足柄「提督、夜戦しない?」 (49)
・艦これSS
・地の文あり
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深夜。窓を開ければ少々肌寒い風が頬を撫でる五月中頃。
大規模任務を終え、それと同時に堆く重なる書類に一人向かっていると
控えめなノックと共に足柄が顔を覗かせた。
「どうした?」
繰り返すが深夜。丑三つ時も程近い時間帯。
秘書艦も明日の任務に支障が出るからと帰らせ、
起きているのは精々夜間哨戒任務中の艦か川内位だと思っていた俺は少々驚きながらも彼女を迎え入れる。
「提督、夜戦しない?」
今のご時世小さな言葉の使い方ですかさず文句を垂れる奴もいるが。
他に表現が見つからぬ為使わせてもらうと、らしからぬ。
そう、それは足柄らしからぬ控えめで遠慮がちな言い方だった。
「夜戦……?」
そして、その発言内容もまた然り。
夜戦は川内の専売特許、という訳ではないし
軍歌を子守唄に、戦場を故郷に。
鉄火場こそが居場所と言って憚らぬ足柄の事、
夜戦も戦闘であればこそ嫌いではないだろうとは思うが。
しかしどちらかというと彼女は夜戦に入る前に速攻で片をつけ、
勝利を両手に意気揚々と帰って来ることをよしとするタイプだったように思う。
無論、昼戦からもつれるだけが夜戦ではなく。
急襲・奇襲、端から夜に仕掛ける戦闘もあるが、
やはり足柄はそういった小細工をするより正面からなぎ払うのを好む傾向にあると思ったのだが。
「なによ、その顔は」
疑問が顔にでたのか、あるいは内心を読んだのか。
足柄は少し膨れた顔でそう言って俺をねめつける。
「別に、珍しい事もあったものだと思っただけだ」
誤魔化す理由もなく。正面からそう伝えると、
足柄は小さな笑みを浮かべながら肩を竦める。
「そうかしら、私だって。ほら、ね? そういう気分の時だってあるわよ」
「成る程な」
気分。といわれてしまうと返す言葉が無い。
「で、どうかしら?」
一歩、二歩。ゆったりとした足取りで足柄はこちらに近づいてくる。
「あぁ、構わないが。……夜戦となると下準備も居る。
照明弾も残高が少ないし、航空戦力も使えないしな、だから数日は待って貰わないと――」
「……あのねぇ」
はぁ。とあからさまなため息が一つ。
俺が台詞を言い終える前に、遮る様に飛んできた。
呆れたような、というよりもそのものずばり呆れきった顔。
「貴方って時折とても馬鹿よね」
真正面から罵られてしまった。
「どういう事だ?」
ツカツカと踵を鳴らして三歩。
先ほどまでと打って変わって力強く近づいて。
「夜戦って聞いたらそれしか浮かばないの? ホントに戦争頭なんだから」
「お前に言われるとはな」
むしろ、夜戦と聞いてそれ意外をいの一番に浮かべる奴は
即刻軍を抜け夜の街にでも繰り出すべきだ。
そいつの天職は間違いなく港にはない、歌舞伎町辺りに転がっている。
「しかし、つまり夜戦ってのはそういう事か?」
そういう事。まさか物知らぬ幼子ではあるまいし、
流石に事ここに至ればいかに『戦争脳』であっても察するという物だ。
……戦争脳ねぇ。そんなトリガーハッピーヘッドになったつもりは毛頭ないのだが。
「ダメ、かしら?」
書類の溜まった机を迂回して、
普段なら決してやってこないこちら側に歩みを進める。
ぎぃと椅子の軋む音が耳朶を叩く。俺が仰け反った理由は、さてなんだったのか。
「自分で処理、……できるならここに足を運ばないか」
この場合俺はどうするべきなのだろうか。
艦娘にだって性欲はある、それはこの浅からぬ付き合いで承知している。
機密保持の関係上鎮守府の外に出れず、娯楽の少ない生活をしていればそれは富に。
しかしこうも直接的に来られるのはさしもの俺も初経験だ。
多少たじろいでもいたし方あるまい。
すっと、椅子に座ったままの俺に手が伸びる。
色は白く指は細く。世間の女性が羨み欲しがるであろう美しい手だ。
おおよそ、銃を持つに似つかわしく無いその腕に砲を握らせ戦わせているのだから
真我々の業は深いと言わざるを得まい。
「もぅ、私がここまでしてるのに考え事?」
その足柄の手が、指が、俺の輪郭に這う。
