SSを書くこと自体は初ではないのですが、
ここでスレを立てて書くのは初めてなため、
不慣れな点が多々見受けられるかもしれません。
予めご了承下さい。
既に結構(2万字程)書き貯めてあるため、
建て逃げになることはないと思います。
……ならないといいなぁ。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1406964695
奉仕部結成前のゆきのんと、
まだ三浦達と出会っていないため非ギャルで黒髪なガハマさんと、
入学式当日に家を早く出過ぎてしまう頃のヒッキーのお話です。
―――例えばあの日、あの時に、ほんの一瞬でも彼の登場が遅れていたら……。
そんな、あり得たかも知れないIFストーリー。
期待
4月某日。
この日の俺は不安と希望に心を弾ませ、普段より1時間以上も早く起床した。
新品の制服を身に纏い、新品の鞄を手に下げ、新品のローファーに足を通す。
新たな比企谷八幡の誕生である。
よしっ……、いざ出陣の刻!
「いってきまーす」
「ちょっと待ちなさい」
意気揚々と玄関を出ようとした瞬間、母に呼び止められる。
いきなり出鼻挫きやがって、一体なんなの?
「……何?」
「まだ朝御飯も食べてないじゃない。それに入学式までかなり時間あるでしょ?」
「朝飯なら行きながらパン食うから大丈夫」
そういって、鞄に入れてある菓子パンの袋を見せつける。
ほら、パン食いながら登校してれば、美少女とぶつかってフラグ立つかもしんないだろ?
……とかそんなことを考えているわけではない。
「単に早く学校へ行きたいだけなんだけど」
「いつも遅刻すれすれだった八幡がこんなこと言うなんて……。明日は槍でも降るのかしら」
「お兄ちゃんのことだから、どうせ三日坊主で終わるんじゃないの?」
いつの間にやらひょっこり現れた我が最愛の妹に、そんな突っ込みを入れられる。
だが───
「残念だったな小町。三日坊主じゃなくて一日坊主だ」
「は? 何それ?」
「今日はちょっとしたプランがあるんだよ。だから早く登校するのは今日だけだ」
「ぷらん?」
「作戦だ、作戦。題して、“ピカピカの一年生・友達十人できるかな!?大作戦ッ!!”」
「…………」
「…………」
……おい。
二人揃って、そんな哀れみの視線を向けてくんな。
「八幡、あんた熱でもあんの?」
失敬な。
仕方がない、作戦の概要を説明してやろう。
「俺が大勢の中にいきなり混じっていけるわけがないのは、既に分かりきっている。だからまず、自分が教室に一番乗りすることが第一目標だな」
「まぁ、確かにお兄ちゃんの方から皆の輪に入ってくのはハードル高いもんね。それで?」
「だからな、俺が一番乗りしておけば、二番目に教室へ入ってきた生徒の方から挨拶をしてくれるはずだろ? それに対し爽やかに挨拶を返せれば、ファーストコンタクトは完璧なはずだ」
ふふん。
どうよ、この作戦は。
第一印象さえ良ければ、友達になるのもそう難しくはない……、はずである。
せっかく必死で勉強して、小中学校の連中が居ない高校に入学したんだ。
ここで生まれ変わらないでどうする。
そんな決意を胸に秘めている俺に対し、母と小町の態度は散々なものだった。
「八幡……。友達作りに失敗したからって、ショックで不登校になっちゃ駄目よ? また卒アルが真っ白になっても、怒ったりしないから」
「中学時代と同じ末路を辿ったとしても、小町はお兄ちゃんのこと大好きだから安心してね? あ、今の小町的にポイント高い」
「かーちゃん……。小町ぃ……」
優しい言葉が痛い。痛すぎる。
あとあんたら、俺が失敗することを前提に話すんな。
「と、とにかく、そういうわけで俺は早く学校に行きたいんだよ! じゃあな!!」
勢いよく言い放ち外へ飛び出す。
この作戦の成功率がきっと低いことくらい、本当は自分でも分かっているさ。
小学校でも中学校でも駄目だったんだ。
場所が高校に変わったくらいで、何かが変わるわけがない。
しかし、最後に一縷の夢くらいみたっていいだろ?
そう。これが最後だ。
もし高校デビューに失敗すれば、俺は希望を抱くことを金輪際やめる。
消し去りたいような過去の自分を全て認め、受け入れ、そして孤高の道を突き進むのだ。
だから、今日は人生の分岐点。
俺の生き様の分水嶺である。
× × ×
くそっ。
小町とかーちゃんが無駄に話しかけてきたせいで、予定よりも家を出る時間が遅れちまったじゃないか。
教室に一番乗りできなかったらどうしてくれるんだ。
現在俺は、ぴかぴかの新車で疾走中である。
新車っつっても自転車だけどね。
頬を撫でる春風が非常に心地よく、心がぴょんぴょん……しないな。
ぶっゃけ、かなりドキドキしている。
はりきって早く学校へ行ったにも関わらず、誰とも会話できなかったらどうしよう。
そんなマイナス思考を振り払うべく、全力で自転車のペダルを漕ぐ。
普段は交通量の多い大通りだが、今は日曜日の早朝なため、車も人もほとんど見かけることはない。
だからか、数メートル先に停車している黒い車は妙な存在感と、……何やら嫌な雰囲気を纏っていた。
自転車を漕ぎ進めるにつれ、その車が徐々にはっきりと目視できるようになる。
この辺では滅多に見かけることのない、随分な高級車のようだ。
だが、しかし。
そんなことよりも、更に目を惹く光景が目の前には広がっていた。
「…………なんだよ、これ……」
──赤。───赤。────赤。
道路には何かを引きずったかのような、ベッタリとした赤い染み。
そして、その赤い染みの先で蹲る、血まみれの少女。
……一体、どうすりゃいいんだ!?
何も見なかったことにして今すぐ引き返す……なんてことができるわけもない。
110番? 119番? それともAED?
ええい。
ここで俺がパニックになっていてもどうしようもない。
とにかく冷静にならなければ。
近くに自転車を止め、大きく深呼吸。
落ち着くことなんて到底できそうにないがどうにか周囲を見渡すと、事故を引き起こしたと思われる黒塗り高級車のすぐ側に、運転手と思われる人物が立っていることに気がつく。
まずは状況を確認しようと思い、その人に声をかける。
「あ、あのっ! 大丈夫ですか!?」
「通行人にまで御心配をおかけしてしまい、大変申し訳ございません。既に弁護士に連絡は入れてありますので───」
「弁護士って……。そんなことより救急車は!!」
「落ち着いて下さい。そこの方が怪我をしているわけではありません」
「…………」
……どういう意味だ?
恐る恐る、血まみれのまま蹲っている少女へと顔を向ける。
頭、腕、足。上から下まで観察してみても、どうやら本当に怪我をしている様子はない。
しかし、その2本の華奢な腕の中には、最早原型を留めていない肉塊が───
「ッ……」
恐らく数分前までは元気な動物であっただろうそれを眺めていることができず、思わず視線を逸らす。
なんなんだよ、この状況は……。
もう今更できることなんて何もないじゃないか。
「これでは動物病院に運んだ所で、どうしようもございません。誠に残念ながら、信頼のおける弁護士を呼び法的に償うしか、私にできることはないのです」
「そう……ですか……」
「失礼は承知で申し上げます。1つ、頼みごとをしてもよろしいでしょうか?」
「なんですか」
「そこの彼女に先程から何度か声をかけているのですが、放心しているのか話を聞ける状態にないようなのです。しかしこのまま道路に居ては危険ですし、かといって事故を起こした張本人である私が、無理矢理動かすと言うのも……」
たしかに、この人に少女を抱きかかえて歩道まで運べと言うのも、少女と運転手のどちらにとっても酷なことだろう。
第三者がどうにかするのが一番無難ってわけか。
「……分かりました」
とは言ったものの、どうすっかなぁ。
いくら緊急事態とはいえ、お姫様抱っこでもして移動させるなんてことを俺ができるわけがない。
とりあえず、少女の後ろからそっと声をかけてみることにする。
「あの~……、聞こえますか?」
「…………」
少女が抱えているモノがなるべく視界に入らないよう気をつけつつ、顔を覗き込んでみると、目を見開いて茫然と口を開けたまま固まっていることが伺える。
どうにかしなければと思い、極力優しく肩を揺すってみる。
すると、少女の肩が急に跳ねあがり俺の方がビクッとしてしまう。
はっきりと意識を取り戻したであろう少女は、ようやく状況を正しく認識することができたのか、自分の腕の中に視線を落としボロボロと大粒の涙を流し始める。
この少女、よくよく観察してみると、若干幼い顔立ちをしている。
服装も熊柄のパジャマという少し子供っぽい格好であるし、俺より年下なのだろうか?
