瑞希「いやだなー、こわいなー……ぶるぶる」 (55)

怨霊!アイドル肝試しホテルでも幽霊役を務めた真壁瑞希が、夏の一夜に怪談を語ってくれるようです

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瑞希「こんばんは、真壁瑞希です。えっへへー、みんな元気ー?」

瑞希「いえ、これから怖い話をするので、先にテンションを上げておこうと」

瑞希「……はい、失敗です、恥ずかしいです」

瑞希「こほん。さて、これから私の所属する765プロシアターからお客様を招待して、怖い話を披露します」

瑞希「背筋の震えるような怪談ばかりを取り揃えました」

瑞希「あまりの怖さに悲鳴を上げたり、逃げ出したりしないよう……」

瑞希「最後まで、たっぷりとお楽しみください。どうぞ、ぶるっと、ぞくっと」

瑞希「それでは最初のお客様をお呼びします、お入りください」

千早「こんばんは、如月千早です」

瑞希「こんばんは、真壁瑞希です」

千早「あの……私はカメラに自己紹介を」

瑞希「はっ、これを」

千早「え、これは、カンニングペーパー? ……『えっへへー、みんな元気ー?』」

瑞希「カメラに向かって、元気よくどうぞ」

千早「真壁さん、これは一体」

瑞希「怖い話をしますが、テンションは上げなくて大丈夫ですか?」

千早「ええと……この台詞でテンションは上がらないと思うけれど、ええ。それに怖い話はテンションを上げなくても」

瑞希「……」

千早「……」

瑞希「一人目のお客様は歌姫・如月千早さんです。ぱちぱち」

千早「どうも、よろしくお願いします」

瑞希「任せてください、泣かせます」

千早「!?」

瑞希「あ……怪談で泣かせます」

千早「そ、そう……それでは」

瑞希「はじまり、はじまり」

ある家族の話です。
その家庭は父親、母親、息子の三人家族でした。
結婚して、子供も生まれ、順風満帆、仲の良い家族と近所でも評判でした。
けれどある時を境に、家庭は一変しました。
父親の勤めていた会社が倒産。父さんの会社が倒産したのです。

千早「ぶふ!!」

それからというもの、父親は働きにも出ず家で酒ばかり……あの?

千早「父さん、父さ……倒産、ふふっ、とうさ、うふふふふふ!」

私の怪談、笑い話に聞こえていたのかも……困ったぞ、瑞希。
如月さん、ひとまずお茶でも飲んで落ち着いてください。

千早「ふふ、うふ、ふっふふ……ありがとう、まか、真壁さん、ふふ!」

大丈夫ですか? 初めから話しなおしますか?

千早「いえ、大丈夫、ふふ……続けて、っふ」

まかべー呼ぶ人間違えたなww
支援だよ

>>2
真壁瑞希(17) Da
http://i.imgur.com/lAZkZCW.jpg
http://i.imgur.com/88chXiA.jpg

>>3
如月千早(16) Vo
http://i.imgur.com/K2SQjPG.jpg
http://i.imgur.com/8cqz4xd.jpg

はい。
それからというもの、父親は働きにも出ず家で酒ばかりを飲んでいました。
母親がパートで稼いだ僅かなお金も、博打に消えて行きました。
食事を作っても、気に入らないことがあると机ごとひっくり返したり、時には母親への暴力も振るいました。
そんな日々がどれだけ続いたでしょう、母親は骨のように痩せ細って行きました。
まだ30も半ばだというのに、髪にも白いものが混じっていました。
如月さん?

千早「いえ、大丈夫。気にしないで」

……はい。
そして、とうとう母親が倒れました。
息子は泣いて取り縋りましたが、返事はありません。
父親はまるでゴミでも捨てるように母親の体を車に積み、そして遠くの山に母親を埋めて来ました。
何も知らない息子は、お母さんはどうしたの、お母さんはいつ帰って来るのとしきりに尋ねました。
けれど父親はしつこく聞いて来る息子を平手で一打ち。酒を煽ってそのまま寝てしまいました。

千早「……酷い」

翌朝、息子はもう母親のことを聞いては来ませんでした。
それからしばらくの間、母に掛けられていた保険金で二人は暮らしていましたが、お金は使えばなくなります。
息子が中学生になる頃には、残されていたお金もすっかりなくなっていました。
父親は息子を殴りつけ、働くように命じました。
息子は口答え一つ、嫌な顔一つせずに朝は新聞配達、夜は年齢を偽り工事現場でせっせと働きました。
しかし、どんなにお金を稼いでも全て父親の酒代に消えていく。
いつしか、あの家はろくでなしの父親と不憫な息子の家だと、近所でも噂になっていました。

