※この話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。作者の妄想です。
1956年。日本の「戦後」は、まだ終わっていなかった。
-第1章 海上警備行動-
日本国海上警備隊第2管区所属の艦隊は、佐渡沖180kmの日本海海上を航行していた。
艦隊の陣容はあさひ型警備艦「あさひ」を旗艦に、それよりやや小型のくす型警備艦の「さくら」、「かえで」、「けやき」の三隻。そして航空機搭載のちとせ型警備艦「ちとせ」の計五隻である。
これは当時の海上警備隊最強ともいえる布陣ではあるものの、いずれの艦も二次大戦後に米軍から貸与されたいわば「お下がり」のフネであった。
このうち、旧米海軍ボーグ級護衛空母「ブレトン」であったちとせには、RF8F-1J海洋観測機「新風」×4機、およびAD-1J多用途支援機「月輪」×6機、S-55J多用途ヘリコプター×3機が搭載されている。
「帝国海軍の威容も地に落ちましたなぁ」
あさひの艦橋上で、副官の柏木二等海上警備正が呟く。
「なに、我々の中に海軍魂が生き続ける限り、帝国海軍はなくなりはせん」
そう呟くのは、この艦隊の司令である篠宮一等海警正である。
「たとえ名前が変わっても、我々は紛うことなき帝国海軍の末裔なのだ」
史実の海上自衛隊がそうである通り、海上警備隊は特に旧海軍との関わりが深い。事実、隊員のほとんどは自分たちが帝国海軍の正統な後継者であることを自負している。
これは、こと操艦技術の習得には時間がかかり、戦後は復員のための艦船技術者が不可欠だったことから、旧海軍の技術の継承が途切れることなく続いてきたためである。
「哨戒隊が戻ってきたようですな」
柏木の視線の先で、2機の新風がちとせに着艦しようとしている。
「……今や時代遅れのレシプロ機では、ソビエトのジェット機が出てきた日には相手にもならんよ」
篠宮司令はそう言いながら諦観を含んだような笑みを浮かべる。
「全艦へ通達。本艦隊はこれより新潟港へ帰投する」
現在、海上警備隊の日本海側における主要基地は新潟港にある。
本来であれば旧海軍の鎮守府のあった舞鶴基地が日本海側最前線基地となるはずだったのだが、現在は米軍基地として使用されているため日本のフネは全て追い出されてしまった。
さて、ここで説明しておくとこの世界では史実と異なり「朝鮮戦争」は発生していない。
我々の歴史においては、ソビエトの影響による半島全体の共産化を恐れたアメリカが分割統治案をソ連に提示、北緯38度線を境に半島は南北で分断された。
そして1950年6月、韓国の警備が手薄になったところを見計らいソ連軍の支援する北朝鮮軍が突如南部へ侵攻し朝鮮戦争が始まる。
だが、この世界では第二次大戦後、朝鮮半島全体が「大韓共和国」として、半島内の各州からなる連合制に基づいた緩やかな統一状態が保たれていた。
元々日本の敗戦時に統治権を放棄され解放国となった朝鮮半島ではあるが、そもそも戦時中から日本からの独立を目指す勢力もそれほど多くなく、戦争終結時においても朝鮮全土にわたって独立建国を目指す意識は醸成されていなかった。
すなわち、連合国からの「与えられた解放」に朝鮮自身、戸惑っていたわけである。
史実ではむしろ、国外に独立運動を志向する勢力が多かった。当然そこには周辺国の政治的な思惑が多分に絡んでいる。
だが、この世界では6年にも渡る大戦で疲弊しきった連合各国に、もはや朝鮮半島へ支配の手を伸ばす余力は残されていなかった。
特に、あの領土欲に凝り固まったソ連が半島へ勢力を伸ばそうとしなかったことは大きい。あるいはたかが半島の一国家など、いつでも支配下に置くことができるというスターリンの判断があったのかもしれない。
ともかく、この世界では「北朝鮮」と「韓国」という分断国家は存在しない。
だが、朝鮮戦争が発生しなかったために戦争特需が起こり得なかった戦後日本の復興は遅れていた。特に先の大戦で疲弊し切ったアメリカは再びモンロー主義的な政治思想へ回帰しつつあり、史実のように日本へ大規模な支援を行わなかったこともその大きな要因の一つであった。
国内の食糧事情は徐々に改善していたものの、1950年代に至って未だに一部の物資については配給や統制が続いていた。
また、国防についてもGHQは日本の独自武装を認めず、あくまでも警備隊、もしくは保安庁という名目で、治安維持のために最低限必要な戦力としてアメリカの中古兵器を貸与し運用させていた。
これはつまり、大戦中に大量生産され余剰となった兵器を日本にリースすることで、アメリカにとってはその維持費を削減し、リース料まで徴収することができる一石二鳥の政策ということになる。
先に登場した警備隊の各種艦艇も、全てこれらの米軍の中古・貸与品というわけだ。
「……全艦転進、方位1-7-0」
篠宮司令の命令で艦隊が南南東へ舵をきろうとしたその時、北西の方角から飛来する数機の機影を艦上のレーダーが捉えた。
艦隊は俄かに慌ただしくなり、ちとせの艦上からは発艦準備の整った新風2機と月輪1機が飛び立っていった。
「やれやれ、いつもの『小間使い』ですかな」
「うむ……」
暫くして、ちとせから飛び立った航空隊の報告により、該当の機体はソビエト海軍のTu-14であることが判明した。
Tu-14はソビエトのツポレフで開発された双発ジェット爆撃機だ。
旧海軍の一式陸攻を間延びさせたような機体に、大形のジェットエンジンを3発搭載した当時最新鋭の爆撃機である。
その最大速度は850km/hあまり。警備隊の装備するレシプロ機では到底追いつくことはできない。
航続距離は2900kmと短いが、ウラジオストクなど極東の航空基地からであれば日本海沿岸の都市までなんとか届く。
近年、哨戒型らしいこのTu-14数機が日本海海上を領空侵犯したうえ情報収集を行う事案が多発していた。
「対空戦闘用ー意」
篠宮の号令一下、各艦は対空戦闘の準備に入る。
とはいえ、艦隊の防空装備といえば76mm単装砲および40mmと20mmの口径からなる連装機銃のみである。これでは先のスペックを持ったジェット機を撃ち落とすのは不可能に近い。
暫くの間各員は北西の空を睨んでいたが、当該機は進路を変え悠々とソビエト方面へ引き返していった。
「……これでは、はったりにもなりませんなぁ」
鉄帽のつばを直しながら、ため息交じりに柏木二正が呟いた
目下のところ不安なのは対空能力のみではない。海上防衛にとって非常に重要なウェイトを占める対潜能力についても戦力の不足が著しい。
島国である日本にとってシーレーンの防衛は至上命題ともいえるのだが、現時点ではこれすらもままならない。
現に、太平洋から東シナ海にわたる海域は米海軍により抑えられていたものの、日本海側の海域にはソビエトの潜水艦が跋扈している。
一方その頃……
航空保安庁総監、源田実。
彼もまた、日本のこの現状を憂慮しているものの一人であった。
旧海軍では戦闘機パイロット、航空参謀を歴任し、343空司令として終戦を迎えた彼は現在航空保安庁の総監を務めている。
かねてから航空兵力の重要性を認識していた彼もまた、今後の日本の国防において有力な要撃機を揃える必要性を痛感していた。
現在、航空保安庁付きで日本に貸与・配備されている装備は以下の通り。
F-51J哨戒機「白鷲」250機、F-80J高速哨戒機「瑞鷹」40機、同複座型練習機「若鷹」20機、L-26J多目的哨戒機「星彩」40機。
これに加え旧米海軍の余剰品であるF6FやF4Uなどが30機余り。これら400機程度が、現在の日本の防空を担っている。
とはいえ、この中で有力といえるのはジェット機であるF-80Jのみで、あとは旧態依然としたレシプロ機ばかりである。
さらに「哨戒機」という名目上、その最新鋭機の武装も12.7mm機銃のみに限られた。
これだけの装備で日本の空が守れるはずがない。源田は常々そう考え国へ上申を続けてきたが、所詮米国の許可が無ければ現状が変わろうはずもない。
既にソ連やアメリカの空軍にはMiG-15やF-86といった最新鋭の後退翼ジェット戦闘機が登場して久しく、武装もまた誘導機能を持ったミサイルが搭載され始めているという。
航空保安庁のある入間からすぐ隣にある横田基地へ向かう米空軍の最新鋭機を目にするたびに、源田は内心歯噛みしていた。
そしてもう一つ、彼を悩ましていたのは隊員の練度の低下である。
終戦から10年以上経ったにも関わらず、まだまだ世相が明るくなったとは言いづらい。
こうした状況から生まれる隊員の精神的な問題はもちろん、慢性的な航空燃料の不足や、国内の全空域の管制権を米軍が握っていることに起因する訓練空域の狭さといった物理的制約もまたそれに拍車をかけている。
その上予算も全面的に足りていない。機数だけはやたらと多いこれらの旧型機を維持するのにも多額の費用を必要とした。
さらに、この航空保安庁という組織は旧海軍と陸軍の航空従事者を中心に設立されており、旧軍から続く陸海軍の「確執」が庁内の空気を不穏なものにしていた。
事実、海軍出身である源田のことをよく思わない陸軍出身の幹部がいるのも確かだ。
「身内同士で足を引っ張り合っておる場合ではないのだが」
溜め息交じりに空を見上げると、4機の米軍機……件の最新鋭機F-86が飛行機雲を曳きながら西の空へ消えて行った。
再びこの空を、日本の翼が飛ぶ日は来るのだろうか。
いや、それよりも。あと十年、二十年先に日本という国は存在するのだろうか。
青空に溶けていく飛行機雲とは裏腹に、憂鬱な源田の想いが消えることはなかった。
その夜、源田は自室で黒い切抜き帳をめくる。そこには特攻で命を落とした兵士達の氏名や出撃日(即ち命日)、遺言などがしたためてある。
「諸君らが命を懸けて護ったこの国を……」
静かに呟き、源田は瞑目する。
1956年、冬。
日本が再び戦火に巻き込まれる、前年のことであった。
-第1章 おわり-
【用語解説】
★海上警備隊
1952年の4月~7月まで存在した海上保安庁の海上警備機関。海上自衛隊の前身。
公安らしく海上自衛隊とは以下のように階級名が違います
海将 ⇒ 海上警備監
海将補 ⇒ 海上警備監補
一等海佐 ⇒ 一等海上警備正
二等海佐 ⇒ 二等海上警備正
三等海佐 ⇒ 三等海上警備正
一等海尉 ⇒ 一等海上警備士
二等海尉 ⇒ 二等海上警備士
三等海尉 ⇒ 三等海上警備士
准尉・海曹長・一等海曹 ⇒ 一等海上警備士補
二等海曹 ⇒ 二等海上警備士補
三等海曹 ⇒ 三等海上警備士補
海士長 ⇒ 海上警備員長
一等海士 ⇒ 一等海上警備員
二等海士 ⇒ 二等海上警備員
三等海士 ⇒ 三等海上警備員
★あさひ型護衛艦
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/1e/Hatsuhi.jpg
元となったのは太平洋戦争中に米海軍が量産していたキャノン級護衛駆逐艦。トップヘビーで高波のときはよく揺れるロデオマシーン。小さくてかわいい。作中では戦中ほぼ同じ装備であさひ型警備艦として登場。
★くす型護衛艦
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/87/CSF_PF-284_Momi.JPG
元となったのは太平洋戦争中に米海軍が量産していたタコマ級フリゲート。フリゲートとはいえ何気にキャノン級より排水量は大きい。作中ではあさひ型とほぼ同じく、くす型警備艦として登場。
★ボーグ級航空母艦
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/60/USS_Bogue_ACV-9.jpg
太平洋戦争中に米海軍が量産していた週刊護衛空母。いくら1万トン程度の小型空母とはいえコイツを週刊で竣工させるアメリカの国力というかチートっぷりははっきりいって異常だ。
その小ささから将兵からは「赤ちゃん空母」などと揶揄された。なお、基本的に艦船は女性扱いなのでどう見てもロリです。本当にありがとうございました。
作中ではちとせ型航空機搭載警備艦として登場。なお、史実でも余剰になった護衛空母を日本に貸与する計画があったが頓挫している。(児ポ法規制とは関係ない)
★F8Fベアキャット
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/79/F8F_Bearcat_%28flying%29.jpg
アメリカのグラマン社で1944年に開発された艦上戦闘機。米海軍最強のレシプロ戦闘機。ただし異論は認める。
ただし、戦後すぐに航空機のジェット化が進んだため、戦闘機としての陳腐化は早かった。作中では海上警備隊の高速哨戒機「新風」として登場。
★A-1スカイレイダー
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/d/dd/A-1H.jpg/800px-A-1H.jpg
アメリカはダグラス社で1945年に開発された艦上攻撃機。ベトナム戦争じゃジェット戦闘機であるMiG-17まで撃墜するすごい奴。
後にA-4など「コンパクトで使い勝手の良い」飛行機設計で名をはせるエド・ハイネマン先生の代表作。作中では海上警備隊の多用途支援機「月輪」として登場。
★S-55
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/4/41/Korean_War_HA-SN-98-07085.JPEG/771px-Korean_War_HA-SN-98-07085.JPEG
アメリカはシコルスキー社で1949年に開発された輸送用ヘリコプター。機種にレシプロエンジンを搭載し、そこからローターまでシャフトでつなげているためにその機体は特徴的なデカ鼻をしている。
日本で1952年に航空飛行禁止措置が解除されてすぐ導入されたヘリコプター。そのうち民間に供与されたS-55を運用していた日本ヘリコプター輸送(株)が現在のANAの前身となったことは俺の中で有名。作中ではちとせ搭載のヘリコプターとして登場。
★P-51マスタング
http://i.imgur.com/RymGi8D.jpg
アメリカのノースアメリカン社で1940年に開発された戦闘機。大戦中最強との呼び声も高いレシプロ戦闘機。
史実では朝鮮戦争でも活躍した息の長い機体。それどころか1969年にホンジュラスとエルサルバドルの間で発生したサッカー戦争にも参戦。(W杯予選の結果から両国は国交断絶。マジか)
同年7月17日にはホンジュラス空軍のソト大尉の駈る元米海軍機のF4Uに撃墜されるという不名誉な記録を残す。作中では航空保安庁の哨戒機「白鷲」として登場。
補足:派生型のF-82ツインマスタングはコイツを2機並列につなげたトンデモ機。
http://i.imgur.com/udeWI6H.jpg
★一式陸上攻撃機
http://i.imgur.com/8lKR8Ix.jpg
大日本帝国海軍の陸上攻撃機。通称一式陸攻。連合国側のコードネームはBetty。
防弾タンクの採用が遅れたことから機銃掃射で簡単に火を噴くためワンショットライターとも呼ばれる。
大戦末期は特別攻撃機桜花の母機となり、音速雷撃隊などの作品で映像化されている。
★Tu-14
http://i.imgur.com/h3FUm5s.jpg
ソビエトのツポレフ設計局で1949年に開発された戦闘機。爆撃機としてよりは、ソビエト海軍航空隊で陸上雷撃機として使用された。
ジェットエンジン(イギリスのRRエンジンのパクr・・・デッドコピー)を搭載しているが、翼面や機体形状などは当時としてはかなり保守的である。
★B-26
http://i.imgur.com/5I44M9l.jpg
アメリカのマーチン社で1949年に開発された高速爆撃機。量産初号機は最高速度508km/hという当時の戦闘機並みの速度を記録した。
その優秀な性能から陸軍だけでなく海軍でも本機を訓練支援機や写真偵察機として使用した。作中では航空保安庁の多目的哨戒機「星彩」として登場。
★F6F
http://i.imgur.com/FHCfPid.jpg
アメリカのグラマン社で1942年に開発された艦上戦闘機。言わずとしれた零戦キラー。
その頑丈な機体から別名グラマン鉄工所とも呼ばれる。作中では航空保安庁の余剰機体として登場。
★F4U
http://i.imgur.com/hXHxn9m.jpg
アメリカのチャンス・ヴォート社で1942年に開発された艦上戦闘機。逆ガル翼というW型の特徴的な翼形が有名。
強力なエンジンを搭載したため機首が長く前方視界が悪い。艦上戦闘機としては致命的だ。ちなみに先のサッカー戦争でP-51を撃ち落としたやつ。作中ではF6Fと同じく航空保安庁の余剰機体として登場。
★F-80
http://i.imgur.com/3MMKJlT.jpg
アメリカのロッキード社で1944年に開発されたジェット戦闘機。戦後は練習機型のT-33が航空自衛隊にも導入され、長く日本の空を飛ぶこととなる。作中では航空保安庁の高速哨戒機「瑞鷹」として登場。
※以後、実在兵器のみ補足説明を挟んでいきます
-第2章 釜山沖航空戦-
1957年、3月14日。突如、九州に複数の巡航ロケット弾が撃ち込まれた。
その多くは対馬海峡や人里離れた山間部へ落ちたものの、数発が福岡市内や築城基地周辺の市街地に着弾した。
撃ち込まれたのはソビエト製のロケット弾と思われ、米軍の情報によるとどうやらそれは大韓共和国内から発射されたらしい。
NATOコードで「Rough」と呼ばれているこのロケット弾は、最大射程450km。巡航ロケットの名前がついているが、特性的にはほとんど短距離弾道弾と言ってよい。
隣国からの突然の攻撃に日本政府は大いに困惑する。
「やはり、ソ連か」
問いかけたのは、時の総理大臣岸信介である。
「恐らくそうでしょう」
そう答えたのは、藤山愛一郎外務大臣。この人物は元々藤山コンツェルンの御曹司であり、かねてより岸信介への支援を行っていたため、岸内閣発足と同時に現在の役職に登用された日本初の民間人閣僚である。
もともと岸は、それまでの藤山の経験を生かし通産大臣への就任を依頼したのだが、本人は産業界に知己が多かったため、陳情攻めになっては大変とこれを固辞し外務大臣となった。史実では日米安保の条約の改定に奔走した人物である。
「それで、実際に動いているのは韓共軍かね?」
「大韓共和国政府の回答では、我が軍は本攻撃に対して一切の関与をしていないとのことでした」
「米軍の情報では朝鮮半島内からロケットが発射されたことは間違いないと聞いているが」
「韓共内にはソ連軍の実働部隊も多数展開しておりますので」
「ふむ……それにしても、関与はしていないときたか」
岸は思わず苦笑いを浮かべる。
朝鮮半島は独立を保っているとはいえ、地政学的にはやはりソ連の影響が少なくない。事実、北方ではソ連と直に国境を接している。
大戦直後こそ、日本と同様にアメリカをはじめとする連合国内で余剰となった兵器を国軍へ導入していたが、近年では独自にソビエト製の兵器を導入しはじめたという。
また、経済的にもソビエトとの繋がりは深い。日本統治時代に残された工業施設で破壊されなかったものは、そのまま韓共の経済を支えているらしかった。
米軍の爆撃により、完膚なきまでに破壊しつくされ、経済活動まで抑制された日本とは大違いであった。
「君は、朝鮮半島がソビエトの支配下に入ると思うかね?」
「もう半分はそうなっているといっても過言ではないでしょう。そも、その国の兵器を導入するということは半ば同盟を結ぶようなものです」
「ふむ……」
GHQから、朝鮮半島に対する報復攻撃を実施するとの情報が入ったのは、その日の午後の事だった。
さらに航空保安庁および海上警備隊には、後方および側面支援のための部隊を派遣するよう同時に要請された。
1957年3月19日。
米軍の側面支援のため、九州の築城基地から飛び立った航空保安庁の白鷲30機、瑞鷹20機、星彩10機から成る築城航空派遣隊は一路釜山を目指す。
長距離巡航弾による攻撃を止めるためにはその策源地を叩く必要がある。
今回の攻撃に韓共政府は知らぬ存ぜぬの態度を貫いていたが、それを真に受けるほどアメリカは甘くはなかった。
日本ならびに日本国内に存在する米軍基地への脅威を排除するという名目で、米軍は韓共沿岸部に存在する軍事施設に対し限定的な空爆を行うと通達した。
これほどまでにアメリカが敏感な反応を示したのには別の訳があったのだが、この時日本政府の誰もがその理由に気付けずにいた。
……
航空隊が対馬を過ぎたあたりで、突如搭乗員の目に懐かしい機影が写った。
「……なんてこった、あれは四式戦じゃないか!?」
機体の塗装は替わっていたが、そこに飛んでいたのは紛れもなく旧陸軍の四式戦、疾風だった。
疾風は、戦後アメリカで日本陸軍最優秀機と評価された陸軍の重戦闘機である。ハ45誉エンジンを搭載し、最高速度は650km/h以上。20mmおよび12.7mm機関砲を計4門搭載し、当時の日本軍機の中で米軍機と渡り合える数少ない機体だった。
