女「おはようございまーす」
男「……」
女「おとこー、おはよー」
男「……」
女「朝だよー」
男「……」
女「返事しないとゆすっちゃうよー」
男「……」
女「ちょっとだけ乱暴に揺さぶってこの上ない不快感を継続的にプレゼントフォーユーだよー」
男「……」
女「ほう。ここまで警告してもなお、頑なに口を噤むと。ならば仕方あるまい」
男「……」
女「恨むはおとこの無警戒さ。憎まれ口は厳禁で」キリッ
女「では、いざ――」カッ
男「あけましておめでとうございます」
女「あけましておめでとうございます」
男「まさか年越しそばを食べている途中においでになるとは思わず」
女「なんかすっごい見られてたけど、やっぱりこれまでの意地がありまして」
男「だからと蕎麦をすすってる人間を寝てる設定にするのはさすがに無理があるかと」
女「だよね。でも認めたくないと一度でも思ったらもう恥ずかしくて引くに引けなくて」
男「今日は何しに来たの? 暇つぶし? 散歩? 掃除? 読書? 勉強?」
女「釣り」
男「まさかそんなあなた様。冬も冬ですよ?」
女「なら花火」
男「まさかそんなあなた様。冬も冬ですよ?」
女「ならお正月らしいことをしましょうか」
男「お正月らしいことね」
女「カルタ、花札、羽根突き、だるま落としに福笑い」
男「ほほう」
女「しかしそれを凌ぐポピュレーションなボードゲームと言えばもちろん!」
男「初詣をしよう」
女「ばっちこい」
男「わざわざ振袖姿で押しかけてくるくらいだからね」
女「自信に満ちた晴れ着姿でございます。どうですか、黒地に咲き乱れる牡丹模様は」
男「大人の階段をひとつ上った美しさがあるよね」
女「うえへへ。それほどでも」スッ
男「いやあ、見違えますよね。あのおんながこんなおんなになるんだもの」
女「嬉しいけど褒めてもなにも出ないんだからね」テレテレ
男「成長を見せてくれたおんなに俺からのささやかなお年玉です」
女「待ってました」
男「待ってただろうね。だってさっきからせがむような両手がこっちを向いているもの」
女「褒めても何も出ないからね」テレテレ
男「搾り取る気満々で何を。おだてれば満足するかと思いきやこの子は」
女「いくら? ねえ、いくら?」
男「ポチ袋を見せる前に金額を探りますか。親戚の子共だってそこまでせがむまい」
女「あ、でもただ貰うだけじゃ面白くないよね」
男「べつにおんなの喜ぶ顔さえ見れればそれで」
女「ばかちんがあ!」
男「年明け初は語気強めですね。ありがとうございます」
女「ばかちんがあ」
男「その響きと声音だけで説得されそう」
女「分からないかなあ。普通に貰うだけだと私が面白くないの」
男「でも最終的にはおんなの袖下に入るわけだし」
女「ばばん! 金額当てゲーム!!」
男「うっわ、感謝も遠慮も慈悲もないえげつないやつが来たよ」
女「ぴったり当てたら、なんと賞金が2倍になります!」
男「ありがたいお年玉を賞金と呼びやがりましたよこやつ」
女「なんと賞金が2倍になります!」
男「しかもこのゲーム、当たっても外れても俺が微塵も面白くないし」
女「なんと2倍になります!」
男「なりません。勝手に増やさないでください」
女「第1問」
男「第1問? ポチ袋はひとつしかないのに第1問?」
女「お年玉はいくらでしょうか! 1000円!」
男「無邪気な金の亡者がこんなに憎たらしいとは」
女「1000円!」
男「手渡されるまでのお楽しみにはできないの?」
女「1000円!!」
男「違げぇよ! ちょっとは聞く耳を持ってよ!」
女「違ったか。残念」
男「親切心が純粋なままに受けとっておけばいいのにこの子は……」
女「ちなみに外れてしまった場合は、金額がそれよりもhighかlowを答えてください」
男「情け容赦ないね!」
女「へい! かまん! ひんと、かまん! ぷりーず、せい!」
男「新年からとんでもねえ。麗しい着物に身を包んだ穢れた追剥じゃねえか」
女「high or low」
男「……low」
女「おーけー。んーと……え、1000円以下?」
男「よくもナチュラルトーンで聞き返しやがったな」
女「だってだって、おとこが彼女に対してそんなにけちんぼなわけが……」ソワソワ
男「除夜の鐘でおんなの煩悩を掃ったらなにが残るの?」
女「……ご、500円?」
男「not.low」
女「250……円?」
男「not. more low」
女「ひっく……ぐずっ……か、彼氏……なん、だよ……」ポロポロ
男「恋人同士の愛情をいったいなんだと」
女「もういいよ。2倍なんていらないよ。いくら?」
