あずさのグルメ (25)


いつもの様に事務所を出発して現場まで移動する。
そしていつもの様に――――――。

あずさ「ここ、どこかしら……?」

迷ってしまった。


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今日は昼過ぎからドラマの撮影。
少し早めに出て途中軽食でも摂ってから現場入りしようと思っていたのだが……。

あずさ「う~ん、前に来た時はこんな場所は通らなかったはずよね……」

都内の大学での撮影なのだが、以前通った道から逸れてしまったらしく見知らぬ場所に出てしまった。
幸い早めに出たお陰で、時間には余裕がある。
こういう時は下手に動かずに電話をして迎えを呼ぶようにと何度も言われていたのでそれに従うことにした。

カバンの中から携帯電話を取り出し、事務所の番号を電話帳から呼び出す。
こんな小さな端末でどこにでも電話をかけられるなんて、子供の頃には思いもよらず、便利な世の中になったものだと思いつつコールボタンを押す。
数回のコールですぐに繋がった。
相手は音無さんだった。


あずさ「あ、音無さんですか? 実は、また道に迷ってしまって……」

電話口で迷子になった旨を伝えると、すぐに迎えに来てくれるとの事だった。
プロデューサーさんも、律子さんも別現場にいるため音無さんしか動けないのである。
近くの電柱に書いてある住所を告げると幸いにも目的地からはそんなにずれていないようだった。
また、事務所からそう遠くない場所が現場のため、迎えに来る時間もそんなにかからないらしい。

あずさ「え? 周辺に目印ですか?」

街中でただ立っているだけで見つけてもらえるのならば苦労はしないだろう。
一度携帯電話を耳から外し、辺りを見回してみる。
すると、一件のカフェが目に入った。
店名から察するに珈琲のお店らしい。


すぐにその店の名前を電話の向こうへ伝えると、その店に入って待ってて欲しいと告げられた。
軽食を摂ろうと思っていたくらいなので特に反対する理由もなく、カフェへと脚を運ぶ。

扉を開けると、軽快なドアベルの音が店内に鳴り響き、お店の制服を来た店員が出迎えてくれる。
にこやかで、とても感じの良い店員だ。

店員「お一人様でよろしいでしょうか?」

あずさ「はい」

特に他意はなく、事務的なものであってもお一人様と確認されるのは、何となくうすら寂しいものがある。
窓側の席に案内され、まずは店内をざっと見渡す。
ちょうどランチタイムということもあり、店内はそれなりに賑わっているようだ。
カフェということもあり女性客が多い。
落ち着いた雰囲気で、立ちこめる珈琲の香りが何とも気分が安らいでいく。


あまりのんびりもしていられないのでメニューを開く。
店内に漂う薫りが教えてくれているように、この店は珈琲が売りのようだ。
あの苦味はどうも好きになれないのだが、薫りは好きだったりする。
それは、いつも珈琲を飲む後ろ姿を見つめているから……だろうか?
珈琲の入ったカップを傾け、忙しなくキーボードを叩く姿が脳裏に浮かび、冷房のお陰で涼しいはずなのに頬が火照っていくのを感じた。

誰に取り繕うわけでも無いが、軽く頭を振り、意識を切り替える。
これから撮影だというのに、こんな気分で臨むのは良くない。
気分を変えるために、敢えて珈琲ではなく紅茶を頼むことにした。


食事のページには様々なメニューが写真付きで張り出され、そのどれもが美味しそうに見える。
あまり量があってもすぐに迎えが来てしまうかもしれないと考え、量が多くなく、手軽に食べられるもの。
という事でサンドイッチに心を決める。

テーブルに備え付けの呼び出しボタンを押すと、店内にコール音が鳴り、繁忙時だというのにそんなに待たずに店員がテーブルにやってきた。

店員「ご注文お決まりでしょうか?」

あずさ「サンドイッチのセットを一つ」

目を見て、物怖じせず、はっきりと自分の食べたい物を主張する。


店員「お飲み物はいかがなさいますか?」

ドリンクのページを開く事無く、ミルクティーを注文する。
今日は暑いからアイスで。

このセットはサンドイッチとドリンク、それに小さなデザートが着くようだ。
迎えが来るまでに食べきれるだろうか……?

注文してから程なく、まず運ばれてきたのはミルクティー。

コップに注がれた紅茶に、ミルクを垂らすと、綺麗な飴色の液体が柔らかな茶色へと変色していく。
刺したストローでかき混ぜると、氷がからからと涼しげな音を立てた。
充分に混ざった頃を見て、ストローに口をつけて吸う。
ストローから口へ紅茶が運ばれて来て、冷たいそれが喉を潤していく。


ガムシロップを入れていないので甘さは抑えられているが、元々持っている甘みがミルクによって引き立てられているように感じる。
香りがそんなに強くないところやミルクとの相性を考えるとアッサムなのかもしれない。
気になってメニューを開いてみたが、特に記述は無いようだった。

開いたメニューを閉じ、元の場所に戻した所でサンドイッチが運ばれてきた。
写真と違わぬ出来のサンドイッチが3切れ、皿の上に鎮座している。
付け合せにサラダまでついていた。


あまり時間も無いので早速食べ始める。
両手を合わせ。

あずさ「いただきます~」

焼いた四角いパンを斜めに切り、その間にハム、レタス、卵サラダ、キュウリ、そしてアクセントなのかケチャップが入っているのがわかった。
一口かじると、まずはパンのさっくりとした食感が。

