優希「夏の終わり」【咲-Saki-】 (61)
――――七月
空を見上げれば燦々と輝く太陽
気持ちのいい風が吹き抜けていく
蝉の鳴き声に川のせせらぎ
いかにも夏真っ盛りといった風情だ
和「ゆーきっ! なにしてるんですか? 置いて行っちゃいますよー!」
優希「おおう、すまんすまん……今行くじぇーっ!」
……今年も、夏が来た。 暑い……熱い、夏が
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咲「ここに来ると、なんだか夏が来たって感じがするね」
和「はい、そうですね……来年も、また来たいです」
優希「来年は私たちが最上級生だじょ? 合宿所は自分たちで予約して来ればいいじょ」
和「……言われてみればその通りですね」
咲「でも、来年は衣ちゃ……衣さんたちはいないんだよね。 それはそれで寂しいかなぁ……」
和「そうですねぇ……」
去年もやって来た合宿所。 今年も、インターハイ前に……清澄、龍門渕、風越、鶴賀の四校合同で合宿をすることになった
染谷先輩が合宿所を予約してくれて……竹井先輩をはじめとしたOGも参加するらしい。 鶴賀のおねーさん方はともかく、風越のおねーさんはプロになっちゃったから予定が合わなそうだって話は聞いてるけど
和「……しかし、それも先の話です。 今はとにかく、全国に向けて特訓しなきゃですよ? 咲さん」
咲「あはは……そうだね、和ちゃん」
優希「そうだじょ! しっかりやってもらわんと困るじぇ! 長野の代表として恥じない活躍をしてもらわないとな!」
咲「……うん! 私、頑張るよ!」
和「当然です。 私はいつものように全力を尽くしますよ、ゆーき」
優希「その意気だじぇ! ……よし、散歩も終わりだ! あっついしさっさと合宿所戻るじょ!」
咲「あっ! 待ってよ優希ちゃん!」
和「ちょっ……走らないでくださいよ、ゆーき!」
優希「のどちゃんは胸の分走りづらそうだしなー」
和「なっ……む、胸は関係ないでしょう!?」
咲「……この場合は関係あるんじゃないかな?」
純「お、タコス娘じゃねーか」
優希「おう、来たのかノッポ!」
一「こんにちは、片岡さん」
透華「あらあら、わざわざお出迎えとはご苦労ですわね原村和!」
和「いえ、散歩をしていただけなんですが……またよろしくお願いします」
衣「ののか! 咲! 優希も! 大会ぶりだな! またたくさん打とう!」
咲「うん! いっぱい打って全国でも頑張ろうね!」
智紀「どうも」
まこ「よろしくのう……ほれ、あんたちも戻ったんなら卓の準備手伝いんさい。 ムロたちばかりにまかせっぱなしじゃかわいそうじゃろ」
和「あ……もう準備はじめてるんですか? ちょっと行ってきます!」
咲「あ、うん……私も!」
優希「汗もかいたしゆっくり風呂にでも入りたいんだが……まあ、仕方ないか。 さっさと準備してひとっ風呂いただくじぇ」
一「ああ、ボクたちも手伝うよ。 一緒に打たせてもらうわけだしさ」
透華「そうですわね……ハギヨシ、ご苦労様でした」
ハギヨシ「いえ……それでは、私はこれで。 何かあれば飛んできますのでなんなりとお申し付けください」
優希「はぁ……男子禁制だとこういうときにはちょっと面倒だじぇ……そっちの執事さんとか、うちの京太郎でさえ、いれば力仕事をまかせられるんだが」
智紀「こればかりは仕方がない」
一「でもほら、純くんがいるしさ」
純「オレは女だ! まあ、お前らよりは力もあるけど……さっ!」
咲「おお……力持ちだ」
純「感心してないで牌の方は持ってってくれよ……つーか国広くんちゃんと力いれてるか!? めっちゃ重いんだけど!?」
一「ちゃんと持ってるけど……純くんと身長違いすぎてバランスが……っとと……ちょっと、ともきー代わってくれない? ボクじゃ無理だよコレ!」
智紀「ん……よいしょ」
純「っと、……ふぅ、やっと安定した……」
和「大丈夫ですか? ……あれ、牌の方はどこに……」
裕子「先に持ってけそうだったんで持ってっちゃいましたよ。 今龍門渕の方が運んでくれてる卓で最後なので……」
和「あ、それはすみません……準備の方任せてしまって……」
裕子「まあ、こういうのは後輩の仕事でしょう」
優希「うむ! いい心がけだじょ、ムロ! あとでタコスを分けてやろう!」
裕子「それは……どうも、ありがとうございます」
まこ「ほれ、風呂入るならさっさと行ってきんさい。 風越と鶴賀のみんなが来るまでまだ少し時間があるけぇ」
優希「よっしゃ! 行っくじぇー!」
咲「優希ちゃんはほんとお風呂好きだね」
優希「タコスの次ぐらいにな!」
和「それは相当好きですね……」
優希「あ、もちろんのどちゃんの方が好きだから安心していいじょ?」
和「そんな心配してません。 知ってますから」
優希「こいつは一本取られたじぇ!」
一「……相変わらず仲いいね、キミたち」
――――――
純「にしても、去年も思ったんだが清澄もなかなかいい合宿所持ってるよな。 この温泉も結構広いしさ」
咲「たしかにそうですね……なんでこんな設備が……」
透華「まあ、我が龍門渕の施設には敵いませんけれど!」
優希「そりゃあ勝ち目ないじぇ」
まこ「人気の施設だからこの時期は普段は予約いっぱいなんじゃが……去年に続いて今年も全国大会じゃから、優先的に回してもらえてのう」
一「まあ、こういうところは力のあるとこから使う権利がおりてくるものだよね」
智紀「全国に備えて、出場校や有力選手のデータも収集してある。 確認する?」
咲「……その機械はお風呂で使って平気なんですか?」
智紀「防水してあるから大丈夫」
和「ダメだったらそもそもお風呂には持ち込まないと思いますよ?」
衣「今年はどんなやつらと遊べるんだ?」
智紀「だいたい去年見た顔だけど……」
和「穏乃たちは勝ち上がっていましたね」
透華「私たちも映像は確認していますわ。 晩成との勝負はギリギリでしたわね……」
智紀「大将の巽は個人戦の代表選手にもなっている。 こちらも注意」
咲「どんな人なんですか?」
純「見た感じ、去年奈良一位だった小走に似た選手だな。 基本に忠実なデジタルで特殊な打ち筋に対しての対応力も高い」
一「宮永さんや原村さんのレベルなら勝てない相手じゃないと思うけどね」
優希「他はどんな感じなんだ?」
智紀「白糸台は宮永照が抜けて戦力低下の感は否めないけど今年も勝ち抜いている」
衣「去年咲と打った大星は先鋒にオーダーされていたな」
優希「ダブリーとか五向聴とかインチキくさいじぇ……」
純「ダブリー自体は奴の手番前に鳴いて潰せばいいが……そもそも鳴ける配牌が来るとも限らねぇしな。 幸い、似たような特性がある衣もいるし対策はできるだろ」
一「他の出場校も姫松や千里山、永水や臨海と見た顔が多いね……」
透華「臨海はダヴァンと辻垣内が抜けて相手取るには手応えが無さそうですわね……」
智紀「とはいえ、留学生陣は相変わらず強力。 先鋒は……たしかに、去年の辻垣内に比べれば格が落ちると思うけど」
和「そういえば、花田先輩の新道寺も勝ち抜いてしていましたね」
純「あそこも白水の穴は埋めきれてなさそうだな……つーかお前、もしかして知り合いの学校しかチェックしてないだろ?」
和「それは、その……相手が誰であろうと関係ありません。 全力を尽くすだけです!」
咲「和ちゃんは変わらないね……」
衣「そういう咲だってどうせろくに知らないのであろう?」
咲「……わ、私はそういうの詳しくなくって……」
純「個人戦の選手なんだから多少は自分で調べろよ……」
まこ「ふたりとも回りに関心が薄くてな……わしらがいちいち情報集めて渡してやらんといかん」
優希「まあ、そもそも咲ちゃんパソコンできないしな」
透華「……映像からいちいち書き起こすのも手間ですし、それでは大変でしょう?」
咲「……そ、染谷先輩がやってくれるので」
まこ「……頼ってくれるのはうれしいんじゃが、来年にはわしも居らんくなるんじゃからな?」
咲「……はい」
まこ「……そろそろあがるかのう。 他の二校もそろそろ着く頃じゃろ……データの確認も風呂でするより効率がええけえね」
透華「それもそうですわね。 お風呂はいつでも入れますし、打てるだけ打ちましょう」
衣「そうだな! 衣もたくさん打ちたいぞ! ほら、咲! ののか! 早く行こう!」
