愛梨「好きだらけ?」  (27)

・十時愛梨がアイドルになる前~なった後のお話です。
・『大学のキャンパスでは常に、女友達が一緒らしい』『友達が勝手にオーディションに応募した』という設定に独自解釈を加えたものになります。
・十時愛梨の大学の女友達視点のSSです。一人称の地の文ありです。

よろしくお願いします。


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罪悪感。

自室の古ぼけた学習机に置かれた合格通知を見る度、ちょっとした罪悪感に襲われる。
一次選考である書類審査は通過した。
しかし、その紙面に書かれている名前は、私の友人である十時愛梨のプロフィールである。
愛梨をアイドルにしようと、私が『勝手に』オーディションに応募したものだった。

この子を守らなきゃ。
春に大学で愛梨に初めて会った瞬間、そう思った。
同姓だけど。同い年だけど。
女子校という女の子の戦場を潜り抜けてきた私としては、見ただけで天然と養殖の区別はつく。
この子は本物だ。
この容姿と性格では、世の男どもは放っておかないだろう。
きっと簡単に食われてしまう。
愛梨に聞けば、高校のときも友人が常に一緒にいたとのこと。
しかし今は上京して一人身。

私がなんとかしなくちゃ。
一目惚れだろうか、義務感だろうか。とにかく直感で思った。

「次の講義はどこでしたっけ?」

大学はとにかく広い。
キャンパスで迷い、道を忘れ、次の講義が何の科目かを忘れる。
愛梨にはそんなことがしょっちゅうであるから、私が近くに居る口実としては十分だった。
高校と違い、大学はクラスというものがないため常に一緒は難しくかと思われた。
しかし幸い、一年生は一般教養の必修科目が多く、ほぼ同じ講義を受けることができた。

「テニスサークルから勧誘されましたっ!」

油断していた。
昼食時に飲み物を買いにいっている間の出来事である。
やはり男というのはハイエナかピラニアだ。

「あんた、テニスはやったことあるの?」

「ありませんけど、初心者でもいいよって言われました。私、スポーツは好きですから大丈夫だと思いますっ。身体を動かすと気持ちいいですよね!」

どうやら行く気満々らしい。
こうなると愛梨は案外頑固だ。

「わかった。今日の講義が終わったら、試しに見てみよっか」

「はいっ!」

大学のテニスサークルというと、どうしてもあまり良い印象はない。
真面目にやっている人には申し訳ないが。

いざとなったら自分もサークルに所属するのも手だ。
テニスだろうがバスケだろうがソフトボールだろうがなんでも来い。
男の目を気にしない女子高のスポーツは華やかさの欠片もなく全力で闘技をする場だった。
あれに比べればお気楽サークルくらいはなんとかなるだろう。

結論から言おう。
私個人では無力だ。
酔って足元のおぼつかない愛梨を支えながら、そう思った。

「愛梨、頑張って。もう少しであんたの家でしょ」

「ええ~、私の家ってどこでしたっけ~?」

愛梨はマネージャー、私は部員としてサークルに入ることになった。
まだまともそうなサークルであったのが救いか。
しかし当然新歓コンパも開かれたわけで、「大学生になったらもう成人みたいなもんでしょ」という先輩に押しきられて未成年飲酒に至る。

なんとかして愛梨が借りているマンションに到着。
ベッドに寝かしつけて部屋を後にした。
いつか部屋の掃除をしてあげようと思いながら。

今後はどうしたものか。
帰り道の夜の街を歩きながら考える。
私個人が、愛梨の飲酒やら人づきあいやらを制限するのも、端から見れば過剰だろう。
先輩達から煙たがられるのは避けたい。
私が愛梨のそば居られなくなるような事態になったらそれこそ意味がない。
かといって放っておけば一大事になりかねない。

居酒屋で酔った愛梨は暑がって脱ごうとしだすから止めるのが大変だった。
おかげでこちらは酔いが覚めたが。
もし私がいなかったら確実に送り狼に食われていただろう。
やはり男というのは獣だ。

