みく「死の港町にて」【モバマス×メタルマックス3】 (42)


※モバマスとメタルマックス3のクロスです。
 メタルマックス3側の主要キャラはほぼ登場「しない」予定です。

※元ネタがアレなので、CERO-Dぐらいの表現は出てくる予定です。

(以下本文)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1434287758



●00

「マユラー」 賞金額 13000G

プエルト・モリの地下道に発生した、人を食う巨大な繭(まゆ)……
町にそんなものが出るようじゃ、住民はたまったもんじゃありませんね!

――ハンターオフィス受付


●01

ドラム缶の浮いた群青の川面には、眼鏡橋が映っていた。

橋の下に開いた地下道の出入口から、みくは外に出て目を細めた。
暗闇に慣れた目には、煙と雲に濁った昼前の空さえ眩しかった。



「おーい、泥棒猫! 朝っぱらから、また親方殿の罰をもらってたのかー」

港町の喧騒を割って、橋の上からみくへ声がかかる。

「うるさいにゃユッキ! 今は、アンタに売ってやれるブツを持ってないにゃ」
「おーおー、連れないねぇみくちゃん。あたしたち、同好のお仲間じゃないか」



上からの声の主――ユッキと呼ばれた女は、
懐からトランプに似た大きさのカードを出し、みくへ見せつけた。
トランプとの違いは、スートや数字の代わりに、奇妙な男たちの写真が印刷されていること。
ヘルメットをかぶり、木の棒を握り締め、全身ピンストライプというおかしな服を着ている。

それは、かつてベースボールと呼ばれた見世物をする男たちのカードだった。

だが、それを何枚も持ち歩いているユッキは、ベースボールが何かを知らない。
ただ、見た目が気に入っているという理由で、それを集めている。



「そのカードは、ほかの連中とトレードするがいいにゃ。みくは興味ないにゃ」
「あたしもさ。この格好のカードは、なんだかしっくりこなくてねー」

みくもベースボールや男たちに興味は無く、
カードのなかでも猫に似たマーク付きのものだけを集めていた。

それは数十年前、キャッツと呼ばれたベースボールチームの選手のカードであった。



「そうだ。みくちゃん、あんたその橋の下から出てきたってことは、
 どうせまた転送装置の整備やらされてたんでしょ。調子はどうだった?」
「ちょっと挙動が怪しくなってたけど、電力さえあれば稼働はするにゃ。
 そちらさん――クランの稼業にとっちゃ、不都合だろうにゃ」

みくはそのまま一方的に会話を打ち切り、ユッキから背を向けて歩き出した。


●02

(さっき地下道で一丁拾ったけど、ユッキたちに見せるのは試し撃ちのあとでいいにゃ)

みくは作業場兼倉庫へ向かいながら、懐をずしりと押す銃把を服の上から手で抑えた。

みくは今朝からメカニックの親方に命じられて、地下に設置された簡易物質転送装置に給電していた。
そのとき、いきなり装置が量子テレポートの閃光を散らしながら稼働して、
装置内から赤い髪の大男が現れ、うわ言を呟きながら歩き去っていった。

みくはその男が銃を落としていったのを見て、それをネコババしていた。



(ちょっと見ない型の銃にゃ。使い物になればいいけど……
 転送装置みたいに“大破壊”前のシロモノなら、そう簡単な値段じゃ売れないにゃ)

いつもみくが無用心者から盗んでユッキに流しているピストルより、少し大きく重い銃だった。

(親方、ときどき『ティン!』とか言い出して余計な勘を働かすにゃ。
 みくのささやかな内職ぐらい、見逃してくれればいいのに……)

みくは親方に難癖をつけられないよう祈りながら、
自分が徒弟として使われているクルマ屋のシャッターをくぐった。



●03

「帰ったにゃ! 転送装置のゴキゲンは、今日も麗しいようで――」
「――ハハハ、給電しかしてないものな。そりゃ、ゴキゲンうかがいみたいなもんだ!」

クルマ屋の中、みくが属している修理屋の方へ歩いて行くと、
MBT――Main Battle Tank77の砲塔に座った晶葉が、ハッピードリンク250ml缶を投げ渡してきた。

缶の表面では“飲んだ瞬間から72時間ハッピー!”と請け負っているが、実際の効果はとても控えめ。

みくは晶葉の笑みを見て気分を害したが、ねぎらいにもらった缶を掴み直し、
プルトップに必要以上の力を込めてムシャクシャの捌け口とした。



「そりゃ晶葉だって同じにゃ。あの転送装置、親方が生まれた頃にはとっくにオーバーテクにゃ。
 みくたちが分かるのは、充電池に電気食わせりゃ動くってことぐらいにゃ」
「そうだろうが……惜しいなぁ。私が“大破壊”前の――いっそ100年前とかに生まれてたら。
 それなら、こんな鉄牛のイカレタンクなんてメじゃないスゴいコをいじれただろうに」

晶葉は、MBT77のまだらな灰色が塗られた装甲を恨めしげに叩いた。



「この街のレンタルタンク屋イチオシのクルマを、『鉄牛のイカレタンク』呼ばわりか、にゃ。
 さすが、雑用ばっかり押し付けられるみくと違って、晶葉センセーはエライにゃー」
「ヒネたこと言うなって。それより、地下道に行ってきたんだよな。
 ウワサの人喰い繭はお目にかかれたか?」

晶葉から飛び出た不穏な単語に、みくは口付けたハッピードリンクを軽く噴き出した。

「人喰い繭ってなんのハナシにゃ!? あのバカ親方、地下道がそんな物騒だと知ってて、
 みくに地下道の転送装置をいじらせにいったのかにゃ!」
「じゃなきゃ、罰にならんだろうが」



晶葉はMBT77の砲塔から飛び降りると、みくのそばへ駆け寄ってギリギリまで声を落とした。

「キミは、クランに武器流して小遣い稼いでたのバレたんだろ?」


●04

「親方は理不尽にゃ。レンタルタンク屋とか、ハンターオフィスとか、
 この街の外まで後ろ盾がある連中は別として、ほかの店の連中はどうにゃ。
 よそからやってきたクランにペコペコして、何とか商売やってる有様にゃ」

みくは毛玉のように声を吐き捨てた。

クラン――冷血党――は、この大陸に勢力を拡大しつつある武装集団である。
都市の一部を占拠して、その住民からみかじめ料を吸い上げる。
そのみかじめ料は、生体兵器の開発に使われているなどと囁かれているが、定かではない。

“大破壊”後に国家が崩壊したこの世界において、
プエルト・モリなどいくつかの都市は、クランの暴力に屈している状態だった。



「まぁ仕方ないじゃないか。この街のクラン連中は脳無しの乱暴者だが、それでもカネは落とすんだ」
「だから、にゃ。クランとの交渉が親方連中に許されて、みくに許されない道理は無いにゃ」

