未央「安価で他のアイドルに告白する!」 (1000)
未央「近頃はハロウィンだし、私も便乗してイタズラドッキリをやってみよう!」
未央「あれ、そういうことするのってエイプリルフールだっけ? いつだっけ、それって……」
未央「まぁいいや! とりあえず最初は誰にしようかな……」
>>2
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凛
未央「よっし、まずはしぶりんだ!」
未央「日ごろからNGで一緒に活動してるし、好意を抱いてても別に不思議じゃないよね……」
未央「お、噂をすれば……。おーい、しぶりーん!」
凛「ん? なんだ未央か……。どうしたの?」
未央「えへへ……いやー今日も凜ちゃんはカワイイなーと思って!」
凛「何それ……。変におだてても何も出ないよ」
未央「えぇー? 別におだてたりなんかしてないって。本気で可愛いって思ってるから言ってるんだよ?」
凛「そ、そう? それはどうも……」
未央「(ふふふ、無関心を装ってるけど結構嬉しそう……よし)」
未央「ううん……それだけじゃないのかも、しぶりんが可愛く見えるのは……」
凛「……? どういうこと?」
未央「……私ね、好きだよ。しぶりんのこと」
凛「へ?」パチクリ
凛「……あぁ、うん。私も好きだよ、未央のこと。これからも一緒にNGで頑張っていきたいよね」
未央「…………はぁ」
凛「どうしたの?」
未央「……あのね、しぶりん。私がしぶりんに抱いてる〝好き〟って気持ちはね……。しぶりんのそれとはちょっと違うのかもしれない」
凛「……?」
未央「自分でも……ほんのつい最近まで分からなかった」
未央「しぶりんのことを考えると、胸がきゅうっとなって、ドキドキして……切なくなるんだ」
未央「それって、友達に向ける〝好き〟って気持ちとは違うって、気づいたんだ」
凛「……未央? さっきから何言って……」
未央「……しぶりん。もう一回言うね」
未央「好きだよ、しぶりん。しぶりんのことが、私は……大好き」
凛「未央……それって……」
未央「うん。女の子として……。好きなんだ、しぶりん」
未央「(さて、ここからどうするか……)」
>>7
1.更に情熱的にアプローチする
2.切なげな表情で一度引く
kskst
凛「えっと、未央……それって……」
未央「(しぶりん、だいぶ面食らってるな……よし、ここまで来たら押せ押せだ!)」
未央「分かってる。私たちは友達同士で、アイドル同士で、ユニット同士で……それ以前に女の子同士なんだ。いきなりこんな事言われても、わけわかんないよね……」
未央「……でもね、しぶりん。私、この気持ちだけは本気なの。本気で……しぶりんのこと、欲しいって……思っちゃってるんだ」
未央「(よし、ここでうろたえてるしぶりんに追撃の壁ドン!)」ドンッ
凛「あっ……っ」
未央「(ぐっと顔を近づけて)こんな気持ち……駄目かな? もう止められないんだ……」
未央「あたしのものになってよ。しぶりん」
凛「>>10」
私でいいの?
凛「……いの?」
未央「え?」
凛「……いいの? 私で……」ポロッ
未央「え? え?」
凛「……ぐすっ……。嬉しい……こんなこと……」
凛「未央も、私と同じ気持ちだったんだね……」ウルウル
未央「(あれ? これはもしや……)」
凛「私も、好き……大好き。友達としてじゃなく、一人の女の子として、未央のことが……大好き……!」
未央「(……墓穴掘っちゃったパティーンですか!?)」
未央「(うわぁ、しぶりんが見たことないくらい涙ぐんで幸せそうな顔してる……)」
未央「(さ、流石に今ここで)」
未央「実はドッキリでしたー! いやーゴメンねしぶりん! 私の演技も中々なものだったでしょ?」
未央「(なんて言った日には一生口きいて貰えなくなって、NG解散までありうるよ……)」
未央「(そ、それにしてもまさかしぶりんが本当に私のことを……)」
未央「(……)」
未央「(い、いやそりゃ嬉しいけどさ)」
未央「(とにかく、今は何とかこの状況を乗り切らなきゃ!)」
未央「う、うん。しぶりんが気持ちにこたえてくれたなんて……嬉しいよ」
凛「私も……まさかこの気持ちが実る時が来るなんて思わなかった」
凛「私が未央の事をどんなに愛していても、やっぱり同じユニットの友達だし、女の子同士だし……」
凛「一歩間違えたら、今までの全部が台無しになる……って思ってたんだ」
凛「でも……ぐすっ……まさか未央も私のことが好きで、しかも未央のほうから告白してくれるなんて……夢みたいだよ……」ポロポロ
未央「(うわっ、しぶりんがこんなに感情あらわにしてぼろぼろ泣いちゃってる……。それはそれで可愛いけど、罪悪感で胸が……)」ギリギリ
未央「(とにかく、いけるところまで行くしかない!)」
未央「私も嬉しいよ……。やっと思いが通じて」
凛「これで私たち、恋人同士……なんだね」
未央「えっ」
凛「……? 未央?」
未央「そ、そうだよね! そりゃあお互い相思相愛なら、自然とそうなるよね! 恋人……だね、私たち……!」
凛「ふふ、当然でしょ」
凛「……あぁ、なんだろう、もう……まだ夢の中にいるみたい……。こんなに幸せな気持ち、私生まれて初めてだよ……」
凛「告白されるって分かってたら、もっと可愛い服着てきたのに……」
未央「えー? 今日の服もすっごく似合ってて可愛いと思うけどなー」
未央「(はっ! ついさらっと本音が! し、しかし今は……)」
凛「……ホント?」
凛「……えへへ、未央からそういって貰えると、嬉しいな……」
未央「(しぶりんからの好感度がうなぎ上りになっちゃうーーっ!!)」
凛「えへへ……うれしい……」
未央「(うぅ、子供みたいに無邪気な笑顔で照れるしぶりんは確かにかわいいんだけど……。とにかく今はこれ以上の被害が出ないようにしなくちゃ)」
未央「そ、そうだしぶりん。私たちが……その……こ、恋人同士ってことは、みんなには内緒だよ?」
凛「えっ……? どうして?」
未央「ど、どうしてってそりゃ……わ、私たちは仮にもアイドルなんだから、たとえ同性同士でも恋愛してるなんてバレたらまずいでしょ」
未央「私たちだけじゃなく、他のみんなやプロデューサーにも迷惑かかっちゃうかもしれないし……」
凛「そっか……。それもそうだね。……みんなの前でいちゃいちゃできないのはつらいけど、でもしょうがないか……」
未央「(ほっ、とりあえずこれでほかの人にはバレずに済むな……)」
未央「(うぅ、なんでこんなことになっちゃったんだろ……てっきりしぶりんなら「何ふざけてんの」って軽く流してくれると思ってたのに)」
未央「(……いや、そもそもしぶりんが実は私の事を好きだったという衝撃の事実があったからこそ今の状況なのか……)」
未央「とりあえず、今日はもう遅いし……。私はもう帰るよ」
凛「……そう? じゃあ私も一緒に帰る」
未央「私が千葉なの知ってるでしょ。途中までね」
凛「分かってるよ。……その代わり……」
未央「ん?」
凛「手、つなぎたい……な」
未央「えっ!? い、いやでも……」
凛「手つなぐくらいなら大丈夫だよ。私たち同じユニットでいつも仲はいいんだから、女の子同士で手つないでるくらいじゃ恋人だなんて疑われないよ」
未央「そ、そっか、それくらいなら……」
私はしぶりんがどこかまだぎこちなさそうな動きで差し出してきた左手を、ぎゅっと握り返した。
手のひらと手のひらが触れ合い、お互いの手が繋がった瞬間、しぶりんの耳の端がかすかに赤くなった気がした。
未央「(う、なんかこんな変な雰囲気だと、私まで変に緊張しちゃうよ……)」
未央「と、とりあえず今日は帰ろっか、しぶりん」
凛「……うん!」
???「何だか大変なことになってるみたい……」
???=>>21
安価ミス
>>24
ああ、またミスって申し訳ない。アニメから入ったPなので今回は25の加蓮にさせてください。
次回から安価は↓でやります。
加蓮「物陰に隠れて一部始終を見ていたけど、まさか凛が未央ちゃんの事が好きだったとは……」
加蓮「というか、二人は相思相愛だったんだ……」
加蓮「その割にはなんか後半未央ちゃんがやたら慌ててたような気がするけど、気のせいかな?」
加蓮「まぁいいや、今度凛と会ったらそれとなく聞いてみようかな。凜ったらTPにいる時は何かというと未央ちゃんのことばっかり話してたし……」
加蓮「ここは友人の想いが実ったことを祝福してあげよう」
その頃、未央の自宅
未央「……」
未央「………」バタバタ
未央「…………」バタバタバタバタ
未央「うわーっ! どうしてこんなことになっちゃったんだ!!」
未央「そもそもといえば私がハロウィンとエイプリルフールを勘違いしたりするから……!」
未央「……いや、それ以前の問題かな」
未央「どうしよう……この場合、早めに冗談でしたって言っておかないと、どんどん状況がマズくなる気がする……」
未央「かと言って今ばらしても十分破滅的な結果になる未来しか見えないけど……」
未央「ううう、とにかくこうなったら、まずは普通にしぶりんとお付き合いするしかない! お付き合いしたうえで、私がしぶりんを振って破局したことにすればいいんだ!」
未央「そうすれば……振られたこと自体にはしぶりんは傷つくかもしれないけど、ドッキリでしたって言うよりは百倍マシなはずだし……これしかない!」
未央「よし! そうと決まれば……あれ、LINEが来てる」
未央「……しぶりんからだ」
凛「今日は本当にありがとう。これからずっと未央と一緒にいられるって考えたら、嬉しすぎて死んじゃいそうだよ」
凛「これからは二人で色んなことを経験して、ずっとずっと恋人同士でいようね!」
未央「……振ったら振ったで大変な事態になる未来しか見えない……」
とりあえずその日は「私も幸せだよ」とかそんなかんじの事を返信し、明日以降どうしようといった不安から逃げるように、いつもよりは早すぎる時間に眠りについた。
ベッドに入ってからも、ほんの数時間前の……今まで見たこともないようなしぶりんの笑顔に、胸の奥がきゅうっと締まった。
私は……この罪悪感に耐えられるのだろうか。
翌日
未央「ふあぁ……今日はまず346プロの本社まで行かなくちゃ……ん?」
未央「LINEの通知だ」
凛「外で待ってるね」
未央「え?」
凛「おはよう。……来ちゃった」
未央「……ここ千葉だよ。しぶりん」
凛「……えへへ、未央と少しでも一緒にいたくて……」
未央「そ、そうなんだー、わたしもうれしいなー……」
凛「ね、未央。今日も……さ、手つなご?」
未央「う、うん」
未央「(な、なんだろう。しぶりんってこんなに積極的な子だっけ……)」
未央「(まゆちゃんの時に感じた悪寒をふと覚えたのはなんでだろう)」
結局私たちは二人で並んで総武線の座席に座り、その間もしぶりんは二人の体の間で握られた手を放すことはなかった。
時折しぶりんは私から目線を外しながら「……ふふっ」と嬉しそうに微笑んでいた。……こういうところは、素直に可愛いと思ってしまう。
卯月「おはようございます! 凜ちゃん! 未央ちゃん!」
凛「おはよう、卯月」
未央「おーっす! 元気してるかーしまむー!」
卯月「はい! 今日も元気いっぱい頑張ります! ……あれ? 今日は二人は手繋いでるんですね?」
未央「え?(……あっ! しまった、さっきから長いことつなぎっぱなしだったから、つい……!)」
凛「うん、だって私たち……」
未央「ごほん! うん! だって私たち仲良いからね! 手くらい繋ぐって!」
卯月「わぁっ! 二人ともそんなに仲良しで羨ましいです!」
未央「ま、まぁねー!(た、助かった……)」
コンコン
加蓮「凛ー? ちょっといるー?」
未央「あれ、どうしたの? 加蓮」
加蓮「ちょっとTPの仕事の事で凛と話が……おっと。ふふふ、二人とも仲良さそうで何よりだよ」
未央「え?」
加蓮「いやー、昨日は驚いたよ。別に覗くつもりはなかったんだけどさ、ほんとについ……ね」
未央「え? え?」
加蓮「まさか未央も凜の事が好きだったなんてね。凜の友達としては嬉しい限りだよ。ありがとうね、未央」
未央「(こ、これは……まさか加蓮に昨日の一件、見られてた!?)」
未央「(まずい……まさか加蓮も私がドッキリでしぶりんに告白したなんて知らないだろうし……)」
未央「(……幸い今ここには私、しぶりん、しまむー、加蓮の4人だけ。まだこの件を知らないのはしまむーだけ……)」
未央「(最悪同じNGのしまむーにならバレてもそこまで痛くはないか……? とにかくここは変にうろたえないように……)」
未央「う、うん! いやー私も嬉しいよーなんて……。それよりほら、凛と話があるんでしょ!? どこか別の場所で二人で話してきたらいいんじゃないかな!?」
加蓮「うん、じゃあそうさせて貰っていいかな。奈緒も別の部屋で待ってるし……。凜のこと借りていくね?」
凛「じゃあ……未央、また後でね?」
そう言うとしぶりんは少しだけ寂しそうに、今までずっと私と繋いでいた手を放した。
未央「(ふぅ……あの様子だと既に加蓮としぶりんはこの件について知ってるみたいだな……)」
未央「(多分同じユニット同士の二人の事だから、昨日の夜LINEか何かで連絡を取ってたんだろう)」
未央「(あとは……)」
卯月「ふふ、今日はなんだかみんな仲がよさそうでよかったです!」
未央「(良かった。頭ぽわぽわしまむーには恋愛の機微なんかは分からなかったか)」
その後、夕方
未央「ふぅー。今日も仕事がつっかれたっと。さて、本格的にしぶりんとの関係をどうするか、方針を決めていかなきゃ」
未央「これ以上私を好きになられても困るし、かといってわざと嫌われるっていうのも……」
未央「……だけど、こっちから行動していかないと、しぶりんに振り回されてもっと事態がややこしくなっちゃうよ。勝つには……攻めなきゃ」
未央「どうしよう?」
↓2
1.凛をデートに連れていく
2.加蓮にねたばらしし、相談に乗ってもらう
未央「うぅ……加蓮には怒られるだろうけど、今は味方をつけることが先決かな」
未央「加蓮にLINEしてみよう」
加蓮「……なるほど。じゃあ凛の事が好きだって告白したのは、ただの冗談だったって訳ね」
未央「……うん」
加蓮「……私もTPで凛の事を見てきたんだ。だからあいつがどれだけ未央の事を好きかってことも知ってる」
加蓮「あんたはその気持ちを踏みにじったんだよ? 私の友達の大切な気持ちを……踏みにじったんだ」
未央「…………うん」
加蓮「本当なら今すぐあんたを殴りにいってるところだけど……そうしたってなにも変わらないからね。それに私も大切な友達が傷つくところは見たくない」
加蓮「わざわざ私に本当のことを伝えてまで連絡してきたってことは、それでも私に相談したかったってことでしょ?」
加蓮「……凛が不必要に傷つく結果にならないのなら、あんたに協力するよ」
未央「……そっか。ありがとう……。……最低だね、私」
加蓮「私に謝ったってしょうがないでしょ。未央のするべきことは、凜を幸せにする……とは言わないまでも、せめて凜を傷つけないようにすることだよ」
加蓮「……未央は、凜とどうなりたいの?」
ところどころ凛が凜になってるのはなぜ?
未央「私は……しぶりんの事は大好きだよ。これからも、できればずっと一緒にNGとして頑張っていきたいと思ってる」
未央「でも、それ以上の……女の子としてしぶりんを、愛する事は……今はちょっと、考えられない」
未央「できればしぶりんとは、また前みたいな関係に戻りたいなって……」
加蓮「……そう。うーん、でもそうなると、今の凛の喜びようはすごいからなぁ。難しい道のりかもしれないね」
未央「え、そんなに?」
加蓮「あの子ったら、「いつか未央と恋人になれたときにやりたいこと」なんてノートに書いて妄想してたんだから……少女漫画でも今時やらないよ、そんなこと」
未央「おぉ……」
加蓮「昨日の夜はもう大変だったよ、一晩中凛のノロケ聞かされて……手をつないで一緒に帰れたことが嬉しかったみたいで、おかげで相手させられた私は寝不足で……」
未央「……なんか、ごめん……」
加蓮「私も昨日ちょっと見てたけど、未央から壁ドンされたことが特にストライクだったみたいで、そのことで普段とは考えられないくらいきゃーきゃー騒いでたよ」
加蓮「まぁ要するにさ、凛はそれだけ未央の事が好きってこと。私も……さすがにあの笑顔が全部崩れたらって考えると忍びないし」
加蓮「とりあえず……そうだね。デートにでも行ってみたら?」
未央「えっ!? でっ、デート!?」
>>44 ミスです、すみません。
未央「なっ、なんで!?」
加蓮「何でも何も、最終的に凛を振って別れたことにするにしたって、付き合って何もしないですぐに分かれたっていうんじゃ凛も納得しないでしょ」
加蓮「最終的に振るつもりならあんまり思い出を作りすぎてもまずいけど……でも、何もしないよりは凛の事も改めて分かると思うし」
加蓮「まぁ、2~3回目くらいのデートでそれとなく別れを切り出す、あたりがバランスがいいんじゃないのかな」
未央「ふむ……確かに、少しもデートしないで振るのも不自然だし……恋人っぽいことは一通りやっておいたほうがいいかな」
未央「それじゃあ今度の休みにでもしぶりんをデートに誘ってみようかな」
加蓮「うん、それがいいと思うよ。私も凛を騙すのに加担してるみたいで何だか罪悪感があるけど……」
加蓮「だけど現状、この状況を変えられるのは未央だけなんだから」
未央「うん……元はといえば私が撒いた種だもん。責任は持つよ。加蓮も……ごめんね」
加蓮「だから、私に謝ったってしょうがないでしょ。うまいことやってよね」
未央「うん! ありがとう加蓮」
LINE終了
加蓮「……」
加蓮「ふぅ……まぁどうせそんなことだろうとは思ってたけどね……」
加蓮「だけどこのままじゃ終わらせないよ。まずは……」
次の休日
未央「よーし、というわけで今日は休日。前もってしぶりんともデートの約束をとっておいたし……」
未央「今日の目標は、しぶりんにこれ以上惚れられることなく、デートの回数を増やすこと!」
未央「とりあえず2~3回はデートしてからでないと別れ話も切り出せないしね……」
未央「さて、駅で待ち合わせしてたはずだけど、しぶりんはもう来てるかな……」
凛「……」
未央「あっ、もう来てた。おーい、しぶりーん!」
凛「! あっ、未央。おはよう……」
そう言って振り返ったしぶりんは、おそらく今日のために買った新品なのだろう。初めて見るワンピースを身に纏っていた。
普段はどちらかというとクールな雰囲気の彼女を見てきたからか、その淡い色、柔らかい雰囲気のワンピースは、しぶりんの隠れた魅力を存分に書き出しているかのようだった。
よく見ると……美容院にも行ってきたのかな。髪もいつもとは少し感じが違う気がする。
はっきり言って、女の私でもその可愛さに、一瞬心臓がドクンと跳ねてしまった。
未央「……って、いけないいけない。そんなこと考えてる場合じゃなかった……」
凛「? どうしたの? 未央」
未央「い、いやぁなんでも! それより待ったりした?」
凛「ううん。私も今来たところだよ。行こう?」
未央「うん。そうだね(おぉ、もうナチュラルに手を繋ぐために差し出してきてる……)」
未央「(し、しかたない。今は私たち恋人なんだから……)」
未央「さて、どこに行こうかな?」
↓2
未央「とりあえず公園にでもいこっか」
凛「この辺で公園っていうと……」
未央「うん。NGが何かあるといつも集まってた公園だね。私がアイドル辞めようとした時も、しまむーが迷っちゃった時も、そういえばいつもあの公園だったし」
未央「しばらく行ってなかったから、どうかな」
凛「うん。私もたまには行きたいな。それに……」
未央「ん?」
凛「私……未央と一緒ならどこだって幸せだよ」
未央「(しぶりん……こんな歯の浮いたような台詞いう子じゃなかったよね……恋の力って恐ろしい)」
未央「着いたね。今日はあんまり人いないなぁ」
未央「とりあえずベンチにでもすわろっか。私飲み物買ってくるよ。何がいい?」
凛「えっ? い、いや、私も自分の飲み物くらい自分で買うから大丈夫だよ」
未央「いーのいーの、これくらい任せなさい! じゃ、ちょっと自販機まで行ってくるね!」
凛「う、うん……ありがと……」ドキドキ
未央「はい、コーヒーでよかった?」
凛「うん、大丈夫だよ。いただきます」
未央「うん。じゃあ私も横に座って……」ポスッ
凛「……えへへ」
未央「ん? どうしたの、しぶりん?」
凛「……いや、改めて幸せだなぁって。特別なことしなくても……こうやって隣で一緒の時間を過ごせるだけで、すっごく幸せ」
凛「それも全部……未央のおかげだよ。未央が告白してくれなきゃ、私ずっとこの気持ちを抱えたままだった」
コーヒーの缶を両手に持ったまま、しぶりんは少しうつむきがちにはにかんだ。その表情が、掛け値なしに心の底から幸せそうだ。
そんな彼女のしぐさを見て素直に可愛いと思う反面……やっぱり心の奥で、ちくちくと罪悪感が鋭い針のように私の心臓に突き刺さる。
未央「うん……そうだね……」
私が発した言葉に小さくしぶりんがうなずくと、それから特にお互い喋ることもなくなったのか、無言の時間が流れた。
とはいえそれは気まずさからくるものでは決してなく、むしろ彼女が全身からあふれさせている安心感や幸福感に、私も同じくして浸ってしまっていた、というのが本当のところだ。
勿論あの日以降の私たちの常として、二人きりでいるときにはいつでも手を繋いでいた。肩と肩が触れ合うほどの距離でベンチに座っている私たちは、お互いの片方の膝の上で、指と指を絡ませあった――いわゆる「恋人繋ぎ」で手を握り合っている。
――何分くらい。あるいは何十分か経っていたのだろうか。
私もそんな心地いい空間に浸ってしまっていて、体感で結構な時間、無言が流れていた。
気が付けば繋いだ手は、ほんのり汗ばんでいるかのようでもあった。
凛「――キス」
未央「え?」
そんな静寂の空気を急に破るように、隣のしぶりんが蚊の泣くような、消え入りそうな声でふとつぶやいた。
凛「……キス、してほしい、な……」
聞き間違い、じゃないようだ。
しぶりんの透き通るような声は、声量自体は小さくても、きちんと私の耳にまで届いてくる。
凛「……」カァァ
未央「え、えぇと……」
見てみると、しぶりんは耳までトマトみたいに真っ赤になって、さっきよりもより深く俯いていた。
振れた肩がふるふると震えて、つないだ手に一層ぎゅうっと力が入ったのは、多分……気のせいじゃ、ないよね。
未央「(ま、ままままずいぞ……)」
未央「(いや、確かに恋人同士なんだからキスくらいはするのが当たり前なのかもしれないけど……)」
未央「(まさか2~3回を予定していたデートのうちの1回目、しかもこんなにすぐにキスを要求されるとは考えてなかった!!)」
未央「(ど、どうしたものか……。わ、私もぶっちゃけファーストキスだしなぁ……)」
未央「(……い、いや、でも待てよ? 私もこれからどんどんお芝居の仕事に力を入れていくつもりだし、そのうち男優さんとのキスシーンなんかも入るかもしれない……)」
未央「(特に好きでもない男の人と仕事でファーストキスをするくらいなら……友達として好きなしぶりんでファーストキスを済ませてしまうのも、アリといえばアリなのか!?)」
未央「(う、ううう、どうしよう……。突然の事で頭がパニックに……)」
私が足りない頭の回路を必死に熱暴走させていると……
とんっ
と、その頭に熱いものが押し付けられた。
凛「………//」
しぶりんが、真っ赤に茹ったような顔を私の肩に委ねてきたのだ。
未央「(こ、これは……間違いない! しぶりんのキス待ちだ!)」
未央「(えええ! 本当にどうしちゃったのしぶりん! これまでのしぶりん像が180度回転するくらいの積極性じゃない!?)」
未央「(それまでも付き合いがあったとはいえ、1回目のデートでこんなにキスをせがんでくるなんて……!)」
未央「(い、いや実際かわいいけど! そりゃアイドルの女の子なんだからかわいいに決まってるんだけど! そういうことじゃなくって!)」
未央「(こ、これはもう……覚悟を決めるときなのかな……!)」
隣から発せられる熱に耐えられなくなったからなのか、この切迫した空気に私も頭が茹っていたからなのか、あるいは私自身が衝動的にやってしまったのか――
私はしぶりんの方を振り返ると、その細く、繊細な彼女の肩をがしっと掴んだ。
凛「……!!」ビクッ
その瞬間、しぶりんの肩が跳ねるのが伝わってくる。
自分で言い出しておいて恥ずかしくなったのか――しぶりんはさっきよりも耳を赤くして俯いてしまった。
未央「(よ、よし、今なら周りは誰も見てないし……この流れで、もうキスしちゃおう!)」
未央「(大丈夫! 女の子同士のキスならノーカンになる……はず? と、とにかく!)」
もう流れに乗ってキスするしかないと焦った私は俯いたしぶりんと顔を向き合わせようとしたけど……。
そうだ、肝心のしぶりんが俯いちゃってる。これじゃキスができないぞ!
未央「(え、ええと、そうだ。とにかく顔をこっちに向かせればいいんだから……)」
背中を丸めて、顔から火が出んとばかりに俯いてしまったしぶりんは、本来私よりも4㎝ほど身長が高いはずなのに、まるで年下の子供のように小さくなってしまったようにも感じる。
そして私は、しぶりんにキスしようと焦るあまり、今時少女漫画の主人公くらいしかやってはいないだろう行動をとってしまった。
未央「しぶりん、顔……こっちに向けて?」
凛「え……? ……あっ」
うつむいたしぶりんのすらっとした顎を左手で掴み、ぐいっと……焦っていたのもあって少し強引に、こっちに向けさせた。
急に至近距離で私と目が合ったしぶりんは、あわあわと視線をあっちこっちに飛ばしてうろたえている。
そんな彼女に、私は――
未央「……目、閉じて――」
ゆっくりと、震える彼女の唇にそっと顔を近づけて。
キスを、した。
――どれくらい時間がたったんだろう。
短かったのか、長かったのか。それはわからないけど。
その時の私は片方の手で彼女の肩を、もう片方の手で彼女の顎をがっしりと抑えて、ふるふると震えるしぶりんの唇に私の唇をくっつけていて。
頭が真っ白になったような静寂の中で、一心不乱に……その、なんというか、しぶりんの存在を全身で味わっていた。
未央「(…………)」
何も頭が働かなかった。
ただその時は、しぶりんの唇の柔らかい感触と、しぶりんの髪から漂ういい香りに、五感のすべてが支配されていた。
しばらくして、ふと、どちらからということもなく――繋がっていた唇が離れた。
凛「…………」
未央「…………」
なんだろう、この空気。
私、鼻息荒くなかったかなぁ、とか、ぽけーっとした心持ちでそんなことを考えていると。
一番食べごろな時のトマトのように真っ赤に染まった、まるで今にも煙でも吹きそうなしぶりんの顔が視界に捉えられるようになった。
凛「あっ……あぅ、あぅぅ…………」
声にならないような声を発して、しぶりんが倒れこむように私の胸に顔をぽすんとうずめてきた。
この反応を見て、今頃になって、この空気に現実味が帯びてくる。
そうか、私――
未央「(し、しぶりんと、キスしちゃった……!)」
とはいえそんな感慨に浸っているわけにもいかない私は、甘えるように抱き着いてきたしぶりんの頭をそっと抱きしめる。
うぅ、これって、ドラマとかでよく見る「すっごいいい雰囲気」ってやつなのかなぁ、ひょっとして。
未央「し、しぶりん? ひょっとして……嫌だった?」
おそるおそる聞いてみると、しぶりんは私の胸に更に深く顔をうずめる。
凛「……私、死んじゃいそう。っていうか、もう死んでもいい。……夢じゃないよね……」
どうもしぶりんは恥ずかしがる時に俯いたり、とにかく顔を隠す癖があるみたいだ。
そんな彼女を見て、私は不意に
未央「(……かわいい……)」
なんて、思ってしまった。
未央「と、とにかくしぶりん。いつまでもこのままじゃいられないし、そろそろ公園からでよっか」
凛「………」コクン
しばらく私の胸の中で顔を隠していたしぶりんだったが、流石にアイドルである自分がいつまでもこの体制ではまずいと思ったのか、ゆっくりと名残惜しいように上体を起こした。
と同時に、まるで子犬がお気に入りのおもちゃを片時も離したがらないように、私の手をぎゅうっと握ってくる。
未央「え、えーと。とりあえず次の場所に行こう? 手ならちゃんとつないでるからさ」
凛「……うん」
今までよりも明らかに近い距離感で、立ち上がった私にしぶりんが体を寄せてくる。
さっきまで並んで歩いている肩の距離が50㎝だとすると、今はもう5㎝も離れていないんじゃないかというほどに彼女は寄り添ってきているのだ。
しぶりんの手を引いて、次のデートスポットに向かう。
そんな私の頭の中では、さっきキスした彼女の唇の柔らかさが、反芻するように響いていた。
私の心臓がさっきからやたらうるさく跳ねているのは、罪悪感……だけ、なのかな。
とりあえず今日はここまで。
続きはまた起きたら書きます。初SSですが、見てくれてありがとうございました。
再開していきます
未央「(とりあえず、こんなに急にキスしちゃうことになるとは思ってなかったけど……)」
未央「(ひとまず次のデートスポットに向かおう)」
未央「(時間はそろそろお昼時……)」
未央「(どこに行こうかな?)」
↓2
未央「とりあえず……もうそろそろお昼にいい時間だし、ごはんでも食べよっか?」
凛「そうだね。私もちょうどいい感じにおなか減ってきたかも」
未央「よーし、じゃあどこかよさそうなお店は……おっ」
ふと、この間の休日にあーちゃんと一緒に行ったカフェが視界に入った。
個人でやっている小さな喫茶店みたいなところで、ゆったりとした雰囲気が流れる、いかにもあーちゃんが好きそうなお店だ。
確か軽食みたいなものもやっていたはずだし、ここにしよっかな。
未央「じゃあしぶりん、あそこのカフェでもいい?」
凛「うん。なんだかおしゃれそうなところだね……あそこに行こうか」
というわけで、からんころん、と小さな鈴の音を鳴らしながら、木でできた小さなドアを開けて店内に入った。
店員「いらっしゃい」
おひげをたくわえたお爺さん店員が、カウンターの向こうから挨拶してくれる。
ゆっくりとテンポを刻む店内のBGMが、さっきまではやっていた私の心をにわかにおちつけてくれるみたいだった。
凛「へぇ……すごく落ち着く店内だね。私こういう雰囲気好きだよ」
未央「でしょでしょ? この間あーちゃんと一緒に来た時に、いいなーって思ってたんだ!」
凛「……ふーん、そう……」
未央「(あれ? しぶりんなんかちょっと機嫌悪そう?)」
釈然としないような表情をうかべる彼女をエスコートしながら、店の端にあるちょこんとした丸テーブルに向かい合って座った。
凛「……藍子と仲いいんだっけ、そういえば」
未央「ああ、あーちゃん? そうだねー、結構昔から仲良くしてくれてるよ」
未央「こういう静かなカフェで落ち着いて本とか読んだりするのが好きみたいだから、私もたまに一緒に宿題とかやってたんだ」
凛「……そっか」
あれ? なんだかしぶりんの顔がどんどんむすーっとむくれていってる?
未央「(もしかして……)」
未央「しぶりん、私とあーちゃんが仲良いの……嫉妬してる?」
凛「!」
ふいにそう尋ねると、しぶりんの両肩がぴくんと跳ねた。
凛「ち、違うよ。二人が仲がいいのは私としても嬉しいことだし……。それに、よく考えたらポジティブパッションで一緒にいたもんね……」
冷たい水が入ったコップについた水滴を指先ですくいながら、ばつが悪そうにしぶりんは小声でつぶやく。
凛「でも、今日は私たち二人の初デートで……初めて入ったお店だったから……」
凛「……なんだろ、わたしやっぱり嫉妬――しちゃってるのかな、藍子に……」
凛「ごめんね……。みっともないよね、こんなの」
未央「(あ……)」
そっか、しぶりんは……いつもクールな印象の子だったから気づいてなかったけど。
こんな小さなことでやきもち焼いちゃう、普通の女の子でもあったんだ。
未央「……そうだよね。今日は……初デートだもんね。ほかの子の話はしないほうがよかったね」
未央「ごめんね、しぶりん」
凛「ち、違うの! 未央は何にも悪くない! ただ……私がみっともなく嫉妬しちゃっただけだから……気にしないで」
ごまかすように彼女は長い髪をかき上げる。
そうだよね。今は……一応、仮とはいえ恋人同士なんだから、少しはしぶりんの気持ちもくんであげなきゃだめだよね。
未央「ま、じゃあ気を取り直してさ。さっそく注文しようよ。ここサンドイッチとか、カレーライスとか、いろいろ軽食もあるみたいだし……」
凛「……そうだね。えっと、それじゃあ私は……」
しぶりんの方にメニューを向けてあげると、よかった。もう彼女も気にはしていないみたいだ。
結局、私がサンドイッチ注文する事に決めると、しぶりんも「じゃあ……私もそれにしよ」と、二人で同じメニューを頼むことになった。
未央「おっ、きたきた。いただきまーす」
凛「わぁ、小さくてかわいいね」
少し小ぶりなサンドイッチがお皿に盛られて二人分運ばれてきた。
ここのサンドイッチは実は結構絶品で、パンはふわふわ、具材もしっかり味付けがしてあって私のお気に入りでもあった。
まぁ、あんまり詳しいこと言うとまたしぶりんがむくれちゃうかもしれないから、言わないでおいたけど。
未央「あれ? 私のとしぶりんの、具材が違うサンドイッチがあるね?」
不思議に思ってメニューを見返してみると、今日のサンドイッチは店主の気まぐれで中身が変わるらしい。
見ると私のお皿としぶりんのお皿では、微妙にメニューが違うみたいだった。
未央「じゃあせっかくだし、お互いのサンドイッチ食べあいっこしよっか。はい、あーん」
凛「えっ!?」
見たところ彼女のお皿に乗っていなかった種類のサンドイッチを持ち上げて、彼女の口元に持って行ってあげる。
これくらいは普段からやっていたことだから、ことさら意識せず体が勝手に動いてしまった。
凛「…………」
ところがしぶりんは急に体を硬直させたと思ったら、またさっきみたいに軽く顔を俯かせてしまった。
未央「? どうしたの? しぶりん」
凛「い、いや……うん、じゃあ、せっかくだから……貰おうかな」
しぶりんはおずおずと、小さく口を開きながら、私が差し出したサンドイッチを可愛らしく一口食べる。
まるで小動物のようにもぐもぐと咀嚼すると、そのまま離れて、また一層顔を赤くした。
凛「……おいしいよ。すごく……」
未央「でしょー! じゃあ私も食べよっと」
凛「あ……!」
さっきまでしぶりんが食べていたサンドイッチを、今度は私も一口ほおばる。
うん、やっぱりここのサンドイッチはすっごくおいしい! 思わず笑顔になっちゃうよ。
凛「……また叶っちゃった……」
未央「え? 何か言った?」
凛「う、ううん! なんでもない!」
なんだかさっきから様子がおかしいなぁ、と、呑気に事を考えていた私はまだ気づいていなかった。
友達同士で食べ物を食べさせあいっこするなんて行為は私にとっては日常的なもので、特別な意識はなかったけれど。
今は……私としぶりんは恋人同士ということになっていて、こういう行為がいかに彼女のハートを鷲掴みにしているかということに、気が付いていなかったのだ。
凛「じゃ、じゃあ未央も……私のサンドイッチちょっと食べなよ」
未央「え? いいの? じゃあいただきまーす」
しぶりんがおずおずと差し出した彼女のサンドイッチに、私はすぐにかじりつく。
長い髪の向こうで彼女の顔がどんどん俯いていっているのに、サンドイッチを味わうことに夢中だった私は気が付かなかった。
未央「ふぅ、結構おなかいっぱいになったなー。しぶりんは大丈夫?」
凛「うん。私も大丈夫だよ。……あ、ごめん未央、ちょっとお手洗いに……」
未央「うん、わかった」
しぶりんが席を立つと、ふとハンドバッグに入れていたスマホに通知が来ていることに気付いた。
未央「あれ? 加蓮からだ」
加蓮「どんな感じ?」
一言だけ、そうLINEの画面に彼女の言葉が表示されている。
未央「(そっか、そういえば加蓮には今日がしぶりんとのデートって伝えてあったから)」
未央「(うーん、でも……さすがにもうキスしちゃったとかまでは書かないでいいかな……書くの恥ずかしいし)」
未央「結構いい感じだよ……っと。……うわ、返信はやっ」
加蓮「凛はあれで結構恋すると受け身な子みたいだから」
加蓮「少しは考えて行動したほうがいいよ」
未央「どういうことだろ? 私の行動……どこか考えなしだったかなぁ?」
未央「まぁ変にあーちゃんの話し出しちゃったのは私もちょっとまずかったかもしれないけど、他には食べさせあいっこしたくらいだし……」
未央「まぁ加蓮なりに凜のこと心配してるんだろうな」
未央「わかった、気を付ける……っと」
そこまで返信したところで、奥の扉からしぶりんが帰ってきた。
凛「ごめんね、おまたせ」
未央「ううん、だいじょぶだよ! じゃあ行こっか!」
今までの展開で半ば癖のようになっていたからか、私は自然にしぶりんの手をぎゅっと握った。
ぴくん、と彼女の手が跳ねような気がしたけど、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべて私の手に指を絡めてくる。
加蓮「……未央の奴、自分が天然タラシの才能あるって自覚ないのかな……」
サングラスとマスクに身を包んだ加蓮が、離れた席から二人を監視しているのに、気づく二人ではなかった。
未央「さーて、おなかもいい感じになったし、そろそろ次に向かおうかな」
未央「どこに行こう?」
↓2
未央「そうだ、私ちょっと新しい服見ていきたかったんだ。寄っていってもいい?」
凛「うん。じゃあ行こっか」
最近はおこづかいも貰ってふところが暖かかったことだし……。ずっと前から気になってた服を見にいこうかな。
そうして向かった先は、少し大きめのデパートの中にあるファッション品店だった。この辺りは結構何でも揃うから、都心に出てきた時には結構寄ったりしている。
未央「わぁ、いろんな服が売ってる……。ねぇねぇしぶりん、どれがいいかな?」
凛「未央なら何でも似合うと思うよ」
未央「やーだなーしぶりん、そんなほんとのこと言っちゃって!」
手を繋いだまま店の中に入ると、目当てだった服以外にも良さそうな感じのものがいくつも目に入ってくる。
やっぱり誰かと――今はしぶりんとは恋人同士だけど、誰かと一緒にショッピングをするのは楽しく感じる。
未央「そういえば言い忘れてたけど、今日のしぶりんのワンピースも似合ってるよね。いつもとはまた違った印象を感じるよ」
凛「へっ!? そ、そうかな……ありがと」
未央「うん、あと……美容院も行った? 髪もすっごくかわいい!」
自分の正直な気持ちを彼女に伝えると、しぶりんは嬉しそうに握った手にぎゅうっと力を込めてくる。
ううん、こういうところは素直にかわいいぞ、しぶりん。なんか……同じ女の子でも私とはタイプが違うんだなぁ。
凛「……気づいてて、くれたんだ……ふふ」
未央「ん? どうかした?」
凛「ううん、なんでもない」
未央「それじゃあ私はお目当ての服をーっと……あれ?」
未央「うーん、見当たらないな……」
ずっと気になっていた服が見当たらないのを不思議に思って、店員さんに声をかけてみた。
店員「ああ、あちらの商品ですか? 申し訳ございません、あちらは大変人気の商品でして、既に売り切れてしまっておりまして……」
店員「今はまだ入荷待ちの状態なんですよ」
未央「げっ、まじですかー……」
うっ、あわよくば買っちゃおうと思っていたけど……。しょうがない、今回はあきらめるか……。
未央「それなら……しぶりんっ!」
凛「え? ……わっ」
ふと後ろを向いていた彼女に、近くに飾ってあった大きな麦わら帽子をかぶせる。
急に帽子をかぶせられて驚いたのか、しぶりんはこっちを振り返ってきた。
凛「もう、急になにするの……」
淡い色の揺れるワンピースと、つばの大きな麦わら帽子。
そして長く艶のあるさらさらの黒髪は、しぶりんの新しく見えた――女の子らしい雰囲気に、ぴったり似合っていた。
未央「おぉ、その帽子も似合うじゃん!」
凛「まったくもう……かわいいかわいいって適当に言ってないよね?」
未央「まさか! 私はただ自分の素直な気持ちを伝えてるだけだよ!」
凛「そ、そう……じゃあ、はい!」
そう言うとしぶりんは気恥ずかしさをかき消すかのように、近くにあったキャップを私にかぶせてきた。
未央「も、もう、急になにするのさしぶりん!」
凛「ふふ、さっきのお返し。それに……その帽子、未央に似合ってるよ」
未央「え、本当?」
鏡で見てみると、なるほど確かにその小ぶりなレディース向けのキャップは、今日着てきた私のパーカーに結構似合っていた。
な、なんだろう、なんだか自分がされると恥ずかしい……。
凛「……せっかくだから、私この帽子買おうかな。似合ってるって言って貰えたし」
未央「お? じゃあ……私もこれ買っちゃおうかな。欲しかった服は売り切れてたし、こういうのもめぐり合わせかも」
服を見に来たのに、結局お互い帽子だけ買う結果になっちゃった。でも……似合ってるって言ってくれたし、これでよかったかな?
一通りデパートの中も見終わって、気が付けば時間も結構いい時間になっている。
未央「(そうだなぁ……。これからどうしよう)」
そんな風に思案していると、ふとスマホに通知が来ていることに気付いた。
加蓮「そういえば凛、最近見たい映画があるって言ってたよ」
未央「お、加蓮からだ。それにしても何だかタイミングを見計らったかのようにLINEが来るなぁ……」
未央「(でも、時間的に映画ならいい選択肢だし……)」
未央「しぶりん、映画でも見ていかない?」
凛「えっ、いいの?」
未央「うん。いや、しぶりんにもし見たい映画があればの話だけどさ」
凛「実は……ちょっと気になってた映画があって……」
手を繋いだまま、デパート内に設置されている映画館に向かう。
凛「あっ、ちょうど今からやってるみたい。これ、なんだけど……」
そういってしぶりんが指さしたのは、あまり聞いたことのないタイトルの、恋愛映画らしいものだった。
未央「へぇ、聞いたことないけど面白そうだね。じゃあこれにしよっか」
凛「うん!」
2人分のチケットを受付で買うと、通路を通り、薄暗いシアターの中に二人で入った。
ちょうどほかの映画の予告をやってるところのようで、タイミングはぴったりだ。
――で、映画が始まって一時間ほど経って。
未央「(こ、これって……)」
さすがに鈍感な私でも、もう分かった。
未央「(この映画、恋愛は恋愛でも、女の人同士で恋愛するやつだ……!)」
映画の舞台になっているのは女子高らしく、そこで気弱な女の子が、同級生の快活な女の子に恋をする、といった内容のものらしかった。
あまり名前を聞いたことがなかったのは、ひょっとして内容がこういうもの……だったからなのだろうか。
しかし映画の内容自体はなかなかどうして面白く、すでに中盤に差し掛かるころには物語の展開に引き込まれてしまっている私がいた。
でもそれは――
未央「(隣で手を繋ぎながら観ているしぶりんがいなかったら、純粋に楽しめてたのかもしれないけど――)」
当然映画館の中でも隣の席同士をとった私たちは、しぶりんが私の肩に頭をもたれかかるようにして映画を鑑賞している状態になっている。
この映画の製作監督も、まさか本当に女の子同士の恋人が見に来てるなんてしったらなんて思うんだろう……。
そんなことを考えていると、どんどん物語は進んでいった。いよいよクライマックスにさしかかろうとしている。
二人を阻むいくつもの障害や難関を乗り越え、ついに気弱な女の子が抱える想いは、その想い人に届こうとしていた。
画面の向こうの二人は手に手をとりあい、ついにお互いの想いが通じ合う時がやってきたのだ。
未央「(う、展開自体は普通に感動的だよ……)」
未央「(……ん? しぶりん)」
画面に夢中で気が付かなかったが、隣の席に座っているしぶりんが、なぜかもぞもぞと動いているような気がした。
次の瞬間、スクリーンの向こうでついに唇を合わせようとする二人は、急に視界から掻き消えた。
未央「(……?)」
あれ? スクリーンが故障でもしたのかな。いいところだったのに――
と妙なことを思っていたのもつかの間。
私の目の前にしぶりんの顔があることにはっと気づいた時は、私の唇は、唇でふさがれていた。
未央「(…………!?!?!?)」
一瞬パニックに陥って、素っ頓狂な声をあげてしまう。
しかししぶりんは私のそんな声をかき消すように、更に強く唇を押し当ててきた。
未央「…………!!」
息が……できない。
いや、別に息はしていいんだろうけど、なんだろう、鼻息とかかかったらあれだし……なんて、妙に冷静な思考が頭の中を駆け回る一方で。
なんで? なんでしぶりんが私にキス? ……あ、そっか、今私たちって恋人同士なんだっけ。それなら……普通なのかな? と、自分を無理やり納得させるような思考が同時に湧き上がってくる。
少なくともこの異常事態に、私の足りない脳ではまったく思考能力が追いついていなかった。
十秒……くらいだろうか。しぶりんのさらさらの髪が私の頬に触れる感触が妙にくすぐったい、とかいったことを感じていると。
スクリーンの向こうに、感動的なBGMと共に二人で抱き合う女の子たちが現れた。
しぶりんが、ようやくキスをやめて離れたのだ。
未央「し、しぶり……」
凛「……ごめん。……なんか、我慢……できなくて」
映画館の中ということもあって、小さめの声で隣の彼女と会話する。
しぶりんはまたしても顔を俯けながら、恥ずかしそうに私の肩に再びもたれかかってきた。
未央「(映画に触発されて……つい、しちゃったのかな……)」
未央「(ま、まさか1日に2回もしぶりんとキスすることになるなんて……)」
未央「(さっきは私のほうからキスしちゃったけど……なんだろう)」
知らないうちに、自分の心臓がやたらうるさく聞こえていたことに気付いた。
映画館の中に流れる感動的なBGMがかき消されてしまうかのようなボリュームで、心臓の鼓動が喉元にまで響く。
未央「(ひ、人からキスされるのって……あんな感じなんだ……)」
そんな事を思いながら私は、あぁ、やっぱりしぶりんの唇は柔らかいなぁ、なんて馬鹿な事を考えていた。
未央「い、いやー……面白い映画だったね……」
凛「……そうだね……」
結局100分ほどだった映画が終わり、スタッフロールまでしっかり観た後、私たちは映画館を後にした。
あのキスの事に関しては……私からも、しぶりんからも、特に触れることはなかった。
そりゃあ……しぶりんからすれば私たちは付き合ってる恋人同士なわけで、というか既にキスなら1回している訳で……。
別に不思議なことはないのかもしれないけれど。
未央「(……ど、どうしよ。なんかしぶりんの顔、まともに見れない……)」
未央「(……私、なんでこんなにドキドキしてるんだろ)」
未央「(はじめて、人からキスされたから? ……あの映画の変な空気にあてられて?)」
未央「(……なんだろ、なんだか、今までと……全然違う)」
今までに感じたことのない心臓の高鳴りを感じながら、私たちは一言も話さないまま、デパートを出た。
外はもうすっかり暗くなっている。
流石に今日はこれ以上どこかに出かけるのは、時間的に厳しいかもしれない。
未央「(どうしようかな?)」
↓2
1.凛を家まで送っていく。
2.凛が千葉までついてくる。
未央「じゃ、じゃあしぶりん。今日はもう遅いしこの辺で……解散にしよっか?」
凛「……ん……うん」
少し名残惜しそうにしぶりんがうなずく。
まぁ、女の子があんまり遅くまで外をうろついているのもよくないだろう。一応私たちもアイドルな訳だし……。
未央「じゃあしぶりん、また今度……」
そこまで言おうとした時、彼女が握っていた私の手を、さっきまでよりもずっと強く握ってきたことに気付いた。
凛「…………」
未央「えっと……しぶりん?」
凛「……ない」
未央「え?」
凛「今日は……離れたくない。ずっと未央と、一緒にいたい」
ぎゅうっと握った手からは、子犬がお気に入りのおもちゃを取られた時に抵抗を見せるような、そんな気持ちの強さを感じた。
未央「え、えーとしぶりん、でもほら、流石にこれ以上遅くなったらいろいろとまずいし……」
凛「……うん、わかってる」
未央「それにほら、私の家って千葉にあるじゃん。だから――」
凛「ついていく」
未央「え?」
凛「もし未央と……未央の家が迷惑じゃなかったら……未央の家まで行っていい?」
未央「そ、それは……」
確かに、しぶりんとしまむーと3人で、私の家でお泊り会をしたことは過去に何度かあった。
ここから千葉の私の家まで電車で総武線で1本だし、そこまで遠いわけでもない。
幸い明日も仕事は午後からなので、遅めに私の家を出ても十分間に合う。
しかし……。
未央「え、ええと、それって今日うちに泊まっていきたいってこと?」
凛「……だめ、かな?」
未央「い、いや、ええと……」
普段の私だったら「おぉ、それじゃあ今日は二人で久しぶりにお泊り会だー! いやーテンション上がってくるねっ!」とか言ってそうなものだけど、生憎今の状況ではそういうリアクションは取れなかった。
なんせ……今の私たちは恋人同士で、既に今日2回もキスまでしてしまっているのだから……。
普段通りの空気はもう、そこにはなかった。
未央「え、えぇと、私の家って今日は誰もいないんだよね。その……家族はみんなで泊りの旅行に行っててさ」
未央「私は明日仕事があるからいけなかったんだけど……」
凛「……そうなんだ。じゃあ……」
未央「(うっ、しぶりんが期待を込めた眼差しで私の事を見つめてくる……!)」
未央「(流石にここでダメだと言うほどの勇気は私にはない……)」
未央「そ、そうだね。じゃあ今日は……泊まっていく?」
凛「! ……うん!」
嬉しそうに頷く彼女と再び手を握り返して、私たちは駅に歩いていった。
未央「(さて……そういうわけでしぶりんが家にやってきた訳だけど)」
未央「(どうしよう……変に緊張しちゃっていつもの調子が全然出ないよ……)」
未央「と、とりあえず……お茶でも飲む?」
凛「あ、うん。じゃあ頂こうかな」
電車に乗って、家に来るまでしぶりんは片時も繋いだ手を放そうとしなかった。
確かに女の子同士だから手を繋いでるだけで恋人だとは思われないだろうけど……それにしたって限度ってものはある気はする。
まぁ……それに慣れてきているような私も私だけど。
とりあえずしぶりんをリビングのソファに座らせ、冷蔵庫にしまってあった麦茶をコップに注いで2人分を持っていくと、しぶりんは一言「ありがとう」と言ってコップに口をつけた。
さて……時間としてはいま午後8時。寝るにはまだちょっと早い時間かな。
未央「(これから……どうしよう)」
↓2
未央「とりあえず……テレビでも見る?」
凛「うん、そうだね」
未央「えっと、リモコンリモコン……あった。えーと、今は何がやってるのかな……」
何の気なしにテレビをつけてみる。やっぱり話題に困った時はとりあえずテレビをつけるに限る……。
しばらくチャンネルを回してみると……そのうちの一つのチャンネルでは、なんとNGの特集が組まれていた。
未央「わっ、私たちが映ってる……。そういえば今日、NGの特集があうとか言ってたっけ……」
凛「ほんとだ。なんか……こうやって自分の事をテレビで見るのは、ちょっと恥ずかしいね」
未央「あー、わかるわかる。私最初の頃なんか、カメラの前にいるよりもテレビの中の自分を見てるほうがずっと緊張してたよー」
そんな他愛もない話をしていると、特集コーナーは次第に私たち一人一人に焦点を当てたものになっていった。
しまむーはテレビの向こうで満面の笑顔を浮かべて、頑張りますと意気込んでいた。
未央「あ……」
しばらくすると、今度は凛の番みたいだ。いつも通りのクールな印象の彼女が、液晶画面の中で優雅に歌い、踊っている。
凛「も、もう、あんまり見ないでよ……」
ソファの隣で座ってみていたしぶりんが、気恥ずかしそうに私の目線を手で遮ってくる。
うんうんわかるよしぶりん、身近な人にテレビの自分を見られるのって、そういう恥ずかしさがあるよね。
でも……。
未央「(今日見えたしぶりんの女の子らしい一面って……ひょっとしたら、私しか知らないのかな)」
画面にうつるいつも通りの彼女を見て、ふと、そんな考えが頭に浮かんだ。
未央「私も今まで長いことNGとして一緒に活動してきて……しぶりんのこと見てたつもりだけど、なんか今日は新しいしぶりんの魅力を見ちゃった感じかな」
凛「へ?」
未央「しぶりんっていつもクールな印象だったから、今日みたいに顔赤くして恥ずかしがったりするところは初めて見たっていうか……」
未央「なんか、すっごくかわいいなって思った」
凛「え……」
……あれ? なんだか隣のしぶりんがとんどん赤くなって……
……ん? 今私、何言ってた?
