幼馴染の作り方(82)

「今からでも幼馴染が、作れる?」

俺がその話を聞いたとき、半信半疑どころか「こいつ頭おかしいんじゃねぇの」とすら思った。

だってそうだろう、俺はもうすぐ二十歳になる。

年だけならもうすぐ立派な大人だ。

小さいころにお互いケッコンしようと約束をした友達なんているわけないし、ましてや特段仲のよかった女友達すら覚えにない。

そんな俺に、幼馴染?

ばかばかしい、ああ、ほんとばかばかしい。


「はい、その通りです」


でもそんな話に乗った俺はそれ以上にばかばかしくて、まだまだ立派な子どもだったんだろう。


そのとき俺には好きなやつがいた。

女って言うんだけれど、どんなにアピールしてもこっちに振り向いてくれそうにない。

同じ大学の同じサークルだから、たびたび顔は合わせる。

だが、それだけだ。

俺が勇気を出して何度かメシに誘っても一度として乗ってこない。

それどころか、一緒に帰ろうと誘っても断られた。

さすがに諦めようとは思ったのだけれど、やはりどうしても諦めきれない。

しかし、『ストーカー』と言う単語もぐるぐると俺の頭を渦巻くのも事実。

だから俺は彼女になんらアクションを起こせずにいた。


そういうことで、俺はどうしても彼女に取り付く接点がほしかったんだ。

不純だと思われるかもしれないが、俺は必死だった。


だって俺はこのままではあと一週間で女っ気のない二十歳を迎えてしまうのだから。


その日、そんなことを馴染みのラーメンの屋台の大将であるおじさんに愚痴っていた。

この大将は俺の父の弟、つまり叔父さんなわけで俺は中学生くらいのときからちょこちょこ店に顔を出していた。

なんとなく今日のラーメンは味がいつもと違うような気がしたのはそんな気の焦りのせいだったのだろう。

この日も愚痴を吐くだけ吐いて帰るつもりだった。

金を払って立ち去ろうと暖簾をくぐって歩き出すと、後ろから誰かに声をかけられた。


「話の彼女さんを幼馴染にしてみませんか?」


俺は耳を疑った。


振り返って見るときっちりしたスーツ姿のお兄さんだった。

確かさっきとなりに座っていたお兄さんもスーツだったよなと俺は思い出す。

酔っている様子もなく至極事務的に淡々と彼は言葉を発した。


「幼馴染、今からでも作れますよ」


俺は思った。頭がおかしいか新手の詐欺かのどっちかだろうなと。

どちらにしてもやることは同じだ。


「いえ、幼馴染には困ってないので結構です」


「では、これに見覚えはありませんか?」


彼がポケットから何か取り出す。

黒く四角いよくわからないモノだった。

それがきらりと光ったのを見て、俺は全てを思い出した。


「お久しぶりです、旧友といいます」


こいつは小さいころにバカをして一緒に遊んでいた旧友だった。


「あのころはバカだったよな、あのおっさんの家の壁に落書きしたり石投げ込んだり」

「よく親に連れられて謝りに行きましたよねぇ」

「いつもは甘い母ちゃんもあのときは怖かったなぁ」


公園の古びたベンチに腰かけ彼と話を弾ませる。

まさかこんなところで再会できるとは。


「でも戻ってきてたなら早く教えろよな」

「あの時は携帯も何もなかったじゃないですか」

「そういえばそうか、アドレス交換しようぜ」

「では送りますので名前だけで空メールでもください」


こんなやり取りの後、俺たちは本題に入った。


「でさ、さっき言ってた幼馴染ってなんなの?」


旧友の目が真剣になる。


「信じてもらえないかもしれませんが、幼馴染が作れるんです。今からでも」


俺は唖然となる。

でも俺の記憶では、こいつはバカはやっても嘘をついたり人を騙したりするやつではなかった。

俺は彼にこう言った。


「それで女と付き合える可能性があるんなら、よかったら教えてくれ」


「まだ公表してない……というより、公表できない話なんですが」


そう前置きして、彼は話し始めた。


「例えば人から聞いただけの話を、まるでそれを自分が過去に経験したかのように脳が誤認してしまうことは実際にあることなのです」


彼が言うには脳の海馬や大脳皮質などを一時的に混濁させ、作りもののエピソードを一気に照射すれば偽の記憶を作ることができるということであった。