あずさ「あむっ……はぐっ……んっく……」

レタスやキュウリはシャキシャキとみずみずしく、ハムはコンビニやスーパーで売っているような物ではなく、もっと肉そのものを食べているような感覚を覚えた。
卵サラダはこぼさないように食べるのが難しいのだが、マヨネーズとケチャップが混じり、口の中でオーロラソースのような味わいを醸している。


まず一切れを平らげ、付け合せのサラダへ手を伸ばす。
小さなフォークが付いているので、それで食べるということだろう。
こちらはサンドイッチとは違ってサニーレタスが入っていた。
そこにコーンや赤ピーマンが彩り豊かに盛りつけられている。

フォークを刺すと、ざくりと音を立ててサラダの海へ沈んでいった。
引き上げると、レタスが銛に突かれた魚のようにフォークに刺さっている。
そのまま口へ運ぶと、サニーレタス特有の少しの苦味とドレッシングの酸味がいい具合にマッチしている。


あずさ「はむっ……んむっ……」

口の中でざくざくとした音が響く。

あずさ「あぐっ……はむっ……んっ……ふぅ」

ぶつかり合うこと無く、酸味と苦味が上手く混じりこちらの食欲が刺激させられる。

サンドイッチへ手を戻す。
焼きたてなのかパンはまだまだ熱を持っていて、間に挟まれたサラダがじんわりと暖かくなっている。

あずさ「んむっ……はふっ……んくっ……」


表面はこんがりときつね色に焼けているため齧るとさくっと耳に触りの良い音が聞こえてくるが、それに反して中はふっくらとしている。
かつ、もちもちの食感が損なわれていない。
サンドイッチを飲み込み、そこへミルクティーをひと啜り。
色々な味の混じった口の中が、一つの味一色に塗り替えられる。

美味しさ故に、あっという間にサンドイッチとサラダを平らげてしまった。
一息ついて、デザートを持ってきて貰うようお願いをする。

音無さんはまだ来ないようだ。

メニューには日替わりと書いてあったため、どんなデザートが食べられるのかは、実際運ばれてくるまで分からない。
まるで福袋を開ける時のようなワクワクとした気分で待っていると、小さめのお皿に盛られたデザートが運ばれてきた。


目の前に置かれたそれは、丸いデニッシュパンの中央に、ソフトクリームのアイス部分がでかでかと乗っている。
その横にさくらんぼがちょこんと居座っていて、何となく愛くるしい。
一緒に運ばれてきたシロップをかけていただく物のようだ。

先ほどのサンドイッチとパンとパンが被ってしまったが気にするほどではない。

アイス用のスプーンと、パンを食べるためのフォークが用意されている。
やはりサンドイッチ同様パンはまだ暖かいらしく、アイスの下の部分が徐々に溶けてきているのが分かった。
とても小さくて可愛らしいピッチャーから、シロップを満遍なく注ぐ。

あずさ「まぁ~、何だか凄いことになってしまったわね~」

アイスとパンにかかったシロップが、照明の光でキラキラと光っている。


あずさ「何だかアイドルみたい、ふふっ」

そうこうしている内にアイスはどんどん溶けていく。
迎えがいつ来るかも分からないので、すぐにスプーンを持つ。

ピンと尖っていたアイスの先端が、大分項垂れている。
そこをスプーンですくい、口へ。

ひんやりと冷たく、濃厚なミルクの味わいが口いっぱいに広がる。

あずさ「ん~、冷たくって美味しい~♪」


これだけでも充分に美味しいのだが、シロップの甘みが美味さに拍車をかけている。
スプーンを置いてフォークに持ち替え、側面を使ってデニッシュを切っていく。

あずさ「あ~むっ……ん!?」

小さく切ったデニッシュにアイスを着けて口に運ぶと、暖かいデニッシュと冷たいアイスが交じり合い、その落差に驚いてしまった。。

あずさ「んっく……はぁ……温かくて、冷たい、不思議だけどとっても美味しいのね」

ミルクティーとも相性が良く、気が付くともうあと一口というところまで食べてしまった。


溶けたアイスがデニッシュに絡み、また違った一面を見せたり、最後の一口は流石にアイスに冷やされて冷たくなっていたが、それでも美味しさは変わらなかった。

あずさ「ふぅ~、ごちそうさまでした」

軽食のつもりだったが、お腹は8分目くらいまで満たされている。
口臭予防のタブレットを水で流し込み、外を見やると音無さんが歩いてくるのが見えた。
伝票を持ってレジへ向かい、お会計を済ませる。

店員「876円になります」


アレだけのボリュームでこのお値段は、かなりお得なのではないだろうか。
お金を払い、お釣りを受け取った所で、店で作っている小さな焼き菓子が目に入った。
一つ手に取って、購入することにする。

店員「315円になります」

会計が済み、焼き菓子を受け取った。

あずさ「ごちそうさまでした~」

店員「ありがとうございました~」


入ってきた時と同じく軽快な音を響かせてお店を後にする。
迎えに来てくれた音無さんに、お礼代わりに今買った焼き菓子を手渡すと、とても喜んでくれた。

道には迷ってしまったが、お陰で満足のいく昼食を摂ることが出来た。
音無さんには悪いが、結果オーライだろう。

今なら良い演技が出来るかもしれない、そう思いながら現場まで近づいていく。




おわり

終わりです。

先日ちょっと小腹が空いた時に喫茶店で食べたら思いの外ボリュームが多くて食べきるのが大変でした。

少しでもお腹が空かせられたら幸いです。
それではお目汚し失礼しました。


「律子のグルメ」
「春香のグルメ」
「貴音のグルメ」
「響のグルメ」
「やよいのグルメ」
「千早のグルメ」

のシリーズです。

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