基本的に人間が苦手な俺であるが、妹が居るおかげか年下の女の子はそこまで苦手でもない。
少女の正面にしゃがみ込み視線の高さを合わせて、普段とは違った口調で話すことにする。
「えっと……、動く気分じゃないだろうけど、道路からは移動した方がいいと思うんだ。立てる?」
少女は嗚咽を漏らしながらも頷いてくれた。
しかし体は激しく震えていて、一人では立ち上がれそうにない。
状況的に少女の手を引くこともできそうになかったので、俺は後ろから肩をそっと支えてあげることにする。
普段の俺なら、昔女子と肩が少しぶつかっただけなのに物凄く嫌そうな顔をされたトラウマが想起され落ち込んでしまいそうな行動であるのだが、今はそんなことを言っている場合ではないだろう。
なんとか立ちあがりヨロヨロと歩く少女を支え、どうにか歩道まで移動させることができた。
少女はまた蹲ってしまったが、これで二次的被害に遭うことはないだろう。
「ふぅ……」
「御協力いただき、心より感謝申し上げます」
「あ、いえ……」
これで一先ず、俺にできることは終わった。
しかしこのまますぐに立ち去ってしまうのも後味が悪いように感じたので、弁護士の人がやって来るまで少女の側に付き添っていたら、もうすぐ入学式が始まる時間になってしまっていた。
やれやれ。
こりゃ、教室一番乗りどころか遅刻確定だな……。
× × ×
愛すべき我が家に帰宅してからのことである。
俺は家族から、入学を祝う温かい言葉ではなく、小言を浴びせられていた。
「お兄ちゃん! あんなに早く家を出たのに式の途中に遅刻してくるってどういうことなのっ!? 小町もお母さんもめっちゃ恥ずかしかったんだからね!!」
「やむを得ない事情があったんだから仕方ないだろ。つーか今日はほんと疲れたから、もう寝させてくれ……」
そう言い捨て、小町と母の前からそそくさと退散し自室へ向かう。
疲れているのは本当のことなのですぐさまベットに倒れ込むが、色々なことがあったせいか目は冴えており眠れそうにない。
まぁ、まだ夕方だし仕方ないね。
寝るのをあきらめてゴロゴロしていると、思い出したくもないのに今朝の光景が蘇る。
あの鮮血を頭から追い払うためにも、違うことでも考えるとするか。
つっても、「あの高級車は一体どこの家のものだろう」とか、「あの少女はどうなったのだろう」とか、思い浮かぶのは事故に関係することばかりではあるのだが。
俺はあの後、弁護士がやって来るまでその場に居たものの、少女とは一切会話をしていない。
とても会話ができそうな状態でもなかったしな。
ちなみに、弁護士が来たら黒塗りの高級車はすぐにどこかへ去ってしまった。
急ぎの用事でもあったのだろうか?
ま、知ったこっちゃないけど。
それ以上俺がその場に居ても何の意味もないと判断し、俺も急いで高校へ向かったのだが当然遅刻。
入学式の会場に入った時には、新入生代表に選ばれた生徒が壇上で挨拶をしている真っ最中だった。
俺はこっそり入室したつもりだというのに、あの如何にも頭良さそうな新入生代表の美少女が、挨拶の言葉を途中で止めて俺の方をジロジロと見てくるもんだから、周りから超注目されちゃったじゃねぇか!
俺ってそんなに不審者っぽかった? ふざけんな!!
そのせいでクラスメイトには白い視線を向けられてしまい結局誰とも会話できていないし、入学式を見にきてくれていた母と小町には叱られてしまうし、今日は本当に散々な日だ……。
疲れた心身を癒すためにも頑張って眠ってみよう。
せめて晩飯ができる頃まで昼寝(夕寝?)くらいしておこうと思い、瞳を閉じる。
すると不思議なことに、次に瞳を開いた時には夜中になっていた。
どうやら熟睡してしまっていたらしい。
……おい。
誰か晩飯の時間になったら起こしてくれよ。
ほんともう嫌だ……。
× × ×
翌朝。
俺は憂鬱な気分のまま学校へ向かう。
駐輪場に自転車を止め校舎に向かおうとすると、こちらをチラチラ眺めている女生徒が視界に入った。
「あ、あの……」
何やら声をかけられたような気がするが、ここで勘違いをしてはいけない。
きっと、俺の後ろの方に居る奴にでも声をかけたに違いない。
だって俺に声をかけてくれるような知り合いなんて居ねえし。
「あの、すみません!」
「……え? 俺?」
「はい、そうです」
マジで俺に話しかけてんの? なんで?
俺に声をかけてきたこの女生徒、少し地味な感じの雰囲気ではあるものの、中々可愛らしい顔立ちをしている。
俺とは住む世界の違う住人の様だし、万が一にも逆ナンということはあり得まい。
一体何の用なのだろうか。
「えっと……、昨日は迷惑かけちゃって、ごめんなさい。あと、本当にありがとうございました」
そういってペコリと頭を下げてくるが、何のことだかさっぱり分からない。
訝しげな視線を向けていると女生徒が慌てだす。
「もしかして人違いでしたかっ!? うわわわわ、どうしよう……。いや、でも、やっぱり昨日の事故の時の人……ですよね?」
「……あっ」
そうか。
こいつ、事故の少女だ。
あの時とはまるで表情が違うし、昨日は艶やかな黒髪を頭の後ろで1つに結わえていたのに対し、今は髪を横でお団子に纏めているため、雰囲気が全然違い気がつかなかった。
「わ、悪い。昨日見た時は中学生くらいの子かと思ってたから、すぐに分からなかっただけだ。あの時居合わせた人のことなら、俺で当ってる」
「うぅ……。たしかにあの時はパジャマとか超適当な格好だったけど、中学生って……」
この童顔気味な少女、まじまじと見てみると、意外なことに出るとこは結構出ている。
少し幼めな顔とわちゃわちゃした態度さえ除けば、ナイスバディなお姉さんである。
もしかして、まさかの年上!?
「……あの、いきなり失礼な発言をしてしまいすみませんでした。同じ学校の人だと思わなかったからつい驚いてしまっただけで、別に子供っぽかったとかそういう意味では……」
とりあえず下手に出つつ言い訳を試みる。
「いやその、謝ってほしいとかそういうんじゃ全然ないですから! むしろ謝らなきゃいけないのはあたしの方というか、昨日はお見苦しい所を見せちゃってほんとごめんなさいっていうか……」
なんか逆に気を遣わせてしまった。
どうにか無難な会話を……あれ? 無難な会話って何?
この人と俺の共通の話題なんて昨日の一件くらいしかないけど、事故のこと蒸し返しちゃっていいの?
いやいやダメだろ。
俺がなけなしのコミュニケーションスキルをフル稼働して悩んでいると、相手の方から話を続けてくれた。
「えぇっと、昨日制服を着て学校に向かってたってことは、あたしと同じ一年生……ですか?」
「あぁ。てことはそっちも一年生か?」
「あ、うん。昨日は……犬を散歩した後家に帰って、着替えてから入学式に向かう予定だったんだけど……」
「あー、その、なんだ。辛いだろうにわざわざ礼を言いに来てくれてありがとな。無理に昨日の話はしなくっても……」
「あ、また心配かけちゃって、ごめんね。ほんと……、色々と、ごめん……」
彼女の顔色と声のトーンがガラッと変わる。
先程まではわりと普通の雰囲気であったが、当然ながら空元気だったようだ。
それもそうか。
昨日の今日だ、まだ気持ちの整理をつける時間もないだろう。
「いや、気にすんな」
「ありがと……。あと昨日のこと、できれば他の子達には内緒にしててくれると嬉しいなぁ~、なんて。まだ学校始まったばっかりなのに、クラスに暗い話題とかあったら嫌でしょ?」
「昨日うちのクラスの欠席者は0、遅刻も俺だけ。だからクラスは別々のはずだ。それに、俺にはそんな世間話をするような相手はまだ居ないから、大いに安心してもらって構わないぞ!」
「あはは……、そんなこと自信満々に言われても……。あたしも昨日休んじゃったわけだし人のことは言えないけど、こういうのって出遅れちゃうと大変だよ? グループとかあっという間に出来上がっちゃうし」
おい、誰のせいで出遅れたと思ってんだ。
……あ、こいつのせいじゃなくて、あの黒塗り高級車のせいか。
これ以上、会話を続けない方がいいだろう。
俺と一緒に居たら相手の方も、嫌でも昨日のことを考えてしまうはずだ。
「んじゃ、俺はそろそろ行くわ」
「うん、ありがとね!」
そう言って彼女は、少し笑ってみせた。
……強いやつだな。
その笑顔は当然無理をしているものであったが、何の事情も知らないクラスの連中を騙すことくらいはできるはずだ。
きっと俺と違って、すぐに沢山の友達を作れるだろう。
同世代の女の子とまともに会話をしたのなんていつ振りだろう……なんてことを考えつつ歩いていると、後ろから再び声をかけられ素でビビッてしまう。
「ちょっと待って!」
「ひゃいっ!?」
「……? どしたの?」
「き、気にしないでください……」
仕方ないだろ!
ぼっちは不意打ちに弱いんだよ!!
