「思い出消し屋……?」(29)

前作
男「思い出消し屋……?」
男「思い出消し屋、か」
少女「思い出消し屋も畳むかな」

番外
ポニテ「思い出消し屋……?」

時系列としては一作目より前ではありますが、前作を見てからのほうが設定とかわかりやすいかと。


「――っ」

 駅の待合室で床のタイルを見ていた私に、つぅ、と何かが注がれ始めるのを感じた。
 勿論、直接誰かに何かされているわけじゃあない。そもそもこの時間帯はほぼ客はおらず、だから私も静かに座っていられるのだ。

 体のしびれが足の裏から始まって、すね、ひざ、ももと上がってくる。
 私の体に何かが入ってきて、それが私の一部になろうとしているのを感じる。

 別に今回が初めてというわけじゃあない。むしろ、生まれてから何度も何度も繰り返し経験してきた。
 だからといって何の苦も無く受け入れられるものでもないけれど。

「……」

 ぐ、と耳をふさぎ、体を丸める。
 楽になるわけじゃない。痛みは最初から感じないけれど、これが起こるたびに無性に不安になるのだ。

 私は、いったい何者なのだろう、と。
 何を成すために、生きているのだろう、と。


 そのしびれは、頭頂部まで来たところでふっと消失する。
 馴染んだのだ。私に注がれていた、新しい能力が。

 人外として生まれてから何年経ったか分からないけれど、実のところ私には何の能力もない。
 ただこうやって、時折新しい能力を付け加えられるだけで、私自身は何もできない。

 それが君の能力だよ、と小さな女の子(実際は数世紀生きているらしい)に言われたこともあるけれど、いまひとつ実感がない。
 彼女曰く、世界のどこかで新たに生まれた人外の能力を使えるようになる能力、だそうだけれど、結局借り物じゃないか。

 私がいくらたくさん能力を持っていても、元の持ち主にはまるで歯が立たない。
 元の持ち主の能力をダイヤモンドだとすれば、私に与えられるのはそういう形の発泡スチロールだ。

 ふ、と軽く息を吐いて、背筋を伸ばす。
 そうして、とりあえず先ほど注がれた能力を確認する。

 別にそれがどんなものであっても、劣化版に過ぎないものを使おうなんて思わない。
 けれどやっぱり、自分の一部となってしまったものがどういうものか確認しないとどうにも気持ちが悪いのだ。

 新しい能力でも、その詳細を確認するのは一桁の足し算よりも簡単だ。
 既に私の一部となってしまっているのだから、思い出すまでもなく理解できる。


「……、へ?」

 けれども、私は驚かずにはいられなかった。
 新しく注がれたそれは、その能力が存在すること自体が矛盾していた。

 能力発動中、触れた人外を一瞬で消失させる能力。
 応用次第でそのようにも使える、というわけではなく、純粋に、ただ人外を消すだけの能力。

「だって、それは」

 待合室に誰もいないのをいいことに、声に出す。
 頭の中で反芻するだけで済むはずなのに、思わず。

「人外を殺すための能力を持つ人外なんて」

 私に注がれるのは、あくまで新たに生まれた人外の能力を基にする。
 それはつまり、そんな自己矛盾の塊のような存在が生まれてしまったということ。

……

童女「で、私のところに来たんだね」

「……、はい」

 結局、私はこの人に頼ることになる。
 人外の……というより、付き合いがある他者はこの童女だけだから、というのもある。

 それに会う方法が手軽だ。
 会いたいと思って扉を開くだけで直通、なんてどんな能力をどう使えばこうなるのだろう。

童女「人外殺し、かあ」

 いつも朗らかに笑っているイメージがあった童女が、珍しく手を顎に添えて考え込む。
 そう、私は、何故そういう人外が生まれたのか――

童女「確かにいつ私たちに刃を向けるか分からないし、早めに処理しなきゃね」

「……、へ?」

 処理、って。

童女「そうだ、万能ちゃん。君も人外殺しを持っているのならぱぱっと――」

「処理って、どういうことですか」


童女「へ? 厄介なのが出てきたから、教えてくれたんじゃないの?」

 可愛らしく小首をかしげるけれど、貴女は一体何歳なのですか。
 ……ではなくて。

「私はただ、その自己矛盾の塊のような人外が、何で生まれてきたかとか」

 そう、それを知りたい。だから一度、人外として何百年も生きてきた童女に相談したかった。
 そのうえで本人の居場所を調べて、直接話がしたかった。危険かもしれないけれど、それでも興味があった。

