女「大学生活2度目の誕生日」(114)

山無し谷無しオチ無しの日記のようなもの。


一応
妻「結婚して1年が過ぎたとある土曜日」
女「恋人同士になって5回目のクリスマス」
と繋がってます

てん てーれれーれーれーれー てーれれーれー てれれれーれー

なんとも名残惜しい日曜日の夜。

携帯電話が、有名な某RPGの序章のマーチを歌いだす。

女「!」

この曲は元々好きな曲だったのだけども、男くんからの個別着信音に設定してから、以前にも増して増して大好きになってしまった。

急いで携帯電話を手に取り、通話ボタンを押して耳に当てる。

女「も、もしもしっ!」

男「あ、もしもし。今電話大丈夫?」

甘い声だとか、耳をくすぐる声というのは、こういう声のことだと確信を持って言える。

こっそり携帯に録音した声を聞くだけで顔が緩んでしまうのだから相当なものだ。

録音でもそうなのに、今は電話越しにリアルタイムで話してくれている。

たかが空気の疎密波。されど空気の疎密波。

大好きな人の声帯が発したという付加価値が、どれだけ素晴らしいものか。

女「大丈夫ですっ!」


男「良かった。あのさ、単刀直入に言うとデートのお誘いなんだけどさ」

女「よっ、y、喜んでっ!!」

男「早い早い、せめて日時は聞いてくれ」

電話の向こうで、男くんがくすくすと笑うのが聞こえる。

電話って本当に素晴らしい発明だと思う。グラハムさんには感謝してもしきれない。

相手の表情が見えないのが嫌だと言う意見もあるだろう。それももちろん理解できるけども、

私は、相手の表情を頭に思い浮かべながら話すというのは、他では味わう事のできない唯一無二の幸せだと思うのだ。

もちろん、面と向かって話すのが一番の幸せではあるのだけども。

電話だからこそ言える事っていうのもあると思う。


女「私が男さんのお誘いを断ったことがありましたか?」

男「……記憶にないな」

女「でしょう! 最優先ですから!」

男「ありがたいことです」

きっと今の男くんは、呆れつつも優しく微笑んでいるに違いない。

この道15年以上の私が言うのだから信憑性はかなりのものだと思う。

男「あのさ、気が早いかもしれないけど、再来週さ」

女「はい! 待ってましたっ!」

男「待たせてしまいましたか」

女「待ちに待ってましたっ!」

我ながら浮かれすぎだと思う。でもそれも仕方がないことだとも思う。

再来週。

再来週の水曜日は、私の誕生日なのだ。

我ながらなんとも図々しい事だけども、いつお誘いしてくれるだろうかと、2ヶ月も前からわくわくしていた。

そして満を持して、男くんからのお誘いだ。顔がにやけてしまって静まる気配もない。


男「当日じゃないんだけど、土曜日さ。会えない?」

女「もちろんですっ! あ、今のは会えないって意味じゃないですよっ!!」

男「良かった。じゃあ、金曜は何時くらいに終わりそう?」

女「え? 金曜日ですか? えっと……余裕見ても18時には終わる、かなと」

男「18時か。あのさ、できれば金曜日も会えない?」

嬉しいことは続くものだ。二日間も一緒にいていただけるとは!