晶葉は、みくの手から飲みかけのハッピードリンクをスリ取ると、
残っていた中身を一息に飲み干してしまった。

「ナニするにゃ!」
「いいだろ、もとは私がくれてやったモノだ。
 キミは自分のモノでないモノまで、自分のモノと思い込むクセがあるな。
 だから泥棒猫呼ばわりされるんだ……」

みくは、一瞬ネコババした銃へ手を伸ばしそうになった。



「まぁ、みくがコソコソとブツを捌いてる相手は、クランと言っても末端だろ?
 それは私も感心しない。三下にオモチャ売って小遣い稼ぎとか、同じメカニックとして情けないぞ」

みくは『オモチャかどうか試してみるか、にゃ』と懐の銃を見せる欲求を押さえ込んだ。

晶葉のように、若くして一人前以上にクルマをいじれる腕前のメカニックであれば、
スリ取ったピストルやベースボールカードをユッキたちへ流す気はないのだ。



「みくは、カネが少しでも多く欲しいだけにゃ」
「そりゃ私も欲しいがね。みくは欲しいものでもあるのか? 私はクルマとパーツが欲しいな」

みくは言葉に詰まった。
何とかして、晶葉より格好良く響く動機を聞かせたかった。

「自由が、欲しいにゃ。稼ぎさえあれば、あの親方の言いなりになんかならないにゃ」
「はぁ、そうかい」



みくと晶葉の親方は、“大破壊”後の世界としてはかなり人道的であった。
身寄りの無い二人を引取り、タダ働きさせているが、
代わりに衣食住を与え、メカニックとしての技術も教えている。
腕前とお人好しさからくる人望で、プエルト・モリの住民の中でも名が通っている男だ。

それでもみくは、親方を悪しざまに言う。

みくは猫に憧れていた。
みくの目には、路上に打ち捨てられた生ゴミを漁る薄汚い野良猫でさえ、
他者からの支配を傲然と拒絶する腕っこきのように見えていた。



「そろそろ我らが親方が戻ってくる頃かな。
 メンテ後のテスト運転がてら、MBT77出して迎えに行ってやろう」
「じゃあ、みくは留守番してるにゃ」
「いいや、私について来いって。私からも言ってやるよ。
 もう妙なウワサのある地下道へ、みくを行かせたりしないでって」



●05


みくは、晶葉と並んでMBT77砲座のキューポラに座って、
もうじき姿を見せるであろう親方を待っていた。

プエルト・モリの住民が家代わりに使っている倉庫やコンテナ。
それらが立ち並ぶ間から、真っ黒いシルエットの中年男――親方が姿を見せた。
MBT77と二人を見つけた親方は、みくたちへ歩いて近づいてくる。

それが、あと20歩ぐらいという距離までというところで、
ポーンとシャンパンを開けた瞬間に似た小気味良い響きとともに、
親方の足元から白い柱のようなものが真っ直ぐ突き出た。

親方の姿がそれに半分ほど遮られた時、みくは白い柱を間欠泉か何かだと思った。



白い柱は、フタの外れたマンホールらしき穴からピンと伸びていたが、
みくの瞬き一回の後で、ヘチマのようにくにゃりと変形した。

そして柱から数歩離れていた親方の胴に、白い腹帯のごとく巻き付くと、
口にすすられる蕎麦の麺のようにマンホールへ吸い込まれていく。



親方の身体が、マンホールの縁にうつ伏せになって止まった。
さして直径が大きくもないマンホール。ちょうど肩と腰の部分が、縁に引っかかっている。
親方の手のひらが二度三度、プエルト・モリの路上をタップした。



そのすぐあと、親方の体は――敢えて声で表すなら――ガキリ、とでも言えそうな奇妙な響きとともに、
逆エビ方向へ二つに折りたたまれ、黒いシルエットは半ば両断され、みくたちの視界から見えなくなった。

親方を路の下へ引きずり込んだ白いくねくねは、親方に続かんとしてマンホールの中へ吸い込まれ、
マンホールの穴をカコン、という軽い音を立ててフタで塞ぎ帰っていった。
お騒がせしました、とでも言わんばかりの塩梅だった。



「なに、アレ」

みくと晶葉は、ただ一言を漏らすのが精一杯だった。



(続く)


●参考01

【大破壊】

文明が引き起こした深刻な環境破壊を食い止めるため開発された、
アシンクロニャス・スーパーコンピュータ“ノア”が、
環境破壊の原因を人類と規定して発動した人類抹殺計画の結果。

ノアがサイバネティクスを駆使して生産した無人兵器群は、10年の殺戮で人類の文明を崩壊させた。
わずかに生き残った人々は、過去の文明遺産を食い潰しながら生きている。

導入終わります。



●02-00


ヤワな乗り物に乗るくらいなら、降りて戦う!

――13の傷跡があるソルジャー



●02-01

「――危ない!」

どこからか浴びせられた若い女の怒声に、みくが顔を上げると、
その体はMBT77のキューポラから跳ね飛ばされ、路上に転げ落ちた。

「みくっ!」

晶葉に名前を呼ばれた。奇妙な心地がした。
晶葉の叫び声が、妙に遠い。

みくが反射的に声のする方――上を向くと、何か固く軽いものがみくの額にぶつかって、
カランカランと路上に転がった。

それは晶葉愛用の、赤縁アンダーリムの眼鏡だった。


親方が引きずり込まれたさらに隣のマンホールから別の白く太い触手が伸びて、
コンテナよりも更に高く晶葉を釣り上げていた。

「晶葉チャン!」
「下がって!」

ビンタのような至近からの怒声。
続いて、みくの鼻を横手から強烈なオキシドバレットの刺激臭が襲う。
晶葉を捕らえていた触手が根本から痙攣し、掴みが浅かった晶葉の体が落下した。



「あんたは――」

パン、と気の抜けた炸裂音がして、圧縮強酸を仕込んだ特殊弾丸から飛沫が飛び散り、
余波に巻き込まれたみくは、肌を刺す痛みに弾かれ路上を転がる。

それを尻目に、デザートブラウンのセミロングを一つ結びにした若い女が、
触手にニトロビール――点火装置付き強化火炎瓶――を3本まとめて投げつけた。
白くぬらつく触手の表面に、薄い炎が這いまわる。

触手は苦悶しながら、纏わりつく炎をプエルト・モリの地表になすりつけ、
手入れの荒れたアスファルトをえぐってカケラをふっ飛ばす。
アスファルト片の突風をしたたか食らい、コンテナに歪な凹みが穿たれる。



「ぼうっとしてないで!」

刺激臭で視界にちらちらと星が散っているのを振り払い、みくがヨタヨタと立ち上がる。
このふざけた状況に対して、ようやく怒りらしき衝動が沸き上がってきた。

「……いったい何なのにゃ、この有様っ!」




●02-02

積み上げられたドラムカンの山を、積木のように崩しながら、マンホールの触手が痙攣する。
酸で感覚器官を潰されたのか、動きが迷走している。
迷走したままの一撃で、落書きつきの道路標識のポールが薙ぎ倒され地に刺さる。

