貴音「ロス:タイム:ライフ」 (66)
サッカーというスポーツは、劣勢のまま90分が終了するなどということはまず無い
必ず一度は、決定機が訪れる
――元ウクライナ代表 アンドリー・シェフチェンコ
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P「お疲れ様!」
貴音「お疲れ様です。……どうでしたか、あなた様」
P「うん。完璧だったよ」
プロデューサーに手渡された缶コーヒーを一口飲んで、わたくしは一息つきました。
初めての主演ドラマの撮影は、先ほどくらんくあっぷを迎えました。
……全日程が終了した、ということです。横文字とは難しいものですね。
P「終わり、か。あっという間だったな」
貴音「とても楽しい時間でした」
P「しばらく芝居の仕事は無いな。寂しくないか?」
貴音「そうですね、少し寂しいです。演じるというのは、とても興味深いもの。
出来ることなら、いつでもしていたいと思います」
P「いま話し合ってるものがあるから、決まったら追って連絡するよ」
貴音「ありがとうございます。ドラマになりそうですか?」
P「んー、舞台かな。貴音、前からやりたいって言っていただろ」
貴音「舞台……! はい、立ちたいと思っていました」
P「主演舞台の話が来ててさ。オーディションがあるんだけど、日程が決まってなくて」
わたくしにとって、舞台の主演はいつか成し遂げたいと思っていたものでした。
夢が近づいていることに、身震いしてしまいます。
貴音「では、わたくしは準備をしましょう。いつ審査されても良いように」
P「それなら心強いな」
貴音「さて……着替えてまいります」
P「ああ」
着替えを終え控室から出て、廊下で「きょうは歩いて帰ります」と伝えると、
プロデューサーは驚いた顔をしていました。
P「どこか寄ってくところがあるのか? この辺、観光地だし」
貴音「いえ。夕陽でも見ながら、ゆっくり風を浴びようかと」
P「……昔っから貴音は、何か終わった日は歩いて帰るよな。分かった、気をつけるんだぞ」
貴音「この調子が次の仕事……そして、舞台にもつながるように、と。
わたくしなりの、『じんくす』というものです。意味合いは正しいですか?」
P「ああ、合ってる。ジンクスならしょうがないな」
関係者用出口まで送るよ、とプロデューサーが仰います。
電車代、と言って、わたくしの手に千円札を握らせてくれました。
貴音「交通費なら、既に」
P「いいっていいって。それでラーメンでも食べな」
貴音「あ、あなた様……」
P「じゃっ。また明日な」
地下駐車場へ続く階段へ向かうプロデューサーに、わたくしは静かに手を振りました。
ありがとうございます、と。
貴音「また明日、お会いしましょう」
……さて。
変装用の帽子とメガネを身につけて、歩くことにしましょう。
偶然帰路にらぁめんのお店があれば良いですね、などと。
人生の無駄を精算する、生涯最後の一時
――それが、ロス:タイム:ライフ
夕暮れの街には心地よい海風が吹いていました。
貴音「……美しい」
歩道橋の上から眺める夕陽に、思わず声が漏れてしまいます。
もし海が見える場所であれば、太陽が反射して美しく映えるのでしょう。
渡った先には大きな海浜公園があり、その端が海に面していると聞いたことがありました。
どれ、行ってみましょう。
そのとき。
目の前を歩いていた女性に黒色の服を着た男が近寄っていきました。
女「っ!? ひ、ひったくり! だ、誰か!」
男「チッ……」
男は薄桃色の鞄を奪い取ると、歩道橋をひたすら走って公園の方へ階段を駆け下りて行きます。
貴音「待ちなさい!」
もたもたと走る男に、わたくしは追いつける自信がありました。
男を捕らえ、鞄を取り返す。頭の中で”しみゅれーと”が出来ていたのです。
男「クソッ!」
そしてその通りにわたくしは男の右腕を掴み、動きを止めました。
貴音「返していただきますよ。その鞄を」
しかし、男が隠し持っていた刃物までは”しみゅれーと”することが出来ませんでした。
懐から折りたたみ式のナイフを取り出すと、男は強引に手を振り払い、わたくしの腹部に刃を突き立てました。
貴音「ッ!」
うかつ、でした。
鈍い痛みと共に赤い血がわたくしの白い服を濡らし、そのままゆっくりと身体から力が――
――はて。
貴音「……これ、は」
刺さっていたはずのナイフが、腹に届く前に止まっています。
ひったくり犯の男や、はるか後ろに居る鞄を奪われた女性の動きすらも。
貴音「いったい、どういう」
ことなのでしょうか。
そう呟き終わる前に、どこからか黄色の服を着た男性が数人、旗を持ってわたくしを囲みました。
ピーッ!
