提督「雪の進軍」 (39)
ぽつりぽつりと降るソレを。
人は時にちらちらと、時にはらはらと表現する。
冷たい、冷たい。白い粒。
見上げた空から舞い降りる、分厚い雲から降り注ぐ。
冷たく儚い、小さく脆い、氷の粒。
「初雪、だね」
風は穏やか、波低し。
吐息が白くたなびいて消える今は一月末。
隣に立ち同じく空を見上げ微笑む姉は小さく呟いた。
「うん……吹雪にならないといいけど」
そう返すと姉は楽しそうにくしゃりと笑みを濃くした。
初雪。吹雪。私と、姉と。
「そうだね。積もったりしたら大変だもん」
「早く炬燵に帰りたい……」
姉のしみじみとした発言に本音を漏らすと
くすくすと楽しそうに笑われた。
その間も雪はしんしんと降り続け、空を見上げる私達の顔に、手に、触れては溶けていく。
ちらちらと、ちらちらと。
「大丈夫だよ。一昨年みたいな大雪はそうそうないでしょ」
はぁと息を赤らんだ指先に吐いて、姉は屈託のない笑みでそう言う。
「そうだと……いいけど」
寒いのは嫌い、冷たいのは嫌い。
でも、雪は。私達の名にも含まれるその空からの贈り物は好きで。
毎年こうして益体もない事を話しながら雪を見つめ話していた。
―――けど。
「そうだと……いいんだけど」
そろそろ戻ろうか、という姉に連れられて屋内に戻る歩みを止めて。
振り返り空を今一度見上げる。この雪には、今までにない胸騒ぎがした。
「初雪ー、はやくー」
「……うん」
胸騒ぎが、したんだ。
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01.
「嘘は雪ダルマである、長く転がせば大きくなる」
―――マルティン・ルター
02.
『――! ――――!』
ざあざあと耳障りな声で私は起こされた。
聞き覚えのない誰かの声は、嫌に鼻につく高さを纏っていて、
元より寝起きのいい方でない私にはストレスと言ってなんら
差支えのないレベルだった。
「……うるさい」
新調してもらった当初は随分と分厚かったものの、
基本的に万年床な上無精者故洗濯もこまめに行っていない所為か
すでにぺしゃんこになった羽毛布団から顔を出して恨みがましげに呟きながら
顔を音の方へ向けると同部屋の姉妹達が申し訳程度に備え付けられたテレビから
流れる国営放送のニュースを食い入るように見つめていた。
「……どしたの?」
再び声を出す。今度は宙に向かってではなく
明確に指向性を持たせた質問だったけれど、誰一人こちらに目を向ける事はなく。
仕方なしにぺしゃんこの布団を背負ったままテレビを囲むみんなの最後尾について
画面を注視してみる。
「……なにこれ」
画面上は端的に真っ白とだった。
と、言っても別に壊れたテレビをみんなで見つめるというちょっとした宗教じみたあれこれではない。
流石に姉妹が皆々そんな精神を病んだ状態になっていたらさしもの私もどうしていいかわからない。
「雪、大変な事になってるみたいですね」
ぽつりと呟いた白雪の台詞が
私の代わりに全てを説明してくれた。
……つまりはそういう事だった。雪、雪。
豪雪というにふさわしい雪があの後降り続け、首都圏は大変な事になっているらしい。
ぶるり。と身体が震える。
寝起き故体温が高いのもあるだろうけれど、
それ以上の寒気を身体が明確に認識したからだ。
「っ!」
羽毛布団を引きずったまま身を翻し窓に掛かる淡く青いカーテンを押しのけ
窓ガラス越しに屋外に目をやれば。
「……ありえない」
呟くことは簡単で、しかしそれを認めることは難しく。
果たして私の視界には一面の銀世界と呼ぶに相応しいなにかが広がっていた。
銀世界、と言うと聞こえは良いが。なんだこれは。
私達艦娘にとって『世界』そのものと言ってもいい見慣れた筈の鎮守府は
一夜にして映画やドラマの舞台になりそうな見知らぬ景色へと変貌していた。
美しい。確かに美しいが、こんなもの度が過ぎている。
ぶるり。と現状を確認して再び身体が二つの意味で震える。
「街への道は完全に埋まっちゃってるみたいだー」
扉の開く音がして、部屋に唯一居なかった同型艦の深雪が帰ってくる。
肩に僅かに雪の残滓を乗せ、分厚い外套を幾重にも重ね着した姿から
つい先刻まで外に居たのであろう事が伺える。
その顔は寒さで赤らみながらも、それ以上に事態の深刻さに青くなってみえた。
「連絡は? 除雪車とかは?」
深雪の報告に長女である吹雪がテレビから離れ、
バスタオルを手渡しながら問いかける。