女「もっ、もちろんですっ!! 悦んで!!」

男「良かった。じゃあ、一回、家帰った方がいいよね?」


女「あ……うん。一回、そうですね」

男「わかった。じゃあ、金曜の19時半くらいに、女の家に迎えに行くから」

女「はいっ!」

その後、他愛の無い話を楽しんで、男くんにおやすみなさいを言って電話を切る。

女「……」

つまり……一泊、するかも、しれない。

なにやら顔が熱くなってきた。ベッドの上で、意味も無く枕にパンチを繰り出してしまう。

気を引き締めようとしても、自然と顔が緩んでしまうのだから困ったものだ。

前期の考査が終了した翌月。

私の誕生日は、辛いことのすぐ後に控えているのだ。

今までの人生で過ごしてきた誕生日を思い返して、悦に入る。

特に、男くんとお付き合いをさせてもらうようになってからの誕生日は、毎年毎年、一生の思い出になっているくらい幸せだった。

今年も間違いなくそんな誕生日になることは疑いようもない。

そもそも、私は男くんと一緒にいるだけで世界でもトップを狙えるくらいに幸せなのだ。








携帯電話のアラームで目が覚める。……あっという間に当日になってしまった。

アラームを止めて身体を起こし、両手を組んでグーッと上に伸ばす。

あの電話を受けてから、私は浮かれっぱなしだった。

傍目に見ても相当な浮かれっぷりだったらしい。

高校からの友人に気持ち悪いと言われてしまった。

だけども、そんなことなど全く気にならない。

というか、当日が近づくにつれて、浮つく気持ちよりも緊張する気持ちの割合の方が高くなってしまい、それどころではなかった。

昔から私は、楽しみな日を控えた時は、前日が一番緊張するのだった。


髪の毛を輪ゴムで括って、家族の朝食を作る。

お味噌汁、白米、目玉焼きとソーセージ。我が家のいつもの基本メニューだ。

基本メニュー+αが毎日の朝食。

今日は、お味噌汁はたまねぎとにんじんのお味噌汁。+αできんぴらごぼうとホウレン草のお浸し、生野菜サラダ。

しばらくすると、家族が続々と起きてくる。

大体いつもまずは母、そして三歳差の弟、最後に僅差で父だ。

一家揃ったら両手を合わせる。


一家「いただきます」


一家「ご馳走様でした」


食器を手早く洗ったら、ひとまずシャワーを浴びることにする。

寝癖に加えて、料理中に髪の毛を括っていた癖が付いてしまっている。

シャワーを浴び、髪の毛をしっかり乾かしたら、カチューシャで前髪を上げて少しだけメイク。

あまり手先が器用ではない私は、メイクも苦手だ。さらには美的センスも壊滅的だと自覚している。

母にやってもらったお手本の写真を見ながら、少しだけ。


……まぁ、及第点だと思うことにする。

あんまりやりすぎて、メイク落としたら別人、なんてのはどうかと思うし。


服を選ぶ。

とはいえ、今選んでいる服は言うなれば前座だ。今日は大学が終わったら一度家に帰ってくる予定になっている。

そのときに、以前からずっと悩みに悩んで選んだ、本命の服に着替えるつもりだ。

前座は、とりあえず下はスキニージーンズに、上にはあまり主張しないブラウスとカーディガンを重ねて、見苦しくない程度にバランスをとる。

髪の毛にしっかり櫛を通して、背中へ流す。

姿見の前でチェック。

女「……よし」

気合を入れる。


時間を見計らい、家から出て男くんの家へ向かう。

私の家から大学へ向かう途中に、男くんの家があるのだ。

男くんの家の前に到着したところで、ガチャリとドアが開いて男くんが現れた。我ながらナイスタイミングだ。

男「お。おはよう」

女「おはようございます」

私と男くんは同じ大学に通っている。

お察しのとおり、私が男くんを追いかけたのだ。

……我ながら気持ち悪いし、つくづくストーカー気質だなと自覚している。……治る見込みはないけども。

家から近いということ、私の学力で狙える範囲で、そこそこレベルの高い大学であること。

……志望動機はいろいろあるけども、一番の動機はもちろん、男くんが通っている大学だということだ。

男くんと同じ大学に通って、少しでも長い時間を一緒に過ごしたい。

一つ年下の私にとっては、これ以上なく単純で、これ以上なく重要な理由だった。

そしてその甲斐あって、学年が違ってもこうして一緒に大学へ行ったり、

お昼には待ち合わせて一緒に食べたり、たまに私が作ったお弁当を食べたりできるのだ。


女「へへ」

男「浮かれてますな」

女「えへへ。楽しみにしてましたから。でも男さんだって浮かれてます」

男「バレたか」

女「バレバレです」

私は男母さんや男父さんの次に男くんの事を見続けていた人間だ。それくらい見抜けないでどうする。

女「男さんはたまに顔に出やすいんですから」

男「女ほどじゃないと思う」

女「私、男さんに2人ババ抜きかなり勝ち越してますよ?」

男「いやそれは……まぁ、確かに負けてるな」

……男くんは、私がジョーカーを持つと、左のカードを取る確率が高い。

ちなみにじゃんけんは初手にちょきを出すことが多い。

私の人生における統計だ。男くんには教えてあげないけども。


男「ババ抜きはあれだけど……そうそう、ダウト。ダウトは良い勝負してるだろ」

女「あー、ダウト。まぁ確かに半々くらいです」

男「大富豪でも良い勝負してるし」

男「スピードじゃ負けたことないしな!」

女「あれっ、ポーカーフェイスの話じゃなかったです?」

男「あれー? そうだっけ?」

男くんはとぼけて、たはは、と可愛い笑顔を浮かべる。

この人はたまに子供っぽくて、それがたまらなく可愛いからずるい。


男「じゃあ、また昼に」

女「はい。またお昼に!」

大学に着いたら、悲しいけども男くんとは一旦お別れだ。なにせ学年が違う。

同い年だったら良かったのになぁ、と思う気持ちはもちろんある。常に心のどこかに存在すると言っても過言ではない。

同い年だったら、例えば小中高、クラス替えで一喜一憂したり、一緒に同じテスト範囲を勉強したり、授業中に男くんの方をちらちら見たりできたのだ。

そんな幸せは他にないと思う。

けども、男くんを先輩呼びできた経験というのも、他の何に変えられるものではない幸せだと思う。

先輩と呼んだ時の胸のくすぐったさは、今思い出しても顔が緩んでしまう。

先輩と呼んだ時の、男くんのくすぐったそうな表情もたまらない。

記憶の幸せをかみ締めながら、私も一時限目の講義に向かおう、としたところで、後ろから声をかけられた。


友「おーい、おはよ」

女「あ、友ちゃん。おはよ」

友ちゃんは、大学に入ってからの友人だ。

小柄で華奢。少し色の薄い、セミロングの癖っ毛がとても愛らしい女の子。

こげ茶色で少しくしゃっとした髪の毛は、色も癖も完全天然ものの地毛らしい。赤いフレームの眼鏡をかけている。

私の髪の毛も、癖っ毛ではないけどもちょっとこげ茶色をしている。こげ茶仲間だ。

私にとってはおしゃれの先生みたいな女の子で、よく一緒に服を買いに行っては選んでくれる。

そんな彼女の特技は暗算だったりして、4桁×4桁くらいなら5秒で正答が返ってくる。

友「見てたよー。相変わらずラブラブで」

女「いやぁ~へへへそれほどでもへへへ」

友「にやにやしちゃって。今日もお弁当作ってきたの?」

女「今日は違うよ~。作りたかったんだけどね」

私としては毎日お弁当作って食べて貰いたい。けども、なかなかそういうわけにもいかない。

やっぱり、どうしたってお弁当よりも食堂や近場のレストランで出来立てを食べる方が美味しいのだ。

男くんには美味しいお昼を食べて貰わなくてはならない。私の作りたいという欲求よりも優先すべきだ。


友ちゃんと連れ立って講義室に入ると、まだまだ人が疎らだった。

友「前から気になってたんだけど」

席を確保して、友ちゃんが筆記用具を出しながら話を切り出した。

女「うん?」

私も、その隣に座って準備をする。

友「女って男さんと幼馴染なのよね?」

女「え? うん。私が4歳の頃に近所に引っ越してきたんだよ」

友「だよね。なんで男さんに敬語なの? 普通、幼馴染ってもうちょっと年離れててもタメ口じゃない?」

女「あー……そうかなぁ?」

少し昔を思い出す。


女「前は男くんって呼んでたし、言葉遣いも普通だったよ」

友「小中学校の時とか?」

女「そうそう。でも、中学の時の部活でさ。私は女子バスケで男さんは男子バスケだったの」

友「ほうほう」

女「で、先輩後輩だし、その頃は交際してたわけじゃないし、敬語で先輩呼びにしたんだ」

友「なるほど。でも男さんそんなの気にしなさそうだけど」

女「うん。でも、男さんはかっこいいでしょ?」

友「おおなんだその話のつなぎ方意味不明で素敵。まぁ、そうね、イケメン。かなりの」

相槌を打ちながら、身を乗り出す友ちゃん。

この子は、人の惚気話を聞くのが大好きだという奇特な子だ。

……おかげで、私はこの二年で惚気話をするのが大好きになってしまった。


女「そうでしょう! かっこいいし運動もできるし頭もいいし優しくて意地悪だしね!」

友「うんうん良い惚気っぷりだ。その調子で続けて続けて」

女「続けますとも。だからさ、小学生の時も中学生の時も、女の子に大人気でね」

友「あー……モテそうね」

女「物凄くモテてたのよ」

例を挙げると、チョコレートが漫画のような大変な数になったりした。

男が誰々に告られてたんだぜー、という話を聞いたことも数知れない。

ピークは男くんが中学2年生、私が中学1年生の頃。

本当に、女の子に人気のある男の子だったのだ。

私が中学2年生になると、男くんと交際させていただくことになったのだけども、

交際を始めたという事は、私の本当に親しい友達以外には秘密にしていた。

男くんが中学を卒業するまで、秘密を守り切ったのだった。


女「それでさ、中学入学直後にさ、私がタメ口で、くん付けで話してたら、一個上の先輩に凄まじくいびられたんだよね」

友「Oh……マジで。それはなんというか、凄い」

女「マジで。それで敬語と先輩呼びになって、付き合うことになって、さん呼びになって」

友「それが今まで続いてるの?」

女「きっかけは、そうかな。あと」

友「あと?」

女「私の両親がそうだから。なんかそういうのいいなーと思ってて」

私の母は、父のことをずっと名前にさん呼びで、基本的に敬語だ。

母を絵に描いたような良妻賢母だと思って尊敬している私は、小さい頃からその姿が大好きだった。

友「へぇー……お母さんに憧れて?」