咲「う、うん……そうだね、いっぱい打たなきゃもったいないよね」
和「それでは、あがりましょうか……ゆーき?」
優希「んー……私はもうちょっと長風呂したい気分なんでな。 先にあがっててほしいじぇ~」
純「……お前、協調性ないな」
優希「ほっとけノッポ! ……ああ、フルーツ牛乳とタコスの準備をしといてくれ」
純「……はいはい。 あがったら一勝負しろよ? お前と打つのも楽しみにしてんだから」
優希「おう、まかせとけ!」
優希「…………」
いいお湯だ。 これだけ広い温泉を独占だなんて、本当ならもっともっと気持ちいいんだろうけど……
優希「………………はぁ」
モヤモヤとした気持ちが晴れない。 どうしても、心の整理がつかない
優希「………………………………」
清澄は、県大会決勝で敗退した
優勝したのは龍門渕高校
…………みんな、一生懸命戦った。 その結果の敗北だ。 悔いがないとは言わないが、仕方がないとも思う。 元々戦力は拮抗して……いや、部長……じゃなくて、竹井先輩が抜けた以上こちらの方が一段下になっていただろうか
天江衣をはじめて見たときの衝撃は忘れられない……それは、咲ちゃんと会ったときにも感じたものだったし、去年の全国で数多のエースたちと打ったときにも感じたものではあったけれど
優希「…………」
個人戦の選手は、龍門渕のお姉さんに、のどちゃんと咲ちゃん
ふたりは、去年に続いての全国出場だ
それに比べて私の結果は八位……去年の十五位に比べても明らかに進歩しているし、手応えもあったけれど……ふたりには、及ばない
優希「…………」
団体戦で敗退して、個人戦でも全国出場は叶わなかった
優希「…………」
私の夏は、終わったんだ
優希『ただいま戻ったじぇ!』
裕子『お疲れさまです、優希先輩』
京太郎『ほれ、タコス用意してあるぞ』
優希『ご苦労! ……ごめん、稼ぎ負けたじょ……』
まこ『あんたは井上と相性あんまよくないけぇ、気にせんでええよ。 むしろ二位で回してくれたことを褒めちゃるわ』
和『ええ、この点差ならすぐにでもひっくり返せます。 ゆーきはよくやってくれましたよ』
咲『みんな後ろにいるんだから大丈夫! まかせてよ』
まこ『んじゃ、かわいい後輩の受けた借りを返してくるけぇね』
優希『頼んだじぇ! 染谷先輩!』
……あの時はまだ、全国出場を疑っていなかった
トップでバトンを繋げなかったのは悔しかったけれど、みんなのことを信じていたし、何かあったとしても最後には咲ちゃんが何とかしてくれると思ってた
優希「…………やっぱり、咲ちゃんに頼りすぎてたのかな……」
咲ちゃんは、強い
それに、のどちゃんもだ
去年の全国でも、私はほとんどマイナスで……後ろのみんなに取り返してもらって、最後に咲ちゃんが決める展開が多かった
個人戦でも咲ちゃんとのどちゃんは優秀な成績を残したし、国麻に秋期、春期の選抜……どの大会でもふたりは私よりもいい結果を出した
世界ジュニアにも選抜されて、もっともっと大きな舞台でも戦ってきた
優希「…………」
みんなの足を引っ張ってるんじゃないかと思うと、不安だ
(負けたのは、私のせい?)
全力を出しきっても届かない自分の力の無さが、悔しい
(勝てない、どうしても)
全国に行ける龍門渕が、妬ましい
(去年は、笑顔で送り出してもらっているのに)
……咲ちゃんとのどちゃんに置いていかれるような気がして、怖い
それに…………染谷先輩は、最後のインターハイで……
優希「…………」
優希「…………」
優希「…………お風呂、あがろ」
――――――
華菜「よう、のんびり長風呂とはいいご身分じゃないかタコス娘!」
優希「ん……おお、イケダ! もう来てたのか!」
華菜「池田さんだろ? もしくは池田先輩! 上級生には敬語使えー?」
優希「おいノッポ! フルーツ牛乳を寄越せ!」
純「ほらよ」
華菜「先輩を無視すんなし!」
和「……あの、ゆーき?」
優希「ん? どうしたのどちゃん?」
和「…………いえ、なんでもないです」
優希「そっか!」
…………どこか不自然だったかな?
自分で言うのもなんだが、私は明るく元気な笑顔の似合う美少女だ
のどちゃんは私のこと大好きだし、付き合いも長いものだからちょっと元気がないとすぐに気づかれてしまう
……へこんでる理由も理由だし、心配もかけたくないからなぁ
ちゃんと、元気なところを見せないと……合宿自体は長野のみんなと打てるわけだし、元々楽しみにしてたんだから……大丈夫だ、うん
優希「……鶴賀のみんなは? もう来たのか?」
華菜「奥でダウンしてるよ。 ほら、前部長の蒲原の車で来たから……」
純「……あいつら、なんで危ないのわかっててアレを使うかな」
華菜「交通費の節約だろ?」
優希「ジェットコースターみたいで面白そうだけどなー」
和「……ジェットコースターだって十分怖いです」
華菜「原村は絶叫系ダメかー」
純「まあ、ジェットコースターなら命の危険は無いけど車となると……」
和「え……」
純「乗ってる人間だけじゃねぇ……もしかしたら横断中のお年寄りや子どもを……」
和「や、やめてください!」
純「あいつ、ブレーキと間違えてアクセル踏み込んだりしそうだよな」
和「やめてくださいってば!」
華菜「いや、直接見たことは無いけど相当ヤバイらしいし……下手したら冗談じゃすまないかも……」
智美「ワハハ 久しぶりだっていうのに酷いなー」
優希「あれ? みんなダウンしてたんじゃ……」
華菜「運転手まで酔ってたらヤバいだろ……」
智美「そもそもだな、私だってこの一年で運転も上達したんだ。 そんな事故とか酷いことが起こるわけないだろ?」
和「そ、そうでしたか……それはよかったです」
純「……上達したならなんでまとめてダウンしてるんだよ」
智美「不思議だな?」
華菜「わかってないことの方が不思議だし」
智美「ああ、そんなことより……竹井さんも乗せてきたんだ。 染谷さんたちが面倒見てるぞ?」
優希「なんと! 竹井先輩も来てたのか!」
和「挨拶しに行きましょう、ゆーき!」
智美「なんだか調子悪そうだったから水かなんか持ってってやるといいと思うぞー?」
優希「了解だじぇ!」
純「……まず間違いなくお前のせいだろ?」
智美「ワハ? どういう意味だー?」
華菜「……突っ込むだけ無駄だし」
優希「竹井せんぱーい!」
久「あ……優希……元気そうね……」
優希「……大丈夫ですか?」
和「真っ青ですけど……お水どうぞ」
久「ありがと……うぅ……大丈夫じゃない……予想以上にヤバかった……」
まこ「なんで危ないの知っててわざわざ乗ってきたんじゃ……」
久「乗せてってくれるって言うし、交通費の節約も兼ねて興味本意で……うぷっ……ダメだわコレ……まこ、膝かして」
まこ「布団があるじゃろ」
久「まこの方がいいもん」
まこ「…………」
久「うわ、そこまで嫌そうな顔されると傷つくわー」
まこ「はぁ……あんた、人前で恥ずかしくないんか? それにわしは今、準備やらなんやらで忙しいんじゃ」
久「久しぶりなのに冷たーい」
まこ「あんた県大会の時来てたじゃろ……」
久「もういい! そこまで言うなら浮気してやる! 咲! 私の咲! カモン!」
咲「……え? それで呼ばれたんですか? 別にいいですけど……」
久「あ、ありがと……うげ……ぇ……」
咲「ちょ、先輩本当に大丈夫なんですか……?」
久「うう……ちょ、っと……はしゃいだら、余計に……」
まこ「……あんたいったい何しにここまで来たんじゃ」
久「みんなに会いに来たに決まってんでしょ」
まこ「……ほうかい」
久「うぇぇ……気持ち悪……」
まこ「…………はぁ」
ゆみ「ま、まあ……そう言ってやるな、染谷…………そこまで話せるだけたいしたものだよ、久は……」
睦月「うむ……う……うぇ……」
優希「だ、大丈夫なのか!? 無理しなくてもいいんだじょ?」
佳織「さ、智美ちゃんは……?」
和「あちらで池田さんたちとお話してますが……」
佳織「そう……うん、ならいいや……」
優希「……あれ? モモちゃんは?」
桃子「いるっすよ?」
優希「おっと……こっちか…………なんだか元気そうだな?」
桃子「蒲原元部長の車、楽しいっすよ? いろいろと」
和「……いろいろ?」
桃子「いろいろはいろいろっすよ、おっぱいさん」
和「……いい加減その呼び方はやめていただきたいのですが」