「それを利用すれば」

「幼馴染ができる……ってわけか」


彼は頷いた。


「そして私どもはその薬を無事開発することに成功しました」


そういえばこいつ頭だけはよかったんだっけなんて俺はぼんやり思い出した。


「もし信じてもらえたら携帯に連絡をください。それからこの話は私たちだけの秘密ということで」


また会いましょう、と告げ彼は去っていった。


その夜は夏にしては比較的涼しかったのだが、関係なく俺は一晩中目が冴えていた。

彼女と幼馴染だったということは俺にしてみれば大きなアドバンテージになる。

どんなに印象が最悪でも思い出しさえすれば仲良くなれるのは定番だ。

これなら。でもそんなこと。


そんなことを考えすぎて俺はよくわからなくなってきていた。

明日サークルで会ってから決めればいい。

だから今日は寝よう。


そう自分に言い聞かせてもやっぱり眠れなかった。


結局俺は徹夜でサークルへ向かった。

俺は学園祭でのサークルの出し物を話し合っている最中、寝不足でボーっとしていたせいか椅子に座り損ねてこけてしまった。

それは皆の笑いのネタとなった。

だがひとりだけ冷静に、つまらないというような様子で俺を見ているやつがいた。

女だ。

それはもしかしたら俺の思い過ごしだったのかもしれない。

でもそのときの俺にはそんなことを考える余裕はなかった。

俺は意地でもあいつに態度を改めさせたいと思った。

出し物は劇に決まった。

そして残りは明後日決め、その後はサークルも二週間の夏休みに入ることが決まってしまった。

家に帰ってすぐ、俺は登録したばかりの番号に電話をかけた。

彼はツーコールで電話に出た。


「今から会えるか、昨日の話だ」

「もうすぐ仕事が終わりますので、午後六時に昨日の公園でどうでしょう」

「わかった」


俺は電話を切ると、時計を見る。現在時刻は午後五時。

なんだか落ち着かなくて、俺は一足先に公園に向かった。

いつの間にか眠気はなくなっていた。

峠を越えたのか、それとも今からの話に脳が興奮しているのだろうか。


一足先に着いた公園には誰もいなかった。

明るいうちに改めて見たこの場所は、昔俺がよく遊んだ公園だった。

今では撤去されたのかブランコやシーソー、ジャングルジムなど遊具はなくなっていたが確かに水飲み場と砂場には面影があった。

昨日座っていたベンチにもう今日もまた座る。


「お待たせしました」

「ふぇっ!?」


思わず変な声が出た。いつの間にか彼が目の前に立っていた。

慌てて携帯で時間を見ると六時を数分過ぎた時間だった。


「……ということですが、大丈夫です?」

「……ああ、大丈夫だと思う。多分」


彼は心配そうな目でこちらを見ていた。

ちょっと眠ってしまったせいだろうか。集中力がもたない。

彼は紙とペンを出して何事かを書くと、俺に手渡してきた。


「ゆっくりお読みください、質問があったらどうぞ」


どうやら要点をまとめてくれたようだ。

俺は受け取った紙に目を落とした。


『幼馴染のポイント

ストーリー展開
・出会ったきっかけ
・お互いの関係
・印象深いエピソード
・どうして今まで忘れていたのか(思い出すきっかけ)

注意
・元の記憶と大きな矛盾がないようにする
・同じ学校など、アルバムなどに証拠が残るものは避ける
・凝った設定よりありきたりな設定が望ましい

うまく活用して楽しい幼馴染ライフを!』



「ストーリーは俺が考えるのか?」

「ええ、あなたの方が対象に詳しいので。もちろん多少は確認させていただきますよ」


俺は公園を見渡し思いついたことを口にした。


彼はメモを取りながら時々相槌を打つ。

最初さえ思いつけば思っていたよりすらすらとストーリーができていく。

なんせ、昔の記憶と言う設定だ。多少あいまいでも問題はない。


そんなわけで俺が作ったストーリーはこんなものだ。

・小学校低学年のころこの公園に来たとき出会って話が合って仲良くなった
・公園で会っては一緒に遊んだ(一年近く関係は続いた)
・一度『遊具は俺たちのものだ』という上級生に立ち向かい負けたが彼女はそれをかっこいいと思った
・その後急に俺が公園に来なくなった(負けたのが恥ずかしかった、と言う設定)


