ことり「大好き」 (372)

・百合です。苦手な方はご注意ください

・ことうみのような三角関係のようなそんな話です

・基本的に2年生組メインの話です。1、3年生の出番はほぼないと思ってください。後半真姫ちゃんだけちょっとあるかもってくらいです

・学生時代は作文が大の苦手だった人間の書く文章です。お察しください

こんな感じですが、1人でも多くの人の暇つぶしの助けになれば幸いです

今月中の完結を目指して頑張ります

よろしくお願いします

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「プロローグ」

鉄の鳥が、長い旅を終えて巣へと舞い降りる

そこから吐き出される人たちが、みんな足早に私の横を通り過ぎていく

親鳥が、口を開けて待っている小鳥のところへと帰るように

この人たちも、自分の帰りを待つ大切な人のところへと急いでいるのかもしれない

その人たちを横目に見ながら、私は彼女のことを考える

彼女は、まだ今でも私のことを待ってくれているだろうか

長い間1度も日本に帰らず、ずっと彼女のことを待たせ続けてしまった

そんな私に愛想をつかせていたとして、私に彼女を責める権利なんてないんだと思う

電話やメールで連絡を取り合ってはいたけれど、そういった話は私からも彼女からもしなかった

だから、そういう意味での彼女の現況を私は知らない

久しぶりに会った彼女に恋人がいたらどうしようと、私は内心気が気ではないのだ

だけどそんなことを思いながら、それでも私の足取りは軽い

心臓は鼓動を早め、顔は上気し、なんならるんるんとスキップしたくなるくらいに気分は高揚している

もうすぐ彼女に会える

そう思うだけで、私の頬は自然と緩くなってしまう

私だって、ずっと彼女に会いたいと思っていたんだ

それでも帰らなかったのは、きっと会ったらもう離れたくなくなってしまうから

だから私は、一人前になるまで決してここには帰らないと決めていた

大好きな彼女

確かに彼女が私を待ってくれているとは限らない

気が気じゃないってさっき言ったのだって本当のこと

彼女に巻いた鎖は、きっともう自力で解ける程に緩くなってしまっているだろうから

それでも、正直に言ってしまえば私には自信があった

彼女はきっと私を待ってくれている

私が彼女のところに帰るのを、それはもう大口を開けて

噫、私の可愛い小鳥

私は、あなたに会うために帰ってきたよ

「あの、私」

そして、再会する私と彼女

久しぶりに見た彼女は、私の記憶の彼女以上にとても綺麗な女性になっていた

彼女は顔を赤くして、だけどしっかりと私を見据えて口を開く

きっと、私に想いを伝えるために

「私は、あなたのことが」

彼女への返事は決まっている

彼女の言葉が終わったら、その細い体を力いっぱい抱きしめて、そしてその可愛らしい唇にキスをしよう

それ以上に、今の私の気持ちを彼女に伝える方法を思いつかない

恥ずかしがりやな彼女は、こんな人前でキスをされたら嫌がるかな

昔のように、口うるさく怒ったりするのかもしれない

だけど、ごめんね

あなたを目の前にして、私はもうこれ以上我慢できそうにはないから

彼女の反応を想像し、私は先に心の中で謝った

これから先、私は彼女と一生を共にする

それは決して簡単なことではないし、きっといろいろな困難がこの先待っている

結婚して、子供を産んで、そして誰かと家族になる、そんな普通の人生は望めない

子供は可愛くて好きだし、そんな生活にまったく憧れないというのは嘘になる

だけどそれでも私は、きっと後悔なんてしないんだろう

彼女なら、絶対に私を大切にしてくれる

私だって、彼女をずっと愛すると誓う

もう2度とあなたの傍を離れない

そうやって大好きな人と過ごす毎日が、幸せでないはずなんてないのだから

これはハッピーエンドで終わるラブノベルじゃない

私たちは今、そこに向かって歩いていく人生のプロローグにいるに過ぎないんだから

その結末はきっと神様にしかわからない

だからこれから始まるのは、そのスタート地点にたどり着くまでの話

毎日がキラキラと輝いていた、宝石のようなあの頃

そこにいたのは、私と彼女だけではない

大切な仲間達、そして、彼女と同じくらい大好きだったあの人

みんなそれぞれに自分だけの想いがあって、自分の人生があって

何か1つでも違ったら、きっとここに来ることは出来なかった

だからこれは、私と彼女のお話じゃない

これは、みんなで叶える物語

「南と園田」

希「海未ちゃん恋愛経験ないんやろ?」

海未「なんで決め付けるんですか!」

放課後、いつも通りアイドル研究部の部室に集まった私たち

その日はラブライブの最終予選に向けて新曲を作ろうって話になったんだけど……

そこで、μ'sにラブソングがないのは海未ちゃんに恋愛経験がないからだって話になって、海未ちゃんはすごく動揺していた

でも確かに、改めて考えてみると私たちにラブソングはなかったなーって今更気付く

そういえば海未ちゃん、恋愛の話とかすごく苦手だしね

花陽「あるの!?」

凛「あるにゃ!?」

にこ「あるの!?」

海未「なんであなた達まで!?」

他のみんなも身を乗り出してきて、どんどんと追い詰められていく海未ちゃん

にこ「どうなの!?」

花陽「あるの!?」

凛「あるにゃ!?」

穂乃果「海ちゃん答えて!どっち!?」

ことり「海未ちゃん……」

海未「そ、それは……」

そこで海未ちゃんは言葉に詰まる

私も、流石にこれ以上聞くのは可哀想かなって思い始めた、そんな時

海未「あ、あります……」

ことり「え?」

海未「私にだって恋愛経験くらいあります!」

海未ちゃんの言葉に、部室内がシーンと静まり返る

「「「「ええええええ!!!」」」」

そして次の瞬間には、みんなの驚き声の大合唱が巻き起こった

穂乃果「うそうそ本当に!?私全然知らなかったよ!なんで教えてくれなかったの!?」

にこ「ちょっと!アイドルは恋愛厳禁よ!今まで恋愛絡みで何人のアイドルが炎上してきたか!」

真姫「……別にいいじゃない、私たちは本当のアイドルってわけでもないんだし」

凛「すごいなー、海未ちゃん大人だにゃあ」

花陽「と、ということは海未ちゃんはもうデートとかキスとか、もしかしたらその先まで!」

みんなそれぞれいろいろ言ったりしてて、部室内は大騒ぎ

でも、私もすごくびっくりしてる

海未ちゃんとは小さい頃からずっと一緒だったのに、いつの間にそんな人が出来てたんだろう

穂乃果「海未ちゃん!」

海未「はい!?」

穂乃果「相手は誰!?その人とは今も付き合ってるの!?」

海未「え!?あ、いえ違います!そうじゃありません!」

海未ちゃんは驚いたような表情をしたあと、両手を顔の前で大げさに振る

海未「恋人はいません!いたこともありません!」

穂乃果「え?でもさっき」

海未「あ、あれはそういう意味ではなくて……」

そこで海未ちゃんはすこし口ごもる

みんなの視線が集まって恥ずかしいのか、顔を少し俯けているから表情をよく見えなかったけど

でも、海未ちゃんの長い髪から覗いた耳は、それはもう真っ赤な色に染まっていた

海未「その……ただ好きな人がいるということでして……」

その海未ちゃんの言葉で、色めき立っていた空気が一気に緩む

私も少し安心した

海未ちゃんに恋人がいるならそれはいいことだけど、でもやっぱりどこか少し寂しいって思う気持ちもあるんだと思う

穂乃果「もう!驚かせないでよ海未ちゃん!」

にこ「ふ、ふん。どうせそんなことだろうとにこは思ってたけどね」

真姫「にこちゃんあんなに焦ってたじゃない」

凛「凛はかよちんのことが好きだよ!」

花陽「り、凛ちゃん。嬉しいけど、そういうことじゃないと思うよ」

絵里「まあ、確かに誰かに恋をしているのなら恋愛経験があると言えなくもないかもしれないわね」

希「でも海未ちゃんにも好きな人とかいるんやね。うちちょっと意外かも」

海未「うう……どうして私がこんな目に……」

ことり「あはは……」

膝を折ってうなだれる海未ちゃんの頭を撫でながら、私はちょっと考える

海未ちゃんは昔から恋愛の話が苦手で、そういう話題になるとすぐに動揺してしまう

それは今も同じで、そして海未ちゃんは今まで絶対に自分の好きな人なんて教えてはくれなかった

なにを聞かれても、いつも「知りません!」の一点張り

だから今日、海未ちゃんが好きな人がいるって言ったことが私には少し意外だった

まあ、みんなに迫られてつい口が滑っちゃっただけかもしれないけど

でももしかしたら、海未ちゃんの中でなにか心境の変化でもあったのかもしれない

本当のところはわからないけれど、あの海未ちゃんに好きな人がいる

それを知った私は、その海未ちゃんの恋がどうかうまくいきますようにって、そんなことを思ったの

穂乃果「いや、やっぱり好きな人がいるってだけでもびっくりだよ!」

海未「もうその話はやめてください……」

μ'sの練習が終わる頃には、オレンジ色の太陽も随分低いところまで降りてきていた

最近は気温もどんどん低くなってきて、もう冬になったんだなーなんて事を実感する

そんな寒空の下、私と海未ちゃんと穂乃果ちゃんの3人はおしゃべりをしながらもう通い慣れた帰り道を歩く

今日の話題はやっぱり海未ちゃんについて

部室では練習もあって詳しく聞けなかったから、穂乃果ちゃんは話の続きがしたかったみたい

穂乃果「だって私、海未ちゃんが男の子と話してるのなんてほとんど見たことないよ。なのにいつの間にそんな人が出来てたの?」

確かに私も海未ちゃんが男の子と一緒にいるのは全然見たことがなかった

海未ちゃんは元々人見知りする子供だったけど、男の子の事は特に苦手にしていた気がする

だから穂乃果ちゃんがそう思うのも当然のことだと思う

だけど、海未ちゃんの好きな人か

正直に言えば、私には心当たりが1人だけ無くもないけれど

うーん、どうだろう

いくら男の子が苦手な海未ちゃんでも、さすがにそれはないのかなあとも思うし

穂乃果「ことりちゃんは誰だがわかる?」

ことり「ううん、私もわからないかな」

穂乃果ちゃんに聞かれてとりあえず私はそう答える

こんな話、穂乃果ちゃんには言えないもんね

穂乃果「海未ちゃん!」

海未「お断りします」

穂乃果ちゃんの呼びかけに間髪を容れずに返す海未ちゃん

穂乃果「ちょっと!私まだ何も言ってないよ!」

海未「どうせ相手を教えてって言うつもりでしょう。絶対に教えません」

穂乃果「なんで!?いいじゃん海未ちゃんのけちんぼ!」

海未「けちで結構です」

穂乃果「うう……。ことりちゃん、お願い!」

ことり「海未ちゃぁん……」

穂乃果ちゃんに頼まれて、私は得意の技を披露する

目を潤ませて少し泣きそうな表情で、でもとびきり可愛くお願いするの

海未「うっ……。穂乃果、ことりに頼むなんて卑怯です!」

穂乃果「ふふん。海未ちゃんがことりちゃんに弱いことはわかってるよ。とどめだよことりちゃん!」

ことり「海未ちゃん……おねがぁい!」

海未「なっ!」

いつもなら海未ちゃんはだいたいこれでおとせちゃう

分かっててするなんてちょっと酷いかなとは思うけど

でも海未ちゃんの反応が可愛いから、ついついいじりたくなっちゃうんだよね

海未「……わ」

ことり「ん?」

海未「私が好きなのは……」

穂乃果「おお!」

穂乃果ちゃんは目を輝かせて、海未ちゃんのことを見る

海未ちゃんは顔を俯けて、今にも消えちゃいそうな小さな声で

海未「好きなのは……」

そして一瞬、海未ちゃんの目が私の方をちらりと見た……ような気がした

海未「やっぱり駄目です!言えません!」

穂乃果「ああ!あとちょっとだったのに!」

やっぱりというか、耐えられなくなった海未ちゃんは直前で言うのをやめてしまって、結局私たちはその答えを知ることは出来なかった

穂乃果ちゃんは悔しがっていたけれど、しょうがないよね

海未ちゃんはすごく頑張ったと私は思うよ

穂乃果「ことりちゃんでもダメだなんて。手強いね」

ことり「穂乃果ちゃん、これ以上は海未ちゃんが可哀想だよ」

次はどうしようかなんて考えてる風な穂乃果ちゃんに私は言う

ことり「誰にだって言いたくないことってあると思うし。ね、海未ちゃん」

海未「ことり……」

穂乃果「そっか……。そうだよね。ごめんね海未ちゃん、無理に聞き出そうとして」

少し反省したように、穂乃果ちゃんが海未ちゃんに謝る

私もそれに倣って、穂乃果ちゃんの後につづく

ことり「私もごめんね。ちょっと悪乗りしすぎちゃった」

海未「いえ、そんな。謝らないでください」

穂乃果「怒ってない?」

海未「怒ってないです。穂乃果のわがままなんていつもの事じゃないですか」

穂乃果「えー!私そんなわがままなんて言ってないよ!ねえことりちゃん?」

ことり「あ、あはは……」

返答に困った私は苦笑いを返す

だけど、別にいいんだよ

私も海未ちゃんも、そうやって私たちを振り回して、そして引っ張ってくれる穂乃果ちゃんの事が大好きだから

こんなこと言ったらまた海未ちゃんに「ことりは穂乃果に甘すぎます」なんて言われちゃうかもしれないけどね

穂乃果「もう、騒いだらお腹すいちゃったよ。2人共、ちょっとコンビニ寄ってもいい?」

道の先にコンビニを見つけて、穂乃果ちゃんがそれを指さしながら言う

穂乃果ちゃん、たしか練習前もパン食べてたと思ったけど

よく食べるなーって少し感心してしまう

海未「穂乃果、買い食いはよくないですよ。それに家に帰ったら晩ご飯でしょう?」

穂乃果「ちょっとだけだから大丈夫だよ。ねっ?」

海未「はあ……。私は外で待ってますから早く行ってきてください」

穂乃果「ありがとう!ことりちゃんは?」

ことり「私も外で待ってるね」

私がそう言うと、穂乃果ちゃんは「すぐ買ってくるから」って言ってコンビニの中に入っていった

私と海未ちゃんは二人並んで外で穂乃果ちゃんが戻ってくるのを待つことにする

ちらりと隣の海未ちゃんの方に目を向けると、海未ちゃんは落ち着かなさげな様子で手を前で組んだり前髪をいじったりしていた
私の視線に気付いたのか、海未ちゃんと目があった

笑いかけると、海未ちゃんは慌てたようにまた前を向いてしまった

私はそんな海未ちゃんの横顔に話しかける

ことり「今日は大変だったね、海未ちゃん」

海未ちゃんは相変わらず前を向いたままで、だけど私に応えを返す

海未「他人ごとみたいに。ことりも一緒になってからかってたじゃないですか」

ことり「別にからかってたわけじゃないんだけど、ごめんね」

海未「いえ……」

それだけ言って黙り込んでしまった海未ちゃん

あれ、もしかしてやっぱり怒ってるのかな

いつもより口数の少なめな海未ちゃんに、私はそんな不安を覚える

海未「……子供の頃からなんです」

ことり「え?」

なんて声をかけようか私が考えていると、不意に海未ちゃんが口を開いた

海未「子供の頃から、ずっとその人のことが好きでした。もっとも、その頃はそれがどういう好きかなんて分かっていなかったのですが」

海未ちゃんの語りに私は目を丸くする

海未ちゃんが自分からこんな話をするなんて、本当にどうしたんだろう

しかも、子供の頃からって

それってもう、ほとんど答えを言ってしまってるようなものな気がする

でも、そっか

海未ちゃんは、やっぱり穂乃果のことが好きなんだ

海未「それが恋だと気付いてからも、私は今の関係がとても心地よくて、それ以上の関係になりたいなんて考えたこともありませんでした。ですが……」

海未ちゃんはそこで言葉を区切って、もう暗くなった空を見上げた

私もつられて顔を上に向けてみる

そこは一面満天の星空、なんてそんなことは全然なくて、都会の明かりにも負けそうな小さな光がポツポツと見えるだけ

そんな夜空を見つめる海未ちゃんは、どこか寂しげな表情をしていた

ことり「……告白とか、したりしないの?」

思いきって、気になったことを聞いてみた

そしたら海未ちゃんはすごくあたふたして、目が回っちゃうんじゃないかって心配になるくらいの勢いで首を横に振った

海未「こ、告白なんてそんなこと出来ません!……今は、まだ」

ことり「今は?」

海未「わ、私だって、いつまでも恋愛が苦手でいいなんて思ってないんです。ちゃんと、恋に臆病な自分から卒業したい」

恥ずかしそうに、でもしっかりとした決意を持って私にそう話してくれた海未ちゃんの顔は

海未「好きな人に、好きだと言える自分になりたいんです」

普段大人びてる海未ちゃんとは違う、ただの16歳の、恋する女の子の顔だった

ことり「そっか。海未ちゃんありがとう。私にそんな話をしてくれて」

海未「だ、誰にも言わないでくださいね」

ことり「言うわけないよ」

うん、言うわけない

あの海未ちゃんが、私にだけ聞かせてくれたことだもん

それがすごく嬉しくて、他の人には絶対に教えてあげないの

ことり「海未ちゃん、すっごく可愛い」

海未「へっ!?な、なんですかいきなり!?」

ああ、本当に可愛いなあ海未ちゃん

こんな海未ちゃんに好きだと思われてる穂乃果ちゃんは、たぶん世界一の幸せ者じゃないかな

もちろん穂乃果ちゃんの気持ちだって大事だし、もしかしたら残念な結果になっちゃうかもしれないけど

でも穂乃果ちゃんだって海未ちゃんのことは大好きなはずだから

きっと悪いことにはならないって、私はそう信じたい

ことり「ねえ、海未ちゃん」

私は海未ちゃんの手をとる

急に手を取られてびっくりしたのか、海未ちゃんは目を大きく開いて私のことを見た

ことり「また話したいこととか、相談したいことがあったらいつでも言ってね。海未ちゃんのこと応援するし、出来ることはなんでも手伝うから」

海未「ことり……」

握った海未ちゃんの手から、海未ちゃんの体温を感じる

寒くなってきたからかな、海未ちゃんの手は少し熱くなってて

心なしか、ほっぺたも少し赤く見えた

海未「ありがとうございます、ことり」

そう言って、海未ちゃんは少し笑った

海未「そうですね。いつか私がもう少し勇気を持つことができたなら。その時は、私の話を聞いてもらえますか?」

ことり「うん」

その日を、私は楽しみに待っていよう

海未ちゃんが前に進む手助けが私に出来るなら、それはとっても素敵なことだと思うから

海未「……私ばっかり話してずるいです」

海未ちゃんは私の手を握ったまま、少し拗ねたような表情を私に向ける

海未「ことりはどうなんですか?」

ことり「私?」

海未「ことりは、その……」

海未ちゃんはそこで躊躇うような素振りを一瞬見せて、そして私に問いかけた

海未「す、好きな人って……いるんてすか?」

海未ちゃんの不意打ちに、一瞬息が止まりそうになる

私の、好きな人

恋をしている対象

その人のことを考えると胸が熱くなって、その人に触れたい、キスをしたい、恋人になりたいと思うような、そんな相手

それは海未ちゃんにとっての穂乃果ちゃんで

そして、私にとっては

ことり「……いないよ」

海未ちゃんの質問に私はそう答える

それを聞いた海未ちゃんは、目を細めて私のことを見た

海未「……本当に?」

ことり「うん。やっぱり変かな?この歳になって初恋もまだなんて」

海未「い、いえ!そんなことありません!」

海未ちゃんは慌てたように否定する

なんか、今日の海未ちゃんはちょっと変かも

なんかすごくあたふたして、ちょっと挙動不審みたいな感じ

でもそんな海未ちゃんがなんだか可笑しくて、私はつい笑ってしまった

海未「でもそうですか。ことりには好きな人はいないんですね。よかった」

ことり「え?」

海未「あっ、いえ!ち、違います!今のは」

穂乃果「何の話してるの?」

海未「きゃっ!!」

後ろから急に声をかけられた海未ちゃんが悲鳴をあげる

反射的に振り向いた海未ちゃんは、穂乃果ちゃんを見て一瞬ホッとしたあとすぐに怒ったような顔になった

海未「ほ、穂乃果!驚かさないでください!」

穂乃果「びっくりしたのはこっちだよ!海未ちゃん急に大声出すんだもん!」

ことり「お帰り穂乃果ちゃん」

穂乃果「ただいまーことりちゃん」

私が手を振ると穂乃果ちゃんも手を振り返してくれた

その穂乃果ちゃんの手では、ミニサイズのレジ袋がゆらゆら揺れている

海未「というか、戻ってくるのが遅すぎです!」

穂乃果「へへー、ごめんごめん。何を買うか迷っちゃってさー」

ことり「何を買ったの?」

穂乃果「じゃじゃん!これだよ!」

穂乃果ちゃんは持っていたレジ袋に手を入れて、少し大袈裟な仕草で中身を取り出す

海未「って、いつものランチパックじゃないですか」

穂乃果「いやー、結局これに落ち着くんだよね」

そしてそのまま封を開け、それを一口かじる

穂乃果「うん、今日もパンがうまい」

海未「穂乃果、歩きながら食べるなんて行儀が悪いですよ」

穂乃果「ちょっとくらいいじゃん。ねーことりちゃん」

ことり「うーん、まあちょっとくらいなら」

海未「ことりは穂乃果に甘すぎます!」

そんないつも通りのやりとりを交わしながら、私たちは再び歩き出す

ふと、いつかこんな関係も終わる時が来るのだろうかと、なぜだかそんなことを唐突に思った

穂乃果「2人ともまた明日ね」

ことり「バイバイ穂乃果ちゃん」

海未「車に気をつけてくださいね」

穂乃果「もう!私そんな子供じゃないってば!」

いつもの解散場所まで来た私たちは、今日もいつものようにここで別れる

遠ざかる穂乃果ちゃんは時折後ろを振り向いて、私たちに手を振ってくる

私もすぐに手を振り返して、その姿が見えなくなるまで穂乃果ちゃんのことを見ていた

ことり「海未ちゃんもバイバイ」

海未「ええ」

穂乃果ちゃんを見送った私たちは、それぞれ自分の家に向かって歩き出す

海未「ことり!」

でもすぐに、海未ちゃんの声が私の足を止めた

ことり「なに、海未ちゃん?」

海未「あの、その……」

何か言いたそうな海未ちゃんの唇がぷるぷると震えている

目も上下左右忙しそうに動いていて、見てるこっちがなにか不安になってくるくらい

心配になって話しかけようかと思った時、海未ちゃんが静かに口を開ける

海未「明後日の日曜日なんですけど……ことりにはなにか予定はありますか?」

ことり「日曜日?」

私は頭の中で少し考えてみる

日曜日は一応、次のライブの衣装を考えようかなって思ってたんだけど

でもこういう風に聞いてくるってことは、きっとなにか用事でもあるってことだよね

最終予選までまだ時間はあるし、一日くらい平気かな

ことり「特に何もないよ」

海未「でしたら、その……。い、一緒にどこか遊びに出かけませんか?」

何の用事なのかなって思っていたら、遊びのお誘いだったみたい

なんであんな言いにくそうにしてたのかなって思ったけど、そういえば海未ちゃんから遊ぼうって言い出すのって珍しいかも

そんなの気にしなくていいのにね

ことり「うん、私は大丈夫だよ」

海未「ほ、本当ですか!?」

私の返事を聞いた海未ちゃんは、さっきまでの恥ずかしそうな表情から一転して少女のような可愛い笑顔を私に見せてくれる

そんなに遊びたかったのかな?

もしかして行きたいところでもあるのかもしれない

なんにしても、海未ちゃんが喜んでくれるのは私も嬉しい

海未「では日曜日、楽しみにしています」

ことり「うん、私も。じゃあまたね」

海未「ええ、ごきげんよう」

今度こそ別れた私達

今日は今まで知らなかった海未ちゃんの事を知ることができて嬉しかったな

ことり「あ、そういえば」

日曜日のこと、海未ちゃんから穂乃果ちゃんに連絡してくれるのかな?