母親の姿がないこともまた、噂を盛り上げるのに一役買っていました。
やがて、あそこの家は母親が父親に愛想と尽かして出て行ったとか、母親が耐え兼ねて自殺したとか。
遂には、母親は父親に殺されたとか……そんな噂も流れ始めました。
父親は自分の犯行がバレたのだと焦りました。
全てが露見し、いつ警察が家のドアを叩きに来るかと毎日怯えていました。
その恐怖から逃れるようにそれまで以上に大量の酒を飲み、また息子にも幾度となく暴行を加えました。
どことなく近隣の住民も察し、どんどん噂は大きくなっていきました。
あの家は父親は極悪人なのに、息子は聖人君子のような善人だ。
父親は悪いのに、息子は良い。
親悪い、子は良い。
おやわるい、こはよい、おやわるいこはいい、こわいい、こわい、怖い話……。

千早「ぷふー!!」

お茶が零れましたよ、如月さん。このハンカチを使ってください。

千早「うふふ、ふふ、またダジャレじゃない! どこが、どこが怖い話っ、うふふふ!」

おお、笑い過ぎて涙が。目標達成、だぞ……ぶい。

千早「ふふふ、こわ、怖い、ふふっ、子は良い……!」

まだしばらく掛かりそうです、そのままお待ちください。

瑞希「落ち着きましたか?」

千早「ふ、ふふ……ええ、どうにか」

瑞希「お楽しみ頂けたようで何よりです」

千早「怖い話はどこに行ったのかしら……」

瑞希「怪談がいつの間にか漫談にすり替わるという恐怖を」

千早「……私には少し、難しかったみたい」

瑞希「それは残念です。よければ、お口直しに面白い犬の話を」

千早「それは怪談なの?」

瑞希「はい、頭からつま先まで、目も鼻も舌も真っ白な犬です」

千早「じゃあ、そちらを聞かせてもらおうかしら」

瑞希「顔も体も尾も白い犬、面白い犬」

千早「ぶっは!!」

瑞希「一人目のお客様、如月千早さんでした」

千早「あははははっはは! おもし、おも、尾も白い……! ぷふ!」

瑞希「はい?」

瑞希「真っ当な怪談のつもりでしたが、違いましたか?」

瑞希「……違いましたか」

瑞希「……ダジャレはNGですか」

瑞希「では、今度は定番の怪談を話そうと思います」

瑞希「どれがいいかな……怖がらせるぞ、ふんす」

瑞希「お待たせいたしました」

瑞希「二人目のお客様をお呼びしましょう、お入りください」

歩「グッリブニーン! みんな元気ー? 舞浜歩です!」

瑞希「こんばんは、舞浜さん。よろしくお願いします」

歩「こちらこそよろしく! ん? 何これ……『えっへへー、みんな元気ー』?」

瑞希「片付け忘れてました。如月さんへのカンペです」

歩「へー、これ言った方がいいの? えっへへー! みんな、元気かなー!?」

瑞希「ハイテンションですね、見習いたいです」

歩「あははは! 瑞希は今のままでも充分面白いよ!」

瑞希「私、面白いですか。意外な意見です」

歩「うんうん、瑞希は……あーっと、番組進めなきゃだ」

瑞希「そうでした。舞浜さん、泣かせます」

歩「!?」

瑞希「あ……怪談で怖がらせて、泣かせます」

歩「な、なんか説得力あるなぁ、程々で頼むよ? それじゃ!」

瑞希「はじまり、はじまり」

これはアメリカで実際にあった話だそうです。
アメリカと言えば、舞浜さんも一時期暮らしていたとか。

歩「ちょっとの間だけどね! アメリカは面白い国だよ、あっち見てもこっち見ても全部デカいんだ!」

私も、アメリカで暮らせば大きくなるのかな……あれとか、それとか。
話を続けます。

歩「おっと、止めちゃってごめんね」

いえ。
これから話すのは、そのアメリカに暮らしていた一人の少女の話です。
彼女は恵まれた容姿と人当たりの良い性格で、同じ高校に通う誰もが知っている程の人気者でした。
けれど、そんな彼女にも一つ悩みがありました……家から学校までの距離が遠かったのです。
彼女は運転免許も持っておらず、毎朝父親の車に乗って送ってもらっていました。
そんなある日、彼女の父親は足の骨を折ってしまいました。
その姿は見ているだけで痛々しく、とても車の運転は出来ません。
彼女は悩みましたが、一つの決断を下しました。
高校に附属していた学生寮に入ることにしたのです。

彼女が案内されたのは二人部屋でしたが、同居人がいない空き部屋ということで、広い部屋を一人で使うことになりました。
ベッドや机も二つずつありましたが、後に入居をする人の事も考えて片方だけ使うように指示されました。

歩「高校生で一人暮らしかー、アタシも昨日のことみたいに思い出すなあ……」

荷物を運び込み、荷解きも大まかに済ませた彼女は他の部屋の生徒に挨拶しました。
人気者の彼女でしたから、みんなが快く迎え入れてくれ、歓迎パーティーも開かれました。

歩「うんうん、あっちの人はパーティー好きなんだよな」

シアターでの誕生日パーティー、私も好きです。
毎週のようにみんなでお祝い……楽しいぞ、ウキウキ。

歩「ただ羽目を外し過ぎちゃう奴もいて、困ったことも何度かあったよ。ケンカし出したり、床で寝たりとかさ」

舞浜さんの言う通り、パーティーにはしゃぎ過ぎは付きもの。
彼女の歓迎パーティーも、誰が持ち込んだのか、アルコールドリンクが混じっていました。
彼女もその事には気付いていましたが、自分を歓迎してくれているのに水を差すのは悪い、と一緒にお酒を飲んだのだそうです。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、12時を過ぎた頃にパーティーはお開きとなりました。
主賓の彼女はたっぷりと酒を飲まされフラフラの体を、同じくお酒の飲み過ぎでフラフラの親友に支えられながら部屋へと戻りました。
部屋に辿り着くと同時に二人は備え付けのベッドに倒れこみました。
しかしその日は、隣同士で寝るには暑い夜でした。
彼女は半分寝かかった親友を無理矢理引き剥がし、引きずるようにして向かいのベッドへと運びました。