「なかなかいい設定ですね。ですが、思い出すきっかけはどうしましょう」

「来月、学園祭の出し物が劇に決まったんだ。それで、練習のために明後日みんなでこの公園に来るよう提案しようと思う」

「それで、ここに一緒に来たら思い出した……ということですか」


彼は少し考えた後頷いた。


「わかりました、そのように設定しておきます。明後日となると厳しいですが友人として全力をつくします」


「そうか、準備もいるのか。大丈夫なのか?」

「昔の記憶ですしどこかから似たような画像を数枚用立ててきます。あとは多少文字にしてごまかしても平気でしょう。お急ぎのようですし」

「そんなものなのか。そういえば、料金とかいらないのか?」

「その話はするつもりでした。わが社はみな成功報酬形式でやっています。まだまだ信頼商売ですからね。みんな太っ腹にお金を払ってくれますよ」

「ちなみに、どのくらいだ」


彼はさらさらっと数字を紙に書き僕に見せた。

俺と旧友は固い握手を交わした。そしてお互いニヤりと笑った。


「ではそのメモはお返しください」


彼はそう言って彼は俺から紙を取り上げると、ライターで火をつけた。


「すいません規則ですので」


めらめらとだんだん灰になっていく紙を見つめる。

辺りはだいぶ暗くなっていて、その揺らめく炎を見ているだけでなんだかやる気がみなぎってきた。


その晩は疲れもピークだったのかぐっすりと寝ることができた。


八月の一週目、大学は夏休みに入ったばかりだというのに俺には何も予定がなかった。

アイスを食べ、扇風機に当たり、セミの鳴く音を遠くに聞きながら惰眠をむさぼる。

そんな非生産的な一日。それがいつもの俺の一日。

そんな日々とも今日でお別れかもしれないと思うと少し感慨深いものがあった。


明日は失敗なんてできない。そう思い俺は早めに床に着いた。


携帯のアラームが鳴る直前に目を覚ましてしまった。

朝の占いで獅子座が一位だった。

朝食の卵が双子だった。

そんなことでなんとなく運がついてきているような気がしてきた。


今日のプランを確認する。

午前中に公園により彼から道具を受けとる。

話し合い中に出る水分を俺が準備し、薬を彼女の飲み物に忍び込ませる。

心苦しいが、毒を混ぜるわけではないと自分に言い聞かせる。

劇の練習場にあの公園を立候補させる。学校から近く広くて人目もなく丁度いいはずだ。

正直あそこより適当な場所は僕には思い浮かばない。

そして彼女に映写レンズを見せる。

これだけだ。


早めの昼ごはんを食べ、公園に向かう。

約束の時間よりも少しはやめの到着だ。

しかし、到着した俺は予想外の人物を目にすることとなった。


女だ。公園で散歩をしているのか。

俺はそのままなんでもないようにそこを通り過ぎようとした。

でもそこで俺はふと思いなおした。これはチャンスかもしれない。

前もってそんなことを匂わせておけば、計画がもっとスムーズに行くのではないだろうか。

俺は自転車を止め、公園に、彼女に向かって歩いていった。


「こんにちは、散歩?」

「あら、こんにちは。そう見えるならそうじゃないかしら。あなたは?」


少し苦々しげな彼女の口調。だが計画のことで頭がいっぱいな俺は気づかない。


「懐かしくなってちょっと、ね。昔は遊具とかもっとあったのになぁ」


彼女は少し驚いた表情を見せ、珍しく話に乗ってきたのだった。


「あなたもここに思い出があるのね。まぁ、昔はたくさんの子どもたちの遊び場だったのよね」

「あそこにはシーソーがあって、あそこはブランコ。ブランコ前ではよく子どもが駄々こねてたっけ」

「うんうん。あそこにはジャングルジムがあったのよね。好きだったのになぁ、私」


「何で撤去なんてしちゃったのかしらね」


彼女はとても悲しそうに呟いた。


「……ほんとだよね」

「小さいころ、小学校に入学してすぐだったかしら。上級生が遊具を占領しちゃって。そのころとっても仲のよかった男の子がいたんだけど、上級生とケンカして……」


俺は顔が青ざめていくのが分かった。彼女はそんなことには気づかず話を続ける。


「で、負けちゃったの、その子。それ以来かなぁ、彼をいつしか探しちゃってるのよねぇ……名前も思い出せないくせに」


