを書いている時の作業用BGMで、合ってると思います。
https://www.youtube.com/watch?v=MWS1lRoGvH0&feature=youtu.be
前スレと関係あるかは尻ません。
前スレ:【R-18】ケイ「私のアヘ顔戦略大作戦? エキサイティン!」【ガルパンSS】
【R-18】ケイ「私のアヘ顔戦略大作戦? エキサイティン!」【ガルパンSS】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1457701229/)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1457705765
■■■
冬の終わりは新しい季節を連れてきたが、同時に私の大事な人を奪って行った。
黒い森には雷雨、天空には彼女をあざ笑うかのような、どんよりとした雲。
私の目の前の女生徒は今日をもってこの学校の生徒ではなくなった。
女生徒は今まさにこの艦から降りるところで振り返ると一言。
「あぁ、逸見さん」
逸見さん。それが私の名前だ。
けれど、昨日まで呼んでくれていた名前ではなくて、その違和感に少し戸惑った。
「どうしたの? 傘も差さずに。もしかして見送りに来てくれたの?」
傘を差していないのは彼女の方でもあり、彼女は自分のことには無頓着なのだ。
無頓着というか、周りを気にしすぎた果ての自己犠牲の上にあるのが彼女なのだ。
今時そんなの流行らないのに、彼女はそういう性格だった。
そして私はその性格が嫌いだった。
これは見送り……なのだろうか。いや、違う。
連れ戻しにきた、というのは少々語弊があるように思えた。
「優しいんだね、逸見さんは」
にこりと、少し寂しげに笑う彼女に私が抱いたのは。
焦りと疑い、不安、後悔、それと少しの怒りだった。
ザアと視界いっぱいに冷たい雨が降り注ぐ。
とっくに制服も下着も靴もびしょびしょで、カラダも芯まで冷えてしまった。
それでも互いにそのまま無言で立ち続けている。
何を話せばいいのだろう。
どうして何も言ってくれなかったの?
どうして、こんな別れになってしまったの?
暗い影を地に落とした彼女のその影は、生憎の雨でよく見えなかった。
◇◇
「こっち、こっちよ」
周りを気にしながら手を少しあげ、彼女に気づいてもらおうとする。
幸い、喫茶店内には戦車道を選択している生徒はいないけど念には念を。
けれど一向に彼女は気づかないから、結局私は席から立ち上がって彼女を迎えに行くのだった。
「ほら、ここよ、ここ」
「あぁ、そこにいたんだ」
「どうしてあんなに手を振ったのに気づかないのよ。抜けてるわよね、ホント」
「あはは……。あの、ごめんね、いつもこんなので……」
こんなので、とはこうやって隠れて会っていることを指しているのだろう。
「はぁ? どうして」
「だって、堂々と会えないし……いつもこうしてこっそり会ってもらってるし……」
「ははぁん。なるほどね、アンタらしいわ」
彼女は席に着きながら顔を曇らせる。いつもこうだ。
だから私は私なりに精一杯の言葉を彼女に送る。
「……いいのよ、私はこれで」
赤くなる顔を隠すためにテーブルのメニューでも覗いてみながらそっけなく言ってみる。
彼女はまた一言、ごめんねと呟いた。私はそれを気にしないように話を進める。
「それで、今日はどこにいくのよ。まだ聞いてないんだけど。アンタが言い出したんだから」
「あ、うん。お昼前には寄航するでしょ? ほらここ」
そういって彼女は見覚えのある雑誌をピンクのカバンから取り出した。
いたるところに付箋が貼ってあるのを見ると、丸一日遊ぶつもりなんだと気づいた。
「なによ、これ」
「えと、今から行くところリスト」
「ふうん。水族館に、遊園地、動物園にプラネタリウム……って、子供趣味ね、まったく」
「嫌?」
「イヤなんて言ってないじゃない! いいわよ、そこで」
「もしかして行きたいところある? だったらそこも」
行きたいところは無いけれど。一緒に行けるところであれば、私はそこがいい。
絶対、こんなセリフを言うことはないだろうけど。
「ねえ、ショップに寄ってもいい? ボコの新作が出てるかもだからチェックしたくて」
「ホント好きね……時間足りるの? 寮の門限までに帰れる?」
「たぶん」
「はぁ……ちょっと寄越しなさい」
そう言って雑誌を受け取ると、彼女はにこやかに微笑んだ。
「まず午前は動物園で……そのあとは水族館でゆっくりして……あとは……」
「あ、ショップも」
「はいはい分かってるわよ。じゃあ昼にでも見に行きましょ」
こうして二人で出掛けるのは4度目だ。
うち2回は放課後に遊びに行って、今回は初めて朝から出掛ける、それも艦の外に。
夏に差しかかろうとする今日、初めての地元以外のデート、ということだ。
アンタは知ってるの?
