提督「朝潮の頭を撫でた時の反応が可愛い」 (71)
提督視点の地の文あり
提督が朝潮を愛でるお話
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「失礼いたします。駆逐艦朝潮、遠征任務の報告書を提出しに参りました」
執務の合間、休憩としてソファに座りコーヒーを飲んでいた私が執務室の扉の方を見ると、朝潮が報告書を片手に敬礼をしていた。
小さな体躯ながらピシッと足先から頭まで筋が伸び、一目見ただけで引き締まった雰囲気が感じられる。
「あぁ、ご苦労様。今受け取るよ」
ソファの傍まで歩いてくる朝潮の姿は、見た目の年齢にそぐわず軍人然としており、生来の真面目さと実直さが真っ直ぐに伝わってくる。
その頼もしい姿に、私の表情は自然と柔らかくなった。
「いつも遠征の旗艦と報告書の役目を任せてすまないね。君以外の駆逐艦の子だと頼りない事が多くて、つい頼ってしまう」
「いえ、とんでもありません。司令官から信頼していただきとても光栄です!」
「そう言ってくれると嬉しいよ。いつもありがとう」
そう言って座ったまま報告書を受け取った私は、“いつもの行為”をするために朝潮の頭に手を伸ばした。
頭頂に手のひらを置き、ゆっくりと頭の輪郭に沿って優しく撫で下げ、下まで行ったらまた頭頂に戻ってを繰り返す。
「し、司令官! いつも言っていますが、その様な事をされると、朝潮、困ってしまいます……」
朝潮が慌てた様子で目を泳がせ、羞恥からか少しだけ頬が赤くなり、ピンと伸びていた背筋がわずかに縮こまる。
この朝潮の反応もいつもの事だ。だが、その言動を気にも留めず撫で続ける。
朝潮の“この先”の表情を見るのが目的なのだ。ここでやめるわけが無い。
「司令官……本当にこれ以上続けられると、体に力が入らなくなってしまって……うぅ……」
こうする度に告げられるそんな言葉から、朝潮が私に頭を撫でられる事に心地よさを感じている事を、私は十分すぎるほど理解していた。
しばらくのあいだ、朝潮の抗議にもならないような声を聞き流しながら、手のひらで頭をなぞり、時折指で髪をすくように手を動かしてやっていると、朝潮の表情が段々と変わってきた。
意志の強さを讃えたような釣り目気味の瞳が、眉と一緒に少しずつその端を下げ始めた。
普段は逞しさを感じるその結ばれた口元も、次第に力が抜けてわずかに開いたような状態になる。
目の奥は心地よさに潤み、呼吸はリラックスしたかのように長く、深く繰り返されるようになった。
その“トロン”という表現がこれ以上ない程に当て嵌まる表情に、私はいつもの満足感を得る。
「うん、いつもの顔になったな、力加減はどうだ、朝潮」
「んっ……はい、気持ちいいです、司令官。ふぅ……」
こうなると朝潮も素直なもので、正直な感想を言ってくれる事に、また喜びを感じる。
誰が撫でても朝潮がこんな風になるわけではない。
普段から気を張って真面目に勤め、誰にも弱みを晒そうとしない朝潮が、頭を私に預けて心地よさを感じ、リラックスした隙だらけの様子を目の前で見せてくれる。
それは朝潮の私に対する全幅の信頼と敬愛の証であり、こうして頭をなでる事で朝潮から明確にそれを感じ取る事ができる。
それを嬉しく思うと同時に、目の前の少女を可愛らしく感じる。
だから、ついつい事あるごとに朝潮からこの表情を引き出すのがやめられなくなってしまう。
他の駆逐艦の子達の大部分がまだまだ幼い一面を見せる中、大人びた朝潮には何かと負担がかかるだろう。もう少し、肩の力を抜かせてやろう。
そんなことを考えていると、自分が座っているのと向かいのソファにいた人物から、朝潮が執務室に入ってきてから初めて声がかかった。
「その辺にしておいた方がいいんじゃないですかー、提督―?」
秘書艦の大淀だ。笑顔に見える表情だが、こちらに向ける視線は私の手を縫いつけようとするかのように鋭い。
「お、大淀さん! そのですね、これは」
