響「輝きの向こう側は…」 (104)

初めての投稿です。
下手くそですが読んで頂ければ幸いです。
コメント、指摘なんでもお願いします!
・アイマス
・響たちはまだ961です

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1423032413

一度目のフェスの結果が掲示板に映される。
響 124000
春香 78300

響「やっぱり自分は完璧だぞ‼どうだ春香!自分との力の差は歴然だぞ!」

その時の私はきっと勝ち誇った顔をしていただろう。勝利することだけに貪欲になり、周りを見えず、ただ、前にもがき苦しみながら進んでいた私にとっては何よりも嬉しい結果だった。

それなのに…

春香「さすがだよ響ちゃん。でも、私は諦めないよ!このフェスで絶対に響ちゃんを超えてみせる‼」

その少女の笑顔に嘘はなかった。一欠片の焦りも、嫉妬も、疲労も、ましてや敗北への絶望もなかった。
ただ、ひたすらにこのフェスを楽しんでいるアイドルがいた。

響「こんなに差があるんだから、何回挑んできても春香は絶対自分には勝てないぞ」

声が震えていた。うまく言葉がでなかった。弱小プロダクションのアイドル一人を潰すだけの簡単なフェスのはずだったのに。今まで馬鹿にしてきた弱虫春香を何時ものように圧倒するはずだったのに…

春香「確かに勝てないかもしれない…響ちゃんの足元にも及ばないかもしれない…でも!私がここにいるのはみんなの…」

私より輝くアイドルが目の前にいた。

春香「765プロのみんなのおかげだから……絶対に諦めない‼」

私に才能があることは知っている。完璧なのも嘘じゃない。でも、だからこそわかる…。彼女は私とは比べられないほどの才能秘めていた。

響「……『オーバーマスター』か」

黒井社長が作り出した私の新曲。アイドルの中のアイドル。トップオブトップになるための曲。
今はそれが皮肉にも聞こえた。

響「……………のか」

いつの間にか私の口から言葉があふれていた。

響「そんなにみんなの前で自分より強いって証明したいのか?そんなに有名になりたいのか⁉」

これまで私に立ちはだかる壁はなかった。誰にも負けることなくアイドル界の頂まで登りつめた。不動の自信が自分にはあった。だからこそ、目の前の少女がとても奇妙な存在に感じた。それが敵への脅威なのかライバルへの信頼なのかこの時の私は知らなかった。

春香「そんなんじゃない‼……ただ…ただね!」

振り絞るように彼女は言った。自分の気持ちを全力で、きっと嘘偽りなく私に伝えてきたのだろう。

春香「響ちゃんがすごい人だから!勝って超えてみたいんだ‼」

響「……自分に勝ってどうしたいんだ?」

春香「私はこの輝きの先になにがあるか知りたいの…知ってみんなに伝えたい…だって私は……

『アイドル』だから‼」

言葉がでない。身体が震える。
私は…私はこの少女に共感してしまった。心を動かされてしまった。
彼女の未来を…彼女がこれから掴み、描いていく未来を見てみたいと思ってしまった。
それは現在の自分の否定、我那覇響が961プロでこれまで思い焦がれてきたアイドルの理想像への否定に繋がった。

敵を完膚なきまで叩き潰す。最後まで立っていた者こそが勝者である。勝つために手段を選んではならない。 黒井社長の教えを何度も思いだせばだすほど、彼女の光はより輝いているように見えた。

響「どうして諦めないんだ‼弱虫春香のくせにー‼」

私の叫び声は幸か不幸か大音量で始まった音楽によって春香には届かなかった。

春香「いくよみんな!『私はアイドル』!!」

周りのファンが一斉に声を上げた。彼女と一緒にコールし、彼女と一緒にジャンプする。ファンとアイドルが一つになり、まるで会場全体が歌っているようだった。

響「…………敵でいてくれなきゃ、困るんだ。戦う相手がいないと、自分を見失いそうだから」

私は曲が始まってることも知らずにただ地面を眺めていることしか出来なかった。

美希『輝きの向こう側は…』



それは本当に偶然だった。



美希「ち、千早さん!?」



千早「美希!?」

ある日の午後、ふと立ち寄った喫茶店で千早さんと出会った。







 

店内は数人のお客さんがいたが、とても静かな雰囲気が保たれているお店だった。 私たちは店の奥に案内された。千早さんは席に着くとすぐに話しかけてきた。

千早「久しぶりね、美希。テレビであなたの活躍見ているわよ」

不意をつかれた。まさかいきなり褒められるとは思っていなかった。



美希「あ、ありがとうなの~」

声が詰まる。今でも私は千早さんを尊敬しているし、正直嬉しかったが、なぜか私の笑顔は引きつったままだった。



千早「事務所でもあなたの話題で持ち切りよ。みんなあなたの話ばかり、高槻さんなんて美希さんが遠い人になっちゃいましたって言ってたわよ」



クスクスと千早さんは笑う。やよいのものまねぜんぜんうまくないの。思わず私も笑ってしまった。それにしても今日の千早さんはよく話す。



美希「もう!やよいったら、連絡してくれたらいつでも会いにいくのに」



これは嘘になるかな。お仕事は忙しいし、なにより765プロのみんなのこと私は避けていた。メールが来ても曖昧な返事をしたり、楽屋でもすぐに帰ったり。

とにかく、私は彼女たちに後ろめたさがあった。







千早「亜美と真美は美希のサインが欲しいって毎日言ってるわ、音無さんなんて私たちの出ている番組より美希の出ている番組を優先して録画してしまったから伊織に怒られていたわ」



先日、私はついにAランクアイドルになれた。それからはお仕事で予定表は真っ黒になった。最近はまともに学校にも行けていない。それほどまでに私の生活は多忙を極めていた。確かにキラキラしたものを今まで以上に見ることができた。でも、正直忙しすぎてみんなとゆっくりお喋りしたい気持ちでいっぱいだった。と言うことは偶然にもできたオフに千早さんと出会ってお話ができてラッキーだったのかも知れない。

美希「あは、小鳥ったら相変わらずなの」

 765プロはフェスの『事件』からいろいろマスコミに騒がれていて心配だったが、千早さんの話を聞く限りみんなは元気そうだった。きっと亜美真美が事務所で騒いで、律子……さんが怒ってさらに騒がしくなる。あずさが迷子になって、雪歩がお茶をいれてくれて、真くんとデコちゃんが喧嘩して、やよいが必死になってとめている。そしてハニーが……。



ハニーはきっと怒ってるの、美希が961プロに引き抜かれちゃったから。最近はメールしても全然返してくれないの。でも、ハニーも悪いんだよ。アタックしても答えてくれないし、美希のことプロデュースーしてくれないし。それならもっとキラキラさせてくれる所に行っちゃうの。でも、やっぱりハニーのことは気になるの。ハニーは私がAランクになったことも知っているのかな?

そんなことを考えながら話しているとぽつりと言葉がもれてしまった。

美希「ねえ、千早さん、ハニーは元気?」



その瞬間、目の前の彼女から笑顔が消えた。その表情を私は知っていた。まだ千早さんが765プロへ入りたてだった頃、私は事務所で亜美と小鳥と家族の話をしていた。その時たまたま千早さんがお仕事から帰ってきて亜美が唐突に質問した。「千早おねーちゃんは兄妹とかいるの?」一瞬にして空気は凍り、事務所が静寂に支配された。小鳥が静寂を壊すまで彼女は亜美をじっと睨んだままだった。その目は鋭く、言葉を使わずに意思を伝えるには十分なものだった。まさしくそれは「殺意」がこもっていた。その目を私は今向けられていた。

彼女は注文したコーヒーのカップを手にとり口へ運ぶ。その間も目はこちらを睨んだままだった。私は蛇に睨まれた蛙のように微動だに出来づ、固唾を呑むばかりだった。

 コーヒーカップが元の位置に置かれ無機質な音が鳴り、それを合図と言わんばかりに彼女の口が開いた。



千早「誰のことかしら?」



美希「……え、ハニーはハニーだよ!プロデューサーのこと」



あまりの返答に私は驚く。千早さんは何を言っているの?