聞くの忘れちゃったけどどうしよう

うーん、まあいっか

一応後で穂乃果ちゃんの携帯にメールいれておこうっと

そうだ、日曜日はさり気なく海未ちゃんと穂乃果ちゃんを2人きりに出来ないかな

それで、海未ちゃんの恋がほんの少しでもいいから前進してくれたらいいな

そんな事を考えながら、私は帰り道を1人で歩いた

うん、私は大丈夫

2人が幸せになってくれるなら、私もそれだけで幸せだから

親友の海未ちゃんの為ならば、好きな人を諦めるくらい、きっとなんでもないことなんだ

だから、これでいいんだよね

ねえ、穂乃果ちゃん

「青い恋」

海未「ああああああああああああああ!」

昔の趣を感じさせる古い屋敷の、庭に面した廊下の端にある一室

そこには、畳の上に敷かれた布団にもぐり、枕に顔をうずめ、大声で奇声をあげている一人の少女がいました

というか、私のことなんですけども

海未「私は、なんということを……」

今日のことを思い出し、また枕に顔をうずめては足をばたつかせる

家に帰ってから何回これを繰り返したでしょうか

さっき母に部屋を覗かれた時の顔から察するに、今の私はきっと相当おかしく見えているでしょう

私は暴れている両足をなんとか抑えて、恥ずかしさから真っ赤になっているであろう顔は枕からあげずに、小声でその人の名前をつぶやきます

海未「ことり……」

ことりのことを考えると、顔が熱くなって、心臓が鼓動を速めて、苦しくて、そして幸せな気分になります

一体この気持ちは何なのでしょうか

なんてそんな自問をするまでもなく、本当は答えなんて最初からわかっているんです

それでも問いかけずにいられないのは、きっと違う答えを探していたから

ですかいくら探しても、そんなものを見つけることはできませんでした

私はことりに友達以上の感情を抱いています

幼馴染の、しかも同性の女の子を相手に

子供の頃、穂乃果達が遊んでいるのを初めて見た時から

これが一目惚れというものなのでしょうか

初めてことりの事を見た時は驚いたものです

だってその子は、今まで見たこともないくらい可愛かった

小さい頃好きだったテレビアニメのヒロインや、密かに憧れていたアイドルよりもずっと

いつもみんなの中心にいて、私の手を取りどこまでも連れて行ってくれる穂乃果を王子様のようだと例えるなら

そう、彼女はまるで御伽の国のお姫様

そして私が恋をしたのは、王子様ではなくお姫様の方だったんです

私たち3人はいつも一緒でした

気持ちの形は違いますが、私は穂乃果のことだってことりと同じくらい大好きなんですから

こんなこと、穂乃果には絶対言えませんけどね

私は3人で過ごす時間が楽しくて、大好きで、ただ一緒にいられるだけで幸せで

ですから、ことりに気持ちを伝えようだなんて考えたことはありませんでした

ですが、最近思ってしまうんです

永遠に変わらないものなんてない

私たちもいつまでも一緒にいることなんて出来ない

そしてその時は、もう遠くないところまで迫っているのかもしれないということを

……やめましょう、こんな事を考えるのは

私は暗くなりそうになる考えを頭の隅に追いやります

私には他に、考えなくてはいけない重要なことがあるのですから

海未「ことりをデートに誘ってしまいました……」

ああ、私はなんてことをしたのでしょうか

高揚していた気分とその場の雰囲気に押されてつい誘ってしまったものの、家に帰り冷静になるにつれて自分のしたことの大胆さに自分で驚くばかりです

それだけでなく、今日の私はとんでもないことをことりに言っていた気がします

あ、あれではまるで……

海未「ことりのことが好きだと言っているようなものじゃないですか……」

やはり、ことりに気付かれてしまったでしょうか?

もしそうだとすれば、私はこれからどうやってことりと接すればいいのでしょう……

確かにいつかことりに私の気持ちを伝えたいと思ってはいますが、それはもっとこう、ちゃんとしたシチュエーションでといいますか……

例えば、そうですね

海未『ファンのみんなー、応援ありがとー!今日はこの場を借りて、ことりに伝えたいことがあるの!みんな、私に勇気をちょうだい!』

海未『ことり!私をあなたの、あなただけのアイドルにして!』

ことり『海未ちゃん、嬉しい!海未ちゃんのラブアローシュートで私のハートは射抜かれちゃったよ!』

海未『ことり!愛してる!』

ことり『私も!海未ちゃん!』

……ってなんでですか!

何を考えているのですか私は!

ああもう、そうではなくてですね……

そもそも、こんなことになったのは希のせいです

希が部室で変なことを言わなければ

……いえ、そうではありませんね

希に恋愛経験を聞かれて、私は好きな人がいると答えた

でも私は、そこで否定することだって出来たはずです

実際、それまでの私はずっとそうしてきたのですから

それでも私が正直に答えたのは、ほんの少しでいい、臆病な私が一歩を踏み出すきっかけになればという気持ちがどこかにあったからなんだと思います

希を責めるのはお門違いというものです

むしろ海未、あなたは自分で前に進みたいと決めたのでしょう?

これはチャンスなんです

明後日のデート、そこで勇気を出してことりに告白して、ことりと恋人に……

海未「ことりと……恋人?」

ことり『海未ちゃん、このパフェすごく美味しいよ。はい、あーん』

ことり『えへへ、恋人つなぎしちゃったね海未ちゃん』

ことり『ねえ海未ちゃん。キス、してほしいな』

ことり『私、初めてだから……。優しくしてね、海未ちゃん』

ぼんっ!と、頭で何かが爆発する音が聞こえました

海未「むむむむ無理です!恥ずかしすぎます!」

……まあ、人間そんなすぐには変われませんよね

とりあえず明後日は余計なことは考えず、ことりとのデートを楽しむことにしましょう

ドキドキと高鳴る心臓はそのままに、私は部屋の明かりを消します

そして、明後日のことをあれこれ考えながら私は眠りにつきました

願わくば、ことりとのデートが素晴らしい1日になりますように

そう、思っていたのですが

穂乃果「お待たせー!ごめん、待った?」

ことり「ううん、私たちも今来たところだよ。ね、海未ちゃん」

海未「え、ええ。そうですね」

本当は私は30分前から待っていたのですが、動揺していて反論するどころではありませんでした

どうしてここに穂乃果が……

穂乃果「ところで今日はどこ行こっか?」

ことり「うーん、特には決めてないけど」

穂乃果「じゃあさ、私ちょっと行きたいところがあるんだけどいいかな?」

ことり「うん、もちろん」

2人の会話を耳の端で聞きながら、私は必死に心を落ち着かせるように努めました

そして、穂乃果が少し離れたのを見計らってことりに小声で話しかけます

海未「ことり」

ことり「なに、海未ちゃん?」

海未「これはどういうことですか?」

ことり「え?どういうことってなにが?」

何を言っているのかわからないというようなことりの表情に、私はますます混乱してしまいます

私は穂乃果に連絡していませんから、ことりが誘ったのはおそらく間違いないでしょう

ことりは私と2人で遊ぶのは嫌だったということでしょうか

せっかく2人で出かけようと言ったのに……

と、そこまで考えたところで私は気づきました

私はあの時なんて言ってことりを誘ったでしょうか

一緒に遊びに行きたいとは言いました

でも、2人でとは言っていないような……

私は、自分の中で張り詰めていた空気が一気に抜けていくのを感じました

つまりは、実際にはことりに何も伝わっていなかったということですか

私1人だけがデートのつもりで盛り上がっていたと

海未「ふ、ふふふふふ」

ことり「う、海未ちゃん?」

突然笑いだした私をことりが心配そうな目つきで見つめています

でも、仕方ないじゃないですか

こんなの笑わずにはいられません

私は今日、一番のお気に入りの服を着て、どこに遊びに行くかも念入りに決めて、どんな話題を話そうかなんてことも事前に考えてきました

そして、とても緊張してほとんど眠る事も出来ずに今日という日を迎えたというのに

もう本当に私は

海未「ふふっ。馬鹿ですね」

ことり「え?」

穂乃果「何やってるのー!早く行こうよー」

海未「なんでもありません!さあ行きましょうことり。早くしないと穂乃果に置いていかれてしまいますよ」

ことり「あ、うん。待ってー穂乃果ちゃん」

不思議です

さっきまであれほど緊張していたのが嘘のように私の心は落ち着いています

デートがうまくいってほしいと思うあまり、きっと気負いすぎていたんですね

今思えば、そんな状態でことりとのデートに臨んでもきっとうまくいかなかったでしょう

緊張して何を話せばいいかもわからなくなって、ことりにつまらない思いをさせてしまったかもしれません

だから案外今日はこれで良かったのだと思います

穂乃果「遅いよ2人共」

海未「遅刻してきた穂乃果に言われたくありません」

穂乃果「うっ……。ほ、ほんのちょっとだけじゃん!」

私の言葉に少しふくれてみせる穂乃果

穂乃果の顔を見ていたら、いろいろと悩んでいた自分が馬鹿らしく思えてきます

きっとあなたなら、私みたいに考え込んだりしないのでしょうね

いつもの天真爛漫なあなたのままで、相手を明るく楽しい気分にさせてしまう

私は、そんな穂乃果にずっと憧れていたんです

だから私もあなたのようになりたい

飾らず素直な自分のままで、ことりに向き合えるようになりたいです

今日は穂乃果の顔が見れてよかった

ありがとうございます、穂乃果

ことりとのデートがまたの機会になってしまったのはほんの少し残念ですが

それでも今日は、とても楽しい休日になりそうです

穂乃果「いやー、今日は楽しかったね」

海未「ええ、そうですね」

ことり「また遊びに来ようね」

楽しい時間というのは本当にあっという間ですね

気がついた時にはあたりはもうだいぶ薄暗くなっていて、そろそろ帰る時間がであることを私達に知らせていました

穂乃果「可愛い服も買えたし満足満足。選んでくれてありがとねことりちゃん」

ことり「喜んでもらえたなら私も嬉しい。2人共すっごく似合ってて可愛かったよ」

海未「ですがあれは……私には似合わないのでは……」

ことりのセンスを疑うわけではありませんが、ことりが私に選んでくれたのは膝が見えてしまうような短いスカート

普段の私服でそういうものを履くことのない私にはかなり抵抗があります

というかあんなに短かったら、その、見えてしまうじゃないですか!

破廉恥です!恥ずかしすぎます!