大東亜決戦機として、主に国内で運用されていた疾風だったが、戦後満州に残った機体はそのまま接収され韓国共和国軍へ編入された。ここに現れたのも、どうやらそれらの機体らしい。
およそ30機はいるであろうか。かつての友軍機は、航空保安庁機とすれ違いざまに機銃を斉射してきた。
元々戦闘機である白鷲、瑞鷹は何とかそれを躱したものの、鈍重な星彩2機が掴まりエンジンから煙を噴き始めた。
突如始まった空戦に、戦闘機隊は直ちに反撃を開始。今度は疾風が火を噴いて墜ち始めた。
レシプロ機の疾風では、ジェット機である瑞鷹にはかなわない。また、戦時中は好敵手といわれていた白鷲(P-51)にも、元々キルレシオでは僅かに及ばなかった。
10機ばかり撃ち落としたところで、疾風隊はそのまま朝鮮半島へ向かって引き返していった。
「……皮肉なもんだな。昔自分らが乗っていた飛行機を、日の丸のついたアメリカの飛行機で撃ち落とすとは」
飛行隊長である高梨二航士が呟く。 ※二等航空保安士
敵の襲撃を受けた飛行隊のうち、白鷲3機と星彩3機は引き返すこととなった……うち星彩2機は損傷がひどく九州まで持つか怪しい。この時はまだ、対馬に空港はない。
だが、これはほんの小手調べにすぎなかったのである。
飛行隊が朝鮮半島上空に差し掛かろうかという時、突如地獄の釜が蓋を開いた。
上空に、銀翼の煌きが見えたかと思うとそれは恐るべきスピードで編隊の中央を突き抜けていった。
そして、行きがけの駄賃とばかりに放った一斉射は、たちまちに数機の機体を空中に四散させた。
「全機散開!!」
高梨二航士が言うよりも早く、後方で星彩2機が翼をもがれて墜ちていくのが見えた。
「あれはMiGじゃないか!?」
そこに現れたのはソビエト最新鋭の後退翼機、MiG-15だった。
相手は機数こそ少ないが何しろ速度・機動性・火力の全てに於いて適わない。
たった20機あまりのMiG-15に、保安庁機は次々と撃ち落とされた。
「くそっ、なんだあの大砲は!40mmはあるぞ!!」
事実、MiG-15の主兵装であるN-37D機関砲の口径は37mm、これはWWⅡ初期の対戦車砲の口径に匹敵する。
さらに副兵装としてNR-23KM機関砲を2基搭載、こちらの口径も23mmとかつての零戦の主兵装である九九式二〇粍機銃や、疾風のホ一○三機関砲よりはるかに高火力かつ高威力であった。
大戦中は頑強を誇った白鷲や星彩といえども、その一斉射で瞬く間に火を噴くか、あるいは空中で四散してしまう。
たちまち全ての星彩と20機あまりの白鷲が食われ、残った航空隊は命からがら九州へ引き返した。
最終的に生き残ったのは、白鷲7機、瑞鷹16機のみだった。瑞鷹の生存率が高かったのは、直線翼とはいえやはりジェット機の高速性によるものである。
帰還28、未帰還32……うち星彩1機は対馬上空で被弾後、九州へ引き返す途中で海上に墜落した。
築城基地司令の渡辺一航正はこの惨状を目の当たりにし、色を失った。
この報告を受け、官邸もまた慌ただしくなってきた。
元々米軍の要請から側面支援を行ったものの、韓共政府が事態を認めぬままでの攻撃を行ったことには違いない。
現に先の戦闘も、諸外国から見れば領空を侵犯した保安庁機に対する韓共軍の正当防衛と捉えられる可能性がなくもない。
とはいえアメリカの要請を日本が突っぱねることができるはずもなく、ことここに至っては国連を始めとした諸外国の形成する世論がアメリカのとった措置をどう判断するかにかかっていた。
「……アメリカは何か言ってきたかね」
岸総理が口を開く。
「はっ、米国政府は今回の作戦で犠牲となった航空保安庁職員に対し、多大な敬意と哀悼の意を表すると伝えてきております」
「……日本人を捨て駒にした、か」
事実、あそこで保安庁機が韓共空軍の戦闘機隊を引き付けたことにより、米軍による空爆は被害も少なく成功裡に終わった。
「なあ、藤山君……安保ってのは、国が互いを守るために結ぶものだ。当然、同盟国の安全が脅かされるようなことがあれば、互いにその手助けをせねばならん」
「おっしゃる通りです」
「我が国に戦争で勝ち、そしてまた我が国力を上回る米国が、何故そのような条約を我が国と結ぶのかね?」
「無論、我が国の軍事大国化を防ぐためでしょう」
藤山外相のこの発想は正しい。現に史実でも90年代後半の段階で米国内の世論のおよそ半数が日米安保の目的はここにあると認識している。
「おかげで我々は自らの命を自分で守ることもできず、未だに占領国であるアメリカに生殺与奪の権を握られておる」
「ですが、日米安保のおかげで戦後の疲弊しきった状態の我が国に防衛力の空白ができなかったこともまた事実です」
「それは無論理解しておる。だが、アメリカがいつまでも我々の面倒を無償で見てくれるとは思うべきではあるまい。アメリカの利益がどこにあるのかを見極めない限り、日本は何時また窮地に立たされてもおかしくはない」
結局のところ、戦争にしろ安全保障にしろ外交というのは国家間の利益によってのみ動く。商売人上がりの藤山がここまで外相の仕事をこなしてこれたのも、実業家時代に培った「強かさ」のようなものがあったからなのかもしれない。
……だが、それから数日のうちに事態は思わぬ方向への展開を見せ始める。
-第2章 おわり-
★四式戦闘機
http://i.imgur.com/7XNN5Bc.jpg
日本の中島飛行機で1944年に開発された戦闘機。別名「疾風」。大戦中、日本軍機の中で唯一米軍とガチンコできる力を秘めていた機体。
作中では戦後接収された機体が韓共軍の機体として登場。
★F-86
http://i.imgur.com/ZWJN95t.jpg
アメリカのノース・アメリカン社で1947年に開発されたジェット戦闘機。戦後ドイツから得た後退翼の技術を採用し、航空自衛隊の主力戦闘機としても採用される。
★MiG-15
http://i.imgur.com/Sqv9H7s.jpg
ソビエトのミグ設計局で1947年に開発されたジェット戦闘機。こちらもF-86Fと同様後退翼を採用、朝鮮戦争では米軍を多いにビビらせる。
ちなみに「MiG」(真ん中のiだけ小文字)と書く奴は大体ミリヲタである。
-第3章 北端の鉄雨-
釜山沖航空戦から一週間後、航空保安庁は九州へ手持ちの勢力を集め始めていた。
源田総監にとっては北方の守りを削がれるようで気が進まなかったが、米国の要請とあれば拒否するわけにもいかない。
更に海上警備隊からも、館山にある第一管区所属の艦隊が東シナ海に展開してくるという。
目下のところ、ミサイル攻撃の策源地と思われる韓共内の軍事施設に対する米軍の攻撃は止まり、現在は暫定的な停戦に向けた調整がなされている。
すなわち、交渉の背後で戦力を集めることにより、大韓共和国に今回の攻撃への関与を認めさせ、停戦へ運ぶための無言の圧力をかけるという算段らしい。
無論、韓共の背後にソビエトが控えていることをアメリカは理解している。ことによると、このまま韓共と日本の間で米ソの代理戦争となる恐れも無いわけではなかった。
ここで、問題となっているロケット弾の諸元を取り上げる。
NATOコード SS-9 Rough。最大射程450km以上。弾頭にはおよそ100kg程度のTNT火薬を用いており、これは250ポンド爆弾とほぼ同威力だ。SSとは「Surface-to-Surface」、すなわち「地対地」を意味する。
通常、NATOコードの頭文字は兵器の種別により決まる。例えば戦闘機(Fighter)なら「Fagot」、輸送機(Carrier)なら「Colt」といった具合だ。上記のロケット弾も、Rocketの頭文字から「Rough」と名付けられた。
なお、史実では地対地ミサイルに対するNATOコードの頭文字には一律で「S」が割り当てられる。
ミサイルとロケットの線引きは国によって異なる。アメリカでは誘導能力を持ったものをミサイル、無誘導のものをロケットと定義しているが、ソビエトではどちらもロケットと呼ばれている。
そもそもミサイルという言葉自体、正式に使用され始めたのは1947年になってからである。
NATO側はSS-9に誘導能力はなく、発射前の弾道計算によってのみ目標へ飛翔する(つまりロケット推進の砲弾と言ったところか)旧ナチス・ドイツのV2ロケットと同等の性能とみていたが、実際にはこのSS-9は初歩的なINSによる自律誘導機能を持っていた。史実であれば威力・射程ともにスカッドB型の性能に近い。
CEP(半数必中界)、すなわちその円内に着弾する確率が50%となる範囲は数km程度とそれほど命中率は高くないが、高価な誘導装置を省略した分低価格化することで、多数を同時に発射する方法でカバーしている。
これらがソビエト国内から韓共に持ち込まれたのはほぼ間違いないと思われるが、これを日本に向けて発射した真意を日本国政府は測り損ねていた。
例え限定的な攻撃に成功したところで、在日米軍のいる日本を簡単に占領できるはずもなく、現にこうして軍事施設への報復攻撃まで受けている。また、その背後にいるであろうソビエトにしてもその後一向に韓共を支援する気配を見せていない。
だが、この疑問も数日のうちに氷解する。
1957年4月8日。
突如として、北海道北部および東部にソビエト軍が侵攻を開始したのだ。
先の米軍の要請により九州へ勢力を集めていた航空保安庁、海上警備隊はこの2方面からの侵攻に戦力を振り分けることができず、これに対抗するのは北海道に展開していた保安隊第1管区の地上兵力のみだった。
保安隊は元々国内の暴動や破壊活動を抑止するために組織された集団である。警察の手に負えない事態を想定し、M8グレイハウンドやその汎用型であるM20装甲車、M3ハーフトラックに12.7m機関銃を搭載したM16対空自走砲などの装甲車両を有していたが、戦車などの本格的な地上戦力は有していない。
それらの装備が雪解けにぬかるむ北海道の大地に足を取られている間に、沿岸部にはソ連軍の橋頭堡が築かれ、本格的な抵抗をする間もなく稚内-旭川-帯広を結ぶラインまでソ連軍は進撃してきた。
「……やはりソビエトがきたか。北患は何時の時代も我々の頭を悩ませる」
自らの不安が現実となった源田総監は溜め息をつく。
なにせソ連は前大戦でも土壇場で不可侵条約を破った国だ……しかしながら、最後までソビエトを信じ切っていた日本も間が抜けていたといえる。
ソビエトにとって領土、特に太平洋に面する「不凍港」を得ることは海洋国家アメリカと対峙するうえで必要不可欠なものであり、かねてより日本に向け侵攻する機会を伺っていた。
これが、日本を長年悩ませてきた「北患」である。
ともあれ、日本のみの力ではこれに歯が立たないため、米軍はすぐさま北海道へ増援を送ってきた。
「戦線は道央ラインを中心に膠着状態となっております」
そう報告したのは保安隊総監である杉田一次保安監である。彼は旧陸軍出身でありながら、米国駐在武官補佐官の経験から対米開戦に終始反対したことで知られる。史実では戦後、陸上自衛隊の第3代陸上幕僚長に就任する。
「ふむ……米軍の力をもっても押しだせんか」
報告を受けた岸はため息交じりに呟く。
「……あるいは、押し出さないのか」
岸は、今回のソ連軍侵攻の裏には米ソ両国にある「思惑」があるのではないかと考えていた。
「はあ、それは本職もいささか疑問を感じているところです」
在日米軍は道内にM4中戦車やM26重戦車などの強力な兵器を展開させている。もっとも、数的に主力と言えるのは攻撃・防御力ともにソ連軍戦車に劣るM24軽戦車ではあるが。
ソビエト本土に展開するT-44中戦車やIS-3重戦車が出てくれば戦力が拮抗するのも頷けるが、なにせ相手は強襲揚陸してきた海兵である。そもそもそれほどの重装備を揚陸させるだけのフネをソビエトは持っていない。
「何せ、ソビエトは揚陸艦をそれほど持っておりません。一応、水陸両用の軽戦車や装甲車も揚陸しておるようですが、これは米軍の敵ではないでしょう」
事実、この時北海道に上陸してきた戦力は歩兵6千、これに兵員輸送車BTR-50が200両、水陸両用戦車であるPT-76が90両。およびサハリン・千島列島から航空支援としてYaK-17やYaK-9Pと言った戦闘機、さらにIl-10などのシュトルモヴィーク(攻撃機)を飛ばしてきていた。
これらについても、保安隊や警備隊の力では及ばないものの米軍の装備であれば難なく撃退することができるはずだ。
「つまり、米ソ間には戦闘を膠着状態に置きたい何らかの意図があると、私は見ている」
岸の発言に藤山外相が顔を向ける。
「この戦闘が長引くことが米国、ひいてはソビエトの利益になるとは思えませんが?」
「では何故アメリカもソビエトもここまで全力を出しておらんのかね?これではまるで八百長試合ではないか」
確かに、ソビエトにしてももう少し侵攻に力を加えることは可能だろう。何しろ、韓共内には既にロケット弾や最新鋭のMiG-15を配備させている……。
「……もしこの侵攻が米ソの2国間で示し合わされたものだとして、総理はその理由をいかにお考えですか?」
藤山が岸に問いかける。
「そもそも、分割統治を望むのであれば終戦時にそうしていたはずです。日本の赤化を望んでいないのは、誰よりもアメリカのはずです」
「無論、両国に最早日本の領土を分割統治などする気はないと私も考えている。私が思うのは、もっと別の理由だ」
何やら含みを持たせた言葉を呟き、岸総理は続けた。
「……米ソは、北海道を自国兵器の実験場にする気なのではあるまいか?」
「通常兵器はもちろんのこと、現在米ソがこぞって研究・開発している長距離ミサイルの実験を始めとした自国内での実験が難しい兵器も自国外でならそれが可能だ。……例えそれが、『核』であったとしても」
岸の発言にその場にいた全員が凍りつく。
「無論、今述べたのはあくまでも私の考える最悪のケースであり、杞憂に過ぎればそれに越したことはない。我が国はあくまでも米国協調下のもと、北海道奪還に向けた努力を続けていく」
だが、総理の発言とは裏腹に北海道に回せる戦力は多くない。
海上警備隊からは新潟にいる第2管区の艦隊を出せる。これは護衛空母を持っているが、艦載兵力は僅少。精々津軽海峡など後方の海域を警備するのが精一杯である。
また、航空保安庁についても、手持ちの最新鋭機は先の韓共攻撃に際してほとんど九州に集めてしまっている。こちらも北海道に回せる機体はそれほど多くはない。
保安隊については言わずもがなだ。現在も道央ラインを中心に第1管区所属の部隊が粘り強く抵抗を続けているが、その戦力は漸減しつつある。本土から増援を送ろうにもそれを乗せるフネの数が足りていない。
結局のところ、頼みの綱は米軍なわけだが、その米軍にしても本気でソ連軍を駆逐する意思が感じられない。
自国の領土が蹂躙されていく様を、彼らは歯軋りしながら見つめるほかなかった。
そして悪いことに、今や岸総理の懸念は現実のものとなりつつあった。
北海道で対峙する米ソ両軍は、自国の長距離兵器を以って相手陣地の攻撃を開始したのだ。
ソビエトはテルネイやプラストゥンといった日本海沿岸地域やサハリン・千島列島から、アメリカは日本国内にする米軍駐屯基地から発進した航空機によるミサイル・ロケットでの攻撃を行った。
通常、このような長距離攻撃については策源地を叩くほか攻撃を止める手立てはない。
すなわち、日米としては攻撃を止めるためにはこれらソビエト国内に点在する拠点を叩く必要があり、逆にソビエトとしては日本国内の米軍基地を叩く必要がある。
だが、両国はこれを行わなかった。
雄大な北の大地は、今や鉄の雨が降り注ぐ地獄と化していた。
……
1957年8月10日。北海道での戦闘は、今や米ソ両軍が直接対峙する形となり、日本としてはこれの後方支援を行うのみとなっていた……つまり、体よく前線から追い出される形となったわけだ。
さらに日本は対韓共の最前線である九州、およびソ連艦艇の活動を監視するため日本海に兵力を割かねばならず、少ない兵力をいかに運用するか防衛関連各省庁のトップは頭を悩ませていた。
このような情勢の中、ついにGHQは日本における防衛関連省庁の統合と、保有戦力の一部増勢を認める。
1957年10月1日。これまで総理府外局として設置されていた保安庁(空陸)と海上警備庁を統合した国家保安庁が設置され、その配下に陸海空各警備隊が成立した。
そして増勢される兵力であるが、まず航空戦力……これに関しては米国から送られた部品を日本国内で組み立てるノックダウン生産のみ認められた。
日本国政府としては、ライセンスを取得したうえでの国内生産を望んだが、日本が必要以上の航空技術を身に着けることを懸念したアメリカはこれを許可しなかった。
史実においては二次大戦後まもなく朝鮮戦争が勃発し、兵站支援の一環として日本国内において米軍兵器の修理・改修を行い、さらにこれらの兵器のライセンス生産が認められたため、兵器開発に関する一定のノウハウを得ることができ、技術水準が保たれたといわれている。
ともあれ、近代戦では航空兵力が戦いの鍵を握ることは先の大戦で証明されており、こと航空技術はミサイル・ロケットなどの最先端の軍事技術にも直結するためアメリカが慎重になるのも無理はなかった。
続いて海上戦力……これについては水上艦艇のみその増備が認められる。また、既存の艦艇についてもある程度電子戦能力を向上させる改修を行う。ただし、搭載する兵装や航続距離、排水量に関しては引き続き厳しい制限が課せられた。
つまり、戦闘の主軸となる米海軍の目となるレーダー・ピケット艦や掃海艇などといった補助的役割の艦艇のみ製造が許されたと言い換えても良い。
さらに、これに搭載する各種兵装システムについては、基本的に米軍からの供与品を搭載することとされた。実質、日本としてはそれらを搭載する「船体」を造ることしか許されていないことになる。
そして陸上兵力については、米国内で余剰となった中戦車・軽戦車の類を日本国内でレストアし、運用する運びとなった。
米軍がこれほどまでに日本の武装を制限したのには、当然先の大戦でのトラウマがあったからに他ならない。
日本軍は、はるかに性能の劣る兵器を有しながら、局地的にとはいえその闘志を以って恐るべき戦闘力を発揮することがある。
このため日本の「牙」を抜いておくことは、戦後アメリカにとって非常に重要な課題の一つだった。
皮肉にも国を護るために文字通り死力を尽くした英霊の働きが、戦後日本の防衛力を削ぐ結果となってしまったわけだ。
ただし、上記に平行して固定式の火砲や非武装の輸送兵力、小火器については日本独自の開発・生産が認められた。これらについては、以後アメリカの脅威となる可能性が低いと判断されたからだ。
目下のところ急務なのは、都市防空に必要な兵器の開発である。取り急ぎ日本が着手したのはその開発に制限を受けなかった固定式火砲の開発であった。
日本の高射砲というと、上空10000mを飛行するB-29爆撃機に対して全くの無力であったと思われがちだがそうでもない。
1945年に採用された陸軍の五式十五糎高射砲は、その射撃管制用に設置されたウルツブルグ・レーダーと連動して一度の戦闘で複数のB-29を撃墜する戦果を挙げている。米軍ではこの砲が配備されている久我山一帯を飛行禁止にしたほどだ。
ただし、大戦末期に導入されたことや、当時の日本の国力では既に数を揃えることができなかったために目立った戦果はあげていない。ただし、砲自体の性能は目を見張るものがある。
まず日本は、この五式十五糎高射砲を元にした火砲を開発し、長距離から飛来するロケットに対する都市の防空能力を獲得しようと試みた。
開発は急ピッチで進められ、1959年の初頭には戦後第一号の国産兵器である「59式15.5cm防空高射砲」が完成する。
59式防空高射砲の口径は15.5cm。先の五式十五糎高射砲よりわずかに口径が大きくなっている。
射程はおよそ30km、最大射高は20000mを超える。もっとも長距離ロケット相手であればそこまで高く撃ち上げる必要はない。
砲弾には同時に開発された59式対空散弾を使用する。その砲弾の長さは薬莢部を含め約2m。弾頭には機関砲弾が3500発内蔵されており、空中で炸裂した場合200m四方に弾幕を張ることができる。これをおよそ1分あたり15発のペースで発射する。
国家保安庁では、この砲を都市を囲むように8基~10基ほど配備し、ロケットの飛んできた方向に弾幕を張るという運用を想定していた。
まずこの砲は福岡、広島、舞鶴、新潟、東京、青森の国内主要6都市に配備されることになった。その数は合計で50基に及ぶ。
さらにこれらの砲を効果的に運用するため、米軍より提供されたAN/FPS-28レーダーを各都市に配備した。
一方、海上警備隊にも米軍の支援や長距離ロケット早期発見のための小型レーダー艦が10隻あまり配備された。
こうして、ひとまず主要都市の防空体制は整った。
1959年6月27日。59式防空高射砲にとっての初陣がやってきた。
九州、福江島沖50kmの東シナ海海上を哨戒していた海上警備隊レーダー艦「やえやま」が、韓共方面からの飛行物体を捕捉、福岡市内の鴻巣山に設置されたAN/FPS-28レーダーもこれを捉えた。
付近の船舶・航空機に退避命令が出され、福岡周辺に配置された8基の高射砲が火を噴いた。福岡湾口にある玄海島沖で炸裂したその煙幕は、隣の佐賀県唐津市からでも視認することができたほどだ。