睦月「と、とにかく……染谷さん、今すぐ打つというのは……ちょっと……」
まこ「……いや、すまんのう。 ゆっくり休んでくれて構わんよ」
睦月「うむ……うぷっ……う……ごめんね……先に打ち始めていいから……」
――――――
透華「そうですか、鶴賀の方々は……では、お言葉に甘えて先に始めてしまいましょうか」
衣「ののか! 咲! 衣と遊ぼう!」
和「ええ、よろしくお願いします」
咲「うん、いいよ」
透華「それでは私も! 原村和、勝負ですわ!」
和「いえ、それは無理です」
透華「!?」
透華「……さ、さては臆しましたわね!? 私に敗北するのが怖くて逃げの一手を……」
優希「のどちゃんも龍門渕のおねーさんも個人戦の代表だじょ?」
透華「…………そういえばそうでしたわね」
一「あれ、衣もしかしてそれで個人戦出なかったの?」
衣「団体戦での全国出場が決まって各地の強者と戦えることは決まったからな。 衣はそれなら余計なしがらみの少ない方がいい」
透華「も、もどかしい……! 宿敵が目の前にいるというのに白黒つけられないとは……!」
和「宿敵?」
透華「んなっ!? そこからですの!?」
咲「……和ちゃん、さすがにそれはちょっと」
純「アピール足らねぇぞ透華」
智紀「片想い」
透華「お黙りなさいな! 原村和! 団体戦に個人戦、あの激戦を忘れましたの!?」
和「いえ、団体戦での収支は僅差で敗北しましたし、個人戦での直接対決は私が僅差で勝利しましたが……二回や三回の対局の結果で麻雀の強さなど測れませんし……」
優希「のどちゃん、そういうとこは変わらないな……」
――――――
優希『よう、久しぶりだな!』
純『おう! で? なにそれ、差し入れ? サンキュー!』
睦月『……去年それで優希ちゃん泣かせたの忘れた?』
星夏『え……アレ、それが原因だったんですか……?』
優希『まあ、今回はみんなと打つと思ってたからな! いっぱい持ってきたんだ。 タコス分けてやるじょ』
純『……なんか入ってんのか?』
優希『失礼な! 私がタコスを裏切るようなことをするわけないだろ!』
睦月『あ、そっち……タコスの方ね』
星夏『もらってばかりでも悪いし今度プロ麻雀せんべい持っていきますね』
純『お前らいつもそればっか食べてんな? そんなにうまいもんでもないだろ?』
睦月『……まあ、お目当てはカードの方だしね』
星夏『今季のスターカードがまだ揃ってなくて……』
優希『けっこう種類あるんだろ? 集めるとなると大変そうだな……』
星夏『そうなんですよ! ほんと藤田プロばっかり何枚も何枚も……!』
純『……それ、長くなるやつだろ? もうそろそろ始めようぜ』
星夏『っと……失礼しました、つい……』
睦月『起家は……優希ちゃんだね。 よろしくお願いします』
優希『よろしく!』
星夏『よろしくお願いします』
純『おう、よろしく』
純「決勝でも思ったんだが……文堂も津山もレベル確実に上がってるけどよ、ちょっと素直すぎるな」
優希「上から物を言うな! 偉そうに!」
睦月「いや、実際井上さんの方が成績いいし……参考になる話なら聞きたいから」
星夏「やっぱり全国区の相手と戦うには力が……」
純「いや、そういうことじゃなくて……文堂は去年竹井にやられたろ? まあ、オレとか竹井みたいな……」
一「ひねくれた?」
智紀「性格の悪い?」
純「お前らもう少し言葉を選べよ! ……なんつーか、邪道っぽい打ち手とは相性悪いよなって話?」
睦月「うむ……たしかに、翻弄されてる自覚はあるんだけど……」
星夏「なかなか打ち方を変えるのって難しいですし……」
優希「自分を曲げた打牌で勝つ方が難しい気もするけどな」
純「それはそうなんだけどな」
睦月「もう少し固く打つように意識して……」
星夏「変な搦め手を使って攻めても上手くいかないと思うんですよね……攻撃は素直に……」
ひたすら打った。 打って打って打ちまくった。
鶴賀のメンバーが復活してからは今年の団体戦決勝で打ったメンバーでも何回も打った
今回は龍門渕のメンバーとのどちゃん、咲ちゃんの強化が主題の合宿だ
私は全員と打てる立場にある。 去年も全国区のエースたちと渡り合い、高速・高火力の打ち手である私は重宝された。 少々ハードだったけど私自身のレベルアップにも繋がるし、多くの対局をこなすのは望むところだ
……それに、打っている間は余計なことを考えずに済むし
透華「片岡さん、気合入りまくりですわね?」
優希「おう! みんなには長野代表としていい結果出してもらわないとな! 力になれるならいくらだって打つじぇ!」
この言葉に嘘偽りはない。 ただ、ちょっと複雑な心境も抱えているってだけで……
華菜「……あんまり無理すんなよ? ちょっとぐらい休んどけって」
優希「無理なんかしてないじょ? むしろ元気すぎて困ってるくらいだ」
まこ「人数も多いんじゃから少しぐらい休みんさい。 合宿は今日一日で終わるわけじゃないんじゃから……体力使いきられても困るわ」
優希「ん……先輩がそう言うなら、ちょっとぐらいは休んどくじぇ」
……ここで意固地になって打ち続けるのもそれはそれでおかしいし、強敵との連戦で当然疲労はある
休んでる方が……いろいろ考えちゃって疲れるような気もするけど……幸い、この合宿所には人が多い。 休憩中の子をつかまえて雑談してれば気晴らしにはなるだろう
咲「優希ちゃん、どこ行くの?」
優希「休憩時間を使ってタコスでも作ってこようかと思ってな! 台所行ってくるじぇ!」
裕子「あ……優希先輩……」
優希「ムロ、なにしてるんだこんなところで? ……元気ないな?」
裕子「……いえ、そんなことは……ないとは、言いきれないですけど」
優希「……どうした? 言ってみろ」
裕子「…………今日、龍門渕や風越、鶴賀の皆さんと打って……」
優希「……自信なくしたか?」
裕子「元からあまりなかったですけどね……それに、決勝でも……」
優希「…………」
ムロは今年の団体戦……卒業した竹井先輩に代わり、中堅として出場した
結果は……まあ、芳しくなかったけれども
国広さんに、中堅にコンバートした吉留さんに妹尾さん。 一年生には荷が重い相手だっただろう
特に、妹尾さんはこの一年間で初心者を脱して……聞いた話では染谷先輩を避けてコンバートしたらしい。 普通に打ってくるわりに役満を和了ってきたりと豪運は健在のようで今年も区間トップだった
裕子「私が……私が、もっとしっかりしていれば……やっぱり、私のせいで清澄は……」
優希「…………!」
優希「…………おい、ムロ」
裕子「は……はい」
優希「あんまり思い上がるなよ」
裕子「え……」
優希「私たちが戦ったのは団体戦だ。 全員で戦って出した結果だ。 自分一人のせいで負けたなんて思い上がりも甚だしいじょ」
裕子「…………」
優希「まあ、手を抜いてたってんなら話は別だが……そんなことないだろ?」
裕子「と、当然ですっ! 手を抜くなんて、そんな……」
優希「ならいいんだ。 せっかく格上と打てる機会なんだからへこんでる暇があるなら打ってこい!」
裕子「は、はいっ! すみません!」
優希「お前はまだ一年なんだからな。 これから何回も大きな大会だってある……失点が気になるならしっかり力をつけておけ!」
裕子「はい! ……その、優希先輩」
優希「ん?」
裕子「あの、ありがとうございます!」
優希「礼を言われるようなことはしてないじょ? タコスならすぐに持ってってやるからさっさと行くじょ」
裕子「はい!」
優希「…………」
……これで、いいよな?
自分のせいで負けたんじゃないか……そう思ってしまう私が言ってもダメかもしれないけど……
ムロは、今回一番大変だっただろう
高遠原は地区予選一回戦で消えてしまうようなチームだ。 それが、去年のインハイ優勝チームにぶちこまれて同じく全国区の力を持つ龍門渕や風越と戦えと言われてもそうそういい結果が出るはずもない
きっと、大会が終わってからも自分を責めていたはずだ。 私にも覚えがあることだ
でも、ムロはまだ一年生だ。 まだ夏のインハイに出るチャンスも二回あるし、大会もいくらでもある。 チームのためにも、あいつ自身のためにも、力をつけていってほしい
悩みぐらいは軽減してやりたいけど……私は、いい先輩をできているんだろうか?