童女「……あー、そういうの、ねえ」

童女「うん、そういうのに関してはあの子に聞いたほうがいい。処理も彼女に頼むことにするよ」

「あの、子?」

童女「私は孤独ちゃん、と呼んでいるよ」

 はい、とどこからともなく紙を一枚渡してくる童女。
 チラシのようだけれど、ボールペンで住所と、

「……思い出消し屋?」

 そんな、よくわからない店名のようなものが書かれていた。

――翌日、思い出消し屋――

 事務用の黒い机に、パイプ椅子。
 それと、人形めいた美貌を物凄く面倒くさそうに歪める女の子が一人。

少女「話は一通り聞いている。……あの年増、面倒なことを押し付けたな」

 その面倒なことはお前だぞ、と眉間にしわを寄せる少女。……もったいない。
 面倒、なことなのだろうか。

少女「貴様、生まれて何年だ」

「……さあ、けれど、十数年かと」

少女「十年以上生きてそれか」ぷっ

 ……この子が表情を崩すことが勿体ないと思ってしまったけど。
 もしかすると、これでちょうどよくバランスが取れているかもしれない。

少女「まあいい。面倒なことは後にして先に人外殺しをどう処理するかだ」

「……処理することは、もう決まっているんですか」

少女「勿論。恨みはないがそんな通り魔みたいなやつ放っておくほど日和見していないぞ私は」


少女「さて、具体的にどういった能力なんだ、その人外殺しは」

 人外殺しの人外を、殺す為の算段。
 納得はいかないし、人外殺しの人外を殺しても私はきっと満足できない。求めていることが違う。

 けれど、少女や童女の言い分も正しい。
 人外たちにとっていつ飛んでくるかもわからない矢を、私の興味一つで放置するわけにもいかない。

「……私に注がれるのは劣化したものですが、これは純粋に人外を殺すためだけの能力です」

 だから、私一人が意地をはっても仕方がない。
 きっと私が協力を渋っても、彼女たちは私抜きでことを進める。

「過程は関係なく、触れた人外を一瞬で消失させる能力です」

 なら、いっそ協力して、同行して。
 せめて一目でも、人外殺しの人外を見てみたい。隙があれば、会話してみたい。



少女「いや、そんな当たり前のことはどうでもいい」

少女「能力の発動は随意なのか、自動なのか」

少女「行使する際に体のどこを使うのか、それとも直接接触せずとも能力を使えるのか、だ」

 顔をさらに歪め、背中を座面につける勢いで姿勢を崩す少女。
 ……処理するにしても、本当にこの人外にできるのだろうか。

「……発動範囲に関しても劣化しているものしか知らないのでわかりませんが」

「おそらく、能力の発動は自動ではなく随意だと思います。私も常時垂れ流しているわけではありませんし」

少女「ふむ。……それならなんとかできそうだな」

少女「能力の範囲がわからない以上失敗はできないか。……であれば、また助っ人を頼まねばな」はぁ

 少女は至極面倒くさそうに立ち上がり、部屋の出口に向かう。
 戸を開けると、そこは映画館……童女のいる、あの世界だった。

少女「ちょっと仲介してもらってくるよ。貴様はおとなしく座っていろ」

――翌週、昼――

「……」

 空は厚い雲で覆われて、アスファルトは普段以上に暗い色になっている。
 ……少女から聞いたことは、今日この日にここに来いということだけ。

少女「さて、少々隠れていようか。姿を見たとたんに能力のスイッチを入れられたらこまるからな」

「……ここに人外殺しの人外が来る、ということですか?」

少女「うむ。あの年増にこの辺の人間、及び人外の記憶を漁らせて予測を立てた」

 少女が年増と呼ぶあの童女は、他者の記憶を収集、映像化する能力を持つ。
 それで探したのだろうけれど……なんだろう、すごく、非効率だ。

少女「とりあえず思いついたのがそれだし、面倒を押し付けてきた奴がへらへら笑っているだけなど気に食わん」

 けたけたと笑う少女。それを私に、悪びれなく言えるのも彼女らしさなのだろうか。
 ……けれど、何故童女は、私をこの少女に会せたのだろう。

 この子が、私が求めるものを知っているのだろうか。なぜ人外殺しの人外が生まれ、生きているのか。
 それは童女には説明できないことなのだろうか。


少女「……姿勢を低く」

 言われた通り、体をかがめて藪の裏に身をひそめる。
 ――少女の顔が、すぐ横に来る。

 人形のようだ、と改めて思う。つるりとした瞳は、曇り空と眠たげな瞼に隠されているせいか光を感じない。
 この頬はどんな手触りだろう。暗い世界の中でも輝くほど白い肌が、私の眼前にある。

