女騎士「くっ、堕ろせ!」(35)
オーク「できちゃったみたい……赤ちゃん」
女騎士「な、なんだと!?」
女騎士「バ、バカな!」
女騎士「たしかにキサマとは一夜を共にしたが……」
女騎士「私はれっきとした女で、キサマはオスのオーク! もちろん避妊もしていた!」
女騎士「子供などできるわけないだろう!」
オーク「おや……? どうやら君は、我々オークの性質をご存じないようだ」
女騎士「性質だと……!?」
オーク「実はオスのオークは人間の女と交わると、子供ができてしまうんだ」
オーク「もちろん、君のやっていた避妊法などでは回避できない」
女騎士「聞いたことがないぞ、そんな性質!」
オーク「そりゃそうさ。広く伝えられる類の性質じゃないからな」
オーク「オークと交わろうなんて人間の女性は少ないし、知る人ぞ知るってやつだ」
オーク「しかし、これは事実なんだ」
オーク「てっきり、これを理解した上でオレと交わったんだとばかり……」
女騎士「ウ、ウソだ……! 信じない……!」
オーク「じゃあ、オレのお腹を見るかい?」スッ…
オーク「ほうら」ボヨンッ
女騎士「!」
オーク「ね? 膨らんでるだろう? ちゃんといるんだよ、赤ちゃんが」ナデナデ…
女騎士「あ……あ、あ……!」
オーク「オレ……産むからね」
女騎士「ま、ま、待てっ!」
オーク「?」
女騎士「産んで……どうするつもりだ」
オーク「そりゃもちろん、育てるんだよ」
オーク「オレが父親、君が母親、でね。温かい家庭を築こうじゃないか」
女騎士「待ってくれ!」
女騎士「ただでさえ異種と交わることは禁忌とされているのに」
女騎士「子までできてしまったら……私はどうなる!?」
女騎士「騎士身分を剥奪されてしまう!」
女騎士「いや、そんなものではすまないかもしれん!」
オーク「そんなこと知らないよ。それはそちらの都合だろう?」
オーク「責任……取ってよね」
女騎士「くっ、堕ろせ!」
オーク「堕ろせ? よくそんな残酷なことがいえるなぁ」
オーク「オレは絶対産むからね」
女騎士「た、頼むう! このとおりだぁ……!」
オーク「……」
オーク「仕方ないなぁ、そこまでいうなら堕ろしてやってもいいか」
女騎士「ほ、本当か!?」
オーク「ただし、条件がある」
女騎士「なんだろうか!?」
オーク「中絶する代金と、慰謝料、その他……あわせて一千万ゴールド、いただこうか」
女騎士「一千万!?」
オーク「当然だろ? オレは君に弄ばれたんだからさ」
女騎士「私は騎士といっても、そこまでの金はとても用意できん……」
オーク「……」
オーク「だったら代わりに、騎士団の……機密を入手できないか?」
女騎士「機密……!?」
オーク「たとえばほら、団員のリストとか、行動予定表とか……」
オーク「君たちがいる駐屯地にそういうのを保管してる場所があるはずだ」
女騎士「なぜそんなものを……?」
オーク「いやなに、オレの知り合いに騎士団のファンがいてね」
オーク「多分そいつなら、そういう情報を高く買ってくれるはずだからね」
オーク「だから……どうしても一千万が払えないなら、それでもいいよ」
女騎士「ううむ、機密か……」
女騎士「いや、それも無理だ! 騎士団の機密など、売るわけには──」
オーク「じゃあ、どうすんだよ!?」
女騎士「!」ビクッ
オーク「魔物と寝て、子供作って、金も払えない、代わりのものも用意できない、だ!?」
女騎士「100万ゴールドぐらいならなんとか……」
オーク「いいんだぜ!? 町で大声で叫んでやってもよ!」
オーク「この女騎士さんは、オレと寝ましたってな」
オーク「みんな祝福してくれるだろうなぁ、きっと」
女騎士「ま、待ってくれ! それだけは……やめてくれ……」
オーク「やめてほしいなら、もうやることは一つしかねえよなぁ?」
女騎士「分かった……機密を持ってこよう……」
オーク「おおっ、ありがとう!」
オーク「じゃあ、明日の夜にまた会おうぜ」
女騎士「承知……した……」ガクッ…
女騎士(くっ、私としたことが、とんでもないことになってしまった……)
女騎士(もし、オークと寝たことが表ざたになれば騎士身分剥奪は免れん……)
女騎士(まして、子ができたとなったら……!)