「んで、何?」
「ほら、名前聞いてなかったなぁ~って」
「あ、そういえばそうだな」
俺の名前をわざわざ気にしてくれる人なんて居なかったから、自己紹介の習慣がないのである。
なにそれ悲しい……。
「あたし、1年E組の由比ヶ浜結衣です。よろしく!」
もちろん、先に名乗ってくれるような相手も今まで居なかった。
社交辞令と分かりつつも、これくらいのことで少し嬉しくなってしまう。
「1年F組、比企谷八幡だ」
「ひきがやはちまん……なんだか珍しい名前だね。ってかF組なんだ。それじゃクラス隣同士だし、結構すれ違ったりすることあるかもね」
「ん……、あぁ、そうだな」
一瞬でも、「俺ごときとクラスが隣同士でごめんなさい」とか思ってしまった俺の心は相当荒んでいる。
こういう気さくに会話をしてくれる女子は、どうも苦手だ。
「あ、何度も呼びとめちゃってごめん!」
「そう何回も謝らなくていいぞ。どうせクラスに行ったところで、誰かに話しかける勇気なんてないしな」
「うぅ……、それはちょっとどうかと思うけど……」
自分でもどうかと思う。
友達作り、がんばらないとなぁ……。
「と、とにかく! せっかくの縁なんだし、これからよろしくねっ!」
「お、おう。……こちらこそよろしく」
よろしく、か。
クラスも性別も、そしておそらくカーストも違うわけだし、もう関わる機会なんてないだろうけどな。
でもまぁ……、相手もせっかくの縁って言ってくれてるわけだし?
うむ、そういうことなら仕方ない。
由比ヶ浜結衣という名前くらいは覚えておいてやろう。
× × ×
「はぁ……」
「お兄ちゃん、なんだか朝から元気ないね。どうかしたの?」
「……月曜なんて誰でもこんなもんだろ」
「そうかな。お兄ちゃんが相手してくれれば、それだけで小町は元気だよ? あ、今の小町的にポイント高い!」
「はいはい」
本日、高校生活が始まってから2度目の月曜日。
俺は早くも学校へ行くのが嫌になっていた。
だって、全然友達できないんだもん……。
べ、別に、ぼっちだからって寂しくなんてないんだからねっ!
昼休み。
この前見つけた穴場で昼飯を食うことにする。
特別棟の一階。保健室横、購買の斜め後ろ。
ここを我がベストスポットにしてみようか。
中々に良い場所だ。
ほとんど人が通らないし、目の前にあるテニスコートにも人影は見当たらない。
また、風通しも非常に良い。
ここで感じるさわやかな風は、すぐに好きになることができそうだ。
よし、これから昼休みは、3年間この場所で過ごすことにしよう。
期待
「あれー? もしかして、ヒキガヤくん?」
聞き覚えのある声に振り向くと、吹き付ける風にスカートを押さえた由比ヶ浜結衣が立っていた。
「えっと……、何ガハマさんでしたっけ?」
こういう時、間違っても『お、由比ヶ浜じゃん! ウェーイ! 一週間ぶり~!』なんてテンションで応じては絶対にいけない。
『何こいつ、友達でもないのに気安く話しかけないでくんない?』みたいな視線を浴びせられるのが落ちだ。
むしろ、わざわざ本人に聞こえるように陰口を言われるまである。
「何ガハマってなんだし! 由比ヶ浜結衣、ちゃんと覚えてよね」
良かった。
この子は『うっわ。なんで私の名前覚えてんの? 気持ち悪いんですケド……』とか言ってくる系女子ではないようだ。
「ってか、なんでこんな所で一人でお昼食べてんの? 何かあった?」
「察してくれ」
「?」
……さてはこいつ、一人きりで昼飯を食べていると教室内から突き刺さる、あの冷ややかな視線を知らないな?
「何かがあったわけじゃない。青春イベント的なことが何もないから、こういう事態になってんだよ……」
「あ、ほんとに友達作り失敗しちゃってたんだ……。なんかごめん……」
馬鹿にされるかと思いきや、温かい眼差しを向けられてしまった……。
逆に惨めさが増すんで、即刻止めてもらえませんかねぇ?
「んで、なんで由比ヶ浜はこんなとこに来てんだよ?」
「んーとね、飲み物買いにここの側を通ったら、ヒキガヤくんが見えたから」
見えたからなんだ。
まさか、俺を発見したからというただそれだけの理由で、わざわざ話しかけに来てくれたの?
そういうのは、つい勘違いしてしまいそうになるから勘弁していただきたい。
「そうか。ま、俺は一人で居ることが嫌なわけではない……っていうか、むしろ好きだから、気にしないでくれ」
そう。これでいい。
高校生活に、ほんの僅かな期待を抱いてしまった自分が間違っていたのだ。
「でもほら、こんなとこで一人でお昼食べてたら、ずっと誰とも話せないままだよ? 友達作る作らないは個人の自由にしてもさ、やっぱある程度話せる相手くらいはクラスに居た方が良いと思うっていうか……」
「い、いや、誰とも話せてないわけじゃないから! 『もしよかったら、お昼ご飯一緒に食べませんか?』って声かけてもらったことが、先週一回だけあったし」
「ならその時一緒に食べれば良かったじゃんっ!」
いやいやいや、無理でしょ。
だって、俺に声かけてくれたジャージの人、滅茶苦茶かわいい子だったんだぜ?
俺は養われる気はあっても、慈悲や同情や憐れみを受けるつもりはない。
それにほら、あまりにも優しい美少女だったもんで、思わず告白してしまい振られた挙げ句そのことをクラス中に言いふらされ俺の高校生活が終わる未来が見えてしまい、つい距離を取ってしまった。
……やっぱり振られるのかよ。
「ぼっちにはぼっちで色々とあるんだよ。リア充なおまえには分からないだろうけどな」
「へ? なんであたしがリア充?」
「だってこの前、友達のことあだ名で呼んだり、友達からファーストネームで呼ばれたりしてただろ?」
移動教室やトイレに行く際、隣のクラスである1年E組の前を嫌でも通ることになる。
その時にチラリと見かけてしまったのだ。
こいつがクラスの女子に『結衣ちゃん』と呼ばれ、その相手を『さがみん』というあだ名で呼んでいるところを。
「入学してたったの1週間でそんな友達作るとか、超リア充じゃねぇか。一体どんなコミュ力してんだよ」
「そんくらい超普通のことだし! ってか、もしかして……、あたしのこと、気にかけてくれてたりしたの?」
「はぁっ!? ぜ、全然そんなんじゃないから! その光景を偶然見かけただけであってだな、その、まぁ全く心配していなかったと言えば嘘になるがそこまで気にかけていたというわけでも……」
「ふふ、ありがと。ヒキガヤくんって、やっぱり優しいんだね」
「……んなことないだろ」
そんなまっすぐな瞳で礼を言われても困ってしまう。
実際、俺は由比ヶ浜を助けるようなことは、一切できていないわけだし。
「それでも、……あたしはさ、すっごく感謝してるんだよ」
やめろやめろ。
恥ずかしい台詞禁止!
「あぁ~あ、せっかく良いとこあるのにもったいないなぁ。ぶっきらぼうな態度ばっか取ってないで良い部分をもっと表に出せば、きっとすぐに友達できるのに」
「ケッ、ぶっきらぼうな態度で悪かったな。そもそも俺は良い奴なんかじゃないし、仮に良い自分を装って友達を作ったところで、そんなものは偽物だ」
「たはは、捻くれてるなぁ……」
家族にもよく言われます。
さっきからざわついている心をどうにするためにも、この場はさっさと立ち去るのが吉だろう。
「んじゃ、昼飯も食い終わったことだし、俺はそろそろ行くわ」
「あ、うん。またね」
「……おう。じゃあな」
『またね』なんて言葉をかけられても、俺には『またな』と返すことができない。
クラスでの由比ヶ浜は、中々楽しそうに過ごしている様であった。
だからもう、俺が心配する必要なんてどこにもない。
あの事故の一件以外に、俺とこいつの接点は何もないんだ。
ならば、俺とはこれ以上関わるべきではないだろう。
事故のことも俺のこともとっとと忘れて、楽しい友達ごっこを満喫していれば、それで良いんだ。
戸塚か
>>3 >>20
期待ありがとう!!
>>24
ざっつらいと。
1年生の時って、ヒッキーと戸塚が同じクラス、ガハマさんと相模が同じクラス……であってますよね?
他のメインキャラは概ねバラバラなのかな。
葉山三浦グループの内何人かは一緒のクラスだったりするかもしれないけど、まぁこのSSに葉山三浦グループは関係ないので、あまり気にせず進めていきます。
× × ×
「お兄ちゃん、今日は月曜じゃないのに、なんかまた元気ないね」
「元気がないわけじゃない。ただ少し、考え事をしてただけだ」
「考え事? なになに? 小町が何でも聞いてあげるよ!」
ん?
今何でもするって……何でもするとは言ってねぇな。
「そうだなぁ。……例えば、急にカマクラが死んだらどうする?」
カマクラというのは、うちの飼い猫の名前だ。
俺と親父には媚びを売らないあたり、猫の分際で家庭内カーストをばっちり把握している小賢しいやつである。
「ちょっと急に何言い出すのさ! そんな縁起でもない話し止めてよね! ……まさか、カーくん病気だったりするの!?」
「ちげぇから。あくまでも例え話だよ。安心しろ、カマクラは多分元気だ」
元気……だよな?