対してみくの体は常人。
遺伝子操作も、強化骨格も、サイバネ装甲とも縁遠い、タンパク質とミネラルが少々の肉体。
あの触手でまともに撫でられたら、親方と同じように体をまるごとへし折られる。

それでも、みくの手が動く。

「好き勝手、やってんじゃねーにゃ」



みくはネコババした銃のグリップを両手で握り締め、引き金に指をかける。

(馬鹿力で気色悪くクネクネしてても、根本が穴から動かないなら、いい的にゃ)

みくが引き金を引くと、マズルが瞬時に4回吼えた。

「失せるにゃっ、化け物!」

4発の弾丸が、鉄をも曲げる白い触手の表面を削り飛び散らせる。



「化け物、にゃあああっ!」

みくは、射撃の反動で肩と肘が軋むのも構わず、
触手がしぶしぶとマンホールに引っ込むまで追撃のトリガーを引き続けた。

轟音と衝撃に曝されている間は、何も考えずに済んだ。



●02-03



「……マユラー?」
「あなた、この街の住民なのに知らなかったの?」
「あー、出くわしたのは初めて、にゃ」

デザートブラウンの髪を持つ女ソルジャーの呆れ声に、みくは不貞腐れた響きで答えた。



みくは、女ソルジャーと協力して気絶した晶葉をMBT77に乗せると、
そのままレンタルタンク屋にクルマを届けに行った。
そして、親方が地下道の触手に引きずり込まれて死んだことを報告した。

「逆エビで真っ二つに折られてたにゃ。仮にまだ生きてても、みくたちにはどうにもならんにゃ」
「……平気な顔してるのね、あなたは」
「まぁ、前に親が似たり寄ったりのやり方でモンスターに殺された頃は、泣いてたはずにゃ」



レンタルタンク屋までの道中、女ソルジャーは美優と名乗った。
ハンターオフィスで賞金首に指定された人喰い繭の怪物・マユラーの情報を聞きつけ、
プエルト・モリまでやってきたらしい。

「みくたち、お金は無いけどお礼は言うにゃ。ありがとう、
 おねーさんが酸鉄砲やらモロトフ・カクテルを浴びせてくれたおかげで、助かったにゃ」
「美優でいいわ……それに、持たざるものから取ろうなんて真似もしないから」

この世界の大部分は、環境破壊からの突然変異で産み落とされたクリーチャーや、
ノアの愚直な僕として人類を索敵・破壊し続ける自律無人兵器が彷徨っている。

そのため人間は、プエルト・モリなどのわずかな領域で辛うじてモンスターを防ぎ止め、
そこに都市もどきを作って暮らしていた。



「美優さんは、賞金稼ぎなのかにゃ? クルマ、持ってないようだけど」
「私はソルジャーだから、白兵戦のが得意よ。クルマは安いのをレンタルしてるわ」

やがて、武器やクルマなどを駆使して、そうしたモンスターの討伐を生業とする者が現れた。
彼らハンターと呼ばれる人々は数を増していき、彼らは情報共有のため互助組合を作った。
それが発展して、現在は数えるほどしか無い広域的組織の一つ・ハンターオフィスとなった。

「……ま、クルマは馬鹿みたいにカネを食うからにゃ」
「この間、ジャンプキャンプにいいバイクが売ってたんだけど、タッチの差で先に売れちゃって」

みくたちがメカニックとして生計を立てられるのも、
ハンターオフィスを核として活動するハンターたちが、
クルマの修理・改造という形でメカニックの技術に金を払うからである。




●02-04


みくは、気絶したままの晶葉を倉庫兼作業場のささやかな休憩室に押し込むと、
晶葉の運搬を手伝ってくれた美優に飲み物を渡した。

「ハッピードリンクにゃ。酒はカストリナチヤすらないにゃ。勘弁するにゃ」
「ハッピー? アヤシイ響きね、大丈夫なのかしら」
「砂糖水よりマシかもしれない、程度のシロモノにゃ」

作業場の同業者にも、みくは親方の死を報告した。
同業者たちは騒然となった。マユラー対策を検討する会合の帰りだったらしい。



「町衆がこの分じゃ、みくたちもしばらく商売あがったりだにゃ」
「いっそプエルト・モリを捨てて、別の街に行ってみる?」
「考えておくにゃ。でも、ハンターオフィスの繁盛具合を見る限り、どこも大差無さそうだにゃ」
「……そうね」

美優はハッピードリンクの缶を開けて、軽く口に含んだ。
合成甘味料の鋭角的な甘みが強すぎて、却って喉の奥を苦々しく感じさせる。



「ところで、あなた。あの銃はどうしたの?」
「……銃?」
「ほら、マユラーの触手を追っ払った時の、4点バースト射撃なんて珍しい銃」

みくは、ネコババした銃のことを空惚けようとしたが、
ソルジャーである美優の目は、みくの射撃をしっかりと覚えていた。

「私は銃に少し自身あるけれど、4点バーストの銃なんて見間違いかと思ったわ。
 しかもバーストでありながら、あなたみたいな素人射撃でモンスターを怯ませる火力。破格だわ」
「シロートで悪かった、にゃ」

美優の目つきが変わったのを見て、みくは触手に銃で抵抗したことを後悔した。



「……マグナムガデス」
「銃弾の女神(マグナムガデス)って何のことにゃ?」
「あなたの持ってる銃の名前よ。幻の銃として、有名なの」

美優の目は、みくの懐に包まれ、彼女の体温を吸っているであろう銃に向けられている。

「それ、譲ってもらえないかしら?」
「仮に譲ったとしたら、おねーさん、みくは何か見返りがあるのかにゃ」
「あのマユラーを討伐してあげるわ」



「……割にあわないにゃ。おねーさんはレアな銃を手に入れ、マユラーを討伐して賞金ももらえる」
「命がけの仕事よ」
「だいたい、マユラーにハンターオフィスが懸けた賞金はいくらだったにゃ?」

美優はおもむろに手配書のチラシを取り出して、みくへ渡した。

「……13000、にゃ。この間、北の森で討伐されたバオーバーブンガーと同じ」
「ええ。ちなみに、その邪魔な爆撃カモメだらけのバオバブもどきを伐採したのは私よ」
「景気のいい話にゃ」



「マユラーは、みくたちにとっては災難でも、
 おねーさんたち賞金稼ぎにとっては、その程度のものにゃ」

みくは手配書の枠のなかの“paid”と印された写真の一つを指さした。

「22000の火星クラゲ。少し前に、港の邪魔をしてたコイツが海の藻屑になったときは、
 プエルト・モリの連中も皆が祝杯を上げたものにゃ」
「……それは、さすがに私じゃないけど」