実況『試合開始のホイッスルが、この阿木入総合運動公園に高々と響き渡りました!』
解説『まさかの現役アイドルが刺殺という、大変ショッキングなゲーム開始ですね』
黒い服に身を包んだ男性が持つ電光掲示板には、赤い光で時間が映っています。
3、と23。
貴音「あの、これは……」
主審「……!」ピッ!
ふたりの男性が、右手を駅のある方向へ差し出しました。
もし、と話しかけても、彼らは声を出しません。
実況『さて四条貴音について説明いたしますと、いま人気絶頂の765プロに所属するアイドルです。
人呼んで『銀色の王女』だとか」
解説『王女ですか、確かにオーラがありますね。2004年アジアカップの川口のようだ』
貴音「……さきほどの撮影の続き、ですか?」
副審「……」フルフル
首を横に振った男性や、周りに居る旗を持った男性の服装には、なにか見覚えがありました。
どこかで、確か響が夢中になって見ていたような……。それとも、
貴音「どっきり、ですか?」
副審「……」フルフル
貴音「では一体」
副審「……」サッ
実況『おおっとここで副審が取り出したのは……ルールブックですねえ!』
解説『なるほど。浮世離れしている四条にはいちからサッカーを説明する必要があります』
男性は取り出した文庫本の一ページをわたくしに見せ、指で差し始めます。
サッカー……かつて響と共に試合を見た記憶が蘇ります。
貴音「これが、あの電光掲示板ですか」
副審「!」コクコク
そしてもう一人の男性が、身振り手振りを使ってわたくしに説明をします。
胸を押さえ、頭を下げ、空を指さす男性。続いて、電光掲示板を指さし、腕時計をとんとんと2回叩きます。
刺され、空を指したということは、
貴音「死んだ、のですか?」
主審「!」コクコク
貴音「それで、その時間というのは……猶予のような……」
副審「!」コクコク
貴音「そんな……」
実況『飲み込みが早い四条! 開始2分で状況を理解しています!』
解説『しかし……様子が少しおかしくないですか?』
そのまま、走れという仕草をして笛を吹く男性。
きっと彼らはサッカーの審判団なのでしょう。
しかし、わたくしはとても走る気分になることはできませんでした。
解説『これ、どこに行くんですかね』
実況『審判団のホイッスルを無視して四条は公園の中に……おおっとベンチだ! 座ってしまいました!』
解説『あー。空見上げてますけど、絵になりますね』
主審「~っ!」ピーッ
貴音「……動け、ですか」
主審「っ」コクリ
審判団が詰め寄り、電光掲示板を指します。
時間が無い、と言っているのですね。
貴音「ふふっ、動いたところで何になるのでしょう。
わたくしは遅かれ早かれ死んでしまうというのに」
いま、死んでしまえば。
プロデューサーの言っていた舞台などに出ることは出来ません。
それどころか……765プロの皆と、永遠に会えなくなるのです。
それが我が身に起きたとは理解していても、納得はできません。
実況『なんとこれは試合放棄でしょうか!?』
解説『いやいや困りますね』
実況『試合放棄の場合は一発レッドカード! 生まれ変わることが不可能になります!』
主審「~~っ!」ピーッ!