そうだ。

思い出してしまった。

あれは作り話なんかじゃなかった。

それは俺の思い出だったんだ。

でも立ち位置は違う。

あの日俺は確かにその光景を遠巻きに見ていた。

俺と同学年くらいなのに上級生に無謀にもケンカする彼を、かっこいいと思って見ていたんだ。


「じゃあ、そろそろ私帰るね。あなたそんなに悪い人じゃなかったのね。また昼に!」


俺は立ち尽くすだけでろくに返事もできなかった。


「お待たせしました」


気づいたら彼が目の前に立っていた。

なんかこいつと会うときはいつもこんなだな、なんて苦笑いする。


「これが薬です、粉薬となっています。服用三十分後から効果が現れ……」


彼は熱心に説明していたが、俺はあまり集中できなかった。

彼が渡した映写機はストラップタイプでチェーンがついており、シーソーの形をしていた。

なるほど、これなら彼女が思い出すきっかけとして違和感は少なそうだ。


そんなことを他人事で考えていた。


「男さん、聞いてますか」


彼に名前を呼ばれてはっとする。完全に意識が飛んでいたようだ。


「あなたの成功を、昔からの友として願っています。必ず幸せを手にしてくださいね」

「……おう、サンキュ」


ここまでお膳立てをされたんだ。やるしかない。

よく考えればこれは状況としてよくなったんだろう。

彼女は確かに言っていた。

『探しちゃってるのよねぇ……名前も思い出せないのに』と。


誰もいない部室に到着した。

当たり前だ、集合時刻より三十分は早いのだから。

こんな夏休みだ。好きこのんでこんな早く部室に来るやつはいない、俺のように何か目的でもない限り。


最初に来た人が準備を進める手はずだ。

俺は一人で机を並べ、椅子をセットする。

次第に一人二人と部員がやってくる。

俺は頃合を見計らって飲み物の準備をした。

決まっているわけではないがいつもみんな同じ席に座るため、薬を混ぜたお茶を彼女の席に置くのはそんなに難しいことではなかった。



「じゃあ次に練習場所だけど」


やっと来た。数秒間待ち、意見が出ないのを見て俺は手をあげる。


「そこの広い公園はどうでしょう」

「公園?……あったかしら」


疑問の声があちこち上がる。あるいは「なるほど」と言う声。


「ではこの後ちょっと見て帰ります?すぐそこですし」

「じゃあそうしましょう。次は配役ね……」


やった。

ちゃんと彼女がお茶を飲んだのは確認できている。

後は彼女にこれを見せるだけだ。

そう思いながら俺はキーホルダーを軽く握った。



「ではここまでにしましょう。えっと、男君案内お願いできる?」

「はい」


もう一度ちらりと映写機を確認する。そしてみなを引き連れて公園へ向かった。

歩いても十分とかからないそこ。自転車では五分もあれば全員到着した。


「広さも十分だし、何より近い。やるじゃない男君」

「人も少なそうですしね」


みんな感心してくれてちょっとむずがゆかった。

たとえ俺には別の目的があったとしても。


自然体を繕って彼女に話しかける。彼女だけ離れて公園を眺めていた。


「反対、だったか?」

「え、なにが?」

「この公園で劇の練習すること」

「そんなことはないわよ。この公園がまた賑わえばいいなって思ってたし。それより午前中から考えてたの?ここ提案しようって」

「ん、議題が出たときそういえばこの公園なんかぴったりだって思いついただけだよ」


少し焦りながらも受け答えをする。


行動に移すなら今だ。勇気を振り絞る。


「そっかそっか。なんにしてもここが有効に使われることはいいことよね」

「……なあ、女。ちょっとこれ見てくれよ」


僕はシーソー型のキーホルダーの小さなレンズを彼女の目に向けた。


彼女の動きが一瞬止まった。

そして、彼女は驚いたように眼を見開き言った。

「えっ、男君……?」

「ど、どうしたの?」

「まさか、男君が?……嘘、でしょ?」


効果はあったようだ。できるだけ堂々と畳み掛ける。


「俺がどうかしたのか?」

「う、ううん。なんでもない」


そう言うと彼女はみんなの中に走っていった。


やった。

俺の中には達成感と少しの不安が混ざっていた。

はやく。

早く効果を知りたい。