ようやく一息ついて、彼女もウトウトし出した頃でした。
彼女の親友がゴソゴソと音を立て、うめき声を上げ始めたのです……彼女がよく耳を澄ませてみると。

歩「ごくり……!」

うっぷ、吐きそう、やばい、やばーい。

歩「って、ただの飲み過ぎかよ!」

呆れた彼女は親友を引きずるように部屋を出て、お手洗いへと連れて行こうとしました。
が、部屋を出るまでは大人しかった彼女がお手洗いの前からは自分の足でズンズン歩き、彼女の腕を引っ張るのです。
痛いほど強く握られた腕を離すよう、彼女も文句を言っていましたが、結局親友の部屋に着くまで離してもらえませんでした。
様子をおかしく思った彼女が顔を覗き込むと、親友は唇まで青くなっていました。
彼女はまた腕を掴まれ、強引に親友の部屋へと連れ込まれました。
鍵を後ろ手に締めて、親友は言いました。
今日は私たちの部屋で寝ろ、ベッドは私のを使っていいから、あんたの部屋には戻るな。
彼女には全く意味が分かりませんでした。
どうして自分の部屋で寝てはいけないのか、さっきまでと様子が違うのはどうしたのか、様々な質問を親友にぶつけました。
すると親友は困ったような、辛いような顔をして、そっと彼女の耳元で囁きました。