「最近、ドラムカンとかいうふざけた名前のハンターが、名を挙げてるんだってにゃ。
 火星クラゲ沈めたのもそいつだってにゃ。賞金稼ぎはおねーさんばかりじゃないにゃ。
 ドラムカン以外でも、新しい賞金首が現れたら、獲物と賞金に飢えた腕っこきがウヨウヨやってくるにゃ」

みくはチラシを畳んで美優へ返した。

「それに、黙ってりゃ男が寄ってくるおねーさんみたいな綺麗どころが、
 こんな危険な商売なんてもったいないにゃ」

みくは言い訳じみた付け加え方をしたが、しかし本心からその言葉を口にした。
美優はソルジャーだというのに、乙姫も裸足で逃げ出すほど女らしさに溢れていた。



「そのマグナムガデスは他人に見せないほうが良いでしょうね。
 それ、ソルジャーなら喉から手が出るほど欲しいシロモノよ」
「ご忠言、ありがたくいただいておくにゃ」

みくは、プエルト・モリに来たばかりだという美優に、街中を案内してやった。

マユラーがついに街中に出没した、というウワサはあっという間に広がったらしく、
路上の人影はまばらだった。



●02-06

美優とハンターオフィスで別れたみくは、
美優から割安で譲ってもらったニトロビールを握り締めて街中を歩いていた。

マンホールからマユラーの触手が現れたら、それを投げつけて相手を炎で包み、
表面のどこかにある感覚器官を鈍らせたスキに逃げるという寸法だ。

(火気厳禁の作業場には、こんなモノ保存しておけないから、
 もし使わずに帰れたらニトロは風呂焚きにでも使うかにゃ? 高くつく燃料だにゃ)



みくは、朝にマグナムガデスを拾い、昼にマユラーの触手と戦い、
今はプエルト・モリから西に広がる水平線に沈む夕日を浴びながら、足早に倉庫へ急いだ。

いつもはコンテナの間をたむろしているクランのゴロツキも、今日ばかりは姿が見えず、
街で動く影は野良猫かカラスばかりだった。



(……ん、見慣れないバイク……?)

シャッターが落とされた作業場の前で、
黄昏の陰をまとったモトクロッサが1台駐車されていた。

「へぇ、誰のか知らないけど、イカしてるにゃ」



「……私のトランセンドに、何かついてるかしら?」
「トランセンド?」

みくが手癖の悪さを発揮して、モトクロッサをべたべた触っていると、
背後から高く平坦な声が聞こえてきた。

“トランセンド”という単語がバイクの名前だということに、
みくはたっぷり5秒かけてようやく思い当たった。



「おねーさん、ソルジャーさん? 見ない顔だから、駐車場でも探してたかにゃ」

みくは、後ろめたさを出さないよう心がけながら振り返った。
一切の下心を拭った無邪気な笑みを貼り付けると、視界に一人の若い女が立っていた。

「そうね。この街のクルマ屋はなってないわ。
 街中で賞金首が暴れていると聞いたけど、この有様」

若い女は、みくより頭ひとつ背が高く、長い銀髪をストレートに垂らしていた。
その銀色に比べて幾分くすんだ灰色のインカムが、彼女の側頭部から首もとを硬質な曲線で覆う。
さらに手足には、金属と違うぼやけた光沢の樹脂装甲を貼り付けている。

「クルマが入れない場所だからって……及び腰なんだから。
 あなたたちって、ホントにクルマが通じない相手には弱いのね」
「マユラーはサイバネ技術が入ってない純粋な虫ケラにゃ。
 メカニックのテクも役に立たないにゃ」


●02-07

「……それなら、あなたが持ってるマグナムガデス、宝の持ち腐れね」

みくが驚愕に口を開いた瞬間、腹をえぐり込む打撃。
膨らんでいた肺が無理矢理潰される。
銀色の女が無造作に距離を詰め、みくの体が軽く浮くほど膝で蹴り上げていた。

ハッピードリンクと消化液が、みくの唇からわずかに溢れて、夕影を汚した。

「あ……ん、た……何者、にゃ……」



「私の名前……聞きたい?」

モトクロッサを撫でながら、銀色の女が口を開く。

「銀弾の射手――のあ、よ」


(続く)



●参考02

【ハンターオフィス】

ハンターたちの互助組合に始まる広域的組織。

大破壊後に人類が生き残った都市のそれぞれに支部を置き、
モンスターの情報・賞金・その他ハンターたちの仕事に関するほとんどを取り仕切っている。


●03-00


善も悪もごちゃまぜの雑多な街だよ。

――プエルト・モリの住人



●03-01

「……あなた、どうしたの」

路上に倒れたまま、顔を伏せて両肩を震わせだしたみくを、
のあと名乗った女ソルジャーが訝しむ。

「……変なあたり方はしてないはずだけど」



「……ふ、あは、あははっ、のあ、のあだって……?」
「あなたに言われなくても、自分の名前ぐらい知っているわ」

みくは三半規管をいびつに震わせながら、笑った。

「……大破壊の、引き金と、同じ、名前っ……ふふっ、ステキな、お名前にゃあ」

“のあ”と聞いて、みくが思い浮かべたのは、大破壊の元凶“ノア”だった。
みくは人類がノアから敗走した後に生まれた世代だが、
それでも外を徘徊するマシンやモンスターを通して、その脅威を知っている。