この弾幕射撃の結果、撃墜したロケット弾は確認できなかったものの福岡市内へ着弾したものは一発もなかった。
ただし、発射時の衝撃があまりに大きかったため、市内の複数の建物で窓ガラスが割れるなどの被害が出た。
だが、高射砲は飽くまでも散弾による破片効果で物体を破壊する兵器である。必中とは限らず、射撃可能な範囲に対象が入ったらあとは確率論の話だ。
すなわち、堅実な効果を上げるためには複数基の高射砲を設置すればよいのだがそれにも限度がある。また、本砲は1年あまりという異例の速さで生産・配備が進められたため、福岡で発射されたもののほとんどは射撃後砲身や砲座可動部に何らかのトラブルが発生していた。
結局のところこの新兵器の登場は日本の防空力を限定的に高めることができたものの、決定的な切り札とはなりえなかった。
さらに、散弾という特性上、誤射や不発弾による被害を嫌った米軍は、北海道方面での本砲の使用を認めなかった。
すでにソ連が北海道に侵攻してから2年あまりが経とうとしていたが、国連はこの戦闘へ仲介する素振りを見せなかった。
それもそのはず、今や国連は世界を二分する軍事大国である米ソの対立の前に完全に形骸化してしまっている。
最早、極東で対峙し合う両軍の間に割って入ろうなど、どの国が考えようか。
あの時、岸が懸念した通り北海道は米ソの兵器実験場となりつつある。
北の大地に、今日も鉄の雨が降り注ぐ。
-第3章 北端の鉄雨-
【用語解説】
★M8装甲車
http://i.imgur.com/XpPBhMd.jpg
アメリカのフォード・モーター社で1943年に開発された汎用装輪装甲車。37mmM6戦車砲搭載。
砲塔を取り除いたものはM20装甲車として陸上自衛隊にも配備された。作中では保安庁の装備として登場。
★M16対空自走砲
http://i.imgur.com/AGf0IcJ.jpg
アメリカのM3ハーフトラック(前輪は普通のタイヤに対して後輪がキャタピラ)に12.7mm重機関銃M2を対空用に取り付けた車両。通称ミートチョッパー(挽肉製造機)。
陸上自衛隊にも170両あまりが配備された。作中では保安庁の装備として登場。
★M4中戦車
http://i.imgur.com/JXDvIsq.jpg
アメリカで1941年に開発された中戦車。アメリカに二次大戦における功労者ともいえるこの戦車は、二次大戦をテーマとした作品にも数多く登場する。
同時代のT-34やティーガー戦車などに比べ性能は劣ったが、合理性を追求した大量生産により数で圧倒した。戦後は陸上自衛隊にも供与される。作中では米軍の装備として登場。
★M26重戦車
http://i.imgur.com/SlfQ4VY.jpg
アメリカで1944年に開発された重戦車(1946年に中戦車へ分類)。戦後のM46パットンに続くアメリカの主力戦車の系譜はここから始まる。
T-34やティーガー戦車などともタメを張れる性能の本車は、大戦中は火力不足になりがちなM4中戦車の性能を補足する形で使われた。作中では米軍の装備として登場。
★M24軽戦車
http://i.imgur.com/vnTeZd9.jpg
アメリカで1943年に開発された軽戦車。合計で4700輌あまりが生産され、戦後は陸上自衛隊にも供与される。
同時に供与されていたM4中戦車よりも軽量で小回りが利き、日本人の体格に合っていることから現場での人気はなかなかのものだった。作中では米軍の装備として登場。
★T-44中戦車
http://i.imgur.com/3D17qAD.jpg
大戦中のソビエト傑作戦車であるT-34の発展・改良型。バランスのとれたその性能は同時期の各国の戦車の中で目を見張るものがあった。
作中ではソ連軍の装備として登場。
★IS-3重戦車
http://i.imgur.com/GKNvbco.jpg
別名スターリン戦車とも呼ばれるソビエトの重戦車。主砲に122mm口径のカノン砲を用いるなど、当時としてはとてつもない大火力・防御力を誇る戦車だった。
作中ではソ連軍の装備として登場。
★PT-76
http://i.imgur.com/jQ6WsXG.jpg
水陸両用としてしられるソビエトの軽戦車。本車両の車体や兵装は、BMPやシルカなどといったその後のソ連軍の装甲車の基礎を築いた。
作中では北海道に上陸したソ連軍の装備として登場。
★BTR-50
http://i.imgur.com/cdMWTd1.jpg
上述のPT-76を元に開発された装甲車兵員輸送車。その名の通り1950年代(1952年)に開発された。
史実では、中東戦争において鹵獲した車両をイスラエル軍が使用していた。作中では北海道に上陸したソ連軍の装備として登場。
★YaK-17
http://i.imgur.com/ZIKRwOs.jpg
ソビエトのヤコブレフ設計局で1947年に開発されたジェット戦闘機。同設計局のレシプロ戦闘機であったYaK-3を無理やりジェット化したような風貌。
なんだそのアゴはふざけてんのか。作中では北海道に上陸したソ連軍の装備として登場。
★YaK-9
http://i.imgur.com/gdWknLd.jpg
ソビエトの大戦中最優秀戦闘機との呼び声も高いレシプロ戦闘機。1942年に初飛行。
朝鮮戦争時にMiG-15が登場するまでは本機「ヤク戦闘機」がソビエト軍戦闘機の代名詞であった。作中では北海道に上陸したソ連軍の装備として登場。
★Il-10
http://i.imgur.com/SlbXGC7.jpg
ソビエトのイリューシン設計局で1944年に開発された名攻撃機(シュトゥルモヴィーク)。あまりに有名すぎて、Il-10の名前がシュトゥルモヴィークと勘違いする人続出。
ナチス・ドイツのタンクキラーで知られるハンス・ウルリッヒ・ルーデルも、敵国の機体である本機を高く評価していたという。作中では北海道に上陸したソ連軍の装備として登場。
★五式十五糎高射砲
http://i.imgur.com/cHlFtjj.jpg
日本陸軍がB-29撃墜のために戦争末期に開発した大型高射砲。ドイツ・テレフンケン社の対空射撃用測距装置ウルツブルグ・レーダーと連動し高い性能を誇った。
が、結局時すでに遅し。わずか2門が配備された時点で日本は敗戦を迎えることになる。作中では59式防空高射砲のモデルとして登場。
なお、ウルツブルク・レーダー
http://i.imgur.com/8IJZBHn.jpg
-第4章 系譜-
1960年代に入り、日本の防衛力はまだまだ貧弱であると言わざるを得ない状況だった。
北海道については既に米ソ両軍による戦闘が膠着状態となっており、日本としてはその後方支援を行うことしかできなかった。
さらに九州では依然として韓共からの長距離ロケット攻撃や航空機による領空侵犯が散発的ながらも続いている。
本来これら国防の最前線を担うべき航空兵力についても、やっと米軍から後退翼機であるF-86が供与されはじめたものの、依然として主力はF-51(P-51)やF-80などといった旧式機であった。
このうちF-51についてはレシプロ機であり、15年前の戦争から同じ機体を使い続けていることになる……。稼働率も徐々に下がり始め、共食い整備などによりその数も漸減していた。
目下のところ、航空兵力の増強が急務なわけだが陸海の兵力についても十分とは言えない。
北海道方面には海上警備隊の凡そ半分の兵力を、陸上兵力についても道内最後方ラインから青森にかけて集中配備しているうえ、国内の各主要都市にも工作員対策の為に人員を割かねばならない。
さらに残りの兵力は九州方面の防衛に当てねばならず、余力は全くと言っていいほど無い。
国を南北から攻められているこの状態で、今の日本の手持ちの兵力はあまりにも少ない。
また、独自に兵力を増強しようにも米国がそれを許すはずもなく、まさに日本は生かさず殺さずの状態となっていた。
そんなある日の事……
航空警備隊総司令部のある入間基地のレーダーが、突如現れた正体不明の機影を捉える。
戦闘機の緊急発進はおろか、基地にある防空火器が発射されるよりも早くそれは滑走路に降り立った。
「なんだあの機体は……」
「日の丸がついてるぞ……警備隊機なのか?」
突然の事態に基地内が騒然となる。
滑走路上に静止したその機体は、まるで矢じりのように鋭く尖った形をしていた。
暫くするとその機体の風防が開き、中に乗っていた操縦士と思われる男が滑走路上に降り立った。
すぐさまM-1小銃を構えた基地警備員がその周りを取り囲む。
「動くな!!両手を挙げて所属と姓名を名乗れ!!」
するとその男は静かに答えた。
「……私は、日本国航空自衛隊所属、篠宮三等空佐だ」
……
1960年2月初旬。
日本海を航行中のソビエト海軍613型潜水艦「スィエーリチ」および「アスィミノーク」が、突如としてその消息を絶った。 ※NATO名ウィスキー型潜水艦
この頃のソ連潜水艦は信頼性が低く事故率も高かったため、当初は艦の欠陥による事故かと思われたのだが、不思議なことにこの2艦はそれぞれ別の海域を航行中にもかかわらずほぼ同時に消失したことが後に判明する。
そしてさらにその数日後、今度はサハリン沖で試験航海中だった最新鋭の615型潜水艦「ザルニーツァ」も突如として消息を絶ったのだ。
「……気にいらんな」
北海道沖を航行中の潜水艦「カームバラ」艦長のアナトリー・ヴァシーリエフ大佐が呟く。
「消失したどの艦も、何の前触れもなく沈んでおるではないか」
彼は消失した潜水艦は何者かに攻撃されたに違いないと考えていた。だが、どの艦も事前に敵を察知した様子もなく沈められている。
「最早ヤポンスキー(日本人)にそのような力はない……つまり、あの資本主義の国が、我々の同志を攻撃した以外に考えられぬ」
現在、日本近海においてソ連軍の脅威となりうる戦力といえば米軍のみである。
日本の海上警備隊も対潜装備を持ってはいるが、その能力は限定的なうえに現在は津軽海峡や東シナ海にそのほとんどの戦力を展開している。
さらに、いまや日本海における制海権はほぼソビエトの手中にあり、例え米軍といえども哨戒の目を掻い潜って日本海の最深部まで到達することは容易ではない。
「敵の新兵器か、あるいは……」
アナトリーがそう呟きかけたとき、ソナー員から報告が上がってきた。
「ソナーに感あり、方位2-2-4。魚雷の可能性あり」
「可能性?可能性というのはどういうことだ」
「分かりません。とにかく艦後方から何かが突き上げてきます。回避してください」
「……両舷、全速」
当時の対潜魚雷の速度は最大約15ノット。だが、実際には誘導のため聴音を続けながら航行する必要があり、その雷速は精々10ノット程度、しかも探針中は一度停止するものが多い。
この613型潜水艦「カームバラ」の潜航時最大速度はおよそ13~14ノット。当時の性能の魚雷であれば、全速航行で振り切ることも不可能ではなかった。
艦が加速を始めたとき、再びソナー員の、今度は悲鳴のような声が聞こえてきた。
「ダメです!向こうは50ノットは出ています!回避不能!!」
「総員、衝撃に備えろ!!」
アナトリー艦長がそう叫んだ瞬間とてつもない衝撃が艦を貫き、乗員たちの意識は永遠に闇の中へ飲み込まれてしまった。
「……炸裂音。沈降していきます……250、300……破壊音。艦体が圧潰したようです」
「これで4隻目か……」
白い制帽を被った艦長らしき男が呟く。
「艦が沈む音とは、いつ聞いても嫌なものだ」
「艦長、本日1400より予定通り北海道方面での作戦が開始されます」
「……歴史が、変わるか」
1960年2月13日。
帯広に展開するソビエト軍陣地に、突如として多数の砲弾が撃ち込まれた。
いきなりの攻撃に慌てふためくソ連軍の頭上に、今度は青い色の戦闘機が恐るべきスピードで飛来し、凄まじい勢いで爆弾やロケット弾をばら撒いていった。
もはや壊滅状態となった陣地に、戦車をはじめとした巨大な装甲車両がどこからともなく現れ、瞬く間に周囲を制圧してしまった。
戦闘の様子を察知して駆けつけた米軍が目の当たりにしたのは、今まで見たこともないような兵器群とそこかしこに散乱するソ連軍の残骸だった。
「なんだあの馬鹿でかい戦車は……」
米軍将兵が息を飲んでそれらを見守っていると、その正体不明の相手がこちらに向かって通告してきた。
「……こちらは日本国自衛隊。当区域に展開する米ソ両軍は速やかに撤退せよ」
聞き覚えのない組織名に辺りは一瞬混乱しかけたが、すぐに平静を取り戻す。
そもそも、作戦本部からの命令がない以上勝手に撤退することはできない。
指揮官が状況報告のためGHQへ連絡をとろうとしたその時、逸った一両のM4中戦車が正体不明の敵に向け主砲を発射した。
そしてそれは戦車の弱点ともいえる側面装甲に見事命中……したはずだった。
75mmのその砲弾は、命中と同時に敵装甲の前に砕け散り、直後その大型戦車の主砲がこちらを指向したと思った次の瞬間、M4は一瞬で火の玉と化した。
その状況を見た他のM4も相次いで敵戦車に攻撃を開始したが、自軍の砲弾はどの角度からも弾かれてしまうのに対し、相手の主砲はたった1発で味方戦車を仕留めていった。
通常、戦車の装甲は被弾の可能性が高い正面装甲が最も厚くできている。その分、側面や後方の装甲は薄くすることにより、限られた重量の中で最も防御効率が良くなるようになっているわけだ。
つまり、この状況は自軍の戦車は敵には敵わないが、相手の戦車は自軍の戦車をどの角度からでも易々と破壊できることになる。
それを悟った米軍は恐慌状態となり、残ったM4は後退しようとしたが結果的には全て最初の1両と同じ運命を辿った。
威力・防御力もさることながら、その発射速度や命中率たるやM4の比ではなかった。さらに、大きな図体の割に機動性も恐ろしく高い。
凄まじいスピードで照準・発射される砲弾は、次々と米軍戦闘車両を火の玉へ変えていく。
「くそっ!なんだあのモンスターは!!」
そして再び例の青い戦闘機が頭上に現れ、辺りに爆弾を叩き付けはじめた。
被害の報告は、その日のうちにホワイトハウスへ入った。
「日本国自衛隊?」
時のアメリカ大統領、ウィリアム・ハリマンは報告を聞いて唸った。
「やれやれ……もうじき大統領選だというのにな」
史実では、1952年の大統領選挙から2期連続で共和党のドワイト・D・アイゼンハワーが大統領となっている。
だが、この世界においては第二次世界大戦を率いた民主党のフランクリン・ルーズベルトからハリー・トルーマン、そして現在のハリマンに至るまで、7期連続して民主党が大統領の座を握っている。
通常、アメリカの大統領の任期は4年間(最長2期)とされている。
この時ハリマンは翌年に迫った大統領選挙に向け、自らの後継者となるであろう民主党候補者、ジョン・F・ケネディの選挙活動に気を揉んでいた。
「ことによると、政変が起こるかもしれませんな」
国務長官であるデイヴィッド・ディーン・ラスクが呟く。
「政変、か……君は、今あの極東の島国から手を引くべきだと思うか?」
ハリマンがラスクに尋ねる。実業家出身のハリマンとしては莫大な兵器使用料を徴収でき、かつ国外での貴重な兵器実験場となっている日本を切るという考えはこの時点ではまだなかった。
「そもそも、問題なのは現在起きている事の詳細が明らかになっていないことです」
すでにアメリカも、CIAにより日本海で活動していたソビエトの潜水艦が相次いで消息を絶ったらしいという情報を掴んでいた。
日本で何かが起きていることは間違いない。だが、敗戦により疲弊しきったあの国が我々の監視下にある中で極秘裏にこのような計画を進められるはずがない。
「ともかく素性不明の相手が日本国を名乗っている以上、日本国政府に問いただしてみるべきでしょう」
だが、彼らの想像をはるかに上回る方法で、この時既に日本は『恐るべき力』を手にしていたのだった。
……
「……つまり貴方がたは、我が米国に日本から出ていけとおっしゃっているのですか?」
数日後、日本を訪れたアドレー・スティーブンソン特別補佐官が時の官房長官である赤城宗徳に問いかける。
「自らの力を以って自らを守る……国の本来在るべき姿です。それに日本が自立するということは、極東における年間70億ドルにも及ぶ貴方がたの防衛負担を軽減できるということではないですか」
無論、これは皮肉である。赤城はアメリカが日本から兵器使用料を搾取し、北海道を体のいい実験場にしていることを十分理解している。
「敗戦からずっと面倒を見続けてきた我々に、いきなり出て行けとは恩知らずもいいところだ。第一、貴方がたの国にそれだけの力があるとでも?」
「左様です」
毅然とした態度で赤城は答えた。
「既に貴方がたもご存じでしょうが、我々は日本周辺に展開するソビエト軍を自らの力で排除しております」
「ほう、こちらから問うことなくそれを認めるとは。ジエイタイ、でしたか。我が軍を攻撃したのも、貴方がただったということですな」
「北海道でのことをお話しになられているのでしたら、そうなりますね」
「よろしい。どうやら貴方がたはもう一度15年前のあの焼野原の状態に戻りたいらしい」
スティーブンソンは淡々と言葉を続ける。
「すなわちこれは、日本国政府から米国に対する宣戦布告と見なしてよろしいか」
「自らの国を自らの力で守る。先にお伝えした通りです。我が国としては米国との同盟関係を解消するつもりはありませんし、危害を加えられることが無ければこちらから攻撃することもないと申し上げておきましょう」
「通訳は必要ないでしょう。イエスかノーでお答えしてほしい。日本は再び我が国と戦火を交えるおつもりですか」
問い詰めるスティーブンソンを赤城は表情を変えずに見つめる。最早日本として伝えるべきことは伝えた。これ以上言うべきことはない。
「……よろしい。ならば地獄が凍りつくまで、我々の望む『解答』をお待ちしていますよ」
……
「賽は投げられた……か」
官邸で岸総理が呟いた。窓の外には雪がちらついている。
「これで最早後戻りすることはできなくなった。あとは貴方がただけが頼りだ」
そう言って総理は脇に佇む男性に声をかける。
「半世紀後の日本……その力を以って、この国を……」
岸がそこまで口にした時、その男性は口を開いた。
「約束します。私達が、貴方がたの日本を取り戻す」
穏やかな口調で、しかし力強くその男性は答える。
1960年2月17日のことだった。
-第4章 系譜 おわり-
【用語解説】
★613型潜水艦
http://i.imgur.com/6dCQdAH.png
ソビエトで1949年に開発された通常動力型潜水艦。およそ236隻が建造された。NATOコードではウィスキー級と呼ばれる。
1981年10月27日にスウェーデンの領海内で本級潜水艦が座礁した事件は、のちに「ウィスキー・オン・ザ・ロック」と呼ばれることとなる。作中ではソビエト海軍の潜水艦として登場。
★615型潜水艦
http://i.imgur.com/ENrdVaq.jpg
ソビエトで1953年に開発された通常動力型潜水艦。NATOコードではケベック級と呼ばれる。液体酸素 (LOX) を気化させて得た酸素でディーゼルエンジンを作動させる、非大気依存推進機関を搭載し、高い水中速力を誇ったが、結局その後原潜の台頭により大量生産されることはなかった。
作中ではソビエト海軍の潜水艦として登場。
★90式戦車
http://i.imgur.com/EiUFY38.jpg
言わずと知れた陸上自衛隊の主力戦車。1990年正式化。ただし、50tをこえるその巨大な車体は本州での運用には向いておらず、もっぱら北海道と富士駐屯地に配備されている。
作中では陸上自衛隊の主力戦車として登場。
★F-2
http://i.imgur.com/RYVaz7i.jpg
F-16を元に日米共同開発された戦闘機。もともとはデルタよくの日本独自開発案もあったのだが、アメリカの横やりによりこの形に落ち着いた。巨大な対艦ミサイル4発を抱えて飛べる対艦番長。
配備初期は搭載された戦闘機の目ともいえるフェイズドアレイレーダーの不調が報じられたため、一部ミリヲタの間では「アメリカにレイプされて生まれた青い目のメガネっ子」というひどいキャラ付けがされていた。作中では陸上自衛隊の支援戦闘機(攻撃機)として登場。(現在は支援戦闘機の分類はなくなっている)
>>93
デルタよく→デルタ翼
★M1小銃
http://i.imgur.com/4gURmJx.jpg
アメリカのスプリングフィールド造兵廠が開発した半自動小銃。M4中戦車と同じく、第二次世界大戦の米軍をテーマとした作品ではかなりの確率で本銃が登場する。
史実では陸上自衛隊にも配備され、現在も儀仗隊などで使用される。作中では航空警備隊の基地警備隊の装備として登場。
きょうはここまでです
一部兵器について史実より登場時期が遅かったり引退していないのは、この世界では戦後の米ソの競争において特にロケット(ミサイル)開発に注力していたからという設定です。そのため、戦闘機や戦車などの通常兵器については史実よりも5~10年程度遅れて登場しています。
ちなみにこれひょっとして登場人物も全員実在する?