後輩としては、私は……
純「おい」
優希「うぉ!? ノッポ!?」
純「なぁに偉そうに説教垂れてんだよ? 似合わねぇぞ?」
優希「……うるさいぞ! お前と違って後輩を持つといろいろあるんだ」
純「ふーん……まあ、そりゃあそうかもな」
優希「……ノッポこそ台所になんの用だ?」
純「腹へったからつまみ食いでもしようかと思ってな」
優希「……お前なぁ」
純「冷蔵庫の中身食ってもいいのか?」
優希「んなわけないだろ……夕飯の材料とかだぞ? 使っていいのは持ち込み分だけだ」
純「めんどくせーな……じゃあタコス作れよ。 食べてやるから」
優希「だから上から物を言うな!」
純「無理言うなよ。 お前チビだし」
優希「高さの話じゃないじょ!」
純「お前、意外と先輩してんのな」
優希「当然だじょ。 龍門渕は大丈夫なのか? 新入部員居なかったんだろ?」
純「さあな……元々あった部を叩き潰して俺たちの……透華の麻雀部になったからな。 俺たちが消えたらまた新しい麻雀部ができるんだろうさ」
優希「そんなもんか……上も下もいないのってなかなか寂しくないか?」
純「そうか? オレは元々群れるタイプでもなかったし……今はあいつらが居るからそんな風には思わねぇけど」
優希「……そんなもんか」
純「……あ、おい! 生地!焦げるぞ!」
優希「お、うわ……! いや、大丈夫大丈夫! タコスのことなら私にまかせておけって!」
純「ちゃんとしたの出てくるんだろうな? 料理できるタイプには見えねぇけど」
優希「タコスに関して私の右に出る者はいないじぇ!」
純「……他ならぬタコスのことだから信用してやるか」
優希「…………なあ、ノッポ」
純「なんだよ?」
優希「……その野菜と肉はこれからトルティーヤで包むやつだから食うな」
純「お、そっか。 わりぃわりぃ」
優希「…………」
純「お、いい匂いしてきたな」
優希「…………」
純「腹へったー」
優希「…………」
純「まだできねぇの?」
優希「うるさいぞ、ノッポ! 少しおとなしく待ってろ!」
純「そういうお前こそ、珍しくおとなしいな?」
優希「む…………」
純「……無理に話せとは、言わねぇけど」
優希「…………ノッポ」
純「おう」
優希「ほれ、タコスだ」
純「お、サンキュー! ……ん、うまいな」
優希「私が腕を振るったんだぞ? 当然だ!」
優希「……東京でも差し入れてやるから、しっかりやるんだぞ」
純「……当然だろ? オレが打つんだ。 今年も長野に優勝旗持ち帰ってやるよ……去年のお前らみたいにさ」
優希「うん……私の分まで、頼んだじょ」
純「……ははっ、しおらしくしてると気持ちわりぃぞ、お前」
優希「茶化すなこのバカ! ……ダチと見込んで、託してるんだからな」
純「……悪かったよ。 まかせとけ。 じゃ、オレは戻るぜ? タコスごちそうさん」
優希「お粗末様だじょ」
……龍門渕は、強い
今年も全国で存分に暴れて来てくれるだろう
去年はノッポに鍛えてもらった。 今年は、私があいつを鍛えてやって……恩返しだなんて、ちょっと違うのかもしれないけど
……結局、ノッポには話せなかった。 あいつはやっぱりライバルだし、自分を負かせた相手にする話でもないだろうし……代わりに、その分全国への想いを託した。 アレでなかなか人の気持ちをわかるやつだからちゃんと伝わっていると思う
……とりあえず作ったタコスは全部ノッポに食べられてしまったので、自分の分と、みんなの分を改めて作り始めることにする
優希「……あいつ、食べ過ぎだじょ……材料足りるかなぁ……」
――――――
久「優希、タコスおいしかったわ! ありがとねっ」
優希「礼を言われるほどじゃないじぇ! タコスをおいしく作るのは私の使命だからな!」
久「いやぁ、やっぱりおいしいものを食べられるのはこの合宿の大きな利点よね! 去年に比べて美穂子がいない分戦力低下は残念だけど」
華菜「キャプテンはプロになって忙しいから仕方ないし!」
未春「今のキャプテンは華菜ちゃんでしょ?」
華菜「それはそうなんだけどキャプテンはやっぱりキャプテンというか……」
久「仕方ないわね……後輩たちの手料理を所望するわ! まこ、和、咲! 久しぶりに腕を振るってよ!」
まこ「わしはともかく咲も和も個人戦があるんじゃから……」
久「いいじゃないのよ、優希だってタコス作ってくれたし!」
和「はい、構いませんよ。 休憩も兼ねてなにか作ってきます」
咲「そうだね、竹井先輩がそう言うなら……」
久「やったぁ!」
まこ「あんたら、あんまり甘やかすと調子乗るからやめんさい……」
和「……元はと言えば染谷先輩が散々甘やかしてたのでは」
咲「いいんですよ、私たちも竹井先輩のこと好きですし」
桃子「清澄は仲良しさんっすねぇ……まあ、私と先輩ほどじゃないっすけど!」
ゆみ「こらモモ、対局中だからくっつくのは後にしてくれ……みんなも見てるだろ」
久「というか私たちの方が仲いいですし? ほら、まこ! こっちに来なさい!」
まこ「……付き合ってられんわ」
久「……冷たくされるとそれはそれで燃えるわよね!」
華菜「……こいつ、迷惑なやつだな?」
久「ほら、まこは迷惑だと思ってないし?」
まこ「……咲と和の練習の邪魔にならんのならええけどな」
久「ほら、いいって!」
華菜「どうでもいいってニュアンスだったし!」
未春「どうでもいいわりにはかまうよね」
まこ「……かまってやらんと拗ねて面倒なんじゃ」
優希「やっぱり甘いじぇ……あ、のどちゃん、咲ちゃん! ノッポが食べ過ぎたからちょっと食材少ないかもしれんじょ」
和「そうですか……まあ、夕食もあることですし、有り合わせで軽めのものを用意してきますね」
咲「あ、染谷先輩は打ってていいですよ? せっかく竹井先輩も来てくれてるんだし……」
まこ「ほんじゃ、わしはまた後でにするかのう……」
華菜「染谷、手が空いてるならちゃんと竹井の相手しててくれよ?」
久「遊んでくれるならなんでもいいわよ!」
まこ「これ、麻雀の合宿なんじゃが……」
久「じゃあ打つ?」
まこ「じゃあってなんじゃ」
透華「竹井さん! こっちに来なさいな! インターハイに向けての合宿! つまり団体戦、個人戦両方に参加する私こそが主役!」
衣「全国の打ち手を鏖殺するためだ! 竹井も衣と遊んでくれ!」
久「まかせなさい! ほらまこ! 行くわよ!」
まこ「はぁ……こりゃあ疲れる卓じゃのう……」
優希「……竹井先輩、相変わらずだじぇ」
元気に、みんなに絡んでる……気を遣ってくれてるんだろう。 平気な顔をしていても、やっぱりみんなだって敗戦のショックはある
…………特に、染谷先輩は最後のインターハイだったんだから私なんかよりも、きっと、もっと……
睦月「優希ちゃん」
優希「……うん?」
睦月「タコスありがとう、おいしかったよ。 これ、お返し」
優希「おお、むっちゃん先輩どうもだじぇ! ……カードは……いつもの藤田プロだじぇ」
睦月「なんかすごい数出るんだよね……気のせいじゃすまないレベルで」
優希「……たぶんそういうものなんだろーな」
睦月「そんなはずないんだけどなぁ……なんなんだろ、ほんとに」