ことり「そんなことないよ!海未ちゃん足が細くて綺麗なんだもん、すっごく似合うよ」

海未「そ、そうでしょうか」

穂乃果「そうだよ。私と足交換してほしいくらいなのに」

海未「穂乃果は少し食べるのを控えるべきです」

そんな会話をしながら歩く私達

楽しかった今日が名残惜しくて、自然と私たちの歩幅は普段よりも小さいものになっていました

そして同時に考えてしまいます

私達はあと何回、こうやって一緒に遊ぶことができるのでしょうか

ことり「あっ!」

突然声をあげたことりは、申し訳そうな顔を私達に向けます

ことり「ごめん2人とも。私これからアルバイト先に行かなきゃいけないの」

穂乃果「バイト先って、あのメイド喫茶?」

ことり「うん。シフトの話があるからって言われてたの忘れてて」

ことりは秋葉原にあるメイド喫茶でアルバイトをしています

μ'sの練習などでなかなか難しいようですが、それでも時間のあるときはお店に出て働いているんです

海未「終わるまで待っていますよ」

ことり「ううん。お仕事の話もあるし、時間がかかっちゃうかもしれないから先に帰ってて」

海未「ですが」

ことり「お願い、ね?」

静かだけど有無を言わせないようなことりの言葉に、私は何も言えなくなってしまいます

本当は一緒に帰りたいですが、ことりがそう言うのでは仕方ありません

穂乃果「わかった。じゃあ先に帰ってるねことりちゃん」

海未「ことりも気をつけて帰ってくださいね。夜道は危ないですから」

ことり「うん、心配してくれてありがとうね海未ちゃん。それじゃバイバイ」

笑顔で手を振ることりに私と穂乃果も応えるように手を振り返して、ことりとはそこで別れました

気のせいでしょうか、その時に見たことりの笑顔

私はその笑顔に、違和感というか、なにか言いようのない不安を感じたんです

穂乃果「今年ももうすぐ終わりだね」

隣を歩く穂乃果のそんな言葉

口から吐く息は白く染まり、嫌でも1年の終わりを感じさせる季節になっていました

海未「そうてすね。その前には最終予選もありますし」

穂乃果「頑張ろうね、海未ちゃん」

穂乃果が横で気合を入れます

穂乃果「最終予選を突破して、ラブライブも優勝して。絵里ちゃん達の思い出に残るような最高のライブにしよう」

海未「ええ、絶対に優勝しましょう」

私だって気持ちは同じです

絵里達3年生は、来年の3月で学校を卒業します

これはどうしようもないことで、いくら寂しいと思ったところで絶対に訪れる別れ

私達にできることは、絵里達に悔いなく卒業してもらえるように頑張ることくらいてすから

私の言葉を聞いた穂乃果がニヤリと意地の悪い笑顔を私に向けます

穂乃果「その為には、海未ちゃんに新曲のラブソングの作詞を頑張ってもらわないとねー」

海未「わ、私だけですか!?穂乃果達もアイデアを出すんですよ!」

穂乃果「アハハ、冗談だよ海未ちゃん。みんなで考えていい歌詞作ろうね」

そうやって楽しげに笑う穂乃果

そんな穂乃果に私は仕返しとばかりに言い返します

海未「穂乃果こそ分かっているんですか?絵里達が卒業した後は私達が最上級生になるんですよ。今まで以上に後輩のお手本になるような行動をしなくてはなりません」

穂乃果「うっ……」

海未「特に穂乃果は生徒会長なんですから、生徒の代表としての自覚を持ってですね」

穂乃果「もう!お説教はやめてよー!」

私の言葉に耳を塞ぐ仕草をする穂乃果

本当によくこれで生徒会長が務まるものです

まあ、穂乃果はやる時はやる人だと知っていますからそんなに心配はしていませんが

ただいつもそのやる気を出してくれていると嬉しいんですけどね

穂乃果「でもそっか。私たち、もうすぐ3年生になるんだね」

耳から手を降ろした穂乃果がそう改めてつぶやく

穂乃果「海未ちゃんとことりちゃんと一緒だったから、高校生活もあっという間に過ぎちゃうよ」

穂乃果がなんの気なしに話す内容に、しかし私の心が重くなっていくのを感じます

本当にあっという間でした

穂乃果とことりと出会ったからの毎日は

海未「……穂乃果は音ノ木坂を卒業したらどうするのですか?」

穂乃果「私?うーん、そんなの考えたことなかったよ」

穂乃果は少し考えこむ様子を見せてから私の質問に答えます

穂乃果「やっぱりウチの手伝いをするんじゃないかなー。ほら、私って勉強苦手だし」

海未「そうですか……」

それは私もある程度予想していた答えでした

穂乃果は口では和菓子は飽きただのということが多いですが、本当は穂むらのことをとても大切に思っているはずですから

ですがそう分かってはいても、穂乃果の口からその答えを聞いた私の心は少し沈んでしまいます

穂乃果「そういう海未ちゃんは?やっぱり大学?」

海未「はい。どこに行くかはまだ決めていませんが……」

穂乃果「そっか。でも海未ちゃんならどこでも大丈夫だよ!頭いいんだもん」

態度に出ていたでしょうか、私の落ち込んだ様子を見てとってか励ますような事を言われてしまいました

その言葉はまるで見当違いのものでしたが、そんな穂乃果の気遣いが私の気分を少し軽くしてくれます

私達3人は子供の頃からの長い時間をすっといっしょに一緒に過ごしてきました

その過程で、私の中に積み重なっていった穂乃果とことりへの想いが確かにあります

きっとそれは穂乃果もことりも同じだと、そう思うのは私の自惚れではないはずです

そして、だからこそ辛いんです

海未「卒業したら、きっと今日みたいに遊ぶことも難しくなりますね」

ついこぼれてしまった私の言葉に、穂乃果は首を傾げました

穂乃果「え?なんで?」

まっすぐな目で私を見つめる穂乃果に、私の胸は締め付けられるように苦しくなります

私だって、出来るのなら穂乃果とことりとずっと一緒にいたい

ですが……

海未「音ノ木坂を卒業したら、穂乃果は社会人、私は大学生です。お互い忙しくなって予定だって合わなくなります」

穂乃果「海未ちゃんは考えすぎだよー。家だってすぐ近くなんだからいつでも会えるし」

穂乃果の言うとおり、私は考えすぎなのかもしれません

考えすぎであってほしい

でも、どうしてでしょうか

どうしても私は、胸の奥から沸き上がってくる不安を抑えることができないんです

海未「……もしかしたら、ことりは」

言葉につまる

喉まで出かかったそれが、必死に外に出まいと抵抗します

口に出してしてしまえば、それが事実として確定してしまうような気がして

穂乃果「ことりちゃん?ことりちゃんがどうかしたの?」

海未「……いえ、何でもありません」

結局私はその言葉を飲み込みました

こんなの、ただの気のせいなのですから

ことりが、どこか私たちの手の届かない所に行ってしまうだなんて

そんなのはあり得ない想像なのだと、私は自分の心に言い聞かせるのでした

家に帰ってからしばらく経った頃、私の携帯から着信を知らせる音楽が鳴り響きました

手にとってディスプレイを見てみると、そこにはさっきまで一緒にいた穂乃果の名前が表示されています

どうしたのでしょうかと疑問に思いながら、とりあえず受話ボタンを押して携帯を耳にあてました

海未「もしもし?どうしましたか穂乃果」

穂乃果「あっ、海未ちゃん!?ねえ、今そっちにことりちゃん来てたりする?」

海未「ことりですか?いえ、来ていませんが。家にいるのではありませんか?」

穂乃果の「それがさっきことりちゃんのお母さんから電話があって、ことりちゃんまだ家に帰ってきてないんだって」

私は咄嗟に時計を確認しました

ことりと別れてから2時間近い時間が既に経過しています

確かにもう家に帰っていてもよさそうなものですが

海未「ことりに電話は?」

穂乃果「もちろんしたけど繋がらないんだよ。どうしよう海未ちゃん!」

海未「落ち着いてください。ただ単に仕事の話が長引いているだけかもしれません」

穂乃果「そ、そっか。そうだよね」

海未「そうですよ。他に何があるって言うんですか」

口ではそんな事を言いながら、携帯を持つ私の手が少し震えています

そうです、そんな訳ないじゃないですか

ことりに何か、なんてそんなこと

そんなこと、ある訳が……

穂乃果「海未ちゃん!ねえ聞こえてる海未ちゃん!?」

受話器越しの穂乃果の大声に私はハッと我に返ります

海未「す、すみません穂乃果。なんですか?」

穂乃果「とりあえず私、ことりちゃんを迎えに行ってくるよ。やっぱり心配だもん」

海未「わ、私も行きます」

穂乃果の言葉に私も同調します

大丈夫、ただアルバイト先までことりを迎えに行くだけです

きっとことりはそこにいて、もしかしたらアルバイト仲間との雑談に興じていたりするのかもしれません

そうしたら、すこしお説教しないといけませんね

こんな時間まで何してるんですかとか

せめて家に連絡をいれないと家の人が心配するでしょうとか

私達だってことりのこと心配したんですよとか

そしたらきっとことりは反省して、ほんのちょっと涙声の可愛い声で「ごめんね」と言ってくれて

私はことりの可愛さにやられてしまって、それ以上何も言えなくなってしまって

それを見た穂乃果が「海未ちゃんは私には厳しいのにことりちゃんには甘すぎるよ!」なんて文句を言う光景がきっと待っているはずです

だから、ことり

お願いですから、どうかそこにいてください

海未「いない?」

お店から出てきた穂乃果の言葉に私は耳を疑いました

それは考えもしなかった、いえ、考えないようにしていた状況

動揺している私に、穂乃果はさらに信じられない言葉を続けます

穂乃果「っていうかことりちゃん、今日お店に来る約束なんかしてないって」

海未「ど、どういうことですか!?」

穂乃果「私にもわかんないよ!」

そんなはずありません

だって確かにことりはここに行くと言っていたんです

なのにどうして

なぜそんな嘘を、ことり……

穂乃果「とにかく、手分けしてことりちゃんを探そう」

海未「わ、わかりました。では穂乃果はそっちをお願いします」

私と穂乃果は一旦そこで別れ、それぞれことりを探すために走り出します

μ'sのみんなと行ったことのあるファーストフード店

3人でよく行くカラオケ店

ことりが可愛いと言っていたお気に入りの雑貨屋さん

行きつけの洋服屋さん

一緒にプリクラを撮ったことのあるゲームセンター

他にもことりの行きそうなところを思いつく限りまわってみても、そのどこにもことりを見つけることは出来ませんでした

走り続けていたせいで息があがる

もう冬だというのに体中から汗が噴き出して、体に張り付く洋服の感覚が気持ち悪い

それでも私は止まりそうになる足を必死に動かして、ことりの姿を探し続けます

ことり『バイバイ』

別れ際のことりの笑顔が頭に蘇ります

今ならはっきりわかります

あの時のことりは、とても悲しそうに笑っていました

ことり、どうしてあなたはそんな顔をしていたのですか

なぜ私はあの時、それに気付くことが出来なかったんでしょうか

あの時無理矢理にでもことりを1人にしなければ、きっとことりは

海未「ことり……」

どこにいるのですか、ことり

私は今、こんなにもあなたのことが心配で、こんなにもあなたに会いたいと思っているのに

どうしてあなたは、私をおいて行ってしまうのですか

ことり、私はあなたとずっと一緒にいたい

海未「ことり!」

気付いたら、私は声に出して彼女の名前を叫んでいました

もう遅い時間とはいえ周りにはそれなりに人がいて、ただでさえ今の私は周囲の視線を集めているというのに

本当は死ぬほど恥ずかしくて、普段なら絶対に出来ないようなこと

それでも私は、恥も外聞もかなぐり捨てて、大声でことりの名前を呼び続けました

海未「ことり!どこにいるのですか!ことり!」

そうしてたどり着いたのは、私たちの家の近所の公園

子供の頃、初めてことりと穂乃果に出会った場所

その公園の隅の方にある、だいぶ古ぼけて色も褪せてきている黄色いベンチ

ことりはそこで下を向いて座っていました

私は心の底から安心しました

よかった、無事でいてくれた

ことりはどこにも行ってなかった

そしてそれと同時に怒りにも似た感情が体の奥から溢れ出してきて、怒鳴りつけてやろうと思いことりに近づいたところで私は気がつきました

ことりの体が小刻みに震えていることに

海未「こと……」

ことり「穂乃果ちゃん……」

ことりは泣いていました

俯いていたので表情はわかりません

ですが確かにことりは、その小さな肩を震わせて、穂乃果の名前を呼びながら、声を押し殺すようにして泣いていたんです

ことり「ぇぅ……ほのか、ちゃん……ううっ」

本当は、ことりを見つけることが出来たら言いたいことがたくさんあったのに

なのにようやく見つけたことりを前にして、私は何も言えなくなってしまって

そしてことりの嗚咽が止むまで、私はただそこに立ち尽くすことしか出来ませんでした

海未「……ことり」

ことり「っ!?海未ちゃん!?あ、あれ。いつからそこにいたの?」

私の存在にようやく気付いたことりは、泣いていたことを私に気付かれないようか目元を拭って、普段の調子を装うようにして応えました

ですがことりの声はまだ少し震えていて、目元も赤くなっていて

多分誰が見ても、今まで泣いていたんだと分かってしまうような有り様です

海未「今来たばかりですよ。ことりはこんなところで何をしているんですか?」

ことり「わ、私はアルバイトのお話が終わって、帰る途中に少しここで休憩してただけだよ。でも海未ちゃんはどうしてここに?」

ことりの嘘を追求する気持ちにはなれず、私はそのまま話を続けます

海未「ことりが帰ってこないと連絡があったので心配して探していたんですよ。今何時だと思ってるんですか」

ことり「え?何時って……」

ことりはきょとんとした顔をして、自分の腕の時計を確認しました

ことり「えー!もうこんな時間だったの!?」

海未「気付いてなかったんですか?まったく、ことりは少しボーっとしすぎです」

ことり「うう……」

海未「電話しても繋がらないですし。携帯はどうしたんですか?」

ことり「えーっと。あ、電池切れてる……」

海未「もう……」

私は一つ大きなため息をつきました

ことり「ご、ごめんね海未ちゃん……迷惑かけて」

海未「私だけじゃありません。……穂乃果だって、ことりのことを今も探し回っているはずです」

ことり「穂乃果ちゃんも……」

穂乃果の名前を聞いたことりは、一瞬とても泣きそうな顔をしたように見えました

でもすぐに元の表情を作って、何でもないように振る舞います

ことり「わかった。穂乃果ちゃんにもちゃんと謝らないとね」

海未「そうしてあげてください」

私は自分の携帯を取り出して、ことりを見つけたという旨のメールを穂乃果に送りました

するとすぐに穂乃果からの返信が返ってきます

海未「穂乃果もこちらに来るそうです」

私はことりに穂乃果からのメールの内容を伝えたあと、ことりの座るベンチに腰掛けました

ことりとの間に人1人分ほどの間隔を保って

遠すぎず、しかし決して近くなく

きっとこれは、今の私とことりとの距離

そして、私とことりの間に入るのは……

ことり「穂乃果ちゃん怒ってるかな……」

海未「怒ってはいないと思いますが、ことりのことをとても心配していました」

ことり「そうなんだ。海未ちゃんも怒ってない?」

海未「私は……」

怒ってます

怒ってましたよ

私をこんなに心配させて、見つけたら頬の一つでも叩いてやろうと思っていました

それなのに、ことりのあんなところを見せられて

そしたらもう、何も言えなくなってしまうじゃないですか

やっぱりずるいですよ、ことりは

海未「怒っていません。ただすごく心配していたのは私も同じです」

ことり「本当にごめんね。なにかお詫び出来るといいんだけど」

海未「お詫び、ですか」

そんなものはいいんですと、そう言おうとしました

ですが先程のことりの姿が、私の頭には強く残っていて

それのせいで、辛くて、うまく息が出来なくて、本当なら今すぐ泣いてしまいたいくらい悲しいんです

ですからこれくらいのわがままは、私にだって許されたっていいですよね

私は隣の空間に目をやって、意を決して口を開きます

海未「そのお詫び、今してもらっても構いませんか?」

ことり「え?う、うん。私に出来ることなら」

海未「大丈夫です。むしろことりにしか出来ないことですから」

私は、ことりとの間にあけていた一人分の距離を自分からつめました

他の誰も私とことりの間に入れないように

少しでもことりの心に近づけるようにと

ことり「海未ちゃん?」

ことりと私の体が触れ合う程の距離

私は自分の頭をことりの体に預けて、ことりの掌の上に自分のものを重ね合わせます

海未「ことり」

本当は、ずっと前から知っていたんだと思います

臆病な私はそれに知らないふりをしていただけ

だって私は、ずっとことりのことを見続けてきたんですから

ことりが誰のことを見ているか、それに気づかないわけがありません

海未「穂乃果が来るまででいいんです。このまま、こうしていてもいいですか?」

それが分かっているのに、どうしてこうも私は自分を抑えられなくなっているのでしょうか

ことりのことを考えるなら、私はきっと身を引くべき

それなのに私は、ことりに知ってほしいと思っているんです

あなたといることで、どれほど私の胸が高鳴ってしまうのかを

海未「ことり」

穂乃果の名を口にしながら泣いていたことり

なんで泣いていたのか、その理由は私にはわかりません

ですが私は、穂乃果に嫉妬しました

ことりにそこまで想われているあなたに

ことり「海未ちゃん……」

ことりが穂乃果のことを好きだとしても

それでも私には、ことりを諦めるなんて選択は出来そうにありません

ことりを穂乃果に取られたくないんです

ことりにずっと私のそばにいてほしいんです

だから私は、ことりに体を寄り添わせます

勇気のない私の、これが今の精一杯

どうかこの胸のドキドキが、ことりに伝わりますように

今日は終わりにします
続きは来週になってしまうと思います
読んでくれた方はありがとうございました

「小鳥の見る夢」

穂乃果「雨やまないね」

教室の机に座って窓の外を眺めていた穂乃果ちゃんがつぶやく

穂乃果ちゃんの言った通り外は朝から大雨が続いていて、空と一緒に私達の気分も暗くさせる

海未「こればかりは仕方ないですね。そういう季節ですから」

穂乃果「もう、梅雨なんて無ければいいのになー。これじゃ屋上で練習できないじゃん」

ことり「今日は軽い練習しか出来なさそうだね」

穂乃果「昨日も一昨日もそうだったよ……あーあ」

そう言って机に突っ伏しちゃう穂乃果ちゃん

でもそうなっちっちゃう穂乃果ちゃんの気持ちもわかる

梅雨とはいえ、これだけ雨が続くとさすがに嫌になってしまう

海未「どちらにしてもとりあえず部室に行きましょう。ほら穂乃果、起きてください」

穂乃果ちゃんを無理やり立たせて、3人並んで部室に向かう

廊下では、同じく雨で練習できない運動部の人たちが雑談をしていたり筋力トレーニングをしていたり、いつもの放課後より校舎の中が騒がしい

雨は嫌だけど、でも私は雨の日特有のこの空気は嫌いじゃなかった

花陽「あ、3人とも」

部室のドアを開けると、もうそこには花陽ちゃん、真姫ちゃん、凛ちゃんの3人が揃っていた

凛「やっと来たにゃ。遅いよー」

穂乃果「ごめんごめん。ちょっと教室で話しててさー」

真姫「まあ、早く来てもこの雨じゃどうせたいした練習なんて出来ないけどね」

真姫ちゃんは手持ち無沙汰に自分の髪をクルクルといじりながら、窓の外を見つめて溜息をついた

凛「うー、練習したい!凛達ラブライブで優勝したんだよ?それなのに待遇がちっとも良くならないなんて」

花陽「それはしょうがないよ。もともと空いてる場所がなくて屋上を使ってたんだから」

真姫「優勝したんだから体育館を使わせなさい、なんて言えるの凛」

凛「わかってるよー。ただの愚痴だにゃ」

穂乃果「気持ちはわかるよ凛ちゃん!」

そんな光景に苦笑しながら、私はアイドル研究部の部室を改めて見回す

穂乃果ちゃん、海未ちゃん、私、花陽ちゃん、凛ちゃん、真姫ちゃん

6人しかいない部室は、やっぱり少し広く感じる

棚に飾ってあったたくさんのアイドルグッズも、今はもうほとんどなくなっていて

その代わりと言ったらなんだけど、空いた棚にはラブライブの優勝トロフィーがポツンと鎮座していた

部屋の隅には優勝旗も立て掛けて置いてある

もう2ヶ月以上も経つんだよね

私たちμ'sが、ラブライブで優勝してから

そして、にこちゃん、絵里ちゃん、希ちゃんの3人が音ノ木坂を卒業してから

私たちは今、μ'sではない新しいグループとしてこの6人で活動してる

絵里ちゃんたちがいなくなって、寂しくないって言ったら嘘になるけど

それでも私たちは心機一転して頑張っている

目標はもちろん、次のラブライブで優勝すること

絵里ちゃんたちがいなくても、私たちはこんなに頑張ってるんだよって伝えるんだって

このグループを結成した日、穂乃果ちゃんは笑いながらそう言っていた

穂乃果「2人共、また明日ね」

練習後、雨が小降りになってきたのを見計らって私たちは解散した

小雨の中をみんなで傘をさしながら歩いて、いつもの場所で穂乃果ちゃんと別れる

穂乃果ちゃんの姿が見えなくなるまで手を振ってから、横に居る海未ちゃんに目を向ける

海未ちゃんも私と一緒に穂乃果ちゃんのことを見送っていたけど、私の視線に気付いた海未ちゃんは一瞬ビクッとして、でも何でもない風にまた前を向く

その横顔はかすかに赤い

私と2人きりの海未ちゃんは、基本的にこんな色

みんなと一緒の時はそうでもないのに器用だなって思って少し笑う

ことり「今日はどうする?」

私の質問に、海未ちゃんは遠慮がちに答える

海未「あの、ことりが迷惑でなければ、今日もお邪魔しても構いませんか?」

ことり「うん、私は大丈夫よ」

私の返事を聞いた海未ちゃんが嬉しそうに笑った

私の言葉、行動の一つ一つで笑ったり顔を赤くしたり、いろいろな顔を見せてくれる海未ちゃんはとっても可愛いと思う

でもその可愛い笑顔を見るたびに、私の心臓には罪悪感っていう名前の棘がチクチクと刺さっていく

ことり「じゃあ、行こっか」

海未「はい」

2人並んで私たちは歩く

右手には傘、左手には鞄を持って

お互いの両手が塞がっていることに、私は少し安心していた

ことり「はい、どうぞ」

海未「ありがとうございます、ことり」

海未ちゃんを部屋に通して、私はキッチンから用意してきた飲み物を海未ちゃんの前に置いた

行儀よく正座して待っていた海未ちゃん

前までは海未ちゃんが一人で私の部屋に来ることってあんまりなかったんだけど、それも今では少し見慣れた光景になった

海未「ことり、実は次のライブのために新曲の詞を書いてみたんです。見てもらえますか?」

ことり「もちろんいいよ」

私がそう答えると、海未ちゃんは少し恥ずかしそうにしながら鞄からノートを取り出した

私はそのノートを受け取って、海未ちゃんの書いてきた歌詞に目を通す

ことり「うん、海未ちゃんらしくてすごくいいと思う」

不安そうに私が読み終わるのを待っていた海未ちゃんがホッとした顔を見せる

ことり「海未ちゃん、最近はラブソングもよく書くようになったよね」

海未「はい。その……やはりおかしいでしょうか?」

ことり「そんなことないよ。私は海未ちゃんの書くラブソング好きよ」

海未「あ、ありがとうございます、ことり」

私の言葉に照れるように目を伏せる海未ちゃん

海未ちゃんがラブソングを書くようになったのは、どんな心境の変化があったのだろうか

多分私が関係しているんだろうなと、そんな自意識過剰気味なことを少し思った

最近、海未ちゃんと2人きりの時間が増えた

今日みたいに海未ちゃんが私の家に来たり、休日に一緒に遊びに出かけたり

もちろん穂乃果ちゃんと3人でもよく遊ぶけど、それに海未ちゃんと2人で過ごす時間が加わった感じ

きっかけは多分、私が家に帰るのが遅くなってみんなを心配させちゃったあの日

あの日を境に、海未ちゃんはちょっと積極的になったような気がする

2人で遊ぼうって誘われるようになったのもその頃から

初めて手を繋ぎたいって言われた時はびっくりしたよ

そんな海未ちゃんの変化に戸惑いながら、私はようやく自分の勘違いに気がついた

海未ちゃんは、どうやら私のことが好きらしい

海未ちゃんは穂乃果ちゃんのことが好きなんだって思ってた

そんな海未ちゃんのことを応援してたし、うまくいってほしいって思ってた

だって海未ちゃんは私のとっても大切な友達だから

海未ちゃんになら……穂乃果ちゃんを取られちゃってもいいって本当に思ってたんだよ

思ってた、つもりだった

でも、海未ちゃんの好きな人が私だってわかって、私は少し安心してしまった

海未ちゃんが私を好きなことにじゃなくて、海未ちゃんの好きな人が穂乃果ちゃんじゃなかったことに

酷いよね、私って

海未ちゃんのことを考えてるつもりで、結局自分のことばかり考えているんだから

今だって海未ちゃんはこんなに私を好きでいてくれてるのに、それに気付いていながら私は何もしてあげられない

海未ちゃんの気持ちは素直に嬉しいし、こんなにはっきり気持ちをぶつけられたら、私もいやでも意識してしまう

出来ることならその気持ちに応えてだってあげたくなる

私は、きっと今海未ちゃんを……

でもそんなことを考えるたびに、頭の中では穂乃果ちゃんの顔が浮かぶ

海未ちゃんの為に、一度は穂乃果ちゃんのことを諦めようとした私だけど

でも実際は、全然諦められてなんていなくって

私はやっぱり、今でも穂乃果ちゃんのことが大好きなんだ

そんな気持ちで海未ちゃんと付き合うなんて出来るわけがない

それに、もう一つ

穂乃果ちゃんのことがなかったとしても、私には海未ちゃんを受け入れられない理由がもう一つある

海未「……こうしてことりと一緒にいられるのも、あと1年もないんですね」

小さな声で海未ちゃんがつぶやく

海未「高校を卒業したら海外に留学、戻ってこられるのはいつになるかわからない……」

ことり「うん……」

これがもう一つの理由

私は音ノ木坂を卒業したら、服飾の勉強をするために海外に留学する

海未ちゃんと穂乃果ちゃんといられるのも、あと少ししかない

海未「このことを穂乃果は?」

ことり「うん。穂乃果ちゃんにもちゃんと話したよ。驚いてたけど、応援するって言ってくれた」

海未「穂乃果は、引き止めたりはしなかったのですか?」

ことり「……あの時とは状況が違うから」

そう、私は前にも同じ理由で海外に留学しようとした時があった

その時はすごく悩んだし、穂乃果ちゃんに相談しようともした

正直に言えば、私は穂乃果ちゃんに引き止めてほしかったんだと思う

でも言えなかった

あの時はラブライブに出場しようってみんなで頑張ってて、そんな空気を壊したくなかった

学園祭のライブの後に言おうって思った

でもライブ中に穂乃果ちゃんが倒れて、ラブライブの出場も出来なくなって、言い出せる雰囲気じゃなくなった

そうやって穂乃果ちゃんに言えないままずるずると時間だけが過ぎていって、留学の返事をしなきゃいけない期限が来て

そして私は、留学をすることに決めた

だけど、私は今ここにいる

出発の日に穂乃果ちゃんが空港まで迎えに来てくれて、行かないでって言ってくれて

そのたった一言で、私はここに残ることに決めたの

μ'sのみんなやお母さん、留学に誘ってくれたデザイナーの先生

他にもたくさんの人たちに迷惑をかけた

本当に申し訳ないことをしたって思う

それでも私は、ここに残ったことを後悔なんてしてない

あの時穂乃果ちゃんが引き止めてくれてよかったって、今でも心の底からそう思ってる

それからしばらくして、私宛にエアメールが届いた

差出人は件の先生

私はその手紙を開くのが怖かった

せっかくの留学の機会を与えてくれたのに、それを直前になってやめてしまった私

それを相手がどう思ったのかを想像するのは難しくない

でも、それは自分で決めたこと

何が書いてあったとしても、私はそれを受け入れなくちゃいけないんだと思う

勇気を出して私はその手紙の封を切った

そこには、私がまるで想像もしていなかった、謝罪の言葉が綴られていた

高校2年の途中という中途半端な時期に誘ってあなたを困惑させてしまったようで申し訳ない

よかったら高校卒業後、改めて来る気はないだろうか?

要約すると手紙にはそんな事が書かれていた

私は自分の目を疑った

だってそうだよね

明らかに悪いのは私の方なのに、謝られてしかももう一度誘われるなんて

いくらお母さんの知り合いだっていっても、普通そこまでしてくれるものなのだろうか

信じられないというような思いで、だけど私はその手紙から目が離せなかった

どっちにしても、きっとこれは最後のチャンス

今回を逃したら、さすがにもう声をかけてはもらえないと思う

海未「……どうしてですか?」

海未ちゃんが搾り出すように声を出す

海未「あの時は、結局行かなかったじゃないですか。留学を断ってまで、ここに残ることを選んでくれたじゃないですか。なのに、どうしてまたそんなことを?」

ことり「海未ちゃん……」

海未ちゃんの言うことはもっともだと思う

私はちくはぐだ

一度は断った話を今度は受けようと思っている

ここに残ることを決めたのに、後悔なんて全然していないのに、それでも心の奥では夢を諦められない私が確かにいる

穂乃果ちゃんや海未ちゃんが好きで、2人とずっと一緒にいたいと思っているのも本当で

留学して服飾の勉強をしたいっていう気持ちも本当

だけどその2つを一緒に叶えることはできなくて、あの時の私はここに残ることを選んだ

穂乃果ちゃんと、海未ちゃんと、μ'sのみんなと過ごす夢のような時間が大切だったから

でも、どんなに楽しい夢もいつかは覚める

空港で穂乃果ちゃんが言っていたことを思い出す

みんないつか、自分の夢に向かって歩き出す日が来る

その時は人によって様々だろうけど、それでも高校の卒業っていうのはみんなに共通してる一つの区切りなんだと思う

絵里ちゃん、にこちゃん、希ちゃんはもういない

私たちもあと1年もしないうちに音ノ木坂を巣立つ

きっと私たちもそれぞれの道に進んでいく

穂乃果ちゃんは家の和菓子屋さんを手伝う

可愛い穂乃果ちゃんはきっと評判の看板娘になるよね

海未ちゃんは大学に進学する

頑張り屋さんの海未ちゃんはアイドル研究部や弓道部での練習に加えて受験勉強も一生懸命頑張っていて、きっといい大学に合格できる

じゃあ、私は?

夢を諦めてしまったら、私は一体どこに向かって歩いていけばいいんだろう

私一人だけが、どこにも歩きだせないままで立ち止まってしまう

そんなことを考えると怖くなった

そして決めた

今度こそ私も自分の道を歩き出すことを

穂乃果ちゃんや海未ちゃんと一緒にいられないのはすごく辛い

そんな生活を想像するだけで涙が零れそうになる

だけどそれでも、歩く道は違っても、2人と同じ距離を進みたい

その先の道でいつか、2人とまた並んで歩けるようになることを信じて

海未「そうだ、よかったらことりも私と一緒の大学を目指しませんか?ことりならしっかり勉強すれば無理なレベルではないと思います」

海未ちゃんの言葉に私は胸が痛くなる

海未「もしどうしても服飾の勉強をしたいなら、専門学校に行くという手だってあります。わざわざ留学をする必要はないはずです」

海未ちゃんの純粋な気持ちが伝わってくる

海未「ですから、ことり」

心が揺らぎそうになる

海未「行かないでください……」

海未ちゃんがそう望んでくれるなら

そんな事を考えそうになる

海未「留学なんてしないで、私とずっと一緒にいてください……」

だけどごめんね

それでもやっぱり、私は行くよ

穂乃果ちゃんは分かってくれた

私は海未ちゃんにも分かってもらいたい

だって海未ちゃんは私にとって、すごく大切で、すごく大好きな人だから

ことり「海未ちゃん、私」

海未「っ!じ、冗談です!」

私の言葉を遮るように海未ちゃんが大きな声を出す

海未「わかっています。ことりの小さい時からの夢ですもんね。少し言ってみただけです。気にしないでください」

そういう海未ちゃんの顔は、全然冗談を言ったようには見えなくて

むしろ、今にも泣き出してしまいそうなほどに震えた声で

海未ちゃんにそんな顔なんてしてほしくない

それなのに私は海未ちゃんの望む言葉を言ってあげることも出来なくて

気がついたら、私は海未ちゃんのことを抱きしめていた

海未「こ、ことり!?」

突然のことに海未ちゃんは顔を赤くする

ことり「ごめんね、海未ちゃん」

海未ちゃんの肩に顔をうずめながら、私は海未ちゃんに謝った

海未「ど、どうしてことりが謝るのですか。大丈夫ですよ、ことり。私はことりのこと、応援しますよ」

ことり「ごめん……」

海未「ですから、ことり……」

ことり「ごめんなさい……」

何回も何回も、私は海未ちゃんに謝り続けた

ごめんなさい、海未ちゃん

海未ちゃんを悲しい気持ちにさせてごめんなさい

海未ちゃんと一緒にいてあげられなくてごめんなさい

海未ちゃんの気持ちに、応えてあげることが出来なくてごめんなさい

海未「……それ以上謝らないでください、ことり」

そう言いながら、海未ちゃんは自分の腕を私の背中にまわした

海未「そんなに謝られたら、余計に辛くなってしまうじゃないですか……」

海未ちゃんの瞳から溢れ出したものが、私の頬を濡らす

海未ちゃんの口から漏れる嗚咽が、私の心を侵していく

海未「ことり……ことり……」

ああ、やっぱりダメだった

私は結局、海未ちゃんのことを泣かせてしまった

私は最後にもう一度ごめんねと、今度は心の中で呟いた

海未「お邪魔しました」

ことり「外も暗くなってきたし、送っていこうか?」

海未「大丈夫です、雨もあがっているようですし。むしろ帰りにことりが一人になる方が心配です」

ことり「そっか、わかった」

そう言った海未ちゃんは、だけどそのまま帰るでもなく玄関に立ったまま私のことを見つめる

私もそんな海未ちゃんのことを見つめ返した

海未「ことり」

ことり「なに?」

海未「好きです」

突然の海未ちゃんからの告白

ううん、突然なんかじゃない

海未ちゃんは今までずっと、私に想いを伝え続けてくれていたんだよね

ことり「うん」

海未「ことりのことが大好きです」

ことり「うん」

海未「愛しています」

ことり「うん。ありがとう、海未ちゃん」

私は海未ちゃんの告白にそれだけの言葉を返す

きっと海未ちゃんは今、私からの返事を欲しがっているわけじゃないと思うから

海未「また、ことりの家に遊びに来てもいいですか?」

ことり「もちろん。いつでも来て」

海未「また、私とデートをしてくれますか?」

ことり「今度は一緒に恋愛映画でも見に行く?」

海未「そ、それは……。が、頑張ってみます」

私たちは笑い合う

これからも続く楽しい日々に思いを馳せて

海未「では、ごきげんよう。ことり」

ことり「バイバイ、海未ちゃん」

たくさんの思い出を作ろう

笑ってさよならが出来るように

離れ離れになっても寂しくないように

そして、いつか再会するその日の為に

前を向いて、上を向いて

私たちはこれからも歩いていく

「あの娘にキスと愛の歌を」

私は学校が好きだ

大好きな友達がたくさんいて、おしゃべりしたり、遊んだり、部活で練習したり、そんな楽しい学校が大好きだ

でもそれは、イコール勉強が好きということには繋がらない

私はお世辞にも勉強が得意な方ではないし、一般的な生徒の例に漏れず授業もそこまで真面目に聞く方でもない

だって先生の言葉は、私にはまるで子守唄にしか聞こえないのだ

そんな授業を長時間聞いていたら、当然

海未「穂乃果。起きてください穂乃果」

穂乃果「……ふぇ?」

こうなってしまう

窓から夕日が差し込む、薄暗い教室

私の名前を呼ぶ聞き慣れた声に、私の意識はまどろみの中から引き上げられる

机に伏せていた顔を上げると、そこには呆れた顔をした海未ちゃんがいた

私は一度大きく伸びをして、海未ちゃんに爽やかに挨拶をする

穂乃果「おはよう海未ちゃん」

海未「おはようじゃありません!いつまで寝てるんですか!」

怒られちゃった

でもこればっかりは仕方ないと思うんだ

2月の半ばにしては珍しく、今日は気持ちがいいくらいのポカポカ陽気だったし

これで寝るなって言う方が無理な相談だと私は思う

海未「もう放課後ですよ。まったく、穂乃果はいつもそうやって……」

う、また海未ちゃんのお説教が始まっちゃった

海未ちゃんっていっつも私に怒ってばっかりだよね

そりゃ、確かにしっかりしてない私が悪いのかもしれないけどさ

でもだからって、そんなにガミガミ言わなくたっていいと思わない?

海未ちゃん、もしかして私のこと嫌いなんじゃないのかな

なんて、冗談だけどね

私は別に、海未ちゃんに怒られるのは嫌いじゃない

いや、別に怒られたいわけじゃないけどね

海未ちゃんは普段は厳しいけど、それでも本当は私達のことをすごく大切に思ってくれていることを知ってる

ちょっと口うるさいと思ったりもすることもあるけれど、だけど私はそんな海未ちゃんのことが大好きだから

穂乃果「あれ、そういえばことりちゃんは?」

周りを見渡してみても、今教室にいるのは私と海未ちゃんの2人だけ

いつも一緒にいることりちゃんの姿は見えなかった

海未「ことりは今職員室に行っています。いろいろと話があるようなので」

穂乃果「そうなんだ」

いろいろねえ

なんだか、あんまり楽しい話ではなさそうだ

誰にとってかは、とりあえず言わないでおくことにする

海未「それよりも穂乃果、とりあえずこれをどうぞ」

そう言って海未ちゃんが鞄から取り出したのは、丁寧にラッピングされた包み

穂乃果「なにこれ?」

海未「チョコです」

穂乃果「チョコ?」

頭にクエスチョンマークが浮かぶ

もちろん食べ物のプレゼントは大歓迎だけど、プレゼントをもらえる理由がよくわからなかった

海未「ホントにわからないんですか?今日はバレンタインですよ」

穂乃果「バレンタイン……。ああ、そっか!」

そういえば今日は2月14日だった

あまりにも自分に関係のないイベントだからそんなこと全然忘れていた

穂乃果「でも、海未ちゃんがなんで?今までそんなのくれたことなかったのに」

海未「特に深い理由はありませんが。まあ、日頃の感謝の気持ちだと思ってください」

あの海未ちゃんが私に感謝だって

私はいつも海未ちゃんに迷惑をかけてばっかりで、あんまり海未ちゃんの為になにか出来た記憶はないんだけど

それでも、そんな風に言われたらやっぱり嬉しくなってしまう

穂乃果「ありがとう海未ちゃん!でもいいの?海未ちゃんにチョコもらったってことりちゃんに言っちゃおうかなー」

ちょっとした悪戯心がはたらいて、私はニヤニヤ笑いながら海未ちゃんにそんなことを言う

まあ実際は言ったところでことりちゃんが怒ったりなんてことは絶対にないんだけど

海未ちゃんの可愛い反応が見たいだけのただの冗談だ

海未「もちろんことりにももう渡してあります。穂乃果のものはついでです」

穂乃果「私ついでなの!?」

だけど海未ちゃんの期待通りの反応は見れず、むしろ私がダメージを負う結果になってしまう

海未「ふふ、冗談です。ついでなんかじゃありませんよ」

逆にからかわれちゃったみたいだ

むぅ、腕を上げたね海未ちゃん

もう私から海未ちゃんに教えることは何もないよ

というか、海未ちゃんは変わったと思う

前だったら絶対赤くなって「な、なんでことりの名前が出てくるんですか!」とか言ってたはずなのに、今じゃもう堂々としたものだ

穂乃果「ねえ、やっぱりことりちゃんと付き合ってるんでしょ?」

海未「ですから、付き合っていないと何度も言っているじゃないですか」

でも、これは絶対否定するんだよね

私から見たらもう付き合ってるようにしか感じられないんだけど

海未「もし付き合っているのなら穂乃果にはちゃんと報告しますよ」

穂乃果「でも、ことりちゃんのことは好きなんだよね?」

海未「ことりのことはもちろん好きです。ですがそれは飽くまで私の片想いなんです」

穂乃果「私には、ことりちゃんも満更でもなさそうに見えるけどなあ」

海未「それは……ことりは優しいですから。人からの好意を無下にするような態度は出来ないんだと思います」

海未ちゃんがすこし寂しそうな顔で言う

でも、本当にそうなのかな

確かにことりちゃんは優しいけど、きっとそれだけが理由じゃないって私は思うけど

海未「まあ、鈍い穂乃果には分からないかもしれませんね」

穂乃果「えー!私別に鈍くないよ」

海未「鈍いですよ。特に自分に向けられるものに関しては」

穂乃果「え?どういうこと?」

海未「……なんでもありません」

私の疑問に海未ちゃんはそれ以上答えてはくれなかった

私に向けられるものってなんだろう

実は誰かに嫌われてるとか?