いつもより私は気合をいれてオシャレしてきたこと。
つまり前日に服をあーでもないこーでもないと悩んでいたこと。
今日が楽しみすぎて中々寝付けなかったこと。
睡眠不足で目の下のクマを消すのにメイクが少し厚塗りになってしまったこと。
そして。
アンタが行きそうなところは既に調べがついていて、大体の予定を決めていること。
だから、さっきアンタが提案した、行けそうな場所はほとんど調べがついているということ。
というか同じ雑誌を買っていて、私も付箋をつけて目星をつけていたこと。
そしてなにより。
アンタよりも、私が楽しみにしていて。
アンタが私を好き以上に、私がアナタを好きなこと。
ねえ、知ってるの?
■■■■
「なんとか言ったらどうなの」
今日初めて口にするその言葉には、少なからず恨みの言葉も混じっていたと思う。
彼女は何も言わない。
いつもこうだ。都合が悪いと口を開かない。
それは私には言えないから、なのか。何を? きっと全部を。
私は、だからこの子のこういうところが嫌いだった。
本当の気持ちは隠すくせに、全然気にしていないフリをして。
気づいてほしいのに、気づいてほしくないフリをする。
それでいて、なぜか見過ごせない。
私はこの子が嫌いだった。
けれど、なぜだろう。この子には人を惹き付ける何かがあるのは間違いなかった。
これはもう病気だ。どれだけ面倒でも、私は彼女のことしか考えられなかった。
「あの……ごめんなさい……」
「それじゃわからないわよ。何に対して謝ってるのかさえも」
「逸見さんに……」
「私に? じゃあ何を謝っているの?」
「……転校を言わなかったこと」
「どうして、どうして教えてくれなかったのよ!」
「もし話したら、私に着いてきちゃうかもしれないって……。
だって、あの時ずっと一緒にいるって言ってたのが頭から離れなくて。
逸見さん、本気だったみたいだから。それは嬉しいけど、でもこれは違うと思うの。
私もずっと逸見さんと一緒にいたかった。でも私、これ以上ここに居られなくて……。
私、ずっと悩んで……悩んで……相談できなくて、本当に、ごめんね」
それは苦しみながらも胸の内を曝け出した、彼女の本心だった。
「あのね、アンタそんな……自惚れるんじゃないわよ」
「あの、本当にごめんなさい……」
「私が? アンタが転校するからって? その転校するアンタに着いていく?」
「ばかばかしいわ」
ホント、ばかばかしい。
「第一、私とアンタが抜けたら黒森峰はどうなるのよ」
きっと、投げ出していた。
「家族に転校の説得もしなきゃいけないし」
きっと、どんなに反対されようが納得させていた。
きっと、私は彼女の着いて行こうとしていただろうから。
「ばかじゃないの……」
彼女には、私の震えた声は聞こえないだろう。
けれど彼女は何かを察したのか、ただ一言。
「ごめんね」
そう一言、彼女はまた呟いた。
◇
「ねえ。本当に私でいいの?」
「どうして?」
彼女は本当に言ってることが分からないというような顔でこちらを見た。
新緑のある日の、夕暮れ、誰もいない教室に二人きり。
「だから。ほら、私たち、はたから見たら仲悪い感じだし……」
「じゃあこれは秘密ってことかな」
彼女は机に座って脚をぶらぶらさせながら窓を見ながら答えた。