未央「……あっ、しまった! つい本音がそのまま……じゃなくて、今のはその、自分の中の素直な気持ちがつい口から洩れちゃっただけで……」
って、それじゃ言ってる事同じだ、私!
凛「……もう、そういうところ、未央はずるいよ……」
やっちゃったか、と思っていると、となりのしぶりんがまた顔を俯かせてしまった。
凛「今日だって……初めてのデートで、私の事いっぱいリードしてくれて……すごくかっこよくて、かわいくて……」
凛「キ、キス……だって、あんな風に……してくれて」
凛「こ、こんなんじゃ、未央の事ますます大好きになっちゃうよ……」
ぷしゅううう、と、煙の出る音が聞こえてきそうなくらいに耳まで真っ赤にしたしぶりんが、小さな声でそうつぶやく。
未央「(わ、わ、なんだ、この空気……!)」
いや、そりゃ好きって改めて言われて……嬉しいけど! そりゃ嬉しいけどさ! いやそういうことじゃなくって!
なんだか、また空気がおかしなことになっちゃったよ……!
凛「……あ、未央の特集だ」
未央「え? ……わーっ! なんか恥ずかしいから見ないでー!」
そんなこんなで結局番組が終わるまで、私たちは変な空気のまま、テレビに映るお互いの姿を目に映していた。
未央「はぁ、はぁ……なんか、疲れた……」
気づけば特集も終わって、時間はもう9時になっていた。
チャンネルを回してみてもそれほど面白そうな番組もやっていなかったので、リモコンの電源ボタンを押してテレビを消す。
未央「(さて……これからどうしよう?)」
↓2
未央「そろそろお風呂入るのにちょうどいい時間かな……私、掃除して沸かしてくるね」
凛「え、あ、うん。ありがとう……」
しぶりんをリビングのソファに座らせたまま、私は家のお風呂を掃除しにかかる。いつもやっていることなので、ことさら時間はかからず手際よく終わらせてしまった。
未央「よし、あとはお湯を張って……と」
うちのお風呂は全自動なので、ボタン一つでお湯が沸かせてしまう。濡れた足をバスタオルでぬぐって、リビングで待つしぶりんの元に向かう。
未央「おまたせー。沸かしてきたよ」
凛「うん……」
あれ? なんだかしぶりんの様子が変なような……。
そんな妙な感覚を覚えながらも、お湯が張られるまでの十分ほど、しぶりんと他愛ない話をして待った。
ピーッ
未央「お、沸いたみたいだね」
お湯が張られたことを知らせる電子音がリビングに響く。
前にNGでお泊り会をしたときにみんなに貸した着替えがあるから、着替えに関しては大丈夫なはず。
ここはお客さんだし、一番風呂はしぶりんに譲ってあげるべきかな。
未央「じゃあしぶりん、先にお風呂入ってきていいよー。バスタオルと着替えは出しといたから」
凛「……うん。ありがとう」
何か迷っているような顔つきで、しぶりんが立ち上がる。
すると、やはり何かを決心したのだろうか、振り返って、彼女はこういった。
凛「未央……お風呂、一緒に入らない?」
未央「ほえ?」
凛「駄目……かな……」
未央「一緒に? 一緒に……って、お風呂に一緒に?」
凛「……」コクン
しぶりんが小さくうなずく。
未央「(ま、まぁ私も小さいころは弟と一緒に入ってたし……一応私の家は2人でも十分一緒に入れるくらいの広さはあるし……それはいいんだけど……)」
未央「(……な、なんだろう。例え女の子同士とはいえ、今の空気のまま一緒にお風呂入るのはなんかめちゃくちゃ緊張する!!)」
未央「(え、ええと、でもあれ? 一応今の私たちって恋人同士なんだから……一緒にお風呂に入るくらいは当たり前……なのかな?)」
未央「(というか、私たちくらいの女の子同士の友達なら、恋人じゃなくてもお風呂くらいはありえる……かな?)」
そんな事を脳内で考えていると、私がしばらく無言なのが不安になったのか、しぶりんが少し小さめの声で私に話しかける。
凛「あ、もちろん、嫌じゃなければ……なんだけどさ」
未央「え、い、嫌だなんてそんな事ないよ!」
つい反射的にそう口走ってしまった。その瞬間、彼女の表情がほんの少し明るくなった。
凛「そっか……じゃあ私、先に行って待ってるね」
未央「んえ!? え、あ、うん! わ、わかったわたしもすぐいくね!!」
言葉が喉の奥から押し出されるように、勢いで了承してしまった。
彼女は嬉しそうに長い髪を揺らしながら、脱衣所へと消えていく。
未央「な、なんか……どんどんまずいことになってる気がする……」
ふー、ふー、と深呼吸をして、しかしもう一緒に入る約束をしてしまった以上、すっぽかすわけにもいかない……と、私は覚悟を決めて、自分の部屋に着替えを取りに行く。
とりあえず下着と、いつも来ているパジャマを一式持って、先ほどしぶりんが入った脱衣所に追いかけるように私も入った。
脱衣所の扉を開けると、浴室の中からはシャワーの水が流れる音が聞こえる。
家族が使う洗濯籠とは別に、しぶりんが来ていたワンピースが丁寧に折りたたまれて置いてあった。
未央「(な、なんか生々しい……)」
未央「(……いや、大丈夫だ。たとえ恋人同士じゃなくたって、女の子の友達同士が一緒にお風呂に入るなんて、世間一般で日常的に行われてる普遍的行為のはずだ!)」
未央「(だから、何もおかしなことはない! ……はずだ、私!)」
自分を無理やり説得させるように意気込むと、私は今日のデートに来ていったパーカーとスカートを脱ぎ、下着だけの姿になる。
いつものように脱いだ服を洗濯籠にいれて、次は下着を脱ごう……とした時に、これを脱いだら自分の裸をしぶりんに見せることになるのか……と急に実感が沸いてきた。
未央「(な、なにも気負うことなんかないよね……)」
恐る恐る、普段よりも3倍ほどのろまなペースで上と下の下着を脱いで洗濯籠に入れると、とうとう私は……生まれたままの姿になった。
このこと自体は毎日やっていることなのだから、殊更緊張するようなことじゃないんだけど。
扉一枚隔てたあの向こうに、私の友達が……いや、今は一応私の恋人なんだけど……とにかくしぶりんが、私と同じ生まれたままの姿でシャワーを浴びているんだ。
丁度そのタイミングでシャワーの音が止んだ。それをきっかけにして、いざ。
一瞬息を止めたまま、浴室の扉を開けた。
凛「あ、未央……」
未央「お、おう、しぶりん……」
お互いに言葉が詰まったまま、湯気が立ち上る浴室の前で向かい合う。
しぶりんの体は……意図的に私が目を逸らしているせいで、ダイレクトに視界には入ってこない。
けれど……いつも入っている浴室に、普段は嗅いだことのない香りが……しぶりんの髪の甘い匂いかな? それが立ち込めているような気がした。
その女の子らしい匂いに、ふと頭の奥がくらくらと揺れるような錯覚を味わう。
凛「えっと、先に、失礼してるね……?」
未央「あ、大丈夫大丈夫! もうぜーんぜん平気だから! ちゃんと温まってね!」
ごまかすように言うと、とりあえずシャワーが空いたようなので、しぶりんからシャワーヘッドを受け取る。
とりあえず私も体を濡らして、その間にしぶりんには先に湯船に入っててもらおう。
凛「…………」
俯いたまま、ちゃぷんと湯船につかるしぶりん。ここに来てまだ私は緊張からか、彼女の体をほとんど正視できていなかった。
一通りシャワーを浴び終わると、隣からしぶりんの声が響いてきた。
凛「未央も……とりあえず湯船につかったら? 暖かいよ」
未央「え、う、うん。じゃあ……そうしよっかな……」
↓2
1.凛と向かい合って湯船につかる
2.凛の後ろから湯船につかる
未央「それじゃあ……失礼してっと……」
しぶりんが自分の前方を開けてくれたので、浴槽には人がもう一人入るだけのスペースが生まれた。
私は湯船に足のつま先をすっと差し込むようにして、しぶりんと向かい合う形で浴槽に入る。
少し多めに張っていた湯が、私が入ったことでちょっとだけ溢れた。
未央「…………」
凛「…………」
一通り肩までお湯につかってしまうと、少し前を見る余裕ができた。
しぶりんは口元がお湯につかる形で、いつものように(と言っても見るのは今日がはじめてだけど)顔を赤くして俯いていた。
彼女が顔を俯けるのは恥ずかしがっている証拠だと、今日一日でもう既に判明してしまっている。いや、恥ずかしいのは私も同じだけど。
――ちょん
未央「……あっ、ごめ……」
凛「だ、大丈夫……」
ふと、私の足先が彼女の太ももに触れてしまった。
私の家のお風呂は十分広いとはいえ、15歳の人間が二人はいろうとすると、やはり多少は狭さを覚える。
私たちはお互いの折り曲げた足が交差するようにして、向かい合って浴槽に入っている。
ふに、と、彼女の柔肌に私の足が当たるだけでも、心臓が跳ねるように緊張してしまう
未央「…………」
さっきから、心臓がうるさい。
一応入浴剤は入れておいたので、彼女の体はお湯の色に隠れて見えなくなっている。
今更ながら、お風呂に入浴剤を入れておいた私の判断はグッドだったと言わざるを得ない。もしこれでしぶりんの裸が見える状態だったら、私の心臓の鼓動はこんなもんじゃすまなかっただろう。
しかし、特に話すことがあるわけでもなく……かといってこのまま二人して永遠に湯船につかっているわけにもいかない。
……どうしよう。ここは……。
↓3
1.凛が体を洗ってくれる。
2.今日のデートの話をする
凛「あ、あのさ、未央……」
未央「ん? なに?」
凛「えっと……体洗うの手伝ってあげようか?」
未央「えっ!?」
いきなりの申し出に、私はつい湯船から肩を飛び上がらせてしまった。
凛「ほら、今日は……デートで、すごくリードしてくれたからさ……そのお返しに……」
凛「せめて背中くらいは流してあげようかなって思って」
未央「そ、そういうことか……」
確かにさっきまで話題に困っていたところだ。このまま沈黙が流れるというのもそれはそれで気まずくて困る……。
未央「じゃあせっかくだから……お願いしようかな」
凛「……うん!」
そういうわけで私は湯船から出て風呂椅子に座ると、後からしぶりんが私の後ろに回り込んだ。
いつも使っているハンドタオルにボディーソープをつけると、きめの細かい泡が手を包み込む。
未央「えっと……じゃあ、これ。お願い」
凛「うん、任せて」
どきどき跳ねる心臓を静まらせようと努力する傍ら、後ろのしぶりんに視線をくれないままハンドタオルを手渡した。
ふわ……と、泡が私の背中を包み込む感覚が走る。
ハンドタオルの感触はそのまま背中を上下左右に走り、気持ちいい、といった感触とはまた別に、どこかむずがゆいような感覚が同時に脊椎に刺激を与える。
いつも自分でやってる当たり前のことなのに……しぶりんに背中を洗ってもらってるって考えると、なんだか胸の奥が更にうるさく騒ぎ立ててしまう。
未央「ん……」
ごし、ごし、ふわ、ふわ。
後ろではきっと、しぶりんが一生懸命私の背中を洗ってくれているんだろう。浴室に入ってからもう少なくとも5分は経つというのに、いまだに彼女の体をまともに見られていないのが、この空間の現実味の無さに拍車をかけているかのようだった。
凛「次は……腕洗うね」
未央「う、うん。お願い……」
一通り背中を洗い終わったからなのか。しぶりんの持つタオルは今度は私の右腕に移動した。
うう、私二の腕のお肉とかついてないかなぁ……なんて余計なことを考えていると、もう既に手首の先まで泡に包み込まれている。
そして……私の手のひら。ここだけは、しぶりんはハンドタオルを使わずに、自分の指を絡めるようにして洗ってくれた。
凛「……ふふ、未央の指……すべすべだね」
未央「あ、ありがと……」
なんだか気恥ずかしい。そんな思いをしていると、今度は左腕。
次は最初から、しぶりんはタオルじゃなくて、既に十分泡に包まれていた彼女自身の手で直接洗ってきた。
未央「ひぅ……っ」
しぶりんの柔らかい肌と私の肌が泡越しに直接触れ合うその感覚は、こそばゆくて、少し恥ずかしい、そんな気持ちが泡と一緒にごちゃまぜになったような感触として、私の毛穴に染み込むかのようだった。
凛「じゃあ、今度は足……ちょっと開いて」
未央「え、あ……わっ」
しぶりんに軽く股を開かせられると、途端に羞恥心が襲ってくる。
流石に場所が場所だけに素手で洗うのはまずいと思ったのか、しぶりんはハンドタオルに持ち替えて、私の太ももを泡で包み込んでくる。
未央「(あ、あれ……背中洗うって言ってたような……このまま全部洗われちゃうのかな……)」
そんなぼうっとした思考をしていると、もう既にしぶりんは私の左足、そして右足と、ゆっくりと、だけどどこか愛おしむようにハンドタオルを動かしていた。
ほんの少し前までなら考えられなかったこの空間に、どんどん私の頭はのぼせてゆく。
たまにしぶりんの濡れた長い髪が私の体に張り付くのが、どきどきしてたまらなかった。
未央「(なんで……こんなに緊張してるんだろう。ただ、女の子同士でお風呂に入ってるだけなのに……)」
だんだん思考がままならなくなってくるのを感じながら、しぶりんの声も、ぼやけるように私の耳に入ってくる。
凛「じゃあ……前、洗うね?」
未央「ふぇ……あ……」
ふわ、と。泡の感触がとうとう私のお腹に回り込んできた。
そしてこの状況で、それが意味するものが分からないほど、私はもう……浮足立っていた。
ふわふわと、私のお腹が泡にまみれていく。
視界には、しぶりんの細い腕が泡に包み込まれているのも飛び込んでくる。
そしてしぶりんの腕は、だんだん上のほうへ……私の胸元にまで届いてきた。
凛「えっと……洗うね」
未央「……うん」
ふに、と。私の胸にある二つの膨らみが、しぶりんの持つハンドタオルに形を変えられる。
ん……と小さく声が出そうになったが、寸でのところで堪え、飛び跳ねまくる心音を抑えることに必死で従事する。
どうしよう、私、顔赤くなってないかな。というか心臓のドキドキ、しぶりんにバレちゃわないかな……などと、相変わらず宙に浮いたような思考が私の脳を包み込んでいた。
凛「綺麗……」
未央「……えっ?」
凛「いや、未央の体、綺麗だな……って。すっごく、すべすべで……」
未央「そ、それ言うならしぶりんだって……んっ、そうじゃん……アイドルなんだし……」
凛「そんな……あっ」
ふと、私の左胸にハンドタオルを当てたまま、しぶりんの手が止まる。
凛「未央の心臓……すごくドキドキしてる」
未央「え……あっ……」
未央「(ドキドキしてるの、バレちゃった……)」
なんだろう。だけど決して――不快では、なかった。
結局、首から下が泡で包み込まれてしまった私を、しぶりんはシャワーで優しく、丁寧に洗い流してくれた。
なんだか今までのすべてが夢だったかのように、ふわふわと私の意識は湯気にまぎれて浴室の宙を舞っているかのようだ。
未央「えっと……ありがと……」
凛「うん……どういたしまして」
凛「……髪も洗おうか?」
未央「あ、ううん、大丈夫……。……それよりさ」
未央「↓2」
1.もう一回二人で湯船につかる?
2.私も凜の体、洗ってあげようか?
未央「私も……しぶりんの体、洗ってあげようか?」
凛「えっ?」
未央「いやその……さっき洗ってくれた、お礼……みたいな」
凛「…………」
一瞬俯きかけたしぶりんだったけど、すぐに持っていたハンドタオルを私に渡すと、さっきまで私が座っていた風呂椅子にすっと腰かけた。
凛「じゃあ……してもらおうかな」
未央「うん、わかった」
私……なにやってるんだろ。なんでわざわざ自分から……。
いや、そりゃしぶりんとは普通に友達なんだから、お礼に体洗ってあげるくらいなんでもないんだけどさ。
ハンドタオルで泡立てられえているボディーソープは、まだ十分使える量が残っていた。
目の前に座ったしぶりんの背中に、さっきと同じようにハンドタオルをあてがう。
未央「(うわ……)」
と、さっきまで意図的に視界に入れないようにしていたしぶりんの裸の体が、否応なしに私の体に飛び込んでくる。
未央「(しぶりんの体……こんなに細くてきれいだったっけ……)」
その硝子細工の芸術品のような美しさに、私は思わず息をのむ。
そりゃあ……水着姿の撮影みたいなものなら何度か見たことがあるけど、今私の目の前に座ってるしぶりんは、私もそうだけど何も身に着けてない、裸なわけで……。
そう考えると、一気に私の顔が熱っぽくなるのが自分でもわかった。
未央「(と、とりあえず、背中を洗ってあげなきゃ……)」
彼女のきめの細かい肌に、ハンドタオルをあてがう。そのまま背中をまんべんなく洗うように手を動かし、次に腕を洗うためにハンドタオルを移動させる。
未央「(うっ……)」
しぶりんの柔らかい肌に、私の指が沈み込む。同じ女の子なのに、思わずうっとりするほど白くて綺麗な肌だ。
未央「(無心……無心……)」
未央「……どうかな、かゆいところ、ない……?」
凛「ん、大丈夫だよ。ありがとう」
そんな問答を行いながら、着々と、彼女の腕も洗い終わり、さっき自分がされたように脚も洗ってみせる。
未央「よ、よし。それじゃあ……しぶりん。前、洗うね?」
凛「うん。……お願い」
大丈夫。さっき私がしてもらったようにするだけだ。それだけなら何も特別な事じゃない。
そう自分に言い聞かせるようにして、私はしぶりんの細いお腹に泡をあてがった。
未央「こ……こんな感じで、いいかな……?」
凛「うん、大丈夫……」
着々と、私の手はしぶりんのお腹から胸元にまで上がってきている。
そしてついに、後もう洗い残すところは……彼女のその胸に残るのみとなった。
未央「じゃあ、失礼して……」
二つに膨らんだその丘に、泡がまとわりつき、彼女の肌色を隠していく。
しぶりんの肩が震えているのが伝わってくる。彼女もさっきは……こんな感じだったのかな。
ふと、さっきのしぶりんの真似ではないけれど、彼女の左胸に軽く手をあてがってみた。その瞬間、消え入りそうな声で「あっ……」という声が漏れる。
未央「…………」
未央「ドキドキ……してるね」
凛「やめてよ、恥ずかしい……」
未央「しぶりんだってしてたじゃん。そのお返しだよ」
凛「うわ、自分の心臓の音聞かれるのって、結構恥ずかしい……うぅ」
未央「……なんかかわいいね、しぶりん」
凛「……何言ってるの、もう……いいから早く流してよ」
未央「はいはい、わかりましたよー」
自分が洗う側になって少し落ち着いたからか、少しは喋る余裕が出てきたのかもしれない。
私は少しだけいつもの通りの感じになって、しぶりんを軽くからかうような素振りも見せてみた。
しぶりんの体を包み込む泡をシャワーで全て流しきってしまうと、彼女は一言「……ありがとう」と言って、立ち上がった。
さて、この後は……しぶりんは髪を洗うだろうし、私はしばらく浴槽に浸かっていようかな……と思い、浴槽の方に移動しようとした、その瞬間だった。
凛「………」
濡れた髪を体に張り付かせたしぶりんが、私の方に振り返り、二歩だけ近づき歩み寄ってきた。
未央「し、しぶりん?」
凛「……未央」
もう一歩。更に私の股の間にその長い脚を滑り込ませるように。
胸と胸がくっつかんばかりの距離に彼女は近づいて、こう言った。
凛「……キス、しよ?」
未央「ふえ!?」
凛「……いいでしょ? ね」
急な展開に、私の脳みそはついていかない。
既に私たちの距離は、唇と唇が15㎝も離れていないほどに近づいている。
彼女の甘い匂いと、濡れた長い睫毛。近づいた距離。
いつの間にか私は、浴室の端の方に追い詰められていたようだった。壁のひんやりとした感触が、私がもうこれ以上後ろに逃げられないことを教えてくれている。
未央「そ、そんな急に………あっ」
そんな事を言っている間に、しぶりんの唇は5㎝ほど近くの距離にまで近づいていた。
彼女の吐息が、直にかかる距離。
――今は二人とも裸で、お風呂場で……もう、今日だけでキスは2回もしてて。
そのうえ……これからまたキスなんて、どうしたら……。
そんな私のショート寸前の思考回路をよそに、しぶりんと私の唇の距離は、とうとう1㎝を切っていた。
↓2
1.普通のキス
2.ディープキス
未央「……!」
ちゅっ
――と、二つの唇が触れ合った。
またしぶりんの方からキスされたけど、もう3回目ともなれば、キスすること自体には慣れてきた。いや、それでも全然ドキドキするんだけど。
本来私よりも4㎝身長の高いしぶりんが、壁際に追い詰められた私を――それはあたかも最初に私がしぶりんにやった壁ドンであるかのように、私の唇を奪う。
思わず目を閉じてしまったが、きっと今眼前には彼女の顔が間近にあるんだろうと想像すると……。それだけで心臓のドキドキが一気に跳ね上がる。
未央「……?」
あれ? でもなんか、今回のキスはいつもとは、ちょっとちが……
そこまで考えたところで、私の脳みそは更に沸騰することになる。
――ぬろん
未央「……!?!?!?」
突然、熱く、ぬめったものが私の口の中に入り込んできた。
少しざらざらしていて、弾力があって、濡れていて……あれ? なんだろう。今までのキスでこんなことってあったっけ?
パンクしそうな頭は普段の私よりも思考能力が数段低下しているらしく、それがしぶりんの舌だと気づいたのは、その感触を味わってから5秒ほど経ってからのことだった。
未央「ん……んぅぅーっ……!」
キスに溺れるような感覚を、口から通って全身で味わう。
いつしかしぶりんの両手は私の頬を両側からがっちりと抑え、逃げられないようになっていた。
凛「ん……んちゅ……っ、はぁ、あむっ……」
未央「んーっ、んー……っ……んっ、ぷはっ、んぁっ……!」
彼女の熱い舌が、私の口内にどんどん侵入してくる。
私の舌を見つけると、そっと舌の先同士が触れ合い、その周りをなぞるようにしぶりんは舌を動かしてくる。
尋常じゃないこの状況下で、彼女の舌が私の舌に触れるたびに、声にならない声が漏れだしてしまう。
未央「あっ、あぅっ………んんっ……!」
自分でも膝の力が段々抜けていくのが分かっていた。
彼女に自分の体の中のエネルギーを、すべて吸い取られていくかのような感覚――。
しぶりんの唾液が私の唾液と混じりあって、舌はなにか別な生き物であるかのように私の口内を動き回る。
お風呂の熱にあてられて、だんだん私の頭は、湯気がかかったようにのぼせていった。
凛「未央……未央? 大丈夫……?」
未央「……らい……じょう、ぶ……」
気が付くと、私は風呂場の壁際にへたりこんでいた。しぶりんが心配そうに私を見つめているのが、辛うじて視界に認識できた。
凛「ごめん……つい、やりすぎちゃって」
凛「二人でお風呂入ってたら、なんか、我慢できなくなっちゃって、つい……」
ぼーっとした眼差しで、彼女の丁度脚あたりを見つめていた。
口の中にまだ残っている彼女の唾液の味が、この世界が夢ではないことを強調しているようだった。
凛「えっと……そろそろあがろっか。立てる?」
未央「んん……大丈夫だけど、腰、抜けちゃった……かも」
未央「(さっきのキス……ちょっとすごすぎた……)」
それからしぶりんはやりすぎてしまったことを少し反省してか、私に肩を貸してくれて、体を拭くのも手伝ってくれた。
ちょっとご飯食べてきます。
うわーお風呂場パート長かった。でも楽しかった。
再開します
未央「……」ポケーッ
凛「……ほんとに大丈夫? 未央」
未央「……うん、もう結構大丈夫……」
凛「よかった、お風呂場で倒れられた時は、流石にやりすぎたかなって思ったよ」
未央「はは……」
乾いた笑いがリビングに響く。
今日は……全体的にデートも含めて、私の方がリードする立場にあったから、急にしぶりんの方からあんな……あんな、ドラマや漫画でしか見ないようなことされたのは、かなり面食らってしまった。
さっきのあれはもう……明らかに、友達同士ではしないようなキスだ。それは、流石に私でも理解できる。
私たちは今恋人同士になっている、という事実を、しぶりんから図らずもつきつけられたような気分だ。
未央「(なんか……疲れを取るためにお風呂に入ったはずなのに、入る前よりどっと疲れたよ……)」
未央「(時間は……夜10時か。まだ少し寝るのは早いかな?)」
未央「(何をしよう)」
↓2
未央「とりあえず……私の部屋に行こうか? いつまでもリビングじゃ落ち着かないだろうし」
凛「そうだね……それじゃあお邪魔しようかな」
しぶりんを連れて、私の部屋に行く。
NGのみんなで行ったこともあるけれど、この状況でしぶりんを私の部屋に連れていくというのは、当時とはその意味合いが全く違う。
凛「……なんか、久しぶりかも。未央の部屋」
未央「そう? そういえばNGでお泊り会やったのって、結構前だったかな……」
クッションを一つとって床に置くと、しぶりんはその上にぽすんと座った。
お風呂上がりだからか顔が軽く上気していて、なんだかちょっと妖艶にも映る。
凛「……さっきはごめんね、急に……あんなこと」
未央「もう、だから大丈夫だって。そりゃあちょっとびっくりしたけど……もう平気だよ」
凛「でも……お風呂場で座り込んじゃうくらいだったし……」
未央「それあんまり言われると、むしろ私が情けないんですけど……」
そんな会話をしていると、ベッドの端に腰かけていた私の方にしぶりんが向き直ってきた。
凛「……マッサージしてあげる」
未央「……え?」
なんだ、今度はどうしたんだ。
凛「その……とにかく私のせいで、未央に変な負担かけちゃったし……。せめてマッサージでもしてあげたいなって」
髪をくるくると指先で回しながら、そうつぶやくしぶりん。
た、たしかにさっきのアレでむしろお風呂入る前より疲れちゃったし、普通にマッサージはしてもらいたさはあるけど……。
未央「だ、だーいじょうぶだって、本当にもう気にしないで! しぶりんって結構気に病むタイプだったんだねぇ」
さっきあんなことがあったこの状況でマッサージなんてされたら、それこそ私の心臓が張り裂けて死ぬかもしれない。
そう思った私は、とっさにやんわりと彼女の申し出を断った。
凛「…………」
明らかに、不満そうな顔を浮かべるしぶりん。
十秒ほどお互いの間に無言の時間が流れたあと、しぶりんは急にクッションから立ち上がった。
未央「えっと……しぶりん?」
次に気が付いた時は、両肩に感じる圧力とともに、さっきと同じように――眼前に、しぶりんの顔が差し迫っていた。
凛「――したいの」
凛「私が未央に、マッサージしたいの。……いいでしょ?」
私がしぶりんに両肩を掴まれて、ベッドに押し倒されていると知ったのは、彼女の髪が私の鼻先をくすぐってからだった。
未央「え、ええと、しぶりん……」
凛「ほら、早くちゃんとベッドに寝転んで……うつ伏せで」
未央「え、え」
凛「もう……よいしょ」
私があたふたしている間に、しぶりんは私の体をひっくり返し、うつ伏せにしてしまった。
凛「じゃあ……始めるね」
ぐっ……と、しぶりんの両手親指の指圧が、肩甲骨の隙間に入り込む。
突然の刺激と、確かなマッサージの気持ちよさに、「ひぅっ」と思わず声をあげてしまった。
未央「うわ……うぅ……」
声をあげてしまったことが恥ずかしいやら情けないやらで、本日何度目か知らないが、加速度的に私の心拍数は上昇する。
しぶりんは私のツボを的確に心得ているかのように、ぐっ、ぐっと指圧を続けてくる。
凛「このへんかな……うわ、結構凝ってるね。ダンスのトレーニング、自主練頑張ってたもんね……」
未央「え、なんで知って……」
凛「……ずっと見てた。未央の事……。だから、未央がダンスの練習すっごく頑張ってたのも知ってる」
凛「でも……無理はだめだよ。体壊しちゃったら元も子もないんだから」
未央「……うん」
そっか。しぶりんは私の事を、ずっと見ていてくれたんだ。
このマッサージも……まぁ、さっきの罪滅ぼしっていうのもほんのちょっとあるのかもしれないけれど、純粋に私の体を気遣ってくれてるからだったんだね。
そのこと自体は、友達として素直に嬉しかった。
……ちゅ
未央「……んひっ!」
首筋に彼女の暖かい唇の感触を感じるまでは。
未央「え、えっと、しぶりん……」
凛「ごめん、やっぱり……こうして体に触れちゃってると、我慢できなくなりそう」
未央「えええ、それじゃあさっきと同じじゃん!」
凛「いや、流石にもうあそこまではしないから……。軽く、ちゅってするだけ……」
未央「そ、それならまぁ……」
何だか変に流されていくような気がしながらうつ伏せでいると、しぶりんは私の首筋や耳たぶに何度もついばむようなキスをしてくる。
こちらとしてはそれがむずがゆくて変な気分になるけど、けれど決して、嫌な気持ちは全くしなかった。
未央「(しぶりん、なんか今日一日ですごく積極的になったような……あれ? いつの間にか私がペース握られちゃってる……?)」
そんな事を考えていると、彼女の這うような熱い舌が、私の首筋を舐め上げてきた。
未央「……あっ……っ」
凛「……未央、大丈夫? 嫌じゃ、ない?」
未央「え?」
凛「いや、今更だけどやっぱり、嫌だったら今日はもうやめるよ……さっきもやりすぎちゃったし」
そう聞かれて、私は――。
嫌じゃない。それは本当だ。
今日のデートで最初にキスした時も、正直急だったから戸惑いはしたけど、決して……不快な気分になんてならなかった。
それは、しぶりんとは元から友達だったんだから、キスしても嫌じゃない……のかもしれないけど。
本当に、嫌じゃないだけ……なのかな、私は。
あんなに――可愛いしぶりんに、こんなに好意を抱かれて。……キス、されて。
未央「……ううん。嬉しい」
何故かそう、口走っていた。
凛「ほんと? よかった……」
私の言葉に安心したのか、しぶりんは今度は私の髪にキスしてきた。私の体にならどこにでもキスしたがるような、まるで犬みたいになっている。
未央「(……うん、全然嫌じゃない。それどころか……なんでこんなに、心があったかくなるんだろう)」
私の首筋や、耳たぶや、髪にまでキスしてくる彼女が何だか無性に愛らしくなって、思わず笑ってしまった。
凛「……? どうしたの?」
未央「ううん。ただ、何だかしぶりん犬みたいだなって」
凛「な、何それ……」
そこまで言って戸惑っているしぶりんの動きが止まった。それに合わせて、私も上体を起こす。
凛「……どうしたの?」
……あらためて、しぶりんと向き合ってみる。
お風呂上がりの肌はすべすべで、輝く瞳は宝石みたいだ。まだ少し濡れた髪が、私を惑わせる。
凛「……?」
未央「しぶりんってさ……美人さんだよね」
凛「え、何よ急に……」
照れたように俯くしぶりん。そんな彼女の頭をぽんぽんと撫でて、少し近づく。
未央「(まだ……よく分からないけれど)」
わたし。
未央「ねぇ、私もしぶりんにキスしてみてもいい?」
しぶりんのこと、友達以上に、好きになりかけてる――のかもしれない。
卯月「あっ、おはようございます!」
凛「卯月、おはよう」
未央「おーっすしまむー、今日も元気にがんばろー!」
次の日の午後。今日は一度346プロに来てから仕事が始まるので、しぶりんと一緒に昼過ぎくらいに都心に出てきた。
先に来ていたしまむーと挨拶を交わすと、さっそく今日の予定を確認する。
未央「今日の現場は私たちみんな別々だよね。じゃあ、みんな頑張ってね!」
卯月「はい! 凛ちゃんも未央ちゃんも、頑張ってきてください!」
凛「それじゃあ……私はこっちだから」
つないでいた手を、名残惜しそうにしぶりんが放す。
……もう、今朝からずっと家を出てから繋いでるっていうのに。
卯月「なんだか最近二人は仲良しさんですね!」
未央「お、そうかい? そう見える?」
そんな話をしていると、そろそろ私の出発時間がやってくる。さて、気持ちを切り替えて、今日も一日仕事を頑張らなくっちゃ。
加蓮「で、結局どうなったの? 凛とは」
その日の仕事が終わった時、LINEに加蓮からメッセージが届いていたことに気付いた。
未央「それが……話すと長くなりまして……」
加蓮「昼間はどうもいい感じになってたみたいだけど、それから先はどうなったの?」
未央「へ? 加蓮なんで知ってるの?」
加蓮「気になって後をつけてたのよ……。万が一修羅場になるようなら私がフォローしようと思ってついていってたけど、私が見てた分には取り越し苦労だったみたいね」
未央「すごいね加蓮……将来探偵アイドルになれるかもよ」
加蓮「それキャラ被っちゃってるから……。そうじゃなくて、だから昨日はどうだったの? ちゃんとあの後も凛とデートできた?」
未央「えーと……あの後は、恋愛映画を一緒に見てたらしぶりんに急にキスされて……」
加蓮「あぁ、やっぱりあの映画凛見たがってたもんね……って、え、凛からキス!?」
未央「そのあとはしぶりんと一緒に私の家に行って……」
加蓮「……初デート一回目で家に連れ込むってすごいことするわね。え、逆にどんなことしてたのか気になってきたんだけど」
未央「い、いやあれはしぶりんから……で、そのあとはなんか適当にテレビ見てたりして……」
加蓮「あ、そこは普通なのね。よかった」
未央「で、その後一緒にお風呂に入って……」
加蓮「お、お風呂!?」
未央「い、いや、しぶりんが一緒に入ろうって言うから……」
加蓮「な、なんかどんどん私が手に負える範囲の話を超えてきてる気がするけど……いいわ、続けて?」
未央「で、そのあとに一緒に体を洗いっこして……」
加蓮「…………」
未央「そしたら急にしぶりんに壁に追い詰められてディープキスされて……」
加蓮「えっと、あれ? なんか私から聞いてた筈なのに、なんだろう。この今すぐ話を切り上げたい感じ」
未央「そしたらしぶりんが私の体拭くの手伝ってくれて、パジャマも着させてくれて……で、そのあとはマッサージしてもらった」
加蓮「あぁ、ようやく私が聞けるレベルの話になってきた。……それで?」
未央「で、その……マッサージされてたら、しぶりんが我慢できなくなっちゃったらしくて、私の首筋とかにキスしだして……」
加蓮「おーっと、まーた私の出る幕が無くなってきた」
未央「で、そしたらしぶりんに嫌じゃない? って聞かれたから……私、本当はどうなんだろうって考えてたら……。嫌どころか嬉しいって事に気付いて……」
加蓮「ごめん、もうその辺で終わりにしてもらってもいい?」
未央「だから私も自分の気持ちを確かめたくなって……ためしに自分の意思でしぶりんにキスしてみたら何か分かるかなって思ったんだ」
加蓮「あのさ、私の想像が正しければこれってさ……」
未央「そしたらね、なんだか気持ちがふわって暖かくなって……ずっとこうしていたいなって思ったんだ。あんな気持ちになるの、生まれて初めてで……」
加蓮「あ、やっぱりこれひょっとしてただの惚気? 私もういなくてもいい?」
未央「お風呂場でしぶりんにされたように私も……舌使ったキスしてみたんだ。そしたらしぶりんが応えてくれたことがすっごく嬉しくて、胸がいっぱいになって……」
加蓮「ねぇこっちの話も聞いてよ!」
未央「とにかくしぶりんが可愛くて……なんだか頭も胸もいっぱいになっちゃって。私……しぶりんのこと好きになっちゃったのかもしれないって気づいたの」
加蓮「あれ、これひょっとして相手の気が済むまで聞かされ続けるパターン?」
未央「そして、初めて嘘じゃなくって、自分の意思でしぶりんに好きって伝えたんだ。そしたらなんか……こう、いい感じの雰囲気で、しぶりんが私のパジャマのボタンに手をかけてくるからさ」
加蓮「いや、あの、もうそろそろその辺で……」
未央「私が……キスしながらにして? って言ったら、しぶりんがぎゅって抱きしめてくれたあと、キスしながらパジャマを脱がせてくれて。それで、しぶりんも脱がせて欲しそうにしてたから、同じように私もキスしながら脱がせてあげて……」
加蓮「もうやだよ! なんで友達の情事をこんなに延々と聞かされ続けなきゃいけないの! 地獄か!」
未央「二人でまた裸になったから……部屋の電気消して、そしたらしぶりんが体中にキスしてくるから、もう幸せが最高になって……私も我慢できなくて、いっぱいしぶりんにキスして」
加蓮「心を殺したい」
未央「もう一回改めて「好きだよ、しぶりん」って言ったらしぶりんも笑って「私も……もちろん好きだよ、未央」って言ってくれて、今まで味わったことがないくらい幸せになって……。その時初めて本当に、「あ、私しぶりんのこと、好きになっちゃったんだ」って気が付いて……」
加蓮「空が蒼いなぁ」
未央「その日はそのまま寝ちゃってね……。あ、そう言えば私の首筋とか体中にしぶりんのキスマークがついちゃっててさ。今日がグラビアの仕事じゃなくて助かったよ。そうだ……それで加蓮に改めて相談なんだけどさ」
未央「しぶりんに今よりもっと好きになってもらうには、どうしたらいいのかな?」
数分後、私のLINEの画面には、「もう知るか!!!」というメッセージと、爆弾が爆発しているスタンプが送られてきた。
おしまい
初SSでしたが、付き合って頂いてありがとうございました。
まさか一人目がここまで長くなるとは思わなかった。
別次元で2人目書くかどうかはまだ決めてません。
書くときはこのスレに続けて投下することになると思うのでその時はまた見て頂けると嬉しいです。
1です。昨日の今日ですが第二部書いていきます。
二部以降はちゃんみお主人公ではなく、主人公と告白対象は安価で決定したいと思います。
申し訳ありませんがモバマスはやっていないため、アニメかデレステに登場済みの子だと助かります。
主人公 ↓3
奈緒「↓3に告白する!」
百合展開になるとは限らんのだろうか安価下
>>223
キャラ選択と安価次第では必ずしも百合ルートに入るとは限らないと思います。
よく磨かれたフローリングの床に、トレーニングシューズの靴底の音がキュッキュッと小気味良い音を立てる。
壁一面に広がる大きな鏡にダイナミックなダンス姿で映るのは、私のユニットメンバーでもあり親友の加蓮だ。相変わらずキレのあるダンスだけど、その表情はここ最近どうも浮かばない事が多い。
…………
一通り練習メニューを終わらせた加蓮は、首に下げたタオルで汗を拭きながら私の隣にやってきて、ぽすんと座った。
加蓮「――それでさ、昨日も二人から延々LINEで惚気を聞かされまくっちゃって、参ったよ……。幸せ絶頂なのは分かるけどさ」
奈緒「ふーん、まさか凛と未央ちゃんがね……。それじゃああたしは話にかかわってなくて良かったのかもな」
加蓮「今にして思えばあの日偶然二人を見ちゃったのは後悔でしかないよ……。いやまぁ、あれだけ毎日幸せそうな凜が見られるってのは、別に悪いことじゃないんだけどさ」
はぁ、と深く息をつく。加蓮が手に持つスマホは……やっぱり凛か未央ちゃんからだろうか、またしてもLINEの通知が来たことを知らせるバイブレーションが鳴った。
奈緒「まぁ、あたしはとりあえず凛が悲しむような結果にならなくてよかったと思うよ。加蓮から話を聞いてる限りはさ」
よっ、と立ち上がると、そろそろ帰りの準備を始める。今日はトレーニングだけの日だったので、これからは家に帰るだけだ。
奈緒「それじゃあ加蓮、あたしは今日はこれで……」
加蓮「うん、分かった。私はまだあと少し用事があるから……じゃあね」
軽く手を振って加蓮と別れる。
さて、一応これから予定は特になにもないけど……。なんだか素直に家に帰るのももったいないような気分だ。
どこかに少し寄り道していこうか。
奈緒「どこに行こうかな?」
↓2
奈緒「そうだ、せっかくだからシンデレラプロジェクトの部屋に行ってみようかな?」
奈緒「ひょっとしたら凛と未央ちゃんもまだいるかもしれないし……。加蓮は二人の惚気を聞かされるのにうんざりしてたけど」
奈緒「やっぱり私もユニットメンバーの恋愛事情はそれなりに……ちょ、ちょっとだけ興味あるし」
そんなことを小声でぶつぶつ呟きながら、同じ346プロ社内を歩き回る。
奈緒「お、ついたついた。確かここだったよな……」
奈緒「失礼しまーす。凜、いる?」
重厚なドアを開けて、少し中を覗く。きょろきょろと一回り見渡してみると、室内は……あれ、2人しかいなかった。
かな子「あ、奈緒ちゃん! いらっしゃい! 手作りシュークリームがあるんだけど食べる?」
智恵理「あ、こ……こんにちは……」
部屋の中央の大きなテーブルに座っていたのは、キャンディアイランドでお馴染みのふんわりした雰囲気の子たちだ。その内の一人には視線が会ってまだ2秒も経っていないのに、もう手作りのお菓子を勧められてしまっているけど……。
奈緒「あ、ありがとう。えーっと……もう凛は帰っちゃったのかな?」
かな子「あ、凜ちゃんに用事があったの? 確か一時間くらい前に未央ちゃんと帰ったはずだよ? すっごく仲良さそうに手を繋いで」
奈緒「あちゃー、もう帰っちゃってたか……」
別に彼女たちに会うためだけに来たって訳でもないけれど、そうなると当面の目標を見失ってしまう。というか、本当に仲良いみたいだな……。
かな子「それじゃあ折角だし、ゆっくりしていくといいよ」
そう言ってかな子ちゃんは可愛らしい箱に入ったシュークリームを差し出してくる。
……うん、すっごく美味しそう。一個くらいなら……お腹も大丈夫だよね。
奈緒「それじゃあ頂きます。……ん、おいひい」
じわっと口の中に広がる甘味は、彼女のふんわりとした可愛らしさがぎゅっと詰まっているかのようだった。
それにしても、手作りお菓子か……。いいなぁ、私もこんな風に女の子っぽい趣味の一つでもあれば……。
――って、そんなのあたしのキャラに似合わないよな。変に可愛い真似してても加蓮にいじられちゃうよ。
すると、視界の端でおずおずとした雰囲気の、もう一人の女の子が目に入ってきた。
確か……緒方智恵理ちゃん。直接話した事はなかった筈だけど、凛のいるシンデレラプロジェクトの繋がりで雑誌に載ってる姿は何度か見たことがある。
智恵理「…………」
初対面同然の私に緊張しているのか、手に持ったシュークリームをに視線を落したまま、こっちを見ようとはしない。
……なんだか彼女も、私とは正反対の「かわいい女の子」といった感じの雰囲気だ。
かな子「あ……そうだ、奈緒ちゃん。私たちこれから↓3に行こうと思ってたんだけど、よかったら一緒にどうかな?」
奈緒「ファンシーショップ?」
かな子「うん、最近出来たばっかりのところみたいでね? 色々可愛い小物とかが売ってるらしいんだけど……。今日これから智恵理ちゃんと行こうって約束してたんだ」
ふぁ、ファンシーショップか……。うーん、自分じゃあんまり行ったことないところだなぁ。
それに、私に似合うものが売ってるようにも思えないけれど……
奈緒「(……だけど、元々は適当に寄り道していくつもりだったからな。たまには普段馴染みのない人たちと、そういうところに行ってみるのも悪くないかも)」
奈緒「……うん、じゃあせっかくだから私も一緒に行こうかな」
奈緒「――あ、そうだ。……智恵理ちゃん?」
智恵理「……!」
急に彼女の方を向いて話しかけると、その細く小さな肩がぴくんと跳ねた。
奈緒「智恵理ちゃんもいいかな? 私も一緒に着いて行って……」
智恵理「え、あ、はい。大丈夫……です」
相変わらず手元に視線を落したまま、つっかえつっかえ口を開く。
……うーん、彼女って結構な人見知りなのかな? まだちょっと緊張してるみたいだ。
杏「そういうことなら杏はパスねー……」
奈緒「おわっ!」
急に後ろから声が聞こえてびっくりしたので振り返ると、大きなウサギ型のクッションに同じキャンディアイランドの杏ちゃんが埋もれていた。
体が小さいのと、さっきからまったく動かなかったのもあって、全然気づいてなかった……!