「世界征服でも、するのかにゃ……? おお、怖い怖い……」




「そういうあなたは、可愛い可愛い子猫ちゃんかしら」

のあは、地面にうつ伏せになっているみくに合成樹脂の手を伸ばし、
メカニック御用達安全服のうなじを指でつまみ上げた。

「んぎゃっ、な、あんたっ」

みくは、自分の体が片腕で軽々持ち上げられたことに驚いた。

しかし、のあが片腕かつ片手の指三本で、その芸当を行っていることには気づいていない。



「マグナムガデス、あなたが持ってるのでしょう? ちょうだい」
「おねーさん、この街は追い剥ぎにも作法というものがあるにゃ」

みくは無防備にぶら下げられていたが、不敵に笑うことができた。

ここは倉庫街のど真ん中、相手はたった今知ったばかりのソルジャー。
会話が成り立つのであれば、触手よりはよっぽどマシであった。



「……猫に九生あり、って本当なのかしら」

のあの声音は、脅迫的な台詞に対して奇妙に平坦だった。

「さぁ。みくも知らんにゃ」

答えるみくの声は、呑気な台詞に対して不自然に震えていた。



「……今、試すのもいいかも、にゃ」

呟きの末尾は甲高い破裂音に潰されて、ニトロビールの熱が弾けた。



●03-02

その瞬間、みくは生まれて初めて、逆さまに宙を舞った。
パン、パンと2発の銃声が響いて、はじけた余韻がみくの鼓膜に押し込まれる。

「……オキシドバレット」
「人間パトリオットじゃ、落とせないわよ!」

聞き覚えのある声が割り込んだ瞬間、みくは地べたにしたたか体を打たれた。
閉じた瞼の裏に星が落ちて消える。



「……猫みたいには、いかないものだにゃ」

みくは体を起こし、視線を上げる。

みくが叩き割ったニトロビールは、のあの足元で陽炎を起こすばかりだった。
夕闇を炎の明るさが侵食して、のあの樹脂光沢に不気味な輝きが上塗りされている。

そばのモトクロッサにも引火しているらしく、熱で変形した装甲タイルが、
パリパリと香ばしい音を立てて剥がれ落ちていた。

「ソルジャーとやり合おうなんて。あなた、きっとすぐ死ぬタチね!」
「あいつ美優さんのお知り合いかにゃ!」

みくと美優、二人の怒鳴り声の間を手榴弾の爆風がつんざき、
みくは再び地へ伏せた。飛び散った破片が街路を引っかきながら滑っていく。



「……荒っぽい消火にゃあ」

ニトロビールの熾火が手榴弾の炸裂で刈り尽くされた。
残り火は、アスファルトの溝にこびり着いたニトロの残滓とともに、不貞腐れて地を這っている。

その一つを、モトクロッサに寄りかかっていたのあが踏み消した。

「……あなた、相変わらずペットがスキなのね。犬の次は、猫?」
「余計なお世話よ、のあ」

のあの視線は、みくから美優へ完全に移っていた。

(みくのことは取るに足らない猫扱いか、にゃ)

あのツンとすましたサイボーグと、熱にのたうつマユラーの触手と、どちらのほうがタフか。
のあは、ちょうどオキシドバレットを一発被弾していた。触手と同じ状況だ。

懐のマグナムガデスをぶっ放したい衝動を、みくは辛うじて抑えた。
あれはマンホールから動けない触手とは違う。


●03-03

「……野良犬を拾った次は野良猫、懲りない人ね……」

黄昏の海陸風が流れるなか、二人の女ソルジャーが対峙する。
白兵戦には少し遠く、銃撃戦には少し近い距離。

みくは二人の様子を、さらに10歩ほど離れて眺めている。
両者のすらりとした体から延びる影法師は、沈みかけの太陽のせいで、いっそう細く長い。

美優はオキシドバレットを構えながらいつでも立射できる姿勢を保っていた。
対してのあは、愛車に寄りかかりながら楽に構えていた。



「そこの子猫ちゃん、あなたが美優とどんな関係かは知らないけれど、まぁ、想像はつくわ。
 この人、このご時世に珍しく、自分にも他者にも甘い人だから」
「……いやに確信した言い方をするにゃ」

のあは、いつの間にか片手でギリギリ持てる程度のスプレー缶を取り出していた。
ソルジャーの武器の扱い方は、メカニック見習いのみくが見ると、手品師と区別がつかない。

「端的に言えば、美優は、こういう人間なの――」



のあの持つスプレーから、一筋の火花が散って、炎のようなものが爆発的に広がる。
スプレーの大きさに比して、常識をぶち壊しにする巨大な熱量。
ニトロビールのそれを炎と呼ぶなら、スプレーのそれはむしろ、火砕流に近い熱の塊だった。

「――美優さ――げっ、が、がほっ、おごっ……っ」

みくは、火砕流の射線に割り込む影の名を叫んだ。叫ぼうとして、喉の粘膜を焼かれた。
みくをかばって走りこんできた美優が奔流に立ち塞がり、
その中に飲み込まれる様が、みくにも見えた。

急激な温度変化で膨張した空気の風が、時間差でみくの上体を吹き払い、
みくはまた路上を舐める羽目になった。



「……美優、それがバオーバーブンガーから剥ぎ取ったシロモノかしら?
 あなたが賞金を貰ったとオフィスで聞いたけど、間違いじゃなかったようね」

のあの声に、みくは目線を上げようとして、上でしつこく粘る空気中の熱に押さえつけられ、
ただ二人分の足だけを見て、美優が立ったままでいると気づいた。

「さすがの耐熱性ね。ドラゴンスプレーの熱も散らしてしまうの……」
「いたずらに人を試すような真似、関心しないわね」

銃弾や炎をぶつけ合いながら平然と会話するなんて……と、
みくはソルジャーという人種に呆れ果てた。

「……追い剥ぎやってる時点で、どうかと思ってたが、にゃ」


●03-04

「――ああ、そうそう。子猫ちゃんのマグナムガデス」
「なんであなたが、マグナムガデスのことを知っているのよ」

美優の詰問に、のあはつまらなさそうに返した。

「マユラーの先っぽが暴れてる時、私もあの場所に居たのよ。
 美優の戦いのフェロモンに釣られて、かしらね」
「気色悪いことを言わないで頂戴」
「あら失礼。でも、あれだけ街中で化け物騒ぎがあれば、ね……
 子猫ちゃんが、猫というか窮鼠みたいにドンパチやってるところを見てしまって」

(よりにもよってネズミ扱いか、にゃ)



普段なら、路上で小競り合いが起きれば野次馬がウヨウヨと寄ってくるプエルト・モリも、
今日は人はその様子が無い。またマユラーが出没したと勘違いされたのか。

「子猫ちゃんがそんなモノ持ってても、早死するだけよ」
「みくを炙り焼きにしようとしたあんたにしては、殊勝な言葉だにゃ」
「そんなこと言わないで。照れるわ」

みくは頭を抱えたくなった。
このサイボーグ女はいったい何なのだろう。

「子猫ちゃんのそれを欲しがるが、私だけ……なんて、ありえないわ。
 次に追い剥ぎから襲われた時、そこな飼い主さんは助けてくれるのかしら?」

美優がみくに与えた忠告を知ってか知らずか、
のあの口舌は美優のそれと重なっていた。



●03-05

「……まぁいいわ。理屈をこねて何をどうにかしよう、というのは私らしくない。
 次に会うときは、子猫ちゃんの了見が少しマシになっていると期待しておくわ」

のあは、気まぐれのようにトランセンドに跨った。
ルドルフターボの唸り声が、星の点々と散る波止場の空を漂いだす。

「マユラーの討伐が済むまでは、この街にいることにするわ。またよろしく」
「よろしくじゃねーにゃ、脳ミソまで特殊装甲に取り替えてしまったのかにゃ」



みくの言葉を無視したまま、急発進のスキール音を置き去りにして、
のあとトランセンドはコンテナの向こうへ走り去っていった。

「……何なんだにゃ、あいつは」
「あの子は……ちょっとね、前から自由人で……」

美優のズレた返答に、みくは乾いた笑い声が漏れた。
火炎放射を浴びせられた相手を自由人で済ませるのが、ソルジャーの流儀なのか。
みくには理解できなかった。



ただ、みくにとって極めて重大ではっきりしていることが一つ。

「……みくもとうとう、取ったり取られたりの身分か、にゃあ」



(続く)