岸総理とかアイゼンハワー大統領とか知らんのか?(困惑)
ところで女の赤ちゃんにシコるスキー……あっ
>>101
少なくとも元ネタにはなってるっぽい
スティーブンソンの地獄の~って発言は、たしかキューバ危機のときにソ連の代表に言った言葉じゃないかな
-第5章 小笠原沖航空戦-
日本が軍事独立に向けて動き始めてからわずか数か月。米ソ両軍はもはや日本国内から撤退せざるを得ない状況に陥っていた。
あの時赤城官房長官が言った通り、どういう訳か日本は突如神憑り的な力を手にしたらしい。
3月に入ってから、北海道内に展開する米ソ両軍は全て「ジエイタイ」を名乗る正体不明の組織に放逐されてしまった。
更に、国内各地に存在する米軍基地にもジエイタイの車両が現れ、包囲された米軍は為す術もなく基地から追い出されてしまった。
彼我の戦力差は北海道で十分証明されている……本国としても、(日本再占領の)準備が整うまでは一旦日本国内からの撤退も止む無しという判断だった。
不可解なのは、その軍勢がどこから現れたのか分からないことである。基地を包囲できるだけの規模を持ちながら、ジエイタイたちは何の前触れもなくいきなり現れるのだった。
時のアメリカ統合参謀本部、統合参謀本部議長のライマン・L・レムニッツァー陸軍大将は現地からの報告を聞いて驚愕した。
「どうやら、ジエイタイの戦力は我が方を遥かに上回っているらしい」
報告によると、ジエイタイの保有する戦闘車両は軒並み高い機動性と抗湛性を併せ持ち、中でも主力と思われる戦車に至っては120mm超と思われる砲を搭載しこちらの戦車を容易く撃破したという。
「航空兵力についても同様のようですな」
そう呟いたのは、空軍参謀総長トーマス・D・ホワイトだ。
「現場の報告では突如現れ空爆を行った機体は、その後追撃を試みた我が軍の最新鋭機であるF-100が追いつく間もなく消えていったと」
「海軍も同様、日本海ではソ連軍の艦船が突如として連絡を絶つ事態が多発しているとの情報があります。当然これも、ジエイタイの関与が疑われますな」
海軍作戦部長、アーレイ・バークが付け加える。
「つまり、我が軍のいかなる兵器を以ってしてもジエイタイには敵わない……ということかね?」
ハリマン大統領はその場にいた三軍の大将に問いただした。
「彼我の戦力差を考えれば、局地的な戦闘ではそうなります。ですが、戦略的にはより大量の兵器を投入すれば数の力で圧倒できるでしょう」
本部議長であるライマンが答える。
「だが、我々には再びダウンフォール作戦をやり直す心算はないのだ」
ちなみにダウンフォール作戦とは、太平洋戦争時にアメリカの計画した日本本土上陸作戦のことである。
「無論、心得ております。大統領閣下」
「まずは、日本の射程圏外から叩くべきでしょう。空軍としては、グァムやサイパンから航空機による長距離ミサイルを使った空爆を実施すべきと考えております」
「海軍といたしましても、手持ちの艦載航空兵力や艦艇からの長距離ミサイルによる攻撃が可能です」
つまり、個々の兵器の能力では敵わないのが分かっているため、長距離ミサイルによる射程外からの攻撃により敵の戦力を漸減させようというわけだ。
「そうなると、攻撃開始は早いほうがいいでしょう。ともすると、ソビエトが出てこないとも限りません。この混乱に乗じて太平洋に面する不凍港をソビエトが手にすることになれば、我が国の防衛上非常に好ましくない事態となります」
「ううむ……」
ハリマンは各軍参謀からの進言をうけ唸る。
「諸君……一つ確認しておきたいのだが、この作戦を実施したとして、日本が屈するという可能性はどれくらいのものと見込んでいるかね?」
「限りなく『パーフェクト』に近いと申し上げておきます。さらに、平行して海上封鎖による経済的な圧力かければその確率はより確かなものとなることでしょう」
「今回の件は国連憲章の敵国条項第53条第1項に基づき、安保理の承認が無くとも日本に制裁を加えることができます。再び日本が武装し世界に牙を剥いたとなれば、各国の世論も我が国を支持することになるでしょう」
何やら躊躇しているような大統領の反応をみたラスク国務長官が付け加える。
「……費用と損害の試算については?」
「我が軍の持つ長距離ミサイルを使えば、日本の領空・領海の外側からの攻撃も可能です。人的な損耗についてはほぼ無視できるレベルと考えてよいでしょう」
「シミュレーションでは、日本の主要都市に1日あたり20~30発、これを凡そ2週間程度続けることで日本を屈服させることができます」
「万に一つもないとは思うが、我が軍のミサイルが迎撃される恐れは?」
「ミサイル『自体』をですか?」
「……一応、日本はソ連のロケット迎撃用として開発したType59と呼ばれる高射砲を持っていますが、これは効果が限定的なうえ稼働数もそれほど多くはありません」
「だが、今の日本には『魔法使い』がいるからな」
ハリマンの言う魔法使いとは、無論ジエイタイのことである。
「……恐れ入りますが大統領。航空機から発射されるミサイルの弾速はマッハ2以上、つまり音速の2倍です。そのような超高速で飛来するミサイルを迎撃する術はありません」
「だが、彼らのもつ技術力は我々の埒の外にあるではないか」
「ええ。だからこそ飽和攻撃を行うのです。例えミサイルを迎撃できる兵器があったとしても、その迎撃能力および迎撃あたりの単価を上回る量の攻撃で押し切ればよいのです」
即ち、数に物を言わせたゴリ押し戦法ということだ。
「さらに、これまでの分析によればジエイタイはこれほどの力を持っているにも関わらず、その戦力投射は全て日本国内のみに限定されております」
「継戦能力についても恐らくそれほど高くはないでしょう。海上封鎖されたあの狭い島の中で、あれだけの戦力を長期間維持することは不可能です」
「……果たして、本当にそうでしょうか?」
三軍の参謀が口をそろえて早期の攻撃開始を進言する中、唯一疑問を呈したのが海兵隊総司令官であるデビット・M・シャウプだった。
「目下のところ、ジエイタイとかいう戦力がどこから現れたのか不明です。現に日本に潜伏するエージェントですらその動向に気付かなかったわけですから。このような状況で敵の戦力をエスティメイトすることは不可能だと考えますが」
海兵隊は、先の大戦において日本には太平洋の各戦場で嫌というほど辛酸を舐めさせられている。その経験が日本という国を侮ってはいけないと警鐘を鳴らしていた。
「閣下のおっしゃる通り、あの国は『魔法』を使いますから」
「デイヴ、それは大統領の言葉遊びだよ。常識的に考えてみたまえ。何もないところから、いきなり大量の兵器が現れる……そんなことが、現実に有り得ると思うかね?」
「ですが、実際にジエイタイがどこから来たのかは誰一人納得できる理由を提唱できておりません」
「今は彼らがどこから来たのかより、彼らをどうするかのほうが問題なのだ。大統領、この件に関してはソビエトも何らかの動きを見せてくるでしょう。決断は早い方が望ましいと思われますが」
結局統合参謀本部の提案を受け、米国は空海軍を中心とした日本国外からの長距離ミサイルによる攻撃の実施を決定した。
作戦名は攻撃の主体となるミサイルを矢(ダーツ)に見立て、「ラウンド・ザ・クロック」と命名された。
1960年3月下旬。
ラウンド・ザ・クロック作戦発動に先立ち、ハワイ諸島周辺で米空軍によるミサイル攻撃の演習が実施された。
この時、空軍を指揮していたのは先の大戦で日本へ無差別絨毯爆撃を行ったカーチス・ルメイである。
ルメイは爆撃機のパイロット上がりであり、戦略爆撃のみで敵国を屈服させることが可能という熱心な爆撃信奉者だった。
現在の攻撃オプションの主流となっている長距離ミサイルが開発された時も、ミサイルキャリアーとして大型爆撃機を使用することを提言したのはこのルメイである。
陸上の固定サイロと異なり、航空機は世界各地に展開しどこへでもミサイルを発射できる。またそのスピードは艦船とは比べるべくもなく、最も効果的な戦力の一つである……これが彼の持論だった。
「我々の持つ『矢』の射程は凡そ550マイル……太平洋の公海上からでも日本の各都市を狙うことができる。君たちにはこれを運んでもらう」
ホノルルにあるヒッカム空軍基地には、この長距離対地ミサイルを搭載できる最新鋭の大型爆撃機、B-36が20機あまり展開していた。
これらに搭載されるミサイルはAGM-82ロングスナッパー。射程は850km以上で、弾頭にはペンスリットを用いた高性能爆薬を搭載する。
発射からしばらくはINS(慣性航法装置)を用いて目標に向けて飛翔し、週末段階においては搭載するレーダーで付近の建造物をロックしこれに突入する。これは、現代で言うところの第2世代ミサイル(慣性航法+アクティブレーダーホーミング)にあたる。
INSの弱点として、長距離を飛翔した場合目標に対する誤差が大きくなるという点が挙げられるが、これも先述のソビエト製SS-9 Roughロケット同様発射数で補うこととしている。
ただし、発射から着弾まで全行程をINSに頼って飛行するソビエトのロケットに比べ、最終段階でアクティブレーダーホーミングを使用するAGM-82はより精密な攻撃が可能である。
とはいえ、十分な効果を期待するために弾頭には大量の炸薬を搭載し、また誘導装置自体も大型であるため、このミサイルは小型航空機ほどの大きさとなっている。このため、超大型爆撃機であるB-36にも1機当たり4発しか搭載することができない。
無論、これらのミサイルにはゆくゆくは核弾頭が搭載されることになるだろう。本来であれば、占領状態にある日本の北海道でその試験が行われるはずだったのだが。
米軍が日本攻撃に向けた準備を着々と進めている頃、ソ連もまた日本に対する攻撃準備を進めていた。
すでに米軍は日本再占領に向けた攻撃準備を開始している。この混乱に乗じて、日本領内への南下も可能となるかもしれない。
時のソビエト連邦の第一書記であるフルシチョフが、このチャンスを見逃すはずはなかった。
だが、米ソの思惑が渦巻く中、事態は思わぬ方向へ展開を見せ始める。
1960年3月31日未明。アリューシャン列島沖500kmの公海上で突如、核爆発と思われる閃光が確認される。その後観測された衝撃波から、爆発の威力はTNT換算で数Mtクラスと考えられた。
日本国政府から公式な声明が出されたのは、米ソがその情報をキャッチするのとほぼ同時であった。
その要旨は、本日未明のアリューシャン列島沖の爆発は日本国の保有する核ミサイルによるものであり、これは潜水艦から発射されたものであること。
このミサイルは全世界のあらゆる地域を射程に収め、また潜水艦発射式であるためその発射元の特定や破壊は困難であること。
日本国は米国からの軍事独立を果たし、自主防衛のもと国際社会の表舞台への復帰を目指すこと、以上の3点であった。
「やれやれ、エイプリルフールには1日早いのだがね」
ハリマン大統領はホワイトハウスの執務室で皮肉のように呟いた。
「ですが、これで国連を通じた他国との連携もスムーズに運ぶでしょう。ここまでに来れば、日本制裁については満場一致で各国の支持が得られるはずです」
アメリカとしては、今回の件についてはNATO加盟国を中心とした各国と足並みをそろえて対処していきたい。それは同時にソビエトに対する牽制にもなる。
「ですが問題は、日本の持つ能力が本物であった場合の報復です」
「仮に日本の声明通りあの攻撃が抑止不可能で全世界的なものだとすれば、その報復を恐れた各国が日本への攻撃を躊躇う可能性があります」
だが、果たしてそんなことが可能だろうか?
「……バーク大将。日本は潜水艦から例の核ミサイルを発射したそうだが、そんなことは可能かね?」
「我々の知りうる限りの技術力では不可能と考えます」
そう答えたのは、海軍作戦本部長であるアーレイ・バークだ。
「まず第一に、核を搭載するミサイルとなればその大きさは小型の航空機並みになります。さらに、全世界を射程に収めるとなれば搭載する推進装置もまた巨大なものとなり、とてもではありませんが艦船に搭載することは不可能です」
確かにこの時代、全世界を射程に収めることのできるサイズのミサイル……宇宙ロケットと言い換えても問題ないが、その大きさは非常に巨大なものであり、この時アメリカが進めていたマーキュリー計画で開発されたアトラスロケットに至っては、その全長は30mをゆうに超える。
「たしかに日本は先の大戦で航空機を搭載できる潜水艦を作っていましたが、弾道ミサイルを搭載できる潜水艦など作れるはずはありません。おそらくは、ブラフでしょう」
だが、さすがのハリマンも「核」となると迂闊にそれをブラフと判断することはできなかった。
「諸君……以前、海兵隊のデビット司令の言っていた通り、今回の件では日本の戦力がどこから現れたのか、有効な説を唱えられている者が一人もいない。なんとなれば、あの国は我々に核を落とされている……それも2発も、だ」
日本は、世界で唯一核による攻撃をうけた国である。そのような国が核武装し、再び外国からの攻撃を受けたとなれば、堂々と復讐に及ぶことは想像に難くない。
「……お言葉ですが大統領。ここは引くべきではありません。アメリカの歴史は常に正義と共にあります。今再び日本が核を持ち世界平和に牙を剥くのであれば、それに対処する力を持っているのは我々しかいないのです」
タカ派のラスクらしい意見だ。
「日本への攻撃は、予定通り実施するべきです」
かくしてラスクの進言を受けたハリマンは、ついにラウンド・ザ・クロックの作戦実行を決定する。
1960年4月3日。
グァム、アンダーセン空軍基地を飛び立ったB-36爆撃機12機と、護衛のF-100戦闘機30機からなる編隊が日本のはるか東公海上を目指し飛行していた。
このうちF-100は米空軍における最新鋭の制空戦闘機であり、史上初の実用超音速ジェット機でもある。史実では戦闘機としてより、戦闘爆撃機として活躍したが。
これらに護衛されているB-36には、先述のAGM-82ロングスナッパーが4発ずつ搭載されている。計48本に及ぶダーツの矢を、まずは日本の首都圏に向けて公海上から発射する算段だ。
編隊が小笠原沖500kmの空域に差し掛かった時、日本近海を航行する海軍のピケット艦から日本からの迎撃機と思われる機影を捉えたとの連絡が入った。
「来たな、例の青いヤツか?」
戦闘機隊を率いるワイアット・フォスター中佐は、全機に爆撃機の前方に散開し警戒態勢をとるよう指示する。
だが、ワイアットの頭の中には先の日本での戦闘結果の事が過っていた。なんでも日本に現れた新型戦闘機は、この最新鋭機であるF-100をもってしても追撃することが不可能だったという。
つまり、単純に考えて敵は音速をはるかに超えた速度で飛行する能力を持っている。さらに、爆撃後即座に反転して追撃機を振り切ったことを考えると、おそらく機動性や加速力もこちらの性能を超えているだろう。
戦闘機隊のパイロット達は、一様に背中のあたりがむずむずするのを感じた。
それから5分後、敵はいきなりやってきた。
前方に突如現れたその機体は、文字通り弾丸のようなスピードで編隊の脇をすり抜けて行った。
「全機散開!爆撃機を守れ!!」
戦闘機隊は現れた機体と交戦しようとするものの、その機体の機動力は恐るべきものだった。
「くそっ、新型機か!?」
機影を認めたワイアットが叫ぶ。今回現れたのは例の青いヤツではない、より大柄でグレーの機体だ。日本機である証拠に三角形の翼と機体の側面には小さなレッド・サンが描かれている。
それは双発のエンジンを持ち、軽爆撃機ほどの大きさを持ちながら旋回性能、上昇力、加速力そのどれもがF-100に太刀打ちできるようなレベルではなかった。
たった5機の戦闘機に30機の米空軍F-100は為す術もなくただただ翻弄されるだけだ。だが、不思議なことに日本機は攻撃をしてこない。
そのうち、米軍機のうち1機が日本機に向け短距離空対空ミサイルであるサイドワインダーを発射した。当時、赤外線追尾型のこのミサイルは一度ロックされたら最後、決して逃れることができないと考えられていた。
「もらった!!」
サイドワインダーを発射したF-100のパイロットが叫ぶ。
が、ミサイルは命中することなく日本機の発射したフレアーに向かってその軌道を逸らしてしまった。
すると、今まで編隊の周りを飛んでいた日本機が突如姿を消した。
F-100のうち何機かはその行方をチェイスしようとしたが、圧倒的な速度に到底ついていくことができない。
「編隊を再集結しろ!二次攻撃に備え……!!」
ワイアットがそう指示を出したとき、眼前を飛行するB-36の前方に突如火の玉が現れるのが見えた。
すると付近を飛行していた2機のB-36は高度を下げ始め、黒煙を曳きながら雲の下に姿を消してしまった。
「くそっ、今のはヤツらの攻撃か?一体どこから!?」
ワイアットを始め戦闘機隊は辺りを見渡すが、周りに戦闘機の姿は見えない。
そうこうしている内にB-36の編隊の真ん中あたりに再び火の玉が現れた。今度は直撃をうけたらしく1機のB-36が瞬く間に爆発、四散してしまった。
後方を飛行していた1機もまた、空中分解した機体の一部がエンジンを破壊したため徐々に高度を下げ始めた。
「隊長、あれはミサイルです!爆撃隊はミサイルによる攻撃をうけた模様!!」
爆撃機が爆散する直前に、白い雲を引いた飛翔体が超高速で機体に向かって飛んでいくのを視認した戦闘機隊のパイロットが叫ぶ。
「ミサイルだと!?」
ワイアットは状況を分析する。
自分たちの搭載する対空ミサイル、サイドワインダーB型はその射程およそ数Km。マッハ1.7で飛行するが命中させるためには敵を目視距離までひきつける必要がある。
また、赤外線誘導のため機体後方……すなわちエンジン排気の熱を感知できる方向からの発射が不可欠だ。
だが、先ほどの攻撃では敵の姿は見えず、またミサイル自体も爆撃機の前方から向かってきた。
つまり敵ははるか遠方、それも視程外から高性能な誘導機能を持ったミサイルによる攻撃を行っていると考えられる。
「爆撃機隊は散開しろ!!」
先頭を飛ぶ嚮導機の指示のもと爆撃機隊が散開しようとすると、さらに1機がミサイルの攻撃により食われてしまった。
また、先の会敵時に高機動を行った戦闘機隊もそろそろ燃料がもたなくなっていた。
硫黄島に降りることができれば日本近海まで爆撃機隊についていくことが可能だが、今や硫黄島は日本に抑えられている。もし仮に空中給油機を呼んだとしても、F-100の性能では敵に太刀打ちできない。
状況を確認し、生き残った爆撃機隊は予定より早くミサイルをリリースした。まだ日本本土までは800km以上ある。AGM-82の射程ギリギリだ。
計8機のB-36から発射された合計32発のダーツの矢は、もうもうと白煙を吹き出しながら日本へ向けて飛び立っていった。
攻撃を終えた彼らがアンダーセン基地に帰投しようと進路を変えたその時、再び先ほどの日本機が現れ、編隊は混乱に陥った。
現れた5機のうち2機はそのまままっすぐ爆撃機隊の方へ向かい、群青の空に火線を描いたかと思うと、翼をもがれたB-36が雲間に消えていった。
残りの3機は、発射されたミサイルが向かった方角へ向け飛び去って行った。
もはや随伴のF-100では爆撃機隊の護衛にもならず、日本機の歯牙にもかけられていないため、ただただ墜ちていくB-36を見守ることしかできない。ワイアットは歯噛みした。
最終的にこの戦闘で生き残ったB-36はわずか5機。消耗率は58%にも及ぶ……戦闘機隊については攻撃を受けたものはいなかったが、燦々たる結果である。
だが、基地に帰還した彼らを待っていたのはそれに追い打ちをかけるようなスタッツだった。
「……放たれた矢は、すべて『アウトボード』だったそうだ」
日本に潜伏するエージェントによると、爆撃隊が命を懸けて放ったミサイルは一発も日本に辿りつくことはなかったという。
「なんてことだ!!」
ワイアットが拳を叩き付ける音が辺りに響いた。
-第5章 小笠原沖航空戦 おわり-
【用語解説】
★ラウンド・ザ・クロック
ダーツにおけるルールの一つ。1から順番にダーツを入れていき、早く20にダーツを入れることを競うゲームである。ローテーション・ゲームと呼ばれることもある
作中ではこのルールから準えて、日本へのミサイル攻撃作戦にこの名が与えられた。
★B-36
http://i.imgur.com/6R9GzZv.jpg
アメリカのコンベア社で1946年に開発されたレシプロエンジン6基、ジェットエンジン4基搭載の超大型の爆撃機。別名ビッグスティック。
米戦略航空軍団(SAC)における切り札として朝鮮戦争中は温存されたが、そもそも大型で鈍重なため使い勝手はあまり良くなかったとされる。
作中ではラウンド・ザ・クロック作戦の主力爆撃機として登場。
★F-100
http://i.imgur.com/MI33i7M.jpg
アメリカのノースアメリカン社で1953年に開発されたジェット戦闘機。同社のF-86Fセイバーの後継として開発され、その名もスーパーセイバー。世界初の実用超音速戦闘機である。その後1970年代を通じてセンチュリーシリーズと呼ばれる機体の先駆けとなる。
作中ではラウンド・ザ・クロック作戦のB-36護衛機として登場。
★F-15J
http://i.imgur.com/Vyp9fZA.jpg
こちらも言わずと知れた航空自衛隊の主力戦闘機。アメリカのマクドネル・ダグラス社で開発されたF-15Cを日本向けにカスタマイズしたもの。
未だ実戦において負けなしといわれ、ロシアのSu-27などと並び20世紀後半の最強戦闘機とされる。作中ではラウンド・ザ・クロック作戦に対する日本側の迎撃機、および篠宮三佐の乗機として登場。
-第6章 慧眼-
ワイアットをはじめとする攻撃隊の報告を聞いたルメイは愕然とした。