私の声は先ほどの緊張のためか震えていた。



千早「あぁ、彼のことね」



彼?どうして千早さんがハニーのことをそんな言い方するの?頭の理解はもはや追いついてはいなかった。しかし、それに追い打ちをかけるように彼女の言葉が続いた。



千早「彼のことはもう美希には関係ないんじゃないかしら?あなたには新しいプロデューサーがいるでしょ?」



確かに961プロには765プロとは比べることは出来ないほど設備は備わっている。アイドルの頂点を目指すには十分すぎる場所である。しかし、プロ意識が高いためなのか765プロのように仲間との絆など皆無に等しかった。よく噂されるアイドル同士の潰し合いや派閥問題なども当たり前のようにあった。仲間を蹴落としてでも前に進む、それが961プロのやり方だった。ユニットを組んでいたフェアリーのメンバーですらフェスのとき以外、意思疎通などはなかった。それが辛いわけではない。それがプロなんだと言い聞かせていたが、961プロにいて初めて私は765プロの大切さに気づいた。しかし、千早さんの言葉は私をそれから突き放すかのようだった。



美希「それとこれとは話が別なの!!どうしてそんな意地悪するの?千早さんらしくないって思うな」



いや違う、これは彼女らしい行動なんだろう。私がただ忘れていたのだ。如月千早の本性を…



千早「別に意地悪しているつもりはないわ。ただ事実を言っただけよ。だって、あなたは-」



やめて!!聞きたくないの



千早「もう、765プロの仲間ではないのだから」



バンッ!!

静かな店内の静寂を私が叩き壊した。気づいた時には私は手を力いっぱいテーブルに振り下ろしていた。

美希「今日は千早さんよくしゃべるね」



そういうことか…。初めから変だったことに気づくべきだった。如月千早が裏切り者に対してこんなに優しくするはずがない。彼女は孤高であり気高く冷酷だった。私にはなれない、だから憧れた。自分には持っていないキラキラを持っている彼女に…。



千早「そうかしら?それより美希、大きな音を出したら周りの人に迷惑よ」



千早さんの言う通り、店内で多くの視線を感じた。それでも私は私を止められなかった。

美希「961プロに移って人気のでた美希のことがそんなに気に入らないの?」

自分でも言って最低なことはわかっている。私の人気はほとんど961プロのバックアップあってこそのものだから。結局のところ自分の力で何一つ手に入れていないのかもしれない。

千早「そんなことは思ってないわ」

千早さんは無表情を崩さない。そんなことは興味がないと言わんばかりだった。

私はそれが無性に腹が立った。私の苦悩や不安を馬鹿にされているようでどうしても我慢ができなかった。

美希「嘘なの!!さっきからみんなの話ばかりして、言いたいことがあるならハッキリ言って欲しいな!」

何かを隠すように話す彼女の言い方が気に入らない。千早さんは一体何を話すために私と向かい合っているのかわからなかった。




千早さんは少し表情を強張らせながらはっきりと私の目を見て言った。



千早「美希、今度のフェスで私と対決してくれないかしら?」



美希「え!?」



今日は千早さんの返答に驚いてばかりだった。

千早さんが私とフェスで対決?またもや頭の理解は追いつかない。

第一に千早さんのランクはまだBランク。私がどんなに961プロの援助があるからと言っても、能力は断然私のほうが上なはずだ。きっと勝負にすらならない。それに、なにより765プロは先日の『事件』のせいでアイドル活動どころではないはず。千早さんの考えは余計わからなかった。

千早「今の事務所がそれどころではないことはわかっている。でも、だからこそこの逆境の中で私の歌をみんなに届けたいの。弱小の私たちの事務所が生き残るにはこれしかないの」


千早さんはじっと私の目を見つめる。それは先ほどの「殺意」のような禍々しいものではなく、辛い決断をすることを決めた覚悟の瞳だった。

765プロは今、瀬戸際に立たされている。これを打開する手段は一つしかない。

お金がいる。それも莫大な量の資金が。765プロはこの絶望的な状況からトップアイドルを生み出さなければならなかった。でも、どうすればいい?有名になると言うのは非常に難しい。有名になるということだけでも資金がいる。961プロのような莫大な資金と後ろだてもない弱小事務所。しかし、取れる手段は一つだけ残されていた。「話題作り」である。人々の関心を一度でも目を向けさせればしばらくの間は活動資金に困ることはなくなる。765プロには大きな「話題作り」のためのネタがある。それが私『星井美希』である。

仲間を捨て天下の961プロに引き抜かれ今やAランクのトップアイドル。それを弱小事務所の元同僚の友人がフェスで勝利を収めることができれば世間の目は釘付けである。

彼女『如月千早』は-



千早「あなたを倒して、私がトップアイドルになる!」



961プロと同じように仲間を蹴落として進む覚悟を決めていた。



美希「いいよ、勝負しよう千早さん」

今になってわかった。千早さんは私に何度もひどい言葉を言った。それは美希を怒らせて勝負に乗らせるためなんだね。

あはっ!わかったの。乗ってあげる。でもね美希は負けてあげないよ?

美希は決めたの!! 千早さんを倒して765プロを潰しちゃうの!!

コメントありがとうございます!
今から投稿します。

千早『輝きの向こう側は…』



その出会いは計画的だった。







私には歌しかなかった。弟は交通事故でこの世から去り、家庭も崩壊した。

私に残されていたのは歌だけだった。優が大好きだったこの歌声を世界に響かせることが私の使命だと決意した。 気づいたときには私は路上で歌っていた。公園や駅の前、お店の前など。とにかく私は歌い続けた。歌うのをやめてしまうと自分が自分ではなくなるような気がしたから。優のことを忘れてしまいそうな気がしたから私は進み続けた。しかし、現実は非常だった。私の歌う場所はだんだん失われていった。騒音などの苦情が来たのだろうか、とにかく私の歌う場所がなくなっていった。時には警察の厄介になることもあり家族との距離がさらに遠くなった。 絶望し優の後を追ってしまおうか考えていたとき私は彼に出会った。

『アイドルをしてみないかい?』

私が連れてこられた事務所には多くの顔も名前すら知らないアイドルたちがいた。 

こんなところでは私の歌を世界に届けることはできません!

それが事務所に入った私の第一声だった。事務所のアイドル全員が驚いた顔をする中、彼だけはにっこり笑ったまま私に言った。

『大丈夫だよ。俺と千早が力を合わせればきっと声は届くさ!』

なんの根拠もない一言だった。でも、その言葉を聞いた瞬間に私の心は軽くなったような気がした。一人で背負い込まなくていい、私の夢を支えてくれる人がいる。それだけで私は救われた。それからの私は765プロで精一杯アイドルの活動を頑張った。歌とは関係ないことも多くやらされたが彼の真面目で誠実な姿を見ていると無下には出来なかった。彼は事務所のみんなから信頼されていた。特殊なカリスマ的なものが彼にはあったのだろう。彼は弱小事務所を少しずつ大きくしていった。彼に好意を抱くアイドルも少なくなかった。そして、いつしか私も彼に対して恋愛感情を抱いていた。しかし、それは叶わないと知っていた。そのことにも納得していた。なぜなら、彼にはパートナーがいた。「天海春香」私の唯一の親友。初対面の時の感想は普通だった。確かに可愛かったがアイドルとして頂点に立つ姿など想像すら出来なかった。しかし、彼女は変わった。彼が彼女を育て始めた。プロデューサーと春香は本当に最高のコンビだった。春香は見間違えるほどの才能を発揮した。プロデューサーは春香の秘められた力を見抜いていたのだろうか。

春香の知名度は一気に跳ね上がり、765プロの快進撃が始まろうとする時だった。961プロの妨害が始まった。アイドル界ではその名を知らないプロダクション。天性を秘めていた765プロのアイドル「星井美希」を引き抜き見事大成させた。私たちの宿敵である。私たちの仕事をことごとく邪魔をする961プロ、仕事一つ取るのも大変な状況となった。彼の仕事は苛烈を極めた。常人ならできないことも無茶をして通そうとする彼には重い負担がかかった。そんな彼が必死にとってきた仕事。それが961プロのアイドル「我那覇響」との対決だった。相手はまさしくトップアイドル。私たちに勝ち目はないように思えた。

しかし、春香はすぐに答えた。彼女の答えは決まっていた。彼と彼女の信頼は言葉にはできない強いものだと感じた。春香ならこの逆境を変えてくれる。そんな期待をもった時だった。フェスの一週間前、プロデューサーが倒れた。原因は過労。働きすぎだった。彼は私たちのために時間を費やしすぎた。