大学にいる間はいいとして、サークルのメンバーとはもう連絡先を交換している。
これからは私の知らないところで愛梨の交友は広がっていく。
子どもが携帯電話を持ち始めて、友達関係を把握しきれなくなったと嘆く親御さんの気持ちがわかった気がする。
私が教員免許をとった暁には教え子にネット社会の恐ろしさを説こうと思う。

ふと、視界の上に明るみを感じて顔を上げる。
夜の街に光輝く看板。
そこに写るのは、今や知らない人はいないトップアイドル、高垣楓。
闇夜の中でも神秘的に、それでいて堂々と煌めく姿に、私は息を飲んだ。
こういうのをカリスマがあるというのだろうか。
そして閃いた。

アイドル。その手があった。

私一人の手では愛梨の笑顔を守るのは限界がある。
ではアイドルなら。
皆の手の届かないような場所へ愛梨がいればいいんだ。
そうだ、きっとあの子は素晴らしいアイドルになる。
私の愛梨に関する直感は今のところ当たっている。
だから今度も大丈夫だろう。

アイドルになるためにはまず、プロダクションに所属しなければならない。
信頼できそうな大手で、他薦自薦問わないという、うってつけのプロダクションを見つけた。
一次選考として書類審査が必要であるが、書類作成は問題なかった。
個人情報である愛梨の電話番号や住所はアドレス帳に載っていた。
やはり今すぐにでもネット社会の恐ろしさを愛梨に説くべきか。

写真は証明写真でなくていいらしい。
その人が最も輝いている写真で応募とのこと。
ここのプロダクションは個性を生かせるアイドルを探しているらしい。
愛梨の魅力がわかる写真であれば心当りがある。
さらに、今の時代はスマホの技術も、コンビニで印刷するという手段も備わっている。

そして後日、一次選考の合格通知が届いた。
当然の結果だ。
だって愛梨は可愛いのだから。
しかし、ここまで来て罪悪感に襲われる。

なぜ『勝手に』応募したのか。

普通に愛梨にアイドルを勧めればいいじゃないか。
本当は、後ろめたい思いがあったんじゃないのか。
庇護欲? ただの独占欲?
そんなことはわかっている。
でも何もしないで後手後手になるのは嫌だった。
これは愛梨のためになる。
そう心に決めて、色々な感情を飲みこんだ。

「私が、アイドルですか?」

愛梨は困惑している。
キャンパスでの昼食時、出し抜けにアイドルをやってみてはどうか、と私は話を振ってみた。
驚くのも仕方ない。

「アイドル……アイドルですかぁ。何をすればいいんでしょう?」

「みんなを笑顔にするのが、アイドルの仕事」

「それって、私にも出来ますか?」

「……愛梨はさ、どうしてケーキ作りが好きになったの?

「えっ? えーっと、最初はですね、ママと一緒にケーキを作ったんです。そしたらママもパパも美味しいってとっても喜んでくれたんです。そしたら私も嬉しくてっ!」

「アイドルもさ、一緒なんだよ」

「そうなの?」

首を傾げる愛梨。可愛い。

私はスマホを取り出し、1つの画像を見せた。
先日、愛梨が作ってきたフィナンシェを、大学のみんなで食べているときの写真。
オーディションの書類審査にも送り、見事合格を勝ち取った傑作である。