「っき、来たんですか」

 何故だか声が上ずってしまって、慌てて声量を抑える。
 それに反応してか、振り向いた少女は変人を見る顔をしていた。……まあ、仕方ない。

少女「そうとも。あれが人外殺しの人外だ」

 少女が指さす方を見ると、人影……否、人外の影がひとつ。
 一見男性のようにも見えるほど短髪ではあるけれど、しかし黒いスーツに包まれた体は間違いなく女性のものだ。

 ぐっと張り出した胸と臀部、それらを強調するように細くなった腹部。
 少女も非常に美しいが、見る人によってはきっと彼女のほうが美しいと評価するのだろう。


少女「……さん、にー、いち」

 少女の手首を見ると、安っぽい時計がつけられていた。
 童女からもらったものだろうか。それとも思い出消し屋というくらいだからいくらか収入があって――

少女「――はい、勝った」

 べえ、と真っ赤な舌を口から垂らす少女。
 勝った、とは、何に、と思い、すぐ人外殺しの人外を見る。

 ゆらあ、と全身の力を抜いて、ごく自然に前に倒れて。
 額をアスファルトに擦り付ける人外殺しの人外が、そこにいた。

「え、……え?」

 少女が何かしたのだろうか。けれどもここから見る限りでは外傷は見当たらない。いや人外に傷なんて無意味だけれど。
 少女の能力は、こんなこともできるのだろうか。こんなに離れていても通用する能力なのだろうか。

少女「貴様が混乱してどうする。あいつの精神は今頃映画館行きだ」

 映画館。童女。
 ……確かに普段頼りにさせてもらっているが、何でもありにもほどがあるのではないだろうか。


少女「まあ奴だけではなく他の人外の能力もかかわっているとは思うが……正直年増連中の能力はよくわからん」

少女「かといって最近見かけるようになった人外は糞ほど下らん。やはり私くらいが最適だな」

 ふふん、と歌うように語りながら少女は人外殺しの人外に近づいていく。
 ……確かに、意識を飛ばしてしまえば能力を使うこともできないから、楽な対処法なのだろうけど。

 けれど、意識を飛ばしている間に処理してしまえば会話も何もない。
 それでも私は、彼女が生きている意味を知ることができるのだろうか。

 童女は少女が教えてくれると言っていた。
 だが、少女も人外殺しの人外についてよく知っているわけではないだろう。

 ああ、きっと少女は私に教える気がない。
 私が人外殺しの人外から直接聞こうとしても、それで取り逃してしまえば今度は私たちが危ない。

「……」

 それは十分わかっている。少女を危険に晒してでもわがままを通そうなんて気はない。
 だから私は、少女を非難することなんてできない。

――同刻、映画館――

 ここは、どこだろう。

 私は確かに、舗装された道を歩いていた。
 あてどなく、ただ人外を探して。

 私の持つ能力はあくまで人外を殺すものであり、対象を探す力はない。
 顔を見れば人外か否か程度ならすぐわかるから出会い頭に殺してはいるが、そろそろ限界を感じている。

 だから今日を最後にこの街を離れ、少し離れたところを散策しよう、と思った矢先にこれである。
 ……長く生きているわけではない。ほんの一週間程度しか生きていないが、これが不可思議な現象であることくらいはわかる。

童女「やーやー、人外殺しちゃん」

 すぐ隣から声が聞こえる。見れば、そこにいたのは小さな女の子――に見える、人外。
 赤く鮮やかな着物は人間が着るもので、可愛らしい玉かんざしは人間の髪をまとめるもの。

 だがこれは、人外だ。髪の毛の一本から爪の一枚に至るまで、どこもかしこも人間のものと同じだが、これは人外だ。
 具体的に何が違うとは言えないが、絶対的に人間とは異なる人外。私が殺すべき、存在。