しばらくせんべいのおまけのカードや、そのカードのプロ雀士の話題で盛り上がる
プロ雀士……元々そこまで詳しくなかったけど、ここ一年で少しばかり勉強した
一年生で先鋒としてインターハイを戦って、国麻でも選出されて、他の大会でも一年生としては結構いい結果を出していると思う
麻雀が、好きだ
中学の時は遠い世界だったプロも、このまま高校生活で結果を出し続ければ手が届く場所になる。 夢の世界ではなくなる
……今年の夏は、ダメだったけれど
やっぱり、後輩に偉そうなこと言っておきながら引きずりに引きずっててかっこつかないな……
優希「……あの、さ」
睦月「なに?」
優希「……その、今年の、県大会……なんだけど……」
睦月「ああ……県大会、かあ」
睦月「うむ……そうだな、楽しかったよ。 去年はじめて大会に出て決勝まで行って、今年もなんとか人数が集まって……また、優希ちゃんたちと打てたから」
優希「……でも……その、大会は……」
睦月「……負けちゃったけど、私は……自分なりに精一杯やったから」
睦月「今年で卒業で……全国に行きたかったって気持ちもあるし、悔しかったけど……龍門渕さんたちなら、ちゃんと私たちの気持ちも背負って行ってくれると思うんだ」
優希「……みんな、けっこうはっちゃけたとこあるけど優しいもんな」
睦月「でしょ? ……私は、ちっちゃい頃から麻雀好きで、インハイに憧れもあったけど……進学すればインカレなんかもあるわけだし、先に繋がる闘牌ができたと思うから……」
優希「……うん」
睦月「だから、私は……けっこう満足してるかな。 それに……」
優希「……それに?」
睦月「私は、これでも部長だからさ……いつまでもへこんでたらみんな気にしちゃうだろうし」
優希「あ…………そっか……やっぱり……そう、だよね……」
睦月「あ……あー……そういうことか……それで私に……うーん……」
睦月「……人それぞれだし、私よりも優希ちゃんの方が染谷さんのことよくわかってると思うけどさ……少なくとも染谷さんは負けたのを誰かのせいにして責めたりする人じゃないよね?」
優希「うん」
睦月「それに、優しい人だから……優希ちゃんたちにあんまり気にしてほしくないと思うよ」
優希「うん……わかってるんだけど……」
睦月「ふふ……優希ちゃんも優しいから、気にするなって言っても難しいんだろうけど……」
ポンポンと頭を撫でられる。 優しい手だ
睦月「染谷さんは、いい後輩を持ったね」
優希「…………そう、かな?」
睦月「そうだよ。 ちょっと羨ましいかな」
優希「……むっちゃん先輩だって、いい後輩がいるだろ?」
睦月「……はは、そうだね。 知ってるよ」
睦月「……ごめんね、なんか余計に考えさせちゃった?」
優希「ん……いや、大丈夫。 こっちこそ変なこと聞いて悪かったじょ」
睦月「いいんだよ、私はもう……なんというか、消化できてるからさ。 そういう点では、去年全国に行った優希ちゃんたちの方が……気持ち的に大変なのかなって思うし」
優希「……でも、インハイを目指した気持ちはみんな変わりないから」
睦月「……うん、ありがとう」
優希「……よし! それじゃあ私はまた風呂にでも行ってくるじぇ!」
睦月「また? さっきまでずっと入ってたんでしょ? 本当にお風呂好きだね、優希ちゃんは」
優希「まあな! 命の洗濯とも言うし、ちょっとすっきりしてくるじょ! ……うじうじしてるとこ、のどちゃんや咲ちゃんたちに見せたくないんだ。 先輩も後輩も今は打ってるしな……ちょこっと抜けてくるじょ」
睦月「……あんまり強がらなくてもいいと思うよ?」
優希「こういう性格だから仕方ないじぇ。 同じ学校の人間だからこそ見せたくないとこもあるじょ」
睦月「……うん、そういうこともあるかもね」
優希「むっちゃん先輩も一緒にお風呂行く? 広くて気持ちいいじょ?」
睦月「うむ……いや、私はもうちょっと打ってくるよ。 私だって、まだまだ強くなりたいから」
優希「うん、わかった! それじゃあ、ちょっと行ってくるね」
睦月「うん……また後で打とうね、優希ちゃん」
優希「もちろんだじぇ!」
――――――
優希「……うぁ~~」
温泉。 広い。 気持ちいい。 最高。
華菜「いやあ、やっぱり風呂は広いのに限るな? 家だと妹三人まとめて風呂の面倒見たりとかでなかなかゆっくりできなくてなぁ……足伸ばしてのんびりお湯につかれるだけでも気分いいし」
……隣にこいつがいなければ
優希「……なんでお前までいるんだイケダ!」
華菜「だからさん付けしろし! いいだろ、別に? 風呂ぐらい好きなときに入らせろよ」
優希「お前さっきまで打ってただろ! なんでまた急に風呂に入る気になったんだ!」
華菜「……お前、さっき津山となんか話してたろ?」
優希「…………お前には関係ないじょ!」
華菜「なんだ、まだまだ悩んでるみたいだから聞いてやろうと思ったのに」
優希「余計なお世話だじょ!」
華菜「華菜ちゃん図々しいから相談されるまで待ったりしないで聞きにいくし! ほら、遠慮しなくていいぞー?」
優希「図々しいにもほどがあるじょ!」
華菜「はぁ……この私がここまで言ってるのに話す気にならないとは……」
優希「これでなるはずがあるか!」
華菜「まあ、それなら暇だし私の話でも聞けよ。 あれは二年前の春……」
優希「勝手に話はじめるのか!? ほんとに図々しいな!?」
華菜「私な、特待で風越入ったんだよ」
優希「ガン無視か!? ……まあいい、どうせ黙らないだろうから聞いてやるじょ」
華菜「私はインターミドルでもけっこういいとこまで行っててな? 同級生でも特待は私だけでなー」
優希「ほう、それはすごいな」
華菜「だろ? で、一年にして名門風越で団体戦の大将をまかされたんだ。 あの年は風越は最強メンバーの呼び声高かったんだぞ?」
優希「そうなのか……そういえば、そんな話を聞いたような気もするじぇ」
華菜「それで挑んだ県大会で龍門渕の登場だし!」
優希「……ご愁傷さまだじぇ」
華菜「ケチついちまったのかそれからの大会もうちは龍門渕にやられてばかりでさぁ……んで、去年はお前らだろ? キャプテンは個人戦で全国行けたから良かったものの……」
優希「まあ、生まれた時代が悪かったな!」
華菜「私は悪かったとは思ってないがな! 強敵と打ち合えるのは望むところだし! 毎年、届かなくっても成長してるのは実感できてる…………ただ」
優希「なんだ?」
華菜「今年の県大会……私にとって最後のインターハイだった」
優希「…………」
華菜「団体戦は……全力で打ち切った。 まあ、衣も宮永も大概化物だしな……うちであいつらと打ち合えるのは私ぐらいのもんだし!」
優希「……イケダ、実はけっこう強いしな」
華菜「なんだよ、実はって……お前個人戦で私に負けただろうが……ま、いいや。 それで……その個人戦なんだけどさ」
優希「おう」
華菜「…………お前、衣が個人戦出ないって聞いた時……どう思った?」
優希「どう……って……」
あれだけの実力があれば全国だって行けるのに、勿体ない
高三なのに、最後のインターハイなのに、本当にいいのか?