「あと! 私たち女同士だし……」
「女の子同士でも関係ないよ。だってエリカさんは私が好きなんでしょ?」
「うん、まあ……」
「だったら、別に何もおかしいことはないと思う」
「でも……」
「大丈夫。きっとどんなことがあっても、エリカさんを悲しませるようなことはしないから」
彼女は振り向きながら笑う。その顔に、私は呆気に取られた。
「さっきも言ったよ? 私もエリカさんのこと、好きだもん。ちゃーんと、見ていてくれたから」
「でも、私はこんな性格だから、アンタも苦労すると思うわ。別れるなら早く言ってね」
時間を無駄にはしたくないし。アンタの。
「どうして? 私はそこが可愛いと思うよ。なんだか素直じゃない、閉じたお城のお姫様みたい」
「はぁ?」
こちらに向き直ると、ゆっくりと近づいてくる。足音をさせずに。
「だって、ほら。……こんなにドキドキしてる」
「んっ……ちょっと、何触って」
「口ではそう言っても、カラダは正直なんだね。エリカさんって」
妖しくわらう彼女に、私は少しドキリとした。いや、ゾクリとした。
「でもね、エリカさんと同じで、私もドキドキしてるから……ね?」
顔に似合わず、さっと私の左胸に触れる彼女は空いた手で私の手をその小ぶりな胸に寄せた。
トクントクンと心臓の鼓動を感じる。それは私の鼓動とも違う、彼女の音。
彼女はいつの間にか私の腰に手をあてていた。
「エリカさん……つかまえた」
気づくと彼女と私の距離は友達との距離ではなくなっていた。
鼻先がコスれる。彼女の吐息を首筋に感じる距離。
動いたのは彼女のほうだった。緊張気味に目を閉じる彼女が見て取れる。
次いで唇に柔らかな感触、シャンプーだろうか、良い香りもする。
触れたのか、触れていないのか分からない、ぎこちない初めてのキス。
「んっ……み、ほ……?」
「私、こういうのぜんぜん分からなくて。ごめんね」
「わ、私もよ。というか、アンタが初めてだし……」
顔が赤くなっていくのが分かる。あぁ、どうして私はこんなに恥ずかしがりやなのだろう。
唇はきっとカサついていただろう。こんなことならリップクリームを塗っておくべきだった。
でも、まさかそんなことするとは思わないじゃない。
それから互いに無言でそのままの体勢だった。
どちらも動こうとしない。どうすればいいかわからなかったから。
いいや、どうすればいいのかは分かっていた。けれど、いつそうすればいいかが分からなかった。
目と目を合わせて何秒が経ったのだろう。
背けたくても背けることができない、私の真っ赤な顔を笑いもせずじっと見つめてくる。
つられて私も彼女の顔を真っ直ぐに見つめる。その目に映っていたのはまぎれもなく私だった。
瞬間、鐘の音が鳴る。午後18時を知らせた音と共に、私達は再び唇を重ね合わせた。
どちらからともなく、むさぼるように。
互いの唾液で、私たちは喉を潤すくらい。
キスをした。
頭が痺れる。頬が緩む。顔も呆けて、嬌声をあげて。
互いにカラダを押し寄せて、壁に体を預けて、脚を絡ませて。
どちらのものか分からない、なまめかしくて、つやのある、色っぽい声が教室に響く。
カラダの奥がなんだかもどかしい。
この子って、こんな顔もするんだと最中に思った。
それは私が知っている頼りないいつもの彼女ではなくて。
初めて見る、彼女のオンナの顔だった。