「っ――」

 即座に能力を起動し、右の平手を振るう。
 触れたものが人外であれば、瞬きを待たずに塵にする手が――座席の背もたれを、叩く。

童女「……びっくりした。でもそりゃそうか。精神主体である人外から抜け出た精神、つまり本体に等しいものなんだから」

童女「肉体がなくても能力の行使は可能と。こういうの初めてだったから楽しいなあ」

 今度は後ろから、声。
 ……こんな能力は、もしかしたら珍しくもないことなのだろうか。

童女「まあまあ、落ち着いてよ。一応聞きたいこともあるからさ」

 小さな人外が、にこやかに語る。
 そういえば、いつかすれ違った子連れの女がこんな顔をしていた、と思った。

「……、何?」


 この場で今すぐ、この人外を殺すことはできない。
 会話に興味があるから、などではない。初手をかわされた時点でこれ以上の追撃は無意味だ。

 思い返せば、私は言うほど人外を殺していない。
 この一週間程度で3体ほど。どれもこれも似たような人外で、人の真似をして生きていた。

 しかも通り魔的に、すれ違いざまに触れただけ。
 だから格闘などまるで経験がない。……必要だろうか。消えたり現れたりする人外相手に。

童女「いやね、君が生きる意味を知りたいという子が――」

 たったたったたったたー、てってーててー、と。
 何か古臭い電子音が鳴り、童女が止まる。

童女「あるえ、『孤独』ちゃん、何かあったのかな。ちょっとごめんねー」

 ごそごそと袂を弄り、携帯電話を取り出す童女。
 ……前に見かけたものより重そうだけど、たぶん携帯電話だ。

童女「やっほやっほ。順調? ……え、ほんと? いやそりゃそうだろうけど」


 それよりも、この童女は何といった。
 私が、生きる意味?

 くだらない。私の能力を知ってなお、それを問うなど。
 私は人外を殺すために生まれ、生きている。

 この力をもった時点で、それは自明だった。
 生まれた時には、もうこの能力を知っていた。使い方も、使えばどうなるかも。

 それはきっと、私にそう生きろと示してくれている。
 だから私は人外を殺すし、これからも殺し続ける。

童女「うん。おっけー。じゃあ5秒後に」

 電話を切った童女に、そんなわかりきったことを伝えようとして――

童女「というわけで、ばいばーい」

「は?」

 ぶつん、と意識が切れた。

―――

少女「はい、おしまい」

 電話を切って5秒後、少女は人外殺しの人外の額から、何かを引きずり出す。
 人の頭ほどの大きさのそれは、もやのように曖昧で、ぼんやりと光っていた。

少女「ようし、成功成功。精神飛ばしたまま食えればもっと良かったが、まあ止むを得んからな」

「……何を、したんですか?」

 少女は自信を思い出消し屋と言う。
 その言葉から察するにこのもやが「思い出」なのだろうけれど。

少女「万象に対する感情を奪った。これでこいつは何事にも感動しないし、関心も抱かない」

少女「人外の本体は肉体ではなく精神……そして、その在り方だ」

少女「自分はかくある存在で、かくあるべき存在であるという自覚」

少女「要するに、自身の在り方に対する興味関心を奪えば――」

 少女が言って、未だ横たわる人外殺しの人外の体を蹴飛ばすと――

少女「簡単に崩壊してしまう、というわけだ」

 ――その体は塵となり、宙を舞った。


少女「やれやれまったく。……うげ、物凄く薄味だ」

少女「牛乳飲んだ後のコップでそのまま水を飲んだ感じ。空気のほうがまだうまい」

 引きずり出した思い出をつるりと飲み込んで、少女は眉間にしわを寄せる。
 薄味、というのは人外殺しが生まれて間もない人外だったからなのだろうか。

「……結局、この子は何のために生まれたのでしょうね」

 最後まで聞き出せなかったことを、ぼそりと口にする。
 今言うと少女に対して不満を言っているように聞こえてしまうかもしれない、ということには数秒後に気づいた。

少女「ん? ああ、そういえばそれが知りたくて来たんだったな、貴様」

 けれど、事実として私は人外殺しの人外からそのことを聞けなかったのを不満に思っている。
 少女から教えてもらえるとは到底思えない。少女だって、彼女について知っているわけではないのだから。

少女「当然。この人外殺しの人外は」

少女「そういう能力を持って生まれたから、そういう風に生きようとしたのだろうな」

 ――、

「――、へ?」


少女「ええと、そうだな」

少女「我々人外の姿が、人間のものと酷似している理由は何だと思う」

 人外が、人間に似ている理由。生まれた時からこの姿をしていて、それが当たり前だと思っていたけれど。
 改めて考えると不思議だ。中身はまるっきり違うのに、外見は似ているし人間の言語も使える。