副審「!」サッ
貴音「っ! ……これは」
黄色のカードが突きつけられます。
なるほど、この猶予にも退場という制度があるのですね。
実況『ここでイエローカードです! 遅延行為とみなされています』
解説『あー、これはいけない』
貴音「……退場はあるのですか?」
頷く審判の男性は、胸元の赤いカードをちらりと見せました。
貴音「もし退場になれば……この時間は、消えてなくなるのでしょうか」
副審「……」コクリ
第4審判「……」[3:09]
もしプロデューサーに送っていただいていれば、このようなことには。
そんなことを考えている暇はもう無いのでしょう。
貴音「その赤いカードを提示されない限りは……なんでも、出来るのですね」
主審「……」コクリ
貴音「……わかりました」
実況『いよいよ立ち上がりました、四条貴音! やっと彼女のプレーが始まります!』
3時間で何が出来るか。何をしたいか……。
”くに”に帰る時間や、連絡を取る時間はありません。
そうなれば、わたくしの帰る場所といえばただひとつです。
実況『駈け出しました四条! 道路に……これはタクシーを呼んでいるんでしょうか!?』
解説『電車よりは絶対早いですからね。ああ、アイドルは交通費もらってるのか……』
運良く走ってきた空車のタクシーをつかまえ、わたくしは急ぎ気味で伝えました。
運転手「アンタ、もしかして四条……」
貴音「765プロまで! ……急いで、お願いします」
タクシーを降りれば、たるき亭の見慣れた看板があり、上には窓にテープで765と貼ってある事務所が見えます。
おそらく、プロデューサーはこの中にいらっしゃるでしょう。
貴音「……どのように声をかければ良いのでしょうか」
また明日、と言ってしまいました。
なぜここに来たのかという説明をうまくする自信がありません。
実況『たとえロスタイムでもファンにサインをする、四条のスポーツマンシップを見ました』
解説『いいなぁ、あの運ちゃんへのサインがおそらく生前最後のものですよ』
事務所の中には、プロデューサーひとりしか居ません。
彼は机に座ってコーヒーカップを口につけているところでした。
貴音「……お疲れ様、です。あなた様」
P「あれ、貴音? どうしたんだ」
貴音「いえ。少し、事務所に寄りたくなったので」
P「にしても早いな。俺、さっき着いたばっかりなのに」
貴音「あの……お願いを、聞いていただいてもよろしいですか」
P「お願い? 珍しいな、貴音からお願いだなんて」
貴音「お時間があればで良いのですが……一緒に、映像を見ていただきたいのです」
P「映像って、なんの」
実況『映像……とはいったい何のことなんでしょうか』
でぃすくを挿入してテレビの電源を入れると、自動的に再生が始まります。
『あなたが来た、待ち伏せするの♪』
P「これ……初めてテレビに出たときの」
急にどうしたんだ、とプロデューサーは尋ねました。
貴音「いえ、初めての主演ドラマの撮影が終わったので……こうして、振り返ろうかと」
P「ああ、そういうことか。付き合うよ」
プロデューサーと横に並んで、ソファーに座ります。
『ねえ、いいかな……もっと笑顔送ってみて♪』
あの日、多くのカメラの前で緊張していたわたくしを支えてくれた、あなた様。
貴音「……ふふ」
P「うん?」
貴音「わたくしはどれだけ、あなた様に迷惑をかけてきたかと考えておりました」
P「迷惑なんて、かけられたことないよ。俺はいま、貴音と一緒に歩いて行けて楽しい」
貴音「あ……ありがとう、ございます」
プロデューサーはあの日と同じように、隣からわたくしの頭を撫でました。
P「貴音は背が大きいから、こうやって俺が座って、元気付けたよな。懐かしいよ」
貴音「まだ一年前ですよ」
P「俺にとっては随分昔のことみたいに思えるんだよ。貴音もそうだろ?」
貴音「ええ……わたくしも」
真っ白な衣装を着て、半分引きつった表情で手を振るわたくしは、とても幸せそうです。
そして、いまも。これからもずっと、わたくしは幸せでいられる。
そうありたい、と思っていました。
貴音「わたくしは……本当に幸せ、です」
P「た、貴音!? どっか痛いのか!?」
貴音「平気です、あなた様」
P「でも貴音、泣いて……っ」
貴音「……あなた様に、お願いがあります」
P「お、お願い?」
わたくしは、差し出されたハンカチで目尻を拭ったあと、
貴音「響と美希は……プロジェクト・フェアリーは、まだ皆半人前です。
まだまだ、あなた様の導きが必要だと思っています」
P「みんな、なにかキッカケがあれば大化けするさ」
貴音「これからも、響たちを導いていただけますか?」
P「もちろん。俺はお前らのプロデューサーだからな」