事件を聞いて唯一取り乱さなかった少女がいた。春香だった。春香はプロデューサーが無理をしているのをずっと前から気づいていた。しかし、止めなかった。止めることが出来なかった。彼女たちのどちらかが止まってしまえば私たちの事務所に後はない。絶望的な状況でも春香は焦らず、みんなの力をかして欲しいと頼んだ。私一人では今度のフェスは成功できない。だからみんなに協力して欲しいと頼んだ。私たちはフェスまで付き切りで春香の練習を手伝った。間近で彼女の練習を見ることで自分とのレベルの差を思い知った。同時に追いつこうとする気持ちも湧き上がった。春香は完璧な仕上がりでフェスに臨んだ。私たちも応援に駆けつけたが、一戦目の結果で現実を思い知らされた。

「我那覇響」と言うアイドルは強く気高く逞しかった。彼女のプレッシャーに観客の私が押しつぶされそうになる。しかし、春香は違う。彼女は誰よりもこのフェスを楽しんでいた。この圧倒的な点差を見ても彼女は笑顔のままだった。

春香「私はこの輝きの先になにがあるか知りたいの…知ってみんなに伝えたい…だって私は…『アイドル』だから!」

彼女の叫びとともに曲が始まった。鼓膜を破くような歓声が聞こえる。そして、事件は起きた……

得点掲示板の春香のポイントが信じられないほど上昇していた。フェスのポイントはAIRAが決定する。つまり不正のできない公平な勝負。ならなぜ春香の得点は異常なまでに上昇しているの?まだ曲の中間にも関わらず先ほどの我那覇さんの得点を余裕で超えていた。 

春香のライブはこれまでにない素晴らしいものだった。しかし、彼女のパフォーマンスは私たち全ての観客に輝きを伝えるために自分の全てをすり減らしている。

彼女が声も張り上げ歌うたび、観客に向かって微笑むたびに彼女の存在が削られているような気がした。

私の不安は不幸にも的中した。

歌の途中に春香は糸が切れたように倒れた。春香は救急車で運ばれ、ライブは中止された。残された掲示板には皮肉にも彼女の最高点が映し出されていた。



それからは悲惨なものだった。まず、病院に運ばれた春香は目を覚まさない。医者が診ても症状は分からず意識不明の状態でずっと入院している。そして、毎日のようにマスコミが765プロへ訪れた。春香がフェスで不正を行ったのではないかと。本来AIRAが指揮するアイドルのフェスへの不正行為は不可能と考えられている。しかし、今回の春香の異様なまでのスコアの高さにマスメディアが食いついたのだった。事務所の電話は鳴り止むことはなく、プロデューサーが抜けてただでさえ少ない仕事はさらに消えていった。明るい社長も今回ばかりは頭を悩ませていたが、事務所はどうにもならないところまできていた。

そんな苦悩の日々を過ごしている中、私はある人物と出会った。

暗い夜道、私の気分と同じだった。私は一人帰路についていた。事務所を窮地から救う方法を考えてみるが何も思いつかない。プロデューサーならどうするか、春香ならどうするか、そんなことを思っても時間の無駄だった。ため息を付いて前を見る。そこには一人の女性が立っている。ポツリとついている街灯よりも月に反射されていた彼女の銀色の髪は輝いていた。私のいる真っ暗な道と彼女の月明かりに照らされた道、それはまるで私との格の違いを魅せられているようで気分が悪かった。

?「お久しぶりですね。如月千早」

その女性は月を眺めたまま私に話しかけてきた。

千早「なんのようですか?四条さん」

四条貴音。961プロの中でも上位のアイドル。美希と我那覇さんとでユニットを組んでいたこともあり、彼女の名を知らない人はいないトップアイドルだった。

貴音「この前お話した件考えてくださいましたか?」

彼女がこちらを見る。その姿は美しく、妖艶で華麗だった。

千早「気持ちは変わりません。お話した通りです。私は765プロから移る気はありません!」

先日の仕事終わり、961プロの人間からスカウトされた。今の765プロで私が輝くことは出来ないと、961プロに移動して美希と同じようにトップアイドルを目指すべきだと言われた。 私の答えはもちろんNOだった。私はプロデューサーと春香がいるからアイドルを続けていられる。私の夢が叶うときはプロデューサーと春香と一緒だと決意していた。

貴音「そうですか…。真残念なことです。あなたほどの才能があれば我が事務所で簡単に大成することができますのに」

四条さんは本当に悲しそうに言う。それにしても、なぜ彼女はここに来たのだろう。私ごときをスカウトする為に彼女のようなトップアイドルを差し向けてくるとは思えなかった。

千早「ごめんなさい。でも、私はあの事務所でみんなと夢も叶えたいの」

四条さんが本気で私をわざわざ勧誘しに来たと考えると申し訳ない気持ちになってしまった。

貴音「みんなと、ですか……それは素晴らしきことですね。765ぷろには私たちにはない団結力があります。それは私たちも見習うべきことでしょう。しかし…」

四条さんは言いづらそうに言葉を区切る。もともと感情が読みづらいこの人が戸惑っていると一層不安になった。

千早「な、なんですか?」

貴音「765ぷろはもう限界でしょう?実際、貴方方の仕事はもう皆無に等しいはずです。倒産するのも時間の問題かと」

千早「っ!」

現実を叩きつけられ何も言葉が出なかった。彼女の言う通り今週の仕事もゼロ。

来週も予定もなく、来月まで事務所が経営できているかどうかさえ不明だった。

私はなんの解決策もなく、ただ夢物語を四条さんに話していただけだった。夢を叶えるどころか叶える場所すらも失ってしまう。私は優が死んでから闇雲に歌っていたことを思い出した。あの時も最後には居場所を失った。今度は手を差し伸べてくれるプロデューサーもいない。私はあの頃と何も変わらないまま終わってしまうのか。そう考えると自分がとても惨めな存在に感じた。

貴音「大丈夫ですか、千早?」

四条さんが心配そうに声をかけてくれる。私は人前で何をしているんだ。

千早「え、ええ。大丈夫です。すいません」

私の声は震えていた。心配されているのにこれでは余計に心配させてしまう。

焦って四条さんの方を見ると、彼女は神妙な顔つきでゆっくりと声を出した。

貴音「良ければこの窮地から抜け出せる方法、お教えしましょうか?」

!!?? 彼女は今なんて言った?765プロが助かる方法?

私はその情報が喉から手がでるほど欲しかった。これで765プロを、プロデューサーと春香を助けられる。私は四条さんに詰め寄った。子供のようにひたすら答えを求めた。しかし、それは私が想像していたよりも過酷なものだった。

貴音「あなたがトップアイドルになればいいのです」

でも、どうやって?一度は私も挑戦したが所詮はBランク止まりだった。

貴音「だからこそ、最高の演出をするのです。貴方の全力の力で元同僚を叩き潰すのです!!」

千早「えっ!!」

そんなこの人は一体何を言っているの?私の手で美希を潰すなんてありえない。

貴音「765ぷろを裏切り、961ぷろで大成したアイドル。それを今の貴方が打ち倒すのです。春香の弔い合戦にもなります」

四条さんは私の肩を掴み先ほどとは別人のように語っていた。

千早「でも…でも、そんなことして何になるんですか!?ただ美希を苦しめるだけじゃ…」

貴音「いえ!話題作りとしては完璧です。後は貴方がふぇすに勝利すれば一気に765ぷろは安定するはずです」

千早「それは……でも、美希は今やAランクのアイドルですよ。私が勝てるはずありません」

言い訳のように私は四条さんの言葉を否定していく。本当はわかっている。この状況を打開するにはこれしかないと、でも私に覚悟は決まらない。

貴音「私がさぽーといたします。美希の弱点も、選曲も私には手に取るようにわかります。貴方が負ける可能性などありません」

四条さんの口元が笑う。その微笑みは小悪魔的というよりはもっと邪悪な、本当の悪魔のように感じた。私は悪魔と契約させられている。そんな恐怖が私を支配していた。

千早「どうして…そこまで……。あなたは美希の仲間じゃ…」

貴音「仲間を蹴落としてでも前に進む。それが961ぷろのやり方です」

彼女の瞳は冷たくただ貪欲に頂点を見ていた。春香とは別種の天才。頂点になるために生まれてきた存在。私は恐怖のあまり腰が抜け、地面に座り込んでしまった。

四条さんは微笑みながら手を伸ばす。

貴音「さぁ、千早。手を」

目の前に伸ばされた手はいったい私をどこへ連れて行ってしまうのだろうか。この手を握ることは今までの、765プロへの否定に繋がってしまう。そう私は心で感じとった。

それでも、それでも私は――

千早「私は………」

彼と彼女の居場所を、帰ってくる場所を守りたい!!