そんな風に心がせかして来るのをぐっとこらえる。

まだ焦ってはいけない。一日置くのだ。

一日の時間を経て俺への気持ちをしっかりさせた後様子を探り、好感触だったら告白する。

最悪彼女の記憶を切り札にすればいい。

これが俺の立てたこの後のプランだ。


誰かが時間の動きを遅めたのではないだろうか。

さっきから一向に時計の針が動かない。


早く時間よ進んでくれ。そう祈っているとき、いきなり携帯に着信があった。

俺はなぜか慌てながら手に取る。

見てみると旧友からのようだ。


「もしもし」

「こんにちは、首尾はいかがですか」

「上々だと思う、ありがとう」

「それはよかったです」

「早く明日になれと思ってるくらいだよ」

「残念ながらわたくしどもは未来まで取り扱いはしておりませんので」


彼の軽いジョークに緊張の糸が切れたのか笑いがこみ上げる。


「ありがとな。明日がんばるよ」

「どういたしまして。がんばってくださいね!」


ツー、ツー。と電話が切れた音。

その音を、目をつぶって三秒ほど聞いた。


心配しても仕方ない。俺はこの夕方とはいえ三十度を越す気温の中、家を飛び出してジョギングを始めた。


後の祭り、と言うべきか。

この場合後悔先に立たずかもしれない。

そこには汗をだらだら流しながら、決死の思いで家まで帰り着いた俺がいた。


しかし当初の目的であった不安感を忘れることには成功した。


腹が減ったのでなんとなく夜はおじさんのところにラーメンを食べに行った。

空いていたカウンターに座る。


「また来たんか男!」

「俺だってちゃんと客でしょ」

「まぁな」


彼はそう言ってにっこり笑った。


「ご注文は!また醤油か?」

「今日はガツンと豚骨かな」


おじさんは意外な顔をしつつ、豚骨ラーメンを作ってくれた。


「んで、今回も珍しくなんかいいことでもあったんかい?」


失礼なおじさんだ。前回豚骨ラーメンを食べたのは大学の合格祝いだったのを覚えているらしい。


「いいことじゃないけど、ちょっとね」

「なんだ今日は!えらい濁すじゃねえか」

「……明日、好きな人に告白してみるつもりなんだ」


言うが早いか、聞いていたのか隣の酔っ払っているらしいおっさんが拍手を始めた。

つられたように拍手は広がっていく。

中には事情も分からず盛り上がってる人もいるようだった。


「お前さん漢だな!大将こいつにビールを、俺のおごりだ!」

「バカやろう、明日二日酔いになったらどうすんだ!代わりに俺に!」


笑い声が起きる。その後は好き勝手に盛り上がり始め本人そっちのけで酒の肴にされていた。


「男、がんばれよ」


おじさんは俺のほうを見てニヤっと笑ってチャーシューを五枚乗せてくれた。

どうも恐縮してしまう。


「結果、教えにこいよ」


もう逃げられなくなってしまったようだった。


一人蒸し暑い夜道を歩く。

家までさほど距離はないはずなのに、歩き慣れたはずの道がとても遠く感じる。

おっさんたちの笑い声が耳に残る。

旧友の応援が心に響く。

おじさんの期待が胸を締め付ける。


家に帰ってすぐ俺は携帯電話を取り出して彼女にメールを書き始めた。


メールアドレス自体はサークルメンバー全員分知っている。入ってすぐに交換した。

後は文面だ。こんな大事なことを決めていなかったなんてと愕然とする。

あーでもない、こーでもないと頭をひねる。

時間は、場所は。簡単にかけているか、重々しすぎないか。


悩んだ挙句に送信ボタンを押した。



『明日の午後五時、あの公園で待っています。
話があります。遅くなってもいいのでよければ来て欲しいです』


これで来なかったらそれまでと言うことだ。


普段使わない頭を使ったせいかジョギングが効いたのか、その日はいつの間にか眠りについていた。


朝起きると同時に俺は叫びそうになった。

彼女にもし予定が入っていたらどうするんだ。

しかし送ってしまったものはもう取り返しがつかない。

携帯を確認するも、返信はない。

追撃をかける度胸もなく、そのときは仕方ないと俺は腹をくくり朝食の準備に取り掛かった。


予想通りとはいえ一日中落ち着かない。

もっと早い時間に指定するべきだったろうか。いや、昨日の夜に送ったのにそれは迷惑すぎる。