私もこんな顔をシて必死にむさぼっているのかと思うとまた恥ずかしくなった。
でも、これをそんな理由で止めるには少々、というかかなり勿体無い。
今は、この快楽に溺れていよう。
今日のことは忘れないだろう。幸せの始まりの1ページを。
今はまだ互いのことを知り尽くしてはいないから。
ゆっくりでもいい、こそこそでもいい。私達は私たちの恋をしようと思った。
出来れば長く。出来ればずっと。出来れば、永遠に。
二人で。
■■■■■
「……もう行かなきゃ」
私は答えない。ただ、彼女の顔をじっと見続ける。
「じゃあね、逸見さん」
「……どうして。どうして名前で呼んでくれないのよ」
「私には、もうそんな資格がないから……」
「資格なんていらないわよ、私はアンタに名前を呼んでほしいだけなのに……」
「逸見さん……」
「だから! 呼びなさいよ! エリカさんって! 私が嫌がって、アンタが呼びたがってた名前で!」
「ううん、出来ない。私は、学校も友達も恋人も捨てちゃった、ヒドイ子だから」
「なによそれ……アンタ、本気で言ってるの……?」
あれは誰のせいでもない。ただちょっと、歯車がかみ合わなかった、ただそれだけだったのに。
まだあと2年あったのに。まだまだ色々な時間を過ごすことができたと思ったのに。
春にはお花見に行っただろう。
きっと彼女が言い出して私が渋るに違いない。
桜なんか見てどこが楽しいのよ、って。
それでも行く私を見て、彼女はいつも通りにこりと笑うだろう。
ブルーシートを広げて暖かい日差しの下、二人で作った料理を食べたかった。
彼女は料理があまり得意ではないから、私が頑張らないと。
なんて、結局彼女より張り切ってる私がそこにはいたんだろう。
夏にはお祭りに行っただろう。
花火大会の日は二人で浴衣を着て、屋台の喧騒から離れて、静かに天空の火花を見たと思う。
明かりはソレだけ、その光に照らされる彼女の横顔を、ずっと見ていたかもしれない。
夏休みには出来るだけ会って宿題をしたり二人で遊ぶ機会も多くあっただろう。
お泊り会なんかもやってみたかった。帰省で人の少ない寮を思い切り満喫するのだ。
秋には紅葉を見にゆっくり出かけることも出来たのに。
なんでもない公園を、紅く染めた景色を、一緒に眺めていたかった。
赤く染まった木々を背景に、カメラの前に二人で笑顔を写していたかもしれない。
らしくもなく図書館で二人、誰もいない本棚の間でバカなことも出来たかもしれない。
彼女はイジワルだから、私が恥ずかしがってイヤがっても、キスをすると思う。
私も、結局のところ彼女には甘くて、ソレを許してしまうだろう。
冬にはクリスマスを二人っきりで過ごしていただろう。
クリスマスなんてバカにシてたけれど、いざ直面してみるときっと待ち遠しくなったりするのだろう。
私達を誰も知らない都会に行って、二人でマフラーを分け合って、手を繋ぐ。
周りからは仲が良いだけに見られるかもしれない。それでもいい。この関係は私と彼女だけが知っていればいいのだ。
大晦日も一緒に過ごして、新年の挨拶を最初にしてみたかった。それから一緒のコタツで寝てみたかった。
初日の出は、行きたがっていたわりに、起きないで寝過ごしたと思う。
アンタはそういうところで、やっぱり抜けているから。