……あのベッドの下、誰か居たよ。

歩「あばばばばばばば!!」

瑞希「向かいのベッドに寝た親友には、彼女の寝ていたベッドの下が見えていたようです。誰がいたんでしょうか」

歩「あああアタシが留学してた時もそいついたの? そいついたの!?」

瑞希「舞浜さん、落ち着いてください。よくある作り話です」

歩「落ち着けるわけない! っていうか最初に、実際にあった話って言った! 言ってた!」

瑞希「ベッドの下には斧を持った男が、というパターンもあります」

歩「オーノー!」

瑞希「……舞浜さん、この番組はダジャレNGです」

歩「そんなつもりじゃない!!」

瑞希「舞浜さん、落ち着いてください。今舞浜さんは無事なので、きっといなかったはずです、多分」

歩「そ、そうだよな……はずとか多分とか言われると不安だけど、そうだよな……」

瑞希「ところで舞浜さん」

歩「はぁ、はぁ……な、何?」

瑞希「舞浜さんが今暮らしている家で寝る時は、布団ですか? それともベッドですか?」

歩「……マイガー!! もう瑞希なんてキライだー!!」

瑞希「嫌われてしまいました……あわわわ」

歩「くそう、まさか本当に泣かされるなんて」

瑞希「大丈夫です、作り話です」

歩「……ホント?」

瑞希「……多分」

歩「やっぱり瑞希なんてキライだー!」

瑞希「ぐさっ……すみませんでした。やりすぎました」

歩「……ホントに反省してるか?」

瑞希「はい」

歩「なら、許してあげてもいいけどっ」

瑞希「ありがとうございます。二人目のお客様、舞浜歩さんでした」

歩「今日一人じゃ寝られないよ……くそう、くそう……!」

瑞希「段々と恐怖研究家瑞希の血が騒いで来ました……ワクワク」

瑞希「はい、やり過ぎないように手加減はします」

瑞希「舞浜さんには、悪いことしちゃったな」

瑞希「まさか、向こうからダジャレが来るとは思いませんでした」

瑞希「今度はどの話にしようかな」

瑞希「どれがいいと思いますか? ……なるほど、ではこれにしましょう」

瑞希「お待たせいたしました」

瑞希「三人目のお客様をお呼びしましょう、お入りください」

千鶴「皆様ご機嫌麗しゅう、二階堂千鶴でございますわ! おーっほっほっほっごほ、げほほん!」

瑞希「三人目のお客様は二階堂さんです。ようこそ、瑞希のホラーハウスへ」

千鶴「お邪魔しますわ。あ、こちら差し入れです」

瑞希「ありがとうございます。二階堂さんから、熱々のコロッケを頂いてしまいました」

千鶴「喋りっぱなしで喉が乾燥してはいけませんから。それに丁度小腹も空いていた頃でしょう?」

瑞希「助かります、はむはむ……とても美味しいです。ほくほく、あつあつ」

千鶴「気に入って頂けたようで何よりですわ。それで、今日はどんな話を聞かせて下さるのかしら? 特にオチの辺りは」

瑞希「これから話すのはこのコロッケも関係している話です、オチは」

千鶴「お、オチは?」

瑞希「二階堂さん、それを言ってしまうと怖さが半減してしまいます。はっ、まさかこのコロッケは賄賂……」

千鶴「言いがかりですわ! 差し入れで気が緩んだ所を突いて少しでも我慢出来るよう小細工をなんて考えていませんわ!」

瑞希「違うのか、よかった。二階堂さん、一瞬でも疑ってすみませんでした。泣かす」

千鶴「怒ってるんですの!?」

瑞希「おっと。怪談で怖がらせて泣かせます、ホームラン予告です」

千鶴「そそそそれはたたたた楽しみですわ、では」

瑞希「はじまり、はじまり」

これはとある肉屋のお話です。

千鶴「!?」

二階堂さん、どうかしましたか?
怪談と言っても作り話なので、心配はいりません……手加減、手加減。

千鶴「作り話、そう、作り話ですの……そうね、わたくしとは関係の話、そうですわよね」

はい、安心して聞いていてください。
その肉屋は大変評判で、特にコロッケがジューシーな挽肉と甘い玉ねぎで絶品でした。
一口サイズの小さなコロッケで、小さな子供にもお年寄りにも大人気だったと言います。
あまりにもコロッケを買い求めるお客さんが多いので、肉屋もコロッケ専用の小箱を作って10個入りのまとめ売りを始めたそうです。

千鶴「中々商売上手な肉屋ですわね、参考になりますわ」

二階堂さんも、いつか飲食店を経営する予定なのですか?

千鶴「い、いえ! お金の流れを知るのはセレブの義務ですから! ノブレスオブリージュですわ!」

義務……なるほど。
この肉屋も、人気店故の義務を負ったと言えるかも知れません。
評判が評判を呼び遠方からも客が来る、他の肉屋はそんな人気を妬んだそうです。
あの美味しさの秘密はなんだ、どうすればあの味を出せるんだ?
何度もそのコロッケを買いに行っては試行錯誤した自分のコロッケと食べ比べ、味の違いに自信をなくす。
何日も寝ずにああでもない、こうでもないと工夫を凝らす日々が続きましたが、結局謎は解けませんでした。
どうしても味の秘密を知りたくなった他店の店主は、こっそり人気店の仕込みを覗くことにしました。
夜明け前、一番暗い闇の中でぼんやりと光る人気店の厨房。
他店の店主は音を立てないようにそっと近付いて、窓から中を覗くと……。

千鶴「の、覗くと……」

ぎゃああ!

千鶴「きゃああああ!?」

……悲鳴を上げながら、生きたままミンチマシーンに飲み込まれていく人間の姿がありました。
人気店の店主は悪魔のような笑顔を浮かべ、ミンチマシーンからはみ出た人間をぐいぐい中へ押し込んでいきます。

千鶴「ひゃああああ!?」

泣いて叫びながら家へと帰った他店の店主は、すぐに警察へと電話しました。
肉屋で人が殺されている、奴は客に人の肉を食わせている。
しどろもどろになりながらも、どうにかそれだけ伝えましたが、まともに取り合ってもらえませんでした。
それでも泣きながら警察を説得して、やっと動いてもらえたのはすっかり日も上った頃でした。
揚げ油の香りが漂う店内を捜査してみても、それらしい証拠も見つかりませんでした。
捜査は、他店の店主の嫉妬から出た妄言ということに落ち着きました。

千鶴「で、でもコロッケの中には」

そう思った他店の店主は、すぐにコロッケの中も検めるよう警察に言いました。
が、やはり何の証拠も出てきません。
他店の店主は気がおかしくなったのだろう、と警察も呆れていたそうです。
人気店の店主は哀れに思い、他店の店主にコロッケを一箱持たせて帰しました。

千鶴「一体、どういうことですの……?」

夕暮れになるまで長時間捜査したにも関わらず、何の証拠も出て来ない。
あれは何かの見間違いだったんだろうか、本当に俺は気がおかしくなったんだろうか。
他店の店主がそんなことを考えながら、俯いて帰っていた時でした。
……ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ。
後ろから濡れたような足音が聞こえました。
振り返って、夕闇の中に目を凝らしても誰もいません。
悪寒を感じた他店の店主は、早歩きでその場を離れました。
……ぴちゃぴちゃぴちゃ。

千鶴「ひっ」

音も早足で追いかけて来ます。
もう一度振り返っても誰もいない。
恐ろしくなった他店の店主は一目散に走りました。
……ぴちゃぴちゃぴちゃ!