動物は怪我や病気で弱っていたとしても、それを周りに気取られない様に振る舞うといった話を耳にしたことがある。
それが本当なのだとしたら、一見普段通りに見えるカマクラも実は弱っている、なんてことも有り得てしまうかもしれない。
そう考えると、急に不安になってくる。
小賢しい上にふてぶてしく、可愛げも何もあったもんじゃない糞猫ではあるが、それでも何年間も一緒に暮らしてきた家族の一員ということに変わりはない。
ペットといえど、大切な家族だ。
急死なんてされたら、俺はきっと普通じゃいられない。
俺の真面目な雰囲気を感じ取ったのか、小町が真剣味を帯びた声で問いかけてくる。
「もしかして何かあった? その例え話って、結構大事なことだったりするのかな」
「まぁ、大事っちゃ大事だな。あ、本当にカマクラに何かがあったわけじゃないからな」
「うん、分かった」
そして小町は、う~んう~んと唸りながら何やら真剣な面持ちで思案している。
まぁ、『急にペットが死んだらどうする?』なんて質問をいきなりされても、そりゃ困っちゃうよな。
そして長考の果て、出してくれた答えがこれであった。
「ん~、多分、小町はどうもしないかな」
「どうもしない?」
「うん。だって泣き叫んだからって、命が戻ってくるわけじゃないでしょ? 特に学校なんかでは、かなり無理してでも普段通りな態度でいると思うよ。だって、他所の家のペットの生き死になんて、友達には全く関係ない話しなわけだし」
確かに小町の言う通りだ。
俺の場合、あの事故現場を目撃してしまったから気なっているだけであって、普通ならば他所のペットにそこまでの興味が湧くことはない。
なんなら他所の人間にも興味が湧かないまである。
大事な大事なペットが死んじゃった私可哀想アピールなんてされても、単にウザイだけだ。
「そんで、外では普段通りに生活して、学校から家に帰ってくる度に『あ~、もうカーくんは居ないんだなぁ』って実感して、……一人きりの時だけ泣く気がする」
「……俺の前でも泣いていいんだぞ」
「何今のカッコイイ台詞!? ちょっとどうしちゃったの!? 今日はポイント二倍デーっ!?」
「小町ポイントを稼ぎたくって言ったわけじゃねぇから……。朝から変な話ししちまって悪かったな。そろそろ学校行くぞ」
「うん。じゃあお詫びに自転車乗せてって」
「中学経由したんじゃ遠回りじゃねぇかよ。まぁいいけど」
「やりぃ!」
小町の話を真に受けていいものかどうかは分からんが、もし、由比ヶ浜も相当な無理を重ねているのだとしたら。
日々、身を切るような思いをしながら過ごしているのだとしたら。
友達と楽しげに談笑していた時も、俺に話しかけてくれた時も、笑顔の仮面の裏では常に涙を流していたのだとしたら……。
……ったく。
こんなことを考えて、俺は一体何をしたいんだ?
俺自身、同情も憐れみも受けたくない。
なら、自分がされて嫌なことは他人にもしないでいるべきだ。
結局いくら考えたところで、やはり由比ヶ浜結衣とは極力関わるべきではないという結論以外、出てきてくれそうにはなかった。
書き貯めてた分が半分くらい消化されたので、休憩挟みます。
次からようやくゆきのんの出番もあるよ!!
数時間後には再開すると思う。
乙。
どこで何が引っかかるかわかんないからメル欄にsaga入れとくべき
>>31
アドバイスあざっす!
次から気をつけます。
ありがたい御言葉を下さった方々、ありがとうございます。
ちなみにサブレが嫌いで殺したわけじゃないからっ!
むしろ好きです。
犬は基本的に好きです。
サブレの場合、CVあおちゃんなとこも私的にポイント高い!
それでは投下再開します。
× × ×
数日後の昼休み、今日も今日とてベストスポットで昼飯を食うべく、教室の外へと向かう。
廊下を進み階段を下りたその先で、見知った人物を発見した。
何やら大量のプリントを運んでいるようだが、まぁ当然ながら俺には何の関係もないことだ。
スルー安定っと……。
「あ、ヒキガヤくんだ」
「げっ」
「露骨に嫌な反応されたっ!? ってか、今あたしに気付いてて無視しようとしたでしょ」
「いや、まぁ、そうだけど」
「うわぁ~……」
プリントをえっちらおっちらと運ぶ主は、言うまでもなく由比ヶ浜であった。
はぁ、仕方ない。
「ほら、それ半分よこせ」
「え? ……あっ。そういう意味で無視しないでって言ったわけじゃないし、クラスの当番の仕事でやってるだけだから全然気にしなくっていいよ」
そうは言ってもなぁ。
歩き方がヨロヨロしているし、見るからに大変そうじゃねぇか。
こいつとは関わるべきでないと分かっていても、見て見ぬふりに失敗してしまった以上、何も手伝わないというのも決まりが悪い。
とはいえ、無理やりプリントを奪うのもなんかアレだしどうするべきだろうか。
とりあえず由比ヶ浜を眺めて……じゃなくて、見守っていると、案の定よろけて人にぶつかりやがった。
「いたっ!」
「きゃっ!」
ぶつかられた女生徒の方はどうにか体勢を立て直し無事のようだが、由比ヶ浜が床に倒れてしまう。
衝撃は大したことなさそうだが、……あ~あ、盛大にプリントぶち撒けたな。
「大丈夫か?」
「うん、どうにか」
「周りに迷惑かけるくらいなら、最初から素直に頼っとけ」
「うぅ~~~、ごめんなさい……。あ、そちらの方も、ほんとすいませんでしたっ」
由比ヶ浜がぱぱっと立ちあがり、ぶつかった相手に謝罪をする。
……ん?
そのぶつかられた女生徒は非常に驚いたような顔をしつつ、俺と由比ヶ浜の顔を何度も交互に見てくるんですけど。
なんなの?
女子(しかも超絶美少女)に見つめられるとか、思わず心臓がドクリと跳ねてしまうから止めていただきたい。
暫く固まっていた女生徒であったが、はっと我に帰り、取り済ましたような凛とした声で話し始める。
「荷物を抱えた相手が対面に居ることに気付いておきながら、避けられなかった私にも落ち度はあるわ。少し驚い……いえ、考え事をしていたものだから。こちらこそごめんなさい」
「いえいえそんな! どう考えても急にぶつかっちゃったあたしが悪いっていうか……」
「プリント拾うの、手伝うわ」
「ありがとうございます」
俺も一緒に拾おうと思いしゃがみ込むと、女生徒(スーパー美少女)と視線がぶつかる。
何この訝しげな視線。
別にスカート覗こうとしてるわけじゃないからね!?
……あ。
ふと、思い出した。
入試の際、一番成績の良かった者が選ばれるであろう新入生代表の挨拶。
その役を務めていたのが、たしかこの人だったはずだ。
あの時途中で入室した俺のことを変な目で見てきたから、割と記憶に残っている。
「なぁ、もしかして新入生代表の人か?」
「えっ……」
「…………」
由比ヶ浜が僅かに驚きの声を上げ、徐々に顔色が変わっていく。
そして女生徒は陰鬱な表情で黙りこむ。
え?
何この変な雰囲気。
もしかして俺、なんか今まずいこと言った?