そうして冬は去り、次の春が来る。けれど私には彼女がいて、彼女以外にはいない。
ずっとそうだと思っていた。
まるで泡沫の夢のよう。
私の思い描いていた1年の幸せは消え去った。
いいや。この先の、彼女と過ごせていたであろう全ての日々が、消え去った。
絶望の淵に立たされる、とはこういうことを言うんだろうと、そのぼーっとした頭で思った。
音は消えた。壁一枚外界と遮断された感覚。まるで意識だけが遠くに、後ろに引っ張られる感覚。
瞬間、ふわりと、あのときの空気と雰囲気、そして景色を思い出した。
今でも思い出せる、きっとずっと思い描ける鮮烈な赤の教室での出来事。
冷たい雨で感覚が鈍っていた私の頭は彼女が近づいてきていることに気づいていなかった。
私の唇に触れる何か。数秒を要して、私は理解した。
それでも私から唇を離すことはしなかった。いいや、出来なかった。
たった1秒以下の接吻。気づけば彼女は目の前にいた。
「どうして、こんなこと……」
あの時みたいに、二人とも鼻息を荒くして。
夢中で互いの唇を奪ったあの時のような。
熱くて、宙に浮いたような感覚のソレではなく。
冷たく、冷めた、冷淡な、距離を置いた、さよならの……最後のキスなんだと気づいた。
「分かんない。でも、こうしたいなって、思ったの」
「いなくなっちゃうのに! どうしてよ! なんで、アンタが、私……!」
「本当に好きだったよ、少ししかいられなかったけど。まだ一緒にいられたなら」
「きっと、もっと」
それは、本当に、言ってほしくなかった。
私だけだと思えば楽だったから。現実になるのがとても怖かったのに。
「楽しかったと思うの」
「まるで、私の永遠の人みたいだった」
「だって、エリカさんは私の全部、知っていてくれた。受け止めてくれたから」
「きっと、もう会うことはないよ。私は戦車道を辞めるから」
「じゃあ何!? アンタとの思い出も、これからのことも、全部捨てろっていうワケ!?」
「……ごめんね」
「ごめん、じゃないわよ……どうして! イヤよ! 今からでも」
彼女は踵を返した。
「待ってよ、待ってよ……待ちなさいよ!」
彼女は別の道への一歩を歩き出した。
「私も一緒に……」
連れていってよ。
そう告げるようとした私より先に彼女は再びこちらを振り返る。
「さようなら、逸見さん」
彼女はそれだけ言うと今度こそ歩き出した。
私も後を追おうとするが、しかしその一言は、私を釘付けにさせるには充分だった。
その一言は、確実に終わりを告げる言葉だった。
どんどん遠くなっていく人影。声もあげられず、脚も動かない。
焦る気持ちに、私はカラダが震えていた。ガクガクと、膝もわらっていた。
あと少しで見えなくなってしまうその前に、なんとか右足は前に出た。
しかし次の一歩が出ずに地面に崩れ落ちた私は、膝に激痛を感じる。
どうやら膝を擦りむいたようだ。傷が痛む。血は雨で滲んでいる。
痛みで我に帰って咄嗟に前を向くが、さっきまで話していた人はもういなくなっていた。
消失感に動悸が止まらなくなる。焦りと不安は更に大きくなる。
手を伸ばす。さっきまでそこにいた人に向かって。さっきまで私を好きでいてくれたあの子に向かって。
届かない。届かない。届かない。
このやりようのないキモチは一体どこに向かえばいいの?