女「うん。なんかこう……古き良き夫婦っぽくない?」

友「夫婦と来たか」

女「夫婦になりたいなぁへへへ」

心の底から、私は私の両親のような夫婦になりたいと思う。

……まだまだ夫婦なんて早すぎるけども。いつか、きっと。


女「でも今も心の中ではくん付けしてる」

友「え、そうなの?」

女「うん。たまに素が出るとくん付けしちゃうし」

……一緒に寝転がる様な何かの最中では特に、とは言わなかった。

と、そこで教授が登場した。

残念ながら、この講義は無駄話をしながら理解が追いつくような生ぬるい講義ではない。

というかちゃんと聞いていても理解できぬ。

友「おっと時間切れ。ご馳走様でした」

女「いえいえ。お粗末様でした」

必死に知識を詰め込んだ。


お昼休憩だ。

私たちはいつも同じロビーで待ち合わせをしている。

男「ごめん、待たせちゃったな」

女「あっ。いえいえ。今来たところです」

てててと、小走りで男くんが到着。

今日は食堂でお昼だ。早くいかないと席が埋まってしまう。

男「今日は何食べようかな」

女「私は和定食にします」

男「和食好きだなぁ」

女「私はきっとお味噌汁が無いと生きていけません」

手は繋がないけども、なるべく近くを歩く。

男くんの左隣は、私の特等席だ。


男「C定食と和定食で」

なんとか席に座ることができた。すぐに注文をする。

男くんはC定食。サバの味噌煮と肉じゃが、ひじき煮の小鉢と豆腐とわかめのお味噌汁。

和定食はブリの照り焼きと揚げ出し豆腐、五目御飯とお味噌汁だった。

……どっちも和定食と呼べるような気がする。


女「お味噌汁の具で最高はなんだと思いますか?」

男「うーん。難題だな。個人的にはなめこを推したいところだ」

女「あーなめこも美味しいですよね! 私は豆腐とお揚げに刻みネギをぱらっと」

男「ああ、それもシンプルで美味しいよな。もやしとかたまねぎとかも捨てがたい」

こんな会話をしていると、ただのイメージだけども、なんだかメニューの相談をしている新婚さんみたいだ。

胸の奥がくすぐったい。顔がにやけてしまう。


女「へへ」

男「あおさの味噌汁も美味しかったな」

女「あおさ? って海苔でしたっけ」

男「そうそう。いつだったか母さんが作ってくれた」

女「へぇー……今度作ってみますね」

……ますます、新婚さんみたいな会話だ。

顔が緩みきって、そのうち私のほっぺはスライムみたいにデロリと滴り落ちるかもしれない。


料理が到着した。

男「いただきます」

女「いただきます」


男「ごちそうさまでした」

女「ごちそうさまでした」


お昼を食べ終わり、食堂の席を開ける。

それから開いている教室を見つけて、座ることにした。こんな所でも男くんの左隣。ここは譲れない。

周りに人がいるので、必要以上にくっつくことはできないのが心の底から残念だ。

他愛のない話の途中、ふと、バスケットボールの話題になった。

男「最近バスケやってないなぁ」

女「私は、きっともう身体動かないです。最近全然スポーツしてないですし」

私は小さい頃、運動が大好きで、同い年の男の子にも駆けっこで負けなかった。今も身体を動かすこと自体は好きだ。

でも胸が成長し始めた頃から、あんまり激しい運動はしなくなってしまった。揺れると痛いし。スポブラでも、揺れるものは揺れる。

ここの靭帯は伸びると一生治らないらしいし。

……垂れてしまうのは、正直かなり嫌だ。今のうちから予防しておかなければ。

私も男くんも、どう頑張ったって年をとる。

いつまでも女性として見てもらえるわけではないからこそ、その期間が少しでも長くなって欲しいと願う。

そのために、今でも毎日、スタイルを維持するためのストレッチや軽い運動は欠かさない。

太ってしまうことで男くんに愛想を尽かされては、私は死んでも死に切れない。


男「女も、小学生まではたまに俺と1on1もやってたのになー」

女「………………あれは私なりのアプローチだったんですよ?」

正直に言うと、男くんと接触プレイしたかっただけだったのだ。

おっぱい当たってドキドキみたいなそんな感じのイベントがしたかったのだ。DF中にもつれて抱きついたりしたかったのだ。

……我ながらなんて小学生だ。

まぁでも、そもそも私がバスケを始めたのは、男くんがミニバスを始めて、一緒にやりたかったからだったし。

それなのに、この人は目をキラキラさせて、バスケの最中はバスケの事しか考えていないのだ。

私がゴール下でディフェンスしながら背中にほとんど抱きついているような状態でも、何の動揺もなくターンアラウンドを決めてシュートを沈めるのだ。

私がゴール下でオフェンスしながら男くんに背中に抱きつかれたときは、シュートはおろかドリブルすらまともにできなかったというのに。

……スポーツにそんな邪な思惑を持ち込む私が不純なだけなのだけども。

男「え……。数年越しの新事実」

女「……男さんはバスケ絡むと鈍感すぎです。分かってましたけど」

男「いやー好きな子とバスケできて嬉しいなー、と思ってました」

たはは、と誤魔化す男くん。……さりげなくカウンター打ってきた。好きな人に好きな子と言われて喜ばないはずもない。

顔をうつむかせてにやける。

男「新しい2kも欲しいんだけどなー。あれはせっかくだしPS3でやりたい」

注釈を入れると、2kというのは、NBA 2kシリーズというゲームソフトのシリーズだ。

私たちは今のところ、二人ともPS3を持っていない。NBA2kシリーズの最新作はPS3版も出ている。

リアルさが売りのゲームだから、PS3でやりたいと常々言っているのだ。

女「PS3高いですよねぇ」

男「んー、まぁ、買っても良いんだけど、まだ早いかなー……いろいろ」

こういうものは、初期不良というものが必ず存在するのだ。

男「まぁ、そのうち買ったら一緒にやろう。今年格ゲーはアクセントコア酷かったしな」

女「あぁ……。フリーズばっかりでしたよね」

男「酷かったな。ま、対戦ならボードゲームでも良いけど」

女「チェスとか?」

将棋に囲碁、チェス。私も男くんも大好きだ。

主にゲームでルールを覚えた。

男「チェスはいつでもできるしなぁ」

女「目隠しチェス? 久しぶりにやりますか?」

将棋は無理だけど、チェスくらいなら頭の中でできる。

二人で高校生のときに練習したのだ。漫画に影響されての事だった。

男「お、やる?」


女「ルークをdの3」

男「ポーンcの3。ビショップテイクス」

女「ルークをdの7。ルークテイクス」

男「ルークdの7。テイクス」

女「……ルークを同じ。テイクス」

男「ビショップdの4。チェックだ」

女「……キングhの1……」

男「クイーンcの1でチェック」

女「……くそう! 負けた!」

しかし暇だからと言って大学の空き教室で目隠しチェスをやるのは、私たちぐらいのものだと思う。


男「じゃ、また後で」

女「はい!」

チェスで時間を潰し、午後の講義に戻る。


昼休みに男くん分を補給しておいてよかった。

疲労や集中力・思考力の低下等の症状が現れてしまうところだった。

しっかり集中して、講義を乗り切る。

そもそも、この大学は私にはちょっぴり敷居の高い大学だったのだ。

男くんの教えもあって、入ることはできたけども、勉強をさぼっているとすぐに遅れてしまう。

……男くんに、男先輩に、先輩の部屋で個人授業してもらった事を思い出してにやける。

男先輩は頭が良くて勉強もできる。教え方もとても分かりやすくて上手だった。

……生徒である私が、先輩の部屋で二人きりという状況にドキドキしすぎて、あまり効率の良い授業だったとは言えないけども。


本日のカリキュラム終了。時刻は18時丁度だ。

学友たちに挨拶をして、急いで帰宅することにする。

男くんはまだもう少し大学にいるだろう。一緒に帰れないのは残念だけども、私にはやることがある。


家に到着した。

即座に服を脱ぎ、メイクを落としてシャワーを浴び、身体をばっちり綺麗にする。

歯を磨いて、髪をしっかり乾かして櫛梳く。

さっぱりしたらもう一度メイクをし直して、事前に選んでおいた服を着るのだ。

以前はスカートが苦手だったのだけども、最近はスカートも着るようになった。

これはひとえに、友ちゃんの影響が大きいと思う。

とはいえ、ミニスカートはまだまだ抵抗が大きい。

というか、この抵抗がなくなることは一生ないと思う。


ほんのりと淡いグリーンの下着を着けることにした。

下は黒のストッキングを履き、その上にグレーの地に薄暗い赤のチェックが入った膝下丈のサーキュラースカート。

上は薄桃色のレースのプルオーバーに、カーディガンを一枚羽織る。

靴は、ストッキングに合わせた黒のショートブーツ。

それから、友ちゃんと一緒に買いに行った、というよりも友ちゃんに選んでもらった鞄を持つ。

…………。

……念のため、念には念を入れて、鞄の奥の奥の奥の方に、代えの下着を入れておこう。


そして、サイドの髪の毛を後ろに流して耳を出す。

少しボリュームを作りながら、後頭部に纏めてバレッタで留める。

この小さな青いオパールが付いたバレッタは、去年の誕生日に男くんに貰ったものだ。

オパールは、私の誕生石。……一言で表すなら青いけども、光の当たり具合でちょっと違う色にも見える。とても綺麗だ。

私は服やアクセサリーのブランドには明るくないし、良し悪しもあまり分からないけども、宝石や貴金属の類は単純に綺麗だと思う。

『耳をすませば』で雫ちゃんが緑柱石の原石を覗く場面に心躍ったし、ラピスラズリという宝石も好きになった。

FF9で宝石の種類を覚えたものだ。母の持っているガーネットのブローチをねだって、あんたがお嫁に行くときに譲ったげると言われた事を思い出す。お嫁。にやける。

ともかく、姿見の前で服装をチェック。……バレッタの位置がちょっとイマイチだったので直した。

耳が綺麗に見え、かつ髪の毛がしっかり留まっているのを確認。

女「よし」

準備万端。時間も割とぎりぎりだった。あと10分もしないうちに男くんが迎えに来てくれるはずだ。

玄関で待つことにしよう。


母「女」

女「ん?」

母「今日泊まってくるの?」

女「え、っと……た、多分」

母「なに赤くなってんの。……大丈夫だと思うけど、一応あなたも持ってるんでしょうね」

女「もっ、持ってるよ!!」


ぴんぽーん、とインターホンがなった。

一回、二回と深呼吸をして、ドアを開ける。……絶世の美人が立っていた。