嫌な沈黙を打ち破ったのは、由比ヶ浜の弱々しい声だった。
「……もしかして、あなたなんですか?」
「……えぇ、そうよ」
彼女たちの会話が何を意味しているのか、俺にはさっぱり分からない。
だが、安易に口を挟むことは許されないような空気が漂っている。
「色々と言いたいこともあるでしょうけど、まずはそれをあなたの教室に届けてからにしましょうか」
「っ……」
「場所も移した方がいいと思うのだけれど」
よく見ると、プリントを握る由比ヶ浜の手が小刻みに震え、紙に皺ができている。
どう見ても普通の状態ではないようだ。
何にせよ彼女の言う通り、一度1年E組にプリントを届けた後、場所を移した方が良いだろう。
俺はこの時点で、この2人の間にあるであろう因縁が何なのかを、なんとなくではあるが察していた。
昔から悪い予感はよくあたってきたのだが、今回ばかりはどうか外れてくれと祈るばかりである。
女生徒に連れてこられたのは、特別棟の誰も使用していない空き教室であった。
廊下にも人気がないし、ここならどんな会話をしていても、誰かに聞かれてしまうことはまずないだろう。
つうか、入学してからまだ2週間も経過していないというのに、なんでこいつはこんな空き教室の存在を知ってんだよ……。
「俺もついてきちゃってよかったのか?」
「えぇ。あなたにも聞いてもらいたい話しだから」
そうか。
だがこちらとしては不穏な話なんて聞きたくない。
できることなら、とっととこの場から去ってしまいたい。
「遅ればせながら自己紹介をさせていただくわ。1年J組、雪ノ下雪乃。あなたの言った通り、新入生代表の挨拶をしていた者よ」
やはりそうだったのか。
しかし、肝心なのはそこではない。
「あなた達……、特に由比ヶ浜さんには、大変申し訳ないことをしたと思っているわ。それに、廊下であなた達を見掛けた時すぐに気が付いておきながら、自分から名乗り出ることもできないなんて───」
「ちょっと待て。大体察しはついてるんだが、一からちゃんと説明してもらえるか?」
「それもそうね、悪かったわ。私も多少、混乱しているのかしら……」
そりゃあ俺の嫌な予感の通りなのだとしたら、混乱もするだろうな。
名乗ってもいない由比ヶ浜の名前を知っていることから鑑みるに、俺の予感はそう外れてはいないのだろう。
だが、ここまで聞いてしまった以上、きっちり話してもらわないことには釈然としない。
俺は視線で言葉の先を促す。
「……二週間程前の事故の時、あの黒い車に乗り合わせていたのが私よ」
隣で、由比ヶ浜の息を呑む音が聞こえる。
ずっと俯いているため表情までは伺えないが、歯を食いしばり、何かを必死で耐えているのは伝わってくる。
色々と湧き上がる感情があるのだろう。
怒りか、悲しみか、はたまた別の何かであろうか。
「あなた達のことは、車の中から見ていたわ。本当は私も駆けよりたかったのだけれど、同乗していた母に止められてしまって……。言い訳に過ぎないのは分かっているのだけれど、謝りたい気持ちは嘘じゃないわ。本当に、ごめんなさい……」
切々とした、雪ノ下の声。
そして苦渋の表情。
あんなことがあった後にも関わらず堂々とした面持ちで話していた、あの新入生代表挨拶の時とはまるで違う。
「……由比ヶ浜、ほら」
ここに来てから一言も発していない由比ヶ浜に対し、何か応えてやれと言外に告げる。
そして、由比ヶ浜は雪ノ下の謝罪を受け入れてハッピーエンド……なんて展開には、なってくれそうにもなかった。
「……今更謝られてもさ、それでどうしろっていうの?」
由比ヶ浜のものとは思えない程、とても冷めた声。
恐らく、俺では計り知れない様々な想いが、胸中に渦巻いているのだろう。
「謝って済む問題じゃないというのは、重々承知しているわ。しかし……」
「ねぇ、弁護士の人から聞いたよ。あなたが新入生代表に選ばれたから、それであんな早い時間に学校へ向かってたんだよね? そのせいでサブレは……、うちの犬は死んだの」
俺がさっき『もしかして新入生代表の人か?』なんて聞いてしまったから、由比ヶ浜は雪ノ下との因縁に気が付いてしまったわけか。
だが、雪ノ下が新入生代表に選ばれたせいで犬が死んだというのは、あまりにも暴論が過ぎる。
ここらで止めるべきだ。
「おい、おまえ何言って……」
「ヒキガヤくんは黙ってて」
ピシャリとした声にビビり、言われるがまま口を噤んでしまう。
情けねぇなおい。
「あなたがいるから、サブレは死んだ……。
あなたがいなければ、サブレとの楽しい日々は続いてた……。
あんたさえいなければ、
あんたさえいなければ、
あんたさえいなければッ!!」
その後も続く由比ヶ浜の滅茶苦茶な罵詈雑言を、雪ノ下はただただ黙って受け止めていた。
……まずいな。
車に乗り合わせていたというだけでこんなことを言われてしまう雪ノ下も十分気の毒ではあるが、有り体に言ってしまうと、ついさっき出会ったばかりのこいつのことを気にかけてやる義理はない。
俺が案じているのは由比ヶ浜の方だ。
俺は由比ヶ浜結衣という人間を、まだあまりよく知らない。
しかし、根は優しくて素敵な女の子なのだろうと、ほんの数回話しただけだがそう思う。
だからこのまま好き勝手に言わせていては、冷静になった時に絶対後悔することになる。
愛犬を亡くし、ただでさえ辛い思いをしている中、更に自分を責め続けることになってしまう。
そんなのは、あんまりだ。
「あなたの父親、県議会議員なんだってね。それであんな大きな車に乗って、サブレを引き殺して、弁護士を通じてお金寄こして、それで解決した気になって……。賠償金なんていらない! サブレを返してよっ!!」
俺がどうにかして由比ヶ浜を止めようと思った矢先、先程まで悲しげに伏せていた雪ノ下の瞳が、ギラリと鋭いものに変わった。
「さっきから黙って聞いていれば、随分と好き勝手言ってくれたわね。癇癪を起すのも無理のないことだとは思うけれど、これ以上の言いがかりは止めてもらえないかしら」
凍てついた、氷の様な視線。
ただならぬ気配に多少怖気づいたのか、矢継ぎ早に捲くし立てていた由比ヶ浜の言葉が一旦止む。
数々の暴言の内、どれが雪ノ下の起爆剤となったのかは分からない。
全てなのかもしれないし、そうでないのかもしれないが、明らかなことが一つ。
雪ノ下の瞳には、ありありとした敵意が浮かんでいた。
その視線に対抗するかのように由比ヶ浜が一歩踏み込み、雪ノ下との距離を縮める。
「……言いがかり? ふざけないでっ! あんた達が居なければサブレが死ぬことはなかった!!」
「そうかしら? リードや首輪の故障か何か知らないけれど、犬が急に飛び出してくるようなことが起きたのは飼い主の管理不行き届きよ。仮にあの時うちの車が通らなかったとして、似たような事態になった可能性は十分にあると思うのだけれど」
「そ、それは……。あたしが悪いって言うの……?」
「強いて言うのであれば、運転手も、勝手に飛び出した犬も、躾のできていない飼い主も、そして車に乗り合わせておきながら動くことのできなかった私も……、全員悪いということになるのでしょうね」
全員悪い、か。
雪ノ下まで悪いということはないような気もするが、落とし所としては妥当なのかもしれない。
しかし、由比ヶ浜の怒りは収りそうにない。
「そんなの……、そんなので、納得できるわけないじゃない!!」
「……そう。道徳的な話で納得できないのなら、もっと実務的な話をしましょうか。この件を法的観点で見れば、過失相殺といったことも特になく、完全に運転手側の過失ということになっているわ。もっとも、あんないきなり犬が飛び出して来ては、いくらプロドライバーの都築といえど避けられるはずがないのだけれど」
「っ……」
「それでもこちらは100%の過失を認め、器物破損による損害賠償責任は既に果たした。あくまで法律的に考えればの話だけれど、こちらに課せられる罰はもう何もないのよ」
「器物破損? 何それ……。サブレは……サブレは物じゃない!!!」
「残念ながら日本では、法律上ペットは物よ。……それが正しいとは私もあまり思わないのだけれど、ペットを傷つければ器物破損だし、野生動物の死骸は廃棄物として扱われるの」
雪ノ下の言うことは、往々にして正しい。
発言の全てが理に適っていて、道理が通っている。
だが、人は理屈や正論では動かない。
人を動かすのは感情だ。
「そんなのを聞きたいわけじゃない!!」
「ならどうしろというの? もう少し飼い主がしっかりしていればきっと違う未来もあったのに、全ての責任をこちらに押し付けて、それで満足? 私が土下座でもすればそれで気は済むのかしら?」
「やめてよッ! やめて……そんな話、聞きたくない……」
まるで子供が駄々をこねるかのように首を振り、大粒の涙を零す。
由比ヶ浜の激しく震えている体は、まるでこの世の全てを拒絶しているかのように思えて、俺はもはや声をかけることすらできない。
「あたしだって、あたしだって自分が悪いことくらい分かってる! 何度も何度も自分を責めて、毎晩嫌な夢を見て、毎朝写真の中のサブレに謝って……」
「……私も少し言いすぎたわ。辛かったでしょうね」
「辛かった? あたしの何が分かるっていうのよ……。あんたのせいだ……。全部全部あんたのせいだ……」
支離滅裂。
言っていることが矛盾しているなんてもんじゃない。
それでも、責任転嫁でもしなければやってられないのだろう。
間違いなく、もっと早くに止めておくべきだった。
しかし今更悔いたところでどうしようもない。
なら、今俺にできることはなんだ?