むくれた顔は幼くあどけなく、触れた指先はどこか冷たく涼やかで。
しかしこちらをまっすぐに見つめる瞳は表情をかき消すほどに妖艶に潤み、
指先の冷たさに反するかのように熱を帯びていた。
「……シャワーはいいのか?」
職業倫理だとかそんなものはもはやどうでもよかった、
禁止事項だと別段明記されても命令されてもいない。
躊躇いは単に個人的理由に過ぎなかったのだから。
「とっくに浴びたわよ、何時だと思ってるの?」
「それもまた、お前に言われたくはないな」
苦笑して、立ち上がり足柄のこれまた細い腰に腕を回し抱き寄せる。
「ひゃうっ」
「なんだ、可愛い声を出すじゃないか」
腕の中で小さく跳ねる彼女に意地悪く言うと
再び頬を膨らまし不貞腐れた顔をして俺を睨む。
「きゅ、急に来るとは思ってなかったもの……」
「お前が誘ったんだろう? ……ここではなんだ、部屋に来い」
書類を片付けるのは、明日にすることにしよう。
―――
扉の軋む音、そして閉まる音。
しんと静まった鎮守府の廊下に響く小さなソレに、
私はどこか退路を失ったような、最後の分水嶺を見逃してしまったかのような。
そんな不思議な感覚を覚えた。馬鹿みたいね、自分から誘っておいて。
「どうした、そんなところに突っ立って」
初めて入る提督の部屋。
微かに鼻腔を掠める煙草の香り、男の人の、匂い。
「こっちに来たらどうだ?」
考えたのはこれからの事より先にこれまでの事。
提督は、あっさりと私の誘いに乗ってここに私を連れ込んだけれど、
過去にそういった事があったのかしら。
「え、えぇ」
見るからに豪奢な、一人で眠るには持て余す事請け合いのベッド。
そこに腰掛けて私を呼ぶ彼に、躊躇いがちに近づく。
その手馴れた対応に、また少し彼の過去に意識がいってしまう。
手首をつかまれる。
幾度も想像の中で私の肌に触れた手は、
想像よりもずっと力強くて――。
「っ!」
そんな事を考えていたら、不意打ち気味に
そのまま手を引かれ提督の腕の中に私の身体はすっぽりと納まってしまう。
「さっきから、随分と初心な反応じゃないか。えぇ?」
にやにやと意地悪げに口の端を歪めて笑う。
その勝ち誇った、私を見下ろす目が気に入らなくて。
「んっ……!」
お返しに不意打ちで彼の歪に笑う唇に自分のそれを重ねる。
少しかさついた唇、微かにする煙草の味と匂い。
笑っていた所にいきなりしたからか、僅かに空いた唇の隙間に舌を忍び込ませる。
煙草の香りが、キツくなる。けれど嫌な感じはしないのは、嗅ぎ慣れてるからかしら?
それとも提督のだから?
「んくっ……ふっ」
じんと頭が痺れる。あぁ、私提督とキスしてるんだ、なんて、今更な感慨に耽る間もなく
逆に私の口に提督の舌が唾液と一緒に入り込んでくる。
口の内側を舌でなぞられると背筋が震えて、どうしようもなく切なくなってくる。
全身から力が抜けそうになって、嘘みたいに甘い声が口の端から漏れる。
なんて、ずるい。
本当、こんなの卑怯じゃないの。
「んふっ……はぁ……」
ゆっくりと惜しむように離れる。
息が苦しい、頭がぼぅっとする。
良い様に手のひらで転がされてるみたい。
「良い顔をするじゃないか。そそるよ」
そういって提督は目を細める。
ホント……卑怯。このタイミングでそんなに優しい顔をするんだもの。
だから、少しだけ軽口を叩くの。
「貴方って」
小さな軽口を。
「私よりよっぽど飢えた狼ね」
そんな言葉を、嫌味の様に。
言えば、更に調子付くのはわかってるのに。
「くくっ……男ってのは大概そういう物だ、特に寝室ではな。それに、まだまだ序の口だぞ?」
ほらね? 目がまた少し怖くなる。
わかってるのに。……いいえ、わかってたから、かもしれないわね。
どちらにせよ、もう今夜は眠らない。
「さぁ、始めようか。望みどおりの夜戦を」
眠れや、しないもの。
―――
その日、私が早く目が覚めたのは偶然だったのか必然だったのかはわかりません。
ただ、一昨日の夜。提督から譲って頂いた新型のレンズにテンションが上がってしまい
随分と夜遅くまで猛り荒ぶってしまい、その反動で昨日の夜は1800には
布団に潜り込んでいたので本日0400に目が覚めてしまったのは
