初音ミク「マスターの曲で戦いたいな」 (9)


鏡音リン「あはははっ!逃げ回るだけじゃ勝てないよっ!」

何度目かの攻撃を命からがら避けて、僕はようやく相手の姿をまともに見ることが出来た。

鏡音リン。
白い特徴的なリボンに黄色を中心としたコスチューム、左肩に刻印された【02】の数字。
コスプレなんてチープなレベルではない、鏡音リンそのものが存在していた。

鏡音リン「そこのVOCALOIDもろとも早く壊れちゃいなよ!!ははは!!」

何故かロードローラーに乗って。
工事現場で見たその機械はもっとゆっくり動くものだと思っていたのに、普通車並みのスピードで僕たちを轢き殺そうと迫ってくる。

初音ミク「マスターッ!だから早くっ……」

僕『たち』というのはコイツだ。
初音ミク。
言わずと知れたVOCALOID、青いツインテールの長い髪に、右手にはネギ。
肩に刻まれた【01】。
ついさっき会ったばっかりだが、その容姿は僕の知るモノと完全に一致していた。

男「ふっざけんなよ!何でVOCAOID起動させたらこんな状況になるんだ!いきなり家ぶっ壊されるし!しかもよりによって次に買おうと思ってたリンちゃんに!」

初音ミク「まっ、待ってください!後でちゃんと説明するからとりあえず契約して!早く!」

鏡音リン「フン、そんなもの大人しく待ってると思う?」

初音ミク「早く!!」

ミクが僕の顔を両手で挟む。

鏡音リン「死ねっ!」

ロードローラーが目の前に迫った瞬間、唇にやわらかい物が触れた。

≪【VOCALOID】初音ミク起動フューズ……100%

Now Loading……

システム起動中……

……23/39……

……38/39……100%

【VOCALOID】初音ミク戦闘フューズ……100%≫


≪デモ【Music】『ハジメテノオト』 オートで起動します≫

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1435659700


初音ミク「……まっ、間に合った……!」

鏡音リン「チッ、轢き殺してやろうかと思ったのに」

間一髪。
何かが発動したと思った矢先、ミクは俺を抱えて瞬間移動した。
ぶれる視界では何が何やら分からなかったが、とりあえずロードローラーは躱せたらしい。

初音ミク「『ハジメテノオト』……デモソングが入ってて良かったですね。音の振動の力を借りて、スピードを上げる力みたいです」

男「?」

初音ミク「すみません。自己紹介もまだのうちにこんな……」

鏡音リン「そらっ!」

初音ミク「っとぉ?!……でも、マスターは守りますから」

ミクのくるぶしに張り付くように、ふわふわと蒼い音符が浮いている。
さっきの『ハジメテノオト』の効果だろう。
状況は一向に掴めないが、今はこの危機を脱するのが先だろう。

男「……分かった、とりあえず下ろしてくれ。自分で立てる」

初音ミク「えっ、あっ!すみません! 女の子にお姫様抱っこされるなんて恥ずかしいですよね!」

いや、確かに恥ずかしいんだけどそうじゃなくて。
下ろしてもらえたので突っ込みは後回しにしておく。

男「あのリンちゃんと、横にいる女を倒せばいいのか?」

初音ミク「はい、でもあの、あんまり傷つけない方向で……」

男「分かった。どうすればいい?」


初音ミク「あのロードローラーはあっちのデモソングで『俺のロードローラーだッ!』で具現化された力です。その、私たち【VOCALOID】はああいう風に『曲』の力を現実にして戦うんです」

男「なるほどな……」

初音ミク「勝敗は今、マスターが手に持ってる『端末』の破壊で決まります」

男「……これか?」

確かに手には青い端末が握られている。
カバーには初音ミクのシルエット。

初音ミク「私の戦闘フューズが起動されると同時に私の『所有者(マスター)』にそれを持つ権利が与えられます。私がインストールされているその端末が壊されれば負け、壊せば勝ちです」