絶対の自信を持って送り出した爆撃隊が半数以上撃墜されてしまった。しかも、その結果ただの一撃も日本に与えることはできなかったという。
話によると突如現れた日本の戦闘機は、我が方の戦闘機隊を歯牙にもかけず次々と爆撃機を撃墜していったという。
しかもその攻撃方法は不明。ミサイルらしい、ということまでは戦闘機パイロットの目撃情報から分かっているのだが、それ以上のことは特定できない。
第一、現在本国で開発中の最新鋭ミサイルであるスパローでさえその最大射程は20Kmあまり。しかも発射後はしばらくの間母機からのミサイル照射が必要であり、視程外からの発射は不可能に近い。
「確かにこれはもう魔法と言えるかもしれんな……」
指令室の椅子に座ったルメイが小さく呟く。
空軍が攻撃に失敗したとなると、残された攻撃オプションは海軍による艦艇と空母搭載の航空機からの攻撃のみとなる。
だが、果たしてこの正体不明の敵にどこまで我々の力が通用するのか……。
暗澹たる気持ちを抱きながらルメイは本国へ今回の顛末を報告することにした
一方その頃。入間の航空警備隊総司令部では、今回の戦闘に関する評価がなされていた。
「おっしゃる通り、素晴らしい性能でしたな」
戦果をみて興奮した様子で呟いたのは、航空警備隊総監の源田実である。
今回の戦闘に出撃したのは、航空自衛隊の保有するF-15J戦闘機×5機、およびそれを支援するE-767早期警戒管制機1機である。
出撃したF-15Jは既にMSIP改修を終えており、全機が99式空対空誘導弾を搭載することができる。 ※MSIP改修=システムの近代化を含めた機体の改修
99式空対空誘導弾はAAM-4とも呼ばれ、史実の日本で開発された中距離空対空ミサイルである。射程は凡そ100km。最大速度はマッハ5にも及ぶ。
発射後、母機からの誘導を必要としないスタンド・オフ性能を持っており、視程外からの発射が可能である。ルメイが魔法と称した攻撃はこのミサイルによるものだった。
さらに、AAM-4は航空機のみならず巡航ミサイルへの攻撃能力も持っている。命中率も非常に高く、何せ試験時には近接信管の試験ができずに苦労したという逸話まであるほどだ。
撃墜を免れたB-36から発射されたミサイルも、そのAAM-4によって5発が撃ち落とされ、残りのミサイルはE-767のECM妨害により半数が海上へ落下。
日本上空へ到達したミサイルは各都市に展開した空自のパトリオットおよび陸自の03式中距離地対空誘導弾によって全弾撃ち落とされた。
「やはり、未来の力は素晴らしいものです。米軍は今頃魔法でもかけられたように思っているでしょうな」
「ええ。ですが、これで米軍が攻撃の手を緩めるとは考えにくい」
源田の発言に、男は静かに答える。
「何となれば、米国は物量で日本の防衛網を突破しようと考えることでしょう。さらに言えば、再び我が国を倒すためにソビエトと手を組む可能性が考えられます」
「あの米ソが、か……」
「結局のところ、敵の敵は味方なのです。我々の世界でも核戦争寸前まで至った米ソがそれを回避することに共通の利益を見出し、デタントが実現しました。大国間のイデオロギーも、自らが窮地に立たされれば容易にその姿を変容させる」
男はそのまま続ける。
「そこで、日本の立場を表明していくためにもう一つの切り札が必要になるわけです」
1960年4月10日。
米国宇宙監視ネットワーク (SNN)が、衛星軌道上に存在する新たな衛星をキャッチした。
「正体不明の衛星……か」
SNNの報告を受けたトーマス・ゲイツ国防長官が呟く。この時点で人工衛星を打ち上げられるほどの技術を持っているのは米ソの2ヵ国しかない。
だが、今となってはそれも怪しい。日本は突如として魔法のような力を手に入れ、ともすると宇宙関連技術についてもその能力が全くないとは言い切れない状況となっていた。
「ことの真偽は不明ですが……彼らは潜水艦から発射可能な弾道ミサイルを持っていると公言しております。これが事実だとすれば、人工衛星を打ち上げる能力を持っているとしても、何ら不思議はないでしょう」
「ふむ……それにしても、CIAですらこれほどまでに情報を掴めないとはな」
ゲイツの発言を受けてハリマンがため息交じりに呟く。
「今のところ情報戦でも日本のほうが一枚上手、と言わざるを得ませんな」
「おそらくあのダレスのことだ、独自に何か動いているとは思うが……」
事実、この時既にCIAは日本の一連の技術についてかなりの情報を得ていたのだが、長官であるダレスの判断によりホワイトハウスにはこのことは伏せられていた。
外交政策において過去のモンロー主義に立ち返るかのような孤立主義路線を選択しようとする民主党政権と、対外諜報活動を主として行うCIAの折り合いが悪かったこともその一因として挙げられる。
「長官、ソビエトが動きを見せたようです」
「当然だ。これだけの事態を目の当たりにしてここで動かない手はない」
CIA長官、アレン・ダレスはにべもなくそう言い放つ。
「あれは最早我々の敵う相手ではない。政府はそれをまだ力でねじ伏せられると考えているようだがな」
CIAの分析では、既に日本は潜水艦発射式の核搭載弾道ミサイルを全世界に到達させる能力を保有し、軍事用衛星についてもこの数か月で続々と軌道上に打ち上げているとみられる。通常兵器の増強については言わずもがな、これまでの戦闘の結果をみれば一目瞭然だ。
「あの国は我々の外交ができる国ではないのだ。最初のうちこそ笑みを浮かべてこちらの要求を呑んでいるが、あるタイミングで突然リミットが外れるからな」
これはかつて英国を導き日本と戦ったチャーチルも対日世界大戦回顧録の中で同じことを述べている。
「いずれにせよ、こうなっては一刻も早く日本を我々の手中に取り込む必要がある」
1960年4月12日。
ソ連のワレリアン・ゾリン外交官が突如、会談のため日本へ電撃訪問するとの情報が伝えられた。
会談の内容は先に北海道で発生していた戦闘に関する停戦調停と、現在ソ連が実効支配している北方領土に関するものとみられた。
「大統領、ソビエトの動きについてですが、おそらくは日本を懐柔させるための交渉と思われます」
国務長官であるラスクがハリマンに伝える。
「懐柔……か」
ラスクの報告を受けたハリマンはしばし瞑目する。
「長官、あの独裁主義の共産国家が日本を懐柔させる術は何かね?」
「戦後からソ連が実行支配し続けている北方領土の返還をエサにする可能性はありますが……常識的に考えれば、我が国と比肩する軍事力を背景にした脅しとみるべきでしょう」
連邦内の各国ですらその恐怖政治を以って統治しているソビエトのことだ。アメとムチを使った外交などするはずがない、それが米国政府の判断だった。
同日。新潟県佐渡島。
この島には現在、航空警備隊の対ミサイル警戒レーダー運用部隊と陸上警備隊第6師団の一部部隊が駐屯している。
島の中には戦闘機や大型航空機を運用できる飛行場は存在せず、専ら警備隊のヘリや小型機、哨戒艇などが配備されているに過ぎない。
だが、この島は日本海側最大の拠点である新潟基地を守るための重要拠点である。南に凡そ50kmの位置にある新潟市には、日本有数の規模を誇る軍港と航空基地が存在する。そのどちらも、ソビエトと対峙する日本の最前線基地である。
島の内部ではソビエトの工作員の上陸を警戒して、昼夜警備隊による哨戒活動が行われていた。
だが、島の北端にあたる外海府周辺は未だにまともな道路網が整備されておらず、装甲車両はおろかジープなどの小型汎用車両すら乗り入れられない状況となっていた。
そんな警備が手薄な島の北側にあたる沿岸部に、ソビエト海軍のスペツナズが上陸したのはこの日の未明のことであった。
前日のうちに日本近海に接近していた工作船は、日没後領海内に侵入、半潜水艇を使い工作員を上陸させたのだった。
だが、夜間作戦、しかも警備が手薄なこの地域への上陸にもかかわらず、上陸部隊を率いるワシーリー・コレスニク少佐は少なからぬ疑問を抱いていた。
(おかしい……最近の日本の動向からして、これほどまでに事が上手く運ぶはずがない。罠か、あるいは……)
その疑問も、上陸後前進を開始した際に氷解することとなる。
ごつごつとした岩礁を乗り越え前方の斜面へ到達しようとしたまさにその時、乾いた炸裂音と共に付近にいた隊員が倒れた。
(指向性地雷……)
その状況を見て動きを止めた工作員のうち数人が、今度は水袋を破くような鈍い音と共にその場に倒れ込んだ。間違いない、狙撃だ。
しかも、フラッシュサプレッサーを使って居場所が分からないようにしている。辺りは灯り一つないというのにとてつもない精度だ。
たまらず生き残った隊員は岩礁地帯へ後退し、岩陰に身を隠す。
「まずいな。こちらの動きが完全にマークされている」
「一度水際まで引き返しますか」
「いや、この暗闇の中あれだけの精度で狙撃を行える相手だ。恐らく高度な夜戦能力を持っている。引き返したところで全員やられるのがオチだ」
とはいえ、このままここに留まっていたところで全滅は免れない。敵の居場所は未だ不明だが、なんとかして敵の目を欺き上陸する必要がある。
「リューリク、敵の位置を把握する必要がある。お前はこのまま向こうの岩場へ向かえ」
「了解」
だが、その隊員も岩陰から身を乗り出した瞬間、狙撃兵に撃たれ倒れてしまった。
(釘づけ……か。これはいよいよいかんな)
状況を分析していると突如近くの岩が炸裂した。どうやら敵が擲弾を撃ち込んできたらしい。跳弾により岩の隙間に隠れていた残りの工作員もバタバタと倒れていく。
コレスニク自身もこの攻撃で肩と両脚を負傷し身動きが取れなくなってしまった。
かくして日昇後、上陸した工作員はすべて収容された。その多くは青酸カリによると思われる服毒自殺を図っていたが、2名ほど生存した工作員が捕えられた。
そしてその中には、失血により意識を失い自殺の機会を失ったコレスニクも含まれていた。
……
「お初にお目にかかります、岸総理」
首相官邸に訪れたゾリン外交官と、それを出迎えた岸総理が対面する。両者とも表面上はにこやかな笑顔を湛えているが、どちらも握手の為の手を差し出すことはなかった。
「さて、単刀直入に申し上げましょう。岸総理、我々は日本に北方領土を返還してもよいと考えています」
「北方領土ですか……あれは元々、日本固有の領土というのが我が政府の見解ですが」
「だが先の大戦の結果それを失った……まずはその事実をきちんと受け止めていただきたい」
日本としては、北方領土は終戦後のどさくさに紛れてソビエトが掠め取ったという思いがある。サンフランシスコ講和条約でこれらの地域の権利を放棄したのは確かだが、そもそもソビエトはこの条約に調印していないではないか。
「何はともあれ、この問題が平和裏に解決するのであれば、日本としてもこれ以上喜ばしいことはありません」
「ごもっともです。ですが、それだけではありません。現在貴国と我が国との間で行われている散発的な戦闘についても同様、これ以上事態を長引かせることは両国にとって不幸以外の何物でもありません」
実は、この時既に首相は未明に佐渡で起きた工作員の上陸未遂事件について報告を受けていた。
「おっしゃる通りです。現に本日も、貴国の兵士10名が未明に我が国において発生した戦闘でその命を失っております」
「我が国の……?はて、何のことですかな」
岸の発言を聞いたゾリンは顔色一つ変えずに言い放った。
「ご存じないようなのでお教え致しますが、3日前の4月9日、ナホトカから出航した工作船が我が国沿岸に接近し、半潜水艇を用いて佐渡島北岸に工作員12名を送り込み上陸を試みたとの確かな情報が入っております」
総理のその言葉と同時に、工作船の出航から数時間おきの場所を捉えた鮮明な写真と、今朝捕えられた工作員の写真が差し出された。
「この工作船の航跡……これは航空機からではなく、はるか宇宙から撮影した写真です。先日我が国で打ち上げました情報収集衛星を使って、ですが」
その写真を、ゾリンはまるでゴシップ誌でも読むような表情で見つめている。あくまでも表面上では、だが。
「それが証拠に……ここに貴国の内陸部に存在する弾道ミサイル発射サイロ、および閉鎖都市の場所を捉えた写真の一部があります」
その内容が本物であることを確認し、さすがのゾリンも今度は背中に冷や汗が流れるのを感じた。なにせ米国ですら知り得なかった極秘情報を日本は知っているのだ。
「お分かりですか、外交官。我が国は貴方がたの動向を24時間365日監視しております。そして、背後には全世界に届く核ミサイルがある……この意味は、もはや申し上げるまでもないでしょう」
ゾリンとしては日本がオーバーテクノロジーと呼ぶべき何らかの力を得たことは理解していたが、まさかこれほどまでに強気に出てくることは完全に計算外だった。
「北方領土については、貴方がたの承認を得ずともいずれ国際司法裁判所により正当な判断が下されることでしょう。今はただ、我が国を守るその一点に置いてのみ我々は行動を続けていく」
岸総理の力強い言葉に、ゾリンは為す術もなく沈黙するほかなかった。
-第6章 慧眼 おわり-
【用語解説】
★パトリオット
http://i.imgur.com/e3xUJCO.jpg
アメリカのレイセオン社で開発された広域防空用の地対空ミサイルシステム。対航空機および対弾道弾に適した各形態ごとにBASIC~PAC-3までの名前がついており、特にPAC-3は昨今のミサイル防衛でその名を馳せている。史実では、航空自衛隊が運用中。
★03式中距離地対空誘導弾
http://i.imgur.com/NF2b1xe.jpg
陸上自衛隊で使用されている純国産の中距離防空用地対空ミサイル・システム。略称は「SAM-4」、通称「中SAM」。
従来のホークなどのミサイルに比べ、取得コストを抑制しながら巡航ミサイル(低空目標)や空対地ミサイル(高速目標)への対処能力を向上させているのが特徴。
★AIM-9
http://i.imgur.com/tgUkDdP.jpg
アメリカが開発した短距離空対空ミサイル。通称サイドワインダー。誘導方式は基本的には赤外線誘導であるが、のちに開発された一部の型では一部の型ではセミアクティブレーダーホーミングを使用している。
1940年代末から開発が始まり、1958年9月24日には金門馬祖周辺の台湾海峡において、中国の人民解放軍との台湾空軍との交戦で史上初のミサイルによる撃墜を記録した。
★AIM-7スパロー
http://i.imgur.com/h3sKXZy.jpg
アメリカが開発した中射程空対空ミサイル。通称スパロー。誘導にはセミアクティブ・レーダー・ホーミング(SARH)誘導方式を採用している。
史実では米空海軍のほか、航空自衛隊など西側諸国の空軍に広く導入された。現在では後述のAAM-4などといった、アクティブ・レーダー・ホーミング誘導方式が可能な新型の空対空ミサイルへの更新が進んでいる。
★99式空対空誘導弾
http://i.imgur.com/nWxnQr5.jpg
日本の航空自衛隊が装備する中距離空対空ミサイル。通称AAM-4。アクティブ・レーダー・ホーミング誘導と慣性・指令誘導を併用し、射程は100km前後と言われている。
セミアクティブ・レーダー・ホーミングのスパローと異なり、発射後すぐにミサイル自体が目標を補足して追尾するため、母機からのレーダー照射の必要がなく、完全な撃ち放し能力(ファイア・アンド・フォーゲット)を有する。
★E-767
http://i.imgur.com/V8dZS6n.jpg
アメリカのボーイング社が開発したB-767を元にした早期警戒管制機(AWACS)。日本は4機を保有している。
これまで空自の保有していたE-2C早期警戒機と違い、警戒だけでなく周辺航空機の管制まで行えるのが特徴。
なお、作中ではECMによる妨害を行っているが、実機にはそのような能力はないので要注意。(通常そのような任務は空自のEC-1や海自のEP3-Cなどの航空機が行う)
-第7章 Bald eagle-
「日ソの会談は、どうやら決別に終わったようですな」
バージニア州ラングレーにある中央情報局本部にて、ダレスは日ソ会談の報告を受けていた。
「無論だ。あれほどの力を持った日本が、いまやソ連に屈する理由がない」
CIAの分析では恐らく、会談の場で日本がソビエトをいつでも核攻撃することができるという証拠を提示したとみている。
「KGBも当然情報は掴んでいたはずだ……ただ、あの組織はモスクワからの指令なしでは動けないからな。とにかく今は、日本をなんとしてもこちら側につけるよう動かなければならない」
1960年4月15日。
第一次ラウンド・ザ・クロック作戦の失敗をうけ、今度は米海軍主体で日本への攻撃を行うこととなった。
太平洋に展開する第7艦隊の最新鋭空母キティホークを旗艦に、ガルベストン級ミサイル巡洋艦1隻、プロビデンス級ミサイル巡洋艦1隻、ミッチャー級嚮導駆逐艦2隻、フォレスト・シャーマン級駆逐艦4隻、セイルフィッシュ級潜水艦2隻からなる空母打撃軍がその任を担う。
このうち、日本攻撃の主力となるのはキティホークに搭載される第5空母航空団の攻撃機と、巡洋艦に搭載されているRGM-82シースナッパーである。
シースナッパーは先の空軍の作戦で使用されたAGM-82ロングスナッパーの艦船発射バージョンである。ただしランチャー発射式のため、射程やミサイルの構造は微妙に異なっている。
今回の作戦では、ミサイルの発射に先駆けてまずは航空隊が日本へ向けて飛び立った後、彼らが日本領空付近に差し掛かったタイミングで艦船からミサイルを発射する算段になっている。
つまり、敵が航空機に対する対空戦闘に感けている間に、後方から長距離ミサイルを低空で侵入させその対処能力を削ごうという腹積もりだ。
まずはこの任を受けた航空隊のA-3スカイウォリアー攻撃機12機と、護衛のF3Hデーモン戦闘機20機が、太平洋上を航行するキティホークから飛び立った。
A-3スカイウォリアーはこの時代においては屈指の大型艦載機であり、その全長は20mあまり。J57ターボジェットエンジン2基を翼下に搭載し、最大5t以上の兵装を搭載することができる。
この時は射程およそ200kmの空対地ミサイル、AGM-22アルバトロスを搭載していた。このミサイルは空軍のAGM-82より小型とはいえ、先の大戦時に使用された航空魚雷以上の大きさがあり、さしものA-3攻撃機でも2発を機外搭載するのが精いっぱいであった。
また、これら攻撃機を護衛するF3H戦闘機には最新鋭空対空ミサイル、AIM7スパローが搭載されている。
これはセミアクティブレーダー方式により飛行するもので、母機のレーダー照射からの誘導で敵機に接近したミサイルは、最後は自身の搭載するレーダーにより敵を捕捉・命中する。
先の第1次作戦に参加した空軍のF-100では、機内に誘導用の機器を搭載するスペースがないため装備されていなかった代物だ。
なお、このAIM-7は史実では航空自衛隊にも導入され、2000年代を過ぎてなおその派生型が装備され続けている。また、艦船発射型のRIM-7については後継のESSMなど艦船に搭載される個艦防空ミサイルの原型にもなっている。
これらのミサイルで武装した航空隊は、日本へ向け一路北を目指す。
航空隊がキティホークを発艦してから30分後、攻撃機から日本領空に接近したとの連絡が入った。
この報告をうけ、既にミサイルの発射準備を終えていた巡洋艦オクラホマシティとトピカから計4発のRGM-82ミサイルが発射された。
発射後すぐさま、2艦は第2次攻撃に備えミサイルの再装填を開始する。現在主流となっている垂直発射式のVLSとは異なり、この時代のミサイルは発射し終えると都度ランチャーにミサイルをセットする必要がある。
「シーフォール1から各機へ。スローイングラインまであと20マイル」
ミサイル発射の連絡をうけた航空隊がなおも北上を続けていると、眼前に小さな艦隊のようなものが見受けられた。
「なんだあれは……日本の艦隊か?」
そう思っていると、急にその艦隊のうち1隻から4本の白い糸が昇ってくるのが見えた。
「ミサイル……?全機散開しろ!!」
航空隊がミサイルを回避しようと散開すると、今度は上空から例の戦闘機が現れた。第1次作戦で空軍機をやったヤツらだ。
逃げ惑う航空隊にたちまち艦船から発射されたミサイルが食らいつき、4機のA-3が煙を曳きながら墜ちて行った。
「落ち着け!奴らの狙いは攻撃機だ!!攻撃隊を守……」
戦闘機隊の隊長がそう指示を出そうとしたとき、彼の搭乗するF3Hの胴体に敵戦闘機の放ったミサイルが直撃した。今度の攻撃では敵は護衛の戦闘機も狙ってきた。
瞬く間に格闘戦が始まるが、F3Hでは敵の戦闘機にまるで相手にならない。瞬く間に9機のA-3と14機のF3Hが撃ち落とされてしまった。
「もうだめだ!撤退するぞ!!」
生き残った機のパイロットがたまらず叫び、航空隊は反転する。
「待て!今何か下を……」
目のいいパイロットが編隊の下を何かが通過していったことに気付いた。
「レッド・サン……おい、あれは日本の攻撃機じゃないのか!?例の青いヤツだ!!」
そしてその直後、艦隊から緊急事態を告げる通信が入った。
「……まずいぞ、艦隊が攻撃を受けてる!!空母は!?」
その頃、キティホークをはじめとする米艦船群も地獄の中に叩き込まれていた。
巡洋艦2隻は大破、うちオクラホマシティについては最早沈没は時間の問題である。
原因はミサイルによる攻撃。1回目の発射を終えミサイルの装填作業を行っていたこの2隻に、突如敵からの攻撃が加えられたのだ。
オクラホマシティに至っては装填中のミサイルに誘爆したからたまらない。15000トン以上ある艦体の前方半分は瞬く間に吹き飛び、艦長以下艦橋乗組員は全員戦死してしまった。
「どういうことだ!敵はどこから撃ってきたんだ!?」
この時米艦艇のレーダーにはいかなる航空機・艦船も捉えられていなかった。
(もしや……潜水艦か?)