大淀の存在を思い出した朝潮が、慌てて体裁を取り繕おうか、はたまたそのまま私の手に身を委ねようか決めかねてアタフタとし始めた。
どうした物かと手をわたわたさせつつも、私の手を振り払えないでいるのが可愛らしい。
「そう怒った顔をするなよ、大淀」
「あらー、私は全く怒っていませんよ?」
「なら君はもっと目尻を下げる練習をした方がいいな。それにこれは単なるスキンシップだろ?」
「スキンシップの域をとっくの昔に越えてるから言ってるんですよー? 提督、さっきの朝潮ちゃんみたいな表情を見たがる人を何て言うか知ってますか?」
「名称があるのは初耳だな」
「……提督、いい加減その手を朝潮ちゃんから離してください」
声から感じる温度が一段階下がったのを感じ、渋々私は朝潮の頭から手を離した。
朝潮の「ぁっ……」とギリギリ聞こえるような声と、ホッとしたような残念なような複雑な表情をしたのを視界と耳の端で捉える。
「朝潮ちゃん、今日はもう疲れたでしょ? もう仕事は残ってないだろうからゆっくり休んだらいいんじゃないかしら」
「そうだな、朝潮、ご苦労様。今日は残りの時間自由に過ごしてもらって構わないぞ」
「は、はい! 朝潮、失礼いたします!」
執務室に入ってきた時より心持ち肩の力が抜けた様子で、朝潮が部屋から退出して行った。
その微妙な変化を微笑ましく思っていると、正面から先ほどの会話を再開しようと声がかかる。
「随分と嬉しそうですね、提督」
「そうか? それにしても朝潮に退出を促すのが急だったな」
「えぇ、朝潮ちゃんにはあまり覚えて欲しくない言葉を出す所なので」
「さっきの朝潮の表情を見たがる人の名称だったか」
「えぇ、ロリコンって言うんですよ提督。危ない人扱いされるのであのような行為は控えるべきです」
うーむ、と自分の中のロリコンについての知識について考える。
だが、私の記憶しているロリコンの定義は、私自身の特徴には当て嵌まらなかった。
「それは違うぞ大淀。ロリコンというのは未成熟な少女を性愛の対象とする趣向を持つ人だったはずだ。私は朝潮を性愛の対象としては見ていない」
「それが信用できないから言ってるんです! 提督が朝潮ちゃんを撫でる時の顔、他じゃ絶対に見せないような表情してるんですよ!」
「満足感のある顔だろうな」
「いいえ! どこからどう見ても“かわいいなー”って思っているのが分かる顔です!」
「実際可愛いと思っているからな。だがそれでロリコン扱いされたら親と子でもロリコンになってしまうじゃないか」
「あなた達は親子でも何でもないでしょうがあー!」
大淀が立ち上がって両腕を下に突っ張り、分かりやすく怒ってますと伝えるようなポーズで怒鳴る。
その後すぐ、新しい来客が廊下からやってきた。
「どうしたのかしらー? 外へも響くくらいの大声が聞こえてきたけど」
「あ、愛宕さん! 提督がまた朝潮ちゃんを危ない目で見てまして!」
「危なくないと言っているだろう。心外だな」
「あー、例のあれねー。さっき朝潮ちゃんとすれ違ったけど頭に手をやりながら嬉しそうにしていたわー」
「もー! どうしてそんなににこやかに言えるんですか。提督は朝潮ちゃんに関して以外ならとても優秀な司令官なんですから、憲兵に捕まったりされたら困るんですよ」
「私からしてみればお前は全くもって無駄な杞憂をしているようにしか見えないがな」
実際に、朝潮に対してそのような欲求を持ったことは一度たりともなかった。
朝潮への感情を例えるなら、自分に懐く忠犬に対する愛情と言った所だろうか。いや、犬扱いはさすがに失礼か。
「まぁまぁ大淀ちゃん、提督がそういう趣味だと断定できるわけでもないんだし、早合点でそんなに責めるのは良くないわ」
「で、でも愛宕さん! 何か起こってからでは遅いんです」
「でもここで押し問答したって暖簾に腕押しよ? ほら、まだ仕事も残ってるみたいじゃない。早く片付けちゃわないと。なんなら手伝うわよ?」