公式戦で打つ最後の機会だったのに、残念だ
いろいろと思うところはあったけど……本当は……一番は……
優希「…………代表の枠がひとつ空いて、ラッキーだって……思った」
染谷先輩が代表になるチャンスが広がった。 それに、咲ちゃんとのどちゃんと……三人で全国に行けるかもしれない
なんにせよ、天江衣は強すぎる。 参加していれば確実に代表になっていただろう
華菜「な……私もさ、そう思っちゃったんだよな」
華菜「私はさ、風越で一年の頃からずっと試合出てて、コーチにも……厳しい指導受けたけどさ、それも期待されてのことだし、応えたかった……どうしても全国に行きたかった……」
華菜「衣は友だちでさ、一緒に打つのも……ほとんど勝てないけど楽しいし……それを……」
華菜「…………個人戦で、宮永と打った時に話してさ……あいつ、言ったんだよ。 個人戦で……衣ちゃんと打てないの、残念ですねって」
優希「……咲ちゃんなら、言うだろうな」
華菜「なんかすごく負けた気がして……いや、実際負けたんだけどな? こう……格って言うのかな……そういう、差があるのかなって……」
優希「……うん」
華菜「悔しいよな、ほんと……最後の最後で完全に負けたっていうか……」
優希「…………」
華菜「国麻は長野代表として仲間になっちゃうからな……公式戦で打つタイミングもないってのがな……」
優希「……国麻で選出されるのは確定事項なのか……?」
華菜「選出されないわけないし! ……されなかったら、この三年はなんだったんだって話だ」
華菜「……インターハイにも行けず、恩師の期待にも応えられず、70人以上のチームメイトの気持ちを背負って戦って、それでも負けて……」
華菜「……だけど、過ぎたことはどうしようもないし! 残り少ない高校雀士生活で……取り返せるだけ取り返して、ちゃんと納得して前に進むし!」
華菜「…………とまあ、私はそんな感じだな。 染谷がどうかは知らないけど」
優希「……イケダ、お前…………」
華菜「人それぞれ折り合いの付け方も違うし! お前も、自分のことや染谷のことで悩んでるのはわかるけど……悩み続けるよりもいろいろやってみた方がいいと思うぞ。 私はな」
優希「…………意外といろいろ見えてるんだな、お前」
華菜「当然だろ? これでも70人以上の部員を率いるキャプテンで……三人の妹のお姉ちゃんだからな」
優希「……背中ぐらい流してやるじょ、池田先輩」
華菜「……お前に先輩とか呼ばれるとなんか気持ち悪いし! もういっそ今まで通りでいいぞ?」
優希「なんだと! ちょっとは見直してやったと言うのに!」
華菜「見直すもなにもそもそもお前の私への評価の低さがおかしかったし! 人を見る目を養っとけ!」
優希「私のタコスと人を見る目は確かだ!このイケダめ! くらえ!」
華菜「うぉあ!? こら、広いお風呂でも遊んだらダメだっていつも……!」
優希「……私はお前の妹じゃないし」
華菜「……すまん、つい」
優希「…………でも、ありがとな」
華菜「ふん……まあ、いつでも頼るといいし」
――――――
お風呂をあがり、本日二度目のフルーツ牛乳をいただきながら合宿所内を散策する……去年も来たけど、けっこう広くて内部の探検はまだまだ終わっていなかったのだ
……本当なら打ちたいところだけど、またまた長風呂してしまったので気がつけば夕食前の休憩時間になっていた。 みんなそれぞれ思い思いに過ごしているようだし、まあ構わないだろう
この先に龍門渕が二部屋。 そのさらに奥に鶴賀。 階段を上がって風越。 その先がのどちゃんと咲ちゃんと三人で使ってる部屋。 隣はムロたち後輩の部屋。 もうひとつ上がって、最上階は竹井先輩たちOGが三部屋ほど使ってる
ほとんどの子が今はお風呂か卓を置いてる大部屋で休憩してるはずだけど……
優希「……あれは、染谷先輩と、竹井先輩……?」
久「いやー楽しかったわね! 久しぶりに会う顔も多かったし、たくさん打ててよかったわー! まこたちにも会えたし!」
まこ「……あんた六月までほぼ毎週うちの部室に顔出しとったじゃろうが」
久「それはそれ、これはこれ! だいたい、週一以上のペースが約一ヶ月ぶりよ? 寂しかったんだから! ……にしても、久々にがっつり打ったけどやっぱりとんでもないわねあの子たち……」
まこ「ほんとにのう……特に天江さんや咲はやっぱり違うわ」
久「ま、ああいうのと打つ時こそ燃えるってもんよ!」
まこ「インカレの方も楽しそうじゃったな」
久「いやー、やっぱり大学生の方もなかなかのもんだったわよ? 地区予選でゆみと打ったりとかも楽しかったしね」
久「…………まこは、県大会……残念だったわね」
まこ「ああ……ま、みんなで全力でやった結果じゃからな。 仕方ないわ……それに、咲と和は個人戦で全国行けるしのう」
……なんで隠れちゃったんだろ
普通に、出てけばよかったのに……
久「……今年も、激戦だったわねぇ」
まこ「大変じゃったわ……みんな、頑張ったんじゃがのう……」
久「…………もう、落ち着いた?」
まこ「ムロは、さっきちょっと元気になっとったから……タイミング的に優希が話してくれたんかのう……その優希も、まだ少しへこんでそうじゃったから……後でちゃんと話したいんじゃが
久「もう……それはそうなんだけど、そうじゃなくてさ……まこは、平気なの?」
まこ「…………わしか? わしは……平気じゃよ。 まったく……もう夏休みじゃぞ?県大会から一ヶ月経っとるんじゃから……」
久「……ごめんね、まこ」
まこ「別に、あんたが謝るようなことはないじゃろ」
久「ううん……一ヶ月も、ちゃんと話聞いてあげられなくてさ」
まこ「…………」
久「私もインカレの県予選とか、いろいろあって……って、こんないいわけしてもしょうがないんだけどね」
まこ「……だから、わしは平気じゃって……」
久「いいじゃないの、私の前でくらい強がらなくても」
久「一ヶ月経つのに、下の子たちがまだちょっとへこんでるんだもの……まこが立ち直ってたら、そんなことにならないもんね?」
まこ「…………勘弁してくれんかのう」
久「後輩たちにへこんでるとこ見せたくないのはよくわかるからさ……ほら、今ならふたりなんだから」
まこ「…………あんたにはかなわんわ」
染谷先輩か窓の外を見てひとつため息をつくのが見える。 普段は染谷先輩が世話を焼いてるイメージが強いけど、やっぱり竹井先輩は先輩だ
まこ「……勝ち負けは、仕方のないことじゃ。 全員でベストを尽くした結果じゃし、勝つ学校があれば負けるとこもある……そういうもんじゃからな」
久「……そうね」
まこ「…………それでも、やっぱり……悔しいもんは、悔しいんじゃな……」
まこ「負けて……自分の力が届かなかったのも、後輩たちを泣かせたんも悔しい……!」
まこ「みんなに気を遣わせてもうて……先輩なのにのう……個人戦も、わしは抜けれんかった……」
まこ「わしは、力を出しきれれば……悔いは残らんじゃろうと思っとったけど……だけど……!」
まこ「全国に……行きたかった……」
優希「…………染谷先輩」
それは、そうだろう。 三年生、最後のインターハイ……行きたかったに決まってる
高校生雀士の夢の舞台……行きたくないなんて言ったら、嘘だ
久「ほら、私の胸でよかったら貸してあげるから……和みたいにおっきくないけどね」
まこ「……すまんのう」
久「え、ちょっ……わわ」
まこ「……なんじゃ、あんたが来いって言うたんじゃろ」
久「いや、まさか素直に来るとは思ってなかったんで……ちょっとびっくりしちゃって……」
まこ「……あんた、アホじゃろ」
久「やめてよ、私もちょっと思ったけど……」
まこ「……すまんのう」
久「なんで謝るのよ……これくらい、たいしたことじゃないわ」
まこ「そうじゃなくて……約束、守れんかったから……」
久「…………まこ」
まこ「……また、一緒に……あそこまで、全国まで連れてって……一緒に、戦いたかった」
……染谷先輩の握りしめている制服のタイ。 竹井先輩が卒業するときにもらったって聞いている
私たちが清澄に入学するまで……麻雀部に入部するまで、私たちが知らない時間が染谷先輩と竹井先輩の間にはあったわけだから……やっぱり、ふたりの間にはいろいろあるんだろう
久「……もう、なんで私を泣かそうとするかな……」
まこ「……別に、泣かそうとしとるわけじゃないんじゃがな」
久「……いいのよ、そんなこと気にしなくて……まこが、そういう気持ちで戦ってくれただけで……私はうれしいから」
まこ「…………ほうか」
優希「…………」
……どうしよう、結局聞いちゃったけど……
染谷先輩、やっぱり気にしてほしくないって思ってる
でも、やっぱり私だって勝ちたかった。 染谷先輩だって勝ちたかった。 悔しい。 悲しい。 だけど、そういう気持ちはやっぱりこれ以上出したらダメだ
余計に心配かけちゃうし……だけど、でも……頭の中にいろいろな事が渦巻いてわけがわからなくなってくる
久「……あら、優希?」
優希「え……あ、その……」
まこ「……聞かれてもうたかのう?」
優希「う……あの、ごめんなさい……」
まこ「別に、謝らんでええよ……廊下で話しとったわしらが悪いんじゃから」