貴音「よろしくお願いします千早」

その手は固く結ばれた。

コメントありがとうございます。
もっと読みやすいように頑張ります!

伊織『あぁ、人生に涙あり』

やかましく目覚ましが鳴る。静寂の世界を一気に壊される。
部屋の気温は低く、まだ起きることを躊躇させるほどの寒さだった。

伊織「…なによ、もう朝なの」

私は覚醒してない頭を無理やり動かしながら手を伸ばし目覚まし時計を止める。
二度失敗し、三度目にしてようやく騒音の元凶を止めることに成功した。時計を見ると既にいつもの起床時間を越していた。

伊織「っと、今日は仕事だったわね」

私は最低限の仕度だけをして家をでる準備をする。
寝癖で跳ねている髪だけを適当にブラッシングする。
毎朝シャワーに入り髪を一本一本整えていたのが今では嘘のようだった。

もちろん朝食も抜きだ。初めは朝食を食べないなんて信じられなかったが慣れてしまえば意外と平気なものだった。
いつもの上着を着て、カバンを肩からかける。

伊織「よいしょっと…」
玄関の扉を開ける。古びたドアは軋む音を立てながら開く。
外から凍てつくような風が私を襲う。
伊織「ほんとに寒いわね。もう冬なのかしら」
私は早足で事務所へ向かう。

ブーツの踵の音が静かな町並みに響いているような気がして少し気分がよかった。
もう少し早起き出来ればもっといい気持ちで通勤できただろうか。そんなことを考えながら私は歩幅を広げた。

あのフェスから二カ月がたった。
大きな変化が765プロの全員に起こった。そしてそれはもちろん私も例外ではなかった。

事務所までの道のりはバスで二駅のところにあるが、給料日前の私にはそのお金すらも惜しいものに感じた。
お金がないわけではないが節約に越したことはない。

伊織「だからって二駅歩くのはしんどいわね…」

今になってやよいの偉大さがよりわかるようになった。
バスなら五分でつくが歩けば倍以上はかかる。
その間にも初冬の寒さが私に降りかかる。

私が着ている安物の上着ではこの冬の寒さは乗り切ることはできそうになかった。
私は黙々と歩くしかなかった。

今の私には送り迎えをするリムジンも朝食のビュッフェも執事の新堂もいなかった。

私は水瀬を捨て、一人のアイドルとして新たな生活を始めた。
それが765プロを辞めた私の変化だった。

伊織「おはようございまーす」

私の家の扉よりも古びている事務所のドアを開ける。
ここは876プロ。
私が行き着いた765プロよりも弱小な事務所である。

尾崎p「おお、伊織か。おはよう」
彼女はこの事務所の唯一のプロデューサー。
美人でスタイルもいいが…

伊織「プロデューサーとしての実力は三流よね」

尾崎p「会っていきなりなんだお前は。寒いのに元気だな」

心の声が少し漏れていたようだった。
765プロのあのプロデューサーに比べれば誰だって三流になってしまうだろう。
本当にあの頃が懐かしい。あいつの仕事ぶりはまさしく一流だった。
私にはわかる。
凡人のようでみんなをまとめあげ、団結させるカリスマ性。そしてなにより作曲のセンスがあった。

961プロに潰される前の快進撃はきっと彼がみんなに渡した曲のおかげだろう。

 仕事もあいつが考えて回してくれて、私たちは全力で取り組むことができた。それなのに今は…

尾崎p「伊織!今日は雑誌の写真撮影な。あんたは稼ぎ頭だから頼むよ」
この弱小プロダクションを支えるために休む暇なく働かされていた。仕事を選ぶ暇すらなかった。

伊織「わかってるわよ。それより売れっ子アイドルの私に温かいお茶でも出しなさいよね」

寒い中歩いてきて身体は芯から冷えていた。
765プロなら雪歩が何も言わなくてもお茶を持ってきてくれるのに。

尾崎p「私も忙しいの!!また新しくスカウトしてきたから手続きとか大変なんだぞ?」
伊織「はぁ!?」

自分で入れたお茶が勢いでこぼれそうになり、慌ててそれを防ぐ。

伊織「あんたまた変な奴連れてきたの?この前のやつのこと忘れたの?」

ただでさえ金のない事務所にこれ以上人が増えては倒産も有り得てしまう。第一満足に給料も払えないこの事務所に毎度毎度どこの物好きが来るのだろうか。


尾崎p「絵里は引きこもりだから仕方ないんだよ。その内ひょっこり顔出すさ」
この前連れてきた子は引きこもりネットアイドルらしく、次の日から事務所に現れなくなった。

伊織「その内出されても困るのよ!!まったく、いい加減適当なスカウトやめなさい」

765プロの社長のスカウトも適当なものだったが尾崎のスカウトはそれ以上に狂ったものだった。

尾崎p「いや、今回は本当にすごいんだ!元961プロのトップアイドルなんだぞ」

伊織「え!?」
その瞬間に背筋に冷たいものを感じた。
それは朝から感じている冬の寒さとは別のもの、嫌な予感がする。
そう、悪寒が走った。
765プロが大成したことにより961プロはかなり廃れた。
そして、最近の新聞である記事を見た。

961のトップアイドルが首になった。その人物のことを私はよく知っていた。
千早のフェスの後、私はあることに気になり一人で調査していた。
そして、私は彼女にたどり着いた。
千早と裏で取引し、私たちの仲間である美希を貶めようとした計画を私は全て知ってしまった。
彼女の計画は失敗に終わったが、彼女の意思が乗り移ったように千早はおかしくなってしまった、765プロはおかしくなってしまった。
私がここにいる原因を作ったのは間違いなく彼女だった。

事務所の扉が鈍い音を立てながら開かれる。
尾崎p「お、話をすれば来たみたいだな」

その女は悪びれることもなく、気品とした振る舞いで私に最高の笑顔で言った。
貴音「御機嫌よう、伊織」
伊織「御機嫌よう、くそったれさん」
四条貴音。私の倒すべき相手が同僚になった。

続きは夜にまた投稿します。
よろしくお願いします。

―――某スタジオ――――

伊織「仕事に行くのはわかるけど、どうしてこいつも一緒なのよ!」

中古の事務所の車から降りながら私は尾崎pに愚痴り続ける。隣には貴音がいたが移動中もずっと文句を言っていた。

尾崎p「何度も言ってるでしょ?貴音に仕事場を見せるように社長に頼まれてるの」

伊織「だからって、なんで私の仕事と被ってるのよ!」

こんな奴が隣にいたら簡単な仕事でもミスしてしまいそうだ。そんな不安が心の中にあった。

貴音「申し訳ありません伊織。私はこちらに来て日が浅く、早く馴染みたいと思い、社長に頼んだのです」

私の文句を気にも止めずに話しかける貴音。その余裕が気に入らず早歩きでスタジオまで移動した。

尾崎p「おい、待てって」

尾崎の声を無視し一人先にスタジオに向かう。到着した時には私は肩で息をしていて、スタッフが苦笑いしながら挨拶をしてきた。

本当に今日はついてない。

カメラマン「はい、ありがとうございました」

私の心配とは裏腹に仕事の方はスムーズに終わった。

問題があったとすれば執拗に貴音がこちらを見ていたことだろう。
最近は仕事が多く、疲れが溜まっているのを後押しされた気分だった。

ディレクター「いや~やっぱりお宅の伊織ちゃんは最高だね」
尾崎p「はい、ありがとうございます」

片付けをしている中、ディレクターと尾崎の会話が耳に入ってきた。
私は876プロの物になったつもりはない。そんな皮肉を心の中で押し殺した。

ディレクター「やっぱり765プロのアイドルは違うよね。あ、今は876か?」

仕事に関係ないくだらない話ばかり、付き合わされる尾崎も可愛そうだ。
尾崎は私たちには見せない満面の笑みで話しを聞いている。
あれが営業スマイルと言うものなのね。

ディレクター「それに新しく961プロの四条さんが入ったんだって?876プロも大きくなりそうだね!」

ディレクター「それで思ったんだけど、今度伊織ちゃんと四条さんで撮影しない?絶対雑誌の表紙飾れるよ?」

尾崎p「はい!喜んでお引き受けします!!」

伊織「な!!」

思わず声が出た。
何勝手に引き受けてんのよ!よりにもよってあいつと一緒に仕事なんて冗談じゃない。
私は尾崎の尻を思いっきり蹴る勢いで駆け寄っていった。
が、その行動は読まれていた。
尾崎p「伊織~、早く着替えておいでー」
尻への一歩手前で尾崎は大声で私に言った。
無駄に大声で言ったものだからスタジオ中の視線が私に集まった。
普段スタッフの前で猫を被っている私がプロデューサーを蹴るなんてありえない。
謀ったわね尾崎!!
伊織「は、はーい」