「愛宕の言うとおりだな。休憩は終わりだ、執務に戻ろう」
渋々といった様子で、大淀も執務に戻り、その日の私に対する議論は終わりとなった。
そのまましばらくの間、私がロリコンであるかの話題は上らなかった。いつものように朝潮を撫でて、大淀に咎められ、時には他の艦娘に目撃されたりと言った日々が続いた。
そんな中、ある日大淀と愛宕が私に意見具申をしに執務室へやって来た。
「提督、軽巡大淀、秘書艦としてお話があります」
「あぁ、どうたんだ?」
「最近提督の駆逐艦朝潮に対する態度を見た鎮守府の艦娘達により、主に軽巡洋艦以上の間で提督がロリコンなのではないかという噂が本格的に広まっています」
「事実無根なんだがなぁ」
「事実であるかどうかは関係ありません。提督は、提督自身が艦娘達の間で男性として中々に人気があることはご存知ですか?」
「まぁ、ある程度は把握している。ストレートに好意をぶつけてくる子も居るのでさすがにな」
「それなのに提督がロリコンだとの噂によって、一部艦娘達の士気が下がってしまっています」
「噂を否定すれば済む話じゃないのか?」
「勿論本人は否定していると説明はしていますが、口で言うだけじゃやはり信じきれない所もあるのでしょう。中には艦隊内で朝潮を特別扱いしていると感じる艦娘まで出てきて、少々問題になっています」
「艦隊指揮に私情を絡めた事は一度足りとも無いぞ」
「それは秘書艦である私もよく分かっています。ですが、噂はそういう理屈ではないのです。噂が憲兵の耳にまで触れれば、面倒な事になってしまいます」
「じゃあ、大淀は私にどうして欲しいんだ? 何か案はあるのか?」
「提督がロリコンではないと証明して頂きます」
「具体的にはどうやって?」
「提督には、朝潮と数日間同衾して頂こうと思います」
「……は?」
「それで提督が朝潮に対し性的興奮を覚えなければロリコンではないという証明になります」
「おいおいちょっと待て、話が突拍子も無さ過ぎて付いて行けんぞ」
「私だって少々飛躍した事を言っている自覚はあります。ですが、何よりの証明が欲しいんです。鎮守府中の艦娘が納得するだけの物が。それで愛宕さんや他の方とも相談した結果、これが一番確実だろうという結論になりました」
「そうは言っても、その性的興奮がどうのはどうやって判断するんだよ」
ここで、初めて愛宕が口を開いた。
「それについてはちゃんと考えてありますよー。明石ちゃんにお願いしてありましてね。あ、到着したみたい。明石ちゃんこっちー!」
愛宕が廊下に向かって手を振った先では、明石が何かを持ってこちらまで歩いてきていた。
「失礼いたします! 工作艦明石、愛宕さんから注文されたものをお持ちしました!」
「ありがとー明石ちゃん!」
「明石、それは一体何なんだ? 一見すると湿布に見えるが」
「これはですね、胸に貼って頂きまして、対象の人物の神経信号や心拍数、脳内分泌物その他諸々を解析して、私の持つ端末に送る優れものなんです! これを提督に貼れば、提督の興奮度、理性の決壊度、心的ストレスなどなどリアルタイムで分かっちゃうんですよ!」
「すごいとは思うが心が沸き立たない響きだな」
つまり私の精神状態が丸裸になるということか。
艦娘の謎技術を変な方向に活用して暴走するのは明石の悪い癖だ。
目を輝かせて解説する明石とは対照的な表情を自分はしている事だろう。
私の表情を無視して、大淀が説明を再開した。
「同衾中はこれを使って私達が夜通し交代で提督の状態を観察します。少しでも不穏な様子があれば、何か起こる前に私たちが突入して朝潮を救出します」
「だからそんな事態にはならないと何度も言っている」
大きく溜め息をついて見せる。
だが、元々私の性的趣向にやましい所はないとは言え、私の行動によっていらぬ誤解が広まったのも事実だ。これで身の潔白を晴らせるのならば乗ってみるのもありだろう。
「分かった。それだけ準備してきたんならやろうじゃないか。だが朝潮はどうやって説得するんだ?」