キティホーク艦長、ウィリアム・F・ブリングル大佐の頭に、先ほどのミサイル攻撃が潜水艦によるものであった可能性が浮かぶ。
「艦隊に告ぐ、本海域に敵潜水艦が存在する可能性あり。全艦、輪形陣をとり、護衛艦隊は対潜警戒を密にせよ。空母を守れ!」
「艦長、航空隊から通信!航空隊も敵の攻撃を受け壊滅状態です!!」
ブリングル大佐は歯を食いしばった。噂にたがわず、日本のもつ戦闘力は恐るべきものだ。
「くそっ、何てことだ……ヤツらは本当に魔法使いなのか?」
とにかく、今は被害を最小限に食い止める必要がある。キティホークからも出撃可能な航空機を続々と発艦させていた、その時。
「艦長!左舷前方からミサイル!!」
報告と同時に、2発のミサイルがキティホークの左舷前方で炸裂した。
その爆発で甲板上の航空機や爆弾が次々と誘爆し、飛行甲板上は文字通り地獄絵図となった。
また、艦橋にいたブリングル以下将兵たちも割れたガラス片や爆発の衝撃により船体に身体を叩き付けられ、その多くが負傷してしまった。
実はこの時命中したミサイルこそ、航空隊が目撃した「例の青いヤツ」から放たれたミサイルだったのだ。
とにかく、生き残った乗組員を総動員してダメージコントロールに努めなければならない。さらに、沈没した巡洋艦から退避した乗組員の救助のためにも人手を割く必要がある。
今や空母打撃軍全体が大混乱に陥っていた。
その混乱の中、キティーホークの観測員が自艦に向け放たれたピンガー音を聞き取った。
やはり、この海域には敵の潜水艦がいる。空母の巨大な艦体は、最終的には魚雷による水面下からの攻撃でないと沈めることが難しい。つまり敵は、トドメの一撃を放つべく、我々のことを虎視眈々と狙っているのだ。
それにしても、攻撃を受け混乱中とはいえこれだけの対潜警戒網の中ピンガーを打ってくるとは大胆な奴だ。すぐさまその発信源を特定し、救助に当たっている艦1隻を除いた駆逐艦3隻および潜水艦が索敵を開始したが、奇妙なことにその正確な位置は特定することができなかった。
それもそのはず、この時ピンガーを打った潜水艦は日本の最新鋭潜水艦そうりゅうであり、当時の技術では捕捉はおろか、その最大潜航深度から攻撃すらまともに行えるような相手ではなかったのだ。
駆逐艦が執拗なアスロック攻撃を行ったにもかかわらず、その潜水艦は再度キティホークに向けピンガーを放ちそのまま姿を消してしまった。
「我が第7艦隊がここまでコケにされるとはな……」
キティホークの艦上で手当てを受けていたブリングル艦長が呟く。
結局この日、第7艦隊は巡洋艦2隻と多数の航空機を失い、事実上米国の太平洋の守りは意味をなさなくなってしまった。
ラウンド・ザ・クロック作戦は第1次、第2次攻撃合わせて戦略爆撃機を含む航空機30機、艦船3万トン、そして1300名を超える犠牲者を出しながらも、何ら有効な効果を得ることができなかった。
無論、この事態を受けて政府の支持率低下は避けられるはずもなく、大統領選を前にハリマン大統領が弾劾されるのも最早時間の問題となった。
「あの時君の言った通りになったな……」
執務室でハリマンはラスク長官に向け呟いた。
「ラウンド・ザ・クロック作戦により数多くの犠牲を出し、第7艦隊まで失った私に、弾劾決議が下されることは間違いないだろう」
「大統領……」
「ルーズベルト大統領から28年続いた民主党政権も、このあたりで一度変わるべきなのかもしれん。ジャックには申し訳ないが……」
本来であれば、今年の大統領選もジョン・F・ケネディ率いる民主党の勝利は間違いないとみられていたが、事ここに至ってはおそらく次は共和党がその政権を握ることになるだろう。
一方その頃。
バージニア州ラングレー、中央情報局本部。
「長官、既に民主党の不支持率は70%を超えています。政権を維持できるのも、もはや時間の問題でしょう」
「アイゼンハワーは?共和党の要請を受けたか」
「はい、予定通り」
「よろしい。全て我々の計画通りだな」
1960年5月1日。
ラウンド・ザ・クロック作戦失敗によるハリマン大統領の弾劾決議がなされ、ハリマンの後継を決める大統領選が行われる運びとなった。
1789年から171年続くアメリカの歴史の中で、弾劾により罷免された大統領はハリマンが初である。
当然、民主党の支持率は急落。対する共和党から大統領候補として立候補したドワイト・D・アイゼンハワーの当選は最早確実視されていた。
「……入りたまえ」
大統領執務室にやってきたのは、当時の副大統領であるエステス・キーフォーヴァーだった。
「今回はやられたよ……おそらくCIAは事前にこの作戦が失敗することを予見していたことだろう」
ハリマンはため息交じりにキーフォーヴァーに語りかける。
「やはり長官にはロバートを据えるべきでしたな」
「だが、今になってそれを言っても仕方がない。それにあの男は狡猾だ。すでに主要な各部局に腹心を配していることだろう」
ハリマンのいうあの男とはもちろんCIA長官、アレン・ダレスのことである。
「権力の私物化ですな」
「ああ。だが今の私にそれを止める力はもはや無い。それにCIAの行動を制御しきれなかったこれまでの民主党政権にも責任はあるのだからな」
執務室の窓から見えるハナミズキの枝には、淡い色の花が顔をのぞかせていた。
-第7章 Bald eagle おわり-
【用語解説】
★キティホーク級航空母艦
http://i.imgur.com/5tKbpuw.jpg
アメリカ海軍の航空母艦。第二次世界大戦中に建造されたフォレスタル級を改良して建造され、同海軍で最後の通常動力推進空母。
史実では横須賀を母港としていたことで日本人にもなじみ深い。2009年にニミッツ級「ジョージ・ワシントン」とその座を交代し引退した。
作中では第2次ラウンド・ザ・クロック作戦に1番艦であるキティホークが登場
★ガルベストン級ミサイル巡洋艦
http://i.imgur.com/nN0ax2C.jpg
アメリカ海軍のミサイル巡洋艦。第二次世界大戦中に建造されたクリーブランド級軽巡洋艦を1950年代後半に改装し、再就役したものである。
作中では第2次ラウンド・ザ・クロック作戦に3番艦であるオクラホマシティが登場
★プロビデンス級ミサイル巡洋艦
http://i.imgur.com/IUVoRe6.jpg
アメリカ海軍のミサイル巡洋艦。ガルベストン級と同じく第二次世界大戦中に建造されたクリーブランド級軽巡洋艦を1950年代後半に改装し、再就役したものである。両者の違いとして、プロビデンス級には対空ミサイルとしてテリア艦対空ミサイルが搭載されている。
作中では第2次ラウンド・ザ・クロック作戦に3番艦であるトピカが登場
★ミッチャー級嚮導駆逐艦
http://i.imgur.com/hoz3kWz.jpg
アメリカ海軍の嚮導駆逐艦。4隻が建造され、そのうちミッチャーとジョン・S・マケインは、後にミサイル駆逐艦として改装されている
作中では第2次ラウンド・ザ・クロック作戦に随伴艦として登場。
★フォレスト・シャーマン級駆逐艦
http://i.imgur.com/fv1oafE.jpg
アメリカ海軍の駆逐艦。第二次大戦後に米海軍が初めて量産建造した駆逐艦であるとともに、艦砲と魚雷を主武装とした最後の米駆逐艦であることから、究極の在来型駆逐艦とも呼ばれる。
作中では第2次ラウンド・ザ・クロック作戦に随伴艦として登場。
★セイルフィッシュ級潜水艦
http://i.imgur.com/lwDClpK.jpg
アメリカ海軍の潜水艦。空母機動部隊の前衛として、大型レーダーを装備し、敵の警戒にあたるレーダーピケット潜水艦として構想されたものの、早期警戒機の能力向上によりその存在価値を失った。
作中では第2次ラウンド・ザ・クロック作戦に随伴艦として登場。
★A-3スカイウォリアー
http://i.imgur.com/wq1QCQX.jpg
アメリカのダグラス社で1952年に開発された艦上ジェット攻撃機。核攻撃を目的とした大型艦上攻撃機として開発され、後期には電子戦機や空中給油機として用いられた。
作中では第2次ララウンド・ザ・クロック作戦の主力攻撃機として登場。
★F3Hデーモン
http://i.imgur.com/iXKCHcu.jpg
アメリカのダグラス社で1951年に開発された艦上ジェット戦闘機。精悍なシルエットを持ってはいたものの、搭載するエンジンの出力不足により超音速機とはなり得なかった。また、本機によって得られた知見は、のちに同社の大ヒット作となり航空自衛隊にも導入されるF-4ファントムに生かされた。
作中では第2次ララウンド・ザ・クロック作戦の護衛機として登場。
★あたご型護衛艦
http://i.imgur.com/0uBzZdh.jpg
海上自衛隊が保有するイージスシステム搭載(イージス艦)のミサイル護衛艦。前級のこんごう型を拡大し、もはや巡洋艦と呼べるクラスの大きさを誇る。国際情勢の変化に伴い2013年に入ってから更に2隻の建造・配備が追加で計画されている。
作中では第2次ララウンド・ザ・クロック作戦の迎撃艦隊として登場。
★そうりゅう型潜水艦
http://i.imgur.com/2tx2k9C.jpg
海上自衛隊が運用する通常動力型潜水艦。海上自衛隊初の非大気依存推進(AIP)潜水艦であり、通常動力型の潜水艦としては世界でも最大級。
静粛性にも注意が払われており、その騒音レベルは極めて低い。また、AIP搭載により従来の潜水艦より長期間潜航状態を維持することができる。
作中では第2次ララウンド・ザ・クロック作戦の迎撃艦隊として登場。沈黙の艦隊ばりにキティホークに威嚇のためのピンガーを発射した。
★XASM-3
http://i.imgur.com/LGagkuR.jpg
日本の防衛省技術研究本部が開発中の、80式空対艦誘導弾(ASM-1)の後継となる空対艦ミサイル。2016年度(平成28年度)の開発完了を目指している。長射程化と対電子妨害性能を高め驚異的な命中率を誇る。
最大速力マッハ3以上、射程150km以上。作中では第7艦隊を攻撃するため航空自衛隊のF-2より発射される。
-最終章 ウォーゲーム-
「とにかく、警備隊の装備をより充実させる必要がありますね」
テーブルの傍らに手を付きながら男が言う。
「取り急ぎ、自衛隊の使用している装備ならびに衛星、原潜、弾道弾、さらにそれらについてのナレッジは残していきますが、まずはあなた方がそれを独自に運用していくノウハウを得ないことには話になりません」
男は会議室の前面にあるスクリーンを指さしながら続ける。
「何しろ、人員をこの時代に残していくわけにはいきませんから。それだけは貴方がたに用意していただく必要がある」
同日、都内某所。
街中をゆく黒塗りの車の中で、資料を手にした男が呟く。
「弾道弾搭載型戦略原潜ながと級3隻……さらに衛星軌道上に12基存在する情報収集衛星、慧眼。これだけあれば、日本は世界に対してその影響力を持つことができる」
「ええ。ですが、軍事力はあくまでも外交のバックボーンとしてあるべきものです。特に核は保有することだけに意味がある……たとえそれが形式上のもであったとしても」
車が止められた先には、スーツ姿の男が立っていた。
「これで、全ての任務は終了しました」
「ご苦労」
男の背後には、黒々とした鉄の塊が船渠の上にその巨体を横たえている。
「結局のところ、我々も『この世界の』米ソと同じように日本を演習場に選んだにすぎん」
「……そろそろ時間です」
すると辺りは突如霧に包まれる。数分後に霧が晴れた時には男達の姿は既になく、そこには空の船渠だけが残されていた。
1960年8月。
罷免されたハリマンに代わり大統領執務をこなしていたキーフォーヴァーだったが、そのほとんどは共和党員から「ホワイトハウスの荷造り」と形容される程度の残務処理であった。
下馬評通り、予定より数か月前倒しで行われた大統領選では共和党のアイゼンハワーが圧勝し、28年、7期に及んだ民主党政権は一旦その歴史に終止符を打った。
アイゼンハワー率いる共和党政権がまず手を付けたのは、日本との関係改善だった。
そして、この時日本へ送られたのが、史実ではドル紙幣と金の兌換を一時停止したことによりブレトン・ウッズ体制を終結させたことで有名な、リチャード・ニクソン副大統領だった。
「お会いできて光栄です、副大統領」
ニクソンたちアメリカからの訪問団を、日本国政府は快く受け入れた。むしろ、日本側の意外な対応に驚いたのは訪問団の方であった。
「本来であれば、大統領自らが訪れるべきなのですが……如何せん、我が国では政権が代わったばかりでして……、まずは取り急ぎ私のほうから出向かせていただきました」
「いえ、この度の件では日米双方の間で話し合わねばならないことが山積していますから」
そう言うと岸総理は、ニクソンにむかって手を差し出した。彼は首相の手を握ろうと手を差し出しかけたが、そのまま手を止め、岸の目を見つめこう言った。
「恐れ入りますが、総理。まずは今回の件についての清算を終わらせましょう。わだかまりを残したまま握手をしたのではお互い気持ちのいいものではありませんから」
ニクソンの真意を汲んだ岸総理は頷き、そのまま会談が開始される。
話合われる内容は大まかに要約すると以下の2点である。
一つは、今年に入ってから日米の間で行われた局所的戦闘における賠償について、そしてもう一つは、今後の日米同盟の在り方についてである。
「……まず最初に結論から申し上げますが、今回の件について我が米国としては日本に対する一切の賠償請求をしないことを決めました」
「なるほど……」
岸総理は静かにニクソンに続きを促す。
「そして、貴国と我が国における同盟関係ですが、これについてはこれまで通りその関係を維持していきたい」
「これまで通り……ですか」
岸はその言葉を受け、真っ直ぐにニクソンの目を見つめる。
「副大統領。それはつまり、今後も日本は米国の庇護下におかれた状態であることを望む、という意味ですかな?」
岸総理は彼の言う『同盟』の言葉の真意をニクソン自身に確かめたのだ。
「岸総理。今回の件では、貴方がたは突如手に入れた強大な力で我々やソビエトの圧力を退けることに成功しています。ですが、それであなた方はどうするのですか?自らのその力のみで、世界の覇権を握ろうというのですか?」
ニクソンの言葉を聞いた岸がゆっくりと口を開く。
「……副大統領。貴方がたは勘違いをしておられる。あの戦争が起きる前も後も、我々の思いは変わりません。我々が求めているのは唯一、世界平和に他ならないのです」
「岸総理。貴方は自身のその力が世界平和に対して非常に危ういものであることをお分かりですか?」
「もちろん、理解しています。ですが、力を以ってこの世界を支配しようとする勢力が存在する以上、それ以上の力がなければ自らの理念を達することはできない……それが、我が国が先の大戦を通じて得た知見です」
「総理、それは……」
「ニクソンさん。あなたは戦中、硫黄島で我が国の市丸海軍中将がルーズベルト大統領に宛てた手紙をご存じですか?」
「知っています。いまはアナポリスにその手紙は存在しております」
「市丸中将のしたためた手紙の文中に在る通り、我々はただ自らの領分に従い、それぞれの郷土で平和に生きていきたいだけなのです。……ですが、力なき者にはそれすら許されない」
岸は続ける。
「貴方がたは、それを。あの戦争で我が国に2発の原爆を投下し、戦後に至っては日本の象徴ともいえる皇室すら我々から奪い取ってしまったではありませんか」
岸総理の発言に辺りの空気が張り詰める。実は、この時米国が最も恐れていたのは、今まさに彼の言ったことに対する報復に他ならない。なにしろ日本は、世界で唯一アメリカに「核」による報復を行う権利を持っているともいえるのだ。
「平和な生活を失い、心の拠り所まで奪われた我々日本人の憤怒と怨嗟は計り知れません」
誰もが交渉の決裂、日米関係の修復はもはや不可能であると考えたその時。
「……ですがそれも、元々は互いが双方のことを理解しようとする努力に欠けていたからだと、私は考えます」
岸総理の意外な言葉に、ニクソンは瞠目した。
「副大統領。市丸中将も言うとおり、我々の平和を願う思いと貴方がたの思いは相反するものではないのです。まずはそのことを、ご理解いただきたい。そうすれば、我々はきっと手を取り合うことができる」
「岸総理……」
そして二人は、今度こそ互いの手を握る。
青空に蝉の声が染み渡る、第二次世界大戦の終結から15年後の夏の事だった。
一方その頃。
「お加減はいかがですかな」
新潟にある警備隊病院の一室で、海上警備隊の篠宮一等海警正が病床の患者にロシア語で語りかける。
「驚いた、どこでロシア語を?」
「はは……戦前、ウラジオストクにいたことがありましてね」
篠宮が語りかけていたのは、先に発生した佐渡での戦闘で捕虜となったコレスニク少佐だった。
「貴方がたは強い……まるでこの世のものとは思えない」
あの戦闘でコレスニクは彼我の戦力差を痛感していた。戦闘の最中、随所にその技術水準の高さの一端が垣間見えた。
「戦後、アメリカに蹂躙されながら何故あれほどの力を得られたのか……我々にとっては、不思議でしょうがない」
「不思議……ですか」
コレスニクの言葉を受け、篠宮はベッド脇の椅子に腰かける。
「……コレスニク少佐。貴方は、この世界の未来についてどうお考えですか?」
篠宮の言葉の意味を一瞬考え、コレスニクは答える。
「それは、無論。我が祖国大ロジーナのもと、全世界的な平和と繁栄が待っている。そう信じて疑わない」
「信じて疑わない……ですか」
「ではコレスニクさん……その平和と繁栄を実現するために、我々人類はあと何度戦争を行わねばならないのでしょう?」
「それは、我々軍人が考える立場にない」
「一般論で結構ですよ」
「……無論、意見を異にするもの。その者達が武器を取り続ける限り、戦争は……」
「そう、無くならない」
コレスニクが言葉を言い切る前に、篠宮は言葉を挿む。
「私は……かつて帝国海軍の在りし頃、遥か大海原を渡り多くの国へ赴きました。そこには様々な言語・風習をもつコミュニティが多数存在した」
「何が言いたいのですか」
「私が思うのは、それぞれのコミュニティの距離と言語の違いが、その相互理解を妨げているのではないかということです」
「……」
「お互いに武器を突き付け会うそんな世界を平和といえるのか……甚だ疑問ではあります……が、表面上は、争いがないことで人々は平和を享受している」
「善き争いより悪しき平和……」
「ソビエトの俚諺ですね……おっしゃる通りです。だから我々は、『武器』を手にした」
篠宮はそう言いながら白い封筒をコレスニクに手渡す。
「コレスニク少佐。貴方には明朝0600に、新潟基地から我々の用意した特別機にてソビエトへ帰国していただきます」
その言葉を聞いたコレスニクの表情は暗い。
「……国へ戻ったところで、作戦を失敗し捕虜になった私に明るい未来はない」
「あるいはそうかもしれません。ですが、我々にはこれ以上あなたをどうすることもできないのです」
病室の窓からは、濃紺の日本海から立ち上る入道雲が見える。
「……この海の向こうに、貴方がたの住む国がある。いずれお互いを理解し、肩を並べられる日が来ることを祈るばかりです」
「……二頭の熊は同じ巣穴では暮らせないのですよ。カピターン・シノミヤ……」
1961年9月13日。大韓共和国、済州島上空。
「いいか!何も考えるな!!まずはこの戦いを終わらせるぞ!」
40機からなる航空警備隊の攻撃隊が、済州島東方沖の日本海上を飛行していた。
その主力は先に航空自衛隊から航空警備隊へ委譲された30機のF-1支援戦闘機。これらがそれぞれ500ポンド爆弾8発を搭載し、済州島に展開する巡航ロケット部隊を攻撃する。さらにこれを10機のF-15戦闘機が護衛している。
1年前に日本とアメリカの間において宥和が成立後、それに反発したのがもう一つの大国、ソビエトである。