男「無性におんなの顔にポチ袋を叩きつけてやりたくなった」
女「この際100円でも50円でも我慢して許しますよ。私の懐は大きいもんね!」
男「31円です」
女「……っ」
男「下唇を噛みながら本気で悔しそうにしないで。嫌がらせじゃないから」
女「目的はなに? 私に何を求めての31円なの? 遠まわしにそれなりの対価を要求してる?」
男「悪人の烙印を押さんとばかりの猛攻撃はやめてください。そんなにやらしくないです」
女「諦める。それでいいよ。ちょうだい、お年玉」
男「なんて言いざまでしょうか。あげる気でいましたから渡しますけども」
女「んっ」
男「はい」
女「ありがと!」
男「どうも!」
女「私から可哀想な金欠けちんぼさんにお年玉です」ゴソゴソ
男「え? くれるの?」
女「手、出して」
男「あ、はい」
女「えいっ」ジャラリ
男「まさかの財布からの直送。この一連の仕打ちの何を喜べと」
女「私からのささやかなお年玉です。全力で喜びなさい」
男「21円……」
女「もっと欲しい? キリがよくなるように、もう29円渡しましょうか?」
男「50円は確かに縁起がいいけど……」
女「じゃあ一万円がお望み? 結局お札で手に入る満円がいいの?」
男「幸せはお金で買えるみたいな言い方はやめて」
男「それよりも俺にくれたこの21円の由来は?」
女「私のお財布で余っていた端数の小銭たちです」
男「21円も立派なお金。パンの耳とは思わないさ」
男「ねえ、おんな。少しだけお財布貸して」
女「なんでよ。たかるの?」
男「なぜに一応は彼氏にそんな冷たい言葉を投げかけらっしゃるか」
女「お札は盗らないでよ」
男「なぜに一応は彼氏にそんな冷たい言葉を投げかけらっしゃるか」
女「はい」
男「どうも。……ふーん」
女「……なによ」
男「欲にまみれて盗ろうにもお札がどこにも見当たらず」
女「それは……ほら、お正月の初詣だと人が多いから盗難の心配が」
男「そしてもう10円が余ってるようだけど?」
女「あ、ああ、余ってるわけじゃないですし。使う予定があっただけですし」
男「10円だけを?」
女「縁起のいい5円チョコに換金するつもりだっただけですし」プイッ
男「それは世間では換金ではなく消費と呼びます」
女「なによ。私の10円よ。使い道なんていいじゃない」プクー
男「お賽銭のご予定で?」
女「そうですそうです。神社のお賽銭箱に投げるつもりでしたよーだ」
男「10円が語呂遊びで遠縁の意味を持つのは有名でございましょうに」
女「じゃあ投げない」
男「投げないの?」
女「投げません。おとこにからかわれて私は気分を損ねました」プイ
男「本当は?」
女「ふんっ。おとこのいじわる」
男「同じ31円を先に出されてしまい、その後出し感に恥ずかしくなったと」
女「ん! んんーっ! いっじわるう!」ペシペシ
男「31円も21円でも意味は同じだもんね。可愛いよ、可愛いよおんな」ナデナデ
女「ばっか! ばかちんがあ!」テシテシ
男「なんと可愛い! 心と体が揉みほぐされる慈しみのお言葉」
女「ばかちんがあ!」ギューッ
男「そうね。恥ずかしいね」
男「偶然での丸かぶりほど気まずくて恥ずかしい事故ってないものね」
女「ばっかちんがあ」プルプル
男「そんなに俺の胸に顔を押し付けなくてもよかろうよ」
女「おとこに私の気持ちなんてわかるわけないでしょ」
男「分かるとも。だって元々は同じ31円だもの」
男「分かるも何も完全一致の以心伝心でしたでございましょう」
女「……いじわる。おとこなんてもう知らない」
男「拗ねた?」
女「拗ねました。不機嫌な私はこのお部屋を出ていきます」
男「部屋から出てどこに行くの?」
女「こんな気分なんだから何処へなんて決まってるでしょ」プー
男「そうね。ならちょうどいいや。俺も新年の挨拶に行きますかね」
女「なによ。ついてくる気?」
男「んー、ついて行くというか、なんと言うか」
女「おもてなしなんてないからね」
男「いいですとも。……よっしょと。さてと準備完了」
男「俺の身仕度も整ったわけですし、改めまして、ね」
女「改てね。そんな気分じゃないけどね」
男「ね?」
女「分かったわよ。仕方ないわね」
女「こほん。はい、では、改めまして」
女「あけまして」
男「初詣をしよう」
女「ばっちこい」
おわり
21円、31円は2では割り切れない数字だからカップル、夫婦にとって縁起がいいとかなんとか
脳内彼女がいるなら賽銭箱に奮発して31円を投げるのは納税よりも重い義務
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