「そこはこの私、愛宕が上手くやってみせるわー。提督は今晩その解析シールを貼って待っててちょうだい!」
「分かった、任せるよ。朝潮が嫌がったら中止でいいからな」
手直ししなければならない部分が見つかったので投下は一旦ここまで
地の文も行間空けたほうが読みやすいですね
そのまま話は終わり、時刻は過ぎフタサンマルマル。私は自室でシールを貼った状態で読書に耽っていた。
すると、コンコンというノックと共に、扉の向こうから声がかかった。
「司令官、朝潮です」
「あぁ、入っていいぞ」
朝潮が普段と同じ制服のまま、まるで執務室に入ってくるかのようにキビキビとした動作で入室し、ベッドに座る私に対し敬礼を取った。
「駆逐艦朝潮、司令官の警護・警戒任務に参りました!」
「任務? 朝潮、愛宕に一体何て言われてきたんだ?」
「は! 司令官が難病に感染している恐れがあり、数日間様子を見る必要があると。特に夜間病による発作が起こる可能性が高く、就寝時は病の恐れがなくなるまで朝潮が司令官の傍につき睡眠を取り、何かあればすぐに外部へ知らせるように、とお聞きしました!」
「難病、ねぇ……」
色々と突っ込みどころのある設定だが、朝潮の純真さからか全く疑っていないようだ。
全く濁り無い澄んだ瞳を見ていると罪悪感が沸いてくる。
「司令官、何か体に異変があればすぐに朝潮にお申し付けください。今は何か体調不良などはありませんか?」
朝潮が心配そうにこちらを見てくる。凛とした雰囲気が萎み、悲しげに眉が下がる。
私が難病に陥ったかもしれないと聞いて、本気で心配してくれているのが分かる。
それを嬉しいと思うと同時に、騙したのは自分ではないとは言え心が痛んだ。
「今は問題ないよ。それより朝潮、その格好で寝る気か? 寝巻きに着替えてきた方がいいんじゃないか?」
「しかし司令官、これは任務なので正装で臨むべきかと」
「寝つきも悪くなるだろうし皺にもなるだろう。私が許すので寝やすい格好にしてきなさい」
そもそも任務でもなんでもないので制服で寝かせるのは可哀想だ。
「分かりました。ではお言葉に甘えて着替えてきます。少しお待ちください」
そう言うと、一旦朝潮は自室に戻っていった。
読書を再開してしばらくすると、さっきと同じノックと共に扉が開かれ、「失礼します」と言いながら朝潮が入ってきた。
服装はオーソドックスなパジャマ姿で、黄色を基調とした上下に白の水玉が特徴的だった。ご丁寧に枕を抱えている。
普段の朝潮とは違った子供らしい風貌に新鮮さを感じる。服装一つで、朝潮が生来持っていたが隠されていたあどけなさが前面に押し出されていた。
「あの、司令官、変な格好ではないですよね……?」
もじもじと気恥ずかしそうに口元を枕に埋め、視線を斜め下に逸らして聞いてくる。
普段と違う服装を見せるのが落ち着かないのだろう。小動物のようなその所作が微笑ましい。
「あぁ、変じゃないぞ、大丈夫だ。あと枕の事すっかり失念していた。よく気が付いたな」
「はい! ありがとうございます!」
「それじゃあ、寝るとするかな。朝潮も気負わずに普通に寝てもらって構わないからな。異変があればすぐに知らせるから」
「了解しました」
ベッドの上で横になり、朝潮も右隣で枕を置き、仰向けに横たわる。
二人で胸上まで布団を被る。いつもは感じられない気配がすぐ隣にあって少しむず痒く思えた。
「それじゃ、明かり消すぞ。おやすみ、朝潮」
「はい、おやすみなさい司令官。朝潮、常に傍についています。ご安心ください」
暗闇の中で目を閉じる。慣れない状況ではあるが、寝ることはできそうだった。
しかし電気を消してしばらくしても、隣の朝潮が落ち着かない様子で身を捩りながらチラチラとこちらを窺って来ているのが気配で分かった。
「どうした? まぁ、さすがに隣に男がいたら当然気になるし寝るのは難しいよな」