女騎士(騎士団の仲間や家族にまで迷惑がかかってしまうかもしれん!)
女騎士(一千万など、とても用意できん……やはり機密書類を持ち出すしか……)
女騎士(みんな……すまない!)
翌日──
─ 騎士団駐屯所 ─
新米騎士「おはようございます!」
女騎士「……」
新米騎士「女騎士さん? おはようございます!」
女騎士「! ──ん、ああ、おはよう」
女騎士「……」ハァ…
新米騎士(女騎士さん、どうしたんだろ?)
騎士「はっ! だあっ! でやぁっ!」ブオッ
女騎士「ぐっ……!」ガッ
騎士「はあっ!」ブンッ
女騎士「くっ!」ガッ
騎士「よぉし、今日は俺の勝ちだな! ふふん、腕が落ちたんじゃないか?」
女騎士「ああ……」
騎士「お、おい……冗談だって。大丈夫か?」
女騎士「あ、ああ……大丈夫だ」
騎士(どう見ても、大丈夫じゃないんだが……)
新米騎士「──というわけなんです」
新米騎士「なんだか女騎士さん、今日はやけに暗くて、挙動不審なんです」
騎士「だけどいくら俺たちがいっても、大丈夫の一点張りなんですよ」
騎士「あいつ、なかなか他人に弱みを見せないところがあるから……」
団長「うむ、分かった」
団長「私から、それとなく聞いてみることにしよう」
新米騎士「よろしくお願いします!」
騎士「お手数おかけしてすみません!」
団長「気にするな。部下のことを気にかけるのは、上司として当然の務めだ」
その夜──
女騎士「……」コソ…
女騎士(……どうやら皆、帰宅したようだな)
女騎士(なんとしても、オークの欲しがっていた機密を手に入れねば……)
女騎士(たしか、騎士団の機密に関するファイルはこの部屋に保管してあるはず……)
女騎士(先ほど手に入れておいたカギを……)カチッ
女騎士(こうか?)カチリッ
女騎士(よし開いた! 時間がない、すぐに中へ──)
「何をしている?」
女騎士「だ、だ、団長ッ!?」
団長「そこは……たしか書庫だったな」
団長「こんな夜更けに、そんなところに入ってなにをしようというんだ?」
女騎士「いえ、その……ちょ、ちょっと調べ物を……」
団長「……」
女騎士「調べ物が……ありまして……」
団長「……」
女騎士「……う」
女騎士「も、申し訳ございませんっ!」
団長「おおかた、騎士団の機密情報を持ってこいなどとだれかに脅されているのだろう?」
女騎士「全てお見通しでしたか……!」
団長「どうも今日はお前の様子がおかしいから、ずっと見張っていたら」
団長「しきりにこの書庫の周辺をうろついていたからな」
団長「どれ、全て話してみろ。悪いようにはしない。この剣に誓ってな」
女騎士「は、はいっ……!」
──────
────
──
団長「なるほど……そういうことか」
女騎士「も、申し訳ありませんっ!」
女騎士「魔物と寝たばかりか、さらに子まで……! しかも保身のために機密を……!」
団長「まず、ひとついっておく」
団長「そのオークがいってることは、真っ赤なウソだ」
女騎士「えっ!?」
団長「オスのオークは人間の女と交わると、お腹に子供ができる?」
団長「あるわけないだろう、そんなこと」
団長「お前はもっと、魔物について勉強すべきだな」
女騎士「そ、そんな……! 私はまんまと……!」
団長「ちなみに、誘ったのはお前とオーク、どっちだ?」
女騎士「オークです。半ば強引に誘われ、私もすっかり乗せられて……」
団長「……」
団長「おそらく、最初からこうすることが狙いだったんだ」
団長「お前をゆすって、騎士団の機密を手に入れよう、とな」
女騎士「えっ!?」
団長「騎士がオークと寝たという事実だけでゆすりのネタにはなるが」
団長「それだけではお前をゆすりきれない、と判断したのだろう」
団長「一千万ゴールドなどとふっかけたのも、よくある話術のひとつだ」
団長「最初に無茶な条件を提示することで」
団長「騎士団の機密の入手という“決して不可能でない条件”を飲ませたのだ」
団長「さて、行くぞ」
女騎士「え……どこへです?」