●参考03

【ソルジャー】

あらゆる武器を使いこなす白兵戦のエキスパート。
戦車などクルマの運転は苦手なので、バイクを駆って戦場に出ることが多い。

乙!
3DSのメタルマックス4買ったったわ

>>27
メタルマックス4も面白いですね。
ぜひ「戦車と犬と人間のRPG]と呼ばれるあの独特の世界観に浸っていただきたいです。

まぁマユラーは徒歩強制なので戦車戦が出せそうもないんですが。


本文投下します。


●04-01


クルマ屋の作業場に隣接したコンテナの床を見上げる。
見慣れた無骨な天井は、二段ベッドの上の段に横たわるみくからだと、
老朽化の加減も思いっ切り見えてしまう。

(早く寝なきゃいけないのに、にゃ。明日も、早いし……)

目が冴えて睡魔に嫌われた意識を持て余し、みくは薄っぺらいベッドの上で丸くなった。
下の段から晶葉のかすかな寝息が聞こえる。

(……あ)



(……もう寝坊しても、親方に叱られるコトは無いんだにゃ……)



自由たるべき自分を理不尽に縛ってくる、なんてことを思っていた親方が、
いざ目の前から永遠にいなくなってしまうと、家から叩き出された飼い猫の気分だった。
みくは丸めたままの体で、マグナムガデスに両腕を巻きつけた。

今や、みくの自由を担保してくれるのは、この冷たく危なっかしい銃一丁。

(それにしたって、これを持ってたら、のあみたいなヒトに狙われるのか、にゃ)



のあがバイクで走り去った後、今更になってクルマ屋たちが騒ぎ出したのを、
『またマユラーが現れて応戦していた』と言い繕って、みくは美優の体面を守ってやった。

その見返りに、みくは美優から夕食をおごってもらい、また少し話をした。

(あのヒトも相当な変わり者だにゃ……今日出会ったばかりのみくに、随分いろいろと)



●04-02

マユラーが出没しているせいか、酔っぱらいも騒がない港町の夜のなか、
みくは今日一日起きたことを思い返し、その回想に没入していった。

回想のなかの美優の声は、その強さに似合わない優しく儚げな響きだった。

『のあとは……ライバルみたいな関係、かしら。同じ賞金首狩るために、
 出し抜き合うこともあったし、肩を並べて戦ったこともあった』

(アイツ何者にゃ? とは聞いてみたら、わざわざ出会いから戦績まで話してくれるし)



『あの子は……のあは、ペットなんて言ってたけど、そんなものじゃなかったわ。
 モンスターや人との戦いでも、何度助けられたことか……』

(そこから興が乗ったのか、相棒との昔話も聞かせてくれて……
 マシンガンぶっ放してソルジャーのサポートとか、バイテク絡めば犬っころでも恐ろしいにゃ)



『……死んじゃったけど、ね』

(まぁのあの言葉と、美優さんの態度で、話に出た時から予想はついてたけどにゃ。
 寂しがり屋なんだろうか、にゃ。みくを必要以上に構ってるのも、きっと)



(……親方も奥さんと娘さんがいたけど、モンスターに殺されちゃったって言ってたっけ。
 晶葉チャンとか、みくのことを面倒見てくれてたのも、娘の代わりだったのか、にゃ)




●04-03

みくはゴロリと寝返りを打った。

(晶葉チャンは大丈夫かにゃ。体は大丈夫と聞いたけど……それはともかく。
 マユラーに襲われてトラウマになってなきゃいいが、にゃ)

みくは、自分も死にかけていたのを棚に上げて、晶葉の心配をしていた。
マユラーに襲われて気絶した晶葉を運んで、美優と話し込んだりのあと小競り合いしていたため、
みくが自分と秋葉の寝床に戻った時、晶葉はもう就寝していた。

マユラーとの交戦以降、みくは晶葉とまだ一言も会話していない。



(晶葉チャンの腕前なら、修理屋を継いで切り回すことはできるだろうにゃ。
 というか、そうしてくれないと、今や晶葉チャン以外にコネのないみくは、居場所がなくなるにゃ)

(……全然自由なんかじゃない、にゃ)

みくは、マグナムガデスを抱きながらベッドで自嘲した。



みくは、また寝返りを打った。狭く薄いベッドの上で体がゴロゴロと彷徨っている。
ふと、数少ない私物であるキャッツのベースボールカードを納めた箱が目に入った。

(あとはユッキ……クランはイヤ、にゃ。連中はガラの悪い山賊にゃ。
 自分で見てても、ユッキの愚痴を聞いてても、あそこはロクなところじゃない)

みくは、酒やドラッグの臭気に包まれたクランのアジトで、
略奪と暴力以外を忘れたモヒカンどもに、犬のごとくこき使われる自分の姿が幻視できた。
マユラーに体まるごとへし折られるのとどちらがマシか、みくは本気で迷った。



(しょうもない、にゃ。それが嫌なら、そこから逃れるよう動かないとならんにゃ)



(……どうしろって言うのにゃ)



(メカニックとしての腕は、素人に毛が生えた程度)

(銃だって、とりあえず撃てるってだけ。マユラーを撃退したのは、まぐれとマグナムガデスのおかげ)

(春を売れってのかにゃ……勘弁にゃ。美優さんぐらい女らしけりゃ、
 馬鹿な男の一人二人は引っかけられるだろうけど……)



(引っかかってるのは、脳ミソの代わりに合成樹脂が詰まってるようなサイボーグだし……)




●04-04


みくは夢を見ていた。



曇り空が半分も見えない鬱蒼とした森のなか、
木々の根が絡みついた不安定な足場を、遺伝子強化された四肢で踏みしめていた。

遺伝子強化されたしなやかな四足は、不安定な足場を、
空を飛んでいるかのような軽やさで走った。

みくはマスターより先行していた。
嗅覚・聴覚は言うに及ばず、ほかの感覚も人間より遥かに上。

人間が食らってしまうような不意打ちも、彼女には関係がない。



やがて、空にB-52アホウドリの姿が増えて、灰色の翼の羽ばたきが雲を埋め尽くさんとする。
そこから無造作にばら撒かれ焼夷弾の炎をかき分けて、みくが進む。
火炎放射器を背負ったイノシシ――黒ぶたファイアの突進をかわす。

こんな常時焼き畑をやってる生物兵器たちが徘徊している環境で、よく樹海が維持できているものだ。

マスターがフルメタルガンをぶっ放して、モンスターの集団を怯ませた隙に、
みくがバイオ軍用犬用超音波兵器――ポチソニックの音波を叩き込んで追い打ち、雑木とまとめてなぎ倒す。



そうして道を強引に広げていくと、
ようやくお目当ての化け物巨木――バオーバーブンガーが見えてくる。

大きさそのものは下手なビルよりも大きいが、
近くで見ないと周りの緑に溶け込んでしまって、狙いがつけにくい。



巨木のてっぺん近くに繁る緑色がざわついたかと思えば、
そこが飛行場であるかのように、爆撃鳥たちが飛び立っていく。曇り空を点々と汚していく。
意思を持った巨木が枝を揺らせば、毒ガス放射器のついた巨大芋虫たちが振り落とされ、
八つ当たりのようにマスターとみくへ迫ってくる。その数は密林の濁流さながら。