貴音「よかった……」
P「どうしたんだよ。元気ないけど」
貴音「そんなことはありません。むしろ、今の言葉で元気が出ました」
P「ならいいけど……貴音。これも見よう、美希と響と、初めて三人でステージに立った時の」
貴音「はいっ」
――
第4審判「……」[1:13]
貴音「……時間が」
P「ん、どうした?」
貴音「あなた様……わたくしは、そろそろ行かなくてはなりません」
P「おお、そっか。いっぱい見たもんな」
今までの仕事を追うように、わたくしとプロデューサーは映像を見ていました。
初めての音楽番組、初めてのフェス、あのときのライブ……。
貴音「どれも思い出深いものでした」
P「これから、もっとたくさんの思い出が増えていくんだろうな」
貴音「……ええ」
アイドルの思い出をもっと増やしてみたい、という願いは、おそらく叶えられないでしょう。
わたくしに残されているのは一時間と少しなのですから。
貴音「では」
P「ああ。気をつけてな」
貴音「……あなた様」
プロデューサーに背を向けたまま、扉に声を当てます。
貴音「月を見たとき、わたくしのことを……思い出して下さい」
P「月? よく分からないけど……今夜は満月だったな。見てみるよ」
貴音「おやすみなさいませ」
P「おやすみ、貴音」
事務所の扉を閉めたとき、それがとてつもなく重たいものに思えました。
おそらく、この場所に来ることはできない。それがたまらなく寂しかったのです。
貴音「……行きましょう」
主審「っ!」ピーッ
実況『四条、恐るべきスピードで階段を駆け下りていきます! 目指す先には何が待っているというのか!』
解説『このフィジカル、流石アイドルです』
貴音「あ……」
実況『おっと!? 四条と審判団がビル出口で止まった! なんだなんだ!?』
美希「貴音!」
響「いま帰り?」
実況『これは!? 765プロのアイドル、星井美希と我那覇響だ!』
解説『サポートの選手として期待できるんじゃないでしょうか?』
実況『ロスタイムライフへの参加が……!? いや、あるいは……』
美希と響。
わたくしと一緒にユニットを組み、アイドルをする仲間が、そこに立っていました。
貴音「……二人は、今から仕事ですか?」
美希「いまから帰るところなの。ハニーに連絡だけ済ませるつもり」
響「一応メールはしたんだけどなー。心配性で困るぞ」
貴音「あ、あの……良ければ、わたくしと夕餉に行きませんか」
実況『なんと! 四条ここで仕掛けてきました!』
美希「うん、いいよ。ラーメンでしょ?」
響「自分たちもちょうど、ラーメン食べに行こうって話してたところだったんだ」
ふたりは少し待っててと言って、ビルの階段を上っていきました。
わたくしの猶予はあと一時間。
最期の時間はらぁめんを食べようと決めていたのですが、二人と会うことになるとは予想外でした。
うれしい予想外は、なんでも良いものですね。
貴音「美希、きちんとトークは出来ましたか」
美希「もっちろんなの! ねっ、響」
響「あはは……だいぶ困らせてたけどね、司会者さんを」
貴音「やはりそうでしたか……美希。やはり態度を改めなくては」
美希「大丈夫なの! 貴音がそばに居てくれたら、バランスも丁度いいし」
貴音「っ……」
美希「貴音?」
わたくしが居なくなった後の美希と響のこと。
二人がどうなるのかは想像もつきません。
それでも、わたくしは演じなければならないのです。
明日以降も生き続けるように。
響「ほら、このお店だぞ。入ろうよ」
貴音「……ええ」
醤油らぁめんを三つ注文して、カウンター席に座りました。
夕餉には少し早い時間帯……まだ店内の客はまばらです。
美希「そういえばさ、貴音」
貴音「はい」
美希「階段、走ってなかった? もしかして急ぎの用事だったの?」
貴音「いいえ……実は、らぁめんを食べに行こうと思っていたのです」
響「そんなに食べたかったんだ。じゃあ自分たち、ちょうど良かったんだなー」
貴音「ええ。ないすたいみんぐ、ですね」
第4審判「……」[0:42]
大きな電光掲示板にともる、赤い光。確実に小さな数字になって、わたくしを縛り付けます。
……替え玉は遠慮しておきましょう。
貴音「きょう、春香たちは事務所に戻ってきますか?」
響「たぶん直帰だと思うぞ。用事あるの?」
貴音「いえ。特にはないのですが」
美希「変な貴音なの。アンニュイだね」
貴音「あんにゅい、ですか?」
美希「うん。どこか旅でもしに行くみたいだよ」
旅……美希の言うとおり、わたくしは旅に出るのかもしれません。
たとえ留まっていたくても、それは変えられないこと。
貴音「……旅の前に、こうしてらぁめんを食べられる。これ以上無い、幸せです」
響「ほんとに旅に出るのか?」
