デレマスP「芸能街?」【I×『C』】 (39)
「…せめて、名刺だけでも」
声を掛けた女子は、無言のまま彼が差し出した両手の先をすり抜けて行った。
「………」
男は深く息を吐いて彼は空を仰いだ。彼の仕事はアイドルのプロデューサーである。大手芸能プロダクション・美城プロが新しく発足したプロジェクトに携わっていたが、土壇場で欠員が出たため急遽人員を補充することになった。彼は自ら街に繰り出して勧誘に努めたが、その成果は芳しくはなかった。
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(出来ればあと何人かスカウトしたかったのだが…)
眉間に深い皺を寄せて彼は振り返った。その長身は人混みを見渡して余りある。腕時計に目を遣ると、二本の針は頂上間際を指し示し、いよいよ刻限が迫ることを主張した。
(仕方ない。この辺りが潮時か)
僅かに未練を滲ませ通りを眺め、彼は踵を返した。
「アイドルプロデュースに興味がおありですか?」
シャン。目の前に一人の女がいた。否、彼女以外には誰もいなかった。一瞬前まで騒々しかった通りには人っ子一人おらず、街は灰色に沈んでいる。ステッキを携え黄緑色のスーツに身を包んだ女は、にっこりと微笑んで彼を見上げた。その尋常でない雰囲気に飲まれ彼は言葉を失くした。
「…貴女は?」
辛うじて喉から声を絞り出す。女は手を合わせて頷いた。
「これは申し遅れました。私は芸能街ミダスプロ事務員、千川チヒロと申します」
「ミダスプロ…?」
聴いたこともない名前だ。彼の無知によるものではないことは確かである。
「先日のフェスでプロデューサーに欠員が出てしまいまして、急遽補充することになったのです。そこで無作為に選ばれたのが貴方なんです!おめでとうございます!」
腕を広げて笑顔を振りまくチヒロ。彼は話を捉えきれず首に手を当てた。
「…私は既に美城プロのプロデューサーです。異動というのは…」
「ご心配なく。私達が提供するのは肩書ではなく……アイドルです」
耳元で囁く声に驚き彼は振り向いた。ぴったりと背後に寄り添うチヒロに身を引く間もなく彼女は彼の目を覗き込んだ。
「もっと効率よく、ファンを稼ぎたくありませんか?」
人間離れした目の色にたじろぐ。
「私達は貴方にアイドルを提供します。安心安全。どこに出しても恥ずかしくないアイドルです。貴方のプロデュース次第でトップさえ狙えるでしょう。その代わりに」
「貴方の未来を担保にしていただきます」
「私の未来…?」
彼は唾を飲んだ。チヒロの言葉には人を乗せる奇妙な説得力があった。この理解の及ばない状況にあって彼の鼓動は高鳴り出した。
「私は何をすれば…?」
「別に普段通り業務に励んでいただいて結構ですよ。ただし、週に一度ライブバトルに参加していただきます」
「ライブバトル?」
「おっと、それよりまず先に、貴方の名刺を拝見してもよろしいですか?」
「あっ、これは失礼を…」
彼は慌しい展開に挨拶すら忘れていたことに気付いた。そして先からずっと己の名刺を握り締めていたことにも。
「私は……!?」
差し出した名刺が手の中でジリジリと形を変えていく。瞬く間に、ただの名刺だった紙片は黒いカードに変化していた。中心の円の中に天使を模したマークが描かれている。
「これは……」
「それはミダスカード。貴方がこの芸能街のプロデューサーであることの証明です。更に、カードの表面をなぞってみて下さい」
「……」
彼は揃えた二本の指でカードを撫でた。すると、表面のマークが回転しながら蒼い炎を吐き出した。
「なっ…!?」
思わず仰け反った彼の前に炎が蟠る。それは不定形に揺らぎ、やがて人型を取って彼の前に降り立った。
黒い衣装を纏った長髪の少女。一見して普通の少女に見えるが、その両側頭部からは蒼い湾曲した角が生えている。
少女は彼を頭から爪先まで眺め回し、特に感慨も無さ気に呟いた。
「ふーん、アンタが私のプロデューサー?……まあ、悪くないかな…。私はシブヤリン。今日からよろしくね」
「……彼女は?」
彼はチヒロに尋ねた。
「彼女が貴方の担当アイドルです。これからは貴方の芸能街における活動のパートナーなりますね。当然、元の世界でも自由に使っていただいて結構です。……おや、丁度ライブバトルのマッチングが済んだようですね」
チヒロがステッキで彼方を示す。遠くの灰色のビルの陰に一人の男が立っていた。細身の男の四角縁の眼鏡の奥で鋭い眼が光る。
「ライブバトルとは…」
チヒロを仰ぐがその時には彼女の姿はどこにもなかった。
男達の背景のビルにそれぞれの側から蒼と赤色の円が昇り、中程で衝突した。
『live start』
両者が掲げたカードから響く音声が、開戦を告げた。
(今日はここまで。こういう形を取るのは初めてで色々アレ。『C』とは少し前に放送していたアニメ。面白いよ!)