千鶴「ひぃっ!」

もう他店の店長は振り返らずに走り抜けました。
息を切らしながら家の中へ入り、すぐに鍵を閉めました。
ようやく一息ついて、そこでふと思い出しました。
今手に持っているのは何だ……あの店のコロッケだ。
あの恐ろしい、人肉入りのコロッケだ。
震える手で開いたその箱の中には……。



一つもコロッケが残っていなかったそうです。

瑞希「コロッケ、私一人では食べきれません。二階堂さんもどうぞ」

千鶴「この流れで勧めるなんてどういう神経してますの!」

瑞希「もぐもぐ、ごくん……すみません、オチを話し忘れてました。ミンチマシーンは徹夜続きで見た幻覚です」

千鶴「!?」

瑞希「濡れた足音は電線に並んだカラスが順番にフンをしていただけ、なくなったコロッケは箱の蓋にくっ付いていたそうです」

千鶴「何ですのそのふざけた話!」

瑞希「何と言われてもそういう話ですから、仕方ないです」

千鶴「コロッケは普通くっついたりしませんわ!」

瑞希「密封性の高い箱で、篭った蒸気のせいでコロッケと蓋の接する部分がふやけていたそうですよ。コロッケ食べませんか?」

千鶴「人肉なんて入ってないのが分かってても、こんな話の後では食べられませんわ!」

瑞希「そうですか。では後でスタッフの方たちに配りましょう」

千鶴「わたくし、帰らせていただきます!」

瑞希「二階堂さん、怖かったですか? 泣きましたか?」

千鶴「なな泣いてなんていませんわよ! んもう! ……んもう!! ごめんあそばせ!」

瑞希「敗北を知りたい。三人目のお客様、二階堂千鶴さんでした」

瑞希「本当においしいな、もぐもぐ。プロデューサーもお一つどうぞ」

瑞希「……」

瑞希「プロデューサー、そんなにそこから出たくないのですか?」

瑞希「腕だけ出してコロッケを取ったらまた隠れて、まるで動物のようです」

瑞希「は、人も動物でした」

瑞希「プロデューサー、カーテンの後ろの居心地はどうですか?」

瑞希「サムズアップ……快適なようで何よりです、はむ、もぐ」

瑞希「プロデューサーが側に居てくれるから、この収録も最後まで乗り切れそうです。無茶なお願いをしてすみませんでした」

瑞希「プロデューサーは、怖い話は苦手ですか?」

瑞希「その話はまた後でですか。はい、もう休憩も終わりですね」

瑞希「お待たせしました」

瑞希「四人目のお客様をお呼びしましょう、お入りください」

奈緒「こんばんわー、横山奈緒ですー! よろしくお願いしますー!」

瑞希「四人目のゲストは横山奈緒さんです」

奈緒「どもどもー、ミリオンシアターの横山奈緒こと横山奈緒ですーってそのままやないかーい!」

瑞希「これが本場の、一人のりつっこみ……ぱちぱち」

奈緒「拍手なんかいらんいらんインラインスケート! おもろいやろ笑ってええんやで瑞希!」

瑞希「横山さん、飛ばしてますね」

奈緒「阪神も私見習ってこれぐらい飛ばしてくれたらなーって余計なお世話やー! 今年は調子ええねん!」

瑞希「……もしかして緊張してますか?」

奈緒「まさか大阪千葉滋賀佐賀! そんな訳あらへんやろー!」

瑞希「横山さんが座っているその椅子」

奈緒「何!? なんか曰く付きなん!? 私もう座ってもうたやん何で先に言うてくれへんのー!?」

瑞希「いえ、さっきまで二階堂さんが座っていたんですよと……大丈夫ですか?」

奈緒「なんくるないなんくるない」

瑞希「アカン、みたいです」

奈緒「行ける言うてるやろー! それでは!」

瑞希「はじまり、はじまり」

昔々あるところに……間違えました。

奈緒「まだ出だし一行やで!?」

心配いりません。
ちゃんと、泣くほど怖い話を用意して来ました。

奈緒「私はー、別にー、昔話でもー、構へんけどー?」

なんくるない、なんくるない。
ある少年の話です。
彼は夜遅く、自宅の屋根に上がり、双眼鏡を使って街を眺めるのが好きだったそうです。
昼間とはまるで違う、静まり返った街を点々と音もなく照らす街灯や自動販売機。
風の吹く音に混じり、どこかの道を走る車の音やどこかの家から微かに聞こえる話し声。
この独特な世界を眺めるのが彼の趣味だったのです。

奈緒「けったいな奴やなー、私は騒がしい方が好きかな」

彼の家の正面にある長い坂道、その脇にある自動販売機を双眼鏡で見ていた時でした。
何かが物凄いスピードで坂道を下りてきたそうです。

奈緒「なっ何かって、何?」

双眼鏡で見直してみると、それは子供でした。
透けるように真っ白で、骨のようにやせ細った体、一糸まとわぬ姿でこちらに走ってくる子供でした。
落ち窪んだ目を見開き、歯をむき出しにした満面の笑みのまま、腕が千切れそうな程激しくこちらに手を振りながら、坂道を駆け下りてきたそうです。

奈緒「あかん奴や! あかん奴やん!」

双眼鏡越しにも関わらず、しっかりと目と目が合っており、どんどんこちらに向かって走ってくる。
少年は得体の知れない恐怖から、急いで屋根を下り、家の中へ入って戸締りをしたそうです。

奈緒「そやな、それが正し」

ダダダダダダ!