「これが13000とか……安過ぎて冗談みたいね。
 もう少し釣り上がるまで、放置していてもいいかしら?」

みくはマスターの弱音を無視して、
うねうねと蠢く毒イモキャノンの群れに指向性ソニックブームを叩き込んだ。

「ふふっ……しょうがないわね。
 ここのところ、のあとか、他の賞金稼ぎに先を越されてばかりだし……。
 少し、気張ってみましょうか……?」



B-52アホウドリの焼夷弾が、みくの目の前で炸裂。
その爆炎を跳躍で飛び越えて、みくは要塞の如き巨木へ立ち向かっていった。



●04-05


「――っ、にゃ、にゃああっ!」



目が覚めると、猫のように丸められたみくの体には、
超音波範囲制圧兵器などなく、遺伝子強化も施されておらず、
寝汗で乱れた寝間着と、生暖かいマグナムガデスしか触れていなかった。

「……あ、やばっ、起きなきゃ、にゃっ」

みくが起こされる時間は、いつもほかのクルマ屋が目覚める前。
下っ端ということで、皆がまだ寝静まっている早朝だった。

なのに今朝は、荒っぽい整備屋の連中の誰も、みくを起こしに来なかった。



顔を洗うのもそこそこに、みくは作業着に着替える。
二段ベッドの下に寝かせていたはずの晶葉は、既に寝具を畳んで姿を消していた。
もう倉庫街の作業場へ出てしまったのか。



(それにしても……親方がいないからって、誰も起こしに来なくなるかにゃ……
 連中、いつもならどうでもいい理由で雑用を押し付けてくるってのに)



息せき切って作業場に走り込んだみくは、そこで思わぬ人物と再会した。

「……あら、子猫ちゃんね」
「なんでアンタがここにいるにゃっ!?」

作業音でやかましい作業場のなかで、最初にみくへ声をかけて人間は、
昨日みくから強盗を働こうとしたサイボーグ――のあだった。



「お、みくか。親方出勤じゃないか!」
「何呑気なこと言ってるにゃ! 晶葉チャンこの強盗と何してるにゃっ」
「強盗?」
「そこの合成樹脂装甲ゴテゴテつけた女にゃっ!」

みくが勢い良くのあを指さしたが、のあはどこ吹く風と言った顔だった。



「晶葉、トランセンドは?」
「ああ、のあ姉さん。言われた改造、このぐらいで済みそうだよ」
「……ふふ、あなた、分かってる人ね」
「いやいや、姉さんこそイカしたコに乗ってるぞ。これはいじる側としても楽しそうだ」

みくは、無言で晶葉の腕を掴み、作業場の隅へ引っ張っていった。



●04-06

「おいみく、何するんだよ」
「あの女ソルジャー・のあは強盗だにゃ、悪いことは言わないから付き合うのは止めるにゃ」
 あいつ、みくに火炎放射器ぶっ放してきやがったにゃ」
「強盗って、みくがそんな金目の物持ってるわけないだろ?」

みくは意を決して、肌身離さず持ち歩くようになったマグナムガデスを晶葉に見せた。
晶葉は技術屋の性か、銃そのものを見てすぐ『へぇ』と感嘆したが、
みくの言葉は本気にしていなかった。

「分かったから、それはしまえ。メカニックが見せびらかすものじゃない」
「見せびらかす前から、あいつに分捕られかけたにゃ」
「あいつ……のあ姉さんのことか?」
「『のあ姉さん』って! いつの間にそんな仲良くなったにゃ……」



晶葉は至極当然といった顔で、みくに答えた。

「メカニックなら、人より動かしてるメカで判断しなきゃな。
 トランセンド――あのコに乗ってる人なら、少なくとも客とするには足りる」
「これだからメカキチは……あ、客といえば、店はどうするにゃ。親方死んじゃったにゃ?」

みくは、昨日親方が死んだというのに、
もうメカニックの営業を始めているのかという顔をした。



「あー、それなんだが……みく。願わくば、動揺しないで聞いて欲しい」

晶葉は、みくの両肩に手を置いた。



「親方が死んで……私たちがここに居られるのは、あと一週間と決まったらしいぞ?」


(続く)



●05-01


「あ……あと一週間、にゃっ!?」

みくは、思考停止寸前の頭で、かろうじて晶葉の言葉をオウム返しした。



「そうだ。親方は遺言を残さなかったし、どのみち私たちだけでは店を回せんだろう。
 だから設備が供託にされてしまって……ま、さほど問題あるまい。もとから私たちの財産でもないしな」
「そんな、だからってこのままじゃ……みくたち、路頭に迷うにゃ!?」
「どのみち、こんな街はマユラーでこりごりだ。で、私はプエルト・モリを出ようと考えてて、な」

晶葉は、育ての親を失った翌日にして、
同じ境遇のみくより、さらにあっけらかんとしているようだった。

「定期船に乗るとなると、ラスティメイデンかテッペンタウンだが、
 錆びた処女(ラスティメイデン)は黄色ずくめで奇声を喚く気持ち悪い集団が牛耳ってるらしい。
 マシなほうのテッペンタウンも、新参者に厳しいという」

技術では負けないつもりなんだがな、と付け加えるのを晶葉は忘れなかった。

「そんな時に、のあ姉さんにこの話をしたら、
 特殊車両転送装置――ドッグシステムに相乗りさせてくれることになってな。
 のあ姉さんはテッペンタウンにもツテがあるらしいし、まぁ、これこそ渡りに船って話だよ。はははっ」



(晶葉チャンのクセに、美味すぎる話にあっさり乗るんだゃ)

みくは自分のくちびるを舐めた。

(強がってるのは表面だけかにゃ? そうしなきゃ手詰まりなのも確かだが、にゃ)




●05-02

「子猫ちゃん、メカニック晶葉を返して欲しいのだけど」

のあに背後からいきなり声をかけられ、みくは両肩がびくつくのを抑えられなかった。

(……この頭悪そうなサイボーグが、搦め手で接近してくるとは予想外だったにゃ。
 このままじゃ、本当にみくは抵抗もできずに分捕られて終わり……)



みくは懐の銃把に手を触れさせた。
マグナムガデスに手を伸ばすのが、完全に癖となっていた。



「子猫ちゃん、あなた本当にソレを隠す気がないのね。
 事あるごとにそんな触り方していたら、銃を持ち歩いていると喋ってるようなものよ」

のあの呆れ声の指摘と、晶葉の目を覆うジェスチャーが重なる。

「なんとでも言え、にゃ。こいつは簡単には渡さないにゃ」
「みくが銃にそんな執着するとか、初めてじゃないか?
 確かに、珍しそうな銃には見えたけど、それは――」

晶葉は不自然に口籠った。

が、晶葉とそれなりに付き合いのあるみくには、今押しとどめられた言葉が、
――どうせキミも、それを誰かから盗んだんだろ――という追い打ちであることが、
何となく察せられた。