「へへっ、新入りが相手たァ運がいいな!派手に行くぜ!」
男がカードを撫で、叫ぶ。
「ミクロ一千万!」
『Macro』
リンが素早く上空に目を向けた。彼もそれに倣い息を飲んだ。
ビルの上から巨大な猫の肉球が降って来た。
彼は声を上げる暇もなくリンに抱えられ投げ出される。
地を揺るがす衝撃。寸前まで彼らがいた地点には大きなクレーターが刻まれていた。
「ボサっとしないで!もう本番始まってるんだから!」
リンがきつく声を掛ける。彼の耳には届かない。
「さあミクちゃん!オレらの独壇場だ!」
その声に応えるように小柄な影がリンの前に馳せた。
「はいだにゃ!」
猫の耳のような角を生やしたアイドルが長い爪で襲い掛かる。
リンが両手を翳すと眼前に障壁が現れ攻撃を防いだ。
茫然と立ち尽くす彼にリンは苛立ち叫ぶ。
「アンタは早く隠れて!」
「……一体何が…」
「ミクちゃん!ミクロ五千!」
ミクと呼ばれたアイドルの十指が輝く。
「にゃあああああ!」
凄まじい速さで振るわれた爪はリンのガードを切り刻んだ。
「ぐっ…!」
リンの腕から黒い霧が零れる。
「隙あり!」
いつの間に接近したのか、駆け込んで来た男がカードを撫でる。
『Direct』
ピンクの光の束が剣のように男の手に纏わり付く。
「…ッ!」
彼は身の危険を察知し咄嗟に身を引くが、間に合わない。
振るわれた光の剣はリンのガードに阻まれた。
すぐさま後ろに跳んだ男が叫ぶ。
「ミクロ一千!」
ミクの爪が閃き、リンの腹部に突き刺ささる。
「ぐ、この…!」
リンは呻きながら彼の襟首を掴み逃走した。
去り際に、彼は直感的に己の値を示す蒼い円が収縮したのを知った。
それが何を示すのか理解する間もなく、リンは飛び上がった。
「追わなくていいのかにゃ?」
逃げる対戦相手を見送りミクが尋ねる。
男は余裕の表情で歩き出した。
「ま、時間いっぱい楽しもう。原宿のボスの力を魅せつけてやろうじゃないか」
ビルの陰に身を潜めた彼は深く息を吐いて壁面にもたれかかった。
目の前には傷を負った少女が座り込んでいる。
「……あの、大丈夫ですか?」
おずおずと声を掛けた彼を睨み付け、リンは喰って掛かった。
「痛いに決まってるでしょ!アンタやる気ないの!?」
「そうはいっても…状況が…」
リンは荒い息を上げていたが観念したかのように溜息を吐いた。
「アンタ、あの円を見た?」
「ええ、あれは一体」
「あれは私のファン数を示すもの。ライブバトルはファンの奪い合い。ここで得たファン数が全ての価値。ファン数が多ければ資産も増える。ファンが根こそぎされたら引退だよ」
引退。リンはその言葉を受け彼の顔が引き締まるのを認めた。…どうやら全く心得がないわけではないらしい。
「とにかく、このライブバトルに勝てばいいんですね」
「そうだよ」
リンが立ち上がり体を点検する。もう動いて平気なのかという声は無視した。
「これだけ覚えておいて。ファン数とは別にミダスコインっていう資産がある。プロデューサーはコインを投資してアイドルにアピールさせる。アピールを当てればファン数を奪えて、バトルに勝てば投資した資産はライブの取り分になって返って来る。最終的に勝敗を決めるのは獲得ファン数だよ」
二人の周囲に小型の肉球が数個出現した。肉球は壁へ床へ叩き付けられリンと彼は転がってこれを避けた。
建物の天辺からアイドルが飛び降りて来るのを見た。リンに突き飛ばされた彼の足元が破砕される。
悠々と通りに姿を現した男がカードを翳す。ミクのパンチがリンを吹き飛ばし、鋭い爪が壁面に埋まった彼女の首筋目掛け振り翳される。
「にゃあッ!」
ガードの間に合わないリンとミクの間に彼が割り込む。ミクの爪が深々と彼の腕を斬り裂いた。
「アンタ、何やって…」
「…アイドルに…怪我はさせられませんから」
腕から零れた黒煙に己の資産の減少を認識しつつ、彼が答える。
「アンタが攻撃を受ければコインが減るのよ!」
「さっき彼が出した剣みたいなもの、あれは何ですか?」
「え?あれはプロデューサーが相手を直接攻撃するための…」
「そうですか」
言うや否や彼は走り出した。ミクが反応するよりも早く長躯が風を切る。
「え」
『Direct』
彼の手に赤黒い光の剣が生える。長い脚が力強くコンクリートを踏み締め、男へと突進した。
「おいおい冗談だろ…」
顔を引き攣らせて退こうとする男の胸に光が爆ぜる。袈裟懸けに振り下ろした彼の手の剣が散った。
「ぐおお…ッ!」
『Direct』
苦悶する男が剣をガードする。両者の剣がぶつかり合い消滅した。
すかさず彼の拳が男の腹にめり込む。続け様に強烈なキックが胸を襲う。
「がはっ!」
地に転がった男を見下ろし、ネクタイを緩めながら彼が無感情に告げた。