朝潮の方に体を向けて声をかけると隣でビクリと体を跳ねさせたが、朝潮もこちらを向いてすぐに慌てたように言葉を紡ぎ出した。
「ち、違います! 司令官が隣にいる事自体は問題ではありません。ただ、いつ司令官に発作が起こるのかと思うと心配で眠れなくて……」
「朝潮……」
「……朝潮は、司令官の事をとても敬畏しています……今まで一人の轟沈者を出す事も無く、大規模作戦も全て成功を収めています。艦隊全体が規律だけでなくお互い支えあい、絆を持って戦う雰囲気を持っているのも、司令官の艦娘達への啓発の賜物です」
ぽつり、ぽつりと目の前の少女が俯きがちに心情を吐露する。
それが作り話から来る不安によって吐き出された物だと思うと居た堪れなくなる。
「司令官は、この鎮守府に必要な方です。朝潮もこれからも司令官と戦いを共にしていきたいと思っています。なのに、司令官に何かあったらと思うと心配で……。執拗に頭を撫でられる事は困ったりする事もありますが、で、でも別に嫌というわけではなくて――」
言葉を遮るように、朝潮の頭に手を置く。「司令官?」とこちらに顔を上げた朝潮からは、暗がりの中でも確かな不安が伝わってきた。
やはり無理だ。このまま朝潮を騙したまま過ごすのは流石に良心が耐えられない。
「すまない。私が病気だと言うのは嘘なんだ」
「えっ? 嘘、ですか?」
キョトンとした声を出した朝潮に対し、よく言葉を選んで説明を試みる。
「あぁ、だが、朝潮が私と一緒に寝る必要があったのは本当なんだ。そのために、君に嘘を付いてしまった。申し訳ない」
「どうして、そんな」
「どうしてこうなっているかと言うとだな、私の身の潔白を証明する必要があるんだ」
「身の潔白……? 何か容疑をかけられているのですか?」
「いや、何か事件が起きたわけじゃないんだけどな……。それでも、これから私が事件を起こす可能性が懸念されてて、私が君と数日間一緒に寝て、何も起こらなければ疑惑が解けるんだ」
性的興奮だとかロリコンだとかの言葉を使わないように説明すると、我ながら中々に理解しにくい内容となった。
実際目の前の朝潮は小首を傾げている。しかし、すぐに自分の頭に置かれていた手を取り、胸の前で握りながら詰め寄ってきた。
「よく分かりませんが、司令官は病気でも何でもないんですね? 居なくなったりはしないんですね?」
「あぁ、そうだ。騙してすまなかった」
「よかった……ほんとによかった……」
朝潮が額を私の胸にうずめ、私の片手を掻き抱いて、心底ホッとしたような声を出す。
その姿は本当にただの少女のようで、彼女の自然な振舞いに見えた。
普段は毅然としていても、中身はまだまだか弱い部分もあるのだと分かり、思わず守ってやりたいと感じた。
明日愛宕にも朝潮に謝らせておこう。
やがて落ち着いたのか、朝潮が顔を上げてこちらを見た。
その顔にはさっきまでのか弱さはなりを潜めており、少し残念に感じてしまう。
「理由はよく分かりませんでしたが、朝潮が司令官と一緒に寝れば、司令官は身の潔白が証明されるのですね?」
「あぁ、そうだ」
「ならばこの朝潮、就寝をお供させていただきます! 司令官のためになるのなら、喜んで臨みます!」
朝潮が迷いのない真っ直ぐな眼で私を見る。そんな、私に対する信頼をいつも全力で伝えてくれる朝潮を、とても好ましく思った。
「あっ! 手、失礼しました!」
朝潮が私の手を握っていた事に気付き、慌てて離した。そんな朝潮に笑顔を向けて、全く怒っていない事を伝えた。
再び朝潮の頭に手を伸ばし、いつもより優しく撫でた。夜闇の眠気に流されるようにやんわりと手を動かすと、朝潮が“はふぅ”と安らいだように穏やかな吐息を漏らした。
「ありがとう朝潮。いつも私を慕ってくれて嬉しいよ」
「とんでもありません。司令官が、それだけの方だからです」
「感謝してるよ。さて、不安もなくなったし、寝れそうか?」
さっきの一連のやり取りで、朝潮との距離が随分と近くなっている。
私の手の下で、朝潮が俯いて少し考え出した。まだ不安な事があるのだろうか。
