杏「綺麗事はやめなよ、プロデューサー」 (22)

§事務所

杏「ただいま……」がちゃ

杏「って、誰もいないのか……プロデューサーにアシになってもらおうとわざわざ事務所に戻ったのに」

杏「プロデューサーめ、杏を5分も歩かせよって! 確かに仕事は楽だったけど、迎えがないなんて聞いてかった!」

杏「しかもよりにもよって帰る途中で突然の雨だし……あーあーずぶ濡れだよ」

杏「しゃーない、たしか年少組の替えの服がいくつかあったはずだから、ちょっと拝借して着替えますか」ぬぎぬぎ

P「ただいまー」がちゃ

杏「あっ」

P「あっ」

杏「…………」

P「…………」

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P「す、すまん杏! まさか着替え中だとは思わなくて……」くるっ

杏「いいよプロデューサー。わざわざそんな反応しなくても」

P「ど、どういう意味だ?」

杏「杏の裸を見て、真っ先に思うのは女の子の裸だなんてかわいいもんじゃない。気持ち悪い、ってすぐ思うはずだよ」

P「…………」

杏「虐待の跡で、傷だらけの体なんて……ね」

杏「……もう着替えたから、こっち向いていいよ」

P「あ、ああ」くるっ

杏「別に、プロデューサーも知ってたよね? 杏の幼少期のこと」

P「…………」

杏「母親の蒸発、酒乱、そして娘への暴行……お決まりのパターンだよ。
  そのせいで杏の体の成長は10歳くらいで止まってる」

P「杏、そのことは……」

杏「杏だけじゃない。この事務所のアイドルは、大なり小なりそういう事情を持ってる」

P「!」

杏「前から言って置きたかったんだよね。この際だからはっきりさせようか」

P「…………」

杏「……きらりは、杏と同じく虐待。だけど杏と違うのは母親からだったってこと。
  だからなのかな? 杏とは逆に、精神が幼いまま止まっちゃったんだよね」

P「杏、それ以上は……」

杏「きらり以外にも精神病は数えきれないくらいだよね。対人恐怖症やら幼児退行やらさ。
  資金面の手合いも多いのかな? 牧場やら教会やらの経営難でほとんど身売りみたいにデビューしたクチ」

P「…………」

杏「家に帰れば待ってるDVが嫌で家出したのを引き受けたってのもいたね。
  これ、訴えられればこっちが負けるんじゃないかな? あはは、誘拐犯だよプロデューサー」

P「杏」

杏「他のみんなもそうだよね? 杏が知らないだけで、多分この事務所のアイドルは全員、まともな生き方してな……」

P「杏ッ!」

杏「…………」

P「それ以上言うと、流石に怒るぞ」

杏「杏が言わなくたって何が変わるの? 事実は事実だよ、プロデューサー」

P「だからって……俺のアイドルを侮辱することは許さない」

杏「ふーん、じゃあプロデューサーは芸能界のお偉方たーくさんに殴り込みかけなきゃね。
  この前杏、聞いちゃったんだよ。杏達のプロダクションのこと、お偉方がゴミタメって呼んでること」

P「!」

杏「ま、あながち間違いじゃないんじゃない? 芸能プロダクションは数多くあるけど、
  その中でもうちはまともにデビューできないアイドルだけを集めたとこだもん」

P「……それの何が悪いんだ。彼女達だって、アイドルとして輝けるんだ。
  間違ってるのはそれを認めないで、少し汚れてるからってはねのける社会だ!」

杏「じゃあアイドルとしての才能がない子はどうなの? 世の中、探せばいっぱいいるよね。
  虐待の跡が顔に残っちゃった子とか、精神が完全にぶっ壊れちゃった子とかさあ!」

P「そ、それは……」

杏「綺麗事はやめなよ、プロデューサー。少女達を救う救世主にでもなったつもり?
  結局プロデューサーはゴミの中からマシなのを集めて並べて悦に浸ってるだけなんだよ」