男「こんばんは」

女「こ、こんばんは……」

男「お。服変わってるね」

心臓がけたたましく鳴り出した。

女「……ど、どうでしょうか」

男「最近スカートを良くはいてくれるようになって嬉しい限りです」

女「うぐ……。あんま見ないでください、恥ずかしいっす」

男「普段のパンツルックも可愛いんだけどね。いや、あるいは、普段パンツルックだからこそたまのスカートの破壊力が凄まじいのかもしれない」

女「やっやめてください!」

男「できれば生脚がよかったけど」

女「……そんなことしたら顔が燃えそうです」

男「俺は萌えてます」

……大真面目な顔で何を言うんだこの人は。


男「あ! それ去年贈った奴だ。久しぶりに着けてくれたのか」

目敏くバレッタを見つけて、手を伸ばしてそっと触れる。

顔から火花が出た。もう少しで炎上するところだった。

男「あのさ、正直、これあんまり気に入らなかった?」

女「えぇっ!? なっ、なんでですかっ!?」

驚いて男くんの顔を見ると、男くんは私を気遣うような表情をしていた。

男「え、いや……あんまり着けてなかったよな?」

女「そんなことないですっ!! その。勿体無くてなかなか着けられなくて!!」

毎日会っているというのに、私の心臓は一向に男くんの魅力に慣れてはくれない。

多分、日が経つにつれて男くんの魅力値が二次関数的に膨れ上がっているのだろうと思う。

私が昨日の男くんの素敵さに慣れる事ができたとしても、今日の男くんは昨日の男くんの何倍も素敵なのだ。

男くん分の依存性は大変危険なレベルだと思う。私はもう既に重度のジャンキーだ。

男「そ、そうか。なら良かった」

……そうやってそんな微笑みをさらっと浮かべるから、私は毎日めろめろになってしまうのだ。


男「じゃ、行こうか」

女「はいっ」

この時期になると、もう18時を過ぎる頃には真っ暗になってしまう。今は19時半を回っている。

……真っ暗ということは、手をつないでいても、見苦しくないということだ。今は回りに人もいないし、と言い訳も簡単に用意できる。

隣を歩く男くんの手の甲をこっそりとくすぐる。これは、私なりの、手を繋ぎたいですよーという無言のアピールだ。

私の訴えは受理された。きゅっと手を握ってくれる。……にへら、と顔が緩んでしまうのは仕方がない。

男「今日は過ごしやすいな」

女「へへ。そんなに寒くないですね。でも、あっという間に寒くなっちゃいますよきっと」

男「寒いとくっつきやすくていいけどな」

女「……なんかやっぱりちょっと寒いかもしれません」

もう少しだけ男くんに寄り添って歩くことにする。寒いから。

ふふふ、楽しそうに男くんが笑う。

男「ああ、そう言われればさっきより寒いかも」

女「……へへ」

寒いから仕方がない。


男「ごめんな、ちょっと歩くんだけど、車出せなくて」

女「そんな! お気になさらずに! 歩くの好きですよ!」

男くんと一緒なら……とは付け加えられなかった。

向かうのは、どうやら駅の方角のようだ。

今日の予定はなにも聞いていない。とてもドキドキする。

ちらりと横目で男くんの顔を伺う。……街灯に照らされた男くんの横顔に見入ってしまった。

なんて綺麗な横顔だろう……。

……いかん、なんか勝手に誘惑されてしまっている。このままでは何をしてしまうかわからない。

女「……そ、そういえば」

男「ん?」

女「男さんは、院に進むって言ってましたよね」

男「ああ。そのつもり」

つまり、院を卒業するまではずっと実家から通える距離だということだ。


女「博士、取るんですか?」

男「修士までかなー。博士まで行くのも面白そうだけど、その後就職できるとこ選べなさそうだし」

女「そうですか……」

男「なに? どうかした?」

小首を傾げる男くん。こういう仕草が、私の血が沸騰しそうなほどに可愛くてたまらない。

女「……男さん、一人暮らしとかしないんですか?」

言ってしまってから、口が盛大に滑ったことに気づく。

男「一人暮らし?」

女「あ、いや。深い意味はないん、ですけど」

自分の失言に一瞬で血の気が引いてから、数秒遅れて心臓が爆発しそうなほど鼓動を打ち始める。

てくてくてくてく。時間にして15歩分くらい、男くんは何かを考え込んでいた。


男「同棲する?」

スナイパーライフルでヘッドショットどころではない。

背後に瞬間移動直後にかめはめ波を打ち込まれたような衝撃発言だった。

思わず手を離して、男くんから距離を取る。

女「そっ、それはちょっと気が早すぎルッ! といいますかっ!!」

男「あれ? 俺深読みしすぎた? ねぇ女ちゃん、そういう意味じゃなかった?」

水を得た魚のように、にやにやと意地悪で楽しそうな表情を浮かべて、私の手を再び捕獲する男くん。

ほら、と促して、ゆっくりゆっくり短い歩幅で歩き出す。

歩きながら私をからかうとき、男くんはいつも歩幅が短くなる。

声が弾んで、とても楽しそうだ。基本的に男くんは意地悪だと思う。

そして、ちゃん付けで呼び出すのだ。

これは昔から変わらない。

昔から変わらないからこそ、余計に顔が熱くなってしまう。


女「そ、いや、そ……そ、sっ」

冗談ではなく、このぐらい突っかかってしまった。

男「そ? なに?」

にやにや笑いながら、声色まで意地悪なこの野郎め……素敵です。

女「……s………んん゛ッ」

咳払いと深呼吸を併用して心を落ち着けようとする。

女「……その……そういう意味も、ありmsけど」

あまり効果は無かった。

私は特別あがり症というわけではないと思うのだけども、男くん相手に焦っていると、急に上手くしゃべれなくなってしまうのだ。


男「女ちゃんは可愛いなぁ」

にやにやと笑いながら、男くんが右手で私の耳をちょんちょんと触ってくる。

女「やっ、んっ、や、やめてください、恥ずかしいです……」

私は左手でそれをガードする、けども、分が悪すぎる。多分、今の私の耳は真っ赤だ。

男「同棲。しようか?」

女「い、その……そ、そういうことは、もっと良く考えてkら、あの……です……」

我ながら情けなくなる突っかかり具合だった。

くすくすと、先ほどとはうって変わって優しく微笑む男くん。

一瞬で心奪われてしまう微笑みだ。ずるすぎる。

男「今、物凄く抱きしめたい」

今、物凄く抱きしめられたい。

女「……外では禁止、です」


男くんの目的地は、なんというか、とても大人っぽい、バーのようなお店だった。

女「う、おお……なんかすごい……」

小学生のようなことを言ってしまった。

男「何唸ってんのさ」

しかもくすくすと笑われてしまった。恥ずかしい。

女「ここってお酒とか飲む場所じゃ……」

男「二十歳になっただろ?」

女「え?……あっ、そっか……そうでした」

男「嫌ならお酒以外もあるし、まぁ、とりあえず入ろ?」

女「は、はいっ」

男くんに手を引かれて、中に入る。

男「車出せなかったのは、ここ予約してたからなんだ」

女「あ、あー、なるほど。お酒ですもんね」


中はなんだかほんのり薄暗かった。

ちょっとアルコールの匂いがする。

男「こんにちわ」

店員「お待ちしておりました。こちらへ」

うひょおー……。

私の頭の中には、なんとも色気の無い感想しか出てこない。


小さく個室のように区切られた席に案内された。

店員さんは小さくお辞儀をして、どこかへ消えていった。……店員さんまでおしゃれだ。

席に着くまでにあたりの様子を伺うと、どうやらここは、お酒も飲めるし、軽食も食べられるようなお店らしい。

女「……」

男「そんなに緊張しないでも」

女「な、なんというか……やっぱり男さんは、大人です」

男「一つしか違わないでしょうが」

くすくすと笑う男くん。笑い方まで大人っぽく見える。


実際、男くんは年齢以上にとても大人だと思う。

いつも落ち着いているし、滅多に怒ることもないし、即断即決で、先のことも考えていて。

……それでいて、たまに子供っぽくなるから、そのギャップがたまらないのだけども。

と、店員さんが現れた。

トレイの上に料理が乗っている。サラダとスープ、ポークソテーだ。

女「あ、あれ、まだ何も注文してな、いような」

店員「サービスです」

女「えっ!?」

男「サービスで良いの?」

店員「うそですー」

女「……え、ど、どういう……?」

男「こいつ、見覚えない?」

……よくよく見るとこの店員さんは大学に入ってから、男くんとよく一緒にいる人だ。

髪型がいつもと違うから分からなかった。


店員さんはにやにやと男くんに笑いかけながら、最後に私に営業スマイルを見せて、またどこかへ消えていった。

男「ごめん、あいつアホなんだ」

女「い、いえ!」

男「じゃ、気を取り直しまして。まずは食事にしよう」

女「は、はい」

男「……いつになく緊張してるな」

女「……こんなところで食事なんて初めてですし」

男「そんな固くなることないよ。それよりポークソテーだポークソテー」

女「……オススメですか?」

男「超オススメ」


女「……んいしい」

男「だろう!!」

絶品だった。


料理を食べ終えた。

見計らったかのように店員さんが現れる。手に持ったトレイの上に、小さなケーキが乗っている。

あれは、ミルフィーユだ。

ミルフィーユは、私が一番好きなケーキだったりする。

店員「サービスです」

男「もういいから」


私の目の前にミルフィーユが置かれる。

店員さんがまたどこかへ消えてから、男くんが小さな箱を取り出した。

男「誕生日、おめでとう」

女「あっ、う、うん……」

なんだか、急に泣きそうになってしまった。鼻の奥がツンとする。

去年は泣いてしまったから、成長したのだと思うことにする。


女「ありg……ありがとうございます……」

小さな箱を受け取った。

仮にこの箱の中が空でも、私は間違いなく喜ぶと思う。

女「開けてもいいですか?」

男「うん」

箱を開けると、中にはネックレスが入っていた。

さらさらとした細い鎖に、中央に緑色の石がはめ込まれた、四葉のクローバーを模ったペンダントトップが付いている。

男「苦手なデザインじゃなければ良いんだけど」

女「……とっても綺麗です」

正直、私には勿体無さ過ぎる贈り物だと思う。

だと思うけども、贈り物の値段は、お互いに聞かないし、気にしないこと。

私たちのルールの一つだ。


女「着けてみてもいいですか?」

男「うん。ぜひ」

箱からネックレスを取り出して、手を首の後ろに回して留める。