「んー、最低限のインフラは地下を通してるから問題ないらしいけど、
電話線とか一部には影響がでてるらしいってさ。大淀さんが言ってたよ。
無線のアンテナとかも折れちゃってるって」
受け取ったタオルですっかりと濡れた髪の毛を
幾分乱暴に拭いながら深雪が答えると黙って聞いていた皆がざわつく。
「交通は断絶、外とも連絡が取れないって……まずいんじゃないの?」
そう呟いたのは誰だったのか。
誰であれ、ここにいる皆の不安をわかりやすく口にしたその台詞に全員が黙った。
「とりあえず雪かきをしようって、司令官が言ってた。
敷地内でも特に古い家屋とかは倒壊するかも知れないって」
一瞬の沈黙を破ったのはやはり唯一外にでてた深雪で、
努めて明るくみんなに『ほらほら着替えて表でろ』と背中を押していた。
―――この時私達はまだ事態の深刻さをそこまで深く理解していなかった。
―――
「現状の備蓄で恐らく二十日間。徹底的に節約すれば一ヶ月は食料は持ちます。
電力も地下の発電機を使えば最長50日は持つ計算です」
あれから二時間半が経過した。
総勢100名を超える艦娘が総出でかかってこの時間は早いのか遅いのかはわからないけれど、
兎角二時間半後。私達は全員多目的ホールに集められた。
「ただしそれらの計算は平時の中央値からの試算です。
当然ながら戦闘等を行えば期間は短くなります」
本来なら総員を集めたこういった報告は屋外で行われるのだけれど、
屋根から雪を下ろし最低限の施設間通路を除けただけでグラウンドを初めとした
優先度の低いエリアはいまだ雪がうずたかく積もった侭の為、
隣の列と肩が触れるような缶詰具合の中私達は報告を黙って聞いている。
「現時点でも雪は絶え間なく降っています、ラジオでの予報では明日早朝までは続く見込みらしく
現時刻から明朝までの予想積雪量は昨夜から今朝にかけてのそれを上回るとも言われています。
皆さんも知ってのとおり情報規制、戦闘頻度から民間への被害低減、我々艦娘の管理等を理由に
この鎮守府はその半面を海、もう半面を山に囲まれ、孤立した施設です。
正面の道路を除いて陸路でのアクセスは不可能で、その道路は大半が雪に埋もれて使用できません」
淡々と大淀さんは手元の書類に目を向け報告を続ける。
私の耳にはその声と、壁の向こうで未だなお振り続ける雪がぶつかるぱちぱちという音だけが聞こえた。
時折ひゅうとなる風の音がだんだんと悪化していく雪景色を瞼の裏に想起させる。
結局会議――と言っても一方的な通達であるが――はおよそ三十分にも及んだ。
内容を簡単に纏めると交通網は麻痺。現状鎮守府内にある食料等備蓄で過ごさなくてはならない事。
無線等の外部との連絡手段も断たれた事、積雪量から考えて日の当たらない山道に当たる道路の雪が
走行可能レベルまで溶けるにはかなりの時間を要するであろう事。
鎮守府内の生命維持が最低限度維持できるのは最長で25日程である事。
「諸君には悪いが、復旧までの間電気、燃料、食料。全てに置いて節約をしてもらう」
締めくくりはそんな提督の言葉だった。
「具体的には各部屋、四人以上の部屋なら20。
三人以下の部屋なら10Aの電力使用制限を設ける。
灯油を初めとした暖房も極力控えてもらいたい、
例外として談話室、食堂の二ヶ所においては今まで通りとする」
以上。と、力強く言い切りこちらを見渡す。
リハビリにはこのテーマ難しすぎたんじゃなかろうか
近々休みやからそこで書くで
新しい職場で忙しかったんやで
>>16
大体のプロットはできたからあとは書く時間さえあれば……
察するに『質問はあるか?』という意図なのだろうそれに
この寒い中わざわざ挙手をして発言をするモノは居なかった。
よしよし、これでもう終わる――。
「……」
と思った矢先司令官と目がバッチリ合ってしまった。
一秒、二秒。そして三秒経って薄く笑う司令官。
あ、これは悪いパターンだ。
「じゃあ初雪。なにかあるか?」
名指しで問われてしまった。
これで発言しない訳にはいかなくなった。
ふぅ、と軽くため息を吐く。勿論見えないようにしながら。
「……じゃあ、一つ」
前置きをして、話を聞きながら思った事を口にする。
多分、みんな多少なりとも思ってる事だろうから。
この場にある微妙に緊張感が抜けてる感じも、恐らくそこから来てるんだと思う。
勿論、司令官がそのあたりを考慮、模索していない訳もないだろうし、
ただの確認作業だけれど、一応……。
「空輸、海上輸送という手段は取れないのでしょうか?