ねえ、教えてよ。
あぁ。雨をこんなに一身に受けたのはいつ以来だろう。
傷が沁みる。躯が震える。息は白く。涙は雨と一緒に流れた。
制服も泥だらけ。あぁ、こういう時に灰色はいい、なんて。
どうでもいいことを頭の片隅でチラと考えた。
彼女は去ってしまった。終わりの言葉だけを私に告げて。
なんとか起き上がり、泥だらけの地べたに座りなおす。それが精一杯だった。
嗚咽で苦しくなる、顔を両手で覆った私の目の前は更に暗くなった。
そうしたら。誰にも聴こえていない、誰も見ていないような気がして。
私の心を、私の口が勝手に言葉にしていた。
「私は……どうすれば、どうすればよかったのよ!」
「アンタがいないと、私、もう……ダメになっちゃうじゃない……」
「せっかく、私のこと、ちゃんと見てくれてる人と出会えたのに」
「いなくなった……いなくなっちゃった……私の、あ……ぁ、大切な……」
「イヤよ、戻ってきてよぉ……お願い、私を一人にしないで」
「どうしてよ、なんで、こんな、私は……弱いの……?」
「いやぁ……ワタシを、一人に、しないで……」
「私、アンタがいなきゃ……みほ……戻って、きてよぉ……みほ……」
それから私は泣き叫んだ。雨も掻き消せないくらい、大声で叫んだ。
誰に聞かれてもよかった、全てが終わってほしかった。
どうすればいいのか分からないから、このまま終わってほしかった。
すべて投げ捨てて。
全部、終わってほしかった。
それでも終わらない。声が枯れて、涙も枯れて。でも、何も終わらなかった。
制服も下着も顔も泥だらけ、髪は水を吸って重くなって顔にへばりついていた。
ヒドイ顔をしているんだろうと思った。
でも、もうそんなこともどうでもよかった。
もう私じゃどうにもできないから、一度だけ私は祈りを呟いた。
目の焦点もあわない、泥だらけで、ボロボロのカラダで。
いなくなったあの子にでもなく、誰にでもなく、誰かに。
「お願い、誰でもいいから。もう一度、あの子に……会わせてよ……」
けれど。その声は、誰にも届いてはいなかった。
届くはずもない。誰がいるわけでもない。今ここにいるのは、私だけなのだから。
そう思うと、また唇が震えてきた。頬は冷たいはずなのに、温かい何かが零れた。
あぁ、私はあの子がいなかったら結局一人ぼっちなんだ。
これはあの子に出会う前の私に戻るだけ。戻るだけなのだ。
そうは思っても。両手で顔を塞いでも。涙と嗚咽は止まらなかった。
「そんなところで何をしている。風邪を引くぞ。中に入ったほうがいい」
はっと見上げると、見慣れた顔を見つけた。この人は……そう、ウチの隊長で、去っていった彼女の姉だった。
いつからそこにいたのだろう。もしかして私が泣き終わるまで待っていたのだろうか。
この人は私と彼女のことを知っていたのだろうか。もう、どうでもよかった。
そんなことを思っていると、私に手を差し伸べた。
「帰ってすぐにシャワーを浴びろ。それから温かいモノを持っていってやる」
私はそれに対して、枯れた声を振り絞って答える。
「いいです……放っておいてください……」
「それはできない」
「どうして、ですか……」
「どうしてもだ」
隊長は制服が汚れるのも嫌わず、私を立ち上がらせるとケガをした方に肩を貸してくれた。
あぁ、なんて無様なんだろう。惨めな気持ちの私には、けれど隊長の無言がありがたかった。
そのまま隊長は何も聞かずに部屋まで送ってくれた。コーヒーでも持ってくると、一言残して。
部屋に着くとすぐさまシャワーを浴びて、涙の跡も、カラダの泥も流していく。
膝の傷が痛む。でも、そんなのはあまり気にならなかった。
ふと足元を見ると、排水溝には勢いよく水が流れていた。
あぁ。こうやって私のキモチも流れてしまえばいいのに。
どれだけ楽になるだろう。キレイさっぱり忘れてしまえれば。
違う。私もこうやって消えてしまえれば。あの子の記憶からも、全部消えてしまえばいいのに。
あの子はズルイ。
「ズルイわ、ホント……」
枯れたと思っていた涙はまた流れ、今度はなるべく声を押しころして泣いた。
そうして。
隊長にあの子を見たのは、そう遠くない日が経ってからのことだった。
つづく
オワリナンダナ
読んでくれた方、ありがとうございました。
次回は不真面目です。
某まとめサイト様、並びに各所でコメントくださる方、いつもありがとうございます。
それでは、また。
ストパンT.V.Aアルマデ戦線ヲ維持シツツ別命アルマデ書キ続ケルンダナ
このSSまとめへのコメント
いいぞ