ペンダントトップが丁度真正面に来るように位置を調節して、男くんをちらりと伺う。

女「……え、っと……似合いますか?」

男「携帯で写真撮って良い?」

女「ダッ、ダメですッ!!」

男「どうしても?」

女「どーしてもですッ!!」

男「じゃあスケッチで」

女「ダメですってば!!」

男「ちぇー」


くすくすと笑いながら、男くんは私の手をそっと握ってくれた。

ふわりと微笑む。

男「誕生日おめでとう。また1年よろしく」

こういうとこホントずるいとおもう。

おちゃらけていたかと思えば、次の瞬間にはかっこよくて……緩急についていけない。

全部が全部、私の心に不意打ちでクリティカルヒットだ。

女「は、はいっ……よろしくお願い致します……」

真っ赤な顔を隠すために深々と頭を下げた。

……今日の髪型は失敗だ。熱を持った耳を隠せていないじゃないか。


女「……このミルフィーユは………………なんだこの悪魔的ミルフィーユは……」

そしてミルフィーユが凄まじい絶品だった。


後日、またこのお店に来た時に聞いたら、このミルフィーユは実はこのお店のメニューではなくて、

男くんが事前に別の有名店で買ってきて、店員さんに出してくれるよう個人的に頼んだものだということが判明する。

……私をときめき殺す気かと思った。


ミルフィーユを食べた後、お酒を頼むことにした。

私は、お酒をまともに飲んだことがない。

大学の新歓では、ビールを一口飲んで吐き気がしたのでそれ以上は飲まなかった。

だから、こうやってちゃんと飲むのは初めてだ。

男「まぁ、気楽に飲んでみよう」

女「はい……あ、私炭酸はあんまり」

男「わかっていますとも。何年一緒にいると思ってるんだ」

女「……」

今日は不意打ちで嬉しいことを言われ過ぎて幸せが飽和してしまいそうだ。


男くんがカクテルを選んでくれた。

なんだか、今日の男くんはいつもよりもずっとずっと大人っぽく見えて参ってしまう。

こんなの、めろめろにならないわけがない。

私は既にお酒じゃなくて男くんに酔っているよなーへへへへ、なんて思っていると、カクテルが運ばれてきた。

ほんのり半透明の、黄白色のカクテルが二杯。

女「あ、なんか柑橘系の匂い」

男「お、正解。レモンジュースも入ってる。xyzって名前」

女「な、なんかかっこいい名前ですね! シティーハンターみたいな……」

男「ああシティーハンター、懐かしいなー」

くっくっと笑いながら、グラスを持つ男くん。私もそれに倣ってグラスを持つ。


男「女の好みから考えると、多分口に合うと思う」

手に持ったグラスをくるんと揺らがせる男くん。

本当に、美人は何をしても絵になるなぁ。

男「合うと思うんだ、けど、合わなかったら遠慮せず残していいからね?」

女「うん、気をつけます」

男「うん。では、乾杯」

女「か、かんぱい」

ちりんと、気持ちの良い音がする。

……一口。


女「美味しい!」

男「お、そう? 良かった。でも急いで飲むなよー」

女「うん!」

もう一口。

ああ、これ凄く好きだ。

女「これ凄く好きな味です。へへ」

男「気に入ってもらえたようで何より。これからいろいろ飲んでみよう」

女「うん! 私、日本酒も飲んでみたいです」

男「日本酒! 渋いトコ突くなぁ。ここ日本酒もあるにはあるけど……」

少し声を潜める。

男「正直あんまりかな」

女「そうなんですか?」

男「うん。まぁ、ここのメインはカクテルだしね」

男くんはグラスをもう一度くるりと回して、一口。

……男くん、レモンあんまり得意じゃないんだけども、大丈夫だろうか。

女「男さん、レモン大丈夫ですか?」

男「ん? うん、まぁこれくらいなら美味しい。で、なんで日本酒なんだ?」

女「え? えーと、お父さんが日本酒大好きなんです。美味しそうに飲むから、飲んでみたいなーって」

私の父は日本酒と湯豆腐が大好きだ。よく、母がお酌をしながら、幸せそうな夫婦の時間を過ごしている。

女「男さんは、お酒強いですか?」

男「いやいや。好きだけど弱いんだこれが」

苦笑しながら、男くんはグラスを持ち上げて一口こくりと飲み込む。

男「カクテル、飲みやすいかもしれないけど、アルコールは強いのも多いから気をつけてな」

女「うん」

私ももう一口。……美味しい。

女「へへ。これ美味しい」

男「気に入っていただけたようで何より。他にもいくつかオススメあるから、ゆっくり飲もう」

女「うんっ」


女「男さんは、何度も来たことあるんですか? ここ」

男「ん、まぁ、そうだね。あいつがバイトし始めてから、お酒の種類覚えがてらに何度か」

あいつというのは、先ほどの店員さんのことだろう。

男「そう言や、あいつ、ほしをみるひとクリアしたことあるらしいぜ」

女「えっ!? ま、マジですか?」

男「本人はクリアしたと言っている。真偽は定かじゃないけどなー」

女「本当に本当なら本当にすごいですね……」

ちゃんとクリアするだけで表彰もののゲームだ。投げない根性が凄いと思う。

私はまず進め方が良く分からなくて投げてしまった。


オレンジジュースのようなカクテルが来た。

女「んー……オレンジジュースみたいです」

男「これはパライソオレンジ。見たまま、オレンジのカクテル」

女「パライソオレンジ……。いただきます」

一口。

女「ん、ちょっと苦味が……あ、でも、美味しいです」

男「そう? 良かった」

女「へへ。私、もしかしてカクテル好きかもしれません」

もう一口、飲み込む。


男「それは良かった。楽しく飲むのが一番美味しいからな」

女「こうやって男さんと一緒ならなんでも美味しく思えそうです」

男「あれ、もしかして俺、口説かれてる?」

女「くっ、口説いてないでs……」

くっくっと笑って、じぃーっと見つめてくる。……目をそらしてしまった。

男「かわいいなぁ」

女「……」

男「口説いてますよ?」

女「しっ、知、わっ、わかってますっ」


男「苦いの平気?」

女「これくらいなら……美味しいです」

男「よかった」

女「へへ。男さんはソムリエさんですね」

男「お口に合って何よりです」

ふわりと微笑む男くん。

……格好いい。もうそれしか出てこない。

女「……美味しーです」

男「ちょっと赤くなってきた?」

女「こ、これは……多分酔ってるわけじゃ」

男「知ってる」

女「……意地悪です」


カフェオレのような色合いのカクテルが来た。

女「カフェオレ?」

男「カルーアミルクという、甘いカクテルです」

女「ああ、これが……。名前は知ってます」

男「有名だね。味はほとんどコーヒー牛乳みたいな感じだ」

一口……。甘い。

女「これも美味しいです、けど、なんかあんまりお酒って感じしませんね? これ」

男「うん。でも結構度数高かったりするから飲みすぎないようにね」

女「そうなんですか?……ほとんどカフェオレなのに」

男「うん。ガブガブ飲むよりゆっくり飲んだ方がいいよ。今まで頼んだのは全部ゆっくり飲むカクテルだから」

女「へぇー……飲むペースが決まってるんですか? カクテルにもいろいろあるんですね」

男「ロングドリンクとショートドリンクだっけかな。ゆっくり飲むのと、比較的さっと飲むの」

くるり。カクテルを混ぜるように、ゆっくりとグラスを回している男くん。

……私に合わせて同じ甘いカクテルを選んでくれているし、私に合わせたペースで飲んでくれている。

それくらいは、いくら鈍い私でも分かる。


女「男さんはどんなカクテルが好きなんですか?」

男「ん? んー……いろいろかなぁ」

女「男さん、私に合わせて無理してないですか?」

男「いや、カルーアミルクも嫌いじゃないけど」

女「男さんあんまり甘いの苦手じゃないですか」

男「んー……まぁ……あんまり多いとそうだけど」

女「次は、男さんは男さんで好きなの飲んでくださいね。私に合わせなくていいですよ」

男「……じゃあ、次はそうしよっかな」


女「そういえば、おつまみとかってないんですか?」

男「ん、お腹空いた?」

女「あ、や、割と満腹です……でも、お酒飲むときって、なんだかおつまみとか食べてるイメージがあって」

男「ああ。俺もあんまり詳しいわけじゃないけど、カクテルってあんまり食べながらってお酒じゃないのかも?」

女「そうなんですか?」

男「カクテルはそれだけで完成されてるんだとさ。受け売りだけどね」

女「へぇー…………まぁ、でも、確かに、飲み物だけなのに、こんなに飲めるのも不思議です」

男「まぁ、どこでもちょっとしたおつまみくらいは置いてあると思うけどね。ここもあるよ。なんか頼む?」

女「や、お腹いっぱいなのは本当です」

男「そう?」


男くんに来たのは、なんと言えば良いのだろうか、少し白っぽいような、透明なカクテルだ。

私に来たのは、これまたなんと言えば良いのだろうか……鮮やかで不透明な、明るい薄緑色のカクテルだ。

なかなかの視覚的インパクトだ。ミントの香りがする。

男「それはグラスホッパー。ミントのカクテル」

女「これが! 私これ知ってます!」

男「おお。なんで知ってるんだ?」

女「ちょっと前に読んだ小説で出てきました」

男「あ、伊坂幸太郎のか?」

女「そうそう! どんな味なのか気になってたんです。バッタの色から名前付いたんですよね」

男「良く知ってるなー。これはショートドリンク。冷たいうちにぐいっと飲むタイプ」

女「へぇー……男さんのは?」

男「これはジントニック。有名なやつ。有名ということは、美味いということだ」

グラスを傾けて、二人同時に一口。


男「どう?」

女「チョコミント!」

男「的確な感想だな」

くすくすと笑う男くん。

女「想像してたのよりさわやかでした。グラスホッパーなんていうからもっと荒々しいのかと」

男「別にバッタの味がするわけじゃないしなぁ」

くっくっと笑う男くん。目尻がふにゃんと下がっていて、とてもかわいい。

男くんの笑顔を肴に、もう一口。グラスホッパー、結構好きな味だ。

ちらりと男くんの方を伺う。……唇が、グラスに触れる。気になる。


女「……あの、行儀悪いのは分かってるんですけど」

男「ん?」

女「そっちも一口飲んでみたいかな、なんて」

男「ああ、良いよ。俺もそっち飲んで良い?」

女「もちろんです!」

グラスを交換する。……もちろんのこと、私の脳は男くんが口を付けた位置を記憶している。

正確に精密に、位置をトレースして一口。

我ながら本当に気持ち悪いと思う。

……!