クルリと身をひるがえして楽屋に向かう。
尾崎は日程の話までしだした。撮影は決定らしい。あの馬鹿プロデューサーは後で蹴り[ピーーー]ことが決定した。
伊織「はぁぁ…」

深い溜息をつきながら楽屋に入る。
貴音「溜息をつくと幸せが逃げると爺やが言っておりましたよ」

彼女は楽屋の椅子に腰掛け私を待っていた。

伊織「少なくとも、あんたのせいで私の幸せは減ってるわよ」

こいつには効かないと分かっていても文句を言ってしまう。

それほど貴音が憎いのか私がそういう性格なのか、おそらく両方だろう。
彼女は私の方をじっと見つめるとある決心をしたように口を開いた。

貴音「伊織、あのディレクターの言うように私とゆにっとを組んで活動しませんか?」

信じられない一言が私の耳に届いた。
ふざけたやつだと思っていたがここまで来ては抑えがきかなかった。

メール欄に「saga」と入れると[ピーーー]←みたいなフィルターかからなくなるよ

改行はとりあえず、台詞の上下は無条件で一行開けるのがいいと思う
普通の小説サイトなら問題はないんだけど、地の文SSが少ないここだとどうしても読み手の感覚がそういう風になっちまうし、内容以外の部分はできるだけ合わせた方が読んでもらえると思う

>>1はやる気はあるみたいだし頑張って

伊織「それって冗談のつもり?だったら笑えないんだけど」

私は貴音に飛びかかリそうになるのを必死に堪えて返事をした。

先ほどの尾崎のことが可愛く思えるほど私の怒りは頂点に達していた。

貴音「私は冗談は苦手なのです」

ふっと笑う貴音。

伊織「だったらもっと笑えないわよ!!」

対照に私は声を荒らげて言った。

伊織「だいたい、どういうつもりなのよ!いきなり事務所を移ったと思ったら今度はユニットですって?」

伊織「それって冗談のつもり?だったら笑えないんだけど」

私は貴音に飛びかかリそうになるのを必死に堪えて返事をした。

先ほどの尾崎のことが可愛く思えるほど私の怒りは頂点に達していた。

貴音「私は冗談は苦手なのです」

ふっと笑う貴音。

伊織「だったらもっと笑えないわよ!!」

対照に私は声を荒らげて言った。

伊織「だいたい、どういうつもりなのよ!いきなり事務所を移ったと思ったら今度はユニットですって?」

誰のせいで私はこんな事務所にいると思うのだ。

あの心地よかった場所を捨ててまで私は活動しているのに、こいつは全部捨ててきただけじゃない。

伊織「あんた、一体なにが目的なのよ…」

四条貴音に実力があるのは認める。
悔しいが私以上の知名度も持っている。だからこそ、彼女の行動が理解できなかった。

彼女が目指すアイドルはなんなのか、底知れぬ恐怖と興味が私を襲った。

貴音「私の目的は一つです。それは…」

尖った刃物のような鋭い目つきの貴音に睨まれ、身動きができず、彼女の答えを待っていた時だった。

ガチャ
楽屋の扉が強く開けられた。

真「おはようございますって伊織!?」

伊織「ま、真!?」

本当に今日はついてない。

>>46ありがとうございます。
まったくの初心者なのでコメントが非常にありがたいです

>>50
この板の基準だと大分読みやすくなったと思う
あと、「sage」じゃなくて「saga」なんだ
こんな風に入れておくと「殺す」みたいな文章がピーとかになったりしなくなる

>>51 ありがとうございます。
今から投稿しますね

千早「Awake in the Dark」


――ライブの数週間前――

千早「社長、少しお願いがあるのですが」

鳴り止むことを知らない電話が今も忙しく音を立てている。
律子も音無さんも電話の対応に必死だった。
これが今の765プロの日常。
こんなものは彼が求めているものではない。