少しの間待っていると、逡巡しつつも朝潮が上目遣いで口を開いた。
「不安はなくなりましたが、やっぱり、隣に男性がいる状態で寝るのは初めてなので落ち着きません……」
そう言う朝潮には、日中に感じる凛とした雰囲気はもう無い。
寝巻きの状態で気を緩め就寝に付く彼女は、見た目の年相応と言った感じで、困ったような顔を向けてくる。
「それなら、こうすれば落ち着けるんじゃないか?」
私は朝潮の頭に置いた手をまたゆるゆると動かし始めた。
「あっ……はい、司令官に頭を撫でてもらえると……気持ちよくて力が抜けていきます……」
目を細め、微笑みを浮かべて朝潮が私の手に頭を預けてくる。
いつもとは違い少女然とした彼女の安らかで無防備な顔は、紛れも無く私への全面的な信頼の表れだった。
「そうか、朝潮が眠れるまでこうして撫でてるよ」
「そんな……司令官にそこまでして頂くわけには……」
「いいんだよ。私も朝潮の頭を撫でるのは好きなんだ」
「そうですか……分かりました、お願いします」
それからはお互いに無言で、頭を撫で続けた。会話はなくても気まずさはなかった。
朝潮が私の手の動きに合わせて、気持ち良さそうに息を吐く。その弛緩した様子に、いつもの満足感を抱いた。
「どうやって身の潔白を証明するんです?まさか一緒に寝ろとでも?」
「あぁ、そうだ」
相当に気持ちいいのだろうか、既に少し、朝潮がうとうとし始めた。
髪に指をかけて梳いてみると、驚くほどサラサラと指の間を通り抜けていった。絹のような手触りとはこの事だろうか。
「髪、綺麗だな……」
「ん……荒潮が……髪は大事だって……手入れしてくれるんです……」
もう大分眠いようで、答える声も途切れ途切れになっている。
やがて、規則正しい寝息が聞こえ始めた。手を止めて顔を覗き込むと、あどけない幸せそうな寝顔が目に飛び込んできて、胸に暖かい感情が溢れた。
愛しさにも似ている感情だが、やはり性的な欲求は沸いてこない。言うなれば朝潮へのこの感情は純粋な親愛だった。
私もいい加減眠くなって来たので、ゆっくりと目を閉じた。傍に感じる体温と寝息は、いつもより安らかに私を眠りにつかせてくれた。
窓から差し込む朝日に晒されて、私は目を覚ました。起きてすぐは体を動かすのが少し億劫で、目を閉じたままボーっとした頭で今日の仕事の内容を考える。
「司令官……司令官、目を覚まされましたか?」
ふと、顎の下の方から聞き慣れた声がして、私は目を開いた。
一瞬で、昨夜の事を思い出した。そういえば朝潮と同衾していたのだった。
視線を下げると、朝潮が少し顔を赤らめて、恥ずかしそうな表情をしながら私の両腕の中に収まっていた。
どうやら寝ている間に抱き枕代わりにしてしまっていたらしい。
慌てて腕を開き、彼女を解放した。
「す、すまない。別に起こしてでも振りほどいてもらって良かったんだが」
「い、いえ! べ、別に嫌ではなかったので大丈夫です!」
二人して慌てて起き上がりながら、朝の挨拶もなしに言葉を交わす。
朝潮はサッと正座の姿勢になり、視線を斜めに落としながら、“少し、恥ずかしかったけど……”とゴニョゴニョと小さい声で呟いた。
「聞こえてるぞ」
「ひゃあぁ! す、すいません!」
勢いよく頭を下げる朝潮を見て、何だがおかしくなってしまい、笑いが漏れた。
「司令官……?」
「いや、すまない。素の朝潮は随分と可愛いなと思ってさ」
「なっ……か、からかわないで下さい!」
また朝潮の頬に朱が刺し、照れ隠しからか眉が釣り上がる。
「からかってない。本心だ」
「もう、普段の司令官だってそんな事言わないじゃないですか」
「それもそうだな。俺も素だ。可愛いか?」
「いいえ、意地悪です」
冗談めかして言うと、朝潮がぷいっと顔を逸らして言い放つ。そんなポーズでお互い制止していたが、やがてどちらからともなく笑いあった。
今まで見たことないような朝潮の素直な笑顔を見て、心の距離が近づいたと、そう実感した。