うーん、考えてみてもよくわからない

もしかして、私って本当に鈍い?

でも、海未ちゃんと話してると改めて思う

海未ちゃんは本当にことりちゃんのことが好きなんだ

女の子同士だとかそんなことは関係ないくらいに

私には、正直よくわからない

中学までは結構男の子の友達は多い方だったけど、誰かをそういう意味で好きになったことは今までなかった

そもそも特に恋愛をしたいなんて思ったこともない

大勢の友達に囲まれて、ワイワイやってる今がすごく楽しいから

それをヒデコに子供っぽいなんて言われたこともあったっけ

だから、恋をしている海未ちゃんはそれだけで少し大人びて見えてしまう

私もいつか、海未ちゃんみたいに誰かを本気で好きになる日がくるのかな

その人とデートしたりとか、キスしたりとか、そしてその先のこととかも

そんなの、自分のことながら全然想像できないや

海未「さて、それでは私はそろそろ行きますね」

海未ちゃんはそう言うと鞄をもって立ち上がる

穂乃果「え、どこ行くの海未ちゃん?」

海未「今日は少し弓道部に顔を出してきます。引退したとはいっても後輩の指導もしなくてはいけませんから」

穂乃果「それって時間かかる?」

海未「ええ。ですから今日はことりと2人で先に帰っていてもらえますか?」

穂乃果「うん、分かったよ。また明日ね!」

海未「はい」

海未ちゃんはそのまま教室を出ようとして、でも扉の前まで歩いて立ち止まった

どうしたのかなって声をかけようかと思ったところで、海未ちゃんがこっちを振り返る

海未「……あの、穂乃果」

海未ちゃんは少し口ごもったあと、意を決したような面持ちで口を開いた

海未「ことりのこと、ちゃんと考えてあげてくださいね」

穂乃果「ことりちゃん?」

海未「それだけです。ではまた明日」

穂乃果「え!?ちょっと待ってよ海未ちゃん!」

海未ちゃんはそれだけ言うと私の呼びかけを無視して行ってしまった

え、どういうこと?

なんで急にことりちゃん?

意味がわからない

意味深な言葉だけ残していなくなるのはやめてほしい

よくわかんないけど、とりあえず言われたとおりことりちゃんのことを考えてみよう

南ことりちゃん

私と海未ちゃんの小さい頃からの幼なじみな女の子

すごく可愛くて、ちょっとだけ天然?

洋服を作ったりするのが得意なんだ

μ'sの衣装も全部ことりちゃんが考えてたんだよ

お菓子作りが趣味で、ことりちゃんの作るお菓子はすっごくおいしい

私たち3人の中で1番女子力が高いのは間違いないね

あとは、お母さんが音ノ木坂の理事長をやってるよ

それから、えーっと、あっ!伝説のメイド!秋葉原だと結構有名らしい

他には……うーん……

そうだ!すっごく可愛い!

あれ、これさっき言ったっけ?

ことりちゃんの事ならだいたい知ってるつもりだけど、いざどんな人って聞かれるとパッとは出てこないもんだね

だって私にとっては、ことりちゃんはことりちゃんだもん

それが当たり前すぎて、改めて考えると説明がすごく難しい

もちろんことりちゃんのいいところはいっぱいあるし、言いたくないけど悪いところだって少しはあるよ

でもそういう全部をひとまとめにして、私の大好きなことりちゃんがいるんだから

穂乃果「うーん」

で、結局ことりちゃんがなんなんだろう

海未ちゃんは何が言いたかったのかな

っていうか、あの言い方だと私がことりちゃんのことちゃんと考えてないみたいじゃん

失礼しちゃうよね

ことり「穂乃果ちゃん、そんなに唸ってどうしたの?」

穂乃果「あ、ことりちゃん。おかえり」

そうこうしてるうちにことりちゃんが職員室から帰ってきた

私は考えるのをとりあえずやめてことりちゃんを迎える

ことり「ただいま。海未ちゃんは?」

穂乃果「海未ちゃんならもう行っちゃったよ」

ことり「え?どこに行ったの?」

穂乃果「今日は弓道部に顔を出すんだって。ことりちゃん、海未ちゃんから聞いてなかったの?」

ことり「そ、そうなの?全然聞いてなかったけど……」

私の言葉に少し驚いたような顔をすることりちゃん

海未ちゃんってば伝え忘れちゃったのかな

てっきりことりちゃんは知ってるのかと思ってたけど

穂乃果「じゃあ私たちは帰ろっか、ことりちゃん」

ことり「あ、うん。ちょっと待って穂乃果ちゃん」

ことりちゃんは自分の机から教科書や筆記用具なんかを鞄に入れて、すぐに私のところまで戻ってくる

私はそんなことりちゃんを待ってから、2人で横に並んで教室を出た

穂乃果「あ、そういえばこの間の写真できたよ」

帰り道、私は現像してきた写真を持ってきていたことを思い出した

それを鞄から取り出し、ことりちゃんに渡す

ことり「ありがとう穂乃果ちゃん」

穂乃果「楽しかったね、この間の遊園地」

それは、卒業前の思い出作りとして海未ちゃんとことりちゃんと一緒に遊園地に遊びに行った時に撮った写真

遊園地なんて久しぶりだった私は、それはもう子供みたいにはしゃぎまわった

そんな私を見て海未ちゃんはちょっと呆れてたけど、でも仕方ないよね

いくつになったって、楽しいことは楽しいんだから

ことり「うん、私も楽しかった。また3人で行きたいね」

穂乃果「うん、そうだね」

また、かあ

だけどことりちゃんは、もうすぐ海外に行っちゃうんだよね

自分の夢を叶えるために

私たちは今まですっと一緒だったから、ことりちゃんや海未ちゃんと離れ離れになるなんて考えたこともなくて

だから、少し不安になってしまう

また、なんてそんな日が本当に来るのかなと、そんなことを一瞬考えてしまった

ことり「穂乃果ちゃん、どうかしたの?」

ことりちゃんが心配そうに私の顔を覗き込む

穂乃果「ううん、なんでもないよ。あ、ことりちゃん見て見てこの写真!海未ちゃんすっごく変な顔してるよ」

ことり「え?あ、ホントだね。これジェットコースターに乗った後の写真かな?」

穂乃果「そうそう!海未ちゃんってばあの時面白かったよねー」

ことりちゃんに気づかれないように、私はいつも通りに振る舞う

大丈夫、私達3人は大丈夫

ちょっと離れ離れになったくらいで、壊れるような脆い絆じゃ絶対にない

心配することなんて何もないって、私は自分にそう言い聞かせる

ことり「あのね、穂乃果ちゃん。実は私も穂乃果ちゃんに渡したいものがあるの」

ことりちゃんはそう言って鞄の中に手を入れる

ことりちゃんが渡したいものってなんだろう?

私なにか忘れ物でもしちゃったかな

そんなことを一瞬思ったけど、私はさっきの教室での一幕を思い出した

ことりちゃんはちらっと私のことを見たあと、取り出したそれを顔の前に掲げてみせる

ことり「じゃーん。これなーんだ?」

穂乃果「それってもしかして、バレンタインのチョコレート?」

ことり「ぴんぽーん!すごい、すぐバレちゃったね。はい、穂乃果ちゃん」

穂乃果「わあ!ありがとうことりちゃん!」

ことりちゃんからチョコを受け取る

海未ちゃんにもらったものはシンプルだったけど、ことりちゃんのは見た目からなんかすごい

これぞ女子って感じに、とっても可愛らしく包装されてる

主張しすぎず、でも確かな存在感を与えるポイントに貼ってある小さなハートマークのシールもポイントが高い

こんなの貰ったら、大抵の男の子はきっと落とされちゃうんじゃないかな

さすがことりちゃん、魔性の女ってやつだね

穂乃果「でもごめん……。私なんにも用意してないや」

ことり「そんなの気にしないで。私が穂乃果ちゃんに貰ってほしいって思っただけだから」

そうは言っても、海未ちゃんにもことりちゃんにも貰っておいて私だけ何もないってどうなんだろうか

っていうか、もしかして2人で相談とかしてたのかな

私にも言ってくれたら、私だってちゃんと用意したんだけどなー

ことり「でも、今年は渡せてよかった」

ことりちゃんは明るい顔で前を向きながら言う

ことり「実を言うとね、この時期は毎年チョコレートを作ってたんだ」

穂乃果「そうなの?」

ことり「うん。でも私にはそれを渡す勇気がなくて、結局お父さんにあげたり自分で食べたりしてた。おかしいよね。普通に友チョコみたいな感じで渡せばいいだけなのに、私にはそれが出来なかったの」

勇気だなんてことりちゃんは大げさだなあ

私達の仲で今更恥ずかしがることなんてないのにね

そうしたら、ことりちゃんのおいしい手作りチョコが毎年食べれてたなんて思ったらちょっと残念

べ、別にチョコが目的じゃないよ!?

毎年友チョコ交換するとか、そういうのすごい楽しそうだなって思っただけだよ!

ことり「今日穂乃果ちゃんに渡すことができたのはね、海未ちゃんのおかげなの」

穂乃果「海未ちゃん?」

ことり「うん。海未ちゃんが言ってくれたの。ちゃんと気持ちを伝えないと絶対に後悔するって。そんなこと言うの、海未ちゃんだってきっとすごく辛いはずなのに」

ことりちゃんの足が止まった

話すのに夢中で気付かなかったけど、いつの間にか私たちはいつもの分かれ道まで来ていたみたいだ

ことり「だけど、それでも私の背中を押してくれたから。海未ちゃんのおかげで、私は勇気を持てる。海未ちゃんのおかげで、私はきっと後悔なんてしない」

ことりちゃんが私の方を振り返る

その少し赤い笑顔がなんだかちょっと色っぽくて、私はドキッとしてしまった

なんだろう、この雰囲気

よくわからないけど、ことりちゃんの緊張がこっちにまで伝わってくるようで

それが、なぜだか私にまで感染してしまったみたいだった

ことり「穂乃果ちゃん」

穂乃果「は、はい!」

きっと今、私の顔も赤くなっている

理由は分からない

夕日のせいだと思いたい

でもそれじゃ、熱をもっていることの説明ができない

ことり「私は、穂乃果ちゃんのことが大好きだよ」

ことりちゃんの口から出たのは、今まで何度も聞いた言葉

お互いに言い慣れ、聞き慣れているはずの気持ち

なのに私の心臓は、今までにないくらい激しく鳴っている

私はそれに気付かないふりをして、言葉を返すために口を開く

穂乃果「わ」

私もことりちゃんのこと大好きだよ

そう言おうとした

飽くまで普通に、いつも通りに

でもそれは私の口から出ることなく消える

だって気付いたら、ことりちゃんの顔がすぐ目の前にあって

私の唇が、柔らかい何かで塞がれていたから

頭の中が真っ白になる

自分が今どんな状況なのかもよくわからない

ただなんとなく、この心地よさをずっと感じていたいと、そんなことだけ思っていた

長い時間が経ったような気がするけど、実際は多分数秒くらいだったと思う

とにかくそれくらいの時間の後、ことりちゃんの顔が離れた

ことり「えへへ。やっちゃった」

ことりちゃんの顔を見て、私の頭はようやく回転を始める

私は今、ことりちゃんに何をされた?

ことりちゃんの顔が触れるくらいに近くにあって、というより実際に触れてて、そしてその触れ合ってる部分はお互いの唇で

そのことをようやく理解した時、私の顔がそれまでよりさらに熱くなっていくのがわかった

それはもう、今触ったら火傷しちゃうんじゃないかってくらい

そして同時に頭の中は大パニック

穂乃果「え?あ……え!?」

動揺しすぎてうまく言葉にならない

今起きたことが信じられなくて、私は目を見開いてことりちゃんのことを見つめる

だって今されてたのって、つまり、その、キ……キ……

ことり「穂乃果ちゃんのファーストキス、奪っちゃった」

やっぱり!

私、ことりちゃんにキスされたの!?

ことり「あれ?ファーストキスだよね?」

穂乃果「あ、当たり前だよ!」

ようやくまともな声が出た

そうか、今のが私の初めてのキスなんだ

いつかするのかな、なんて思っていたけどまさかこんな形ですることになるなんて思わなかった

しかも相手がことりちゃんだなんて、そんなの想像できるわけがない

っていうか、そんなことよりもだよ

穂乃果「ことりちゃん、なんで今キスしたの!?」

私の質問に、ことりちゃんは可愛らしく小首をかしげる

ことり「うーん。したかったから?」

したかったからって!

え、あれ、もしかしてこれって普通のこと?

今時の女の子は友達同士キスしたりするのかな?

もしかして私が動揺しすぎ?

いやいや、ないない!

さすがに友達同士でも口にキスはしないよ多分!

……しないよね?

ことり「……ごめんね穂乃果ちゃん」

穂乃果「え?」

急に謝ったことりちゃんは、私に向かって悲しそうな表情を見せる

ことり「いきなりキスなんてされて嫌だったよね。穂乃果ちゃんの気持ちも考えずにこんなことしちゃって、本当にごめんなさい」

穂乃果「あ、謝らないでよことりちゃん」

そう言って頭を下げることりちゃん、私は慌てて言葉を返す

穂乃果「そりゃかなりびっくりはしたけどさ。でも全然嫌とかじゃなかったよ」

ことりちゃんの悲しそうな顔が見たくなくて、私はつい咄嗟にこんなことを言っちゃった

でも、それは別に口からでまかせを言ったわけでじゃない

嫌じゃなかったっていうのは、実際本当のことだった

ことりちゃんにキスされて、びっくりして心臓がまだドキドキしたりしてるけど

それでも、そのことに不快感は覚えない

むしろ、少し気持ちいいとすら思っちゃってたし

それを思い出し、なんだか急に恥ずかしさが込み上げてきた

ことり「……ありがとう、穂乃果ちゃん」

ことりちゃんが再び笑ってくれたことに私は安堵した

やっぱりことりちゃんには、笑った顔が一番似合う

ことり「だったらね、お願いがあるの」

穂乃果「お願い?」

ことり「うん。もう一回だけ、穂乃果ちゃんとキスしたいな」

穂乃果「え、えええええ!?」

ことりちゃんのお願いに私は驚く

ことり「これで絶対に最後にするから。ダメ?」

穂乃果「でも……」

確かにことりちゃんとのキスは嫌ではなかったけど

でもだからって、キスなんてそんなに簡単にしてもいいのかな

キスってもっとこう、本当に好きな人とだけするものなんだと思っていたから

いや、もちろん私もことりちゃんのことは大好きだけど、そういうことじゃないよねきっと

ことり「お願い、穂乃果ちゃん……」

穂乃果「うっ……」

今、海未ちゃんの気持ちがわかった気がする

ことりちゃんにこんな顔でお願いされたら、きっと誰だって断る事なんて出来ないと思う

そりゃ海未ちゃんもずるいって言うわけだよ

穂乃果「わ、わかったよ」

結局私もことりちゃんのお願いに頷いた

断りきれなかったっていう理由もあるけど、ことりちゃんが相手ならいいかなって気持ちも少しはあったから

何度も言うようだけど、別に嫌じゃなかったし

ことりちゃんがしたいっていうのなら、それくらい叶えてあげたいって思った

私は目を瞑る

さっきは突然だったから開けっ放しだったけど、漫画とかだとこういう時は瞑るのが普通だと思ったから

そのままことりちゃんがしてくるのを待つつもりだったけど、そんな私に更なるお願いが突きつけられる

ことり「今回は穂乃果ちゃんからしてほしいな」

穂乃果「そ、そんなの無理だよ!さっきみたいにことりちゃんからしてよ!」

ことり「穂乃果ちゃん……」

うるんだ瞳で上目遣いで見つめてくることりちゃん

ことりちゃんこれ絶対わざとやってるよね!?

悪女だ。とんでもない悪女だよ!

穂乃果「あーん、もう!」

こうなったらもうヤケだよ

私はことりちゃんの肩に両手を乗せた

ことりちゃんが両目を閉じて、軽く唇を突き出した

私はそんなことりちゃんの顔をじっと見る

改めて見ると、やっぱりことりちゃんはすごく可愛い

顔もちっちゃくて、造形も整ってて、お人形みたいな女の子

女の子

どこからどう見ても女の子だった

緊張で手が震える

口の中がカラカラに乾いている

一体、私は何をしようとしてるんだろう

親友の、しかも女の子のことりちゃんを相手に

そんなことが一瞬頭をよぎったけれど、すぐにどうでもよくなった

今はただ、自分の心の感じるままに

そして私は、今度は自分の意思で、ことりちゃんにそっと唇を重ねた

穂乃果「ふう……」

お風呂からあがった私は、髪を乾かすのもそこそこに自分の部屋へと戻ってベッドに倒れ込んだ

布団が濡れちゃうけれど、今はちょっとそんなことを気にしている程の心の余裕はない

今、私の頭の中はいっぱいいっぱいだった

ご飯を食べている時もお風呂に入っている時も、ずっと同じことを考え続けている

穂乃果「私、ことりちゃんとキスしちゃったんだ……」

自分の唇を指でなぞる

ことりちゃんとキスをした時の感触が、まだはっきりと残っていた

白状すれば、ことりちゃんとのキスはやっぱり気持ちよかった

なんかちょっと変な気分になりそうにもなっちゃったし

だけど、家に帰って少し冷静になってみると、やっぱりとんでもないことをしたんじゃないかっていう気になってくる

しかもいくらことりちゃんにお願いされたからって自分からもしちゃうなんて

その場の雰囲気に流されていたという感は正直否めない

それに、ことりちゃんは海未ちゃんの好きな人でもあるのに

海未ちゃんが知ったらどう思うか、そのことを考えることができなかった

怒ってくれるならいい

いや、よくはないけど私が怒られて済むならいくらだって怒られる

でももし海未ちゃんを傷つけてしまったらと思うと、自分の軽はずみな行動を後悔せずにいられない

そもそも、ことりちゃんはどうして私にキスなんてしたんだろう

したかったからとは言ってたけど、どうして私にキスしたいなんて思ったの?

普通、友達にキスしたいなんて思ったりしないと思うんだけど

『穂乃果ちゃんのことが大好きだよ』

……あれは、やっぱりそういう事なのかな

ことりちゃんは私のことがそういう意味で好きなの?

いや、でも今までそんなの感じたことなかったし……

そりゃ大好きとかは今までたくさん聞いたけど、それは飽くまで友達としてっていう意味のはずで……

うう……わからない

ことりちゃんが何を考えてるのか、全然わからなくなっちゃったよ

なんだか頭が痛くなってきた

こういう時はあれだね。やっぱり甘いものに限るよね

甘いものを食べれば頭が回るってよく聞くし

穂乃果「よし、チョコだ!」

というわけで、私は今日2人にもらったチョコを鞄から取り出す

穂乃果「まずは海未ちゃんのからだね」

包をあけて中を見ると、そこには一口大のチョコレートがいくつも入っている

しかもなんかすごい出来がいいだけど、これって多分手作りだよね?

海未ちゃんお菓子なんて作れたんだっけ?

まあいっか

こんなに美味しそうなチョコを前にして、そんな細かいのは今はどうでもいいことだ

穂乃果「とりあえずいただきまーす」

私はその中から1つを手に取って口の中に放る

穂乃果「んっ!なにこれ餡子入ってるじゃん!」

イメージしていた味との違いに私は少しむせる

海未ちゃんのチョコの中にはこれでもかっていうくらいぎっしりと餡子が詰まっていた

ええー、なんで餡子入れるのかなあ

ていうか海未ちゃん、私が餡子はもう飽きたってよく言ってるのもしかして忘れてる?

海未ちゃんひどい!

……まあ別に餡子も普通に好きだからいいんだけどね

うん、最初はびっくりしちゃったけどちゃんと食べたら甘くてすごく美味しい

海未ちゃんはホントに何でもそつなくこなしてすごいなーって感心しちゃう

私は海未ちゃんからもらったチョコを半分ほど食べたところでそれをまた包に戻す

夜中にたくさん食べたらまた太っちゃうから気をつけないと

もうあんな辛いダイエットなんてしたくないもんね

と思いつつ次にことりちゃんから貰ったチョコに手を伸ばすあたり、実はあんまり反省してないのかもしれない

ことりちゃんにもらった包の中身はマカロンだった

色とりどりの生地にチョコレートクリームが挟んであって、なんだか見ているだけで楽しい気分になってくる

ことりちゃんらしい可愛いチョイスに私は少し笑った

私はその中からピンク色のマカロンを選んで一口かじる

口の中に広がる苺の風味がチョコレートクリームとよくマッチして、これもやっぱりすごく美味しかった

次に2個目のマカロンを、今度は感触を確かめるようにゆっくりと口にしようとする

穂乃果「っ!ぅわっ!」

だけどさっきより意識を向けていたからか、それが私の唇に触れた時についことりちゃんとのキスを思い浮かべてしまい、思わずのけぞってしまった

そのせいで私の顔は急激に熱をもち、落ち着いてきていた心臓は再び鼓動を早める

これは、ちょっと重症かもしれない

いくらなんでも過剰に反応しすぎている気がする

私は手にしているマカロンをじっと見つめてみる

それは私の唾液で少し濡れて艶めかしく光っているように見えた

そのことが余計にことりちゃんの唇を思い出させて、私は無意識につばを飲み込む

穂乃果「ことりちゃん……」

そしてそのまま何かに誘われるように、私はマカロンの表面に唇を押し当てていた

返ってきた感触は少し固く、期待していた感覚とは違ったことにちょっとだけ落胆する

ことりちゃんの唇は、もっと……

私はそこでハッと我に返って、今自分が想像していた事に対する恥ずかしさから逃げるように勢いよく布団を被った

ダメだ、なんかいろいろダメだ

こういう時は寝てしまおうと無理矢理目を閉じるけど、そうすると瞼の裏に今日の光景がフラッシュバックして、私は布団の中で身悶えることになった

放課後別れ際に海未ちゃんが言っていた言葉を思い出す

私は今、これまでにないくらいことりちゃんの事を考えてるよ

本当にどうすればいいんだろう

こんな調子で明日ことりちゃんと普通に話せるのかな

考えれば考えるほど、悩みはどんどん深く大きくなっていくばかり

ことりちゃんのせいで、今夜はもう眠れそうにない

穂乃果「いってきまーす」

次の日の朝、庭を箒で掃いていたお母さんに声をかけてから私は家を出た

今日はいつもより早く目を覚ましたから、特に急ぐこともなく余裕を持って2人との待ち合わせ場所に向かう

この時間なら海未ちゃんに小言を言われることはなさそうだと安心する

ぐっすり寝たから調子もいいし、目覚めもいつもより爽やかだった

うん、ぐっすり寝れた

私は結局あの後、30分もしないうちにもう夢の中だった

そこは普通、そのまま一睡も出来ずに寝不足気味で学校に行くっていうような場面じゃないのかな

なんか、なんだかなあと自分の能天気加減が少し心配になってくる

でもまあとりあえず、ことりちゃんとは今までどおり普通に接しようという風に方針はまとまっていた

別に付き合ってほしいなんて言われたわけでもないし、だったら私からはどうしようもない

もし今日、ことりちゃんから何かしらのアピールがあったとしたら……それはその時考えよう

そんなことを思いながら、私はいつもより気持ちゆっくりと通い慣れた通学路を歩く

あとはこの炭団坂を登るだけというところまで来て、そこで私は足を止める

そして近くの物陰から顔だけ出して、もう誰か来ているだろうかと確認してみる

するとそこにはもうことりちゃんが立っていた

海未ちゃんの姿は見当たらず、どうやら一人らしい

覚悟しては来たものの、実際ことりちゃんを目にするとやっぱりどうしても緊張してしまう

気を落ち着けようと一度深呼吸をしてみる

大丈夫、いつも通り、いつも通り

心の中でそう念じて、意を決して私はことりちゃんに声をかける

穂乃果「お、おおおおはようことりちゃん!」

うわ、やっちゃった!