……そうだ。
由比ヶ浜は、自分自身と雪ノ下を責めている。
だったら、そのヘイトの向け先を変えてやればいい。
昔から疎まれることに慣れた、丁度良い第三者がここに居るではないか。
そのためにはどうする。どうしたらいい。
いっそのこと、キチガイでも演じてやろうか。
俺は動物が無様に死んでいく様を見るのが好きだった。
血を見るのが、少女の泣き顔を見るのが好きだった。
だからあの時間あの場所を通る女に目をつけて、あらかじめペットの首輪に細工をしておく。
そしてあたかも通行人を装いその場を通りかかり……
……かなり無理のあるストーリーだ。
冷静さを欠いた今の由比ヶ浜ですら、上手く騙せないかもしれない。
もっと考えろ。足りない頭をフルで使え。
「あぁぁぁぁぁああああああ!!!!!」
ついに抑えが利かなくなった由比ヶ浜が、泣き叫びながら共に雪ノ下へ飛びかかる。
間に合わなかった。
全ては遅かった。
とっさの事態に、俺はその光景を見ていることしか───
───刹那。
雪ノ下に掴みかかろうとした由比ヶ浜の体が宙に浮く。
雪ノ下は、制服の襟すら触れさせなかった。
踊るかのような足捌きで相手を軽々といなす。
宙に浮いた由比ヶ浜は受け身を取ることもできず、そのまま床へ叩きつけられ、どさっという派手な音が響き渡る。
頭から床へ落ち……たかの様に思われたが、由比ヶ浜の首元には雪ノ下の手が添えられていた。
衝撃からか驚きからか、もしくはただの泣き疲れか、由比ヶ浜はそのまま気を失ったようだ。
自分に向かってきた相手を軽々と薙ぎ倒し、その上致命傷を与えることもなく鎮静化させた雪ノ下が、暫く唖然としていた俺に歩み寄ってくる。
「頭に損傷はないと思うのだけれど、背中が床に叩きつけられたことに変わりはないから、保健室にでも運んであげてちょうだい」
「お、おう……。おまえ、一体何者なんだよ……」
「雪ノ下雪乃と名乗ったでしょう?」
「そういうことじゃなくてだな……」
「合気道を少々やっていただけよ」
嘘だ。
絶対少々なんてもんじゃない……。
「そういえば、あなたの名前を聞いていなかったわ」
「比企谷八幡だ」
「変わった名前……失礼。比企谷君、二度もあなたを巻き込んでしまってごめんなさいね」
「ごめんも何も、おまえが悪いわけじゃないと思うけどな。まぁ、なんつうの。由比ヶ浜はちゃんと保健室まで運んどくから、後のことはもう気にしなくて良いぞ」
「そう、ありがとう。これからの昼休み、私は大体この空き教室に居ると思うから、もし何かあったらここに来て頂戴」
「おう」
そう言って、雪ノ下は去っていった。
昼休みにこんな空き教室に居る予定ということは、あいつも俺と同類なのだろうか?
もしかしたら友人と連れ立ってここで昼食にするつもりなのかもしれないが、何となくそれはないような気がした。
ぼっちとぼっちは惹かれ合う運命に……ないな。
単純スペックなら県下指折り、知略謀略武勇容色に優れ、性格は冷静沈着にして悪辣非道。
ついでに常勝無敗で極度の負けず嫌い。
勝負ごとにおいては暫定最強。
そして、寄る辺がなくとも一人で立ち続ける、崇高なる孤高の存在。
この時点の俺には知る由もないことだが、それが雪ノ下雪乃という人物であった。
× × ×
「ん……ぅん…………」
「お、目ぇ覚めたか?」
「あ、あれ? ヒキガヤくん? ってか、ここどこ?」
「保健室、ついでにもう放課後だ」
昼休みに由比ヶ浜を保健室に運んだ後、俺は普通に授業を受け、念の為放課後来てみたらまだ眠っていた。
保健室の先生曰く、湿布を貼っておけばすぐ直る程度の痣が背中や腰にできていた程度で、他にこれといった傷はないらしい。
要するに、ただ眠っていただけである。
泣き疲れて何時間も眠るとか子供かよ。
なんて茶化してみようかとも思ったが、毎晩いやな夢を見るっつってたしな。
きっと疲れが溜まっていたのだろう。
「ヒキガヤ君、あの、えっと……」
数時間前に何があったか思い出したのか、由比ヶ浜の声は非常にか弱いものだ。
「あたし……、雪ノ下さんに酷いこと言っちゃった……。取り返しのつかないことしちゃった……」
「…………」
かけるべき言葉が見つからない。
そもそも、俺が何かを言うべきなのか、もしくは何も言わない方が良いのかも分からない。
「……こんなこと言われても、困っちゃうよね」
「そういうわけじゃ……」
「ううん、いいの。ごめん……、ごめん……なさい……」
それが俺に向けた謝罪なのか、雪ノ下に対するものなのか、愛犬を想っての言葉なのかは分からない。
ただ、由比ヶ浜はもう泣き叫ぶようなこともなく、静かに涙を流していた。
「はぁ……。今日まで上手くやってこれたつもりだったのにな……」
「それがいけなかったんじゃないのか?」
「……へ?」
「本当の気持ちをずっと隠して、周りに合わせてニコニコ笑って……。そんなことをずっと続けてたら、そりゃ爆発しちまうこともあるだろ」
「ヒキガヤ君は凄いよね、ちゃんと自分を持ってて。あたしは小さい頃から、空気読んで周りに合わせて、嫌なことがあってもとりあえず愛想笑いして……、そういう生き方しかしてこなかったから……」
「俺からしてみたらそっちの方が凄いと思うけどな。ちょっとでいいから、おまえのコミュ力を別けてもらいたいくらいだ」
俺がそれっぽい言葉をかけたところで、由比ヶ浜の心は癒えないだろう。
でも、何かをしたいと思った。
これは憐れみでも同情でもない。
ただの自己満足……いや、それも違うな。
「なぁ、もう犬のことはどうにもならないけど、とりあえずできることだけでもしてみないか?」
「できること? ……そんなのないよ。あたし、……最低すぎるもん。雪ノ下さんに謝りに行ったところで、許してもらうどころか、きっと話しすら聞いてもらえない……」
「んなことはない。あいつは多分、ちゃんと話を聞いてくれる。わざわざ俺に、昼休みどこに居るのか教えてきたくらいだしな」
高校生になっても友人を作ることができず、人間関係の全てを諦めかけていた俺に声をかけてくれたのは由比ヶ浜だった。
わざと冷めた態度を取る俺に対し、こいつは飽きることもなく話しかけてきた。
その時俺は、ほんのりと心が温まるのを確かに感じたんだ。
もし、由比ヶ浜と出会っていなければどうなっていただろう。
高校生活に絶望し、今以上に捻くれ、誰も信じられないような人間になっていたかもしれない。
だから、俺はきっと、……由比ヶ浜に救われたのだ。
つまりこいつには借りがある。
借りは返さなくてはならない。
これはおせっかいでもなんでもなく、単なる恩返しだ。
俺は今になってようやく、由比ヶ浜のために動く理由を見つけることができた。
× × ×
翌日の昼休み。
俺と由比ヶ浜と雪ノ下は、例の空き教室の掃除に勤しんでいた。
「雪ノ下さん、その、なんていうか……。あたし、昨日あんな酷いこと言ったのに、ほんとに掃除手伝うだけでいいの?」
「えぇ。それだけで構わないわ」
意を決して雪ノ下の下へ向かった俺達であったのだが、意外なことに、あっさりと謝罪を聞き入れてもらえた。
いや、まぁ、楽に越したことはないんだけどさ……。
『今になってようやく、由比ヶ浜のために動く理由を見つけることができた(キリッ!』とかやっておきながらこの展開って、なんだか物凄くダサくねぇか?
つうか、俺何もできてないな……。
「これからここを部室として使うつもりだったのだけれど、私はあまり体力に自信がないから、机や椅子を一人で運ぶのは骨が折れると思っていたの。だから丁度人手が欲しかったのよ」
ほう。
だから空き教室の存在を知っていたのか。
それにしても、部活ねぇ……。
「一体、何の部活を始めるつもりなんだ?」
「そうね……、今はまだ秘密にしておこうかしら」
「はぁ? そもそも、他に部員は居るのかよ?」
「部員は私一人よ」
「それじゃ部活にならないだろ。そもそもそんなの、部活として許可されなんじゃ……」
「許可されるも何も、生徒指導の先生の方から持ちかけてきた話だもの。私としても得をするような内容だったし、その話に乗って部活動を始めようとしているだけよ」
「得って、内申点か何かか? わざわざ部活なんてしなくても、成績良さそうに見えるけどな」
成績良さそうに見えるどころか、実際、入試は1位だったはずだ。
すると雪ノ下は、少しむすっとした表情でこちらを見てくる。
どうやら内申点が目的ではないらしい。
「あなた馬鹿なの? そんな理由なわけないじゃない。……私は、やりたいことがあるの」
いきなり馬鹿とか言われた。
昨日は落ち目を感じていたためか、時折殊勝な態度も見せていた雪ノ下だが、どうやらこれが素のようだ。
「やりたいこと、か」
「比企谷くん……、私は変えるのよ。人ごと、この世界を」
一体何を言い出すのかと思いきや、本当に壮大な発言をかましてきやがった。
は? 人ごと世界を変える?
何この人もしかして中二病とかそういった類の方なのかしら?
「何やら不快な視線を感じるのだけれど、失礼なことを考えているわけじゃないでしょうね?」
「い、いえ! 何も考えておりませんっ!!」
こえぇ~。
こいつエスパーかよ。
攻撃と素早さが高いのは昨日目の当たりにした通りだが、特殊まで高いとかなんなの?