かな子「えぇー、杏ちゃんはまたお休みかぁ」
かな子「それじゃあ、早速三人で行こっか!」
そういうわけで、うつ伏せで突っ伏したまま微動だにしない杏ちゃんを一人プロジェクトルームに残し、私たち三人は部屋を後にした。
名前智絵里だから面倒じゃなければ直したげて
ニ十分ほど歩くと、目的地に到着する。
確かに最近新しく出来たばっかりなのもあって、店構えはぴかぴか。いかにも可愛らしいキュートな女の子が好みそうな小物などが所狭しと並べられている。
奈緒「(うわぁ……こりゃすごい)」
そのあまりの「女の子らしさ」に軽く圧倒されていると、隣のかな子ちゃんは嬉しそうに店内に歩を進める。
かな子「わぁ……かわいいものがいっぱい! 智絵里ちゃんも奈緒ちゃんも、早くおいでよー!」
智絵里「う、うん……」
少し遅れるように私と智絵里ちゃんが店内に入る。
アクセサリーやシール、ファッション用の小物など、どれも魅力的ではあるけど……残念ながら、あの中の一つでも私が着けて似合いそうなものはないように感じる。
奈緒「……?」
ふと気が付くと、隣の智絵里ちゃんはあるグッズの前で釘付けになっているようだった。
奈緒「(何だろ……四つ葉のクローバー……の、ストラップ?)」
後ろから覗き込むように見てみると、多分バッグみたいなものに付けるタイプのものだろう。小さなストラップが彼女の手に握られていた。
>>244 ごめんなさい、間違えてました。
奈緒「かわいいね、それ」
智絵里「え……あっ、は、はい……」
声をかけると、彼女は少しびっくりしたのか、顔を赤くして俯いてしまった。
智絵里「好きだから……四つ葉のクローバー」
――だけど、手に持ったそれを愛おしそうに眺める彼女の表情は、本当に心の底からそれが好きなんだろう、と、今日初めてまともに言葉を交わした私でも分かるほどの説得力があった。
特に他に見たいものも無かったので、何となく彼女の傍で、私も同じ商品を手に取ってみる。
奈緒「(智恵理ちゃんは……こういうのが好きなんだ)」
特に考えることのない頭で、そんな事をぼーっと考えていた。
……ぴりりり、ぴりりり……
奈緒「?」
ふと、携帯の着信音だろうか。そんなに遠くない店内から電子音が聞こえてくる。
私の……じゃないよね。私のスマホの着信音は「幽体離脱フルボッコちゃん」アニメ2期のOPテーマに設定してあるから違うはずだ。
誰のだろう? と考えていると、いつの間にかかな子ちゃんが店の外に出て、困ったような顔で通話していた。
しばらくすると彼女はこっちに駆け寄ってきて、私たちに申し訳なさそうな表情で告げる。
かな子「ごめんなさい……さっき私に急なお仕事の予定変更が入っちゃって、これからプロデューサーさんと打ち合わせに……」
奈緒「えっ?」
かな子「本当にごめんなさい、私から誘っておいて……」
奈緒「あ、大丈夫大丈夫。仕事なら仕方ないよ。ほら、こっちは心配ないから早く行きなって」
私がそう言うと、かな子ちゃんは何度も申し訳なさそうな仕草をしながら視界から消えていった。
奈緒「(……えーっと、あれ? でもそうなると……)」
智絵里「…………」
しまった。大して打ち解けられてもいない智恵理ちゃんと二人っきりになっちゃった。
うう、実は私もそんなに人とすぐ打ち解けられるタイプじゃないんだけどなぁ……。
奈緒「(これからどうしよう……)」
↓3
奈緒「え、えぇと……」
智絵里「…………」
見ると、智恵理ちゃんもどうにも気まずそうだ。
だ、だけど……だめだ、これ以降のプランが全く思い浮かばない! とりあえず喫茶店にでも一緒に行ってお話でもするか……?
奈緒「ど、どうしようか」
智絵里「…………あ……あの……」
奈緒「え、なに?」
智絵里「! あ、ご、ごめんなさい、やっぱりなんでも……」
奈緒「そ、そっか」
どうも彼女はだいぶ緊張しているようで、何か言いかけては押し黙る、という事を数回繰り返した後、うなだれるように声を漏らした。
智絵里「……じゃあ、その……また、明日……」
奈緒「えっ!?」
奈緒「(こ、このまま帰っちゃうの? そんなに私といるのが緊張しちゃったのかな……)」
私が言葉を発するよりも先に、智絵里ちゃんは表情を少し手で隠したまま、さささ、と足早に店を去ってしまった。
……うーん、どうも彼女にはそんなによく思われてないみたいだなぁ……。
まぁ、でもそれなら仕方ない。私も用事が無くなったことだし、今度こそ帰ろうかな。
*
智絵里「はぁ、はぁ……」
どうしよう、まだ、心臓がどきどきする。
智絵里「うぅ、私のばかばかばか……どうしてあそこで、喫茶店にでも誘えなかったんだろう……」
自分の勇気のなさにほとほと嫌気がさす。せっかく……せっかく奈緒さんと一緒に、買い物ができていたのに。
智絵里「……もっと一緒に、いたかったのに。……ひょっとしたら、印象悪くなっちゃったかな……」
雑誌でしか見たことのなかった憧れの人が数十メートル後ろにまだいるのに。
振り返ってもう一度近づく勇気は、私には、なかった。
次の日。私は相変わらず表情をどんよりさせた加蓮の相手を適当にしながら、今日もトレーニングルームにいた。
昨日は……結局なんだかすべてがうやむやのまま終わってしまった気がする。変な空気にさせちゃってごめんって、後で智絵里ちゃんに謝っておくべきかなぁ……。
そんなぼうっとした心持ちで窓の外を見下ろしていると、ふと、346プロの敷地内にある芝生に見知った人影が見えた。
奈緒「(……あれ? 智恵理ちゃん?)」
見たところ彼女は一人なようで、芝生の上でしゃがみながら何かをせっせと見つけようとしているようだった。
奈緒「(どうしたんだろう……ひょっとして何か落とし物かな? ……もしかしてコンタクトとか?)」
もし本当に何かを落して探しているのだとしたら、手伝ってあげなくちゃ。
でも……昨日みたいにまた私が行って気まずくなっても悪いしなぁ……。
奈緒「…………」
奈緒「(いや、でも本当に困ってるのかもしれないし……)」
昨日初めて話したような子でも、流石に困っているところを放っておくわけにもいかない。
幸い休み時間はまだ十分ある。
奈緒「……ちょっと会いにいってこようかな」
時計の針が午前12時を少し過ぎたころの昼下がり、私は芝生へと足を運んだ。
奈緒ちゃんは「あたし」ですよ(小声)分かれてると地の文がどっち視点かわかっていい感じ
智絵里「……うーん、今日も見つからないなぁ……」
建物の外に出て、芝生に到着する。
彼女はまだこっちに気付いておらず、もくもくと芝生をかき分けて何かを探しているようだった。
奈緒「えーっと……智絵里ちゃーん」
智絵里「? ……っ、あ、なっ、奈緒さん……!」
急に後ろから声をかけられてびっくりしたのか、彼女は急にこっちを振り返って立ち上がる。
ミントの色をしたふわふわのワンピースが風に煽られてそよぐ様は、彼女の儚げな雰囲気をより一層際立たせていた。
奈緒「どうしたの? 何か探し物?」
智絵里「え、あ、えっと……はい、探し物をしてて……」
奈緒「やっぱりそうだったんだ。大変だね、私にも手伝わせてよ」
智絵里「え……奈緒さんも、一緒に……?」
奈緒「うん。……あ、もちろん迷惑じゃなければ、なんだけどさ」
智絵里「……えぁ、あぅ………」
彼女はもじもじと指を絡めて少し逡巡した様子だったが、やがて意を決したようにこちらを見ると、恐る恐るといったように口を開いた。
智絵里「それじゃあ……奈緒さんも一緒に探しましょう。……四つ葉の、クローバー」
奈緒「うん、任せてよ。……って、く、クローバー?」
>>256 ナチュラルに私になってました。重ね重ね申し訳ない。
智絵里「その……好き、だから……」
奈緒「そ、そっかそっか、クローバーね……」
どうやら彼女の探し物は、落とし物の類ではなかったらしい。
安心すると同時に、少し気が抜けてしまう。
奈緒「ほんとに好きなんだね、四つ葉のクローバー」
智絵里「は、はい! 私、小さいころからこればっかり見てきてて……。趣味って呼べるのも、これくらいしかなくて」
愛おしそうな表情を浮かべる智絵里ちゃんは、元来持つゆるやかな雰囲気がその柔らかい表情から零れて溢れるようで、見ている者を思わず落ち着かせるような力を持っている。
……あたしには絶対に持てないだろうその雰囲気は、いつまでも見ていたくなるほどかわいらしいものだった。
奈緒「……よし、じゃあいっちょ童心に帰ってクローバー探し、頑張るかな! こんなの小学校の時にクラスの男子とやったっきりだなー」
その場にしゃがんで、じっくりとあたりを見渡す。
……うーん三つ葉のものなら結構見るけど、四つ葉となるとやっぱり簡単には見つからないな……。
がさがさと軽く草をかき分けてみても、お目当てのものはなかなかあたしの前には表れてはくれなかった。
奈緒「智絵里ちゃん、そっちはどんな感じ?」
智絵里「え、えーっと、こっちも見当たらないですね……」
結局そのまま15分ほど探してみたけれど、出てくるのは三つ葉のものばかりで、四枚目の葉っぱは出てこなかった。
うーん、結構大変だなぁ、これ。智絵里ちゃんはこれが趣味って言ってたけど、こりゃ相当根気がないと務まらないな……。
探している場所が悪いのかもしれない、と少ししゃがんだまま移動すると…………ん?
奈緒「(あれ? ひょっとして……)」
智絵里ちゃんの近くの芝生に、葉が四枚ついているようなクローバーが一瞬見えた。
奈緒「(やった! ひょっとして見つけちゃったかも……)」
それがあたしの見間違いでないことを祈りながら、お目当てのクローバーに手を伸ばした。
↓3
1.同じクローバーを手に取ろうとした智絵里と手が触れあう。
2.うっかりつまづいて智絵里を押し倒す。
奈緒「(よし、もうちょいで手が届く……)」
手を伸ばし、目標のクローバーを掴もうとする。
………と。
――さわっ
智絵里「…………っ!」
奈緒「あ」
伸ばした手が、智絵里ちゃんの手と、触れ合った。彼女の細い指先の感触が、ふいにあたしに伝わる。
……やっぱり、女の子らしい手してるな……なんてことを考えていると、智絵里ちゃんが急に立ち上がり、顔を真っ赤にして謝りだした。
智絵里「あ、あ……ご、ごめんなさい!」
奈緒「だ、大丈夫だよ。智絵里ちゃんも見つけたんだ、それ」
智絵里「え、あの、は、はい……これ、四つ葉のクローバー、見つけたかなって……」
あたしと彼女が手を伸ばそうとした先にあったクローバーは……ビンゴ。本物はあたしも久しぶりに見る、四つ葉のクローバーだった。
彼女はそれをおぼつかない手つきで手に取ると、やさしく根元を折り、そっと抱き上げるようにして手のひらに乗せる。
奈緒「よかったね、見つかったじゃん」
智絵里「はい、ええと、おかげさまで……」
奈緒「見つけたのあたしと同時だったでしょ。ごめんね、あんまり役に立てなくて」
智絵里「そ、そんな! 奈緒さんと一緒にクローバー探しできただけでも、すごく……。……!」
智絵里「いやえっと、何でもないです! すみません!」
ぺこぺこと彼女は頭を下げてくる。……ううん、やっぱり打ち解けられてないなぁ、あたしたち。
ちょっと偽装の夫婦見るので休憩します。
うぅん、なおちえ難しい。百合ルートに行かず友達エンドになりそうな匂いがプンプンするぜ。
智絵里「あの……もしよかったら、これ……」
奈緒「え?」
ふと見ると、目の前の智絵里ちゃんは今しがた手に入れた四つ葉のクローバーをおずおずと差し出してきた。
奈緒「いいの? あたしが貰っちゃって……」
智絵里「は、はい! あの、私はもういっぱい持ってるので……。ドライフラワーにしたりして……」
奈緒「……そっか、じゃあありがたく貰っちゃおうかな」
少し震えているような彼女の手にそっと触れ、強く触れば形が崩れてしまいそうな儚い四つ葉のクローバーを受け取る。どうしよっかな、これ……。
奈緒「そうだ、これ……栞とかに挟んだらいい感じになるかもしれないな」
智絵里「栞……ですか? ……いいですね。すごく、素敵な栞になると思います!」
奈緒「だよね。なんかちょっと……へへ、可愛い感じだし。それに丁度栞も欲しいなって思ってたところだったし」
智絵里「そうなんですか? ……あ、あの、奈緒さんって普段どんな本を……」
奈緒「ん? あぁ、あたしは大体ラノベ……」
と、そこまで言いかけて思わず口をつぐむ。
いかん。流石にここで「いやー、幽体離脱フルボッコちゃんの原作ラノベを発売日に追いかけててさー」とは、ちょっと言えない……。
奈緒「……そうだね、まぁ、小説……とか、かな。割と色々なジャンルのものを……」
……嘘は言っていない筈だ。
智絵里ちゃんはそんなあたしの苦しい言葉を、少し緊張が解けたような様子で、目を輝かせて聞いている。
智絵里「読書がお好きなんですか? ……やっぱり、すごく素敵です……」
奈緒「え、あ、いや、それほどでもないけどねー! あはは!」
奈緒「(自信を持て私! ラノベだって立派な読み物の筈だ!)」
奈緒「と、とにかく……栞にするってのはいいアイデアだと思うんだけど……。あたし栞なんて作ったことないからなぁ」
そこまで言うと、智絵里ちゃんは一瞬はっとしたような表情を浮かべ――しかしすぐに俯いた後、5秒ほど経って、やがて喉奥から声を絞り出すように口を開いた。
智絵里「あの……じゃあ、私が栞にして奈緒さんに渡しましょうか? それ……」
奈緒「え、いいの? そこまでしてもらっちゃって……」
智絵里「は、はい! だってそのクローバー、元々見つけたら奈緒さんにあげようと思ってたものだから……っ」
う、と。今しがた発した言葉を飲み込むかのように、彼女が言葉を詰まらせる。
智絵里「い、いや、ええと……その、昨日、私急に帰っちゃったりしたから、奈緒さん怒っちゃったかな……って思って」
奈緒「え? ……いやいや、全然そんな事なかったよ。むしろあたしの方こそ気が利かなくて悪かったなーって思ってたくらいで……」
智絵里「そ、そんな! 奈緒さんは全然悪くなくて……私が、意気地なしだから……」
むぅ、智絵里ちゃんはどうも罪悪感を感じるとスパイラルになっちゃうみたいだ。
別に気にしてないのに、彼女はどんどん顔色を悪くしてあわあわと俯きがちになっていく。
奈緒「……大丈夫だよ。そんなに心配しなくても」
智絵里「え? ……わっ」
そんな彼女を放っておけなくなって。自分でも無意識に彼女の頭に手をかざし、軽く撫でた。
身長はほとんど変わらないけれど、彼女のほうが身を低くしていたぶんだけ少し小さく見えてしまう。
智絵里「あ…………」
奈緒「?」
ふと気が付くと、彼女の顔が……みるみる赤くなっていっている。
あ、しまった。ただでさえ人見知りの彼女にこんなことしたら、余計緊張させちゃうか……。
智絵里「あ、あの…………」
奈緒「あ、ごめんごめん。急に撫でたりして……。なんか……智絵里ちゃんが妹みたいな感じがしちゃって」
智絵里「いえ、そうじゃなく………あの、それじゃあ栞は私が責任持って作りますから……」
智絵里ちゃんはそれだけ言うとすっと踵を返し、少し急ぐように立ち去ってしまった。
彼女の両サイドで留まった髪が、歩くたびに左右にひょこひょこと揺れる。
一つ年下の、四つ葉のクローバーを愛する彼女と一緒に過ごした昼過ぎの時間が、いつの間にか私のお腹がきゅうと鳴る時間を見えなくさせていた。
智絵里「……」
智絵里「…………」
智絵里「………………………」
智絵里「(……あぁ、緊張したぁ……ぁ)」
奈緒さんから姿が見える事を避けるように、私は思わず建物の中に逃げ込んだ。
その瞬間さっきまで浮足立っていた気分が急に現実味を帯びてきたような気がして、私の小さな胸はどくん、どくんとのど元にまで響き渡る。
智絵里「(や、やっぱり……奈緒さんってすっごく、優しい人だな……)」
初めて奈緒さんの事が気になったのは、秋の定例ライブの時、トライアドプリムスとしてステージの上で歌い、踊っていた姿を見たときでした。
蒼いライトとスモッグに照らされた3人は、絵本の中に出てくる女神さまみたいに神秘的で……。いつも見ていた凛ちゃんも、普段とは別人みたいに輝いていて。
楽屋から見ていただけの私でもその輝きは十分に伝わってきたので、きっと客席から見ていたら……と考えると、今でも身震いがします。
その中でも奈緒さんは、なんというか……すごく、きらきらしていて。
一応、アイドルである私がこう思うのも変かもしれないけれど、やっぱりアイドルって……凄いんだなって、そう思った瞬間でした。
その後も雑誌でその名前を見るたびに、「どんな人なんだろう」「あの日ステージで輝いていた人は、普段はどんな顔をしているんだろう――」
そんな私の好奇心にも似た気持ちは、彼女の姿を紙面で見るたびに少しづつ強くなっていた気がします。
智絵里「でも……うぅ、昨日はほんとにびっくりしたな……。かな子ちゃんとお話ししてたら、急に奈緒さんが来るんだもん」
智絵里「あんまり緊張してたから全然話せなかったけど……。やっぱり、一緒に遊びに行けて嬉しかったな……」
と、そこまで思ったところで、両手で包み込むようにして持っていた四つ葉のクローバーの存在にふと気が付く。
智絵里「(そうだ……私、このクローバー、栞にして奈緒さんにプレゼントするって約束しちゃってたんだ……!)」
智絵里「ど、どうしよう……なんか今から緊張してきちゃったよ……。も、もし失敗したら……!」
――と、そこまで考えて、頭の中を埋め尽くしそうだった悪い考えを、ぶんぶんと頭を左右に振って振り払う。
智絵里「(……いけないいけない。私だって、いつまでも成長しないままじゃないんだ。前に進んでいかないと、何も変わらない……)」
幸い四つ葉のクローバーのドライフラワー加工なら、ずっと小さいころから何度もやったことがある。
頑張って……私の手作りの栞を奈緒さんに渡して、使ってもらうんだ!
そう固く決心した私は、手の中のクローバーを傷つけないように。だけどはやる気持ちを必死に抑えるようにして、せかせかと廊下を歩き始めました。
>>1はモバマスはやってないとのことだけどニ○ニコ動画にあるボイス集がエピソードやセリフ集が聞けてオススメ。
アニメ・デレステ登場済みのキャラでもより深く掘り下げられてる。劇場なんかもまとめサイトにあるしね
それから1週間ほど経った日の事。
奈緒「智絵里ちゃんと輝子ちゃんとで……一日限定ユニット、ですか?」
新しい仕事の打ち合わせがあると聞いて話を聞いてみれば、飛び出したのはそんな突拍子もない話だった。
曰く、今度開かれるミニステージであたし達三人で臨時のユニットを組もう、といった話になったらしく、もう既に企画も進行中らしい。
ついては二日後にメンバーを集めて打ち合わせを行うらしく、急に入ってきた仕事に私としては戸惑うばかりだった。
幸いステージといっても歌やダンスというよりはトークが主ではあるらしいので、そこまで気負うことはない、とのことだったけど。
奈緒「なんかまた急な話だなぁ……。智絵里ちゃんはともかく、輝子ちゃんとは特に話した事もないし……」
この業界、いろいろと偉い人には考えることがあるんだろう。そんなことまであたしには分からないけれど。
奈緒「でも……智絵里ちゃんと一緒に仕事するってのは結構楽しそうかもな。ふふ」
そんな期待と不安とか入り混じったような気持ちが私の胸を満たす中、二日という時間は、身構えていると結構あっという間に過ぎ去ってしまうものだった。
*
智絵里「えっと……緒方智絵里、です……。よ、よろしくお願いします!」
奈緒「神谷奈緒です。輝子ちゃんとは初めまして……かな? よろしくな」
輝子「フヒ……星輝子……です……。あ、こっちは今日連れてきた友達のシイタケくんと、こっちがエリンギくん……。ほら、挨拶して……」
輝子ちゃんは何故かキノコが生えた植木鉢を膝に抱えて、嬉しそうにはにかんでいる。……な、なかなか個性的な子みたいだ。
奈緒「えっと……じゃあとりあえず、トークは色々イベントを挟みながら二時間くらいやるみたいだから、まずは段取りとかからやっちゃおっか……」
こうして私たち3人は、五日後に控えたミニイベントに向けて、それぞれの進行を確認する作業に入った。
>>278 ありがとうございます。時間がある時にでも聞いてみようと思います。
うまくキャラが掴めなくて苦労する事も多いので。
とりあえず今日はもう寝ます。付き合って頂いた方、ありがとうございました。
多分なおちえ編は明日(というか今日)中には終わると思います。
三部は書ききれなかったみおりん編の後日談を書くか、また新しく安価で決めるか悩み中です。
というか登場人物が恋愛関係にないと地の文が全然書けないことに気付いた。
やはり俺には百合しかないのか……。
おつおつ
質問なんだが、安価で未央や奈緒をもう一度出すのはありなのかい?
>>286
大丈夫ですよ。ただ話の都合上どうしても矛盾が生まれるような場合はパラレルワールドでの話扱いになるかもです。
展開考えてたら一日遅れたけど、再開していきます。
とは言え、あたしたちがやることと言えばあらかじめテーマが決められているトークなので、そこまで大掛かりな打ち合わせは必要なかった。
他のスタッフさんに説明されることをメモしながら全体的な段取りを確認して、後はそれぞれまた別の予定に向けて解散、といった感じだ。
ただ、私の隣で話を聞いていた智絵里ちゃんに関してはずっと落ち着かない様子で、たまにその小さな肩を震わせてはため息をついていた。
奈緒「……急にあたしたちでユニット組むって言われても、緊張するよね」
智絵里「え……、あ、そうですね。私おっちょこちょいだから……みんなに迷惑かけちゃうかもしれなくて、緊張します……」
奈緒「大丈夫だよ。何かあったらあたしも輝子ちゃんもいるし……。当日は絶対成功させようね!」
打ち合わせが終わった後、会議室を出た後も何となく二人で歩みを揃える。
あたしの普段歩くスピードと比べると少しゆっくりめな智絵里ちゃんの歩みに合わせながら、あたしは心の中で強く決心した。
奈緒「(うまくいけば智絵里ちゃんと少しは打ち解けられるかもしれないし……)」
奈緒「(そうだ。今度のイベントは、絶対に成功させなきゃ――)」
窓から洩れこむ夕暮れの光が、智絵里ちゃんの顔をまぶしく照らしていたのがやけに印象的だった。
――時間が流れるなんてあっという間なもので、とうとう例のイベントの日がやってきた。
私たちの出番はイベントの終わり付近で、その準備のために既に控室に智絵里ちゃんも輝子ちゃんも集まっている。
奈緒「さっき見てきたけど……お客さん結構集まってたなぁ。……なんか緊張してきた」
輝子ちゃんは相変わらず植木鉢のキノコを可愛がっているみたいだけど……やはりと言うべきか。智絵里ちゃんは今までに見たことないくらい緊張している様子だった。
智絵里「あの、私……みんなに迷惑かけないように頑張るので……よ、よろしくお願いします!」
上ずった声と一緒に頭を下げてくる智絵里ちゃん。そんな彼女をフォローするように、思わずあたしも椅子から立ち上がる。
奈緒「だ、大丈夫だって! 別にステージで歌やダンスをやる訳じゃないんだから……。打ち合わせ通りにすれば失敗なんかしないよ」
輝子「うん……私もなんとか……頑張ってみるから」
そんなこんなで、あたしたちが励ますと智絵里ちゃんが頭を下げる、というのを何回か繰り返していると、コンコン、と控室のドアが叩かれた。
スタッフ「すみません、そろそろ出番なんで……準備お願いしまーす」
奈緒「あ、はい! 今行きます!」
気が付けば、時計は出番のニ十分前を示していた。慌てて誘導に従って部屋を後にする。
いよいよ、あたしたちの出番の時間がやってきた。
前の出演者はステージをはけて、進行のお姉さんがステージに上がる前のあたしたちを軽く紹介してくれいている。
奈緒「よし……じゃあ、行くよ二人とも!」
両隣の二人の存在を確認しながら、照明の光が差し込むステージを目線の先に据える。
駆け足で階段を上がっていくと……目の前に広がる視界に、たくさんのお客さんでいっぱいになっているフロアが飛び込んできた。
うぅ、何度経験しても、この瞬間が一番緊張するな……!
奈緒「こんにちは! 初めまして、私たち今日一日限定ユニットの、〝シャイニングゴッドチェリー〟です! よろしくお願いしまーす!」
智絵里「よ、よろしくお願いします!」
輝子「ヒッ……よ、よろしく……です……。うわ、まぶしい……」
手に持ったマイクで眼前のお客さんに大声で挨拶をする。
普段全く接点のないあたしたちが一緒にいるのを不思議に思っているお客さんもいるのか、会場の雰囲気は結構いいけど……ふ、二人とも、結構緊張してる?
輝子「うわ……こんなにいっぱい人がいるとは思わなかったよ……日陰者の私にはつらい……。も、もう帰って机の下にでも引きこもっていたい……」
奈緒「しょ、輝子ちゃん!? まだ始まったばっかりだから駄目だよそんなこと言っちゃ!」
輝子「こ、このままじゃ緊張して喋れそうにないから……予定を変更して、これから一時間たっぷりキノコの栽培講座でもやるのはど、どうかな……」
奈緒「いやいや、ちゃんと段取りがあるんだから勝手にそんなことしちゃダメだって! それ主に輝子ちゃんが喋りたいだけだろ!」
輝子「えっと、じゃあ……こ、ここから先は友達のブナシメジ君に任せて私は帰るので……あとはよろしく……」
奈緒「あたしと智絵里ちゃんとブナシメジで何を話せっていうんだよ! ステージの上で人間二人とキノコが並んでる姿ってシュールすぎるでしょ!」
輝子「え……ブナシメジくん……苦手? じゃ、じゃあ代わりにヒラタケ君を連れてくるからちょっと待ってて……」
奈緒「いやキノコの種類が問題なんじゃないよ! もっと根本的な問題に目を向けてよ輝子ちゃん!」
……って、あーっ、しまった! つい輝子ちゃんが急に無茶苦茶言い出すもんだから、つい思いっきり突っ込んで……!
智絵里「……ふふ」
奈緒「(……って、あれ?)」
智絵里「あはは……もう、輝子ちゃんわがまま言っちゃダメだよ! 私たち三人で……一緒に頑張ろう?」
見ると、智絵里ちゃんはいつの間にか緊張した面持ちではなく……柔らかい、リラックスしたような笑みを浮かべていた。
智絵里ちゃんが優しくたしなめるような事を言うと輝子ちゃんも落ち着き、しぶしぶといったていで予定の位置についた。
……ひょっとして輝子ちゃん、智絵里ちゃんの緊張をほぐすために、わざと……?
輝子ちゃんのむちゃくちゃな物言いがウケたのか、会場の雰囲気も気づけばかなり良くなっていた。
輝子ちゃんのお蔭かすっかり緊張の色が解けた智絵里ちゃんもその後はスムーズに会話が進み……結果的に、私たちのトークショーは大成功に終わった。
お客さんの拍手を浴びながら急いでステージを降り、舞台裏に駆け込む。
奈緒「いや、最初はどうなるかと思ったけど……終わってみれば大成功だったね……!」
智絵里「はい、私も途中からは全然緊張せずに喋れて……。本当にありがとうございました!」
輝子「うぅ、光の浴びすぎでクラクラするよ……」
三人それぞれ笑顔を浮かべながら、額に浮かんだ汗をぬぐう。
舞台を降りてしまうと、それまでのあたしの緊張はどっと抜け、どこかへ飛んで行ってしまったようだった。
奈緒「まぁ、終わりよければすべてよしって言うし……結果オーライかな」
そうあたしがため息を吐きながら、そろそろ楽屋へ戻ろうとした時だった。
「……えっ!? 次のステージ予定の出演者さんが、高速の渋滞で来れない!?」
ひどく慌てたスタッフの人の声が、同じ舞台裏に響き渡った。
スタッフ「どうすんの……次のステージはトリでダンスの予定だし、それが中止ってなったら……」
頭を抱えて壁にもたれるスタッフさんの顔色はどんどん悪くなっていく。な、何があったんだろう……。
奈緒「あの、何かあったんですか……?」
いてもたってもいられず、別のスタッフに話を聞く。その人は慌てた表情で、苦しそうに口を開いた。
スタッフ「あぁ、君たちの後にライブをやる予定だったユニットが、道路の渋滞でどうも間に合いそうにないって連絡がはいって……」
スタッフ「今日のイベントのトリだからこれが目当てで来てるって人も多いだろうし、今更中止にするわけにもいかないし」
スタッフ「もう一度トークショーや他のコーナーで時間を稼ぐにしたって限度があるだろうし、どうすりゃいいんだ……」
頭を抱えるスタッフさんの緊張はすぐに舞台裏に伝播したようで、様々な立場の人が急なトラブルに混乱しているようだ。
智絵里「ど、どうしよう……大変なことになってるみたい」
奈緒「うん……さすがにまたあたしたちが出てずっとトークをやるっていうのもできないし……」
……さっきまでいい雰囲気で終われそうだったイベントは、瞬く間にトラブルの渦中に巻き込まれていく。
かく言うあたしも、せっかく三人がまとまれたこのイベントが失敗に終わるなんてことは……絶対に嫌だった。
……くそっ、どうすれば……!
智絵里「……あの、お客さんに待ってもらうのって、どれくらいまでなら大丈夫そうですか……?」
ふいに、隣の智絵里ちゃんの声が聞こえた。
振り向くと、彼女にしては珍しく……今までに見たことがないくらい決意に満ちた表情をしていた。
スタッフ「……そうですね、事情を説明して中断させて貰うのも、せいぜい15分くらいが限界でしょうか。それ以上は何らかの手を打たないと……」
智絵里「……それなら、私たち三人でライブをやって、場を繋げる……っていうのは、できますか……!?」
奈緒「え……?」
智絵里ちゃんの小さな肩が僅かに震え、だけどこぶしはぎゅっと握って……、彼女は、そう力強く口にした。
奈緒「ち、智絵里ちゃん!? そんな、あたしたちで急にライブなんて……無理だよそんなこと! 三人で歌もダンスも合わせた事ないんだし……!」
智絵里「で、でも……このままじゃお客さんが……!」
奈緒「……っ!」
確かに、このまま指をくわえて見ていたら今日のイベントは失敗に終わってしまうだろう。あたしとしてもそれは絶対に嫌だけど、だからって……!
奈緒「……気持ちはわかるけど、無理だよ。三人が振り付けを共有出来ていて、歌も歌える曲なんてない……。仮にあったとしても、一日限定ユニットとして集まったあたしたちに、トリを務めるライブの代役なんて、そんなの……」
沢山のお客さんの前で、トリの代役としてぶっつけ本番でライブをするなんて、そんなの……考えただけでも目の前がくらくらする。
智絵里「……だけど……」
奈緒「え?」
智絵里「私、今日のこのイベントを……こんな形で失敗に終わらせたりなんて、したくないんです。確かに……私たちじゃ本当の出演予定だった人たちの代わりなんて務まらないかもしれません……」
智絵里「……でも、このイベントはせっかく……せっかく、奈緒さんと、輝子ちゃんとも一つになれた気がする……そんなイベントだったから」
智絵里「だから! 絶対……成功させたいんです!」
今までに聞いたこともないくらい大きく、決意に満ちた彼女の声に、あたしは――面食らってしまっていた。
いつの間に彼女はこんなに……こんなに強い子になっていたんだろう。ほんの少し前までは、あんなに緊張していたのに……。
奈緒「(……いや、ひょっとしたら……)」
奈緒「(これが彼女の、本当の姿なのかもしれない)」
すぐに緊張しちゃって、自分に自信が持てないところもあるけれど……きっと今のこの姿こそが、彼女の本当の姿なんだ。
しっかりと自分の足で立って、力強い視線であたしの目を見据える彼女を見て、なぜかあたしは……そう思った。
奈緒「……そうだよな」
そんな彼女の熱気にあてられたのか、あたしも一度深呼吸し――覚悟を決める。
奈緒「……やろう。どこまでやれるか分からないけど……やれるとこまでやってやろうじゃねぇか!」
奈緒「……でも智絵里ちゃん、現実問題あたし達三人で合わせられる曲なんてあるか? 今まで一度も一緒に活動したことなんかないし……」
智絵里「あ、あの、それなんですけど……」
すると――少し恥ずかしそうに、智絵里ちゃんがおずおずと口を開き始めた。
智絵里「私、奈緒さんの……トライアドプリムスの「trancing pulse」なら、歌も振り付けも一応だけど……分かります」
奈緒「えっ?」
智絵里「秋の定例ライブの時に、ステージで踊る奈緒さんを見て……私、すごく感動して」
智絵里「私もあんな風にキラキラできたらって思って……動画を何度も見返してたら」
智絵里「いつのまにか、歌も振り付けも覚えちゃってて……。その、自分で何度か踊ったこともあるから、本当のユニットみたいには踊れないだろうけど……でも」
智絵里「私……頑張りますから!」
奈緒「智絵里ちゃん……」
……知らなかった。
いや、智絵里ちゃんがあの時のあたし達のライブをそんなにしっかり覚えてくれていたこともそうだけど、彼女がこんなに――恐らく精いっぱいの勇気を振り絞って、この状況であたし達の歌を歌おうとしている、という事が。
今、あたしの目の前にいる女の子は、数日前までのあたしが知っていた智絵里ちゃんでは、もうないのかもしれない。
まだ踊り慣れない曲を踊ろうとする緊張からだろうか、彼女の小さな体は少し震えていたものの――だけど。
奈緒「……分かった。一緒に……歌おう。智絵里ちゃんの事、あたしも信じるよ」
智絵里「……はい! よろしくお願いします!」
不安は、ある。それも、両肩に乗っかったプレッシャーで肩が外れそうなくらいに。
だけど――
智絵里ちゃんの、前に進もうとする姿を見ていると……あたしにも勇気が湧いてくる。
この子はもうおずおずと俯くだけの気弱な女の子なんかじゃ決してない。
一人の、アイドルなんだ。
奈緒「……あれ、それはいいけど、でも輝子ちゃんは?」
智絵里「そ、そういえば、さっきから姿が……」
ふと、きょろきょろとあたりを見渡してみるが、輝子ちゃんの姿が見えない。
またどこかの机の下にでも隠れてるのか――と思っていると、ふいに、衣装室の扉ががちゃりと開いた。
???「フフフ……ファーーッハッハッハッハッ!!! 滾ってくるぜぇ……!! ゴートゥーヘールッ!!」
奈緒「(な、何だあの人……)」
やたらメタルな恰好をしたド派手な人が、奇声を上げながら衣装室から登場した。
……だ、誰だろう。あたしたちの前に出演してたバンドマンの人か何かかな?
するとその謎の人物は、何故かこちらにつかつかと歩み寄ると……あたしの肩を片手で掴んできた。
???「おいおい、何をボケッと突っ立ってんだ……。早くしないと、客が全員帰っちまうぜ……!」
奈緒「え? え? えぇと、どちら様……」
???「え……あ、私、輝子です……星輝子。ジメジメしすぎて……忘れられちゃったかな……」
奈緒「え!? 輝子ちゃん!?」
目の前の人物は、さっきまでとは打って変わって急にしおらしくなると、弱々しくそう名乗った。
……そう言われると、確かに面影がある、ような……。
輝子「えっと、智絵里ちゃんが、これから代役でライブやるっていうから……わ、私は先に着替え済ませておこうかなって、おもって……。あ、ひょっとして迷惑だった、かな……」
奈緒「あ、そ、そうだったんだ。いや、それ自体はいいんだけど……でも輝子ちゃん、歌とかダンスとかは……」
輝子「あ、それならさっき衣装に着替えながらライブの時の動画見てたから、大丈夫だと、思う……。多分」
奈緒「え、動画って……それってちょっと見ただけじゃ……」
輝子「……? え、一回見たらもう十分じゃないの……?」
さも当然であるかのように首をかしげる……しょ、輝子ちゃん? は、おずおずとそう口にした。
いや、それって本当にそんなことできたら、天才の所業だと思うんだけど……。
奈緒「(……でも今は、輝子ちゃんの事も信じるしか……)」
奈緒「分かった……。スタッフさん! 今からあたしと智絵里ちゃんは衣装の準備をするので、その間にできるだけお客さんを繋ぎとめておいてくれますか!?」
スタッフ「……分かりました。できるだけ時間を稼ぐので、何とか急いで準備をしてきて下さい! 衣装専門のスタッフも用意させますので!」
それだけ言うとあたしは智絵里ちゃんの手を引いて、衣装室に駆け込んだ。
何とか駆け足で衣装とメイクのセットを終えると、慌ただしい舞台裏を抜け、再びステージ上へと続く階段の前に到着する。
待っていてくれた輝子ちゃんと合流すると、スタッフさんがお客さんに事情を説明して場を繋いでくれていたのだろう、準備が終わった私たちの姿を見ると、ほっと一息安堵したような表情になった。
奈緒「智絵里ちゃん、輝子ちゃん……じゃあ、準備はいい?」
智絵里「はい。どこまでできるか分からないけど……。一生懸命がんばります!」
輝子「フヒヒ……私はもういつでもイケるぜぇ……!」
三人で手を繋ぎ、ステージへの出方を確認する。
……いつ車が間に合うのかは分からないけど、とにかくアドリブでMCも加えたりしながら、到着するまで時間を稼ぐしかない!
奈緒「…………!」
ふと、今まで我慢していた緊張が、ステージを目の前にして一気に現実感が襲ってきたのか――にわかに心臓が騒ぎ立て始める。
意識し始めると……しまった。いけないと分かっていつつも、段々呼吸が早くなってくる。
奈緒「(……っ。くそっ、柄にもなく、ちょっと緊張してるのかな、あたし……)」
……大丈夫だ、落ち着け。踊り慣れてない二人はあたしよりも、もっとずっと不安なはずなんだから。
ここであたしがうろたえる訳にはいかないんだ。今日のこのイベントは――絶対に、絶対に成功させなきゃいけないんだから。
奈緒「……よし、行くよ二人とも。準備は――」
智絵里「あ……奈緒さん、ちょっと待って……」
奈緒「……智絵里ちゃん?」
ふいに隣の智絵里ちゃんが、私の手をその小さく、柔らかな手でそっと握ってきた。
智絵里「……おまじないが、あるんです。緊張をほぐす……おまじないが」
奈緒「……え?」
すると彼女は私の手のひらを広げ、人差し指で何かをなぞり始めた。これは――
智絵里「……四つ葉のクローバー。手のひらに書いて、飲み込むんです。こうやると私……何だか落ち着くから。奈緒さんも……どうですか?」
奈緒「……クローバー……」
あたしの手のひらに通った智絵里ちゃんの人差し指は、手のひらサイズの四つ葉のクローバーを描き出した。
ふんわりと、花のような香りがする彼女の髪が揺れると……智絵里ちゃんはあたしに向かって、その女の子らしい柔和な笑みを浮かべた。
智絵里「その……気休めみたいなものかもしれないですけど……」
彼女はあたしの手から指を放すと、改めてステージの方へと向き直った。その視線は、はっきりと――照明が照らし出す舞台へと向けられている。
ぶれることのないまっすぐなその瞳には、もう迷いは浮かんではいなかった。
智絵里「私……シンデレラプロジェクトで活動していくうちに分かったんです。びくびくして、尻込みしてるだけじゃ駄目なんだって……。」
智絵里「だから私……頑張ってみたいんです。雑誌の中で奈緒さんを見て、あのステージできらきら輝く奈緒さんに憧れて……」
智絵里「その憧れの人と一緒にステージに立つのは……やっぱりちょっと緊張するし、怖いけど……でも、すごく、楽しみでもあるんです」
奈緒「智絵里ちゃん……」
……手のひらかかれた四つ葉のクローバーを、一息に飲み込む。
奈緒「……ふふ」
なぜだろう。おまじないだと分かっていても……智絵里ちゃんが書いてくれたクローバーだと思うと、すっと胸の動揺が収まっていく気がする。
――すぅ、はぁ。と一つ深呼吸。
試しに胸に手を当ててみると、もうさっきみたいな乱れた鼓動はなくなっていた。
奈緒「……ごめんね、もう……大丈夫」
奈緒「……行こうか!」
隣の二人の手を握りしめ、ステージへの階段を一歩ずつ上っていく。
大丈夫。今ならいける。そう強い確信が心にこもり、今なら――何でもできる気すらしてくる。
「こんにちは! シャイニングゴッドチェリーです!」
即席のライトで照らされるステージの中、私たちは精一杯、歌い、踊った。
加蓮「お疲れさま、奈緒」
奈緒「あ、奈緒。ありがとー」
丁度良く冷えたスポーツドリンクとタオルを、加蓮がそっと手渡してくれた。練習で乾いた喉にごくごくと一息に流し込むと、溜まった疲れが熱と一緒に溶けてゆく気がする。
加蓮「いやー、それにしても結構話題になってるよ。シャイニングゴッドチェリー、だっけ。この間のイベントの」
奈緒「……今更だけどさ、そのユニット名……改めて人から言われるとなんかすっげー恥ずかしいんだけど……。安直すぎない?」
加蓮「何言ってんの。決まった直後はどっかのガンダムみたいでかっこいいとかいってた癖に」
奈緒「いや、あの時はなんかそういうテンションだったからさー……。一度落ち着いてみると結構アレだなって……」
ついこの間の例のイベントの件は、巷では結構噂になっているようだ。曰く、異色の三人グループが見せた即興のライブが中々見ごたえがあったとかなんとか。
奈緒「今から冷静に思い返してみると……ステージ上でのことはなんだかよく覚えてないよ。それだけ夢中でなんとかしようって思ってたからさ……」
加蓮「まぁトラブルはあったけど、結果的にはうまくいってよかったじゃん」
奈緒「二人に助けてもらっての結果だけどね。智絵里ちゃんには逆に励まされちゃったし、輝子ちゃんは結局ホントに初めての曲に完璧に合わせてきてたし……」
奈緒「あれ以来智絵里ちゃんや輝子ちゃんとも結構仲良くなってさ。智絵里ちゃんとは今度一緒に遊びに行く約束までしちゃってるんだ」
そう、あたし達三人はあの時一日限定で組んだユニットのお蔭で、だいぶ会話を交わすようになっていた。
特に智絵里ちゃんに関しては、約束していた四つ葉のクローバーの栞が完成したらしく、今度渡されるついでに遊びに行く約束までしてしまった。
奈緒「智絵里ちゃんな……最初はもっと気弱な子なのかなって思ってたけど、仲良くなってみると全然違うんだ。ちゃんとはっきり自分の意思を伝えられるし、それに笑うとすっごく可愛いし……」
加蓮「……へー、そうなんだ」
奈緒「あ、あとさ……この間勢いで今度映画見に行こうって約束もしちゃったんだけどさ。あたしがアニメとか好きって言っても智絵里ちゃん引いたりしないかな? やっぱここはもっと普通の映画にするべきだと思う?」
加蓮「いや……それは私に聞かれても知らないんだけど……」
奈緒「今だと劇場版のフルボッコちゃん上映してるからさ、できれば智絵里ちゃんと一緒に見に行きたいんだけど……。あーでもなー、やっぱ引かれたらどうするかって考えるとなー……」
加蓮「……まぁなんでもいいけどさ。その辺は実際に言ってみてから考えたら?」
奈緒「なんだよ加蓮、つめたいなー」
そんなことを加蓮と話していると、ふと置いておいた私のスマホが振動する。
手に取ってみると……お、智絵里ちゃんからだ。
奈緒「……あ、今度の休みの日が分かったって……やった、丁度いい日じゃん! ……じゃそういう訳で加蓮、あたしこの日は智絵里ちゃんと遊びに行ってくるね!」
加蓮「はいはい、分かった分かった。あんたは凛の惚気を聞かなくていいんだから気楽なもんだ……」
奈緒「えへへ……楽しみだな。そうだ、この間は結局うやむやになっちゃったから、また一緒にファンシーショップにも行きたいな……」
加蓮「……まぁ嬉しそうな顔しちゃって」
加蓮「(……それにしても……何だろう。この嫌な予感は……)」
智絵里「……あ、奈緒さん! おはようございます!」
奈緒「智絵里ちゃん! ごめんね、待った?」
智絵里「いえ、全然待ってないですよ。じゃあ……行きましょうか。まずは映画館、ですよね? 奈緒さんは何か見たい映画あるんですか?」
奈緒「……えーっと、あー、うん。一応……。……その、智絵里ちゃんが嫌じゃなければ……あの、アニメのやつ、なんだけどさ」
智絵里「アニメ……ですか?」
奈緒「そ、そうそう! あたし、実は結構そういうの好きでさ……言おうかどうか迷ってたんだけど」
奈緒「あ、今やってる中でおすすめなのは幽体離脱フルボッコちゃんていうアニメの劇場版でね! あ、大丈夫。今回の劇場版は新規作画で書き直したアニメ1期の総集編的な意味合いが強いから、初心者でもすんなり入っていけると思うんだ!」
奈緒「もちろん劇場版オリジナルのエピソードもあるみたいだからファンとしても楽しめる出来になってるみたいで……すっごく楽しみで絶対観ようと思ってたんだけど、このところ仕事が結構入ってたからなかなか観に行けなくってさ」
奈緒「だからその、凛は……なんか最近忙しいみたいだし、加蓮もアニメは興味ないって言ってるから一緒に見てくれる人がいなくて……。あ、もちろん智絵里ちゃんが嫌じゃなければ、なんだけど!」
奈緒「……っていうかこんなに一方的に喋っちゃってもわけわかんないよね……。……ごめん、やっぱ智絵里ちゃんが観たいのがあればそれで……」
智絵里「……ふふ」
奈緒「……? 智絵里ちゃん?」
智絵里「いえ、奈緒さんがそんなにおすすめするなら、私も観てみたいです……。私も一緒に観てもいいですか?」
奈緒「あ、ほ、ホントに!? や、やったー! いやー、智絵里ちゃんにアニメ好きって告白して引かれたらどうしようって考えてて……! そっか、なら上映までまだ時間あるからあたしパンフレット買ってくるよ! 世界観とか予備知識とかが分かってるともっと楽しめると思うし……!」
智絵里「……くすくす……なんだか奈緒さん、かわいいですね!」
奈緒「へ!? い、いや、あたしは別にかわいいとかそういうんじゃ……! と、とにかく! 本当にすっごく面白いんだから!」
嬉しそうに笑う智絵里ちゃんの手を引いて、あたしは映画館の物販コーナーへと歩き出した。
左右で二つに留められた彼女の柔らかな髪がひょこひょこ揺れるのが、花のような雰囲気の智絵里ちゃんによく似合っていたことを印象深く覚えている。
その日観たフルボッコちゃんの劇場版は――最高に面白かった。
奈緒「……それでね!? 映画ももちろん面白かったんだけどさ……。二人で一緒に映画観てたら、クライマックスのシーンで智絵里ちゃん感動して泣きだしちゃって! あの子すっごく優しい子だから、家で動物番組とか見てても必ず泣いちゃうらしいんだって!」
奈緒「そういうとこすっごく可愛くない!? いや、もちろん自分が進めたアニメで泣くほど感動してくれたっていうのも純粋に嬉しいんだけどさー! それと智絵里ちゃんもフルボッコちゃんに興味出てきたって言ってたから、今度原作のラノベとアニメ1期と2期のDVD全部貸してあげるとか約束しちゃって!」
奈緒「いや、あたしもテンション上がってたとはいえいきなりそこまで貸し出すなんて流石にちょっと重くて今度こそ引かれるかなって思ったけど、智絵里ちゃんいい子だからさー、「じゃあまた今度、私と一緒に観てくださいね」なんて言われちゃって!」
奈緒「もう、そういうところホントに可愛いと思わない!? あ、そうそうこの間話してたドライフラワーの栞も貰ったんだけど、これがすっごくよくできててさ! 大事に使うよって言ったらすっごく喜ばれちゃって、そのあと行ったファンシーショップでも前とは違ってすっごく仲良くなれちゃって!」
奈緒「そんで別れ際に今日は楽しかったねーとかって話してたら、智絵里ちゃんが急にすっごく真剣な表情で、ずっと前から私の事好きだったって言ってくれてさー。いやー、やっぱり嬉しいよね。友達としてだけじゃなく、アイドルとしての自分のファンでもいてくれてるっていうのは!」
奈緒「だからかなー、智絵里ちゃんあたしが歌ってる曲の歌詞も振り付けもすごく綺麗に覚えててくれてたし……。なんかあたしも嬉しくなっちゃってさ。あたしも智絵里ちゃんのこと好きだよーって言ったら、あの子顔真っ赤にしちゃって……でも、そういうところも可愛いと思わない!?」
加蓮「……あのさ、奈緒。ちょっといい?」
奈緒「ん? どうしたの? 加蓮」
加蓮「……なんであんた達は、いつも私にばっかり惚気るんだよ!!!」
おしまい
なおちえ難しかった……。正直後半は地の文とか全然書けなかったです。
奈緒の魅力がうまく引き出せなかったのが辛いところ。でも何とか着地できてよかった。
おつおつ
これが初SSとか絶対嘘だわ
あ、みおりんの後日談楽しみにしてます
おつ
告白するじゃなくてされてる気もするけど面白いからいいや
>>320
卯月と他のアイドルで加蓮をさらに孤立させる手もある
……惚気られる加蓮のポジが美味しすぎるし
アニメだとTPはPK側のユニットだったよね、そういえばなおちえもPKとCPだったね
PK側の誰かとか良いかな?