偶然でも必然でもなく当然と言うべきなのかも知れません。
「いやぁしっかし寒いですねぇ……トイレトイレ」
どうせなのでと早朝の鎮守府。
肌寒い空気を転がす静かな私達の庭とも言うべき場所を
散歩がてら新しいレンズ越しに眺めていた訳ですが。
突如催した尿意に近くのトイレに目的地を変更。
すったらこったら歩いております。
「やはり青葉はどちらかというとポートレートの方が好みですねぇ」
普段は騒がしくけたたましい場所の、
少し閑散とした朝の雰囲気は新鮮なれど寂しく
どうにもフィルムに切り取る気にはなれず。
ぶつくさと独り言ばかりが口をでます。
「……大丈夫だ。こい」
そんなタイミングでした。
これこそ偶然と言うべきか必然と言うべきか、と悩む場面で。
直近のトイレに向かう廊下、静かな空気に当てられて
できるだけ静かに歩こうとしたのが功を奏したのかどうか。
「んもう、意外と細かいところ気にするのね」
「あまり、人に見られたい場面ではないだろう?」
聞きなれた二つの声が、直ぐ傍で。
廊下の一つ角を曲がったところに居る青葉に気付く事無く
こそこそと。
声の主が誰であるかなんて、すぐわかりました。
特にその一人。提督に関しては、考えるまでもなく。
「それじゃ、私はシャワーでも浴びてくるわね」
そして提督の話相手は足柄さんか。
「……そういえばここって」
二人に聞こえないようにぼそりと呟く。
そうだ、ここを左に曲がって三つ目の部屋。
そこには提督の私室がある。私は未だ足を踏み入れた事はないその部屋から。
二人揃ってこの時間に。
「んぅっ……ふふっ、じゃあまた、ね」
「あぁ」
「貴方もシャワー浴びたほうがいいわよ?」
「わかってるよ」
青葉とて、子供ではありません。
例えこの身体を得てまだ二年そこそこだと言っても、
知識量は大人と同程度にあると自負してます。
ゆえに、ゆえに。
別れ際と思しきタイミング、少しの沈黙とくぐもった声。
見ずとも二人が唇を交わしていた事位理解できます。
えぇ、できてしまうのです。
見ずとも、見ずとも。
足柄さんの足音が遠のいて、パタンと扉の閉まる音がして。
人の気配が消え去った廊下で、ただただ青葉はいつまでも息を殺していることしかできませんでした。
ただ、ただ。
今日はここまで、また明日な
―――
なんというのだろうか。とりあえずあれから本日で二週間が経ったのだが、
身体を重ねてわかる事があると言うが正に然りと言うべきか。
足柄を始めて抱いた翌日からそれはもう。
元より裏表の無いまっすぐな女である事は知っていたが、
次の日からあそこまでガラっと態度を変えられると流石に戸惑う。
わかりやすく言うとスキンシップが多くなった。
人目を憚らず、昼夜を問わずよく甘えてくるようになった。
よく笑いかけてくるようになった。
しかし、しかしだ。
誰が言ったのだったか『0と1には大きな隔たりがあるが1と100には差など無い』と言う言葉があるが、
いやはや実に正鵠を射た物だと思う。特に人の行為に関しては、した事が無いというゼロと
したことがある上での1と100は全く持って違う。
具体的にこれも言わせてもらうと、一度関係を持ったからか
足柄は高頻度で深夜みんなが寝静まってから俺の部屋に顔を出すようになった。
既に両の指で数えられぬ程になっている。つまりほぼ毎夜と言っていい。
別に足柄が毎夜のように来るといったがしかし毎夜の様に身体を重ねてるわけではない。
ただただ隣で眠るだけの日だってある。仕方の無い事だと思う。
体温に抱かれまどろむ時間は幸福で、
腕に包まれ眠りに落ちるのは心地よく、
そして目覚めたときに傍らに人が居るのは安心する。
「ただ、流石に自重してもらわんとな……」
ぽつりと呟いたのは執務室にて。
溜まりに溜まった書類を片付けながらだった。
なぜ溜まりに溜まってるのかの理由は決まりきっている。
「どしたの提督ー? そんなため息なんてついちゃってさー」
本当に小さな呟きだったと思うのだが、
それでも府内では比較的静かな執務室。
間延びした声で俺の呟きを拾い上げた秘書艦の北上が興味なさげに聞いてくる。
「いや、別に」
と、言わざるを得ない。