まこ「こっちこそ、すまんのう……あんまり、気に病んでほしくないんじゃが」
優希「うん……でも、私……なんか、もう……わけわかんないじぇ……」
久「ああもう……ほら、ちょっと落ち着いて、ね? 」
まこ「ほれ、ハンカチ貸してやるから……」
久「それとも私の胸の方がいい?」
優希「うー……竹井先輩がいいじょ」
久「あら、うれしいわねぇ」
まこ「ふふ……あんたも甘えん坊じゃなあ」
優希「だって、もう……なんか、うぅ……染谷先輩……ごめんなさい……」
まこ「だから、あんたが謝るようなことはないって言うとろうが」
久「ほんと、優希は優しいわね……いいじゃない、まこもこう言ってるんだから……気にしないで? ね?」
優希「せんぱい……私……私も……負けたの、悔しくて……」
久「よしよし、泣け泣け、泣いちゃえ!」
まこ「……ほれ、部屋入りんさい。 わしらの部屋なら誰も来んじゃろ」
――――――
久「落ち着いた?」
優希「うん……取り乱して、申し訳ないじょ」
まこ「ほれ、お茶淹れたから飲みんさい」
優希「染谷先輩……ありがとうございます」
染谷先輩の淹れてくれたお茶を飲んで一息つく
ちょっと泣いちゃったけど、お陰で少し落ち着いた
まこ「すまんのう……もっと早くに、ちゃんと話聞いてやれればよかったのう」
優希「ううん……私、それだときっと……もっとわけわかんなくなっちゃってたから……」
優希「今日、ムロやノッポ、むっちゃん先輩、イケダと話して……みんなと話して、ちょっと整理できたから……」
久「そっか……いい友だちを持ったわね」
優希「うん……私……私、やっぱりみんなと一緒に全国行きたかった」
優希「染谷先輩は最後のインターハイで、なのに、負けちゃって……個人戦も、のどちゃんと咲ちゃんが勝ったのうれしいけど……でも、全国に行けるの、羨ましいって気持ちもあって……」
優希「……嫌な子なんだ、私……親友なのに、本当は心から喜んでいないんじゃないかって……」
久「……仕方ないんじゃないの? 羨ましいもんは羨ましいわよ」
まこ「そうじゃなあ……わしだってその点に関しちゃ羨ましいわ……だけどな?」
まこ「わしは、個人戦で打った時……ちゃんと手加減しないで打ってくれたんがうれしかったんよ……咲も和も……優希も、全力で打ってくれたじゃろ?」
優希「うん……だって、手加減されて勝ったってうれしくないじぇ」
まこ「そういうこっちゃ……わしだって全国は行きたかったけど……後輩に手を抜かれたりするよりはずっとええ。 全国は行きたかったけどな」
久「ふふ……まこ、ほんとに全国行きたかったのね」
まこ「当然じゃろ? こう見えて、人一倍燃えに燃えてるタイプなんじゃ」
まこ「……なあ、優希」
優希「なんですか、染谷先輩……?」
まこ「優希が、そうやってわしのこと考えて悩んでくれたんはすごくうれしいわ。 先輩冥利に尽きるってもんじゃ」
まこ「んで、あんたが咲や和のことで悩むのもわかる……同じ学年の仲間で、ふたりは全国じゃ。 複雑な気持ちになるのもしゃあないわ」
優希「……そうなのかな?」
久「むしろ悔しくなきゃダメよ? 同じ雀士としてちゃんと向上心持たなきゃね。 私だって美穂子がプロ行くって聞いたとき、ちょっと複雑だったもの」
優希「竹井先輩でも?」
久「私にも話ぐらい来てたし、悩んだけど……美穂子みたいにパッとプロ行きます! なんて言えるほどの自信がなかったからさ……なんていうか……ねぇ?」
まこ「ねぇ? って言われても困るんじゃが……まあ、わかるけどのう」
久「優希が優しくて、咲と和のこと好きだからそんなに悩んじゃうのよ。 気持ちの問題だから、自分で折り合いつけるしかないと思うけど……あんまり気にしないで、ね?」
優希「うん……できるだけ、そうする……」
まこ「まあ、いきなり吹っ切れって言っても無理なことじゃろうしな……そうやってちょっと悩んでみるのもええじゃろ」
まこ「……情けない先輩ですまんのう。 本当、もっと早くちゃんと話聞いてやれればな……苦しかったじゃろ?」
優希「ううん……私も、染谷先輩の話聞いてあげられるぐらいがよかったのに……」
まこ「ふふ……まあ、先輩としては後輩の前では見栄張りたいもんなんじゃよ……堪忍な」
久「ほら、私が来ててよかったでしょ?」
まこ「はいはい、そうじゃね……」
優希「うん! 久々に会えてうれしいじょ!」
久「私も優希に会えてうれしいわよ! ……それにさあ、ずっと先輩してたのに学校だと一番下でちょっとストレスなのよねぇ……ほら、私どっちかと言うと人の上に立つ方だし?」
まこ「どっちかと言うと人の下にいれないだけじゃろ……あんた好き勝手する方じゃし……」
久「そうとも言う?」
優希「ほら、竹井先輩は回りを巻き込んでって大事を成すタイプだからな! 器も大きいし! 人を率いる方が向いてるじぇ!」
久「そういう前向きな言い方好きよ!」
まこ「だから、調子乗るからあんま持ち上げんでええって……」
まこ「……ほれ、そろそろ夕飯の時間じゃぞ」
久「あら、もうそんな時間? それじゃあ行こうかしらね……もう平気?」
優希「とりあえずな! せっかくの合宿、楽しまなきゃ損だじぇ!」
まこ「そうじゃな……わしもしっかりせんと……部長だからのう」
優希「……染谷先輩は立派な部長だと思うじぇ? もちろん、竹井先輩も!」
久「そうね! まあ、言われなくても知ってるけど!」
まこ「だからもうええって……」
優希「……あ、部屋にいろいろ置きっぱなしなんだった……ちょっと取ってくるから先に行っててほしいじぇ」
まこ「はいよ……早く来ないとおかずなくなってまうぞ? 食い意地張ったのが多いからのう」
久「荷物ってなによ?」
優希「携帯とお財布とタコスだじぇ!」
まこ「これから夕飯じゃって言うとろうが……」
おいしいおいしい夕御飯が待っているとはいえ、タコスばかりは手放せないから仕方がない
のどちゃんと咲ちゃんの手料理もイケダと長風呂してる間に食べそびれちゃったし……他にもいろいろないろいろがあったからタコスを食べて元気を出さないといけないのだ
優希「たっだいま~……って言っても、のどちゃんたちはもう行ってるか……ん?」
タコスを一口、財布を持って、携帯を掴んで……着信あり。 しかも珍しいことに……
優希「…………おう、どうした? 珍しいなお前が電話なんて! たった一日で私が恋しくなったか?」
京太郎『んなわけあるか! 男子は男子で楽しく部活やってんだよ!』
優希「後輩ふたりと?」
京太郎『……三麻はできるし』
優希「はっ! どうせろくに麻雀もしないで女の子の話でもしてたんだろ?」
京太郎『…………いや、真面目にやってたぞ? うん……』
優希「ちょっとは隠す努力をしてほしいじぇ」
京太郎『いいじゃねーかよ、別に! 女子がいないタイミングなんて珍しいんだから男子はこうやって仲を深めてんだよ! ……そっちはどうなんだよ、合宿』
優希「ん? そうだな……けっこう打ったぞ。 あと、温泉が超気持ちよかったじぇ」
京太郎『温泉って……』
優希「こら! 私の入浴シーンを妄想するのは後にしろ!」
京太郎『してねぇよ! するにしてもお前以外を想像するわ!』
優希「なんだとー! この浮気者! 私というものがありながら!」
京太郎『そんな関係になった覚えはねぇよ!』
京太郎『ったく……まあいいや。 なんか元気になってるみたいだし』
優希「は?」
京太郎『……お前、県大会終わってから……なんとなく元気なさそうだったからさ』
優希「…………京太郎」
京太郎『一応、一年一緒にやってきたんだからさ……それくらいわかるんだぜ? 咲みたいな鈍いやつはともかく』
京太郎『……お前、あんま触れてほしくなさそうだったからほっといたけどさ……さすがに合宿でそんなんだとみんな心配するだろ? だから……』
優希「…………すまんな、心配かけて」
京太郎『心配なんかしてねーよ! 元気ないお前は気持ちわりぃし、無理して元気に振る舞うお前も気持ちわりぃし……仕方なくだよ、仕方なく』
優希「レディに対して失礼なやつだな、お前は!」
優希「……まあいい。 わざわざ心配して電話をかけてくる忠犬ぶりに免じて許してやるじょ」
京太郎『……はいはい、そりゃあどうも』
優希「…………おい、京太郎」
京太郎『ん?』
優希「……せっかく電話までしてきたのになにも相談しないで終わるのもかわいそうだからな。 ひとつ相談してやる」
京太郎『随分と上からな悩み相談だな……で、なんだよ?』
優希「……今年、のどちゃんと咲ちゃんは個人戦で全国行くだろ?」
京太郎『おう』
優希「……私は、負けただろ?」
京太郎『……おう』
優希「うれしいし、おめでとうって言ったけど……私、羨ましかったし、悔しかった。 変か?」
京太郎『……そんなの、当然だろ。 別の誰かに聞いてもそういうと思うぜ』
優希「うん……竹井先輩たちにもそう言われた」
京太郎『だろ? ……なんだ、それで罪悪感持ってたのか?』
優希「うん……それはそうなんだけどな……それだけじゃなくって……」
優希「ほら、あのふたり……やっぱりすごいだろ? 去年から私よりもいっぱいいい結果出しててさ……」