そう心の中で強く思った。

美希とのライブフェスが決まり、私はレッスンに明け暮れた。

しかし、何かが足りない。

それは四条さんにも言われた。

おそらく961プロは美希を使い完膚なきまでに765プロを潰しにかかってくる。

そして、彼女の情報では美希は今度のフェスで新曲を披露するらしい。

現状はかなりピンチだった。
フェスでの新曲は成功の難易度が高い分盛り上がりが激しい。
美希のことだ絶対に失敗することはない。

となれば本当に私に勝機はないだろう。

そう、昔の私なら…

社長「うん?如月君か。すまないね忙しくてまともにレッスンも見れなくて。それでお願いとはなんだい?私に出来ることなら全力で手を貸そう」

ニッコリと微笑む社長。
その瞳の下のクマが彼の疲労を物語っていた。
そんな状態でもアイドルへの優しさと心配を忘れないところは彼が一流であることの証明でもあった。

 社長だけではない。他の765プロのメンバーも必死で今の事務所を支えている。

だからこそ、私はどんな手を使ってもこの素晴らしい事務所を潰すわけにはいかなかった。

千早「たいした事ではないです。ただ…」


「プロデューサーの机の鍵を開けてくれませんか?」

その瞬間騒音で騒がしかった事務所が静まり返る。

765プロ全員の視線が集まる。誰も何も言わず、信じられない目でこちらを見ている。

小鳥さんが電話の受話器を落とした音でこの静寂は破られ、数人は仕事に戻る。

社長「如月君…それは、本気で言っているのかね?」

半分ほどしか開いていなかった社長の瞳は今力強く開かれ、こちらをキツく睨んでいる。

千早「はい。美希とのフェスに勝つにはどうしても必要なんです」

私は動じることなく言葉を返す。
周りのアイドルたちがまた騒ぎ始める。

律子と音無さんも電話の対応をしながらこちらをチラチラと見ている。

社長「しかしだね…彼の不在中に勝手に開けてしまうのは……」

‘‘美希とのフェス”この意味を社長は誰よりも分かっていた。

おそらくこのフェスに負ければ765プロに先はないだろう。
みんなはバラバラになり、春香とプロデューサーが帰ってくる場所もなくなる。

上に立つものとしてそれだけは避けたいはずだった。

無論、私は全く引く気はなかった。

千早「お願いします!このフェスに勝利して765プロの存続を-

?「ストッーーープ!!」

私の言葉を遮ったのはウサギを抱きしめた少女、伊織だった。

ずっとソファに座っていた彼女だったが叫ぶとこちらへ詰め寄って来た。

隣に座っていた高槻さんが必死に止めようとしていたがその制止も全く意味を成さなかった。

伊織「千早!いったいどういうつもりなの?あいつの机を勝手に開けるなんて焦るにもほどがあるわ」

彼女は事務所に響き渡る声で叫ぶ。

伊織「だいたい、あいつの鍵のかかった引き出しになにが入ってるか知ってるの?」

彼女が765全員の代表のように私へ問い詰める。
そんなことはもちろん知っている。

苦悩の末の決断なのだ。
この事務所は確かに素晴らしい。しかし、それだけでは勝てない。

勝利へ貪欲な頂点の世界、夢の先の世界では私たちのような甘い人種は生きては行けない。

だからこそ、私は-

千早「ええ。私は次のフェスで勝つための新曲が欲しいの。だから鍵を開けてもらうのよ」

プロデューサーの鍵のかかった引き出しには彼が作詞、作曲した全ての歌のデータが入っている。

それは彼から曲をもらったことのあるアイドルならば全員知っていることだった。
彼の作曲の才能は天才的だった。
それも含めて私が彼を一流と認めている理由だった。

プロデューサーから曲をもらったアイドルは例外なく大成している。765プロの快進撃はこの曲のおかげと言ってもいい。

だからこそ、765プロ全員にはプロデューサーの曲を自ら求める私の行動は信じられなかっただろう。

伊織「ふ、ふざけたこと言ってんじゃないわよ!あんたは一回曲を貰ってるじゃない」

千早「それでは勝てないからこうして社長に頼んでいるのよ水瀬さん」

私がプロデューサーから頂いた曲はもちろん素晴らしかった。
そのおかげで私はBランクへ昇格できたのだ。
しかし、今度の相手は「星井美希」。

今までの私では覚醒した彼女の足元のも及ばない。

だからこそ彼女を驚愕させる必殺の一撃が必要なのだ。

社長「しかし、如月君。彼の新曲はもうないんじゃないのかい?」

私たちの会話を落ち着いて聞いていた社長が言う。その手には机の鍵が握られていた。
 社長はプロデューサーの引き出しを開け中を探る。

社長「うむ。やっぱりだ。見たまえ」

そう言って引き出しの中をみんなに見せる。
そこには綺麗にアイドル順に並べられたCDがぎっしり詰まっていた。

どのCDのタイトルも私たちが一度は歌ったものばかりだった。

伊織「そりゃそうよね。春香の新曲を作り上げたと思ったら次の日には倒れちゃったんだから」

伊織がやれやれといった感じで引き出しを覗くのをやめる。

彼が必死になって書き上げた歌がフェスで異常なまでに高得点をだし、今の私たちを苦しめていると考えていると皮肉な話だった。

伊織「ないものは仕方ないわね。千早、諦めなさい。その代わりレッスンでもなんでも付き合ってあげるわよ」

伊織の言葉を皮切りに事務所の張り詰めていた空気がほぐれていく。

しだいにみんなの顔にも笑顔が戻っていく。


違う……。このままではいつもの765プロで終わってしまう。
レッスンでどうにかなる問題ではない。

負けても得るものがあればいいと言う勝負ではないのだ。

何も分かっていない。これが本当に最後のチャンスだと。

私の最愛の人たちのために私は進まなければならない。例えどんなに私が汚れようと…

千早「新曲はあるわ」

再び事務所の視線が私へ集まる

。伊織が私へ何か問いかけたが無視してプロデューサーの引き出しから一枚のCDを抜き出す。

引き抜いた場所には手書きで「星井美希」と書かれていた。

千早「プロデューサーが美希へ渡した最初の曲よ」

『The fate of the world』

私の中で何かが砕ける音がした。

続きは夜に投稿しますね!

-ライブ会場-

私の息は大きく乱れ、肩で息を吸う。

まだフェスの途中だというのに、苦しい顔が表情に現れてしまう。

伊織に言わせるなら「アイドル失格」だろう。

そこまで自分を追い込みながらもぎ取った一勝だった。

頬に汗が伝っていく感覚、上下する肩。

ふらつきそうな足をしっかり支えながら前を向く。
そこには誰よりも輝くアイドル星井美希がニッコリと笑っていった。

フェスの最初の勝負は私が勝ち、もう後が無いはずなのに彼女の表情からは微塵の不安も感じなかった。

やはり、彼女はなるべくしてなったトップアイドルであった。

美希「すごいの千早さん!!美希久しぶりにドキドキしてる!勝負してるって感じなの」

彼女のこれまでの自信が「今」を支えているのだろうか、おそらく765プロにいた時よりもさらに努力したのは明らかだった。

私は美希の底知れぬ才能に恐怖した。

千早「……四条さんが潰そうとするのも分かるわ」

聞こえないようにこっそり呟く。 


彼女と全力で競い合っても私は劣るとは思はない。

しかし、美希はこの才能にしてこのパフォーマンス力。

そして、961プロの完璧なバックアップがある。

今の私ではこの一勝が限界だろう。

美希「さあ!千早さん、続きをするの!!次は美希が勝ってその次も勝っちゃうね。みんな応援よろしくなのー」

美希の声に続いて一斉にファンが声を上げ歓喜する。
961プロの力で手に入れたファンではなく、彼女自身の魅力で引きつけたファンだろう。

揺るがない団結心が私には見えた。

美希「そうそう。もっと盛り上がって行くのー」

さらに会場の熱気は上がる。それはいつかのライブを見ているようだった。

千早「春香、やっぱり美希は私たちにとってかけがえのない存在だったわ」

そして、今は倒さなくてはならない敵だ!

千早「私も負けないわよ美希!次で終わらせるわ」

マイクを使い美希へと話しかける。

ここからが私と四条さんの計画が始まった。

美希「悪いけど千早さん。次勝つのは無理なの!だって次の曲は美希の-

新曲なのよね。
知っているわ、全て四条さんが言っていた通りのレパートリー。

だから、私は死に物狂いで一勝目を取った。次の曲で確実に終わらせられるように-

美希「新曲なのー!!」

ファンの熱気がさらに上昇する。
美希はこのためにもファンの心を一つにしていたのだろう。

だからこそこの時間、この場所、このタイミングで-

千早「奇遇ね美希」


彼女を叩き潰す!!

千早「私にも新曲があるの」

ざわめく会場。
一体どこの誰が倒産寸前の事務所がこの瞬間に新曲があることを想像できただろうか。

961プロを完全に出し抜くことが出来る唯一の方法だった。

一番驚いているのは美希。

目を大きく見開け、しかしその瞳の中にはまだ見ぬ境地への好奇心で満ち溢れていた。

あぁ、美希…あなたの純粋な心を、このフェスを楽しむ心を汚してしまってごめんなさい。でも、私はもう進むことしかできないの。


千早「そして、その曲はあなたが一番知っている曲よ」

私は知っていた-
プロデューサーはこの曲を美希に渡していた。

彼女が初めてのオーディション時に使用した曲。

そのオーディションではたまたま番組に合わなかっただけで審査委員たちからは高評価を受けていた。

そしてこれがきっかけとなって美希の仕事は増えていった。

プロデューサーは別の曲を作り、この曲は公式では一度も使われることがなかった。

この曲はプロデューサーと美希だけの曲。二人の思い出の曲だった。

だから、私はこれを利用したのだ。

千早「曲の名前は『The fate of the world』!」

音楽が始まる。眩いハイライトとファンたちの歓声が私を包み込む。

遠目で美希の方を見る。
彼女は目に貯めた涙を我慢することが出来なかったのだろう、一筋の雫が光に反射していた。

彼女の口元が僅かに動いた。

―――ひどいよ、千早さん--――

そう、如月千早は最低で最悪な女。
それでも自分の夢を、愛する人たちを捨てることなんてできなかったから、どんなことをしてでも負けることは許されない。




-覚醒めし者は…?-

時は満ちた 裁きを始めよう

アナタしかいらないから


貴音「ふふふ、こんなに愉快なことはありませんね…」

穢れ堕ちたアタシと

闇に巣食うアナタの

愛憎に揺れる天秤

神の意思は…?