「そんなに銃へ執着するのなら、いっそソルジャーに転向するのはどうかしら」

呆れ声と真顔のギャップを埋めないままこぼれたのあの呟きに、みくは本気で驚いた。

「へぇ、あんたも皮肉なんて言うんだにゃ」
「皮肉じゃないわ。あなたがただの野良猫なら気にしないけれど、
 晶葉のお友達というのであれば、私も少し考えるところがある」



のあの提案は、実に賞金稼ぎらしいシンプルなものだった。

「あなたがマユラーを打ち取ったら、
 私はあなたをマグナムガデスにふさわしい腕利きとして認めるわ」


●05-03



「――で、その提案にあなたは乗った、と」
「……にゃあ」

昼下がりのハンターオフィスで、みくはまたも溜息を浴びせられた。

「あなた、ソルジャー向いてないわ。早死するわよ」



みくは、のあと会話してからすぐに、
美優が情報収集しているはずのハンターオフィスへ向かった。

昨日はマユラーの触手を警戒して、
ニトロビールまで持ち歩いて警戒したプエルト・モリの街並みを、
今日は半ばやけっぱちになったみくが無造作に歩いて行った。



「美優さんから見たら、みくは馬鹿で無鉄砲かも知れないにゃ。
 でも……ほかにどうしろと言うんだにゃ。どうせこのままじゃジリ貧だにゃ」

みくの淡々とした言葉に、美優は答えあぐねた。

美優にそんな助言を与える義理などなかった――が、美優はそれを考えてしまう性格だった。

それを把握して利用するほどには、みくは狡賢かった。
それに罪悪感を抱く余裕がないほど、みくは追い詰められていた。



「あと一週間で、マユラーの首を取れるかどうか。コレだけにゃ。
 ……あいつに首があるのかどうかは知らないがにゃ。取れれば、カネと安全が手に入るにゃ」
「いや、それあなた普通に死ぬわよ。メカニックとして腕を磨くつもりはないの?」
「晶葉チャンみたいなメカフェチならともかく、食っていくためにメカニックやろうってのは馬鹿にゃ」

みくのメカニックとしての腕前は、
メカニックキット使ってクルマを修理できる程度のものだった。
武器やクルマの改造に手を出す技術力は無い。

そして改造のために必要な設備も、一週間後に失うこととなる。




●05-04

「みくは、この街の地下道には詳しいかしら」
「この街の大概の人間よりは、歩き慣れてると思うにゃ」

みくは、クランの下っ端とモグリの取引をするとき、よく地下道を使っていた。

「というより、この街の地下道に出入りする連中なんて、
 整備メカニックのほかは、アジトが地下道の一部に食い込んでるクランぐらいにゃ。
 誰だって、モンスターがうざったい地下道を好きでうろついたりしないにゃ」

みくは、巨大化したゴミ漁りねずみのダークアイや、
痺れガスを噴出する殺人アメーバ・DNAブロブやら、
ガスマスクとマシンガンを装備したテロ用ゴスロリ人形など、
地下道を徘徊するモンスターについて語った。



「みく……あなたって、意外と武闘派なのね」
「それはちょっと語弊が……積極的にモンスターと戦ったりはしなかったにゃ。
 親方が居た頃は、みくもメカニックの手伝いしてたから、そんなことで怪我できないにゃ」

美優は、マンホールから突然にょっきりと生えたマユラーの触手に、
夢中になってマグナムガデスを叩き込んでいたみくの姿を思い起こした。



「ここで地下道と呼ばれている道は、もともと上下水道の整備のためつくられたとこらしいにゃ。
 今の水道は、この街のメカニック組合が請け負って維持してるけど……」
「維持してるけど……?」

「そこらのモンスターだけならともかく、マユラーまで出没してちゃ……遠からず断水にゃ。
 ここの人口的に考えて、浄水器じゃ水の需要を賄い切れないにゃ。
 一週間もしたら、ここの人間が干上がってマユラーどころじゃなくなるにゃ」
「港町の住民が水不足で干上がるとか、冗談みたいな話ね。
 それにしても、このご時世で都市衛生について語られるとは思わなかったわ」



美優が素直に感心すると、みくはむしろ暗い表情になって、

「全部、晶葉チャンの受け売りだけどにゃ。ほら、みくの前で触手に捕まってた子にゃ」

と答えた。
しゃべっているうちに、この街を出て行く晶葉の考えが妥当な気がしてきたらしい。



●05-05

「……ところで、美優さんのほうは調子どうにゃ?
 さっき言った通り、この街はどんどんまずいことになるにゃ」
「マユラーの触手に捉えられたら、一人じゃまともに抵抗できないわ。
 ということで、仲間を集めようとは思ってるのだけど、なかなか信頼に足る相手は……」

賞金首の討伐に単騎で挑む賞金稼ぎは少数派である。

賞金稼ぎは普段からチームで行動するか、仕事のときだけチームを組むかしている。
仲間集めの仲介を行うのもハンターオフィスの役目であった。



みくからプエルト・モリの地下道について話を聞いた美優は、
ひとまず彼女を案内人としてキープしておくことにした。

「……あなたは土地勘があるみたいだし……雇っても、いいわ。
 討伐メンバーの目処がついたら、道案内ぐらいはしてもらうと思う。
 マユラーが出たら、適当にマグナムガデスぶっ放しておきなさい」
「贅沢は言わないにゃ。そもそも、マユラーがいなくなったら当面はなんとかなるにゃ。
 みくにツテはないから、面子は美優さんに任せるにゃ」



三日後、待ちかねた美優からの連絡を受けたみくは、
討伐に同道する人間と顔を合わせることになった。
そこには、みくがもっとも出会いたくない人間がいた。



「美優さん……美優さんって実は、知り合い少ないにゃ?」
「腕前は……確かよ。丁度いいでしょ。あの子にマグナムガデスの持ち主だ、って認めさせるのだから」

集合場所では、みくの渋い顔から投げつけられる視線をどこ吹く風に、
のあが火炎放射器の手入れを行っていた。



「最近、プエルト・モリにルーシーズって大物食いの賞金稼ぎチームが出入りしてるって噂があるの。
 それで、彼らの獲物を横取りした、なんてみなされたらたまらないと思ったのか、
 集まってきたほかの賞金稼ぎが、別のところに行っちゃったらしいのよ」
「……ああ、確かにあのサイボーグなら、そういうこと気にしなさそうだが、にゃあ」



こいつ……むしろ、こいつらに背中を見せて、
地下道を先導しなきゃならないのか……とみくは心中で嘆いた。


(続く)

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