「立って下さい」
「お前ルール分かってねえな…これはアイドルのライブだぞ!」
「裏方は、我々の仕事ですから」
『Direct』
男に光剣が付き立つ寸前、ミクが攻撃をガードした。
「Pチャン!」
「いいぞミクちゃん!一気にカタを付ける!ミクロ五百万!」
『Micro』
両手を掲げたミクの上空に巨大な肉球が形を成していく。
膨大な投資が行われた、としか彼には理解出来ない。
「ちょっとアンタ!何やってんの!?」
彼を背後に庇いリンが声を荒げる。
「何か…まずかったでしょうか」
首に手を当て眉間に皺を寄せる彼にリンは再び溜息を吐いた。
「いいから覚悟を決めて。これから私と一緒に闘ってくれる?」
「勿論です。私は貴女のプロデューサーですから」
「OK。…プロデューサー、投資して!カードをスラッシュ!」
「こうですか?」
「メゾアピール一千万!続いて!」
『Mezzoappeal』
「メゾアピール一千万!」
彼の手の中でカードが激しく輝く。
体の内から湧き出す力がカードを通してリンに注ぎ込まれていく。
『Never say never』
リンの角が眩い光を帯び始める。
その全身が輝き出した時、巨大な肉球も凄まじい威圧感を以て二人目掛けて落下し始めた。
「はぁあああああ……」
リンが両手を突き出し、漲る力を解放する。
「ネバー・セイ・ネバーァアアアアア!」
小さな体から超高熱のオーラが立ち昇り、彼の視界を覆わんばかりに灼熱の蒼炎が放たれた。
炎はリンの前方に存在する全てのものを飲み込み、焼き焦がしていく。
「にゃあああああああ!?」
一瞬の後には灰色の街の一角は真っ黒に焦げ、プロデューサーとアイドルが膝を着いていた。
「ぐ…オレとしたことが……」
男たちの姿が黒煙の向こうに消える。
『Closing』
『You win』
カードが点滅し、蒼い円が赤い円の大部分を吸収し増大した。
これでファン数と資産が増えたのだと彼は理解した。
「ご勝利おめでとうございます!」
いつの間にかチヒロが笑顔で立っていた。
「いかがでしたか、初めてのライブバトルは?」
「いや…何となく理解しました」
「それはなにより」
チヒロはどこからともなくドリンク瓶を取り出すと、彼に手渡した。
「これは私からの餞別です。今後ともアイドルプロデュース頑張って下さいね!因みにアイドルを強化するならガチャが一番!ショップでは他にもアイテムをご用意しておりますので、ご入用の際は是非」
シャン。チヒロがステッキで地面を叩いた。
「……はっ」
気が付けば彼は街の雑踏の只中にいた。
額に手を当て頭を振る。今のは夢だったのだろうか。
余りにも現実味に欠ける出来事にさしもの彼も疲労を疑った。
そこへ差し出されるドリンク瓶。
「ほら、ぼんやりしてたら置いてっちゃうからね」
そこにいるのは制服姿の少女。
夢の中であった通りの目と声。
ならば、それは夢ではなく現実か。
ドリンクを受け取り、なおも手を差し伸べたままの少女を見て、ようやく彼も手を伸ばした。
「改めて、これからよろしく」
「ええ、こちらこそお願いします」
二人は握手し、彼らのもう一つのステージを目指した。
街頭のスクリーンには流行のアイドルのプロモーションが流れている。
彼の腕時計の針は、丁度円盤の頂上を指していた。
「…で、プロデューサー。この後は何するの?」
「……企画中です」
『CRYSTAL SLIPPERS』
「出会い、始まり」
芸能街の外れ。
壁に背を預けたスーツ姿の男が虚空に向けていた視線を切った。
「……なるほど。見所のある新人が入って来たな」
そして隣に侍る人物に声を掛けた。
「お前的にはどうだ?あの子も中々のアピールだったと思うけど」
その人物はパーカーのフードを目深に被り、片耳だけにイヤホンを嵌めて音楽を聴いていた。
「……おーい?」
「………どうでもいいです」
「…あ、あはは…まあ、そうだろうけど。あいつは手強いプロデューサーになるぞ」
僅かに傾いだフードから長く青い髪が零れる。美しい少女の顔が覗く。
「いや、知り合いってわけじゃない。ちょっと顔を知ってる程度さ」
男は壁から離れ一つ大きく背伸びをすると、振り返って少女に手を伸ばした。
「さ、俺たちも行こうか。お姫様?」
【完】
という訳で『アイドルマスター』と『C』のなんかあれでした。
少し前に『C』というアニメがありまして。これは1~2話にアイマスキャラを当てただけのお話です。
シンデレラガールズもアニメ化しましたからね、これを機に皆『C』を観よう!
今ならようつべで無料で全話観られるから!ね!
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