貴音「如月千早。あなたは見事私と同じになりましたね」

さあ アナタの牙打ち砕いて

新たな時を奏でる愛に

奇跡は芽生え始める

千早・貴音「もう、戻れない」

イメージです。良ければどうぞ

https://www.youtube.com/watch?v=zcSTe4-vKw0

貴音『幼き頃より…』



「異常協調性伝染症候群」

ある人物は自らの病名をこう言っていました。

横文字で書くと凄まじい”かりすま”だそうです。横文字は苦手なのでさっぱりです。

しかし、病と言うならば確かにその通りでした。

その者の周りの人々は人が変わったかのように己を磨き、高めて行きました。

何も知らないものから見ればそれは素晴らしいことでしょう。

しかし、私にはその光景がまさに異常にしか見えませんでした。

とりつかれたかのように働き、文句も言わず、ただ発生源のためにひたすら努力を続ける。

どこぞの宗教よりもたちが悪く、吐き気を催す地獄絵図でした。

そんな絵を描く人物の名は「四条」。

その名を名乗ることは私たちの中で最も優秀であることを意味していました。

あれは私がまだ、ただの貴音であった頃、四条と出会いました。

私の家は本家といくつもの分家に分かれていました。

幼き頃私は毎日家の庭で多くの友達と遊んでいました。

幼き私は家柄の上下関係など分からず無邪気にみんなで仲良く遊んでおりました。

そんな時に奴がやって来ました。

?「仲間に入れてくれないかな?」

今思えばこの時から私の失敗は続いているようです。

奴を仲間に入れたことで大きな変化が起きました。

 喧嘩が起きなくなりました。

どの子も最終的には自分の意思を曲げて大衆の意見に同調するようになりました。

なぜか私には奴の力は及びませんでした。

だからこそ、私はみんなの変化に気づくことができました。

それは確かに成長とも言えるでしょう。

しかし、幼子が強要されずあそこまで団結して行動するなどありえません。

幼い私はひたすら奴が恐ろしかった。

 年が十五を越えた頃、奴は本家の正式な跡取りに認められ「四条」を名乗ることを許されました。

言い争いの絶えない四条家で満場一致で決まったそうです。

あの時の「四条」の表情を忘れることができませんでした。

 その夜私は眠ることが出来ず庭で月を眺めておりました。


「こんばんは、貴音」

後ろから呼ばれる声、振り返らなくとも誰かははっきりと分かりました。

私の身体はまったく動けず蛇にでも睨まれているようでした。

四条「貴音は気づいてるよね僕のこと?」

私の息は止まりました。呼吸をすることが出来ず、陸で溺れているようでした。

今まで隠していたことがいつの間にか知られていた。

自分の言う通りにならない人物が居ることを気づかせてしまった。命の覚悟までしました。

しかし、四条は淡々と自分の病名のことを言い、伝染しない私を褒めたたえました。

そして、「四条」の名を私に譲ると言いました。

四条「これからもっと大きなことをやって行くつもりなんだ。だから、この家のことは任せたよ。四条貴音」

そう言い終えると私の背後の気配は消えていました。

私は腰が抜け、冷たい汗を全身で感じました。奴は本当の化物だったのです。

次の日、四条の姿は家から消えていました。

大人たちが必死になって探そうとしましたが机の中の置き手紙を見つけて捜査はすぐに終わりになりました。

大方、探さないでと書いてあったのでしょう。そして、奴が言った通り私が四条の名を継ぎました。

何もかも「四条」の思った通りに事が運んでいました。

それが許せなかった私は「アイドル」になることを決意しました。

四条家と縁があった961ぷろに入る事ができ、本家には四条家の更なる向上の為と言えば了承されました。

それから私は必死で鍛錬に励みました。

経験したことのない世界での生活は困難ばかりでしたが自らの手で掴む勝利は格別でした。

なにより私は961ぷろの方針が好きでした。

「仲間を蹴落としてでも上へ」

協調の地獄にいた私には素晴らしい言葉に感じました。

しかし、その幸せも長くは続きませんでした。

あるオーディションの終わり。

千早「四条さん、オーディション合格おめでとうございます。私もまだまだですね」

貴音「いえ、あなたも素晴らしい歌声でしたよ」

他の事務所でありながらも如月千早とは友だった。

こう言うのをらいばると言うのでしょうか。

彼女の歌声にはいつも驚かされ、嫉妬すらしてしまいます。

しかし、逆に同じ事務所でないことに安心していました。

彼女を蹴落としたくはありませんでした。

彼女の事務所765ぷろは弱小ながらもみんなで協力し合って頑張っている事務所で有名です。

しかし、私の事務所の社長と仲が悪く、話す機会も多くありません。

貴音「せっかくですのでこの後食事でもいかがですか?このあたりに美味しいらーめん屋が…」

千早「すいません。実はプロデューサーがもう迎えに来ていて…あ、プロデューサー!」

千早がその男の元に駆け寄ります。私の目は自然と男に焦点が合います。

男はにっこりと微笑み今回のオーディションの結果を話し始めます。

ゆっくりと千早を褒めながら次また一緒に頑張ろうと言い聞かせます。

そう、いつか私たちに言ったように。

貴音「四条……」

何年も顔を見ていませんでしたがわかります。

彼はまさしく「四条」そのものでした。

吐き気を催した私は千早にさよならも言わずに彼らの元から去りました。 
私は涙を流しました。

去った恐怖が舞い戻ってきました。

あの悪魔は再び私へ絶望を与えに来たのです。

765ぷろはみんな仲良く協力し合っているのが有名。

みんな彼のために協力している、そしてそれに気づいていない。

もちろん千早も…

私はこの時決意しました私がこれから成すことを…


伊織「あんた、一体なにが目的なのよ…」

伊織…あなたは私と同じように事務所の異常を気づいたのでしょう。

でも、みんなのことを思って言えなかった。言うのが怖かった。

否定されるから、昔の私のように。

だからあなたは事務所を移った。

中からではなく外から仲間を救うことを決意した。私はあなたの考えに賛成です。

あなたと私の目的はほとんど一緒、ただ少し違うところがあるのなら水瀬伊織は再生を四条貴音は壊滅を目指していることですね。

千早『英雄の証明』


あのフェス以来、私のいや私たちの世界は一変した。


多忙な毎日が続き、今度は仕事の依頼で事務所の電話は鳴り止まなかった。

小鳥さんは対応に追われ、律子はスケジュール調整でずっと頭を悩ませていた。

社長も社長らしく私たちのサポートに勤めてくれた。

何も問題はなく、満ち足りた毎日のはずだった。

事務所に笑顔がない…。

仕事中はみんな笑っていたが、私生活では何かに怯えているようだった。

恐れるようにレッスンに励み、恐怖に駆られ歌を歌う。

それは狂気すら感じさせたが、その中には確かな美しさがあった。

千早「……でも、それはただの一瞬の輝き」

楽屋までの道のり、私はポツリと呟いた。

今の765プロの人気を維持するためにも更なる向上が必要だった。

しかし、その方法がまったく思いつかなかった。

そもそも春香やプロデューサーと違い私はアイデアをだす人間ではない。

つくづく自分には歌しかないことを実感するばかりだった。

大きな溜息をつき、ふと前を見る。

真「――――!―――!――――!!」

真が楽屋の扉を開けたままで何かを叫んでいる。


千早「なにしているの真?」

いつも騒がしい真がさらに騒がしいのだこれは何かある。

真「ち、千早。早いね、今日は昼からじゃないの?」

こちらを見た真は血相を変え、ゆっくりと扉を閉める。

彼女の額にはうっすら汗まで滲んでいた。先ほどとのテンションの変化の落差が酷いものだ。

千早「先に楽屋に入って曲の確認をしようと思ったの」

真「あぁ、なるほど。流石千早だね。よ!765プロの歌姫ー!」

見え見えのお世辞を無視して真を避けドアノブに手をかけようとする。

すると-

真「あ!ちょっと千早待って」

真が必死になってドアを押さえてきた。

千早「なんのつもり?早く曲の確認をしたいのだけど?」

好奇心よりも少しイライラの方が勝ってきた。

そこまでして私に何を見せたくないのだ。


真「そのことなんだけど、えっと…前の人がまだ残っているみたいだからまだ開けない方がいいかなって」

千早「それなら早く言って。時間を無駄にしたくないの」

真が何を隠しているか気になるがこれ以上は面倒に感じた。

楽屋を離れようとしたその時、扉が向こうから開いた。

伊織「ちょっと真!!話は終わってないわよ!」

飛び出してきたのは水瀬伊織。876プロの水瀬伊織だった。

千早「なんだ、こんなこと…」

本当につまらない現実だった。驚きに期待していた自分がバカみたいだった。

伊織「ッ!あんた!!」

千早「こんにちは、水瀬さん」

私を見るなり彼女はキツく睨む。

事務所を出て行った時と同じように、つまりまだ私のことを恨んでいるようだった。