男「どう?」

女「美味しいです!」

男「おお。甘くはないからさ、薦めるのもどうかなーと思ってたんだけど」

女「甘いのも好きですけど、こういうのも良いですね。へへ」

間接ちゅーもできたことだし大満足である。


他にもいくつかのカクテルを楽しんでいると、だんだん頭がふわふわしてきた。

何もしていないのになんだか楽しい気分になってしまう。

今回以外で唯一私の飲酒経験と言える新歓では、なんというか、男の人たちが馴れ馴れしくて正直ちょっと怖かった。

……ビールも、私の口には合わなかったし。

それに比べて今日は、お酒も美味しいし、一緒にいるのは男くんだしで、本当に随筆しがたいほどに楽しい。

女「へへ。なんか気持ち良いです」

男「ん。大丈夫か、酔ってきた?」

女「んー、そうかもしれません……ちょっとふわふわしてきました」

男「そろそろやめとくか。せっかくの誕生日、翌日に二日酔いは嫌な思い出になっちゃうぞ」

女「はぁい……」

男「あ、今のなんか可愛かった。もう一回言って」

女「……いくらお酒飲んでるからとは言え、そのくらいの理性はありますよ」


男くんに連れられて、お店から出る。

足元がおぼつかない、というほどではないけども、少し頭がふらっとする。

お会計は、男くんが払ってくれた。

普段のデートのときは、男くんの方が少し多めに出してくれるけども、基本的に折半だ。

だけど誕生日は、お祝いする側が払うのが私たちの決まりだ。

お店の外に出ると、外気が火照った顔を冷やしてくれて気持ち良い。

女「ご馳走様です」

男「うん。本当に、口に合って何よりだ」

女「美味しかったです。また一緒に来てください」

男「こちらこそ」

言いながら、男くんが左手を差し出してくれる。

私がその手をきゅっと握ると、男くんは私を気遣ってか、いつもよりゆっくりと歩き出した。


男くんの横顔が、こんなに近くに。

胸が苦しいくらいにときめいてしまうのも、仕方のないことだろう。

月並みな言葉だけども、これ以外に表現する言葉を知らない。

きゅんきゅんする。

優しさに甘えて、男くんの腕に抱きつき、少しだけ身体を預けながら歩く。

普段ならこんなことはしないけども、酔っているのだから仕方がない。

周りに人がいないことを確認するくらいには頭は働くけども、酔ってしまっているのだから仕方がないのだ。



男「……今日さ、この後予約してるところがあるんだけど」

心臓が、先ほどとは別の理由で暴走しそうになった。


男「その……大丈夫?」

女「だっ……大丈夫、です」

いくら鈍い私とは言え、なんとなく分かる。

つまるところ、そういうところだ。

男「あー。意味、分かってる?」

女「わ、わかってます」

男「……嫌だったらそう言っt」

女「嫌じゃないです!!」

男「……そうか。ありがと」

なんとなく、男くんの目がいつもより色っぽい。色気5割増しだ。

……前回の時の事を思い出して顔が熱くなる。

これから、またして貰えると思うと、なんというか……悶々としてしまう。


男くんに手を引かれながら、ゆっくりと向かった先には、なにやら結婚式場と一緒になったホテルがあった。

物凄く格式高そうに見える。

女「ぅおぉ………………こ、ここですか?」

男「うん」

なんというか……値段も、とても高そうだ。

女「ここ、その、高いんじゃ……」

男「値段気にするの禁止だぞ」

女「そ……それはそうなんですけど……だって」

男「禁止」

女「……うん」


男「ちょっとここで座って待っててな」

私をホールのソファに座らせて、男くんがカウンターへ向かう。

それをぼーっと眺めながら、未来に思いを馳せる。

……次の男くんの誕生日には、私もどこか宿泊施設に予約を取ろう……。

男くんの苗字で予約を取って、そして受付の時に「予約をしていた○○です」って言いたい。

……ノートに男くんの苗字に続けて自分の名前を書き、にやにやしていた小学生時代からまるで成長していない。

安西先生も呆れる事だろう。


受付が終わったらしい。

カードキーを受け取る姿が見えた。

ソファから立ち上がって、近くにあったエレベーターの呼び出しボタンを押してから男くんに近づく。

男「おまたせしました。6階です」

女「エレベーターは呼んでおきました! そろそろ来るかと!」

男「やっぱ酔ってる?」

くすくすと笑いながら、私の手をこっそり捕まえる男くん。

受付のお姉さんがいるのだけども……まぁ、一人くらいなら見られていても、誤差の範囲内だと思うことにする。

丁度降りてきたエレベーターに乗って、6階へ。

今更ながら、心臓が破裂しそうなほどに忙しい。

一言二言、男くんと言葉を交わした気がするけども、何を話したか覚えていない。


女「……広いですね」

ベッドが大きい。部屋が広い。なんというか、スケールが大きい部屋だった。

それに、とても綺麗だ。

……ベッドが一個しかない、とまず思ってしまう自分の煩悩が憎い。

これからこの部屋で、と思うと、どうしたって頭に血が上ってしまう。

男「緊張しすぎだよ」

と、後ろから男くんが声をかけてきた。

女「だっ、だって、仕方ないじゃないですか……」

男「まー女ちゃんはむっつりスケベだからなー」

女「別にそんなんじゃ……」

……否定はしたけども、正直、私は自分でもかなりむっつりだと思う。それもかなり年季の入ったむっつりだ。

えっちな事に興味津々で耳年増な小学生だったことを思い出す。

一人でモゾモゾする事を覚えたのは小学3年生の頃だった。

しかも男くんの体操服の匂いを嗅ぎながらだった。……男くんはおろか、お墓まで持っていく秘密だ。


くっくっと意地悪に笑いながら、男くんは上着を脱いでハンガーにかけた。

私も一枚脱いで、男くんのハンガーの隣に。

私の服と男くんの服がくっついているというのは、拡大解釈すれば私と男くんがくっついているのとほとんど同じことなのではないだろうか。

……こんな事を考えてときめきを感じてしまうのだから、私も大概色惚けている。


男「酔いは冷めた?」

男くんが、コップにつめたいお茶を入れてくれた。いったいどこから出してきたのだろう……。

女「あ、う、うん、ありがとうございます。……もう、あんまりふわふわしてません」

今は別の要因で気持ちが浮ついている。

コップを受け取って、ベッドに腰掛ける。

男くんは、その隣に腰掛けた。

その一動作だけで私の心臓が爆発した。

必死に平静を装う。

お茶を飲んで深呼吸深呼吸。


男「お酒、結構美味しそうに飲んでて良かったよ」

女「あっ、その、お酒、美味しかったです、本当に。美味しいし、見た目も綺麗でした」

男「うん。次は日本酒かなー。ワインもいいな」

女「楽しみです。……私、ビールは飲めないと思いますけど」

私はあまり炭酸が得意ではないのだ。

女「男さんは?」

男「ん? ビール?」

女「はい。ビール、好きですか?」

この私には夢がある。お仕事から帰ってきた男くんと、晩酌をするという夢が。

そのためにも、ぜひとも男くんの好みは詳細まで知っておきたい。


男「うーん……。美味いと思う時もある。でも俺も基本的にはあんまり好きじゃないなぁ」

女「何が好きなんですか?」

男「んー……梅酒以外は割と大体なんでも好き。ワインもあんま酸っぱいのは苦手かな」

男くんは梅が大の苦手だから、梅酒はなんとなく分かる。

女「梅酒って酸っぱいんですか?」

男「うーん……俺は酸味も苦手だけど梅はもう匂いも味も全て拒否反応出るからなぁ」

女「あー……」

やっぱり酸っぱいのかな、と味を想像する。

梅を筆頭に、お酢やレモンと、男くんは基本的に酸っぱいものが苦手だ。

男「まぁ、好きなの飲むのが一番だ」

女「ですね。……そのうち、おつまみも作れるように勉強します」

男「ん。楽しみにしてる」


他愛ない談笑も、次第に途切れ途切れになってきた。

部屋に入ったときの緊張は、男くんがほぐしてくれた。

……となると、私も、その、なんだ、それなりに若いのだ。

悶々とするというか……どうしたって、意識してしまう。

隣に座る男くんをちらりと横目で伺う。

唇がとても柔らかそうだ。

そこに触れる感触を思い出しては、顔が緩むのを抑え切れない。

でも、にやにやするだけだ。

……私はむっつりであるけども、一応女性として、恥じらいというブレーキが存在している。

あるいはブレーキがあるからむっつりなのかもしれない。

私の方から言葉に出して、なんて、とてもではないけども堂々とは誘えない。

コップをテーブルに置く。

せめて、少しだけ男くんに体重を預けることにする。ほんの少しだけ。

男「……」

女「……」

男くんは聡い。私のこんな拙い誘い方でも、汲み取ってくれる。

コトンと、男くんも手に持ったコップを置いた。

きしっ、とベッドの音がする。

男くんがこちらを向き直してくれた。

私も、男くんの方に顔を向けて、目を薄く閉じる。


……唇が触れ合うだけのことなのに、こんなに気持ちいいから不思議だ。


ほんの数センチだけ、唇を離す。

目を開けると、眼前に男くんの綺麗な顔。自分の鼓動がうるさいくらいに聞こえる。

と、そこでハッと気づく。私はシャワーを浴びていなかった。歯も磨いていない。

女「わっ、私、その、シャワーを」

男「浴びなくても良いよ」

女「そ、そういうわけに、わっ、うわっっ」

ちょっと無理やり押し倒されてしまった。頭の後ろのバレッタが、ちょっぴり痛い。

私に覆いかぶさる男くんの顔、見上げると、逆光のせいかとても意地悪に見えて、困ってしまう。

一秒足りとも抵抗できる気がしない。

男くんは左手で自分の身体を支えながら、右手で私の前髪をそっと横にずらした。

男「ごめん」

……謝る言葉の裏に、だけどこのまま逃がさない、という言葉が隠れているのだから、ずるい。

女「……あ、の…………髪、髪留め、外してください」

男「ん、あ、ああ、ごめん、痛かったか」

女「……ふっ、服も! ……お願いします」

男「……」

女「その……き、着替え、ないですし、汚れたら、帰れないです」

男くんは、緊張したり興奮したりすると、ぺろっと唇を舐めて湿らせる癖がある。

……その癖を見るだけでぞくぞくするようになってしまったのは、今はまだ内緒だ。


ベッドの上に、ぺたんと座る。

男くんが正面から腕を回し、私の後頭部に触れる。

手探り3秒ほど。パチッと音を立てて、バレッタが外された。

押さえつけられていたせいで、髪に少し癖が付いてしまっている。

男くんは、優しくゆっくりと手櫛を通してくれた。指先が私の頭皮を優しくなぞっていて、気持ち良い。

それから、私のほっぺを右手の人差し指の背中ですりすりと撫でて、もう一度キスをしてくれた。

さっきよりも、ちょっとだけ長く。

唇を離した男くんの視線が、私の顔よりも少し下に向かうのが分かる。

自分で言うのは自信過剰に思えて嫌だけども、カップ数だけで判断するならば、私は平均に比べてちょっぴり胸が大きい。

私の母もそうだし、従姉妹もそうだ。そういう家系なのだと思う。

自意識過剰だと思われても仕方ないけど、男性の視線がそこに行くのは、正直、とても良く分かる。

他の男の人の視線なら嫌悪感しかない……のに、男くんが見てくれると思うと、私でやらしい気分になってくれていると思うと、嬉しくて仕方がない。

この時のために、男くんにそう思って貰うために、運動や半身浴、食事でスタイルを維持する努力をしているのだ。

……恥ずかしさも、もちろんあるけども。


ぷち、ぷちと、私の胸元のボタンを上から順番に外していく。

次第に露わになる太ももや肩、胸元やお腹。

私の弱いところをさわさわと手のひらで撫でながら、私の服を脱がしてくれる。

ゆっくりゆっくり、焦らすように。

……それだけで、ちょっと、潤滑液が出ちゃいそうになる。

上を全て脱がされ、スカートも取り上げられて、あとは上下の下着だけ。

……私が持っている下着の中で、精一杯可愛いものを選んだつもりだ。

顔が熱くて仕方がない、仕方がないのだけども……羞恥心より、期待の方が大きいから、我ながら困ったものだ。

女「あの……電気……」

男「消さなきゃダメ?」

女「は、恥ずかしいです」

しぶしぶ、と言った様子で電気を弱くしてくれた。


オレンジ色の薄暗い視界の中で、男くんが私の背後に回り、やや手探りでホックを外してくれた。

火照り切って汗ばんだ胸が、空気に触れて気持ちいい。

男くんに、身体を預ける。

腕の下から手を回して、そっと胸に触ってくれた。

五本の指先で、下側から、なぞるように、持ち上げるように、優しく触れてくれる。

先端はともかく、胸自体は自分で同じように触ってもくすぐったいだけなのに

男くんに触れられているとこんなにびりびりするのだから不思議だ。

男くんの指はきっとコンデンサになっているに違いない。絶賛放電中。

麓から山頂まで、ゆっくりと登っていき、先端には触れずにしばらくふにふにしてから、

人差し指で先端をくりくりと刺激する。弾かれる度に、ぴりっとした刺激に、背中が丸まりそうになる。

男くんが顔を近づけて、私の首筋に弱くキスをしてくれる。

手のひらを全部使って、ぎゅぅーっと鷲掴みにする。

ちょっと痛くて、とてもぞくぞくする。