貴音「たとえ話です。……明日は三人でグラビアでしょう?」
美希「貴音の場合、嘘か本当か分からないから怖いの」
貴音「ふふっ」
やがて、醤油らぁめんが三人の目の前に並びました。
いただきますと言ってから麺をすすり、スープを一口……。
貴音「美味しいですね」
響「ね、美味しい」
美希「疲れた身体に効くの……」
初めて三人で集まったときも、らぁめんを食べました。
店は違っていますが、味はあの時のものと似ているように思えます。
貴音「覚えていますか」
響「えっ?」
貴音「はじめて会った、あの日……黒井殿に連れられて、四人でらぁめんを食べに行きました」
美希「覚えてるの。貴音、すっごく食べるの早くて。替え玉もいっぱい……それが第一印象だったな」
響「あー、うんうん。静かそう、っていうか不思議な感じの娘だったのにさ。びっくりしっぱなしだぞ」
貴音「あれから、色々ありましたが……またこうして、らぁめんを食べられること。
なによりも幸せだと思えます」
響「……そう、だね」
美希「黒井社長にも、765プロのみんなにも、お礼たくさん言わないとなの」
美希と響が麺をすする姿を見つめます。
この何気ない風景こそ、わたくしの尊き幸せ。
貴音「……ご馳走様でした」
響「はやっ」
美希「貴音、スープも飲んじゃったの? 替え玉は?」
貴音「きょうは遠慮しておきます」
響「た、貴音が替え玉しないなんて……」
全員が食べ終わり、カウンターには空のどんぶりが並びます。
貴音「美希、響」
響「え?」
美希「なあに?」
貴音「共に来てくれて、ありがとうございます。らぁめん、とても美味でした」
響「急にどうしたんだよ。変な貴音」
美希「またみんなで来ようね。今度は千早さんとか、デコちゃんも一緒に」
貴音「ええ。……また、来ましょう」
それが無理な約束だと知っていても。
わたくしの最期の芝居は、彼女たちに向けたものでした。
主審「!」ピッ
貴音「……」
笛の音を合図に、男性が旗をわたくしに振り下ろします。
電光掲示板に映っているのは、0と12。
貴音「すみません……もう行かなくては」
響「どっか用事?」
貴音「はい。本当は共に帰りたかったのですが……美希、これでお勘定を」
美希「あ、うん……」
貴音「またらぁめんを食べに行きましょう」
響「じゃあ、明日も行こうよ!」
美希「明日……そうだね。貴音、それでいい?」
貴音「……はい」
◆◇◆
男性についていくと、わたくしが刺された現場にたどり着きました。
その空間だけ時間が止まっているようです。
貴音「わたくしは、出来ない約束をしてしまうほどの愚か者ですね」
副審「……」フルフル
旗を持った男性は、わたくしの肩に手をおき、首を横に振りました。
貴音「……こんなに苦しい思いをする、なら。約束など、すべきでは……」
主審「……っ」ピッ!
貴音「わたくしは、まだ死にたくありません。舞台にも立っていません」
第4審判「……」[0:03]
貴音「事務所の皆と……プロデューサー、と。さらなる高みを目指せるはずなのです」
副審「……」バッ
貴音「え……」
天を指した、旗の先。
墨で塗りつぶしたような空に、満月が浮かんでいました。
貴音「満月……」
あなた様も、見てくださっているでしょうか。
美希や響、皆も……あの輝く月に、わたくしを重ねてくれるでしょうか。
貴音「わたくしの、人生は…………」
主審「……」
貴音「……くにの皆へ、お伝えできますか。わたくしは精一杯生きたと」
笛を口でくわえたあと、男性が頷きます。
月明かりが、わたくしの身体と、男の持つナイフを輝かせて。
第4審判「……」[0:01]
貴音「月とは、不思議なものです」
副審「……」
貴音「眺めるだけで、心を落ち着かせてくれる……。
わたくしは、そうなりたい」
そしてわたくしは、とても楽しい時間を思い返しながら。
月光をいつまでも忘れないために、目を閉じました。
[0:00]
ピーッ ピーッ ピーッ……
――――
――
『星井さんはアイドルとしても活動されています。今回、このドラマは初主演作品となりましたね』
「うん。ミキ、お芝居にも結構自信あるんだよ? ……でもね」
『……?』
「この役がもっと似合う人、ミキ知ってるんだ。もう、居ないんだけどね」
『もっと似合う人、ですか?』
「そう。お月様みたいにキラキラしてて、まばゆいって言うのかな? ミキのあこがれで、大親友なの。
見てくれてるかな……もし見てるなら、ダメ出しとかして欲しいんだ。また、ラーメン屋さんで」
おしまい。最後までありがとうございました。
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