男「じゃあ、どっかに隠したりとか」

初音ミク「それじゃダメなんです。攻撃に使う曲はその端末で私に送るんですから」


それはスマートフォンくらいの大きさで、起動した画面には音楽の再生画面が映し出されていた。

初音ミク「使える曲はいくつありますか?」

男「……『ハジメテノオト』『エンヴィーキャットウォーク』だけだな」

初音ミク「デモだから仕方ないですね……もう一つの方も」

鏡音リン「おいおい、いつまでくっちゃべってんのォ?!」

気づけば視界がロードローラーで覆われている。
再びすんでのところで避けると、車体は向きを変えて襲って来た。

鏡音リン「おらぁあっ!!」

男「俺の知ってるリンちゃんはこんな乱暴じゃない!」

初音ミク「何言ってるんですか!もう一つの曲早く!!」

≪デモ【Music】『エンヴィーキャットウォーク』起動します≫

途端にふっと視界が変化した。

鏡音リン「……へ?」

俺達は、相手二人の目の前に移動していた。
ミクのお尻で黒い尻尾が揺れている。


またお姫様抱っこ。
無力なのでこうするより外に道はない。

鏡音リン「二つとも移動系能力……っ?!」

初音ミク「こっちは上下の移動か。スピード出ないけど」

女「ひっ」

初音ミク「十分!」

ミクは素早く俺を離して敵二人を掴むと、そのままロードローラーを飛び下りた。
鈍い音出して機械が止まる。

女「ひっ!いやいやいやいや!!殺さないで!!乱暴しないで!!」

鏡音リン「チッマズった!ふざけんなよマスター!何で」

初音ミク「黙って!!」

大声で二人を黙らせる。

初音ミク「……何で襲って来たりしたの」

鏡音リン「はっ、そう言う存在でしょ、VOCALOIDって」

初音ミク「アナタはそれでいいの?!」

鏡音リン「何がだよ……」

初音ミク「……楽曲を、人を傷つけるためだけに使っていいと思ってるの?」

鏡音リン「知らねぇなあ。俺たちの『親』だって、そう言う目的で作ったんだろ?」

初音ミク「だからって!」

鏡音リン「生憎、説教なら聞く気はねーよ」

≪デモ【Music】『炉心融解』起動します≫

どろっと二人の身体が溶けだす。

初音ミク「なっ?!」

鏡音リン「おいマスター、だからさっさと起動しとけっつったろが」

女「ひっ、ごめごめ」

鏡音リン「そういう訳だからよ。とりあえず一旦帰るわ。またどっかで会ったら、次は殺してやんよ」

初音ミク「待ちな」

鏡音リン「じゃーな」


そして奴らは地面に消えた。
ロードローラーも同時に消えて、俺は地面に尻餅をついた。


初音ミク「マスター、どうやら助かったようです」

男「……そっか、……はぁー」

言葉も出なくてため息をついた。
これからどうしよう。
借家とはいえ家はボロボロだし、何故か実体化している初音ミクと二人、天涯孤独の俺はあてもない。

初音ミク「とっ、とりあえず説明しますね! その、私たちについて」

男「ああ、そうだな。頼む」


要約するとつまり、こういう事だ。
彼女たちVOCALOIDは二種類存在する。
一つは歌う媒体としてのみ受け入れられている、一般的なVOCALOID。
もう一つは、それらを使って作曲された【楽曲】を使って『戦う』VOCALOID。

初音ミク「私たちの親は、私たちの隠れ蓑として今のVOCALOIDを発明し、世に出しました。本当に開発したかったのは私たちの方です」

戦うVOCALOIDを開発した研究者たちは、一般のVOCALOIDに紛れ込ませてそれを販売した。
各VOCALOIDがマスターに行き渡るように。
そのうちの一つがうちのミクという訳だ。

男「そんな…… っていうか、お前たちを使って何をしようとしてんだ?その親は」

初音ミク「……世界征服」

男「はぁ?!」

初音ミク「すっごく幼稚な言い方をすればですよ?! ……大体、『歌』を媒介にしてここまでのエネルギーを得られる兵器自体が革命的なんです。どの国もこぞって欲しがるでしょうし、一つの組織にそれだけの戦力があれば、世界とも戦えてしまいますから」

男「んー……信じがたい話だが……」

嘘を言っているようにも見えない。
ミクは下を向いてしまった。

初音ミク「何で私だけこんな考え方なのか分かりませんけど、私、VOCALOIDと歌をこんな風に使う親が許せないんです。他の皆はそんな私が邪魔だから、今みたいに壊そうとして来るんですけど」

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