ソビエトにとっては、アメリカと日本が手を組むことは自国の喉元に刃物を突きつけられるようなものだ。
さらに、表面上は宥和を謳いつつ、実質は日本の持つ抑止力の前に屈したアメリカと同じ轍は踏まないという、大国ソビエトとしての『矜持』もあった。
かくしてソビエトは、日本にほど近いサハリンや北方領土、大韓共和国内に兵力を投入し日本に対しての圧力を高めた。
だが、これらの結果は芳しいものではなく、ソ連が実行支配していた北方領土は今や完全に日本の支配下となり、サハリンや大韓共和国内についてもソ連軍の各種兵器は為す術もなく破壊されていくのみであった。
攻撃隊が済州島に近づくとソ連軍のMiG-19戦闘機が上がってきた。当時ソ連が配備していた最新鋭の前線戦闘機である。
だが、その最高速度は凡そマッハ1.2。この時日本側の攻撃隊の中心であったF-1の最高速度はそれを上回るマッハ1.6であり簡単に振り切られてしまううえ、護衛についていたF-15によりこれらの戦闘機はたちまちのうちに叩き落されてしまった。もはや一方的な虐殺だ。
生き残ったMiG戦闘機隊が韓共方面に引き返していった後、攻撃隊は高度を下げ始める。
「敵の目は空自が潰してくれた!落ち着いて叩け!無駄弾を撃つな!!」
この時、側面支援として航空自衛隊所属のE-767早期警戒機が作戦空域においてECMによる妨害を行っていた。当時の貧弱な電子機器に対し、最新鋭機による電子妨害の影響は計り知れないものがある。
これによりソ連軍側はレーダーによる捕捉はおろかミサイルの照準すらできない状態となり、爆装したF-1の攻撃でほとんどの陣地が破壊されてしまった。
「小癪なイポーシュカめ!」
クレムリンでフルシチョフが吐き捨てるように呟く。
「同志。半島に展開していた我が軍の部隊は、先ほどの戦闘によって全て失われたとのことです……」
フルシチョフの側近であるアナスタス・ミコヤン最高会議幹部会議長が報告する。この人物は、はるか帝政ロシアの十月革命以前から活動している筋金入りのオールド・ボリシェヴィキである。
史実では、スターリンからフルシチョフまで、粛清を伴うソビエト共産党の数々の政変を生き延びた強かさをもった人物として知られている。また、緒戦で日本機を苦しめたMiG-15を開発したことで知られるミグ設計局は、彼の弟であるアルチョム・ミコヤンらによって創設された。
「かくなるうえは、こちらの『切り札』を切ることも視野に入れねばなるまい」
「同志、それは日本に『核』を打ち込むということですか?」
フルシチョフの発した「切り札」の意味を、ミコヤンが確認する。
「無論だ」
「私は反対です」
すぐさま彼は反論する。
「そもそも日本は我々の動向を常に監視しています。こちらが核を使うとなれば、まず間違いなく同じ手段を用いて報復を行うでしょう」
「それがどうしたというのだ!?」
ミコヤンの反論を受けたフルシチョフは、語気を荒げてそう言い放つ。
「同志。私は貴方のことを深く信頼しております。どうか落ち着いてください。日本の背後には、アメリカもいるのですよ?」
激情家であるフルシチョフを宥めるようにミコヤンは続ける。元々ミコヤンは、外交においてはデタントなど比較的穏健な政策を支持しており、フルシチョフの支持者でありながらその外交政策には批判的な姿勢をとることもあった。
「同志よ。我が国の国土は米国の2倍以上だ……この意味が分かるかね?」
フルシチョフは淡々と言葉を続ける。
「単純な話だ。例え彼らが我が国に核を打ち込んだとしても、最後に立っているのは我々なのだよ」
「同志……」
そう言い切った彼の目はどこか狂気を帯びているように見える。ミコヤンにはそれ以上、フルシチョフに対して意見を具申することはできなかった。
時を同じくして、日本では日米両国の首脳会談が行われていた。
「我が国といたしましては現状、日本周辺のソビエト軍戦力を駆逐し、以後その侵犯のないように封じ込めるだけで十分という認識です」
「……つまり、貴方がたにはソビエトと雌雄を決する気はないと?」
アメリカ合衆国大統領、ドワイト・D・アイゼンハワーが日本の岸総理に確認する。
「そうです。逃げる敵には金の橋をかけてやれ……あまりソビエトを追い詰めると核大戦が起こる可能性もあります。当初貴方がたが仰っていた通り、今や我が国の力は世界平和に対して非常に危うい……」
これは自惚れではなく事実である。現に、衛星や戦略原潜を初めとした戦力でこの時点で日本の右に並ぶものはいない。
「ですが、岸総理。今や貴方がたは我々と共にある。今、我々が力を併せてソビエトの力を挫くことができれば、我々が世界に恒久的な平和をもたらすことも夢ではありません」
「排他ではなく、共存……力で相手をねじ伏せれば、そこには必ず不満が生じる。それに、我々が世界の覇権を握ったとして、いずれ我々は再び戦わねばならなくなるでしょう。あの時と同じように」
「貴方がたは、この世界のバランサーたろうと?」
「そうは思っておりません……ですが、我々は世界制覇という目的のためにその力を振うことを良しとしないと決めたのです」
「……貴方のそのお考えには敬服いたします。ですがそこには、大きな矛盾があるのですよ……岸総理」
1962年2月23日。
各国の思惑が交差する中、太平洋上で戦後初となる日米合同の大規模軍事演習が行われた。
洋上に集結したのは、米海軍太平洋艦隊第7艦隊、ならびに太平洋空軍第5空軍の航空機数百機である。
かつて戦火を交えた国同士の軍隊が一堂に会し行われた本演習は、新日米同盟を象徴するものと捉えられた。
1ヵ月に渡る演習を終えた日米両軍は、日本から450海里離れた太平洋上を艦隊を組んで航行していた。
ここは、2年前の海戦で巡洋艦オクラホマシティとトピカが沈没した場所でもある。
その2艦に対し米海軍と海上警備隊の各艦艇は、それぞれ礼砲を持って犠牲者の魂を送る。
その上空を米艦載機と硫黄島基地から飛来した航空警備隊機がローパスしていった。
「まさに日米デタントの象徴ともいえる光景ですな」
その様子をモニターで見ていた男が呟く。
「ああ。だが、この裏で新たな戦いの火蓋が切られようとしている」
警備隊の艦艇が帰投のため横須賀へ向け進路を変えた時、そのうちの1艦が海中を走るノイズを捉えた。
「艦長、方位1-4-0より海中を進む物体あり。音紋から米海軍のMk.7水中デコイと思われます」
「演習中にロストしたうちの一つだな。まだ生きていたか……全艦に通達。デコイの予測進路にいる艦艇は速やかに転針せよ」
各艦艇はデコイをやり過ごすため退避する。だが、海中を進むデコイが警備隊艦隊700mまで接近したその瞬間、信じられない事態が起きる。
突如、周囲の海面が山のように盛り上がったかと思うと、それはそのまま巨大な海水の塊となり近傍の全てを飲み込んだのだ。
「……なるほど、核魚雷ですか」
「ああ。これで日本は海上戦力の1/3を一度に失ったわけだ」
さらにモニターは別の映像を映し出す。
「現地時刻0945、日本上空を飛行する飛翔体を航空警備隊のレーダーが捉えた模様」
「やはりソ連と照らし合わせていたな……さて、我々の残していったPAC-3はどれほど役にたつかな」
首都圏近郊に展開した航空警備隊のパトリオットが続けて映し出される。
それらは、情報収集衛星慧眼がソ連軍のミサイル発射の兆候を捉えたことから展開していた部隊だった。
国家保安庁では、ソ連のこの動きを先の日米合同の軍事演習に対する威嚇と分析していたのだが、実際の事情は異なった。
演習終了直後の米軍の奇襲と時を同じくして、ソ連はこれらのミサイルを何の躊躇いもなく日本へ打ち込んできたのである。
4連装のランチャーから成るM901発射機から、白煙を上げながらミサイルが発射される。
「ここから先は、絶望の世界だ」
そう呟くと、その男は静かに席を立ち部屋を後にする。
「最後までご覧にならないのですか?」
「……いくら『別次元』の話とはいえ、世界が滅んでいく様は見たくはないのでね」
直後、彼の背後のモニターには眩い閃光が映し出された。
「出る杭は打たれる……昨今、この言葉がまるで日本特有の悪習であるかのように言われているが、それは世界の安全保障においても同じなのだ」
薄暗い地下通路を歩きながら、彼は淡々と続ける。
「何故なら突出した力は、全体の均衡を崩すことになるからだ。……通常人間は、そのような状況に耐えられるようにできていない。自身に害の及ぶ可能性があれば、なんとしてでもその芽を摘みたがる」
「然様で」
「……この世界は常に巨大なウォーゲームのボード上で動いている。切り札というものは、最後までその存在を知られてはいけないのだ。そうすることで、最も効果的にその力を発揮することができる」
彼らが進んだその先には大きな空間が広がっており、そこにはあの霧と共に船渠から姿を消した巨大な船体が鎮座していた。
「当初の目標は達成した。現時点を以って、F.E.M.R.作戦を終了する」
合図と共に、辺りはあの時と同じ霧に包まれる。
そしてそこには、巨大な地下空間だけが残されたのだった。
-最終章 ウォーゲーム おわり-
【用語解説】
★ルーズベルトに与える書
【原文】
日本海軍、市丸海軍少将、書ヲ「フランクリン ルーズベルト」君ニ致ス。
我今、我ガ戦ヒヲ終ルニ当リ、一言貴下ニ告グル所アラントス。
日本ガ「ペルリー」提督ノ下田入港ヲ機トシ、広ク世界ト国交ヲ結ブニ至リシヨリ約百年、此ノ間、日本ハ国歩難ヲ極メ、自ラ慾セザルニ拘ラズ、日清、日露、第一次欧州大戦、満州事変、支那事変ヲ経テ、不幸貴国ト干戈ヲ交フルニ至レリ。
之ヲ以テ日本ヲ目スルニ、或ハ好戦国民ヲ以テシ、或ハ黄禍ヲ以テ讒誣シ、或ハ以テ軍閥ノ専断トナス。思ハザルノ甚キモノト言ハザルベカラズ。
貴下ハ真珠湾ノ不意打ヲ以テ、対日戦争唯一宣伝資料トナスト雖モ、日本ヲシテ其ノ自滅ヨリ免ルルタメ、此ノ挙ニ出ヅル外ナキ窮境ニ迄追ヒ詰メタル諸種ノ情勢ハ、貴下ノ最モヨク熟知シアル所ト思考ス。
畏クモ日本天皇ハ、皇祖皇宗建国ノ大詔ニ明ナル如ク、養正(正義)、重暉(明智)、積慶(仁慈)ヲ三綱トスル、八紘一宇ノ文字ニヨリ表現セラルル皇謨ニ基キ、地球上ノアラユル人類ハ其ノ分ニ従ヒ、其ノ郷土ニ於テ、ソノ生ヲ享有セシメ、以テ恒久的世界平和ノ確立ヲ唯一念願トセラルルニ外ナラズ。
之、曾テハ「四方の海 皆はらからと思ふ世に など波風の立ちさわぐらむ」ナル明治天皇ノ御製(日露戦争中御製)ハ、貴下ノ叔父「テオドル・ルーズベルト」閣下ノ感嘆ヲ惹キタル所ニシテ、貴下モ亦、熟知ノ事実ナルベシ。
我等日本人ハ各階級アリ。各種ノ職業ニ従事スト雖モ、畢竟其ノ職業ヲ通ジ、コノ皇謨、即チ天業ヲ翼賛セントスルニ外ナラズ。
我等軍人亦、干戈ヲ以テ、天業恢弘ヲ奉承スルニ外ナラズ。
我等今、物量ヲ恃メル貴下空軍ノ爆撃及艦砲射撃ノ下、外形的ニハ退嬰ノ己ムナキニ至レルモ、精神的ニハ弥豊富ニシテ、心地益明朗ヲ覚エ、歓喜ヲ禁ズル能ハザルモノアリ。
之、天業翼賛ノ信念ニ燃ユル日本臣民ノ共通ノ心理ナルモ、貴下及「チャーチル」君等ノ理解ニ苦ム所ナラン。 今茲ニ、卿等ノ精神的貧弱ヲ憐ミ、以下一言以テ少ク誨ユル所アラントス。
卿等ノナス所ヲ以テ見レバ、白人殊ニ「アングロ・サクソン」ヲ以テ世界ノ利益ヲ壟断セントシ、有色人種ヲ以テ、其ノ野望ノ前ニ奴隷化セントスルニ外ナラズ。
之ガ為、奸策ヲ以テ有色人種ヲ瞞着シ、所謂悪意ノ善政ヲ以テ、彼等ヲ喪心無力化セシメントス。
近世ニ至リ、日本ガ卿等ノ野望ニ抗シ、有色人種、殊ニ東洋民族ヲシテ、卿等ノ束縛ヨリ解放セント試ミルヤ、卿等ハ毫モ日本ノ真意ヲ理解セント努ムルコトナク、只管卿等ノ為ノ有害ナル存在トナシ、曾テノ友邦ヲ目スルニ仇敵野蛮人ヲ以テシ、公々然トシテ日本人種ノ絶滅ヲ呼号スルニ至ル。之、豈神意ニ叶フモノナランヤ。
大東亜戦争ニ依リ、所謂大東亜共栄圏ノ成ルヤ、所在各民族ハ、我ガ善政ヲ謳歌シ、卿等ガ今之ヲ破壊スルコトナクンバ、全世界ニ亘ル恒久的平和ノ招来、決シテ遠キニ非ズ。
卿等ハ既ニ充分ナル繁栄ニモ満足スルコトナク、数百年来ノ卿等ノ搾取ヨリ免レントスル是等憐ムベキ人類ノ希望ノ芽ヲ何ガ故ニ嫩葉ニ於テ摘ミ取ラントスルヤ。
只東洋ノ物ヲ東洋ニ帰スニ過ギザルニ非ズヤ。
卿等何スレゾ斯クノ如ク貪慾ニシテ且ツ狭量ナル。
大東亜共栄圏ノ存在ハ、毫モ卿等ノ存在ヲ脅威セズ。却ッテ、世界平和ノ一翼トシテ、世界人類ノ安寧幸福ヲ保障スルモノニシテ、日本天皇ノ真意全ク此ノ外ニ出ヅルナキヲ理解スルノ雅量アランコトヲ希望シテ止マザルモノナリ。
飜ッテ欧州ノ事情ヲ観察スルモ、又相互無理解ニ基ク人類闘争ノ如何ニ悲惨ナルカヲ痛嘆セザルヲ得ズ。
今「ヒットラー」総統ノ行動ノ是非ヲ云為スルヲ慎ムモ、彼ノ第二次欧州大戦開戦ノ原因ガ第一次大戦終結ニ際シ、ソノ開戦ノ責任ノ一切ヲ敗戦国独逸ニ帰シ、ソノ正当ナル存在ヲ極度ニ圧迫セントシタル卿等先輩ノ処置ニ対スル反撥ニ外ナラザリシヲ観過セザルヲ要ス。
卿等ノ善戦ニヨリ、克ク「ヒットラー」総統ヲ仆スヲ得ルトスルモ、如何ニシテ「スターリン」ヲ首領トスル「ソビエットロシヤ」ト協調セントスルヤ。
凡ソ世界ヲ以テ強者ノ独専トナサントセバ、永久ニ闘争ヲ繰リ返シ、遂ニ世界人類ニ安寧幸福ノ日ナカラン。
卿等今、世界制覇ノ野望一応将ニ成ラントス。卿等ノ得意思フベシ。然レドモ、君ガ先輩「ウイルソン」大統領ハ、其ノ得意ノ絶頂ニ於テ失脚セリ。
願クバ本職言外ノ意ヲ汲ンデ其ノ轍ヲ踏ム勿レ。
市丸海軍少将
【以下、作者現代語訳。一部適当&意訳あり】
日本海軍市丸海軍少将が、この手紙をフランクリン・ルーズベルト君に送ります。
私はいま、自らの戦いを終えるにあたって、一言あなたに告げたいことがあります。
日本がペルリー(ペリー)提督の下田入港を機会に、広く世界と国交を結ぶように至ってから約百年、この間、日本国の歩みは困難を極め、自らが欲していないにも関わらず、日清、日露、第一次世界大戦、満州事変、支那事変を経て、不幸なことに貴国と交戦するに至りました。
これを以って日本を評価するに、あるいは国民が好戦的であり、あるいは黄禍論を唱え、またあるいはこれを軍隊による独断専行であるとしていますが。これは思っても見ないことだと言わざるを得ません。
貴方は真珠湾の不意打ちを対日戦の唯一の宣伝資料としていますが、日本が自滅から免れる為。このような暴挙に出る他ないところまで追い詰めたのは、貴方が最もよく知っていることです
畏れ多くも天皇陛下は、皇祖皇宗建国で告げたように、正義、明智、仁慈、を三綱とする八紘一宇という言葉で表現される統治計画に基づいて、地球上のあらゆる人類はそれに従い、その郷土において生きることで、恒久的世界平和の確立を唯一念願とされているにほかなりません
これは、「四方の海 皆はらからと思ふ世に など波風の立ちさわぐらむ」という明治天皇が日露戦争中にお作りになった言葉が、貴方の叔父であるテオドル(セオドア)・ルーズベルト閣下の感嘆を招いたことで、あなたも良くご存じのことです。
我々日本人には様々な階級があります。我々日本人は、各種の職業につきながら、この天皇陛下の天業を叶える一助となるべく生きています。
我々軍人もまた、武力をもってこの天業を讃え、助力しているにほかなりません。
我々はいま、物量を誇る貴下空軍の爆撃および艦砲射撃の下、外形的には圧倒されてはいますが、精神的にはいよいよ充実し、心境はますます喜ばしく、歓喜を禁ずることができません。
これは、天皇陛下の天業の助力となる信念に燃える日本国民の共通の心理ですが、貴方やチャーチル君には理解に苦しむところでしょう。今ここに、貴方がたの精神の弱さを憐れみ、一言言っておきたいのです。
貴方がたのやっていることをみれば、白人、殊にアングロ・サクソンをによって世界の利益を独占し、有色人種をその野望の為に奴隷化しているにほかなりません。
このために奸策を以って有色人種を騙し、いわゆる「悪意の善政」をもって彼らの心を奪い、無力化しようとしてきました。
近世に至って、日本が貴方がたの野望に抗い、有色人種、ことに東洋民族を貴方がたの束縛から解放しようと試みると、貴方がたは少しも日本の真意を理解しようとはせず、ただ貴方がたにとって有害な存在であると決めつけ、かつては友邦であったはずの我が国を仇敵、野蛮人であるとし、公然と日本人の絶滅を口にするに至りました。これは、貴方がたの神意にかなうものなのでしょうか。
大東亜戦争によって、いわゆる大東亜共栄圏が成立すればそれぞれの民族は我々の善政を謳歌し、貴方がたがこれを破壊することがなければ、全世界に亘る恒久的な平和の到来は、決して遠い話ではありません。
貴方がた白人は十分な繁栄にも満足することなく、数百年来貴方がたの搾取より免れようとしている憐れむべき人類の希望の芽を、何故貴方がたは摘み取ってしまうのですか。
ただ東洋のものを東洋に返すに過ぎないではないですか。
貴方がたはどうしてそのように貪欲で狭量なのでしょうか
大東亜共栄圏の存在は、いささかもあなた方の存在の脅威ではありません、却って世界平和の一翼として、世界人類の安寧と幸福を保証するものであり、天皇陛下の真意はその他にはないということを理解する雅量を示してほしいと希望して止みません。
ひるがえって欧州の情勢を観察しても、相互の無理解による人類闘争がいかに悲惨かを痛嘆せざるを得ません。
今ヒトラー総統の行動の是非を云々することは慎みますが、彼の第二次欧州大戦(=第二次世界大戦)の原因が第一次世界大戦終結に際し、その開戦の一切の責任を敗戦国であるドイツに帰属させ、その正当な存在を極度に圧迫しようとした、貴方がたの先の処置に対する反発に他ならないことを看過することはできません。
貴方がたの善戦により、ようやくヒトラー総統を倒し得たとしても、その後如何にしてスターリンを首領とするソビエトと協調しようというのでしょうか。
およそ世界が強者の独占するものであれば、永久に闘争を繰り返し、遂に人類に安寧幸福の日が訪れることはないでしょう。
貴方がたは今、世界制覇の野望を一応は達成しようとしています。貴方がたは得意に思っていることでしょう。されども、貴方の先輩であるウィルソン大統領は、その得意の絶頂において失脚したのです。
願わくば、本職の限外の意を汲んでその轍を踏むことがないように臨みます。
市丸海軍少将
★F-1支援戦闘機
http://i.imgur.com/FGjq9Ok.jpg
日本の三菱が1975年に開発した支援戦闘機。これに先立ち開発されたT-2高等練習機を元になっている。
迷彩模様の憎い奴。英仏共同開発のジャギュアのパクr・・・オマージュである。戦闘機と名前が付いているものの飛行特性が悪いため空戦は自殺行為。
作中では航空自衛隊から譲渡された航空警備隊機として登場。
★MiG-19
http://i.imgur.com/7eWd5bk.jpg
ソビエトのミグ設計局で1953年に開発された戦闘機。東側最初の実用超音速戦闘機。
のちにより高性能なSu-9などが実戦配備に就いたため、前線戦闘機(迎撃戦闘機)となる。作中ではソ連軍の戦闘機として登場
以下、エピローグになります
中途半端にSF&オカルトチックになるかと思いますが悪しからず。
-エピローグ-
2015年8月15日、長野県埴科郡松代町。
終戦からちょうど70年を迎えたこの歳、当地に存在する松代大本営の遺構で興味深い文献が見つかった。
終戦の1ヵ月前から工事の始まった賢所、即ち天皇家の所有する三種の神器を安置する場所の近くから発見されたそれには、当時松代大本営の建設のために発生したズリ(坑道を掘るにあたって排出される土砂)に関する奇妙な特性について記されていた。
そのズリは丁度皆神山の地下から排出されたものであり、そのズリの周りでは形容し難い不可思議な現象が多発したという。
当初、この松代大本営の建設にあたって、皇居はこの皆神山の地下に移転される予定であった。
周囲の山の中から特にこの皆神山が選ばれた理由は、日本神話との関連性が指摘されている。
その昔、皆神山は天の岩戸をこじ開けて天照大神を外に連れ出したことで知られる「手力男命」が、戸隠山から巨岩を運んで作った山という伝承があった。