奈緒「ぎゃー!?」

屋根へと登る音、明らかに少年を探している様子でした。

奈緒「はー、はー、心臓止まるかと」

ダダダダダダ! ドンドンドンドン!

奈緒「ぎゃー!?」

屋根から下りて来て、それはドアを何度も叩いたそうです。
ガチャ、ガチャガチャ、ピンポンピンポン、ピンポーン、ドンドンドン、ガチャガチャ。

奈緒「ひぃ……!」

ドアノブを、呼び鈴を、ドアを、とにかく音の出る物全てを鳴らして、ここを開けろと叫んでいるようでした。
ん″ー、ん″ー、と呻くような声が混じり、またガチャガチャ、ドンドンドン、ピンポンピンポン。

奈緒「あかん奴やぁ……ほんまにあかん奴やぁ……」

数十秒か数分か、音が止み、それの気配がなくなった後も、少年は日の光が差し込むまで動けなかったそうです。

瑞希「朝になり、家の前に誰もいない事を確認してから玄関を出てみると……」

奈緒「……っ」

瑞希「もう時間のようです、続きはまた今度」

奈緒「気になるやん何があったん!? 玄関どないなってたん!?」

瑞希「横山さん、聞かない方が……」

奈緒「何があったん!? 少年は無事やったんやろ!?」

瑞希「……」

奈緒「少年に何があったん!? 何で瑞希黙ってるんー!?」

瑞希「そこまで知りたいなら、今夜メールで結末を」

奈緒「いややっぱやめて! そんなん一人でよう読まへん!」

瑞希「横山さん、私も最後まで話せず消化不良ですから」

奈緒「ぜっっっったい送ったらあかんで! 」

瑞希「フリ、でしょうか……ワクワク」

奈緒「あほー!!」

瑞希「四人目のお客様、横山奈緒さんでした」

瑞希「余りにも反応がいいので、またやり過ぎてしまいました」

瑞希「奈緒先生の元気さ、見習いたいぞ」

瑞希「関西弁が秘訣、でしょうか」

瑞希「……」

瑞希「なんでやねん」

瑞希「何か違う気がします」

瑞希「……」

瑞希「悩んでいる間に、もう休憩も終わりのようです。次はどの話がいいかな」

瑞希「お待たせしました」

瑞希「五人目のお客様をお呼びしましょう、お入りくだ……お客さん、いらっしゃーい」

伊織「は~い、みんなのアイドル水瀬伊織ちゃんで~す♡ 怖い話は苦手だけど、伊織、頑張りますぅ~!」

瑞希「五人目のゲストは水瀬伊織さんです


伊織「よろしくお願いしま~す! 瑞希ちゃん、あんまり怖い話しないでね?」

瑞希「これは本当にあった話です」

伊織「ちょ、もう始めるの?」

瑞希「ある所に、ステージの上では本性を絶対に見せない怖い女性が」

伊織「誰が怖いってえ?」

瑞希「ひっ。よろしくお願いします、水瀬さん……ガタガタ」

伊織「ったくもう、失礼しちゃうわ。で、その話の続きは?」

瑞希「今のは台本です、本題は別です」

伊織「ディレクターちょっとどういうことよ!!」

瑞希「水瀬さん、どうどう」

伊織「はっ……い、伊織いまの話すっごく怖かったです~。もう泣きそうです~」

瑞希「頑張って泣かせます、ご期待ください」

伊織「それじゃ♪」

瑞希「はじまり、はじまり」

水瀬さんの趣味は、海外旅行と聞きました。

伊織「まあね。最近は忙しくて全然だけれど、以前は月に一度は必ずどこかへ旅行してたわね」

すごい……私も旅行、行きたいな。

伊織「行きたい国があるの?」

フィンランドへ。
サンタさんに、一度ちゃんと会って、お礼を言いたいです。

伊織「サンタさん、ね。ついでにオーロラも見てらっしゃい、犬ゾリも楽しいわよ」

はい。
機会があれば、是非。
さて……これから話すのはそんな旅行先の話です。
歴史のある高層建築、赤い絨毯、シャンデリア、広くて綺麗な部屋。
とある高級ホテルに泊まった有名女優さんが、実際に体験したそうです。

伊織「ふーん、高級ホテルね……」

日々の仕事から解放され、のんびりと羽を伸ばしていた夜でした。
彼女は豪華なディナーを終え、シャワーを浴びてサッパリし、美しい夜景を眺めていました。
心の底からリラックスし、ソファーに座ったまま、ついウトウトとしかけた時の事でした。
ガチャ……。
ドアノブを回す音が、部屋に響きました。

伊織「どっ泥棒かしら」

恐る恐るドアスコープから廊下を見ても、誰もいません。
鍵を開け、ドアの隙間から廊下を覗いても、やはり誰もいません。
寝ぼけていたからありもしない音が聞こえるんだ、早く寝てしまおう……。
彼女はそう考えて、そのままベッドに入ったそうです。