交通網の麻痺、と言っても他の方法はあるんじゃ……」
小さな私の声は静かな室内にやけにはっきりと響いた。
「現在鎮守府には大型の航空輸送機は置いていない為不可能だな、
仮に外部と連絡が取れても関東のここでこの有様だ、北の方の鎮守府の被害を考えると
大本営の手が追い付かないだろう、こっちで対処しなくては。」
そこまで司令官が話した所で瑞鳳さんが手を挙げた。
「私達の艦載機は使えないのでしょうか?」
「無理だ。君達の艦載機が大戦期のサイズであるというのならまだしも、
今のサイズ、重量ではこの悪天候下での影響を大きく受けすぎる。
仮に飛行に問題がなくても、あのサイズでは仮に114機、戦闘航空団並みの数を揃えて飛ばしても
全員の一食分も運べやしないだろう」
そこで司令官は言葉を区切る。
手を挙げた瑞鳳さんはややしょんぼりした様子で「わかりました」と
小さく呟いて手を下ろし、その様子を見ていた司令官が軽く頬を掻いて続ける。
「また同様に海上輸送に関しても、
現時点での天候、風速、波の状況を鑑みるに難しい。
鎮守府の場所と言うのは民間には非公開となっているし、
俺自身北と南の直近二つの位置しか知らないし、
地域的にもウチと同レベルの被害にあっていてもおかしくない。
航行距離の問題もある、他所の鎮守府に海を渡っていくという事は、
我々の管理海域を外れるという事で、普段の遠征とは比にならない距離の移動になる。
当然戦闘にもなるだろう、この状況は深海棲艦にしてみれば好機だからな。
そういった距離、戦闘面での問題を超え、他所の鎮守府についたとする、
その鎮守府は被害にあっておらず支援を受けれることになったとする……。
で、どうやって支援物資を持って帰ってくるつもりだ? ドラム缶を満載してか?
その場合どうやって戦闘をする? 護衛をつけるか? 通常、一艦隊で勝てる相手でも、
護衛対象が居ると話は変わる10隻ドラム缶を満載した艦が居るなら、
その10隻を無傷で往復させるには18隻の戦える艦は欲しい。
そうまでして行って、向こうも同じ状況だったら? 最悪復路の燃料すら足りないぞ」
言い切って、再びぐるりと周りを見渡す。
水を打ったようにしんと静まった室内を一通り見渡してから司令官は。
パンと柏手を一つ打って。
「と、言ったものの」
と打って変わって語調を明るく変えてそう切り出す。
「降り続ける雪はないし、吹き続ける風もない。どちらもいずれは止むだろう。
ましていまは2月も半ばだ。これが12月とかならまだしも、流石に備蓄がなくなるまでの50日間。
春先である4月までこの関東で雪が溶けずに残るなんてありえやしないよ。
散々ビビらせておいてなんだが、正直楽観こそできないが
そこまで悲観する程の事態じゃないと俺は思う。ここは海だし魚位は捕れる、
実働艦隊には負担をかけるが通常の遠征で海底資源を持って来れば燃料だってなんとかなる。
まぁ、みんな頭の片隅に少し節約を意識して、多少の不便を我慢してくれれば時期になんとかなるさ」
言い切ってはっはと軽快に笑う司令官に。
少々思うところはあるけれど、それでもみな安心したように空気が再度弛緩していく。
あぁ、そりゃそうだ。もう春は目の前なんだから――と。
こんなの一過性の異常気象に過ぎないんだ――って。
―――けれど、実際はそうならず。
その後三日経てど雪は止む気配を見せなかった。
―――
ドカ降り、と司令官は表現していた。
隼鷹さんは『部屋を暖められないなら身体から』とか言って
昼からパリンカを駆けつけ3杯飲んで『終末みたいだ』と口にしていた。
加賀さんは寒さで弓道場に来る艦娘が皆無になったことを嘆きながら
せめて赤城さんだけでもと引っ張って行こうとして赤城さんに
半ギレされて『厄日続き』と宣っていた。
はてさて最後の小話はともかくとしてそんな豪雪の中。
私は一人埠頭にてマフラーに顔を埋めながら海を眺めていた。
なぜならこのクソ寒い中遠征に出ていた第三遠征艦隊がもうすぐ帰投して、
彼女達と入れ替わりに出撃するメンバーに私も含まれているからだ。
「……」