なんか滅茶苦茶どもっちゃったよ!

声も微妙に裏返ってたし、これのどこがいつも通りなんだろうか

これじゃ絶対ことりちゃんに変に思われたと私は焦る

ことり「あ、おはよう穂乃果ちゃん」

だけどことりちゃんは特に気にした様子もなく私に挨拶を返した

ことり「穂乃果ちゃん、今日はいつもより早いね」

穂乃果「え?あ、うん。今朝は早く目が覚めたんだ」

ことり「そうなんだ。なんだか珍しいね」

穂乃果「も、もう。私だってたまには早起きくらいするよ」

ことり「あはは、ごめんね」

謝りながらことりちゃんは笑う

あれ、と思った

なんだかことりちゃんが随分と普通だ

別にそれは構わないんだけど、ちょっと拍子抜けいう感じ

これじゃ私1人だけが意識しすぎて空回ってるみたい

まあことりちゃんがいつも通りなら、私もそれに合わせやすいから助かる

助かる……んだけど、なんか納得いかないというか

ことりちゃんはなんでそうも普通でいられるのんだろう

キスされた側の私がこんなにドキドキしてるのに、キスした張本人がさもなんでもありませんよみたいな雰囲気だなんて

こう、なんかないのかな

昨日の謝罪をするとか、照れる様子を見せるとか、もしくは上機嫌で嬉しそうだとかなんでもいいんだけど

そうじゃないと、もしかしてことりちゃん昨日のこと忘れてるんじゃないのかなって気になってくる

いくらことりちゃんが天然でも流石にそれはないと思うけど

……こっちから何か言ってみようか

穂乃果「あの、ことりちゃん」

ことり「ん?どうしたの穂乃果ちゃん?」

あーもう、いつも通りって決めてきたのになあ

どうして私は、自分から昨日のことを掘り返すようなことをしようとしてるんだろう

でもしょうがないじゃん

だって、どうしてかわかんないけど気になるんだもん

穂乃果「その、昨日のことなんだけど」

海未「ごきげんよう、穂乃果、ことり」

穂乃果「うわっ!」

ことり「おはよう海未ちゃん」

突然声をかけられたことに驚いてしまう

振り返るとそこには海未ちゃんがきょとんとした顔で立っていた

びっくりさせないでよもう

っていうか海未ちゃん、ちょっと来るタイミングが悪すぎるよ

海未「どうかしたんですか?」

穂乃果「な、なんでもない……。おはよう海未ちゃん」

海未「はい。穂乃果が私より早く来ているなんて珍しいですね」

穂乃果「海未ちゃんまでことりちゃんと同じ反応しないでよ」

海未ちゃんの反応に少し膨れてみせる

海未「日頃の行動の結果です。穂乃果がいつもちゃんとしてくれるなら私もうるさく言わなくてすむんです」

穂乃果「海未ちゃんが言わなきゃいいんじゃん」

海未「私だって言いたくて言ってるわけじゃありません!穂乃果の為を思って言ってるんじゃないですか!」

ことり「あはは……まあ海未ちゃんもそれくらいで」

海未「ことりは穂乃果に甘すぎます。こういうことはちゃんと言わないとダメなんです。いいですか穂乃果」

穂乃果「うげぇ……」

そうして、今日も海未ちゃんの小言を聞きながらの登校になってしまった私

今日は遅刻してないのにどうしてこうなったと、心の中でため息をついた

結局ことりちゃんに昨日のことを聞けなかった

もうタイミングを逃しちゃってそんな感じじゃなくなっちゃったし

いや、むしろこれで良かったのかもしれない

あんまり深く考えずに、このまま過ごすのが一番なんだと思う

そうだよ、それがいい

私はちょっと気にしすぎなんだ

うん、そう、うーん、でもなあ

だってキスだよ?

ことりちゃんはどうなのかわかんないけど、私はあれが初めてのキスだったのに気にするなって方が無理だと思う

でもことりちゃんにとっては、あんなキスは別になんでもないものだったの?

それはなんか、正直ちょっとショックというか

もしかしてあれかな、外国の人は挨拶でキスするっていうやつなのかな

留学を前にして、すでに外国の文化に染められちゃったとか

それって、なんだか……

穂乃果「欧米か!」

真姫「痛っ!なにするのよいきなり!?」

穂乃果「ハッ!あれ、なんで真姫ちゃんがいるの?」

ていうか、ここどこ?

周りを見渡してみる

学校の教室なのは間違いない

黒板があって、机があって、壁にはよくわからない人たちの肖像画が並んでる

そしてなにより、黒板の前には大きなピアノが存在感を持って鎮座していた

ああ、ここは音楽室だ

でもなんで私は音楽室に?

真姫「何言ってるのよ。あなたが自分でここに来たんでしょ」

穂乃果「へ?」

真姫ちゃんに言われて頭を働かせてみる

たしか私は、考え事があったから昼休みに一人で学校内を放浪してて……

そうそう、思い出してきた

そしたら音楽室からピアノの音が聞こえてきて、なんとなくその方向にフラフラ歩いていったんだった

真姫「話しかけてもボーッとして心ここにあらずって感じだったけど、どうかしたの?」

穂乃果「んー……」

私はそんなにボーッとしてたのかなあ

音楽室に来てたのも気付かなかったくらいだし、きっとしてたんだろうと思う

それどころか、午前中の授業の内容だって全然覚えてないや

って、それはいつものことなんだけど

とにかく、私は今日半日ずっとそんな状態だったってことになる

これはちょっと問題だよね

授業は後期試験の人向けの試験対策みたいな内容だから私は聞かなくても問題ないと思うけど、ずっとこんな調子じゃ海未ちゃんやことりちゃんに心配かけちゃうかもだし

だけど少し気が抜けると、すぐ頭の中では同じ事を考えてしまう

うーん、どうしようか

抱えていた頭をあげると真姫ちゃんと目があったけど、すぐに顔をそらされてしまう

そして自分の髪を指でクルクルといじりながら、時折ちらりと私の事を伺っていた

多分、私のことを心配してくれてるんだろうなーと思う

真姫ちゃんは素直じゃないけど、本当は人を思いやることの出来るとってもいい子だから

穂乃果「ねえ真姫ちゃん」

真姫「なによ」

ちょっとした好奇心から、私は真姫ちゃんに質問してみる

穂乃果「真姫ちゃんってキスしたことある?」

真姫「ヴぇえ!?」

大きな声を上げて驚く真姫ちゃん

その顔が髪と同じ色に薄く染まった

真姫「ど、どうしてそんなこと聞くのよ」

穂乃果「いやほら、真姫ちゃんって大人びてるし。もしかしてそういう経験とかもあるのかなーって」

真姫「そうじゃなくて。穂乃果がそんな話をふってくるなんて珍しいじゃない」

穂乃果「そ、そんなことないよー。私だって女の子だもん、そういう話にだって少しは興味あるんだから」

真姫「それは嘘ね」

即答で断言されてしまった

そんなに私は恋愛に無関心に見えているんだろうか

まあ、正直否定は出来ないけども

だけど今は、少しだけ興味がある

それは本当のことだった

真姫「……はあ。とにかく、話してみなさいよ」

穂乃果「え?」

真姫「あなた、何か悩みでもあるんでしょ。誰かに話せばそれも少しは楽になるんじゃない?」

穂乃果「な、なんで私が悩んでるって分かったの!?」

もしかして、真姫ちゃんって実はエスパーだったとか?

真姫「そんなの、今の穂乃果の様子を見れば誰だって分かるわよ。悩んでますって顔に書いてあるわ」

思わず自分の顔を触ってみる

わかってたけど、今の私ってそんなにおかしな顔をしてるのか

真姫「穂乃果にはそんな顔、似合わないんだから。だから私が相談にのってあげるって言ってるの」

穂乃果「真姫ちゃん……」

真姫ちゃんの優しい声が、私の心に染み渡っていくようだった

確かに、私一人でこれ以上考えたところでどうにもならないような気がするし

真姫ちゃんになら、相談にのってもらうのもいいかもしれない

だから私は、真姫ちゃんの言葉に素直に甘えることにした

穂乃果「ありがとうね、真姫ちゃん」

真姫「べ、別に。穂乃果がそんなだったらこっちの調子も狂っちゃうってだけ」

照れ隠しにそんなことを言う真姫ちゃんが、私にはとても可愛いらしく思えた

穂乃果「それじゃあ、話すね」

そして私は、昨日あったことを全て真姫ちゃんに話した

正直そうやって人に話すのはなかなか恥ずかしかったけど、真剣に聞いてくれる真姫ちゃんに私も頑張って説明した

真姫ちゃんは、私の話が終わるのを最後まで黙って聞いていてくれた

真姫「ふーん、なるほどね」

私の話が終わると、真姫ちゃんは何かに納得したように小さく頷く

真姫「何を珍しく悩んでるのかと思ったら、そんなことがあったの」

穂乃果「ねえ、ことりちゃんはなんで私にキスしたんだと思う?」

私はとりあえず、一番知りたかったこと真姫ちゃんに質問してみる

真姫「そんなの……。穂乃果のことが、好きだからでしょ」

穂乃果「それって、友達として好きってこと?」

真姫「あのねえ、普通はただの友達にキスなんてしないでしょ」

それは、そうだよねやっぱり

自分の感覚がおかしいわけじゃないことが分かってとりあえず安心する

でもそうなると、ことりちゃんはやっぱり私のことが恋愛対象として好きだということになる

それはそれで、また違う悩みが出てくるわけで

穂乃果「でも、私もことりちゃんも女の子同士なのに」

真姫「……穂乃果って、意外とそういうこと気にするのね」

穂乃果「あ、別にことりちゃんのことおかしいとかそんなこと思ってるわけじゃないよ!?」

そういう人たちに偏見を持ってるわけじゃないし、それが親友の海未ちゃんやことりちゃんだっていうのなら尚更そんなことは気にしない

ただ、私自身が同性を好きになるとか付き合うとか、そんなことを考えたことはなかったから

ことりちゃんが好きだと言ってくれるのはすごく嬉しいけれど、それでも少し戸惑ってしまうんだ

真姫「まあ、ここは女子高だから。そういうのも、案外珍しい話じゃないわよ」

穂乃果「そうなの?」

真姫「そうよ、たぶんね」

そうなんだ

でも、気のせいかな

そう話す真姫ちゃんの顔が、何故だか私には少し悲しそうに見えた

真姫「それで、穂乃果はどうしたいのよ」

穂乃果「どうって言われても……」

それが分からないから真姫ちゃんに相談してるわけで

むしろ私が教えてほしいくらいだよ

真姫「はっきり聞くけど、穂乃果はことりのことが好きなの?」

もちろんことりちゃんのことは好きだ

そう答えようとしたら「友達としてっていうのは禁止」と釘を刺されてしまう

逃げ場のなくなった私は、今の正直な気持ちを口にする

穂乃果「そんなの、わかんないよ……」

真姫「分からないって、自分の気持ちでしょ」

穂乃果「だって本当にわかんないんだもん」

仕方ないじゃん

私は今まで恋なんてしたことはなかったんだから

好きという気持ちに他の名前を付けたことなんてないんだから

ことりちゃんへの好きがどういう種類のものかが分からない

むしろ他のみんなは、どうやって自分の好きが恋か否かの判断を下しているんだろう

真姫「そういえば、この前クラスの子が言ってたわ。その人のことが好きなのかどうかはその人とキス出来るかを考えれば分かるって」

穂乃果「そうなの?っていうか真姫ちゃん、クラスの子とそういう話するんだねえ」

真姫「ち、違うわよ!たまたまそんなことを話してるのが聞こえただけ!」

そんなに必死になって否定することないのになと思う

真姫ちゃんも案外こういう恋愛話に興味があるのかもしれない

μ'sのクール担当も、蓋を開ければただの高校2年の女の子なんだもんね

もしかしたら、実は好きな人なんかもいたりするのかな

真姫「そんなことより!穂乃果はことりとキスしたんでしょ?感想は?」

穂乃果「感想!?」

真姫「そう。嫌だったとか、またしたいとか。そこから穂乃果の気持ちが分かるかもしれないし」

真姫ちゃんはそんな理由から私にキスの感想を求める

真姫ちゃんの言うことは一理あるのかもしれない

けどだからって、感想を言えなんて言われてもすごく困る

穂乃果「いや、それはちょっと……」

真姫「穂乃果が自分の気持ちがわからないって言ったんでしょ。恥ずがしがってる場合じゃないんじゃない?」

穂乃果「うっ……」

それは、確かにその通りだ

真姫ちゃんは真剣に私のことを考えて言ってくれてるのに、相談している私がこんなことで躊躇してどうするんだ

穂乃果「わ、わかった。言うよ」

私は覚悟を決めて、一度大きく息を吸い込んだ

穂乃果「ことりちゃんとのキスは、その……」

そして、真っ先に頭に浮かんだ感想を言う

穂乃果「気持ちよかった、かな?」

真姫「……」

あれ、どうしたんだろ

なぜか真姫ちゃんが目を点にして固まってしまった

私は何か変なことを言っただろうか

もしかしてもっと他の感想も言えってことかな?

他にもっていうと、うーん

穂乃果「あ、あとすごく柔らかかった」

真姫「っ!バ、バカじゃないの!?」

私の感想を聞いた真姫ちゃんがなぜか顔を真っ赤にして怒り出す

真希「そんなこと言って恥ずかしくないのあなた!?」

穂乃果「ひどっ!真姫ちゃんが言えって言ったんじゃん!」

だからこっちだって恥ずかしいのを我慢したのに!

それをバカはいくらなんてもあんまりじゃないかと思う

真姫「言ったけど、そういうのじゃなくて!あーもう!」

そして真姫ちゃんは勢いよく立ち上がると、入口のドアに向かって歩きだした

私はその背中に慌てて声をかける

穂乃果「真姫ちゃんどこ行くの!?」

真姫「トイレよ!すぐ戻るからちょっと待ってて!」

穂乃果「そ、そっか。いってらっしゃい」

女の子があんまりトイレとか大声で言わない方がいいんじゃないかななんてことを思いながら、私はその後ろ姿を見送った

それにしても、真姫ちゃんなんであんなに怒ってたんだろう

耳なんて後ろから見てもわかるくらい真っ赤になってたし

よくわからないけど、真姫ちゃんが戻ってきたらとりあえず謝っておこうとそう思った

穂乃果「ごめんね真姫ちゃん、なんか私変なこと言っちゃったみたいで」

真姫「べ、別にいいわよ。私も大きな声出して悪かったわ」

あの後、真姫ちゃんの言ったとおり5分もしないうちに真姫ちゃんは戻ってきた

その時にはもう怒りも収まっていたみたいでひとまず安心する

穂乃果「よかったー。真姫ちゃんに嫌われちゃったらどうしようかと思ったよ」

真姫「大げさね。そんなわけないでしょ」

そう言って、真姫ちゃんは照れるよう私から目をそらした

穂乃果「それで、どう思う?」

真姫「え、どうって?」

穂乃果「私の気持ち。真姫ちゃん何かわかったかな?」

真姫「ああ……」

真姫ちゃんはそこで少し考えるような仕草で黙り込む

私はそんな姿を少し緊張しながら見守った

真姫「……ごめんなさい、やっぱりよくわからないわ」

穂乃果「えー、そっかぁ……」

その結果に少し落胆する

結局、私は自分の気持ちがわからないままだった

そしてそれがわからないことには、自分がどうしたいのかを決めることだって出来ない

こんな時、私の心にものさしでもあればいいのになーなんてことを考える

そのものさしで気持ちの大きさを測って、何センチ以上なら恋ですよーみたいな明確な基準があればいい

そうすれば、私はこんなに悩まずに済むのだろうか

真姫「穂乃果」

お互いに無言の時間がしばらく流れた後、おもむろに真姫ちゃんが口を開く

真姫「あなた、最初に聞いたでしょ。私にキスの経験があるのかって」

なんのことかと思ったけど、そういえばそんなことを聞いていたなと思い出す

その時ははぐらかされちゃったから、答えてくれないのかと思ってたけど

真姫「私にはないわ、キスの経験なんて。そもそも誰かと付き合ったことだってないし」

穂乃果「そうなんだ。真姫ちゃんこんなに可愛いのに意外だね」

真姫「い、言っとくけど告白されたことは何回もあるんだから。ただ私に釣り合う人がいなかったってだけで」

告白してくる男子をバッサリと切って捨てる真姫ちゃん

そんな姿が容易に想像できてしまい、私は苦笑した

それにしてもわざわざ今になって最初の質問に答えてくれるなんて、真姫ちゃんって結構律儀なんだなー

そんなことを考えていたら、真姫ちゃんはいきなりとんでもないことを口にした

真姫「ねえ、私とキスしてみない?」

一瞬、真姫ちゃんが何を言っているのかわからなかった

その言葉を頭の中で2回3回と反芻し、ようやくその意味を理解する

穂乃果「な、ええええええ!?何言ってるの真姫ちゃん!?」

あまりにも突然の真姫ちゃんの言葉に私は心臓がとまりそうな程に驚いた

キス?

私と真姫ちゃんが?

正直言って意味がわからない 

なんでなんでと頭の上をクエスチョンマークがぐるぐる回る

真姫「ほ、ほら、実際にしてみれば私ももっと何かわかるかもしれないし、それに……」

真姫ちゃんは一瞬だけ私から顔を背けて、だけどすぐに私を見て言った

真姫「……実は私、ずっと穂乃果のことが好きだったの」

穂乃果「ええええええええ!」

真姫ちゃんが、私を!?

今度こそ私の心臓はきっと何秒か止まっていたと思う

真姫「穂乃果……」
穂乃果「ちょっと待って!とりあえず落ち着こう真姫ちゃん!」
近づいてくる真姫ちゃんを両手を突き出して制止する

それでも止まることなく迫り来る真姫ちゃんに私は後ずさるけど、音楽室の机に挟まれる形で座っていた私に逃げ場なんてなく、すぐに窓際の壁まで追い込まれてしまった

穂乃果「真姫ちゃん、ダメだよ……」

真姫「どうして?穂乃果は私のこと嫌い?」

穂乃果「そんなわけないけど……」

まずい

これは昨日と同じだ

私の体が熱をもつ

心臓が早鐘を打ち始める

真姫「ねえ、いいでしょ穂乃果」

真姫ちゃんの顔がすぐ近くにあって

私のことを見つめるその釣り目がちの瞳に、私は目を奪われる

その奥に見える紫色の光が、なぜだかとても綺麗に見えた

穂乃果「ほ、本当に?本当にするの?」

真姫「もちろん。ほら、目を閉じて」

穂乃果「真姫、ちゃん……」

真姫ちゃんの手のひらが頬をなでる

そしてつい、私は言われるがままに目を閉じてしまった

ああ、私これから真姫ちゃんともキスしちゃうんだ

こんなのはダメだと頭ではちゃんと分かってる

だけどそれとは裏腹に、私の心は何かを期待するかのように震えていた

目を閉じたまま、私は真姫ちゃんからのキスを待つ

……

……

待つ

……

……

待つ

……

……

しばらく待ってみたけど、どうにも真姫ちゃんからの動きがない

もしかして、緊張しているのかな

私もことりちゃんにキスした時はすごく緊張したからその気持ちはよくわかる

だから真姫ちゃんの心の準備が整うのをそのままさらに待つことにする

……

……

待つ

……

……

待つ

……

……

目を閉じてから10秒は待っただろうか

ここまで何もないと私もさすがにどうしたんだろうと不安になってきた

真姫ちゃんの様子が気になって、私は恐る恐る目を開ける

目を開けるとそこにはすぐ近くに真姫ちゃんの顔が……なく

代わりに見えるのは、中指を折り曲げて思い切り反動をつけようとしている手

なんでこんなところに手があるんだろう?

私は呑気にもそんなことを考えた

真姫「えい」

穂乃果「痛っ!」

突如おでこを襲った衝撃に、私の視界が激しく明滅する

痛みを訴えるそこを両手で押さえ、少し涙目になっている瞳で前を見る

そこには右手を中途半端に前に突き出したまま、戸惑い顔をしている真姫ちゃんの姿があった

状況が理解できずに私は瞬きを繰り返す

穂乃果「え?なに、え?」

真姫「ふ、ふん。今のは、その、この私の頭を叩いたお返しよ」

今のっていうのはなんのことだろう

私のおでこがズキズキしていることと関係あるんだろうか

それに真姫ちゃんの頭を叩いたって、私そんなことしたかなあ

って、今はそんなことはどうでもいい

とりあえず、今の状況をわかるように説明してもらいたい

穂乃果「真姫ちゃん?」

真姫「な、なによ。文句でもあるの?」

穂乃果「いや、そうじゃなくて。あの、キスは?」

真姫「キ、キスなんてするわないでしょ!」

穂乃果「へ?」

どういうこと?

真姫「だから、冗談よ。冗談」

穂乃果「じょー……だん……?」

じょーだんって、マイケル?

いや、そんなわけないよね

じゃあもしかして冗談とか

え、冗談?

穂乃果「えーっと、真姫ちゃんが私のことを好きって言ってたのは?」

真姫「そ、それも冗談」

冗談……

なーんだ冗談か

そっかそっか

いやー、真姫ちゃんに一杯食わされちゃったなー

そっかそっか

冗談かーそっかー

その瞬間、私の足は急激に力を失い、私はその場にへたりこむ

お尻が汚れちゃうかもだけど、ちょっと今は立ち上がれそうにない

真姫「ほ、穂乃果?」

真姫ちゃんの心配そうな声が上から聞こえる

私はその声に全力で抗議を返した

穂乃果「ひ、ひどいよ真姫ちゃん!私真剣に悩んでたのに、こんな悪戯!すっごいびっくりしたんだから!」

やばい、なんか涙が出てきた

私はそれを制服の袖で拭う

真姫「わ、悪かったわ。でも、私だってこんな風になるなんて思わなかったのよ」

真姫ちゃんは謝りながら、私に向かって手を差し出した

私はその手を支えにしてなんとか立ち上がり、スカートについた埃を手で払う

穂乃果「むー」

真姫「そんなに睨まないで。びっくりしたのは私も同じなんだから」

穂乃果「真姫ちゃんが何をびっくりしたっていうのさ!」

真姫「……ねえ、穂乃果」

真姫ちゃんはそこで真剣な表情になって、そして私に問いかけた

真姫「あなた、なんでさっき目を瞑ったの?」

穂乃果「え?」

真姫ちゃんの言葉に、私は頭を殴られたかのような衝撃をうける

周りの音も聞こえなくなって、まるで時間でも止まってしまったかのような感覚

それほどまでに、真姫ちゃんのその質問は私の心を揺さぶった

真姫「私は穂乃果の話を聞いて、穂乃果は自分では気が付いてないだけで、きっとことりのことが好きなんだって思ったのよ。ことりとキスしたことも、あなたは別に嫌がっているようには見えなかったし」

真姫「だからもし私が穂乃果にキスを迫っても、きっとあなたはそれを拒絶して、あわよくば自分の気持ちに気付くかもしれない。そう思ったから、私だって恥ずかしいのを我慢してあんなことをしたの」

真姫「だけど、私の予想は外れた。あなたは拒絶しなかった。どうして?」

穂乃果「そ、それは真姫ちゃんが強引に迫ってきたからで……」

姫「でも、本気で拒もうと思えば出来たはずよ」

真姫ちゃんの言うことを、私は否定することが出来なかった

だってあの時、確かに私は真姫ちゃんのことを受け入れようとしていた

真姫ちゃんとのキスを想像し、あんなにも気持ちを昂ぶらせていたんだから

なんで、私はことりちゃんとキスをしたんだろう

なんで、私は真姫ちゃんとキスをしようとしたんだろう

求められたから?