そんな仕方のないことばかりを考えては悶えていた。


午後四時。俺は公園にいた。

もちろん理由は彼女を待つためだ。

もしかしたら来ないかもしれない彼女を待つためだ。


しかし、そんな憂慮は杞憂に終わった。

彼女は五時になる十五分以上も前に公園へやってきて、俺のほうを見た。

俺は彼女のところに歩いていく。


「来てくれてありがとう」


彼女は黙ったままだ。


「それにしても昔と変わったよな、公園」

「そうね。私は遊具が撤去されて、一人、また一人と減っていく子どもたちをずっと見てきた。子どものときから、今まで」

「ごめんな、いなくなって」

「……やっぱり男君」

「もういなくならない。……だから俺と付き合ってくれないかっ!」


思わずだんだんと大きくなっていく声。

勇気を振り絞って声まで振り絞ってしまった。

今すぐでも逃げ出したくなった。

彼女は、小さく笑った。


「な、何笑ってんだよ」

「ふふ、ごめんね。だって男君、サークルで最初の方なに言ったか覚えてる?」


記憶を探る。しかし何も思い当たらない。


「男君言ったじゃない。『大学では今までのことを全て忘れてがんばります』って」


なんか言った気もする。だがそれがどうしたのだろう。


「達成できてないじゃない。おかしいの」

「い、いいだろ。意見は変わるもんだよ!てか、何でそんなこといちいち覚えてんだよ」


俺が照れ隠しに聞くと、彼女は答えた。


「だって、ずっとあなたのことが気になっていたから」


俺の照れ隠しは失敗した。

だが俺の告白は成功した。

あの企ては茶番だったのだろうか。

そう思っていると彼女は言った。


『私は彼を待ってなきゃいけないと思っていたから、誰の誘いも受けなかったの。ごめんね』


結果として彼女がこうして笑ってくれた。

俺は今年こそ『幼馴染の恋人』といる誕生日を迎えられそうだ。


額から汗をかくような暑い夕暮れ、公園からは俺と彼女の笑い声が響いていた。

帰り道は彼女を家まで送って家に帰る。

俺たちはこれから、なんでもないメールをしてなんでもない電話をして。

なんでもない日に一緒に遊ぶんだ。


でも俺が不正を働いたことは事実だった。

その報いは受けなければならないだろう。


俺の物語はここで終わらない。


誕生日は彼女と二人で過ごした。

今までの人生で一番楽しい誕生日だった。


おじさんにも報告した。

二十歳のお祝いと共にビールをおごってくれた。


彼には約束の報酬に色をつけて払って、映写機も返した。

彼からも祝福の言葉を受けた。


そうして楽しい夏は終わり、秋も過ぎ、冬がやってきた。


十二月二十三日。Xデーは今年の初雪がちらついた夜だった。

周りの友人やサークル仲間たちからは毎日がきらきら輝いているように見えていただろう。


俺の内面にはそのずっと前から確かな変化が訪れていたのだが。


始まりは違和感だった。

彼女の持っている俺の記憶は俺のものではない。

彼女は昔の話をよく俺にしてくれたが、俺からすれば関係ない男との昔話だ。

次に嫉妬が生まれた。

そしてその嫉妬を押さえ込もうと自分の罪を強く意識し出した。

罪悪感。

彼女に対してひどいことをした自分。

その罪の意識を持って彼女には当たらないようにしていた。

しかし次第に大きくなる違和感と罪悪感。

ついにそれが爆発したのだ。


「上級生と戦ったあのときからずっと男のこと好きだったんだから」

「……るな」

「え?」


そんな彼女からしたらいつも通りのラブラブなセリフ。

だが、俺の精神はもう限界を迎えていた。

もっとも、原因も何もかも自分のせいなのだが。


「……もうその話をするな」


彼女は慌てふためく。

どうやら俺の目からは涙が出ていたようだった。


俺たちはそのまま一旦別れて家路に着いた。

最後まで彼女は懸命に謝っていた。


悪いのは俺なのに。俺のドチクショウ。

自分に悪態をつき、酒を煽った。悔しいが酒はうまかった。


目を覚ますと彼女からメールが二通来ていた。

どうやら酔って寝てしまったようだ。


『今日はごめんなさい。嫌ならもう昔の話はしない。
傷つけてしまってごめんなさい』


そして二通目を開く。