ちぇ、と軽く舌打ちながら積もりに積もった雪を蹴とばす。
流石に毎日雪下ろしをするには時間と労力を多大に消費しすぎると
明石さんがアンテナを直す傍らに作った発熱シートを各建造物にかけられ、
建物に雪が積もらなくなった代わりにグラウンドなどには放置され堆く積もった雪が
一面を白とも銀ともつかない色に染め上げている。
仮に明日から晴れるとしても日陰に積もった雪は
6月中頃まで残るのではと思うレベルだ。
きっと下層の方はとっくに氷になってカチカチだろう。
「はぁ……さむい、かえりたい」
ぶつぶつと呟くたびに息が白く濁って宙に漂う。
髪にも肩にも、しまいには睫毛にまで積もる雪がただただ疎ましかった。
「おっ、どうした初雪こんなところで」
不意に後ろから声をかけられた。
低い聞きなれた声はどう考えても男性のもので、
しかるに司令官の声である。私でなくても、仮にこれが初対面でもわかる簡単な話で。
「あ……う、うん。どしたのこんなところで」
だけど、だから私はすぐに振り向けなかった挙句、
聞かれたことと同じことを聞き返すというよくわからない事をしてしまった。
不覚にも程がある。間抜けめ。
自嘲をして、改めて振り返る。
「……」
二度。瞬きをして、瞼を三度擦って。
「……いや、本当にどしたの……?」
上着を脱いで片手に持ち、Yシャツ一枚で積もりに積もった雪に立つ司令官に
再び問いかける。いやいやいや、死ぬでしょ。
見てて寒いというか、むしろ痛い。怖いまである。
「作ったんだ。雪の多い地方じゃ割とメジャーなんだが……知らないか?」
言いながら足元の、忍者が水の上を歩くときに使うような変な円形の物を見せてくる。
いや、確かにそれも気になるけどそっちじゃなくて。
「あぁ……」
いやいやと言葉にはできず手を振ってから上半身を指さすと司令官は
得心がいったとばかりに頷く。よく見ればこの人全身から湯気が立ってる。
出来立てか?
「暁がな、どうせ避けられないなら楽しもうって言いだしてさ。
がっちがちに凍った池でスケートをやろうってなって……ほら、前にも一回あったろ?
雪は降んなかったけど鬼の様に寒かった年が、その時に使ったスケート靴を探し回ってたら
めちゃくちゃ汗かいてな。こんな格好だよ」
はっはっはと豪快に笑う司令官に少々……いや多少。
――んん、多大に引きながらも愛想笑いを返す。
「で、俺は答えたぞ? お前はどうしてここにいるんだ?」
と水蜘蛛もどき足すスラックス足すYシャツ足す湯気の司令官。
ぶっちゃけこの格好で歩いている司令官をふとした拍子に
室内から遠巻きに見た他の艦娘の精神状態が危ぶまれるのではと思いながら。
「……雪山の救助犬が待機中どんなところに居るか知ってる?」
ぽつりと聞かれたことに答えてみる。
勿論答えているけれどそれが正解というか、真実というわけではない。
嘘偽りでも、答えていることには変わりないよね。
「いや、残念ながら勉強不足で知らないな」
「摂氏0℃の部屋に居るんだってさ……別に実際に見たわけじゃないけどさ。
上にも下にも対応できるように、って……だからって訳じゃないけど、なんとなく……かな」
しんしんと降る雪がなんとなしに音まで吸い取ってしまう様な。
不思議な感覚の中の会話は、どことなく不安を煽る気がする。
「……へぇ?」
胡散臭そうにこちらを覗き込む目から自然と逃げるように海を見やる。
ざわざわとさざめく波の向こうに、小さな艦影が見えた。
「あ、帰ってきた」
ぽつりと、けれど聞こえるように呟けば。
思惑通りに司令官はそちらをみて『ホントだ、そろそろ戻らないと』と言葉を溢す。
「じゃあ、お前もそろそろ戻れよ。支度あるんだから」
「……うん、わかってる」
くしゃくしゃと、雪に塗れた髪を少しばかし乱暴に撫でられて
司令官はその寒々しい格好のまま戻っていった。
私のそれより一回り大きな手。
私は後姿を見つめながら、しばしの間撫でられた髪をに意識を馳せて。
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