伊織「空耳なんてよくあることよね、うん、よくある」

フカフカの枕とベッドに包まれ、眠りに落ちそうになった頃。
ガチャ……ガチャ……。

伊織「っ」

今度は聞き間違いではありませんでした。
ドアノブを回す音が、はっきりと聞こえました。
ガチャ……ガチャ……。
ドアを開けようと何度もドアノブを回す音。
しかし、鍵がかかっている為ドアは開きません。
ガチャ……ガチャ……。
淡々と、ドアを開けようと試みる音は、決して激しくはありませんでした。
ともすれば弱々しい音で、それがかえって不気味に感じられました。
ガチャ……ガチャ……ガチャ……ガチャ……。
彼女はどうする事も出来ず、ただベッドの中で震えながら、音が止むのをじっと待っていたそうです。

2時間ほど経った頃でしょうか。
彼女は部屋の空気が、ふっ、と軽くなったように感じられたと言います。
ドアノブを回す音は止み、何事もなかったかのように静かな部屋に戻っていました。

伊織「クレームよクレーム! 建て付けが悪いからそんなことになるのよ!」

彼女もすぐにフロントへ連絡して、部屋を変えるように言いました。
従業員は青ざめた表情で何度も謝り、すぐに部屋を変えてくれました。
変えてもらった先の部屋では、何か音が鳴るといった事もなく、疲れていた彼女はすぐに寝てしまいました。
翌朝。
ホテルを出る前に、昨夜の従業員に話を聞きました。
あの部屋で、昔何かあったのか。
従業員はバツの悪そうな顔で話し始めました。

伊織「ごく……」

最近、ある高翌齢のお客様が、あの部屋に泊まったことがあった。
しかし不幸な事に、チェックインしたその日の夜、心臓の発作で亡くなってしまった。
亡くなっていたのは部屋の内側、鍵のかかった扉の前。
急な発作の苦しみから、助けを求める為に部屋の外へ出ようとした。
しかし、気が動転して、鍵を上手く開けられなかったのではないか。
検死の結果では、何度か持ち直し、その度にまた発作が起きて、長い時間苦しんだだろうとのこと。
無念だったろうと手厚く供養をしましたが、今も尚、あの時間になるとドアノブを回す音が鳴る。
あの部屋を倉庫に改装する為、しばらく使用禁止ということにしていたが、手違いで貴女を泊めてしまった。

伊織「じゃあ……」

彼女は一晩、老人の亡霊と同じ部屋で過ごした。
その事実に気付き、冷や汗がどっと溢れ出したそうです……。

伊織「……ふぅ、大したことなかったわね」

瑞希「水瀬さん、来週の海外ロケも頑張ってください」

伊織「何であんたが私のスケジュール知ってんのよ!」

瑞希「水瀬さんも今や有名女優です。泊まりがけになると思いますが、頑張ってください……ふぁいと」

伊織「いい度胸してるじゃない、それじゃ伊織ちゃんのとっておき、メチャクチャ怖~い話をあんたに聞かせてあげ」

瑞希「……」

伊織「目に涙溜めながら震えないでよ、私がいじめてるみたいじゃない」

瑞希「構いません、水瀬さんの気が済むまで怖い話を……ガタガタ」

伊織「はあ、そんな気分じゃなくなっちゃったわ」

瑞希「そう言わず、レパートリーに加えようと思うのでお願いします……ぶるぶる」

伊織「じゃあ一個だけね? このスタジオ、昔スタッフの一人が照明に潰されて亡くなったんだって」

瑞希「……このスタジオで?」

伊織「そ、あんたが今居るこのスタジオ。じゃあね、残りも頑張んなさいよね!」

瑞希「ご、五人目のおきゃお客様ままま、水瀬伊織さんでした……」

瑞希「このスタジオに、今も霊が……」

瑞希「……」

瑞希「お化けなんてなーいさ、お化けなんてうーそさ」

瑞希「ねーぼけーたひーとが、見間違ーえたーのさ」

瑞希「だけどちょっとだけどちょっと、私も怖い……ぞくぞく」

瑞希「プロデューサー、ちゃんとそこに居てくださいね。一人だと、気を失ってしまいそうです」

瑞希「力強いサムズアップ、頼もしいです」

瑞希「あと一人、語り部瑞希、最後までやり遂げるぞ」

瑞希「お待たせしました」

瑞希「そ、それでは最後のお客様をお呼びしましょう、お入りください」

ひなた「おばんですー、木下ひなたでした」

瑞希「最後のゲストは木下ひなたさんです……でした?」

ひなた「えっと、これも方言だったべか。ごめんねぇ」

瑞希「いえいえ。木下さん、改めてよろしくお願いします」

ひなた「こちらこそよろしくお願いします、瑞希さん」

瑞希「まあまあコロッケどうぞ」

ひなた「いいのかい?頂きます、はぐ、あむ……甘くってなまら美味しいねぇ」

瑞希「二階堂さんからの差し入れです」

ひなた「千鶴お嬢さんにはコロッケやハムカツやもらってばっかりだわ、あたしもしっかりお返しせねばな」

瑞希「お返しは大事ですね、これから話すのはそんなお返しにまつわるお話です」

ひなた「楽しみだねぇ、したっけ……じゃなくて、そしたら」

瑞希「はじまり、はじまり」

昔々、ある所に一人の男がいました。
その冬はとても寒く、男は破れて潰れた薄い布団を買い換えることにしました。

ひなた「うんうん。ぺらぺらの布団じゃ風邪引いちゃうべさ」

早速布団屋へ行きましたが、誰も考えることは同じ。
男が店を訪ねた時には、布団はすっかり売り切れになっていました。
男がとぼとぼと帰りの道を歩いている途中のことでした。
一件の質屋に、布団有り〼の張り紙がありました。
男は大喜びして、最後の一組の布団を買い取りました。

