姫「……」
侍女「姫様、どうかその様な事は口に出さないで下さいな」
姫「事実でしょう」
姫「私の身体は病に侵されてからというもの、僅か二ヶ月で立てなくなりました」
姫「宮廷魔導師の皆様でさえ、私の病を取り除けなかったのです」
侍女「…………それでも陛下は姫様を…」
姫「お見捨てになられた事は存じています、先日私の妹に私が婚約する筈だった隣国の皇子を対面させたとか」
姫「この国は他国に寄り添っていく姿勢でなければ最早、未来はないと聞きます」
姫「父や妹とは違い、最期の時まで私の傍に居てくれた事に感謝します」
姫「生まれ変われるなら……また貴女に会いたいですね……」
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間もなくして、とある小さな王国の姫は眠るように息を引き取ります。
重い病に侵されその小柄な身体はボロボロ、美しい顔も髪も最後は白くなっていました。
姫は健在だった頃、とても優しく正義感の強い娘でした。
原因不明の病を患ってもそれは変わらず、人々の為、兵士を連れて城下町へ何度も見回りに行っていた程に。
そんな彼女は死に際で一つの願いを持っていました。
広い世界を回り、いつか魔物の王に会ってみたいと考えていたのです。
何故、この話をしたか。
物語は姫様でなく、程無くして生まれた一人の魔物が主役だからです。
───── 雫。 ─────
───── この音は、水滴の音か。 ─────
───── ………… ─────
───── 水滴とはなんだ。 ─────
───── 水が滴っている様子、か? ─────
───── 水とはなんだ。 ─────
───── 駄目だ、これでは駄目だ。 ─────
───── 目を………… ─────
名前の無い洞窟の奥に、その泉は存在した。
常に『色』を絶え間なく変えるその泉は、あらゆる生物を生み出している。
かつては、人間もその泉から生まれていたのだ。
──────── コポポポ・・・
では、今は何を生み出しているのか。
魔から這い出していると、『その世界』で言われて名付けられた獣達。
『魔物』である。
──────── ゴボボボボ・・・ッ
静まり返った洞窟の中を、何らかの噴出音が鳴り響く。
泉の水が沸き立ち、凄まじい魔力と熱を帯びて溢れだしていたのだ。
中心部で深紅の光を迸らせる泉の水、それらが泡立ちながら一つの形を造り上げていく。
その形は、『目』だった。
───── これが、水。 ─────
───── 漸く、見れた。 ─────
───── なんと美しいのだろう。 ─────
───── ……だが、満たされない。 ─────
───── 聴こえてくる音を、もっと感じたい。 ─────
───── 駄目だ、これでも駄目なのだ。 ─────
───── 耳……を…………そうだ、私は耳と目がある。 ─────
───── そして……他には………… ─────
名前が無い洞窟。
そして、その洞窟は未だ人間が見つけたことは無い。
故に、何者かによって名付けられる事が無かったのである。
……そんな洞窟の中。
最奥に存在した『魔物』を生み続ける泉がそれまでで一度も無かった現象を引き起こしていた。
────────── ゴボゴボゴボ・・・ッ!!
数十、数百億の怪物を生み続けていた泉は、その活動を実に十月十日間も……止まっていたのだ。
その原因は、たった一つの生まれ落ちようとしている者の為に、無限に等しかった魔力を総動員して使用されていたからである。
最初に生み出されたのは、目。
次に『彼女』が欲したのは、耳。
次に鼻を、次に口を、次に舌を。
そして『彼女』は己を作り出している泉に触れるために、手を欲した。
深紅の光はいつしか深緑の光となり、『彼女』が望むままに欲した身体を生み出していく。
─────【…………】─────
【……ああ、遂に】
【遂に私は完成したのか】
【体が、体が動く……!】
【ああ! あぁ……!!】
【これで、これで漸く私は……】
【私……は?】
【………………】
【……………?】
枯れ果てた泉の中心で、若い娘の声をした魔物は首を傾げていました。
それもその筈、『彼女』はそれまで何かを成そうとしていたのが全て忘れてしまったのです。
誰もいない洞窟の奥で、『彼女』は思い出そうとします。
しかし思い出せません。
そんな時、『彼女』の元へ悲鳴が聴こえてきました。
それを聴いた『彼女』は、こうしてはいられないと洞窟の出口の方向へ向かいます。
深緑の金属鎧の体を持った『彼女』は、暗闇に閉ざされた洞窟にその足音を響かせながら走り去って行ったのでした。
名も無い洞窟に足を踏み入れるのは、この世界において魔物以外にはいない。
何故なら、人間が足を踏み入れたとしても帰ってこれた事が無いからである。
洞窟には必ず外を徘徊する魔物よりも、ずっと人間を殺す力を持った魔物がいるのは誰でも教えられていた。