今更思ったけど今回の話って結局奈緒が攻略されてるのでは…?
>>316
四年ほど前に一時期趣味で小説書いてたことがありました。
SSの形式で書くのは今回初めてなので、そういう意味では全くの初作品ってことではないですね。
>>321 >>324
話の進行上どうしても奈緒が告白するという展開が書けませんでした。
何とかタイトル要素だけでも付けようと、最後に「自分がアニメ好きであることを告白する」というこじつけみたいな告白になっちゃいました。申し訳ない。
3部は多分明日か明後日の暇なときにでも書き始めると思います。
今回は殆ど交流の無い二人の話になりましたが、あまりにも接点が無さすぎると話の進め方がやたら難しくなっちゃうので、次回は実験的に>>1が書いてみたいカップリングに投票安価で決める形式でやってみたいと思います。
1.ニュージェネ内(りんみお後日談、うづりん、うづみお)
2.みくりーな
3.ラブランコ内(新田ーニャ、あにゃらん)
4.大人組(かえみゆ、かえみず等)
次書く時までに投票して頂ければ、集計して票が一番多いものに決定したいと思います。
1、3、4は( )内のカップリングも併記して頂けるとより詳しく分かるので助かります。
カップリングの名前はPixiv辞典から取ってます。
集計の結果、
1……17票(内りんみお11票、うづみお3票)
2……3票
3……6票(内新田ーニャ4票)
4……1票
という事でりんみお後日談書いていきます。投票して下さった人、ありがとうございました。
私は――しぶりんの事が好きだ。
きっかけは私のほんの冗談だったとはいえ、自分の中のしぶりんへの気持ちに気づき、彼女に改めて告白してから早三日が過ぎた。
今では私たちは、以前のような偽物の恋人ではなく……ほ、本物の恋人同士、という事になっている。うぅ、改めて自覚すると、嬉しいけど恥ずかしい……。
未央「(それにしても……どうしよう)」
しかし、今の私にはもはや彼女に冗談で行った告白をどう処理するかという事ではなく、もっと別の問題が重くのしかかっていた。
未央「(今まではしぶりんの事はあくまで友達だと思ってたから、デートしたり、キスしたりしてもまだ何とかなってたようなところがあるけど……)」
未央「(……改めて、自分がしぶりんの事が女の子として大好きだって気づいちゃうと……うぅ、何だか途端に恥ずかしくなってきちゃったよ……!)」
……きっと、今の自分の顔は鏡で見るまでもなく真っ赤になっていることだろう。
あの夜――しぶりんに告白して、彼女と気持ちが通じ合ったあの時から、しぶりんの事を考えると――心臓がどきどきして、たまらなくなるようになってしまったのだ。
未央「い、いかん……平常心だぞ本田未央。いかに恋人ができたからって、こんなことで浮かれてたんじゃ役者志望失格――」
凛「……どうしたの? 未央」
未央「うひっ!!」
ふと、急に後ろから声をかけることにびっくりして振り返ると、そこには私の恋人――になった、しぶりんが私の事をのぞき込んでいた。
未央「え、ど、どうもしないよ!? ただちょっとぼーっとしてただけで……!」
凛「そう? それならいいけど」
そう言うと彼女は……レッスン上がりなんだろうか。首筋に光る玉のような汗をタオルで拭いて、私のすぐ隣に立った。
その、少し汗で濡れた彼女の柔肌が放つ色香にあてられたかのように、私は思わず目をそらしてしまう。
未央「(ど、どうしよ……今は隣のしぶりんが、私の本当の……か、彼女なんだって思うと、どうしてもドキドキが収まらないよぅ……!)」
凛「……ね、未央。今度のお休みなんだけどさ。もしよかったら、また二人でデートに行けないかな、って思って……」
未央「え!? デ、デート!?」
凛「うん。……あれ? もしかして予定あった?」
未央「い、いやいや、全然オッケーだよ! 私も丁度しぶりんとデート行きたいなって、思ってたとこだし……!」
凛「……本当? 良かった……」
子供のような無邪気な笑顔を浮かべて、彼女は私の腕に手を回すようにして腕を組んできた。
しぶりんの長い髪がふわっと揺れ、私の体を撫でていくと――その女の子らしい甘い香りが、私の忙しい心臓を更にかき乱すようだった。
未央「(そ、そうだよね。もう私たちは付き合ってるんだから、デートくらいするし……いや、そりゃ私だってしたいけど)」
未央「(今思えば、あの時はまだしぶりんの事を友達同士としてしか思ってなかったとはいえ……しぶりんにサンドイッチをあーんして食べさせてあげるなんて、そんなこと我ながらよくできたもんだよ……!)」
未央「(今の状態で同じことやったら、間違いなく私の心臓がパンクしちゃう自信がある……!)」
何故だろう。しぶりんと改めて恋人同士になった今のほうが、明らかに私から余裕がなくなっている。
今では彼女と手を繋ぐだけでも、明らかに私の方が緊張してしまって……いつもの自分らしいテンションが保てなくなってしまっているのだ。
凛「じゃあ今度の休みに一緒にデートって事で……って、未央、聞いてる?」
未央「……っ!」
ふと気が付くと、眉をひそめたしぶりんが、私の顔を二十センチも離れないような距離から覗いてきている。
突然近くなった彼女との顔の距離に、私の心臓が一際大きくびくんと跳ねる。
未央「き、聞いてるってー! 今度のお休み、楽しみにしてるからね!」
彼女の大きな瞳から視線を逸らすようにして、私は相変わらず自己主張の強い心臓を押さえつけることに必死でいた。
↓3 どこにデートに行く?
未央「東京チョコレートショー?」
凛「うん。これ、なんだけど……」
そう言うとしぶりんは、バッグの中から二枚のチケットを取り出した。
凛「元々はかな子が仕事の縁でチケットを貰ったらしくて……行こうと思ってたみたいだけど、期間中に仕事が入っちゃって行けなくなったんだって」
凛「私がチョコレート好きなの知っててくれたからかな、どうせなら……ってくれたの」
未央「ははぁ、なるほどね……で、しぶりんそれに行きたいんだ」
凛「ま、まぁね……食べ過ぎないように注意すれば大丈夫だと思うし、こういうとこ、一回言ってみたくて……」
少し恥ずかしげにしぶりんがつぶやく。うぅ、いつもはクールなイメージの彼女が実はチョコが好きなんてギャップがかわいい……。
未央「私も行ってみたいし……じゃあ今度はそこに行こっか!」
凛「本当? ……ふふ、未央と一緒に行けるって考えたら、今から楽しみで仕方なくなっちゃうよ……」
凛「……あ、そうだ。今日も途中まで一緒に帰ろうね……?」
そう言うと彼女は少し甘えるような声で、私の手を軽く握ってきた。柔らかい手のひらの感触が直に触れ、その細い指が私の指に絡まる。
未央「……分かってるよ(あ、だめだ、しぶりんかわいい)」
――そんなこんなで私はあの日からひぶりんの一挙手一投足にドキドキするという落ち着かない日々を送りながら、今度の彼女とのデートをうきうきと心待ちにしていた。
……そして、待ちに待ったデート当日。
緊張しすぎて待ち合わせ場所に二時間も早く来てしまった私は、さっきから手鏡で前髪を整えることに必死になっていた。
未央「(お、思い切ってこんな、今まで着た事ないような服にしちゃったけど……。うぅ、やっぱり似合ってないかなぁ……)」
今日の私の服装は、いつも元気でテンションが高いことが売り――という私の性格とは真逆の、ふりふりとしたレースが付いたワンピースだ。白を基調とした大人しめなそのデザインは、今朝家を出るときに兄弟にげらげら笑われるほどどうも私のイメージとは全く違うタイプの服装らしかった。
それに普段は付けないような最近流行りの髪飾りまで付けて……念のため、ここに来る途中に美容院にも寄って髪も整えてもらった。
……さすがにデートだからといって浮足立ちすぎな気もするが、ここまで来たらもう引き返せない――
未央「(しぶりんとのデートに何着ていったらいいかな、なんて加蓮にアドバイスも求めてみたけど……。なんか、適当にあしらわれてた気もする……)」
どこか納得のいかない気持ちと、似合ってなかったらどうしよう……という不安で胸がいっぱいになっていると、丁度待ち合わせの時間の三十分前、向こうから近づいてくるしぶりんの姿が見えた。
凛「おーい、未央ー。……ごめんね、早く来たつもりだったけど……待った?」
未央「え、う、ううん!? 私も丁度今来たとこだからさ! 全然大丈夫!」
凛「そっか、ならよかった……。あれ、未央……髪切った? いつもとちょっと印象違うね」
未央「あ……気づいた? いやー、なんかしぶりんとデートって考えたら変に緊張しちゃって……。ちょっと迷走しちゃった気もするけど……」
凛「そんな事ないよ。すごく似合ってて……可愛いと思う。そのワンピースも」
……しぶりんがさも当然のようにそんなことを言うものだから、一気に私の顔は熱くなる。
未央「そ、そうかい? まぁ……そう言ってくれると嬉しいけどね……」
凛「ふふ……。じゃあ早速行こうか」
そう言ってしぶりんはいつものように手を差し出す。私たちが付き合い始めてからというもの、どちらかが言い出したわけではないけれど……二人きりの時は自然に手を繋ぐのが普通になっていた。
俗に言う「恋人繋ぎ」でつながった二つの手は、私に安心と――尽きることのないドキドキをもたらしてくれる。
未央「うわぁ……結構おっきい所なんだ……」
私の鼻をチョコレートの甘美な香りがくすぐる。あたりを見渡すと、たくさんの人とともに、私でも名前を聞いたことがあるような有名店の名前が至る所から目に入ってきた。
凛「あっちでチョコレートの試食もやってるみたい……。ちょっと行ってみない?」
しぶりんが指さす方向には、無料で色々な種類のチョコレートが食べられるコーナーがあった。う、確かにあれはしぶりんじゃなくとも行ってみたくなる……。
未央「いいけど、私たち一応アイドルなんだから、食べ過ぎは禁物だからね?」
凛「わ、分かってるよ……。でも、ちょっとくらいはいいでしょ? 一応今日のために食事減らしてきてるんだし」
未央「ははは、しぶりんのチョコへの食い意地は本物だなー」
凛「そ、そんなんじゃないって! もう……行くよ?」
少しすねたようにしぶりんが私の腕を引っ張る。
チョコレートの試食コーナーには、十数種類はあろうかといった小さなチョコが所狭しと並べられていた。
未央「へぇ、トリュフチョコにストロベリーに……あっ、チョコレートファンテンまである!」
見ると、テレビか何かで以前見たことがある大掛かりな装置もあった。回転する塔のような機械からチョコレートが噴水みたいに出てきて、それをマシュマロに付けて食べるというあれだ。
凛「凄い……。私、これ一回やってみたかったんだ……」
隣では目をきらきらさせてしぶりんが佇んでいる。……しぶりん、ホントにチョコレート好きなんだな。ステージに出るときの掛け声にするくらいだもんな。
未央「やってみよっか?」
凛「うん」
私たちは近くにあったマシュマロを一つづつ手に取ると、それぞれチョコレートファンテンにそっと触れさせた。
あっという間にマシュマロにチョコが広がり、甘く香ばしい匂いがふわっと届く。
未央「わぁ……面白いね、これ。結構楽しいかも」
凛「……おいしい」
なんて言ってる間に、隣のしぶりんはもうチョコでコーティングされたマシュマロを口の中に放り込み、さっそく二個目のマシュマロへと手を伸ばしていた。
はむはむと小動物みたいに夢中でマシュマロを頬張るその姿は、普段クールなイメージの彼女とはひどくギャップがある。
未央「……しぶりんは、かわいいなー」
凛「な、何それ……」
微笑みつつ、私もチョコが塗られたマシュマロを頬張る。
未央「……わっ、なにこれ……いつも食べてるチョコよりおいしいかも。うーむ、流石は専門店……」
私が普段食べないようなチョコに舌鼓を打っていると……隣のしぶりんが急にじっと私の方を見つめてきた。
↓3
1.凛が未央にあーんしてチョコを食べさせる。
2.未央の口元についたチョコを凛が舐め取ってくれる。
凛「あ、未央……口元にチョコついてる」
未央「え?」
ぺろっ
未央「……!!」
……気がつくと、私の唇のわずか数センチ左隣に、しぶりんが唇を寄せてきていた。
一瞬、暖かく濡れた感触が私の口元を伝わったかと思うと――少し顔を離した彼女とすぐに視線が合う。
未央「え、あ、わ……!」
凛「……あ、ごめん、ついうっかり人前で……。なんか自然にやっちゃった……」
う、うわ、うわわわわ。
自分の顔がみるみる熱を帯びていくのがわかる。
私の口元にはしぶりんがチョコを舐め取った時の感触がまだはっきりと残っていて――なまじそれが唇と唇が触れ合うキスじゃない分、何故か余計に焦らされたような気すらして、私の心音は一気に急上昇していくのを感じた。
未央「も、もう……しぶりん、急にそんなことしないでよ……」
凛「ご、ごめんね。これからはちゃんと周りに気をつけるから……」
未央「(いや、そういう事じゃなくて、今みたいなこと急にされたら……わ、私の心臓が持ちそうにないんだけど……!)」
幸い、周りの人はチョコに夢中で私たちの事には気づいていないみたいだった。
だ、だめだ……しぶりんに無自覚にこういうことされると、色々とヤバいよ! 加蓮に「あんたは天然タラシの自覚を持ったほうがいい」なんて言われたけど……ひょっとして今から思い返すと、一回目のデートの時に私もしぶりんに似たようなことやってたのかな……。
未央「(うぅ、そう思うと、なんだか余計に恥ずかしくなってくる……)」
私は震える手で何とか平静を装いながら、別の種類のチョコに手を伸ばし、口へ運ぶ。
……もぐもぐ。
未央「(……だ、駄目だー! さっきと違ってもう全然味が分からない!)」
チョコを食べても、さっきの急に近づいたしぶりんの顔を思い出すと、とても優雅にチョコの味と香りを楽しむなんてことはできなくなっていた。
凛「……さすがにこのくらいでやめておこうかな。そろそろ別のところも回ってみる?」
未央「う、うん、そうだね」
それから十分ほど経った後、一通りここのコーナーのチョコレートは味わったのか、しぶりんが私の方に向き直ってきた。
く、くっそー。私なんかさっきのアレのせいでまだどきどきが収まらなくて、チョコを味わうどころの話じゃなかったっていうのに……。
そのまましぶりんと手を繋ぎ、私たちは別のフロアも回ってみることにした。
*
未央「はぁー、結構もうあらかた回ってみたね。あー、楽しかった!」
凛「うん。みんなにもお土産買えたし……」
二時間ほどして、私たちは最初に入った入口の所に戻ってきていた。もうこれ以上見て回るところもなさそうなのと、これ以上ここにいると私まで今後ダイエットの必要性にかられそうなので……そろそろ別のデートコースに行こうという事で話がまとまっていた。
元々はかな子ちゃんがくれたチケットだったこともあって、特に彼女には多めにお土産も買ってあることだし……。
今は午後3時を少し回ったところだ。
さて、次はどこに行こうかな?
↓3
凛「あ……」
二人で並んで街並みを歩いていると、ふとしぶりんがその歩みを止めた。視線の先を追ってみると、そこには小さなペットショップが見えた。
何となくしぶりんのそわそわするような仕草が気になって、声をかけてみる。
未央「ちょっと寄ってみよっか?」
凛「……いい?」
未央「そういえばしぶりん犬飼ってたもんね。私もちょっと見てみたいなー」
しぶりんと手を繋いだまま、ペットショップのドアを開ける。動物特有の匂いと同時に、店の奥側からいらっしゃいませ、と店員さんの声が聞こえた。
凛「わぁ、いっぱいいる……」
店内を軽く見渡すと、そこにはケージに入った子犬や子猫、鳥や……亀みたいなペットまで結構な数が揃っていた。
私も動物を見るのは好きなので、にわかにテンションが上がってしまう。
未央「わーっ、見て見てしぶりん! この子なんかすっごく可愛いよ!」
私が駆け寄った先にいたのは、まだ子供の柴犬だ。ころころとした小さく丸い体とくるっと巻かれたしっぽ、ぴこぽこと動く耳が愛嬌があってたまらない。
凛「ほんとだ……ふふ、まだ小さいね」
店員「良かったら抱っこしてみますか?」
未央「え、いいんですか?」
店員さんは私たちにそう声をかけると、慣れた手つきでケージの鍵を外し、ひょいと柴犬を抱きかかえた。そのまま私の腕の中に、ゆっくりとその子を託す。
ふわっと触れた柔らかい毛と暖かさが、私の肌を包み込んだ。
未央「うわ、かっわいい……!」
軽く頭を撫でてやると、その子は嬉しそうに耳をぺたんと頭につけた。
未央「もーっ! 飼っちゃいたいくらい可愛いよー! 私柴犬って好きかも……!」
凛「未央は犬っていうか……ペットは飼わないの? 私の家にもいるけど、やっぱり可愛いよ」
未央「私もずっと欲しかったんだけどねー。うちはマンションでペット禁止だからさ。兄弟もどうせ世話なんかしないだろうし」
凛「そっか……。でも未央って結構面倒見いいから、ペット飼うのに向いてるかもよ?」
未央「そ、そうかなー? もう、そんなこと言われたら余計飼いたくなってきちゃったよ……」
ごめんごめん、と隣で軽く微笑むしぶりん。
……いや、子犬も勿論かわいいけど……。しぶりんのこの屈託のない笑顔も、思わず見惚れるほどには可愛いんだけどね。
凛「まぁ、うちは今はハナコの世話で手一杯だから……。他のペットとかは考えてないけどね。それでもたまにこうやってペットショップに来るとやっぱり癒されるよ」
未央「あ、そういえばハナコちゃんって言うんだっけ、しぶりんが飼ってるわんこって。私写真でしか見たことないけど……」
凛「そうだっけ? あぁ、そう言えば実際に見たことあるのは卯月くらいか……」
未央「あ、じゃあさじゃあさ! 今度しぶりんの家に見に行ってもいい? この子みたいに抱っこしたいよー」
凛「え……わ、私の家に?」
と、そこまで言ったところでしぶりんの顔が少し赤くなる。……ん? 私なんか変なこと言った?
未央「しぶりん、どうかした? はっはーん、さてはお部屋が散らかってて恥ずかしいのかな?」
凛「ち、違うよ! ただ……その、未央が私の部屋に来るって考えたら、その……」
未央「……あ」
その言葉を聞いて、不意にこの間の――しぶりんが私の家に泊まった時の事を思い出す。
しぶりんと一緒にお風呂に入ったあの日の事。しぶりんと一緒のベッドで……その、好きといったの日の事が、一瞬脳裏に浮かんだ。
未央「あ、えっと、しぶりんの家に行くっていうのはその……単純にハナコちゃんを見てみたいなって思ってのことで……」
凛「わ、分かってるよ! 私の家だって花屋なんだから、大体いつも親がいるし……」
と、そこまで言って更にしぶりんが慌てて俯く。
……親がいるし、なんて言うのはまるで、「親がいてはできないこと」の存在が思い浮かんでしまっていたかのようだ。……な、なんだかこっちまで気まずいぞ、しぶりん。
未央「と、とにかく! また今度時間ある時にでもハナコちゃんを可愛がりたいなーって思います!」
凛「そ、そうだね! 未央にも是非ハナコを直接見てみてほしいな!」
二人ともやたらと「ハナコちゃんを」「ハナコを」という点を強調したまま強引に会話を終えると、私は抱っこしていた柴犬を店員さんに返した。
多分店員さんからは仲のいい友達同士の何気ない会話という風にしか映らなかっただろう。……うん、別に何か危ない会話という訳ではなかったはずだ。
私はしぶりんと手を繋ぎ直すと、何となく犬のコーナーから離れて、店内をもう少し回ってみようと提案した。
???「……あれ? あの二人は……」
???=↓3
卯月「あれ? 凛ちゃんに未央ちゃんじゃないですか?」
ふと、聞きなれた声が後ろから聞こえた。びっくりして振り返ると、そこにはNGのメンバーであるしまむーがにこやかな笑顔でこちらに手を振っている。
未央「あっ、しまむーじゃん! こんなところで会うなんて奇遇だねー!」
凛「卯月も今日はオフの日だっけ、そう言えば」
卯月「はい! 今日は久しぶりにゆっくり外出でもしようと思って……。可愛い動物でも見ようと思って来てたんです!」
卯月「それにしても……」
すると、しまむーは私たちの間をじろじろと見るように近づいてきた。な、なんだろう。
卯月「……最近は二人ともほんとに仲がいいですよね。何かあったんですか?」
未央「え、私たち? そ、そうかな。別に普通じゃ……」
と言いかけたところで、私がしぶりんとがっちりと恋人繋ぎで手を握り合っていたことを思い出し、反射的にぱっと繋いでいた手を放す。
未央「あ、こ、これ? いやー、今度の私のお芝居の仕事で恋人役を演じる事になってさー! ちょっと遊びでしぶりんに彼氏役やっててもらったっていうか……」
ふむ……、と顎に指を当てたまま思案するしまむー。た、頼む、ここは何とか騙されてくれ……!
卯月「そうなんですかぁ! 普段から役作りをかかさないなんて、未央ちゃんはやっぱり凄いです!」
未央「(あぁ、しまむーが純粋で助かった……)」
その屈託のない笑顔を騙しているようで少し罪悪感はあったけど……。
今から考えれば、私たちが付き合ってることを同じメンバーのしまむーにまで隠しておくのって、ちょっと無理があったかなぁ……。
卯月「ふふ……でも、二人が仲が良いのはとってもいいことだと思います。私は、二人がもっと仲良くなってくれたら嬉しいなって……思ってるんですよ?」
未央「……そっか、ありがとね。しまむー」
いつか。いつか私たちの関係を、しまむーに打ち明けなきゃいけない時が来るかもしれない。
その時にどういう反応が返ってくるか。NGが変わってしまうのか。まるで悪い想像をしない訳じゃないけど……。
この彼女のとびきりの笑顔を見ていると、そんな胸の内がすっと軽くなるような気がしたのは、きっと気のせいではないんだろう。
未央「あ、そう言えばしまむーはしぶりんの飼ってる犬見たことあるんだったよね? やっぱり可愛かった?」
卯月「あぁ、ハナコちゃんですか? はい、それはもう! 私が初めて凛ちゃんとあった時も実はハナコちゃんがそばにいて……。…その時は私、うっかり凛ちゃんの名前を紹介されたハナコちゃんと勘違いしちゃったんですけど……」
凛「あはは、卯月はおっちょこちょいだからね……」
そんな風にいつもの調子で三人で会話をしていると――ふと、私のスマホがぶるぶると振動するのを感じた。
未央「あれ? 何だろう……。あ、プロデューサーから電話だ。ちょっとごめんね……」
二人に軽く合図をすると、私は店の外に出てスマホの通話ボタンを押した。
武内P「私です。今少々お時間よろしいでしょうか、本田さん」
未央「うん、大丈夫だよプロデューサー。どうしたの?」
武内P「実は……本田さんと渋谷さんに急に仕事の依頼が入ってきまして。先方さんの要望で、できれば今から本社で打ち合わせがしたい、とのことなのですが……」
電話の向こうから、少し言い出しにくそうなトーンでプロデューサーがそう告げる。
……うぅ、よりによって今お仕事の話かぁ。せっかくしぶりんとデートしてたところだったんだけどなぁ。
未央「それって、どんなお仕事なの?」
武内P「はい、箱根の温泉旅館でのレポート番組なのですが……。恐らく泊りでの撮影になるでしょうし、何分急な話ですので……。お二人が断られるなら、私も別に入れる方を探します」
……温泉旅館でレポートか。ってことは、美味しいものや温泉にも入れるってことで……。い、いや、そんなことで仕事を決める訳じゃないけど!
まぁでも……いずれにせよ私はアイドルなんだから、私情よりも仕事を優先させるべきだ。
未央「うん。しぶりんがいいなら私は大丈夫だよ。……あれ、しまむーは参加しないの?」
武内P「島村さんは、当日は小日向さんとの仕事が既に入っておりまして……。今回は不参加という形になります」
未央「そっか。じゃあ今丁度しぶりんと一緒に出掛けてたところだからさ、私から聞いといてあげるよ。また折り返し連絡したらいい?」
武内P「では……お願いできるでしょうか。よろしくお願いします」
それだけ言うと、プロデューサーは電話を切った。
……さて、これでしぶりんがOKって言ったら今回のデートはお流れになっちゃうけど……まぁ仕方ないか。仕事だもんね。
再び店のドアを開けて店内に入ると、談笑していたしぶりんとしまむーが目に入る。
凛「あ、未央。プロデューサー何だって?」
未央「それがさー……」
事情を説明すると、しぶりんは少し何か思案するような態度を取ったかと思うと……しかし意外にも、ほんの数秒考えた後にOKだと言ってきた。
未央「(まぁ、しぶりんもやっぱり仕事は大事だよね)」
未央「じゃあ私たち、今から346プロに戻らないといけなくなっちゃったから……悪いけどもう行くね?」
卯月「あ、はい! それじゃあまた今度……」
それだけ言うと卯月は私たちに手を振って、笑顔で見送ってくれた。
店の外を出た後も、念のため少し店から離れてから――周りに人が少なくなったのを確認して、私たちは再び手を繋いだ。
ちょっとご飯食べるので離れます。
未央「あーあ、こんな時に仕事の電話なんてついてないねー」
帰り道を歩きながら、私は口をとがらせて不満をつぶやく。
せっかくの休日なのに、なんだかしぶりんと全然一緒にいられなかった気がするぞ。
凛「そうだね……まぁせっかくデートしてたのに、中止になっちゃったのは残念だけど……。私は仕事自体は嬉しいかな」
未央「え?」
凛「……未央と一緒に仕事ができるし……。それに、二人で箱根の温泉旅館に行けるなんて、これはこれでちょっとしたデートみたいじゃない」
凛「私ね……楽しみだよ。今日のデートの続きは、箱根で仕事が終わった後に再開する……って事にしない?」
ぎゅう、と。しぶりんが繋いだ手に心なしか力を込める。振り向くと、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべて私の事を見つめていた。
未央「……っ」
その大きな瞳に見つめられた私は、一瞬どきんと心拍数を上げると、反射的に顔を逸らしてしまう。
――すると隣のしぶりんは「ふふっ」と軽く笑った後、繋いだ手を少し強く手繰り寄せた。引っ張られるように私の体は彼女の方に引き寄せられ、肩と肩が軽くぶつかってしまう。
未央「し、しぶりん……」
凛「だから……さ。次のデートの時まで未央と離れても寂しくないように……。最後にちょっとだけ、頂戴?」
次の瞬間。ふわり、とした髪の甘い香りと共に――私の視界はふさがれていた。
唇に、熱いものが押し付けられる感触。
はっとして瞳のピントを近くに合わせると、そこには目を閉じたしぶりんが……私の唇を奪っていた。
未央「(……っ!?)」
すっ、と。繋がっていた唇と唇が再び離れる。
未央「(え、あ………)」
……触れ合っていたのはほんの一秒にも満たない、刹那のような時間だけだったけど――彼女の唇の感触は、私のそれにはっきりと残っていた。
柔らかさ、温度、湿り気、その全てが。消えない刻印のように私の唇に刻まれていたのだ。
未央「し、しぶ……!」
はっと我に帰ってあたりを見渡す。
……幸いこの道は人通りが少なく、私たちのほかには目立って人はいないようだった。
凛「……ほら未央、早く帰らないと遅刻しちゃうよ」
そう言ってしぶりんは少し俯きながら、私の手を強引に引っ張った。……その頬には心なしか朱が差しているようだ。
未央「(……こんなの、反則すぎるよ……)」
私は――一瞬で臨界点を突破したエンジンのように鳴り響く心臓を手で押さえながら、彼女にただ手を引かれるまま、帰り道を歩くのだった。
再開します。
そして、例の温泉旅館レポート番組の収録当日がやってきた。
私はというと、今日までどこか落ち着かないそわそわとした日々を過ごしながら、それでも手帳に大きく印がついたこの日を何だかんだで心待ちにしていた。
しぶりんと一緒の仕事ができる。それだけで私の心は、嬉しいやら恥ずかしいやらどっちつかずに揺れ動いてしまう。
未央「わぁ……結構大きい所なんだね」
都心から高速道路で目的の箱根までやってきた私は、目の前のさる旅館を前に感嘆の声を上げる。
地元では中々有名な温泉旅館みたいで、荘厳な雰囲気を放つ門構えはいかにも老舗といったイメージだ。
凛「そうだね。私も仕事じゃなければこんな所来られなかったんだろうな……」
となりでしぶりんが同じように感心した様子でつぶやく。まぁ、私たちってアイドルやってなかったら普通の高校生だし……こんな高そうな旅館、確かに簡単には来れなかっただろうね。
……とりあえず、今日は一緒の仕事相手として、スタッフさんたちには私たちが恋人同士だって事はバレないようにしないとな……。
未央「とりあえず私たちの部屋がとってあるみたいだから、まずはそこに行こうか」
撮影はスケジュール上本格的なものは明日から始まるみたいで、今日はとりあえずゆっくりしていていいらしい。
私はしぶりんといつものように手を繋ごうとして――周りにスタッフさんが何人かいることに気付くと、差し出した手をそのまま引っ込めるのも何なので、しぶりんの袖を軽く引っ張って旅館の中に入っていった。
私たちの部屋は、控室としてこの旅館に二人用の部屋がとってある。
一人一人別の部屋にすることもできたのだけど、プロデューサーと打ち合わせをした時に「二人一緒の部屋でも構わなければ、そうしますが……」と聞かれたので、私たち二人はお互いの顔を見合わせながら「じゃあ……一緒でいい?」「……うん」と、なんだかよく分からないような表情でうなずき合った後、二人で一緒の部屋を取ることにした。
未央「うわーっ、凄い! この部屋めっちゃ広いよしぶりん!」
凛「ほんとだ……。やっぱり立派な旅館なんだね」
部屋についた私はふすまを開けると、広くて開放感のある室内にいきなりテンションが上がって飛び跳ねる。
しぶりんは荷物を部屋の隅に置くと、窓になっている障子を開けた。日光がぱあっと室内に差し込んで、部屋が暖かな光に包まれる。
未央「いやー、なんかこういう旅館に来ると、最初に部屋に入った時って何故かめっちゃわくわくするよねー!」
凛「……まぁ、分からないでもないけどね」
苦笑しながらしぶりんがうなずく。うん、やっぱりこの「旅行先で宿泊先の部屋に入った時にテンション上がる現象」は万人共通のものだよね。
未央「それにしても……今日はとりあえずもうやることはないみたいだね。撮影は明日からって言ってたし」
凛「そうだね……何しようか」
考えてみれば、明日からは撮影で忙しくなるわけだし……完全に自由時間があるのは今日だけかもしれない。
それなら……今日のうちに、この間のしぶりんとのデートの続きがしたい。そう思ってしぶりんに話を切り出そうとすると――。
凛「……あ、あのさ。それなら今日は二人で一緒に遊ばない? この間の……その、デートの続きってことで……」
もじもじと俯きながら、しぶりんが先に話を切り出してきた。
未央「そ、そうだね! 私も……丁度しぶりんと一緒にいろいろ見て回りたいなって思ってたし! せっかくこんな良い所に来たんだもんね!」
二人で箱根でデートなんて、こんな貴重な機会がいつあるかなんてわからないし……。
どうせ明日は仕事で忙しいんだから、今日は思いっきりしぶりんと一緒に羽を伸ばしちゃおうかな。
未央「それじゃあ……」
↓2
1.旅館の中を見て回る。
2.旅館の外を見て回る。
未央「せっかくだしさ、旅館の中を色々見てまわわない? パンフレットには結構いろんな施設もあるみたいだし……」
凛「そうだね。私もこんなに立派な旅館に来たのなんて初めてだし……。あ、その前に浴衣に着替えない?」
未央「お、いいねー! やっぱり旅館と言ったら浴衣だよね!」
部屋に備え付けの物入れの中には綺麗に折りたたまれた浴衣が入っていた。
私はそれを一つとってしぶりんに渡すと、私の分を……と、そこまで考えて手が止まる。
未央「(あれ? この場合……私って一緒に着替えたほうがいいのかな? それとも別々の部屋で?)」
未央「(いや……女の子同士なんだから別に一緒の部屋で着替えても問題ないのかもしれないけど……で、でも、相手がしぶりんだとなんか違う問題な気がするぞ!)」
未央「(どうしよう……恋人同士とはいえ、一緒の部屋で着替えたほうが自然なのかな。それともここは私がどこか別の部屋に言って着替えるべきなのか……)」
そんなことをつらつら頭の中で考えていて、しぶりんは、とふと彼女の方に視線をやると……案の定しぶりんも、浴衣を胸に抱えたままこちらをちらちらと見ていた。
凛「あ……えっと、私、どこか他の場所で着替えようか?」
未央「え!? あ、う、ううん! 大丈夫だよ! 別に気にしなくて!」
何が大丈夫なのか自分でもさっぱり分からないまま、つい勢いに任せて言葉が口を旅立ってしまう。……しまった、焦ってよく考えないまま返事してしまった。
しぶりんは一瞬びくっと体を震わせたものの、「じゃあ……」と小さくつぶやくと、ゆっくりと上着に手をかけはじめた。
未央「(わ! やばいやばい、しぶりんもう着替え始めちゃったよ……! 私は……ど、どうしよう)」
↓2
1.同じ部屋で一緒に着替える。
2.やっぱり恥ずかしくなって別の部屋に駆け込む。
未央「ご、ごめん! 私そっちの部屋で着替えてくるね!」
凛「え?」
自分でも混乱したまま、浴衣を抱えて別の小さな部屋に駆け込んでしまう。念のためカチャリとドアノブに鍵をかけると、自分一人になった空間には私の心臓の鼓動以外の音は何もなく、しんとした静寂が張りつめていた。
ううう、何だか自分がとてつもないヘタレに感じるような……。
未央「(何で逃げてきちゃったんだろう……でもやっぱり、女の子同士とはいえしぶりんの着替えてるところを見るなんてなんか恥ずかしいし……)」
自分に言い訳をするようにぶつぶつと呟きながら、さっさと着替えを済ましてしまう。
あまりしぶりんを待たせても悪いし……早いところあっちの部屋に戻らなきゃ。
未央「(よし……どこもおかしなところ無いよね……)」
一応浴衣の着方をチェックすると、ドアノブに手をかけ、扉の向こうのしぶりんに声をかける。
未央「し、しぶりーん。もうそっち行っていいかい?」
凛「……うん、大丈夫だよ」
声が返ってきたことを確認して、扉をあけてまた最初の部屋に戻る。
するとそこには――浴衣を見事に着こなして、長くさらさらとした髪をポニーテールでまとめたしぶりんが立っていた。
少し気恥ずかしそうな表情を浮かべる彼女の可憐さに……私は思わず見とれてしまい、ぽかんと口を開けたままじっと彼女の事を数秒見つめてしまった。
凛「? ……どうしたの?」
未央「いや……しぶりん凄く綺麗だなって」
凛「な……何言ってんの。それなら未央のほうがよっぽど可愛いし……」
未央「わ、私が!? ないない、しぶりんの方が絶対似合ってるってー!」
普段はレッスン中でしか見られないようなしぶりんの長いポニーテールは浴衣にぴったりと似合っていて、何だか……二人で特別なところに来たんだ、という気持ちが否応にも喚起されてしまう。
凛「も、もう……話はそれくらいにして、じゃあそろそろ行こうか」
未央「そ、そうだね」
貴重品の管理をすると、二人で部屋の外に出た。
流石にここでは恋人繋ぎはできないのが残念だけど……。
未央「(さて、どこに行こうかな?)」
↓2
未央「よーし、じゃあまずはゲームコーナー行ってみない? 旅館に来たらまずはゲームだよねー、やっぱり」
凛「そういうものなの? まぁいいけど」
未央「ゲームコーナーって大体どこの旅館にもあるじゃん。なんかさ、こういうとこの旅館ってイメージに反して結構色々充実してたりするんだよねー」
うきうきした心持ちでパンフレットを見てみると、どうもそう遠くないところにあるみたいだ。
数分ほど歩いてみると……あったあった。中々広いゲームコーナーで、結構遊んでる人も多いみたいだ。
未央「ふっふっふ、〝ゲーセン荒らしの未央〟と異名を取った私がかっこいいとこ見せてあげるよー!」
えーと、私が知ってるゲームは……と。
未央「お、なんだこれ……「北斗の拳」だって。格ゲーかな? そう言えばお兄ちゃんの部屋に漫画があったけど……」
見ると、格闘ゲームらしき筐体が二つほど置かれていた。そのうち一つはやっている人もいるみたいだし……やったことはないけど、試しに一回やってみようかな?
未央「すみませーん、対戦いいですか?」
宿泊客と思われる男の人に声をかけると、快く了承してくれた。よーし、私だって格ゲーは結構やりこんだ事もあるし、いい勝負ができるはず!
キャラは……適当にこの「ジャギ」っていうのでいいかな。対戦相手は「トキ」ってキャラみたいだ。
凛「……あのさ未央、そのゲームって前に確か……杏が何か言ってたような気がするんだけど」
未央「え? 何、しぶりん」
凛「確か……ええと、何だったかな。思い出せない……」
後ろでしぶりんが何かを思い出そうとうなっている間に、戦いが始まった。よっし、このゲームが何だか知らないけど、しぶりんにかっこいいとこ見せてあげようっと!
ジョインジョイントキィデデデデザタイムオブレトビューションバトーワンデッサイダデステニーナギッペシペシナギッペシペシハァーンナギッハァーンテンショーヒャクレツナギッカクゴォナギッナギッナギッフゥハァナギッゲキリュウニゲキリュウニミヲマカセドウカナギッカクゴーハァーテンショウヒャクレツケンナギッハアアアアキィーンホクトウジョウダンジンケンK.O. イノチハナゲステルモノ
バトートゥーデッサイダデステニー セッカッコーハアアアアキィーン テーレッテーホクトウジョーハガンケンハァーン
FATAL K.O. セメテイタミヲシラズニヤスラカニシヌガヨイ ウィーントキィ (パーフェクト)
未央「なんで……なんであんな……わたし、なにも、なにもしてないのに……」
屍と化したジャギを見つめながら筐体に突っ伏す私を、しぶりんが必死で慰めてくれた。対戦相手の人も……心なしか何だか気まずそうだ。
凛「思い出した……。確かそのゲーム、杏が言うには「世紀末リズムアクションゲーム」とか言われてて、ほぼ全てのキャラが即死コンボありのゲームなんだって……」
未央「そんなの初心者の私が勝てるわけないじゃん! 私には何の抵抗もできずに嬲り殺されるジャギを見ていることしかできなかったよ!」
ご、ごめんねジャギ……。私がこのゲームをプレイする相応の腕を持っていれば、あんなに無残な負けはなかったはずなのに……。
凛「あ、そのゲームってそんな風に、どっちかが一方的にやられることの方が多いらしいよ」
未央「駄目じゃん! どっちにしろ多分ジャギは生きられなかったんじゃん! こんなのってないよ!」
多分これは……私が手を出しちゃダメなゲームだったんだ。そう……思いたい。
見も知らぬキャラに感情移入していても仕方ない。気を取り直して、何か別のゲームをやろう。
未央「え、えぇと……じゃあ、どうしようかな」
↓3
未央「うぅ、今度はもっと簡単なゲームにしよう……ん? なんだろこれ、魔界村?」
見ると、古びたゲームの筐体が周りから孤立したようにぽつんと一つ置かれていた。おどろおどろしいテキストでタイトルが示されたそれは、どうも横スクロールのアクションゲームのようだ。
未央「へー、レトロゲームかな。私こういう昔のゲームも好きだから……ちょっとやってみようかな」
凛「だ、大丈夫? また何か嫌な予感がするんだけど……」
未央「へーきへーき! こんな昔のゲームならさっきみたいな事にはならない筈だよ! 安心して見ててね!」
意気揚々とゲームに挑んだ私は――
空飛ぶ赤い悪魔の集団に見事にリンチにされ、無残にもゲームオーバーと相成った。
未央「難しい! 普通に難しいよこれ!」
凛「あ……そういえば今思い出したけど、そのゲームも確か杏が難易度高いことで有名なレトロゲームだって……」
未央「なんでしぶりんそういう大事なこと言うのが遅いの! このままじゃ私難しいゲームに挑戦してすぐやられるのが持ちネタになっちゃいそうだよ!」
だ、ダメだダメだ! 一人でするゲームはこれ以上やると更に泥沼に嵌まりそうで怖い……!
ここは何とかしぶりんと一緒にできるゲームがしたいところだけだけど……ううう、何かないか、何か私が知ってるやつ……。
きょろきょろとあたりを見回すが、気づいてみれば普段私がやっているゲームはパッと見た感じでは見つからなかった。
もー! こんな時に限って……何だかラインナップが特徴的すぎるよ、このゲームコーナー!
未央「……あ!」
と、そこまで見渡したところで、ふと見覚えのあるものが目に入ってきた。
未央「(あ、アレだ! アレなら私でも知ってるし、しぶりんと一緒にできる!)」
未央「しぶりんあれ! プリクラがあるよ! 一緒にやろ!」
凛「え、う、うん。いいけど…………きゃっ」
言うが早いか、私はしぶりんの手を引っ張って早速プリクラの筐体へと彼女を連れ込んだ。もうこの際私が知ってて一人でプレイするんじゃないゲームでなければ何でもいい!
未央「いやー、私プリクラなんて撮るの久しぶりだよー! よかったー、やっと知ってるゲームがあって……」
凛「う、うん……」
と、そこまで言って、隣のしぶりんが何故か顔を赤くして俯いていることに気が付いた。
はて……なんでだろう。別にプリクラ撮るくらい普通に……普通に…………ん? プリクラ? しぶりんと?
未央「(……あっ! 考えてみたらしぶりんと二人で一緒にプリクラなんて、めっちゃ恋人っぽいじゃん! うわ……急に恥ずかしくなってきた……!)」
さっきまでは、とりあえず知ってるゲームなら何でもいいと焦ってたから、よく考えずについ……。
未央「(ど、どうしよう。いや、別にプリクラくらい何でもないんだけど……)」
とりあえず一度入ってしまった以上、また出るというのも不自然なので……覚悟を決めて撮ってしまうことに決めた。お金を入れると、きらびやかな光の演出とともに音声が流れ出て、早速コース選択が始まる。
「好きなコースを選んでね!」
液晶画面に色々なコースが出てくる。
えーと、あるのは……わっ、カップル撮影コースなんてのがある……。
未央「ど……どうしよっか、しぶりん。どれがいいのかな?」
凛「ん……そうだね……」
恥ずかしそうに俯いた彼女は液晶を見つめながら……おずおずといった動作で手を伸ばした。
な、何にするんだろう……と見ていると、小さく「えい」と呟いたしぶりんは、私が見つめていたカップル撮影コースのボタンを指先でちょんと押してしまった。
凛「い……いいかな? これで……」
顔を赤くした彼女が、こっちに顔を向けて尋ねてくる。……うわ、なんだろう。何だか私たちがカップルだって、改めて証明されたみたいで……。凄く……ドキドキする。
未央「ぜ、ぜんぜんオッケー! じゃあ始めよっか!」
平静を装いつつ、カメラに二人とも入るように少し寄り添う。私……カップルで撮るモードなんて選んだことないから、どんな風なのか全然想像がつかないよ……。
「二人で抱き合ったポーズをとってね!」
筐体から聞こえてくる明るい声に、私は早速度肝を抜かれた。
未央「(だ、抱き合う!? 抱き合うって、しぶりんと私が!? か、カップルモードってこんなこと要求されるものなの!?)」
あわあわと私が焦っていると、無情にも液晶画面にシャッターが切られるまでの残り時間が表示される。あ、あと五秒しかないじゃん!
――ぎゅう
すると、ふと、私の体に柔らかいものが当たる感触がした。ふわり、と舞った髪の匂いが私をはっと気づかせる。
……そこには赤い顔で俯いたしぶりんが、私の体に両腕を回して恥ずかしそうに抱き着いていた。
未央「し、しぶりん……」
凛「ほら、早くしないと……撮られちゃうよ」
うぅ、しぶりんだって恥ずかしそうな癖に……とたじろいでいると、いつのまにかカウントダウンはもうすぐそこまで迫っていた。考えている時間はない。
……ぎゅ
未央「(うわ、しぶりんの体……細くて柔らかい……)」
おずおずと私もしぶりんの腰に両腕を回すように抱きしめ、二人はお互いに抱きしめあう形になった。
目を向けると、しぶりんの顔が僅か数センチ先にある。甘い香りと、彼女の心臓の鼓動がこっちにまで伝わってきそうで……うぅ、できれば早く撮ってほしい……!
カシャ!
シャッターの音が響き、液晶画面が次のフレームに切り替わる。……これ、まだまだこんな感じで続くのかな。まだ一枚目なのに、私の心拍数は既に急上昇しちゃったんだけど……。
「二人で手でハートマークを作ってね!」
次の指示はそう来たか。これならさっきよりはまだ大丈夫そうだ。
未央「手でハートって……こういうことだよね?」
ゆっくりとお互い確かめ合うように手を前に差し出すと、二人で手でハートのマークを作る。彼女の柔らかい指先と指が当たり、暖かさが不意に指先から伝わってきた。
未央「(う……でもこれはこれで結構……。なんか、「私たちラブラブですよ」って宣言してるみたいで……)」
ぷるぷると指先が震えるような錯覚を起こしながら、シャッター音が鳴るのを待つ。ふとしぶりんの方を見ると、彼女も同じように耳が真っ赤に染まっていた。
カシャ!
ようやく鳴ったシャッター音に胸を撫でおろし、手を下げる。
……だ、だめだ。プリクラなら今まで他にも撮ったことはあるけど、カップルモードってこんな恥ずかしいことやらされるのか……。世のカップルはみんなこの試練に耐えているのだろうか。というか、このモードを考えた人は開発中何を考えていたんだろう……。
そんなことを考えていると、またしても筐体からアナウンスが発された。
「自由なポーズで撮ってみてね!」
未央「(じ、自由なポーズ? 急にそんなこと言われても……)」
仕事で撮影の時にカメラマンさんから自由に、と言われることはあるけれど……この状況が状況じゃ、どんなポーズを取ればいいのか全く思い浮かばない!
ここは何枚か連続でシャッターが切られるらしい。うぅ、どうしよう……。
どんなポーズをとる?
↓2
↓3
未央「(こ、ここはとりあえず、一度心を落ち着かせたほうがいいかも……)」
合掌のポーズをとって、深く深呼吸をし、心を落ち着かせる。しぶりんに抱き着かれていちいち動揺してたんじゃ、この先心臓が持たないかもしれないし……。
未央「……」
未央「…………」
未央「……………………」
凛「未央、何してるの?」
未央「わひゃっ!」
私が目を閉じて心を落ち着かせていると、急にしぶりんが私の腰に手を回してきた。え、な、何で急に!?
凛「えっと……自由にポーズっていったら、とりあえずこんな感じかなって……」
上目遣いでぎゅっと私の体を抱き寄せるしぶりん。……待って待って、今せっかく心を落ち着かせてるところだったのに! 下がろうとしてた心拍数が一気にまた上がっちゃったじゃん! これ多分健康に良くないよ!
しぶりん、変なところで真面目なんだから……!
なんて言っている間にも、シャッターへのカウントダウンは刻々と迫っている。ど、どうしよう。何も思いつかないし、心臓もバクバク言ってて何も考えられないけど……!