ひなた「良かったぁ、また売り切れになっちゃうとこだったねぇ」

その夜も大層冷え込み、男は買ってきたばかりの布団を敷いて寝ることにしました。
新品のようにふかふか、とはいかないまでも、ぬくぬくとした布団の中。
すっかり夜も更け、男がぐっすりと寝ていた時でした。

ぼそぼそ、ぼそぼそ。
誰かの話し声がします。

ひなた「お客さんだろか?」

耳を澄ませてみると、どうやら家の外からする声ではありません。
家の中、いいえもっと近く。
横向きに寝転がったその背中で、ぼそぼそ、ぼそぼそ……。
よく聞いてみるとそれはこう言っているようでした。
あにさん寒かろう、お前寒かろう、あにさん寒かろう、お前寒かろう……。

ひなた「……」

二つの声が会話しているのを聞きながら、男はぶるぶると震え、キュッと目を閉じていました。
寝返りをうつことも立ち上がって逃げ出すことも出来ず、心の中で南無阿弥陀仏を唱えながら朝まで眠れませんでした。
翌朝、質屋に不気味な布団を返しに行くと、店の奥から店主が出て来て言いました。
その布団、やはり出たか……と。

ひなた「やはり?」

昔、とある店に二人の兄弟が住み込みで働いていました。
最初の内は景気も良く、毎日しっかりと稼ぎが出ていた人気の店でした。
が、どこでどう間違ったのか、ある時からふっつりと一足が途絶えてしまいました。
やり場のない怒りから店主は荒れ、従業員は八つ当たりされることが増えました。
そんな折、店主の大事にしていた茶道具を兄弟が壊してしまいました。

二人は外で寝ろと言いつけられ、着の身着のままと一組の布団だけを与えられて締め出されてしまいました。

ひなた「店主さん、なんてむごいこと……」

その夜は、雪が腰まで積もるような寒さだったそうです。
二人は布団に包まったまま、二度と目は覚ましませんでした。

ひなた「……」

その布団が流れ流れて一昨日この質屋に、そして昨日男の手に渡ったと言うのです。

ひなた「あにさん寒かろうっていうのは」

雪の降る中で、互いに布団を譲り合っていたのでしょう。
弟が兄に、兄が弟に、少しでも寒い思いをさせないように、と。
亡くなった後も、二人はずっと……。
男は布団を寺に持って行き手厚く供養してもらったそうです。
それからは、兄弟の囁く声は聞こえなくなったとか。
めでたし、めでたし。

ひなた「ぐす……寒い日はね、ばあちゃんがこうやってあたしの手を包んでくれるんだぁ。しばれるねぇ、冷やしちゃだめだよぉって」

瑞希「私も話していて、少し泣きそうに……うるうる」

ひなた「怖いけど、なんだかしんみりするお話だったねぇ。はい、ハンケチ」

瑞希「木下さん、ありがとうございます……ぐすん」

ひなた「これで、瑞希さんのお話は全部お終いかい?」

瑞希「はい。皆様いかがだったでしょうか?私の怪談、怖かったですか?」

ひなた「千鶴お嬢さんたちも怖い怖いって言ってたよぉ」

瑞希「ふふん。恐怖研究家として胸を張れます、ないですが」

ひなた「そろそろ番組の締めだってさ、瑞希さん」

瑞希「はい、最後のゲストは木下ひなたさんでした。恐怖は、テレビの前のあなたにも今正に迫っている……きりっ」

ひなた「またねぇー」

瑞希「ばいばーい」

ひなた「瑞希さん、長丁場お疲れ様でした」

瑞希「木下さんもお疲れ様でした。私がプロデューサーを独り占めしてしまい、戸惑うことも多かったでしょう」

ひなた「うん、瑞希さんの怪談聞いてプロデューサーも怖い怖いばっかり言って、あたしが出る直前まで会話出来なかったんだよぉ」

瑞希「?木下さん、今日は秋月さんがプロデューサーをやってくれたんですか?」

ひなた「?何言ってるべさ、律子さんは別の現場で撮影だよぉ。プロデューサーは、ほらあそこ、スタジオの入り口の」

P「おおおおお疲れ瑞希ひなた帰ろうすぐ帰ろう早く帰ろういやその前にお祓いお祓いしなきゃ!!」

ひなた「プロデューサー、落ち着いてよぉ……瑞希さん?」

恐る恐る、セットのカーテンを捲る。
人の姿はない。
視線を下げると、そこには……。










コロッケの包み紙に、血のように赤い文字。
……ごちそうさま、そう書かれていた。

おわり

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