別に誰に禁じられてるわけではないとは言え、
やはり褒められた行いでは無いのだから。
「言ってくださいよ。そんなにあからさまだと気になりますから」
もう一つの声が非難がましげに飛んでくる。
秘書艦でもなく、用もないのに執務室にしょっちゅう入り浸ってる大井だ。
無論その理由はわざわざ説明するまでも無いだろう。
仕事は手伝ってくれるので迷惑ではないが、
こういうとき北上なら適当に流されてくれるのだが大井はそうはいかない。
まいった。
「足柄さんのことですか?」
さてどう答えたものかと悩む間もなく追撃が飛んできた。
しかもど真ん中。そのものずばりだ。
「足柄? 足柄がどうした」
気取られるわけにもいかんと眉一つ動かさず返す。
「あれ、知らなかったの? 最近の噂」
北上が意外そうな声をあげる。
噂、噂。……噂ねぇ。一体どのような内容の物が流布されているのやら。
「足柄さんと提督が所謂『良い仲』だと言った内容のですね」
俺の表情を見て大井が補足する。
良い仲とは表現をかなり選んでの事なのだろう。
繰り返すが自由に出歩けず、海と鎮守府内しか行動できぬ
娯楽の少ない生活を余儀なくされている彼女等がこういった話に飛びつかぬ訳がなく。
その内容は女学校の生徒が行うそれと大差なく、正直下世話だ。
「そりゃまたどうして?」
肩を竦めて理由がわからないとばかりに問う。
出来る限り気を配っていたつもりだが誰に見られていたとも限らない。
発信源をできるだけ探りたい。
「いやぁ、だって最近距離近いじゃん。提督見ると擦り寄ってるしさ」
「ま、まぁ最近少し親しげでしたから」
若干の棘が感じられる北上の台詞。
それに被さる様にフォローなのか多いが重ねる。
しかし、親しげだから。か。
漠然としていて、自然と発生したものという感じだな。
これじゃ発信源もクソも無いな。勿論、特に嬉々として
その手の話を題材にあげる娘を特定してそれとなく言えば収まるかも知れんが。
それはそれで噂をする側からすればいい話題提供になりかねない。
「親しげ、ねぇ」
言葉を反芻する。無論その通りだし自覚もあるが。
かといってそう思われるのはよろしくない。
どうしたものか、と考えていると。
ノックが二回。
「重巡洋艦青葉です」
「入れ」
「失礼します」
木製の扉を開いて恭しく一礼して青葉が入室する。
その目は北上と大井をちらりと一瞥し、少し困った様に揺れている。
ケッコン間近の北上を誤進軍で沈めてしまった死にたい
「あー、なんの用だ?」
こほんと青葉に向き直り姿勢を正す。
呼んだ覚えは無いが、なにかしらの用事があるのだろう。
「えぇっと、とりあえず良い知らせと悪い知らせがあります」
チラリと再び北上と大井を見やってから、
手元に携えた書類に大きな瞳を向ける。
タイミング的には遠征報告かなにか、か?
「では、良い知らせから頼む」
「はい。天龍さん率いる第四遠征艦隊が先ほど鼠輸送任務から帰還しました。
報告によると高速修復材二つに箱一つ、燃料360L・弾薬450ダースを持ち帰ってきました、
有体に大成功と言っていいでしょう」
「わかった。第四遠征艦隊には午後は休むよう伝えておいてくれ」
「はい。では、次に悪い知らせですが。第二航空艦隊が北方海域より帰還、
旗艦赤城中破、及び僚艦祥鳳・蒼龍・飛鷹が順に大破・大破・中破となり
高速修復材を四つ使用したいと申請が来てます」
「……わかった許可しよう。それと、第四遠征艦隊だが編成を変えて球磨を旗艦にして鼠だ」
「了解しました……それと、これは完全に私事なのですが」
ハキハキとした報告から打って変わってまた俺の両サイドに居る二人に視線が向かう。
「あー、もーこんな時間じゃーん。てーとくー、私等ちょっと間宮に行って来てもいい?」
それを受けて肩をすくめながら北上がわざとらしく大声を上げる。
「ほら、大井っちも」
「え、ちょ、北上さん?」
「いいでしょ?」
大井の手を引いて返事を聞く前に扉に向かう。
俺の気が利くその秘書艦の背中に俺名義でツケとけと伝えると、
北上は振り返らず手だけを軽く振って、そして部屋から退出した。
「……さて、それで。なんだ私事とは」
途端に静かになった執務室内。