『言い訳だけど、最近あなたを名乗る人に声をかけられて。断ったけど、なんだか怖くて。
最近その話ばかりだったよね。ごめんなさい。よかったら返事ください』


俺は再び凍りつくこととなった。


彼女に急いで電話をかけた。

時刻は夜の十時。いつもなら彼女はまだ寝ていないはずだ。

呼び出し音がもどかしい。

数回の呼び出しの後、彼女は電話に出た。


「もしもし?」

「もしもし、俺だ。今日はごめんな」

「ううん、私こそごめんね」

「明日、約束の時間に待ってるから」

「うん、また明日ね」


明日はクリスマスイブ。

俺はその日を彼女と過ごす幸せなクリスマスにしたかった。


俺の誕生日に間違えて自分で火を消したドジな彼女。

夏祭りで俺のために慣れない浴衣を着てきてくれた彼女。

山では様々に色づいた草葉の絨毯を踏みしめはしゃいだ彼女。

博物館で彼女をちょっとからかったら追いかけてきて注意された俺たち。

雨の日は二本あるのに一本の傘に入って歩いた俺たち。

劇が終わった帰りにやっと口付けを交わした俺たち。


そんな思い出は確かに俺に幸せを与えてくれていた。

俺がどんな気持ちだったとしても、その事実だけは変わらない。


明日もそんな一日を刻めばいい。

明日からもそんな日々を刻みたい。


俺はその日願った。

もっと強くなりたい。

彼女への罪も彼女の期待も彼女との偽の思い出も、全て抱えて生きていけるくらい。

彼女をもう二度と泣かせはしないと。

彼女を絶対不幸にしないと。

彼女を一生幸せにすると。


強く、強く願った。

そのまま俺は深い眠りに落ちていった。



今日はクリスマスイブだ。

通りにはクリスマスソングが流れ、まるで街まで浮き足立っているように見える。

待ち合わせは昼の一時だ。

俺はちょっと高級な百貨店のジュエリーコーナーを訪れた。

しかし、やはりと言うべきかここにあるものは俺のバイトの微々たる稼ぎでは手が出ない。

まさかローンを組むわけにもいかず、アクセサリー売り場の階に移動した。


「ありがとうございました」


店員の声を背に俺はきれいに包装されたそれをバッグに直しながらその場を後にした。


今日は昨日とは打って変わってぽかぽかとした陽気である。少し暑いくらいだ。

太陽はほぼ真上にあった。時刻は十二時半。

ご飯はコンビニでおにぎりでも買うかと思って自転車を走らせる。

彼女の顔を思い出しちょっとにやけながら足を動かす。

大通りから角を曲がって路地に入る。

そのとき。

目の前に急に、車が現れ――




――

「いやぁ、なかなかのシナリオです。もうすぐ『あなたの理想の彼』も目覚めるでしょう」


真っ白な部屋。真っ白なベッド。真っ白なシーツ。

そこに横たわり目を閉じる一人の男の頭に装着されたモノからはたくさんのコードがのびておりそれらは機械と繋がっていた。

彼の横の机にはかばんと共にきれいに包装された小さな箱が置いてある。


コード類をはずし、機械を運びながら白衣の彼は言う。


「私は彼が目覚める前に立ち去るとします。それでは、よいクリスマスを」


扉を閉めようとして彼は最後に彼女に向かって提案をした。


「しかし目に直接映像を、ですか。そのアイデア、実用化目指してもいいですかね?」

「……どうぞ」


彼女はほとんど感情を見せず、ぶっきらぼうに答えた。

それを見た彼は、冗談めいて最後に一言発した。


「でもよくそんなアイデア思いつきましたね。誰かから聞いたんですか?」


彼はふふっと笑い消えていった。



今は横たわる彼が目覚めるのは、その五分後となる。


Fin.

以上で終わりとなります。

お目汚し失礼いたしました。

乙乙乙なんだぜ
久しぶりに引き込まれたぜ
長さもいい感じだし、オチも上手い

>>1の他作品あるなら教えて欲しいぜ
もっと読みたい

乙です
スレタイに釣られたけど
釣られて良かった

面白かったよ

>>71
>>72
ありがとうございます

これがSS初投下なので今他にSSはありませんが
またお目汚しにスレ立てるかもしれません

ageてしまって恥ずかしい・・・

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