団長「決まっているだろう。オークのところへだ」
団長「待ち合わせ場所は?」
女騎士「町外れの、森の中……です」
団長「よし、すぐに向かおう。ただし、気配を殺していくこと」
団長「奴らの狙いを知りたいからな」
─ 森 ─
オーク「あん時の女騎士のツラったらなかったぜ!」
オーク「メシ食った後の腹を見せたら、オレが妊娠したってあっさり信じちまうしな!」
オーク「“くっ、堕ろせ”とかいっちゃってよ! 今思い出しても笑っちまう!」
オーク「しょせん人間の騎士なんつうもんは、剣振るしか能がないバカどもよ!」
コボルト「そりゃ傑作だな!」
ゴブリン「だけど、本当に騎士団の情報を持ってくるんだろうな?」
オーク「大丈夫に決まってんだろ! 今頃必死こいてスパイごっこしてるだろうぜ!」
オーク「近頃、オレらみたいなあくどい魔物への取り締まりが厳しくなったが」
オーク「騎士団の動きが分かれば、人間相手の盗みや殺しもやり放題だし」
オーク「なんだったら騎士をターゲットにすることもできる」
オーク「そうなりゃ、一千万なんて目じゃねえ大金が手に入るぜ!」
コボルト「うへへっ! 待ち遠しいねえ!」
ゴブリン「オレたちの時代が始まるんだな!」
「やはり、そういうことだったか」
オーク「うっ!?」
ゴブリン「だ、だれだ!?」
団長「……」ザッ…
女騎士「……」ザッ…
コボルト「騎士だと!?」
オーク「あっ、女騎士! ま、まさか──」
団長「全て聞いたよ」
団長「女騎士がされたことも、チンピラ魔物集団の狙い、もな」
女騎士(オークの単独犯ではないことを、団長は読んでいたのか……!)
オーク「こ、このアマ……やりやがったなァ!」
オーク「てめぇ、オレと寝たこと、世間にバラされてもいいんだなぁ!?」
団長「いや、お前にそれはできない」
オーク「なんだとォ!?」
団長「なぜなら、これからお前たちは我々に斬られるからだ」
団長「詐術に長け、盗みや殺しまでも企む魔物ども……」
団長「騎士としては、当然討伐せねばならん相手だ」
オーク「おもしれえ……さすが騎士様! 死人に口なしってか!」
オーク「やれるもんならやってみろやぁ!」ダッ
団長「……」スッ…
ザシュッ!
オーク「ぐはっ!」
オーク「ぢ、ぢくじょ……う……」ドサッ…
ゴブリン「う、うわわぁっ!」ダッ
コボルト「ひいぃぃっ!」ダッ
団長「女騎士、逃がすな! ──斬れ!」
女騎士「……はい!」チャキッ
ザンッ! ドシュッ!
ゴブリン「うぐぅ……」ドサッ…
コボルト「がはっ……」ドサッ…
団長「みごとだ!」
団長「これでもう……心配いらん」
女騎士「……」
団長「気持ちは察する。とても手放しに喜ぶ、といった気分にはなれんだろう」
女騎士「……はい」
団長「だが……これで、よかったのだ。こうするしかなかった」
団長「このことは互いに忘れよう」
団長「二度とこういうことがないよう、ゆめゆめ気をつけることだ」
女騎士「ありがとうございました……団長!」
団長(まったく、女騎士め。まんまとだまされおって。まだまだ勉強が足りんな)
団長(もし機密ファイルを持ち出されていたら、とんでもないことになっていた)
団長(女騎士の異変に、あの二人が気づいていなかったらと思うとぞっとするよ)
団長(……さて。こういう日は、気晴らしに寄り道して帰るとするか)ザッ…
サキュバス「お久しぶりね、ナイトさん」
女ゴーレム「あ~らいらっしゃい! ウフ~ン!」
スライム娘「待ってたわよぉ~ん」
団長「今夜もたっぷり楽しもうじゃないか」
団長(異種族と関わる時は、相手の性質をきちんと理解しなければならん)
団長(そしてなにより、真の信頼関係を築かねばならん)
団長(でなくば、女騎士のようにいいようにされてしまうからな)
団長(あぁ~、それにしても魔物と交わるのはやめられんなぁ!)
おわり
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