ACSぶっぱとかチートだろ……。
「その死んだ魚の様な目でこちらを見ている暇があるなら、口だけでなく手もちゃんと動かして頂戴。女性で小柄な由比ヶ浜さんの方が、あなたより余程働いているじゃない」
いや、あの、俺は付き添いなだけなんですけど……。
あ、すいません。
ちゃんと頑張るんでそんなに睨まないでください。
ふぇぇ…雪ノ下さんが怖いよぉ……。
「ふぅ……、こんなもので大丈夫かしら」
「おう。もう充分だと思うぞ」
由比ヶ浜が黙々と働き続けた甲斐もあってか、思いのほか早く清掃は終了した。
昼飯を食う時間もギリギリ残っていそうだ。
昨日は結局、昼休み中には何も食えなかったからなぁ。
「二人共お疲れ様。助かったわ」
「ど、どういたしまして。でも、こんなんで許してもらっちゃっていいのかな……」
「あら、許さない方がよかったの? もしかして、特殊な嗜好の方なのかしら」
「違うからっ! そういうことじゃなくて、えぇっと……」
「私、あまり自分の家のことが好きではないの。昨日はその話を持ち出されたから多少ムキになってしまっただけであって、元々然程怒ってはいないわ」
昨日の人を射殺すかのような視線は、かなりガチでしたよね……。
と思ったが、茶々を入れるのは止めておこう。
「そうなんだ……。家のこと嫌いとかそんな事情も知らずに、色々言っちゃって、ほんとごめんなさい……」
「もう謝らなくていいわ。実際問題、私に投げ飛ばされたことといい、昨日午後の授業が受けられなかったことといい、今日清掃を手伝わされたことといい、あなたの方が不利益を被っていると言えなくもないもの」
まだ多少ぎこちないものの、どうやら普通に会話ができるくらいの関係になれたようだ。
とりあえず、これで一件落着ということで良いのだろうか?
「雪ノ下さん、あの、さ。お詫びも兼ねてジュースかなんか奢るから、よかったら一緒にお昼とかどう……かな?」
由比ヶ浜の提案に対し、先程まで穏やかであった雪ノ下の表情が少し硬くなる。
「心にもないことを言うのは止めなさい」
「えっ……」
「あなた、本当は私の顔を見たくもないのでしょう? 自分の本音を押し殺して、無理して周囲と折り合いをつける。そういった態度は止めてもらえるかしら」
「そんな、こと……」
「昔から散々敵意を向けられてきたものだから、なんとなく分かってしまうのよ。別にあなたを責めているわけではないの。私がいくら家のことを嫌ったところで、私が雪ノ下家の人間であることも、あの時車に乗り合わせていた事実も消えるわけではないもの」
「それは……」
「私に対する憎しみが消えることがないのも理解できる。それを悪いことだとも思わない。ただ、本当の気持ちを偽って仲良しの真似事をするのは止めなさい。正直、酷く不愉快だわ」
そうだ。
昨日の出来事を雪ノ下が許したからといって、それで仲良くできるはずなんてない。
由比ヶ浜の立場に立って考えてみればすぐに分かることだ。
もし、どこかの家の車にカマクラを引き殺されたとして、俺はその家の娘と仲良くなろうなんて思えるか?
否。
その家の娘が悪いのではないと理性では分かっていても、仲良くしようなんて思えるわけがない。
理屈で済む話じゃないんだ。
「ごめん……。今言われた通り、多分あたしは雪ノ下さんのことを、良く想ってはいないんだと思う……」
「なら、無理に仲良くする必要はないわね」
これ以上話すことはないと言わんばかりに、雪ノ下は俺達に背を向け扉へ向かう。
そして最後に少しだけ振り返り、こう一言。
「掃除の件、本当に助かったわ。それでは、さようなら」
僅かに愁いを帯びた声でそう言い残し、どこか寂しげな背中で去っていった。
なんだか、良い奴なのか嫌な奴なのか、よう分からん人だったなぁ。
まぁ、昨日あれだけのことをやらかした由比ヶ浜をあっさり許してしまえるあたり、優しい人ではあるのだろう。
言動に問題はあると思うが、それに関しちゃ俺も人のこと言えねぇし。
なんにせよ、そんなことを考えたって仕方がない。
俯いてつっ立っている由比ヶ浜に、俺は声をかける。
「いつまでもここに居たって、もうすることないだろ? 俺達もとっとと戻ろうぜ」
「うん……」
「こんな結末じゃ、やっぱり嫌か?」
「ううん、そうじゃないの」
少し間を置き、何かを考えながら、ぽつりぽつりと語りだす。
「なんて言うのかな……。上手く言えるかどうか分からないんだけど、嫌ではないっていうか、むしろ少しすっきりしてるの、かも……」
「すっきり?」
「うん……。ヒキガヤくんにも雪ノ下さんにも散々迷惑かけて、完全に自分本意な話になっちゃって申し訳ないだけどさ、あんなに思ってることをぶち撒けたのって、生まれて初めてだったんだ。だから、かな……。もちろんサブレのことはまだ辛いんだけど、でも、ちょっとだけ……楽になった気がする」
「そうか。なら、良かった」
楽になった。
そう言った由比ヶ浜の表情は、決して晴れやかなものではなかった。
そもそも、『事故のことも俺のこともとっとと忘れてしまえばいい』なんて思っていた俺の方が間違っていたんだ。
俺のことはともかく、家族の最期の瞬間を、忘れていいはずがない。
それに、普通にペットが死んだのとはわけが違う。
あんな残酷な死に様を、まざまざと見せつけられたのだ。
由比ヶ浜の心の傷は、もしかしたら一生癒えることはないのかもしれない。
だが、それでいい。
人は傷を受け、学び、そして前に進むことができる生き物だ。
由比ヶ浜には、きっとそれができる。
愛犬との思い出を抱えたまま、強く生きていくことができるはずだと、そう思う。
───こうして、それぞれの心に何かを残しつつ、事故にまつわる一連の騒動は幕を閉じたのであった。
これにて本編終了です。
書き貯めておいた分もここまでで終了。
後はそれほど長くないエピローグを投下して終わる予定です。
エピローグは1文字も書けていないのですぐには投下できませんが、
あと少しの予定ですので最後までお付き合いいただけると幸いです。
1・2時間後に再開予定。
遅くなってすみません。
ぼちぼち開始いたします。
【Mail】
FROM ☆★ゆい★☆
SUB 初メール☆
こんばんわ!
夜遅くにごめんね(。-人-。)
ってか今メールして大丈夫?
FROM ひきがや はちまん
SUB Re:初メール☆
おう
FROM ☆★ゆい★☆
SUB Re2:初メール☆
え、なんか怒ってるっ!? Σ(・ω・*ノ)ノ
もしかしてもう寝てた?
FROM ひきがや はちまん
SUB Re3:初メール☆
いや、普通に起きてたし何も怒ってないんだけど……
あと、「こんばんわ」じゃなくて正しくは「こんばんは」な
FROM ☆★ゆい★☆
SUB Re4:初メール☆
じゃあ2文字で返信とかやめてよね(`・ω・´)
あ、そうそう。
ヒキガヤくん名前教えて~
FROM ひきがや はちまん
SUB Re5:初メール☆
おい、前に人にはちゃんと名前覚えろとか言っといて、そっちは忘れてたのかよ
八幡だ
FROM ☆★ゆい★☆
SUB Re6:初メール☆
そーゆーことじゃなくって……
口で名前言われても字がわかんないって言ってんの!!ヽ(*´Д`)ノ
FROM ひきがや 八幡
SUB Re7:初メール☆
比企谷八幡
FROM ☆★ゆい★☆
SUB Re8:初メール☆
よしっ!
ちゃんと名前登録しといたよ(*・ω・)b
んで、ようやく本題なんだけど、明日の放課後ひま?
FROM 比企谷 八幡
SUB Re9:初メール☆
基本的にいつでも暇だけど
何かあるのか?
FROM ☆★ゆい★☆
SUB Re10:初メール☆
あ、やっぱりひまなんだ
よかった~
じゃあ、さ……(〃ω〃)
もしよかったら明日────
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
【エピローグ】
「やっはろー!」
「やっは……ハァ?」
何今の。
あまりにもナチュラルだったもんで、釣られて返しそうになっちまった。
挨拶? もしかして新手の挨拶なの?
「おい、なんだ今の馬鹿っぽいのは」
「何って、どう聞いても挨拶だと思うんだけど」
「すげぇ頭悪そうな挨拶だな」
「えぇー? 中々可愛くない?」
「可愛くない」
俺と由比ヶ浜が出会ったあの事故から、既に数ヶ月が経過していた。
高校生活も徐々に慣れてきたと思った矢先、目の前に待ち構えたるは恐怖の中間テスト。
数学とかほんと怖い。
消えてなくなれば良いのに……。
ってなわけで、放課後サイゼで勉強会という話の流れになった次第である。
女子と2人で勉強会とかどういうことだってばよ!?
罰ゲームとかじゃないよね?
大丈夫だよね??
「ん? どうかしたの?」
「い、いや、なんでもないぞー」
いかんいかん。
落ち付け。平常心だ平常心。
「そういえばさー、この前の放課後比企谷くんが、すっごい可愛い子と一緒に居るとこを街で見かけたんだけど……」
「可愛い子? もしかして、ジャージ着てテニスラケット背負ってた奴のことか?」
「そうそう」
「なら戸塚だな。ってか確かめるまでもなく、放課後遊ぶような相手は戸塚しかいない」
「へぇ~……。そ、その戸塚さん?って人と比企谷くんは、どういう関係なのかなぁー、なんて……。あっ、別に変な意味とかそういうのじゃ全然なくてただの世間話っていうかちょっとした興味本位っていうか、ええっと……」
やべぇ。
顔を真っ赤にしつつアタフタしてる由比ヶ浜が超可愛……だから俺落ち着けって!