私はせがまれたら誰にでもキスをするような人間だったのだろうか

そんな訳はないと思いたい

いくら私だって、好きでもない人にキスなんて出来ない

じゃあ、私は恋をしているのだろうか

ことりちゃんに?

真姫ちゃんに?

わからない

私にはもう、自分のことがわからない

わからないんだよ……

真姫「穂乃果」

真姫ちゃんの優しげな声が、私の心に響く

真姫「難しく考える必要なんてないわ。ありのままの、あなたの素直な気持ちを教えて」

私の気持ち……

2人とのキスの時、私の心を占めていた感情

私はそれを思い出す

あの時、私の中にあったもの

それは、たった一つの、とても単純な想いだった

穂乃果「……だって」

キスを拒まなかった理由なんて

そんなの、結局1つしかないに決まってる

穂乃果「だって私、真姫ちゃんのこと大好きだもん」 

真姫「ヴぇえ!?」

私の言うことに、真姫ちゃんは大きな声で驚いた

穂乃果「真姫ちゃんに好きって言われて、私嬉しかった。キスしたいって言われて困ったし戸惑ったけど、でも多分やっぱり嬉しかったんだと思う」

好きな人に好きだと言われて嬉しくない人なんてきっといない

その人の為に何かをしてあげたいと思うのだって、きっとみんな同じなはずだ

穂乃果「真姫ちゃんに求めらて、それが嬉しくて、だから私はそれに応えたいって思った。真姫ちゃんとならキスしてもいい。ううん、キスしたいって思ったんだ」

真姫「穂乃果……」

穂乃果「それが恋なのかは私にはやっぱりわからないけど、だけどそれが私の素直な気持ち」

真姫ちゃんが少しの間黙り込む

そしてしばらくしてから、真姫ちゃんは静かに口を開いた

真姫「ことりとも、同じ気持ちでキスしたの?」

穂乃果「……うん、そうだよ」

それを聞いた真姫ちゃんは、ほんの少しだけ怒ったような口調で言う

真姫「ことりは多分、真剣にあなたのことが好きだった。だから穂乃果ももっと真剣に考えてあげるべきだったと思うわ。少なくとも、恋かもわからないのにキスなんて、そんな相手を期待させるようなことはするべきじゃなかったと思う」

真姫ちゃんの言葉が、私の胸に突き刺さる

もしかしたら、私はことりちゃんにひどいことをしてしまったのだろうか

いくらことりちゃんのお願いだったからって、安易にキスなんてするべきじゃなかったのかもしれない

そんな後悔が私の頭をかすめる

真姫「でも」

そこで一旦言葉をきって、真姫ちゃんは私を真正面から見つめる

その綺麗で力強い瞳に吸い寄せられるように、私も真姫ちゃんを見つめ返した

真姫「ねえ、穂乃果はことりのことが好き?」

真姫ちゃんは再度私にそう問いかける

真姫ちゃんが今回どういう意味でそう聞いているのかは分からない

だけど、私は自信を持ってこう答える

やっぱり私には、これ以外の言葉は浮かばない

穂乃果「うん、大好きだよ」

真姫ちゃんはすぐに質問を重ねる

真姫「じゃあ、海未のことは?」

穂乃果「もちろん、海未ちゃんのことだって大好きだよ」

真姫「花陽は?凛は?にこちゃんや絵里や希のことは?」

真姫ちゃんはそこですこし言葉につまり、ためらいがちに続ける

真姫「私のことは、好き?」

穂乃果「花陽ちゃんのことも、凛ちゃんのことも、にこちゃん、絵里ちゃん、希ちゃん、そして真姫ちゃん。みんなみんな、私の大好きな人達だよ」

真姫「……そう」

真姫ちゃんが静かに言う

真姫「穂乃果にとっては、友情も恋愛感情も関係ない。あなたはただ、みんなのことが大好きなのね」

穂乃果「真姫ちゃん……」

真姫「それが、穂乃果らしさなのかも」

そうして、真姫ちゃんは少し微笑んだ

真姫「……最後に一つだけ質問してもいい?」

穂乃果「なに?」

真姫「た、例えば!例えばの話!だから、勘違いしないでよね!」

真姫ちゃんは前置きにそう強く念押しをする

真姫「例えばだけど、もし私があなたの事を好きだっていうのが本当で、付き合ってって告白したとしたら、あなたはなんて答える?」

穂乃果「それは……」

真姫ちゃんの例え話を、私は真剣に考えてみる

もし、真姫ちゃんに付き合ってなんて言われたら

きっと私はすごく悩む

悩んで悩んで、夜も眠れないんじゃないかってくらい悩んで、だけど寝て

それを何日も繰り返して、きっと私は

答えようとしたその時、昼休みの終わりを告げる鐘の音が校舎内に響き渡る

真姫「……おかしなことを聞いたわ。今のは忘れて」

そう言って、真姫ちゃんは私に背を向ける

もうこの話はしたくないと言っているような気がして、私は言いかけた言葉を心の内にしまいこんだ

真姫「ねえ穂乃果。いろいろ言ったけど、ことりの事は結局あなた自身で答えを見つけるしかないんだと思う。だから、なんていうか……頑張りなさい」

穂乃果「うん、わかってる」

真姫ちゃんの言うとおりだ

私は自分で考えて、自分の気持ちに向き合わないといけない

ことりちゃんが大好きで、そして私はどうするのか

ちゃんとした答えが出せる自信は正直ない

私は頭を使うことは得意じゃないんだから

だけど、それでも

頑張って考えて、自分なりの気持ちをことりちゃんに伝えたいと思う

だからファイトだよ、私

穂乃果「真姫ちゃん、今日は相談にのってくれてありがとう」

私がお礼を言うと、真姫ちゃんは照れくさそうにそっぽを向いてしまう

真姫「べ、別に私は大したことなんて言ってないわ」

穂乃果「またまたー、謙遜しちゃって。私すっごく助かったんだから。また何かあったら真姫ちゃんに相談するね」

真姫「好きにすれば?どうせ嫌って言っても来るんでしょ」

穂乃果「うん!ってそうだ!早く戻らないと先生が来ちゃうよ。行こ、真姫ちゃん」

あの先生、遅刻には厳しいことで有名だもんね

急がないと、きっと大目玉をくらってしまう

真姫「私は、まだいいわ。もう少しここにいる」

穂乃果「え、でも授業始まっちゃうよ?」

真姫「次の授業の先生はいつも来るの遅いし、1曲弾くくらいの時間ならあるから」

穂乃果「おお!真面目な真姫ちゃんらしからぬ発言だね」

真姫「べ、別にいいでしょ!今はそういう気分なの」

真姫ちゃんも、そんな気分になる時があるんだ

いっその事、私も遅れていこうかな、なんてことも思うけど

先生と海未ちゃんに怒られるのは、ちょっと勘弁願いたい

穂乃果「そっか。じゃあ私は先に戻ってるね」

真姫ちゃんに軽く手を振って、私は音楽室の出口に向かう

穂乃果「ねえ真姫ちゃん」

真姫「なに?」

途中で足を止め、真姫ちゃんに声をかける

どうしても、最後にこれだけ言いたくなった

穂乃果「えへへ。私、真姫ちゃんのこと大好きだよ」

私はもう一度だけそれを真姫ちゃんに伝えて、今度こそ出口に向かって歩き出す

真姫「……ええ。私もよ、穂乃果」

扉から出る瞬間、真姫ちゃんが小声で何かを呟いたような気がした

私は振り返るけど、その時にはもう真姫ちゃんはピアノに座って集中を始めていて、邪魔しないようにとそのまま声をかけずに音楽室を後にする

廊下を歩いていると、背後からは私の大好きな音楽が聞こえてきた

私はそのメロディに合わせるように体を揺らし、その綺麗な歌声に重ねるように声を出す

穂乃果「大好きだばんざーい まけないゆうき 私たちは今を楽しもう」

そして私は、そのまま歌を口ずさみながら、大好きな人達の待つ教室に帰るのだった

今日は終わります
もし読んでくれている方がいたらありがとうございました
次回で最後になります
次は来週、のつもりでしたが、多分このペースだと来週までに書き終わってません
だいぶ見切り発車がすぎてしまいました
なので次は完成し次第投下します
出来るだけ早く終わらせますので気長に待ってくれたら嬉しいです

ようやく終わったので投下していきます
よろしくお願いします
凛ちゃん誕生日おめでとう!

「GIRL FRIENDS(仮)」

春、それは出会いと別れの季節

音ノ木坂学院を卒業した私たちは、みんなそれぞれが自分の未来に向かって歩いていく

それは私も例外じゃない

私は明日、日本を離れて海外に留学する

自分の夢を叶えるために

そうやって前に進んでいく過程で、失うものはきっとたくさんある

例えば、それは数多くの友達

高校に入学して、私にはたくさんの友達ができた

3年間、同じクラスだったり違うクラスだったりしたけれど、朝出会えばおはようと挨拶をし、廊下ですれ違えば軽く談笑をする

そんな人との繋がりを作ってきた

でも高校を卒業した時点で、その大半は壊れて消える

特別親しい友達をのぞいて、私のこの先の人生でその人達と関わることはないと思う

もし留学を選んでいなかったら、無くしてしまう絆だって今よりはもっと少なかったのかもしれない

例えば、それは恋

私の大好きな人

あの人への大切な想いだって、私はここに置いて行く

持っていくことは出来ない、それはきっと私もあの人も不幸になる結果を招くから

本音を言えば、もちろん離れたくなんてない

これからもずっと、あの人と一緒にいたい

でもそれは無理

あれもこれも手に入れたくて、だけど何も失いたくないなんて、そんなわがままは通用しない

私たちはそういった色々なものを切り捨てながら、それでも歩き続けるしかないのだから

穂乃果「今日はことりちゃんの家でお泊まり会をしよう」

そんな穂乃果ちゃんの一声で、私たち3人は今私の家に集まっていた

穂乃果「お邪魔しまーす」

海未「お邪魔します」

ことり母「あらあら、穂乃果ちゃんに海未ちゃん。いらっしゃい」

2人のことをお母さんが出向かえる

もう、そんなことしなくていいのに

友達と遊ぶのに親に関わってほしくないという子供心は、古今東西どんな親もわからないらしい

海未「おばさま、今日はお世話になります」

穂乃果「これ、つまらないものですが」

そういって穂乃果ちゃんは自分の家の和菓子をお母さんに渡す

ことり母「まあ、そんなの気にしなくていいのに。2人ならいつだって大歓迎よ」

ことり「もういいから、お母さんはあっち行ってて」

ことり母「ええ?私だって穂乃果ちゃんたちとお話したいのに。2人とも、こんな娘といつも仲良くしてくれてありがとうね」

海未「いえそんな。こちらこそいつもことりにはお世話になっています」

穂乃果「私たち、ことりちゃんのこと大好きですから」

ことり「お母さん!」

ことり母「はいはい。じゃあ2人とも、遠慮せずに楽しんでいってね」

そう言ってようやくお母さんは自室へと戻っていった

ことり「あはは、なんかごめんね」

穂乃果「どうして?いいお母さんだよね」

海未「ええ、ことりがこうやって育った理由がよくわかります」

2人がお母さんの事を褒めて、私は少し顔が熱くなる

お母さんがいいお母さんなのは、娘の私もよく分かっているけれど

それでも家族を褒められるというのは、自分を褒められるより何故か気恥ずかしくなってしまうものだった

2人を家にあげて、自分の部屋へと案内する

穂乃果「なんか、だいぶ片付いてるね」

ことり「うん、必要なものはもうあっちに送っちゃったから」

海未「ついに、明日なんですね」

明日

その一言で、私達の間には重苦しい空気が流れる

穂乃果「あーもう駄目駄目!今日はそういう話は禁止だよ」

だけどすぐに、穂乃果ちゃんが明るい声でその空気を一掃した

穂乃果「そんなことよりさ、せっかくのお泊まりなんだもん。いっぱい楽しいことしようよ」

海未「そ、そうですね。あ、そうだ。私家からこれを持ってきました」

そう言って海未ちゃんが取り出したのは、こういう時には定番のアイテムであるトランプ

それを見た瞬間、私は去年の修学旅行のことを思い出した

海未「前は不覚をとりましたが、今度こそ負けませんよ」

自信満々にそう言い切って見せる海未ちゃん

私と穂乃果ちゃんは顔を見合わせて、予想される展開に少し苦笑いをした

それから私たちはめいっぱいお泊り会を楽しんだ

海未ちゃんの持ってきたトランプで遊び、3人で一緒に晩御飯を作り、狭いお風呂に一緒に入って、そして寝るまでにいっぱいおしゃべりをした

でも別に何をするかなんて関係なくて、ただこうして一緒にいるだけで私はとっても楽しい気持ちになれる

2人がいたから、私は毎日が幸せだった

私の大好きな友達

穂乃果ちゃんと海未ちゃんと友達になれて本当によかった

そんな生活とも明日でお別れ

2人のいない場所で、私は笑うことが出来るだろうか

あの人のいない世界で、私は幸せになることが出来るだろうか

想像もつかない、だって今までずっと一緒に過ごしてきたんだから

そんな不安からか、私はなかなか寝付けずにいた

だけど、それでも私は頑張るしかない

誰でもない、これは自分自身で決めた道なんだから

穂乃果「ことりちゃん起きてる?」

ベッドに入って1時間は経っただろうか、隣で寝ていた穂乃果ちゃんから声をかけられる

ことり「うん、起きてるよ」

穂乃果「海未ちゃんは?」

海未ちゃんからの返事はない

その代わりに、反対側からは可愛らしい寝息が聞こえてくる

ことり「寝ちゃったみたい」

穂乃果「相変わらず寝付きいいなー海未ちゃんは」

そう言って穂乃果ちゃんは少し笑う

ことり「穂乃果ちゃんはどうしたの?眠れないの?」

穂乃果「うん、なんだか目が冴えちゃって」

ことり「そうなんだ」

穂乃果ちゃんも一緒なんだとわかって、私はそれがなぜだかちょっぴり嬉しかった

穂乃果「でも良かった。ことりちゃんも起きてて」

ことり「どうして?」

穂乃果「私ね、ことりちゃんに大切な話があるんだ」

穂乃果ちゃんが横を向いて、私と目が合う

その真剣な眼差しに、私は話の内容を察した

穂乃果ちゃんに連れられて、私たちは部屋を出る

お母さんはもう寝たらしい、電気のついていない暗い廊下

その壁にもたれかかるようにして、私たちは座り込んだ

穂乃果「バレンタインの日、ことりちゃんが私に言ってくれた事って覚えてる?」

膝を抱えるような体勢で、穂乃果ちゃんがそう切り出す

ことり「もちろん覚えてるよ」

忘れるわけがない

だってあれは、私の生まれて初めての告白だったんだから

穂乃果「あの、さ。ことりちゃん、あの時私に、その、キスしたじゃん。あれってやっぱりそういう意味でいいんだよね?」

ことり「うん。私は、穂乃果ちゃんのことがそういう意味で大好き」

穂乃果「……そっか」

穂乃果ちゃんが再び上を向く

そしてしばらく黙り込んだまま、何かを考えているように見えた

ことり「やっぱり、気持ち悪いよね」

穂乃果「えっ?どうして?」

私の言葉に、穂乃果ちゃんは驚いたような声を出す

ことり「だって、私達は女の子同士なのに。穂乃果ちゃん、多分そういうのって受け入れられないと思ってたから」

穂乃果「そんな。私がことりちゃんのことを気持ち悪いだなんて思うわけないよ」

穂乃果ちゃんは私の目をまっすぐと見据えながら言う

穂乃果「ことりちゃんが私のこと好きって言ってくれたこと。私にキスしてくれたこと。すっごく嬉しいよ。ありがとうことりちゃん」

ことり「穂乃果ちゃん……」

穂乃果「私ね、あれからいっぱい考えたんだ。ことりちゃんのこととか、私のこととか。いままでのこと、これからのこと、他にもいろいろ。ちゃんと考えて、ことりちゃんに返事をしたかったから」

そんなこと、気にする必要なんてなかったのに

だってあの告白は、完全に私の自己満足

私は留学する前に穂乃果ちゃんにきちんと気持ちを伝えたかっただけ

付き合いたいなんて思ってたわけじゃない、両思いになれるなんて思っていない

ただ自分の気持ちとしっかりと決別したかった

それが一つ目の理由

そしてもう一つは、自分で自分が嫌いになってしまうような酷い理由

ずるくて、汚くて、とても醜い感情から

そんな独り善がりな行動に穂乃果ちゃんを巻き込んで、あまつさえ穂乃果ちゃんの大事な初めてのキスまで奪ってしまった

そんな私は、本当なら穂乃果ちゃんに嫌われたって仕方がないのに

それなのに穂乃果ちゃんは、私の為にたくさん悩んでくれたらしい

穂乃果ちゃんの優しさが、今の私には少し辛かった

穂乃果「ねえ、ことりちゃん」

穂乃果ちゃんは頬を軽く染めながら、潤んだ瞳で私を見る

穂乃果「ことりちゃんはさ、また私とキスしたいって思う?」

ことり「えっ?」

穂乃果ちゃんの口から出たのは、まるで想像もしていなかった言葉

その衝撃に、私は息をすることさえ忘れてしまう

ことり「ど、どうして?」

穂乃果「ことりちゃんがキスしたいって思うなら、いいよ。私、ことりちゃんとならキスできる」

私の質問には答えずに、穂乃果ちゃんは更に驚くような事を言う

一体何を考えているんだろう

私の気持ちを知っていて、どうしてそんなことを言うの

これじゃあ、まるで

ことり「ほ、本当にいいの?」

穂乃果「うん。ことりちゃん」

穂乃果ちゃんが目を閉じる

これは夢じゃないのかな

あの穂乃果ちゃんが、私にキスを求めている

この前のような私からではなく、穂乃果ちゃんが自分から私とキスをしてもいいと言ってくれている

頭がクラクラとする

穂乃果ちゃんの可愛らしい唇に私は目を奪われる

ゆっくりと、私は穂乃果ちゃんに顔を近づける

私は子供の頃から穂乃果ちゃんが好きで

こんな状況をずっと待ち望んでいた

それが今私のすぐ手の届くところにあって

そしてそれに手を伸ばさない理由なんてないはずで

だから私は、あと数センチにまで迫ったこの距離を、そのまま

『ことり』

ことり「っ!?」

それなのに、なんで

私の頭の中に、あの人の声が響くのだろう

あの人の姿を、こんなにも鮮明に思い浮かべてしまうのだろう

『ずるいですよ……ことり』

とっても優しくて

『恥ずかしすぎます!破廉恥です!』

とっても恥ずかしがり屋で

『ことりは穂乃果に甘すぎます!』

とっても厳しくて

『好きな人に、好きだと言える自分になりたいんです』

そして、とっても可愛いあの人

たくさんのあの人が浮かんでは消えて、それが私の心を締め付ける

どうして私は、こんな……

穂乃果「やっぱり、できないんだね」

穂乃果ちゃんが、その閉じていた瞼を開く

まるで、こうなることを予想していたかのように

ことり「穂乃果ちゃん、私……」

穂乃果「私ね、もし今ことりちゃんがキスをしてきたら、ことりちゃんのこと本気で好きになろうって思ってた。ことりちゃんと恋人になるのもいいのかもって」

穂乃果ちゃんは前を向いて、ひとりごとのように話し出した

穂乃果「ことりちゃんに告白されてから、私ずっとことりちゃんのことを見てきたんだ。それこそ、恋する女の子みたいにさ」

穂乃果ちゃんは照れるように少し笑う

穂乃果「でも、そしたら気付いちゃったんだ。ことりちゃんは、全然私のことを見てないんだなって」

ことり「そんなことない!」

穂乃果ちゃんの言葉に、私は思わず大きな声を出していた

穂乃果「ことりちゃん、しー」

ことり「ご、ごめんなさい……」

私はとっさに口を押さえる

ことり「でも、ほんとにそんなことない。私は穂乃果ちゃんのこと……」

穂乃果「うん、ことりちゃんが私のことを好きだって思ってくれてるのは分かるよ。だけどそれでもことりちゃんは、いつも私じゃない人のことを見つめてたよね」

ことり「それは……」

違う、と言い切ることができなかった

私がさっきつい大声を上げてしまったのは、穂乃果ちゃんの言っていることが的はずれだったからじゃない

それが本当のことだと自分自身分かっていたから

そして、それを認めることが出来なかったからだ

穂乃果「ことりちゃんはその人が、海未ちゃんのことが好きなんだよ」

だけど穂乃果ちゃんは、容赦なく私にその心の内を突きつける

穂乃果ちゃんが好き

それは嘘偽りのない、私の本当の気持ち

だけどいつからだろう

私が穂乃果ちゃんのことを考える時間が少しずつ減っていって

その変わりに、海未ちゃんのことを想う時間が増えていったのは

気が付くと、いつも彼女のことを目で追って

彼女の仕草の1つ1つが、私の心をざわつかせた

穂乃果ちゃんの言う通り、いつの間にか私は海未ちゃんのことを好きになっていたんだ

ことり「ごめん、穂乃果ちゃん……」

穂乃果「どうして謝るの?」

ことり「だって私、穂乃果ちゃんのことが好きで、キスだってしたのに……。それなのに今更こんなの、最低だよ……」

同時に2人の人を好きになって

それでも私は、変わらず穂乃果ちゃんのことが一番大好きなはずだった

なのにどんどんと、否応なく2つの好きはその比重を変えていく

自分の意思とは無関係に、ただ残酷に

子供の頃から積み上げてきた穂乃果ちゃんへの想い

私という人間を構成する大切なところの一部分

それが、こんなにも簡単に塗り替えられていく

私のこれまでの気持ちを否定されていくようで

私が私でなくなっていくようで

私はそれが怖かった

怖くて、認めることが出来なくて

だから私は、穂乃果ちゃんにキスをした

私は穂乃果ちゃんが一番好きなんだと証明するために

本当は気付いていた自分の本心から逃れるために

あれはそんな自分勝手を押し付けた、最低最悪の口づけ

そしてその後に残ったのは、少しの興奮と、激しい胸の痛みだった

穂乃果「ことりちゃんは最低なんかじゃない」

そんな酷い私のことを、それでも穂乃果ちゃんは優しく包み込む

穂乃果「誰かを好きだって気持ちが、いけないものなわけないよ」

ことり「穂乃果ちゃん……」

穂乃果「私のことが好きだって言ってくれることりちゃんも、海未ちゃんのことを好きになったことりちゃんも、どっちも大切なことりちゃんだよ。だから、そんなに自分を責めちゃだめだよ」