故に、誰一人として長い年月の間、『何となく視界に入るけど死にたくないから近寄らない』という認識しかなかったのだ。
では。
そんな洞窟に入り込み、突如として現れた鎧に包まれたゾンビに襲われ悲鳴をあげたのは、何者なのか。
子供である。
村人「うわ、うわぁああああ!! 誰かぁあああああ!!」
死体騎士【……】ギシッ…ギシッ…
死体騎士B【……ァア゛…ア゛】ギシッ…ギシッ…
手に持っていた短剣を振り回すも、二体の死体騎士達は怯みもせず刃を向けて歩いていく。
近辺村に住む少年は左足太股から鮮血を流して恐怖で叫んでいた。
少年のいる位置より更に通路を行けば出口。
そこからもまた年若い子供達の叫び声が上がっていた。
村娘「逃げて! 早く逃げてぇ!!」
村人B「村人ぉー!」
村人C「どうしよう……このままじゃあいつ殺されちまうよ!?」
三人の少年少女達は、洞窟の入り口からそう遠くない位置で死体騎士に囲まれてしまった少年に近づけないでいた。
元は洞窟に短剣を片手に意気揚々と乗り込んだのは、囲まれている少年が村娘に良いところを見せようとしただけであった。
しかし、奥へ辿り着くよりもずっと早く。
洞窟の壁からまるで溶け落ちたかのように現れた二体の死体騎士が襲いかかってきたのだ。
村人C「B、急いで村の大人を呼んでくるんだ!」
村人B「お前は!?」
村人C「……村人を、あいつをどうにか助けに…」
村娘「だめだよ! 危ないよ!」
村人C「でも……っ」
背の高い少年は洞窟の通路壁側に追い込まれた、短剣を持った少年を見た。
泣き叫びながらも、洞窟の出口に立つ背の高い少年達へ何度も視線を走らせている。
馬鹿な事をしたと。
後悔こそあれど、だからといって諦めて死ぬ理由はない。
少年は助けを待っていた。
───── …………ぃ…… ─────
───── ……万歳… ─────
───── …万歳……! ─────
───── 万歳! ─────
───── 万歳!! ─────
───── 万歳!! 万歳!! ─────
───── 我等が『姫様』に栄光あれ ─────
───── 『姫様』に栄光あれ!! ─────
【……この声は、なんだ】
深緑の騎士は細長い洞窟の中を疾走していた。
その途中から洞窟を様々な声が響いていたのだ。
何か、『姫』と呼ばれる存在を讃える様な。
呪詛よりも恐ろしい執念と思念が重く重ねられた、そんな言葉にすら思える力がその声には込められていた。
深緑の騎士は洞窟内を駆けながら弱々しい吐息の音を聴いた。
出口が近いのだ。
【…………!】
時間がない。
深緑の騎士は更に足を早めていく。
生まれ落ちてから、本来ならば動けないその体を無理矢理に動かして。
村人C「………………?」
背の高い少年は、息も絶え絶えの状況で何かが変わったのを感じていた。
それまで知性の欠片も感じさせなかった死体騎士達が、洞窟の奥へ視線を向けたまま立ち尽くしていたからだ。
村人「……これ、何がどうなってんの…?」
村人C「しっ!!」
少年達は体のあちこちが薄皮一枚の深さ切り裂かれており、農民の薄い服は血に染まっていた。
しかしここまで生き延びていたのは咄嗟に飛び出してきた背の高い少年が、死体騎士達に石や木片を投げながら洞窟へ踏み込んだのが要因となった。
死体騎士はその見た目通り、『何処かの騎士』がゾンビの魔物となって仮初の生を受けた姿である。
短剣の少年だけだったならば既に切り殺されていただろう。
少年達はお互いが死体騎士にまともに剣を振られないように逃げ回り、或いは石を投げて、どうにか生き延びていたのだから。
そんな少年達を他所に、死体騎士は洞窟の奥を見たまま止まっている。
好機、逃げるなら今しかないと背の高い少年は考えていたのである。
だが、しかし。
村人C「……!!」
────────── ヴゥ・・・ンッ
ドサッ、ドサドサッ
ドサドサドサッッ! ドサドサドサドサッッ!!
洞窟の出口から奥の通路にかけて、壁面、地面、天井、あらゆる位置から魔物が這い出てきたのだ。
無数の魔物は死体騎士だけではない。
『石像騎士』、『悪魔騎士』、中には鎧だけの魔物である『彷徨う鎧』も存在した。
いずれも上位の力を持った、戦士型の魔物だ。
少年達の周囲を埋め尽くす勢いで現れた魔物達は、それぞれが洞窟の奥へ視線を向けていた。
そして、背の高い少年の顔から血の気を抜いたのが、どの魔物達も口やバイザーをカパカパと動かして何かを喋っていたのだ。
村人C「…………」
村人「な、なぁ! どうなってんだよこれ……逃げなくて良いのかよ…」
村人C「…………」
声は聴こえない。
しかし魔物達は何かを喋り、そして語って、何かを指していた。
直後にその正体が何なのか、少年達は知ることとなる。
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