未央「(と、とりあえず……他にやってない事って言えば……!)」
残り二秒。残り時間への焦りと喉まで響くような心臓の鼓動に、おそらく私はひどく混乱していたんだろう。
未央「(そ、そうだ! これなら……!)」
私は咄嗟にしぶりんの体を抱き寄せ、その頬に口づけていた。
凛「……!」
びくっ、と彼女の体が震えるのが分かった瞬間、シャッターの音が鳴り響く。
凛「………」
未央「………」
撮り終わった後も私たちの体はお互い硬直してしまい、二枚、三枚と、シャッターが切れる音をただ動かずに聞いているだけになってしまっていた。
未央「……っ」
ふと気が付いて、慌ててぱっと彼女の柔らかな頬から唇を離す。しぶりんは、突然の事に呆然としているようだ。
未央「あ……ご、ごめんしぶりん。その……まだやってないことって何かあったかなって考えてたら、その……つい」
凛「………」
うわ、目に見えてわかるくらいしぶりんが恥ずかしがっている。顔は真っ赤に赤面し、いつものように背中を丸めて俯いてしまった。
未央「ご、ごめん……急にされたらびっくりしたよね。あ、まだ撮影残ってるみたいだから、他に何かポーズを……」
凛「……私も」
未央「え?」
凛「……私も未央にキスする」
ふら……と、しぶりんの体が揺れる。
聞き間違いだろうか、と耳を澄ませていると、急にしぶりんが私をカメラの前まで引き寄せて、ぎゅううと力強く私を抱きしめた。
未央「ちょ、ちょっとしぶりん、急に何……」
凛「ほら、もうすぐシャッターだから……黙って」
視界の端には、液晶画面に「残り1秒」と表示された文字が、辛うじて見えた。
残りの視界の大部分は、目の前のしぶりんの顔で埋め尽くされていたからだ。
……ちゅ
未央「(………あ)」
しぶりんの熱い唇が、私の唇に押し付けられる。
カメラの目の前で、しぶりんに背中まで腕を回され抱きしめられた私は後ろに退くことも抵抗する事も出来ず、ただ彼女から押し付けられる唇を無抵抗に味わう事しかできなかった。
彼女の左手が、私の髪をかき分けて後頭部を掴んでくる。がっしりと強い力でホールドされた頭ごと私は、目の前の瞳を閉じたしぶりんの表情を、そのしなるように長い睫毛を、朧な視線で見つめていた。
未央「(しぶりんの唇、柔らかい……)」
カシャ、カシャ、とシャッターの切られる音が室内にこだまする。私も目を閉じて、彼女に押し付けられた唇に意識を集中させる。
未央「(今……しぶりんとキスしてるところ、撮られちゃってるんだ、私……)」
その事実が、私の脳髄を焼きそうなほど熱くさせる。時々「ん……」と漏れて聞こえる彼女の声にならないような声が、私の熱を更に加速させた。
凛「……ぷはっ」
何秒ほど経っていたんだろうか。しぶりんがやっと唇を離した。彼女は一瞬恥ずかしそうに視線をそらすと、私の頭から手を放す。
凛「……ごめん。我慢できなくて……」
そうつぶやく彼女が、なぜだかとても扇情的に見えてしまう。熱っぽく潤んだ瞳は、私の脳をとろけさせそうだ。
私は……
↓3
1.今度は自分からキスする。
2.もっとキスをねだる。
未央「もっと……」
凛「ん?」
未央「もっとして欲しいな、今の……」
自分でも訳が分からないまま、口をついた言葉が出てきてしまった。
……何を言ってるんだろう、私は。こんなプリクラの中で、撮られながらなのに、しぶりんにキスしてほしいなんて、お願いするなんて……。
さっきしぶりんにキスされて、私の脳まで彼女の熱にあてられてしまったんだろうか。
凛「……いいの? 未央」
再びしぶりんが私の体を抱き寄せる。その唇と唇の距離は、数センチも離れていないような距離に既に達していた。
私は……静かに瞳を閉じる。
未央「……ん」
こくん、と頷くと、彼女はすぐに唇をまた近づけてきた。ふに、といった感触とともにしぶりんの唇の熱が伝わる。
ぎゅう、と強く抱きしめられた体は、彼女にすべてを委ねてしまったような感覚にすら陥る。唇の湿り気が私に染み込むかのようだ。
凛「私……そんなこと言われたら、もっと我慢できなくなっちゃうから……」
未央「え?」
ふと、間近でそんな事を言われる。次の瞬間――ぬるっとした感触とともに、熱いものが私の口内に侵入してきた。
未央「……!」
思わず反射的に頭を後ろに逸らそうとするが、さっと彼女の手によって支えられた私の頭は、もう逃げることはできなくなっていた。
彼女の舌が私の前歯に当たり、しかしそこで止まることなくまだ奥へと入ってくる。やがて私の舌を見つけると、そっと先端を触れ合わせられた。
未央「……んあ……っ、ん……!」
彼女の漏れる吐息がかかる。ざらざらとした感触の彼女の舌に引っ張られるように、頭の茹った私は自らも舌を伸ばしてしまう。
彼女のそれに触れさせようと、巻き付かせるように、絡みつかせるように。彼女に頭も体も抱きかかえられ身じろぎもできないまま、舌だけは私の意思で、彼女のそれと唾液を求め続けた。
未央「……ん、ん……! ん……」
声にならない声を漏らし、その間もカシャ、カシャと、私たちがカメラの前でディープキスしているところを撮られ続けている。
そのシャッター音からなる背徳感が、さらに私の熱を加速させた。
「終了だよ! 外に出てプリを受け取ってね!」
とろけた脳に、そんな声がかすかに聞こえ入ってきた。
ふわふわとした意識の中、彼女の舌の感触を味わうことに夢中になっていた私は、それがプリクラの終了を告げるアナウンスだと理解するのに十秒ほど必要としたように思う。
凛「……あ……終わった、みたいだね」
未央「……ふえ?」
ぼうっとする意識の中、彼女が少しだけ唇を離した。
つうっ……と零れた唾液が糸となって、私たちの唇同士を繋げる。そこからぽたっと垂れた私のものとも彼女のものともつかないような唾液が一滴、プリクラの筐体の床に零れた。
凛「………」
未央「………」
あっという間だったような気もすれば、永遠だったような気もする。彼女にキスされていた時間を反芻するように思い返すと、私の心臓の鼓動が痛いほど体の中で主張しているのが分かった。
凛「じゃあ……出よっか」
未央「……うん」
彼女に手を引かれ、ゆっくりと筐体から足を踏み出す。
まだ頭がぼおっとするが……辛うじて、握られた手の暖かさが、私の朦朧とする意識を少し覚ましてくれたような気がする。
……いや、真に私の気が覚めたのは、むしろ撮影された写真を受け取る時だっただろうか。
未央「わ、わぁ……」
筐体の側面で、完成したプリクラを受け取る。
最初こそ二人で抱き合ったり手でハートマークを作ったりしているだけの大人しめなものだが(そしてこれを大人しめだと思ってしまう私も私だが)、後半になるにつれ、私としぶりんが唇を重ねているところ、そして最後は私が……しぶりんに、激しく唇を奪われている所が、克明に現像されてしまっていた。
凛「これは流石に……恥ずかしいね」
未央「これ……絶対どこにも張ったりしたら駄目だからね……」
このプリクラは、門外不出の私たちだけのものにしよう。そんな暗黙の了解でプリクラを半分に切ると、私たちはそれぞれを手提げ鞄の最奥に仕舞った。
今日はここまでにしておきます。
まだデートが始まったばっかりなのに、いつの間にかもう二人が変な雰囲気になってるというアレ。
未央「と、とりあえず……そろそろ別の所に行こうか?」
あたりを見渡してみても、これ以上特に私がやれそうなゲームもないし……第一、ついさっきまでしぶりんにあんな事されてたんだから……これ以上ここにいたんじゃなんだか気まずくてし仕方ない。
まだ痺れるような感覚が残る舌を必死に押さえつけるようにして、私は彼女にそう尋ねた。
凛「そうだね、夕食まであと少し時間があるし……」
時計を見ると、今は午後五時を少し過ぎた程度の時間だった。さて……どこに行こうかな?
↓2
凛「そう言えば、さっきパンフレットで見たんだけど……この旅館、庭園があるみたいだよ。ちょっと行ってみない?」
パンフレットをもう一度見直すと、一階の中庭に結構広めの庭園があるみたいだ。幸い移動にもそこまでかからないし……。
未央「庭園かぁ……面白そうだね。見てみようか!」
私がそう返事をするが早いか、しぶりんは私の手をいつものように……素早くぎゅっと握りしめてきた。
一瞬びくっとしたものの、彼女がいたずらっぽく笑うような表情を私に向けると……「人に見られると色々困るから放してほしい」なんて台詞は、一瞬で頭の中から掻き消えてしまった。
未央「(やば……さっきの件がまだ頭から離れないよ……)」
しぶりんの柔らかい手のひらの感触が伝わるたびに、彼女の舌の感触が、唾液の味が脳裏にフラッシュバックする。
今……手を繋ぐのは、タイミング的にちょっと反則すぎやしないかな、しぶりん。そんなことを若干靄がかかったような思考で思い浮かべながら、私はしぶりんに手を引かれるようにして庭園へと向かった。
未央「うわぁ……すっごい雰囲気あるところだね……」
お目当ての庭園は、流石箱根の旅館……というものなのか。苔に、岩に、木々に、砂利にと綺麗に整備された和風の空間で、しんとした静寂がよく似合う、そんな心の落ち着く場所だった。
時々「かこん」と音を立てて鳴り響く鹿威しの姿が、なんだか印象的だ。
未央「私にはわびさびとかはよく分からないけど……見てると何だか落ち着くね」
凛「うん……素敵な場所。旅館にこんなところがあったんだ」
すぐ隣に立っていたしぶりんは庭園の石で作られた歩道に足を乗せ、そのまま三歩ほど歩くと、庭園が作り出す独特の空気を全身で味わうかのようにくるりと一回転した。
……彼女の揺れる長いポニーテールが、静寂の中にふわりと舞い、踊る。もしこの場にカメラマンさんがいれば、「日本の浴衣美人」なんてイメージで撮影されて、それがそのまま何かの雑誌の表紙を飾ったっておかしくないだろう。
未央「なんか……しぶりんってそういうのも似合うよね」
凛「そういうの、って?」
未央「いや……和風って感じの。やっぱ元がいいと何でも似合うものなのかなー」
凛「そんな……未央だって浴衣、凄く似合ってるし……。綺麗だって、私は思うな」
未央「そ、そうかなー」
ごまかすように笑う。なんだか……しぶりんにそんなこと言われるとちょっと照れてしまうな。私みたいに大雑把な性格の女の子じゃ、この空間にはちょっと似合わなさそうなものだと思ったけど。
凛「未央もこっちに来なよ。気持ちいいよ」
ひょこひょこしとした足取りで石を渡ってこちらに戻ってきたしぶりんが、私の手を軽く引っ張る。釣られるように、私もしぶりんの近くにあった足場に着地した。
未央「……ほんとだ。庭園って外から見ててもいいけど……中に入ってみても印象が変わるものなんだね」
凛「でしょう? 私……結構好きだな、こういうところ」
天井の吹き抜けを見上げるようにしてしぶりんが呟く。彼女の垂れた後ろ髪からちらっと見える細いうなじが、なんだか浴衣とやけにマッチしていて……異様に艶やかだった。
庭園も確かにいいけど、私としてはこの空間で更に引き出されたしぶりんの魅力の方に注目したいくらいだ。
未央「………」
思わず、そっと彼女の髪に触れた。
ポニーテールに纏められたそれは、私の指の間をするすると流れ落ちていく。艶のある黒髪は室内の淡い光を柔らかく反射させた。
ここ最近忙しくて全然時間とれなかったです。すみませんでした。
やっと時間ができたので再開していきます。
凛「ど、どうしたの? 未央」
未央「あ、ごめん……なんか思わず触っちゃった。……綺麗だったから」
凛「そ……それは、どうも……」
少し照れたような表情でしぶりんがそっぽを向く。だけど悪い気はしなかったのか、彼女はその後も私に髪を触らせてくれた。
髪の甘い香りが私にまで届く距離で、殆ど身長の変わらないしぶりんの頭を軽く撫でてみる。……なんだかこの空間にいると、一層しぶりんの繊細な魅力が引き立つような――そんな気がして、一度撫で始めるとどうにも癖のようになってしまった。
凛「……も、もう。いつまで撫でてるの?」
未央「や、しぶりんが綺麗だから……もうちょっと」
凛「な、なんか変な感じ……。それに、そんなこと言うなら――」
未央「……っ!」
さわ、と。ふいに彼女の細い指が私の首筋を撫でた。
柔らかいタッチで振れる指先が少しずつ首元を上っていき、私の髪の根元に届くと、彼女はそれを愛おしむような手つきでゆっくりと触り始める。
凛「未央の髪だって……綺麗だよ」
する、すると髪の間に指を絡め、そのままゆっくりと手櫛のように梳る動作を繰り返される。時々私の首筋に当たる彼女の指の腹の柔らかさが、妙にぞくぞくとした感触を私に覚えさせる。
未央「し、しぶりん!? なにす………ひゃっ」
予想していなかった彼女の行動と、そのゆっくりとした焦らすような手つきに……私は思わず素っ頓狂な声を上げ、思わずしぶりんの髪から手を放してしまった。
見れば彼女はどこか少しいたずらっぽい笑みを浮かべている。さっき私が髪を触ったことの仕返し……のつもりなんだろうか。
未央「わ、私はほら……しぶりんみたいに綺麗で長い髪じゃないから……触っても面白くないと思うよ……?」
自分で言うのも何だが、結構な癖っ毛の髪質な私は、ひそかにしぶりんみたいな流れるような長い髪に憧れていたりもする。
凛「そうかな? 私は……何だか未央って感じがして好きだよ。未央の髪って感じがする」
未央「よ、よくわかんないよ………んっ」
そう言っている間に、彼女の指は私の髪の中のどんどん深くに潜り込んでくる。
その感触がなんだかこそばゆくて、だけど目の前でその私の反応を楽しむような目をしている彼女に見られていると――自然と頭の奥がぼおっとしてきて、彼女の指に頭を委ねてみたい、と少しずつ感じるようになってしまう。
――ああ、なんでこういうことが自然にできるんだろう、しぶりんは。
なんだかいつの間にか私の方が余裕がなくなっているような――。
凛「……未央、耳真っ赤」
未央「いっ!? あ……」
気づけばしぶりんの指は私の耳たぶを軽くつまんでいた。彼女の指先がやけに冷たく感じる……という事は、それだけ私の耳は熱くなっていたのだろうか。
その気恥ずかしさをごまかすように強引に体を彼女から離すと、私は手をぶんぶんと振って彼女を遠ざけた。
未央「も、もういいでしょ! おしまい! なんで……いつのまにか何か変な雰囲気になってたし……!」
凛「未央が髪を触ってくるからじゃないの?」
ふふっ、といたずらっぽくしぶりんは笑う。その少し余裕のある仕草に、なんだか結局私一人が内心大騒ぎしていたような……妙な恥ずかしさを覚えた。
気づけば、私の心臓はいつのまにか鼓動が四割増しで力強くなっていた。
うぅ、なんだかしぶりんと正式に付き合い始めてから、私の方がわたわたしてる事が多い気がするよ……。最初はむしろ逆だったんだけど、どうしてこうなっちゃったんだろう。
長い髪を揺らしてこちらを見つめてくるしぶりんの瞳を見ていると、そうしているだけでも胸の芯が揺り動かされる気すらしてくる。
未央「掘れた弱み……ってやつなのかな……」
凛「? 何か言った?」
未央「な、何でもない!」
まだ顔が赤くなってないか気になるけれど、これ以上ここにいるともっとどきどきしてしまいそうだし……。
気づけばそろそろ時間もいい頃で、少しずつ空が暗くなり始めてきている。
未央「そ、それよりさ、もう結構夕飯の時間に近いし……そろそろ部屋に帰ろうか?」
凛「あ、そう言えばそうだね。お腹も減ってきてるし……そうしようか」
私のお腹もいい感じに空腹を訴えてきている。そう気づくと何だか急に食欲が湧いてきたような気がしてくるから不思議だ。
私たちは、少し足早に部屋へと戻った。
未央「うっわぁーー! すっごいご馳走! おっいしそーう!」
部屋に戻ると、丁度仲居さんたちが私たちの夕食の用意をしてくれていた所だった。
テーブルの上には、食欲をそそらせる匂いを発した料理の数々が顔を揃えて並んでいる。お刺身、天ぷら、煮物に串物……と、どれもこれも美味しそうな顔ぶれに、私のお腹は待ち切れずに小さく「ぐぅ」と音を立ててしまう。
凛「もう……未央は本当にご飯大好きだね」
未央「何を言うのさ! アイドルは体が資本! たくさん食べて健康的な体作りをするのもお仕事のうちなのさ!」
まぁ、ダイエットには気をつけなきゃだけど、と心の中で自分に言い聞かせたところで、早速席に座る。しぶりんも貴重品を置くと、私の正面に腰を下ろした。
「ではごゆっくり」と仲居さんが部屋の扉を閉めると、しんとした静寂が部屋に戻った。
未央「では早速……いただきまーす!」
そう言うが早いか、私は手近にあった煮物を一口箸でつまむと、ひょいと口の中に放り込んだ。
……んん。やっぱり旅館のご飯はいつもとは一味違うぞ。口の中で上品に広がる旨みと甘さに思わず頬がほころんでしまう。
未央「ん、これ美味しいよしぶりん!」
凛「そう? じゃあ私も…………わ、本当だ、おいしい……」
私と同じ料理をもくもくと小さく口を動かして味わうしぶりんは、何だか食べる姿まで料理に似合っていて上品だ。何でもおおざっぱになってしまう私とは、きっと本来比べるべくもない人なのかもしれない。
ふと、いたずら心でまたしぶりんに「あーん」して食べさせてあげようか……とも思ったけれど――少し前の出来事が脳裏に浮かんだのでやめておいた。
そんな事してまたしぶりんにやりかえされでもしたら、また私の方がテンパっちゃうに決まっているだろうから。
未央「はぁ~……美味しかった。満足だよー」
気づけばテーブルの上の料理はあらかた平らげてしまい、私の食欲はもう十分すぎるほどに満たされていた。あまりおいしいもので、ついつい箸が進んで食べ過ぎなかったかどうかが心配だけど。
食事を楽しんでいる間も、しぶりんとはいろいろな話をして会話が弾んでいた。仕事の事や、NGの事、最近あった出来事など、話題はたくさんあったけれど……お互い、今日の出来事に関しては一言も話すことはなかった。
というのも……私なんか今思い出したって赤面してしまいそうなくらいなんだから、わざわざお互い恥ずかしくなるだろう話題を自分から振ることはないと思ったからだ。
食べ終わってから十分ほど経つと、数人の仲居さんが食べ終わったお皿を片付けに来てくれた。
仲居「もうお布団、敷いてしまってよろしいですか?」
その言葉に、私は若干心臓がどきっと鳴るのを感じた。
布団を敷く……ってことは、そうだ、今日私としぶりんがこの部屋で一緒に寝るってことなんだと、その事を再認識させられた気分だ。
未央「………」
……ふいに、あの夜の事が蘇る。思い出すと顔が赤くなりそうなので早々に頭から振り払うと、「あ、はい。お願いしまーす」と、何事もなさそうな声色でそう仲居さんにお願いしてしまった。
そんな風に私が内心緊張している間にも、仲居さんは慣れた手つきで手早く布団を敷いてしまった。二つぴったりくっついた布団が、部屋の真ん中に鎮座しているのは……何だか、妙に迫力がる。
……さて、時間はまだ午後七時。これからどうしようかな?
↓2
時間午後八時に修正します。
未央「……あ、そうだ。さっき仲居さんが言ってたけど……今日これから近くで花火が上がるんだってね」
凛「そうみたいだね。この部屋からでも見れるらしいけど。……ちょっと見てみよっか?」
ふと、さっき仲居さんが教えてくれたことを思い出した。山の下の方で何かイベントでもあったのかな?
未央「そう言えば花火なんて見るのは久しぶりだし……たまにはいいかもね。なんか楽しみになってきたよ」
建物の外側に面する大きな窓を開けると、夜の涼しい風がふわっと部屋の中に入ってきて、頬を掠めていった。森の木々の葉が風で擦れあう音がさざ波のように響いてきて、いつもとは違う非日常感を私に感じさせてくれる。
未央「あと少しで始まるみたいだね。しぶりんもこっちにおいでよ」
窓は人が腰かけられるくらいの大きさとスペースがあったので、私はその窓のへりに座った。しぶりんを軽く手招きすると、彼女もこちらに寄ってきて、私のすぐ隣に腰かける。
凛「何だか……未央と一緒に花火が見られるって、それだけでも嬉しいな」
隣のしぶりんが、ふと声を漏らす。振り向くと、彼女は嬉しそうな、少し恥ずかしそうなといった表情で、ちょっぴり顔を俯けてみせた。垂れた前髪の隙間から覗く彼女の頬は、心なしか朱が差しているようだ。
すると彼女は、私との間の距離を、少しずつ、少しずつ詰めてきた。最初は三十センチほどあった体の距離を徐々に縮め、十五センチ、五センチと近づいてくる。
凛「……」
未央「し、しぶりん?」
私がそのことに少しうろたえていると、しぶりんの肩はとうとう私の肩とこつんと触れ合う距離まで来ていた。
――ふと気が付けば、彼女の息遣いが聞こえそうな近さまで、しぶりんのその細くすらっとした体は私のすぐそばにあった。浴衣越しに彼女の体温が二の腕にじんわりと伝わり、それが私の緊張を一気に誘発してしまう。
凛「なんだか……ちょっとこうしたくなっちゃった」
するっと彼女の手が私の体に回り込み、ぎゅう、と弱いんだか強いんだかよくわからないくらいの絶妙な力加減で私を抱きしめてくる。
気が付けばしぶりんの体は私に軽くもたれかかるようにぴったりとくっつき、彼女の髪先が私の少しはだけた浴衣を掻い潜って鎖骨のあたりを軽くくすぐってきていた。
――あぁ、私ってなんでこう、しぶりんの体が近くにあるだけでこんなにどきどきしちゃうんだろう。
彼女が回した手は私の体を正面から抱きしめており、彼女の柔肌の感触が浴衣越しでもちゃんと伝わってきて、否応にも私の心拍数を上昇させてしまう。
凛「二人でこんなところにお泊りしてるって考えたら、なんだかドキドキしちゃってさ……。いい? 花火見てる間、こうしていても……」
ほんの少ししか離れていないような距離で、私の耳に彼女の声が至近距離から入ってくる。ふわりと漂ってくる彼女の髪のいい匂いが、私の心臓を更に追い詰めた。
――だけど、こんな風にしぶりんから積極的にされたら……私だってしぶりんを抱きしめたくなっちゃうじゃないか。
未央「う、うん……いいよ。私も……こうしたかったし」
そう言って、私も片方の手をしぶりんの腰に回し、ぎゅっと抱き寄せる。彼女は一瞬びくっとしたように体を跳ねさせたけど、すぐに嬉しそうな顔になり、そっと私の肩に頭をもたれ掛かってきた。
未央「(うぅ……なんか、これっていわゆる「いい雰囲気」ってやつなのかな……)」
まだ鼓動がドキドキするけれど、少し勇気を出して彼女を抱き寄せてみると、その体温や感触が私に深い幸福感をもたらしてくれて……。素直にしぶりんと二人きりのこの時間を楽しもうと思えてくる。
凛「あ……花火……」
耳元でしぶりんがそう囁くと、ひゅるるるる……と花火が打ちあがる音が聞こえてきた。
首を窓の方に向けると、一瞬空が明るく光り――やがて大きな破裂音と共に、大きな花火が夜空へと描き出される。
凛「綺麗だね……」
未央「……うん。綺麗……」
数センチも離れないような距離でお互いを抱きあって、空に昇る花火を見つめ続ける。
本当はすぐそばにあるしぶりんの方が綺麗だ、なんて思ったけれど。口に出したら笑われるのはわかっていたので、口をつぐんでおいた。
ひゅるるるる――どーん。ひゅるるるる――どーん。
花火は次々に夜空へと打ちあがり、大輪の花を咲かせてゆく。爆発の光がこちらにまで届くので、しぶりんの横顔が一瞬だけ明るく照らされる。
長い睫毛。揺れる前髪。透き通るような肌。聞こえる呼吸。伝わる体温。
私の腕の中でしぶりんは、それこそ私が力いっぱい抱きしめたら折れそうなほど細く、だけど反してそんな事は全くないと思わせるほど芯が力強くもあった。
未央「(好き……だなぁ、やっぱり)」
彼女とこうして近くにいて、一緒に何かをしていると、否応なしにそう考えてしまう。胸の奥から熱いものがせりあがってきては、私の心臓をいたずらにかき乱していく。
そんな感触が幸せでもあったし、むずがゆくもあった。
凛「長いね。花火……」
未央「……うん」
三十分? 一時間? どれだけこの時間が流れたのかは分からないけれど、だけど――。
未央「(……ずっと、こうしていたいな……)」
零距離となった私と彼女の彼我の差が、私の脳を熱くさせる。
しまむーとも、シンデレラプロジェクトのみんなとも、確かにずっと一緒にいたいけど――今しぶりんに感じるこの感情は、それとは多分違うものだと、自分の中で分かってはいた。
凛「……何だか、ずっとこうしていたいね。未央」
未央「……っ」
未央「……しぶりんも、そう思う?」
凛「うん。……私たち本当は仕事で来てるはずなのに、何だか結構楽しんじゃってるよね」
未央「まぁ……今回はこの間のデートの続き、みたいなところあったしさ」
凛「そうだったね。……でも明日は朝から色々忙しいらしいから、今日は早めに寝ないといけないのが辛いところだけど」
未央「はは。まぁそれは仕方ないかな。やっぱり仕事で来てるわけだし」
なんてとりとめもない会話を、ほんの少ししか離れていない唇同士で行う。
未央「私……今幸せだよ。しぶりん」
凛「何? 急に。私も同じだけどね」
少し照れくさそうにしぶりんが笑うと、花火の爆発のフラッシュが丁度同時に起こり、彼女の顔がまた一瞬明るく照らし出される。
――あぁ、彼女の大きな瞳が、また私を狂わせる。
未央「…………しぶりん」
凛「? どうしたの………っ!」
気づけば私は、すぐ近くにあったしぶりんの唇に、私のそれを重ねていた。
凛「っ!? ん……っ!」
びくっとしたように一瞬肩が震え、私を抱きしめていた手がぎゅうっと私の浴衣を強く握りしめる。
その反応を見て初めて私は、いつの間にか自分が彼女にキスしていたことが理解できた。
未央「(あ……私、いつのまにかキス、しちゃってた……)」
すぐ隣に座るしぶりんの事を愛おしく思いすぎて、私の脳もそろそろオーバーヒートを起こしてきたのだろうか。
彼女の唇の柔らかさと暖かさが直に伝わってくる。そう言えば、いつ以来だっけ。私の方からしぶりんにキスするのって――。
未央「(……思い出した。初めての嘘デートの時に、最初に私からして以来だ)」
唇と唇が繋がったまま、妙に思考は冷静になって、私はふとそんな事を思い返していた。
――しかしキスしてほんの十秒にも満たないうちから、私の脳内からそんな思考をしている余裕はそろそろなくなってくる。
凛「未央……っ、はぁっ……ぁ……」
しぶりんの吐息が漏れる音が直に聞こえる。その生々しい感触が、私の衝動を更に突き動かす。
未央「……っ、ぷはっ……。……ごめん、しぶりん……。なんか、ついキスしてた……」
凛「ん……いや、全然大丈夫……。急だったからちょっとびっくりしただけ……」
一旦唇を離すと、頬が真っ赤に蒸気したしぶりんがそこにいた。……何だか最近では珍しく、彼女が余裕無しで恥ずかしがっているところを見た気がする。
未央「なんか、ずっとこうやってたら、しぶりん綺麗だなって……それで……」
言い訳がましく口を動かす間にも、私の心の熱は収まらなかった。
彼女の着ている浴衣が少しだけはだけ、白く細い首元がちらりと見えるところが、更に私を惑わせる。
未央「……もう一回、するね……?」
凛「え? あ………っ」
ああ、今日の私は何だかもうダメだ。どうやら完全にしぶりんにお熱のようだ。
そのまま再び顔を近づけると、無抵抗のまま唇を差し出すしぶりんに、私はまたそっと口づけた。
凛「ん………あ、ぁ……」
浴衣を掴む彼女の手が一層こわばるのが分かる。彼女のふるふると震える小さな唇の暖かさを、私はゆっくりと確かめるように味わっていく。
漏れ出した吐息が私の頬を掠め、鼻孔を刺激する甘い髪の匂いが、私の理性をぐちゃぐちゃに壊していく。
未央「ちゅ……はぁ、……しぶりん、かわいい……」
心臓は早鐘のように鳴り続け、熱で段々と視界がぼやけていくのがわかる。
私の頭の中にあったのは、今目の前にいるしぶりんを、とにかく私だけのものにしていたいという気持ちだけだった。
すっと彼女の柔らかな髪を掻き分け、後頭部をそっと空いている手で包み込む。
――あぁ、もう、我慢できない。
凛「…………っ!?」
気づけば私は、いつか彼女にやられたみたいに、しぶりんの熱い口内に自分の舌をねじ込んでいた。
凛「んぁ………ぅ、んっ……!」
一瞬びくっと彼女の体が震えたのが分かったけれど、私の手でしっかりと抑えられたしぶりんの頭は、もうそこから微動だにできなくなっていた。
怯えるように奥で縮こまっていた彼女の舌先に触れると、熱くぬめるそれを捉えようと夢中で私も舌を動かしてゆく。
頭を少し斜めに傾け、より舌を彼女の口内の奥まで届けようとする。
見よう見まねで初めてやってみたディープキスは、傍から見れば様にはなっていなかったかもしれないけど――私にはそんな事どうでもいいくらい、ただ目の前のしぶりんが愛しくて仕方がなかった。
未央「ん……ちゅ、れろ………ぁ、……しぶ、りん……」
凛「んうぅ……ぅ」
興奮で頭がおかしくなりそうだ。しぶりんの舌に自分の舌を絡め、巻き付けるようにして、溢れ出た唾液を飲み込んでいく。
初めて自分から味わうしぶりんの舌は、暖かくて、ぬめるように動いて、まるでそこだけ別の生き物のようだった。
彼女の目尻が潤んでいるのが分かる。ぎゅうと彼女の体を抱きしめ、引き寄せると、胸越しに伝わるしぶりんの心臓の鼓動が痛いくらいに私にも伝わってきそうだ。
気持ちいい。
幸せ。
そんな気持ちが脳裏に浮かんでは、湧き上がる衝動に次々とかき消されてゆく。
未央「好き……しぶりん、……大好き……」
脳が沸騰しそうな熱量と共に、自分が自分でなくなりそうな感覚に襲われる。
あぁ、この瞬間が永遠に続けばいいのに。
ずっと――しぶりんを独り占め出来たらいいのに、なんて。
今時少女漫画でも滅多に見ないような言葉を、とろけそうな思考でうわごとの様に思っていた私は、大馬鹿者だろうか。
夜に拭く涼しい風と、光り輝く花火のフラッシュが、繋がる私たちを見つめていた。
――自分でもどれくらい経ったか分からないくらい、夢中でしぶりんの口内を味わっていたのだろう。
気が付くと段々腕の中のしぶりんから力が抜け、私の腕に寄り掛かるようにしてゆっくりと倒れこんでくるのが分かった。
未央「ん………ちゅ」
ふと、彼女の唇から顔を離す。見るとしぶりんは目元がとろけたような表情になっており、耳の端まで燃えるように真っ赤になっていたのがわかった。
未央「……し、しぶ、りん……?」
ぼぉっとする頭で彼女に呼びかける。
すると彼女は唇の端をわなわなと痙攣させたまま、口の端から零れた唾液をぬぐおうともせず、私の体にふらふらと倒れこんできた。
凛「………」
未央「…………?」
貪るようなディープキスが止まったことでか、私の思考に少しだけ冷静さが戻ってきた。
未央「(あれ? もしかして私………何か、やりすぎちゃった……?)」
私の胸の中に顔をうずめるしぶりんの表情は見えず、何を思っているのかは分からない。
しかし、上から見える彼女の浴衣から覗く白いうなじがやけに扇情的に映り、ついまた口づけをしたくなり喉がごくりと鳴ってしまう。
未央「(な……何考えてるんだろ、私。やっぱり今日は何だかヘンだよ……)」
思わずキスしそうになった衝動を何とか抑え込むと、胸の中で震えるしぶりんに声をかける。
未央「えっ……と、ごめんしぶりん、急にあんなことしたら、やっぱり嫌だったかな……」
凛「…………」
無言でふるふると、私の胸に頭を押し付けるように首を横に動かすしぶりん。
よ、よかった、とりあえず嫌がられはしなかったみたいだけど……どうしたんだろう?
凛「……シャワー、浴びてくる」
未央「へ? シャワー?」
私が素っ頓狂な声で聞き返すのが早いか、胸の中にいたしぶりんはゆっくりと立ち上がると、ふらふらとした足取りで離れ、部屋に備え付けの浴室へと歩いて行った。
結局一度も私に表情を見せることはなかったので、彼女がどんな顔をしていたのかは分からない。ただ一つ分かることは、後ろから見える彼女の耳が相変わらず熟れたトマトのような色になっていたという事だけだ。
未央「ちょ……だ、大丈夫? 急にシャワーって……。ついていこうか?」
凛「……いい。……っていうか……」
ふと足取りを止めたしぶりんが、俯きながらつぶやく。
凛「今一緒にお風呂入ったりなんかしたら………私、多分、おかしくなっちゃうと思うから……」
聞き取れるか聞き取れないか分からないくらいの声量でそう発すると、しぶりんはおぼつかない千鳥足でゆっくりと脱衣所に消えていった。
未央「…………」
ぽかん、と口を開けたまま、窓のへりに一人残された私。
気が付けばもう花火はいつの間にか終わっていたようで、夜空はまた星と月の光がかすかに雲の隙間から見えるだけになっていた。
シャアアアア……と、シャワーヘッドから水が流れる音が室内にこだまする。
私はといえば、結局あれからしぶりんが言った一言の意味も分からずぼおっとしていて――気が付けばお風呂上りのしぶりんが髪を拭きながら「次……未央入ってきなよ」なんて言うものだから、流されるままお風呂場に駆け込んでしまった次第である。
シャワーから流れる温水に胸を打たれながら、まだ舌の上にのこる柔らかい感触と唾液の味が、生々しく鮮明に蘇ってくる。
未央「(なんか……様子が変だったな、しぶりん……。どうしたんだろ)」
ぼおっとしていても仕方がないので、私もいそいそと髪や体を洗い始める。
そう言えばこの間は、しぶりんに洗って貰ったんだっけ……なんて事を考えながら、湧き上がる恥ずかしさを抑えるように泡にまみれたハンドタオルを動かした。
未央「ふぅ……シャワー上がったよ、しぶりん。気持ちよかった……」
冷やしておいたペットボトルの水をごくごくと流し込みながら、まだ少し濡れている髪をタオルで拭いて客室に戻る。
部屋の真ん中にぴったりと、二つ寄り添うようにして敷かれてある布団の一つに、しぶりんが妙に緊張したような面持ちで座って待っていた。
凛「あ……おかえり」
やっとまともに見ることができたしぶりんの頬は、お風呂上りだからだろうか、まだ少し上気しているように見えた。
……ほんの数十分前まであんなことをしていた、という事をうっかり忘れてしまいそうだが、しかしあれが夢でないという事は、まだ私の舌に残る感触が教えてくれている。
気づけば……壁にかかった時計はもう結構遅い時間を示している。いつのまにか終わっているように感じた花火も、実は結構長い間やっていたのだろう。
未央「えっと……隣、座るね?」
凛「……うん」
ぽすん、と布団の上に腰を下ろす。そこはしぶりんの体のすぐ近く、私が抱き寄せればすぐにでもまたさっきのような体勢になってしまいそうな距離だ。
――かく言う私もまだ頭の熱が抜けきっていないのか、まだしぶりんの事を感じ足りない、とでも言うのだろうか。体が自然に、彼女の傍に吸い寄せられていったようだった。
「…………」
「…………」
しばし、無言が空間に流れる。
な、なんだか妙に気まずいような気がする。というか、何となく何かここで関係のない話題を振る気になれなかった。
夜の風が鳴らす木の葉のざざぁ……という音が唯一、部屋の中に洩れこんでくる。
未央「あ……ど、どうしよっか、これから……」
凛「……ん」
顔を赤くしたまま、しぶりんが軽く俯く。
未央「(……眠いのかな? そう言えば明日も朝から仕事で早いし、もう時間も時間だし……)」
未央「……そろそろ、お布団入ろっか? しぶりん」
凛「え……」
急に、しぶりんがどきっと体を震わせた。
凛「…………うん」
消え入りそうな声でそうつぶやく。
それを受けて私は、「ん、分かった」と返すと、入り口付近の壁についていた部屋の電気のスイッチをぱちんと切った。
一瞬で、あたりが暗闇に包まれる。唯一窓から洩れこんでくる月の明かりが、私たちの部屋を朧に照らしていた。
……しぶりんの静かな息遣いだけは、真っ暗な部屋の中でも私の耳に確かに届いてくる。
未央「えっと、それじゃあ明日も仕事だし……寝よっか」
凛「………ん」
忍び足で移動して、自分の布団までたどり着く。
ごそごそと布団に入ると、ひんやりとした毛布が体を包み込んできた。
隣のしぶりんは……どうしたんだろう、まだ布団に入らないのかな?
凛「…………」
すると。
――ぎゅう
未央「へ?」
ふと、背中に暖かい感触を感じる。……いや、柔らかい感触も、同時に。
はっとして振り返ると――そこには、しぶりんが後ろから私の布団に潜り込み、手を回して私の体を抱きしめていた。
凛「……未央」
未央「は、はい」
凛「…………あんなにしておいてさ、このまま寝るのは私……無理だよ」
え? え?
ちんぷんかんな思考で彼女の言葉を理解しようとするも、次の瞬間、私の首筋に触れた暖かく濡れた感触――しぶりんの唇が当たり、まばらな思考はいっぺんに吹っ飛んでしまった。
未央「ひゃ……!」
突然の首筋へのキスに、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。反射的に首を前に戻して、口を手で押さえた。
未央「し、しぶりん……」
凛「ごめん……でも、あんな風にされたら、私だって……」
言い終わるが早いか、する……と、しぶりんの手が私の浴衣をかき分けて胸元に入ってくる。肌を直接指先で撫でられるようなぞわぞわとした甘い刺激に、また不意に声が漏れそうになる。
あんな風に……って、ひょっとしてさっき私が、自分からしぶりんにディープキスしたから……?
考えが目まぐるしく回る間にも、しぶりんの手はどんどん進んでくる。
未央「あ……」
ふに、と。私の胸に彼女の手が当たると、優しい手つきで滑るように胸が包み込まれた。感触を確かめられるように軽く揉まれてしまい、ますます私の脳は熱がこもっていく。
凛「いいよね? 未央。ちゃんと責任……取ってほしいな」
耳元で小さな声でそう囁かれ、脳髄まで届きそうなその甘い声に私の体は痺れてしまう。気が付けばしぶりんの体は私のブラの中に滑り込み、直接肌に触れるまでになっていた。
這うような指の動きで胸の突起をぎゅ……と摘ままれると、電気が走ったような刺激に思わず「っ……」と声が小さく漏れてしまう。
凛「ね、未央……こっち、向いて?」
……ずるいよ、しぶりん。そんな風に優しい声で囁かれたら、言うこと聞くしかないっていうのに。
未央「……ん」
すっと言われたまま顔をしぶりんの方に向けると、暗闇の中で、彼女が私の唇にそっと唇を重ねてきた。
凛「さっきのお返し、するから……」
その言葉の直後、しぶりんの舌が強引に私の口内に滑り込んでくる。さっき私から味わったはずなのに、しぶりんからされるディープキスはやはりそれとは違っている。
脳髄の奥まで届いてきそうな舌のぬめる感触と、熱くのたうつ生き物のような動きが私の口の中を蹂躙し、身も心もすべてしぶりんのものになってしまったかのような、そんな感覚さえ感じる。
未央「ん……ちゅ、ちゅうぅ……はっ、あ……れろ……ん」
凛「ちゅ……ん、ほら、もっと舌、出して……?」
未央「……あ……」
まるで自分がしぶりんの操り人形にでもなってしまったような感覚で、言われるがままに舌を伸ばして突き出す。
しぶりんは私のその舌を絡めとるように、艶めかしい動きで舌を巻きつけてきた。
ちろちろ……と細かい動きで焦らされるように舌先を弄ばれたと思ったら、今度は大胆に舌の奥までなぞられるような激しいディープキスに変わってくる。
波のように大きな動きの中で、私はといえば上から流れてくるしぶりんの唾液を自然に飲み干し、こく、こくと彼女のエキスが喉を通るたびに自分が彼女色に染められるような幸福感を味わっていた。
未央「あ……ん、んぅぅ……っ」
そうしている間にも私の胸はしぶりんに揉みしだかれていて、いつの間にかしぶりんは私の体に重なるように上に乗っていた事に気付く。
凛「……可愛いよ、未央。……大好き」
未央「い、今そんなこと言うのやめてよ……ぞくってしちゃうから……」
凛「さっきは未央が言ってたんじゃない。悪いけど……もう私、我慢できそうにないから」
きゅう、と、絶妙な力加減で私の胸の突起が摘ままれる。その度に私の意識は、無理やりしぶりんへと吸い込まれてしまうのだ。
凛「……あれ、いつもこんな下着付けてたっけ?」
ゆっくりと私の浴衣の胸元を両手で広げたしぶりんは、露になった私のブラをまじまじと見つめてそう言った。
た、確かに今日つけてる下着は、いつもみたいなやつじゃないけど……!
未央「い、いやその、ほら、来るときに、ひょっとしたら……って思ってた、から……」
かあぁ、と顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。ううぅ、何だこれ、なんだか凄く恥ずかしい……。
凛「……ふーん、そう」
暗闇の中でも、しぶりんの顔がいたずらっぽい笑みになっていくのが分かる。
凛「…………未央って、えっちなんだね」
未央「……っち、違うよ! これはほら……デートの時に服に気合を入れるみたいなものだから……!」
凛「ふふ、何それ……。でも、嬉しい」
するとしぶりんは、私の胸の谷間にちょんと唇をつけ、軽いキスをしてきた。
凛「……いいよね? 脱がせても」
未央「…………うん」
そんな風に言われたら、とても断れない。ひょっとしてしぶりんは、分かったうえで聞いてるんじゃないだろうか。
ちゅ……
未央「ん………」
彼女の唇が、私の乳首に直に触れる。暖かい舌が這う感触と濡れた唾液の滑らかさが、私に背中が痺れるような快感を与えてきた。
しぶりんに剥かれた浴衣から覗く私の肌と、はだけた彼女の胸元から露出した地肌がたまに触れ合って、その体温と柔らかさが心地いい。彼女の長い髪が垂れて、私のへそのあたりをくすぐっていく。
凛「ん……ちゅ、れろ……」
私の胸の突起を吸うしぶりんは、時々どこか子供の様に少し幼くも感じる。だけどそんな気持ちに現を抜かしていると、突然不意に与えられる舐め上げるような刺激にすぐ現実に引き戻され、私が今彼女の手の中にあるのだということを再認識させてくる。
あぁ、それ、たちが悪いよしぶりん。そんなことされたら私がダメになっちゃうって、恐らく彼女はもう知っているのだろう。
小悪魔のような魅惑で私を惑わすしぶりんの魅力は、私の脳髄をとろとろに溶かしていって、彼女のこと以外何も考えられなくしてしまうのだ。
凛「ねぇ……いい? キスマーク、つけても」
未央「……へ?」
ふと、気が付くとしぶりんは私の首元にまで唇を持ってきていて、いまにも私の首筋に、跡をつけるべく迫ってきていた。
未央「だ……だめだよ、それは……。明日はほら、仕事で温泉入るんだから、その時にキスマークなんかあったら……」
凛「……あ……そっか。それもそうだね……」
しゅんと落ち込んだようなそぶりを見せるしぶりん。そう言えばしぶりんは、私にキスマークつけるのが好きみたいだった。
私が告白したあの日も、翌日私の首元には彼女に付けられた跡が数日消えないまま残ってしまっていた。
とはいえ、流石に明日仕事があるのにそんなことはできないだろう。
諦めたと思ったしぶりんだったけれど……彼女はなにかに気付いたようで、また妖しくいたずらっぽい笑みを浮かべた。
未央「そうだ……。……絶対カメラに映らないようなところなら、キスマーク……つけてもいいよね?」
あれ?最後の台詞、状況的にしぶりんじゃあ
>>543
ごめんなさい、間違えました。
凛「そうだ……。……絶対カメラに映らないようなところなら、キスマーク……つけてもいいよね?」
ですね。
未央「え……?」
私が、彼女が言った意味が分からずに惚けていると、しぶりんは上体を起こし、私の股の間に座った。
凛「温泉のレポートってさ、バスタオル巻いて入るんだよね、多分」
未央「う、うん。確かそう言ってたけど…………って、ひゃあ!?」
それを聞き終わるが早いか、しぶりんは私の浴衣を下からめくり、私の下着を露にした。思わず足をぴったりと閉じてしまう。
凛「じゃあ……ここならカメラに映らないから大丈夫だよね。ここに私が跡付けたって事は……私しか知らないんだから」
そう言うとしぶりんは閉じた私の足をゆっくりと優しく開き、そのまま下着に手をかけ……するすると膝のあたりまでそれを下ろしてしまった。
未央「し、しぶりん……!」
私の、一番大切なところが。暗闇の中とはいえしぶりんにこんなに近くで見られてしまっているという事実に、思わず顔が急に熱くなり、羞恥心がこみあげてくる。
だけど、それだけでは終わらなかった。しぶりんは私の下着を完全に脱がせてしまうと、そのまま片脚を持ち上げ……
未央「……え? え?」
――私の、秘所から数センチも離れていないような股の付け根の内側に、すっと唇をあてがった。
未央「し、しぶりん、そこは……!」
凛「ほら、じっとしてて」
ちゅううううぅ………
未央「……~~っ!」
しぶりんはそのまま、私の股間に強く吸い付いてきた。今までに味わったことのない感触に、思わず声にならない声が漏れる。
未央「あっ……っ、ん……!」
ほんの少し近くに私の秘所があるということ、そしてそんなところにしぶりんが今キスマークをつけているんだということに、頭が爆発しそうな羞恥心が襲ってくる。
だけど……振り払うことは、私にはできなかった。
決して嫌じゃないその感触と、そんな所に……しぶりんに跡を付けられているんだという被虐感にも似た背徳が、私の脳髄をとろけさせてくる。
未央「(あ……だ、だめだ。おかしくなっちゃいそう……)」
気づけば私が来ていた浴衣はすべて取り払われ、いつの間にか私だけが、生まれたままの姿になっていた。
その間にもしぶりんは私の股に吸い付き、私がしぶりんのものだという証を残してくる。
凛「…………っ、ぷはっ」
やがてようやく唇を放したしぶりんが頭を起こすと、彼女は「……ふふ」と満足そうに微笑した。
凛「キスマーク、つけちゃった。こんなところに……。……見る?」
いたずらっぽく彼女は聞いてくる。……あぁ、なんでそんなに嬉しそうな顔をするのかな、あなたは。
未央「……いいよ、恥ずかしいもん……」
ふてくされたように枕に顔をうずめる。これ……本当に、かなり恥ずかしいんだからね? しぶりん。
凛「……もうやめる?」
だからさ、そんな事を聞かないでよ。
未央「…………ううん」
私には、枕にうずめた顔を丁度少し前のしぶりんのように、ぐりぐりと横に動かすことしかできなかった。
凛「はぁ……はぁ……」
少し疲れたような呼吸で、しぶりんが座っている。
私はといえば……。
凛「流石にちょっと……やりすぎちゃったかな。凄いことになってるよ? 未央」
未央「うぅ……」
気が付けば、私の股間の秘所の周りやおへその下は、しぶりんが作ったキスマークが六、七個ほどつけられていた。
それは……私がしぶりんの彼女だということの証明の印のような気がして、あぁ、私、しぶりんのものになっちゃったんだ、と自覚させるだけの十分な力を持っていた。
未央「……満足した?」
凛「うん」
すっきりしたような笑顔で彼女は笑う。あぁ、絶対しぶりん私にキスマーク付けたくて仕方なかったんだな、これ。
未央「これ……多分数日は消えないだろうなぁ……」
凛「いいじゃん。消えたらまた付けてあげるよ」
未央「よくそんな事恥ずかしげもなく言えるよね、しぶりん……」
呆れながら、つけられたキスマークをさする。
凛「でもこれ……あーあ、布団濡れちゃったね……」
ぴちゃ……
未央「……っ!」
突然、私の秘所にしぶりんの指がかかる。急な刺激に驚いで、つい背筋が伸びてしまう。
凛「……興奮しちゃった? これだけ跡付けられて……」
未央「ん……ぁ、し、しぶりん……!」
焦らすようにゆっくりと、羽毛のようなタッチで、指先を私の陰核に沿わせて来る。
つつー……と這うような手つきでしぶりんは私の大切なところを弄ぶように触り、わざと水音を響かせるような手つきで艶めかしく動かしてきた。
未央「んうぅ……っ、ぁ……」
凛「ふふ……凄い、こんなに……」
ぴちゃぴちゃと指の間に粘液を滴らせ、擦り付けるように弄った後、いたずらに指を開いたり閉じたりして糸を引くようにして確かめている。
未央「や、やめてよ……それ、本当に恥ずかし……」
凛「……ううん、駄目。私、まだ満足してないし……」
あんなところにあれだけキスマーク付けておいてまだ満足しないのか、と思う間もなく、しぶりんは手を私の秘所にかざしたまま顔を私の前まで持ってきた。
凛「だってまだ、未央の可愛いところ、全部見てないもん」
そう言うと、しぶりんは私の首筋を舌先で舐め上げてきた。それはキスマークをつけるものとはまた違って、まるで犬の様な舌使いで私の首筋を濡らしてくる。
未央「……っ」
それと同時に、私の秘所にかざされた手はゆっくりと、優しく、私の大事な陰核をつねるように弄んでくる。
すぐそばにはさっきあれだけ付けられたキスマークがあるのに、そのうえまだ責め立てられるその感覚に、私の下腹部からじんじんと痺れるようなものが湧き上がってくるのが分かった。
未央「し、しぶりん……これ、いっ、いっしょにやられたらダメだよ、私……!」
凛「なんで? もっと……可愛いところ、見せてほしいのに」
くちゅ、くちゅ……ぴちゃ、といやらしい水音が部屋の中に響き渡る。それが私のものだという事実が、さらに私の脳髄の熱に拍車をかけてゆく。
じんじんと、しぶりんの指先から与えられる刺激で電撃のような快感が下腹部の奥の方を貫いて蓄積していく。
しかしそっちに気を取られていると、いつの間にか私の口内にしぶりんの舌が捻じ込まれていることに気付き、息が詰まりそうになってしまう。
未央「………~~っ、あっ、あぁ、んぅぅ……っ、し、しぶ、りん……!」
今、私はどんな顔をしているんだろう。分からないけれど、しぶりんのいたずらっぽい顔を見れば大体想像はつく。
唾液が私の口の端から零れ、首筋を滑るように通り、鎖骨を濡らす。その感触が私を惑わせ、頬にかかるしぶりんの熱い吐息がふわふわとした浮遊感を私に与えてくる。
全裸になっちゃえ(パンツ捨てた)
凛「未央……好き。大好きだよ」
耳元で囁かれたその言葉に、脊椎に電撃が走る。ぞくぞくと駆け上がる刺激は、私の脳をかき乱していった。
未央「だ……だめだって、い、いまそんな事言われたら……!」
凛「言われたら……何?」
小悪魔のような笑みで彼女はそう聞いてくる。その表情に、私の下腹部がどんどん熱を帯びていくのが分かった。
凛「だって……見せてほしいもん。未央の可愛いところ、全部」
その言葉と同時に、彼女の指の動きも加速する。丘をなぞる淫靡な手つきで確実に刺激を与えてくるその指先は、私の思考を段々ともやがかかったようなものにしていった。
聞こえる水音が次第に大きくなっていく。私の頭の中もどんどん熱が高まり、次第に沸点へと少しづつ登ってゆく。
未央「しぶり……、ん、あ、だめ……っ」
力ない掠れたような声を発しながら、彼女の浴衣を掴む。彼女は優しく微笑むと、私をもう片方の手でやさしく抱きしめてくれた。
未央「わ、私、もう………」
凛「……ん」
彼女はそれだけ言うと、最後に私の体を抱き寄せ、耳元に唇を近づけて――囁いた。
凛「…………愛してるよ。未央」
未央「……~~っ、ぁ…………!」
私の頭の中で、張りつめていた緊張が、弾けた。
未央「もーっ! やっぱり寝坊しちゃったじゃんか! 集合まであと十五分しかないよ!」
凛「ご、ごめん……すっかり寝過ごしちゃったね……」
未央「うぅ、あの後色々後始末とか大変だったから……」
翌朝、私たちは急いで着替えを探しながら、朝の身だしなみを整えるのに大忙しだった。
う……結局あの後、汚れたシーツをどうごまかせばいいのか分からなくなって、それに心臓もばくばくして眠れたものじゃなかったし、私だけ裸でしぶりんに抱きしめられながら眠っちゃうし……。あーっ、これじゃ撮影場所に遅刻しちゃうよ!