私を許す穂乃果ちゃんの言葉

たったそれだけで、罪の意識に押し潰されそうだった私の心は少し救われる

穂乃果「ねえことりちゃん。私もことりちゃんのことが大好きだよ。だけどやっぱり、私はことりちゃんの気持ちには応えないね」

ことり「……うん」

応えられないのではなく、応えないのだと穂乃果ちゃんは言う

さっき私があのままキスをしていれば、もしかしたら何かが変わっていたのかもしれない

だけどそんなの、もういくら考えたって遅いこと

それに、もし仮に時間が巻き戻ったとして、同じ場面を迎えたとしても

それでもきっと、私はやっぱりキスをすることは出来ないと思う

だってあの時私を引き止めたものが、こんなにも強く心に残ってしまっているのだから

穂乃果「でも私、それでもことりちゃんのことが大好きだから。ずっとことりちゃんと親友でいたいから」

穂乃果ちゃんが私の手をとり強く握る

穂乃果「だから、私待ってるよ。ことりちゃんが帰ってくるのを。そしたらさ、また一緒に遊ぼう。また、3人で遊園地に行こう」

また、3人で

留学から帰ってきた時、私たちの関係はどうなっているんだろう

口ではなんと言っていても、本当は私はそれがすごく不安だった

戻ってきた時、2人の隣に私の居場所はないんじゃないかって

だけどそんな不安も、穂乃果ちゃんが吹き飛ばしてくれる

穂乃果ちゃんがそう言ってくれるなら、私はそれを信じられる

だって穂乃果ちゃんのことを信じて、それが間違いだったことなんて1回だってないんだから

ことり「うん。私も穂乃果ちゃんが大好き」

穂乃果ちゃん
持ち前の明るい笑顔で、太陽みたいにみんなのことを照らしてくれるあなた

そしてその明るさで、周りの人みんなのことを幸せな気分にしてしまう

誰にでも平等に、みんなのことが大好きで

私は、そんな穂乃果ちゃんのことが大好きだった

この先現れるだろうあなたを独り占め出来る人のことを考え、心の底から嫉妬してしまうほどに

でもそんな気持ちももう終わり

ありがとう、穂乃果ちゃん

こんな私をあなたの親友だと言ってくれて

そしてさようなら、私の初恋

あなたに恋をしていた毎日は、私の最高のタカラモノだった

そして、芽生えてしまったもう一つの気持ち

知りたくなかった、認めたくなかった、好きになんてなりたくなかった

だって好きにならなけば、こんなに辛い気持ちになることもなかった

好きにならなければ、余計な未練を増やさずに旅立つことが出来たのに

でも、もう認めよう

私は、海未ちゃんのことが好き

好きで好きで、本当に大好きだから

私には、やらなければいけないことがある

どんなに嫌でも、胸が苦しくなったとしても

私は明日

この心で光る、もう一つの恋も終わらせよう

眩しい程の朝日が窓から部屋に降り注ぐ

その光に当てられた海未ちゃんが、もぞもぞと布団の中でみじろいでいる

私はそんな海未ちゃんの寝顔を、その真横の特等席から眺めていた

その顔はとても可愛らしくて、つい海未ちゃんの頭を撫でてみる

さらさらな髪の毛が手のひらの下で揺れる

私はなんだか楽しくなってきて、掬ってみたり指で梳いてみたりとその綺麗な髪をいじり続ける

なんだかこのままずっと触っていたくなるような、そんな心地よさを感じた

海未「……ことり?」

ことり「あ、おはよう海未ちゃん」

しばらくしてようやく海未ちゃんが目を覚ます

私は海未ちゃんに挨拶をして、でもその手を動かすことはやめない

海未「おはようございます。あの、ことりは何をしてるんですか?」

ことり「うーん。海未ちゃんの寝顔が可愛かったから、つい」

海未「なっ!?」

海未ちゃんが顔を赤くして起き上がる

私は手から離れていく感触に名残惜しさを感じて手を伸ばした

ことり「海未ちゃーん」

海未「だ、駄目です!ことりもはやく起きてください」

残念、と私は諦めて体を起こす

まあ海未ちゃんの照れ顔が可愛かったのでとりあえずはよしとしておくことにしよう

海未「そういえば、穂乃果はどうしたのですか?」

意識がはっきりしてきたのか、海未ちゃんが穂乃果ちゃんの姿がないことに気づく

ことり「穂乃果ちゃんはいないよ」

海未「お手洗いですか?」

ことり「ううん、そうじゃなくて。穂乃果ちゃんは海未ちゃんより先に起きて帰ったの」

海未「はい?」

海未ちゃんが素っ頓狂な声を出す

海未「すみません、ちょっと意味が分からないのですが」

ことり「そのまんまの意味だよ」

海未「……冗談ですよね?」

信じられないといった顔の海未ちゃんに、私は首を横に振る

海未「どういうことですか?だって今日はこれからことりの」

ことり「それより、海未ちゃん早く準備しないと。時間に遅れちゃう」

海未「それよりって、ことり!」

ことり「……海未ちゃんは、見送りに来てくれるでしょ?」

海未「え?」

ことり「だったら私は、それでいいよ。海未ちゃんがいてくれるなら、私はそれだけで嬉しい」

海未「ことり……」

海未ちゃんは一瞬とても辛そうな顔をして、だけどそれ以上何も言わなかった

準備を終えた私は、お母さんに別れの挨拶を済ます

これまでの感謝の気持ちを綴った手紙もその時に渡した

恥ずかしいから、私がいないところで読んでほしいとお願いをして

本当に、お母さんには感謝している

今まで私を育ててくれたこと、そしてこの留学のことだって

これは、先日留学先から送られてきたエアメールに書いてあったこと

今回の再留学を実現するために、私の知らないところでお母さんはとても努力してくれていたらしい

あの日、留学をとりやめて私が家に帰った時

お母さんは私を見て驚いた顔をした後、何も言わずに笑顔でおかえりなさいと言ってくれた

子供の私には知る由もなかったことだけれど、やはりあの後は大変だったそうだ

お母さんの元には当然苦情の手紙や電話が届いていた

それはそうだ、相手だって遊びじゃない

私が来るつもりで受け入れ準備などをしてくれていて、それにだってたくさんの手間やお金がかかっていたはずだ

それが全部無駄になったとなれば、相手が怒るのだって当たり前

それをお母さんは海外まで直接出向き、私の代わりに謝罪した

そして更に、いつか私が再び留学出来るようにと話までつけてくれていたんだ

普通、留学をドタキャンするような相手のところにもう一度同じ話が来るわけがない

だけどお母さんは、私の将来の為にと何度も何度も頭を下げてくれていたらしい

お母さんは何も悪くないのに必死になってお願いし続けて

最初は断っていた相手方も、そんなお母さんの姿に今回だけはと折れてくれたそうだ

いいお母さんを持ったねと、手紙にはそう書いてあった

本当にそう思う

私のわがままのせいでたくさんの迷惑をかけて、だけど私の前では一度もそんな素振りを見せなかったお母さん

私はお母さんが大好きですと、お母さんに渡した手紙の最後はそう締めくくった

私と海未ちゃんは2人並んで家を出る

右手には少し大きめのキャリーケース

そして左手には、しっかりと繋がれた海未ちゃんの右手

私から海未ちゃんの手を握ったのはもしかしたら初めてだったかもしれない

驚いた顔をした海未ちゃんは、だけど拒否することもなく絡めた指に力を込めた

私たちは電車に揺られて、目的地の空港に到着する

人でごった返しているロビーまで来て、私たちはようやく繋いでいた手を離した

そこで、私は海未ちゃんと正面から向き合う

ことり「ここでいいよ、海未ちゃん」

海未「はい」

それだけ言って会話が途切れる

お互いに言いたいことはたくさんあるはずなのに、それがうまく言葉になって出てこなかった

せっかく穂乃果ちゃんが2人きりにしてくれたのに情けない

だからとりあえず、海未ちゃんに報告しなければならないことを先に伝えることにした

ことり「私ね、海未ちゃんに言わなきゃいけないことがあるの」

海未「言わなきゃいけないこと、ですか?」

ことり「うん。私、昨日穂乃果ちゃんに振られちゃいました」

海未「え?」

ことり「せっかく海未ちゃんが応援してくれたのに、ごめんね」

海未ちゃんが背中を押してくれなければ、きっと私は今でも穂乃果ちゃんに気持ちを伝えられずにいたと思う

そしてその気持ちに決着をつけることも出来ずに、もやもやとした気分のまま日本を出発することになっていたはずだ

海未「そう、ですか。いえ、私はそんな……」

ことり「だけど、海未ちゃんのおかげで私は穂乃果ちゃんに告白できたよ。振られちゃったけど、でも私海未ちゃんにすっごく感謝してるの」

海未ちゃんに感謝の言葉を伝える

だけど、それを聞いた海未ちゃんの表情は暗い

海未「違うんです、ことり……。私は、あなたに感謝される資格なんてないんです」

そして、おずおずとゆっくりその口を開いた

海未「確かに私は、ことりに穂乃果への告白を勧めました。とても辛かったですが、ことりが幸せになるのならきっとその方がいいのだと」

下を向いて、私と目を合わさずに

海未「ですがそう思っていたつもりで、本当は全然違うんです。だって私は、本心ではことりが穂乃果に振られればいいと思っていたのですから」

そして海未ちゃんは、悲痛な声で私にそう告げた

海未「そうすれば、ことりは穂乃果のことを諦めるしかなくなると思いました。そうなったら、もしかしたら私のことを見てくれるかもしれないと思ったんです」

そんなこと、言わなければ分からないのに

それでも海未ちゃんは、自分の見られたくない心の中を私に晒す

海未「ことりのことを諦めなくてはと思いました。ですが、私にはどうしてもそれが出来なくて……」

真面目で不器用な海未ちゃん

海未「私は最低です。好きな人の不幸を望んでしまうような、そんな最低な人間なんです」

ことり「……そうだったんだ」

そんな海未ちゃんのことを、私はとても愛おしいと思った

ことり「ありがとう、海未ちゃん。私のことを、そんなに好きでいくれて」

海未「そんな。どうしてお礼なんて……」

ことり「だって、海未ちゃんの気持ちがすごく嬉しかったから」

私の言葉に驚いたように海未ちゃんは目を丸くする

ことり「今だから正直に言うとね、海未ちゃんが私に穂乃果ちゃんへの告白を勧めてくれた時、本当は結構ショックだったんだよ?海未ちゃん、もう私のこと好きじゃなくなっちゃったのかなって」

海未「あ、ありえませんそんなこと!私が、ことりのことを好きでなくなるなんて!」

ことり「うん、そうだよね。海未ちゃんの気持ち、私はよく分かってたはずなのに」

海未ちゃんがどんなに私を好きでいてくれているのか、これまで海未ちゃんはずっと私に伝え続けてくれていた

誰かを想う気持ちがどれだけ強いものか、それは私もよく知っている

私だって、だてに10年以上も片思いをし続けていたわけじゃないんだから

きっと海未ちゃんは、私が留学してもずっと私を好きでいてくれるつもりなんだろう

私のせいで

私が今まで海未ちゃんにはっきりと返事をしてこなかったばっかりに、海未ちゃんは私に縛られてしまっている

海未「でも、どうしてですか?」

海未ちゃんが潤んだ瞳で私を見つめる

私の言葉に、わずかな希望の光を見い出して

海未「どうしてことりが、その、私の言葉にショックを?」

海未ちゃんがどんな答えを望んているのか、私はちゃんとわかっている

それを伝えた時の海未ちゃんの可愛い反応だって見たいと思う

ことり「それはそうだよ」

だけど私には、その言葉を海未ちゃんに言ってあげることが出来ない

だって言ってしまったら、気持ちが結ばれてしまうことを知っているから

でも、それは駄目なの

可哀想な海未ちゃんを、私はもう解放してあげなくちゃいけないんだから

ことり「だって海未ちゃんは、私の大好きな親友だもん」

海未「親友……ですか」

海未ちゃんの声に、私の心がひどく痛む

だけど私はそれに気が付かないふりをして、作り物の笑顔を貼り付けた顔で話を続ける

ことり「うん。海未ちゃんに好きになってもらえて、私すごく嬉しかったよ。2人きりでおしゃべりしたり、手を繋いでデートをしたり、本当に楽しかった」

最初は、それまでと違う海未ちゃんの押しに戸惑ったりもしたけれど

恥ずかしがりながら、それでも勇気を出して私と必死に繋がろうとしてくる海未ちゃんを振り払うことなんて私には出来なくて

いつの間にか、私も海未ちゃんとのそんな時間を大切だと思うようになっていった

そしてそのままずるずると、今日までどっちつかずの関係を続けてしまったんだ

ことり「でも、そんな恋人ごっこはもう終わりにしなきゃ」

海未「恋人ごっこって……。私はそんな……」

今にも泣き出しそうな海未ちゃんの表情

私はそんな光景を、自分じゃない、どこか第三者の視点から見ているような感覚になっていた

私の大好きな海未ちゃんを泣かせるこの人は誰だろう

海未ちゃんにそんな酷いことを言うなんて許せない

なんてそんな現実逃避な見方をしたところで、現実は何も変わらない

海未ちゃんを傷つけているのは、紛れもない私自身

ことり「ごめんね海未ちゃん、今までハッキリとした返事をしなくて。海未ちゃんが答えを求めなかったから、私もすっかりそれに甘えてた」

でも、もう決めたから

今度こそ、私は自分の道を歩くことを

ことり「だけど今日こそ、私はあの時の告白に答えるね」

私のために、海未ちゃんのために

ことり「あのね、海未ちゃん」

この想いを、ここで終わりにすることを

ことり「私は、海未ちゃんとは付き合えません。今も、これから先もずっと。だから、私のことは諦めてください」

私を忘れて、私ではない人と恋をして

そして、どうか幸せになって

海未「ことり……」

ことり「お願い、海未ちゃん」

きっとこれは、私から海未ちゃんへの最後のお願い

海未ちゃんにかけられた、呪いにも似た魔法

私がここに帰ってくる頃には、その魔法はきっと解けているだろう

深夜0時を超えたシンデレラは、ガラスの靴すら残してはいけない

私のお願いは、ただの言葉に成り下がる

だけどそれでいい

海未ちゃんが自由になることが、今の私の一番の望みなんだから

海未「……ずるいです、そんなの」

海未ちゃんは顔を俯けて、その小さな肩を震わせる

その体を抱き寄せたい衝動を必死に抑えて、私は海未ちゃんからの返事を待った

海未「……お断りします」

ことり「えっ?」

海未「ことりのお願いだとしてもそれだけは聞けません。私は、これから先もずっとことりの事を好きでいます」

だけど海未ちゃんの口から出たのは、私のお願いを、私の決意を、真正面から否定するものだった

その予想外の返事に私は驚く

海未ちゃんが私のお願いをそんなハッキリと断るなんて、そんなこと今までなかったから

ことり「ど、どうして?私は海未ちゃんとは付き合わないよ。だから私のことを好きでいても意味なんてないんだよ」

海未「意味なんて知りません。さっきも言いました。私はことりのことを諦められないのだと」 

ことり「で、でも」

海未「それに私は、まだあなたの気持ちを聞いていません」

ことり「な、何言ってるの?私はちゃんと……」

海未「私が聞きたいのは、ことりが私のことをどう思っているのかです。付き合えないというのなら、その理由をはっきりと聞かせてください」

ことり「それは……」

海未ちゃんのことを好きにはなれないと

あなたを恋愛対象として見ることはできないのだと、そう言えばいい

そう言うことで海未ちゃんが私を諦めてくれるなら、嘘でもそう言うべきなのに

なのに私は、その言葉を口にすることが出来ずに黙り込んでしまう

私の心の深いところが、それを言うことを強く拒んでいるようだった

海未「ことり、私ではそんなに駄目ですか?あなたにとって、私はただの親友にしかなれませんか?」

ことり「海未ちゃん……」

違う

海未「ことりが穂乃果のことを好きなのはわかっています。きっと、私では相手になんてならないくらいに」

違うよ、海未ちゃん

海未「穂乃果に振られても、ことりの気持ちは変わっていないのかもしれない。今でも変わらずに、穂乃果のことが一番大好きなのかもしれません」

どうしてわからないの?

私はこんなに

海未「ですがそれでも、私の気持ちだって変わりません。ことりが私のことを好きでなくても、私は」

ことり「そんなことない!私は海未ちゃんをっ!」

ハッとして、私は口を噤む

海未「……ことり?」

ことり「あっ、ち、違うの。今のは……」

私は、何を言おうとしたのだろう

ちゃんとこの想いを断ち切ると、そう決めてきたはずなのに

海未ちゃんを前にすると、こんなにも気持ちが揺らいでしまう

海未「ことり!」

海未ちゃんが、強く私の名前を呼ぶ

海未「お願いですことり、聞かせてください。今、あなたが何を言おうとしたのかを。私は、ことりの本当の気持ちが知りたい」

ことり「私は……」

もう、限界だった

海未ちゃんの言葉に押されるように、私の口からは私の想いが溢れ出す

ことり「私は、子供の頃からずっと穂乃果ちゃんのことが好きで……ずっとずっと大好きで……」

穂乃果ちゃん以外の人なんて、考えたことすらなくて

ことり「だけど最近、気がついたら海未ちゃんのことを考えるようになってて……穂乃果ちゃんと同じくらい海未ちゃんのことが気になって……」

穂乃果ちゃん以上に、海未ちゃんのことを好きになって

ことり「私、わけがわからなくなって……。穂乃果ちゃんのことが好きなのに、こんな気持ち間違ってるって思って……。だから……」

海未「ことり……」

自分に嘘をついて、あなたを傷つけて

それでも結局、私はこの気持ちを捨てられない

海未「ことりも、私のことを好きでいてくれているのですか?」

ことり「そんなの……そんなの当たり前だよ!」

私は、大きな声で叫んでいた

周りを通る人達が、何事かとこちらに目を向けてくる

だけどそんなことは気にせずに、私は海未ちゃんに思いの丈をぶつけ続ける

ことり「あんなに海未ちゃんにまっすぐ気持ちを向けられて、私だって海未ちゃんのこと意識しないわけなんてない!好きにならないわけないよ!」

海未「だったら!」

ことり「だけど、私は海未ちゃんを縛りたくないの」

海未ちゃんのことが好きだから

海未ちゃんには幸せになってほしいから

ことり「海未ちゃん、私が向こうに何年いることになるか分かってる?5年、10年、ううん、もしかしたらそれ以上かもしれないんだよ?その間、海未ちゃんはずっと私を好きでいられる?」

海未「当たり前です。私が今まで何年ことりのことを好きだったと思っているんですか」

ことり「それは、私達がずっと一緒にいたからだよ。離れ離れになったことがなかったからだよ」

もうすぐ、こうして向かい合って話すことさえ出来なくなる

電話やメールは出来たとしても、きっと少しづつ、海未ちゃんを感じることが難しくなっていく

ことり「会えない時間が長くなったら、きっと海未ちゃんの気持ちだって私から離れていっちゃう。いつか、誰か他の人を好きになる。そんな時、私は海未ちゃんの足枷になんてなりたくない」

この留学は、私が自分の為に決めたこと

自分の意志で、ここを離れることを選んだ

私がいなくなっても、海未ちゃんの生活は続いていく

その中で、海未ちゃんが出会うであろう素敵な人達がいて、海未ちゃんが手に出来る素敵な未来がきっとあって

それを滅茶苦茶にすることなんて出来ない

私の勝手に、海未ちゃんの人生を巻き込むわけにはいかないんだから

ことり「だから、お願い海未ちゃん……」

私の言葉に頷いて

私のことを諦めるって言って

じゃないと、私は……

海未「馬鹿にしないでください!」

だけど私の必死のお願いを、海未ちゃんは怒ったような声で一蹴する

私に甘い海未ちゃんが、こんな顔を私に向けるのは初めてだった

海未「私が、それくらいのことで他の人を好きになるなんて思っているんですか!?ことり以外の人と結ばれることが幸せだと、あなたは本気で思ってるんですか!?」

ことり「それは……」

海未ちゃんは、本気で私のことを好きでいてくれている

こんなに怒りを露にするほどに、私の言葉を否定してくれている

そんな海未ちゃんに対して、私は酷いことを言っていると思う

だけどこれが海未ちゃんの為なんだと、私は本気でそう考えていたのに

それなのに、海未ちゃんはとても困らせるようなことを私に言う

海未「もしことりが私の気持ちを受け入れてくれないのだとしても、それでも私は他の人を好きになったりはしません。そしてことりへの想いを抱えたまま、ずっと一人で生きていきます」