自分の胸が、自分の意思とは関係なく、ゆっくりと形を変えるのを見ている。

なんというか……その、とてもやらしく見えて、恥ずかしい。

男「ね」

女「…はっ……はい?」

既に気持ちよくて夢見心地な所に、さらに心地の良い声が耳をくすぐってくる。

耳元でささやかれると、背中の方までぞくぞくしてしまう。疎密波恐るべし。

男「こっち向いて」

女「う、うん……」

背後にいる男くんとキスをするのは、体勢的に少し辛い。

女「……は、っふ……」

……その辛さすら心地よく思えてしまうのだから、人間の脳というのも本当に変な仕組みをしている。

少しだけ、私の口の中を舌でいじめて、また唇を離す。


視界の外から、男くんの右手が、私の耳をくすぐってきた。……不意打ちのせいで変な声が出てしまった。

そのまま、右手が人差し指と中指だけを伸ばして、私の唇に触れる。

……これは、私と男くんにだけ分かる、指を舐めろという命令なのだ。

命令なのだから、従わなくてはならない。

口を開けて、男くんの指先をぺろっと舐めて、命令に従いますという意思表示をする。

男くんの指が、ゆっくり口の中に侵入してくる。

私はその指に唾液をまぶして、少し奥歯で甘噛みしたり、吸ってみたり、舌を絡めたりする。

男くんは、人差し指と中指を使って、口の中のあらゆる所をなぞってみたり、私の舌を押さえつけてみたり、挟んで引っ張ってみたり、指を奥まで入れたりする。

そんなことをされて、どうしようもなく気持ち良いと感じてしまうのだから、やっぱり人間の脳は不可解極まりない。

口の中が性感帯ってどういうことだ、どう考えても欠陥じゃないのか。……やっぱり、気持ち良いけども。

自分の口の端から唾液が垂れているのが分かる。

でも、男くんの許可がなければそれを拭うこともできない。

そういう風に躾けられてしまった。


しばらく私の口の中を蹂躙した後、湿った音を立てて、口から出て行く男くんの指。

唾液を確かめるように、見せ付けるように、私の目の前で指を動かす。

……唾液が糸を引いていて、顔が燃えそうになる。

そのまま、私の唾液がたっぷり付いた指で、男くんは胸の先端をきゅぅっと摘んだ。

いきなりの強い刺激に、勝手に背中が丸まってしまう。

不意に、男くんに下着の肩紐の痕を強く吸われた。びりっとした電気が流れる。

この人は、背中とか方とかお腹とか、服で隠れたところにキスの痕を付けるのが大好きな変態さんなのだ。

ちなみに、1年後くらいには噛み付き痕も付け始める。

……私も、そういう印を付けられて心底悦んでしまう変態なのだけども。


そのまま、私のうなじに鼻をくっつけて、すーっと匂いを嗅ぐ。

思わず首をすくめてしまう。

女「あっ、そっ、汗っ! 臭いですからっ」

男「興奮する」

……その台詞だけで下着が汚れてしまいそうになる……というか、多分、汚れてしまった。

女「…………あ、あの……」

男「ん?」

女「し、下着……汚れちゃいます」

人間にもいろいろなタイプがいると思う。

例えば汗っかきだったり、涙脆かったり……同じ事をしたりされたり見たりしても、人間の身体というのは個人個人によって反応が違うのだ。

……私は、多分ちょっと人より水気が多いのだと思う。


私のお腹を両手の指先で撫でながら、ゆっくりと下っていき、親指を下着にくっと引っ掛ける。

耳元で、男くんの呼吸が聞こえる。……いつもより、ちょっと早い気がする。興奮してくれているだろうか。

私が少し腰を浮かせると、男くんはそのタイミングを逃さずにするっと下着を脱がしてくれる。

……普段何気なく着ているけども、こうして男くんに肌を見られると、服というものの頼もしさを痛感する。

男くんが、脱がした下着を私に見せてくる。

男「遅かった」

女「わっ、分かってますから、見せないでくださいっ……」

私を弱く抱きしめながら、私の左肩に軽く顎を乗せて、くすくすと笑う男くん。

そのまま、耳たぶにキスをして、耳殻を舌先でなぞってから、甘噛み。

いつからこんなことになってしまったのか分からないけども、私は耳が本当に弱い。

少なくとも中学生の頃はこんなに弱くはなかったと思う。

……今や、男くんにずっと耳をいじめられていたらそれだけで達することがあるくらいに、弱点だ。


本当に唇と舌と歯なのかと思うくらい、私の耳を器用に意地悪にいじめてくる。

男くんの左手は、私の身体を支えるように抱きしめながら、私の肋骨の辺りをさわさわと撫でていて、

右手は爪の先で内ももをカリカリと淡く引っかいている。

舌が耳の中に侵入してきて、湿った音を立てながらぢゅーっと吸っている。

左手が移動して、鎖骨のくぼみを指先ですりすりとなぞってから、さらに移動して私の右の胸をぎゅぅーっと鷲掴みに押しつぶす。

少しだけ息が苦しくて、痛くて、それにとてもぞくぞくしてしまう。

右手の人差し指が、とうとうそこに触れて、入り口に指を当てながらスライドさせて潤滑液を指にまぶす。

唾液よりもぬるぬるになってしまった人差し指で、他よりも少し硬いところに触れ、潤滑液を移すように指のお腹で転がす。

そこは、他よりもずっと敏感なところだ。


人間の身体で唯一、性的刺激のためだけに存在する女性だけの器官だという話だし、弱くて当然なのだけども……それにしたって、弱点すぎると思う。

硬いところに触れられるだけで、頭のてっぺんから指の先まで電気が流れるような刺激なのだ。喉から変な声が出る。

身体が勝手に脚を閉じてしまっても、それは仕方のないことだと思う。

男くんは左手でやんわりとそれを阻止して、なおも指でそこを弄くり続ける。

しかも左手まで参加してきた。左手で、ぐっと硬いところを露出させながら、右手で苛めてくる。

正直、既に息も絶え絶え。身体中の刺激に耐えるだけで精一杯だ。

潤滑液が、お尻の方へ伝うのが自分でも分かるくらい、なんというか、その、なんだ。

……やっぱり私は水気が多いのだと思う。


ガリッと、少し強めに耳を噛まれた。痛いと思うより、ぞくぞくしてしまう自分の頭が憎い。喉が勝手に鳴ってしまう。

左手が、私のほっぺに添えられて、顔の向きを誘導する。

男くんの舌が唇をこじ開けて入ってきて、私の舌を弄ぶ。

それと同時に、右手が、硬いところを、少し乱暴にぐりぐりっと押しつぶした。


……分かっていたけども、やっぱり私は、男の人で言うところの、早漏、なのだと思う。

自分でするときはそんなに早くもないと思うのに、男くんに触れられていると、あっという間だ。

女性は男性に比べて精神的な部分が性的に大きな割合を占める……と、何かに書いてあったなぁと、ぼんやりと思う。

息を止め、男くんの腕をぎゅっと掴み、断続的に襲ってくる波に耐える。

耐え切ったら全身を脱力して、背後の男くんの胸に身体を預ける。……刺激が強すぎて、ちょっと涙が出てしまった。

頭が真っ白になる、という表現は、なかなか的確だと思う。

男くんが体勢を変えて、親指で私の目尻を拭ってくれる。……唇の端から垂れていたよだれも、ついでに。

そのまま、私の頭を優しく支えて枕の上へ。ベッドと枕に身体が沈む。

男「……まだ、大丈夫?」

息を整えながら、かろうじて頷く。


呼吸を落ち着けたいところに、口を塞がれた。

男くんの味がする、熱い吐息を吸い込む。

呼吸を落ち着けるどころではなかった。

舌で舌をいじめながら、視界の外から、男くんの指が私の中に入ってきた。

正直に言って、中は結構鈍感だと思う。

私は、平均的に考えて、中よりも耳や口の中の方がずっと弱い。

けども、中にも敏感なところはある。

男くんの人差し指と中指が、くっと曲がって、ちょうど、硬いところの裏側辺りを、内側からぎゅ、ぎゅ、と押し上げてくる。

同時に、親指で硬いところもなぞっている。

刺激が強すぎて、ちょっと痛いくらいだ。……それにぞくぞくしてしまうように躾けられてしまっている。

口を塞がれているのに、変な声が出てしまう。深呼吸したいのに、男くんの舌がそれを許してくれない。

私の舌先を弱く噛んで捕らえながら、ぢゅーっと吸ってくる。

……その苦しさにさえまたぞくぞくしてしまうのだから、私の身体も始末に負えない。


人間にもいろいろなタイプがいると思う。

男の人が達した後、やわらかくなるのと同じように、女性も達した後は落ち着く人が多いそうだ。

高校生時代に友人とそういう話をした時、私だけではなかったけども、私みたいなタイプは少数派だった。

昂ぶりや刺激というものを数値化できるとすれば、きっと、男性や多数派の女性は、100%になった後、10%とか20%くらいになるのだと思う。

あるいは、ゼロ、さらにはマイナスまで行くのかもしれない。

しばらく放っておいて欲しいと言う子もいたぐらいだ。

……一方で、私は、100%になった後も80%くらい残っているのだと思う。

つまり、20%など、あっという間なのだ。


息を止めて、全身に力が入ってしまう。

目を閉じて、男くんの身体にしがみつく。

断続的に続く波を耐え切ったら、脱力して息を吐き出す。

……やっぱり、20%なんてあっという間だった。

涙で滲むオレンジ色の視界で、男くんが私の潤滑液が付いた右手の指をぺろっと舐めるのが見えた。

そのまま、じぃーっと私の目を見つめてくる。

……あれは、お前ので汚れたぞ、と言っているのだ。

私が綺麗にしなければならない。

口を開けて、舌先をちろちろと動かして、男くんの指を誘う。

目の前に差し出された男くんの手に、両手を添えて、舐め取って綺麗にする。

……自分の潤滑液を口に入れるのも、もうあまり抵抗がなくなってしまった。

手のひらから指先へ向かうようにちろちろと舐めて、中指を咥えて、同じように人差し指も。

二本の指を舐めていると、男くんが少し指を動かして、私の舌を押さえつけた。ぞくぞくする。

手の甲側は指先から手首に向かうように舐めて、綺麗にしたら……男くんの顔を伺う。褒めて欲しい。

右手が引っ込められて、変わりに左手で私のほっぺを撫でてくれる。すりすりという感触が、気持ち良い。


男くんが自分のシャツの襟元を引っ張って、脱ぎ始めた。

心臓が宙返りしそうになった。

……引き締まった、とても魅力的な身体をしている。鼻血出そう。

かちゃかちゃという音を立てて、ベルトを外し始めた。

自分の鼓動がうるさいくらいだ。……嫌でも、いや嫌ではないのだけども、期待してしまう。

オレンジ色の視界の中でさえ、下着の中からでさえ、その存在感を遺憾なく主張する膨らみが見える。……物凄く、元気だ。あれが、今から……。

……男くんの指や舌で体中いじめられるのも、気持ち良くて大好きだけども、やっぱり、精神的には入れてもらうのが一番心地良い。

ぴりっと音を立てて、ビニール袋が破かれる。


仰向けに寝転がった私の中に、男くんの中指が入ってきた。

その指に沿って、男くんのものが、くぷっと侵入してくる。

頭が入ったら、中指を抜いて、私の二の腕の横に手をついて、少し覆いかぶさる。

体重がかかって、私の背中でベッドがきしむ。

……男くんの匂いがする。目を閉じて、深呼吸。

そのままの体勢で、ゆっくりと押し込まれる。

私は息をはぁーっと吐いて、なるべく力を抜く。……男くんのものは、多分、平均と比べて大きい。

二度も達してしまっているし、私はもともと水気が多い方だと思う。

潤滑油の量は充分すぎるくらいだ。

そういうための器官だし、そういう風にできているのだけども。

……けども、男くんのものが侵入してくるのは、毎回、結構な衝撃体験だ。

そもそも、私の感覚で言えばあんなサイズのものが自分の中に入ってくること自体とんでもない体験なのだ。


男くんが腕を折りたたんで、顔を近づけてくれた。唇に短くキスをくれる。

そのまま、あまり動かさずに、中の突き当たりをぐっぐっと少し強く押してくる。

中は基本的に鈍感だけど、入ってすぐのお腹側のところと、突き当たりのところは、刺激されると特に弱い。

突き当たりのところは、前はそんなでもなかったのに、今は少し押されるだけで全身に電流が流れてしまうようになってしまった。

これがいわゆる開発というものなのだろうかと思う。

私の下腹部に手を置いて、ぐーっとゆっくり弱く押してくる。同時に、硬いところも少しぐりぐりと刺激する。

それをされると、深呼吸に混じって変な声が出てしまう。

男くんが上体を起こして、私の右脚を持ち上げる。私がそれに逆らえるはずもなく、されるがまま、身体の向きを変えられた。

左耳を枕に付けながら、腰をひねって、右脚が男くんの肩に乗っているような状態だ。

右手で私の右脚を支えながら、くるぶしとアキレス腱のくぼみをぺろっと舐めて、ふくらはぎに強くキスをする。

左手の指先は、内ももから膝の裏までをゆっくりとくすぐりながら行き来している。

同時に、突き当たりのところを何度も何度もゆっくりと押してくる。

なんかもう、男くんは、本当にずるい。私の弱点を全部知っている。


きっと80%はどころか90%くらい残っていたんだと思う。

私が男の人だったなら、きっと早すぎて大変だ。

男くんのものを入れられている状態で達すると、自分の中がぎゅぅぎゅぅと、波に伴って何度も締め付けて弛緩してを繰り返すのが分かってしまって、恥ずかしくて……なんというか、自分で自分に興奮してしまう。