「おはよう、朝潮」
「おはようございます、司令官!」
その日の午前、執務室にて。
「とりあえず一日目、提督の精神状態を解析しましたが……」
私と大淀の前で、明石が手に持った紙を見ながら結果を報告する。
「好意と取れる感情は何度も確認できましたが、朝潮に対する性的な欲求は見られませんでした」
「そうですか……本当にロリコンじゃない可能性が高い、と言う事ですか……」
「はじめからそう言っているんだがな」
「まぁまぁ二人とも。一日だけのデータだと説得力がありませんから、念のためもう数日間続けて頂きます」
「分かったよ。朝潮にもそう言っておく」
そのまま話は終わり、私はいつものように執務をこなし、夜を迎えた。
「今日、愛宕さんに謝られました。“不用意に不安にさせる嘘をついた”って」
「そうか、悪気は無かっただろうから、許してやってくれないか」
「はい、それは勿論です」
その日の夜も、昨日と同じように朝潮と二人でベッドに入り、向かい合って横になっていた。
そのまま眠るまでの間、とりとめもない話をしていた。
出撃や遠征の事、朝潮や私自身の事、鎮守府の他の娘の事など、どんな話題でも今まであまり雑談をした事のない朝潮との会話は新鮮だった。
「その髪、荒潮が手入れしてくれているって言ってたな」
「はい、“折角女の子として生を受けたんだから、しっかりしないと”って。その辺りは荒潮が一番気を使ってます」
「そうなのか。確かに女の子らしいよな彼女は。でも、たまに何考えてるか分からない時がある」
「確かにそうですねぇ。笑ってるのに内心怒ってたりする時もありますし」
目の前の朝潮の表情は、艦娘としての任務に当たっている時からは考えられないほど柔らかい。
もう私が隣にいてもしっかりリラックスしてくれている様子で、それを嬉しく思う。
「あの……司令官」
「ん? どうした?」
話が一段落したところで、朝潮が迷ったような様子で目を泳がせながら話しかけてきた。
「その……頭を撫でてもらっても、いいですか?」
少し恥ずかしそうに俯いて、布団で口元を隠しながら問いかけてくる。そんな仕草がとてもいじらしい。
目の前の少女の可愛らしいお願いに、拒否する術は持ち合わせていなかった。
朝潮の頭に手を乗せ、優しく撫でてやると、朝潮は“はぅ”と、気持ち良さそうに息を吐いた。
「朝潮の方から頼んでくれるなんてな」
「上官に頼むのは、少し気が引けましたけど……」
「それでも頼んだってことは、随分と気に入ってくれたんだな」
「むっ……司令官のせいです」
頭を私の手の成すがままにしながら、拗ねたような声を出した。
「司令官のせいで……撫でられるの、クセになっちゃったんです」
その言葉の返事として、目一杯の愛情を込めて手を動かす。
朝潮の体が段々と弛緩してくるのが分かった。
「撫でて欲しい時は、いつでも言ってくれていいぞ」
「さすがに仕事中は言いません」
「そうか、残念だ」
「残念って言っても、司令官は執務中でも撫でてくるじゃないですか」
「やめた方がいいか?」
「……」
「はははっ、すまん、意地悪な質問だったな」
「今更それを聞くのはずるいです」
朝潮を見ると、もう随分と眠そうだった。
「もう眠いみたいだな。寝ようか」
「司令官に撫でられると、すぐに眠くなります……」
「おやすみ、朝潮」
「おやすみなさい、司令官」
会話がなくなっても、朝潮を撫でる手は止めなかった。
朝潮の幸せそうな顔から、その内に寝息が聞こえてくるのを確認してから、私も目を瞑った。
そのまま数日が過ぎ、また私と大淀は同衾実験の結果を聞くため、目の前の明石からの言葉を待っていた。
「数日間、同衾による提督の精神状態を見ましたが、初日と同じく、好意はあっても性的欲求は見られないという結果になりました」
分かりきっていた結果ではあったが、しっかりとした潔白を示す材料ができて、内心胸を撫で下ろした。
隣の大淀はと言えば、何かを考えるように顎に手を当てて目を瞑っていた。