「ほら。愛梨も、みんなも、すごい良い笑顔してるじゃん」

「うん」

「愛梨の笑顔には、力がある。愛梨の笑顔を見て、みんなが喜んでくれて、愛梨もみんなも嬉しくなる。これってとても素敵なことじゃない?」

「私も、みんなも、笑顔に。そっかぁ。それって、ケーキ作りと同じで、とっても素敵なことですねっ!」

ここまで来れば、あとは愛梨を誘導する手はわかっている。
私は鞄から合格通知を取り出して、愛梨に渡した。

「ひとまず、試しにやってみたら? オーディションについてはこの通知に書いてあるから。場所と時間は―――」

愛梨が理解しやすいのは、いつ、どこで、何をするかを具体的に提示すること。

オーディションに合格してからはトントン拍子に事が進む。
CDデビューイベントは無名の新人としては十分盛況だったし、夏のグラビアでは『天然ボディの現役大学生アイドル!』として話題に。
秋にはスイーツフェアのメインとして抜擢され、タイアップ商品の売上に大きく貢献。
その結果を受けて、今度の冬はバレンタインにチョコレート会社がスポンサーとなり、初のコンサートでのソロライブを行うことになっている。

面接となる二次選考後に「オーディション会場が暑くて、面接で脱ごうとしたら合格って言われた」と愛梨から聞いたときは、愛梨とプロダクションの行く末を案じていたが、今となっては杞憂だった。
さすがは大手プロダクション。
おかげ様でバレンタインデーライブのチケットは瞬殺。
多くのファンが血の涙を流すことになった。
私は愛梨から直々にチケットを貰ったので問題ない。

また、『愛梨をみんなの手の届かない存在にする』という目論見は上手くいったのか、アイドル活動を始めて以来スキャンダル騒ぎは特に聞かれていない。
むしろ大学内では「愛梨に手を出すと緑色の悪魔に魂を狙われる」なんて都市伝説が広まってるくらいだ。
理由はよくわからないが、楽しそうにアイドルをしている愛梨を見ると、結果として良かったと言える。

今日の講義が終わり、ボーカルレッスンと称して二人きりでカラオケだ。
愛梨曰く、前回は普通に楽しんでしまってレッスンにならなかったからリベンジ、らしい。

2月の商店街では建物の間を風が通り抜け、本格的な冬の寒さを感じさせてくれる。
愛梨のバレンタインデーライブはもうすぐだ。

「今度のライブ、きっと上手くいくよ。愛梨は頑張ってるから」

「そうですね。また、沢山の笑顔が見れたら嬉しいです!」

えへへっ、とはにかんで、ステップ、ターン。愛梨はくるりと私の方に笑顔を向けた。

「私、アイドルがとっても楽しいんです! だから、ありがとうございますっ!私にアイドルの道を教えてくれて」

「……楽しんでる愛梨を見れるなら、私はそれでいいよ」

「それなら、今度のバレンタインデーライブも、一緒に楽しいライブにできるといいですねっ」

目頭が熱くなった。
私は間違っていなかった。
この笑顔を守るためなら、私は何だってしよう。
密かに感情を高ぶらせた私は、1つ聞いてみることにした。

「そうそう、バレンタインといえば、愛梨は誰かにチョコを渡すの?」

もしバレンタインデーライブの後にでも愛梨からチョコの交換でもできたら、私はそれで―――

「はいっ! いつもお世話になってる、プロデューサーさんに! えへへっ」

……。

ああ……その笑顔で、声で、わかってしまった。
どんな思いで愛梨がそのチョコレートを渡そうとしているか。
伊達に愛梨の友人とファン第一号やってない。

星のように遠く離れた場所でキラキラと輝いて、夢と希望と笑顔を振りまく。
なんだ、やっぱり愛梨にはアイドルの才能があったんじゃないか。

私は間違っていなかった。

私は唇の端だけで笑った。

「どうかしましたか?」

愛梨が不思議そうに私の顔を覗き込む。

私は何を愛梨に押し付けていたんだろうか。
何を求めていたんだろうか。

「なんでもない。それより、あんたは隙だらけだから気を付けてよね」

「好きだらけ? プ、プロデューサーさんのことですか!?」

きっと、私の思いは正しく伝わらない。
だったらせめて、愛梨の笑顔が曇らないようにしよう。
少しでも長く、私やみんなの偶像でいてもらえるようにしよう。

それが、私なりの責任。



おわり

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