ことり「駄目!そんなの駄目だよ海未ちゃん!」

それじゃ、私が海未ちゃんを諦める意味がなくなる

海未ちゃんがそんな寂しい人生を辿るのなんて耐えられない

私は、海未ちゃんにそんなことは望んでない

望んでいない、はずなのに

海未「だったら、ことりが責任をとってください。私をここまであなたに夢中にさせた責任を」

ことり「そんなの、ずるいよ海未ちゃん……。そんなこと言われたら、私……」

選択肢がなくなる

それを選ばざるを得なくなる

それなのに、海未ちゃんがそう言ってくれるのを、こんなにも嬉しいと思ってしまう

しっかりと蓋をしようとした気持ちを、あなたが無理やりこじ開けてくれることを

海未「そうです。私だって、ことりに負けないくらいずるいんですよ」

お願い、海未ちゃん

それ以上、私に何も言わないで

海未「私は何を言われようとことりのことを諦めません。絶対にあなたの恋人になってみせます」

それ以上言われちゃったら、私は……

海未「何回だって言います、聞いてくださいことり!私はあなたのことが」

ことり「待って!」

海未ちゃんの口を両手で塞ぐ

その続きは聞きたくなかった

聞いてしまったら、きっと私は駄目になる

自分の夢を捨て、また多くの人に迷惑をかけ、そしてそれでもいいと思ってしまう

だけど、もうそれは嫌なの

私は自分で、今度こそ前に進むと決めたんだから

ことり「やっぱりだめだよ。私は海未ちゃんの気持ちには応えられない」

海未「ことり!」

ことり「でもっ」

私が遠くに行ったとしても

それでも海未ちゃんが、私を想ってくれるというのなら

海未ちゃんのことを、諦めなくてもいいんだと言ってくれるなら

私だって、海未ちゃんのことが

ことり「ねえ海未ちゃん。私の事をずっと好きでいてくれるって、本当?」

海未「本当です」

ことり「いつこっちに帰ってこられるかもわからないのに?」

海未「ずっと待ってます。あなたが帰ってくるのを、ずっと」

ことり「もしかしたら、あっちで恋人が出来ちゃうかも」

海未「それは……とても悲しいです。ですがそれでも、私はことりのことを好きでいるんだと思います」

ことり「海未ちゃん……」

私は幸せ者だ

こんなにも私のことを想ってくれる人なんて、きっとこの先現れない

大切で、大好きな、私だけの海未ちゃん

私は、言ってもいいのかな

こんなわがままで、ずるいこと

大好きな人を縛り、自由を奪う鎖のような言葉を

ことり「じゃあ、お願い海未ちゃん」

だけど海未ちゃんが、私にそれを望んでくれるなら

私は喜んで、あなたに鎖を巻き付けよう

ことり「私が帰ってくるのを、ずっと待ってて。その間、絶対に他の人を好きにならないで」

きつくきつく、決して解けることのないように

ついでに私の名前を書いた名札をつけて、海未ちゃんは私のものだと主張して

ことり「そして私が帰ってきたら、さっきの言葉の続きを聞かせてほしいな」

他の誰にも渡さない

だって海未ちゃんを幸せにできるのは、きっと私だけしかいないんだから

海未「そうしたら、ことりは私の気持ちを受け入れてくれますか?」

ことり「それは……考えておくね」

安心なんてさせてあげない

海未ちゃんが、片時だって私を忘れられないように

海未「……やっぱり、ことりはずるいです」

そう言って、海未ちゃんは笑った

海未「約束します。ずっとあなたを好きでいると。あなたが帰ってくるのを、ずっとずっと待っていると」

ことり「うん。ありがとう海未ちゃん」

この約束をお守り代わりに持っていこう

もしも辛いこと、苦しいことがあった時には、この約束を思い出そう

そうすれば、きっと私はどんなことでも頑張ることができるから

空港に響くアナウンスが2人の時間の終わりを告げる

ことり「……そろそろ、行くね」

海未「……はい」

もう当分の間会うことはない

今までずっと一緒だった私達にとってそれは初めてのこと

それでも私達の顔に絶望の色はない

だけどそれはきっと今だけだ

私も、多分海未ちゃんも、このあと一人になったらいっぱい泣くんだろう

でもこの時だけは、笑顔でいようと以前からの約束だった

だってこのお別れは、悲しいものではないはずだから

ことり「いってきます」

海未「いってらっしゃい」

さよならは言わない

決して振り向かない

前だけを見て、そこに向かって歩いていく

そうして、私たちは、笑顔のまま、そのまま

海未「……っことり!」

後ろから、誰かが私の手を掴む

なんで、どうして

ちゃんとお別れしようって決めたのに

笑顔でいると決めたのに

あなたが私の名前を呼ぶ声だけで、わかってしまった

あなたが今、どんな顔をしているのかを

だけど、それでも私は振り向かない

見なければ、それはわからないことだから

見られなければ、約束破りにはならないはずだから

海未「ことり!」

だけど海未ちゃんはもう一度強く私の名前を呼んで

私の肩を掴み無理矢理に振り返らせた

海未「ひどい顔ですよ、ことり」

ことり「海未ちゃんだって」

約束は破られた

この別れが、悲しいものなのだと認めてしまった

一度そうなってしまったらもう止まらない

とどめていた涙が次から次へと溢れ出してきて、私たちの顔を歪ませる

そして私たちは、どちらからともなく抱き寄せあう

大勢の人が行き交う、空港のロビーの真ん中で

それでも今この瞬間、この場所にいるのは確かに私達2人だけだった

海未「ことり……ことり……」

海未ちゃんは何回も私の名前を呼んだ

そうやって本当に言いたいことを必死になって堪えるように

それを言えば、きっと私があの時と同じことを繰り返すとわかっているから

それが分かっていて、そしてそれを望んでいて、だけどあなたは私の為にと絶対に口には出さないのだろう

本当にありがとう

だけど私は絶対にあなたのもとに帰ってくるから

私は精一杯の気持ちをこめて、海未ちゃんを抱く腕に力を込める

私が子供の頃に見ていた夢

私と穂乃果ちゃんが、真っ白なウエディングドレスに身を包み、2人並んで神父さんの前に立っている

そこは立派な教会で、天使なんかが描かれた綺麗なステンドグラスがあったりして、たくさんの人達が集まっていて

そして誰もが、笑顔で私達を祝福してくれた

私達ももちろん最高の笑顔でその人達に応え、みんなが見守る中静かに誓いの口づけを交わす

そんな、馬鹿みたいな未来をあの頃の私は無邪気に信じていた

ごめんね、あの頃の私

その夢は、もう叶うことは無いけれど

だけど今の私は、あなたが想像もしていなかったような場所に立っている

本当に、人生は何が起こるかわからない

それでも私は、もう一度未来を夢見よう

子供の頃よりは現実的な、だけど子供の頃と変わらない幸せな未来を

海未ちゃんとなら、今度こそ叶えられると信じてる

そんな夢を胸に秘め、そうして私はこの場所を飛び立った

「プロローグ2」

穂乃果「ねえねえ、まだかな?まだ来ないのかなあ?」

海未「落ち着いてください穂乃果。慌てなくてももうすぐ来るはずですよ」

さっきから忙しなく何回も周りを確認している穂乃果をたしなめます

まったく、穂乃果はいくつになっても変わらないのですから

穂乃果らしいといえばそれまでですが、もう大人なんですから少しは落ち着きを持ってほしいものです

ですがこんな穂乃果も、穂むらで働いてる時はしっかりしているんですけどね

この間穂乃果の作ったほむまんを食べさせてもらいましたが、その腕前はもうおじさまと比べても遜色のないくらいに成長していました

今では穂乃果を目当てに来るお客さんもいるとかいないとか、とにかくお店はそれなりに繁盛しているようです

凛「そんなこと言って、本当は海未ちゃんが一番そわそわしてるよねー」

海未「なっ、そんなことありません!何を言っているのですか凛は!」

凛にそんな指摘をされてしまい、照れ隠しから私は凛に言い返します

久しぶりに会った凛は、高校時代は短かった髪を肩まで伸ばし、今や誰もが振り返るような美人に成長していました

高校時代の元気でボーイッシュな感じも可愛かったですが、やはり凛はこういう女性的な雰囲気もよく似合います

絵里「凛、あんまり本当のことを言ったら海未が可哀想でしょ」

海未「もう、絵里まで。からかうのはやめてください」

口の前で指を立てていたずらっぽく笑う絵里

絵里は大学を卒業後、みんな一度は名前を聞いたことがあるような大企業に就職

バリバリのキャリアウーマンとして、毎日遅くまで働いているそうです

一生懸命働くのは素晴らしいことですが、真面目な絵里のことですから無茶しすぎてしまわないかと少し心配です

希「でも海未ちゃん、あれ以来一度も会ってないんやろ?早く会いたいのも当たり前やってうちは思うよ」

海未「希。それはまあ、そうなのですが」

そう言ってくれる希のフォローはありがたかったですが、やはりみんなにそう思われていたのが分かって逆に恥ずかしくなってしまいます

希が今何をしているのかは……すみません、わかりません

何やらスピリチュアルな事をしているらしいという話ですが、聞いても笑ってはぐらかされてしまうばかりで教えてはもらえませんでした

相変わらず希は不思議な人ですね

にこ「まったく、休みにも1度も帰ってこないなんて。彼女が寂しい思いをして可哀想だと思わないのかしら」

海未「ありがとうございます、にこ。ですが電話やメールなどで連絡は取り合っていたので大丈夫ですよ」

それと彼女ではありません、とちゃんとにこの言葉を忘れずに訂正しておきます

にこは、なんというか、私が覚えているままのにこでした

見た目も性格も当時とあまり変わっておらず、にこを見ていると楽しかったあの頃を思い出します

20代も後半になりかけている年齢でするのは普通なら少し痛々しいと思われるツインテールも、にこの童顔にかかればこんなにも可愛く見えてしまうのですね

花陽「でもすごいなあ。こんなに長い間離れ離れでもまだ相手のことが好きだなんて。そんな恋愛、ちょっと憧れるかも」

海未「そんなにいいものじゃないですよ、花陽。私は花陽達みたいないつでも一緒にいられる関係にこそ憧れます」

羨望の眼差しを向ける花陽に私はそう返します

花陽もだいぶ大人っぽくなっていますが、以前と比べて少しだけ丸くなったような印象を受けました

そんな花陽は今、なんと年下の恋人と同棲中だそうです

その方がなかなか食べる人のようで、大好きな人と大好きなお米をたくさん食べて太っちゃったと笑いながら惚気けられてしまいました

本当に、羨ましい限りです

真姫「海未だってすぐそうなるじゃない。もうどこにも行かないんでしょ?」

海未「真姫にそう言ってもらえるのは嬉しいですが、私の場合そもそも恋人になれるかどうかも分からないので」

壁に寄りかかるように立っていた真姫が私達の話に加わります

ふふ、そうやって髪をいじる癖は変わっていないようですね

真姫は医者として両親の経営している病院に勤めているそうです

医者になるだけでも大変なことなのに、なってからも毎日が勉強だと真姫は愚痴をこぼしていました

ですがそうやって話す真姫の顔は、どこか誇らしげに見えました

絵里「それにしても、久しぶりね」

海未「ええ、そうですね」

本当に久しぶりです

μ'sのみんながこうして同じ場所に集まるのは

希「音ノ木坂を卒業してからはなかなか予定が合わなくて、こうしてみんなで会うことも出来なかったもんね」

花陽「でも、穂乃果ちゃんはたまに電話とかメールくれたりしてたよね」

凛「私にもよくきたよ」

にこ「ホントにね。寂しいと思う暇もなかったわよ」

穂乃果「だって、みんなとお話したかったんだもん。あっ、真姫ちゃんともよく会ってたよね。真姫ちゃん結構うちの店に買い物に来てくれるんだー」

真姫「そ、それはたまたま近くを通りかかったからついでに寄っただけで、別に穂乃果に会いに行ったわけじゃないから!」

凛「あ、真姫ちゃん赤くなってるー」

真姫「うるさい!」

凛「あはは、真姫ちゃんは可愛いなー」

にこ「ねえ凛、私今日会ってからちょっと気になってたことがあるんだけど」

凛「ん?なーににこちゃん」

にこ「あんた、なんだか喋り方変わったわね」

にこの言葉に、凛が一瞬ビクッとしたのが見えました

凛「えっ!?な、なんのことかな?」

にこ「あんた昔はよく語尾ににゃーとかつけてたじゃない。あれやめたの?」

凛「わ、私そんな喋り方してないよ?」

にこ「嘘つくんじゃないわよ。それにあんた自分のこと私なんて言ってなかったじゃない」

凛「そ、それは……」

花陽「あ、あの。その話はその辺で」

たじろぐ凛に、花陽がすかさずフォローに入りました

それを気にすることなく、にこは更に畳み掛けます

にこ「なんでやめちゃったの?ねえ凛、なんでなんで?」

凛「う、う……」

にこの勢いに、凛は言葉をつまらせて

凛「うにゃあああああああああ!」

そしてついに、恥ずかしさからか壊れたような悲鳴をあげました

そのまま頭を抱えてその場にしゃがみこんでしまいます

凛「お願いだから昔のこと言うのはやめてよお!」

にこ「ぶふっ」

たまらずといった感じで吹き出すにこ

やっぱり、わかってやっていたんですね

真姫「もう、にこちゃん性格悪いわよ」

にこ「ごめんごめん、だってなんか可笑しくって」

凛「うう、忘れたい黒歴史なのに……」

花陽「で、でも、私はすごく可愛かったと思うよ」

穂乃果「そうだよ。私も好きだったよ、あの喋り方」

凛「慰めはやめて!」

凛はすっかりやさぐれてしまいました

私も猫みたいで可愛いと思っていたのですけどね

凛「っていうか、にこちゃんにだけはそんなこと言われたくないよ!にこちゃんだって昔はにっこにっこにーとかやってたじゃん!」

にこ「私は今でも出来るわよ?」

凛「えっ?」

にこの言葉に、一瞬その場の時間が止まったような気がしました

にこ「なに、久しぶりに見たいの?仕方ないわねえ」

凛「いえ、いいです」

絵里「は、ハラショーね、にこ」

苦笑いを浮かべる絵里

ちょっとだけ見てみたいと思うのは私だけでしょうか

凛「……そんなんだから彼氏とも長続きしないんじゃないかな」

にこ「なんか言った!?」

凛が小声で呟いたのを、しかしにこはしっかりと聞いていたようです

凛のことをそれはもうすごい目つきで睨みつけていました

にこ「ふん、彼氏がなによ!あんな奴らこっちから願い下げよ!そもそも、アイドルは恋愛禁止!にこの恋人はファンのみんななの!」

花陽「おお!にこちゃんかっこいい!」

花陽は目を輝かせながらにこに拍手を送りました

確かに一見いいことを言っているようには聞こえますが

海未「そもそも、にこはアイドルではないでしょう」

希「たしか、家の近くの会社でOLしてるんやろ?」

にこ「うっさい!心はいつまでもアイドルなのよ!」

穂乃果「さすがにこちゃん!私もなんだか久しぶりにダンスとか踊りたくなってきたよ」

そんな穂乃果の言葉に私はすかさず口を挟みます

海未「何を言っているんですか、そんな体で」

穂乃果「もう、さすがに本当に踊ったりしないってば。相変わらずだなー海未ちゃんは」

真姫「でも、本当に気を付けなさいよ。もう穂乃果一人の体じゃないんだから」

穂乃果「うん、心配してくれてありがとうね」

穂乃果はそう言って、大きくなった自分のお腹を優しくさすります

絵里「だけど、まさかあの穂乃果がねえ」

絵里の言葉に、みんなうんうんと頷いています

まあ、確かに意外ですよね

希「この中じゃ穂乃果ちゃんが一番乗りやね」

凛「ねえ穂乃果ちゃん、ちょっとお腹触ってみてもいい?」

穂乃果「いいよ。あんまり強くしないでね」

にこ「わ、私も!」

2人して穂乃果のお腹を触る凛とにこ

最初はおっかなびっくりといった感じでしたが、徐々に慣れたのか今はゆっくりと撫でるように触れています

凛「おお……」

にこ「な、なんかすごいわね」


穂乃果「2人ともくすぐったいよー」

凛「もうお腹蹴ったりするの?」

穂乃果「それはまだかな。でもあとちょっとでそういうのも分かるようになってくるって話だよ」

にこ「真姫、あんたも触ってみなさいよ」

真姫「わ、私は別にいいわよ」

にこ「いいから。ほら」

真姫「ちょっと、わかったから!引っ張らないで」

そうして真姫もゆっくりと穂乃果のお腹に手を当てました

穂乃果「どう?元気な子が産まれそうかな?」

真姫「そんなの触っただけでわかるわけ無いでしょ。でも」

お腹に触れながら、優しげな表情を浮かべる真姫

真姫「不思議。この中に、穂乃果の赤ちゃんがいるのね」

にこ「あんたねえ、それが医者の口から出る感想なの?」

穂乃果「でも本当に不思議だよね、まさか私がお母さんになるなんて。そんなの自分でも信じられないくらいだもん」

花陽「あの、私穂乃果ちゃんの旦那さんとの馴れ初めとか聞いてみたいな」

穂乃果「えー、別にいいけど普通だよ?劇的な出会いとか期待しないでね?」

花陽にせがまれて、穂乃果はその人とのいきさつを語り始めました

他のみんなも、興味津々といった様子で穂乃果の話に耳を傾けます

穂乃果「最初は、私が店番をしてた時にあの人がうちに買い物に来たのがきっかけ。そしたら、そこでいきなり告白されちゃったんだ。一目惚れだって」 

絵里「え、いきなり?なんていうか、すごいわねその人」

希「積極的やね。うちは嫌いじゃないよそういうの」

穂乃果「もちろん最初は断ったんだけど、その人の勢いに負けてとりあえず友達にってことで、アドレスだけ交換して」

にこ「ちょっ、あんたそんな簡単にメアドなんか教えちゃダメじゃない!危ないわよマジで」

凛「にこちゃんはちょっと自意識過剰すぎだよ。アドレスくらいいいじゃんねー」

にこ「なんですってえ!?」

穂乃果「あはは。それでメールのやり取りとかするうちに、いつしかデートに誘われるようになって」

海未「そのことでよく穂乃果に相談を受けましたね」

真姫「私もよ。……まったく、人の気持ちも知らないで」

真姫が小さくでそう言ったのを、私は確かに聞きました

ですが穂乃果には聞こえていなかったようで、そのまま話を続けます

穂乃果「そうやって何回かデートをして、また告白されて、それでって感じ。ね、よくある話でしょ?」

絵里「相手の熱意に心を動かされちゃったってことね」

真姫「……穂乃果、あなた本当にそれでよかったの?」

真姫が意味有りげな視線で穂乃果を見つめます

穂乃果はそんな真姫に微笑んで言葉を返しました

穂乃果「私ね、真姫ちゃん。あの時には分からなかったこと、今はようやく分かるようになったんだ。あの人が、それを教えてくれたから。だから、私は大丈夫だよ」

真姫「……そう、ならいいわ。おめでとう、穂乃果」

穂乃果「ありがとう。この子が産まれるときは真姫ちゃんのとこの病院にお願いしよっかな」

真姫「任せて。うちで1番の産科医を紹介してあげるわ」

真姫は、おそらく穂乃果のことが好きだったのでしょう

それなのに今こうして穂乃果を祝福し、共に笑い合うことができるなんて

私にはない強さを持っている真姫を、私は心の底から尊敬します

私は穂乃果に、答えなんて分かりきっている問いを投げかけました

海未「穂乃果、あなたは今幸せですか?」

それに穂乃果は、迷うことなくこう答えます

穂乃果「うん。あの人や、μ'sのみんな。お父さん、お母さん、雪穂。それに他にもたくさん。こんなに多くの大好きに囲まれて、私は本当に幸せだよ」

そう言う穂乃果の顔は、私の大好きな、太陽のような笑顔でした

おめでとうございます、穂乃果

穂乃果の幸せが、永遠に続くように願っています

穂乃果「だから、今度は海未ちゃんの番!」

海未「え?」

穂乃果「ほら、あっち見て」

穂乃果に言われて私は振り返ります

海未「……あっ」

その視線の向こう、空港のロビー、忙しなく動く人混みの中で

私は見つけました

何年経っていたって見間違うはずなんてない

私の大好きな人の姿を

穂乃果は私の手を握リ、正面から私を見据えてきます

穂乃果「大丈夫、海未ちゃんなら絶対にうまくいくから。ファイトだよ、海未ちゃん」

海未「穂乃果……」

絵里「頑張ってね、海未」

希「しっかり気持ちを伝えるんよ」

にこ「キメてきなさい」

花陽「勇気を出して」

凛「いっくにゃー」

真姫「少しは応援してあげるわ」

海未「みんな……」

穂乃果「ほら、行った行った」

海未「ま、待ってください!まだ心の準備が……」

しかし穂乃果はそんなことはお構いなしといったふうに、私の背中を強く押しました

その勢いにのって、私の体は前に出ます

最初はゆっくりと、しかし徐々に速度は上がっていき、最後には駆け足になって

彼女がすぐそこにいる、そう思うだけで私の胸はこんなにも高鳴り、私の足は一目散に彼女の元へと向かいます

彼女はその場から動かずに、私が傍まで来るのを笑いながら待っていました

軽く息を切らせながら、ついに私は彼女と向かい合います

昔と変わらず、いえ、昔以上に可愛い女性へと成長している彼女

私達はそのまま少しの間、お互いの瞳を見つめ続けました

言いたいことはたくさんあるのに、彼女の顔を見ただけで、私は言葉を発することが出来なくなっていました

彼女への想いが心の奥から溢れ出し、それが私の喉を詰まらせて、そして今度は涙へと変わり私の顔を濡らします

すると彼女は自分のポケットからハンカチを取り出し、そっと私の涙を拭ってくれました

私に触れる彼女の暖かさに、彼女は本当にここにいるのだと、私の夢ではないのだと、それをようやく感じることができました

ただいま、と彼女は言いました

久しぶりに聞いた、電話越しではない彼女の声

それだけで、私の目からは再び涙がこぼれそうになってしまいます

私はそれを必死にこらえて、笑顔で彼女に応えます

海未「おかえりなさい」

本当に、おかえりなさい

ずっとずっと、あなたに会いたかったです

出来ることなら、もう2度と離れないようにとあなたの体を強く抱き寄せて、キスをして、そしてそのまま無理矢理押し倒してしまいたい

ですがこの衆人環視の中でそんなことができるはずもなく

いえ、例え誰もいなくても、私にそんなことをする勇気なんてあるはずないのですが

だからせめて、この気持ちだけでも彼女にちゃんと伝えたい

あの日の彼女との約束を果たすこの時を、私はずっと待ちわびていたのですから

海未「あの、私」

私の心に一抹の不安がよぎります

彼女は、私の気持ちに受け入れてくれるでしょうか

人目も気にせず、この場で私の唇を奪ってくれるでしょうか

自分では恥ずかしくて出来ない事だって、あなたにならしてほしいと思ってしまうんです

あなたにお願いがあります

もし、私の想いを受け止めてくれるなら

これから先、どんなことがあってもずっと私の傍にいてください

一緒の家で暮らして、一緒のご飯を食べて、一緒の布団で寝て

たまにはケンカをしたりするのだっていいかもしれません

そしていくつになっても、2人で手を繋いでデートに行きましょう

私はあなたに穂乃果のような普通の幸せをあげることは出来ません

ですが絶対に、あなたのことを一生大切にすると約束します

そして、本当なら考えたくもないことですが

もし、私の気持ちが叶わなかったとしても

もし、あなたが私以外の誰かと一生を添い遂げることになったとしても

それでも、あなたのことをずっと想い続けることを許してください

私はこの気持ちを失いたくはありません

例えそのせいで心が痛み続けることになったとしても、あなたを忘れて生きていくよりずっといい

だって、私はこんなにも

あなたの可愛らしい顔が

あなたの女性らしい体が

あなたのとろけるような甘い声が

あなたの優しい性格が

そして、ちょっとずるいところだって

私は、あなたのすべてが

海未「私は、あなたのことが大好きです、ことり」

これで終わりになります
拙い文章、無理矢理な展開などあまり出来がいいとは言えなかったかもしれませんが、それでも読んでくださった方にはとても感謝しています
ありがとうございました
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このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年10月14日 (火) 08:29:16   ID: GljGj8Qq

急にことり好きになったな海未ちゃん
穂乃果の事好きとか言ったくせに、終いには穂乃果の事を邪魔に感じてる
穂乃果はなんか思慮の足りない人見たいに書かれてるし、ことうみssの典型だなこれ

2 :  SS好きの774さん   2014年10月14日 (火) 19:41:17   ID: -RAjadoI

↑まぁことうみだからなww
それ意外なんてないさ
ことうみが悪いんじゃない
ことうみ好きのことうみ厨が悪い
同じものしか書けないからな
SS書いてることうみ厨が言うには邪魔だから邪魔者扱いしてるんだってさ
SS雑談で見たよ
ことうみに関してはことうみ厨がクソだから諦めるしかないよ
キャラdisとかしてる屑が書くとこうなるさ

3 :  SS好きの774さん   2014年10月14日 (火) 22:53:13   ID: YGvybdcJ

何でことうみ推しはいちいち穂乃果をだしにするんだ

4 :  SS好きの774さん   2014年10月17日 (金) 04:00:14   ID: oO1bo8mU

SSにまじになちゃってどうすんの

5 :  SS好きの774さん   2014年10月17日 (金) 04:39:08   ID: e2Mz0aXw

応援してます

6 :  SS好きの774さん   2014年10月17日 (金) 08:14:19   ID: lECn4uFK

ことうみはマジでつまらん。形だけのカプは中身もないしキャラもブレブレのカプ

7 :  SS好きの774さん   2014年10月17日 (金) 17:44:55   ID: xOC3afRY

タイトルと評価とコメ数だけ見て穂乃果推しに嫌われるタイプのことうみSSだって分かった。本文見なくていいや

8 :  SS好きの774さん   2014年10月17日 (金) 18:03:16   ID: 4VB6__lM

穂乃果以外のキャラが同じ立ち位置なら何も言われないのに……穂乃果人気ってすごいんだな

9 :  SS好きの774さん   2014年10月17日 (金) 22:31:48   ID: UVAHBjmj

>>8
そのssのスレタイ教えてよ
あと穗乃果のssも普通に荒らされることあるからな
糞みたいなキャラ改変されたら誰でも怒るだろ
さすがに叩かれ過ぎだと思うけど

10 :  SS好きの774さん   2014年10月19日 (日) 10:27:17   ID: CNr3fUaX

同じパターンでやりすぎ

11 :  SS好きの774さん   2014年10月19日 (日) 20:55:24   ID: oM1f9Jdt

ネタが無いんだよだから同じ展開ばっかりになる
ことりと海未のエピソードが皆無だし話広がらない
最大の原因は海未が穂乃果のことが好きすぎるからかな

12 :  SS好きの774さん   2014年10月20日 (月) 06:42:19   ID: RAfisAax

お前ら落ち着けせめてssが終わってからコメントしろ

13 :  SS好きの774さん   2014年10月23日 (木) 17:38:15   ID: U1p3ePVk

内容はともかく、読みにくいかな…

14 :  SS好きの774さん   2014年10月23日 (木) 20:27:50   ID: TQIM4XLm

ホノキチにはキツイのかな?別穂乃果を出汁にしてるともdisってるとも思わなかったんだけど

15 :  SS好きの774さん   2014年10月23日 (木) 20:53:52   ID: JQuq4nRI

うみみくんの報われなさは異常

16 :  SS好きの774さん   2014年10月23日 (木) 22:22:01   ID: OkVXslbL

パターンパターン言うやつは呼んでるの?
うみ→こと→←ほので海未が完全に邪魔してるパターンは中々ないだろ

17 :  SS好きの774さん   2014年10月24日 (金) 02:42:27   ID: Jq1t7Pfz

これのどこがうみ→ことほのなの?
言い訳にしても言い訳になってない
1「ことうみいいよねw海未ちゃんと付き合あせたい!でも穂乃果ちゃん邪魔!消えて!批判されたから待遇ちょっとだけよくしようwこれで満足だろう?」
これだぞ
どこが典型的なことうみじゃないっつうんだよw同じものばっかだから批判されてるんだろ

18 :  SS好きの774さん   2014年10月24日 (金) 04:40:49   ID: Y1MBVKNN

どうでもいいけどお前ら誤字脱字多すぎ厨房かよ

19 :  SS好きの774さん   2014年10月26日 (日) 06:21:26   ID: FJ0qxKXk

盛り上がりすぎww

20 :  SS好きの774さん   2014年10月26日 (日) 09:01:01   ID: Ivks31at

ことうみ嫌われすぎwww
まぁ・・・ことうみ厨がウザいからな

21 :  SS好きの774さん   2014年10月27日 (月) 09:46:52   ID: 4sYeP4Jj

最近ことうみアンチが米に湧きまくって自演じゃねって疑うレベルww
確かにことうみそこまで好きじゃないけどお前らことうみSSに律儀にコメントしすぎwww

22 :  SS好きの774さん   2014年10月27日 (月) 11:33:57   ID: 0PN4ruHn

>>21
自演乙

23 :  SS好きの774さん   2014年10月27日 (月) 16:27:00   ID: FjxO__tA

俺ほのか大好きっ子だけど、このSSでは蔑ろにされてるとは全然思わないな。
ことりへの気持ちに答えを出すっていう、必ず関係性が変化しちゃう重要な問題をほのか視点で丁寧に描いてるじゃん。
まだ結末分からんけど、今のところ良いことほのうみSSだと思うけどな。

24 :  SS好きの774さん   2014年11月02日 (日) 08:46:31   ID: _0dgVySc

は?終わり?途中のほのまきは?
ことりはどこで海未好きになった?
海未はことりのどこが好きなの?
全部が中途半端で急展開でつまらん
ことうみのキャラもキモい
捏造カプは捏造なんだな

25 :  SS好きの774さん   2014年11月02日 (日) 21:06:03   ID: bd0jhA1U

俺も途中の真姫ちゃんの下りなんだったの?って思った
最終的にはもう穂乃果なんていなかったになってるし
完全に戦犯

26 :  SS好きの774さん   2014年11月04日 (火) 06:08:54   ID: Mydj9iZa

真姫ちゃんはなんだったんだろう・・・
中途半端に絡めたから途中で路線変更したか閉めた感が出ちゃった感じ

27 :  SS好きの774さん   2014年11月05日 (水) 06:58:41   ID: _afWWA1d

元スレでは完結してるから取り敢えず読んでみたら。

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