「ねぇ明石、これ本当にちゃんと性欲とかも感知するの?」
「あらかじめ何人かの艦娘で実験をして、正常に動作したから大丈夫なはず。艦娘も人間も精神構造は変わらないはずだし」
「そっか……ありがとう」
言い終わると、大淀は私に向かって頭を下げた。
「提督、上官に対する事実無根の失礼な発言申し訳ありませんでした。いかなる罰則もお受けいたします」
「いや、疑惑がかかった原因は元はと言えば私の行動からなんだし、特に何か罰を課すつもりはないさ。これで鎮守府の皆に示しがつくな」
「寛大な対応、痛み入ります。これで士気の低下は抑えられそうです。明石も、協力ありがとうね」
「いやいや、私も楽しかったし大丈夫!」
「あとはこのデータをどういう形で広めるかだけど……」
「青葉さんに頼んで記事でも作ってもらえば、一番確実に広まるんじゃないかな?」
「……彼女に任せるのは不安しかないのだけれど」
「私達が常に監修してれば問題ないと思うよ! 記事を載せる前にも私達が最終確認するって条件でデータを渡せばいいんじゃない?」
「うーん……そうね、まずは青葉さんに話してみましょう。提督もそれで構いませんか?」
「いいぞ、その辺りは大淀に任せるよ」
「はい、任されました。それじゃあ早速青葉さんのところまで行きましょう、明石」
「オッケー!」
そう言って執務室から出て行こうと二人が扉を開けると、朝潮が書類を片手にドアをノックしようとしている所に出くわした。
「あ、朝潮ちゃん、提督との件での協力ありがとうね」
「大淀さん! と、それに明石さん。あの件にはお二人も関わっていたんですか?」
問いかける朝潮に、明石が元気よく答えた。
「そうだよー。 とりあえず朝潮ちゃんが危険に会う心配がなくなって良かったよー!」
「危険……?」
「ちょ、ちょっと明石! あ、あはは、朝潮ちゃん、心配しなくていいから! 私達はこれから行くところあるから、じゃあね」
「あ、はい。さよなら」
大淀が明石の手を引いて、騒がしく出て行った。
朝潮はその二人を見送ると、開きっぱなしのドアから入室し、背筋を伸ばしピシッと敬礼した。
「失礼します! 駆逐艦朝潮、演習の結果報告に参りました!」
いつもながら綺麗な姿勢だ。ただ今までと違う所は、凛とした表情と一緒に僅かに柔らかい微笑みが窺えるところか。
「ありがとう朝潮。貰っておくよ。ところで、例の私の疑惑の件なんだが、何とか身の潔白を証明できた」
「本当ですか! おめでとうございます!」
「あぁ。朝潮も、何日も付き合ってくれてありがとうな」
そう感謝の言葉を言うと、私は朝潮の頭をいつものように撫でた。
もう朝潮が抵抗する事はなくなった。それどころか、私の手の動きを存分に堪能するためか、目を閉じて頭をこちらに傾けてくれる。
「すっかり遠慮がなくなったな」
「遠慮しても撫でてくるじゃないですか。ならこうした方がいいです」
「全くだ」
二人で軽口を言い合い、笑いあう。数日前までは見たことも無かったような朝潮の表情に、同衾して良かったと思った。
「なんにせよ。これからもよろしくな、朝潮」
「はい! よろしくお願いします!」
そう言う朝潮の笑顔はとても眩しく、私は目を細めるのだった。
終わり
以上で投下終了です。最近朝潮の良さが分かってきたので初投下ながら書かせていただきました。
読んでいただきありがとうございました
乙です 朝潮はかわいいなぁ
>「ねぇ明石、これ本当にちゃんと性欲とかも感知するの?」
>「あらかじめ何人かの艦娘で実験をして、正常に動作したから大丈夫なはず。艦娘も人間も精神構造は変わらないはずだし」
これは性欲の有無を感知された艦娘が何人かいたと受け取って良いんですかねぇ?
>>63
大井「シール?」
長門「確かに貼られたがそれがどうかしたか?」
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