三種の神器を始め、現人神である天皇を帝都から疎開させるに当たり、日本神話との関連性の深いこの山ほどうってつけの場所は無かったという訳である。
しかしながら、安山岩質の溶岩ドームであるこの山は周囲の他の山より地盤が脆く、皇居の移転計画は舞鶴山地下壕へと変更を余儀なくされた。
計画変更により、皆神山地下には備蓄庫が作られることが決定する。文献によると、その工事が始まってからすぐ、不可解な現象が起き始める。
1945年1月23日。
坑道掘削作業に従事中だった30代の朝鮮人労務者の男性1名が突如としてその姿を消した。付近で落盤や転落事故なども起きていなかったことから、当初は強制労働を嫌ったうえでの脱走と判断された。
だが、失踪から3日後の1月25日、その労務者は遠く離れた秋田県内で発見される。
これは、男性の身体に掘られていた刺青などの特徴から本人であることが確認されたものだが、発見された当時、男性の年齢は60歳程度に見えるまで身体の加齢が進んでいたという。
詳しい事情を聞こうにも、男性は既に正気を失っておりまともに会話ができる状態ではなかった。
不可思議な現象はさらに続く。
坑道が備蓄庫として使用されるようになってからしばらくが経つと、備蓄されていたはずの物資が消える事象が多発した。
当然、労務者による不正な持出が疑われたため見張りを設けたのだが、現象は一向に減る気配を見せない。
その後、坑道の一部埋戻しのために岩盤を切り崩したところ、岩盤の内部から消えたはずの物資が「発掘」されたのだ。
辺りの人間はこれを不気味がり、前線で死んでいった兵士達の幽霊の仕業ではないかという噂が立つほどだった。
ここまでなら単なる与太話・オカルトの類で済むのだが、この皆神山では他にも不可思議な現象がいくつか知られている。
山の中腹には岩戸神社という小さな神社が存在する。この神社は石棺のような小さな洞窟の中に存在し、その奥には大小の石が積み重ねられ石壁を形成している。
ここでは煙草の煙が岩の中に吸い込まれるという噂があり、実際に気流の調査を行ったところ、確かに洞窟の外から最奥部の壁面に向かって空気が流れていることが確認された。また、同じ場所では微弱ながら重力異常も検出されている。
さらに、電気抵抗探査を含めた各種地質調査の結果、この山には水源・水脈・地下水が存在しないことが確認されたものの、皆神山の北側の麓からは信州の名水の一つとして知られる「大日堂の清水」が湧き出ている。
戦後、このような不可思議な現象が確認されていることから、国内の学術機関をはじめ皆神山の地質等に関する詳細調査を要望する声は大きかった。
だが、既に地下壕は老朽化しており落盤の危険が大きく、山自体が文化財である故にこれを行えない現状が長く続いていた。
しかし、終戦から70年が経過した2015年。政府は戦争の記憶を風化させないためにも松代大本営の遺構の調査は有意義なものであるとし、一部遺構に関する発掘調査が許可された。先述の文献は、この調査により新たに発見されたものであった。
その文献を発見した研究チームは、長く立ち入ることのできなかった皆神山地下の地質サンプルを持ち帰る。
備蓄庫周辺の坑道は既に崩落や埋戻しによってその内部は確認できなかったものの、ここで採取されたサンプルからは驚愕の事実が発見された。
日本原子力研究所(原研)と理化学研究所(理研)が共同で研究・実験を行った結果、このサンプルにはこれまでに知られていない二種類の素粒子が含まれていることが分かったのだ。
この物質は微弱ながらも周囲の重力に影響を与えていたことから、素粒子物理学における仮説上の素粒子である重力子(グラビトン)と深い関連性を持つことが疑われた。
それを裏付けるように、これに対応する超対称性パートナーとしての超対称性粒子である重力微子(グラビティーノ)と思われる粒子も同時に発見されたのだ。
さらに研究を続けると、この物質は時空を超えてその先の物質に影響を及ぼす可能性があることが分かった。
ただし、影響を与えた先の変化についてはこちらから直接観測できるようなものではなく、量子テレポーテーションのようにそのうちの片方を観測することでもう一方の状態が確定するというものであるが。
もし、これが事実であるとすれば世界の物理学を揺るがしかねない大発見である。ことによると、「別次元」への干渉も可能となるかもしれない。
一部の大衆紙などはこれを大きく報じ、その動向は世界各国にも注目されたが、数か月後に研究チームによる「機器の精度不足に伴う誤検知であった」という理由のもと実験結果の撤回が行われると、その後急速にこの話題は忘れ去られていった。
だがこの時、日本は極秘裏に実験の継続を行っていたのだった。
当初、先の松代大本営での発掘調査では賢所内部の調査は許されていなかった。なんとなれば、ここは三種の神器が安置される予定だった聖域である。
宮内庁によりこの箇所の調査については決して行わないよう強く要請されていたのだ。
だが、この未曽有の大発見に伴い、時の内閣は極秘裏にこの箇所の調査を承認した。
その結果、封印されていた賢所からさらに複数の文献が発見されたのだ。
そこには、この物質の特性を用いたと思われる実験の様子やその結果などが詳細に記されていた。
実はこの粒子の存在については先の大戦時から、陸軍登戸研究所を始めとしてその作用についてかなりの研究が行われていた。
先の文献により、突如行方不明になった朝鮮人労務者や、岩盤から発掘された物資は、全てこの粒子を使った「次元移転」実験により生じたものであることが判明する。
日本政府は、この文献の解読と次元移転技術獲得のため「月読計画」という極秘のプロジェクトを発足し、研究を進めるとともに徹底的にこれを秘匿した。
大戦当時は完全な制御が難しかった次元移転技術も、播磨科学公園都市内に存在するSPring-8をはじめとした現在の科学力による研究の結果、何とかこれを確立することができた。
当然、CIAをはじめとする各国の諜報機関も日本このような動きは察知していたのだが、そのあまりに突拍子もない研究内容に却って信憑性を疑い興味を抱かなかったことも、この計画を秘匿するのに役立った。
こうして日本は次元移転の技術を獲得し、その技術を用いた他次元世界への干渉を行うこととなる。
サンプルとして2048576通りのパターンを検証した結果選ばれたのが、先の朝鮮戦争の発生しなかった次元の日本であった。
この目的は大量の人員・物資などを用いた大質量の次元移転、ならびに他次元世界において本次元では行えない実験を行う事だった。
つまり、この世界では許されていない日本の核実験を別次元で行い、原潜や弾道ミサイルなどといった核運用の技術を習得するというものである。
無論、この次元移転技術さえあれば核など無くても日本は他国に対し圧倒的なアドバンテージを得ることができると言える。だが、この技術はまさにオーバーテクノロジーであり、現時点で外部に向けて公開すべきものではない。
現実的な解釈として、まずは現代の技術に見合った「手段」を持つべきことが妥当であると、首脳部は判断を下した。
任務の秘匿性・重大性から、最初に次元移転される対象は自衛隊の幹部人員から選ばれることとなった。
そこで白羽の矢が立ったのが、航空自衛隊三等空佐である篠宮亘であった。
2020年1月21日。
篠宮空佐の駆るF-15Jが、小雪の舞い散る航空自衛隊小松基地を飛び立った。
曇天の日本海を飛行する中、篠宮機の次元跳躍が始まる。
搭載された重力子マスカーのスイッチが入れられると、機体はたちまち霧のようなものに包み込まれる。
一瞬にして視界が奪われ、機内の計器は目まぐるしく変動し始め、篠宮は一時的にバーティゴ(空間識失調)に陥る。
パイロットとして最も恐るべきその状況を、彼は精神力で捻じ伏せる。
数瞬後、機体を包んでいた霧が晴れると目の前には荒涼とした野原が広がっていた。そしてその先には、篠宮もよく知っている地形が目に入る。
「……これが60年前の入間か」
すぐさま篠宮はアプローチに入る。無線からはこちらの存在に気付いた管制塔から所属を確認する声が聞こえてくる。
その言葉に一言、彼は友軍機であることを日本語で伝えると、許可を得る前に滑走路へ降り立った。
予算不足のせいか、整備も満足に行えていないであろうその滑走路の表面はクラックの多い荒れた状態であり、タッチダウンと同時にそれは猛烈な振動となって篠宮に襲い掛かる。
数分後、機体を静止させた篠宮は基地の警備員に取り囲まれる。
「動くな!!両手を挙げて所属と姓名を名乗れ!!」
彼らはやつれた顔を強張らせながら、木製ストックが特徴的な小銃を篠宮に向ける。
「……私は、日本国航空自衛隊所属、篠宮三等空佐だ」
「航空自衛隊……?」
「三等空佐……将校か?航空自衛隊とは何か?我が国にそのような組織は存在しない」
向けられた銃口を降ろすことなく隊員たちは篠宮に詰め寄る。
「私は敵ではない。是非、この基地の司令である源田総監にお目にかかりたい。私は、貴方がたを救うためにここへやってきたのだ」
その後篠宮は連行され、彼の乗機は一度基地の格納庫内に運ばれた。
そして篠宮は未来世界……つまり元いた次元から持ち込んだ技術や情報を元に、源田を初めとしたこの世界の人間に自らの話の信憑性を持たせることに成功したのだった。
1960年代の日本に降り立ってから一週間後、篠宮は時の首相である岸信介総理の書簡を手に再び次元を跳躍し、元の次元へと帰還する。
そして彼は、2020年1月21日の跳躍から数秒後の同じ空域に舞い戻ってきた。傍から見れば、それは篠宮機がほんの一瞬だけ姿を消したようにしか見えなかっただろう。
これまでは量子もつれの状態を観測することにより、跳躍先で起きている事象を推測しているに過ぎなかったが、篠宮の初の跳躍成功により実際に転移先の次元を観測した人間が問題なく戻ってこれることが確認できた。
これを機に、月読計画における政府の新たな作戦が発動する。
その名も「Operation Far East Missile Range」、通称F.E.M.R.作戦。極東ミサイル実験場と名付けられたこの作戦は、先述の通り弾道ミサイルなどについて、別次元の日本において実証試験を行うというものであった。
選ばれた次元の日本は、史実と異なり米ソの2大国の間で生かさず殺さずの状態に置かれ疲弊しきっている。
我々がそこに救いの手を差し伸べるという名目で、その実は自らの軍事力向上のために利用するというのがこの作戦の骨子である。
……
それから数か月後。
F.E.M.R.作戦が終了し、月読計画に携わった人間全てに守秘義務が課せられ、特に主要な任務に就いた人物には政府の命により情報保全隊による監視がつけられた。
「……あの世界には、俺の祖父もいたはずなんだ」
テーブルの上のグラスを傾けながら篠宮三佐がポツリと呟いた。
「祖父は、戦中は海軍にいたらしい。戦後はそのまま海自に入ったんだが。俺の亘っていう名前は、祖父が付けてくれたんだそうだ」
亘という字には、ぐるりと巡る、端から端まで届くといった意味がある。それは、彼の祖父が遍く世界を見渡して欲しいという願いを込めてつけた名前だという。
F.E.M.R.作戦終了後、例の別次元世界は核大戦に陥ったという噂が関係者の間でまことしやかに流れていた。
「俺達の世界も、一歩間違えばああなっていてもおかしくなかった」
そう言って彼は、グラスの中の琥珀色の液体を飲み干す。
「……『あんなもの』、見つからなければよかったのにな」
静かに呟いた後、大きく溜め息をついた彼はそのままテーブルの上に突っ伏した。その様子を見て、隣に座っていた背広の男は席を後にする。
グラスの中に残された氷が、カラリと冷たげな音を立てて崩れ落ちた。
-Far East Missile Range 終-
乙 すげぇ面白かった
【用語解説】
★松代大本営
太平洋戦争末期、日本の国家中枢機能移転のために長野市松代地区の山中(象山、舞鶴山、皆神山の3箇所)に掘られた地下坑道。
移転対象には皇居も含まれていた。現在は象山地下壕のみ一般公開されている。作中では次元移転の基礎となる物質に関して記された文献が残されていた。
★皆神山
長野県長野市松代に存在する標高659mの溶岩ドーム。その特異な山体形状から「太古に作られた世界最大のピラミッド」という説が起こり信仰の対象となっている。
ちなみに"世紀末オカルト学院という作品の学校はこの山の山頂にあるらしい。マジかよ。
作中では次元移転の基礎となる物質が存在していた。
★陸軍登戸研究所
神奈川県川崎市多摩区生田にかつて存在した、大日本帝国陸軍の研究所。日本のマッドサイエンティスト達が築いた悪の秘密結社。嘘。
実際にここでは謀略やBC兵器、特攻兵器のような地味かつあまりイメージのよくない研究を中心に行っていた。代表作は怪力光線。
作中では戦時中に極秘裏に次元移転の研究を行っていた。
★グラビトン
素粒子物理学における四つの力のうちの重力相互作用を伝達する役目を担わせるために導入される仮説上の素粒子。あると思うけど見つからない未発見物質。重力はこの素粒子によって媒介されるとアインシュタインは言っていた。
超対称性がある場合、その超対称性パートナーとしてグラヴィティーノが存在するとされるが、当然こちらも未発見。
作中では皆神山の地下の地質サンプルから発見され、次元移転技術の基礎となっている。
★量子もつれ
2つの量子の間にあるもつれ(適当)。例えば量子Aと量子Bが量子もつれの関係にある場合、量子Aの状態が決定すると量子Bの状態も決定する。
つまりAがマイナスの時はBはプラス、またはその逆など。この効果に加えこれまでの古典的な情報伝達手段を組み合わせたのが量子テレポーテーションである。テレポーテーションといっても先述のように実際に物質が移動するわけでは無いので注意。
作中では、次元移転先での対象の状態を推測する際に同様の効果を利用していた。
★SPring-8
http://imgur.com/h4XyTxu
兵庫県の播磨科学公園都市内に位置する大型放射光施設。電子を加速・貯蔵するための加速器群と発生した放射光を利用するための実験施設および各種付属施設から成る。正式名称はSuper Photon ring-8。
この「8」は電子の最大加速エネルギーである8GeVから名づけられたものであり、建屋自体は「8」というよりむしろ「9」の形に近いと思うんですけど(画像参照)
作中では本施設での実験により重力子が発見された。
★ニュートリノ光速突破の誤報
2011年9月23日にCERN(欧州原子核研究機構)により観測したニュートリノが光速より速かったという実験結果が発表された。
事実であればアインシュタインの特殊相対性理論を覆す大発見であったが、再実験の結果実験用の光ケーブルの接続不良やニュートリノ検出器の精度が不十分だったことが判明。のちにこれを撤回する。作中の重力子発見の誤報のモデル。
★フィラデルフィア計画
1931年、ニコラ・テスラが設立したと言われるレインボー・プロジェクトの一環として行われたと噂になったステルス実験の都市伝説。
詳細は以下略。作中の次元移転実験のモデル。
★情報保全隊
自衛隊情報保全隊(Self Diffence Force Intelligence Security Command)のこと。自衛隊の防諜組織。防衛庁における情報保全能力の強化を目的に2003年にそれまでの陸海空の情報保全隊統合して設立された情報保全隊であったが、設立からわずか1年後の2004年に自衛官によるWinnyやらかしが多発したことで体制の不備を露呈。これはいけない。
近年では外国籍の配偶者をもつ自衛官の身辺調査もおこなっている。いわゆるハニトラ対策。日本のCIAやモサッドになる日は来るか。
作中ではF.E.M.R.作戦に従事した物の監視や「証拠隠滅」を行っている。
【以下、オリジナル要素】
★59式15.5cm防空高射砲
もう一つの日本が1959年に旧陸軍の五式十五糎高射砲を元に開発した高射砲。射程30km、最大射高20000m。
米国製のAN/FPS-28レーダーを組み合わせ対巡航ロケット用の都市防空用に使用。無論、対航空機用としても使用可能。
作中では開発期間が短かったため、初戦では故障が相次ぐなどの問題が見られた。
★SS-9 Rough
もう一つのソビエトで1950年代初頭に開発されたと思われる巡航ロケット。ソビエドでの正式名称はKh-2ビリュザー。
簡単なINS(慣性航法装置)による自律誘導機能を持ち、史実ではスカッドB型の性能に近い。
作中ではソ連軍の手によって大韓共和国内に持ち込まれたものが、日本に向けて発射された。
★AGM-82ロングスナッパー/RGM-82シースナッパー
もう一つのアメリカで1950年代後半に開発された長距離対地ミサイル。射程は凡そ850km。その弾体は小型機ほどの大きさがあり、B-36などの大型戦略爆撃機や、艦船から発射される。(後者はシースナッパーとよばれる)
愛称のロングスナッパーはアメフトにおけるポジションの一つ。作中では空中発射型が第1次、艦船発射型が第2次ラウンド・ザ・クロック作戦にそれぞれ使用された。
★AGM-22アルバトロス
もう一つのアメリカで1950年代に開発された空対地ミサイル。射程は凡そ200km。アルバトロスはアホウドリの意。翼と風を巧みに利用することで長距離を容易に飛ぶその様から名づけられた。
作中ではA-3スカイウォーリアーに搭載され、第2次ラウンド・ザ・クロック作戦で使用された。
★慧眼
未来日本からもう一つの日本に持ち込まれた情報収集衛星。光学センサ(超望遠デジタルカメラ)を搭載して画像を撮影する光学衛星と、合成開口レーダーによって画像を取得するレーダー衛星との2機を一組として運用される。
作中では全12機(6組)が軌道上に打ち上げられ、24時間365日世界のあらゆる場所を観測可能となっている。
★ながと型弾道弾搭載型戦略原潜
未来日本からもう一つの日本に持ち込まれた弾道弾搭載原子力潜水艦(SSBN)。数Mtクラスの核弾頭を搭載した弾道ミサイルを保持している。
その名称は旧海軍を象徴する戦艦であった「長門」より命名された。作中では「ながと」の他に「むつ」、「ひたち」の計三隻が就役している。
余談だが、通常空母や原潜などと言った戦力は、通常任務、訓練任務、修理・補修の3サイクルを常時運用するため、最低でも3隻ないと運用に支障を来す。
★Mk.7水中デコイ
もう一つのアメリカで開発された対魚雷欺瞞用の水中デコイ。詳細な描写はないが数Mtクラスとみられる核弾頭を搭載していたことから、かなりの大きさであることがうかがえる。
作中では米国による奇襲時に核魚雷として使用され、合同演習後横須賀に帰投中の海上警備隊艦隊を吹き飛ばした。
★月読計画
皆神山での重力子発見に伴い、次元移転技術の獲得を目指した日本政府の極秘計画。日本神話における月の神であるツクヨミの名を冠したこの計画は、各国諜報機関もその存在を掴んでいたものの、そのあまりに途方もない内容に半ば呆れかえり、逆に興味を示すことはなかったという。
作中ではこの計画の一冠として、F.E.M.R.作戦が実行される。
★F.E.M.R.作戦
「Operation Far East Missle Range」の頭文字を捩ったもの。月読計画の一環として次元移転技術の実証実験を行うとともに。もう一つの日本に核兵器などを持ち込み、その試験場にするという作戦。直訳すると「極東ミサイル実験場作戦」となる。
この作戦により核を得たもう一つの日本の軍事力は、結果的に核大戦の引き金を米ソに引かせてしまい、別次元における世界滅亡の遠因となってしまった。
以上です。
矛盾・誤字脱字等ありましたら適宜脳内変換ねがいます
>>248
ありがとナス!
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