絵里「AIR」 (16)
口元に空気が集中しているような気がした。
それはきっと雨の湿気のせいだ。
呼吸をすると湿った空気が口元を濡らしているそう思った。
辺りは雨で空を見上げると雲一つない青空が見えた。
勿論、私の周囲にだけ雨が降っていないなんて奇跡のような事は無く。
私が見た青空は持っていた傘の裏だった。
絵里「不思議」
希「ウチもそう思う」
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辺りは雨なのに見上げれば真っ青な空。
これが私には不思議な光景だった。
雨が降るとこの青い傘を指して希と二人でよくこのベンチに座り不思議と言い合った。
だから私は青い傘が好きだ。
この不思議な光景を二人で見れたからだ。
それに、私の瞳と同じ色なのも好きな理由の一つだ。
希「雨上がらないなぁ」
絵里「いつ上がるのかしら?」
そう雨雲に問い掛けるがポツポツと傘に雨が降り続ける。
まだしばらく降るよと雨雲が言っているみたいだ。
そう言えば希が始めて私にプレゼントしてくれた物は青い傘だった。
理由は私と同じ瞳の色だから。
私は嬉しくてその傘をずっと大切にした。
骨が折れても使い続け、傘としての機能を失ってもずっと大切にしていた。
けど、いつの間にか傘は無くなってて私は必死に探したけど見付からなくて後で母に言ってみるとボロボロだから捨てたようだった。
今思えば傘としての機能を失ったから捨てるのは仕方が無い事だった。
見た目もボロボロで、大切な物だから捨てないでと言わなかった私も悪かった。
だけど、その頃は希がくれた傘を捨てた母を酷く怒った。
プレゼントしてくれた物を捨てたと思われて希を悲しませたくなかったから私はしばらくずっと青い傘を使っていた。
見た目がボロボロの傘が新しい傘に変わるのだからすぐバレちゃう事はよく考えれば分かるのにその時の私はこれで悲しませることはないと思っていた。
多分、希は何も言って無かったが気付いていただろう。
そう言えば希に始めて告白したのもこの公園だった。
その時も雨が降っていて青い傘を広げていた。
骨が折れていたので、どちらか片方が身を寄せなければ濡れてしまう。
私達は二人身を寄せ合ってただ雨が上がるのを待っていた。
希はのらりくらりとしていたが、私は平然を装ってはいたけど内心は照れていて心臓の音が聞こえてしまうじゃないかとヒヤヒヤしていた。
あの時の希はシャンプーと少しだけ汗の匂いがした。
湿気て暑苦しかったので希は制服のボタンを二つ外していて、目線を下に落とせば胸の谷間も見えたから私はただ前だけを見ていた。
あの時の私と希の会話は今思い出しても恥ずかしいし笑える。
緊張してまともに喋れない私にお構いなくどんどん話を続ける希。
私は「うん」と「えぇそうね」しか言えなかった。
話はちゃんと聞いていたんだけど、言葉がそれしか出て来なかった。
緊張して頭が回らなかったんだ。
そんな私を希は体調が悪そうと気遣ってくれた。
私は暑さのせいにして体調が悪いと言う事にしておいて、緊張を隠した。
希は私に顔を近付けておでことおでこをくっ付けた。
ただの熱を測る行動なのだろう。
でも、ここで私の緊張は爆発した。
すぐ近くに、それもキスでもするわけでも無いのに何故か目を瞑ってる希の顔がすぐ近くにある。
私はやっぱり体調が悪かったのだろう。
この暑さにやられてしまったのだろう。
吸い込まれるように希の唇にキスをしていた。
パッと身を引く希に驚く私。
この時に出た言い訳が唇に吸い寄せられただから笑える。
でもその後に今までの緊張が嘘みたいにほぐれて一つの考えが浮かんだ。
今がチャンスだ。
私は希に告白をして驚く事に希はそれを受け入れた。
それからはとても幸せな日々だった。
雨が降った時は二人で青い傘に身を寄せ合ってこの公園を散歩したり。
どうしようも無い事で喧嘩したりもした。
私は希が喜ぶ事をして、希は私が喜ぶ事を沢山してくれた。
本当に充実した日々でそれが何十年も続いて希はある日、病に犯され死んでしまった。
そう、今日は希が死んでから丁度五年が経った。
だから、私はこうして傘を広げてベンチに座っているのだ。
ここにいるとすぐ隣に希がいるような気がするんだ。
希「えりち、全然老けへんなぁ~」
絵里「・・・」
いつも墓参りが終わった後に、絶対ここには寄って行く。
希「聞こえてる~?」
すぐ近くに希がいる。
確信は持てないけどそう感じる。
希「聞こえてへんかぁ~」
今もこうしてふわふわと空中に漂い、私をからかってる気がする。
希「ねぇえりち?」
絵里「希?」
希「キスしてもええ?」
問い掛けても何も返事は来ない。
絵里「・・・」
希「返事が無い言う事はしてもええ言う事やんな?」
雨が上った。
雲の隙間から太陽の日差しが降り注ぎ、傘を閉じる。
口元に空気が集中しているような気がした。
絵里「AIR」
終わり
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