それにしても由比ヶ浜は、何やら面白い勘違いをしているようだ。
「戸塚ってのは、前に『もしよかったら、お昼ご飯一緒に食べませんか?』って声をかけてくれたクラスメイトだ」
「あぁ~。あの時話してた人なんだ」
「そうそう。それでな、実は……」
「じ、実は……?」
「戸塚は…………、可愛いが男だ」
「へぇ~、そうなんだ……って、ハァ!? あんなに可愛い子が男の子なわけないじゃん!!」
「いや、それがマジなんだって」
俺も驚いた。
ぶっちゃけ今でも半信半疑。
「でもよかったね。ちゃんとクラスに友達できて」
「友達って言ってしまっていいのかどうかは分からないが、まぁ、ほんと良かったよ。それに聞いて驚け。なんと戸塚以外にも、ほんの些細な挨拶程度なら交わせる相手が何人かできたんだぞ!」
どうだ!
凄かろう!!
「クラスの人と挨拶くらいフツーだし。ってかできなきゃヤバイでしょ……」
「……うるせぇな。俺にとっては大進歩なんだよ」
「ふふ。おめでと」
ニコニコと笑う由比ヶ浜の顔に、もう影はない。
傷が消えたとは思わないが、傷を受け入れたうえで乗り越えることはできたのだろう。
それに由比ヶ浜本人曰く、俺と雪ノ下の言葉のおかげで、少し変わることができたらしい。
ただ周りに合わせるだけでなく、少しは自分を出せるようになったとかなんとか。
これは俺の持論なのだが、人間はそう簡単には変われない。
変わったように見えるのだとしたら、何度も何度も失敗して、何度も何度も傷を受けて、その痛みから逃れるために取った行動が、結果的に変わったように見えるだけだ。
……なら、今回大いに傷ついた由比ヶ浜は、変わったように見えたとして何ら不思議ではない。
いや、もしかしたら、本当に成長できたのかもしれない。
それが俺と雪ノ下の言葉のおかげというのは、少し違うような気がするけど。
「ちょっと。人と話してる時に、急にボ~っとしないでよー」
「悪い。少し考え事しててな」
「考え事って?」
「あ、いや……」
小学校、中学校と傷つき続けて、俺は逃げることを覚えた。
しかし、今は逃げたくない。
向き合いたいと思える人が居る。
「その……、えっと、前から言いたいことがあったんだ」
「なぁに?」
「なぁ由比ヶ浜、俺と───」
ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえる。
それは俺から発せられたものだろうか。由比ヶ浜のものだろうか。
分からない。
ただ、心臓の激しい高鳴りのみがはっきりと聞こえる。
今回ばかりは逃げちゃダメだ。
言え! 言うんだ!!
「俺と、友達になってくれないか?」
「…………ほぇ?」
由比ヶ浜がきょとんとしている。
……そして訪れる沈黙。
嫌な空気の中、俺はおずおずと口を開く。
「え……。駄目、なの?」
「いやぁ~、駄目とかそういうんじゃなくって……。むしろ今まで友達と思ってもらえてなかったことがショックすぎて、中々言葉が出てこなかっただけなんだけど……」
由比ヶ浜が悲しげに目を伏せる。
よく見ると若干涙目である。
やばい。
ファミレスなんかで泣かれたら、周囲から向けられる視線が痛すぎる。
「待て、待ってくれ! 友達と思ってなかったわけじゃないというかなんというか、今までまともな友達なんて居なかったからそういうのがよく分からないだけで、友達と思って良いのなら喜んでそう思わせていただくといいますか……」
「はぁぁぁ~~~……。ほんと比企谷くんは仕方ないなぁ」
大きな溜息。
しかし由比ヶ浜は、俺に対して呆れつつも、どことなく明るい表情だ。
「よっし! じゃあもっと友達っぽくなるためにも、なんかあだ名考えたげる!!」
「あ、あだ名?」
「うん! だって前にあたしがクラスの友達のことさがみんって呼んでたら、それ見てリア充っぽいって言ってたでしょ?」
あ、そうだった。
たしかにそう言いました。
それにしたって、俺にあだ名つける必要はないと思うんだが。
「う~ん……、ハッチー……、いや、それとも…………」
そんなムキになって考えなくてもいいんだよ?
別に嫌ってわけじゃないんだけど、由比ヶ浜にあだ名で呼ばれるとか、こそばゆいし、照れ臭いし、恥ずかしいし……。
「そうだっ! ヒッキー! ヒッキーなんてどう? 超イケてないっ!?」
うわぁ~……。
違う意味で恥ずかしいあだ名になってしまった。
「おい、それじゃあまるで俺が引きこもりみたいじゃねぇか。いやまぁ休日は全然外に出ないし、あながち間違ってはいないんだけどよ……」
「そんな意味でつけたんじゃないんだけどなぁ~。なんかヒッキーってしっくりくるし、比企谷くんより呼びやすいし!」
「ま、お前が気に入ったんならそれでいいけど」
「うん! じゃあこれからはヒッキーって呼ぶね!」
「おう」
不本意なあだ名ではあるが、この楽しそうな顔を見ていると反論する気がなくなってくる。
俺、なんか由比ヶ浜には甘いなぁ。
これが惚れた弱みというやつか……。
…………え?
俺って由比ヶ浜に惚れてんの!?
いやいやいや。
そんなまさか。
あり得ないって!!
「おい、いつまでもくっちゃベってないで、とっとと勉強始めるぞ。全教科やばいんだろ?」
きっと赤くなっているであろう顔を隠すため、下を向き、鞄から教科書を取りだす。
ふぅ……、危ないところだった……。
「あっ、そうだ! 今日勉強するために集まったんじゃん!」
「忘れてたのかよ。鳥頭すぎんだろ……」
「鳥!? バカにしすぎだからぁ!!」
こいつとの関係が単なる友達のままでいいのかどうかは、正直、まだ分からない。
だが、もう間違えたくはないのだ。
今回だけはどうしても、失敗したくないのだ。
胸を張って友達と言えるようになっただけでも、非常に大きな前進である。
だから今はこれでいい。
しかし、もしも来るべき時が来たら、その時は───
───もう一歩くらいは、踏み込んでみてもいいのだろうか?
やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 二次創作SS
~ 八幡「たとえば、あり得たかもしれないそんな世界」 ~
了
ヤッター!
終わったー!!!
御読了&暖かい言葉の数々、誠にありがとうございましたm(__)m
「もっと続いてほしい」みたいなお声をいただき非常に嬉しいのですが、ダラダラと続けない方が綺麗な締めになると思うので、このお話はこれにておしまいです。
しかしもっと読みたいの声に応えて、俺ガイルSSの過去作を紹介させていただきます。
『やはり俺のキャンパスライフはまちがっている。』
『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 ~小話詰~』
うpしたのがここではないのでルール違反になったら嫌だしURLは貼りませんが、タイトルで検索すればすぐに出てくるはず!
このSSも今日の夕方か、間に合わなければ明日、若干の修正&挿絵を加えて、某サイトにうpすると思います。
内容はここに投下したものと一緒になりますが、もしお暇でしたら挿絵だけでもご覧頂けると嬉しいです。
あと saga とか教えてくれた人もありがとうございました。
初めてスレ建てたけど、どうにか無事終了できて良かったです。
最後に1つ!
HTML化依頼ってどのタイミングですればよいのん?
もうおk?
他のところにうpしてからある程度してからのほうがいいと思ふ
>>100
ほほう。
そういうものなんですね。
ありがとうございます。
んじゃ、明日……というか今日の午前中からバイトなんでもう寝ます!
おやすみなさい!
みなさんも良い夢を~
ゆきのん一人ぼっちで可哀想
☆★はっぴー★☆さんオッスオッス
某所に挿絵つきでうpしてきましたよ☆ というお知らせ。
小町「ここで一度読んだ人でも、イラストだけでも見てもらえるとしたら、それはとっても嬉しいなって思ってしまうのでした」
>>109
平塚先生曰く、
「たぶん、君でなくても本当はいいんだ。この先いつか、雪ノ下自身が変わるかもしれない。いつか彼女のことを理解できる人が現れるかもしれない。彼女のもとへ踏み込んでいく人がいるかもしれない」
「どこかで帳尻は合わせられる。世界はそういうふうに出来ている」
ってことですからね。
高校では1人のままかもしれませんが、きっとゆきのんは大丈夫です。
この先いつか良い出会いがあると、そう願います。
>>113
おいやめろww
いろはすss待ってます
ああ、あの人だったんか
結構好き
歯医者で親知らずを一本抜いてきました。
あと3本も抜かなきゃならないと思うと憂鬱……。
>>115
なぜにいろはす? まぁ好きだけど、一色メインを書く予定は今のところありませんごめんなさい。
>>116
あざっす!!
そろそろHTML化依頼してきまs
おう、新作書くんだよあくしろよ
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