「……人間社会に溶け込めるように、とか」

少女「いいや、逆だ」

少女「我々の姿と人間の姿が偶然似ていたから、人間社会の中で生活できているにすぎない」

少女「鳥に何故翼があるか。それは偶然翼をもつ種として生まれたからだ」

少女「犬は何故鋭い牙をもつか。それは偶然鋭い牙をもつ種として生まれたからだ」

少女「翼があるからそれを使って飛ぼうとするし、牙があるからそれを使って獲物を捕らえる」

少女「人外殺しは、人外を殺す能力を持っていたから人外を殺したんだよ」


「――、そんな」

 いいのだろうか。そんなに簡単で。
 持つべくして持った力ではなく、手元にあったから使うような、そんなことで。

少女「気に食わないか?」

少女「だが生まれる前から意識がある存在など、この世にあるまい」

少女「かくありたいと望んで持った能力ではなく、持っていた能力にあとから意味づけをしているに過ぎないんだよ」

 ……そういわれてしまえば、反論はできない。
 事実、似たようなことを先ほどしてしまったわけだし。

少女「そこで、『万能』に聞くが」

少女「――貴様が偶然持っていたその能力を使って、何をしたい?」

「――」

 言われて、やっと、気づいた。私が人外殺しの生きる意味を聞きたかった理由に。
 私は、私自身が生きる意味を知りたかったのだ。


 私が人外として持つ能力は、新たに生まれた人外の能力を使えるようになる能力。
 それ自体には何の価値もなく、使えるようになる能力も所詮は借り物。

 私には唯一性がない。私にできることは、すなわち他の人外にもできること。
 代用品にもなれるか怪しい私だから、自分が生きる意味を理解できなかった。

 だから、私から見て生きる意味の分からない人外が何故生きているのか、ということは参考にできると思ったのだ。
 人外を殺す能力を持つ人外なんて、自己矛盾にもほどがある。真っ先に自分を殺してしまいそうなものだ。

 だが、その理由が後付けであるならば。そういった自己矛盾に目をつぶって生きていくのは難しくないことではないか。
 
「――、私は」

 童女に「万能」と名付けてもらった、この能力。
 上手にできることは何一つないけれど、何でもできるこの能力に、どんな意味をつけるか。

少女「ふむ、何となくわかったようだな」

少女「いやあ私も昔それがわかってなかった時期があってなー。懐かしいやら恥ずかしいやら」

少女「どうせ後付けで決めた生きる意味なんて、あてにならんというのに」

 私がとらえたより軽い気持ちで言われていた。


少女「ただ、私だって重い使命を課せられて生きているわけじゃない」

少女「というかそんな存在があってたまるか。インテリジェントデザイン理論は現代的とは言えん」

 誰かが私という存在を望んで私を作ったなら、きっとそれに応えるために生きるだけで良かった。
 そんなわけがない。私は気づいたら生まれていたが、「このために生きろ」など言われたことがない。

少女「適当に理由つけて生きるがいいさ。途中で気に入らなくなったらまたその都度理由を作ればいい」

少女「そんなものであろう。誰だって」

 なんというか、肩透かしを食らったような感じがするけれど。
 それでも、肩が軽くなるような、そんな気がした。

少女「……しかしまあ、貴様を万能と呼ぶのもなんだか気に食わんな」

少女「とはいえ貴様、わかりやすい特徴もなぁんにもないからなあ」

――

「……」

 少女と別れ、街を歩く。
 わかりやすい特徴もなく、万能とも言えない私が。

 であれば、私は何者になろう。
 どんな特徴を持って、何をする人外になろう。

 例えば、私は今回人外殺しの人外を処分するのに力添えできた。
 他には何ができるだろう。これから私は、いろんなことができるようになる。

 少女が思い出消し屋であるなら、私は何でも屋だ。
 人外が何か悪さをしたときその被害を抑えることだってできるし、きっとほかにも何かできることがある。

 ……外見も、そういえば変えることができる。
 偽物の人外の能力は使えるし、外見的な特徴も作れる。


 わかりやすい特徴がない、と言われたのだから、作ってしまえばいい。
 少女がああいう姿なのだから、では私は正反対にするのはどうだろう。

「……まあ、いいでしょう」

 周囲に人はいるけど、どうせこれからかかわるわけでもないのに気を使う必要はない。
 偽物の人外の力を使って、体を作り変える。ざわつく声が聞こえるけど関係ない。

 めきめきと、音が聞こえる。
 今ある姿を、新たな姿で押し出していく。

 少女が小柄で幼児体系なのだから、私は長身で、大人に。
 新しい姿で、私は新しく生きていく。

――

巨乳「このように人間らしさアピールをすることで人気稼ぎができるんじゃあないかと思いまして」

少女「まさか貴様の性根の悪さを私のせいにするつもりか」

終わり

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