未央「……しぶりんが、あんなことまでするから……」
凛「わ、悪かったよ! 私もちょっとやりすぎたかなって思ったし……」
――昨夜の事を思い出すと、未だに顔から火が出そうになる。本当なら起きた時の朝はもうちょっと気まずさが残るようなものなのかもしれないけど……生憎今はそれどころじゃない状況なのが、あるいは不幸中の幸いというやつなんだろうか。
未央「準備できた!? 細かいことはまた向こうについてからでもできるから……とりあえず行こっ、しぶりん!」
凛「うん、私も準備できたから……今行くよ」
しぶりんが靴を履いたのを確認して、部屋の扉に手をかける。
がちゃり、とドアノブを回そうとしたその時、ノブを持つ私の手にしぶりんの手がかかった。
未央「し、しぶりん?」
凛「……ここ、絶対撮られちゃだめだからね」
そう言ってしぶりんは、私の股を手で軽くさすってきた。そこには昨日、しぶりんにつけられたキスマークがたくさん残っている。
その表情は少しいたずらっぽく……なんて考えていると
ちゅっ
と、私の頬に軽くキスをされた。
凛「おはようのキスも……まだしてなかったし」
未央「…………っ」
顔に熱がこもっていくのが分かる。私の口は酸素を求める金魚みたいにぱくぱく動いていたことだろう。
……あぁ、これだから、しぶりんにはかなわない。
未央「……もーっ! 今はそれどころじゃないんだから! ほら、早く行くよ!」
凛「……分かってるよ」
未央「急がないと置いてっちゃうからね!」
……くっそー。いつか、私の方からやり返してやるんだからね、しぶりん。
第三部、これにておしまいです。
完成までだいぶ間が空いちゃいましたが、お付き合いいただいてありがとうございました。
攻め未央はまたみおあいとかで書きたいな。
しまむー(天然攻め)藍子(ゆるふわ攻め)美嘉(ヘタレ攻め)
やっぱり総受け
少し間が空きましたが、みおあいで四部書いていきます。
なお、四部は三部以前とは別次元での話になります。
藍子「――という訳で、高森藍子のゆるふわタイム……いかがだったでしょうか? お相手は私と、ゲストの――」
未央「本田未央でしたっ! それではみなさん、またお会いしましょう!」
…………
私の言葉を最後に、ラジオがオンエアされていることを示す収録ルームのランプが消える。
すると目の前のあーちゃんは、少し緊張がほぐれたような表情になって――とはいえ、元からお仕事中でも自然体なふわふわした雰囲気を絶やさないところが彼女らしいところではあるものの――とにかくはーっと大きく息を吐くと、にっこりと私に微笑んできた。
藍子「お疲れさまでした、未央ちゃん。すっごくよかったですよ」
未央「そう? あーちゃんの方こそ進め方とかすっごく上手かったから、助かっちゃったよー」
藍子「ふふ、ありがとうございます。最初は私、ペースが遅くてすぐ巻きの指示が出ちゃってたんですけど……長くやらせて貰ってると、ラジオのお仕事も少しづつ分かってきた気がします」
少し恥ずかしそうに頭を手に当てて笑うあーちゃん。
……確かにあーちゃんのラジオ、最初の時は彼女の進め方がゆるふわすぎて予定が半分も終わらないまま終了の時間が来ちゃったりしてたもんね……。
未央「でも、私もこうやってたまにゲストに呼んでもらえて嬉しいよ。あーちゃんと一緒にお仕事するの、すっごく楽しいし」
藍子「本当ですか? 私も未央ちゃんとこうやってお話ししていると楽しいです。また時間があったら、ゲストに呼んでもいいですか?」
未央「うん! 全然大丈夫だよ!」
未央「……っと、ごめんあーちゃん。私この後別の仕事が入ってるから……そろそろ行かないと」
藍子「あ、そう言えば私も……。じゃあ……えっと、途中まで一緒に行きませんか?」
未央「そうだね! じゃあ一緒にいこっか!」
彼女はゆっくりとした手つきで荷物をまとめると、私が先に開けて手で押さえていた収録室の扉をくぐり、ぺこりと軽く頭を下げながらにこっとこちらを向いた。
あーちゃんのそのおひさまのような笑顔には、見る者を誰でもふっと一息落ち着かせるような、そんな女の子らしい雰囲気がある。
未央「あーちゃんは……えっと、これから先はずっとお仕事の予定?」
私がそう尋ねると、彼女はその細い指先を顎に沿わせて、宙を見ながら考えるしぐさをした。
藍子「私ですか? そうですね……確かラジオやテレビのお仕事が結構入ってたと思います」
未央「そっか。ん、そっか」
藍子「未央ちゃんはどうなんですか?」
未央「私? えーと……うん、結構NGの仕事が入ってたっけ、そう言えば」
藍子「お互い忙しいんですね。たくさんお仕事ができるのは嬉しいですけれど」
ふふ、と微笑む彼女は可愛らしいポニーテールをふわふわと揺らし、私のすぐ隣を歩く。人よりは少し遅いあーちゃんの歩くペースに合わせて歩いていると、なんだか私にまで彼女の発するゆるふわエネルギーが伝播してきそうだ。
未央「えっと……じゃあ、私、こっちだから」
藍子「あ……はい。じゃあ、これで……。…………っ、わっ、ひゃあっ」
建物の外に出て、彼女と別れようと挨拶をした矢先。
急に……彼女は足をつまづかせるか何かしたのだろうか。私の方に体ごと倒れこんできた。
未央「わっ、あーちゃん!? ……っと」
とっさに彼女の体を受け止める。
倒れこんできたあーちゃんを私ががばっと抱きしめるような形になり、反動で彼女の髪先が私の鼻をくすぐった。
未央「…………」
藍子「…………あ」
抱きとめてからほんの数秒、お互いに無言の時間があったけれど――あーちゃんは思い出したようにぱっと体を起こすと、私から少し離れて恥ずかしそうに頭をかいた。
藍子「……ごめんなさい、つまづいちゃいました。急に倒れちゃったけど、未央ちゃん大丈夫でした?」
未央「……私は全然大丈夫だよ。もー、あーちゃんはおっちょこちょいだね」
藍子「……すみません。気を付けます」
ふふ、と軽く笑みをこぼすと、彼女はもう一度私にぺこっと頭をさげ、そのまま少し小走りに私とは反対方向の道にかけていった。
私は少しづつ遠ざかっていくあーちゃんに向かって手を振っていたが、やがてその姿が見えなくなると……ふう、と一息大きく息を吐いた。
未央「……よし」
そうつぶやいて、ハンドバッグの中に入っている私のスマホを取り出す。
慣れた操作でLINEを起動すると……その中の一人にメッセージを送る。
「あのさ、今度今度時間ある?」
未央「あーちゃんが可愛すぎる」
ハンバーガーおごるから。シェイクつけるから。なんならハッピーセットのおまけもあげるから。
……なんて言葉に呼び出されて近くのハンバーガーショップに呼び出されて開口一番。私の耳に入ってきたのは彼女の真顔から繰り出される、そんな重苦しい声だった。
加蓮「……はぁ」
呆れた顔をしながら席につくと、目の前の未央は顔の前で手を組み、テーブルに視線を落としたまま呟いた。
未央「あーちゃんが……可愛すぎる」
加蓮「それはさっき聞いたよ」
未央「いやいやいやホントに分かってる!? もう……もうやばいんだよ! 昨日も一緒にラジオで仕事したんだけどね! 台本とかもあったんだけど、正直二人きりの収録室で目の前のあーちゃんが私の方を向いて喋ってるってだけで私緊張しちゃって、心臓ドキドキで収録どころじゃなかったよ!」
加蓮「えぇと……要するに何? 私はあんたの惚気話を聞かされるためにわざわざ呼び出されたって訳?」
未央「惚気とかそういうのじゃなくて……とにかくあーちゃんに会うたびに私の中にあーちゃんポイントとでも言うべき可愛さとかドキドキが溜まっていって爆発しそうになるから、誰かに話して少しでも発散しないとやばいっていうか……」
加蓮「いい事を教えてあげよう未央。世間では一般的にそれを惚気話と言うんだよ」
呆れたように嘆息するが、未央は私の言っていることがよく分かっていないようだ。……どうしよう。席に座って三分も経たないのにもう帰りたくなってきた。
加蓮「って言うか……なんで私に相談するの? 相談相手なら凛とか卯月ちゃんだっているじゃん」
未央「NGのみんなには……なんか、こんなこと話すのは恥ずかしいし……。私の知ってる中だと加蓮が一番こういう話が得意そうな気がしたんだもん」
その評価は喜ぶべきなのか悲しむべきなのか。今この状況に限って言えば恐らく後者だろう。
未央「あー、もうあーちゃんと話してるだけで緊張しちゃって、いつも平静を装うのがやっとになっちゃうんだよ……。昨日もあーちゃんの今後の予定をそれとなく聞いてね? もし空いてるようなら今度一緒にどこか遊びに行こうって誘おうと思って勇気出したんだけどさ。結局忙しいみたいだったし……」
目の前で指先をちょんちょんと合わせる彼女は、傍から見たら〝可愛い女の子〟なのかもしれないが……。しかし、そのあーちゃんポイントとかいう謎の成分の矛先が向かう私の事も少しは考えてほしいものだ。
未央「そ、それでさ……。昨日は別れ際にね、じゃあまた今度ーみたいな感じであーちゃんと別れようと思ったらさ。急にあーちゃんが私の方に倒れこんできてね?」
加蓮「はぁ」
未央「つまづいちゃったらしいんだけど、私がこう……倒れてきたあーちゃんを抱きしめるみたいな感じになっちゃってさ。ふわ……っていうおひさまみたいな香りとか、柔らかい髪の感触とかが超近距離で触れちゃって……!」
加蓮「へぇ」
未央「私、その瞬間どきーって心臓が一気に爆発しそうになっちゃって……。でも、そこで動揺したらきっと私があーちゃんの事好きなのがバレちゃうと思ったから、できるだけ平静を装って対応したんだけどね?」
加蓮「ふぅん」
未央「そのあとのちょっと申し訳なさそうな感じで謝るあーちゃんが、また、なんていうんだろう、もうその雰囲気だけでめちゃくちゃ可愛くって! 夕暮れ時だったからなんだか同時に儚さもあって! 私がもう少し理性が緩かったら多分あの時あーちゃんの事抱きしめちゃってたかもしれない……って、ちょっと加蓮、聞いてる?」
加蓮「うん、聞いてる聞いてる」
シェイクを飲みながら生返事でそう返す。
すると未央は再び頬を赤らめ、恥ずかしそうに、嬉しそうに藍子ちゃんの事を語ってきた。
未央「まぁ、あーちゃんは私の事ただの友達としてしか思ってないだろうけど……。でも告白して今の関係が終わっちゃうかもって思うと、告白する勇気もないし……」
加蓮「はぁー……まぁ、ねぇ」
分かったような分からないような表情で話を聞く。
……私の友達である未央は、話を聞くともう随分昔から藍子ちゃんの事がどうやら好きらしかった。
ラジオといえば、未央は彼女が始めたラジオ番組を一番最初の回からずっと聞いていたらしく、特に最初の頃は彼女の進行の遅さで番組のスケジュールが最後まで行かない事がよくあったりしたものだから、その度気が気じゃなかったらしい。
未央「で……さ。私どうしたらいいのかなぁ、私」
雨の日に捨てられた子犬のような目で私を見つめてくる未央。……そんな目で見られても。
加蓮「でも……私にはどうしようもない問題だよ。二人の関係は……まぁ、二人にしか解決できないと思うし……。それこそ私にはこうやってあんたの惚気を聞いてあげることくらいしかできないよ」
未央「んん……だよね……。惚気じゃないけど」
はぁ、と大きく息を吐いて未央がうなだれる。
加蓮「ごめんね。力になれなくて」
未央「え? いや、ううん。全然大丈夫だよ。こうやって話聞いてもらうだけでも楽になるし……。とりあえず今はまだ思い切った行動には出られないかな。あーちゃんと一緒にいられるってだけでも十分幸せだし」
加蓮「……そっか」
丁度飲み終えて空になったシェイクをテーブルに置く。まぁ、私も友達がこうやって恋愛で悩んでいる様を見るのはいい気分がするものではないけれど。
加蓮「……まぁ、また今度それとなく予定聞いておいてさ、一緒に遊びにでも誘ってみたらいいんじゃない? 藍子ちゃんとは友達なんだし、それくらいは普通でしょ」
未央「うん……あー、でも、その時になったらまた私すっごく緊張しそうだなぁ。もしあんまり誘って迷惑だったらどうしよう……」
とりあえず、あんたは私に惚気話を聞かせる方を迷惑だと認識するところから始めようか、とは言わないでおいた。
未央「じゃあ……私そろそろ行くよ。ありがとね、付き合ってくれて」
加蓮「……まぁ、これくらいはいいんだけどさ」
なんだか煮え切らない話だったような気がするけれど、未央はそう言うとバッグを持って席を立った。
加蓮「それにしてもなんだか友達の惚気を聞かされるのって、これが初めてじゃないような気がするけど……気のせいかな」
未央の姿が見えなくなると、私はふっと嘆息した。
すると、今度は急に私のスマホが鳴り始める。
LINEの画面に映っていたその名前を見て……なんというか、私の吐くため息はより深いものとなった。
加蓮「……やれやれ。未央も大変だよなぁ」
加蓮「……まぁ、本当に大変なのは、ある意味私の方かもしれないけれど」
LINEの画面に表示されたメッセージに、思わず額を抑える。
「突然すみません。今度お時間ありますか?」
藍子「未央ちゃんが可愛すぎるんです」
すっごく雰囲気のいい喫茶店があるんです。紅茶おごりますから。なんならおすすめのサンドイッチもありますから。
……なんて言葉で近くの喫茶店に呼び出されて開口一番。私の耳に入ってきたのは彼女の真顔から繰り出される、そんな重苦しい声だった。
加蓮「……えぇと」
苦々しい顔をしたまま席につくと、目の前の藍子ちゃんは両手をもじもじと恥ずかしそうに動かし、こちらを見て、呟いた。
藍子「未央ちゃんが……可愛すぎるんです」
加蓮「だからそれはさっき聞いたよ!」
ついでに言えばついさっきあんたの想い人から全く同じシチュエーションで全く同じ言葉を聞かされたよこっちは! ……とは、流石に言わなかったけれど。
藍子「いや、もう、その、とにかく未央ちゃんが可愛くて仕方ないんです……! 昨日も一緒にラジオでお仕事をしたんですけどね!? 台本とかもあったんですけど、正直二人きりの収録室で目の前の未央ちゃんが私の方を向いて喋ってるというだけで緊張しちゃって……心臓がどきどきして、収録どころじゃなかったんですよ!」
あれ? おっかしいなー。ひょっとして私は同じ世界線をループしてたりするのだろうか。
目の前で頬を赤らめながら恥ずかしそうに未央の事を語る藍子ちゃんが述べる台詞は、ついさっき未央から聞かされた台詞そのままである気がする。
藍子「あ、いやでもこれはその、いわゆる惚気とかではなくてですね……。昨日はたくさん未央ちゃんとお喋りできたので、なんというか、未央ちゃんポイントとでも言うべき可愛さやドキドキが私の中に溢れちゃってて……。誰かに話さないとどうにかなっちゃいそうというか……!」
もういちいちツッコむのも面倒になってきたきらいがあるので、適当に相槌を打ちながら彼女の話を耳に入れる。
加蓮「その前にさ……なんでそれを私に相談しようと思ったの?」
藍子「えっと……未央ちゃんに近すぎる人――凛ちゃんとか卯月ちゃんだとなんだか恥ずかしくて……それなら未央ちゃんと仲がいいらしくて、こういうお話も得意そうな加蓮さんに話してみようと思って」
なんであんたたちは考えることもやることもそこまで瓜二つなんだろうねぇ! こんなお似合いの二人滅多にいないと思うよ!?
藍子「そ、それで……昨日は一緒にいられてすっごく嬉しかったんですけど……だけど何だか、収録が終わって一緒に帰っていて、最後に別れるときになって「あぁ、ここでもう今日は未央ちゃんとさよならしちゃうんだ」って思ったら……私、うぅ、今思い返しても恥ずかしいんですけど」
加蓮「うん」
藍子「その……私、もっと未央ちゃんに触れたいって思っちゃって。でも急に「手を繋いでいいですか」なんて言ったら変に思われそうだし、第一恥ずかしいじゃないですか。それでその……足が、ちょっとつまづいたふりをして、未央ちゃんに……わざと倒れこんじゃって」
加蓮「……うん」
藍子「未央ちゃんは私をしっかり受け止めてくれて……。その時に未央ちゃんの体温とか、肌の感触とか、すっごく伝わってきて、一気に幸せがふわって巻き起こって……。でも、あんまり長いこと抱きしめられてるわけにもいかないから、ちょっとしたらすぐに離れて……」
加蓮「…………うん」
藍子「ほんとは私、こんなことわざとするなんて悪いことだって思ったんですけど……。未央ちゃんは気にせずに笑ってくれて……。まるで王子様みたいで……。……うぅ、今でも未央ちゃんに抱きしめられた体がどきどきしてるみたいで……」
加蓮「………………うん」
藍子「まぁ、未央ちゃんは私の事はただの友達としか思ってないでしょうけれど……。でも……こ、告白なんかして今の関係が終わっちゃたら……と思うと、そんなことする勇気もないし……って、加蓮さん、聞いてます?」
加蓮「………………うん、聞いてる聞いてる」
紅茶を一気にぐいっと飲み干すと、私は――心の中で胸中を思い切りぶちまけた。
加蓮「(…………もうあんたら付き合ってしまえ!!! どっちからでもいいから告白しろ!!! 200%成功するから!!!)」
加蓮「ソッカー、タイヘンダネ」
あぁ、心を殺すという作業がこんなにも辛いものだなんて。
自分を無くし役にのめりこむ彼女たちの凄さが、全く分かりたくない形で分かってしまった気がする。
今日の更新はここまでにしておきます。
ヘタレ同士の両片想いを書きたいんや……。
ちゃんみお誕生日おめでとう!
再開します。
藍子「あぁ、私もう、どうしたらいいんでしょう? 加蓮さん」
知らないよ。いいからさっさと未央に告白してこいよ。と言いたくなるのをぐっと堪える。
加蓮「んんん……と、とりあえずなんかこう、デート的なあれにでも誘えばいいんじゃないかな……」
藍子「で、デートって! 未央ちゃんと二人っきりで遊びに行くってことですか!? そ、そんなの私想像しただけで緊張でどうにかなっちゃいそうで……!」
加蓮「その辺りはもう、なんとか克服して頂いてですね……。例えば腕組みにいったりするといいんじゃないかと……」
藍子「む、無理です無理です! そんなことしたら絶対好きなのバレちゃいますーっ!」
それから彼女と話すこと数十分。
喉元まで出かかる「未央もあんたの事好きだからさっさと付き合え」という台詞を飲み込み続け、結局言うことのなかった私の忍耐力は評価されてしかるべきだと思う。
藍子「それじゃあ……今日は相談に乗ってくれてありがとうございました。話せただけでもすっきりしましたよ。私」
加蓮「それはどうも……」
自分でも随分とげっそりしたような感覚を覚えながら、店先で彼女と別れる。
とりあえず二人とも一緒に遊んでみれば、と提案しておいたけど……。願わくば彼女たちだけの努力でそこまで到達してほしいものではある。
未央宅
未央「はぁー……。加蓮に相談したはいいけども、どうするかなぁ」
未央「何にしても……もっとあーちゃんと距離を縮めるには、いろいろこっちから話しかけていかないとダメだよなー……」
未央「でも、いきなり直接会って改めて話すのも緊張するし……。……あ、そうだ、LINEでならなんとか大丈夫かな。なにか話してみようかな」
藍子宅
藍子「はふぅ。……結局未央ちゃんともっと親しくなるには、もっとこっちからいろいろ話しかけないといけないんですよね……」
藍子「そう言えば未央ちゃんとはお仕事で一緒の時以外滅多に二人きりにはなれないし……」
藍子「……とりあえず、何か軽くお話しでもしてみたいな……。……今時間あったりするのかな。もしあったらLINEで……」
どっち視点で進める?
↓2
未央「……よっし! 悩んでても仕方ない! 千里の道も一歩からってことで……あーちゃんにLINE送ってみよう!」
「あーちゃんこんばんは。今時間ある?」
未央「こんな感じかな……。……わ、もう返信きた」
「大丈夫ですよ。どうしました?」
未央「えぇと……何について話そう。そう言えば話すって事だけ考えて、何話すかは決めてなかった……」
未央「そうだな……じゃあ、↓2って言ってみよう」
未央「ほんとは加蓮に言われた通りデートに誘ったりもしたいけど……今のは私にはさすがにハードル高すぎるよなぁ……」
とはいえ何だか後ろ髪が引かれるような思いがする。書くだけならタダだ、と思って、少し指をぽちぽちと動かしてみた。
「日曜日空いてる? デートしない?」
未央「……はは、これで本当に送信できたら楽なのかもしれないんだけどなぁ」
未央「まぁ、これはまだちょっと先を急ぎすぎだよね。……そうだ、この間のお仕事の事についてでも話してみようかな」
ぽちぽち……と、ふざけて書いたメッセージを一文字ずつ消去していく。
ピロン♪
未央「……え?」
ふと、いつもよく聞くメッセージが送信されるときの効果音が、私の耳に飛び込んできた。
あれ、おかしいな。私まだ送信ボタンは押してなかった筈だけど――と、TLの画面を確認してみる。
「日曜日空いてる? デートし」
未央「……」
未央「…………」
未央「……………………」
未央「(やっちゃったぁーーーーーっっ!!!!!)」
未央「(ま、間違えて削除じゃなくて送信ボタン押しちゃったよ! これじゃ絶対誤解される!)」
未央「(早く削除しなきゃ……って、え!? 削除できるのはこっちの端末だけで、相手のは消せない!?)」
無慈悲なポップアップに打ちひしがれる。
……やばい。急に心臓が嫌なドキドキの鼓動を打ち始めた。こんなドキドキは望んでなかったんだけど……!
未央「と、とにかく今ならまだ間に合う! 打ち間違えたって言えば……」
未央「……って、打ち間違えたって言ったらそれもっとダメじゃん! 私があーちゃんをデートに誘おうとしてたことバレバレじゃん!」
未央「そうだ! じゃあ送り先を間違えたってことに……いやそれももっとダメだ! 更にあらぬ誤解をされる!」
未央「うわあぁぁ! どうすれば! どうすればいいんだー!」
パニックになり、思わずベッドの上で飛び跳ねる。隣の部屋の弟が「お姉ちゃん、うるさーい」なんて言ってくるのが聞こえるが、そんな事を気にしている場合ではない。
あわわ……とスマホを持つ手が震えていると、メッセージを送ってからほどなく、先ほど聞いた効果音が再び私の耳に入ってきた。
ピロン♪
「いkたいdす」
未央「……? なんだろこれ」
と思っていると、再びメッセージが届く。
「まちがえまsた」
「いきたいです」
「ぜひいきたいです」
未央「……」
未央「…………」
未央「……………………」
未央「(ま……まじかぁぁーーーーーーっ!!!!!)」
未央「え? どういうこと? これどういうこと?」
想定していなかったあーちゃんからの返信に、一瞬度肝を抜かれる。かと思えばさっきまでの悪寒がするような心臓のドキドキが一転して、どこか高揚感を伴うドキドキへと変わっていった。
未央「私からのデートのお誘いに……あーちゃんが、了承してくれたってこと? え、そういうことなのかな、これ」
未央「……わわ、ど、どうしよう。こんな風に返されるなんて思ってもみなかったから……な、なんか変な汗が出てきた」
未央「それにしても、あーちゃんいつも打ち間違いなんてしないのに、今日はやたら間違えてるな、どうしたんだろ」
未央「……って、そうだ私も返信しなきゃ! 今更「ごめーん打ち間違えちゃったー」なんて送る訳にもいかないし……。こ、これは怪我の功名って事で、覚悟を決めるしか!」
茹ったような頭を切り替え、急遽あーちゃんとデートを行うプランを構築していく。
ここはやっぱり……誘った側の私が行く場所とかは決めるべきだろう。
未央「(どこに誘おうかな……)」
↓2
未央「(そう言えば……今度近くのレジャーランドに新しいプールができたっていってたっけ)」
未央「(そこに誘ってみようかな……いやでも、いきなりプールなんてやっぱりちょっと無理かな?)」
未央「(……いや、でも、今のこのテンションだからこそ言えることかもしれないし…………それに、あーちゃんの水着、見てみたいし)」
……頭の片隅に浮かんだ邪な考えを振り払うと、その旨をメッセージに入力する。まさか今あーちゃんとデートの行き先を決める状況にあるなんて、ほんの数分前の自分は想像すらしないだろう。
送信ボタンを押し、少し自分を落ち着けるべく大きく深呼吸をする。断られたらどうしよう……とあれこれ考えていると、三分ほど経ってから彼女の返信が届いた。
「わかりました。そこに行きましょう」
「でも」
「あの」
「水着似合わなくても、笑わないでくださいね」
未央「似合わない訳ないじゃん! 何言ってんの! むしろあーちゃんが着る服で似合わないものなんてこの世界にあるわけないじゃん! 前撮影で着てたドレスだってめちゃめちゃ綺麗であれを私が初めて見たとき一時間くらいあーちゃんの写真から目が逸らせなくなったの知らないでしょ! っていうかもう私はあーちゃんの水着姿が見られることが決まっただけでテンション上がりすぎて心臓が破れそうで痛いよ! なんでそんな奥ゆかしいの! かわいすぎるよ!!」
隣の部屋からお兄ちゃんが「おい未央うるせーぞ!」なんて言っているのが聞こえるが、最早そんなことはどうでもいい。
思わず思いのたけ全てを指で入力してしまいそうになるのをぐっと堪え、平静を装い「笑うわけないじゃん! じゃあお昼集合でいい?」なんて当たり障りのない文章をどうにかこうにか生み出し、送信ボタンを押す。
彼女から了解のメッセージをもらうと、その後は心臓のドキドキが私の思考を邪魔し続け、結局そのあと二言三言会話しただけで「じゃあまた今度」なんて文を送信してしまい、もっと何か話せばよかったかな……と私は寝るまで悶々とし続けるのだった。
遅くなりましたが、再開していきます。
そして、待ちに待った日曜日当日。
私は目的の施設に念のため2時間ほど前に到着し、今か今かと彼女の到着を待っていた。荷物を入れたバッグの中にはこの日のために新調した水着一式が入っている。
本当は「ねぇ、どんな水着着ていったらいいのかな?」と加蓮に相談したものの、「そこまで面倒見られるか!!」とにべもなく一蹴されてしまったので、自分のセンスを信じて買った次第である。
未央「うわ……まだ集合1時間前なのに、もう緊張してきた……。考えてみれば、あーちゃんと仕事以外で二人っきりになるのなんて初めてじゃないのかな……」
そんな事をつぶやきながら空に立ち上った入道雲を眺めていると、ふと、向こうからたったったっ……と人が小走りに駆ける音が聞こえてきた。
藍子「未央ちゃーん! ……ごめんなさい、待ちましたか?」
未央「あっ、あーちゃん!」
見るとあーちゃんは、彼女らしいふわりとした雰囲気を漂わせる明るく可愛らしい服に身を包み、向日葵の花があしらわれた髪留めでその艶やかな髪を纏めていた。
ふわふわと揺れるポニーテールが、照り付ける太陽光をやさしく受けとめているのが印象的だ。
未央「ぜ、全然待ってないから大丈夫だよ! 私も今来たところだから!」
藍子「本当ですか? よかった……。遅刻したらいけないと思って、つい早く家を出すぎちゃいました」
えへへ、と彼女は笑う。
ゆるやかな雰囲気に包まれた彼女の笑顔に、どきり、と私の心臓が鳴る音が聴こえた。
未央「と……とりあえず、じゃあ約束通りプールにいこっか! ちょっと予定より早いけど……」
藍子「そ、そうですね!」
昨日のLINEで間違えて送ってしまった「デート」という文字が頭にちらつく。普通に「二人でどこかに遊びに行こう」なんて言い回しをしていたら、ここまで緊張する事はなかったのかもしれないけど……。
そう言えばあーちゃんもどこか緊張している様子に見える。……私の物言いのせいで変に気を使わせてしまったのかもしれない。
未央「な、なんかさ。こうやって二人で遊びに行くのなんて初めてだね。仕事で一緒になる時はあったけど」
藍子「そ、そうですね。私もこうやって未央ちゃんと休日を一緒に過ごせるのは、すっごく嬉しいです」
にっこりと私に笑いかけてくれるあーちゃん。そんな彼女に歩幅を合わせるようにして、私たちは建物の中に入っていった。
未央「わぁ……結構広いとこなんだね……」
新設されたアミューズメントパークの一コーナーとして開かれていた屋外プール場は、その辺りの市民プールよりもずっと広く、いろいろな設備が充実していた。見渡してみると、大きなウォータースライダーに流れる温水プール、水上アスレチックのコーナーにフードコートまである。
屋外プール特有の強い日差しが水面に反射して、キラキラと私たちの顔を照らす。時折吹いてくる涼しい風が、日光で火照った肌を撫でていくのが心地よかった。
未央「なんだかわくわくしてきたね! まずどうしよっか……って、あーちゃん?」
ふと後ろを振り返ると、いつの間にか一緒に更衣室を出たはずのあーちゃんが視界から消えていることに気付いた。軽くあたりを見渡してみると……あ、いた。
未央「……何やってるの、あーちゃん」
藍子「だ、だってだって……いざ水着を見せるってなったら、なんだか急に恥ずかしく……」
あーちゃんは更衣室の入り口近くまで戻っており、建物の陰に体を半分隠して恥ずかしそうにおろおろしながらこちらを見ていた。
仕方がないのであーちゃんの方に駆け足で戻り、少しひんやりとする更衣室の陰に入って彼女の近くに寄る。こちらが彼女を見れる位置まで来ると、あーちゃんは再びその体を建物で隠してしまった。
未央「大丈夫だって! あーちゃんすっごく水着似合ってるし、可愛いから自信もっていいって!」
藍子「……でも、未央ちゃんと比べたら、なんというか……すごく貧相ですし、私の体」
そう言ってあーちゃんは、自分の胸元へと寂しげに視線を落とした。
……あぁ、本当にかわいいのになぁ。というかむしろあーちゃんの水着姿が見れた喜びで内心私は心臓ドキドキなんですけれど。
あーちゃんが着てきた水着は可愛らしい花柄があしらわれたゆるめのタンキニ型の水着で、彼女らしいふんわりとした雰囲気が感じられてよく似合っていると思う。
正直あーちゃんの水着姿なんて今まで雑誌で数えるほどしか見たことがなかったから、今目の前に生の彼女が水着姿でいるという事実に私の胸は高揚感で溢れていた。
未央「……大丈夫だって、そんなこと気にしなくても。あーちゃんだって、アイドルなんだからさ」
いつまでも彼女をここに残している訳にもいかないので、彼女の方にゆっくりと、少しづつ近づいていく。
……多少勇気がいったけれど、隠れていたあーちゃんの細い腕をできるだけ優しく握ると、軽くこっち側へ引っ張ってみた。つられたあーちゃんが、日差しの当たる床へと一歩足を踏み出す。
肌越しに伝わってくる、滅多に触れることのない彼女の地肌のさらさらと柔らかい感触が、ふいに私の脈拍を速くした。
藍子「……ほんとに似合ってますか?」
未央「うん、ばっちし! 私が保証するって!」
藍子「……そっか、よかった……」
ようやく少し恥ずかしさも消えたのか、ぎこちなさが残るような笑顔で彼女は微笑んだ。柔らかそうな彼女のポニーテールが風になびかれて揺れるたび、やっぱり彼女は笑っていた方が似合うなぁ、と再認識する。
藍子「…………あんなに時間かけて水着選んだ甲斐が、あったかな……」
未央「え? 何か言った?」
藍子「えっ!? あっ、みっ、未央ちゃんの水着もすっごく可愛いなーって思って!」
未央「そ、そう? それは嬉しいな……。えへへ、ありがと!」
これからどうする?
↓2
どっちが塗る?
1.未央→藍子
2.藍子→未央
3.お互い塗りっこ
↓1
藍子「それにしても……今日は日差しが強いですね。日焼けしちゃいそう……」
屋外プールの宿命か、あるいはこの季節の宿命か。頭上から容赦なく降り注ぐ日光は、こうして日の当たる場所にじっと立っているだけでも肌がじりじりと焼かれるようだ。
未央「そうだね、今はお昼前だから特に……あっ、私日焼け止めクリーム持ってきてるよ。使う?」
藍子「あっ、いいんですか? 実は今日持ってくるの忘れちゃって……。それじゃあ未央ちゃんの後に貸してもらえます?」
未央「んー、私はさっき更衣室で塗ってきたから大丈夫だよ。それじゃああっちのパラソルがある方にいこっか」
日差しから逃げるように、デッキチェアやパラソルが置いてあるスペースへと二人で移動する。日陰になって丁度休める場所に来たからか、少し暑さから解放された気がする。
藍子「アイドルだと勝手に日焼けもできませんもんね」
そう笑みを漏らしながらデッキチェアに腰かけた彼女は、よく締まった太ももをぴったりとくっつけ、少し恥ずかしそうに私から日焼け止めのクリームを受け取った。
未央「………」
パラソルにくぐりこんでくる夏の風が、彼女のふんわりとした水着を揺らす。さっきまで日光が染み込んで熱くなっていたであろう彼女の白い肌は、確かに紫外線に無防備に晒すにはあまりにも繊細すぎる。
未央「(……ほんとに、きれいだな……あーちゃん)」
気が付けば、さっき更衣室に隠れて恥ずかしがる彼女の腕を掴んだ時の感触が、私の手のひらにまだ残っていた。柔らかい絹を撫でた時の様に心地いい感触が、私の指の腹からまだ離れようとしてくれない。
彼女の横から垂れた髪の先端が、その胸元をくすぐっているところに、自然に目が行ってしまう。
ふと彼女の方を見ると、クリームのキャップをくるくると回して外そうとしていた。
一つのパラソルの下に一緒に入った私たち。手を伸ばせば、触れられる距離に彼女がいる。
そんな状況と、日差しの暑さに――私は少しのぼせていたのだろうか。
未央「……あ、あーちゃん」
藍子「?」
ふと、自分でも何をやっているんだか分からなかった。気が付けば、私はあーちゃんが持っていたクリームのキャップをがっしりと、彼女の手ごと掴んでいた。
未央「クリーム……私が塗ってあげよっか?」
藍子「…………へっ?」
口をぽかんと開けて、目をぱちくりさせながら。目の前で、あーちゃんが見たこともないくらい混乱した表情を見せる。
その非現実感に、数秒ほど経ってからようやく私の頭が冴え渡った。
自分が何をしているのか、自分が何を言っているのか。
未央「……あ」
思考が硬直したまま握っていた彼女の手を、反射的にバッと離した。……まずい。私、何口走ってるんだろう。あーちゃんの肌に触りたいなんてぼんやり考えてたら、つい……!
まだ口がぱくぱくとしか動かないが、自分の思考に追いつかない混乱した脳を絞り出してなんとか言葉を紡ぎだす。
未央「な……なーんちゃって! 冗談冗談! いや、いくら女の子同士だからって、人から塗ってもらうなんて嫌だよねぇー!」
あははは、と無理に笑い飛ばしてごまかそうとしたものの……彼女はそのまま動こうとしない。
未央「(……やばい、デート始まっていきなり本気で引かれた、かも……。いやそりゃそうか、こんなこと急に言われたら……)」
くらくらと目の前が暗くなっていく感覚を覚えながら後ろにふらついていると。
――ふと、目の前のあーちゃんが少し下を向いて、うつむいたまま何か考え込むようなそぶりをしているのが目に入った。
未央「えっと……あーちゃん?」
藍子「…………はい。……お願いします」
未央「え? なに?」
すると彼女は、その手に握ったク日焼け止めクリームの容器を、おずおずと私に差し出してきた。
藍子「その……じゃあ、せっかく、ですので……」
そう言うとあーちゃんは腕を滑らせ、ゆっくりとデッキチェアに寝そべっていく。
――垂れた髪の先端がデッキチェアに触れ、細い脚が宙を交差するように軌跡を描いて動く。その光景は、ただでさえ頭が火照りがちな私には、異様に扇情的に見えた。
あーちゃんも日光にあてられたのか。前髪の隙間から一瞬だけ見えた表情は、どこか赤くなっているように感じた。
薄く伸ばした乳白色のクリームを、しっとりとした彼女の肌に少しづつ塗りこんでいく。自分でも、今自分が何をやっているのかよく分からない。
あれ? なんでこんなことになっているんだっけ――。
未央「(……あ、あーちゃんの肌、やっぱり柔らかくて気持ちいい…………じゃなくって!)」
デッキチェアにうつ伏せになったあーちゃんの二の腕に、ぺたぺたとした感触で触っていく。女の子らしい肌のきめ細やかさが私の指の間に沈み込むようで、混乱する私の頭をその感触がさらにかき乱していく。
未央「(な……なんであーちゃんおっけーしてくれたんだろ……。いや、でもあれかな。同じポジティブパッションのユニットで活動してることもあるし、あーちゃん的には友達に塗ってもらうくらいなら普通なのかな……)」
脳裏でそんな事を考えながら、彼女の手のひら、指先まで直接私の手でクリームを塗ってゆく。この薄い液体の膜一枚隔てて私とあーちゃんの手が触れ合っているのだと思うと、急に顔に熱が灯ってくるのが分かる。
未央「ど、どうかな、こんな感じで……」
藍子「……は、はい。大丈夫、です……」
声をかけるもそれ以上会話が進行する事はなく、もう片方の彼女の手にも同じようにクリームを塗る。――あぁ、なんだかもうこれだけで、今日の私は満たされてしまったような気もするけれどしかし、冷静に考えてみれば自分の理解の整理が及びもつかないところで物事が進行している、という感覚が私の頭を上滑りしていく。
もう片方の彼女の手のひらに、指に、私の指を絡めるようにして隅々までクリームを塗っていく。
――するとあーちゃんは突然、私の指先をぎゅっ……と、ほんの少しの弱々しい力で静かに握ってきた。一瞬、私の手の動きが止まる。
未央「………っ」
クリームでぬめった感触と、彼女の指の腹の柔らかい感触が合わさって、彼女に包まれた指先が急に暖かい熱を帯びたような感覚がした。
藍子「あ……ご、ごめんなさい、つい……」
未央「い、いや、大丈夫だけど……」
……びっくりした。急に――あんなことされたもんだから、なんだか心臓のどきどきが、さらに加速しちゃうよ……。
今日はもう終わりかな
できたら終わりなら終わりって書いて欲しいな、待ちぼうけになるんで
未央「あの……あーちゃんは、さ」
藍子「? なんですか?」
未央「その……こういうこと、結構あるの? こうやって、日焼け止めクリーム誰かに塗ってもらう、みたいな……」
藍子「え!? な、なんでそんな急に!?」
未央「あ、いやえっと、別に……ただ、あーちゃんは友達にこういうことされるの、結構普通なのかな……なんて、思っただけだから」
つっかえつっかえになりながら言葉を発する。あまりに会話がなかったのが逆に息苦しくなって、つい聞かなくていいことを聞いてしまったかもしれない。
するとあーちゃんは、少し恥ずかしそうに俯きながら、消え入りそうな声でつぶやいた。
藍子「……そんなこと、ないですよ」
藍子「…………未央ちゃんだから、です……、……っ」
――彼女の耳が、ほんのりと赤くなっていく。それを受けて私は、ついクリームを塗る手が止まる。
未央「そ……そう、なんだ……ありがと」
藍子「いえ、その……どう、いたしまして」
――な、なんだこの雰囲気! いや、そりゃあーちゃんが私の事を仲がいい友達だと思っててくれたのは嬉しいけど! でもなんか、今このタイミングで言われたら、なん……か、緊張しちゃうよ……!
未央「(と、とにかく早く終わらせた方がいい気がする……。よし、両手両脚は終わったし、後は……)」
彼女の上下の水着の間から覗く白く細い背中が私の目に飛び込んでくる。
あの領域にこの私の素手でクリームを塗るのは、なにか犯罪的な背徳感が漂う気がする……!
……ごく
一度生唾を飲み込み、十分な量のクリームを手のひらに取り出すと、よく伸ばしながら少しづつ彼女の背中に手を近づける。
未央「それじゃ……背中、失礼します……」
藍子「は……はい」
自分はホテルのマッサージ師か何かか、と思う間もなく、彼女のすべすべの肌に手のひらが触れた瞬間、私のこざかしい思考は一瞬で吹っ飛んでしまった。
>>670 次から気を付けます。申し訳ない。
藍子「ん………」
彼女の声が、吐息とともに漏れる。その甘美な声が私の耳に入ってくるその感触が、まるで何かとんでもない禁忌を犯しているような、そんなうしろめたさを私に教え込んでくる。
ほんの少しづつ、まだ踏み荒らされていない処女地を均すように、あーちゃんの絹のような感触の背中に手のひらを滑らせていく。彼女の少し浮かんだ汗がちょっとだけクリームに混ざって、その生暖かさが私の奥底の理性を揺さぶっているかのようだ。
未央「あ……お腹側……塗るね」
藍子「ん……はい」
体を少し持ち上げてくれたあーちゃんのお腹側に手を滑り込ませるように忍びこませ、柔らかな感触のお腹をまさぐるように手を動かす。
ほどよくついた女の子らしい脂肪に、だけどしっかり引き締まったその魅惑的な身体は……きっと水着でグラビア雑誌にでも載った日には、見る人すべての視線を独り占めしてしまうのであろう、そんな想いを抱かせずにはいられない。
未央「(ほんとに……なんで、こんな……)」
今、私はあーちゃんの体に触れている。肌と肌が、零距離で密着している。しかも水着で――
改めて考えてみると、とんでもないことだ。彼女を知ってからというもの、話したくても話せなかった、触れたくても触れられなかった時間があんなにも長かったっていうのに。
ほんの私の手違いから、普段だったら絶対に遅れないであろうあんなメールを送ってしまったことで、今――こんなことになっているんだと考えると、彼女の体に触れている今が奇跡的な時間に思えてくる。
未央「(きれい……あーちゃん。……このまま、抱きしめられたらいいのに――)」
あらぬ妄想が頭を支配する。
――夏の暑さのせいか。うん、きっとそうだ。何かのせいにしなきゃやってられない。脳が茹ってしまいそうだ。
未央「(……だけど、それは……)」
彼女の体を触る手に、心なしか力が入る。
なぜ? もうすぐクリームが塗り終わるから? それが名残惜しい?
彼女を――できれば、今すぐにでも、抱きよせたいと思っているから?
未央「(……すきだよ、あーちゃん。きっと、伝えられないだろうけれど――)」
頭の中でぐるぐるとそんな事を考えていると。いつの間にか……あれ?
あーちゃんの肩がぷるぷると震えているのに気が付いた。
藍子「あ……あの、未央ちゃん、そこは……!」
未央「……?」
藍子「……っ、その、む……むね、ですので……」
見れば耳を真っ赤にしたあーちゃんが、絞り出したような震える声でそう発しているのが耳に入ってきた。
未央「むね? …………あっ!!」
瞬間、自分の手のひらに、今まで味わったことのない感触が触れているのに気が付いた。
頭の中であーちゃんのことをぼんやりと考えていた私は、いつのまにか彼女の上の水着に手を滑り込ませ――彼女の、胸に、直接触れていたのだと分かった。
し……しまった! ぼんやりしてて、クリーム塗ってる手が勝手に動いてたよ!!
藍子「そ、その……そこまでは、だいじょうぶ、ですので……」
未央「そ、そうだよね!! いや、わ、わかってるよ!? 今のはその、なんか、あーちゃんの事考えてたらぼーっとしちゃって、つい! いやほんと! ごめん!」
藍子「……? 私の、事を……?」
未央「あああああ違うの違うの!! ほら! あーちゃんの体すべすべで気持ちいいなっていうか、いや違うこれも違う!! そうじゃなくって、その……! か……かわいいなって! 思って!!」
な、な、なにを言ってるんだ私は! 完全にパニックになった頭で、彼女の体からぱっと離れてとにかく平謝りをしまくる。
未央「ご、ごめ……その、わざとじゃないんだ、今のは……」
藍子「わ、わかってます……。だ、大乗ですから……」
彼女もこちらを心配したように言葉をかけてくれる。……うぅ、正直、なんだか今日は夏の暑さとあーちゃんの魅力にあてられて、またもな行動ができてない気がする……!