一体一で向かい合う形になった青葉に対し、
ゆっくりと言葉を紡ぐ。
口を開いて、閉じて。
拳を開いて、握って。
幾度かそれを繰り返し、言葉を選びながらぽつりぽつり。
「噂を、ご存知でしょうか? 足柄さんとの」
普段のハキハキした様子を失った、
例えるならまるで羽黒の様な話し方。
「……あぁ、ついさっき部屋から出て行った両名にその話を教えられたばかりだ」
噂。噂。
その単語と青葉がとても怪しく繋がる。
「そうですか……いえ、実は……」
「お前が発生源か?」
「い、いえ違います! 誓って!」
疑いを籠めた言葉に俯いていた顔を勢いよくあげて否定する。
「その、でも、あの……実際青葉も二週間前に見てしまって……その、私室から……その」
「……」
言いたい事はわかった。
つまりはなんだ、初日から疑いもクソも現場を目撃されていたのか。
アホらしい。
「……それで? 言わんとしている事は理解したが、そこからがわからん。
お前が噂の出所であるのなら謝罪の為とも思えるが、何のために二週間も経った今日ここに足を運んだんだ?」
「いえ、その……ほら、司令官がご迷惑してないかと……。
あ、あの……皆の勘違いですよね? 青葉は、わかってますから!」
なにやら一人でテンパっている。
「ですから、その……ご迷惑なのであれば、青葉が火消しを、と思いまして。
だって、ほら……嘘、ですものね?」
……あぁ、なるほど。
つまりはそういう事か。青葉は暗にこういっているのだ。
『俺が嘘と言えば嘘にします』と。無論、それを直接言ってしまうと
真実だと思っていると言う事になるのでこんな迂遠な言い方をしている、と。
「あぁ、……そうだな」
青葉は、まぁ鎮守府内に置いて新聞を作成したり
写真を撮ったりと報道面の仕事もしている。
よくそれが原因でトラブルも起きているが、それは人のプライベートを
許可無く掲載したりしたためで、虚偽の記載をした事はない。
曰く誇りだというが、此度はその青葉に嘘を吐かせる事になる。
「その日は重巡で最高練度の足柄を呼んで今後の事について話をしていただけだ。
次点の羽黒ですら足柄の半分の練度だからな、訓練を重点的に、とな」
そのことに少々の罪悪感を覚えながら、
つらつらと眉一つ動かさず嘘を吐く。
「……なるほど。わかりました! では、そのように皆の誤解を解いておきますね!」
それを受けて、一拍置いた後笑顔で青葉は返す。
「……あぁ頼む。……すまないな」
ぽつりと呟いた謝罪の言葉。
「いえ、これも青葉のお仕事ですから!」
それは青葉の少し寂しげな笑顔に掻き消された。
―――
噂。うわさ。ウワサ。
「なんだー誤解だったみたいだね大井っち」
時刻は正午をまわった頃。
食堂での喧騒はいつも通りに私を包んで、
けれどいつもと違う雰囲気にも感じられる。
「そうみたいですね。ま、多分そうだろうとは思ってましたけど」
それはきっと会話の内容の所為。
このところ続いていた噂。
それが真実である事を私は知っていて、
そして敢えてそれを煽るように振舞ってみせた。
もっと、もっと騒げ。と。
それを真実を認識して欲しかったから。
「えぇー、それは嘘だよー」
「本当です」
けど、今日の話題は昨日までと打って変わって。
噂は偽りへと、誤解へと、勘違いへと。
私が望んだ物と逆の方へ流れ移ろっている。
原因はわかっている。
青葉が火消しをしているのをこの目で見たもの。
なんで彼女が唐突にそんな行動に出たのか。
その理由も、なんとなくわかっている。
わかってる、わかってる。……わかって、いた筈なのに。
右手が握った銀の匙。
掬われた好物はけれど口に運ばれる事無く
淡々と香辛料の匂いを撒きながらその温もりを失っていく。
汗をかいたガラスのコップ。
注がれた水、浮かぶ氷。溶けてカランと音を立てる。
「馬鹿ね、私」
身体を重ねて、肌を合わせて、
幾度も逢って、幾度も、求めて。
誰よりも傍に居るつもりになってた。
そこが私の場所になるんだと。
けれど、彼にとってそれは、嘘。
嘘に、するべき事柄だったのだ。
なんて、一方通行。
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