P「そ、そんなこと!」

杏「ないと言い切れるほど現実を見てないわけじゃないよね? プロデューサー」

P「…………」

P「確かに……うちの事務所は、他の事務所じゃデビューできない子ばかりだ。汚れている、というのは認めなくちゃいけない」

杏「…………」

P「アイドルとは本来、傷ひとつないものでなければならないのかもしれない。
  偶像の名の通り、人々の憧れを一身に受け……誰からも知られ愛される存在。
  でもそれだけじゃない。アイドルっていうのは希望なんだ」

杏「希望?」

P「この事務所に初めて来た時、ほとんどの子達は暗い顔をしてた。どうせ自分なんて、ってな。
  だけどがんばってレッスンして営業して、今は笑顔を取り戻している。それだけじゃない、
  ファンの人々を笑顔にさせることすらできたんだ。汚れた、社会から拒否されれた子達がだ」

杏「…………」

P「『みんな笑顔に』……それが事務所の方針だ。社長のその考えに共感して俺はプロデューサーになった。
  どこまで力になれるかわからないけど、俺は事務所の皆もファンの人々も笑顔になれるように努力している」

杏「……ふーん」

P「だけどそれはあくまで手助けにすぎない。最後に笑顔を作るのは……アイドル達の力だ」

杏「……結局、綺麗事じゃん。なんとか時間テレビみたい」

P「まあ、そうなるな。だけどこれが俺の本心だよ。信じるか信じないかはお前に任せる」

杏「…………」

杏「あーあ」ぽすん

P「ん? どうした杏、いきなり座り込んで」

杏「疲れた。ソファまで運んで」

P「運んでって……ほんの数メートルじゃないか」

杏「疲れたのは疲れたの。やっぱシリアスは杏のキャラじゃないよまったく」

P「お前から言い出したことの癖に……しょうがない奴だな。よっと」ひょいっ

杏「んん~? シリアス展開にしなかったらただのプロデューサーのラッキースケベな訳なんだけど? 訴えられてもいいの?」

P「……疲れたんなら大人しく黙ってろ」ぽすっ

杏「とかなんとか言いつつちゃんと運んでくれるあたり、杏はプロデューサー好きだよ」

P「まったく……」


 がちゃっ

きらり「たっだいまー☆」

輝子「た、ただいま……」

みく「ただいまにゃー!」

P「お、お帰りみんな。まずきらりは輝子を降ろそうなー」

きらり「ちっちゃくてかわいかったからお持ち帰りしちゃったにぃ☆」

輝子「フヒ……杏さんの気持ちが、わかった……」

みく「あれ? Pちゃんだけかにゃ?」

P「ああ。ちひろさんも出かけてるみたいでな」

きらり「あーっ! 杏ちゃんがいるにぃ☆」

杏「ZZZ……」

輝子「フヒ……杏さん、寝てる……?」

P「んー……疲れたらしいんだ。今のところは寝かせてやってくれ」

きらり「杏ちゃんおつおつ? じゃあきらりも我慢するにぃ……」



杏(……みんな笑顔に、か。ヘドが出るくらいの綺麗事だね、プロデューサー)



杏(プロデューサーは勘違いしてるよ。杏達が今、笑ってられる理由)



杏(いくらアイドルとして成功したからといって、それだけで笑えるほど杏達の過去は浅くない)



杏(……みんな笑顔に、なんてのは無理な話なんだよ。プロデューサー)



杏(プロデューサーが最終的に笑顔にできるのは……1人だけなんだから)



きらり「あっ! 杏ちゃん寝たフリだにぃ!」

杏「げっ」

きらり「起きてるんなら……きらりんあたーっく☆」

杏「うげぁ」

P「あーあ」

みく「死にゃにゃいよう祈っとくにゃ、杏ちゃん」

輝子「フヒ……がんばって……」


杏(いずれ杏が笑うのか泣くのかはわからないけど……それまではひとまず笑わせてもらうよ。プロデューサー)

おしまい
最近の杏がかわいらしすぎて、やさぐれた杏が書きたかっただけ

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