藍子「そ、その、ありがとうございました。塗ってもらって……」
未央「いや、こ、こちらこそごめんね、あんなことしちゃって」
藍子「それはもう大丈夫ですから……。そろそろ、行きましょうか……?」
未央「あ、そう……だね」
彼女につられる様に、そそくさとその場を後にする。……うう、なんだかただ日焼け止めをするだけの筈なのに、やたら精神力を失った気がするよ……。
まだまだきつく降り注ぐ日差しで熱された床が、私の足に仕置きのような火照りを与えてきているようだった。
**
「クリーム……私が塗ってあげよっか?」
――なんて。
……あぁ、どうしましょう。まさか未央ちゃんから、あんなことを言われるなんて。
突然の事であっけにとられてしまったけれど。急にそう言われた瞬間、私の心臓がどきんと大きく跳ねたのが、自分でもよく分かりました。
どう返事をしたらいいんだろう。未央ちゃんは……こういうこと、普通にできる人なのかな。友達同士なら――意識せずに、できちゃうのかな。突然の事で嬉しく戸惑う反面、そんなほんの少しもやもやとした気持ちが私の中に生まれていく。
「…………はい。……お願いします」
だけど気づけば、私の口は半ば勝手にそう動いていました。たとえ――ただの友達としてしか意識されていないとしても。
彼女のその手で、私に触れてほしい。そんなあさましい考えを抱いた私は、悪い子でしょうか。
藍子「(それでも私は……未央ちゃん、あなたに……)」
彼女の横顔をばれないように見つめながら、胸に手を当てる。さっき彼女に触られた胸が、まだどきどき、じんじんしている。
……恥ずかしい。だけど、なぜだろう。それと同じくらい、彼女に触れられてうれしいという気持ちもあって――。
もう、自分でもわけが分かりません。私、こんなにふしだらな女の子だったでしょうか?
藍子「(……デート)」
藍子「(デート……なんですよね。これって……)」
未央ちゃんがあの日LINEでそう言ってきた意味が、私には……友達同士で休日を過ごすという意味にも勿論聞こえるけれど。
藍子「(本当は…………なんて)」
都合のいい妄想を頭の中に浮かべては、かき消す。そんなことあるわけないって、分かってしまうのは怖かったけれど。
でも……もう少しだけ、この時間を、デートを楽しませてくださいませんか。未央ちゃん。
藍子「……さてと。まずはどこに行きましょうか、未央ちゃん」
願わくば、夢が冷めないうちに。
私の――王子様。
**
今回はこの辺にしておきます。
次回更新は多分水曜あたりになると思います。
一応トリップ付けておきますね。
遅くなりました。再開します。
次は何をする? ↓2
未央「(うぅ……なんだか、私が変な事やっちゃったせいで妙な空気になっちゃったな)」
未央「(あーちゃんもさっきから恥ずかしがって下向いちゃってるし……。いくら友達でも、やっぱ胸触られたら嫌だよね、そりゃ……)」
うむむ、どうしたものか……と思案していると、ふと、ここの名物的な存在だと聞いていたウォータースライダーの存在を思い出した。なんでも県内でも指折りの大型らしく、下調べをしている時から実は結構気になっていたのだ。
そうだ、ここはあーちゃんと一緒にウォータースライダーで滑って、何となく気まずくなったこの空気を吹き飛ばしてしまおう!
未央「ねぇねぇあーちゃん、せっかくだからさ、ウォータースライダー乗らない? ここの名物みたいなんだ」
藍子「そ、そうなんですか? 私、こういうのはやったことないですけど……でも、なんだか楽しそうですね」
未央「うんうん! 今丁度人少ないから、そんなに並ばなくても乗れそうだね。それじゃあレッツゴー!」
自分を奮い立たせるためにやたら大きめの声でそう言うと、私はあーちゃんの手をとってウォータースライダーへと早歩きで歩き出した。
ついさっきまで彼女の体を隅から隅まで――というと語弊があるものの、ともかくもっとすごいことをしていたのだから、私の中では今さら手を繋ぐことへの抵抗感は薄くなっていた。
彼女の手を握ると一瞬、ぴくんとその小さな手が私の手の中で跳ねる。しかしすぐに、あーちゃんはおずおずと優しい力で私の手を握り返してくれた。
上目遣いでこちらを恥ずかし気に見つめるあーちゃんと視線が合うと、その瞬間私の心拍数がぐぐっと上昇する。
……いや、やっぱりこれはこれで結構恥ずかしい。
未央「わぁ……結構高いね……」
幸い、並んでからほんの十数分足らずで私たちはウォータースライダーのてっぺんへと到着していた。さすが県内でも指折りの大型と言うだけあって、その高さも相当なものだ。
未央「あーちゃん、高いところ大丈夫?」
藍子「あっ……えぇと、すみません。その……この高さはちょっと、怖くて……」
見るとあーちゃんは、さっきから頑なに下の様子を見ないようにしているようだった。その小ぶりな肩はさっきよりもなんだか小さく、震えているようにも見える。
未央「高いところ苦手ならさっき断ってもよかったのに! ムリそうなら今からでも降りようか?」
藍子「だっ、大丈夫です! だって……せ、せっかく未央ちゃんが乗ろうって言ってくれたんだから、断るなんてしたくなくて……」
あーちゃんは健気にそう言うも、その体は小動物の様に小さくなってしまっている。……しまった、私がちゃんと気を付けてれば、あーちゃんにわざわざ怖い思いさせなかったのに……。
未央「…………」
本当は怖いだろうに、無理に笑顔を作って大丈夫です、と言う彼女を見ていると、なんだかここに誘ったことへの罪悪感がふつふつと湧いてくる。
私はそんな彼女を見て居られずに――ゆっくりと彼女に近づくと、片腕を伸ばして震えるその肩をぎゅっと抱きしめた。
藍子「み……未央ちゃん……?」
少し驚いたように、あーちゃんがびくっと跳ねてこちらを見てくる。私はできるだけ彼女が安心できるように、片腕で彼女を優しくこっちへと抱き寄せる。
吐息がかかるような距離まで近づいた彼女の、露出した肌と肌が直にぶつかる。……恥ずかしいけど、だけどなんだか、隣で不安そうになっているあーちゃんを見ていると、自然とこうしたくなっていたのだ。
未央「あ、えっと……こうしたら、あーちゃん少しは安心するかなって……。その、い、嫌だったらすぐ離すけど……!」
……勢いで抱き寄せちゃったけど、冷静になって考えるとなんだか自分でもすっごく大胆なことをやっている気がする。うぅ、水着同士だから嫌でも肌のすべすべ感とか、体温とかが直接伝わってきて、ドキドキしちゃうよ……!
藍子「……いえ。ありがとう、ございます」
するとあーちゃんは、抱き寄せた私の手にそっと手をのせ、優しい力でぎゅっと手を握ってくれた。
彼女はふっとこちらに笑いかけ、そのまとめた髪が太陽の香りを放ちながらゆらりと揺れる。
藍子「おかげで、安心できました。……やさしいんですね、未央ちゃん」
未央「えっ、あ、いや別に! 嫌じゃないならよかったよ! ほら、私から誘っちゃってるのに怖い思いさせちゃって悪いなーって思ってたし!」
藍子「そんな……。……あ、じゃあ……」
すると彼女は、何か思案するような間を一泊置いたかと思うと、軽く咳ばらいを一度し、また言葉を紡いだ。
藍子「……怖くなくなるまで、もう少し甘えてみてもいいですか……?」
未央「へ?」
次の瞬間。
あーちゃんは、その細い両腕をこちらに伸ばし、私の腰にゆっくりと、触れるか触れないか分からないような力で手を回してきた。
彼女の頭が、私の肩に寄り掛かるようにして密着する。
未央「あ、あーちゃん……!」
藍子「ごめんなさい。まだちょっと怖くて……。でも、こうしていたら安心できる気がします」
弱々しい力で私に抱き着くあーちゃん。私も彼女の肩を抱き寄せている訳で、これはその……傍から見たら、なんというか、お互い抱き合うような格好になっているのだろうか。
突然彼女に抱き着かれたことで、まだ思考がまともに定まらない。浮遊感で埋め尽くされた私の脳にかすかにとらえられるのは、さっきよりも近くなった彼女のおひさまのような香りと、どきどきと鳴り響く私の心臓の鼓動音がやたらとうるさいことくらいだ。
藍子「……嫌だったら、離れます」
未央「え!? いや、別に嫌とかそんなことは全く全然ないよ!? むしろうれ……わ、私も安心するし!」
藍子「そうですか……。じゃあ、順番が来るまでこうしていても……いいですか?」
距離が近づいた彼女の上目遣いがまた炸裂する。その透き通った瞳に、私の魂まで持っていかれてしまいそうだ。
未央「う、うん! ぜ、全然おっけーですよ! もー、あーちゃんは怖がりやさんだなー!」
声が裏返るのを必死に抑えながら、平静を装いつつそう答える。
するとあーちゃんはふわりとした笑みを浮かべると、ありがとうございます、と言って私に抱き着く腕の力を少しだけ強めた。
未央「(ど、どうしたんだろ。なんだか急にあーちゃんが積極的になったような……)」
未央「(でも、あ、あれかな? 先に抱き寄せたのは私だし、友達同士ならこれくらいは普通……なの、かな?)」
藍子「(…………)」
藍子「(……うぅ、自分でやっておきながら何だけど、これ、すっごく恥ずかしい……!)」
藍子「(未央ちゃんに急に抱き寄せられて、何だか咄嗟に私も未央ちゃんに触れたくなっちゃったけど……心臓のどきどき、ばれてないかな……?)」
藍子「(怖いから、なんて理由でこんな風に抱き着いたりして……。前にもつまづいたふりをして未央ちゃんに抱き着いちゃった事があったけど、騙してるみたいですっごくいけないことをしてる気がしてきます……)」
藍子「(だけど……でも、せっかくこうして二人でプールに来てるんだから、私も少しは距離を縮められるように努力しないと……!)」
藍子「(……なんだか、磨いた演技力を別の所で使っちゃってる気がしますけど……)」
心臓の鼓動を何とか抑え込みながら列に並んでいると、とうとう私たちの番がやってきた。
あーちゃんに抱き着かれてからの待ち時間の方が、それまでの待ち時間の何倍も長く感じられたんだから不思議なものだ。
「お二人ですか? でしたら後ろの方が前の方にしがみつく形でお滑り下さーい」
係員さんにそう促され、なんだか恥ずかしくなってどちらからということもなく手を離す。
滑る順番は?
1.未央が前、藍子が後ろ
2.藍子が前、未央が後ろ
↓2
未央「あ、じゃあ私が前で滑るね。後ろの方が多分怖くないだろうし」
藍子「はい。そうしてくれると嬉しいです」
スライダーの入り口に腰かけると、思っていたよりも角度は急で、水の流れる速度も速い。絶叫系とまではいかなくても、なかなかスリルのある作りになっていそうだ。
あーちゃん、これ大丈夫かな……と思っていると、後ろに来たあーちゃんが私の脚の外側に両足を投げ出し、背中に彼女の存在感を感じる。
藍子「えっと、それじゃあ……し、失礼します」
未央「は、はい」
あーちゃんでもないのに思わず敬語で答えると、両肩を彼女の手が遠慮がちに掴む感触が伝わってきた。さっきまで抱き合っていてなんだけど、これはこれで何だか変な緊張を覚える。
未央「準備いい? じゃあいくよ?」
そう確認して、いざ滑り出そう……としたところ、急に係員さんからストップの声がかかった。
「すみません、中途半端にしがみついて滑ると危険なので、後ろの方はもう少ししっかりしがみついて頂けますか?」
藍子「うぇっ!? は、はい、すみません!」
びくっと、肩に置かれた手が震える。……かくいう私も、なんだか緊張が……!
藍子「あ、えっと、じゃあ……もっと抱きつきますね?」
未央「は、はい! いつでもどうぞ!」
だからなんであーちゃんでもないのに敬語なんだ、と思う間もなく。
彼女のふわりとした水着の擦れる感触や、暖かな体温とともに触れる肌の柔らかさが、私の背中にぎゅううぅ……と、力強く密着してきた。
……ま、まずい。俄然緊張して、目の前のスライダーがどうというより、あーちゃんにこんなに強く後ろから抱きしめられているという事実が目の前をチカチカさせてきた。
藍子「ど、どうですか? 苦しく……ないですか?」
未央「だ、大丈夫! ぜんぜんおっけー!」
……あああ、まずいまずい。この体勢だと、あーちゃんの吐息が首筋にかかってくすぐったいし、なんだか私の背中であーちゃんの体温とか、感触とか、香りとか、全部感じられてる気がして……! り、理性がどうにかなりそう……!
それに、私の胸の下に回されてる両腕の感触があるから、なんだかあーちゃんにサンドイッチにされてるみたいで……これ、すっごくドキドキするんだけど……!
茹った頭で混乱気味に彼女の存在に飲み込まれそうになっていると――すると、後ろに密着した彼女の体から、どき、どき、と、力強い心臓の鼓動がかすかに背中に伝わってきた。
未央「(……あーちゃん、緊張してるのかな? やっぱりいざ滑るってなると怖いのかな……)」
……少しでも彼女の不安を取り除こうと、私の体の前面に回された彼女の手に、そっと私の手をのせる。
未央「あの……だ、大丈夫だからね、あーちゃん。何かあったら、私があーちゃんを守るからさ」
藍子「……っ! ……は、はい。頼りに……してますね、未央ちゃん」
……少しは役に立てたかな? 肩に押し付けられた彼女の頬から伝わる温もりがやけに熱い気がするけれど、不安が減ったなら……よかったな。
未央「じゃあ、今度こそ……いくよ? しっかり掴まっててね?」
藍子「は、はい! お願いします!」
そう言って、あーちゃんの準備ができたのを確認すると……私は、掴んでいた手すりから手を離した。
未央「わーーーっ!!」
……ばっしゃーーん!!!
体に感じる強い水圧とともに水面に打ち付けられる。
もがいて水面に浮きあがると、さっきまでのスピード感が急に無くなったことでふらつく足で踏ん張りながら、大きく息を吸い込んだ。
未央「……ぷはーっ、あー、楽しかったー!」
後ろではあーちゃんが同じように息を吸い込んで、私の背中にもたれるようにして立ち上がった。
藍子「ん……っ、ぷはぁ……。えへへ、最初はちょっと怖かったけど、滑ってたらそんなのどこかに行っちゃいました! はじめてだったけど、すっごく楽しかったです!」
あーちゃんにしては珍しく興奮した様子でそう話しかけてくる。よかった、こんなに喜んでもらえて何よりだ。結果オーライってやつかな。
未央「うん、私もすごくスッキリしたよ! ……じゃあ、とりあえず一回プールサイドにあがろっか?」
藍子「そうですね。いつまでもここにいたら、後から滑ってくる人たちの邪魔ですもんね」
未央「うん。じゃあいこっか」
藍子「はい、行きましょう!」
未央「………うん」
藍子「……? どうかしましたか? 未央ちゃん」
未央「いや、えっと、その……、そろそろ離れてくれないと、ちょっと歩きにくいかなーって」
藍子「へ? …………あっ!!」
私がそう言うとあーちゃんは、滑り終わってからもずっと私の後ろに抱き着いたままだったことにようやく気付いたみたいだ。
藍子「ご……ごめんなさい! 気づかなくって……!」
未央「いや、全然大丈夫なんだけどね? ちょっと歩きにくかっただけだから……」
ぱっと後ろに離れたあーちゃんは、恥ずかしそうに両手で顔を抑えていた。……いや、正直私としてはずっとあーちゃんの感触を感じていたかったのは事実なんだけど、さすがにずっとそのままだとプールから上がれなかったもので……。
藍子「うぅ……なんだか、未央ちゃんに迷惑ばっかりかけちゃってる気がします……」
未央「そんなことないって。……ほら、掴まって?」
先にプールサイドに上がった私が、プールの中にいるあーちゃんに手を差し伸べる。恥ずかしそうにその手をとった彼女を引っ張ってこちらに引き上げると、抱きとめるようにしてその身体を受け止めた。
未央「……」
……うぅ、まだ背中にあーちゃんの温もりや感触が残っているような気がして、否応なしに心臓がどきどきしてしまう。
赤くなった顔、あーちゃんにバレてないかな?
未央「それじゃあ……いこっか、あーちゃん」
藍子「はい、未央ちゃん」
――どちらから、ということもなく、私たちは手を繋いだ。
なんだか……こうやって二人でデートに来れたからか、あるいはついさっき成り行きとはいえお互い抱き合うなんてことをやってしまったせいか。以前よりも彼女との距離が、少しづつ、縮まっている気がする。
これが私の希望的観測でなければいいな、なんて、そんな事を思ってしまうくらいには。
今回はこれくらいにしておきます。次回はもっといっぱい書きたい……。
次回までに、次の行動を安価で決めておきます。
プール以外でもOKです。
↓3
恋話はどっちから振る?
↓1
藍子「スライダーに乗ったらちょっと疲れちゃいました……。どこかで少しゆっくりしませんか?」
未央「それもそうだねー。どこか落ち着けるところでもないかな……」
少しあたりを見渡してみると、流れるプールがあるのが目に入ってきた。そんなに人もいなさそうだし、流れに身を任せているだけなら落ち着けるかな?
未央「じゃあ、あの流れるプールにいこっか? あーちゃんが大丈夫ならだけど」
藍子「はい、私も結構好きですので……行きましょうか!」
――ちゃぽん
未央「わっ、あったかーい! ここ温水プールになってるんだ!」
プールサイドから足をつけ、そのままゆっくりとプールに入る。流速はそこまで速くないらしく、そんなに気を張っていなくても大丈夫みたいだ。
未央「あーちゃんもおいでよ、気持ちいいよー」
藍子「そうですね、じゃあ……」
あーちゃんがプールサイドのへりに座ったので、手を差し伸べる。彼女は一瞬恥ずかしそうにしたあと、私の手にそっと手を添わせ、ゆっくりと足先を水面に差し込むようにしてプールの中に入ってきた。
藍子「わぁ……こうやって流れに身を任せていると、すごく落ち着きます」
未央「ねー、人もそんなに多くないし、快適快適~。一周するようになってるからいつまででも浮いていられるし」
コースを見渡してみると流れるプールはぐるっと一周するつくりになっているらしく、これなら一時間でも浮いていられそうだ……とまで思ってしまう。
緩めの流速と浮力で自分の体がふわふわ浮く浮遊感は、心地よい安心感のようなものをもたらしてくれる。なんだかうっかりすると眠くなってしまいそうだ。
未央「あーちゃんも気に入った? ……って、あれ、あーちゃん?」
ふと、ほんの少しの時間私が浮遊感に気をとられていた間に、さっきまで私の眼前にいたはずのあーちゃんが視界からいなくなっていた。
藍子「み、未央ちゃ~ん、流されちゃいます~!」
未央「あーちゃん!? なんでもうそんな所にいるの!?」
気づけばあーちゃんは私の数メートル先にすでに流されており、両手をわちゃわちゃさせながら水の流れに飲み込まれているようだった。
まさかこんな緩い流れで流されてしまうとは思っていなかったので面食らったが、すぐに泳いであーちゃんの近くまで移動する。
藍子「ぼ、ぼーっとしてたらいつのまにか未央ちゃんから離れていっちゃってて……すみません」
未央「泳げない訳じゃないんだよね? もー、急にいなくなっちゃったからびっくりしたよー」
これも彼女のゆるふわな空気がなせる業なのか……なんてことを思いつつ、とりあえずあーちゃんがこれ以上流されないように彼女と腕をしっかり組んだ。
未央「これならもう流されないよね……あはは、あーちゃんはおっちょこちょいだなー」
藍子「うう、ごめんなさい……私ももっとしっかりしなくちゃ、ですよね……」
しょんぼりするあーちゃんと腕を組みながら、流速の遅いところまで戻る。よし、とりあえずここまで戻ればいいかな……。
未央「(……ん?)」
うん。あーちゃんと、腕を組んで、戻った。
未央「(……)」
未央「(……あ、私、無意識にあーちゃんとこんなに近くに……!)」
さっきはあーちゃんを助けることに夢中で思わず彼女の腕を抱き寄せてしまったけど、ふと気が付けば――私と彼女の彼我の差はもう全く無くなっていた。
それこそ……私がほんの少し顔を寄せれば、彼女の唇に、意図せずぶつかってしまう程度には。
彼女を助けることにテンパっていた頭が徐々に晴れると同時に、あーちゃんの柔らかい二の腕の感触が私の体にぎゅううぅ……と伝わってきて、これ以上彼女が流されないようにと思って強く抱きしめたその腕は、私に彼女のおひさまのような温かさを容赦なく刻み込んでくる。
未央「(う……だ、だめだ、落ち着いたら余計に緊張してきた……)」
気が付けば私たちは互いに腕を組みあう形で流れるプールに流されている格好なわけで……。ふと首を向けて隣を見ると、どうも……あーちゃんも同じように黙りこくってしまっている。
た、確かに、今更離れるのもなんか気まずいしね……。彼女の頬がなんだか赤く上気しているような気もするけれど、気まずさで緊張しちゃってるんだろうか。
未央「(どうしよ……なんか会話をしたほうがいいかな、やっぱり)」
そう言えばさっきから私たちは何も会話を交わしていない。
いや、そりゃ流れるプールにいるんだからリラックスしてればいいって話なんだろうけど、これだけ密着しちゃうとなんだか……わ、私まで変に緊張しちゃって、何か会話をしていた方が落ち着く気がする。
未央「(で、でも何を話そうかな……あーちゃんの好きな食べ物とか? あーちゃんの好きなテレビ? 定番だけど、でも今話すことかな……?)」
ど、どうしたものか。ことここに至って話す話題が見つからない。とはいえこのまま無言で二人で密着したままずっと流される……というのには、私の心臓が耐えられそうにない。
彼女の方を横目でちらりと見てみると、その艶やかに光を照らす濡れた髪が、余計に私の心臓をどきどきさせてしまう。
未央「(も、もうこの際なんでもいっか! よし、食べ物でいいや! あーちゃんって好きな食べ物ある? から会話を広げていってやる!)」
私は彼女に話しかけるため、あーちゃんの方に向き直り、すうっっと一つ息を吸い込んだ。
――腕に伝わる暖かい体温。長い睫毛。太陽のような香りのするつややかな髪。
至近距離で染み込むように感じる彼女のそれが、私を狂わせたのだろうか。
未央「あーちゃんってさ、好きな人いるの?」
喉から飛び出した言葉は、彼女の放つ魅力にあてられたかのように捻じ曲がった。
1.未央視点で進行
2.藍子視点で進行
↓2
「あーちゃんってさ、好きな人いるの?」
一瞬、私の耳はおかしくなっちゃったのかと思いました。
だって、隣で私の腕を組んでくれている未央ちゃんが、まるで好きな食べ物でも聞くような軽い感じでそんな事を尋ねてくるんですから。
藍子「…………え?」
さっきまで、未央ちゃんが私のこんなに近くにいる……というだけでもう心臓がどきどき鳴りっぱなしだったっていうのに。寝耳に水といった風にあっけにとられた私は、何を返すでもなくそんな素っ頓狂な声をあげてしまいました。
未央「…………ん?」
すると未央ちゃんは、首を傾げ、五秒ほど思案した様子の後…………みるみるうちに顔が真っ赤になって、慌たように手をばたばたと振り始めます。
未央「え!? あ!? 今なんて言った私!? す、好きな人が何とか……とか、言ってた!?」
未央「ご、ごめん! 間違えた! いや間違えたっていうか、あーちゃんを見てたらなんか自然に言葉が変わって……じゃなくて、その、いや何言ってるんだろ私!!」
藍子「え、えぇと……」
……こんなに慌てた未央ちゃんを見るのは初めてです。これだけ未央ちゃんに慌てられたものだから、私の方はむしろ落ち着いてきたというか……あぁ、未央ちゃんは何かを言おうとして言い間違えちゃったのかな?
藍子「だ、大丈夫ですか? とりあえず落ち着いて……」
未央「そ、そうだね……。……すー、はー……すー……」
目の前で呼吸を整える未央ちゃん。
――だけど、私の方は……未央ちゃんから唐突に投げかけられたさっきの質問が、未だに頭の中から離れようとしない。
「あーちゃんってさ、好きな人いるの?」
頭の中をぐわん、ぐわんと反響するように。私の――好きな人から発せられたその言葉が、熱を持って私の小さな心臓をかき回す。
あーちゃんの反応
1.チャンスと思って告白する。
2.……そういう未央ちゃんはどうなんですか? と聞き返す。
3.ごまかす、はぐらかす。
4.その他
↓3
未央「ご、ごめんねー。なんか私ぼーっとしちゃってたみたいで……さっきのは忘れて!」
未央ちゃんは頭をかきながら、ごまかすようにそう笑いました。
藍子「…………はい……」
――だけど、きっとあなたは知らないんでしょうね。
例えただの言い間違えだって、そんな言葉を聞かされた私がどれだけドキドキしてしまうのか、なんて事は。
組まれた腕から伝わる未央ちゃんの暖かさが、聴こえる息遣いが、その優しげな瞳が――私の頭の中をとろけておかしくさせてしまう。
そう、きっとあなたは私の事を、いい友達だって、思ってくれてるんだと思います。
それはとっても嬉しいし、そんな未央ちゃんも私は大好きです。
…………だけど――
あぁ、その太陽みたいな明るさで、あなたが私を惑わすから。
私は……未央ちゃんの、こと、を。
藍子「………私に好きな人がいるかどうか、でしたっけ」
未央「え? あぁ、うん、そんな事いきなり聞いちゃうなんて、ほんと何やってんだろうねー私。もー、そんなにいじめないでよ! 忘れて忘れて!」
藍子「………いますよ、私」
未央「うんうん、そうだよねー。そりゃあーちゃんにも好きな人くらい………………」
未央「…………」
未央「…………へ?」
藍子「私、好きな人がいるんです」
なんで、そんな事言っちゃうんですか、未央ちゃん。私の気持ちなんか知らないくせに。
心の中で湧き上がった気持ちは、もう……私自身にも止められないものになっていました。
まるで自分の体が自分のものでなくなったような感覚で、私は未央ちゃんの体を両手でぎゅう……と抱きしめる。
彼女の暖かさ、柔らかさが私の体に真正面から注がれて、体が溶けてしまいそうな熱を感じてしまう。
未央ちゃんの胸元に顔を押し付けるようにして彼女に抱き着いた私は、到底普通の状態にはなかったことだけは確かです。
だって……普段の私なら、こんな大胆な事はきっとできなかったと思うから。
未央「あぇ、えっ……と、あ、あーちゃん?」
私の返答か、行動か、あるいはその両方にか。未央ちゃんはひどく混乱した様子で声を漏らしました。
そんな未央ちゃんが――なんだか余計に愛おしくなって、両手を彼女の背中に回してより強く抱きしめます。
私と未央ちゃんの顔の距離が、手のひら一つ分くらいにまで縮まる。彼女の大きな瞳を見つめると、未央ちゃんは小さく動揺の声を漏らしながらも、私の事を見つめ返してくれました。
まったく。気づいているんですか?
あなたの底なしの明るさや優しさに、すっかり恋に落ちてしまった女の子がこんなに近くにいるということに。
藍子「私の好きな人は――とにかくとっても明るくて、誰とでもすぐに仲良くなれて、おしゃべりがとっても上手で……」
藍子「……だけど、本当はすごく優しい所も持ってるんです。私が転びそうになったら受け止めてくれて、手を差し伸べてくれて、助けてくれて」
藍子「その太陽みたいな笑顔をずっと見ていたら……いつのまにか、私はその人の事が、ずっと気になるようになっていました。お仕事をしている時も、お家でご飯を食べてる時も、夜寝る前にベッドに入る時も。……その人の事が頭から離れないんです」
藍子「その人と一緒にお仕事をしているときは、目と目が合うだけで心臓がどきどきしちゃいます。その人とプールに行ったときは、体に触られるだけで、抱きしめられるだけで、胸の奥が……ぽかぽかと、暖かくなってきてしまうんです」
彼女の瞳から視線を離さないまま、私は話し続けました。今までずっと言いたくて、だけど勇気が出なくて言えなかったこと、すべて。
それは半ば自暴自棄な地持ちになっていたのかもしれません。
だけど……一度堰を切ったように流れ始めた私の言葉は、もう止まりませんでした。
藍子「おかしいですよね。その人と手を繋ぐだけでも自然と顔が熱くなって、輝くようなその笑顔を向けられると、それだけで胸の中がいっぱいになってしまうんです。多分、周りから見られているよりずっと単純な女の子なんだと思います、私」
藍子「だけど……もう、ずっと――ずっと前から抱いてきたその気持ちを、隠し続けるのは……大変なんです。特に、私みたいな根性なしにとっては」
自分でもよくこれだけ舌が回ると思う。普段はおっとりとしすぎていて、自分の伝えたいことの半分も伝えられないことだって多いのに。
だけど、今なら。胸の奥につっかえていた気持ちがすべて、溶けて流れ出していくかのように溢れていく。
藍子「多分、これが――恋、なんだと思います。だから……私には好きな人がいます」
藍子「私は――その人の事が、好きです」
藍子「……大好き、です」
藍子「…………」
……言いたいことが言い終わったかと思うと、ふと体の力が抜けてしまった。彼女の胸元にそのまま倒れこむようにして抱き着いてしまう。
言った。思っていること、すべて。
私って、こんなに勇気がある子だったんでしょうか。それともこの……好きな人と一緒に、抱き着きながら泳いでいる状況が、私のなけなしの勇気を振り絞らせたんでしょうか。
それは分からないけれど――1つだけ分かっていることは、もう私は後には引けない、ということだけ。
藍子「…………そういう未央ちゃんは、いるんですか?」
藍子「――好きな人」
追い詰められると人はなんだってできると言うけれど、どうやら今の私がそれに当てはまるみたいだ。
私は再びゆっくりと頭を上げると――目の前の未央ちゃんの瞳に、そう問いかけた。
もっと書きたいけど、流石に時間がアレなので今日はここまでにしておきます。
再開します。
敬語口調のあーちゃんで地の文書くのは難しくもあったので未央視点に戻します。
――あーちゃんが「好きな人がいる」と言った時。
私は何を思ったんだろう。「あぁ、やっぱりあーちゃんくらい可愛い子なら普通に男の子に恋愛くらいするよなぁ」なんて事を思って、前からその可能性を考えていなかった訳じゃないけれど、やっぱり少し嫉妬のような思いを胸に抱いてしまったことは確かだ。
だけど――だったら、私は彼女を応援しよう。これが報われない恋だということは最初からわかってた。これからもあーちゃんの友達として傍にいられたら――と、これからの自分の身の振り方を脳内で一瞬で考えたりもした。
だけど。
「私は――その人の事が、好きです」
「……大好き、です」
熱っぽい視線でこちらを見つめながら、私の体にもたれかかるように抱き着いてそう言った目の前の彼女は、気が付けばその小さな肩は小刻みにぶるぶると震えていた。
私の腕の中であーちゃんは、言葉を紡ぎ終わるまで、終わってからも私から一時も視線を外さず、まるでこちらの返答を待つかのように佇んでいる。
未央「……あーちゃん」
心臓が、どきどきする。
まさか、なんて考えに、思考を纏めるよりも先に勝手に口が動いていた。
未央「……うん。私もいるよ。――好きな人」
そう言った瞬間、腕の中のあーちゃんがびくっとその身を震わせた。
私は……そんな彼女の背中に手を回し、ゆっくりと抱きしめてその身体を引き寄せると、周囲の喧噪にかき消されないよう彼女の耳に少しだけ口を近づけてから言葉を紡いだ。
未央「……その人はさ、いつも私にぽかぽかのおひさまみたいな優しい笑顔を向けてくれるんだ。私は――初めて会った時にそのあったかさに触れて、最初はただ可愛い子だなって思うくらいだったけど。だけど気が付いたら、いつのまにかその人を自然と自で追うようになってた」
未央「ちょっと不器用で、それが人に誤解されちゃうときもあるけど……その子が持ってる優しさは他の誰にも負けないものだって、私知ってるよ。雑誌で陽だまりの中で笑いながら映るその子を見てるとさ、なんだかこっちまで元気になってくるっていうか……」
未央「一緒に仕事をしてても、その子のほんのちょっとした気配りとかにいつも助けられてて……。私なんか視線が合うだけで胸がドキドキしちゃってさ」
未央「……その、ごめんね。私こういうこと言うのヘタだから、うまく言えないんだけど……。でも、その子とこれから先ずっと一緒にいたいって思うのは本当の気持ちなんだ。その子と今日もずっと一緒にいて、色んなことをして、同じ時間を過ごすたびに「やっぱり好きなんだ」って改めて感じるっていうか……」
あーちゃんの言う「好きな人」が、もし、私が想像してる通りだったとしたら。これは多分「愛の告白」になるんだろう。
頭の片隅でそんな事を考える余裕があったのかどうかは分からないけど、私は胸の中に浮かんできた言葉をほとんど纏めたりすることなく、目の前の「好きな人」にそう伝えていく。
未央「……だからね。うん、私はその子が好き」
未央「触れたいし、抱きしめたい。一緒にいたい。その子の笑顔を――できれば、私のものにしたい」
未央「――そう思っちゃってるんだ」
彼女がそうしたように、私もあーちゃんの体を両手で力強く抱きしめ、彼女の瞳から視線を逸らさずに自分の思っていることを伝えた。
未央「だから――私には、好きな人がいる」
未央「それが、さっきのあーちゃんの質問の答えかな」
伝えたい言葉を言い切ってしまうと、少し自分の思考を反芻する余裕が生まれてきた。とはいえ私の心臓は、いつの間にか胸から飛び出てきそうなほどに暴れている。
藍子「…………」
目の前のあーちゃんは、一見しただけではなんだかよく分からない表情をしていた。驚いているような、信じられないといったような、何かを疑っているかのような。
藍子「……えぇと、未央ちゃん」
未央「はい」
藍子「……あのですね、もし。もしですよ。もし、私が今思ってることが本当だったとしたら、なんですけど」
未央「うん」
藍子「…………いや、ごめんなさい、やっぱりいいです。だってそんなことある訳ないんですから」
未央「……じゃあ私から言っていい?」
藍子「あ、ま、待ってください! もう一度よく考えます。……あの、さっきの好きな人の特徴とかもう一回、もっと詳しく言ってくれませんか?」
未央「そんな恥ずかしいこともうできないよ! いや、ていうかあーちゃんこそ、さっきの好きな人の特徴とかもっと教えてほしいんだけど! 自分の中で確かめていきたいし……」
藍子「む、無理です無理ですそんなの! なんか、あれはあの時の雰囲気とか勢いとかがないと言えない事ですから……!」
未央「…………」
藍子「…………」
未央「……じゃあさ、あてっこしない? お互いの好きな人、一斉に言ってさ」
藍子「……分かりました。そうしましょう。私も覚悟を決めました」
未央「じゃあ、3、2、1だからね。いくよ?」
藍子「はい。……いつでもどうぞ」
未央「……すぅーー……はぁー……」
未央「……さ」
藍子「ま、待ってください! やっぱりもし間違ってたらって思ったら怖くて……!」
未央「もー! それじゃいつまで経ってもわかんないじゃん!」
藍子「ご、ごめんなさい……」
未央「……もう私から言っていい?」
藍子「え、あ……。わ、分かりました。じゃあ未央ちゃんが言ってから、私も言います」
未央「……ん、わかった」
今一度、大きく深呼吸をする。
お互いに抱きしめあう形になった私たちは、もはやその彼我の距離はないも同然だ。
目の前の彼女をひときわ強く抱きしめ、周りの喧騒にかき消されないように、彼女の耳元に唇を近づける。
未央「……一回しか言わないから、よく聞いてね?」
藍子「……はい」
お互いの胸と胸がぶつかりあうような距離で、お互いの心臓の鼓動がはっきりと伝わりあうような距離で。
濡れた髪から滴る暖かい水滴がぽたぽたとお互いの体に垂れるような、この距離で。
あーちゃんの耳に直接吹き込むように、小さく、囁く。
未央「……私の好きな人はね」
未央「――あーちゃんだよ」
――抱きしめた彼女の両肩が、びくんと小さく震える。
私の首筋に当たる彼女の吐息が、撫でるように漏れては空気に溶けていくのがわかった。
未央「…………」
十秒、二十秒と無言の時間が流れる。その無言に耐えきれなくなり、あーちゃんを抱きしめる両手にふいに力が入る。
私の心臓は多分、今までにないほど大きく脈打っていた。密着した胸から早鐘の様な鼓動が伝わってしまいそうだ。
彼女は――何と返すだろうか。ひょっとして、私の独り相撲だったりするのかな。なんて、圧迫された脳裏にそんな自虐的な考えまでもが浮かぶ。
……すると。
私が最後に言葉を発してから、ひょっとしたら一分ほど経っていただろうか。
胸の中からほんの小さな、耳をそばだてなければ聞き逃してしまいそうなほど小さな音で――
零れた涙を、すすり上げる声が聞こえた。
藍子「…………っく、ひっぐ、えぅ……」
未央「……あ、あーちゃん?」
藍子「…………わ、わたし、も……」
藍子「……みおぢゃんのことが、だいすきでず……ぅ!」
最近忙しくて中途半端になっちゃってて申し訳ないです……。とりあえず今日はできるだけ進めたい。
あーちゃんの瞳からぼろぼろと零れる大粒の涙が、プールの水に落ちて、溶けて、混ざってゆく。
見ると彼女は、今までのおっとりした雰囲気の彼女からは聞いた声がないほど――掠れたような、心臓の奥から迸る感情のままに言葉を吐き出したような、そんな感極まった声で、そう言葉を紡いだ。
未央「……あーちゃ」
――ぎゅううう
次の瞬間、あーちゃんは私の胸元に体を埋め込むかのように強い力で、私を、両腕で抱きしめてきた。
こんな力が彼女にあったんだ。あの細くて、すべすべして、お人形さんのような綺麗な腕にこんな力があったんだ、なんて感心する暇もないほどいっぱいっぱいになっていた私に、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたあーちゃんの暖かさが全身に降り注いでくる。
藍子「よかっ……わた、わたし……! いきおいで告白しちゃって……! もうだめなのかなって……!」
藍子「……ずっと、ずっと未央ちゃんのことがだいすきで……! ぜったい、叶わないって思ってて、それなのに……!」
藍子「夢じゃ……ないですよね……これ……。こんな、こんなしあわせなことって、あって……!!」
時々しゃくりあげるような声とともに発せられるその言葉と、彼女のその心の底から漏れ出してくるような感極まりように、私にもようやく現実味がわいてくる。
未央「……そっか。私達、最初からお互い好き同士だった……ってこと、なのかな」
藍子「そうでずうぅぅ! ……ふええぇぇ……」
あーちゃんの初めて見る泣き顔になんだか愛しさを覚えつつも、私は……必死に泣きじゃくる彼女の涙を指先ですくってやると、ゆっくりと、彼女の頭を抱きしめた。
その後、もうあーちゃんの気持ちは伝わったよ。私もあーちゃんのことが大好きだよ。なんて、周りに聞こえないよう耳元で小さく囁いていたのだけれど。あんまり彼女が泣き止まないものなので、次第に周囲の人が「女の子が泣いている」ということで私たちの近くをちらちらと覗くようになってきた。
未央「えっ……と、あ、あーちゃん。私も言いたいこと色々あるけどさ、とりあえずここから離れない?」
藍子「……うぇ……っ、ひっぐ、えぐ……私、未央ちゃんのことがほんとに大好きで、初めて会った時から、ずっと……!」
未央「うんあーちゃん、さっきから私のこと大好きだってそればっかりニ十回くらいエンドレスにリピートしてるよ!? こんな壊れたレコードみたいなあーちゃん私初めて見るんだけど!?」
藍子「ほんとに、ほんとに心の底から大好きで……! ずっと、未央ちゃんのことばっかり考えてて……! ……ぅええぇぇ……!」
未央「うん、大丈夫大丈夫あーちゃん、私もあーちゃんのことちゃんと大好きだから! でもその……そ、そろそろ泣き止んでくれないと周りの人が……!」
必死に抱きしめて、頭をなでなでしてあげて、声をかけて、涙をすくってあげても、一向にあーちゃんの嗚咽は止む気配がない。
……今気づいたけど、ひょっとしてこれって私の行動も泣き止まない要因に入ってたりするんだろうか。
な、なんだろう。私もずっと好きだったあーちゃんに思いが伝わって、すっごく嬉しいはずなのに――。いや、実際すっごく嬉しくて、さっきから高揚感がやばいことになってて、天にも昇るような幸せな気持ちではあるんだけど、でもそれ以上に――
「何だ何だ? 女の子が泣いてる?」
「さっきから好がどうとか……何? 告白?」
なんて、周りのざわついた声が嫌でも耳に入ってくるもので、私の意識は無理やり現実に戻されてしまう。
未央「よ、よしあーちゃん! とりあえず場所を移動するよ! ほら、掴まって……」
藍子「すき……すきです、みおちゃん……!」
未央「わかったわかった! ほらちゃんと腕組んで! こっち泳いできて! プールサイドに上がるよ!」
しゃくり泣くあーちゃんを何とかプールから上がらせると、組んだ私の腕にしがみつくようにして決して離そうとしない彼女を支えながら、おぼつかない足取りでプールを歩く。
……ま、まさか普段はゆるふわなあーちゃんが、感情が溢れるとこんなことになっちゃうとは、初めて知ったよ……!
周囲から見れば、泣きながら好き好きと漏らす女の子と、そんな女の子と腕を組んで慰めながら歩く私、という風に恐らく見えているわけで……
――ど、どういう風に見られているかは、今は考えないようにしよう。
未央「(と、とにかくこのままじゃあーちゃんも落ち着かないだろうし……。ここは私が何とかしないと……)」
未央「(……でも人目が気になるな、どこか誰にも見られないような場所に……)」
未央「と、とりあえずあーちゃん。そこの木陰にでもいこっか? ずっとプール入ってて疲れただろうし……」
藍子「うぅぅ……えぐ、ぐす……」
必死に涙をしゃくり上げながらも私の言葉に震えながらこくんと頷き、あーちゃんのいつもよりさらに輪をかけてゆっくりになった足取りに合わせるようにして、私たちは人気の少ない座れるコーナーへと向かった。
未央「……落ち着いた?」
藍子「…………はい。ごめんなさい。その……なんだか迷惑をかけてしまって……」
二人で人気のないところに座って、十五分ほど泣きじゃくる彼女を抱きしめ、背中をさすってやると、流石に彼女も少しづつ落ち着いてきた。赤く腫れた目元と鼻をまだ時々指でこすりながらではあるけれど、ようやく会話が可能になってきた感じだ。
未央「いや、大丈夫なんだけどね。……えっとそれで、その……さっきのこと、なんだけど」
藍子「……はい。……あの、今でもなんだか夢見心地で信じられないんですけど、未央ちゃんは……私のこと……」
隣で、まだどこか心配そうに上目遣いで見つめてくるあーちゃん。
私はそんな彼女の柔らかな髪をぽんぽんと撫で、じっと目を見つめ返すと、自分の正直な想いを口にした。
未央「――うん、好きだよ。友達として……じゃなくて。一人の女の子として」
未央「私は、あーちゃんが好き」
自分でもこっ恥ずかしい台詞を言っている自覚はあるが、だけどこの状況ではもうそんな事など気にしている余裕はなかった。
あーちゃんはまた少し目尻に涙を溜めたものの、ぐっとこらえたように涙を拭くと、いつものような柔らかい笑顔を私に見せてくれた。
藍子「……嬉しい、です……。私も好きです、未央ちゃんのこと」
未央「それはさっき嫌って程聞かされたから、心配しないでもちゃんと伝わってるよ」
藍子「ご、ごめんなさい……!」
またさっきの事を思い出してしまったようで、再び顔を赤くして俯くあーちゃん。……こんな彼女の意外な一面を知れた事も、なんだか私の気持ちに言いようのない幸せをもたらしてくれる。
未央「(とりあえずあーちゃんもだいぶ落ち着いたみたいだし……そろそろここを移動しようかな?)」
気が付けば時間もそこそこ経っていて、いい感じに泳ぎによる疲労感もある頃合いだ。
未央「(……どうしようかな?)」
(今の時間は18時ほど)
↓2
未央「(とりあえず……もう時間も結構遅くはあるし、それに……ちょっとお腹も減ってきたし)」
未央「(プールはここまでにして、どこか外にご飯でも食べに行こうかな? あーちゃんともゆっくり話したいし……)」
未央「ね、そろそろここを出てさ。どこかでご飯でも食べない?」
藍子「……そうですね。そろそろお腹も減ってきましたし……。それに、私ちょっと泳ぎ疲れちゃいました」
そう言うとあーちゃんはふらふらゆっくり立ち上がった。少しよろめきかけたので、私が彼女の肩をしっかりと支える。
藍子「えへへ……ごめんなさい。なんだかまだ現実感がなくって……すごく、幸せで」
未央「うん。私もだよ……うわ、なんか今更だけど私も恥ずかしくなってきた……」
二人してにへへ、と笑いながら、私たちは更衣室へと向かった。
日中はうだるような夏の蒸し暑さも、プール上がりの私たちにはどこか涼しく感じられる、そんな夕方。
アミューズメント施設を出た私たちは、泳ぎで得た心地よい倦怠感と、心の中に灯る確かな幸福感に包まれながら道を歩き出した。
未央「なんだかつい出てきちゃったけど……どうしよう。あーちゃん何か食べたいものとかある?」
藍子「そうですね……。あっ、そうだ」
するとあーちゃんは何かを思い出したような仕草をすると、くるっと私の方に向き直ってきた。
藍子「あの……よかったら、ずっと未央ちゃんと一緒に行きたかったところがあるんですけど……いいですか?」
未央「ん? 全然いいよー! どこどこ?」
藍子「それは……えっと、すみません、着くまで秘密……という事で」
さっきまでよりも少し余裕ができたのか、いたずらっぽい表情でそう答える彼女。なんだかこんな表情のあーちゃんも新鮮だ。
未央「じゃあ、私も楽しみにしておこっかな!」
そこから歩くこと十分ほど。到着したのはこじんまりとしたお洒落なカフェだった。……ただ、入り口近くの看板が私の目をやたらと引く。
「個室カップル席あります♡」
未央「あーちゃん、これって」
藍子「……行きませんか? 未央ちゃん」
……うん、あーちゃん。その上目遣いは反則だ。
ぎゅう、と腕を組んできた彼女に抗える術もなく、私はまるで彼女に連れ込まれるかのようにそのカフェの敷地を跨いだ。
「では、ごゆっくりお寛ぎください」
女性の店員さんはそう言うと、にっこりと微笑んで私たちの個室の扉を閉め、そそくさと足早に立ち去ってしまった。……どうやらここのお店は女の子同士でもこの個室に座れるみたいだ。
未央「……ここに来てみたかったの?」
藍子「はい……。あの、ずっと前から私、雑誌でここのカフェが素敵だなって思ってて……。それで、いつか未央ちゃんと一緒に来れたらなって思ってて……」
未央「そ、そっか」
……改めて今の状況を整理してみよう。
私たちは、カップル専用の個室に今二人っきりなのだ。部屋の中はセンスのいいお洒落なつくりになっていて、大きめのソファーに二人で並んでくっついて座っている。
店内はいい雰囲気のBGMが流れていて、なんだかリラックスできるつくりだ。
未央「(……いや、今の私は全然リラックスできてないけどね!?)」
どうしようどうしよう! さっきはあーちゃんがあんなに泣きじゃくっちゃってその対応に追われてたから全然現実感がなかったけど、改めて考えたら……わ、私あーちゃんに告白しちゃったよ!
この狭い個室にあーちゃんと二人きりになってしまったことで、否が応にもそのことを意識せざるをえない状況になってしまった。
未央「(つ……つまり、今私はずっと好きだったあーちゃんと好き同士になれて、それで……なんか、何となくその後の雰囲気でこんなカップル専用の個室に来てて……)」
未央「(……ま、まずい、なんか今更緊張してきた……!)」
隣をふと見ると、あーちゃんもいかにもこの部屋に来てから緊張している様子で、頬を赤く染めたまま恥ずかしそうに下を向いてしまっている。
藍子「な……なんだか、緊張しますね」
未央「え、あ、そ、そうだねー!」
あーちゃんはさっきプールで沢山感情を吐露できた分、少しは落ち着いているのかもしれないけど……私は今更遅れてやってきた現実味と緊張とで一気に足元がふらつくような気分だ。
……な、なんだかこうやってあーちゃんと肩をくっつけて隣に座っていると、心臓がどきどきしてきて持ちそうにないよ……!