伊織「なんであんたがここにいるのよ!」

声を張り上げる。

伊織は私が美希の曲を使うときから反発し続けた。ずっと私を敵視して、765プロの形を固執していた。

だから、あなたのような人がいたから765プロは消えかけたのよ。

千早「真、先にディレクターに挨拶に行ってきなさい」

真「で、でも千は-

千早「行きなさい」

有無を言わさず行かせた。

何度か振り返り不安そうにこちらを見ていた。

きっと私たちが喧嘩にならないか心配しているのだろう。

まぁ、私は抑えるつもりなんてないのだけれど-

伊織「ふん!偉くなったもんね、他のアイドルに命令までするなんて」

不機嫌そうに鼻を鳴らし、悪態をつく。彼女の口の悪さも相変わらず何も変わっていなかった。

千早「プロデューサーがいないのだから指示を出せる人が出すべきよ。それに私は一応トップアイドルなのだから少しは偉いとは思うわ」

伊織「トップアイドルですって!!」

ますます不機嫌になる伊織。

私も別に偉くなったとは思っていない。

しかし、苦しい時に逃げ出した伊織を許せず、私も意固地になっていた。

伊織「裏でこいつと一緒に手を回して、美希を騙して、それでトップアイドルですって!?ふざけんじゃないわよ」

千早「勝つための手段よ。765プロを救うためなら私はどんな手でも使うわ!!」

楽屋は静まり返り、私たちの近くを通る人は誰もいない。

離れたところにディレクターが見えたが関わる気はなさそうだった。

誰だったこんな問題に関わりたくはないだろう。

過去の仲間を蹴落とした歌姫がまた過去の仲間と対立しているのだ。

どう思われても仕方がない。

伊織「あんたが選んだのは最低の悪手だったわね。よりにもよって961と組むなんて」

貴音「元961ですよ、伊織」

人形のように伊織の後ろで固まっていた四条さんが言った。

表情に焦りはなく、とても楽しそうな笑顔でこちらを見た。

伊織「うっさいわよ!!私はまだあんたが876プロなんて認めてないんだからね」

961プロの四条貴音、黒い噂と共に去る!!こんな新聞の一面を思い出した。

どこに行ったかと思っていたがまさかこんな弱小プロに移っていたなんて、

正直落胆した。

千早「仲間を蹴落として進む、あなたはそう言っていましたね」

貴音「ええ、確かに」

彼女に同様は微塵も無かった。

まるで仮面を被っているかのようにその顔は微動だにしない。

伊織「な!!あんたどういうことよ」

騒ぐ伊織を無視して話を続ける。

千早「あなたは蹴落すのではなく蹴落とされる側の人間だったようね」

彼女には感謝の気持ちも怒りも無かった。

ただお互いを利用しただけ、だからこそ今の彼女がより惨めに見えた。

四条さんが口を開こうとした時だった。

楽屋の椅子が横に倒され大きな音を立てた。

伊織「帰る」

手早く荷物をまとめ私に目を合わせることもなく部屋から出ようとする。

扉の前に立っていた私は彼女を避けるように楽屋の中へ入った。

貴音「伊織…」

伊織「悪者同士の話に私は邪魔でしょう?気が済むまでどうぞ!!」

言い終わるや否や全力で扉を閉めた。

激しい音の後に彼女が強く地面を蹴る音がどんどん小さくなっていくのが聞こえた。

千早「本当に…相変わらずね」

ため息混じりの私の言葉に四条さんは微笑みながら言った。

貴音「765ぷろで変わっていないのは彼女だけなのです。だからこそ私には彼女が必要なのです」

その瞳の中の真意はまったく読めなかった。

しかし、伊織を私と同じように利用しようと考えていることはわかった。

千早「また誰かに頼るつもり?自分の力で勝負したらどうなの」

千早「そんなことだから事務所に見捨てられるのよ」

私は矢継ぎに言葉を放ち四条さんを責めた。

それは単に苛立ちというより、彼女の未知な部分に恐怖して威嚇しているだけだと後から気づいた。

私の言葉など気にせず四条さんはゆっくりと話した。

貴音「しかし、そのおかげで星井美希は961ぷろに残る事ができました」

千早「ッ!!…」

まさかそんなはずはない。彼女が美希をかばったと言うの?

確かに美希は961プロに所属したままだった。

でも、それは事務所が彼女の才能を手放したくないだけではないか?

頭で自分の都合のいいように考える私に対して、彼女は止めを刺した。

貴音「絶対勝利が当然の961であのような大きな舞台で、それも765ぷろに負けたあいどるが残れるはずもありません」

自分の荷物をまとめ始める、先に帰った伊織を心配してか手早く用意をする。

私は言葉がでない。
頭の回転がついていかない。
彼女のやっていることは全くの無意味だった。

千早「どうして、あなたは上に行くために美希を利用するんじゃなかったの?」

返答はない。

しかし、どうしても答えが見つからなかった。

彼女の目指す頂点の終着点はいったいどこなのだろうか。

私は彼女を利用したと思っていた。しかし、本当に利用されているのは-

千早「私なの…」

ふふ、っと彼女は笑う。

気づけば目の前に立っていた。彼女の瞳は夢を描くアイドルと言うよりも憎むべき相手を倒す復讐者の色をしていた。

彼女は私の耳にそっと呟いた。

貴音「深淵を覗く時、深淵もまたこちらをのぞいているのですよ」

全身に悪寒が走る。

私が今まで支えにしていた何かが粉々に砕けた。

私は…自分の力で勝負すらしていなかったのだ。
 
貴音「新しい怪物はいったい誰が倒すのでしょうね?」

その言葉を最後に楽屋の扉が閉まった。

千早「――――――!!」


叫び声は言葉にはならなかった。

伊織のように机や椅子に当たり散らした。

大切な仲間を失って、傷つけてまで私が手にしたものは全て彼女から与えられたものだったのだ。

千早「私は……私はーー!!」

彼女はいつでも私を潰せるのだろう。

だからこそ木の実が一番熟した時に切り取るつもりなのだ。

千早「負けない…絶対に私がトップアイドルになる!!」

この感情さへも彼女が私に与えているものなのだろう。


では、本当の英雄になるのはどうすればいいのでしょうか。

楽屋から去り私は伊織が待つ駐車場に向かっていました。

伊織はあれだけ怒っていながらも車の中で私の帰りを待っていました。

伊織「密会はもういいの?」

私には顔を向けずに窓から外を眺めて言いました。

貴音「ええ。十分話しました」

伊織「そっ。悪巧みでも勝手にしなさい、最後に笑うのはこの伊織ちゃんなんだから」

その言葉と同時に車が発進する。地下の暗い駐車場から一気の明るい外へでる。


そうです伊織。今度はあなたが怪物を倒すのです。

崩壊した765プロの中で唯一変わらなかったあなたを怪物にすることで『四条』の崩壊が完成するのです。

本当の英雄なんてこの世には存在しません。おとぎ話に出てくる主人公は私たちのような人間ではありません。

なぜなら彼らも総じて化物なのですから。

私たち人間は一般と少し異なっているだけでそれらを区別する生き物です。

『四条』。あなたも英雄の一人なのです。

同時刻 765プロ事務所

しきりに鳴り止まない電話の着信音に音無小鳥はうんざりしていた。

忙しいのは嬉しいことだがこれでは身体がいくつあっても持たない。

鳴り続ける電話の受話器を渋々小鳥は持ち上げた。

小鳥「はい、こちら765プロで――――、えええーー?」

事務所中に叫び声が響き渡った。

その音に驚いて社長室から社長が飛び出してきた。

社長「どど、どうしたのかね音無くん?」

小鳥「それが、病院からで入院していたプロデューサーが病室から抜け出したそうなんです!!」

765プロの電話はまだ鳴り止むことはなかった。

響『New Day』


夕暮れの日差しが辺りを赤色に染め上げる。

真っ赤に染まった歩道橋には幻想的な匂いが立ち込めていた。

人通りの少ないこの歩道橋。お気に入りの場所だった。

何も考えずに夕日を見る。上まで登ればかすかだが海も見ることができる。

車も少ないこの時間帯はとても静かで、まるで故郷にいるような、そんな気持ちになれた。

響「はぁ……」

何度目だろうこのため息が出るのは。慌てて口を塞ぐことすら今の自分には億劫になっていた。

春香に負けてから私の人生は一変した。

今まであった仕事は一瞬で消えて、アイドルとしてのランクも下がり、もう少しで961プロからも追い出されそうになった。

諦めず、もう一度あの舞台に立つために日々レッスンは続けていると、今度は961プロ自体がピンチになってきた。

あのスーパーアイドルの美希がフェスで負けたのだ。私も初めは信じられなかったが、961プロの現状を見れば信じざるをえなかった。

響「もう…無理なのかな…」

アイドルになって沖縄のみんなを驚かせたい!その一心でここまで走ってきたが、どうやら私は道に迷ってしまったらしい。

そして、私にはこんな時頼れる仲間が誰一人いない事実が余計に辛かった。

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