優希「だんだん……ふたりが遠くに行っちゃう気がして……置いていかれる気がして……」
京太郎『…………』
優希「…………去年、お前もこんな気持ちだったのか……?」
京太郎『…………!』
京太郎『…………』
優希「…………」
京太郎『……………………』
優希「…………なんとか言えよ、ばか」
京太郎『……ばかはお前だろ、ばーか』
優希「な……なんだと! このばか! ばかって言った方がばかなんだぞ!」
京太郎『そんなこと言ったらお前ばかばか言い過ぎだろばーか!』
優希「また言ったなこのばか!」
京太郎『なんだとばか! ばーかばーか! 今年も補習ギリギリだっただろお前!』
優希「そ、それは今は関係ないじょ! ばかめ!」
京太郎『ばーか!』
優希「うるさいばか!」
――――――――――――
―――――――――
―――――
京太郎『はぁ……はぁ……とにかく、俺とお前じゃ。前提が違うだろ。 麻雀はじめたばっかだった俺と、去年インハイ出て活躍したお前とじゃさ』
優希「……それはそうかもしれないけど……」
京太郎『…………まあ、俺の場合は少し違うかな……置いてかれるってより、いつになっても追いつけねぇっていうか……でも、お前の言うことは、わかるよ』
優希「…………」
京太郎『でもさ、やっぱりそうなると今まで以上に頑張るしかねぇよな』
優希「……!」
京太郎『結果が出てる以上、それは認めるしかないだろ? ……今は、お前と咲や和の間で全国に行ける行けないの差が見えて苦しいと思うけど……その苦しい時にどれだけ努力できるかって大事だと思うぜ』
優希「……意外とまともなこと言うんだな」
京太郎『茶化すなよ……ま、これでも中学時代はハンドでいいとこまで行ってるんだぜ? そこら辺はしっかりしてんの!』
優希「……ちょっと、見直した」
京太郎『……そ、そうかよ…………なんだ? 惚れたか? 俺のことまで心配してくれてたみたいだしな?』
優希「……お前こそ茶化すなよ……そんなんだからモテないんだ」
京太郎『うっせーな!』
優希「……それにしても惜しかったな、京太郎」
京太郎『なにがだよ?』
優希「ちょっと弱りぎみだったからな……電話してきたのが今日じゃなくて昨日の晩とかだったら惚れてたかもしれんじぇ」
京太郎『は……!?』
優希「まあ、ほとんど解決してたから別に惚れたりしないけどな! 残念だったな京太郎!」
京太郎『別に残念じゃねーよ!!』
優希「……な、京太郎」
京太郎『……今度はなんだよ?』
優希「私にとって……のどちゃんと咲ちゃんは、大切な友だちで仲間で……大好きなんだ」
京太郎『……よくそんな恥ずかしいこと言えるな、お前』
優希「うるさい! 好きなもんは好きなんだ! 京太郎だってそうだろ?」
京太郎『……まあな』
優希「……これからも一緒にやっていきたい」
京太郎『ああ……そうだな。 俺もだよ』
優希「うん……だから私、頑張るじょ」
京太郎『そうだな……俺も、頑張るよ。 秋冬春夏……まだ大きい大会はある。 俺もお前らと一緒に全国行きたいからな……今度こそ、選手として』
優希「……そうだな、お前も一緒に行けたら最高だじぇ」
京太郎『ああ! ……それじゃ、合宿頑張れよ? しっかりレベルアップして秋選抜こそ優勝だ!』
優希「まかせとけ! お前こそ私たちがいない間練習サボったりするなよ? 男どものボスはお前なんだからな!」
京太郎『大丈夫だよ! 俺だってけっこうマジなんだぜ? 全国行って見てるだけなんて真っ平ごめんなんだ!』
優希「頑張ってね、ア・ナ・タ♡」
京太郎『気持ち悪いからやめろって!』
優希「なんだ、やる気を出させてやろうと思ったのに……」
京太郎『逆効果だっつーの! じゃあな! しっかりやれよ、ばか!』
優希「そっちこそ! またな、ばーか!」
優希「……………………ふぅ、まったく……あのばかは……」
まあ、電話くれたのも心配してくれたのもうれしかったし、ちょっとは見直したけど。
……思ってたよりも電話が長引いてしまった。 早く行かないとおかずが……
優希「って……のどちゃんに咲ちゃん? どうしたんだ、そんなところで?」
咲「え、えーと……その……」
和「べ、別に……なにというわけでは……」
優希「?」
振り返り、襖を開けると二人の姿が……って、明らかに様子がおかしい……聞かれてた?
優希「…………あの、ふたりとももしかして……」
咲「そ、その! 優希ちゃんなかなか来ないから迎えに行こうと思って!」
和「で、電話とか全然聞いてませんから! 気にしないでくださいゆーき!」
あ、これ完全に聞かれてたやつだ
これはなんとも……は、恥ずかしいな……さすがに
優希「うぅ……まさか聞かれてたとは……さすがに恥ずかしいじぇ」
咲「う、ううん! そんな、こ、こっちこそごめん! 聞くつもりはなかったんだけど!」
和「ほ、本当にすみません! 盗み聞きなんかして……部屋に入ったら声が聞こえて……その、つい……」
優希「いや、気にしないでほしいじぇ……ふたりと一緒の部屋で電話してたんだから想定してしかるべきだったし……こっちこそ、隠しててすまなかったじょ」
ふたりに対して抱いていた、嫉妬や羨望……マイナスの感情。 それも、みんなと話して……最後に京太郎とも話して……お陰で本当に吹っ切れた気がした。 前向きに頑張ろうって思えた。
……だから、ちゃんとふたりと向き合って話せる
咲「い、いや、その……いいんだよ? その、驚いたけど……知り合いにそういうの知られるの恥ずかしいもんね」
優希「……ん?」
恥ずかしい? いや、そりゃあたしかに恥ずかしいけども……なんか、言葉のチョイスが不自然じゃないか?
和「……親友としては、相談してほしかったですけど……たしかに、仕方がないかもしれませんね。 ただ、同じ部活内で……その、そういうことがあるといろいろ複雑になるのでは……」
優希「大丈夫だじょ! 心配しなくても、もうそういう段階は過ぎたからな!」
和「なっ……い、いったいどこまで!? そ、そんなの許しませんよ!?」
優希「へ?」
咲「優希ちゃん、まさか京ちゃんとなんて……」
和「い、いつからなんですか!? 須賀くんもゆーきに手を出すなんて!」
優希「はぁ!? ちょ、ちょっと待ってほしいじょ! なんの話だ!?」
和「い、今さら誤魔化さないでください! ゆーきが須賀くんと付き合ってるって話でしょう!?」
優希「な……は!? え、なんでそんな話になってるんだ!?」
咲「だ、だってさっき……『大好き、好きなものは好き、京太郎だってそうだろ?』『これからも一緒に』『頑張ってね、ア・ナ・タ♡』とかって……」
優希「聞き取った部分が異常に偏ってる!?」
和「ダメですよゆーき! まだ高校生なんですから! そんな、百歩譲ってお付き合いするにしてももっと清く正しく……!」
優希「誤解! 誤解だじょ! よりによって京太郎はないじぇ!」
和「証拠は揃ってるんです! さっき電話で話してたじゃないですか!」
優希「だからそれが誤解だって言ってるんだじょ!?」
咲「の、和ちゃん……そりゃあ、私も驚いたけど……友だちの幸せは応援するものだよ……?」
和「…………それを言われると、弱いですが……」
優希「だから違うんだってば!!」
女が三人で姦しいとはよく言ったもので、ギャーギャーと騒ぎながら階段を駆け降りる
和「ゆーき! 須賀くんに何かされたら言ってくださいね! いかがわしいことは絶対にさせませんから!」
優希「だからそういうんじゃないってば!」
咲「和ちゃんは過保護すぎるよ……優希ちゃんだって高校生なんだから……」
優希「なんで咲ちゃんは親目線な感じなんだ!?」
まこ「こら、なに騒いでんじゃ……みんな待ってくれとるんじゃぞ? はよう来んさい」
久「我慢できない一部の人たちはもう食べ始めちゃってるけどねー」
裕子「……なんで優希先輩はタコス持ってるんですか?」
優希「タコスは別腹だ! 気にするなムロ!」
和「あ、先輩! 聞いてくださいよ、ゆーきが……」
優希「だーかーらー!」
咲「照れなくてもいいのに……」
優希「咲ちゃんも話を聞いてほしいじょ!?」
……こうやって、一緒に楽しくはしゃげる大切な友だち、先輩に後輩……仲間たち
みんなで、また全国に行きたい
華菜「お前らうるさいし! ご飯の時ははしゃがない! 食べ物食器で遊ばない!」
純「ほふぁふぇらふぇひふっへふほひふはひひふはひ……」
華菜「口にものを入れたまま話すなし!」
睦月「池田さんってほんとにお姉さんなんだね……」
……だから、そのためにまた頑張ろう
私の夏は終わっちゃったけど、のどちゃんと咲ちゃん、ノッポたちはここからが夏本番なんだから……応援もする。 麻雀も全力で打つ。
夏が終われば秋が、その次は冬、春……そうすればまた夏が来る
そう思わせてくれた、長野のみんなにも感謝を込めて……
優希「みんな! タコス食うか? おいしいじょ!」
カン!
これはどっちかというと優希ssかもしれないけど清澄ss増えろ!
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