未央「と、とりあえず何かメニュー注文しようか! お腹も減ったしね!」
藍子「そ、そうですね! えぇと、何があったかな……!」
二人でわたわたと慌てながらメニューを探していると、ふとテーブルに置かれていた一枚の別メニューが目に入ってきた。
「今だけ限定キャンペーン中! カップルでお越しのお客様には半額でサービスしております!」
そう書かれた品々は……何というか、多分カップル席に入らない人はまず絶対に頼まないようなメニューばかりで、一瞬頭がくらっとしかけた。
しかし、ふと隣を見ると……。
藍子「…………」ソワソワ
なんというか、グランドメニューを見ているようでチラチラと、あーちゃんがこのメニューを横目で何度か見ているのが隣の私にはバレバレだった。
未央「(……これ、あーちゃん頼みたい、のかな……)」
未央「(……よくよく考えてみれば、このカフェにはあーちゃんが来たいって言ってたんだし……)」
未央「(正直コレは……ちょっと、いやかなり恥ずかしそうだけど……でも、私たちはもう……その、好き同士なんだし)」
未央「(やっぱり、私の方からリードしてあげないと……!)」
そう覚悟を決めた私は、さも丁度今見つけたような体でその特別メニューを拾い上げ、彼女に話しかけた。
未央「あーちゃんこれ……なんかキャンペーンやってるみたいだよ? せっかくだから頼んでみよっか?」
藍子「へっ!? あっ、そ、そうですね! キャンペーンだからお得ですもんね! 何にしましょうか!」
彼女は恥ずかしがりながらも、どこか嬉しそうにメニューを覗き込む。……今更だけど、二人の距離が近いからあーちゃんがメニューを覗き込むと顔が近くなっちゃうよ!
未央「ど……どれに、しよっか。あーちゃん」
1.二人で飲むハート形のストローがついた特製ドリンク
2.ポッキーゲーム用のポッキー
3.スプーンが一本しかついてこない食べさせ合いっこパフェ
↓2
今日はもう遅いので続きは明日書きます。
せっかく安価しておいてなんだけど選択肢書いてたら色々複数書きたくなってきたアレ。
やっと新PC来た……。
だいぶ間が空きましたが再開していきます。
未央「こ……これは……」
「お待たせしましたー」と“それ”を運んできてくれた店員のお姉さんは、困惑する私たちの表情をまるで楽しむかのようにニコニコと笑みを灯らせると、またしてもそそくさと個室を後にしてしまった。
未央「初めて見るけど、な、何か……迫力あるね」
藍子「そ、そうですね……」
隣り合って座った私たちの前のテーブルにドンと鎮座するそれは、まともな感性の人間ならそれに口をつけるのは己の羞恥心が許さないであろうといった風情のデザインを纏っているように思える。飲み口が二本に分かれたストローがハート形に交差した特製ドリンクは、それを見つめる私の心拍数を否が応にも上昇させてしまう。
未央「(うわ、あーちゃんさっきから借りてきた猫みたいになっちゃってるよ……。よく見たら……顔真っ赤だ)」
まだメニューを見ている段階では現実味がなかったのかもしれないけれど、今目の前に実物が置かれてしまうと、さっき半ば勢いでこれを注文してしまったことを内心後悔しているのかもしれない。……いや、それを言うなら私もそうなんだけどね!?
しかしとにかく注文してしまった以上、今更一口も口をつけずに帰るというわけにもいかない。
私はなけなしの勇気を振り絞ると、カラフルに色めくジュースが入ったその容器を手に取り、どくどくとうるさく鳴る心臓の音を押さえつけるようにしながら彼女の前へと差し出した。
未央「じ、じゃあ……飲もっか……?」
藍子「ふぇ!? ……あ、は、はい、そうです、ね……!」
裏返った声で返事をしたあーちゃんは、ついさっきプールで泣き叫んでいた時とは全く別人みたいになってしまっていた。見れば耳の端は真っ赤に染まっているし、視線は落ち着かなくきょろきょろとあっちこっちを飛び回っている。
……いや、さっきあんなお互いに告白しあった後に、カップル専用の個室に並んで二人きりで、しかもこんな恥ずかしいドリンクを一緒に飲もうなんてことになっちゃってるんだから、その気持ちは痛いほどよくわかるのだけど。
未央「(……でも、なんだか)」
恥ずかしい。緊張する。
そういった感情とは別に、自分の胸の奥から湧き上がってくる別の感情があることも、私自身薄々ながら気づいていた。
未央「(あーちゃんとこんな恋人っぽいことができるなんて、何だか……ヘンにわくわくしちゃうよ……)」
私たち二人が座っているソファの背もたれは、倒すとミニテーブルになるようになっていた。
私はあーちゃんとの間にそのミニテーブルを作ると、その上に手に持ったドリンクを置く。
未央「じゃ、じゃあ、あーちゃんそっち……」
藍子「は、はい……!」
恐る恐る、といった感じでストローの先っぽを唇で挟むように咥える。私が先にそうしてしまったのを見て、あーちゃんはおろおろしながら数秒逡巡したようだったけど、やがて目を潤ませながらゆっくりと、同じようにしてストローを可愛らしい動作で咥えた。
未央「(う、うわ……!)」
次の瞬間、私の視界にあーちゃんの顔が大きく迫ってくる。
ストローの飲み口の間隔は外から見ているよりもずっと狭く、ふと気づけばほんの数センチ先で彼女の大きな瞳が私を見つめていた。
未央「(ち……近い近い近い!)」
長い睫毛、ふわふわの髪、触れなくても指が沈むほど柔らかそうだと分かる肌。
お互いの鼻先があとほんの少しで擦れそうなほどの距離で、あーちゃんの存在自身が私の視界にどアップで飛び込んでくる。
未央「(ど、どうしよ……落ち着かないと、心臓の鼓動があーちゃんに伝わっちゃいそう……!)」
藍子「……未央ちゃん」
未央「んっ……ん? な、なに?」
藍子「……どうしましょう。私なんだか、恥ずかしすぎてこのまま死んでしまいそうです」
未央「もう!? いや早いよあーちゃん! まだ一口も飲んでない!」
至近距離であーちゃんが、唇の端をぷるぷると震わせながらそう呟いた。だ、だめだ! あーちゃんの精神が一品目で既に限界に近い!
未央「と、とりあえず飲んじゃわないとさ! その、私もこれすっごく恥ずかしいけど……」
藍子「そ、そうですよね! 頑張ります……!」チュー
ゆっくりと、彼女のストローをドリンクがにじり寄るように上っていく。相手の飲み方がこんな近い距離で分かってしまうところも、なんだか不思議な恥ずかしさに拍車をかけている気がする。
私も彼女につられるようにして、少しづつドリンクを吸い上げる。
……うん、目の前にすぐあーちゃんの真っ赤な顔があるこの状態じゃ、味も何もよくわからないや。
彼女の柔らかな前髪が、私の額を軽くくすぐる。
おひさまのような温かい香りがこちらにまで届くたびに、今や数センチも離れていない彼女の存在を意識させられてしまう。
未央「(……なんだかこの距離って)」
未央「(私があとほんの少し近づけば……キス、できちゃいそう)」
小さな音量で流れるなんだかいい雰囲気のBGM、ドリンクをストローで吸い上げるかすかな音、喉元まで出かかるほど鳴り響く心臓の鼓動に毒されたのか、少しぼおっとしてきた頭にふとそんな思考がよぎる。
未央「(い、いや、なに考えてるんだ私……!)」
ストローを噛み潰すようにしてそんな考えを振り払うと、しかし再び目の前の彼女の長い睫毛が私の心を惑わせる。なんだか目のやり場をどこへやっても結局私の心臓がうるさくなる結果になるだけのような気がしてきた。
未央「(……あ、でも、なんだか……)」
未央「こうしてると私たち……彼女同士、みたいだね」
藍子「……っ、んぅぅっ!!?」
藍子「き、急にどうしたんですか!? 未央ちゃん!」
未央「ご、ごめん! でもなんか……ほ、ほら。こんな部屋で二人っきりでこんなもの一緒に飲んでたら、なんかふと……」
急に私が発してしまった言葉にびっくりしたのか、あーちゃんはけほけほとせき込むようにして一旦ストローから口を離した。
未央「(あ……)」
ふと見ると、さっきの衝撃だろうか。彼女が飲んでいた途中のドリンクが、その細い顎先を伝うように少し零れているのが目に入った。
藍子「も、もう……急にびっくりすること言うからちょっと零しちゃったじゃないですか……」
あーちゃんはその口元に零れたドリンクを拭き取ろうと、テーブルに設置してあったペーパータオルに手を伸ばした。
1.指先でドリンクをぬぐってあげてから舐めとる
2.唇で直接舐めとる
↓2
……ちゅ
藍子「……へ?」
ふと、気が付くと。
未央「……あ」
私の舌先は、柔らかくすべすべした物体と、冷たく味のついた液体を舐めとる感触で埋め尽くされていた。
ほんの少し身を乗り出して、あーちゃんの口元を伝うドリンクを、彼女の唇のほんのすぐそばの場所に――私は唇を寄せていた。
藍子「…………」
ペーパータオルに手を伸ばしかけていた彼女の動きが、電池の切れたロボットのようにぴたっと止まってしまう。
私も思わず衝動的にやってしまった頭の熱がほんの少し冷えて、彼女の柔らかな口元にくっついたままの唇の処遇を頭の中で問うていた。
未央「……っ、あっ、ご……ごめん! つい……いやなんか、あーちゃん可愛いなって思ってたら、体が勝手に……!」
処遇が決まる前に、私の唇は反射的に彼女から離れた。
……な、なにをやっているんだろう、私は。
いや、さっきからずっとあんなに近くに彼女の唇があって、触れたい……って思ってたのは確かかもしれないけど、でも! こ、こんなに急にあんなことしたら、あーちゃんきっと怒って……!
藍子「……するんですか?」
未央「へ?」
藍子「あの……友達とかに、するんですか? 今みたいなこと、結構……」
あーちゃんは視線をこちらに合わさないまま、体の動きを止めたまま、そんなことをつぶやくように聞いてきた。
今みたいなことっていうと……その、零れたジュースをぬぐいとってあげる、みたいなことだろうか。
未央「な、なんで急に?」
藍子「い、いえ! 未央ちゃんってすっごくフレンドリーな人だから、あれくらい……ぱぱーってやっちゃうのかなって、思っただけで」
彼女のその言葉に、私は心の中で自分に問いかける。
……いや、例えばしまむーとか茜ちんが同じようになってたら、そりゃあハンカチでぬぐってあげるくらいは反射的にやっちゃうかもしれないけれど。
未央「思わず直接舐めとりたい……って思っちゃうのは、多分あーちゃんだけだなぁ……」
藍子「……!」
未央「……って、今声に出てた!? いやその……さっきのはほんとについ……」
藍子「……それなら………………です」
未央「へ?」
藍子「そ、それなら……あの、今みたいなこと、もっと……し、してほしい、です」
搾り出すように蚊の鳴くような震える声で、彼女のそんな言葉が漏れるように聞こえてきた。
その言葉を聞いた瞬間……私の顔が、一気にかぁっと熱くなるのが自分でも分かる。
藍子「という…………いや、その、す、すみません……」
未央「う、うん……」
……なけなしの勇気を振り絞ったのだろう。あるいはそれで耐えられなくなったのか。
彼女は沸騰したやかんみたいに頭から蒸気を昇らせると、その後ぴくりともこちらを向かないまま動かなくなった。……私が彼女の分のドリンクも飲み干すまで。
未央「……さて、お次はこれか……」
ドリンクを飲み終わった後、ほんの少しして次のメニューが運ばれてきた。少し大きめのパフェなのは分かるけど……大事なのは、用意されているスプーンが一本しかないってことだ。
「ごゆっくりどうぞー♡」
そう言ってまたさっきのお姉さんが去っていく。……なんかあの人さっきから私たちの状況を楽しんでない!?
未央「じゃあ……食べよっか。私も甘いのは好きだけど……これはなぁ。……ん、あーちゃん?」
藍子「………………はぃ」
未央「いや、なんかもう顔赤くなりすぎてすごいよあーちゃん。汗とか」
藍子「…………ご、ごめんなさい。冷静になると、さっき私すごいこと……」
未央「……うん。まぁそれを言うなら、今日のプールでずっと泣いてたのもすごかったけどね」
藍子「忘れてください!! あれはもう忘れてください!!」
ぶんぶんと頭を振って恥ずかしがるあーちゃん。
……いや、だけど。
「今みたいなこと、もっと……し、してほしい、です」
――さっきのあーちゃんの言葉が私の脳裏をリフレインする。
この個室に二人っきりの状況で、あんなこと言われたら。
未央「(なんだか私も、さっきより大胆なこと、したくなっちゃうじゃんか……)」
未央「……はい、あーちゃん。……あーんして」
ぼけっとしていても仕方がないので、一つしかないスプーンの先端でパフェのてっぺんを軽くすくうと、そのままあーちゃんの口元に持っていく。
藍子「……!」
あーちゃんは一瞬どきっと身を震わせたようだけど、覚悟を決めたのか、おずおずと口元を私が差し出したスプーンへと持っていった。
……ぱく
手にしたスプーンの先端に、ほんの少し重みが加わる。
彼女が目を瞑りながら、パフェを口に入れた感触だ。
藍子「……もくもく、んく……」
数秒、ゆっくりと味わうようにパフェを味わったかと思うと、次の瞬間には弾かれるように口を話して元の位置へと戻ってしまう。
未央「……おいしい?」
藍子「緊張して……味が、よく分からないです」
未央「……だよね。私もさっきそうだった」
あはは、と軽く笑っていると――あーちゃんが、私が持っていたスプーンを似合わないほど素早い手つきで取り去ってしまった。
藍子「それじゃあ次は……未央ちゃんの番ですね。
藍子「……あーんして、ください」
続きはまた明日書きます。
ポッキーゲームでは理性がきかなくなる攻め本田とか誘い受けあーちゃんとか書きたい……
未央「うぇっ!?」
藍子「わ、私ばっかり食べるわけにいかないじゃないですか。未央ちゃんも……はい」
そう言ってあーちゃんは、私の目の前にパフェをのっけたスプーンを差し出す。
未央「(う、うわ、さっきあーちゃんが食べたスプーンって意識すると、なんか……!)」
ついさっき彼女が口にしたクリームの痕跡が後を引くようにスプーンに残っているところが妙に蠱惑的で、本当にこれに口をつけてしまっていいものかと思わず躊躇してしまう。
未央「あ、あーん……」
恐る恐るといった風にゆっくりとスプーンに口を伸ばし、そのままゆっくりとパフェを口の中に入れる。ふわっとしたクリームの口どけが舌の上に広がるが、そんな感触を素直に味わっていられるほど私の心はすでに平静ではない。
スプーンに彼女の唾液がまだ残っているかもしれない、なんて考えると、なんだか無性に舌の位置が気になってくる。過剰に味わってしまうのもそれはそれでいけない気分になってくるというか、変態的っていうか……!
未央「(っていうかコレ……よく考えなくても、あーちゃんと間接キス……しちゃってるんだよね)」
その事実が改めて頭を覆うと、途端に胸の奥が熱くなってくる。舌先の間隔が鈍っているかのように、パフェの味も感触ももはやよくわからない。
未央「……んく」
未央「やっぱこれ……恥ずかしいね。すっごく……」
藍子「い、いまさらですよ! 私も……うぅ」
ついさっき告白しあった私たちが密室でパフェの食べさせあいっこって、なんだか色々な階段を駆け足で上りすぎな気がする。
未央「……なんか、いけないことしてるみたいな気分になっちゃうね、なんとなく」
藍子「……わかりません。こんなことしたの、はじめてなので……」
二人して俯いてしまって、なんだか変な空気が個室に流れる。
未央「じゃあ、あーちゃん……はい」
藍子「ま、また私ですか?」
未央「そ、そりゃ交互に食べてかないとね……ほら、あーん」
藍子「んん…………ぱく……。……えっと、じゃあ、未央ちゃんも……はい」
未央「……はむ……。……あまい……」
そうして数口お互いがお互いの口にパフェを運ぶことを繰り返していると、既にスプーンの腹に残る唾液の跡は私のものなのかあーちゃんのものなのか分からなくなってしまっていた。
あのあーちゃんと何度も間接キスをしてしまっているという事実が、胸の芯を焼くような興奮と、かすかな背徳感を私に与えてくる。
未央「これ……さっきから、間接キス……だよね」
藍子「う……わ、私さっきから言わないようにしてたのに……なんで行っちゃうんですかぁ!」
未央「い、いや……でもなんかさ。ふつーのキスより逆にドキドキしちゃうような気が……」
藍子「……普通のキス、したことあるんですか?」
未央「いや、ないけどさ! ただ、こんなことしてたら普通のキスもしたくなっちゃうっていうか……。……な、なんだろう。……また口滑っちゃってるな……今日はなんか変だな、私」
ぽりぽりと頭をかいて下を向く。流石にこんな空間で好きな人とずっとこんなことしてたら、色々と私の心境も変になってきているのかもしれない。
藍子「……私は、未央ちゃんとなら……大丈夫ですけど。……普通の、キス」
未央「…………へ? 今、なんて……」
藍子「い、いえ……、ただ、未央ちゃんはキス、とか……そういうの、興味あるのかなって」
急に彼女からそんなことを言われて、一瞬面食らってしまう。
――私は……
未央「↓2」
未央「……いっぱいしたいよ。あーちゃんと」
未央「……恋人みたいな、キス」
藍子「…………っ……!」
思わず、自分の心が口から勝手に飛び出していた。
はっとして目の前を見ると、顔を燃えるような赤色に染めてこちらを見つめる彼女が視界に入る。
未央「いや、えっと……」
未央「……ごめん、やっぱさっきからあんなことしてたら……したいって気持ちが……その」
未央「で、でもやっぱり変だよね。だって私たち、ほんのついさっき告白したばっかりなのに、早すぎるっていうか……」
言い訳を零すようにもごもごと口を動かす。
藍子「……ですよ」
未央「え?」
藍子「……いい、ですよ。私は……。……未央ちゃんなら」
蚊の鳴くような、今にも消え入りそうな声でつぶやかれた彼女の声が辛うじて耳に入ってくる。彼女の言葉だと注意していなければ個室内に流れるBGMにそれこそかき消されてしまいそうな。
未央「……あーちゃん?」
藍子「…………あの、いま、すっごく恥ずかしいので……」
彼女の顔は――どんどん加速度的に赤くなってゆく。
未央「(これは……あーちゃんもキス、したいってこと……!?)」
未央「あーちゃん……キスしたいの?」
藍子「な、なんではっきり言っちゃうんですか!」
未央「あっ! ご、ごめん! つい……!」
……しーんとした空気が個室に流れる。
数十秒、数分か。秒針が動く音が聞こえないこの空間では、体感時間で測ろうとも肝心の脈拍や心音はさっきから狂いっぱなしだ。
未央「………………いい? ……しても」
つい私がそう口を動かすと。
あーちゃんは、私との間の距離をほんの少しだけ詰め、頭を私の肩にゆっくりと預けてきた。
藍子「……未央ちゃんから、してほしいです」
その言葉を聞いて、更に一気に心音が加速する。
あーちゃんは……私のキスを、待ってる。
ゆっくりと、震える手で彼女の柔らかな服の上から両肩を掴む。
その瞬間あーちゃんの体はぴくんと跳ね、上気したピンク色の頬がどうしようもなく私を惑わせる。
彼女のしっとりと濡れた唇が、軽くのぼせた視界にぴったりと入った。
未央「…………じゃあ、するね……?」
藍子「………」
ただ無言で、ゆっくりと瞳を閉じて、こくりと小さく彼女はうなずいた。
それがなんだか生々しい合図のようで、私の緊張は一気に頂点に上り詰める。
未央「…………いくよ、あーちゃ」
「失礼しまーす。ご注文の品をお持ちいたしましたー♡」
未央「あわわわわわわわあーちゃんほらこんなとこにゴミがついてるよとってあげるよー!!」
藍子「わあああああああありがとうございますすっごく助かりました未央ちゃんありがとうございますー!!」
突然背後から聞こえてきた扉をノックする音と例の店員さんの声に、私たちはお互いの額を激しくごっつんこさせてしまった!
痛みに耐えながら後ろを振り返ると……女性の店員さんが、目をぱちくりしながら私たちのことを見つめている。
「……ごめんなさい。お邪魔しちゃいましたね」
未央「いやいや全然邪魔とかじゃなかったですよ!? ほんとに!!」
藍子「そうですそうです! 別に今から未央ちゃんにちゅーしてもらえる状況だったとかそんな感じでは全然なかったので!」
未央「いやあーちゃんダダ漏れ! 取り繕ってる意味がない!」
藍子「あああああ違うんです違うんです!」
店員さんは申し訳なさそうに目を伏せると、すぐに、すでに見慣れた笑みを浮かべて持ってきたものを私たちのテーブルに置いた。
「お楽しみのところ、邪魔してしまって申し訳ありませんでした……。……ので、お持ちした“これ”で存分にお楽しみ下さいね♡」
それだけ言うと、店員さんは風のような身のこなしで颯爽と部屋を後にしてしまった。
未央「…………」
藍子「…………」
……いや、なんだこの空気! さっきまで……なかば勢いみたいな感じでキスしかけてた手前、すっごく居たたまれない!
っていうかもうあの店員さん、完全に私たちで楽しんでるよね!? そうだよね!?
未央「えっ……と」
見ればあーちゃんも、顔から煙が出るかのごとく俯いてしまっている。……いや、相当恥ずかしいんだろう。その気持ちは私も全く同じだ。
ど、どうしようどうしよう! とりあえず、この空気を何とかなんとかしなくちゃ……! えぇとえぇと、何か、何かきっかけになるもの……!
そこで私の視界に入ってきたのは――いみじくも、ついさっきこの空気を生み出した原因である店員さんが持ってきた“それ”だった。
切迫した状況に追い詰められていた脳裏は大した思考も行うことなく、ただこの空気の打破だけを目的として、ほとんど反射的に言葉を紡いでしまう
未央「…………ポッキーゲームでもしよっか。あーちゃん」
――いや、追い詰められすぎでしょ、私。
今回はここまでにしときます。
明けましておめでとうございます。
年末年始は何の因果か箱根の温泉旅館にいました。ここでりんみおが愛を育んだのか……(遠い目)
ぼちぼち再開していきます。
藍子「っえ」
間違えてしゃっくりが出たかのような声があーちゃんから漏れる。
ついさっきまでキスしようとしていた、という事実がもたらす雰囲気に耐えられなかったからか。あーちゃんは顔を真っ赤にしたまま固まってしまった。
未央「いっ、いや! これ、なんかメニューにそういうふうに使う的な事が書いてあったから……!」
震える指で一本だけつまんだポッキーを震わせながら、固まったままのあーちゃんにおずおずとそれを差し出す。
いや、もう、今私がどんな表情で何を言っているのかすら自分でもよく分かっていない。ただ、自分でも耳の端が燃えるような温度になっているということは何となくわかった。
お互いがさっきまでの空気をなるべく気にしないように、と振る舞っていることがびしびしと伝わってくる。
気にしてしまうと――それこそ、羞恥心で胸がはちきれそうになってしまうから。
藍子「ぽ、ぽっきーげーむって……どうやるんでしたっけ」
未央「……えっと、私もやったことないからよく分からないけど……」
私は、頭の片隅に残っているどこかで聞いたような情報をかき集め、さっき遠ざかってしまったあーちゃんとの距離をほんの少しだけ縮めた。
未央「や……やってみる?」
おずおずと彼女にそう尋ねてみる。
藍子「そ」
藍子「そうですよね。ものは試ですものね」
するとあーちゃんは少し身を乗り出し、軽く咳ばらいをした後そう答えた。
ついさっき、あとほんの少しで彼女の唇に触れようとしていた熱気が、この得も言われぬな空気で再びぶり返してしまったかのようだ。
あーちゃんの唇を見つめていると、その艶やかなピンク色が私の心臓をふいにドキドキさせてしまう。
ポッキーゲームはどっちから攻める?
↓1
未央「じゃ、じゃああーちゃん、はい!」
そう言って私は半ば勢いでポッキーの片方を咥えると、もう片方の先端をあーちゃんの方へと突き出す。
藍子「……っ!」
未央「ほ、ほら……」
ぐいっと彼女の体を片手で引き寄せ、彼我の距離を一気に縮める。
つい先ほどキスしそうになっていたこともあってか、そんな大胆な行動も今ではとれるようになっていた。
藍子「……は、はい……」
蚊の鳴くような声で俯きながらあーちゃんはそういうと、ゆっくりと、普通に食べる時よりもずっとのろまな動作でチョコが塗られた先端をぱくっと咥えた。
瞬間、ポッキー一本分よりもずっと近くなってしまった私たちの距離に、ふわっと彼女の香りが私の鼻腔に届く。
どき、どき、と。十センチよりも縮まった私と彼女の顔の距離に、心臓がうるさく自己主張をしてくる。
片手で抱きしめたあーちゃんの体は、やわらかく、触っているだけで私の興奮を加速させてしまうようだ。
目の前でうるんだ瞳に、長い睫毛、真っ赤に染まった頬。そのすべてが私の頭を緊張で埋め尽くす。
リアルがひと段落したので続き書いていきます。
未央「……」
藍子「……」
お互い見つめあったまま、数秒が経過する。
目の前には触れなくても熱そうだと分かるほど赤くなったあーちゃんの頬が差し迫り、それに釣られるようにして私も喉元まで形容できないような興奮がこみ上げてくる。
藍子「……こ、これ……このあと、どうしたら……」
唇にポッキーを咥えたあーちゃんが、少し空気が漏れるような声でそう尋ねてきた。
未央「え、えっと……確か、お互いにちょっとずつ端から食べ進めていく、んじゃなかったかな……。それで、先に口を離したほうが負け、とか……」
私も詳細なルールを知っているわけではないけれど、どこかで小耳にはさんだ馬鹿話程度にならおぼろげながら知っている。
――その場のノリでやっちゃうようなパーティーゲームだなぁ、なんて、聞いた時は確か笑っていたような気がしたけど。今になって、これはそんな適当な感じでできるゲームではなかったのだと思い知る。
未央「(……だって、こんな――)」
未央「(……あーちゃんのこんな顔を見ながら、こんな近くで、こんな雰囲気でやることになるだなんて、思わなかったよ……!)」
未央「…………」
藍子「…………」
またしても、無言のまま、無動のまま沈黙が流れる。
私たちはお互いポッキーの端を咥えたまではよかったものの、そのあまりの状況に、それ以上何をどうすることもできなくなってしまっているみたいだった。
未央「……食べないの? あーちゃん」
藍子「……み、未央ちゃんこそ、お先にどうぞ……」
彼女がその雰囲気に耐えられなくなったことを示すかのように、斜め横に視線を逃がした。俯きがちになった顔からは、あまりにも分かりやすく羞恥の色が滲み出ている。
そんな彼女の女の子らしい部分が、またしても私をドキンとさせてしまう――。
未央「……あーちゃんが食べないんだったら、私が食べちゃうからね……」
藍子「……ふぇ?」
このままお互いポッキーを咥えた状況でそのまま何分も過ごすのは私の心臓が持たないと悟ったからか、あるいはこの状況にいよいよもって私も我慢が効かなくなったからか、それは定かではないけれど。
…………ぽり
……ぽり、ぽり……
私は自分でも知らないまま、口にくわえたポッキーを、ほんの少しずつ齧りだしていた。
藍子「……っ!」
次の瞬間、目の前の彼女が、さっきまでとは打って変わった様子で動揺し始めた。
肩がびくっと跳ねて、その震えが私の腕にも伝わってくる。
藍子「み、みおちゃ……!」
未央「…………」
チョコレートの甘さなんて例によってちっとも伝わってはこなかったけど。
ひとたび齧り始めると、一口、また一口と。まるで堰が切れたかのように、私は彼女との間に繋がった橋を少しづつ齧っていくことに夢中になっていた。
……ぽり…………ぽり、ぽり
1㎜か2㎜か、一度に進む距離はそれだけだけど、心なしか私の食べるペースが少しづつ速まってきたことと相まって、彼我の差は確実に縮まってきていた。
気づけば最初の時よりも、彼女の顔がずっと近くなっている。吐息が直にかかり、触れあうような距離だ。
未央「…………あーちゃん、かわいい……」
藍子「……っ、うぅ……」
思わずそう口から言葉が漏れてしまった。
彼女はそれが恥ずかしかったのか、一瞬首を少し横に向けて視線をそらしてしまった。
1.あーちゃんの頬(顎)に手を添えてこっちを向かせる。
2.両腕で抱き締めて体を密着させる。
↓2
ほんの少しあーちゃんが顔を背けたことで、近づきかけていた距離が少しだけ離れた。
それが一瞬の寂しさを誘ったのか、私は自分でも知らないうちに、両腕を彼女へと伸ばしていた。
未央「……あーちゃん、こっち向いて?」
――ぎゅう
藍子「……!」
手に、腕に、柔らかい感触が伝わる。あーちゃんの女の子らしい腰回りの柔らかさが、私の肌に沈み込んでくる。
そのまま優しく、だけど力強く、彼女の体をこちらに引き寄せる。離れかけた彼女との距離が再び一気に縮まり、不意を突かれたような表情の彼女がまた見られた。
藍子「未央ちゃん……ぁ」
ぎゅうう、と、あーちゃんの体を抱き締める。どくん、どくんと鳴る振動は私のものか彼女のものかは定かではないが、こうして私がしっかりと彼女を抱き締めてしまったことで、その振動は共振してもっとはっきりと伝わるようになっていた。
未央「……続けるね……」
……ぽり、ぽり
さっき抱き寄せたことでぐっと進んだ進路を、再び進み始める。気づけばポッキーはもはや最初の半分より少なくなっており、彼女の濡れた唇が、あとほんの少しのところまで来てしまっているような距離だ。
重なる胸と胸で、心臓の鼓動が共振する。
そんな感触を味わいながら、彼女を抱き締める手にさらに力が入る。
その時。
…………ぽり
未央「…………」
来てしまった。ついに。ここまで。
あーちゃんとの間に残ったポッキーは、もうこの位置では私の目から確認できないほど短く、恐らく1㎝ようやくあるかどうかといったところまで食べ進めてしまっていた。
唇と唇がぶつかりそうな距離にまで近づいた顔と、体の正面がぴったりとくっつきあう程までに抱き締めていることも相まって、私の興奮と緊張は頂点にまで上り詰めてしまっている。
彼女の前髪が、私の鼻先をくすぐる。
花のような暖かな香りが簡単にこちらまで届き、否応なしに彼女の存在を意識させられる。今や彼女は急に抱き締めてしまった私に抵抗することもなく、ただゆったりと私の腕の中に身を委ねているように見えた。
1.未央からキス
2.あーちゃんからキス
3.どちらからともなく唇が触れあう
4.キス未遂(ポッキーゲーム中断)
↓2
1.普通のキス
2.ディープキス
↓1
…………ぽり
最後に残った一口を、齧る。
これで私とあーちゃんの間に隔たるものは、もうあるのかどうかすら確かではないようなポッキーの欠片だけになってしまった。これ以上食べ進めるどころか、もはや少し顔を動かしただけで、私の唇が彼女のそれに触れてしまいそうだ。
未央「…………あーちゃん」
藍子「……なんですか? 未央ちゃん」
どくん、どくん、と、心臓はこれ以上なく速く鼓動している。
本来私がここまであーちゃんに迫れたのだって、ある意味奇跡みたいなものなのに。
だけど。
……この状況になってしまったのでは、私の本能が――もっと先に進みたいと、叫んでいるかのようで。
ここに来て最後に我慢ができるほど、私の理性は強固なものではなかったらしい。
未央「………………いい?」
私のそれだけの言葉に、あーちゃんは私が言いたいことを全て理解してくれたのか。
藍子「…………」
無言で。こくん、と、小さく頷いた。
次の瞬間。
私はあーちゃんの小さな唇に、自分の唇を触れさせていた。
たったポッキー一本分の長さしかなかったその距離を零にするのに、いったいどれくらい時間をかけていたんだろう。
待ち焦がれていたかのようなその感触は、優しくて、柔らかくて、温かくて。
未央「……あーちゃ……ん」
あーちゃんの唇に一度触れてしまうと、あとは今までの自分を覆っていた最後の理性がぽろぽろと剥がれ落ちてしまったかのようで。
初めて感じるその感触に、好きな人の唇の感触に。酔いしれるように、虜になるように。触れた一瞬で私は夢中になってしまったんだと思い知る。
藍子「ん……っ」
唇が触れあった瞬間、ぴくん、とあーちゃんの体が一瞬跳ね、その感触が抱き締めている私にも伝わる。
彼女を抱き締める両手にひときわ力が入る。抱き締められたあーちゃんは後ろに身をよじることもできず、私は彼女の唇の感触をただ、はやる気持ちを抑えきれずに味わっていた。
ぎゅう、と唇を彼女のそれに強く押し付ける。するとあーちゃんは一瞬甘いような声を漏らすものの、私のキスに抵抗することなく唇を受け入れてくれる。
その仕草に、彼女の唇を味わいたいという本能が余計に刺激され、自分でも止められないまま貪るようにあーちゃんの唇の感触を求めてしまう。
未央「……っ、あーちゃん、すき……!」
思わず口からそんな本心が飛び出した。いや、飛び出さなければ、彼女を愛おしく思う気持ちが私の体の中に溜まりすぎて爆発してしまいそうだったからかもしれない。
息をするのを忘れるほど夢中になってキスしていたことに気が付くと、唇同士がくっついたまま口を開き、呼吸をした後再びまた彼女の唇に吸い付いてしまう。
あぁ。今やは私はケモノみたいに、あーちゃんの唇を奪うことしか考えられなくなってしまっていた。
――ぬろん
藍子「………っ!?」
“そういうキス”があることは雑誌とかで読んで知っていたし、実はちょっぴり憧れていたりもした。どんな風にやるんだろう、なんて考えては、何を考えてるんだ私はと自分を諫めていたりしたっけ。
――だけど。
未央「あーちゃん…………ん、あーちゃん……!」
藍子「み、未央ちゃ……ん、んん……っ!」
“その時”が来れば、やり方なんて思い浮かべる暇もなく、ただ本能のように舌が彼女のそれを求めてしまうものだったなんて、知らなかった。
未央「ん、んぅ……ちゅぱ、ちゅっ……」
藍子「ふぁ……あ、んぁ……ちゅ……」
私の舌は勝手に彼女の唇を強引にこじ開け、口内へと侵入していた。
瞬間、舌の先端にさっきよりも温かい感触と、濡れた唾液の味がじんわりと伝わってくる。
すごい。すごい。……耐えられないくらいドキドキする。
もっと。もっと欲しい。あーちゃんの全部を。
そんな思いに駆られるようにして、私は半ば本能で舌を動かす。
それはお世辞にも上手なディープキスとは言えない代物だったかもしれないけれど、彼女の口内の奥にあった舌の先端に私のそれを触れさせ、絡めるようにして味わっていると、彼女の全てを私のものにしているかのような感覚さえ湧き上がってくる。
未央「んちゅ……れろ、はぁ、ちゅ……っ、んぅ……!」
貪るように、彼女の唇のその先に舌を捻じ込んでいく。舌で味わう彼女の口の中の温度が、とろけるような陶酔感を脳髄まで与えてくれる。
彼女の唾液は甘い蜜のように感じられ、舌が、本能がそれを欲しいと叫ぶ。私はそれに突き動かされるまま彼女の唇を求めた。
気づけば私の腕はいつのまにか彼女の後頭部を抑えており、完全にあーちゃんの頭を押さえる形でディープキスをしていた。
ぴちゃ、ちゅっ、れろ……という私たち二人の唾液が滴る水音が個室の中に響き、反響して帰ってきたその音を耳でとらえるたびに、私の中の興奮をどんどん高めていってしまう。
藍子「ん、んんん……っ、あ……ちゅう……ぅ」
見れば彼女の瞳もとろけるように涙ぐんでおり、ゆっくりと目を閉じて、頭も体も私に委ねるように抵抗することなく私の舌を受け入れてくれていた。
するとあーちゃんも、私と同じように両手をゆっくりと動かし、私の背中に回してきた。
今までは私にされるがままだった彼女が、少しずつ、ぎこちない動きだけれど舌を動かして、私のキスに合わせて自分からもキスしてきてくれたのだ。
藍子「みおちゃ……ん……んちゅ……はぁ、れろ……」
その事実が、また更に私の興奮を否応なしに突き動かす。
これ以上どうやったら彼女を味わえるのか分からないけれど、私の本能に支配された頭ではそれを考える余裕はなかったようで、再びぎゅっと彼女を抱き締める腕に力を入れると、舌の先っぽを彼女の口内の隅々まで行き渡らせることに夢中になった。
未央「ちゅ……ぅ、う……ちゅぱ……ん、あーちゃん……」
藍子「んっ、んっ……れろ、みお、ちゃん……!」
唾液の一滴でも逃さないように、彼女の口内をかき集めて飲み干してゆく。
そのたび私の背徳的な心にも火が点いて、それはもはや自分では止められないほど大きな炎になっていった。
明日早いので、続きはまた明日書きます。
キスシーンはもう少し続くんじゃ。
遅くなりましたが再開していきます。
未央「ぷは……ぁ」
どれくらい時間が経っていたんだろう。
慣れない初めての舌を使ったキスに、心臓が痛くなるほどドキドキしっぱなしだった鼓動の疲労感からか、いつしか私はあーちゃんの唇から口元を離した。
自分でも抑えがきかないほど夢中になって彼女の唇を貪っていたのか。私たちの唇同士からはつぅ……っと唾液の橋がかかり、やがて重力に引かれるようにしてソファへぽたぽたと数滴が垂れた。
藍子「…………」
目の前には、すっかり心ここにあらずといった様子のあーちゃんが、上半身をふらふらさせながら座っていた。
目の焦点は定まっておらず、唇の端から垂れる唾液を拭おうともしない。
未央「……っ、あ」
私はふと、我に返ったように意識がはっとする。
なんだかさっきからの記憶が曖昧になるくらい前後不覚に陥っていた気がするけど……。目の前のあーちゃんの様子を見るに、これは調子に乗ってやり過ぎちゃったんじゃあ……?
未央「(わ、わたし……)」
未央「(はじめてのちゅーなのに……あ、あーちゃんと、あんなえっちなキスしちゃった……!!)」
未央「あ、あーちゃん、大丈夫……?」
藍子「……」
呼びかけてみるも、反応がない。
ま、まずい……。あーちゃんってあの通りふわふわした子だから、私があ……あんながっつくみたいなちゅーを急にしちゃったらびっくりするよね……。
と言うか私もなんかついドキドキが高ぶり過ぎて舌とか勝手に入れちゃってたけど、やっぱりそういう事していいかどうかはする前に聞くべきだったかな……!
目の前で表情の読めないあーちゃんを前にして、ぐわんぐわんと急に冷静になった脳内をそんな考えが巡る。
藍子「…………まだ、ありますね。ポッキー」
未央「……へ?」
ふと、彼女が聞き取れるか聞き取れないかギリギリくらいの声量で、ぽつりと漏らすように呟いた。
彼女はゆっくりとした手つきで、テーブルの上の入れ物に入っているポッキーの束に手を伸ばし、そのまま一本だけ抜き取った。
何だろう……と私がそれを目で追っていると、次第にあーちゃんの細い指でつままれたポッキーは、静かに彼女の口元へと持っていかれる。
――ぱく
藍子「……未央、ちゃん」
するとあーちゃんは、手にしたポッキーをそのまま口に咥え、呟くように私の名前を呼んだ。
藍子「しませんか? ポッキーゲーム……二回目」
未央「……え?」
見れば彼女は、今にも顔が燃えだしそうなほど赤面していた。
二回目、というその言葉に、ふいに私の心臓が再びドキンと動く。
この状況であーちゃんからそんな事を言われるって事は……と考えると、一つの可能性に行き当たり、それが更に私の心臓をさっきのような熱病に侵されていた熱さへと持っていく。
彼女は私が一瞬固まってしまったのを受けてか、一つ小さく咳ばらいをすると――そのまま上半身をゆっくりと後ろに寝かせ、ソファに倒れこんだ。
あーちゃんの長く繊細な髪がソファに広がり、蠱惑的にも見えるようなポーズになる。彼女は両腕をこちらに伸ばすと、口に咥えたポッキーを静かに私のほうへと突き出した。
藍子「…………いいですよ」
藍子「……未央ちゃんの好きにして……下さい」
生唾を飲み込む、なんて修辞的表現があるけれど。それはこの上なく具体的な言い方だったんだと気づく。
それがあーちゃんからキスを誘われているんだと分かった瞬間、彼女のその反則的なまでの蠱惑的な魅力に、私の衝動は再び激しく突き動かされてしまった。
なまじさっき少しだけ冷静さを取り戻していただけに、心臓が一際大きく飛び跳ねると、先ほどの自分の中の本能が再び唸り声を上げるのが聞こえる気がした。
こちらに向かって伸ばされた手は私を迎え入れるようで。細い腰つきが醸し出す色気は、普段のゆるふわな彼女からは想像もつかないような種類のもので。
私は――次に気づいた瞬間には、ソファに寝そべるあーちゃんの体を覆いかぶさるように抱きしめ、彼女の咥えたポッキーに貪りついていた。
未央「………っ……!」
はやく彼女の唇に辿り着きたい一心で、夢中になってポッキーを咀嚼していく。
あっという間に一本分食べてしまうと、私はそのままあーちゃんの唇に自らのそれを重ねた。もはや衝動的に舌が彼女の温もりを求めようと動く中、まだ飲み込んでいない噛み砕いたチョコレートが二人の口の中で唾液と一緒に混ざり合っていく。
未央「っ、ぁ……んちゅ…………ふぁ、くちゅ……」
チョコレートの甘さと、あーちゃんの唾液の甘さが溶け合うように噛み砕かれたお菓子に纏わりついていく。二人の口内をお互いの舌の動きに合わせるように漂い続けるそれは、いつしかこの陶酔的なキスに脳髄が痺れるような背徳感をもたらしてきた。
藍子「んっ……ん……」
キスの間ずっと目を開けていられるほど私の心に余裕があったわけではないけれど、辛うじてあーちゃんの表情は視界に入ってきた。頬を真っ赤に染めた彼女のその顔は、羞恥なのか、あるいは興奮なのか、とにかくいつもの彼女とは全く別人に思える。
雑誌のカラーページでゆるふわな笑みをふりまく女の子はもうここにはいない。
私が半ば乱暴なまでに求めるキスを優しく受け止めてくれて、彼女のほうからも少しずつこちらのキスをねだるように、優しく舌を動かしてくれている、キスに溺れる女の子がそこにはいた。
未央「はーっ、はー……っ……ん、あーちゃん……!」
興奮で熱暴走するような頭で、おぼろげに彼女の名前を呼ぶ。彼女は途切れる間もないキスの嵐の中で息も絶え絶えになりながら、それに言葉を返してくれる。
原型を留めないほど咀嚼されたポッキーの甘さが口の中に広がって、いつまでもこの甘味を味わっていたいという欲望が絶え間なく湧き出てくる。
……だめだ。今日の私は、なんだかもう色々とだめだ。
頭の中でそんな思いがよぎっては、キスの感触へと溶けていく。
彼女の柔らかな髪に指を通し、手を這わせると、このまま彼女の全てを手に入れてしまいたい。なんて思いがどうしようもなくこみ上げてきてしまう。
すぅ、と彼女の髪を指で梳き、首元まで手を持ってくる。
その細い首筋にそっと指先を触れさせると、彼女の上ずるような声があがり、その擦れるような声が私の脳を茹らせてしまう。
藍子「ん……っ、あ……」
切なげな声を出して体をくねらせるあーちゃんが、今私に抱き締められている。そう改めて現状を認識すると、野生に支配されているかのような私の本能が叫び声を上げるような感覚がした。
うっすらと汗ばんだ首筋に触れるたびに、いけないことをしているような気持がふつふつと湧き上がって、だけどそれが気持ちよくて。
喉を乾かせた野生動物が本能で水場を求めるように、自然に動く私の手は彼女の体温を、柔らかさを求めて少しずつ下へと降り、彼女の胸元へと忍び寄っていった。
あーちゃんの胸。
あーちゃんのお腹。
あーちゃんの太もも。
彼女の感覚をもっと深く味わえそうな場所が脳裏に浮かび、そこに触れたい、なんていう動物的な欲求が私の脳を支配する。
指先に触れる感覚はどんどん熱くなっていって、その間にも絶え間なく触れていた彼女の唇が段々と震えてくる。
だけど決して、私の唇も、手も。彼女は拒否しなかったことが、私の気持ちに更にブーストをかけていった。
――このままあーちゃんを、めちゃくちゃにしたい、なんて。
そう、思ったんだ。
ゆっくりと、彼女の服のボタンに手をかける。
こんな場所で何やってるんだ。タイミングとか色々あるでしょ。と自分を諫める声がわずかに聞こえたものの、そんな静止が歯牙にも引っかからないくらい理性の剥がれ落ちていた私には、土台通じるべくもない。
熱く茹った表情の彼女を見下ろしながら、私はゆっくりと――息を、飲んだ。
未央「…………あーちゃ」
ピリリリリリリリリ!
「「っっ!!!」」
と、次の瞬間、個室に聞きなれない電子音が鳴り響く。
反射的にぎょっとして辺りを見渡すと――どうやら、入店するときに決めた退店時間の十分前を示すタイマーが鳴った音のようだった。
未央「……あ……」
数秒してタイマーが鳴りやむと、すぐにまた個室に静寂が訪れる。
さっきまでの暴走するような熱が急に鳴ったタイマーのせいで引いて冷静になり――さっきまで自分のしていた行為が、しようとしていた行為が鮮明に思い出された。
未央「…………」
……まずい、何やってたんだろ、私。
未央「えぇと……あーちゃん」
彼女の顔が見られないまま、そう言葉を紡ぐ。
ほんの数十秒前まであーちゃんと……あ、あんな激しいキスをしてたということが、私の頭の中に燃えるような羞恥の残響と――それと、あんな風に強引にその先まで行こうとしていた事が思い出されて、罪悪感が襲ってきた。
未央「あ、えと……ご、ごめん。なんか私、勝手にあーちゃんのこと好き勝手しようとしちゃって……」
すると、未だにソファの上で仰向けになったままだったあーちゃんは、ゆっくりと上半身を起こすと、唾液とチョコで少し汚れた口周りを指で拭った。
藍子「↓2」
藍子「…………もっと……」
未央「へ?」
藍子「……もっとしてくれても、いいんですよ……?」
聞こえたのは、そんな言葉だった。
見れば彼女の表情は冷静に戻った私とは違って、赤く火照ったままだ。瞳はとろけて、心ここにあらずといった印象を受ける。
未央「え、えぇと……」
藍子「なんで、やめちゃうんですか? 私……まだ、もっと……」
未央「あ、あーちゃん?」
ふら……と立ち上がったあーちゃんは、覚束ない足取りでこちらへと近づいてくる。
私が呆気に取られて動けないでいると、いつのまにかすぐに距離を詰めてしまった彼女が私の体に正面から抱き着いてきた。
再び感じる彼女の女の子らしい体の感触に、一気に緊張が走る。
未央「え、えっと、どうしたの!?」
藍子「私、もっと……未央ちゃんからキスされたいのに……。いっぱい、たくさん……」
――呆けたような茹った瞳でこちらを見つめてくるあーちゃんは、今まで見てきたどの彼女とも一致しない。無理に言葉で説明するならそれは、まるでお酒で酔っているかのような……。
未央「(な……なんかあーちゃんの方がスイッチ入っちゃってる……!?)」
未央「と、とりあえずもうここは出よう! そろそろ時間みたいだし、ねっ!」
藍子「ふぇ……?」
よく分かっていなさそうなあーちゃんをせっついて荷物をまとめると、そそくさと部屋を後にする。
考えてみればメニューを三つしか頼んでいないはずなのに、随分と時間が過ぎていた。……一緒のストローでドリンクを飲んだり、一つのパフェを食べさせあいっこしたり、果てはポッキーゲームでいきおいあんな事まで……。
……思いのほか時間が経つのは早かったみたいだ。
「ご利用ありがとうございましたー♪」
例の女性店員さんが、会計カウンターの私たちを見て妙に上機嫌そうに笑顔を浮かべながら接客してくれる。
……あーちゃんはと言えば、未だにぼぉっとしながら私の腕にしがみつくように腕を組み、こちらの肩に頭を乗せてきている。
多分無意識というか、放心状態にあるんだろう。
私はそんなあーちゃんを抱えるように肩を抱きながら、もうすっかり暗くなった外へと歩き出した。
みおあいのベッドシーンって書いたほうがいいですかね?
書くなら新スレ立ててそっちでもう少し続き書きます。
とりあえず新スレ立てました。
未央「安価で他のアイドルに告白する!」 続 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1453389544/)
今日はちょっとしか更新できてないけど、明日早いので今回はスレ立てまでにしておきます。
明日は時間があればちょくちょく更新できると思います。
1スレ埋まるまで続くとは思ってませんでしたが、付き合って頂いてありがとうございました。
二人にやってほしい事とか展開のリクエストがあればご自由にどうぞー。
このSSまとめへのコメント
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