三度目ともなると、多分いろんな筋肉が疲れてるんだと思う。

本当に、まさに、息も絶え絶えだ。

短距離走を思いっきり全力疾走した後のように、酸素が足りなくて眼がちかちかする。

全身を脱力して、大きく深呼吸を繰り返す。

……しかもまた90%以上残ってるのだから、私の前世はきっとお猿さんか何かだろう。

男くんが身体を倒して、私に体重をかけてくる。その体重にすらぞくぞくする。

男「……まだ大丈夫?」

返事の代わりに、男くんの首に腕を回して抱きつく。……ついでに男くんの匂いを吸い込む。


私の胸の先端にちゅぅと吸い付いてきた。私は男くんの頭に抱きついて、胸にうずめる。

そのまま、湿った音を立てて、男くんが今までよりも大きく速く動き出した。

少し角度を変えながら、いろんなところをこすられる。

私が男くんの頭にしがみついているので、少し背中を丸めた姿勢だ。

男くんの頭の匂いを大きく大きく呼吸する。

……それだけでまた達してしまいそうだ。自分の中がきゅうーっと締まるのが分かってしまう。

頭を抱えられたまま、がぶっと、私の胸の先端に噛み付く男くん。

普段は痛いのなんて嫌に決まってるのに、今はなんでこのズキッとした痛みが気持ち良いのだろう。

噛まれただけなのに、中がぎゅぅぅっと締まって、足に勝手に力が入ってしまう。

男くんの髪の毛をきゅっと掴んで、もっとしがみつく。

息も絶え絶えの状態で、匂いを胸いっぱいに吸い込む。

と、男くんの腕が私のしがみつきをちょっと無理やりっぽく剥がした。

そのまま、両手で私の頭を支えて、というよりも両手で私の両耳を塞いで、深くキスをしてくれる。

耳を塞がれていると、深いキスのときの湿った音が耳の中で響いて、どうしようもなく気持ち良い。

ああもう、ずるい。


しばらく私の口の中を犯した後、頭を放して、中から男くんのものが出て行った。

と思う間もなく、ころんと、うつぶせに寝かされる。

身体の向きを変える時に、自分の毛先が背中をなぞるだけで、びりびりしてしまうのだから困ったものだ。

下腹部に当たるシーツがびしょびしょで、ちょっと気持ち悪い。……自分のせいなのだけども。

我ながら、脱水症状にならないか心配になるレベルの水気の多さ……。

お尻をぎゅっと掴まれて、少し左右に広げられる。……お尻は、ぼーっとした頭でも、さすがに恥ずかしい。

そのまま、ぐぐっと中に侵入してきた。

正面からももちろん大好きだけども、後ろからして貰うのも、とても好きだ。

なんだかちょっと無理やりっぽくて、男くんがそれだけ強く求めてくれてるみたいで、ぞくぞくしてしまう。

男くんは上体を起こし、私の背中に左手を付いて、軽く上から押さえる。

男くんの体重で胸が押しつぶされていて、呼吸がちょっぴり苦しい。

……もう言うまでもないことだけども、私はその苦しさにぞくぞくしてしまうのだ。


右手の爪で、肩甲骨に沿ってつぅーっとなぞった。実は私は背中も弱い。背骨や肩甲骨に沿って指でなぞられると、身体がびくっとしてしまう。

男くんはぐーっと体重をかけながら、背中を丸めて私のうなじにキスをしてくれた。

そのままべたっと私の身体の上に覆いかぶさって、今までよりも少し早く動き出した。

突き当たりのところを何度も突いたり、側面をぐいぐい押し広げながら、出たり入ったりを繰り返す。

私は浅く早く呼吸を繰り返しながら、お腹に何度も力を入れて、男くんのものをぎゅぅーっとなるべく強く締め付ける。


しばらくすると、耳元で、男くんが息を止めるのが分かった。

一番奥までぐーっと押し込みながら、動きが止まる。

中の様子はあんまり分からないけども、多分、今まさに出しているんだろうと思う。

目を閉じて、幸せな疲労感に身をゆだねる。

自分の身体で気持ちよくなってくれるというのは、やっぱり嬉しいものだ。

はぁ、と、耳元で男くんが大きく息を吐く。……熱い吐息が耳に当たって、ぞくぞくする。

男くんのものが、ゆっくり出て行った。

そのまま、私の上に寝転んだまま、ぎゅーっと背中から抱きしめてくれる。……とても心地良い。

2分ほど、そのまま男くんの重さと匂いと暖かさを堪能していると、かぷっと、耳を甘噛みされた。

不意打ちだった。変な声が出る。

男「……もっかいだけしていい?」

女「hぇっ……げ、n、元気です、ね」

ろれつが回らなかった。


幸せにけだるい身体に力を入れて、身体を起こす。

女「あの、男くんの……綺麗にします、ね」

男「ん、あー……うん」

ベッドの上に、膝立ちになる男くん。私はその膝元に身体を折りたたんで、男くんのものに触れる。

……全然、やわらかくなってない。それだけ興奮してくれているんだと思うと、幸せだ。

外し方、合ってるかどうか分からないけども、とりあえず輪っかになっているところを親指と人差し指で支えて、ぎゅーっと引き抜いて、ベッドの枕元にあるティッシュでくるむ。

……外し方が下手だった。

ちょっとこぼれて、男くんのものに、どろっとしたものが付いてしまった。

男「……めちゃめちゃ出た」

女「……コメントに、困ります」


男くんのものに顔を近づけて、どろっとしたものの匂いを吸い込む。

……味はともかく、私はこの匂いが、なんというか、好きだ。とてもやらしい匂いで、興奮すると思う。

唇をくっつけるとドクドクと脈動しているのが伝わってきて、心臓がどきどきしてしまう。

唇と舌を使って、男くんのものを綺麗にしていく。

やっぱり断じて美味しいものではない……どろっとした粘度もあって、喉に絡み付いて飲み込みにくい。

度々えずきそうになるのを、気合で殺す。

綺麗にし終わって、そのまま口を開けて男くんのものを咥えようとしたところで、ぴっと、頭上でビニール袋を破く音がした。

男「ありがと。……着けてくれる?」

女「は、はいっ……よ、喜んで」

……喜んでどーする、と自分で思った。


あまり着けた経験は無いけども、男くんが着けてくれている場面を思い出して、同じように着ける。

まず、ふっと息を吹きかけて、裏表の確認。

先っぽの溜まる部分を摘んで空気を抜き、男くんのものにぴとっとくっつけて、根元へ向かって降ろしていく。

……今、私は、自分で自分に入れてもらう準備をしているんだと思うと、それだけでぞくぞくしてしまうのだから、私というやつも手に負えない変態だと思う。

女「えと……これで、大丈夫ですか?」

自分で少し触って、チェックをする男くん。

男「ん。大丈夫」

ほっぺを撫でて、キスをしてくれた。

男「上になってくれる?」

女「う……うん……」

……それは、ちょっと苦手だ。


ごろんと寝転がった男くんの上に、跨って、腰を浮かせる。

右手で男くんのものの位置を調整して、左手を男くんの胸の上に付き、息を吐きながらゆっくり腰を下ろす。

男くんの胸に両手を付いて、少し前かがみになりながら、腰を動かしてみる。

腰をくねらせて前後に動かしたり、腰を浮かせてちょっと上下に動かしたりしてみるけども、どれが正解なのかわからない。

……やっぱり、苦手だ。

いまいち、今、男くんは気持ちよくなってくれているのか、どうすれば男くんが気持ちよくなってくれるのか分からないのだ。


しばらくそうしていたけども、あんまり気持ちよくできなかったのかもしれない。

男くんが上体を起こした。……いわゆる、対面座位、というやつだ。

やや膝立ち気味になった私のお尻を鷲掴みにして、ベッドをきしっ、きしっ、と軋ませながら、男くんが動いてくれる。

いつもと違うところに当たって、私はその、とても気持ち良いのだけども、男くんも気持ちよくなってくれているか不安だ。

せめて、男くんの腹筋を指先でなぞってみたり、胸を撫でてみたり、胸の先端にちゅーっと吸い付いてみたり、抱きついて首筋を甘噛みしたりしてみる。


男くんがぎゅぅっと強く私の身体を抱きしめた。

そのまま、私の後頭部に右手を添えて、枕を頭の下に入れて、ゆっくり押し倒す。

……私がもっと上手ければ、その、いろんな体位で男くんに気持ちよくなってもらえると思うのだけども……。

男くんに出してもらったのは、結局、正面からと、後ろからぐらいしかない。


背中を丸めて、男くんが私の胸の先端にキスをする。

私はゆるく抱きついて、男くんの顔を自分の胸にうずめる。

さっきよりも少し汗ばんだ男くんの身体の感触に興奮してしまう。

男くんは胸の先端を甘噛みしながら、中の突き当たりのところをぐっぐっと押し付けてくる。

やっぱり、そこは弱い。突かれる度に勝手にお腹に力が入ってしまって、中がぎゅぅっと締まるのがわかる。

しばらく時間を置いて70%くらいになっていたのに、そんなことをされてしまうと、抗うこともできない。

女「あ、あの……キスしてください」

胸の先端から唇を離した男くんが、今度は唇に、ゆっくり深くキスをしてくれる。

目を閉じて、抱きつきながら、重力にしたがって垂れてくる男くんの唾液を飲み込む。

視界の外、不意打ちで、男くんの指が硬いところをぐりっと乱暴に押しつぶした。


喉が悲鳴のような声を出してしまう。

唇を塞がれていたせいで、達する瞬間に男くんの口の中に息を吐き出してしまった。

息を止めて、ぎゅぅーっと男くんに全身でしがみついて、波に耐える。

断続的に続く波が、ゆっくりと収まった。

男「っは」

唇を離してくれた。大きく呼吸を繰り返す。……気持ちよすぎて涙出てきた。

全身を脱力して、幸せな疲労感に包まれてこのまま眠りたい欲求に駆られる。

……けども、まだ男くんが満足していない。

男「……ごめん、もうちょっとだけ我慢して」

女「はぁ、ふぅ、は……はい、ソノ、ど、どうぞ……」


男くんが肘を私の肩の横について、今までよりも少し速めに出し入れをする。

私は、男くんの背中に腕をまわして、なるべく下腹部に力を入れて、男くんのものを何度もぎゅぅーっと締め付ける。

……達しすぎて、身体中が疲れている。お腹が攣りそうだ。

男くんにしがみついて、男くんの喉にちゅーをする、男くんの掠れた声が、唇を伝ってくる。

男くんは、声まで美味しい。喉を何度も何度もついばむようにキスをする。

私の胸を男くんの胸にくっつけながら、男くんの背中を手のひらでさわさわとなでる。


くはっ、と短く息を吐いて止め、私の身体をぎゅぅぅっと強く抱きしめて、ぐーっと中を一番奥まで突き上げて、男くんの身体が少しぶるっと震える。

それから、ふはぁ、っと大きく息を吐く。私の中から、男くんのものがゆっくり出て行った。

……私の肉体的にはもう限界なのに、ちょっと名残惜しいような気持ちになってしまうのは、なぜだろう。


男くんは私を抱きしめる力を緩めて、おでこ、ほっぺ、そして唇と、順番に短くキスをくれる。

私は反対に、男くんに強く抱きついて、唇のキスをもっとせがむ。

私の訴えは受理された。少しだけ長いキス。

男くんは唇を離して、私の鼻の先に自分の鼻の先をすりすりとくっつける。

男「……ありがと」

女「わ、わt……私の方こそ、あの、幸せです……」

男「女ちゃんはえろいなー」

女「……男くんほどじゃありません」

ぎゅぅーっと、少し体重をかけて抱きしめてくれた後、ごろんと、私の横に寝転がる。


男「……このまま寝て良い?」

耳元で、ぽしょぽしょとささやく男くん。なんだか、さっきまでとうって変わって可愛く感じるから不思議だ。

女「うん……私も、このままがいいです」

男「……おやすみ」

女「おやすみなさい……大好きです」

目を閉じる。

明日も、男くんと一緒なのだ。朝、起きたらシャワーを浴びて、それから……へへへ。

……全身が幸せな疲労感と、男くんの匂いに包まれている。

今はこの疲労感に引っ張られて、夢に身をゆだねちゃうことにしよう。



おしまい。

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